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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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712.魔女の弟子と人生は素晴らしい


「ラセツ!!」


「来いや、ミソッカス共ッッ!!」


ラセツが吠える、その瞬間空間が鳴動し紅の光が無数に煌めき熱線が周囲に迸りあっという間に空間を寸断するように数十もの赤い線が空中に引かれる…その隙間を縫うように黄金の軌跡を残して飛ぶエリスは狙いを定めて…。


「王星乱舞!」


「ッ甘いわ!」


「『星吼──ぐっ!」


咄嗟に飛び込もうとするが、ラセツの前に不穏な気配を感じ即座に飛び退くと…エリスが向こうとした地点に壁が生まれる。恐らくあれは推進力をゼロにする障壁…奴の覚醒によって展開された物だ。あれに触れたらいくら勢いをつけても無意味。


「エリス!無茶すんな!」


「ラグナの方が無茶してるでしょ!」


「そりゃ仕方ないだろ!」


「二人とも喧嘩しないのーーー!!」


パラベラムとの最終決戦…『悪鬼』ラセツと戦うエリス達三人は凄まじいまでの苦戦を強いられていた。…強い、あまりにも。エリスなんかさっきまで気絶してましたからね。


ただ、そこをラグナが一人で戦ってなんとラセツから極・魔力覚醒を引き出すまで追い詰めてくれたんだ。流石はエリスの旦那さんですと言いたいところだが…そのせいでラグナは明らかに消耗してる、動きもあまり機敏ではない。


きっと以前言ってた悠久神躯を使ったんだ。その消耗で倒れそうになっている…となるともう前衛を務められるのはエリスしかいない。だからエリスはデティに頼んで治癒魔術を体の中に打ち込んでもらい継続的に治癒してもらうことで王星乱舞の連続使用を可能とした。


極・魔力覚醒を解放したラセツに王星乱舞のデメリットを帳消しにしたエリスがどこまで通じるか分からないが…やるしかないんだ。


「オラ来いやエリス!!ビビっとんのか!!」


「ビビってません!」


「おいエリス!迂闊に近づくな!」


ラセツの半径5メートル以内に円形の光が浮いている。恐らくあれがラセツの間合い…極・魔力覚醒が有効な範囲であり、その内側はラセツの世界だ。あそこに乗り込めば立ちどころに全ての推進力を奪われ体が動かなくなる。


迂闊に近づいたらやばいこのくらいエリスだって分かってる…だから。


「『王星・火雷招』ッッ!!」


両手から黄金の輝きを放ちながらそれを組み合わせ…放つのは金色の輝きを放つ火雷招。そのあまりの勢いにエリスの指先は焼けて骨が炭化する程の威力が出る…がそれもデティの継続治癒によりなんとか治る。


しかし、ラセツは…。


「効かへんで…オレにはなんもな」


ラセツがグルリと腕を回すと空間が回転し…エリスの放った黄金の火雷招の射線がズレてラセツに当たらず明後日の方向に飛んでいく。


近接戦だけじゃなくて飛び道具も効かないのか!


「オレの極・魔力覚醒は空間全域に推進力を与えられる言うたやろ!」


ラセツの力が空間にも及んでいる。右にも左にも後ろにも前にも動かせる…それは空間を動かして進路の変更も可能と言うこと。近づけば推進力を奪われ、離れれば飛び道具を無効化される。


ラグナはこんなのとどうやって戦ってたんだ…!?


「エリスちゃん!!」


「ッ…!」


デティの声が響いた瞬間、エリスは気がつく…体が動かないことに。


「お前は中途半端な奴やな」


「ッ……!」


目の前にラセツがいる。エリスの体がすっぽり奴の領域に入ってしまっている、それだけでエリスの全ての推進力が奪われる、腕を動かす力、足を動かす力、何もかもが奪われ体が彫像のように動かなくなる。


「ラグナ君はようやったで、寿命削って…出来ること全部やって、せやのにお前は口ばーっか…大したことないな、お前」


「グッッ……」


「お前にはもう期待しとらん、ラグナ君が動けなくなった以上…もう終わりや、とっとと死ねやッ!!」


そして振り上げられるラセツの拳が空間ごと抉りエリスに襲い掛かり…打ち上げる。拳の周辺の空間を纏めて動かしているが故に衝撃の質量もまたバカみたいに増えており。さながら鉄球の塊で殴られたような感覚を味わないながらエリスは殴り飛ばされ、更にそこから推進力も加えられ音速に近い勢いで壁に叩きつけられる。


「ぅ…ぐっ…」


「エリス…!」


倒れ伏し、駆け寄ってくるラグナの言葉を聞いて…エリスは体を転がし、息を吐く。大丈夫、デティの継続治癒が効いてるから…痛みはない、痛みはないけど。


(どうすりゃいいんだ…あれ)


エリスは未だかつてない難題に直面していた…。ラセツは極・魔力覚醒を展開している限り無敵だ…あれを突破しない限り勝ち目がない。近接も飛び道具も効かない、その癖をして奴の動きは見切れないくらい早い、王星乱舞だけじゃ足りない…もっともっと、何かが必要だ。


「大丈夫か、エリス」


「大丈夫です、それより…すぐに戦線に戻らないと」


ラグナに支えられ立ち上がる、何が必要か…何を足すべきか、定まっていないけれど…戦うしかない、エリスとラグナがここにいると言うことは、今デティが一人で戦っていることってことだから────。


「え?」


ふと、エリスはデティを見て…目を剥く。そこに映っていたのは……。



「ぅグッッ!?」


声を上げ、血を吹いて…よろめくラセツと、拳を振り抜きラセツをぶん殴り飛ばしているデティの姿だったから。


「ッこンのクソ野郎ッ!ラグナだけじゃなくてエリスちゃんまで傷つけて!ぶっ殺すぞお前!!」


「ッお前…!」



「嘘……なんで」


デティはラセツの領域の中に入っても、奴の影響をほとんど受けていなかった。剰え入れば動けなくなるはずの領域でラセツを殴り飛ばしたんだ。


一体…どんな魔術を使ったんだ。


──────────────────



「よいか、デティフローア…ワシの使う合わせ術法は闇雲に魔術と魔法と武術を重ね合わせれば良いと言うわけではない」


シリウスは私に向けて、拳を突き出しながら合わせ術法の極意を説いている。みんなの為に…プライドを捨てて、師への忠義を捨てて、こいつの教えを受けることにした私は…ある意味シリウスという女のことを見直していた。


(こいつ、本当に指導の腕は確かだ…)


シリウスの指導を受けて一時間と少し、シリウスは私の弱みを全て羅列しその解決法を提示して実行可能な物はすぐに実行させ、私の強化に励んでくれた。


人を見る目、人の本質を見極める知識、そしてそれを組み替えて高みへ持っていく腕前、全てが常軌を逸していた。ある意味シリウスという女はこれがあるから史上最強なんだろうと思えた、こいつは自分の弱みを全て消し去りより高く昇る事に励んで来た。だから…こいつは誰よりも。


「これ、聞いておるか?」


「う、うん…でもそもそも闇雲もクソも魔術と魔法と武術を同時に使うなんて事、出来ないよ。私は武術を使えない…そこが疎かである以上合わせ術法も不完全なものにならない?」


「そこに関しては安心せえ、別にお前にそこまで期待しとらん。ワシみたいに見ただけで武術の極意にたどり着けるほどの才能もないじゃろ」


「喧嘩売ってる?」


「事実を言っておる、それに武術を修めさせるつもりはない。お前はあくまで魔術師タイプ…それに肉体面の強化をさせるほどワシは愚かではない」


「ならどうするの?」


するとシリウスは…右拳を握り、拳を左手で指差しながら…。


「ワシが今から教えるのは合わせ術法の中で最もお前に適合する一撃…『天狼壊拳』。最もシンプルで最も習得しやすい一撃じゃ、じゃが同時にお前はこの技を使うことは許さん」


「は?どういうこと?教えた癖に使うのはダメなの?」


「ダメじゃ、合わせ術法はワシが使う技ではなくワシ考案の『最も効率よく火力を叩き出すためのノウハウ』じゃ…つまるところ、ワシはお前にやり方は教えるがそこから派生させるのはお前次第ということよ」


つまり教えるのはシリウスの合わせ術法ではなく…合わせ術法と言う技術形態そのもの。そこから技を磨くのは私の役目ってことか…なるほど、それなら武術を修める必要もシリウス並みに肉体を鍛える必要もないか。


「幸いお前は技術を取り入れる才能だけはワシ以上じゃ、そこに期待し短期間で仕上げる」


「短期間で?別にゆっくりやってくれても…」


「バカモン、お前が言ったんじゃろ…第三段階に入りたいと。そっちの修行をメインにする、謂わば合わせ術法は梱包物で第三段階は箱そのもの、中身だけ完成させてもそれを包む外身がなければ意味がないからのう」


確かに言った、けど本当に第三段階に入れるようにしてくれるのか…?


「つってもワシの修行スタイルは基本実戦形式、言ってみてやらせて見せて覚えさせるスタイルよ。故にその大部分は実戦の中で完成させる事になるが…まず、教えておくと」


瞬間、シリウスの周囲10メートル以内がシリウスの魔力で満たされる、感じるんだ…まるで膜のように魔力を張ってそれで空間を支配しているのが。


「これが極・魔力覚醒に近い状態。相手は基本…周囲を自身の魂で覆っている。この状態は基本無敵じゃ…普通の覚醒じゃまずもって勝つことは不可能」


「そんなに…?」


「当たり前じゃ、そりゃ未覚醒者が覚醒者に勝つほど不可能ではないが…それでも空間を支配されている以上お前の攻撃は基本根本から挫かれる。故にその対抗策から教えていく」


シリウスは私を魔力で包んだまま…指先を立てて。


「お前達がこれから先進んでいく第三段階の戦いを形容するなら…陣取り合戦。こちらの領域を相手の領域にぶつけていかにして相手の領域を削っていくかの対決となる。相手の領域の中では基本的に攻撃は入らんからな」


「……うん、でも私極・魔力覚醒持ってないから領域をぶつけられないよ」


「別に領域は極・覚醒を持たずとも使える。…あるじゃろ、お前にも間合いが」


「ん、確かに……」


間合いとは自分の魔力を自由に使える領域のことだ、この間合いの中が基本的に強力な防壁が張れる有効範囲となる。これを超過すればする程魔力防壁は曖昧になり、消える事になる。


「つまり私も間合いを展開して魔力防壁をぶつけろって事?でも第三段階に入った人間と私じゃ根本的に出力が…」


「最後まで聞かんかい!……ここからが肝要じゃ、第三段階に入った人間に第三段階に入らずとも戦える方法はある。これはワシが見つけた裏技じゃ…多分現代でも使ってるやつはおらんのじゃないかなぁ〜?ぬふふ」


「裏技…?」


「そう、やり方は単純…これ使えば、基本…相手の領域を無視してこちらの攻撃をぶつけることが出来る。そしてこれを知ってる人間はまずいないから、初撃は必ず当たると言っていい。つまり初撃で決められるなら…必勝ってことじゃ」


「誰も知らないの…?魔女様も?」


「あいつらこれを教えるまでもなく第三段階に入るからな、だから教えるのはお前が初じゃ…」


そういうとシリウスはわざとらしく周りをキョロキョロ見回しこっそりと私の耳元に口を近づけ。


「まず……」


それは…私達にとって最悪の敵から授けられる。天啓にも近い知識だった。


─────────────────


(エリスちゃんがやられた…!)


私は領域に捕まり、身動きが取れなくなったがエリスちゃんが殴られるのを見て…シリウスの言ったことを思い出す。ラセツが展開する領域は相手の推進力を奪う、つまり入れば身動きが取れなくなる。


問答無用で空間ごと相手に魔術の影響を与える力…これが極・魔力覚醒かと戦慄すると同時に…私は。


「このッ……!」


怒りに打ち震える、エリスちゃんは継続治癒があるからすぐに起き上がれる。けど…それにしたってもこいつは私の大切な友達を傷つけすぎた。エリスちゃんラグナ…どっちも大切な友達なんだ…だから。


「ラセツッッ!!」


「ん?はぁ…お前も来るんかい…」


私は足先を炎に変えて超高速で突っ込む。魔力覚醒中は体を魔力体に変換出来るから物理攻撃は無効化できる…けどラセツの攻撃は変換速度よりも早く飛んでくるから避けるのは難しい。そして防壁も奴の攻撃力の前には意味をなさない…。


だが…シリウスが言った通りなら。


寧ろ逆に!


「あ?何考えて……」


肉体の魔力化を解いて、防壁を解除して…ラセツの領域の中に飛び込めば、ラセツは不思議そうにこちらを見る。


「なんや死にたいんやったらそういえばええのに、殺したるのになぁ!」


(防壁を展開せず…領域に飛び込む…アイツはそう言った)


シリウスは言った、領域のはつまり相手の魔力で構成された空間であり…その中は敵の魔力で詰まっている。だから第三段階の戦いは陣取り合戦のように相手の領域を削ったりして戦うのだと。


だが……。


『これは人間の意識の問題じゃ、自身の魔力で構成された空間というのはな…ある種自宅のような感覚じゃ』


シリウスはよく分からない例えをしながら、こう言った。


『想像してみろ、お前は家の中にいる時…敵の存在を感知して、警戒するのは何処じゃ?外じゃろう?何故なら自宅とは自分の領域でその領域は不可侵であるとどんな人間でも考えるからじゃ』


自分の領域とは、不可侵であると言う幻想を人間は抱きやすい。


『故に自然と防御は対外的に向く、対外的に向いた防御は反面…内側は酷く脆い。なんせ領域内は無敵だから外から来る攻撃だけ警戒しておけばいい…と多くの人間は考えるからのう』


故に…とシリウスは続けた。領域の中に入った瞬間……。


『防壁を二重に展開せよ、一枚ではなく二枚で防壁を展開し内側から相手の魔力を押し出し領域の中に相手の魔力の無い空間を作れ。相手はその異常な感覚に面食らって動けなくなる筈じゃ』


「ッ防壁展開ッッ!!」


「んなァッ!!?」


一気に防壁を展開しラセツの領域の中で奴の魔力が及ばない空間を作る。これによりラセツの魔術は私に届かない…そしてラセツは自分の領域に穴を開けられると言う今まで味わったことのない感覚に目を剥きこちらを見て、面を食らう。


シリウスの言った通りになった、…なら後は……。


『面を食らって動けん相手なんか未覚醒だろうが臨界覚醒者だろうが等しく同じよ。むかつく鼻っ柱に…一発かましたれッ!!』


「合わせ術法…!」


「な、なんでお前オレの領域を───」


拳を握り、魔力を集め、無数の魔術を侍らせ…一気に凝縮し、狙いのはむかつく鼻っ柱ッ!!


「『天星廻拳』ッッ!!」


「ぅげぅっ!?」


一瞬だ、ひたすらに加速魔術を詰め込み、エリスちゃんの真似をして肘から魔力を噴射し、腰と肩の回転を捻力を意識し一直線に叩き込む拳がラセツの顔面で爆裂し吹き飛ばされる。当たった、極・魔力覚醒者に…痛烈な一撃が。


く…く…クソぉ〜〜〜!!


(シリウスの奴!なんて有用なこと教えてくれたんだ!マジであいつの指導が役に立つの腹立つ!!なんでアイツあんなに有能なのさ!!)


思ったよりも綺麗に決まった事に腹が立つ。シリウスはシリウスだ、あの場のシリウスが優しくともそこは変わらない…のに、感謝せざるを得ないじゃ無いか。


アイツのせいで…極・魔力覚醒の突破法が見つかったんだから。


「ぐっ…ぅぐっ…マジか、極・魔力覚醒使うて…一撃もろうたんはタヴと喧嘩した時以来や…」


しかし、それでもラセツは立ち上がってくる。さっきの威力じゃ足りなかったのか?そんな事ないはずなのに、もしかしてこいつ超人でもあるのか?だとしたら最悪だよ…こんなバカみたいに強い奴なのに、超人でもあるなんて。


「許さん…許さんでお前…マジでブチギレたわ、オレぁよォッ!!」


「ッ……!!」


ピシピシとヒビの入る仮面を向け、ヒビの向こうから見える黄金の瞳がこちらを見たその時だった。


「あ……」


落ちる、仮面が…今の一撃で。パックリと割れて…その中から現れた顔を見た瞬間、私は凄まじい嫌悪感に襲われる。


「ッ…あんた、その顔…!!」


「あ?ああ…取れて…もうたか」


鉄の破片を落としながら…露わになるラセツの顔、その内側に隠されていた顔は…なんと形容したものか。そうだな…私なりに言うとすれば、奴の顔は……。


「狼……!?」


「…………」


狼だ、不吉にして災厄の象徴…狼のような顔だ。鋭く尖った目に貫くような三白眼、鼻は高く大きな口にはずらりと鋭い牙が並び仮面の内側から溢れた髪は狼の毛皮のように跳ねて、まさしく狼を人間にしたような…そんな顔立ちをしていたんだ。


いや…あれ?でもこいつの顔……何処かで。


「………見よったな」


「ッ……!!」


ギロリとラセツの眼光が光り、白く尖った牙を見せ悪い人相が余計に悪くなる。と同時にラセツが動き出し…ってやば!!


「オレなぁ!この顔が大嫌いやねんッッ!!」


「ぅぐぅっ!?」


最早こちらには反応出来ないほどの速度で飛んできたラセツは私が防壁を展開する暇も魔力化して回避する暇も与えずやのように飛翔し槍のように突く拳で私を吹き飛ばし…。


「オレが!この顔のせいで!今までどんな思いしてきたかッッ!!」


「ごぁっ!?がぁっ!?」


「顔見る都度に!縁起が悪い…不吉…恐ろしい、そんな事言われて!どんだけムカっ腹が立って!生きてきたかッッ!!」


「ごはぁっ…!」


叩きつけられる、一筆で繋ぐような怒涛の連撃が幾度となく私を打ち、壁際に追いやり壁に叩きつけ、なおも止まらないラセツの拳が私を襲う。


「オレはこの顔が嫌いや…オレにとって最悪の過去の象徴や、それをお前!嫌な事思い出させんなやッッ!!」


「げぶふぅ…」


大木のような膝蹴りが私の腹を打ち…意識が歪む、まずい…治癒が置いつかない…!


「お前も思ったんやろ…狼みたいな顔やて。なぁ…おい!言うてみろや!!」


「ぐっ……」


首を締め上げられ、持ち上げられ…返答すら出来ない。その時、咄嗟にラグナが動き…私を助けに来る。


「やめろ!ラセツ!!」


「出涸らしはすっこんどれやッッ!!」


「ガハッ…!?」


しかし、速い…推進力を用いて助走をつけないノーモーションの蹴りがラグナの腹を叩き抜き…ラグナの瞳が揺れる、まずい…ラグナの意識が飛んでる!!


「手前ら、いっちゃんやったらアカン事やったで…オレの顔を暴くなんてさ、オレが怒って当然やん…やから殺すな?別にええよな」


「ッ…ふざけるな、勝手に…怒って!」


「それ言うたらオレからすればお前らのが勝手や、勝手に人の事不吉の象徴みたいに扱って…お前かてビビったんやろ、オレの顔を見て…お前も同罪じゃ」


ラセツは冷たい瞳でこちらを見ながら、拳を握り…魔力を集める。まずい…防壁を張らないと…ダメだ。これ間に合わない、やばい、魔力化の回避も出来ない、死ぬ……。


「オレは…この顔を見た奴は一人も生かしておかんッッ!!やから…いい加減にしろや!!」


瞬間、ラセツは無常にも拳を振るう…が、私に対してじゃ無い。拳を振るったのは…真横、倒れたラグナを飛び越えて…飛んできた。


「エリス!!お前にゃもう期待しとらん言うとるやろ!すっこんどれクソ雑魚がぁああ!」


「いい加減にするのは…お前の方です!!ラセツ!!」


エリスちゃんだ、ラセツの拳をガードで捌き、受け止めた彼女は…ラセツの領域の中で動いていた。私と同じように…防壁を二重に張って。


「ありがとうデティ!後はエリスがやります…やってみせます!!!!」


「チッ!!」


瞬間、エリスちゃんは足を振るい私を掴む腕を蹴り上げ私を解放するなり…一人でラセツと向き合う。あの一瞬の攻防から私がどうやって領域を克服したかを見て覚えたのか。


出来れば…これは彼女には教えたくなかった、エリスちゃんにはシリウスの教えというノイズを介在させたくなかった。けど……。


「ごめん、…助かった……!」


「デティはラグナの治癒を……お願いします」


「うん…分かった」


私は、エリスちゃんに任せる。さっきまで全く通用していなかったエリスちゃんを戦わせるのは合理的じゃ無いのかもしれない。けど私は…長い付き合いだから分かるんだよね、この子がこういう目をしてる時は、強いって。


「ケリ…つけましょう、ラセツ」


「もうついとんねん…いい加減にしとけや、もうええわ…殺す、お前もオレの顔を見たでな。ここにおる全員殺して今度はアダマンタイトで仮面作るわ」


だからお願い、エリスちゃん…やっちゃって。


…………………………………………………………


ラグナが極・魔力覚醒を引き出し、デティがその攻略法をエリスに示した。お陰で二人は満身創痍、この中で一人だけだ…エリスだけが何も出来てない。だから…後はエリスがやる、やらねばならない。


師匠から意志を継承したエリスが…戦いを終わらせないといけない。


「行きます!ラセツッッ!!」


「来んなや…ボケがッッ!!」


一気に王星乱舞で突っ込み、ラセツに飛び掛かるが…やはりラセツはエリスを捕えようと領域を動かし推進力を奪おうとする。…だが。


「それはもう効きませんッッ!」


「グッ!余計な知恵つけよって…!」


防壁を解除しながら領域に入り、その瞬間再度二重展開…一枚じゃダメだ、二枚防壁がないとダメだ。外側はラセツの魔力を押し上げる役割、内側は魔力を完全にシャットアウトする役割、これ以上防壁が多いと動けない、少ないと意味がない。


完璧な枚数、それが二枚の防壁による領域のシャットアウト…これをデティが一人で思いついたのだとするならやはり彼女は天才だ。


極・魔力覚醒の性質さえクリア出来れば後は純粋な実力勝負。つまり何もエリスは有利になってないって事だ。


「ぉんドルァッ!!」


「ぐぎっ!?」


エリスの蹴りを防いだ瞬間ラセツの拳がエリスの頬を打つ。それだけで頭蓋骨がどっかに飛んできそうになるくらいの衝撃波が走る…けど。


「ッッ!!」


吹き飛ばされない、もう吹き飛ばされない。吹き飛ばされたら今度はもう近づけないかもしれないんだ!この領域内にエリスがいる間に終わらせる!!その覚悟で吹き飛ばされそうな頭を気合い一つで押し戻し…。


「プッッッ!!」


「なッ!?」


吐き出す、折れた歯を魔力衝撃で弾丸のように飛ばしラセツの顔付近に飛ばせばラセツは咄嗟に顔を背けて避ける…その隙にエリスは下に降りてラセツの足を掴み…。


「おんどりゃぁあああああああ!!!」


「おぉっっ!?」


持ち上げながら王星乱舞を吹かせ一瞬で奈落を駆け上がりエンジンルームへと飛び上がる。


「手前!何考えてんねん!わけわからん事すんなや!」


「ぅぐっ!?」


「空中戦に持ち込みたいんか?なら残念やな!オレぁここでもなんも問題ないで!」


しかしエンジンルームまで上がった瞬間、ラセツはエリスを蹴り払い押し除けようとする。けどエリスはラセツの足を掴んで離れまいと抵抗し…そのまま体を引き寄せラセツに近づき。


「あそこには傷ついた友達がいるんです、巻き込めません…!」


「ハッ…友達思いなやっちゃなぁ!やったら安心しとき!お前殺したらお前の首をアイツらに届けたるわッッ!!」


「グッッ!!エリス負けません!!」


乱打、ラセツの拳の雨霰を真っ向から受けながらも必死に背中から王星乱舞を噴出させながら吹き飛ばされまいと抵抗しながらエリスも拳を振るう。


「ぅがぁッッ!!」


「ゲッ!?痛いやんけ!」


「痛くしてんですよ!!」


エリスの拳がラセツの顔を殴り飛ばし、さらに胸ぐらを掴んで今度は足を顔に叩きつける。するとラセツは……。


「だぁああ!くっつくなやッッ!!」


「ゔっっ!?」


エリスの体を掴み、そのまま空中で加速し一気にエンジンルームの一角に突撃し突っ込むと同時にエリスの体を地面に叩きつける。それだけで巨大なエンジンの部品が割れ、ミシミシと全身から音が鳴る…それすらすぐに継続治癒で回復し、再びエリスは飛びかかろうとするが。


「おっと!近づけさせんで…!」


「くっ…!」


後ろに飛び退かれ、奴が離れていく。しまった…距離を取られた…。


「お前らのやり方はわかった、防壁を消してから領域に入り…内側で防壁を展開して魔力を押し上げてんのやろ?やけどそれ、近づけさせんだらええだけやん。もう二度と近づけさせんで…」


「ッ………死んでも、お前の顔を殴り飛ばします」


「はぁ、おっかな……」


巨大なエンジンの機器の上で睨み合うエリスとラセツの間に…不思議な沈黙が流れる。エリスはその隙に息を整えつつ…ラセツの顔を見る。するとラセツはエリスから顔を背け、顔を見せないようにする。


「仮面の下、そうなってたんですね」


「なんやねん急に、殺し合いがしたいんか世間話がしたいんかどっちかにせえや」


「エリスずっと不思議だったんです…お前が、セラヴィに従ってる理由がわからないって」


「…………」


「それが今分かりました、ラセツ…お前もしかして──」


「だから!!」


瞬間、ラセツが牙を剥いてこちらに拳を向けて…。


「黙っとれいうとるやろうが!!」


「黙りません!!」


振るわれる衝撃波を掻い潜りエリスはラセツに肉薄する。飛び道具は効かない、近づくしかない…近づくしか!その為には…もっと。


「『鳴雷招』!」


「ゔっ!?」


ラセツの目の前で光を展開しその目を一時塞がせる、その隙にエリスはラセツの背後を取り領域に入ろうと…した、その瞬間。


「目なんか使わんでも見えとる!」


「ガッ!?」


撃ち落とされる、裏拳で…。振り向き様に撃たれた裏拳がエリスを殴り飛ばし地面に叩きつけ…。


「グッ…ふぅふぅ…!」


「手前いい加減に倒れろや!」


「ッそれは!セラヴィの邪魔が出来ないからですか!」


転がったエリスの上に足が叩きつけられそうになり、咄嗟に体を転がし立ち上がりながらラセツの踏みつけを回避すれば…地面が割れる。


「ラセツ…お前はセラヴィが自分の母親の仇と言いましたね!」


奴に近づけない、近づくには…もっと。


「けど今お前はセラヴィに従っている!それは何故か…!」


「探偵気取りか!アホらしい!」


次々と飛ばされる衝撃波を飛んで回避しながら…エリスは喋り続ける。ラセツがセラヴィに従う理由…それは復讐のためだけじゃない、何故か?決まっている…全ての答え合わせが出来たから。


思えば、答えは最初から提示されていた…ラセツはデルセクトとアルクカースのハーフ。そして独特の喋り方…そして、それと同じ喋り方をした人間がもう一人いた、そうだ…つまり。


「ラセツ…お前、セラヴィの子供なんじゃないんですか」


「ッ…………」


「お前が仮面の下を見られたくなかったのは…それがバレたくなかったから」


ラセツの動きが…ピタリと止まり、その顔が…屈辱に染まる。


ラセツはセラヴィの子供だ、ラセツはアルクカース人とデルセクト人のハーフ、アルクカースが恐らく母親…そして父親はデルセクト人のセラヴィなんじゃないか。


それを何よりも裏付けるのは…ラセツの顔だ、あの特徴的な黄金の瞳は…セラヴィと同じものだ。


つまりラセツにとってセラヴィは、母親の仇であり、唯一の肉親じゃないのかとエリスが問えば…ラセツは。


「言うな…それをッ…!」


そう言ってエリスを拒絶する。やはり…か、こいつが仮面をつけていたのは狼のような風貌を見られたくないのともう一つ、親の仇たるセラヴィとの血縁を指摘されたくなかったから。


だから仮面をつけて、誰にも見られないようにしていた…だって見るからに同じ顔つきだしね。


だからエリスは、胸に手を当てて…叫ぶ。


「ラセツ…お前にとってセラヴィは唯一の肉親でしょう。例え母親を殺されたとしても…家族なんだから分かりあうべきですよ!」


「言うな…」


「父親と向き合うべきです!仮面なんて取って!話し合いましょうよ!!」


「言うなって……」


「家族なら…きっと心で通じ合えま─────」


「言うなって言うとるやろうがぁぁああああああああああッッッッッ!!!」


瞬間ラセツは今までにないほど激昂し、全身から推進力を吹き上げ一気にエリスに肉薄しエリスの首を掴んでそのまま地面に叩きつけ…牙を剥きながら、吠える。その様はまさしく悪鬼の如く。


「なんも知らんくせに綺麗事言うなやッッ!オレがアイツにどんな目に遭わされたか!どんな人生歩んできたか!!アイツのせいでオレの人生めちゃくちゃにされて!大好きやった母ちゃんも殺されてッッ!分かり合えるわけないやろうがッッ!!!」


「グッ…ゔっ……」


「アイツに復讐するためだけに!今までの人生全部使うて来た!アイツはオレを…都合のいい用心棒程度にしか思っとらんが…それでええんや、このポジションを得る為にオレぁ!舌噛み切りたくなるくらいの屈辱に耐えて来たんやからな……!」


「ッ……」


「その為に!全部捨てた!クソッタレな故郷も!母ちゃんがくれた…ラヴィベルっちゅう名前も、全部捨てた…全部捨てた!!!」


ラセツはエリスの首をギリギリと絞めながら、瞳から涙をポタポタと流す。それほどに…彼にとって苦い過去なんだろう。なるほど…なるほど……。


「…ラヴィベル・セステルティウス、それがお前の…本名ってわけですか」


「セステルティウスの名で呼ぶなやッ!それはオレにとって───」


「忌むべき名前…分かりますよ」


「あ?」


ああ、分かっていたさ…分かっていたから、歯の浮くような綺麗事、言ったんだからな!!


「分かりますよ…エリスも同じですから、父親から虐待されて…母親には捨てられて!エリスにとっても家族という言葉は!呪いの言葉でしたから!少し前までは…ですが」


「何言うて…」


「だから、分かってたんですよ…お前がこう言えば、エリスに近づいてくるって!!」


「ッ!しまッこいつ──」


瞬間エリスは防壁を展開しラセツの魔力を押し出しラセツの腹に火雷招を打ち込み、体を引き剥がす…。


分かっていたよ、ラヴィベル…いや、ここは貴方に共感を示しラセツと呼んだままにしましょう。お前が父親のことを言われればキレるってのは分かってた。


エリスも同じだから、エリスにとって父親は呪いの存在だ。…アイツと同じ苗字であるタクス=クスピディータで呼ばれたらブチギレて叩きのめす自信がある。


だからそれを挑発に使った、こう言われたら頭に血が昇るのはステュクスで経験済みですから…。


「ラセツ…お前にとって父親は呪いだ、だから…父親の成果を全て奪い、復讐をしたかった…だからお前はエリス達を使い、何十年も使い、この瞬間のためだけに耐えて来たんでしょう」


「……………」


エリスは立ち上がる、火雷招を受けてなお立ち続けるラセツの前に立ち…口元の血を拭う。


「正直お前は嫌いです、ですが…気持ちはわかります」


「分かるな、オレの屈辱は…オレだけのもんや」


ラセツは頭を抱え…髪を掻きむしる。


「今も忘れん、あの日の屈辱は…だからこそ、アイツのウィナー・テイク・オールの言葉に従って…奴に勝つ為に、奴のやり方で勝つ為に…人生を費やした…。その地獄の日々が…お前に──────」



ラセツは吠える、牙を剥き…エリスを潰す為に、怒りのままに、戦いを終わらせ…自分の人生に終止符を打つ為に。


─────────────────────────


名を、ラヴィベル・セステルティウスという。


オレは…物心ついた時にはもうデルセクトにおった。それこそ…5、6歳の頃やったかな…オレはお母ちゃんっ子で、デルセクトの西部の方にある片田舎で、ひっそりと暮らしてたんや。


「ラヴィベル!ご飯できたわよ!!」


「やったー!お腹減ったねん〜!」


お母ちゃんの名前はプロミナ、赤い髪が特徴の元アルクカースの傭兵や。筋肉ムキムキでめっちゃ強そうやねん。そんなお母ちゃんと一緒に狭くて汚い小屋の中で住んどったのはオレ達二人だけ。


当時は、父親の顔も知らんかった。物心ついてから…一度も見たこともないわ。まぁ見たことないから、当時は気にしとらんかった。


「晩御飯晩御飯〜」


「ごめんねぇ、もっといっぱい料理を出せたらよかったんだけど…」


オレと母ちゃんが暮らす小屋の小さな机には…貧相な晩飯が一つ二つ…、オレだけにパンがついて、母ちゃんには枯れた野菜だけや。はっきり言って…オレらは貧乏やったら。


小さい頃は肉なんか食うたこともなかった…けど。


「いいんだよ!母ちゃん!オレ母ちゃんと一緒に飯食えるん嬉しいわ!」


「そう?全く…可愛い奴めぇー!!」


「きゃはは!」


オレは母ちゃんが好きやった、強くて…優しくて…なんでも出来て、ほんまにオレのヒーローやったんやで?ほんまに───。


…………………………………………


「ちょっとプロミナさん!またミスしてますで!?ホンマ勘弁してほしいわ!」


「ご、ごめんなさい…」


「ホンマに、これやからアルクカース人は…筋肉ばっかの役立たずなんやから、ほら邪魔にならんように向こう行っとって!数も数えられんような能無しはせめて邪魔にならようにしてや!」


「すみません……」


オレは母ちゃんが好きやったけど…デルセクトの人間は嫌いやった。デルセクトの人間はみんなインテリぶって、賢ぶって、嫌なことばっかり言うてくるから。


「…………」


母ちゃんは近くの酒場で働いとった、アルクカースと違ってここには傭兵の仕事はあらへんから今までやったこと無い仕事をさ…必死にやっとるのに周りの人間は嫌なことばかり言うんや。


オレはそれを…影から見ることしかできへんかった。


「おい見てぇや、ラヴィベルちゃう?あれ」


「ッ……」


ふと、近所のガキ腐れがオレを見て指をさし寄ってくる。アイツらが指差すのは…オレの顔や。


「よ、寄ってくんなや…」


「お前本当に気味悪い顔やなぁ、長い牙に黄色い目…まるで狼みたいや!」


「おとやん言うてたで!狼は近くにおるだけで不幸を招くって!」


「あーいややいやや、お前がこの街におるとウチらの儲けが減るねん!早よ出てけや!」


「や、やめてや…」


こいつらはすぐにオレに石を投げてくる、言い返したり反撃するとこいつらは親を頼る。こいつらの親はみんな金持ちや、この街は金持ちが偉い。だから最終的に頭下げるんはオレやなくて母ちゃんの方になる、それが嫌やから…オレは耐えることしかできへん。


『見てやあれ、ラヴィベル』


『プロミナはんちの子やろ?ホンマ勘弁してほしいわ…あんなのがおるとホンマに商運がどっか行ってまうで』


そして周りの大人はオレを助けてくれない。オレの顔が狼みたいだから…気味が悪いから、近寄らない。やからオレはこの街の人間が嫌いや…大嫌いや、これ以上ないくらい嫌いや。


「うぅ……!」


「あ!オオカミが逃げたぞー!」


「追っかけろ追っかけろ!」


せやからオレは、いつかデッカい大人になってめちゃくちゃに儲けて…この街から逃げたろ思うててん。そん時は母ちゃんと一緒で…こんな街からおさらばして、母ちゃんに一生美味いもんだけ食わせて…それで。


オレは逃げた、いじめっ子達から必死に逃げた、誰も助けてくれないから逃げた、逃げて…逃げて、逃げて。




「う、ううう……」


いじめっ子達から逃げて、路地裏に隠れて…膝を抱えて泣く、情けなかったから。逃げる最中未来のことばかり考えて、現実から逃避している今の自分の弱さに辟易して…あまりにも情けなくなったから。


「………」


路地裏の隙間から大通りを見れば、楽しそうな親子が歩いてる。母ちゃんがおって、父ちゃんがおって、子供がおって、綺麗な服着て笑いながら歩いてるねん。それ見て…オレは…。


「ラヴィベル?」


「あ…」


ふと、路地裏を覗き込んだ顔を見て口を開ける。母ちゃんや…仕事終わって、それから…オレを探したんやと思う。汗だくで、疲れた顔して、でも…笑って。


「よかった、なんかあったのかと思った」


「ご…ごめ、母ちゃん…オレ」


「また、やられたの…?」


「うん……でもオレ、母ちゃんに言われた通り。手…出さへんかったよ」


本当は、ボコボコにしてやりたかった。大人も子供も…全員纏めてボコボコにして叩きのめして、それで終いにしたかった。オレには…そういう力がある。


けど母ちゃんはダメやって言うんや。だって……。


「うん、ならあんたの勝ちだ…誰がなんて言おうとね」


そう言うんや、そう言ってオレの頭を撫でてくれる…けど、納得がいかへんかった。


「なんでなん、なんで手出したらあかんの?母ちゃんの国では…強い方が偉いんやろ?」


「アルクカースではね、ここでは違う…きっと手を出したり血が流れるようなことになれば、後悔するのはあんたの方になる」


それは…そうだ、オレは母ちゃんに頭下げさせたくない…一度でも下げさせたらオレは、オレの迂闊さを許せへん、きっと…ずっと。


「抵抗するな、暴力はダメだって言ってるんじゃない。ただ…自分の人生に自分で恥じるような真似は…しちゃダメだって言ってるの」


「自分の人生?」


「そう、人生は楽しくなくちゃね…」


母ちゃんはオレに目を合わせて、微笑みながらそう言うんや。


「あんたの人生はあんただけのもの。人生を楽しく生きるってのはその場その場で享楽的に立ち回るだけじゃダメだよ。自分の信条に恥じることをせず、自分で自分を曲げず、そして最後に『素晴らしい人生だ!』って言えるような人生が、一番いいんだ」


だから恥じることはするな、それは傷となって永遠に自分を苦しめ続ける。母はオレにそう語る…オレは、それが酷く耳に残っていた。


素晴らしい人生…人生を楽しく、か…。


「分かった、オレ楽しく生きるわ!母ちゃんと一緒に!」


「いいね!それじゃあ帰ろうか?」


「うん」


憎かった、自分の弱さと貧乏がひたすら憎かった。オレは優しい母ちゃんの手を握りながら、もう片方の手で自分の胸を握りしめて…俯いていた。すると…。


「大丈夫、今だけだよ」


「え?」


「こんな思いさせるのは、今だけ。あの人がきっと迎えに来てくれる」


「あの人?」


「うん、お前のお父さん」


お父さん…生まれてから一度も見たことのない父親の話をされて、口をあんぐりと開ける。おったんや…という不思議な感覚を前に黙っていると。


「あんたのお父さんはね、すごい金持ちなんだ。大きな商会を率いて何人もの人達に頭下げさせて…今は外の国で仕事してるけど、あんたが大きくなったら必ず迎えにくるって言ってた」


「そうなん?父ちゃんおるん?」


「いる、そうしたら私と一緒に国を出てさ。そこでいっぱい勉強して、いっぱいお肉食べて、大きくなろう?ラヴィベル」


「…うん!」


それが本当かはわからなかったけど、もし…いつか父ちゃんが迎えに来てくれたら。さっきみたいな親子で道を歩いて、母ちゃんも苦しい思いせんと…笑って生きられる。笑って…楽しく生きられるんや。


「よーし、じゃあ家まで競争しようか!ラヴィベル!」


「うん!負けへんで!!」


「それじゃあ…よーい、ドン!」


「きゃはは!!」


オレのことはええねん、母ちゃんが幸せになって欲しかった。こんだけ頑張ってくれてんねん、ちょっとくらい報われてもええやんか。そしてこんだけ頑張ってるんはオレの為や…やから、オレが幸せにしやなあかん。


早う大人になりたい、早う父ちゃんが迎えに来てほしい、早う…早う……。


……………………………………………


それは、ある日のことだ。オレは響く叫び声に反応して…飛び起きてしまったんだ。ベッドから飛び起きると…そこには、母ちゃんと見知らぬ男女がいた。


「なんで!話が違う!!」


「うるせェな…テメェと契約を結んだわけでもなし、ギャーギャー喚くんじゃねぇよ」


「なんで…セラヴィ、私とラヴィベルはあんたを信じて……」


そこにいたのは…見たことのない男、綺麗なスーツをビシッと決めて口には葉巻を咥えた怖い男。せやけど俺はすぐにわかった…このセラヴィと呼ばれている男こそが。


(これが…オレの父ちゃん…?)


想像していたのと全然違う、母ちゃんも…ぐしゃぐしゃに涙を流して、両手を床について頭を下げながら何度も何かを頼み込んでいた。しかしセラヴィは…それを受け入れず。


「馬鹿野郎が、一夜を共にしただけで夫婦気取りか?足ぃ怪我して働けねぇってお前をアルクカースで娼婦代わりにして金を恵んでやっただけだろ」


「だ、だったら!ラヴィベルを…ラヴィベルをそんな…奴隷みたいに扱おうとしないで!」


「俺のガキをどう扱おうがオレの勝手だろうと最初に言ってあっただろうが、手前はそれをただ育てるだけの人間だ…俺はお前にガキ預けてただけなんだよプロミナ」


「そんな…そんなの!ッ!…ラヴィベル」


ふと、母ちゃんはオレが起きていることに気がつき、セラヴィもまたオレを見て目を細く細く尖らせ。


「ほう、あれが…中々いい感じに育てたじゃねぇか。見立て通りだ…おい、お前…ちょっとこっちに来い」


「や、やめて!ラヴィベル!逃げて!!」


母ちゃんが見たこともないくらい顔を真っ青にして、オレを守ろうと立ち上がった…次の瞬間だった。


「え……」


「足掻くなよプロミナ、お前はもう負けてんだからよ」


響く爆発音、鼻の奥に刺さるような匂い、それと共に…目の前の母ちゃんの影が崩れ落ちて、倒れる。


「母ちゃん?」


母ちゃんは動かへんかった。頭から血ぃ流して…頭に穴開いて…オレは震える首でセラヴィを見ると、そいつの手には銃が握られてて…硝煙が、溢れていた。


「母ちゃん……」


「俺は勝者だ、だから全てを得る権利がある。敗者のプロミナから全てを奪う権利がある…何かおかしなことを言ってたか?俺はよ」


セラヴィは咥えた葉巻を捨てながらくつくつと笑っていた。頭の中で…何かがグツグツと煮えたぎるような、肩から力が抜けていくような、相反する二つの感情が体の中で渦巻く。


その瞬間、セラヴィはこう言った。


「ウィナー・テイク・オール…勝者総取り、それが世の摂理だろう?」


そう言うんだ、勝ったらから…奪っていいって。そんなの…そんなの罷り通るわけないやん、だって…だって。


殺されてんねんで、母ちゃんが…あんだけ、頑張って…父ちゃん待ってたのに。それがこんな…こんな!



なんで…なんでや、こんな…こんな事って──。


「うわぁぁあああああああああ!!!!」


オレは泣いた、動かなくなった母ちゃんを抱きしめて泣いた。それを冷めた目で見るセラヴィを無視して…ひたすら泣いた。


「ゔぅ……あぁあ……ぐぅ…お前らァッ!!!」


オレは睨む、セラヴィとその横に立つメガネの女を睨む。睨みつけ…牙を剥く。


許さない、許さない、許すわけにはいかない。オレの母ちゃんを殺したこいつを…セラヴィをッ!絶対絶対絶対に許さない!!!


「お前らァッ!!!お前らは死んでも許さんッ!!お前らだけは絶対許さんッッ!!覚えとけやお前らッ!いつか必ず…オレがお前らのことぶっ殺したるからなァッッ!!!」


叫ぶ、怒りに任せて叫ぶ。母ちゃんの仇は死んでも取る…何があろうとも、セラヴィだけは許さない。そう告げるとセラヴィは葉巻をその辺に捨て…。


「クルシフィクス、外出てろ」


「は、はい……」


「……ラヴィベルとか言ったな」


するとセラヴィはオレを見下ろし、こう言った。


「俺はセラヴィ、お前の父親だ…どこまで聞いてるかは分からないが、そこの女と一夜だけ遊んで出来たのがお前だ」


「ッ…何言うてんねん、お前…ッ!母ちゃんはな!!母ちゃんはな!!お前がいつか迎えに来てくれるかもって!待ってたんやぞ!!」


「正直、俺ぁお前らの事なんかどうでもよかった。なんならつい最近までお前らの事なんか忘れてたくらいだ。それなのに結局この街に居着いて…俺はここに戻ってくる気はないって言ってたのに。相変わらず脳みそまで筋肉なアルクカース人は話が理解できないからダメだな」


「なんだとッッ……!!」


母ちゃんがどんな気持ちで待ってたか!母ちゃんがどんな辛い思いをしてここにいたか!!それやのにこのクソッタレは──。


「まぁだがそれはいい、問題は俺が戦力を求めてるってことだ」


「うるさいわ!!母ちゃんに謝れ!!ここで死ね!!」


「最近八大同盟の入れ替わりが激しい、恐らく近いうちに八大同盟の平均レベルは劇的に向上する…今の戦力じゃ権威が維持出来ない。だから俺は子飼いの戦力が欲しくなった…だから俺はアルクカースの女に何人もの子供を産ませ育てさせた…お前はその中でも特級だ、今まで見たアルクカースのガキの中でも最高の資質を持っているとも言える」


「ッッ…何が言いたいんや」


「どうだラヴィベル!俺と一緒に来ないか!俺と一緒に組めばこんな馬小屋みたいな家でバカみたいに貧乏な飯を食う必要もない!金を稼いで金を稼いで…勝てる男に俺がしてやる」


「………」


何をアホくだらんこと言うてんねやこのボケナスは。ンなもんどうでもええわ、こいつ個人の価値観をオレに押し付けんなや…!!


「ウィナー・テイク・オールだ!勝者だけが全てを得られる…どうだ。俺の護衛にならないか」


「…………」


死に去らせやボケくそが、そう叫んでここでこいつを殴り倒そうと…考えた瞬間、思い浮かぶのは。


『それで果たして、オレは満足できるか?』


(いいや満足できん、殴って殴って叩き殺しても苦しいのはその場限りや…こいつには永遠に苦しむ地獄を味合わせるしかない)


それこそ…こいつの信条に則って…こいつが勝ち続け全てを得る瞬間に、横からこいつを指して全てを掻っ攫う。今こいつオレの幸せを奪ったように…目前で全てを奪って、泣き喚くこいつを押さえつけて…全部台無しにするしかオレが満たされる方法はない。


こいつはオレの母ちゃんに地獄見せたんや…だったら、オレも地獄を見せる。その為やったら…なんだってしてやる。


「……ええやんか、それ。金か…ほしいわ…オレ」


「そうかそうか!流石は俺の息子だ。よく弁えている!そうだよなぁ…そこの女より俺の方がいいよなぁ!」


「……ああ」


「クククク、じゃあ決まりだ…行くぞラヴィベル。こんな肥溜めなんて捨てて…もっといい場所に行こう」


「………ああ」


オレはここにいたい、汚い家でもオレと母ちゃんの家なんや。苦しくてもここでの生活は…母ちゃんとオレにとって全てやった。


けどそれでも…今はそれさえも捨てる。だから…だから。


(ごめん…母ちゃん……ッ!)


「フハハハハハ!これでいい!イノケンティウスにもジズにもファウストにも負けない戦力が手に入ったぞーッ!!」


泣くのはこれが最後や…、やからあの世で見といてな?母ちゃん。オレが必ず仇討ったる。


セラヴィがこれから…勝ち続けて、いろんなもんを今回みたいに奪って、それで全てを手に入れる寸前でオレがこいつを横から叩きのめして全部奪って、それでこう言ったるんや。


『ウィナー・テイク・オールだろ?』


ってな…せやから、見といて。最高にオモロいもん…見せたるで。


…………………………………………………


それからオレは、全てを与えられた。財力で手に入る限りの全てをセラヴィはオレに与えた。全部自分を守らせる為の手駒を作るために。


「この世界には理解できないレベルの強者がいる。そいつら相手に戦うには生まれから優秀じゃなきゃダメだ」


セラヴィはそう語る、最強になるには…理論的に行かねばならないと。


「まず最低条件が超人であることとアルクカースの血を継ぐこと。これが前提条件として最高等級の強さへ行ける人間の要項だ」


どうやらオレは先天的な超人だったらしく、ちょっと鍛えたらめちゃくちゃ強うなれた。セラヴィはオレを強くすることに関しては全く手を抜かなかった。


朝から晩まで、ずっとトレーニングだ。倒れたら水をかけられ正しいかも分からないトレーニングをひたすら積まされた。


「おい!お前の為にアルカンシエルから古代魔術の文献を買い付けてきたぞ。これを習得しつつ今日から魔力のトレーニングも追加だ、最強になる条件は応用性の高い魔術を如何に使えるかだ、きちんと覚えておけよ」


そしてマルムラビトゥスを強制的に習得させられ、肉体訓練に加えて魔術訓練も追加された。訓練が増えても一日の時間は増えない、だからその分休憩時間が削られた。


セラヴィはオレに多くを与えた、お陰さんでオレは…強くなれたさ、でもこれはセラヴィのおかげじゃない。こっちが死ぬ思いで修行に励んだからや、負けたくなかったから…セラヴィという存在に負けたくなかったから、修行に励んだんや。


……ああ、けど。



「親父……」


オレはトレーニングを終えてセラヴィの部屋を訪ねると、セラヴィは既に酒瓶をいくつも開けており…上機嫌に金貨を数えていた。しかしオレの顔を見ると…。


「おい、お前今日からラヴィベルと名乗るをやめろ」


「え?なんで…」


「お前が俺のガキだってバレると俺に弱みがあると思われる。正直お前は俺の弱みにはなり得ないが…弱みってのはあると思われるだけでも面倒だ、だから今日からこれつけて生きろ。本名も捨てろ」


目の前に鉄の仮面が投げられる。


「今日からは仮面をつけて、本名を捨てて生きろ、俺のことも父と呼ぶな…社長と呼べ。分かったな」


「…………」


「それにお前の顔を見てると気分が悪くなる、肉体的にまだ何もかも完璧だが…商人としてはその狼顔は最悪だな」


それだけ吐き捨てるように言うと…セラヴィはまた金貨を数える作業に戻る。それだけだ、セラヴィはオレを鍛えることには執心していたが…母ちゃんが言ったようなオレを大事にしてくれるような親父ではなかった。


剰え…母ちゃんがオレにくれた贈り物である名前も捨てろなんて言うんや、しかも本人は全く大事に捉えてらん…もう笑えてきて、食ってかかる気分にもならんかった。


「分かった…いや、分かりました…社長サン」!


「ん、分かったら早く強くなれ。お前が実戦投入出来るようになれば他の組織からナメられることもなくなる」


結局、こいつはオレを使って自分のプライドを満足させることしか考えてなかった。だからこそやりやすかった…今ここで、口では恭順さえ示しておけば、オレがどんな顔してようがこいつは気が付かないんだから。


(いつか…いつか必ず、ぶっ殺したる…)


オレの人生はその為だけにある、セラヴィ・セステルティウスという男を地獄に落とす為だけにある。その為ならどんな屈辱も受け入れるし、どんな物でも捨ててやる。


最早、その生き方は人に在らず…オレは。


「……ラセツ」


「あ?どうした」


「社長サン、オレ…今日からラセツって名乗りますわ」


「ラセツ?まぁ…好きにすりゃいいが」


外文明の極東に伝わる悪魔の名を取り、母から賜った名を捨てる…それは同時に、セステルティウスの忌名への決別でもあった。


この日からオレは、オレになった。ただ一心…セラヴィから全てを奪う為だけの生き方の為に、オレはセラヴィに媚を売って、力をつけて、パラベラムの大看板になって。


いつしか、『悪鬼』ラセツ…と呼ばれるようになる。そうして力を得てからは…タイミングを探る毎日やった。


……………………………………………………


セラヴィは隙を見せなかった、奴は勝利を求める利益主義者だが同時に大きな賭けにも滅多に出ない。オレが望んでいるのは全てを得るタイミングで裏切ること…だから相応のタイミングが欲しかったのに、セラヴィは中々隙を見せなかった。


そんなある日のことだ。宰相レナトゥスから『大規模な遺跡を見つけた、だが我々では発掘出来ない。権利はくれてやるからお前達が調査しろ』と…表向きには金銭取引で、裏ではマレフィカルムの戦力増強の為レーヴァテイン遺跡群の権利を渡されたんだ。


最初こそ消極的だったセラヴィは…遺跡から発掘された文献に書かれた古ピスケス語の翻訳が終わり、その内容を読んだ時から…目の色を変えた。


「黒衣姫…素晴らしい、なんだこのスペックは!本当にこんなものがあるとするなら…欲しい、欲しいぞ!これさえあれば俺は誰にも負けない!」


黒衣姫の存在を知って、セラヴィは歓喜した。その姿を見たオレが感じたことは二つ。


一つはセラヴィが黒衣姫を手に入れればいよいよオレはお払い箱になると言うこと。パラベラムの武力の象徴だったオレすら超える装備をセラヴィ自身が手に入れたら奴は武力的権威をオレに頼る必要はなくなる。黒衣姫を手に入れたら…まず始末されるのはオレだ。


そしてもう一つは…これこそ、オレが望んでいたタイミングだと言うこと。セラヴィが黒衣姫を手に入れる瞬間を狙って、オレがアイツを後ろから撃ち…奴を絶望の底に叩き落とす。


(これや…これしかない)


失敗すれば死ぬのはオレだ、だが勝てばオレがセラヴィの全てを奪い取れる。奴が積み上げた全てを…オレが総取りする。だが問題があったのはそこから…中々発掘作業が進まなかったのだ。


膨大な額を遺跡に投じてセラヴィが損したのはいいが、あまりにも時間がかかり過ぎた…このままじゃどこかでセラヴィが遺跡から手を引くかもしれない。アイツはこう言う時あっさり損害を度外視で手を引ける男だ。


せっかく巡ってきたチャンス、なんとしても物にしたい…そんな時だった。


「魔女の弟子…ジズもオウマもイシュキミリもルビカンテもぶっ潰した実力者集団か」


ある日偶然、魔女の弟子と思われる集団を見かけたのは。その瞬間オレの頭は一つの計画を叩き出した。


魔女の弟子達を使いレーヴァテインを回収できるのでは?そこで魔女の弟子達にレーヴァテインを連れ攫わせ争奪戦の様相を作る。


セラヴィが争奪戦に躍起になっている隙に黒の工廠を爆破する。これはゴルゴネイオンを焚き付ければ簡単に出来る。


黒の工廠という退路を失ったセラヴィはレーヴァテイン遺跡群にしか希望を見出せなくなる。そして魔女の弟子達も黒衣姫を起動させまいと必ず動く、なら決戦はここで行われるだろう。


そこで魔女の弟子とセラヴィ達が戦っている隙に…黒衣姫に手を伸ばしたセラヴィを後ろから殴り倒し、そこで裏切るんだ。


そうすればオレはセラヴィに完璧に勝てる。そしてパラベラムの全てを奪い去り、同時に遺跡も爆破、邪魔な幹部やクルシフィクスもまとめて消し去れば必然的にオレにパラベラムの主導権は巡ってくる。


あとはディーメントの連中と一緒にパラベラムの資産を食い潰すなりなんなりすればいい、金に困ったらレーヴァテインを使って兵器を作らせればいい。


完璧だ、魔女の弟子とパラベラムの対立構造を作り…それを横からぶっ壊してオレが総取りする。オレだけが勝てる構図にする。


「ククク、ええやんええやん…楽しくなってきたわ」


ようやくだった、ここに来るまで二十年以上かけた。母ちゃんの仇の下で働いて、一番憎い奴におべっか使ってこき使われて、屈辱も恥辱も全部飲み込んでオレがセラヴィに完璧に恭順してると思わせる為になんだってしてきた甲斐があった。


マジで、ここまで来るまで本当に苦労したんや…この一瞬のためにずっと耐えてきたんや、そうしてようやく巡ってきた最後のチャンス。


だから…だから……!!


────────────────────


「邪魔すんじゃねぇぇえええええええッッ!!」


「グッ…!それは、こっちのセリフですよ!!」


嵐のように振るわれるラセツの拳が爆発音と共に次々と放たれ、怒涛の攻撃を前にエリスは回避も防御も必要最低限に…打ち合う。


「ようやくこの日が!この時が!訪れた!奴が全てを手に入れるその時が!オレぁこの日の為にずっと耐えてきたッ!!セラヴィ・セステルティウスを破滅させる為に!そのためだけにッッ!!」


「お前の気持ちも分かります…けど!だったら!!」


瞬間、ラセツの大振りの拳をしゃがんで回避すると共に足を曲げ、バネのように縮め…一気に解放させる。


「エリス達を巻き込まないでくださいッッ!!」


「ぐぶっ…!」


叩き込む、領域を克服したこともありエリスをマルムラビトゥスで操れなくなりモロに腹にエリスの突撃を受けたラセツは口から血を溢れさせながらも…一歩よろめいただけでまるで止まらない。


まぁ…エリスも止まりませんがね。


「セラヴィをぶっ潰したいならどうぞご勝手に!でも…その計画にレーヴァテインさんを!エリス達を巻き込まないでください!!」


こいつなんだ、全部の発端は。エリス達にレーヴァテインを見つけさせようと裏から手を回した時点でこいつはエリス達を使ってセラヴィを破滅させようとしていた。エリス達がパラベラムに狙われたのも…セラヴィがレーヴァテイン遺跡の全権を手に入れてしまったのも、全てこいつが裏で手回していたからだ。


セラヴィを破滅させたいなら勝手にやってくれ、そこに他人を巻き込まないでくれ。


「ッ…しゃあないやろ!レーヴァテインが見つからへんだんやから!誰かがあの遺跡の奥地へ続く道を見つけるしかなかった!それがたまたまお前らやっただけや!」


「それはお前の勝手──げぶっ!?」


「それにな、他人がどうなろうが知った事か!オレはセラヴィに勝つ為にどんな事でもしたる!アイツが全てに勝つその瞬間に…奴が築き上げたパラベラムの全てを奪う為なら!千人だろうが万人だろうが踏み台にしたるわッッ!!」


それでもラセツの推進力を操る力は健在であり、一瞬で音速に至るラセツの拳は弾丸のようにエリスの顔面を打ち抜きエリスの口元から血が噴き出る。デティの継続治癒があるにしても…痛いもんは痛いし、意識が飛びそうなことに変わりはない…けど。


「だから…エリスはここで戦うんです!」


「まだ動くか…!」


「お前の目的がなんであれ、お前の志がどうであれ!エリスはエリスの友達に手を出す奴は一人だって許しません!!パラベラムもお前も!纏めてぶっ飛ばしてやります!!」


今、ここで引けない。ラグナもデティもまだ戦線復帰出来ていない以上エリスが引けばそれは負けだ、エリスは負けたくない。


「裏側で全部操ってる気分で!いいように相手を使って影でほくそ笑んで!剰え!無関係のレーヴァテインさんを渦中に叩き込んで!!そんな奴に好きなようにさせてたまりますか!!!」


「喧しいわ!セラヴィがこの遺跡を見つけた時点で無関係やあらへん!それを上手く使って何が悪いんや!!」


二人の拳の応酬が空気を引き裂き轟音が響き、殴打音が幾度となく重なり続ける。


きっと、こいつが全てを手に入れればレーヴァテインさんも好きに扱うだろう。ラセツがレーヴァテインさんを手中に収める…つまり、どうなる?


「ウィナー・テイク・オール!オレがアイツの全てを奪い取る!それで終いや!オレがパラベラムの次期社長になるッッ!」


変わらない、何も。敵の頭がセラヴィからラセツにすげ変わるだけ…寧ろセラヴィという抑制がなくなってより一層パラベラムは武闘派組織になる。そんな中でレーヴァテインさんがどう扱われるかなんて、酷い結末しか想像できない。だからさせるわけには行かない。


「そうなりゃこんな戦いも終わりにする、レーヴァテインを連れ去りこの遺跡丸ごと爆破してお前ら全員殺す、面倒なデキマティオもクルレイもベスティアスも纏めて吹っ飛ばす!黒の工廠もない以上…セラヴィも幹部も消えれば必然!主導権はオレとディーメントの奴らに転がり込む!レーヴァテインさえいれば!いくらでもやり直せる!」


パラベラムは広大な組織だ、ここにいる人間が消し飛んでも健在足れるだけの規模はある。セラヴィと幹部がここに集まっている以上ここを消してしまえばラセツは本当にパラベラムの実権を握れる。


そうなれば…こいつが当初目論んでいた通りになる。エリス達も、セラヴィ達も、ラセツに負けて…ただ一人勝ったラセツは全てを手に入れることになる。


一人勝ち…勝者総取り、エリス達は死に、パラベラムは一気に武闘派組織に変わり、レーヴァテインさんはその生涯をラセツの為兵器を作り続ける未来がやってくる。


それがこいつの目的、だから今ここで引くわけにはいかない。負けるわけには行かない───けど。


「ホンマ!お前はバカなやっちゃなぁっ!!」


「ぐぶふっ!!」


ラセツの弾丸のような拳が遂にエリスの腹を捉え、衝撃波が体をバラバラにする勢いで爆散する。この場に至ってもラセツは強い、あまりにも強い、極・魔力覚醒という底を見せなお底なしの強さは止まらない。


「オレをここに連れてきてくれてホンマにありがとう!手前がオレをラグナ達から引き剥がしたおかげでオレは今フリーや!セラヴィのおる部屋も近い!お前がここまで連れてきてくれたから!全部いい方向に向かっとる!!」


「グッ…ヴッ…!」


「考えなしのバカが!状況悪化させるいい例や!!」


ラセツの滅多打ちがエリスを幾度となく打ち抜き、押され始める…。


「死に晒せやッッ!お前が死んだら直ぐや!直ぐに全員あの世に送ったる!セラヴィへの恨み言はそこで言えやッッ!!」


「ガハッ!」


そして、地面に叩きつけられ…エリスの口から血が漏れる。確かに…こいつをフリーにしないという観点から見ればエリスはエンジンルームにラセツを追いやる必要はなかっただろう。


だがそれは、飽くまで…時間稼ぎって観点だろ?エリスは…別に、みんなが戻ってくるまで耐えるつもりなんてない。エリスがここに連れてきた本当の理由は……一つ。


「ッエリスは…お前に勝つつもりだって、言ってるでしょう…!」


「あ?まだ言うか…ならやってみろや!」


「やってやりますよ…『ここ』でなら、それも出来る」


「は?」


エリスがここにラセツを連れてきたのは、殴り合いながら立ち回っていたのは全てこの為、ラセツに勝つ為…けどエリス一人の力じゃラセツは倒せない、だから借りる。


ピスケスの力を…。


「ッッ『若雷招』ッ!!」


「は!何を───まさか」


レーヴァテインさんは言っていた、ここはエンジンルームだって。今は停止しているけど…と加えられていたが、停止してるってことは完全に死んでるわけじゃないはずだ。


なら…エネルギーさえあれば動くだろう、エリスが提示できるエネルギーは…一つだけだ。


「ッ……エンジンが動き出しとる…!」


レーヴァテインさんは電力をエネルギーとして使うのはありだ言っていた、使えないこともないだろう。なら動かせるだけの電気を提示すればエンジンは動く。


動き出したエンジンの中は危険だって言ってたよね。危険…危険か、いいね…最高だ。こいつを倒すのにはもってこいだ!!!


「お前正気かッ!!オレ諸共自殺しようってか!!言うとくけどオレは付き合わんでな!一人でやっとれ───あ?」


ふと、ラセツはその場から立ち去ろうとして…気がつく。足が動かないことに、チラリと視線を下に向けると…足元の床が融解しラセツの足を絡め取っていた。


「なんやこれ…」


「苦労しましたよ…絶対に環境的な要因で破壊されないって言う、アダマンタイトを融解させるのは…!」


「手前…まさかオレと殴り合いながら、これを……!」


王星乱舞を全力で使い一点に火力を集中させてアダマンタイトを溶かした、熱で溶けるのはラセツの攻撃で壁が溶けているのを見た時から分かっていた。だからこのアダマンタイト製の機器を溶かしラセツの足を絡め取った。


まぁバレないように全力で殴り合いを演じなきゃいけなかったとのがキツかったですが!それももう終わりだ!


「アホ腐れ!こんなもん直ぐに壊して!」


「その前にお前を倒します!!」


瞬間エリスは高く飛び上がりラセツの領域を抜け出し、向かうのは真上。動き始めたエンジンの一角…ピストン。真上に存在する巨大なピストンに手をつく。


エリス達がいたのはピストンのシリンダーの部分だ、つまりコンプレッションにより上がったピストンは引火爆発により下に落ちるように動く。そこはデルセクトの蒸気機関と同じはずだ。


なら…使う!これを!


「ラセツ!!最後の勝負です!我慢くらべといきましょう!!」


「マジのアホか…お前…死ぬ気か!」


「エリスはいつだって…死ぬ気で生きてるんですよッッ!!」


頭上で爆発が起こる。電気により動き出したエンジンはピストンを動かし巨大な金槌のように鉄の筒を下に振り下ろすようにラセツに向かう。ピストンの真下で電気を供給しながら、ピストンと共に下に急降下するエリスは一気にラセツに向かい。


「どっせいッッ!!」


「グッッ!!」


叩きつける、ピストンを背中に背負い、その勢いを活かした蹴りを放てばラセツは全力の防御でそれを堪える。極・魔力覚醒による領域を克服出来るエリスなら…それをすり抜けてラセツに直接蹴りを加えられる!


「ぐっ……」


「まだまだ!!」


ピストンが再び上がる、それに釣られてエリスも上に向かい…また落ちていく。エンジンはエネルギーがある限り無限に動き続ける。ピストンは何度でも上下する!こいつの防御が崩れるまで何回でも繰り返してやる!


「アホか!この場で一番負荷がかかっんてのはオレでもエンジンでもない!お前やエリス!先に死ぬんはお前やぞ!!!」


「うるせぇええええええ!!!!」


再び、エリスの蹴りとラセツの防御が衝突しラセツの足が地面に埋まる、その際かかる数百トン近い衝撃を体一つで受け止めてラセツに直接与えるエリスもまた、口や鼻から血を噴き出しながらも…続ける。


ラセツの言うことも分かる、防御するラセツよりもピストンに挟まれる形で落ちるエリスの方が負荷が高いことくらい分かってる。けどエネルギー供給をしないとエンジンは直ぐ止まる、何よりピストンだけじゃラセツの領域を抜けない。


デティの継続治癒があと少し残っている。体が砕ける痛みにさえ耐えれば…なんの問題もないんだ!!


「潰れろッッ!ラセツ!!」


「ぐがぁぁあああああ!!負けるかッ!負けるかぁぁあ!!ここまで来てぇぇえええ!!!」


何度も何度も、幾度となく幾度となく、ピストンは上下を繰り返しラセツに高速で衝突する。そのエネルギーを一点に集めてエリスの蹴りがラセツの防御の上から叩き込まれる。


本来は発生しない動きがエンジン内部で起こっていることもあり、そこら中から炎が吹き出し、爆発が起こり、エンジンそのものが破壊されていく。だがそれでも続ける…エリスもラセツもまだ戦えるから。


「倒れろ倒れろ倒れろ倒れろッッ!!!」


「ここまで来るのに!何年かかったと思うてんねん!!負けられるか…負けてたまるか…全部捨てたんや勝つ為に!!だからオレは…ぐはぁ…!」


エリスの蹴りがラセツの防御の上から突き刺さった瞬間、ついにラセツもの口からも血が吐き出される。ピストンのあまりの大きさに奴の推進力を操る力も効いてない、ダメージが入ってる…ダメージが入って……。


「ぐぐ……」


目が滲む、口と鼻から血が飛び出す。本来想定されていない程のダメージがエリスにかかり継続治癒が急激に消耗し消えていく…ダメだ、継続治癒が切れたら死ぬ。死ぬけど……ここで止められるか!!


「勝つのはエリス達です!だから…倒れろ!!ラセツッッッ!!」


「ックソがぁぁああああ!!!勝つのは…オレじゃぁぁああああああ!!!」


加速するピストンに加え、エリスは上昇と共に魔力を足先に集める。エリスの全てを…この一撃にかけて、こいつを倒す…何がなんでも!!


「王星乱舞……!!」


血の滲む声で叫び…全身から黄金の炎を吹き、ピストンを逆に引っ張る形で再加速…そのまま両足をラセツに叩きつけ────。


「『冥星終焉』ッッ!!」


「ぐっ──────!!」


叩き込むのは至上の一撃、レーヴァテイン遺跡のパワーを乗せたエリスの渾身の一撃が炸裂した瞬間…ついに限界を迎えたエンジンが爆発四散しピストンもラセツの足元も崩壊し、何もかもが吹き飛んでいく。


辺り一面が閃光に包まれ…衝突したエリスとラセツの力は轟音となって、奈落に響くのであった。

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