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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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706.魔女の弟子と何も見ずに歩くか

「アルデバランも出てきたのかい?」


「ああ、シリウスと一緒にな」


エーニアックの街を出ていざレーヴァテイン遺跡群へ最後の戦いに赴こうとしているエリス達は皆揃って馬車の中で飯を食っている。これから数日かけてレーヴァテイン遺跡群に戻るわけだから出来る限り体力を増強しておきたいからね、たくさん食べてたくさん寝る…それが今エリス達に出来る唯一のことだ。


と言うわけでアリスさんとイリスさんが作ってくれていた大量の肉!野菜!パンをガツガツと食っているエリス達は電脳世界であったことを詳しく教える。


レーヴァテインさんはシリウスとアルデバランさんのデータは用意していなかったと言う。それどころかあそこまで細かいシリウスのデータは保有していないはずだったと。だが電脳世界に二人は現れた。


恐らくあれを用意したのはナヴァグラハだ、奴がシリウスとアルデバランの知識をディヴィジョンコンピュータに撃ち込んだんだろう。レーヴァテインさんにしか動かせないはずのコンピュータに知識を撃ち込むなんてどうやったかは知らないが。


それを証拠にシリウスが現れ始めた辺りからレーヴァテインさんの通信は途絶え、シリウスとアルデバランさんが立ち去ってからレーヴァテインさんの通信が回復していたとラグナも言っていたしね。


「アルデバラン…出来るならボクも彼女に会いたかった」


「そういやレーヴァテインもアルデバランと知り合いなんだっけ?」


「戦友さ、一緒に戦った戦友」


レーヴァテインさんはコップに注いだ水をコクコクと飲みながら回想する。アルデバラン・アルゼモール…いざ面と向かって話してみると普通にとんでもない奴だったが、確かにあれは頼りになっただろうなって気持ちもある。


「いい奴だったろ?アルデバランは」


「う、うーん…」


「ちょっと加減が下手なところがありますね…」


いい奴だったかは分からない、けどあれは飽くまで学生時代のアルデバランさん。レーヴァテインさんがアルデバランさんに会ったのは大人になってからだからもしかしたら大人になったアルデバランさんはもっと理知的なのかもしれないな。


「彼女は本当に頼りになった。それぞれの因縁のために方々に散って好き勝手戦う魔女とは違い国の為、平和の為、ボクと一緒に防衛側に回ってくれていた彼女の存在は秩序を求める我々の陣営の柱だったと言える…」


「一人で魔女様達の穴を埋めてたんですか?」


「そうだよ、あの時もそうだった…魔女達が最終決戦に備えてオフュークス帝国に乗り込み十三王座連合軍を壊滅させている隙をついて、双宮国ディオスクロアにシリウスと羅睺十悪星が攻めてきたんだ」


「シリウスに加えて羅睺まで…?」


「そこを単独で迎え撃ったのがアルデバランだ。彼女はただ一人で羅睺を全滅させシリウスと一騎打ちをして…そして討ち死にした。もし他に魔女の援護があれば…ボクがもっと火力支援出来ていれば、あそこが被害を気にせず戦える場所だったら…羅睺達との戦いによる消耗がなければ、そう思わずにはいられないからこそ…ボク達は悔やんだのさ」


「………」


あの明朗快活な人物が戦火の中に消えた、それは知っている話だったけど改めて聞くとなんだか物悲しいな………と言うか羅睺を一人で蹴散らしたの?相変わらずとんでもないな。


「えっと、じゃあレーヴァテインさんもディヴィジョンコンピュータの中に入ってみるのはどうでしょうか…」


「え?」


「僕達があったアルデバランさんは…とても人間らしかったですしもしかしたら」


「………それはアルデバランじゃないよ。限りなく同じ偽物だ、余計物悲しくなるだけさ」


「う…」


「あれはナヴァグラハに再現された物で……いや、待てよ?そういえばあの時…襲撃の前にナヴァグラハがなんか言ってたな」


「え?何を言われたんですか?」


「アルデバランを連れて逃げるよう言われた…当時は退却を促す物かと思ったけれど。もし奴の目的が…英雄の本質から考えるに…、まさかナヴァグラハの目的は…ブツブツ」


「どうした?レーヴァテイン」


「ブツブツ…ならナヴァグラハは英雄を…ボソボソ」


「おーい!」


レーヴァテインさんは静かに腕を組み何考え始める。エリス達はレーヴァテインさーん?と目の前で手を振ったり机をトントン叩いたりするが彼女は停止したように考え込み…。


「なるほど」


それだけ言って考えるのをやめる、何に気がついたのか分からないがなんか一人で納得してしまった。


「何考えてたんだ?」


「君達にいうべき話じゃないから慎ませてもらうよ」


「なんじゃそりゃ」


「それよりみんな、パラベラムとの決戦の準備は出来ているかい?」


レーヴァテインさんはコトンと机の上にコップを置いて、エリス達に覚悟を問う。ディヴィジョンコンピュータで特訓したのも奴等と戦うためだ。ならば答えは決まっている…。


「勿論です」


「いつでも行けるぜ」


「任せて」


「……ありがとう、なら最早覚悟は問うまいよ…フフフ」


するとレーヴァテインはおかしそうに笑い、頬杖をついて机を撫でて。


「なんか、懐かしいな…魔女達ともよくこうやって作戦会議をして、戦いを前にした時は覚悟を問うていた物だ…そして今ボクの前には八人の弟子達か。感慨深いやら…よく分からないやら」


「俺達は師範達に負けないくらい、頼りになるつもりだぜ…レーヴァテイン」


「分かっている、だからボクも全力を出す。最後だ…大いなる厄災の残火たるピスケスの遺産をこの世から消し去る。後始末は…この手で行う、だから行こう…レーヴァテイン遺跡群に」


「ああ、そうだな」


そういうなりレーヴァテインさんは静かに懐からボタンを一つ取り出し…。


「じゃあ行こうか」


「あ、ああ…いや…行くのはいいけど」


「何かな?」


「そのボタンなに?」


「これ?発射装置の起動ボタン」


「なんの発射装置?」


「この馬車」


「は?」


コチリとボタンを押した瞬間馬車全体がガタガタ揺れるんだ、どう考えてもなんかした…レーヴァテインさんがなんかした!


「何したんだよ!」


「君達が電脳世界に行ってる間に馬車を改造した」


「すんなよ!?」


「でもこのまま原始的方法で進んでいてはレーヴァテイン遺跡に辿り着く頃には全て終わっている。なら全てが始まる前に一気に強襲を仕掛ける…その為に外付けではあるが飛行ユニットを取り付けた。使い捨てだから飛び終わったら使い物にならなくなるけどね」


「ッッ…!」


エリス達は慌てて外に出ると馬車の外に大きな鉄の翼が取り付けられ、ジャーニーにも謎の装備がくっつけられていた。いつの間にこんな事を…!?馬車の背後についている巨大なタンクから火が溢れて徐々に馬車が加速し、平原から離れた空へと浮かび始める。


「レーヴァテインさん!」


「確かな出来だろ?」


「作ったって…材料がないから機械は作れないって言ってなかったか?」


「ああ、だからディヴィジョンコンピュータのマテリアルプリンターを使って材料を抽出したんだ」


「何それ…いや聞いても分からないんですけど」


「ディヴィジョンコンピュータは簡易的だが製造機構も持っている、それで部品を作ってボクが五分で作ったこのイカロスウイングで一気にレーヴァテイン遺跡群へと突っ込む…これならもしかしたらパラベラムよりも先につけるかもね!」


「た、確かに…この速度ならいけそうだ」


「こりゃいい!時間の問題も解決したぜ!流石レーヴァテイン!」


「むぅ……」


みんな大喜びだ、距離的にまだパラベラムもレーヴァテイン遺跡群に着いていない可能性がある。この速度ならギリギリだが先に到着出来るかもしれない…。


が、メグさんとエリスは正直面白くないよ、この馬車は愛着あるから勝手にいじって欲しくなかったしメグさん的には帝国の技術をかき集めて作られたこの馬車が他の技術体系にいじられるのは面白くないだろう。


「ってことは、意外に決戦は早いかもな」


するとラグナは覚悟を決めたようにこちらを見て。


「じゃあ作戦、決めとくか」


どうあれパラベラムと戦うことになるのは変わらない。なら今のうちに動きを決めておくべだと彼を言う、その通りだとエリスは思いますよ…敵は強いですからね。修行しても正直楽に勝てる相手じゃない。


「一番恐ろしいのはラセツだ、こいつには万全を期して八人全員でかかりたい…」


「だがラグナ、幹部は他にもいるぞ。デキマティオ、ベスティアス、クルレイ…こいつらもピスケスの兵器で強化されている」


「クルレイとは私がやりたい」


他の幹部はどうするか聞いた瞬間ネレイドさんが手を上げる、指名はクルレイ…黒の工廠で戦った相手であり、ネレイドさんはこっ酷くやられた相手だ。


そしてネレイド・イストミアという女はエリス並に負けず嫌いだ…これを言い出したら止まらないぞ。


「分かったよ、じゃあネレイドさんはクルレイを…デキマティオは、エリスが頼む」


「勿論です!」


エリスの相手は識確システムを持つデキマティオ…まぁここは分かっていた、エリスならアイツを完封出来る。一方的にボコボコだ。


「そしてベスティアスは…ナリア、任せられるか」


「え!?僕ですか!?」


「ああ、奴の戦い方を見るにお前が最適だと感じた」


「ぼ…僕」


それはつまりナリアさんを一つの戦力として見て幹部を一人倒す事を頼んでいるのだ。こう言ってはなんだが少し前までのナリアさんなら重荷だったろう…覚醒級の幹部の相手はナリアさんは経験していないから。


しかし、今の彼は違う。


「任せてください、新技…習っているので」


「よしっ!」


ラグナはにこやかに笑う。ナリアさんの勇ましい答えが嬉しいんだ。今のナリアさんなら大丈夫…絶対に勝てる。


「で、全員が幹部を倒したらそのままラセツに向かう。出来ればその前に黒衣姫は確保したいから他のメンバーで黒衣姫の無力化に当たる。一応聞いておいてもいいか?レーヴァテイン…無力化の手順は?」


「このチップを黒衣姫に差し込む、それ以外の方法での封印は不可能だ」


そう言って小さな板を取り出すレーヴァテインさん。黒衣姫という規格外の存在を封じるにはこれを差し込む以外の方法はない…そしてそれを差し込む方法や封じる細かい手順はレーヴァテインさんしか知らない。出来るなら彼女を最深部へ導きたいところだ。


「よし、じゃあ戦いに備えておく。全員今のうちに休んでおこう」


「はーい」


そうして全員が食事に戻る、これから何が起こるか分からないパラベラムとの戦いの最終局面だ。英気を養う必要がある…けど、そんな中。


「よーしよし、楽しいか?ジャーニー」


アマルトさんは一人、ジャーニーを撫でていた。どうやらレーヴァテインさんはジャーニーの体にも装備をつけこの子が空を駆け抜ける事で馬車の進路を決定出来るようにしていたらしくジャーニーも初めて走る空を楽しそうに駆けている。それを見て微笑みながら見つめる…その背に、エリスはなんだかいつもと違う感覚を覚える。


「アマルトさん?どうしたんですか?」


「え?どうしたって?」


「いや、ひどく落ち着いているなって」


違う感覚ってのは…あれだ、妙に落ち着いているんだ。いつもはもっとモチベーションに満ちているのに…今はとても円熟した空気を醸し出している。


「うん、まぁ…ずっと悩んでた事が解決したからかね。ほら、めっちゃ腹痛いの我慢してからうんこ出すとさ…妙に脱力しない?」


「落としますよ、ここから」


「むはは、冗談冗談…頑張ろうぜ、エリス」


「アマルトさん…」


アマルトさんはエリスの肩を叩きながら馬車の中に戻って行く。ずっと悩んでいた事が解決したから…か。そっか、彼も悩んでいたんだな…そんな素振りエリス達には絶対に見せなかったのに、そんなにも考え込んでいたんだ。


もう少し…彼の心を理解してあげるべきだったのかもしれない。けれどきっと彼はエリスの手を取らないだろう。差し伸べた手を払い除け、立ち上がって肩を組む。それが彼の生き方だから…エリスもまた彼のあり方を尊重するんだ。


「よし……」


よし、守るぞ…エリスも。レーヴァテインさん、歴史を、そして継承した世界を。


……………………………………………………………………………


それから、エリスは空を飛び続けた。レーヴァテインさんの飛翔機構により数週間かかった道のりは劇的に短縮出来た、そのおかげもあり二日程でレーヴァテイン遺跡群のある東部へと到着する事ができた。


パラベラムの拠点である黒の工廠のある位置から考えるにパラベラムはまだ到着していないだろうと言う予測を立てていたが…レーヴァテイン遺跡群に到着したエリス達が見たのは異様な光景だった。


「誰もいない…」


着陸すると同時に地面に降りたメルクさんが見たのは誰もいないレーヴァテイン遺跡群の様相。誰もいないんだ、あれだけいた観光客も露店も何もない…まっさらな大地にレーヴァテイン遺跡群だけが聳えている。


「パラベラムはどうした」


「てっきり衛兵と戦闘になると思ったんだが…いないってのはどう言う事だ?」


「罠かな…」


「…………」


ラグナは静かに目を伏せ考える。だってこれは明らかに普通じゃない、罠の可能性も高い…しかし。


「かもな、だが行こう」


答える、行こうとゴーサインを出す。ここまで来て行かない選択肢はないからだ…故にエリス達は全員で警戒しながら遺跡群の入り口に入る。見方によっては簡単に入れてラッキーってのもある。


「またここに来たな」


薄暗く、血吸いネズミがカサカサと逃げる通路に踏み込み…いつぞやツアーで来た時と同じ、いやそれ以上に寂れているように見える。あの時は何も分からなかったが…今こうしてみるとただの土塊で出来た遺跡の壁もディヴィジョンコンピュータのような細かく小さな線のような物が刻まれているように見える。


「帰ってきた…またここに」


レーヴァテインさんは遺跡の入り口に入り、大きく息を吸い…そして吐く。そう言えば彼女はここから出る時歯車が切れて動けずにいたんだったな。


「ここは元々…シリウスと戦うための防衛拠点だったんだよな」


「そうだよ、天狼最終決戦兵装カタステリスモイ…ボクが作った空中浮遊要塞さ」


元々この要塞は飛んでたんだよな…今は確か飛行する為の機能が壊されているからこうして墜落してるけど。これはあれだね、昔はどんなだったかも気になるね。


「よっと」


するとレーヴァテインさんは壁に手を当てて何かのボタンを押すと天井の灯りが光だし、壁にはレーヴァテインさんを模ったと思われる壁画が青い光で映し出される。


「それボタンで起動出来るんだ」


「一応普通に歩いてても動体センサーが起動して人の近くだけ照らすようになってるけどここ押すと遺跡中の照明がつくんだ。明るい方が歩きやすいでしょう?」


前ここに来た時は勝手に光が灯る仕掛けに感動していた物だが、なんかこう言うふうに言われると急に神秘性がなくなるな。なんかロマンもへったくれもない…歴史的建造物にロマンを求めるっていけない事なのかな。


「さぁこっちだよ」


「ところでレーヴァテインさん」


「何かな?」


「この壁画はなんなんですか?」


それはツアーの時に見たピスケスの歴史を語るような壁画だ。レーヴァテインさんと思わしき影が聳える大量の建物を前に両手を広げている壁画…ツアーガイドはこれを前にエリス達にピスケスの歴史を教えてくれたんだ。


だがレーヴァテインさんと話した今なら違和感に気がつく。ここは防衛拠点だ…なのになんで歴史を語るような壁画があるんだ?


「ああ、これかい?これボクが作った自作映画のPV」


「え、エイガ?ピーブイ?」


「あ、映画とかまだないかな。映像作品、シリウスが暴れる前に娯楽作品として作ってた映像作品でさ、主演ボクでやったんだけど全然売れなくてさ…つまらないって言われちゃって」


「え?じゃあこれピスケスの歴史を語る壁画とかではない?」


「全然違うよ、そもそもピスケスの歴史を語るならボクの前の代とかの情報もないとダメでしょ?ってかあれ?本当なら音も出るはずなんだけど…音響装置が壊れてるのかな」


そう言われたらその通りだが…。


「つーかそんなもん防衛拠点の廊下で映すなよ」


アマルトさんの言うことも、それもそう。


「映画……」


ナリアさんはナリアさんで興奮し出したし…。


「一階層は地上から最も離れたエリア。娯楽的な意味合いでボクが作ったエリアなんだ…八千年前には塗装もしっかりしてたし…色々な飾りもあった」


レーヴァテインさんは石と汚れ、塵とシミで汚れた通路を見る。いや見ているのはこの廊下のかつての姿か…それともそこで生きていた人たちか。


「ピスケスが滅んで、帰る場所のなくなった僅かな民達が生きていけるように…限られた物資で出来る限りの物を用意して……けど」


「レーヴァテイン、今は後ろを見るな…前だけ見ようぜ」


「そうだね、その通りだ。ごめん先を急ごう」


ここはエリス達にとっては歴史的建造物でもレーヴァテインさんにとっては未だ思い出の残る場所なんだ、そこにロマンを求めるのは確かに間違いかもしれないな。


「つーか第一層にいつまでも居たくないな、またあのセキュリティが発動しても厄介だし」


「セキュリティ?」


レーヴァテインさんは壁に手を当て何かの操作をしながらエリス達に聞いてくる、セキュリティだ。アダマンタイトで作られた機械兵やら銃弾の雨霰…あのセキュリティがまた発動しても厄介だしと考えていると。


「それこのエリアの話かい?」


「え?ああ」


「おかしいな、このエリアにはそこまで苛烈なセキュリティは用意してないんだけど…経年劣化で壊れたのかな…ッと、最深部に転移する為のゲートを開けたよ、先に進もう」


そう言いながら壁のコンソールを操作すると転移魔力機構のような…時界門のような穴が開きレーヴァテインさんは物怖じせずその中へと飛び込んでいく。


エリス達も一瞬躊躇いながらも奥に入ると…空気が変わる。匂いというか雰囲気というか、この穴を潜った時時界門を潜った時のような自分の立つ座標を見失うような感覚を味わうんだ。


そしてその先には明らかに換気がされていない埃臭い匂いが充満する謎の空間が広がっていた。


「ここが第四層?」


「そう、司令エリアだよ。こっちのコンピュータはまだ生きてるみたいだね」


そこは見上げるような天井の高さに首を振る程の横幅を持つ巨大な部屋だった。壁にはボタンが大量についたボードや黒い板が乱立、中央にもよく分からない機械や水晶の浮かぶ…あれだ、ヴィスペルティリオ地下の対天狼決戦機構の司令室によく似た部屋があったんだ。


「昔はここで世界各地の情報を収集してシリウス達と戦う為の…世界の平和を取り戻す為の戦い、その基盤を整えていたんだ」


レーヴァテインさんは導かれるように中央に置かれたコンソールを起動させると…周囲の黒い板に光が走り、映像が映し出される。


『システム再起動、レーヴァテイン様お帰りなさいませ』


「ああ、待たせたね」


『前回起動から《overflow》時間経過。世界は比較的平和な状態にあります』


「そうか」



「な、なぁ…この声どっから聞こえるんだ?」


「頭の中に響いてますね…」


レーヴァテインさんは何処からともなく響くシステムという声に応えコンソールを操作している。黒い板に映し出されるのは文字だ、だがそのどれもが読めない…おそらく全部ピスケス語なんだ。

感覚が薄れそうになるけどレーヴァテインさんはピスケス人、今は翻訳機構で声を翻訳してくれているけど本来はエリス達では理解できない言葉や文字を使う文明の人なんだ。


「なぁレーヴァテイン、先急ごうぜ」


「ごめん待って…少し調べたい事がある」


「調べたいこと?後じゃダメか?」


「出来れば直ぐがいいんだ…ボクの他に生き残っているピスケス人がいないか、それだけでも…」


レーヴァテインさんは慌てた様子でコンソールを操作している。自分以外のピスケス人…当然生き残っているわけはないがレーヴァテインさんのように時を超える程の眠りを作り出す棺、曰く休眠カプセルという物の中にいればあるいは生き残っているかもしれない。


そう考えているんだろう、故に他の地域で休眠しているピスケス人がいないかを探す…しかし。


「…………」


「どうだ?いたか?」


「うん…数人、恐らくボクが眠りについてから休眠カプセルを使った物。他の拠点で休眠カプセルに入った者…それが世界各地に数人ほどいる。みんな今も休眠中だ」


「起こしに行くのか?」


「いや、起こさない。起こせば時の修正力…タイムフィードバックで死んでしまう。いつか言ってたろ?棺から出せばチリになって消えてしまうと…事象が発生してからそれが終わる時間というのは予め設定されているんだ。それを強引に一時的に止めるのが休眠なんだ」


「眠るだけで止まるもんなのか?」


「止めてるんだよ、科学の力でね。けど強引な手段で膨大な時間を超えると人の魂は時の修正力を受けて磨耗する…長い時を生き続けると魂は己の形を見失う、やがて魂は別の形に変質し…それを超えると塵になって消える、本来あるべき形に戻る…それが時の修正力、世界の修正力に匹敵する絶対の法則だ」


「でも魔女様やお前は…」


「それを超える為の処置をしているから問題ないのさ。けど同時にそれが特別であるのはその処置が難しいからさ…強引な手段で生きながらえても時の修正力が働き続ける限り人の魂は変化し続ける。そういう処置もなしに人が生きられるのは精々五百年と数十年がやっとさ…それを超えると例えどれだけの存在であっても塵になる」


「じゃあ他の生き残りは…」


「ああ、正常に休眠カプセルが動いていたなら…七千五百年前に目覚めている。今も目覚めず残っているということはカプセルに異常があったんだろう。それを強引に起こせば時の修正力を受けて目覚めた瞬間塵になる、起こせば死ぬ…即座にね。だから起こさない」


時の修正力…シリウスでさえ時間遡行を行えない理由である時の法則。一貫して時は一方向にしか流れない、それを遡ると修正力が働き阻害される。それは時を未来の方向に飛ばすのも同じ。


不老不死となり時を超えても時の修正力が働き本来定められた終わりから逃げることはできない、だからこそ魔女様達の不老は特別なのでありあの人達の権威の一つとなっているんだ。


「ピスケスの人間はみんな…各地でこういう拠点に潜ってそこから無人兵器を操り戦っていた。ボクだけじゃない…多くのピスケス人がそうしていたんだ。きっとボクが眠りについた後も戦っていたんだろう…。そうしてこの暗い基地の中で一生を終えた人もいる」


「…………」


「だからボク達は自分たちの事をアナグマ…なんて自称したりもしたものさ」


「アナグマか、言い得て妙だな」


アナグマ、穴に潜って戦う者達か。エリス達がグリーンアイランドで見た棺もまたピスケス人の物だったんだろうしあの中から出てきたのもまたピスケス人なのだろう。きっとあそこにあった黒い遺跡はレーヴァテイン遺跡群と同じ前線基地か何か。


そう考えると分からなかった存在も理解できるようになる。彼もまたアナグマの一人だったんだ。


穴に潜って戦うならそれアナグマというよりモグラじゃね?的なノンデリカシーな事をいつもならアマルトさん辺りがいいそうだが…何やらアマルトさんは真剣な顔をして黙りこくっている。


「ただ…ピスケスの生き残りがいる事を知りたかっただけなんだ。ごめん、こんな時に」


「いやいいさ、大事な事だし…何よりお前は王だからな。臣民のことを気にするのはおかしなことじゃない」


「ありがとうラグナ君。でもこの時代にもボクと同じピスケスの人間がいると分かった以上ボクはこの世界を守らなきゃいけない…なんて、負けられない理由がまた出来たよ」


「だな」


レーヴァテインさんはコンソールから手を離し、やや名残惜しそうに映像に目を向けつつ…静かに部屋の奥に開いた穴へと向かう。


「こっちだ、本来ここは道じゃないんだけどシリウスの攻撃の余波で開いちゃった穴でさ。エンジンのピストン部分を経由していくと早いんだ」


「エンジンのピストンだと?そんなところ通って大丈夫なのか?」


「起動しているところを通り抜けようとするとピストンに押しつぶされるかもしれないけど今は完全に停止してるからね。大丈夫大丈夫」


そうして通る穴の奥には巨大な円錐状の何かが並んでおり、さながら巨人が作ったカラクリのような巨大な精密機械が壁一面にびっしり敷き詰められており、その間をネズミのように通って進む。


本来起動している時はこれが稼働していたってことだよね、これを動かすエネルギーも凄まじいが更にそこから生み出されるエネルギーもまた途方もないものになるだろう。


「そういえばアマルト君もここを通ってボクのいる部屋に来たんだよね」


「ああ、正しいルートとか分からなかったからな」


「正しいルートは本来ボクの設定した七十二桁のパスワードを特定のコンソールで打ち込む事でしか開かないようになってるんだ。それ以外の人間が来ようと思うとここを通るしかないしある意味正解かな」


「そーかい」


巨大なピストンの上を飛び越えると、壁の一角に穴が空いているのが見える。レーヴァテインさんはそれを見て静かに頷くと足をバタバタ動かして穴目掛け走り出し。


「こっちだよ!こっちにボクの眠っていた部屋がある。そこに黒衣姫も置いてあるんだ!」


「あっさり着いたな」


ラグナが小さく呟きながら歩幅を緩めエリスの隣にやってきて…。


「どう思う、エリス。これで終わりだと思うか?」


「なんでエリスに聞くんですか…?」


「今この状況で推察出来る材料が少ない、だから直感に頼ることになる…所感を聞きたい」


「……きな臭いですね」


エリスは周りに目を走らせる、パラベラムが動いていることは確かだ。それは外に誰もいなかった事から明白、そして奴らもエリス達が黒衣姫をなんとかしようとしていること自体は把握してる。なら何かしらの手を講じていると考えるのが自然。


だがここまで静かなのは、正直違和感しかない。


「だよな、何かあると考えて警戒しておこう」


「いえ、警戒ではなく…もう戦いは起こる物と考えましょう。この段階に至って平和的に終わるわけがないのですから」


エリスは不安定な足場を超えて拳を鳴らす。レーヴァテインさんは既に黒衣姫のある部屋へと降り立っている…そんな中。


「おかしいな、前はシステムとやらがもっと話しかけてきたんだが…」


アマルトさんがそんな言葉を呟いていたのが耳に入った。そのままエリス達は壁に開いた穴を括って小さな部屋へと入り込む。


そこには無数の管に繋がれた巨大な棺が立っていた。恐らくあれがレーヴァテインさんの眠っていた休眠カプセルというやつだろう、既に役目を終えているが…あちこちがチカチカ光っているところを見るに多分また起動させれば動くんだろう…まぁ誰が使うんだって話だが。


で…黒衣姫は。


「これが黒衣姫か?」


「そうだよ、これこそボクがシリウスとの決戦の為に作った最強兵器…黒衣姫。正式名称を黒衣星装のモナド……」


そこには鎧が置いてあった、女性型の漆黒の大鎧…手足の先端は伸びており全体的に鋭い印象を受けるトゲトゲした鎧だ、顔の部分も覆われており露出する部分はゼロだ。なるほどこれを着てシリウスと戦うつもりだったのかと言えばなんとなく想像出来る。


しかし一つ、気になる点があるとするなら。


「これ着れるんですか?どう考えてもレーヴァテインさんより大きいですけど」


大きいのだ、レーヴァテインさんが小柄というのもあるがそれでも黒衣姫はエリスより大きい、比較的高身長のメルクさんよりも大きいことから2メートル近くあるような気がする。こんなのレーヴァテインさんが着てもブカブカにならない?と思ったがレーヴァテインさんは静かに首を振り。


「大丈夫だよ、これ…着用すると装備者の肉体と同化するから」


「ど、同化!?」


「うん、というかただ着用するだけの鎧じゃ意味がないんだ。敵方には鎧を奪い取る力を持ったミツカケって奴がいる、だからパワードスーツ系はただ着けているだけだと奪い取られる可能性がある…それを防ぐために肉体と完全に同化させる必要があったんだ」


「それ大丈夫なのか…?」


「大丈夫じゃないよ、だって一回着たら二度と脱げないし…」


「えッ…!?」


一度着用すると体と混ざり合ってしまい二度と脱げない?なんじゃそりゃ…とんでもない代物じゃないか。ということはあれか、一回着るともう寝る時もご飯食べる時もこれをずっとつけたまま?そんなの…生きづらそう。


「黒衣姫を着るともう二度と生身の体には戻れない。食事も睡眠も必要とせず老いる事も破壊される事もなく永遠に生き続ける事になる…元より、ボクはそれを覚悟の上だった。魔女達が実質そうなってたからね」


「…………」


「けど、結局着なかった…それはボク自身が黒衣姫を恐れていたからなのかもね。この兵器と一体化すればボク自身という存在が掻き消える…そこに嫌悪感を感じたのは、ボクという一個人を生かす為に数多の人間が散っていたその事実を冒涜するようで耐えられなかった、というのもあるのかもしれない」


レーヴァテインさんの目は過去を見ている。運河のように多くが流れた厄災の時を見て、静かに目を伏せる。


「それに例え、これを着るほどの覚悟を見せても…勝てる気もしなかった。ただ無意に潰されるのが怖かった。アルデバランでさえ勝てなかったシリウスと戦って…勝てるわけがないと思ってしまったから、ボクは折れたんだ」


ただ耐えられなかった、だから折れた。最早敗色は濃厚で自分が死ねば自分のために死んで行った者達の魂はどこへ行く、それを考えて押し潰されたのがレーヴァテインさんなのだ。そしてその自責の念は未だに彼女を蝕み続けている。


彼女は終ぞ黒衣姫を着なかった。戦わなかった、それが今…正解だったのかは分からない。きっと考えても分からない。けれど彼女はその考えても分からない事を永遠に考える責任があり…今ここで過去の精算を行う責務がある。


「黒衣姫…どうやらボクはキミを使うことはないようだ。キミもその方がいいだろう…誰も殺さず、終われるのだから」


レーヴァテインさんは懐から一枚のチップを取り出す、それを黒衣姫に差し込めばもう二度とこれが動くことはない。即ち黒衣姫に対する死刑宣告…或いはそれは黒衣姫にとって救いなのか。


彼女の指に挟まれたチップが静かに黒衣姫に向かう…これで、この騒動は終結に向かう───…はずだった。



「ちょいちょいちょ〜〜い!ちょい待ちや!」


「ッ!」


言葉が響く、部屋の中に…エリス達以外の軽薄な言葉が響き渡る。その声に体が反応し思わず振り向く先は開いた大穴…そこを塞ぐように屹立する一人の大男。


暗闇の中でも光る…鉄の仮面。


「ラセツ…!」


「ちょい待ちいやホンマ…それ、要らんのやったらくれてもええやろ?なぁ…」


『悪鬼』ラセツ…エリス達がラグナを救出する際に助けを行ってくれたアイツだ。けど…あの時のように友好的な空気は感じない、全身から沸るような攻撃的な意志がメラメラ燃え上がっている。


ガチだ、ラセツのやつ…ガチでやるつもりだ、というかこいつ!いつの間に!


「ラセツ…到着してたんですね、もっと時間がかかるもんかと思ってましたよ」


「やりようっちゅうんわ色々あるもんでな、なりふり構わんのなら時間短縮なんていくらでも出来るんやなぁこれが」


「いつから……エリス達の背後に?」


「ンなもん…最初からや。お前らが遺跡に入った時点で監視は進んどった…お前らが黒衣姫をなんとかする手立てを持ってくるのは明白やしな、やから…なんの手も打たせん為に監視して尾行した」


「あり得ません…私が気が付かないわけが」


メグさんがそう答えると、ラセツの背後から現れるのは…片眼鏡の気難しいそうな男、デキマティオだ。


「私の識確システムを使えば知覚・認識されないよう動くことなど容易いものよ」


「デキマティオまで…ってことは」


「勿論、この部屋は包囲済みだ。諦めたまえ」


やられた、デキマティオの奴…識を見るだけじゃなくて操作も出来たのか。そこはちょっと想定外だ…レーヴァテインさんの話にもなかった。もしかして改造を行ったのか?何にせよ…敵が目の前にいる。


「ラセツ…!エリスは譲りませんよ」


「お前はやっぱそういうよな、分かっどったけどもさ。せやけど言うたよな…邪魔すんなら踏み潰すで?こっちにも目的っちゅうんがあるんや…ガンくれて引き下がれる程甘ないんや」


「貴様らがセラヴィ社長と締結した契約は追わない、というものだった。追わないだけで我々の進行方向にいるのなら容赦なく攻撃する…構わないよな」


ラセツとデキマティオが一歩踏み出した瞬間部屋の中に大量の兵士が踏み込んでくる。完全に包囲される…けどその前に!


「レーヴァテインさん!」


「うん!」


レーヴァテインさんが動く、こちらは既に目的達成寸前…ならまず先に黒衣姫を停止させる。当然それを許さないとばかりにラセツが動く、デキマティオが動く、周囲の兵士が動く、だがエリス達もまた動く。


チップが差し込まれるまであと数秒…そこだけ持ち堪えられば───。




「………ッザけんなよ…」



その瞬間、低く…威圧感のある声が響く。


『銃声』と共に。


「え…!?」


響く銃声の隙間から、カラカラと乾いた音が聞こえる。何かが地面に落ちるような音がレーヴァテインさんの方から、エリスは咄嗟に振り向くとそこには。


…差し込もうとしたチップが、銃撃により真っ二つに折れている。そんな様が目に見えて。


「そりゃないだろ…魔女の弟子」


「ッ……」


再び威圧感のある声が兵士達の奥から聞こえる…コツコツと皮のブーツを鳴らしながら、白い髭と深く刻まれた傷とシワで覆われた顔と黄金の瞳。特徴的な真っ黒なスーツを着た壮年の男…そう。


セラヴィが…硝煙の漂う拳銃を手に、こっちに歩いてきていたのだ。


「れ、レーヴァテインさん!チップが!」


「う…そ、そんな……」



「そりゃあないだろって言ってるんだよ魔女の弟子。そいつが無きゃ我が社はお終いなんだ…何十万人も食い扶持を失う事になる。そんな残酷な事しないでくれよ」


「ッ…セラヴィ!」


セラヴィはニッと歯を見せ笑うと拳銃を地面に捨てて両手を広げて。


「また会えて嬉しいぞ魔女の弟子達、まさかあそこから脱出してレーヴァテインを連れて、剰え黒衣姫の停止手段まで持ってくるとは…やはりお前達はピスケスの兵器を止める方法を知ってたんだな」


「……やめるんだ」


「ああ?」


「やめるんだ、セラヴィ…黒衣姫を狙うのは」


チップを破壊されたレーヴァテインさんは…静かにセラヴィに視線を向ける。どうするんだ、もう黒衣姫を止める方法がないぞ…!


「やめろとは?」


「キミは…ボクの作った兵器を過小評価してる。この黒衣姫は現代において圧倒的に過剰戦力過ぎる!こんなもの現代にあるべきじゃない…キミ達だってもう十分だろ!駆動車も持ってる!銃も山ほどある!それでいいじゃないか!なんで黒衣姫まで使おうとする!折角今…平和なのに、それを乱そうとするんだ!この平和を作る為に一体どれだけの人が死んだと思ってる!!」


「困るんだよ…平和だと、俺たちみたいな荒くれ者達は…」


「キミは…他にも道があるはずだ。戦いなんかに身を投じないで済むならその方がいいに決まってる。黒衣姫を使ったらもう後戻りは出来ないんだ…」


「後戻りするにはちょいと進みすぎたよ」


セラヴィは笑みを崩さない、にっこりと微笑みながらレーヴァテインさんの言葉を受け流している…だがレーヴァテインさんも負けずにキッと目を尖らせ。


「だとしても!!黒衣姫を使う必要は─────」


「ッッじゃかぁしいんじゃアホンダラァッッ!!」


「ッ!?」


瞬間、我慢の限界を迎えたのか…或いはそもそもブチギレていたのを取り繕っていたのか、セラヴィの顔が豹変し牙を剥き青筋を浮かべながら唾を飛ばし怒号を響かせる。


「手前らボケナスのせいでこちとら大損害被ってんねんッ!それをお前今更平和だクソだのと眠たい事言うてからにッ!寝言は寝てから言わんかいボケゴルァッ!」


「そ、損害…?」


「黒の工廠が吹っ飛んだ、アジトも財産も失った、もうこのままで引けるかボケが!これ以上邪魔すんのやッたら手前らのドタマぶち抜いてッ……コホン、これ以上邪魔するんなら、殺す。以上だ」


セラヴィは一瞬咳払いをして落ち着きを取り戻すと周囲の兵士たちに銃を構えさせる…というか、今の喋り方。もしかしてセラヴィも…デルセクトの西部出身?


い、いや…今それを気にしてる場合じゃない。どうする…黒衣姫は破壊出来ない、停止も出来ない、周りには敵…ここからどうする、どうしましょうラグナ!


「だったら!」


瞬間、レーヴァテインさんが動き…黒衣姫に手を当てて。


「だったら!今ここでボクが黒衣姫を着る…一度着用すれば二度とは脱げない。お前達が黒衣姫を手に入れることは出来なくなる」


「なッ…レーヴァテイン!」


「…………」


装着すると、そう言うのだ。確かにこいつらの手に渡るくらいなら先にこちらが使う手もある…けど、それを着たら二度と脱げないんでしょ…!?いいのか、これで…いやでも。


「……なんだ?どうした?」


「え?」


「『着る』って言ってんだから着てみろ、着ないのか?」


着れば二度と脱げない、レーヴァテインという存在は兵器に変わり…彼女を活かした全ての犠牲が台無しになる。彼女の命は…いや最早レーヴァテインという存在全てを満たすのは、数え切れない程に犠牲になった者達の魂なのだから。その冒涜は…出来ないんだ。


そこを読んでか、そうではないのか、セラヴィは鋭い瞳でレーヴァテインを睨み。


「ハッ…だと思ったよ、大いなる厄災ってのは戦争なんだろう?その戦争に勝者でもないのに生き残っているお前には…結局ここ一番で飛び込む勇気がないのさ」


「ッッッ!!!!」


「言葉とは、実行力が伴って初めて意味がある。例えばこんな風にな…」


するとセラヴィは手を掲げ……。


「黒衣姫を今すぐに渡せ、さもなくば殺す」


瞬間、セラヴィの革手袋に包まれた右手が青い光を放ち周囲の危機が動き出す…長い時停止していたはずの遺跡が、世界の終末に挑む為の砦が起動を始めたのだ。


「まさか……」


「ああそうだ、お前から貰ったレーヴァテイン遺跡群の掌握機構、そいつを埋め込んだ…」


セラヴィの右手の手袋を外すと右手の甲には金の円型のチップが縫い込まれ、黒いワイヤーが彼の手を覆っていた。レーヴァテインさんが渡してしまった遺跡の掌握権。それを使ったのだ。


今、この遺跡はレーヴァテインさんの物ではなくセラヴィの物になった。そして黒衣姫を渡さなければ殺すという言葉は実行力を持った。


「さあ、選べ…!死ぬか!従うかッッ!!」


「っ……」


実行力を伴った脅しを前に…レーヴァテインは明確に焦りを顔に映す、だが…それでも。


「決まってんだろッッ!!!」


屈することのない人間は、ここにいる。エリスは声を上げ…セラヴィを睨み、指をさす。


「エリス達は従わない、潰えるのはお前らだ…ッッ!!」


「エリス君……」


「手前らの意思や意図をぶっ潰す為に…命懸けでここに来てんですよ。今更脅しに屈するわけないでしょう、何より……」


そして突きつける指先をギュッと閉じて拳骨を作るとともに、この怒りを全面に出す、許さない…許せない。


「レーヴァテインさんの覚悟も知らないでッ!テメェが勇気を語るんじゃないッッ!!!!」


彼女の勇気を、覚悟のあり方を、何も知らないこいつがそれを否定するのが許せない、だから戦う…こんな奴ら、跡形もなく踏み潰す為に。


「ハッ…そうかい、じゃあお前ら…俺に殺される覚悟があるってんだな?」


「言葉とは、実行力が伴ってこそ意味がある…お前の言葉ですよね、出来ないことは言うもんじゃありません」


「相変わらず威勢がいい、お前は本当に!だったらやるか?パラベラムと!世を覆う悪夢の権化と!戦争をッ!」


「上等!」


その為に来てんだ、宣戦布告は今更いらないだろ。お前がお前でいる限りエリスはお前を許すことはない。叩いて潰して、蹴って砕いて、全てを挫く。


吠えるエリスと受けて立つセラヴィにより今ここに魔女の弟子とパラベラムの開戦の狼煙が上がった…その時だった。


「だったら始めようか…ゲームを!ポエナ!」


『はぁーい!社長〜!!』


「ポエナ…!?」


天から響き渡るこの声は…パスカリヌの街で戦った幹部のポエナの物だ。だが近くに奴の姿は…いやまさか!


「まさか、この遺跡と同化を…」


奴の覚醒は鉱物との同化、そして今ここ…レーヴァテイン遺跡もまたアダマンタイトで構成された鉱物の建造物。その二つがエリスの中で結びついた瞬間だった。


「っ!床が!」


「チッ!先手打たれて…!」


大地が蠢き、波打ち、崩れないはずのアダマンタイトの床が、天井が、乱れるように形を変えエリス達を飲み込んだのは──────。


「レーヴァテインッッ!!」


「あ、アマルト君…!?」


濁流のように渦巻く大地に飲まれる瞬間、アマルトさんがその手でレーヴァテインさんの手を掴んだのが…視界の端で見えた。


と同時にエリスの視界は暗闇に閉ざされ…光を見失う。


『これはゲームだ、俺が黒衣姫を完全に掌握するまで数時間。その間に俺を見つけ止めてみろ』


何処からか、セラヴィの声が響く。


『ウィナー・テイク・オール…このゲームに勝ったやつが、全てを手に入れる!気合い入れろよ。魔女の弟子!』


……………………………………………………………


「ぐっ……!」


次にエリスが光を見つけたその時には…エリスは全く見知らぬ場所にいた。遺跡の中なのだろうけど…見慣れない廊下に、見慣れない床。ここが第何層なのかも分からない。


ポエナがこの遺跡と同化して床を変形させてエリスを別の場所に押し流したのだ…第四層から別の空間に飛ばされてしまった。最悪だ…何より最悪なのが。


「みんなと分断された…」


分断された、周りを見るがエリスしかいない。大きな廊下のど真ん中…敵も味方もいない場所でエリスはただ一人放り投げられたのだ。


だが……。


「やるしかない」


首を振って歩き出す、さっきセラヴィが言った言葉が本当なら…奴が黒衣姫を完全に掌握するまで時間がある。それまでの間にセラヴィの全身の骨をへし折ってタコみたいにすれば二度と黒衣姫を狙おうとは思わないだろう。


黒衣姫を停止させるためのチップが破壊されてしまった以上こうするより他ない…出来ればやりたくなかった全面戦争。これでパラベラムを粉砕するしかないんだ。


「セラヴィ…グニャグニャにしてやるッ…!レーヴァテインさんの覚悟を罵倒したツケはデカいですよ…!」


『なはは、お前…マジでカタギやあらへんやろ』


「っ……」


歩き出した足が止まる…背後に気配を感じる。しかもこの声…喋り方、ああ…そう言う趣旨か。


「なるほど、迷宮でかくれんぼが所望ではなく…そう言う形のゲームですか」


「らしいで?お前ら全員分断して…オレらで各個撃破が主題らしい。お前の他の仲間も今頃どっかに飛ばされて始末されとる頃やろ」


後ろを向けば、そこには…鉄仮面の大男。ラセツがポケットに手を突っ込んで立っていた。こいつもまたポエナにここに飛ばされてきたと言うことか。


そして、迷宮の中でセラヴィを探すのではなく…差し向けられる手勢を打ちのめして進む、これはそう言う趣旨らしい。


「なはは、ようエリス。さっきは挨拶遅れたけど…黒の工廠以来やな、また会えて嬉しいで」


「お前は……そうやって時と場所によって面を付け替える男なんですね」


ラセツは先程とは違い柔和な態度でエリスに向けて手を振る。さっきはセラヴィと一緒だったから…協力の件は口にしなかったってことか。都合のいい奴だ。


「いやいや義理立てとしてな?礼を言おう思うてんねん…お前らのおかげで黒の工廠は大損害、剰えクルシフィクスも消してくれた。これは正直期待以上や」


「……そうですか、別にエリスは貴方のためにやったわけじゃありません」


「せやろな。でー…なんやったけ?次会った時は決着つけるってか話やったけど…ぶっちゃけそれ今やなくても良くない?」


「どう言う意味ですか?」


「また協力しよう言うてんのや。セラヴィへの道を教えたる…俺達はそれぞれの場所を認識出来る魔力機構?ピスケスの道具?って言うんを持っとる、こいつでセラヴィの居場所は分かるし黒衣姫の起動をやっとるセラヴィのところに行けば簡単に止められるで?今護衛はおらんでな」


「……………」


「そうやってセラヴィの目的を止めてくれたらオレも母親の仇を討てると思えへんか?黒衣姫の起動さえ止めてまえばセラヴィはもうどうにもならへんし、せやからセラヴィを止めるまでの間だけでも協力しよ───」


「断ります」


ラセツの動きが止まる、エリスは今のラセツを信用できない…いや元々信用できなかったが、今はなおさら信用出来ない。だって…こいつは今エリスを都合よく使おうとしてるから。


「なんでや?悪い条件やないやろ」


「ええ、びっくりするくらいエリスに都合がいいです」


「なら…」


「けど、エリス忘れてませんよ…お前が渉外担当。交渉を主とする人間だって…今お前はエリスを都合よく誘導しようとしてますよね」


忘れてはならないのはラセツは頭の悪い用心棒ではない、めちゃくちゃ強いしめちゃくちゃ体もデカい、だが彼の仕事はそれらを使わない口八丁の交渉担当であることを忘れてはいけない。


「お前はエリス達に黒衣姫を止めて欲しいと言ってますよね」


「せや、セラヴィの目的が達成されたらお前もオレも困るし…」


「なら、なんであの場で…チップを差し込む場面でお前は黙ってそれを見ていた?お前が軽くアクションを起こすだけで、黒衣姫は未来永劫動くことはない状態になっていた…なのになんであの場でそのアクションを起こさなかった」


「いや…いやいや、しゃあないやんか。まさか…なぁ?あんな遠くからセラヴィが銃撃ってマジでチップに当たるとは思えへんかったしさ?」


「エリスは事実としてチップが破壊されたかどうかではなく…お前が黙認した件の話をしています。お前はセラヴィの邪魔をするようエリス達に言いつつも…根本的な部分ではセラヴィに協力的だ」


「それはあいつを騙すためやんか…何?疑ってんの?オレのこと、実はセラヴィと繋がってお前ら騙そうとしてるって」


「……今の状況、黒衣姫は誰にも停止できない状況にある。謂わば争奪戦の様相だ、まさしく勝者総取りの状態…つまり、エリス達がセラヴィを倒した後…お前が黒衣姫を手に入れることも出来るわけだ」


「………アホらしい、オレは黒衣姫なんかいらん」


「お前が欲しいのは、パラベラムの実権じゃないのか…セラヴィを亡き者にしパラベラムを乗っ取ろうとしているんじゃないのか!」


セラヴィに黒衣姫を渡さないようにするだけなら、チップを差し込ませるだけでよかった。だがラセツはそこには協力せず絶対に誰も停止できない状態にしてから協力を求めてきた。

今エリス達はいくらセラヴィを倒しても黒衣姫を封印する手段がない。なら…セラヴィを倒す間まで協力し全て終わってから手のひらを翻したらどうなる?


一人勝ちだ…ラセツの一人勝ち。セラヴィは消えエリス達も消え…勝者総取り、ラセツは黒衣姫を手に入れセラヴィもクルシフィクスもいないパラベラムを自由にし、最強の武力を手にしパラベラムという組織を強化し思うがままにできる。


つまりこいつは、結局エリス達を使ってセラヴィという邪魔者を消そうとしているに過ぎないんだ…!


「お前の復讐はセラヴィから全てを奪うこと、それも…奴のやり方に則って勝者総取りの理念に従った形での復讐。勝って何もかもを得るために…お前はエリス達を使っただけ、そうでしょう」


「……間違っとるでおねぇーちゃん…まぁ、せやけど半分は正解って事でもええか」


ラセツはくしゃくしゃと頭を掻きむしり…やや苛立った様子で大きくため息を吐き。


「参ったな、お前以外やったら上手く言いくるめられたんやろうけど…お前は終始オレの疑念を解かへんかった。やっぱやり辛いわ」


「エリスを交渉で言いくるめるのは無理です、諦めなさい」


「わーったわーった…せやったらお前の言う通りここで決着って方向でかまへんわもう、メンドイし…けど、ええんか?」


ラセツの体から…凄まじい量の魔力が溢れ出る。膨大な魔力に圧されて壁や床が軋み、ギリギリと音が鳴る。


「手前一人で、オレを倒す。お前の理屈が通るんわこれが可能な場合のみや…いけるか?それ」


「問題ありません…だって、エリスは……!」


魔力覚醒と共に、冥王乱舞を点火する。肘や背中から紫炎が吹き出し…エリスに推進力を与える。ラセツはそれを見て…『またそれかいな』と鼻で笑う。けど…違う、エリスは…エリスは。


「エリスだって…勝つ為に、積み重ねてきたんですからッッ!!」


「むッ…!?」


吹き出させると共に、炎を一箇所に集中させる。量よりも質を求める…それにより炎は爆轟波となり、紫の光は一転黄金と化し辺りを照らす、同時にエリスの体は地面から離れ一瞬でラセツの目の前に肉薄する。


「っ金色の…光ッ!?」


「これがエリスの!継承した物だッッッ!!!」


一瞬、光が強く輝き出し黄金の光を放つ拳が閃光となり…ついで轟音を鳴らす。それを目の前で受けたラセツは…。


「ぐぶぅっ!?な…なんじゃそりゃぁ!?」


吹き飛び地面を転がり動転する。これがエリスが電脳世界で作り上げた冥王乱舞の新段階。


「『王星乱舞』…エリスはエリスですよ、孤独の魔女から技と力を継承したただ一人の後継者!孤独の魔女の弟子エリスです!!」


「手前…この短時間で強くなり過ぎやろ…!!」


勝てるのか…だって?やれるのか…だって?そんなもん言うまでもない。


勝つつもりで、来てんだよ!こっちは!!


「行きますよラセツ!言った通り決着をつけましょう!」


「へっ…こりゃあ、オモロなってきたやないかッッ!!」


始まる、未だかつてない強敵…マレフィカルム五本指が五番目、『悪鬼』ラセツを倒すための戦いが。


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― 新着の感想 ―
エリスの強さもここまで来たぞという感じです。 冥王乱舞、王星終焉の技名が冥王星に由来してるなら、エリスがレグルスの技を正式に受け継いだんだということを表しているようで熱い。
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