707.魔女の弟子と圧倒の悪鬼
「分断…のようでございますね」
「うん…みたいだね」
「いてて…先手、打たれちゃいました」
レーヴァテイン遺跡群に乗り込み、黒衣姫を封印する為の最後の戦いに乗り出した魔女の弟子達だったがそこで待ち受けていたパラベラムにより封印は阻止され…剰え遺跡そのものを掌握され弟子達は分断されてしまった。
今、遺跡の何処かの大広間に放り出されたのは分断された魔女の弟子達、メグ…ネレイド…ナリアの三人だ。
他のメンバーは見当たらない、これはどう考えてもお互いを引き離されたと見るべきだろう。
「急いでみんなを探して…セラヴィを止めに行きましょう」
「だね、でも…どうする?封印する為の物は壊されちゃったよ。私達の努力…無駄になっちゃった」
起き上がるナリアに声をかけるネレイドは、やや眉を垂れさせながら言う。あれだけ苦労して取りに行ったチップが破壊されてしまった…これではもう自分達の努力は水の泡、黒衣姫はもう止められないのだと、しかし。
「いえ、無駄にはなっていませんよ…ネレイド様」
「え?」
メグは首を振るう。何も完全に無為になったわけではないと。
「なんで?」
「我々が取りに行ったのは情報…ですよね、詳しいは理屈は分かりませんが我々は黒衣姫のデータを回収した…つまり情報そのものは回収出来ているんです。我々が破壊されたのはそれを停止する為の道具だけ、つまりまた落ち着いた場面になれば…」
「あ!レーヴァテインさんならまた止められるチップを作れるかも!」
「そうです、我々がいち早く黒衣姫を確保し私の時界門で帝国に移し、そこでレーヴァテインさんに必要な道具を与えまた停止用チップを作ってもらえれば黒衣姫は二度と動かせません」
データ自体はあるんだからまた停止用のチップは作れるはずだ、データを取りに行った過程自体は無駄になってないならまだやりようはある。ただその為には今セラヴィが確保している黒衣姫を奪い返さねばならないのだが。
「なんか光明が見えてきましたね!」
「ええ、取り敢えず分断されたみんなを時界門で呼び寄せます。みんなの力が揃えばセラヴィの居場所を見つけるくらい訳ないです」
「レーヴァテインがいれば…道案内も出来るからね」
故にメグは目の前に巨大な大穴を生み出す為、魔力を集中させ…。
「『時界門』!」
開く…次元の穴を…いや。
「あれ?」
「開かない?」
ネレイドが右に、ナリアが左に首を傾げる。時界門が作用しない…と言ってもこう言う事態は初めてではない、時界門は割とデリケートな魔術だ。唐突に使えなくなる場面は何度かあった…。
「ま、またですか…こう言う大事な場面に限って私役に立てないでございます」
「まぁまぁ…初めてじゃないから」
「だから落ち込んでいるのでございます」
「けど…初めてじゃないからこそ、分かりやすいです」
メグの時界門が使えない場面は何度かあった、しかしそれは決まって…何かしら妨害が入っている事が多い。つまり…。
「……いるね」
「のようでございますね」
来ている、敵が。廊下の奥から現れる影は…なんと三つ。
「手筈通り、ポエナ…グッドジョブだ」
片眼鏡をかけた気難しそうな紳士服の男、デキマティオ。
「注文通りだ!素晴らしいぞ!!さぁまたやろうか!勇士!」
両拳に漆黒のガンドレッドをつけた筋骨隆々の女戦士、クルレイ。
「あ、あわわ…なんでぼきゅまで戦力扱いされているんですか…こう言うのは傭兵部隊の仕事でしょう…!?」
そして、小太りの白衣の男、ベスティアス。
なんとパラベラムの幹部が三人…一気に揃い踏みしているのだ。ここに戦力を集中させてくるとは思いもよらなかった弟子達はやや驚きつつも、構えを取る。
「さて、魔女の弟子諸君。説明するまでもないと思うが我々は君達の始末を命じられている、しかしこちらも忙しい身でね…早めに死んでくれると助かる」
「それは出来ない注文でございます…しかし、態々顔を見せてくれるのでございますね」
「おや?逃げる時間が欲しかったかな?」
「違います、貴方達は態々我々の前に姿を見せずセラヴィを守っていればいいものを…顔を見せて、戦闘を仕掛けてくるとは。意外に迂闊なんだなぁと思っただけです」
「でででですよねぇ!ぼきゅもそう思いますぅ!」
「アハハハハハハッ!何を言う!お互いの意思と意思がぶつかり合う最終決戦!ここで戦わずしていつ戦う」
「クルレイ、ベスティアス、黙っていなさい」
向こうはなんともまとまりが無い感じだ。けどメグさんの言う通りセラヴィが黒衣姫を掌握するまでの時間幹部は全員セラヴィを守って僕達は出来る限り遠方に押しやれば勝利は確実だ。態々彼らがここに姿を見せる必要はないはず…しかしデキマティオは静かに首を振りながら。
「良い質問なので答えよう。我々は戦いを挑みに来たのではない、ただ我が社の理念に従い君達を殺しに来たんだけだ」
「理念?」
「そう、ウィナー・テイク・オール。勝った者が全てを得る…それが我が社の理念、されどそれは逆を言えば戦わない者には何も与えられないと言うシステムなのですよ」
「……つまり、貴方達は私達を倒せば褒賞が得られると?」
「その通り。セラヴィ様は黒の工廠崩壊に伴いこのレーヴァテイン遺跡群を新たなパラベラム本社にし文字通りパラベラムを再編させる予定だ。そして同時に今までセラヴィ様の右腕としてふんぞり返っていたクルシフィクスの空席を誰かが埋める必要が出てきた」
「お前達魔女の弟子の首をより多く持ち帰った者が次期専務取締役!アタシが専務取締役になったらやれ予算だやれ利益だなんて眠たい事は言わない!軍備だ軍拡だ軍需産業で戦争だ!アッハッハッハッ!」
「なるほど、つまりこれは社内権力闘争の一環と…」
「違う、儀式であり…ケジメだ。我々は多くの犠牲を払い新たな変革を得る、過去の失態にケジメをつけ、新生パラベラムとして羽化する為の儀式がこの戦いなのさ」
三人は魔女の弟子の首刈りを実行する。より多くの手柄を手に入れた人間が全てを得る…権力闘争に勝った者が総取りする。故にこれは戦いではなく、一方的なタスクなのだとデキマティオは語る。
「だがなんと言っても君達は手強い。だから我々としてもまずは確実に敵方の戦力を削りたいわけさ」
「だからここはよーいドンで一列になって…先に一人づつ仕留めるところから始めようってわけさ!」
「うう、ぼきゅは専務取締役になんか興味ないのに…!どうせぼきゅなんか勝てるわけないのに…でもやらなきゃ窓際だ、それだけは嫌なんだ。飲み会には参加しないぼきゅだけどこればっかりは断れないんだよう!」
「ナメられた物です、我々三人を同時に相手にして勝てると思われているとは…」
「不服、けど同時に好都合。倒したい奴がそっちから来てくれた」
「僕達は負けません、ここで決めましょう」
ネレイドが拳を握り、ナリアがペンを構えた瞬間…メグはとある重大な事実に気がつく。
「はっ…!」
「どうしました?メグさん」
メグは慌ててこの場にいるメンバーを見て、そうしてそれぞれの顔を一つづつ確認すると…。
「あれ!?今回ポルデューク組じゃないです?」
「あ!本当だ!」
「ん、奇遇」
そう、ポルデューク組なのだ。エトワールのナリア、アガスティヤのメグ、オライオンのネレイド。ポルデューク主要三ヶ国のメンバーが偶然揃っているんだ、普段はカストリアメンバーと組む事が多いからなんかこう言う組みで一緒に戦うのってかなり珍しい気がすると三人はキャイキャイはしゃぎ始める。
「えぇ〜!なんか嬉しいですね、この三人が偶然揃うなんて奇跡でございます」
「ですよね〜!」
「ふふふ…」
「………あ、アイツら緊張感というものがないのか?」
「アッハッハッハッ!豪胆!剛毅!気に入ったぞ!勇士!アッハッハッハッ!」
「う、羨ましい…ぼきゅなんか学生時代から友達も居ないし家族からも疎まれてるし職場でも無視されてるのにあんな仲のいい友達がいて…勝ち組めェ〜」
「どうやら我々もナメられているようなので、ここは一気に決めましょうか」
すると、デキマティオは懐から細長く銀色に光り輝く笛を取り出し…それに伴いクルレイとベスティアスも歩き出しそれぞれ縦に一列並び出す。
「アッハッハッハッ!手柄は三等分でいいなァ?」
「あの勝ち組潰せるならぼきゅはなんでもいいです!」
「よし、なら始めるぞ…『パラベラム幹部合体』を」
「おう!」
「おや?」
瞬間、デキマティオが笛を吹くと共に三人の体が光り輝き始める。まずベスティアスの体が巨大化する、体内のブラックファクトリーを表出化させ巨大な大口を開ける鉄の箱と化すと共に鉄の腕でデキマティオを口の中に放り込む。
デキマティオを放り込んだベスティアスはそのまま口を閉じ同時に肉体を変形させ巨大な人型になると同時に中央が開き、開いた中央にクルレイが入り込む…そう、合体だ。
「が、合体してますよ!?」
「そんな仕掛けがあったとは!?」
「むぅ…」
クルレイが入り込んだ鉄の人型はそのまま開いた中央の穴が閉じ、中から鉄兜のような頭が飛び出し、頭部にくっつき…完成する。ネレイドでさえ見上げるほどの真紅の鉄巨人が。
『これぞ我等パラベラム五大幹部に許された幹部合体!』
「三人しか居ませんけど」
『ベスティアスの改造機能で二人を取り込み一体化する究極合身!今この瞬間我々は一人となった!名付けて経理開発傭兵主任クルマティアスッ!!』
「激務だね」
「部門長から降格してませんか」
合体した三人の声が重なって聞こえ、真紅の鉄の巨人クルマティアスはガシーン!とポーズを決める。以前の戦いでは見せなかつた更なる奥の手…合体を用いた三人は巨大な体を操りながら拳を握り。
『ベスティアスの開発力、デキマティオの識眼、そしてクルレイの戦闘技能。本来はここにポエナもいるべきだが居ないので仕方なし!……お前達はどうせラセツだけを脅威として見ていたのだろう?だが、侮るなよ』
拳がギリギリと火花を上げて力が込められ、壮絶な駆動音がただならぬ威圧を生み出し…。
『我々は合体する事でラセツにもクルシフィクスにも劣らぬ戦士となる事が出来るのだッッ!!』
「ッ…二人とも危ない!!」
瞬間、肘が爆発すると共に巨大な鉄拳が降りかかる。咄嗟にネレイドは二人を守るように両手を広げ防壁を展開し受け止めるが。
「ゔっ…!」
「ネレイドさん!」
防壁で受け止めたネレイドの足があまりの圧力に曲がり膝を突く。圧倒的な怪力はラセツにも匹敵しネレイドでも受け止めるのが精一杯なのだ。これに危機感を覚えたポルデューク組は咄嗟に散開し…。
「こいつ!本当にラセツに匹敵する力になってる!」
「嘘ですよね…ラセツ一人でもなんとかなるか分からないのに」
「ここにきて、更なる脅威ですか…!」
もし本当にラセツに匹敵する実力なら、三人どころか八人がかりでかからねばならない程の相手だ。想定外の脅威に三人の顔色が変わる。
『フハハハハハッ!!このクルマティアスの力!存分に味わえッ!『クレイドルミサイル』!」
三人が散開した瞬間を狙いクルマティアスは胸から大量の鉄の筒を…ミサイルを発射する。その数凡そ三十以上、それらは弟子達を狙って飛翔するが…。
「こ、この!」
「時界門が使えれば…!」
「む…これ」
回避する、飛んで走って駆け抜けて、三人は見事ミサイルを回避するが…ダメだ、追尾してくる。しかもその追尾は。
『フハハハハハ!見えているぞ!』
クルマティアスの瞳がデキマティオ同様に青白く光る。識確の力を宿した未来予測が発動し三人の回避地点を一瞬で演算。同時にミサイルにそれが同期され三人が避けた先にまるで配置されるようにミサイルが飛び…。
「ぅぐっ!」
「ぁがっ…!」
「チッ…!」
爆裂する。回避を許さぬデキマティオの識眼により誘導されるように一点に集められた魔女の弟子達は続け様にミサイルを喰らい一箇所に集められると同時に再びクルマティアスが動き出し…。
『トドメだ!モード:アルクトゥルス!』
「それも使えるの…!?」
『化身無縫流…!赤熱鎧砕きッッ!!』
叩き込む、一点に集められた三人に向けアルクトゥルスの拳による一撃を模倣した拳骨が飛来し、粉砕する。三人ごとアダマンタイト製の大地がヒビ割れ──レーヴァテイン遺跡群全体が鳴動する。
「ガハッ…!」
『フハハハハハ!クルマティアスは!無敵なりッ!!』
血を吐き倒れ伏す三人の前で笑う鉄魔人は屹立する。想定外の強者の出現に…三人はただ、痛みに悶える。
……………………………………………
エリスはラセツと、ネレイド達がデキマティオ達の元へ飛ばされて分担された魔女の弟子達。そんな中…一緒に飛ばされたラグナとデティがいたのは。
「うぎゃぁあーーーっ!?」
「ええーーー!?外ぉーーーー!?!?」
ポーンと音を立てるような勢いで二人は今空を飛んでいた。レーヴァテイン遺跡群から一気に追い出され外に排出されてしまったのだ。
ジタバタと空中で手を踊らせるデティを見たラグナは即座に周りを見る。
「やばい、他のやつがいない!分断された!」
「ラグナ〜!落ちる〜!」
「ッと!」
咄嗟にデティを掴み抱き抱えると共に体を丸めつつ回転しながら体勢を整えた俺は猫のように地面に着地し…。
「大丈夫か!デティ!」
「ふぇ〜、びびった〜」
東部の硬い大地を手で撫でつつ、俺はデティを地面に降ろし慌てて振り向く。レーヴァテイン遺跡から追い出されちまった…面倒なことになった、遺跡全体を俯瞰できるくらい遠くに飛ばされた…みんなはまだ中か?
「デティ、走れるか?みんなと合流しよう」
「そうだね、っていうか遺跡と合体するとか狡くない?」
「それな」
ポエナ…アイツが遺跡と合体して俺達を外に出した、となるとまた入ってもまた追い出されるかもしれないな。なんか対策を考えた方が……ん?
「地震?」
「わわ」
地面が揺れて足が止まる、大地が振動するその様に警戒心が自然と高まる。いや警戒しているのは地震の方じゃなくて…。
「そう来るか…」
『イィーハハハハハハハーッ!ようよう魔女の弟子〜!会わないうちに小さくなったなぁ〜!!』
「遺跡が動いてる……」
レーヴァテイン遺跡群が持ち上がる、複雑に絡まった通路が筋繊維のように引き締まり巨人の上半身のように起き上がり入口に光が灯り目のように輝く。そしてその中から響くのは…ポエナだ。
「ポエナ!?お前ガチで遺跡全体と同化してんのかよ!?」
『お前らのせいで私はとんでもない目にあったんだ…プライドもズタズタ、屈辱極まりないったらありゃしない…だが社長は私にチャンスをくれた、このチャンス…必ず物にしてやる』
「………リベンジ精神は上等だが、今は面倒ったらないな」
「あんた一回負けたんだからもう出てきちゃダメだよ!」
『喧しい…ぶっ潰してやる、今の私はレーヴァテイン遺跡群!この巨大な肉体を前に何が出来る…!』
レーヴァテイン遺跡群が鳴動する。どうやら動いているのは前半部分らしくアダマンタイト製の三層四層は動いていないようだ。つまり入り口を通って中に入るにはめちゃくちゃ動き回っている第一層第二層を通るしかない…って事か。
「ラグナ……」
「分かってる、今はこいつ構っている時間がない…ぶっ壊してみんなと合流するぞ」
今は時間がないんだ。まだなんとか出来るかもしれないなら、立ち止まるわけにはいかない。
………………………………………………………………
『言葉とは、実行力が伴って初めて意味がある』
それを言われて、ハッとしたよ。敵の言葉ではあるが、その通りだ。
ボクは感覚が抜けていなかったのかもしれない。ボクの言葉が抑止力になり得たあの頃…大いなる厄災当時の感覚が。ボク一人が戦力として成立していた頃の感覚でいたのに…どうだ。
チップは破壊され、黒衣姫は奪われ…何も出来なかった。何も出来ずに…潰された。
エリス達の努力も、ここまでの道程も、ボクの覚悟も、潰された。それこそボクが最も恐れていた…ボクが全てを無駄にしてしまうという、悪夢。
ボクは…ボクは…みんなに任されていたのに─────。
「レーヴァテイン!!」
「はッ!」
次に気がつくと、ボクはアマルト君に抱き抱えられていた。アマルト君は片手に剣を持ち廊下を疾走しどこかを目指して走っていた。
「こ、これは…!?」
「全員分断された!他の奴らの場所はわからねぇがあちこちから振動を感じる、多分幹部と弟子の戦いが始まったんだろうよ…」
「戦いが…ごめん、ボクがしくじったから!」
「今はいい!それよりレーヴァテイン!セラヴィが黒衣姫を確保してる、あと一時間で掌握が出来るって言ってるがマジか?」
「一時間、装着するだけならそんなに時間はかからないはずが…恐らくセラヴィは一時間で黒衣姫の完全起動を行うつもりなんだ」
「完全起動?」
着るだけなら着れる。黒衣姫は胸のコアに触れれば誰でもいつでも装着し同化が可能だ、しかしその機能を完全に解放するには時間がかかる。なにせ八千年も放置されていたんだ、エネルギーゲインだって完全に沈黙してる。
それを蒸して完全にエネルギーを行き渡らせるにはある程度の稼働時間が必要になる…つまり。
「つまり…セラヴィが黒衣姫を装着しても、無敵の存在になるにはまだ猶予があるってことか」
「うん…けど時間経過と共に機能は解放されていく。もしかしたらもう装着自体は行ってるかもしれない…」
「止める手立てはあるか…?」
「……………」
考える、黒衣姫を装着すれば稼働は開始される。一度稼働した黒衣姫を止めるのは難しい…何より停止用データチップは破壊された、同じものを作ろうと思うとやはりディヴィジョンコンピュータが必要になる。
いや…方法はあるか。
「手立てはある…ここにディヴィジョンコンピュータを召喚すればいい」
「は?そんな事出来るのか?」
「ああ、出来る…それでまた停止チップを作ればいい」
「なんだそんな方法があるんじゃないか!なら直ぐにやってくれ!」
アマルト君は立ち止まりボクを降ろすと共にディヴィジョンコンピュータを召喚するよう頼んでくれる。なら…やろうか。
「分かった、じゃあチップの挿入は任せたよ…ここにディヴィジョンコンピュータを呼び寄せて───」
「いや、やっぱちょっと待て」
しかし、アマルト君は即座に何かに気がついたのか…ボクの手を掴む。
「やっぱやる前に理屈教えろ、どうやって召喚するんだ」
「………」
「それ、出来るならもっと早くやってるよな…なんで今になってそれが出来るって言い出したんだ。まさかとは思うがお前……」
「ボクの中にある演算機構を使い転移術式を擬似的に再現する」
「再建すると…どうなる」
「ディヴィジョンコンピュータがここに来る」
「お前は!どうなる!」
「……………」
魔術の術式は非常に複雑かつ難解な物だ、正しい詠唱も魔力運用も無しに魔術を行使するなんてのは目の前で流れる河を人力で再現するくらいの無理難題なんだ。ボクの脳内にある演算機構でそれをやろうとすれば…容量が足りない。
故に人格部分まで演算に割かなきゃいけない。まぁつまるところ…死ぬわけだ。けどそれを言えば彼はさせないだろう…というか。
「やっぱダメだ、それするなよ」
彼は相変わらず察しがいい。ボクの考えを読んでダメだと首を横に振り考えを巡らせる。
「他の方法を考えなきゃいけないな……」
「それしか方法がないよアマルト君、残り時間や状況から考えて…これで黒衣姫を封印するしか───」
「お前なァッ!!」
ギッとアマルト君はボクを睨みつけ胸ぐらを掴み…。
「いい加減にしろよ…お前、その自己犠牲も…自罰意識も」
「自己犠牲なんかじゃ…ないよ、罰でもない…合理的判断だ!」
「それでお前が居なくなってちゃ意味ねぇだろッ!」
「だからって!」
ボクもまたアマルト君に掴み掛かり叫ぶ、自己犠牲って言ったらそうなのかもしれない。けど仕方ないだろ…。
「アマルト君!考えを改めてくれ、何をか成そう…何かを守ろう、その為に戦おうというのなら…犠牲を顧みる事はしてはいけない。一人が死んで数百人が助かるのならそちらを取るしかないこともある!」
それは…ボクがあの戦いの中で学んだことだ。いくら手を伸ばしても届かない場所にいる人は救えない、そうしている間に救える人まで救えなくなる。なら…助ける人は選ぶべきだ。あの厄災を生きた人間は皆それを理解している。
厄災のない時代に生まれた彼にはそれが理解出来ないかもしれない…けど、割り切るしかないんだ。
「もし、この中で…いや今の人類の中で犠牲になるべき人間がいるとしたら、それはボクだ」
「あンだと…?」
「だってそうだろう、ここを作ったのはボク、黒衣姫を作ったのもボク、そしてボクは…本来八千年前に死んでいるべき人間だ、それが…次の時代の為にこの命を使えるなら、そうすべきだ!」
「…………」
「みんな…そうやって死んで行ったんだから…」
いい人達が、みんな死んだ。カペラ…アルデバラン…タージュ、みんな何かを生かす為に…その命を使い人類と言う船を先に進める一陣の風となり、消えていった。
ボクはその風を見送ることしかできなかった、ボクもまた戦うべき人間だったのに…情けなくも今こうして生きながらえてしまった。
せめて散るなら、みんなと同じように散りたい。
「だから…だからアマルト君、ボクは──」
瞬間、ボクの体は大きく揺れ…打ち倒される。アマルト君の拳骨がボクの顔面を打ったのだ。
「ッ…え!?グーで殴った!?」
「それを自己犠牲だって言ってんだよ、それが自罰意識だって言ってんだよ!言ったろ俺は!テメェに前を見ろとッ!!」
「だから見てるだろ!前を!人類を更に前に進める…その為の力として、ボクの命を使うと!これが後ろ向きなことか!!」
「人類を前に進める為ェ…?馬鹿馬鹿しい事言ってんじゃねぇぞお前」
「な、なんだと…!」
咄嗟に立ち上がり拳を握る、流石にそれはアマルト君でも許さないよ…人類を前に進める事が馬鹿馬鹿しいだなんて、そんな罵倒は───。
「人類を前に進めるのは、その時代に生きてる人間がやる事だ。歴史は決して背中を押してくれない、誰に背を押されるでもなく歩き続けなきゃいけないのがその時代に生きる人間だ…あんたら、十分進んだだろ。なら次は俺たちに任せるくらいしてみろよ」
「ッ……け、けど…」
「それにな、俺達が戦ってるのは…なんのためだと思ってんだ」
「魔女達から受け継いだこの世界を守る為だろ…?その手伝いをボクもすると…」
「そりゃ前提の話だろ、誰かが意識してやる事じゃない。俺達が死ぬ気で戦ってんのはな…お前の覚悟を守る為なんだよ」
「ッ…覚悟を?」
「エリス言っただろ、セラヴィに食ってかかったのはアイツが世界を破壊しようとしてるからじゃない、お前の勇気と覚悟を笑ったからキレたんだ!エリスだけじゃねぇ俺たち全員がそうだ」
「…………」
「黒衣姫はお前の平和を望む心…その勇気と覚悟の象徴だ、それを平和の破壊には使わせない。その為に戦ってんのさ…と俺は思ってる。なのにお前が死んじまったら元も子もないだろ」
ボクのために…みんなが。そうか…そうだったのか…ボクは自分の責任ばかり見ていた、けどみんなは違った、ボク自身を見ていた。そんな事にも気が付かず、ボク一人が死ねば全てが丸く収まるだなんてあまりにも短絡的に……。
「まぁけど、お前の気持ちも分からんでもない」
「え?」
するとアマルト君は剣を肩に背負い、やや困ったようにはにかみ。
「未来の世代のために戦いたいって気持ちは本当に分かるんだよ。俺が命張って戦うのだって…そうさ。学園で面倒を見てるガキがさ、大人になる頃にはせめて今よりちょっとくらい平和で生きやすい世の中にしてやりたいって…そう思って戦ってんだから、俺も」
「子供達が…大人になる頃には」
その言葉を聞いて、メモリーが刺激される。そうだ…そうだよ、ボク達の言っている平和っていうのは、つまりそれじゃないのか。
世界を覆う厄災、それはその時代を生きた人間の負債だ。生まれたばかりの子供達には関係ない事だ。死と戦いの連鎖は今の時代の人間だけで完結させるべきだと感じたから…ボク達大人は死に物狂いで戦ったんじゃないのか。
悪辣なる殺戮の輪廻は…絶対に『継承』させない。それを望んで戦った…ボク達は。
決して、死に場所を求める為に…戦ったわけじゃない。自分を犠牲にする為に戦ったわけでも、ただ生きる為に戦ったわけでもない。
「………」
「つーわけで、お前が死んだりとか居なくなったりする方向の話はナシ。悪いな殴って…俺教育に体罰とか使うの絶対にダメだって思ってのに…」
「ほ、本当だよ…レディを殴るなんてさ」
「悪い悪い、けど…ショックだろ?ダチが死を求めてるなんてさ」
「ダチ?」
「ん、友達」
友達…友達の為、か。……友達か。
「よし、じゃあ行くか!」
「え?何処に…」
「セラヴィ止めにだよ」
「でも、黒衣姫を止める方法がないんだよ。本当に、ボクがディヴィジョンコンピュータを呼び出さない限り…」
「いいのいいの、ちょうどいいやり方思いついたからさ」
「え…?」
「格上とやるの慣れてんだ、俺」
格上って…完全に機能解放された黒衣姫は本当に手のつけようがないレベルの強さなんだ。常識的な範疇にない、単騎で星さえ砕ける火力を保有し天体崩壊級の攻撃さえも防ぐ防御性能を持つ。そんなのを相手に第二段階クラスの彼が敵うわけがない。
論理的に考えれば…そのはずなのに、どうしてだ。
(勝てるのか…本当に)
勝てる気がしてならない、彼が本当に黒衣姫を倒してしまうと…思える。本当に彼は…頼りになるな。
「じゃあセラヴィのいるところ、見つけるか!」
「こっちだよ、アマルト君…」
「え?分かるのか?いや分かるか!そうか!ここお前の物だもんな!」
「うん…セラヴィがまだあの部屋にいるならここから走れば十分以内につけるはずだ!」
「よし!だったら────」
そう、ボクが一歩歩み出した瞬間だった。
突如、僕たちの目の前の壁が粉砕された、アダマンタイト製の黒い壁が粉々に吹き飛び瓦礫となって飛び交い、黒い砂塵と共に何かが向こうの部屋から飛び出してきた。現れた人影は二つ。
「ぐはぁぁっ!」
「ッ!?エリス!?」
エリス君だ、全身ズタボロでアダマンタイトを砕きながらゴロゴロと転がり倒れ伏し…。
「なにへばっとんじゃボケッ!デカい口叩いたんはお前やろうがッ!」
「……ラセツか」
「んん?おお…アマルトちゃんやないか」
敵方最高戦力…鉄仮面の大男、『悪鬼』ラセツが瓦礫を踏み締め…現れたのだ。
………………………………………………
「レーヴァテイン…ここから離れろ」
「え…でも」
「いいから行け!正直あれを相手にお前を守れる自信がない」
俺は咄嗟にレーヴァテインを後ろにやりつつ…いきなり現れたラセツを相手に剣を向ける。こいつはいい奴だ、けど…今は味方じゃない。完全に敵だ。事実エリスは既にズタボロにされてる…流石のエリスも一人でラセツを抑えるのは無理だ。
となるとここは俺とエリスでなんとかしなきゃいけない、レーヴァテインを守れる余裕がないんだ。他にも敵がいるかもしれないが…今それを考慮する余裕がない。
「なはははは!安心せえやアマルトちゃん、オレぁレーヴァテインには手ェ出さんで?ぶっちゃけ社長もそいつに関してはもう用済みやろうし…何よりオレ的にもまだ用があるでな」
「レーヴァテイン!いいから行け!」
「う、うん!」
「あらら、まぁええけど」
「エリス!立てるか!」
レーヴァテインを逃し、俺はエリスに駆け寄る。結構なやられ方だがこいつは死んでない限り起き上がるだろう、事実俺が声をかけた瞬間…。
「グッ…うっ……ッまだ元気!」
「よし!」
血走った目で起き上がるエリスは蒸気のような勢いで鼻息を鳴らしラセツに向けて拳を構える。対するラセツはまだまだ余裕って感じだ…正直、威圧感なら
だけなら電脳世界の魔女様にも匹敵するレベルだ。
(第三段階…人類最強の領域、こいつもきっとそこにいる)
魔女は人類にカウントされない、故に第三段階こそが人類最高の領域、遍く存在する人類の中で…頂点近くに位置する実力者、生半可じゃねぇのは分かってる、だから色々度外視で行くぜ。
(ヒーローブレンド…使っちまうか)
口の中にアンプルを含みヒーローブレンドを飲み込む。魔女大国最高戦力達の肉体…これを得ても俺自身が第三段階に行けるわけじゃねぇ。何処までやれるか…いや、やるしかないか!
「いつかのメンツと同じやな、今回は見逃したらんで…まぁ死ぬ覚悟くらいはしとけや」
「言われなくても、エリスはいつだって死んでも勝つつもりです!」
「だそうだ!ラセツ…ここでケリつけようやッ!」
「あはは!せやなぁ!」
瞬間、動き出す俺とエリス。ヒーローブレンドにて超速に至る俺の脚力とエリスの冥王乱舞が火を吹き狭い通路を敷き詰めるように乱反射しラセツを翻弄し…。
「『賽斬・マセドワーヌ』ッ!」
「『雷旋怒涛』ッッ!」
そして息もつかせぬ連撃が左右から同時にラセツを襲う、しかし。
「手数勝負スピード勝負、相変わらずしょもうないのう!」
「なッ!?」
「チッ…!」
金属音が鳴り響き、俺の斬撃が受け止められる。ラセツは軽く足を上げ靴で剣を受け止め…エリスの打撃を片手で受け止め、同時に連撃を制すると同時に…。
「漢は黙って!一発勝負やろがいッ!!」
「ぐぶっ!?」
「がっ!?」
そしてそのまま叩きつけられる蹴りと拳、蹴り上げられた俺は地面を転がりエリスは壁に叩きつけられ──。
「甘いねんお前ら目算が、何でもかんでも勝てる前提で話進めとるやろ。そいつは自信からくる油断か?それとも経験から来る慢心か?手前ら無駄に勝ちすぎたねん、身の程っちゅうもんを師匠から教えてもらうべきやったな!」
「うる…せェ…!」
強烈な一撃に膝が震える、マジかよ…ヒーローブレンド使ってもこんなに差が出るのかよ。いや…違う、俺が引き出し切れてねぇのか!?最高戦力達の力を…!
「しゃあない、オレが代わりに教えたる…」
「ッ…!」
ふと目を前に向けると、そこには既に俺に肉薄し足を振り上げているラセツの姿が──。
「お前らが虫ケラやってことをな…!『木蓮』ッッ!!」
ラセツの右足が魔力を帯びて光り輝く、肉体の内側だけで完結するはずの魔力遍在があまりの密度に外部に漏れ出て光として可視化されているのだ。それ程の力を蓄えて放たれる一撃は一瞬で俺を捉え。
「がはぁっ!?」
「アマルトさん!」
「なはは!!」
一撃だ、俺の体が天井に届きアダマンタイトの天井が粉砕され瓦礫が落ちる。ありえねぇ威力過ぎるだろ、ヒーローブレンドを展開してなけりゃ今ので体がバラバラになってたぞ…!
「グッ…くそ…」
「ほんじゃま次行くで〜!『啞邪羅華』ッッ!!」
ラセツの魔力が螺旋を描く…紅の魔力が水底の穴の如く高速で回転し拳に集っていく。桁外れの事象を前に…俺は動けない、体が瓦礫に挟まって、という以前にダメージがデカ過ぎて動けな───。
「させるか…!」
そんな中動くのはエリスだ、見たこともない黄金の光を背中から吹き出し…。
「王星乱舞!『星吼脚』ッッ!!」
「ぅグゥッ!?」
打つ、まるで爆裂するような勢いで吹き出した黄金の炎がエリスを押し出しあり得ないような速度でラセツに突っ込み足でラセツの側頭を打ち啞邪羅華を撃つ寸前のラセツを吹っ飛ばす。
「マジか!」
ラセツが吹っ飛んだ、こっちの攻撃でもビクともしなかったあいつが…エリスの奴あんな技完成させてやがったのかよ!
「エリス!お前そんな技あるならもっと早く出せよ!」
「出せたら…出してますよ…ぐぶぅ…!」
しかし、着地したエリスの方がダメージがデカそうだ。口から血を吐いて膝を突いてる…まさか。
「デメリットありか…!?」
「エリスの体が…あの速度に対応出来ないんです、突っ込むと圧力で内蔵が潰れるんです」
「お前自傷技好きだな…!」
「好きで使ってるわけじゃありません!もっと強力に魔力遍在で肉体をカバー出来ればいいんですけど…」
俺はエリスに肩を貸す、そんなデメリットありの技を使って俺を助けてくれたんだよな…エリスとしても王星乱舞?ってのはあんまり多用できる技でもないみたいだ。
「ありがとよ、エリス」
「問題ありません、強いて言うなれば…まだあいつが全然元気ってところですかね」
エリスの視線の先にはズンガズンガと足を動かしてこちらに戻ってくるラセツの姿だ。足取りは未だに軽い、あんな一撃もらって全然元気とは…恐れ入るね。
「なはは!痛いやんけ!けど急拵えの付け焼き刃ってところか?」
「それで十分でしょ…貴方なんか」
「へっ…そら強がりやのうて雑魚の遠吠えやで?さぁて体もあったまってきたし…行くかいな!ギア上げてくで!」
「ッ……」
まずい、これ勝てるビジョンが浮かばない。俺とエリスだけじゃ手に負えない…どうするか。
(……出し抜く、か)
俺もある、あの電脳空間で作ったとっておきの奥の手が。しかしそいつを使うには今この場には足りないものが多すぎる、必要なものが殆どない。今はそれを使えない、使えない状態で果たしてどれだけ凌げるか…。
このままじゃあ、セラヴィのいる場所に行くどころか…その前に死ぬぜ、俺達。