708.魔女の弟子と進んだ先が前となるならば
「うっ!こいつ…意外に速い」
「だ何故…時界門が使えないのですか…!」
「メグさん!ネレイドさん!」
『フハハハハハ!!!造作も他愛も益体もない!この程度か魔女の弟子ィッ!!』
無数に乱れ飛ぶミサイルに四方で爆裂する爆弾、それから逃げるように攻撃を避けるのはメグとナリアとネレイドの三人。そしてその三人を相手にするのは巨大な鉄の魔人と化したクルマティアス。
クルレイ、デキマティオ、ベスティアスの三人が合体して誕生した幹部合身クルマティアスは三人のそれぞれの力を自由に扱えるようで…ベスティアスの兵器製造を主体にデキマティオの先読みで補佐、更にクルレイの戦闘技能を使って立ち回り三人を相手に圧倒的な優位に立っていた。
メグとネレイドに至っては覚醒を使ってなお攻め切れずにいる程だ、本人曰くパワーだけならラセツにも引けを取らないというその圧倒的膂力は着実に三人を追い詰めていた。
「攻めの起点が見えない…!」
『フハハハハハ!さぁ死ね!ピスケス製の大量殺戮兵器!ラビットファイアを味わってな!』
瞬間、クルマティアスの両手に穴が開き飛び出してきたのは車輪のついた小さな鉄球…それが火花を散らすほどの勢いで走ったかと思いきや鉄の球が四方に割れ中から大量の銃弾をばら撒き始めたのだ。
「ッ!」
「ナリアさん危ない!」
咄嗟にメグが飛び込みナリアを銃弾から守りながら駆け抜け壁に足をかけさらに飛翔する。
「す、すみませんメグさん!助かりました!」
「時界門さえ使えれば良いのですが…」
メグはこの場において時界門を使えない、それにより武装が使えずかなり火力が限定されてしまっているのだ…すると。
『アハハハハハハハッ!苦しんでるようだなぁ魔女の弟子ぃ!』
「この声は…ポエナ・テトラドラクマ!」
響く、遺跡と融合しているポエナの声が。天井に鉄の瞳が生まれた三人を見下ろし。
『私は今レーヴァテイン遺跡群と一体化している!融合すれば私はその融合した存在の力も使えるのさ!この遺跡には転移を制限する機能もあるようだし?お前ら外に逃げようたってそうはいかねぇぜ?』
「貴方が…!」
『そして、…手伝うぜ!クルマティアス!』
瞬間地面がグネグネと歪み、三人の立つ大地が不規則に波を作りバランスを崩させ──。
『よくやったポエナ!さぁ死ねぇい!『オプティマスレイザー』ッッ!!』
「キャッ!?」
「うわっ!?」
ポエナの妨害からのクルマティアスの全身から放たれる全方位照射型の光線が空間を満たすように乱射され、その直撃を受けたメグとナリアは吹き飛ばされる事になる。そんな中状況を打開するため動いたのは。
「移ろう一色、象る十元、陽を背に伸びろ『百影混明』!」
ネレイドだ、咄嗟に幻惑魔術を放ちそこら中に弟子達の幻影を作り出す。
『むむむ!これは…ただの幻惑ではなく熱源ごと知覚が狂わされている!?』
(今のうちに…)
クルマティアスの動きが一瞬止まる、とは言え識眼を持つ奴を幻影で止められるのも一瞬だ。この隙を状況打開の起点とするためネレイドは吹き飛ばされたメグとナリアの回収に向かい───。
『動体スキャン開始』
「な…!?」
がしかし、壁から現れたカメラが空間を青い光で照らし幻影を晴らしネレイド本体を見つけ出す。ポエナの援護だ…時空魔術だけでなく幻惑魔術までもが無効化された。
そうネレイドが直感で理解したその時だった。
『ポエナ!ナイス援護!』
「あ!」
クルマティアスの拳が迫っていた。足裏の車輪が火花を散らし右拳に電流を集めながらネレイドに突き出し──。
『レール・バンカーッ!』
「ごはぁっ!?」
叩き込まれる超電磁の一撃にネレイドの体もまた吹き飛ばされる。ラセツに匹敵する超怪力から叩き出される悪夢のような威力の拳はネレイドの防壁展開の隙を縫って繰り出された。
「ぅぐっ…ぐぅ…」
『アハハハハハハハッ!今度こそ死ねよ魔女の弟子ィッ!』
『ここが貴様らの墓場だ!』
レーヴァテイン遺跡群と融合したポエナ、合体し強力無比な力を手に入れたクルマティアス。この二つの脅威を前に倒れて動けなくなるネレイド達。
何よりも痛いのはポエナによる妨害、絶対に手出しできないところから的確に邪魔してくるポエナの存在があまりにも致命だった。
『これがアタシのリベンジだ…!』
(このままじゃ…やられる…)
その致命は、ネレイドにさえ死を意識させたのだった。
………………………………………………………………
『アハハハハハハハッ!今度こそ死ねよ魔女の弟子ィッ!!』
「よっと!」
「チッ…こいつ意外に面倒だよ…ラグナ」
レーヴァテイン遺跡群外部、動く遺跡の巨人となったポエナを前に立ち回るラグナとデティは苦戦を強いられていた。
いや、苦戦というより…ひたすらにレーヴァテインは二人を寄せ付けない戦いにシフトしていた。
『そぉら!行ってこい!』
手を振るえば中から大量の銃弾の雨が降り注ぐ、レーヴァテイン遺跡群内部に配置されている数多の侵入者迎撃トラップを武器として使っているのだ。その銃弾一発一発が防壁すら貫く勢いで飛んでくる…これは流石に避けざるを得ないと覚醒したデティとラグナは跳躍し距離を取る。
「狙いが大味だなポエナ!こんな攻撃、いくら繰り返したって当たらねえぞ!」
『いーんだよそれで、アタシの役目は足止めッ!専務取締役争奪戦から漏れたアタシに許されたのは現幹部の補佐だけだ!正直悔しいけど…社長が折角挽回のチャンスくれたんだ!こっちに全力傾けるぜ!』
「意味わかんねー事を」
ポエナはラグナとデティを中に入れない事に徹底していた。ポエナは事前に弟子達のデータを受け取りそれぞれの脅威度を把握した上で分断していた。
覚醒しているネレイド達は脅威度的に中位、故に何かされる前に幹部達に当てる。
覚醒していないと報告をもらっているアマルトに関しては脅威度は下位、故に適当な場所に放り出す。
覚醒しつつ圧倒的な状況打破能力を持つエリス、メルク、ラグナ、デティは脅威度上位。特にラグナとデティに関してはその中でも更に上…最上位の危険度を持つとポエナは考えた。
ラグナは司令塔として役目が、デティにはヒーラーとしての役目がある。この二人はとにかく誰かと組ませると面倒極まりない、故に関わらせない。それがポエナの判断だった。
『お前らが中に入る頃には、他の弟子達は全員死んでる頃だろうさ!』
「チッ……」
そしてそれはある意味正解とも言える。ポエナは遺跡を掌握している、これにより他の弟子達はポエナの妨害を受けて戦わねばならず合流さえもままならない。そしてラグナ達という大戦力を欠いた状態で戦わねばならず…。
ラグナの『八人でラセツと戦う』という計算すら狂う結果となった。
(一刻も早くみんなと合流しなきゃいけないのに…この後ラセツとの戦いも控えている以上消耗が激しい蒼乱之雲鶴も永久神躯も使えない…いや切るべきか、ここで。切っちゃいけない切り札を切らされた感が半端ないが)
「ラグナ!どうすんの!」
「………仕方ない、デティ!傷は治してくれよ!」
幸いこっちにはデティがいる。なら多少の傷は許容して…一気に攻め込む。
「行くぜッ!」
『アハハハハハハハ!来るかァッ!!』
一気に大地を砕き、粉砕する勢いで駆け抜けるラグナは体を起こし唸るレーヴァテイン遺跡を相手に飛び掛かる。
『撃ち落とす!』
遺跡全体がブルリと震えたかと思いきや飛んでくるのはその身を形成するレンガだ。レンガつっても石じゃない、ポエナが操れている以上何かしらの鉱石であり芯まで詰まった鉄の塊だ。それが音速を超える勢いで飛んでくる。
「足場サンキュー!」
『えッ!?』
しかし、俺はその飛んで来たレンガの上に足を置き踏み込む事で空中の足場として使い更に加速し巨人の頭頂部に当たる遺跡群入り口付近に向けて飛ぶ。
『だぁあああ!テメェらは本当に!アタシをナメてェッ!』
しかし俺に向けて遺跡から大量の銃口が現れ、それと同時に無数の火花のような銃撃が繰り出される。しかも飛んでくるのはただの銃弾ではなくソニアが使っていたような魔力すら引き裂く特殊弾丸…これを避けようと動くには、距離を取るしかない。
だが…こっちはデティがいる!
「ゔぉぉおおおおおおおお!!」
『正気か!?』
両手で頭だけは守りながら弾丸の雨を突っ切る、俺の肉体さえも切り裂く弾丸の中を飛び一気に肉薄…同時に拳を握り。
「無縫化身流……」
師範と一緒に、無縫化身流の特訓をやり直した。電脳世界にいた師範は実戦経験は乏しかったが…無縫化身流の腕前だけは現実と変わらなかった。
俺の癖を極力抜き去り、より一層純度の高い武を詰め込んだ一撃。そいつを叩き込む…!
「『戦鎧砕き』ッッ!!」
『ぬなぁっ!?』
一撃、振り下ろすような拳が遺跡に直撃した瞬間…、雷に打たれた樹木のように真上から下に目掛け切り裂くような亀裂が走り粉砕される。次いで爆音が響き渡り東部の一角を破壊するようにあちこちにレーヴァテイン遺跡群の瓦礫が飛散する。
「いや!?やりすぎぃーっ!!中にみんないるんだよーッ!?」
「わわ、悪い!なんかめっちゃ威力出た……」
想定の十倍ぐらい力が出ちまった…なんでだ?電脳世界での修行がそんなに効いてるのか?それとも…。
(こ、これが…英雄としての、目覚め?)
強くなってる、本物の英雄と接触したせいか…英雄として目覚め始めている。英雄になるには強くなるしかない、逆を言えば強くなれば英雄に近づく…けど。
『水の冷たさも、陽の暖かさも、風の感触も、何も感じずただ何もない真っ暗な宇宙に放り出されるような孤独を永遠に味わい続ける事になる』
そんなアルデバランの言葉を思い出し、ゾッとする。マジでそうなっちまうのか…俺。
(…せめて、せめてエリスと肌を重ねるまでは…)
「ラグナ!危ない!」
「え?───ぐぶはぁっ!?」
瞬間、飛んで来たのは巨大な鉄の拳…いや、遺跡の通路だ。それが鞭のようにしなり俺を地面に叩きつけた。動いてきた…ポエナのやつ、頭砕いたのに!
『ぶへへへへへ!バァカ!頭砕いたら動きが止まると思ったかぁ!?テメェバカだなぁ!アタシはこの遺跡と融合してるだけでこの遺跡はアタシの体じゃないんだよぉ〜!!』
「ぐっ……!」
『アタシを倒したいならアタシを遺跡から引き摺り出すんだなぁ〜!まぁ!無理だろうけど!』
遺跡の拳が俺に立て続けに振るわれる。事実ポエナの言う通り遺跡の中に潜んでいるポエナを外から引きずり出すのは不可能に近い…ってことは何か、俺はあの遺跡を粉微塵になるまで叩き砕かないとダメだってのか。
そりゃ…ちょいと無理がすぎるぜ…!
(どうすりゃいいんだこれ!)
八方手詰まり、中にいるみんなに期待するしかないのか?だがみんなもポエナの手のひらの上だ…何か、何かないのか。
逆転の手立ては。
…………………………………………………………………………
「オラァッ!『啞邪羅華』ァッ!!」
「ごばはぁっ!?」
「エリス!このッ!」
「甘いわッ!」
拳を振るえば絶大な魔力が爆発しエリスが吹き飛ぶ、咄嗟にアマルトが背後から斬りかかるが即座に転身したラセツはアマルトの体を掴み。
「よっこいしょー!」
「ぐゔぅ!!」
地面に叩きつける、アダマンタイト製の地面がひび割れるほどの勢いで叩きつけられ口元から血が溢れる。
エリスと俺は二人がかりでラセツと戦ってる、二人がかりだぜ?俺達結構強いはずなんだよ…けどどうだ、まるで勝負になりゃしねぇ。
「テメェ!アマルトさんを離せッ!」
「お?」
殴り飛ばされたエリスは地面を作り一回転しながら受け身を取りながら手元に雷を集め。
「『火雷招』!」
放つのは炎雷の一撃。真っ直ぐ飛翔する光線を前にラセツはゴキリと首を鳴らしながら拳を握り、
「効くかこんなもんッ!」
「なッ!?」
魔力を集めた裏拳で火雷招を弾き壁に叩きつけ方向をズラす、と同時にスライムのように粘性の高いドロドロした赤い魔力防壁を目の前に展開し…そいつ手を当て。
「『雲来末』ッ!!」
「うゔっ!?」
その流動性の高い防壁を魔力衝撃で弾き、飛散する無数の水滴を散弾のように飛ばし目の前の壁や床を穴開きチーズのようにしながらエリスの体を吹き飛ばす。
ラセツは魔術も覚醒も使わない、徹底して徒手空拳と魔法だけで戦っている。それがまたありえんくらい強いんだわ…あまりにも絶対的、あまりにも絶望的な実力の高さに俺もエリスもラセツの敵対者になり得ていない。
「はんっ!こんなもんかいな!それでよくもまぁケリつけるなんて偉そに言うたな!ボケカス共が!」
「ゔ…ぐっ…!」
けど負けるわけにはいかねぇ、と言うよりここで諦めてこいつをフリーにしたくねぇ。どうする…ここで奥の手使うか?いや出来れば『ここでは使いたくない』…何より不完全な形で使っても効果が薄い。
けど、せめて…。
(こいつを呪えれば…!)
背後から音もなく立ち上がり飛び掛かる、ラセツの首元目掛け剣を振るいせめて擦り傷でもと全力を出す。擦り傷でも与えれば呪術を発動出来る、効かなくても多少動きを緩められるかもしれない…幸いラセツは後ろを向いているし、今なら──。
『バァカ、油断しすぎだぜ』
「は…!?」
しかし、突如側面の壁から銃口が現れ…ポエナの声が響き渡り──。
「がぁっ!?」
「え?」
脇腹を撃ち抜かれ俺は地面に叩き落とされる。なんだ…なんなんだ!?急に銃撃が…なんで!
「え?なになに?」
『アハハハハハハハ!敵はラセツだけと思ったかぁ?アタシがいるんだよ!』
「ぽ、ポエナ…」
壁のアダマンタイトがぬるりと蠢きポエナの顔に変わる。そうか…こいつ覚醒で遺跡と一体化してるんだったな、くそ…油断した。
何が起きたかわからないと言う様子のラセツをポエナは見て…。
『ラセツ、お前油断しすぎなんだよ。アタシが背中守ってやらなきゃどうなってたか』
「え?お前なんかしてくれたん?」
『守ってやったんだよ!』
「なんや、必要なかったのに」
参った、ラセツだけでも手がつけられないのにポエナまで妨害してくるなんて…こりゃいよいよ俺も終わりか?
「ふぅ〜…まぁええわ、…ほな」
ラセツは右拳に魔力を集める。集め、凝縮し、圧縮し、今まで見たこともないほど大量の魔力が一気に圧縮され空気が打ち震え爆発音のような音が鳴り響く…。
「『地獄八景』」
そしてその拳を大きく振りかぶり…って、ヤベェ…避けられな───。
「『亡者戯』ッッ!!」
そして振るわれた拳は……壁から表出するポエナの顔面に向かう。
『はッ!?ぐぎゃぁぁあああああああ!?!?』
壁に衝突したラセツの一撃は、魔力が壁を伝い伝播しあちこちで振動し爆発する…それは壁の中にいて、遺跡と一体化しているはずのポエナの核を的確に射抜き、奴に苦悶の悲鳴をあげさせる。
『な、何しやがるラセツ!助けてやったのに!』
「オレがいつ…手前に助け求めたッ!くだらん茶々入れんなら手前からぶっ殺すぞッ!!二度と邪魔すんなやッッ!!」
『ぐっ…イカれ野郎が…!』
ポエナを撃退しポエナが出ていた場所に唾を吐く…そして、そのまま鉄仮面をこちらに向け。
「いやぁごめんなアマルトちゃん、余計な事されてもうたな」
「なんで…か、聞いてもいいか?」
「なんでとは?」
「仲間だろ、あれ」
「ああ、まぁな。けどこれはオレが挑まれた喧嘩であり、お前らがオレとつけるケリやろ?そこに余所者は邪魔やねん。負けた後で言い訳されんのもあれやし何より……」
そう言いながらラセツは腕まくりをして。
「お前らの気概が気に入ってんねん、せめてやるなら正々堂々…やろ?」
「はっ…お前、つくづく自分本位だな」
「せやで、自分本位で生きるために…オレは強うなったんやからな」
こいつは、エゴの塊だ…自分勝手な奴だ。故に自分の性根は貫くし嫌なものは嫌と言う男だ。そこが気持ち良くもあり、厄介でもあるんだがな。
だってこいつは、俺達を潰すつもりだ、そこは是が非でも曲げないだろう…まぁ大方喧嘩ふっかけたのはエリスの方だろうけどさ。
「さぁてやろかアマルトちゃん。オレぁお前を買ってんねん…なんせあのクルシフィクスを倒したんわお前やろ?お前とクルシフィクスやったらどー考えてもクルシフィクスの方が強い。そこをひっくり返したお前の根性、見せてくれや」
「ははは…期待されてんなぁ俺。けど一つ訂正させろ」
「んん?」
「お前は俺が、根性でクルシフィクスとの差をひっくり返したと思ってるよな?」
「違うん?」
「違うな…」
そうだ違うさ、俺とクルシフィクスなら確かにクルシフィクスの方が強い…けど、問題はそこじゃない。俺が言いたいのはつまり…。
「俺が…根性でひっくり返すんじゃない、俺『達』が…根性でひっくり返すのさ、逆境根性は魔女の弟子全員の十八番だぜ…!」
「なんやと……む?」
瞬間、通路が赤く染まる…煌々と煌めく光が通路の奥から光を放つ。そこにいるのは…。
「アマルトさん!!」
エリスだ、ラセツの攻撃から復帰したエリスが手元に八つの雷を集めてこちらを狙っていたのだ。それを見たラセツは面白そうに笑い。
「はっ、何回やっても同じ奴や…そんなもん効かへんで───お?」
再び防御姿勢を取ろうとするラセツの動きが止まる、咄嗟にラセツは己の腕を見る…そこには、地面から生える赤い鎖がラセツの腕を雁字搦めにしており、動きを縛っていたのだ。
何が起きてるって?決まってるだろ…俺さ。
「『呪牢・戒鎖の縛』…悪いなラセツ、余計な事させてもらうぜ」
「お前……!」
銃撃され、飛び散った血を媒介に魔術を使い、血で鎖を形成した。これでラセツを縛れる時間は限られている、が…それでいい。一瞬でも動きを縛れたなら!あいつが決める!
逆境で諦めないのは俺だけじゃないんだからな!!
「サンキューですアマルトさん!」
「いいから決めろ!」
「はい!冥王乱舞ッッ!!」
紫の炎を纏いながら…手元に集めた雷に魔力を装填、そのまま放たれるのは──。
「『冥神・天満自在八雷招』ッッ!!」
冥王乱舞の超高出力で放つエリス必殺の天満自在八雷招。それは一瞬で空間を熱しラセツに迫り…。
「───」
しかし、その瞬間ラセツが口元で何かを唱えた気がした。
「ッ…どうですか!」
次の瞬間、爆発。エリスの雷がラセツに直撃しアダマンタイトさえも砕く程の大爆発が起こり当たりが砂塵で満たされる。響く轟音と衝撃は確かにラセツに手傷を与えるに相応しいものだった…はずなのに。
「へぇ、いいの持っとるやんか。流石に今のは余裕では受けられんわ」
「は?」
俺が見たのは、引きちぎられた鎖と…その場から忽然と消えたラセツの姿だった。避けられた?いや直撃した筈じゃ…つーかさっきまでそこにいたのに何処に──。
「オレに魔術使わせたんわ大したもんや…誇れや、魔女の弟子」
「上か…!?」
咄嗟に上を見ると、既に拳を腰溜めに構え宙に浮いているラセツの姿が見えた。その体に傷はない、完全に避けられた…つーかやばい、なんかやばい、俺の直感が告げている…なんかとんでもないのが来て────。
「『マルム・ラピドゥス』」
それは、ラセツの口から放たれた…詠唱だった。
次の瞬間、ラセツは不可解な軌道で唐突に地面に向け加速し紅蓮に燃えるような光を纏う拳を地面に叩きつけ、蜘蛛の巣のような網目上の亀裂が床に走り…炸裂する。溢れるほどの魔力が亀裂から溢れ、まるで溶岩のように吹き出し、噴火するように爆裂し…何もかもを吹き飛ばした。
「ごはぁ…!?」
当然、その衝撃は俺にまで届いたさ。ありえんくらいやばい威力の衝撃波が全身を突き刺し、まるで全身を細かい針で刺されたような激痛に襲われ、砕けた地面の下へと…落ちていく。
「アマルトさん!!」
「まず一人目ぇ…次はお前や、エリス!」
「くっ…!」
ラセツはクルリとまるで宙を飛ぶように一回転し地面に開けた大穴から逃げ、奈落に落ちていく俺を助けようとするエリスの前に立ち塞がり……と、そこまで見えたが。
それ以上はもう見えなかった、暗い大穴の底に俺の体は落ちていく。激しい激痛に襲われ身動きの出来ない俺はその場にエリスとラセツを残して…、闇の中に消えることとなった。
………………………………………………………
『ここはいいから!逃げろ!レーヴァテイン!』
逃げるって、何処に逃げるんだ。
『お前を守れる余裕がない』
でもそう言われた仕方ない。
「仕方ないのか……」
ボクは闇雲に走りながら黒衣姫のところを目指していた。これは前に進んでいるのであって逃げているわけではないと言い訳をしながら走っていたが、ふと…ボクは気がついてしまった。
逃げてるってことに。
「…………アマルト君」
ボクは背後を振り向き、ラセツという男と戦うアマルト君とエリス君のいるだろう方向を見る。ラセツ…あれは強い、八千年前の段階にあっても兵卒クラスに収まらないレベルだ。少なくとも平和な今の時代においてはその存在は戦術級に匹敵する筈だ。
あれと戦ってエリス君とアマルト君が果たして勝てるのか。
「……なんて、考えても。じゃあボクが向かっても状況は改善しない」
ラセツは強い、アマルト君達じゃ勝てないかもしれない。けどじゃあボクが行ったとして何が変わる。ここでそれでもやるべきなんだと奮起したとて…現実的に考えればやれる事なんか無いし、あったとしてもならそれをもっと早くやっていればって話になるし。
でもその結果、エリス君が死んだら?アマルト君が死んだら?みんな死んだら…世界の終焉が訪れたら……。
(ああ、まただ…またこれだ……)
頭を抱え、動けなくなる。あの時味わった恐怖が再びボクを襲う。シリウスの恐怖…勝てないと言う絶望、絶望の中抗えないと言う諦念。ボクをへし折った最悪の感情が内心で渦巻く。
苦しい、逃げてしまいたい…けど知ってる、この逃げてしまいたいと言う感情に従い逃げたって苦しさは紛れない事を。ボクは痛いほどに理解した…。
この苦しさに抗うには立ち向かうしか無い。けど…立ち向かったところでボクは弱い。ボクが一個人としてシリウス達と張り合えたのはピスケスがあったからだ…技術の累積物があったからボクは戦えた。
しかし、そのピスケスももう無い…遺跡だって、もう奪われている…。
何も…何もできない、何も。
「また、また逃げるのか…ボクは」
壁に手をかけ、ボクは膝を突く。また逃げるのか…逃げるしかないのか、苦しいってわかってるのに。
憎らしい…今はただ、ボクの弱さが憎らしい。けど仕方ないのか…だってボクは過去の人間だ、アマルト君だって言って…今を変えられるのは、今を生きてる人間だけ。過去を生きるボクには今を変える力なんて……。
「……それでも、キミは前を見ろと言うのかい。アマルト君」
ボクは顔を上げる。前には逃げ道がある、後ろには仲間達の元へ向かう道がある。
ボクに許された道は…二つだ。何処を向いて歩くか…後ろを向いて歩くか、前を向いて歩くか。あるいは全てを諦めて目を瞑り歩くか。
アマルト君は前を見て歩けと言う、ボクは後ろを向いて歩いて行くべきだと思っている。どちらも正しいと思っている…されど、ボクは…何かを変える力を持たない過去の人間、だと言うのならやはり………。
『道は、自分で切り開いて行くものだって言葉があるでしょう』
「………アルデバラン」
道について考えていると、ふと思い出す。かつて…ボクの朋友だった女、ボクが手放しに尊敬出来ると確信出来る数少ない女である英雄アルデバランが、昔そんな話をしていた。
『道を切り開いて進む、私はこの言葉好きですよ?私誰かの後ろを歩いて進むの苦手なのですし…何より切り開くってことは、誰も選んで無い道を歩けるってことでもありますよね』
彼女は底抜けに明るく、底無しに悲しく、騒乱の中で人でも英雄でも無い存在に成り果ててしまった彼女はそれでも自分の正義を貫こうとしていた。そんな彼女が…最後にボクに残した言葉は。
『誰も選んでない道を歩ける、それは自分で道を選べるって事なんです。選択の自由ですよ、私が前だと思えばそれは前になる…何かに向けて歩く限り、私は既成概念にも縛られないんです』
「ボクが前だと思えば…それは前」
彼女はそんな事を言っていたな。つまり…ボクに残されている道は、前か後ろではなく、もっと広大な話なのか……。
「ボクは………ッ!」
その瞬間、大地が揺れてアルデバランの幻影が消え…代わりに天からけたたましい声が鳴り響く。
『アハハハハハハハ!アタシの中で!パラベラムに勝てると思うなァッ!!!』
「ッ……そうだ、この遺跡…確か融合する魔力覚醒の使い手と合体して」
ハッと気がつく、そうだ…この遺跡は今敵に完全に占領されている。融合されて完全に手中にあるんだ…まずい、となると他の弟子達も危ないかもしれない。
きっと今魔女の弟子達は遺跡そのものから与えられる攻撃により戦うこともままならない筈だ…このままじゃ、負ける…みんなが。
また、ボクは全てを失って……。
「それで、いいのか…ボクはそれで」
立ち上がり…再び前を見る、そこには逃げる道がある…後ろを見る、そこにはアマルト君達が戦っている場所に続く道がある。
前を向いて歩くか、後ろを向いて歩くか。けどそれは…物理的な話じゃなくて。
「ボクが前と思えば…それは、前」
首を横に向け…壁を見つめる。ボクは弱い、ボクは戦えない、ボクには何も無い。
でももし、そんなボクに出来ることがあるのなら…そんなボクにしか出来ないことがあるとするなら…!
「進むんだ、ボクも…!勝てる勝てないじゃ無い、怖い怖く無いじゃ無い!逃げずに戦うんだ!もう二度と…失わない為にッ!」
壁に両手を当て、目を閉じる。この体には武装はない…けど、それでも。
その遺跡を作ったのは…ボクだぞ!!
「全電子回路接続、意識体投影…アクセス…オン!」
全身が青白く輝き、手の中から無数の端子が現れ壁の中に隠されている接続孔に突き刺し、送り込む…電子の世界にボクの意識を。
「ッ……この遺跡の構造は隅の隅まで知り得ている。ボクなら…やれる!」
一気に意識が回路へと飛び込み…景色が変わる。無数に輝く星々が視界を満たす、そんな電子情報世界を泳いで進む。
もし、この遺跡と融合した人間がこの遺跡の機能や運用方まで把握できているのだとするなら遺跡に備え付けられたシステムコンピュータ内部にいる筈だ、だからそこを目指せば……。
「いたッ…!」
「あ?え!?なんだお前!?」
星が沈む青い海の中に…見つけるのはピンク髪の凶暴そうな女。パスカリヌの街でボク達に襲いかかってきた女、ポエナだ…!やはりこいつが遺跡を操っていたのか。
こいつを、ここから追い出せれば!
「ここから、出ていけッッ!!」
「うっ…ぐぅぅ…!!」
両手を突き出しこの空間を…電子空間を再構成しポエナをシステムコンピュータ内部から追い出そうと力を込めるがポエナはそんな圧力にも耐えて…。
「バァーカ!アタシは社長からこの遺跡の全権を預けられてんだ!外部からの干渉でアタシがどうこうなるかァーッ!!!」
「うぅっ!」
「逆にテメェを押し潰してやるぜ!!」
しかし、ボクがセラヴィに渡してしまった遺跡の全権掌握データを使いポエナはあっという間にボクの再構成をリセットし逆にボクを削除しようと真っ赤な波を引き起こし襲いかかる。
(ダメだ…!向こうの権限の方が強すぎる!専用の機器もなしにボクだけの演算機能じゃ太刀打ちできない!!)
当然の話だ、ボクの頭の中に搭載している演算機能よりポエナが持つ遺跡の演算機能の方が遥かに巨大で強力なんだ…それに真っ向から太刀打ちなんか出来るわけない。
ダメだ…やられる!
(また…負ける…!)
何かを守ろうとして、誰かの覚悟を守ろうとして、挑んで…負ける。ボクがシリウスを前に恐れ逃げ出した恐怖の事態が現実になろうとしている。力が及ばず押しつぶされる…なんと恐ろしいことなのだろうか。
「アハハハハハハッ!レーヴァテイン!テメェいい加減にしろよ…この遺跡の開発者だか八千年前の人間だかしらねぇが!テメェは今の世界じゃ過去の人間なんだよ!原始人が現代にしゃしゃってくんじゃねぇ!!」
「ッ…くぅ……」
アマルト君の言う通り…今を変えられるのは、今を生きる人間だけなんだ。過去の人間であるボクには…もう何も─────。
『お前は異世界の人間でも世界の異物でもない』
「ッ……!」
目をギュッと閉じれば、彼の声が聞こえてくる。パスカリヌの街で…彼とデートした時の。
そうだ、彼はこうとも言っていた…そうだよ、ボクは。
『地繋がりの過去から来た…今を生きる人間なんだ』
「ッ………!」
「ああ?まだやる気か?」
ボクは…まだ死んで無い、ボクは過去から来た…今を生きる人間、過ぎ去った過去じゃ無い…ボクは今を生きてるんだ、あの時の惨敗を味わいながらも、屈辱を受けながらも、絶望に飲まれながらも生きた人間なんだ。
なら…ボクにだって。
「変えられるんだ…今を!」
変えられないと悔やむのはもうやめだ、変えるんだ今を…変わるんだ今。その為には…ボクはもう二度とあの時のように諦めない!!
「ぐっ…うぉぉおおおおおおおお!!!」
「バッカバカしいぜ…!消えろや過去の遺物がぁあああああああ!!!」
脳内の演算機能が焼き切れる勢いでリセットされた電子空間を書き換え、更にリセットされてもそれを上回る勢いでポエナの領域を占領する。負けない、諦めないで、ボクは碩学姫レーヴァテイン!史上最高の天才だ。
天才だ、ボクは天才だ。少なくともそう呼ばれて生きてきた!人々の希望を背負って立ってきた!誰にも勝ると認められたからこそ守る為に立ち上がり戦ってきたんだ!こんなところで諦められるか!!
「ぐっ…しつこいんだよお前…いい加減消えろ!!!」
「むぅぅうううううう!!」
全力で演算し脳内で火花が散る。けど逃げない…後ろは向かない…ボクは、ボクは碩学姫、史上最高の天才…そして────。
『我らが女王、レーヴァテイン様』
「え…?」
「なッ…なんだ!?」
突如、システムボイスが電子空間に響き渡る…なんだ、こんな機能ついてたか?
『ようやくお目覚めになられた、我らが女王よ。貴方が再び目覚めるのを…我らは待ち続けました』
「なんだ!こいつ…私が許可してないのに喋りやがって!」
「……目覚めるのを、待ち続けた?」
『ええ、待ち続けたのです…八千年間ずっと…』
何を言ってるんだ…システムが待っていたなんて。いや…いや待てよ、まさか…まさか───。
『つーか第一層にいつまでも居たくないな、またあのセキュリティが発動しても厄介だし』
アマルト君はここに来た時そう言っていたが、第一層にボクはセキュリティを用意した覚えがなかったんだ、彼らが言うような大量のトラップなんか用意していない。だってそうだろう?今でこそ第一層と呼ばれていたがここは元々空中要塞だよ?
墜落して第一層になっただけで元々は最上階だった。そこは娯楽エリアとして使っていたんだ…そこにセキュリティなんか用意しない。とすると…。
後から、誰かがセキュリティを追加したと言うこと…ボクが眠りについた後、誰かが。
(……ボク以外の生き残りは、殆どいなかった。カプセルに入ったままのピスケス人は殆ど残っていなかった。みんな…数千年前に目覚めて、あるいはカプセルを使わず時を過ごし…生きて、死んだ……)
先程システムを使い生き残りを探した時のことを思い出し、その時出した結論から翻って考える。カプセルは本来数百年で目が覚める予定だった、それがタイムフィードバックに耐えられる限界年数だったから。
だからこのレーヴァテイン遺跡群に残っていた人達はみんな今から七千五百年前に目覚めたことになる。なら…彼らは何処で、何をした?
ディオスクロア文明にピスケスの痕跡は全くなかった、つまり彼らは外に出ることなくこの中で一生を終えたんじゃ無いのか?なら…もしかして。
『私達は、貴方を目覚めさせることができませんでした』
システムが告げる、その声は…いつもよりも優しく。
『私達が目覚めた頃はまだ魔女が人類修復に全力を注いでおり、我々が目覚め世を乱す事は…きっと貴方は望まないと感じたのです、何より…』
そのシステムの声は、まるで人間のように…。
『貴方には、平和な時代を生きてほしかった。我々の都合で戦乱の中に立たせたった一人でピスケスの全てを背負わせてしまった貴方にこれ以上役目を背負わせたくなかった。だから我々は待ったのです、世界が平和になるその時…いつか貴方が心優しき誰かに起こされる事を願い、我々は貴方を起こす事はしなかった』
「まさか…君は、君達は……」
『故に、我等は永遠なる時を生きいつかあなたを支える為に。この人格を、意識を、システムに投影させ保存させる事にしました。セキュリティを形成し、相応しい資格を持つ者以外を拒み、あなたを守る為に……我々はそこに、生涯を捧げたのです』
「ボクのために…君達は、ずっと待ってたいたのかい…!?」
システムに人格を投影して、今の今までずっとボクが起きるまで待っていたと…?カプセルから目覚め死ぬまでの間をこの遺跡の中で過ごし、七千年以上もの間システムとして過ごし…一体どれほどの時を使わせたのか。
それほどの時を使って、キミ達はボクを…待っていたのか。
『我らが女王レーヴァテイン様、貴方が我々の為にその生涯を使ったように…我々もまた、貴方に尽くしたかったんです。何もかもを背負わせた贖罪として……』
「違う…ボクはただ…ボクは……」
『我々は守り抜きます、貴方がいる限り…ピスケスは滅ばないのですから』
「……………」
…そうだ、歴史とは過去とは、現在から断絶された概念では無く地繋がりの世界、今という世界から一本の線で繋がった存在なんだ。ここは遥かな未来であっても異世界では無い。ボク達が確かに生きた世界なんだ。
みんなはまだ、ここにいたんだ…ボクは異世界で一人になったわけじゃ無いんだ、ボク達が残した歴史は確かにここにあったんだ…なら、ならば。
「ならば…守ろう。ここはボク達の場所だ…ピスケスのみんなが居て、女王がいるなら…ここは我が国だッ!!」
『女王よ、貴方を守る為に残した我らが力を…今使いましょう』
「うんッ!!」
「な、なんだ…何が起きてんだ!?」
ポエナの力が衰える…と言うより、彼女が操っていた権利が、権限が、強制的にシャットアウトされる。そして再起動と共に一瞬…ボクの元にシステムが戻る。ただのシステムがそんなことするわけないよ。
あり得ない事だ、あり得ない事だけど…それは確かにそこに、心がある証左となる。
「キミっ!喧嘩を売った相手が…悪かったね」
「ッ…テメェッ!」
「ボクは碩学姫で、史上最高の天才で…そして」
接続する、遺跡のシステムの中枢に。そこはボクの王国だ、ピスケスの民がいる…ボクの王国だ、即ちそれは。
「魚宮国ピスケスの女王ッ!レーヴァテイン・ピスケス・ハビリス・アルフェルグ!この分野でボクに喧嘩売りたいならッ!歴史塗り替えるくらいの覚悟で来いッッ!!!」
「うッ!?ぐぅっ!?お…押し出される!?アタシの覚醒が!?バ…バカなぁぁああああああッッ!?!?!?」
引き剥がす、まるで遺跡そのものが意思を持ったようにドンドンポエナを外へ外へと押し出して…追い出していく。これ以上ボク達の居場所を好きにさせない!諦めず進み続けるボクを!ボク達を!止めさせないッッ!!
「ここからッ!出ていけぇえええええええええ!!!」
「ぅがぁぁぁあああ!?!?!?」
瞬間、電子世界が光に包まれ…ポエナにより支配されていた遺跡が、今…正常な形に戻る。
…………………………………………………………………
『さぁ!死ねぇい!魔女の弟子ッッ!!』
「くッ…!」
クルマティアスが拳を振り上げ、倒れるメグを守ろうとするネレイドに向けられる。ポエナの妨害とクルマティアスの猛攻により傷ついたネレイドは最後の力を振り絞り…防壁を展開する、だが…この一撃は防げな────。
『障壁展開』
「え?」
『ぬぐぁあ!?』
瞬間、ネレイドの足元の床が競り上がり、無数の柱が屹立しクルマティアスを突き出し押し上げ吹き飛ばす。さっきまでクルマティアスに味方していた遺跡がまるでネレイド達を守るように動き出すのだ。
『ぬぐぁぁああ!!ポエナぁあああ!何をしてるッッ!!』
「遺跡が…私達を守った?」
何が起きたのか、理解出来ず喚くクルマティアスと周囲を見遣るネレイド、すると今度は…。
『隔壁解放、通路連結』
『何!?』
クルマティアスの側面の壁がいきなり開き…飛んでくる、その向こうから巨大な鉄の腕が。
『ぅぐぅううう!?な、なんだこれぇ!?』
「何が起きてるの…!?」
巨大な漆黒の腕は見る限りアダマンタイトで出来ており、剥き出しのワイヤーや歯車によって形成されており、クルマティアスを丸々掴むほどのサイズをしており、ギリギリと音を立ててクルマティアスを握り潰そうと圧力を加えている。
何が起きている…そんなネレイドの言葉に応えるように、開いた壁の向こうの闇から…声が響く。
「『機巧錬成・遡行』…!」
「この声は…」
聞き馴染みのある声が響く、見覚えのある青髪が垣間見える、何より…その身から発せられる魔力と錬金術はネレイドに安堵を覚えさせるもので…。
『うぎゃぁあああああ!?!?』
鉄の腕から放たれた錬金術がクルマティアスを次々と瓦解させ分解していく。中にいたクルレイ、デキマティオ、ベスティアスが次々と中から放り出され、巨大な鉄の魔人が部品単位で崩され鉄の山と化す。
吐き出されたクルレイは即座に起き上がり壁に開いた穴から現れる影を睨み。
「なんだ!貴様!」
「それはこっちのセリフだ、迷宮の中で迷っていたら…唐突に道案内がされてな。まるで…フッ、迷宮が我々に味方しているようだったぞ。まぁ今はいい…それよりも」
彼女はコートを翻し、手袋を締め直し、背後に見慣れない巨大な歯車だらけの巨人を携えながら現れる。彼女は、彼女の名は…。
「メルクさん!!」
「ああ!私の共を随分痛めつけてくれたな!巻き返すぞ!お前達!!」
「うんッ!」
メルクリウス・ヒュドラルギュルムだ。まるで…迷宮が彼女をここに導いたように、全てがひっくり返るように…形成が逆転する。
………………………………………………………
「オラオラオラオラオラッ!こんなもんかこんなもんか!デカい口叩いてこんなもんかッ!」
「ゔぅっっ!?」
猛攻、猛烈怒涛の拳の嵐がエリスを追い詰める。一撃一撃が致命的な威力を秘めエリスは防壁と腕によるガードで必死に受け流すので精一杯だ。
ラセツ…こいつの強さはエリスが想像していた以上に規格外だ。アマルトさんもやられて奈落に落ちた…生死不明だが助けに行く余裕すらない、何より。
(ぐっ…王星乱舞を乱発しすぎた…)
一撃打つ都度に内臓を損傷させる王星乱舞を使いすぎた、ただ一人でラセツを抑えるにはそれしかなかったとはいえ…限界が近づいてきている。これ以上は…もう──。
「終いじゃボケゴルァッ!!」
「ッ……!」
ラセツが拳に魔力を集める…まずい、また『アレ』が来る。次アレが来たらもう防ぐどころじゃ…!
「死ねェッ────うッ!?」
瞬間、ラセツが拳を引っ込め…同時にその場から飛び退く、いきなりエリスから距離を取るように飛んだラセツの行動が不可解で呆然としたその時だった。
その赤い光は、轟音と共に天井を引き裂き…火柱のように地面に突き刺さり、エリスとラセツの間に現れて…。
「────『熱焃一掌』ッッッ!!!」
赤い髪が…目の前に現れる。これは…!
「ラグナ!?」
「ッなんだ!?ポエナの妨害が急に無くなった!?」
「ラグナやりすぎ!?何処まで突っ込んだの!?」
「い、いや…なんか無理矢理突っ込んだら迷宮の中に道が出来てここに…ってエリス!?」
「エリスちゃん!」
ラグナだ、その手にはデティが抱き抱えられている…何処から飛んできたんだ!?と言うか今アダマンタイト製の天井が勝手に開かなかったか?ポエナがやったのか…?
いや、今はいい!
「それよりラグナ!ラセツが!」
「ああ…分かってる、今までよく耐えてくれた」
「エリスちゃん、傷治すよ!まだ戦える!?」
「戦えます!」
「よし…なら」
エリスとラグナは共に並び立ち、覚醒したデティもまた共に立つ。魔女の弟子三人が…睨む先は。
「急に援軍か…おもろいやんか、楽しいやんか…ゾクゾクするでェッ!!!」
『悪鬼』ラセツ…敵方最強の男。エリス達の前に聳える最も高く厚い壁。けど…この三人なら。
「挽回するぜッ!こっから…逆転だァッッ!!」
どんな敵だって、全部ひっくり返して…勝てる!!
…………………………………………………………
「はぁ…はぁ…ふぅ…ふぅ…よし、これで…いい」
レーヴァテインは一人、壁にもたれて座り込む。ポエナを追い出して遺跡の掌握権を取り戻した。そしてそのまま遺跡の機能を使って魔女の弟子達を合流させた、彼らならきっとやれる。なんたって魔女の弟子だよ?世界を救った彼女達の強さはボクがよく理解している。彼女の弟子達ならうまくやれるさ。
ただ…ちょっと、演算機能が火を吹く程の無茶は…この体には堪えたね。
「動けない…もっと、手伝いたかったな…」
一人で、ボクは力無く座り込み…手足を投げ出す。もっとみんなの手伝いがしたかった、けど…悔しさはない。ボクは今度は逃げなかったよ、見てたかい?みんな…ボクやったよ。
ボクはみんなの王様だからね…このくらいじゃ、負けないのさ。
「あとはみんなが…黒衣姫を…ん?」
ふと、目を開くと…目の前に動く何かが見えた。それは……。
「テッ…メェェ…よくもやってくれたなぁ…!」
「ぽ…ポエナ…!?」
ポエナだ、遺跡から追い出されたポエナが息も絶え絶えと言った様子で転がっており、ゆっくりと立ち上がり始めた。
まさか追い出された結果、こいつもここに……まずい。
「許さねェ〜…絶対ぶっ殺す…!」
「ちょっ…こ、来ないで…!」
「うるせぇんだよ…ッ!」
瞬間、ポエナは両手からチェーンソーを生やし轟音を上げながら刃を回転させ、ゆっくりと近づいてくる。やばい…まだ動けないよ、せめてもう少し待ってくれれば自己修復で動けるようになるのに!
「テメェだけは許さねェ…!折角与えられた最後のチャンスだったのに、お陰でこちとらクビ確定だよボケカスがぁ!!!」
「し、知らないよそんなの!」
「バラバラにして、ズタズタにしてやらねぇと気が済まねぇ…安心しろ簡単には殺さねぇ…地獄見せてやる…!」
「ッ……」
回転鋸が迫る…ギリギリと首を後ろにやって避けようとするが、逃げられない…ダメだ、ここまでか、でも…でも……!
「くたばれクソ野郎……あ?」
「う?」
回転鋸が遠ざけられる、ポエナが遠ざけたんじゃない。横から伸びる手が…ポエナの手を掴み、押しやっているんだ。その伸びる手は…人の手じゃない。
細長く、骨格を剥き出しにしたような、黒い手…それは。
「アダマンタイト兵…?」
機械の兵士だ、顔はなく、ただ最低限の人型を再現しただけの機械兵、それがボクを守るように立ち塞がり、ポエナを押して遠ざける…まさか。
「なんだテメェ!機械風情が邪魔すんじゃねぇえ!テメェら道具の分際でよぉおおお!!」
『…レーヴァテイン様』
「まさか、キミ達なのかい…!?」
ポエナは暴れるようにチェーンソーで切り付けるがアダマンタイトはそれくらいじゃ傷一つ付かない、機械兵はそれさえ無視してこちらに顔を向け、静かに頷く。
そうか…そうか!そうなのか!そうだよね…ここは、ボク達の国なんだから。
『立てますか、女王よ』
「ふふふ、なんとかね…システムを介してセキュリティの機械兵に接続したのかい?」
『女王を守るために、用意した手勢に御座います』
「そうか…」
ボクは手をついて立ち上がり、機械兵に…いやピスケス国民に恥じない立ち姿を見せる。すると彼らは静かにポエナの方を睨み…。
『我らが王を傷つけないで頂きたい』
「な、なんだよ…なんだよお前ら、機械のくせして…なんで……え?」
ポエナはふと気がつき周りを見る。するとどうだ、右からは数十体の躯体が、左からも数十体の躯体が、ゾロゾロと壁に穴を開けて現れ次々とポエナを囲むように、ボクを守るように立ちポエナを睨む。
そんな異様な光景にポエナは青い顔をして震え出し。
「な、なんだこれ…なんだよお前ら!逆らうなよ!アタシが誰か分かってんのか!ポエナ・テトラドラクマ!パラベラムのを運送部門を統括してた元本部長で……」
「ならこっちは女王だよ、ボクの作った小道具をせせこましく掻っ攫おうとするコソ泥諸君…?」
「ヴッ……!」
『女王、女王の為に用意したものが御座います。貴方がかつて使っていたものを我々で修復したものです』
「ん?これは……」
彼らから、手渡されるのは漆黒の銃だ。銃口はなく変わりは鋭い角がついた異色の銃…ああ、そうか。こんなところにあったんだ、これ。
よし…これなら!
「ポエナ!!」
「ゔっ…なんだよ!」
「ここはボクらの王国だ、愛すべきピスケスの国土を汚し!ピスケスの民々を傷つけたお前を…ボクは王として許さない!故に罰する!今キミを!」
「ぐっ!うっ…!」
向ける、渡された銃を両手で構えポエナに向ける。咄嗟にポエナは逃げようと右を向くがそこには機械の兵士達が壁として立ち、左に逃げようとするがここは通さないとばかりに機械兵が両手を広げ、逃げ場を潰す。
「く、クソがぁああああ!過去の遺物と道具風情がぁああああああ!!」
そして、覚悟を決めてこっちに向かってくるが…もう遅いよ。そうだ、ボクは弱い、魔術も魔力も使えない、運動神経はカスだし勇気もないよ。
けどね、これでもお前よりも何千倍も恐ろしいやつと戦ってたんだよボクは。そのための装備があるなら…こんなミソッカスになんぞ負けやしない!!
「消えろ!ここから!!」
この銃はボクが白兵戦時に使っていたお気に入りの銃さ、エネルギーを充填し、放つのは弾丸ではなく…もっと凄いものだよ、久々に撃ってみるか!この……。
「『超電磁衝撃砲』ッッ!!」
「なァッ───!?」
放たれたのは青色の閃光、超電磁パルスを凝縮した衝撃波。当たると内側から熱され爆発し、同時に磁極反転により目の前の存在を吹き飛ばす。ポエナは体内に無数の鉄製品を融合させているんだよね?だったら…その吹き飛ぶ速度は。
「ぐげぇっ!?」
アダマンタイトさえも砕くほどの勢いとなる!これがボクの実力さ…!
「どうだい!こんなもんか!」
『流石です、女王』
倒れ伏したポエナを見て腰に手を当てて胸を張る。よしよしなんとかなったぞ!それに…それがアレば。
「よし…みんな、今度こそ…ボク達の手で世界を救うぞ!」
『御意に、女王』
これならみんなの助けになれる。今度こそ…魔女達のように世界を救う戦いの場にボクも出られる!
待っていてみんな、ボクも進むよ…前に!!