711.対決 『悪鬼』ラセツ
『悪鬼』ラセツ…アド・アストラに匹敵する超巨大組織マレフィカルムにおいて、五本の指に入ると多くの組織達から讃えられる最強の使い手の一人。パラベラムという組織が他の組織から一目置かれる理由であり。
同時に戦闘能力の乏しい幹部が大部分を占めるこの組織が八大同盟であれる理由でもある男。
その戦闘能力は全てが規格外。身体能力、魔力量、使用魔術『マルムラビトゥス』の万能性。それらが評価されているからこそ…多くの組織はラセツこそが最強の五人の一人に相応しいと評価する。
だが、同じ五本指達…。
『宇宙』タヴ、『現人神』マヤ、『怪物王女』クレプシドラ、『神人』イノケンティウス…この四人はそことは違う点を評価する。
実力は素晴らしい、魔力も凄まじい、才能はピカイチ。だがそれ以上に。
ラセツ…という男の強かさは何かあっても敵にしたくない、と…そう言うのだ。己の目的の為なら手足を切り落とし泥さえ舐めても良いと言い切れるラセツの強かさこそ、彼を最強の一角に押し上げていると。
故に彼は止まらない、何があろうとも止まらない。だから…ラセツは強いのだ。
「『マルムラビトゥス』ッッ!!」
「またッ!」
「エリスちゃん!出過ぎないで!」
レーヴァテイン遺跡群で行われるパラベラムとの最終決戦、三幹部を撃破し唯一残った『悪鬼』ラセツに挑むエリスとデティとラグナの三人は防壁を同時に展開させ…推進魔力『マルムラビトゥス』を発動させるラセツから身を守る。
古代の推進魔術マルムラビトゥス、動体系現代魔術の祖とも呼ばれる推進力を生み出す魔術である。風や火などによる推進に頼らず純粋な推進力を生み出し物を動かす事の出来る…ただそれだけの単純な魔術である。
ラセツはこれを用いて高速で移動する、その速度たるやエリスの冥王乱舞に匹敵するほどだ…いや、それでさえ全力かは分からない。だが問題があるとするならマルムラビトゥスの方ではなくそれを使うのがあのラセツという事だ。
「そんなもんで防げるかッ!」
「ぅぐぅ!?」
「エリス!」
まるで矢のように飛んできたラセツの蹴りがエリスの防壁をぶち抜き背後に蹴り飛ばす。即座に反応するラグナだが…。
「見えてんで!」
「ぁが!?」
ラセツの拳がまるで何かに弾かれるように動きラグナを殴り飛ばす。と同時に…。
「ほい失礼!」
「ぎゃん!?」
そのままラセツの体がスライドしデティに向けタックルをかまして吹き飛ばす。人間の打撃とは大体が大きく引いてから打ち出す事で推進力を得て、それを威力に直結させる物だがラセツはそれを必要としない。
ゼロから百の推進力をいきなり作り出せる、だから拳がその場でいきなり動いて殴れるし、足を動かさずにスライド移動が出来る。圧倒的な身体能力を補強するように推進を使ってる…ただでさえ手がつけられなかったのに、これどうすんだ。
「ぐっ…この!『蒼拳天泣激打』ッッ!!」
「ははっ!手数勝負か…ええでェッ!!!」
負けずにラグナは突っ込む、既に魔力覚醒『蒼乱之雲鶴』を用いて超高速の乱打を放つが、両腕に推進力を纏わせ更に加速したラセツの怒涛の連撃が迎え撃つ…。
ダメだ、打ち負ける…エリスが手伝いに行かないと!
「ラグナ!」
「邪魔すんなや!」
咄嗟にエリスも立ち上がるがラセツは足を動かし足元のアダマンタイトを蹴り上げ、それに推進力を加え…まるで銃弾のように放つ。
「がはっ!?」
「ぅぐっ!?」
エリスの体がアダマンタイトの石塊に吹き飛ばされ、ラグナが打ち負け壁に叩きつけられる。
「なははははは!!気持ちええわ…ガチでやれる相手なんかもう殆ど居らへんでな。お前らと戦うのマジで楽しいわぁ〜」
鉄仮面を被り直しラセツはヘラヘラ笑っている、余裕なんてレベルじゃない…ナメやがって!!
(デティに回復してもらったし…また行ける、やれる!)
エリスはそのまま起き上がり、クラウチングの構えを見せ…背中から黄金の炎を吹き出させる。
「王星乱舞!」
「お?」
使えば内臓がやられる超加速の一撃…王星乱舞、やはり奴にダメージを与えるにはこれしかない。この狭い空間じゃエリスの最高火力である流彗は使えない…これに頼るしかない。幸いデティにさっき回復してもらったから使用出来る回数も戻ってる。
今のエリスの状態から考えて回復を挟まなければ連続使用できる回数は三回が限度…つまり三連撃は行ける!
「『天獅煌撃』ッッ!!」
一気に黄金の炎を推進力に変え、炎を重ね合わせる爆轟波により最高速に至ると共に体丸ごとで一気に突っ込む。肉体全ての質量をそのまま威力に転換する超高速の一撃…それを加える為にラセツに突っ込み──。
「あ、ちょっと待って。それ痛そうやんか」
「え?」
がしかし、ラセツが手を前に出すと…エリスの体がピタリと空中で止まる。どれだけ魔力を噴かせてもビクともしない…というか、なんだこれ。防壁で防がれたにしては衝撃がないし。
まるで…エリスの体が推進力を失ったような……え?まさか。
「お友達が説明しとったやろ、マルムラビトゥスは…推進力に作用する魔術ってな。誰が加速にしか使えんっていうたよ」
「ま…まさか…」
「0を100に出来るなら…100を0にだって出来るんやで?」
ゾッと青褪める、つまり何か?どれだけ勢いをつけて突っ込んでもコイツにはそれを無条件で止める力がある。エリスの王星乱舞は…こいつには通じないって…そういう事か!?
「お疲れちゃん…寝ときやッ!!」
「ぅぐぅっっ!?」
飛んでくるのはラセツの拳。推進力を得てあり得ないくらい早くなったラセツの拳は摩擦熱で燃え上がり空気圧縮により爆裂しエリスの体を一撃で吹き飛ばす…まずい、意識が…飛ぶ。
「エリスちゃん!!」
「お?お前確かヒーラーやったなぁ…!」
吹き飛ばされ転がるエリスを助けにデティが飛んでくるが、そこにラセツが立ち塞がる。
「退いてよ!!」
「退かんけど〜?」
薄れる意識を爪を剥いで必死に保つ、デティがこっちに来るまで耐えなきゃいけない。デティの治癒は体力だけしか回復出来ない、気絶したら目覚めるまで動けなくなる…気絶はダメだ、気絶だけは避けなきゃいけない。
「『不闇不光のペンデール』ッッ!!」
「お、考えてやっとるな?」
デティは両手を魔力に変換し十の指から光の鞭を乱射し一気に解き放つ事で空間全域に光の網を作り出しラセツを切り裂こうとする…が、ラセツの動きもまた早い、直様その巨体が通れそうな道を見つけスルリと避けると共に大きく手を広げ。
「『風来末』ッ!」
「グッ…!」
五指を大きく薙ぎ払う、指先が触れている空気に推進力を与える事で空気の斬撃を作り出しデティの体を切り裂くのだ。体を魔力体にする事で実態を無くす事でなんとか斬撃そのものは避けるが…。
「『啞邪羅華』ッッ!!」
「ゔぅっ!?」
弾かれる。魔力の体は魔力で弾かれる。ラセツの放った紅の拳が魔力を放ちデティを吹き飛ばし撃退する。デティでさえラセツを抜けないか…まずい、本格的に意識が。
「デティ!」
「ッ…ごめん、ラグナ」
しかし飛ばされたデティを受け止めたラグナは…静かに息を整え。
「悪い、デティ…俺の治癒を頼めるか」
「え?でもエリスちゃんが…」
「俺が一人でエリスを治せるだけの時間を稼ぐ…その為だ、頼む」
「一人でって…ラグナ、あんた…いや、分かった」
デティは古式治癒でラグナの治癒を始める…でも、それはつまりラグナが一人でラセツと戦い時間を稼ぐことを意味する。あのラセツを相手に単独で戦うなんて命取りだ…。
「ら…ぐなッ…!」
「待ってろよ、エリス…必ず助ける。けど俺はお前の傷を治せない…俺に出来るのはこれだけだ」
「死なないでよ、ラグナ!」
「任せとけ、俺の体はこういう時のためにあるんだ。鬼に会うては鬼を穿つ、仏に会うては仏を割る…我が手には山を割る剛力を。我が足には海を割る怪力を、我が五体に神を宿し我今より修羅と成る『紅鏡日華・三千大千天拳道』ッッ!!」
蒼乱之雲鶴に紅鏡日華・三千大千天拳道の紅い輝きが加わり…燃え上がる。ラグナにとって切り札に近い状態。だがそれを見ても…ラセツは。
「どこまで楽しませてくれるんやお前らは…」
余裕…ラセツのという無敵の牙城を崩す為、ラグナが先んじて…底を見せる。
…………………………………………………………………
「行けッ!!デティ!!」
「うんっ!」
「行ってもええでぇ〜…そっちのあんちゃんとやらせてもらうでな!」
俺は切り札の一つを切る。強化覚醒と最大級の付与魔術…俺が使える最高等級の状態、これでどこまでラセツとの距離を縮められるか。そこが要点だ…故に。
「人様の妻になに手ェ出してくれてんだクソゴルァッ!!」
「どつき合いに男も女も関係あるかいなッッ!!」
一気に踏み込み、ラセツに拳を振るうが…それさえもラセツは軽々と腕を盾にし防ぐと…。
「ドルァッ!!」
「ガァっ!?」
殴り抜いてくる。推進力を用いたノーモーションからの打撃…それが避けられない、早い上に出所が読めない。けど…!
「引けねぇんだよッッ!!」
「おっ!?」
地面に足を突き刺すように踏ん張り、吹き飛ばされないように歯を食い縛り一気に拳をラセツの懐に叩き込む。その一撃によりラセツの体は若干宙に浮き…。
「ようやるわッ!」
「グッ!?」
しかし、それでも怯まないラセツはその岩のような拳骨を俺に叩きつける。推進力により更に加速しその上で魔力遍在で強化した拳は紅に輝きアダマンタイトの床を粉砕し俺とラセツを下の階へと落としていく。
「いっ…てぇ、ッ!やばっ!」
「オラァッ!!」
地面に落ちあまりの痛みに悶えていると…次の瞬間空からラセツが降ってくる。それを前に俺は後ろに飛び込みラセツの足を回避すると、その蹴りによりアダマンタイトの床が再びヒビ割れる。
あれを壊す為に、俺がどんだけ苦労したか分かってんのかコイツは。あんな簡単にバキバキ割りやがって。
「オレ相手にタイマン張ろうなんて根性ある奴久しく見とらんわ、肩透かし食らわせてくれんなやあんちゃん!」
「安心しろ…俺は、ただ時間稼ぐ為だけに一人になったわけじゃねぇ…!」
「へぇ!そらどういうことや!」
ラセツが突っ込み、足を振るう。それだけで空気が鳴動し大気が打ち鳴らされる。それをしゃがんで回避し拳を立てながら一気に跳躍しラセツの顔へ振るう。
「言ったろ!俺の妻に手ェ出したクソ野郎をボコボコにしなきゃ気が済まねぇんだよ!!」
「おっと!気ィ強いやんかあんちゃん!」
しかしそれすら推進力を後方に加えるスライド移動で回避される、と同時に俺の胸ぐらを掴み。
「せやけどあんま自分の力に自信持ったらあかんで!オレぁお前の百倍は強いでなッ!!」
「ごはぁっ!?」
そのまま勢いを活かして引っ張られ、地面に叩きつけられ胃液が漏れる…。ダメだこれ…全然変わってねぇ。
「お前も分かるやろ…!そんだけ修行してきたんや、力の差くらい読めるはずやッ!」
「ぐっ!!ぁがぁ!?」
咄嗟に立ち上がるがラセツの怒涛の連撃が叩き込まれる、防御してみるがダメだ…腕が弾かれる、防壁でも防げない。
「手前の理屈通したいなら強くなりや…!せやったら守りたいモンも守れるようになるやろ!」
「ごっ…が…!」
そして突き刺さるようなフロントキックが俺の鳩尾に衝突し背後に衝撃波が吹き飛び天井の埃を落とす。ダメだ…ここまでやって互角にもならねぇ…!
「グッ…クソ…」
「上のねぇーちゃん達中々来ぇへんな…大方エリスが気絶でもしたんやろ。ほんの数十秒稼ぐつもりやったろうに…仲間の救援っちゅうアテが外れてもうたな」
「ッ……お前、ちょっと強すぎないか…」
「ん?ああ、まぁな?オレも強くなる為に色々したし…まぁそこはお前も同じやろうけど」
ラセツは首を捻って音を鳴らしながらくつくつと肩を揺らして笑い…。
「お前、後天的な超人やろ。修行の最中で肉体が変質して人の領域超えた類の奴や」
「…………」
「せやけど残念やったな、オレも一応超人やねん。それも先天的な…」
やっぱりな…って感想が湧いて出る。コイツはネレイドの同じ類の生まれながらにして人を超えていた超人の類。世間一般の話になるが後天的な超人よりも先天的な超人の方が強いとされている…ラセツはその辺を指摘したいんだろう。
俺よりも…ラセツの方が強いって。
「お前がここでいくら踏ん張っても…無駄やで、超人のスタミナの量は分かっとるやろ。波状攻撃や治癒での戦いの延長…そういうのをしてオレのスタミナ切れを狙いたいんやろうが、残念…オレぁこの調子で三日三晩戦える」
「…………」
「ま、そんなに待ってたら黒衣姫がえらいことになるで…そんな長引かせんけど」
「俺達をいつでも倒せるつもりでいるのか?」
「つもりやあらへん、事実や」
はぁ…悔しいな、ここまで言われて何クソと言い返せるだけの材料がない。エリス達の復帰にはもう少し時間がかかりそうだ、このまま行けば俺は負けるかもしれない、けど……。
一人だからこそ、出来ることもある…奥の手も奥の手、切ってみるか!
「はぁ〜…そんなナメた口利かれると…こっちも黙ってられねぇよ」
大きく息を吐き、心臓の鼓動に全てを委ねる。
「ん?お前それ……」
「はぁ…はぁ…ハァ…ハァッ…!!」
血潮の温度が上がる、ドクドクと脳内で何かが溢れ出て…力が漲ると同時に、意識が薄れる。来た…来た来た!!
「グッ…がぁぁああ!!」
「争心解放か!それも一番やばい理性飛ぶヤツ!!アルクカース人やから使えて当然か!」
争心解放…アルクカース人の特権、アルクカース人の中でも限られた戦士だけが使える戦闘形態であるそれを用いれば、全身の筋肉が限界以上に隆起し瞳が赤く染まり、髪の毛がまるで血でも通ったかのようにメラメラと燃え上がる炎のように赤くなる。
俺にとっての最終手段、仲間が近くにいる時は使えない暴走という手段…コイツが奥の手だ。
「せやけど暴走したら折角の技術も失われるで!こら綿密な攻め合いは期待出来そうにな────」
……刹那、轟音が響く。
「あぇ…!?」
ラセツの間抜けな声が響く。次いでラセツは気がつく…自分が蹴り飛ばされていたことに。
「ッ嘘やろ!?」
「ぅぅぐるぁああああ!!!」
流麗な動きで構えを取り、足を引くラグナは確かに蹴りの姿勢をとっていた。それを見たラセツはぐるりと体を回し受け身を取り…。
「暴走して意識は飛んどる…せやのに動きがまるで変わらん。コイツ…どんだけ修練積んどるんや…!」
「ぅがぁあああああ!!」
「へっ、そうかい!」
争心解放中のアルクカース人の身体能力の向上は言わずもがな、アドレナリンとドーパミンの過剰分泌による超興奮はその身体の限界以上を引き出す。その分泌量の多さによりいくつかのタイプに分けられる争心解放…特にラグナはその中でも最も強力と言われる理性を犠牲に最大のリターンを得るタイプ。
四つ足を突いて一気に突っ込む、そこに蒼乱之雲鶴に付与魔術が加わり手がつけられない速度になり……。
「甘い、『マルムラビトゥス』!」
「ッ!」
しかしラセツはそれに向け手をかざしラグナの推進力を奪い、その突撃を防いで……。
(いや、違う…これ、止まっとら───)
「ぅぐがぁぁあああ!」
「ごぶふぅ!?」
一撃、止められたはずのラグナが動き出し体を回転させ足を尻尾のように振るうことでラセツの脇腹を打った。止められたはず…とはラセツから見たらの話。実際は…。
(コイツ…オレの魔術発動のタイミングを直感だけで読んで自分で止まったんや!魔術の有効範囲に入らんかった…そんな事まで出来るんか!)
ラグナは自分でブレーキをかけてラセツのマルムラビトゥスの範囲に入らず停止から逃れていたのだ。全て直感によって読み切った…理屈もへったくれもないラグナの動きにラセツの仮面の内側から余裕の色が消える。
「フッ…!痛いやんけ」
「ぐぎゃぁぁああああ!!」
(コイツ、こんな戦闘衝動抱えて普段あんな落ち着いて生きてんのかいな。人の二面性っちゅうんはわからんモンやな…)
異常に低い姿勢から繰り出されるラグナの疾走、それは瞬く間にラセツとの距離を縮めラセツもまた手を開閉し自らの調子を再度確認した後…。
「よッ!」
マルムラビトゥスを生かし助走の必要としないノーモーションでの乱打を続け様に繰り出しラグナを滅多打ちににしようとする…しかし。
「ぐぅうう!」
(これは当たらん…と、コイツ目で見とらんな?肌の感覚で空気の揺れる感触で攻撃の進行方向を見切っとるんや、つーことはマルムラビトゥスはあんま効果ないかもな)
ラグナは避けて見せるのだ、関節を異常なほどに曲げながら本来なら人間が行わない挙動でラセツのノーモーション乱打を回避し…。
「ぅガァっ!」
「ぐっ…!」
叩き込むのは頭突き、鋭く打ち込むような頭突きを受け今度こそラセツは口から息を漏らす。
(いってぇな…こりゃ八大同盟の盟主級じゃ相手にならんなマジで。つーか前戦った時より動きが綺麗やし…マジでこの短時間で何があったんや)
「ぅぎぃぃいいいいい!!」
(けど動きは分かってきた、そう言う動きやったら対応出来る)
ラセツはラグナの動きを見切り始める。ラグナは全身を回すようにして常に攻撃に遠心力を乗せている、足で蹴り、拳で殴り、頭で叩き、胴体を中心として突き出たそれぞれの関節を全て攻撃に用いている。
人間の戦い方には見えないがそれでもラセツは冷静に、冷徹に動きを観察し…リズムを掴む。
「ぅががが!」
(リズム…見えた!このタイミング!ドンピシャ!取ったで!)
暴れ狂うように全身を回しそのまま右拳を叩きつけようと一気に肉薄するラグナのタイミングに完全に合わせ推進力を用いて加速した左腕を振るいラグナの顔面に添えるようにカウンターを放つ……が。
(いや…待て、なんかおかしい…!)
カウンターを放った瞬間ラセツは異常なまでの違和感に襲われる。それは説明の出来ない違和感で正体は全く掴めないが…ふと、ラセツが目を向けたのはラグナの顔。そのラグナの顔は……。
(オレを…見とる、仮面の向こうのオレの視線を…見とる…!?)
見ていたのだ、闇雲に攻撃しているように見えて…ラセツが観察するようにラグナもまた観察していた、その事実に気がついた瞬間違和感の正体もまた見えた。つまり…。
(ヤバッ!罠かッ──)
その瞬間ラセツの拳は空を切る、まるでラグナは来るのが分かっていたように首を横に背け、そのままラセツの腕を左手で掴み、ラセツの腕を軸に更にもう一回転し…。
「ぅガァっ!!!」
「ゴブッ!?」
叩き込む、蹴りを。それはラセツの流体防壁すら切り裂き顔面に当たりラセツの体が大きく横にズレ…落ちる。
「グッ…いってぇ…あかん、血ィ出とる…」
ポタリと…ラセツの額から血が落ちる、初めて彼の体から血が溢れたのだ…いや、それだけじゃない。額から落ちた血がそのまま床に落ちたと言うことは。
「はぁ…しかも、やってくれたな…お前」
ラセツは打たれた箇所に手を当て…確認する。割れている…鉄の仮面が。打たれた左上部分が欠けている、それにより額とラセツの目が露出し…ギロリとラグナを睨みつける。
「流石にこれはちょっと…許せんな…」
「ッ……」
ラセツは大きく体を上げラグナを見下ろすようにその目を向ける。それを見たラグナは一瞬たじろぐ…ラセツの割れた仮面から覗く鋭い黄金の瞳を見て、一瞬怯えるような仕草を見せるのだ。
「ぅ…あ…お前、その目……」
あまりの驚愕にラグナは一瞬冷静さを取り戻してしまう。それほどまでにラセツの目が衝撃的だった、凡そ人間がする目とは思えない…まるで。
「獣……!?」
夜に輝く獣の瞳の如き鋭眼を見たラグナは思わずそう呟いてしまう、がそれを聞いたラセツは更に目を鋭く尖らせ。
「オレはな、オレの顔を見た奴は一人として生かしておかんって決めてんねん」
「ッ……」
低く、響くようなラセツの怒りの声が響く。それと同時に黄金の瞳が赤く染まり…ラセツの筋肉が異常なまでに膨張し、髪もまた…炎のように赤く染まり、メラメラと燃え上がるように浮かび上がり…。
「な…ッ!?お前…それ……!」
「びっくらこいて素に戻ってんで?別に驚くこともないやろ」
「いや、だって…お前」
ラグナは思わず指を向ける、なぜなら今…ラセツがやっているのは。
「なんでお前…争心解放使ってんだよ…!?」
ラセツが今行っているのは間違いなく争心解放、血によって充血する瞳、発汗により噴き出る蒸気、赤く染まる髪、異常に膨張する筋肉。そのどれもが争心解放の特徴と合致していたからだ。
「なんでって言わへんだっけ?オレってば…ハーフやねん。デルセクト人と…アルクカース人の、せやからこれくらい…楽勝やわ」
「ッッ……」
「『争心解放』…次はこっちの──」
瞬間、ラセツが動くとともにラグナも慌てて争心解放を用いて…。
「───番やッッ!!」
「ごはぁっっ!?」
がしかし、ラセツが一手早い。肩から放つような直角の拳がラグナを殴り飛ばし廊下の果てまで押し飛ばし、壁にめり込む。
「ッ…アイツ、争心解放を行ってるのに…」
「理性は消えんで?オレお利口やねん」
「ッ……」
そして同時に廊下の奥から一瞬で飛んできて壁にめり込むラグナの体を穿つような膝蹴りが直撃し、アダマンタイトの壁が叩き割れる。
「ァガッ…ぐぅう!」
「せやけどこれやるとさ、疲れるねん…おまけに気分が昂ってなぁ。早うに玩具を壊してまうねん…せやから、堪忍してや…玩具君!」
「ゔっ!」
争心解放を解いてしまい冷静になったラグナは体を丸めるように腕を畳み防御の姿勢を取るがその上から殴りつけるラセツの強引な乱打に体を揺さぶられる。
(超人の肉体に加えて、アルクカースの争心解放だって…?ナシだろうがよそりゃあ!いくらなんでも無茶苦茶過ぎる!!)
「なはははははははッッ!ほらほら耐えろや!貝殻が破られた貝は喰われるだけやで!!」
「グッ!ゔっ…!」
もう回避とか反撃とか言ってる暇がない、このままじゃ本当に殺され───。
「『天狗刺し』」
瞬間、ラセツは五指を立て、ラグナに当てる…と同時にその先から放たれたのは推進力の塊。前に押しやる力がラグナの脇腹に当たり押し飛ばされる。
だが飛ばされたのはラグナの体ではない、ラセツの指の射線上にある全て、つまり…。
「ッッがぁぁあぁああ!!」
貫いた、ラセツの指の形にラグナの脇腹がくり抜かれその一部の肉だけが後ろにではされたのだ。脇腹から溢れる血にラグナは叫び声を上げ一瞬、防御を解いてしまい…。
「『地獄八景・亡者戯』ェェッ!!」
「ガッ───」
そして、トドメとばかり叩き込まれる一撃がラグナに触れた瞬間。遺跡全体を揺らすような衝撃波が伝播し…ラグナは更に壁の向こうにまで飛ばされ、力無くゴロゴロと転がる…。
「ッかははは!盛大に逝ったなァ!おい生きとるかあんちゃん!死んでへんよな!まだ戦り足りへんねん…もっと殴らせろや」
「ゔっ……」
蹲る…激痛と苦痛にラグナは蹲るが、ラセツは瓦礫を踏み越え着々とこっちにやってくる。
あまりにも絶大過ぎるラセツの力を前にラグナは考えを巡らせる。
(覚醒も…魔術も…争心解放でも倒しきれないか…もう、手札がないぜ…)
「なぁ…おい!」
(もう手札かない…切っていい手札が……)
本当は、エリス達と合流してから使いたかった。エリス達が来るまで持ち堪えたかった…けど、これ以上は無理だ。
乱発は出来ない、一度だけの禁じ手…これを温存することは、もう出来ない。
「ッ!」
「お?」
瞬間ラグナは飛び上がり、後ろに飛び退き…一瞬の時間を作る。
(師範からは決めの一手にだけ…使うことを許されていた、けど…仕方ない。使うか!)
両手を広げ、息を整え…集中する。実戦で使うのは初めてだしこんな状況で使えばどうなるか分からない…けど不思議と失敗する気がしない。
電脳世界で師範からは習った十大奥義…その十、即ち無縫化身流最終奥義…。
「最終奥義…『悠久神躯』!!」
「何しとるんや…手前、自分で自分の事攻撃して…」
突き刺す…自分の胸に自分の親指を突き刺す、肋骨の隙間を縫うように親指をぐりぐりと押し込み、筋肉の更にその奥へと指を届かせ…指を動かす。
ともすれば自傷にも思えるその姿…されど違う、俺は刺したんじゃない、突いたんだ…『気穴』を。
────────────────────
「無縫化身流の技の中には気穴をつく経絡術があるのは知ってるよな?つーか使えるよな、お前」
電脳世界で出会った若い頃の師範は俺にそう言った、確かに無縫化身流の中には経絡術がある…とは言えあまりメインで使われる技術ではなくとりあえず使えるくらいでしかない。それこそ悪魔の見えざる手のムスクルスみたいにそれをメインにして戦うなんて事もしない。
だが師範は続けてこう言った。
「悠久神躯は言ってみれば経絡術を使った自身の限界を一時的に超える技だ…、無縫化身流は形意拳だ。動物を真似、植物を真似、自然を真似ることで力を借りる武術。その奥義たる悠久神躯は…最も強い動物である『人間』の力を100%以上引き出すものなんだよ」
師範は構えを取りながら俺に教えてくれた、究極の形意拳は…人の拳か。なんとも皮肉な結論ではある。
だって人以上の力を求めて動物や植物の動きから着想を得ていたのに、結局一番強い動物がなんなのか考えた結果…人間そのものなんだと言う答えにに行き着いちまうんだから。
「悠久神躯は心臓の中心にある神魂穴と言う気穴を突く事により発動する無縫化身流の極意中の極意だ、お前が無縫化身流の技を使えるから教えるが…これは簡単には教えちゃならねぇからな?オレもレグルス達には言ってない、この世で知ってるのはオレとアミーと師匠くらいだ」
ってことは知ってるのは師範と師範の従姉妹の羅睺十悪星アミー…そしてシリウス。多分だがウルキあたりも知ってそうだな…。アイツも無縫化身流使えるみたいだし。
「悠久神躯を使えば、お前の魂に隠されている力を解放し…お前を強化することができる」
「え?今更自己強化?そんなの覚醒や付与魔術で事足りるじゃないですか」
「アホンダラ」
スパーン!と師範は俺の頭を叩いて…。
「自己強化じゃねぇ、強化されるのは…お前自身だ」
「俺…自身?それ自己強化じゃ…」
「勿論身体能力も上がる、だがそれ以上にな…この神魂穴を突くってのはつまり魂から手足に伸びる魔力脈を破壊するって意味なんだ、管の外れた水源の如く…一瞬でお前の体を包む程の魔力が溢れ出す、中途半端な自己強化とはまるで違う状態に移行するんだ」
「そんなに強いんですか?」
「これでダメなら人生を諦めた方がいい」
そんなにか…強化の幅がどれくらいかは分からないが、師範は俺に自分を強化する技をいくつか教えてくれているが…ここまで言ったのは初めてだ。
なら……。
「それが必要です、教えてください。師範」
「…………」
師範は少し考え、頭を掻いて…。
「お前本当に分かってんのか!?今の話聞いてたか!?この技は魂から伸びる魔力の脈を破壊して全身に魔力を溢れさせる技だ!つまりこれは人体に本来想定されていない挙動をさせる技だ!制限時間だって十分だって言ったがよ!十分経ったら強制解除されるんじゃねぇ!死ぬんだよ!魂から魔力が溢れすぎたらどうなるか未来のオレは教えてないわけないよな!」
「教わってます、けど師範はこうも言いました…『拳を握る以上、簡単な理由で戦ってない。拳を握らなきゃいけないくらい大切な戦う理由があるのなら…死んでも引くな』って、俺…自分の大切なもの守る為に…引くわけにはいかないんです」
「……オレ、言いそう〜…しゃあねぇ、教える。だが十分以上は使うな、手前の技で相手殺す前に自分が死んでちゃ意味がないからな」
「分かりました!」
「それと使っていいのは一日数分のみ…それで決着がつかなきゃ、まぁ諦めろ。運が良ければそっちの方が生き残れるかもしれないからな」
「うーん!わかりました!」
「約束しろ!」
──────────────────
「十分で…カタがつけばいいけど」
心臓に親指を突き刺した瞬間、何かが外れる感覚がした。さながら管が外れたように…魔力の源である魂からとめどなく力が溢れてくる。その溢れる勢いと量に背筋が凍る。
こんな勢いで出ていくのか、こんなの十分も持たないぞ…!
けど…けど!
「これならッッ!!!」
全身から溢れる白い光が体を包む。光の柱が体から飛び出し空間を満たす…ただそこにいるだけで空間が軋む、なるほど。俺自身を強化すると言う言葉の意味が分かった気がする。
強化されてるのは身体能力だけじゃない、覚醒も…魔術も…全部強化されてる。限界がぶっ壊れて果てまで飛んでいっちまいそうなくらい力が湧き出てくる。今ならなんでも出来る気がする!
「これが…俺の正真正銘の底だ!ラセツ!」
「じゃかぁしぃわッ!そんなええもんあるなら最初から使っとるやろ…デメリットありき何が見え見えじゃボケカスがッッ!!」
瞬間、ラセツが飛び込んでくる。推進力+争心解放であり得ない速度になっているはずなのに…見える。
「そうだよ…デメリット飲み込んで、テメェと戦う為に用意した力だ!」
「なッ!?」
打ち出されたラセツの拳を真っ向から受け止め、背後に空を裂く衝撃波が生まれる…がこの身は微動だにせず。ラセツの仮面の割れ目から見える顔色が変わるのが分かる。
「ッ…手前!」
「遅いッッ!!」
瞬間ラセツは推進力を操りノーモーションから裏拳を繰り出すがそれすらしゃがんで避けて、そのまま一気にラセツの腹に向け足を伸ばし。
「『熱拳一発』ッッ!!」
「ごはぁっ!?」
いつもとは異なり白色の光が拳に纏わりつき、着弾と共に爆裂。ラセツの上着が弾けラセツ自身も吹き飛んでいく…。信じられねぇくらいパワーが出た…これほどか悠久神躯!
「な、なんじゃあそりゃあ!いきなり強くなりすぎやろ!二倍三倍どころの騒ぎやあらへんでそれ!」
「言ってんだろ、テメェ倒す為にここまでやってんだよ!」
「うへぇ!怖ぁ!こんなん相手するだけ馬鹿らしいわ、どーせ時間制限付きやろ?やったら終わるまでオレ向こう行ってるで一人でやっててや」
「待てや!!」
俺のパワーアップの本質に気が付いたラセツは殴り飛ばされるなり即座に転身し推進力を使い凄まじい速さで遠ざかっていく。コイツそう言うことしてくるのか…けど問題ない。
「待てって……」
「え!?」
瞬間、一歩踏み込んだだけで遠ざかるラセツに追いつき…その後頭部を掴むと共に俺は更に踏みしめる。
足を置くのは空中、何もない場所を足で掴み…蹴り抜く。
「言ってんだろ!!!」
「うぇっ!?お前今空気を踏んで──がばっ!?」
そのまま再加速し壁に叩きつけアダマンタイトの隔壁を破壊。するとその先は何やら複雑な管や歯車が並ぶ広大な空間に出る。床がない、見えない、天井も見えない。縦にひたすらに長い空間に出て…その中にラセツを突っ込みつつ俺は考える。
恐らくここはレーヴァテインの言ってたエンジンルーム…今は動いていないらしいが、変なところに出ちまったな。
「いったいやんけ!」
ラセツはそのままクルリと体を動かして巨大な管の上に着地し、俺もまた歯車を掴んで近くの機器の上に降りる。
「逃げようとしても行かせてくれんみたいやし、しゃあないから相手したるわ」
「言ってろ!!」
俺は即座に機器を蹴ってラセツに向かって飛ぶ。が…ラセツは余裕の表情を崩さずニタリと笑い。
「そっちがパワーアップすんのやったら…こっちもしよ〜っと」
ラセツは更に力を込める。争心解放に加えもう一段階上の状態に移行する為に魔力を渦巻かせ…隆起させる。
「これを見せるんいつ以来やったかな、マジで久しぶりすぎて最後に見せたんいつやった忘れたわ…まぁええわ…魔力覚醒」
燃え上がる、ラセツのドス黒い炎の如き魔力が溢れ、腰を落とすように構え…出してくる、全力を。
「『大江羅生の鬼面割り』…!」
ラセツの体から膨大な魔力が溢れ、それが渦巻き始める。全身を覆う黒い魔力がさながら衣のようにラセツを覆い、黒く染まるその姿はさながら黒鬼そのもの。
「さぁてやろうや!ガチでな!」
概念抽出型覚醒『大江羅生の鬼面割り』を発動させたラセツは向かってくるラグナに向け牙を剥き、その拳を大きく振り上げ──────。
「ごはぁっっ!?」
吹き飛ばす…圧倒的な力で殴り抜きエンジンルームの壁に叩きつけ、爆発を起こす。…されど吹き飛ばされたのは、…ラグナにあらず。
「えッ…え!?」
ラセツの方だ、覚醒してなお吹き飛ばされたのが自分の方、殴り抜かれたのが自分の方と言う事実にラセツは目をキョロキョロ動かして驚愕する。だが何も特別なことはない…覚醒してなお、ラセツよりも今のラグナの方が強いのだ。
「ラセツッッ!!」
「嘘やろ…!」
瞬間、飛んできたラグナの体当たりを推進力を操り上に飛びラセツは体勢を整えつつ回避する。それでもラグナは止まらない、壁にぶつかりながらも上を向き拳を握り…。
「『熱拳龍垓』ッッ!!」
「ガッ!?」
放つのは拳型の防壁。真っ白に輝く衝撃波を受けラセツは更に上に吹き飛ばされ…口元から血を吐く。
「ッ俺の覚醒が通じへんって、マジかいな…お前一体何したんや!覚醒なんて目じゃないレベルの強化って…違法やろそんなん!」
「うっせぇ!!散々好き勝手やりやがって!」
「好き勝手やる為に、生きてねん…こっちはよぉッ!!」
張り合う、床のない奈落の縦穴にて白い光を身に纏うラグナと漆黒の炎を背負うラセツは互いに一歩も譲ることなく張り合う。壁に足を突き、管を蹴って加速し、時に推進力を使い、空気を蹴り、一対一で幾度となくぶつかり合う。
「手前がどんだけ強くなろうがなぁ!所詮その場凌ぎの力や!そんなもんに負けてたまるかボケがァッ!!!」
当初は面を食らい押されていたラセツが盛り返し始める。推進力を用いた超加速は覚醒してなお健在…いやより一層鋭くなる。覚醒により自分にかかる推進力による負荷と圧力を無視できるようになった彼の動きはより一層超常の様を増していく、されど。
「それでもいいんだよッッ!!」
「ぐっ!?」
それでも、ラグナもまた動きのキレを増していく。悠久神躯による強化に順応し始めた彼は空気を蹴る…と言う物理的にあり得ない事象を引き起こしながら空中戦すら完璧に行い始め、ついに空気を足場に鋭い蹴りをラセツに見舞う。
「その場凌ぎだろうが急拵えだろうが…俺は俺を通す為にやってんだ、テメェになんて思われても構わねーし…最後に勝つのも俺達だよ!」
「あンだとぉ…!生意気を…!」
ラセツはその瞬間足から魔力を放ち即座に飛び上がると同時に拳を振り上げ…。
「オレに勝てるわけねぇやろうが!!」
「ッ……!」
放つのは下へと向かう推進力、ラグナに向けて手を広げてラグナを押し飛ばす推進力を生み出したのだ。
「このまま地面に落として叩き潰したる!!」
「ッッ……!!」
マルムラビトゥスによって生まれる推進力は空気や炎などの事象を介さない純粋な力場であり、生み出された直後から効果を発揮する。足場のないラグナにこれを耐える術はなく地面に叩きつけられれば少なからぬダメージが入る…何より、下に行けば上がってくるのに時間がかかる。
上をとった時点でラセツの勝利は決まっていた、このまま時間切れまで落とし続ければそれでラセツの勝ちは確定だ。
(このまま…落として……!)
「ぬぐぐ!」
全力で力を込める、全力で…全力で……。
(は?)
「むぐぅぅ!」
がしかし、ラセツは目を剥き…驚愕することになる、なぜなら。
(いや、なんで落ちへんねんコイツ…)
「絶対落ちねぇぇええ!」
(いや気合いでどうこうなるもんでもないやろ、普通に浮いてんねんけど)
動かない、ラグナが力を込めると…そこから動かなくなる。そもそも足場がないから推進力などなくともラグナは落ちるはず、なのに落ちない。それどころか…。
(推進力にも引っかかっとらん…!なんじゃコイツ!?)
動かない、推進力を浴びて押し流されるどころか止まっている。今のラグナは推進力にも重力にも逆らっているに等しい状況。どちらもこの星の法則でありこの星に住む人間は誰も逆らうことの許されない絶対の則…それに逆らい続けるラグナを見て、ラセツは認識を改める。
(コイツ…人間じゃないのか…?)
「ラセツッッ!!」
「むッ!ヤバッ!?」
掴む、推進の嵐を超えてラグナはラセツの腕を掴みそのまま体を回し上下を入れ替え…。
「『熱焃合掌』ッッ!!」
「ぐぅげぇっ!?」
叩きつける、両手に集めた白い炎をそのままラセツの頭部に叩きつけ…逆に奈落の底に叩き落とす。第二段階クラスの使い手では防ぐことすらままならない強力無比な一撃を受けたラセツは抵抗の術もなく…奈落の奥底に落とされることとなる。
「ッまだだ!」
だが油断することなく追いかける、分かっている…ラセツはこのくらいじゃ倒れない。アイツはまだ底を見せていない…けどこのままやれば。
故に自分もまた奈落を目指して飛び込み…闇を超え、機器を超え、その奥にある謎の広場へと降り立つ。
「ラセツ…まだ起きてんだろ」
「いってて…ホンマに、めちゃくちゃやな」
広大であり、薄暗い何もない空間。エンジン部分の底に当たる空間で大の字になって倒れるラセツは痛そうに頭を撫でながら立ち上がり…気怠そうに両手を下ろす。
「やるやんか、正直想定外やわ…それもっと早うに使っとけばよかったのに、それこそ上の仲間が一緒におるときにな」
「こっちにもプランってのがあったんだよ…お陰さんでプランもクソもない状況になったがな」
「そらちょっと、決断能力が低いんとちゃう?もっと臨機応変に動いた方が世の中得やで…」
「……そうも言ってられないだろ」
そりゃあエリス達と一緒にいる時に悠久神躯を使えたら一番良かったが…本来の形はもっとこちらの態勢が整ってから、と言うプランがあった。けどそれを無視してその場で悠久神躯を使っていれば…そりゃあ今よりはラセツを追い詰められただろう。
だが……それでも。
「それでもオレは倒せへん…そう見たんやろ、お前は」
「…………」
「ご明察や、お前がエリス達と一緒にいる時にソレ使ったら…オレは即座に本気を出しとった。ロクにオレの力を知らん状態で受けて生き残れるとは思えへんと思うお前の気持ちはよーわかる…分かるが、結局は悪手や」
そうしてラセツは…両手を広げ、魔力を拡散させて…。
「どの道お前らがオレを追い詰めれば…ここに辿り着く、結果は変わらんかったわ。けどよーやった、お前一人でよくオレにここまで手札を切らせた、そこはすごいで。本気で褒めるわマジで」
魔力をグツグツと煮えたぎらせ…ラセツの体に収まっていた魔力が外側への溢れ出て。
「せやけど、それもここで終いや…ここがエンジンルームならセラヴィのおる部屋はすぐそこや、ここでお前を瞬殺してセラヴィのところに行く…それで目的は、まぁ半分くらいしか果たせへんけど…もうしゃあないわ、そこは…まぁ、臨機応変っちゅうやつや」
「まだ、勝負はついてないぜ」
「いいや終わる…これでな」
そしてラセツは、溢れた魔力を形にし…整え、急激に膨張した魔力で空間を敷き詰めていく。変わる…根底からラセツの強さの上限値が変わる。
来る…奴の切り札。
「極・魔力覚醒…!」
それは、俺達が未だ辿り着けない高み…奴がマレフィカルム最強の五人に名を連ねる理由。
極め抜いた先にある究極の領域…、自らの魔力覚醒の範囲を拡大し、世界そのものに適用する第三段階の特権、極・魔力覚醒。
それを発動した瞬間ラセツの半径5メートル以内がぐるりと赤い光で覆われ、螺旋を描き始める。それと共にラセツ自身の姿も変化し…まるで力の権化のように体が光によって燃え上がる。
そして………。
「『呵呵哄笑之涅哩底王』…!」
形成される魔力の膜が大気を圧し、轟音が鳴ると共に完成する…。極・魔力覚醒、別名霧散掌握の名を冠する通り、己の魂を霧散させ周辺を完全に掌握する魔術師の究極形態。はっきり言ってこの段階に入るだけで世界最強、人類最強を名乗っても誰も文句を言わないレベルの高みだ。
それが今、敵対者として展開されるのを見て…若干薄笑いが出てしまう。
(桁違いだなこりゃ…)
魔力覚醒の延長線上にあるのが極・魔力覚醒だし、俺の認識もそうだった…けどどうだ?実際前にすると。レベルが違いすぎて全く別の物に見えてくる。
「オレの極・魔力覚醒『呵呵哄笑之涅哩底王』はシンプルな覚醒や…推進力に関する物を、領域内であるなら何にでも干渉出来る。オレの間合いは半径5メートル…こん中やったらなんでも出来るで、オレの世界やからな」
文字通り、極・魔力覚醒で掌握した空間は覚醒者の世界になる。その中でならあらゆる法則を無視して覚醒による事象や魔術を適用出来る。それを示すようにラセツの足元が歪む…アダマンタイトの床が割れるのではなく歪み押し沈められていく。
「さぁて、やろうや第三ラウンド…これで終いにしたる」
「上等…!」
ラセツはその場で大きく拳を振りかぶり…豪快なフォームを見せる。あれは今まで見せていた『啞邪羅華』と同じ構え…だが、違う。来るのが全く別物だと分かる…あれは。
「『累ヶ淵』ッッ!!!」
「ッ…!」
豪快に振り上げるように放たれた拳は真紅の螺旋を生み出し真っ直ぐラグナに向かって飛んでくる。啞邪羅華と同じ魔力を螺旋状に放つ一撃…唯一違うのは。
「ッ危ねぇ!」
世界を巻き取りながら回転していること。光も空気も纏めて巻き込んでいるから空気抵抗の減衰も何もあったもんではなく、奴の推進力は物の硬度も質量も関係なく吹き飛ばす絶対の法則にまで進化してい──。
「余所見してる場合か?おい」
「ッ!」
突っ込んでくる、ラセツが。推進力を使って前に進むと奴が占領している空間もまた一緒に前に進む。進行方向にある全てを円形にくり抜きながら真っ直ぐ進み…。
「オラァッッ!!」
「ごぶふぅっ!?」
そのまま体当たりをかます、奴の領域内に入った瞬間凄まじい圧力が襲い弾かれる磁石のように後ろへ後ろへと押し飛ばされていく。そのまま壁に叩きつけられてなお…体が飛ばされる。ラセツはただそこに立っているだけなのに。
「ん?さっきは推進力が効かへんだのに今は効いとる…分からんやっちゃな。まぁええわ、これで分かったやろ…オレの領域内に入ればその瞬間空間ごとオレの影響を受ける。これから逃れる術はない…オレの極・魔力覚醒は基本シンプルやから、その分出来ることも多い」
そしてラセツは静かに俺に手を向ける。推進と壁に挟まれ動けない俺に向けて掌を向けた瞬間。
「そいじゃ、死んでくれや…」
掌に光が集中する、魔力じゃない…もっと別の───。
「『牡丹灯篭』」
その瞬間、ラセツの手から放たれたのは無情なる灼光。その光の正体は推進力によって生まれた熱である。
彼の極・魔力覚醒は空間全域を文字通り掌握する。それは顕微鏡ですら見えないレベルの極小の世界にも適用されている。彼は手の中で粒子を超高速で回転させることにより摩擦ではない純粋な粒子運動のエネルギー上昇による発熱を生み出し、それを推進で指向性を持たせ光線として放ったのだ。
彼の推進力は今彼の領域内にある全てに作用される。空間そのものは勿論、粒子、原子、触れることすらできないエネルギーそのもの。ありとあらゆる物を掌握することができるのだ。
「グッッッ!?!?」
その白光はラグナを包み、アダマンタイトすら融解させ…レーヴァテイン遺跡群を貫通させ、全てを射抜く光の槍となって地下奥深くまで突き抜けていく。
「ヴッ…がっ……!」
「へぇ、まだ人の形あるんや…やっぱお前の体ちょっとおかしいで…普通は消し飛んでるはずなんやけど」
「ッうるせェ……」
光が収まった向こうには…未だラグナの姿がある。本来は人体など蒸発してもおかしくない熱の中でも形を保つラグナにラセツはヘラヘラと笑い。
「そうか、ほなまた行くで〜!」
ぐるりと腕を回し…腕の周りの空間を巻き込みながら…。
「『滝夜叉』!」
「ッ……!」
振り下ろされ拳には空間が付き纏い、世界の修正力による莫大なエネルギーに指向性を持たせ叩きつけられる…が、それを跳躍と共に回避したラグナはラセツの拳の上に手を突き飛び越え…。
「むっ!?まだ動けるんか!」
「動くさ…死ぬまでなッッ!!」
そのまま腕に手をついたまま体全体を回しラセツの顔面に拳を叩き込み──。
「ッ…くっ!」
拳を叩き込んだ瞬間ラグナは理解した、効いてない…いやラセツに効いてないんじゃない。
「なんやそのへっぽこパンチ…」
殴った瞬間、力が抜けた…悠久神躯の力が、一気に抜けた…これは。
「せやから言うたやろ、付け焼き刃の急拵えで…オレに張り合えるわけないってなッッ!!」
「かはぁっっ!?」
そして返り討ち、地面に叩きつけられ…俺は血を吐き、蹲る…いや、いやいや…。
(おい話が違うじゃねぇか!十分…維持できるはずだろ!まだ四分くらいしか経ってないぞ!?)
まだ時間に余裕があるはずだ、それくらいは分かる。まだ時間はあるはずだ…あるはずなのになんで力が抜けるんだ…いや、いやもしかして…。
覚醒や付与魔術は魔力による現象だ、だから魔力の消耗度合いにだけ気を配っていれば良かったが、悠久神躯は違う…肉体由来の力だ。ってことはもしかして。
(スタミナ切れ…!!)
スタミナだ、俺はここで初めて悠久神躯を使った…その力がどれだけ俺の体に負荷をかけるか分かっていなかった。と言うより…師範も口にしていなかった…考えたくないが。
(若い頃の師範と今の師範じゃ…やっぱ違ったか)
他のみんなと異なり俺は師範から直接指導を受け、シリウスの介在がなかった。故に若い頃の師範は俺のスタミナと悠久神躯の釣り合いが取れていないことに気が付かなかった、そして若い頃の師範よりずっと未熟な俺も…そこに目がいかなかった。
悠久神躯は身体能力を数十倍に引き上げるが、別に魔力で上昇したわけでもないから…スタミナの減り自体は特に変わりがない。さながらこれは無呼吸かつ全力以上で動き続けるに等しい荒技だったんだ。
調整が足りなかった…そんな言葉が脳裏に過る。
「惜しいなぁ、お前のそれ…維持し続けてたら今のオレともええ勝負が出来たやろうに。せやからオレも極・魔力覚醒を切ったのに…はぁ、期待を裏切られるってんはほんまに嫌やな」
「ぐっ……」
「期待を裏切るってのにも二種類ある、どんでん返しのいい意味の期待を裏切るってのと、肩透かしって意味の期待を裏切るの二種類、今のは後者や」
まずい…悠久神躯を維持し続ける限りスタミナが回復しない、止まっててもどんどん肉体に疲労が蓄積している。こんなので動き続けたらあっという間に体力がなくなる、剰え俺はそこに加えダメージも乗っている…クソッ、使い方…もっと考えるべきだったか。
「どいつもこいつも、デメリット背負って強くなった気になって…アホらしい。やっぱお前らとオレは違うんやな…生まれから、強くなることを定めづけられたオレと…誰かに望まれて途中から強くなろう思うたお前らとは、な」
ラセツは思い切り足を上げる、倒れる俺に向けて…トドメを刺そうと足を上げる。まずい、動けない…悠久神躯を解除しないと体力が持たない、けど一回解除したらもうこいつに歯向かうための手札が………。
「じゃあな、死に去らせや」
「ッ……!」
終わる…ここで、死ぬ…死ぬわけには──────いや、違う!
まだだ…まだ終わってない、だって…まだ。
「王星乱舞──!」
「おん?」
まだ…流れを変える、手立てが残っているのだから。
「『獅子心脚』ッッ!!」
「ぉっっ!?」
瞬間、降り注いだ黄金の光がラセツの頭の上から降り注ぎ…ラセツはそれを推進により受け止めようとする、がそれよりもなお早く光はラセツの頭を蹴り飛ばし…吹き飛ばす。
「ってて…いてぇな……ったく、ほんまええところに来よるで、なぁ…エリス」
「エリスの旦那さんに…何するんですか!!」
降り立ち、拳を構える影は…エリスだ。いや…でもちょっと違う、これはなんだ?
「ん?お前なんかちょっと変わったか?」
「こっちも使ったんですよ、切り札を……」
エリスの頭からは光の炎が浮かび上がる。あれはカルウェナンとの戦いで見せた過重覚醒…だがそれ以上に不思議なのは、彼女が王星乱舞を用いる際一瞬だけ出るはずの黄金の炎が常時噴き出ていると言う点。
確かあれ、一瞬使うだけでも内臓がやられる代物じゃ……。
「ラグナ!大丈夫!」
「デティか…悪い、倒そうとしたんだけど…」
「こっちこそ、ごめん手間取って…って倒そうとしたの!?」
「ああ、それよりエリス…あれなんだ」
一緒に奈落の底に落ちてきたデティが俺の体を治癒してくれる。肉体の治癒により幾ばくか体力にも余裕が出た…動ける、まだ動けるぞ。
俺は立ち上がり、デティにエリスの状態について聞くと…デティは苦虫を噛み潰した顔をしつつ、立ち上がり。
「悪い例を…エリスちゃんに見せたのが、間違いだった」
「悪い例?」
「アマルトがさ、クルシフィクスに殺されかけたでしょ?ほら…契約魔術で常に体の内側が壊され続けるやつ。その時私が体内に治癒魔術を打ち込んで継続治癒を行うことで内臓の破壊を抑えたの…それをエリスちゃん、見てたみたいで」
「まさか……」
エリスはアマルトの時のように体の内側に継続治癒を入れて、王星乱舞による内臓の破壊を帳消しにしようとしているのか?めちゃくちゃだ。デティが暗い顔をするのも分かる…そんなの高速で治療しながら自殺し続けるようなもんだ。
おまけにそこに加えて過重覚醒…今のエリスの体にどれだけの負荷がかかってるか、想像も出来ない。
「継続治癒は私でも完璧に出来ない超高等技術…どこかで崩れるかもしれないって言っても、聞かなくて……」
「………そうか」
でも、エリスはやるだろう…こう言う時あの子を止めても無駄なのはわかってる、なら。
「やるぞ、エリス!デティ!アイツは底を見せている!ここを乗り切れば俺達の勝ちだ!」
「はい…決めます!」
戦うしかない、この三人で…超えるんだ、ラセツという男の地力を!!
「アホらしい…どんだけナメられてんねん、勝てるわけないやろうが…オレに」
対するは極・魔力覚醒を解放したラセツ…未だかつてない力が渦巻き、レーヴァテイン遺跡群全体が鳴動する。それでも…やるんだ。
…………………………………………………………
ラグナとラセツが第三層で鬩ぎ合い始めた…丁度その頃。エンジンルームを超えて…最奥の部屋に走る影がある。
「はぁ…はぁ、まだ間に合うはずだ!」
碩学姫レーヴァテイン…彼女は背後に大量の機械兵、ピスケス人の意識データが込められたそれらを束ねて向かうのは黒衣姫のある部屋、セラヴィが待つ部屋だ…。
まだ機能の解放はされてないはず…ならばと、彼女は最奥の部屋へと踏み込み…見遣る。
「……ん?ほう、この部屋に最初に来たのは…お前か、レーヴァテイン」
「……そんな」
その部屋にて、待っていたのは…黒衣姫だ。女性型の鎧と同化したセラヴィがこちらを見て声を上げる。既に肉体は全て黒衣姫と同化しており、声帯も変化している為魔女達の声を複合したような人工声帯にて喋り…両手を広げる。
「いや、或いはありがたいか!是非礼を言いたかったんだ!素晴らしい物を作ってくれた、同化して理解したよ…これは素晴らしい、力が無限に溢れてくる!!」
「ッ……君、分かってるのかい。それは一度着用したらもう二度と脱げない、脱ぐと言う概念そのものが…存在しない」
「いいじゃないか、寧ろ脱がされないのはありがたい限りだ。今の俺ならラセツの警護も必要ない、それどころか他の八大同盟全てを滅ぼし傘下に置いてもウォーミングアップすら終わらないくらいには…力が漲る」
そりゃあそうだ、機能を解放せずとも着ようと思えば着るだけは出来る。ボクの見立てではまだ機能は50%くらいしか解放されていない…はずなのに。
(やはり作るべきじゃなかった…あんな物)
相対した時のプレッシャーは魔女や羅睺十悪星を想起させる。50%でもこれ程か…!
「君は分かってない、人じゃなくなる恐怖!力を持つことの恐ろしさが!」
「寧ろ…分かってないのはお前じゃないのか?レーヴァテイン」
「え?」
セラヴィは黒衣姫の躯体を動かしながらコツコツと歩き…自分の体の調子を確かめながら、赤いモノアイを動かし…。
「お前は生まれながらにして天才だったそうじゃないか、史上最高の天才…碩学姫レーヴァテイン。大層な事だ、おまけに王族に生まれ…全てを最初から持っていた」
「…………否定はしない」
「対する俺はな、孤児だった。…記憶の始まりはデルセクトの薄汚い路地裏で…浮浪者の食べ残しを漁って生きてきた、財産は錆びたナイフ一本…ガリガリに痩せ細り、学もなく、何も出来なかった…あれは今思い返しても恐ろしい時代だったよ」
「………」
「ゴミクズ共にボコボコにされながら、死に物狂いで生きた俺は学んだよ。力はある方が偉い、勝つ方が偉い、強い奴が全てだと。力を持つ恐ろしさ?お前は知らないだろう…力がないことの恐ろしさを!力がない人間はただ蹂躙される!奪われ!壊され!殺される!それが世の常…八千年前からも変わらない唯一の事実だろう!」
「だから君は…力を求めると」
「俺はただ何にも勝てる力が欲しいだけだ…もう何も奪われたくない、腹を空かせたくない、温かいベッドで眠って次の日を安全に迎えたい、その為には力がいるんだ…弱者には許されない生活を、俺はただ守りたいだけなんだよレーヴァテイン!」
「その為に…誰かから奪ってちゃわけないよ!!」
「仕方ない!奪われる方が悪い!力がない方が悪い!」
話にならない、けど彼にとってはそれが全てなんだろう。彼はある意味そう言う答えを既に持っているんだ。だから…こうなった。
「感謝するよレーヴァテイン、力のない俺に力を与えてくれて、だがただもらうってのは俺の信条に合わない…物を貰うからには相応の理由がいる」
「あげた覚えはない」
「ウィナー・テイク・オール…お前に勝って全てをもらうよレーヴァテイン。ただでさえ貰っちゃ悪いからな…負けて奪われました、って理由をくれてやる…!」
瞬間、黒衣姫が…消える。
『女王、危険です!』
「え!?」
瞬間ボクは機械兵に突き飛ばされ───目の前に現れた黒衣姫がボクを庇った機械兵を一撃で粉砕する。
「な…なんてことを!!」
「所有者の言うことを聞かない道具は捨てる、当たり前だろう…!そして次はお前だ、レーヴァテイン!」
「くっ!喰らえ!」
咄嗟にボクは超電磁衝撃砲を構え黒衣姫に放つが──。
「何かしたか…?」
「ッ…そうだよね、そりゃ…」
効かない、まるで風でも撫でたような感覚を覚えながら黒衣姫は関節を曲げて…ボクを狙う。ダメだ…止めようがない。
「俺の言うことの意味が分かるだろう!力を持たないことの恐ろしさ!力を持つことへの羨望!今のお前なら!理解出来るだろう!」
「ぐっ!」
動き出す黒衣姫、それからボクを守るように機械兵が動き…次々と粉砕されていく、壊されていく、破壊されていく。足元に歯車が転がり、部品が転がり、電流が迸り、ボクを守る為一人また一人民が潰されていく…。
「や、やめろッッ!!」
「なら守ってみせろ…いや、無理か…お前ではな」
次の瞬間、黒衣姫は軽く腕を振るう。ボクの前に機械兵が飛び込み…盾になるが発生した衝撃波は軽減しきれず、ボクの体は吹き飛び、右腕が破損し…転がる。
「ぐっ……」
「哀れだな、レーヴァテイン…弱いお前はここで死ぬ、強い俺は生き続ける。八千年前からわざわざ蘇ってくれてご苦労だったが…その結末はなんともあっけないものになりそうだ」
「やめろ…頼む、魔女達が作った平和を…壊さないでくれ!ボク達が必死に作った世界を!壊さないでくれ!!」
「無理だ…新たな世を俺が作る。終わらない戦争…絶えない絶望…その全ての上に君臨し勝ち続ける俺が、何もかもを得る世界を作り出す」
「ッ…そんな、一個人の欲望で…世界を乱していいわけがない!!」
「許されるのさ、今の俺は…強いからな。そして…弱いお前は生存すら許されない」
黒衣姫が拳を上げる…右腕が壊れ、あちこちに故障が出た体では動けない。それを見越してか…セラヴィは余裕な口調で静かに歩み寄り、ボクに向けて……。
「待てよ…おい」
「ッ……また来たか」
「この声は…アマルト君!?」
セラヴィは声に反応して…動きを止める。入り口に寄りかかる影がボクを見て微笑み…ズルズルと足を引きずってこちらにやってくる。
……アマルト君だ、ラセツと戦っていた彼が…ズタボロになりながらも来てくれたんだ。
「お前は確か、アマルト・アリスタルコスだったか?だがそんな体で何が出来る」
「何がって…止めに来てんだろ、そう言う話だったろ…なぁ、おい」
「フンッ…出来る物か、やってみろ…なら」
「勿論だよ…レーヴァテイン!退いてろ!!」
「ッ!ダメだ!今のセラヴィは黒衣姫の力で───」
瞬間、飛びかかるアマルト君は剣を手に斬りかかる、しかし……。
「はははははは!遅い!あまりに遅く見えるぞ!!」
「がはっ!?」
黒衣姫は後に動いたにも関わらず、一瞬でアマルト君を拳で迎撃し…地面にたたき伏せる。ダメだ…魔力覚醒も満足に出来ない彼では今のセラヴィには絶対に勝てない。
「ぐっ…痛ぇ……」
「ダメだよアマルト君!殺される…殺されるよ!」
「俺が引いたって…意味ねぇだろ、このままこいつを放置しても…何にも変わらねー」
「ふははははは!そうだとも…そして挑んでも変わらない。お前はどの道死ぬ…そして私は生き続ける!永遠にな!!」
「…………永遠に生きるって?」
「ああそうだとも!!究極の強さを手に入れた俺は!無限に生きる権利を手に入れたのだ!」
倒れ伏すアマルト君は…静かに笑みを見せ…。
「そうかい、あんた…案外くだらねぇんだな」
「何?」
「……くだらねぇさ、そして…今から俺が、そのくだらない野望をぶっ潰す」
アマルト君は必死に体を動かし…今、セラヴィに食ってかかる。
………………………………………………………………
「永遠に生きる?くだらねぇよな」
「何……?」
床を叩いて、立ち上がる。
「究極の強さ…?馬鹿馬鹿しいぜ」
埃を払って鼻で笑う。ヤツの理屈はどこまでも下品で、下劣で、野蛮で、平凡で、笑っちまうくらいくだらないんだから。
「聞こえなかったかよ社長さん。山のような金銀財宝抱えてよ、商売でも大成功してもうこれ以上ないくらい人生成功してさ…それで更に欲するのがそんなもんかよ。はっきり言ってアンタ…金はあっても色々乏しいぜ」
「何を言われようとも、現実は変わらないだろう?魔女という究極の強さを持った存在が永遠に生きて世を支配している。ならばそんな魔女と同じ段階に登ろうとする事の何が悪い?何がくだらない」
「上下の関係を支配と服従でしか見れない事がくだらないって言ってんのさ。魔女だって…ただの人だ、テメェみたいな人で無しと比べられねぇよ」
「なにィ…?」
俺の言葉にセラヴィは明らかに表情を変える。図星かい?だろうよ、テメェは所詮その程度なんだからな。例え何がどうなろうがな。
「ほら来いよセラヴィ、俺が教えてやる。お前の言う永遠も究極も、所詮借り物のハリボテだって事をさ…」
「フッ…まだ力の差が分からないのかいアマルト・アリスタルコス。ではまず君からズタズタにするとしよう、君の肉塊を上で暴れている馬鹿どもとそこの姫君に差し出せば少しは大人しくなるだろう」
剣を取り出し、手招きする。さぁ大一番だ、相手は八大同盟パラベラムの盟主セラヴィ・セステルティウス…仲間の援護は望めない。今上で聞こえる戦闘音はエリス達の物だろう、あいつらがラセツを倒して俺たちの援軍に来てくれる…って状況は正直望めない。
ラセツは強えよ、あり得ないくらい強い。ぶっちゃけ今の段階にあってもラセツはこの戦場の中で最も強いだろう。確率で言えばラセツがエリスをボコしてここに来る可能性の方が大きいまである…。
つまり俺が、こいつを早急に倒すしかねぇってわけだ。それも前までならなんとかなったが今のセラヴィは無敵に近い…けど。
(お師匠……)
思い返すのは後クソムカつく女のムカつくセリフ、あんな事弟子に言う師匠がいるのかね。全くもって信じられねぇ…けど。
『ビビってるんですか?』
(本当に…俺のツボをよく分かってるぜ)
今は感謝する、捻くれ者の俺の師匠は…捻くれ者のアンタしかいなかったと今なら言える。
「今日の俺は、無敵だぜ?」
俺は日和らねぇ、足も止めない、目は逸らさない、前を向く、未来を見る。それだけを考えて生きていく。この道は誰にも阻ませない…だから、行くぜ?一歩先、俺の限界のその先に。
「……魔力覚醒…ッ!」
魔力を集め、解放するのは致命の覚醒。使えば死ぬ最悪の覚醒…だが、それはきっと。
俺だからこそ目覚めた、俺だけの覚醒だったんだ。
「『殃禍呪刃の黒夜叉』…」
渦巻く覚醒…致命となる力を、ビビること無くさらに一歩踏み出して…解放する。
クライマックスではありますが、次回投稿は3日後の5/28になります。お待たせして申し訳ありません。