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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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709.魔女の弟子と機神と半神


「巻き返すぞ!みんな!」


「うん!」


「メルクさん!」


遺跡の大広間に乗り込んで来たメルクリウスにより戦いの様相は一転。唐突に開いた壁の向こうからメルクリウスが現れて幹部合身クルマティアスを秒速で分解、傷ついた弟子達を助け…三幹部を睨みつける。


「ど、どうなってるベスティアス!!何故幹部合身が解かれた!」


「わ、わわわわ、分かりません!我々の合体はピスケスの技術で行っているんです!本質はぼきゅにだって理解は出来ていない…はずなのに、なんでアイツが!」


「フンッ、己で使う技術の真髄すら理解出来ず戦う者の弱みとはそこだ。銃を分解し再構成出来ない軍人が二流以下の扱いを受けるのとまた同じこと…」


メルクリウスは背後に黒金の巨人を侍らせながらネレイド達に近づき…様子を見る。


「大丈夫か?みんな」


「私とナリア君は大丈夫、ただメグが直撃を受けて気絶してて…」


「僕を庇ってくれてたんです、時界門が封じられてる状況だったから本気が出せなくて…」


「なるほど、分かった。ならメグの代わりに私が戦おう…幸い向こうも三人だ。都合もいいだろう」


傷つき倒れたメグを見下ろしつつ、コートをかけて体が冷えないようにしつつメルクリウスは立ち上がる。そんな中ネレイドは…。


「ところでそれ…何?」


「これか?」


ふと、ネレイドが指をさすのはメルクの背後に屹立する機械仕掛けの巨人。巨大だったクルマティアスを手で覆えるほどの巨体を持ち頭部は髑髏のように骨格が剥き出しになっており生き物らしさを感じさせない。そして少なくともメルクリウスは今までこんな錬金術を使ったことがない。


「これはかの仮想世界でマスターより賜った『機巧錬成』の賜物さ…。歯車、ワイヤー、部品を一つ一つ錬成し動かす錬金術の絶技だ」


「そんなのがあるんだ…メルクはそれ、現実で習ってなかったの?」


「習っていたさ、私が錬金術で銃を錬成するのは機巧錬成の一部だ、だがそれを更に強化したのが…これさ。都合がいいので使ってみた」


「なるほど」


「で……どうする」


ギロリとメルクリウスは幹部達を睨みつける。相手は三人…『悪報』クルレイ、『悪戒』デキマティオ、『悪障』ベスティアス…クルマティアスは攻略したがまだ幹部は無傷だ。こっちはネレイドとナリアが傷ついている。だが…。


「変わらない、私がクルレイ…」


「僕がベスティアスと戦います」


「そうか…分かった。死ぬなよとは言わないぞ…必要がないだろうからな」


クルマティアスと言う誤算はあった物の本来の形はそう言う物だった。ネレイドがクルレイと、ナリアがベスティアスと戦う形で決めていたんだ…ただ本来はデキマティオとエリスが戦う予定だったが、そう言うのは往々にして上手くいかないものだ。


ここは私がデキマティオと戦おうと手袋を付け直し…幹部達と向かい合う。


「チッ、面倒な…奴がクルマティアスを解除出来る以上、このままやるしかないか」


「アハハハハハハッ!そう来なくちゃな!勇士!ならやろう!私はタイマンが大好きだァーッ!!」


「うぅ、どいつもこいつも足長いなぁ…顔も整って如何にも恵まれて甘やかされて生きてきたんだってのが見て取れて、疎ましい羨ましい憎らしい…ぐちゃぐちゃにしてやる」


「ならばやるぞ…合体に頼らずとも、我々は強いと言うことを…証明しようッッ!!」


クルマティアスと言う手段一つ潰されただけ、まだまだこちらには戦う手段があるとばかりに武装を整える幹部達…対する弟子達は。


「さて、前座を片付けるぞ…本命はラセツだけだ」


怒りを滲ませ、侮辱の言葉を開戦の狼煙に用いて、始める。


前座の処理を。


…………………………………………………


『正直、貴方に教えられる分野は殆どありませんわ。概念錬成については粗方マスターしていますし…はてさて何を教えた物でしょう』


『ならこれはどうじゃ?機巧錬成…こいつはメルクリウスの性質にも合致しておる、何より…基礎を改めると言うのも意外に実力の向上に繋がる物じゃぞ?』


『それは良いですわ、でしたら…やりましょうか。機巧錬成、その特訓を』


あの世界で私はマスターから機巧錬成の極意を授かった。元々機巧錬成自体は使えたが銃を錬成する以外の使い方をしてこなかった私にマスターはより実戦に向いた扱いをさ授けてくれたんだ。


それがこの新たなる機巧錬成だ……。


「まずは貴様から殺そう…メルクリウスッッ!!」


「来るか…!」


右目を青色に輝かせたオールバックの男…『悪戒』デキマティオが光の剣を手に突っ込んでくる。奴の性質は理解している、識確を認識し相手の動きを予測し動くダアトのような戦い方をする男だ。


ダアト…かつて東部で戦った時は他の弟子も纏めて諸共完封された過去がある難敵、あの時は私も手も足も出なかった…だが。


「見えたッ!死ね!!」


「随分荒い太刀筋だな、デキマティオ」


「な!?」


光の一閃を前に私はグルリと体を回しデキマティオを飛び越えるように飛翔し背後を取る…その動きにデキマティオは目を見開き驚愕しながらもそのまま駆け抜け私から距離を取り…。


「バカな!私の予測ではお前は後ろに飛んで避けるはずだったのに!何故だ!エリスと言い何故私の予測が通じない!」


「見識による未来予測…それが出来るのがお前だけと思わないことだ」


奴の強さの本質は見識による未来予知にある。だが…私も未来予知とはまでは行かずとも見識の才能があるようでな、奴が予測し動くのを更に予測し動くこと出来るのさ…エリス程じゃないが私もそれが出来るんだ。


「なッ…くっ!このッッ!!」


「未来予測と言う強さのベールが剥がれれば、後に残るのは剣の心得もないただのデスクワーカーだけだな…デキマティオ」


「黙れぇえええええ!!」


デキマティオは必死に剣を振り回し怒涛の攻めを見せるが、それすらアウェイで避け切る。こいつはダアトのような達人ではない、ダアトが強いのは未来予測があるからではなくそこに加えて圧倒的な技量があるから。


こいつにはそれがない…故に。


「甘いっ!」


「ごぼはぁっ!?」


一撃、鳩尾に拳を叩き込みデキマティオの体をくの字に曲げ、膝を突かせる。ナメられた物だ…ただ強力な武装を使っただけで私に勝てる気になられるとはな。


「か、完全に想定外だ…まさか識確システムがこんなにもあっさりと破られるなんて…!」


「フンッ、幹部が聞いて呆れる。他の組織の幹部達は自分の弱点を理解した上で鍛錬を積んで強さを得ていた…見たところ。お前は武装頼りで覚醒も使えないようだし…識眼頼りの一芸だけでよくもまぁ幹部を名乗っていたな。いや…或いは、修行で強くなりすぎてしまったか」


「ッ……」


銃口をデキマティオに向ける…こいつは覚醒を使えない、それは見るだけで分かる。識眼は強力だがそれが通用しなければそれだけで潰れる…他の組織の幹部とはまるで違う。この程度で幹部とは…程度が知れる。


「……確かに、私は覚醒が使えない。鍛錬だってしていない…武装で己の実力を確約している…お前から見れば雑魚なのかもしれない」


「む……」


しかし、ここで予想外の返答が返ってきて驚く。明らかにプライドの高そうなデキマティオが己の弱さを認めたのだ…いや、そうか。私としたことが忘れていた…こいつは。


「だが忘れていないか?私は…パラベラムという組織で勝ち上がってきた『幹部』だということをッ!」


瞬間、デキマティオの体が青白く光り輝く、奴の右目から放たれていた光が…今度は奴の体全体から溢れ出したんだ。と同時にデキマティオの速度が爆発的に向上し私の銃口を払い除け逆に私の腹に蹴りを一撃叩き込み吹き飛ばす。


「ぐっ…!」


「『機能解放』…確かに魔力覚醒は使えない、しかし魔術と肩を並べたこの科学技術にも、魔力覚醒に匹敵する状態はある…それがこれだ」


デキマティオの右目付近からケーブルが伸び彼の体に接続され、そのあまりの実力に服が弾け飛び服の内側が露わになる。どうやら奴は顔だけでなく体も機械に変えていたようで…ソニアの作るサイボーグよりも余程技術の高い人工筋肉繊維が肉体を覆っている。


「私は幹部だ、それは他の組織の幹部とは違う意味合いがある…数多の競争、数多の蹴落としあい、数多の修羅場を潜り抜け同期も先輩も弾き出し、優秀な後輩を蹴り飛ばし、この地位を築く為に私はなんでもしてきた…なんでもだッ!!」


「他者と協調する事の出来なかった過去を賢しらに語って見せるなみっともない!」


「喧しい…!この生態適用ゲルと人工筋繊維で構成された肉体は!本来人体では再現出来ない動きを行うことが出来る、それをこの識確システムに接続すれば…オートで戦闘に適した動きをさせることも可能だ、つまり…!」


瞬間、デキマティオが足を曲げ…凄まじい勢いで大地を蹴り抜き轟音を鳴らしながらこちらに向け突っ込み、鉄の拳を振るう。


「貴様の積み上げた修行や修練は!既に時代遅れの領域にあるッッ!!」


叩き込まれた一撃はまさしく『適切』と呼ぶに相応しい一撃。構え方も打ち出し方も一流の武道家に匹敵する技量で放たれ、ワイヤーのような筋繊維から繰り出される伸縮力のある拳はさながら鉄のバネのように繰り出され弾丸を拳のように射出する。


私には避ける暇も与えられず、拳を受け大地が揺れる。


「私は勝つ為ならなんでもする!勝たなければ意味がないからだ!そして私は勝ち続けここにいる!勝って己の意味を肯定し続けた私は!他の組織の幹部達のようなただ力あるだけの者達とは違うのだ!!」


これがピスケスの技術で作られたサイボーグとピスケスの技術で作られた識確システムの合わせ技、魔力覚醒にも匹敵する戦闘適応、なるほど強力だ…だが。


「思い知ったか!貴様はもう時代遅れの……え?」


「おい、自分の指…よく見てみろ」


「は…あ?」


デキマティオは私に叩き込んだ拳を見て顔を青くする。何故なら…叩き込んだ人口筋繊維に覆われた拳が…指が、ぐちゃぐちゃに折れ曲がり、へし折れていたからだ。


「な、なんで…あ、ああ…!?」


あまりの勢いで舞い上がった砂塵の向こうに見える景色を見て、デキマティオの顔は更に青くなる…そうだ、悪いな。


「『Alchemic・adamant』…悪いなデキマティオ、鉄の拳程度じゃ脆すぎるぞ。今の私は…アダマンタイト以上の硬度なんだ」


十時型に構えた防御で拳を受け止める、その威力により袖が破け露わになった私の腕はアダマンタイトよりもなお濃厚で、闇よりも深い黒に覆われている。


肉体再錬成で肉体をアダマンタイトに変えた…本来は錬金術にて生み出せない魔術の外側にあるアダマンタイトを、この世で唯一錬成出来る錬金術師になれた私には、鉄の拳なんかじゃちょっと脆すぎるんだよ。


「な、なんだそれ…ふ、ふざけるなよ…お前」


「ふざけているのはお前だ、修行が時代遅れ?…フッ、お前はつくづく浅ましいな…人は人である限り、無限に強くなり続けられる。努力を否定するお前には勝つ資格もないんだよ」


正直、これが一番の収穫だったと言えるだろう…電脳世界でシリウスから貰った『専門家に聞いた方がいい』。あのアドバイスのおかげで私は、この世全ての錬金術師にさえ不可能な領域に足を踏み入れることができたのだから。


───────────────────────


「え?錬金機構?」


「ああ、私の体の中にある錬金機構を見てほしいんだ。この技術はピスケスの技術を流用して作られた物らしくてな」


「ふむ…」


それはここに来る直前のことだ、みんなで戦いの支度を整える数少ない時間で私はレーヴァテインにこの究極の錬金機構アルベドとニグレドの事を聞いてたみたんだ。


元は魔女の錬金術を再現する為に行われたプロジェクトでありながら、元はピスケスの技術流用にて作られたと言う現代においては明らかにオーバースペックの過剰兵装。デルセクト本国でも詳しいことは分かっておらず…正直研究には行き詰まっていた。


だが、もし…本家本元のピスケス人であるレーヴァテインが見ればと思い彼女に頼むと、彼女は左目をレンズのように拡大しつつ私の胸に触りふむふむと頷き。


「へぇ、面白いや。メルクリウス君…キミこんな凄い物を抱えてたんだね、はっきり言ってキミ人間じゃないよ」


「な!?何!?」


「キミの体内にある錬金機構はボクが開発した夢のシステム…世界再創造機関の一部が流用して使われている。なるほどこれを錬金術に応用したか…流石フォーちゃん!」


「世界再創造機関…?」


レーヴァテインは深く頷き、私にこのアルベドとニグレドの事を教えてくれる。この究極の錬金機構は元々は世界再創造機関と言う機械をベースに作られているようで。


「いやさ、この世界生き辛くない?」


「は?」


「海はしょっぱいし鉄は深く掘らないと手に入らないし木々だって全部食べられる実をつけるわけじゃないじゃん?もっと人間に都合のいい世界なら生きやすいなぁと思ったからさ、世界を一旦再創造しようと思ったんだよね」


「なんかとんでもないこと言ってないか?」


「それが世界再創造機関…ピスケスの主要エネルギー炉であるダークマターを流用し無限の力を元手に世界をもっともっといいものに変えよう!と思って設計図を作って、結局その後てんてこ舞いで作らず終いだった物があるんだよ。多分フォーちゃんはそれを持っていて、それが現代に伝わり彼女の錬金技術体系と結びついて誕生したのがそのニグレドとアルベドさ」


「そ…そうなのか」


そんなとんでもない物が作られていたらどうなっていたのやら…つくづくレーヴァテインと言う女の恐ろしさを再認識させられるよ。しかし…とすると。


「もしや私にも、世界を再創造する力が?」


「ん?あはは、無理無理」


「へ?」


「無理だよ流石に、だって飽くまでボクの設計図を元手にディオスクロア人が作ったわけでしょ?ボクが作ったわけでもないのにそんな事出来るわけないよ」


そ、そうか…いやまぁそうだよな。彼女は至上の天才だ、いくら設計図があっても完璧に再現出来ないことは他でもないパラベラムが証明してる。何より作り出したのは飽くまでデルセクトの錬金術だ、レーヴァテインじゃない…そこまでのことはできないか。


「だがそれはキミの中の錬金機関が未完成だからだ」


「未完成…?」


「ああ、今キミの体の中にある錬金機関はキミの成長と共に自己改良を進めている。キミが強くなれば錬金機関もまた本来の製造意図に近づいていく…つまり、世界すら再創造する力に近付くこともあるだろう、飽くまで仮説だけどね」


「………なるほどな」


「けど今のキミの実力的に精々ピスケス製の物質変換炉くらいの性能しかないだろうね。ああそうだ、せっかくなら…やってみる?」


「何がだ?」


「キミの中にある錬金機関がピスケスの技術を流用した物ならその力を使えば魔術では作れないピスケス製の物を作れるかもしれない。だから…ピスケスが作り上げたアダマンタイトや核融合炉、或いは太陽すらもキミは作れるようになるかもしれない」


だから…と前置きし、レーヴァテインは今まで我々に見せた事のない笑みを見せる。それはさながら神の如く、或いは人類を支配する上位者の如く、超然とした笑みで…。


「アルベドとニグレドを最適化し、ピスケスの技術を取り入れる。これをすればキミは史上全ての錬金術師達の域を越える…大丈夫、ボクなら五分で出来る」


アルベドとニグレドの最適化…他の誰も出来なかった不可侵領域の強化。これを持ちかけられたんだ…当然二つ返事で返答し。


事実、彼女は五分でアルベドとニグレドの機能を強化してみせた…これにより私は魔術体系の外側にあるピスケスの技術すらも、錬金術で再現できるようになった。


シリウスが作った魔術、レーヴァテインの作った科学技術、この二つを身に秘めた史上唯一の存在になった私は…ある種ある意味、マスターすらも超えた錬金術師になったのだ。


──────────────────


「あ、アダマンタイト製!?アダマンタイト製だと!?バカな!肉体をアダマンタイトに変換するなど!そんな事出来るわけが…!」


「違う、アダマンタイト以上だ…」


慌てふためくデキマティオに説明してやる、これはガウリイルのようなアダマンタイト製の肉体ではない…肉体再錬成で筋肉をアダマンタイトに置き換えたのだ。


この力を見たレーヴァテインはこう言っていた。


『キミの肉体はアダマンタイトになる、逆説的に言えばアダマンタイトはキミの肉体になる。つまり…アダマンタイトになったキミの体は『基礎硬度』がアダマンタイトと同レベルになる』


指を立てながらそう言う彼女に私が首を傾げていると、彼女はニッとイタズラに笑い。


『君達魔力遍在は出来るよね、肉体の強度を上げるアレさ。つまりアダマンタイトになった肉体にも魔力遍在が適用される。つまりキミの肉体はアダマンタイトの硬度に魔力遍在を乗算することができる…事実上、キミの肉体はアダマンタイトを超え無限に硬度を引き上げることができる』


今、この世で最も硬い物質はキミさ。そう言ったのだ…事実アダマンタイトの肉体に魔力を敷き詰めればそれ以上の硬度に引き上げられた。身体能力も更に上がり、ここに覚醒まで加えたら私でさえどうなるか分からん。


だがアダマンタイトもそこまで万能な物でもないようで常に材質の更新を行い続けなければならないらしく、錬金術で作ると維持に魔力をバカ喰いする。普段使いは出来ないが…一度使えば私を傷つけられる存在はこの世にいない。


「う、うがぁあああああ!!そんなズルが許されるか!そんな反則が許されるか!ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!」


怒りに狂ったデキマティオは何度も私の漆黒の体に拳を叩き込み続けるが…はっきり言おう、痛くも痒くもない。蚊が体当たりしてきているみたいだ…こんなにも硬いものなのか、アダマンタイトとは。


「う…アダマンタイトの完全生成は、我々にさえ出来ていないと言うのに…」


「そうか?ソニアはやっていたぞ」


「あれと一緒にするな!」


それはそうか。さて…。


「時間をかけるのもあれだ、そろそろ終わらせるがいいな」


「ッッ……」


デキマティオは焦る、彼の持つ火力では私を破壊出来ない。何よりこのアダマンタイト状態を無駄に長続きさせるとこっちの魔力も無駄遣いとなる。ここらで終わらせようか…。


「………わ、私は…私は勝者なんだ」


「まだ言うか…」


「私は常に、ゲームに勝ち続けてきた。十八歳から…二十年以上この会社に尽くして、凡ゆるゲームに勝ってきた…その私が、こんな埃臭い暗闇の中で負けるなんてこと…あり得ていいはずが無い…」


「ハァ…、なら聞くが。君の人生はなんのためにある」


「は?」


「君は今の地位をなんのために手に入れた?人生の為の地位か?それとも…地位の為の人生か、人生のために勝つのか?勝つ為の人生か?」


地位なんてのは、結局のところ付加価値でしか無い。何かをするために、何かを得るために、何かを実現するために地位が必要なのであって…ただ地位だけを追い求めれば、そこにあるのはただそこにいるだけと言う結果に終わる。


勝ち続けてきたのは良いさ、だがなんのために勝った。勝つ為に勝ったのか?まぁそれもいいだろう、それでもいいが…だったら。


「だったら、私に負けたらお前の人生、丸ごと無意味だな」


「グッッ!!」


瞬間、私の言葉に激昂したデキマティオは我慢が出来なくなる。さっきからコソコソと手に持って私の隙をついて使おうとしていた蒼光の剣…相手の痛覚に直接刺激を与える攻性情報の塊。それを一気に引き抜き…振るう。


「ォお前みたいな若造が人生を語るなァァッッ!!!!」


「ッ……!」


一閃、蒼い光が光芒を残し薙ぎ払われる…。


「ッフハハ!この痛覚情報をそのまま相手に叩き込む光剣ならばお前の硬度も関係ない!最大出力で斬りつけた!悶えて死ねェーーーッッ!……は?」


だが…無意味だ。それはデキマティオが何よりも理解している…だって今奴の手の中にある剣は。


「『機巧錬成・遡行』」


手に持った光の剣が一瞬でバラバラになる。ネジが外れカバーが外れ回路が分解され、粉々になる。当然光の剣も私に触れる寸前で掻き消えておりデキマティオの手の中でそれは無意味な鉄屑となる。


これぞ私の概念錬成と機巧錬成を組み合わせることにより限定的な時間遡行を可能とする『機巧錬成・遡行』。ある程度簡単な作りの機械であるならば問答無用で分解し無力化が出来る。


だからこそ、無意味なのだ。私にそれは通じない…。


「そ、そんな…私の武器が…!」


「おい、デキマティオ」


「ッッ…!?」


同時に動かす、両拳を握り魔力を滾らせれば、背後に聳える巨大な鉄骨の人型が歪な金属音をあげて動き出す。機巧錬成で作り上げた機械の躯体は私の動きに連動し…大きく拳を振り上げる。


「まだ識確の瞳は残っているだろう、予測してみろ…お前がこの先、どうなるか」


「ひ…ヒィ…ヒィイィッ!?」


顔を上げ鉄拳を見上げながら瞳が青く光り、未来を見る。この先自分がどうなるか、そしてそれが不可避の未来であることを…。そうさ、逃げられない、逃がさないさ。私の友人をここまで痛めつけたお前をな!


「や、やめ…やめ────!」


「無理だ…!『機神・重骨鉄拳』ッッ!!」


振り下ろす、私が拳を振り下ろせば背後の鉄骨の巨兵…機神が連動しその巨大な拳を振り下ろしデキマティオを叩き潰し、その余波で大地が揺れ、天井の埃が落ち、瓦礫の崩落する音が何処からか響き渡る程に衝撃波が迸る。


しまった、些か威力が高すぎたか…。


「勝利に固執するな、意義を求めろ。争う必要もないのに争うから…敵を作るんだ、今のようにな」


「グッ…ゲェ……」


「フンッ…」


両手を叩いて手の汚れを落とし、踵を返す。背後には押し潰されたカエルのように倒れ伏すデキマティオを置いて…私は歩き出す。


他愛もないな、やはり…もはやこの程度では相手にもならないか。


……………………………………………


「さぁどうした!こんなものか勇士よッッ!!」


「全然…」


乱れ飛ぶ影が通路で幾度と無く衝突しながらも駆け抜け、飛び交い、飛翔し、地を這い、爆裂する。ぶつかり合うのは二つの拳、闘神将ネレイドと『悪報』クルレイの二人だ…。


「こんなもんじゃないだろう!分かっているさ!ならそれを出してくれよッ!」


「っと…!」


その瞬間クルレイは上に足を向けそのまま通路の天井を足場に加速し地面に拳を叩きつける。ネレイドの頭上に降ってくるその一撃を前方に飛び込むことで回避し、靴先で地面を削るように着地し反転しクルレイの方を向き…拳を構える。


「いい動きだ、それだけに残念だ。やはり合体には乗るべきではなかったかな?万全の君と戦いたかった!」


「今になってそんなこと言っても遅いよ」


「そうか。だが前回戦った時よりも如実に動きが悪い…君は仲間を守る為に最も前面に出て戦っていたからな、限界もまた近いだろう!」


「…………」


万全の状態で参戦したメルクリウスと異なりネレイドは既に満身創痍だ、クルマティアスとポエナの妨害を前に幻惑を封じられた状態で戦い、その中でメグとナリアに狙いが行かないよう最も前で戦っていた事もありダメージも疲労も深刻だ。


「だが容赦はしない!な何故ならこれは闘争であり君も私も勇士だからだッッ!!」


「ぐっ…!」


対するクルレイは消耗は全く無く、寧ろここからギアを上げ始める段階。両拳につけた黒いガンドレッドを打ち鳴らしそのまま右拳を大きく引いて放たれるアッパーカット。それを両手で防げばガードが跳ね上がる。


凄まじい怪力に恐ろしいまでの動きのキレ、エリス曰くラセツ、クルシフィクスに次ぐ組織三番手の使い手という事もあり苦戦は必至だと言える。


「そぉら叩き込むぞ!耐えてくれよッ!モード・レグルスッッ!」


「む…!」


「『疾風壊拳』ッッ!!」


瞬間、クルレイのガンドレッドが黒色に輝いたかと思えば肘から風が噴射され凄まじい速さのラッシュが叩き込まれる。ガードを跳ね上げてからの高速と拳舞…その動きには何処か見覚えがある。


エリス…いや、どちらかというともっと荒々しい…そう、レグルス様だ。


「死に晒せッ!下物が!」


(魔女様達のデータ…厄介だ)


クルレイは高い身体能力を持つ上にその手につけられているガンドレッドには魔女様のデータが入っている。魔女様の動きと人格を模倣し技を使うことができるんだ。


今のはレグルス様の技だろう、知らないけど。事実今の口調もレグルス様の物だ、知らないけど。


(レーヴァテインが集めていた魔女様達のデータの精度は…ディヴィジョンコンピュータの中で味わった…限りなく本物に近い戦闘能力、これを突破するのは…難しいか)


殆ど本物に近い魔女様達の幻影を生み出してみせたあの電脳世界の精度を見るに、ガンドレッドに入っている魔女様のデータもまた相当な物。唯一弱点らしい弱点があるとしたらデータとクルレイ自身の能力差のギャップくらいなものだが。


その辺もクルレイはカバーするように巧みに立ち回っている。これはかなりの難敵かもしれない。


「的が大きいだけ!当てやすい!」


「………!」


防壁も張る余力がない、ならジタバタせず真っ向から迎え撃つのみ…!


「喰らえ『烈空閃掌』!!」


「むぅう!」


両手を広げ、突っ込んでくるようなフォームで拳を突き出すクルレイの一撃を受け止める。同時に凄まじい鈍痛が体を襲い呼吸もままならない程の苦痛を伴うが、それを一旦耐えて。


「捕まえた」


「なッ…!?」


捕まえる。両手でクルレイの体を掴みくるりと入れ替え…彼女の下腹部をがっしりとホールドする。


「いくよ、フィニッシュホールド…!」


そのまま一気に体ごと飛び上がり、回転し勢いをつけながら風を切り…クルレイごと地面目掛け急降下し…。


「デウス・ウルト・スープレックス!!!」


「グッッ!?」


アダマンタイトと床に頭から叩きつけながら私は即座に体を起こす。私のフィニッシュホールド…デウス・ウルト・スープレックス、それに加えてもう一発。同時に全身を回転させ遠心力をつけてから…腕を出す。


「カリアナッサ・スレッジハンマーッ!!」


「ごはぁっ!?」


「ぷふぅー…」


そのまま拳を叩き込みクルレイは吹き飛び地面を転がる。そして息を吐き…確信する。


ダメだ、倒せてない。これっぽっちじゃダメか。


「フッハハハーッ!!いい一撃だ!効いた効いた…効いたよ!だが」


クルレイはゆっくりと起き上がりながら体の埃を払い…。ガンドレッドに手を当て。


「モード・スピカ。肉体治癒」


「……スピカ様まで」


ガンドレッドから溢れた淡い光が彼女を包み、瞬く間に体を治してしまう。まさかスピカ様の治癒まで再現してるなんて…これじゃ、ジリ貧だよ。


「ふふふふふ、今の技はプロレスかい!?!」


「……レスリング、反則技込み」


「そうか!ただのレスリング技が魔術級の打撃になるとは…その常軌を逸した巨体に、圧倒的な筋肉密度。天才的な格闘センス…実に羨ましい」


「いいことばっかでもないよ」


「いいや、そうでもない…いいことばかりだ。少なくとも戦場においては」


「私も元々は天才と呼ばれた人間でね、近所じゃ負けなしだ、都会に出ても負けなしだ、傭兵になってからも負けなしだ。そして八大同盟の幹部になって…初めて敗北を痛感した」


ワナワナと手を震わせながらクルレイはその自信と勇気に満ちた表情を悔しさと狂気に満ちた顔を見せ…。


「ラセツ…彼は天才だ、私のような偽りの天才ではない選ばれた『超人』だった。どれだけの才能とセンスを持ち合わせても、身体能力と言う分野において…天才は超人には敵わない!」


「……そうかな?」


「そうだ!…私も何度もラセツに挑んだが、奴は私を相手にもしなかった。あれは生まれながらにして勝つことを宿命づけられた男だ、私の百の努力を一の努力で上回る存在にどうやって勝てと言うのか…そしてそれはお前も同じ」


「随分、女々しいことを言うんだね」


「それは勝ってる側のセリフだ、ラセツだけじゃない!チタニア!ミスター・セーフもそうだ…何よりマヤ、マヤ・エスカトロジー!あれ程の力を標準搭載している肉体に一体どんな鍛錬で勝てと言うのか!」


「……マヤ?」


チタニアもミスター・セーフも倒したことのある人だけど…マヤって人は知らないな。


「武器を用いず魔術を用いず肉体のみで戦えるのは超人だけだ…だが!私は!それに抗える武器を手に入れた!!」


ガンドレッドを天に掲げ、拳を握る。つまるところ、自分で自分の限界を決めつけて…逃げ道を用意したと言うことか。別に武器を使うことが逃げだと言いたいわけじゃない…ただ己の力以外を寄るべにすべきではないと私は思うのだ。


超人を超える身体能力を持つ人はいる…例を挙げるならエリス、彼女は私と殴り合って勝ったことがある。彼女はただ無限の努力で私を上回っただけで超人ではないしね。


「私はこの武器と共に超人を超える!その為に戦ってきた!お前はまさしく!誂えたようにありがたい難敵だッ!お前を超えた時私は!胸を張って世界最強の傭兵を名乗れるんだァーッ!!!」


そして掲げた拳を下ろし、腰深くに拳を構え…全身の魔力を逆流させるクルレイは更に、一段階ギアを上げる。


「魔力覚醒ッッ!!」


「…!」


来る、突っ込んでくる…!クルレイの体が…全身が、赤く煌めき──。


「『血吠顕聖二郎真君』ッッ!!」


「ヴッ…!」


ネレイドの体が大きく後ろに揺れる、クルレイの拳がネレイドを後ろへ追いやり…それを防いだ両手がビリビリと痺れる。凄まじい怪力により足元のアダマンタイト製の床にヒビが入っている。


第二段階の人間ではアダマンタイトを破壊することはできない、と言うことは今のクルレイは第二段階クラスに収まらない程の莫大な怪力を得ていると言うこと。


(肉体進化型か…!)


「ノッて来たァアアアアア!!」


───ネレイドの想像通り、クルレイの覚醒は肉体進化型。覚醒『血吠顕聖二郎真君』は肉体進化の中でも特に血液に作用する覚醒である。


引き起こされる事象は血流の加速、それにより筋肉及び臓器に対する酸素や栄養素の即時投入が可能になり反応速度及び筋力持久力の劇的な向上を引き起こす純粋な基礎身体能力の上昇型の覚醒。


特に血流の加速は時間経過により無際限に加速し続けると言う性質を持ち、彼女の心臓と血管が破裂するまで何処までも強くなり続ける。


これによりクルレイは一時的に肉体的超人に近しい身体構造を得ることになる。人としての強さを求めた結論の如き覚醒はネレイドを痛めつけ続ける。


「速い…!」


「まだまだ行くぜ…!」


しかも、この覚醒の強みは…肉体を強化するのでは無く基礎スペックの向上という部分にある…即ち。


「モード・アルクトゥルス!」


魔女データの使用による自己強化の幅が更に…大きく大きく広がることとなる。それは彼女が再現出来る魔女の動きの幅の大きさにも繋がり。


「『底昇脚』ッ!」


「ヴッ!?」


爆裂するような勢いで放たれる膝蹴りがネレイドの踵を地面から離し口元から胃液が漏れる。


「『戦鎧砕き』ッ!」


「ガッ!?」


そして腹を打たれたことにより下がったネレイドの頭に叩き込まれる黒籠手の一撃がネレイドを吹き飛ばす。加速し続けるクルレイの攻めに遂にネレイドの反応は追いつかなくなり始める。


「こ、この…移ろう虚ろを写し映せ『一色幻光』!」


「モード・フォーマルハウト!『真眼』!」


「え!?」


咄嗟に幻影で立て直す時間を作り出そうとした瞬間、恐ろしいスピードで反応したクルレイは両目を黄金に輝かせ一瞬で幻影を看破する、フォーマルハウトの魔眼術すら再現した彼女はネレイドが驚いているその僅かな時間で再び動き。


「モード・プロキオン!」


「ッ……」


「『閃光拳』!」


そこから叩き込まれる最速の一撃が再びネレイドを壁に叩きつける。プロキオンの速度まで再現した一撃は殴られたことに気がつく暇さえ与えず…更になる怒涛を招く。


「モード・レグルス!『旋風拳濤』!さぁさぁ死ね死ね死ね!壊れろ壊れろ壊れろッッ!!」


「ゔぅ…!」


叩き込む、叩き込む叩き込む叩き込む。壁に追いやられ動けないネレイドを滅多打ちにするクルレイは一撃放つごとに加速していく。全身は真っ赤に染まり目は白目を剥き発汗と共に蒸発し白い煙を吹きネレイドに何かをさせる暇さえ与えない。


風で加速した拳を幾度となく叩き込み、ネレイドという存在を根底から破壊しようと痛みと苦悶の嵐を押し付けてくる。


(まずい…もう抵抗するだけの力が残ってない…)


せめて防壁でも張れれば違ったのかもしれない。魔力覚醒を使えるだけのパワーがあったなら違ったのかもしれない。ここに至るまでに消耗しすぎた…私の体を使えばみんなを守れるからと、調子に乗って体力を使いすぎたか。


(嗚呼……痛い)


滅多打ちに殴られる都度、痛みが走る。そう…痛みだ、痛みが走っているんだ。


「壊れろッ!」


クルレイが拳を叩き込み、私の胸を圧迫し、神経が電気信号を放ち、それが脳に向かって行くのがわかる。体のあちこちがシグナルを発しているのが分かる。


……こんなの初めてだ。こんなに神経が鋭敏になったのなんて…初めてだよ。


(もしかしてこれが……シリウスの言っていた…)


朦朧とする意識の中思い出すのは…電脳世界での、シリウスとお母さんの言葉。


──────────────────────


「はっきり言おう!お前はリゲルの弟子に向いとらん!!」


「むぅ…そんなことはない」


自分に向けて幻惑を使い続けるという無茶な修行をしばらく続けていたあの時、シリウスは突然私のところにやってきてそう言った。


私はお母さんの弟子に向いていないと…そんなことはない、と言ったけど実際私は幻惑魔術が苦手だ。けどだとしてもそこは努力でカバーしてきた、否定される謂れはないと私はムッとするとシリウスは手を顔の前で振って。


「ああ違う違う、別にお前がリゲルの弟子として不足であると言っているわけではない。ただ他の師の方が効率が良いと言っているのだ」


「一緒、それも。等しく失礼」


「まぁ聞け、確かにお前はリゲルの弟子には不適当じゃが一つ幸運な点がある」


「幸運?」


「ああ、お前の体は特別と言ったな」


シリウスは私の体がホトオリに匹敵するか或いは上回る才能があると言っていた。実際それほどかは分からないけど事実私はホトオリの生まれ変わりなんて呼ばれ方もしていた。


けどそれと一体なんの関係が。


「じゃがどういうわけかお前の体にはリミッターがかかっている。それは無意識に力を抜いているなんてレベルではない、肉体そのもの…細胞単位でお前の体は一般の人間と戦う事を想定して進化しておる」


「……どういう意味?」


「ワシもこのレベルの超人を眼にする機会にあまり恵まれておらんから仮説にはなるが、恐らくお前は…他の超人と異なり細胞単位で自身の意思を反映させられるレベルの超人じゃ」


「細胞単位、まだ難しい」


「細胞ってのはな、一定時間で入れ替わっておるんじゃ。皮膚なら凡そ一ヶ月、筋肉や臓器で大体数ヶ月、骨は十年周期でな。お前はその入れ替わりの際…自身の置かれた環境に適応した物に入れ替えておるんじゃ」


「細胞をより環境に適応した形に…入れ替え?あり得るの?」


「あり得るぞ、筋トレだってその一種じゃ。筋細胞を破壊しより伸縮性のある細胞に入れ替えてるわけじゃしな…だがお前のそれはもっと深いところで行われている。ある種の免疫のように…お前は世界に順応し今の形を得ていると言っていい」


あまりにも難解な話で、大きな話すぎて、私は混乱している。でもシリウス曰く私は肉体を構成する細胞の殆どが超人的な物で構成されているらしい。


「そも、超人とは摩訶不思議な存在にあらず…人間機能の延長線上にある事しか出来ない確かな人間じゃ。お前のその適応能力も人間が持ち得る高い免疫能力が引き起こしているのだろう…お前は無意識に肉体が周囲の超人ではない人間の理解の範疇に抑えられるよう進化しているのじゃ」


「……正直、信じられない」


「じゃろうな。だがこれを解決出来るのが…幻惑魔術よ。お前はこれから長い時間をかけて高出力の幻惑を脳に浴びせ続け過酷な環境であると錯覚させることにより、細胞入れ替えの際により強力な細胞に生まれ変わらせる事ができる」


「……そんな事が」


「可能じゃと、ワシが言うておる。まぁワシもお前の体をバラして一つ一つ改めたわけではないからこれ以上のことは言えんが、少なくともこの方法でお前はある程度限界を越えられる」


「…………」


私の体にそんな力があるとは到底思えない。超人的な免疫能力が風邪のように人類社会に対して抗体を作り…それで私の力を人間社会に溶け込める段階にまで抑えているなんて、そんなこと言われても実感なんか湧かない。


けど……。


「お母さんは出来ると思う?」


「え?」


お母さんに聞いてみる。お母さんは私に『お母さん』と言われてやや困惑しつつも…。


「……貴方の在り方は、殉教者のそれに似ています。一心不乱の信仰に…必ずや神は答えてくれます。何より貴方の願いは正しい物ですから…だからきっと、強くなれますよ」


「適当なこと言うでないわリゲル。神が答えてなどくれるものか、この星は徹頭徹尾人の星よ。神などと言う物が何か干渉してくるとしたらそれは娯楽以外にあり得んわ」


「も、もうお師匠様!!」


「ぬはは!すまんすまん!じゃが伝えたいことはそれだけじゃ。あとは二人で頑張れいよ」


そう言ってシリウスは去って行く、…お母さんが言うなら、私はきっと強くなれるんだろう。そう思って…私は電脳世界で必死に幻惑を自分にかけ続けたんだ。


まぁ、そんなにすぐに効果は出なかったけどね…でも。


そのおかげかな、脳に負荷をかけ続けたおかげか今の私は…とても。


───────────────────


(見える…見えてきた)


神経が冴え渡っている。高密度の幻惑をかけ続け脳がそれに適応し、更に戦闘という環境におかれたおかげか…私の感覚は研ぎ澄まされ始めていた。


「ぎゃはははははは!!」


クルレイの一発一発が…緩慢に感じる、奴の拳が私の肉をゆっくり押して、ビリビリと痺れるような感覚が脳にゆっくりと向かい、それが痛みであると脳が決断を下す行程が分かってしまう。


こんなことは初めてだ…けど。


(分かるだけで…体が追いつかない)


だが強化されたのは脳だけ、体がそれに追いついてこない…。これじゃあただ苦しいだけだよ…。


けど…でも。


(お母さんが、私に強くなれると言ったなら…ここから、更に先に行けるはずだ…)


私は痛みから目を逸らさない、受け入れ…糧にする。この先に何があるか分からないけど、お母さんは言ったんだ、強くなれるって。


いや…私は強い子だって!そう言いながらあの人は育ててくれた!!!


「これで…終わりだ、モード・カノープス」


(強くなる…いつかお母さんを守れるくらい、強く…)


動かない体、拳に魔力を集めるクルレイの姿、全てが把握出来る…脳が全てを感じている。そんな中で見るのは更に先に居る母の背中…いつかあそこに辿り着くまで私は─────。


「『再影・阿毘羅雲拳』ッッ!!」


叩き込まれるのはカノープスの一撃を再現した一撃。空間を巻き込みながら放たれる螺旋状の拳はネレイドの顔面に激突し…背後のアダマンタイトすら崩壊させる。それほどの一撃を受ければさしものネレイドも死に……死に………。


(死ねない…!)


否、強烈な自我、強大な意識、強靭な精神だけで彼女の脳は活動を止めなかった。肉体を超越する精神が彼女の命を肉体に繋ぎ止めた。


それはさながら信仰だ、己を信じ、未来を祈る信仰だ。その無尽の信仰が引き起こすのは…決まっている。


殉教に身を捧げた信徒に今…神が微笑んだのだ。


「ッッッ───!!」


「な、なんだ!?」


その時、強い衝撃を受けたネレイドの肉体に累積していた痛みの信号が炸裂した。パチパチと弾けるように彼女の肉体の中で火花が散り、彼女の強力なニューロンがその奥底に隠されていた…最後の力を解放した。


それは…電気信号だ。本来は表出することさえ無い電気信号、それが一瞬だけ…彼女の脳に留まらず外側にまで溢れるほどに爆裂したのだ。


「か、体が…光っている…!?」


クルレイは恐怖する、まるで触ってはいけない爆弾が爆発してしまったの良く無い錯覚に襲われ一歩引く。


そうしている間にもネレイドの体には変化が起こり続ける。


傷つき、破壊された肉体。それを構成する潰れた細胞群に強い電気信号が走り細胞を焼き尽くし凄まじい勢いで細胞を破壊し再生させ、また破壊し再生させるのを繰り返していた。


新陳代謝は急激に加速し汗が吹き出し体温により蒸発し筋肉の形が変わり、血液が吹き出し…再生し、凄まじい勢いで彼女の体が変わっていった。


「な、何が起きてる…こいつ、人間か…!?」


そうしているうちに光は収まり…ピクリとも動かなかったネレイドの体が、ゆっくりと動き始め……。


「う…ああ……うぷっ…おぇぇえええ…」


一歩、踏み出した瞬間ネレイドは強烈た気持ち悪さに襲われ一気に口を開き胃液をゲロゲロと吐きしめた。


(頭が痛い…!胸が痛い!苦しい!何これ…何が起こってるの!)


息を吸ってるのに、苦しい。胸を叩く鼓動の回数が異常なほどに早い…何が起きているのか分からない、分からないけど…なんだか。


(あれ、体って…こんなに軽かったっけ)


全てが軽く感じる…何もかもが遅く感じる、これが…もしかして、シリウスの言った事?


「ッお前もまた、超人か…!なんと不平等的なんだ!」


「ッ…!」


瞬間、クルレイが動き出すのが見えた…あれだけ速かったクルレイが今は普通に感じる、迎撃しないと!


「クッ…!」


咄嗟に起き上がりながら拳を振るうと、自分の拳のあまりの速さに驚いて私は前につんのめってしまう…が。


「ごぼはぁっ!?」


「う…!?」


こんなバランスを崩した一撃でもクルレイは吹き飛んでしまう。咄嗟にやりすぎたと感じてしまうくらいの威力が出てしまうんだ。


まさか…私の体にこんな力が秘められてるなんて。


「ぐぐぅう!!なんと強烈な…!そんな肉体に甘んじず勇気で戦え!!モード・レグルス!」


「……私の苦労も知らないで」


吹き飛ばされたクルレイは全身を更に赤々と染めながら力を振り絞り突っ込んでくる。今なら…やれる!


「エウポンペ・クローズライン!」


「なッ!?」


地面が爆発するように波打ち私の脚力で空気が圧迫されソニックブームが生まれ背後に音の壁を背負い突き進み、腕を叩きつける。ただそれだけでクルレイの体がバラバラになるほどの勢いがただ一人の人間にのし掛かる。


「アガウエ・スマッシュエルボ!」


「ごぼはぁ!?」


そして肘鉄を打ち出せば、それがクルレイに当たらずとも押し出された空気の砲弾が飛びクルレイの腹部で炸裂し、その衝撃波が背中から突き抜け背後の大地を打ち鳴らす。


「カリアネイラ・ダブルスレッジハンマーッッ!!」


「げごぇっ!?」


そして叩きつける両拳により、余波だけで遺跡が揺れる。直撃したクルレイは全身から血を吹き出し白目を剥いて吹き飛んでいく…。


(あ、あり得ない…あり得なさすぎて気がどうにかなってしまうそうだ…。なぜ急に強くなった…これが超人と人間の差?いや…そんなもんじゃ無い)


クルレイは薄れる意識の中、全身から真っ赤な蒸気を噴き出し体が弾けてしまいそうな力の暴走を一身に受け止めながらも鼻息荒く立ち続けるネレイドを見て…小さく首を振る。


(違う…あれはもう超人じゃ無い…寧ろ…!)


クルレイがこんな感想を抱いたのは過去に一度だけ…その例から考えるに、今のネレイドは超人ではなく…。


(超人じゃ無い…あれは最早半神(デミゴッド)!マヤと同じ『崇拝される側』に踏み込んだ奇跡の躯体だ…!!)


『現人神』マヤ・エスカトロジー…奴もまた超人でありながら超人の域にも収まらない怪物。その人体の奇跡とも呼ぶべき力は最早尊敬や憧憬を超えて崇拝すら呼び起こさせるほどだった。


(私は…焦がれたんだ、一度見たマヤの姿に。だからいつか世界一の傭兵になって…彼女を超えて…超人を超えた、勇士になることを…誓って───)


瞬間、クルレイは倒れそうになる体を起こし、意地と根性で立ち上がり…!


「モード・スピカ!強制肉体治癒ッッ!!!」


起動するのはスピカの力、これにより散布される超強力ポーションにより傷つきた肉体を一気に再生させる。体力が全て元に戻ったことによりクルレイは歯を食い縛りながら叫び。


「私は勇士ッッ!闘争のために生きる者ッッ!!超人!半神!なにするものぞォッッ!!永遠なる闘争の末に必ず貴様を打ち倒してやるぞッッ!ネレイド・イストミアァッ!!!」


それは魂の叫びだった、超人への憧憬はネレイドへの挑戦心に変わり…勝敗を超えた域に達したクルレイは気がつく。


「はッ……いない」


目の前から、ネレイドの姿が消えていることに。どこに行ったと彼女が探すよりも前に…下腹部に、腕が回され。


「それを、待っていた」


「あッ!?」


「君が全快じゃないと、今の私じゃ殺してしまうから。でもこれで…フィニッシュホールドが撃てる」


背後だ、あの一瞬で背後に回り…背中を取り、腕を回した。ただいまの私じゃクルレイに本気のフィニッシュホールドを撃ったら殺してしまう。それくらい力が強くなっているんだ。


私の力は、誰かのための力。どれだけ強くなっても…この力は殺しには使わないんだ。


「なッ!くッ!離せ!離せェッ!!!」


「私は悲しい、貴方の超人への羨望は…きっと私じゃ解決出来ない。こうして…超人としての力で勝ってしまう私には。だから…いつか出来ればもう一回やろう、クルレイ」


「ッ……」


「その時は、魔女様の真似事じゃなくて…貴方の技を見せて。貴方はここまで登ってこれる程に…強いんだから」


クルレイは超人に対してコンプレックスを抱いているんだろう、そんな彼女に私からかけられる言葉はない。こうして超人としての特性を使わなければ勝てなかったのだから…。


だからこそ、再戦しよう。そのためにも、手は抜かない…今ここで、私は見せなきゃいけない。


私の力を……!


「行くよ…私の、フィニッシュホールドッ!!」


グッと下腹部を持ち上げ、全神経を足に集中させれば…まるで脹脛が風船のように膨らみ力が溢れ、大量の発汗により水蒸気が爆発し私はクルレイを抱えたまま空中へと飛び上がり、回転しながら勢いをつける。


これが私の新しいフィニッシュホールド…新生したネレイド・イストミアの新たな領域。


「『フィアットルクス────!!」


「ッッ…!!??」


叩きつける、天井に。これによりアダマンタイトの天井にヒビが入りカケラが飛び散り。私のはそのまま体勢を入れ替え天井に足をかけ…一気に飛ぶ、いや降りる。頭から床に向けて天井を蹴り上げクルレイと共に一気に急行し…。


「───スープレックス』ッッ!!」


一直線、空中で更に回転し地面に叩きつければその勢いによりアダマンタイトの床が十字形に割れ内側から蒸気が飛び出し天に輪が浮かぶ。


フィアットルクス・スープレックス…今の私の全霊を使った一撃…それを受けたクルレイは…。


「ァ……ガッ……」


倒れ伏す。動く気配はないけど…同時に死んでもない。よかった、殺さなくて…。


「ふぅ……この力、本当に私のものなの…?」


クルレイに殴られていた瞬間、脳みその中の爆弾が爆発したみたいな衝撃が迸り、肉体全体が一気に書きかわったみたいな…そんな感じがした。


これがシリウスの言ってた適応?一般人に配慮して押さえられていた私本来の身体能力?なら私の体は力を抑えて正解だ…こんな恐ろしい力を持ってたら、私は街に出れなかった。


けど……まだ、足りない。


「シリウスは私をホトオリに匹敵すると言っていた…奴はもっと、すごいことをやっていた」


あの日、アジメクで見た聖人ホトオリは手から火を出したり電気を出したりしていた、私はまだそれが出来そうにない…ということは私の体はまだ未完成ということだ。


これ以上、あり得ない力を得たら…私はきっと私を石室に閉じ込めて外に出ないようにしてしまうかもしれない。


けど、今はこの力がいる…必要だ。仲間を守るために…必要なんだ。


「私はもっと…強く…ならなきゃ……う」


くらりと頭が揺れる、戦いの最中忘れていた息苦しさを思い出し…体が崩れそうになる。なんなんだこの感覚…体が壊れてしまったのか?だとしたらそれは後にしてくれ…。


まだ、仲間が戦ってるんだ…ラセツと戦ってるんだ。助けに行かないと…でなきゃ私は、強くなった意味がない。


「みんな…待ってて!」


体を引きずり…動き出す、みんなのところへ向かわないと…まだ、戦わないと…!


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