703.魔女の弟子とそれがどんな道だって
『英雄』アルデバラン。本名アルデバラン・アルゼモール…双宮国ディオスクロアの最高戦力にして大いなる厄災にて魔女すらも超える実力を示した最強の女。最期はシリウスと一騎打ちの末に討ち死にした…と、魔女の弟子達には数少ない情報だけしか与えられていない。
だが魔女様達が事あるごとにその名前を出す点やレーヴァテインがその死を受けて心が折れるのを鑑みるに…生半可な実力では無く、余程大きな影響を持つ人物だったのだろう。
そんな英雄が…今、目前にいるのだ。
「あなた達は誰ですか?学園外の人間は学園の中には立ち入れませんよ…!」
「あ、アルデバランってマジであの英雄アルデバランか!?」
「それと戦えって…正気か!?」
俺たちは今過去のディオスクロア大学園へと連れて来られている。そこに現れた過去のシリウスと魔女様達、それらから稽古を受けようとしたところ…シリウスはアルデバランと戦い実力を示せ、と言うのだ。
そうして目の前に現れたのは長身の銀髪黄金の瞳の女。そいつが腕を組みながらギロリとこちらを睨んでいる…っていうか。
「おいレーヴァテイン!聞いてないぞアルデバランまで出るなんて!おい!」
咄嗟に俺はレーヴァテインに語りかける…しかし。
『ザザッ──ッグナ君──ザザッ──今──』
「なんて?」
ガサガサと音がするばかりでレーヴァテインの声がよく聞こえない、なんだってんだよ。そんな中アルデバランはシリウスをビッ!と指差すと。
「と言うかシリウス!貴方!貴方はもう学園を退学処分になっている身のはずです!当然ながら出禁!出禁です!出入り禁止の貴方が何故ここにいるんですか!」
「ぬははッ!出禁と言われようがワシを止めることは出来ん!なんてな!ぬはは!」
「どう言う意味ですか?」
「相変わらず冗談が通じない奴じゃのう…ほれ!我が弟子の弟子達!このまま行くとワシがアルデバランに殴り殺されてしまうぞい!早うなんとかせえ!」
「実力を示すとかそう言う話じゃなかったか?」
「まぁそうとも言う、さぁやれい!」
シリウスは俺達にアルデバランと戦えと言う。こりゃ戦うしかないかな…仕方ないと俺達は皆構えを取る、すると。
「おいラグナ」
「へ?」
ふと、背後から師範が近寄ってきて。
「アルデバランとやるなら奴の魔力の動きに注意しろ、それと無闇に近接戦を仕掛けるな。アイツは無属性魔術のゴリ押しが得意だ…複数人いるなら確実に纏めて終わらせようとしてくる、なるべくバラけて狙いを絞らせるな」
「師範……」
「な、なんだよ」
「アドバイスしてくれるんですね」
なんかいつもの師範みたいで感動する。やっぱり師範は師範だと感動していると師範は気味悪そうな目でこちらを見て…。
「気色悪い…ちゃんと聞いてんのかお前」
「聞いてます、みんなもそうだよな!」
「ああ、忠告感謝します。アルクトゥルス様」
「見ててねー!先生〜!」
とりあえず、やってみるしかないか!
「学園の秩序を乱す奴は私が潰します!徹底的に!すり潰してやるッ!地獄で後悔しなさいッッ!!」
「言い過ぎだろ!」
そうして拳を構え…魔力を吹き出したアルデバランに対し、俺達は即座に動き出す。
「全員!アルデバランを中心に散れ!正面は俺とネレイドとデティがやる!他は援護!」
「おー!」
瞬間、四方に散る俺達、しかしアルデバランは一切迷うことなく振り上げた拳に魔力を集中させながら…口を開く。
「溢れ乱れる力の奔流、地は裂け天は砕け人は叫ぶ。我が力の示すがままに定は崩れ形無き山脈が大地を鳴らす!」
「え…!?」
「あれは…」
呟く、と言いより唱える。アルデバランは口を動かしながら魔力を渦巻かせ拳の一点に集中させる。あの動き…あの言葉、間違いない。
「古式魔術!?」
「『巍峨魔雲天』ッッ!!」
拳が地面に叩きつけられると同時に魔力の衝撃波が一気に中庭を満たし地面に跳ね返り点にまで溢れる膨大な魔力が山のように屹立する。その一撃は学園の壁面を吹き飛ばし積み木の城でも崩すように内側から弾け煉瓦の雨があちこちに飛び散る。
古式魔術だ…それも聞いたこともない魔術。っていうか!!
「やりすぎだろッッ!?」
「範囲攻撃のゴリ押しって…想像してた範囲とちょっと違うぞ!」
「ぐぎゃあーっ!ディオスクロア大学園が吹っ飛んだーーーっっ!!!!」
一撃で学園が吹き飛んだ、中庭で発生した超巨大な魔力爆発の範囲は凄まじく広大なディオスクロア大学園を半壊させあたり一面を更地に変えるのだ。師範からゴリ押しに注意しろとは言われてたがゴリゴリにゴリ押しじゃねぇか!
一応視線を走らせ全員の無事を確認するが…無事だ、咄嗟に防御しつつ飛び上がることで衝撃も受け流すことができたようだ。
「だから言ったろ!纏まるな!」
「アルデバランが得意とする魔術は『事象魔術』!魔力に事象そのものを載せて放つ無属性魔術じゃ!基本はレジスト出来ないものと思え!!」
そんな中爆発を防壁で防いでいた魔女様達、そしてシリウスが叫ぶ。事象魔術…いや俺達なりに言うなら古式事象魔術か。事象魔術なんて分野は聞いたことがない…。デティも分からないと遠くで首を振っている。
つまり、事象魔術は現代には残っていない系統ということ。そりゃあそうだ、現代にある魔術の殆どは魔女様が伝えたか文献が残っていたかのどちらかのみ。そりゃあ文献にも残ってない魔術系統くらいあるし、古代の人間なら古式魔術くらい使ってくるか。
「馬鹿野郎ラグナ!他所ごとを考えるなっ!」
「えッ!?」
ふと、師範の声が耳を裂き…視界はアルデバランの顔で塞がれる。いる、目の前に!?
「速ッ…!」
「貴方が司令官ですね、なら貴方から潰しますッッ!!」
アルデバランの拳に魔力が宿る、溢れた魔力が光となり凝固したそれは防壁のように硬くなる…それ程の魔力遍在により常軌を逸した身体強化を齎し、そのまま俺に向けられ──。
「『天波』ッッ!!」
「ぐぅっ!?」
凄まじい衝撃が全身を貫く、叩き込まれた拳が炸裂し視界が真っ白に染まるほどの爆裂が発生し体が奥へ奥へ一気に吹き飛ばされ学園の外の森へと飛ばされ、隕石のように墜落する。
「がっ…うッ、なんつー威力…!」
全身を防壁で保護してなんとか凌いだが、洒落にならないぜおい…魔力を拳に集めただけであんな威力が出るかよ、古式魔術級だぞ。
「まだ生きていますか!しぶといですね!!」
「ッ…!来るか!」
木々の向こうから見える瓦礫の山から光が煌めき、それと同時に飛んでくるのはアルデバランの拳だ。電光石火の勢いで突っ込んできたのだ、それを咄嗟に身を翻し受け流すとあれほどの勢いで飛んできていたのにアルデバランの動きは俺の回避を確認した瞬間ピタリと止まる。
その隙を突いて俺はアルデバランの姿をこの目で見る。魔視の魔眼だ…するとどうだ。
(嘘だろ…こいつ人間かよ…!)
はっきり言おう、魔視の魔眼でアルデバランを見た結果…見えなかった。魔視は魔力を光として捉えられる魔眼だ…結果アルデバランは目が潰れそうな程の光の塊となって見えた。それはつまりアルデバランは魔眼では目視不可なレベルで超々高密度の魔力防壁を常時纏っていると言う事。
しかもそれは厚さが殆どない。薄皮一枚程の厚さのそれが皮膚のほんの少し手前で全身を包む形で生じている。
『気ィつけえよ若者達よ』
シリウスの声が脳裏に響く…。
『アルデバランは言うなればこの魔力量至上の時代に於いてなお最強の天才。魔道の寵児じゃ、このワシでさえ魔力の量という分野においてはアルデバランを前にしては天才を名乗れんわ』
(マジかよ…そのレベルか…!)
「よく避けましたね、ですが二撃目はどうですかッ!!」
「くッ!」
気がつくとアルデバランはこちらを向いて既に拳を構えていた。早過ぎる、尋常じゃねぇ!
「擦り下ろすッ!!」
「無縫化身流…!」
アルデバランの両手が紅に煌めく、ただ握っただけ魔力が一気に拳に集約しその摩擦熱で空気が発火したのだ。逃げ回って避けられる代物じゃない、受けるしかない!
「『巉巌蓮掌』ッ!」
「『激流降り』!」
叩き込まれるアルデバランの連撃を前に関節という関節を軸に回転させ打撃を逸らす。さながら激流の中にあって身を委ねる事なく軸を保つように、しかしそれでもアルデバランの速度は凄まじく避ける以外の行動が取れない。
「むぅっ!それはアルクトゥルスの!小癪なッ!」
(ヤバッ…!なんか来る!)
俺に攻撃を避けられたことに苛立ったアルデバランは更に大きく一歩下がり拳を振りかぶる。直感が告げる…これは受け流せない、防御も出来ない。だったら…!
「『赤王洪濤掌』ッ!」
「ぅっ!」
咄嗟に俺はアルデバランの股の下をすり抜けるように飛び込みその一撃を回避する…と同時に振るわれたアルデバランの拳は見えない空気の壁を粉砕し溢れ出した魔力が波のように噴き出し目の前で迸る。溢れ出した魔力は圧力となり空気に圧縮熱と摩擦熱を纏わせ赤熱し輝くと同時に電流が暴れ出した。あまりの勢いに物質のプラズマ化現象が発生し電流が迸り光を生み出し爆発したのだ。
あまりのエネルギーに地面は融解し吹き上がった破片が大地から隆起し、次いで地面が縦に揺れ木々が纏めて空に噴き上がり同時に一瞬で蒸発し衝撃波が星を数周し──。
『ラグナ!目と口を閉じろ!』
「えッ!?」
咄嗟にシリウスの言葉に従い目を手で覆う…その瞬間全身に鋭い痛みが走る。まるで何かを吸い上げられるような…全身を引き裂かれるような痛みが発生する…これは!
『奴の一撃は熱で空気さえ蒸発させる!アイツが魔力を伴って殴ったらその場が真空になると思え!』
(馬鹿すぎるだろなんだその話!)
俺は防壁を展開しながら地面をゴロゴロ転がる、するとどうだ…地面が変だ。熱で溶けた地面がガラスになってやがる。
「あら!避けられた!?」
『バカモーンッ!アルデバラン!貴様其奴を殺す気か!そういうのはワシだけにせよ!』
「そ、そうでした!いやいや危ない…本気で打ってたらマジで殺してました、様子見でよかった」
『ラグナ!貴様も迂闊な避け方をするな!ワシが治癒で継続治癒してなんだら死んでたぞ!』
(ならこんなのと戦わせるなよ…!)
俺は一瞬で極限状態と化した環境の中立ち上がる、空気がおかしい、地面も熱い、周囲は既に地獄のような光景になっている。これでいてアルデバランが本気で打ったなら分かるがマジですらなく様子見だと?
(これがシリウスと単騎で戦えた唯一の存在、魔女様すら超えていた最強の英雄…俺はこんなのと並べられているのかよ)
空から黒い雨が降る。アルデバランの一撃で融解し蒸発した灰が空で冷却され雨粒となって落ちているんだ。モロに貰ってたら死んでた一撃ばかりだ…。
「しかしおかしいですね…今の攻撃、受けずとも死んでるはずですが」
「え?」
「私の攻撃は副次効果でさえ致死的です…それを受けて死なない?貴方、もしかして…」
すると、アルデバランは自分の拳を見て…こちらを見て。
「もしかしてですが、私と同じだったりしませんか?」
「同じ……」
「『英雄の資質』です…貴方も持っているんじゃないですか?」
するとアルデバランは拳を下ろし、俺を睨む。分かるのか…というかアルデバランは英雄の力がなんなのか理解してるのか?
「い、言われはする…けどそれがなんなのか俺には分からないんだ」
「なるほど、…まず言っておきますと貴方は『自然現象では死にません』」
「は?」
「この星には殺されない…というべきか、この世界の用意したルールでは死なないんです。貴方を殺せるのは人の識によって生み出された物か魔力のみです、剣や銃…魔術だけという事ですね、魔法で発生する熱や超極限状況や過酷な自然は効きません」
「でも俺寒さに弱いぜ…?」
「ふむ、ならまだ英雄としての覚醒がまだなのか…私もまだ完全に目覚めたわけではないですが、面白い。私以外にこの資質を持つ人間を初めて見ました」
「…………」
「しかし先程のシリウスの声音で理解しました。貴方さてはシリウスの新しい弟子ですね?それでシリウスと共に姉弟子であるカノープス達に挨拶に来たと」
「違うけど」
「なら不審者ですか?だったら殺しますけど」
グッ!とアルデバランが拳を握った瞬間大地が揺れる。やべ…。
「あ、いやそうなんだよ。実は倒したい奴がいて…強くなりに来たんだ」
「フッ、それならいいです。シリウスやその弟子達がまた問題行動をしてたなら私がグーッとしてました」
怖い、そのグーッてなんだ…何する気だったんだ。
「よし!わかりました!貴方達を不審者ではなく特別な来訪者と認めましょう!」
「ま、マジで許してくれるのか!?」
「ええ、だから私も────む!」
許してくれる、そんな空気になった瞬間アルデバランの目つきが鋭くなり。
『ラグナ!』
『助けに来たぞ!』
『大丈夫!』
飛んでくるのは仲間達だ、魔女の弟子達だ。戦いが終わったことに気が付かずこちらに向かってきているんだ。その敵意を感じ取ったアルデバランは攻撃態勢を取る…ってやばい!
「みんな!違う!もう戦いは終わって……」
「見えぬ雨が敵を打つ、見えぬ風が敵を刺す、遍く風雨が掻き乱す…」
「詠唱!?」
アルデバラン・アルゼモール…魔女様達の尊敬を集め、レーヴァテインがその死を憂いて心を折り、シリウスと真っ向から戦った史上最強格の英雄。それと僅かながら戦いその性質を理解した俺は悟る。
……この人、エリスと同じタイプだ。敵対者には手を抜けない何事も全力タイプだ、と。
「『宕冥乱波』ーーーッッ!!!」
瞬間、アルデバランを中心に無数の魔力弾が生み出され、空気を引き裂き天を晴らすほどの衝撃を伴いながら全てを飲み込む威力の魔術が視界を包み……俺達の意識は途切れて…。
……………………………………………
「『冥王乱舞』…!」
「『神風圏統』…!」
森を駆け抜ける二つの影は木々を薙ぎ倒しながら数度激突すると空へと舞台を移し今度は幾度と無く衝突を繰り返し衝撃波を放つ。
ぶつかり合うのは二人…組み手と称して大空を駆け抜けるのは。
「手加減しないでください師匠ッッ!!」
「フンッ…本気を出して欲しければそれだけの価値を示せ」
空中地団駄を披露するエリスに、若き日のレグルスだ。二人は空を駆け抜けながらシリウスに言われた通りの組み手を繰り広げていた。しかしエリスの打撃は師匠に掠ることもなく、師匠はエリスに対して打撃を行うことはなく、あまつさえ魔術も使わない。
明らかに本気ではないその態度に激怒したエリスは空中でジタバタ暴れるしかないんだ。
「むきぃーっ!でも…エリスまだまだやれます…!」
「そうか。なら来い…!エリス!」
「はい!師匠!!」
エリスは掴む必要がある、第三段階に辿り着くために最強のビジョンを手に入れる必要があるんだ、師匠の強さの本質を…見るんだ。ここで…!ここしかないんだ!現実の師匠と接触が不可能な以上エリスはここで師匠と修行するしかないんだ。
「冥王乱舞!!」
「フッ……!」
エリスは一気に魔力を噴き出し加速し師匠に向けて飛ぶが、師匠はエリス以上の速度で後退しこの手が届くことはない。
でも…ここからだ、この技を使うのは正直嫌だけど…!
「回れ…!」
エリスの魔力が円を描き回転し一層出力が増す、シリウスから習った魔力の回転。それによりエリスの出力は劇的に向上し速度が上昇する。今までは出せなかった速度が出て師匠に追いつき、迅速の世界の中エリスは一気に拳を振るい。
「おらーっ!」
「甘い!」
しかしエリスの拳は空を切り師匠は身を捩り回転すると共に足を振るい逆にエリスを蹴り抜く───事はなく、ピタリと足がエリスの真横で止まる。
だが……。
「ぅぐぅぅう!!」
寸止めでさえ師匠の蹴りはエリスにとっては致命的、空気の爆裂がエリスを吹き飛ばし地面に叩きつけクレーターを作る。
「いッ…たた…」
地面を転がり…即座に起き上がり、見上げる。相変わらず師匠は空に立ち、エリスを見下ろしている。
(遠い…)
この距離がそのまま師匠とエリスの距離だ、エリスはこうやって手を伸ばしても師匠には届かない。いつもの事だから普段は気にしないけど…師匠が普段と違う姿だから気にしてしまうのかな。
(師匠とエリスの間にはたくさんの奴がいる)
エリスより近い距離にはラセツがいる、バシレウスがいる、ダアトがいる。ダアトに至っては師匠と渡り合ったこともあった、エリスはそんなことできない。
そう考えると、本当にあそこまで行けるのか不安になってしまう。
「……おい」
そんな中師匠はエリスを見て不敵に笑い。
「来い、まだ終わりじゃないぞ。その生意気な口を潰してやる」
「ッ……」
そう言いながら手招きするんだ、そうだ…師匠は、常にそこにいる。常に頂点で待ち続けている。落ち込んでる場合じゃないか…!
よし!
「まだまだです!冥王乱舞!!」
「それでいい、私の弟子を名乗るなら…死ぬ気で喰らいつけッ!殺されても負けを認めるなっ!!」
「はいッ!!」
一気に上昇し師匠に迫る、その最中にエリスは両手に魔力を集め。
「『冥壊火雷招』ッッ!!」
「──『火雷招』!!」
放つは炎雷の一撃、それは虚空を引き裂き飛び師匠に向かうが師匠が放った火雷招に呆気なくかき消される…けどまだ終わりじゃない!!
「『怒涛火雷招』!!」
「ほう!連射もできるか!」
跳躍詠唱で火雷招を連射する。天に昇る雨のように無数に放たれる雷撃は師匠に迫る。されどその間を潜り抜け飛び交う師匠は涼しい顔で雷がひしめく空を飛んでみせる。
「くそーっ!当たらない!ならッッ!もっとたくさんたくさんたくさんッッ!!」
両手を前に出しその場で停止して雷の量を増やす、とにかくたくさん、量を意識して連射しまくる。しかしそんな嵐を前にしても師匠はまるで風に舞う羽根の如くゆらりゆらりと回避をし…当たらない。
「この技、このやり方、……そうか。姉様が言いたかったことはつまり…」
そんな中師匠はエリスをチラリと見て。
「おい!お前!」
「な、なんですか!?」
「量を求めるな、質を求めろ、百発撃っても相手にダメージが入らなければ意味がない…ただ一発に全てを込めろ。お前ならそれが出来るだろう…私の弟子ならな」
「ッ…はい!」
量よりも質、闇雲に撃って当たらないならやり方を考える。運よく当たって運良く勝てた…それが起こり得る段階にはいないんだ。だから確実に当てる…確実に。
「合わせろ…」
両手に八つの雷を纏わせ球にする…作り出すのは『天満自在八雷招』。エリスの持つ最強の一撃を当てる…ッ!!
「いきます!師匠!」
「来い!エリスッ!!」
突っ込む、逃げ回るなら目の前で撃つ、その為の速度はある…だから───エリスはッ!!
「いきます!『天満自在──!」
「………ムッ!待て!」
「え?」
その瞬間師匠はエリスとは違う方向を見る…と同時にエリスも感じる。
(な、なんだこの魔力…!?)
あり得ないくらい膨大な魔力が森の向こうで迸っている。何か災害でも起こったのではと錯覚するほどの魔力の柱が天に屹立し…同時にそれが爆発しながらこっちに突っ込んでくるんだ。
「な、なにあれ!?」
「アルデバランか!」
「え!?」
アルデバラン…それって確か、古の英雄の…そうエリスが言おうとした瞬間、それは突っ込んでくる。
『レグルスぅぅううううううううううッッ!!!』
それは単純な加速法だ、足先から魔力を噴射し勢いで空を飛ぶ…エリスもやってるやり方だ、けど今目の前で起こってる現象は別。
あまりの速度に空気が圧迫され摩擦熱で電流が形成され赤や紫、オレンジや白の光を纏いながら…プラズマの尾を生み出し空を駆ける。さながら天を裂く流星のような光を纏いながらそいつは一気にこちらに向けて飛んできたのだ。
「アルデバランッ!今日こそお前を叩き潰してやるッッ!!エリス退いてろッ!!」
「はぎゃぁぁああ!?!?」
突っ込んだエリスはレグルス師匠に呆気なく吹き飛ばされ…同時に光を伴いながら飛んできた白銀と緑のメッシュの髪をした長身の女が師匠に体を叩きつけるように飛んでくる。
「ぐぶふぅっ!!」
「レグルスッッ!貴方暴れ過ぎですッ!!」
「貴様が言うなアルデバラン!!」
師匠はそいつの突撃を防壁で受け止めるが師匠の防壁でさえ受け止めきれずぶっ飛ばされ師匠の血が舞い散る。がそれでも師匠は負けずに大量の魔術をばら撒きながら現れた女と戦っている。
「聞きましたよ貴方!未来から来たお客人を叩きのめしたそうですね!!」
「は?未来?なに訳のわからんことをッ!!」
「わけわからんのはお前ですッッ!反省なさいッ!『滅我武狼』ッ!!」
「洒落臭いわ!────『煌王火雷掌』ッッ!!」
そして、師匠と謎の女の拳が激突し、地上にまで及ぶ大爆発が発生。それに巻き込まれたエリスは…呆気なく吹き飛ばされ意識を失う。
だが、その瞬間…エリスは見たんだ。
(師匠……!)
眩い光を前に目を逸らさず光を見続けたエリスは見た、光の中…空を飛び、エリスを守るように手を広げるレグルス師匠の背中。
それはエリスの記憶の中にあるレグルス師匠の背中と同じ。そうだ、エリスはあの背中を追いかけていたんだ…当たり前のことすぎて薄れていた認識が新たに鮮明になる。
違うんだ、エリスは師匠のいるところに行きたいんじゃない…エリスは、エリスにとっての旅とはつまり。
手を伸ばし続ける事なんだ。
…………………………………………………………………
情けない、という気持ちが溢れてくる。
、、、
大の字になって空を眺め、俺は俺の情けなさに打ち拉がれる。
「大丈夫ですか?」
「ヴッ……」
チラリと視線を動かすと…スピカ様が俺の治癒をしてくれている。俺はいいから他に行けと言いたいが残念ながら俺以外のメンツはアルデバランと戦いに行った。
デティも、メルクも、ナリアも、ネレイドも、メグも、ラグナなんかは既に戦い続けている。俺だけが…アマルトだけがここで倒れている。
理由は単純、純粋にアルデバランの一撃を防ぎ切れなかった。いやみんなも防げるか受け流せるかギリギリのところだった、すり切りいっぱいの攻撃だった。
で、みんなはギリギリ防げて…俺はギリギリ防げなかった。出たんだよ…如実な差が、つけられているんだ…そういう差を。
(クソがよ…)
クラクラする頭の中には思考と呼べる程のものは無い、漠然とした悔しさと苦しさが渦巻いて本音を隠せない。出来るなら叫び散らして暴れてもう一回チャンスが欲しいと駄々を捏ねてしまいそうだ。
それくらい…情けない。
「大丈夫、すぐ良くなりますよ」
「あり…がとうございます」
「どうやら弟子達は全滅したようじゃのう、とはいえ全員生きておる。ならばまぁ及第点と見るべきか」
向こうで魔女達に囲まれたシリウスが顎を撫でながら遠方で繰り広げられる戦いの趨勢を見極め、及第点と述べる。どうやらラグナ達が合格点をとってくれたようだ。
(いくら…覚醒者を倒したとか、限定的な覚醒でその場凌ぎしても…意味なんかないか)
そんな中俺は一人反省会だ、残闕式覚醒のおかげである程度食いつけていけているが…それもいつまで持つか。またいつか…こんな事態になるかもしれないな…旅を続けていたら。
「なぁおい」
すると、シリウスの隣に立つアルクトゥルス様が此方を見る。あの人はいい人だよ、カラッとしてさっぱりしてるいい人だ、だがその豪放磊落とした性格は未だ形成されていない若かりし頃のアルクトゥルス様は蔑むような目で此方を見て。
「あの情けないのは誰の弟子だよ」
「ッ……」
「やめぬかアルクトゥルス、無理難題を課したのはワシよ。寧ろアルデバランの一撃を喰らってなお意識があるのは大したものじゃ」
「けどよ、全員向かっている中…あいつだけ倒れてるぜ」
「わたくしの弟子ではありませんわ、わたくしのは青髪の子ですから」
「ボクはナリア君って子だったね」
「誰の弟子にしても、情けねぇ事に変わりねえよ」
視線を再び天に移す、情けねぇな…まぁ言われるとは思ってたし事実だからなんとも言い返さないが。
もし、ラグナが今の言葉を聞いたら…師範とはいえど言い返すだろう。
もし、メルクが聞いたら…激怒して撤回を求めるだろう。
もしエリスが聞いたら…分からん、あいつは良くも悪くも読めないから。
何にしても…仲間達には聞かせられないくらい、苦しい言葉だ。
何より……。
「……………」
(お師匠……)
自分の師匠に、あんな顔をさせてしまっていることが…情けなくて情けなくて、これ以上無い屈辱だ。なんで俺は覚醒出来ないんだ…なんで俺の覚醒は使ったら死ぬような物になっちまったんだ。
俺は…魔女の弟子に相応しく無いのか?
(レーヴァテイン……)
レーヴァテインは言った、仕方ないよと。頑張っているのは知っていると。けど…。
(この結果が…仕方ないってか?)
納得出来ない、納得など出来ようはずもない…仕方ないって言い訳しちまったら、そりゃあもう…それまでだろうがよ。
「クソッ……」
「ふむ……」
一方、それを見て目を細めるシリウスは、そのまま瞳孔をチラリとスライドさせ、アンタレスに向けて。
「ここで、ワシが説法してやって…彼奴を慰める事はできる、じゃがそれは一時の物に過ぎぬし何よりワシにはその資格がない」
「何が言いたいんですかお師匠さぁん…」
「お前はさっきから自分の弟子と向き合っておらんが、どういうつもりじゃ?」
「別に…私は弟子とか取る気は無いので彼は私の弟子ではないと思っているだけです」
「そうか、……任せるぞアンタレス。なんであれ彼奴の面倒を見るのはお前の役目じゃ」
「…………」
「それが師の務めよ」
シリウスは静かに閉眼する、全ては師弟の間で完結すべき事であるがゆえに。
……………………………………………………
「……アホデバラン…貴様のせいだぞ」
「うう、すみません…少し頭に血が昇りすぎました。ですが学園一の問題児の貴方が森の外で人を襲ってると聞いたので止めないとって」
ふと、エリスは体が揺れていることに気がつく。何かに持ち上げられて…ゆったりと波に揺られるように。ふわふわと漂うような意識がだんだんと明瞭になり目が冴えて…って!
「あれ!?エリスは…」
「む、起きたか…なら自分で歩け」
「あ痛ー!」
気がつくとエリスは地面に落とされ師匠に見下ろされていた。さっきまで師匠と戦ってたはずなのに一体なにがと周りを見ると…そこはさっきまで戦ってた森の中ではなく、何故がバラバラに吹き飛んだ学園の前にいた。
そして目の前にはエリスを見下ろす師匠と…見知らぬ女性。
そうだ、この人がいきなり突っ込んできてエリスと師匠の組み手を邪魔したんだ。
「大丈夫ですか?エリスさんでしたよね、立てますか?」
「え?ええ…えっと、貴方は?」
「私はアルデバラン、アルデバラン・アルゼモールです」
「えッ!?」
そう言って手を伸ばしてきた彼女の手を掴んだ瞬間エリスは目を見開きギョッとする。アルデバランってあのアルデバラン?こんな人まで出てくるなんて…凄いな電脳世界。
「レグルス!貴方が彼女を虐めたから!」
「お前がいきなり突っ込んで来たんだろう!私達はただエリスと組み手をしていただけだ!」
「組み手?ああそうでしたか、ならごめんなさいね」
そんなアルデバランさんはエリスを起き上がらせると共に言い合いをしている。見ると二人の体には傷が刻まれておりエリスが気絶してからそれなりに戦っていたようだ。対する師匠はアルデバランさんに対して凄まじい敵意を向けており…。
「今回は諸事情あって見逃してやがったが、次は殺す。覚えておけ」
「ふふふ、ぶっ潰しますよあんまり生意気なこと言ってると、次は手加減してあげませんから、あはは」
中指を立てて師匠はアルデバランさんにキレ散らかす、アルデバランさんはあんまり気にしてないみたいだが…しかし。
この頃の師匠はアルデバランさんにこんなにも悪感情を抱いていたのか…でも。
(現代の師匠は…アルデバランさんを友だと言ってたな)
エリスは覚えている、師匠がアルデバランさんの事を無二の友人と呼び、彼女が暴れる私を押さえつけてくれていたから私は学園を卒業できたんだ、そう語っていた。
つまり、二人はこの後更に友情を育んでいくことになるんだろう…或いは、今既にもうそれくらい仲がいいかのどちらかだな。なんて考えていると師匠はこちらを見て。
「おいエリス、まだ動けるか?」
「え?はい!組み手いけます!」
「そうじゃない、姉様から連絡があったんだ…お前達に指導を入れるとな」
「シリウスが?」
「シリウス様と呼べ、或いは崇高で理知的な神にして我らが尊敬する最高の師匠シリウス様とな」
「嫌です!いくら師匠でもここは譲れません!」
「貴様!」
「まぁまぁレグルス、それよりエリスさん。シリウスが貴方達に修行をつけたいと言っていました、ラグナさん達も一緒ですよ」
「ラグナ達も!?」
「ええ、こっちです」
そう言うなりアルデバランさんはひょいひょいと瓦礫を飛び越えて学園跡の中庭があった場所に向かう。しかしラグナ達がシリウスの指導を受けるなんて…自分の師匠以外の指導なんて受けるのだろうか?
なんて考えエリスはアルデバランさんについていくと…そこにはある意味納得の光景が広がっていた。
「アルクトゥルス!もっと寄り添った指導をせんかい!」
「ぐっ…だーからー!ラグナ!拳はこう握るんだよ!力は出来る限り抜け」
「はい師範!」
「フォーマルハウト!余計なことは教えるな!」
「で、ですがこの方商会を率いているようですしここらで商売の基本を…!」
「未来のマスターは私にそう言うことは教えてくれていなかったのでありがたいです、マスター」
「そーしーてープロキオン!サトゥルナリア!貴様ら即興劇やるな!修行せえ修行!」
「いいねぇナリア!君凄いよ!こんな素晴らしい役者が未来にいるなんて!」
「コーチとの共演!身が震えます!次はお互いの役を交換してみませんか?」
「最高ー!」
そこには崩れた瓦礫を退けた広場の真ん中でみんながそれぞれの修行をしていた。魔女様が弟子達に指導をし、シリウスが魔女様に必要な指導法を指導する…という、なんとも難解でややこしい修練が繰り広げられていたんだ。
そんな中シリウスはエリスに気がつくと。
「おうエリス、レグルスとの修行はどうだった?なにか得られたかのう」
「う…貴方にフレンドリーに話しかけられるとなんか変な気持ちになります」
「ぬはは!そう嫌うな」
「ですが…なにも得られませんでした」
「そうか、まぁええ。簡単に結果が出る修行などないからな」
「それよりこれはどう言う状況ですか?」
エリスはシリウスに駆けよる。するとラグナ達がエリスに気がついてこちらに寄ってくる。
「エリス、無事だったか」
「はい、みんなはもう修行を始めてるんですか?」
「ああ、些か信じられないかもしれないが…シリウスが我々の修行プランを組んでくれたんだ」
「ちょっと…変な気持ち」
「ぬはは!こやつらはアルデバランと戦い生き残るだけの力を見せたからのう、修行つけてやることにしたのだ。凡その話は聞いておる…ラセツとやらに勝ちたいんだろう?」
シリウスは集まるエリス達の前に座り、胡座をかいて頬杖をつく。どうやらラセツや諸々の話を聞いているようだ…。
「ラセツとやらの実力は聞いた、ワシなら秒殺じゃが…今のお前達では全員がかりでも勝てんじゃろうな」
「やってみなきゃ分からないですよ」
「分かる。第三段階に入った達人の限界点はお前らの十倍以上じゃ…お前ら全員でかかっても倒せる保証はない、それは理解してるおるじゃろう」
「まぁ……」
「じゃか、第三段階の会得をここでさせる事も出来ん…故に、お前達にはここで第二段階の限界点まで成長し、ラセツとの戦いの中で第三段階に至れるようにする」
「出来るんですか?」
「確率論で言えば分の悪い賭けじゃ。じゃがそうするしかない…何より戦うお前達が出来ると信じずしてどうする。やってやる、それくらい言ってみろ」
「…………」
シリウスの言っていることは最もだ。何より彼女は実績がある…第四段階の最上位者八人を育て上げた実績が。こう言うことは出来れば言いたくないが指導者としてシリウスに並び立てる人間は有史以来一人としていないと言ってもいい。
その腕前は…エリスもさっき体感してるしね。
「故に!お前達には修行をしてもらう!教えられることは全て教えよう!お前達の未来は平和なのだろう?折角このクソのような戦乱が終わった世をこれ以上乱させるな…!未来の世界はお前達が守る!その背はワシが押すッ!!」
シリウスの背後に八人の魔女が立つ。それと向かい合うようにエリス達も立つ。ガオケレナが目的を達するまでの時間、そして聖霊の街タロスへの道のりを考えるに…恐らくこれはエリス達にとって最後の修行期間となるだろう。
これ以上マレウスの旅でみっちり修行する機会には恵まれない。つまりこの修行で手に入れた経験値はそのまま最終決戦に持ち込める戦闘経験となる。
レーヴァテインさんと言うイレギュラーな存在が与えてくれた至上の修行相手…ここで物にするしかない。
「覚悟は良いか、ワシはスパルタじゃぞ」
「問題ありません」
「俺達は最強になりたいんだ、やれる事は全部やる」
「奇妙な感覚だが、答える」
「俺は……」
「陛下の修練で、私の限界を越えられるなら」
「やるよ…私」
「バッチこーい!」
エリス達は応じる、これ以上ないくらい最高の状況…やれるだけのことを、いや!やれない事もやろう!そう応じるとシリウスは嬉しそうに笑う……しかしそんな中。
「……………」
アマルトさんだけが、ただ一人…ポケットに手を入れて、そっぽを向いていた。
「よっしゃあ!ならやるか!盛大に!修行開始じゃあーーーーッッ!!」
こうして、エリス達の最後の修行が始まったのだった。
………………………………………………………………
『まずエリスとレグルスはひたすら組み手じゃ!ラグナ!お前はアルクトゥルスと武術の修練!メルクリウスはフォーマルハウトと概念錬成の理解を深めアマルトはアンタレスと共に呪術の鍛錬!メグはカノープスから空間魔術を再度教わりナリアはプロキオンと共に覚醒との修行!』
修行を請け負ってくれると言ったシリウスは魔女達に命令をする。シリウスが弟子達の改善点を見て魔女に何処を直すべきかを指示するんだ。シリウスの眼力は確かな物で先程少し修練を見てもらっただけで確かな実感があるほどだった…とネレイドは思う。
そして、全員に指示出しを終えたシリウスは徐にこちらにやってきて。
「で、問題はお前じゃ…ネレイド、そしてリゲル」
「はい、我が師よ。私はこの子の何処を見れば良いでしょう」
「それはお前が考える事じゃリゲル。お前はネレイドの何処を改善すべきと思う」
「そうですね、彼女は幻惑魔術の腕前も大した物です、魔法もかなりの出力で扱えますしこれ以上ないくらい肉体も頑強です。ですので今は基礎力を伸ばすべきかと」
いつもより少しだけ若々しいお母さんが述べるのは現実世界でもお母さんが言ってた事と同じだ。私は全体的な能力が高いからそれらを底上げするために基礎を伸ばすと……。
「それも良い、じゃが早急に力を得るならそれでは足りん」
しかしシリウスはそれを否定する。長期スパンで見るなら良いが短期で力を得るにはそれではこと足りないと…するとシリウスは。
「やはりリゲルでは気がつけんか。これでは現実世界のリゲルも認識出来ていないかもしれんな…だから問題なのだが」
「何かあるの?」
「ネレイド…お前は恐らくこちら側じゃ」
「こちら側?」
「つまり、リゲル達や仲間のラグナ達とは違い…」
クッとシリウスは親指を自分の方に向ける。そこにいるのはシリウスとそれに追随するアルデバランさん…って、まさか。
「そう、お前は人の形をした人外じゃ…ワシやアルデバランのような、人の設計図を使い神の材料で作られた側の存在。つまりお前は人の感覚から逸脱した存在なのじゃ。故に普通の体を持った者にはお前の感覚が理解出来ん」
「肉体的超人ってこと?」
「或いはそれ以上じゃ、ワシもこのレベルの超人は…一人しか知らぬ」
そう言ってシリウスは母を見る、その視線に気がついた母は口を開き…驚く。
「まさか、ホトオリと?」
「或いはと言う話じゃ、お前は普通の人間の感覚とは違う段階にいる。しかしどう言うわけかお前の体にはリミッターがかかっておるな…恐らく普通の人間と共に生きたせいでお前自身の自認が普通の人間の段階に収まっておるのやもしれん」
「そうなの?」
「ああ、このリミッターを外せるかどうかがお前の真価を発揮出来るか否かが問われる。だがまず言っておく、ワシらが出来るのは鍵穴を探すだけ…鍵はお前自身が見つける必要がある」
「鍵……、このリミッターって…貴方にもあったの?シリウス」
「ワシ?ワシは幸運な事に森の中、幼い頃からレグルスと二人きりじゃったから良くも悪くも普通の人間の感覚を知らずに成長出来たからのう。もしワシが大都会で生まれておったら…或いはお前のようにリミッターがかかっておったかもな」
「なるほど…」
私の中に眠る力、私にそれだけの力があるかは分からない…けれど、その力が使えるなら。
「なにをしたらいいの」
「単純じゃ、自傷しろ」
「自傷?自分で自分を傷つけるの?」
「ああ、お前は今からひたすら自分に幻惑魔術を使い続けろ。脳みそ擦り切れるまでな…。お前は自我と自意識によってリミッターをかけている、ならお前の体にかかっている自意識の枷を外すしかない、リゲル。修行を見てやれ、幸いこいつは簡単には死なん」
「分かりました、ではネレイド…始めましょうか」
「うん……」
自分で自分に幻惑魔術を使い続ける?そんな修行方法考えた事もなかった、そう言えばシリウスは一番最初に会った時も私に何か指導をしようとしていた。もしかしてあの時もこれを教えようとしてくれていたのか?まぁだとしてもあの時のシリウスから何かを学ぶ気はさらさらないが。
でも、今はいい…もっと強くなって、守りたいものを守れるようになるのなら。なんだってしてやる。
………………………………………………………………
「で?そっちはどうじゃ?」
「『概念錬成・打破』!」
「いい感じですわ、彼女とても筋がいい…未来でわたくしが弟子に取るだけありますわ」
「ふむ……」
魔力覚醒を行い概念錬成を行う、それを見てマスターは逐一『構造の把握が違う』『理解の深さが浅い』と丁寧な指導をくれる。そうだ、私はこれが欲しかったんだ、私は概念錬成を会得してからマスターと話す機会がなかったからな。
しかしそれを見たシリウスはジロリとこちらを見て……。
「ふむ、概念錬成はいいが…お前めちゃくちゃ奇妙な体をしておるのう」
「は?」
「体の内側になんか奇妙なものが見えるわい」
「ああ…これですか」
シリウスがジロジロと私の胸を見て胸を指で突く、それを手で払い除けつつシリウスの言った言葉を思い出す。奇妙なものってのはきっと錬金機構のアルベドとニグレドの事だろう。これに関しては私もよく分かっていないから奇妙と言うのは分かる。
「そうだ、シリウス…お前ならこの錬金機構の詳細が分かるだろうか。私にも皆目検討がつかないがきっと力を引き出せればもっと強く…」
「知らん」
「は?」
「いや知らんよ…聞いた事もないわ錬金機構なんて、そんな知らんもんに対してあれやこれや言うのとか無理」
きっぱり言い切られてしまった…、そうか。そう言えば錬金機構はシリウスからすれば数千年後に生まれる技術だったな、流石のシリウスも未来の道具については分からないか…。
「すまん、未来の道具について聞いても分からないか」
「と言うよりそれ、ワシの技術体系の中にないじゃろ」
「む……」
「魔力覚醒も魔術もワシが確立した分野じゃ、それらに関する事ならなんでも言えるがそれ以外のことは分からん、専門家に聞け」
そう言えば…錬金機構はピスケスの技術を流用して作ったとマスターが言っていたな。じゃあ聞くべきはシリウスではなくレーヴァテインか、まずいすっかり忘れていた。現実世界に戻ったらレーヴァテインに聞いてみるか…。
「ありがとうシリウス、なんとなく道が開けた気がする」
「ほうか?それならええわ、お前はそのまま概念錬成を繰り返しておけ…ああ、あと」
「なんだ?」
「目で見るな、目で掴め。腕で掴むな、腕で使え。体で動くな、頭で動け」
それだけ言ってシリウスはまた別の場所に行ってしまった…なにが言いたかったんだ…?
……………………………………………………………………
「さぁて、本命の調子はどうじゃ?」
「おう師匠、こいつ覚えがいいぜ」
「そりゃ一回やってる修行ですから…」
そしてシリウスが訪れる、アルクトゥルス師範と俺の元へ。と言っても師範がやるのは今までの反復練習だ…俺がいくらこの修行は既にやってると言っても関係なくやらせようとする。
反復練習の価値は知ってる、普段からやっているからな。俺が求めているのは師範の指導だ、と言うのに師範はその辺を理解してくれない。なんというか…若干現実の師範よりも話が通じないんだよな、この師範は。
「阿呆かアルクトゥルス、お主はもう少し相手の事を考えて修行してやれ」
「でも反復練習は大事だぜ?」
「こいつは普段からこれをやっておるようじゃ、なら今更反復練習の必要はない。むしろこいつに必要なのは……」
ギロリとシリウスがこちらを見ると、妖しい笑みを浮かべ…。
「お前、英雄の素質を持っておるな」
「ッ……」
また言われた、アルデバランにも言われシリウスにも言われ…つくづく理解させられる、やはり俺には英雄の素質があると…っていうと仰々しく聞こえるけど。
「なぁシリウス、その英雄の資質ってなんなんだよ」
「正答を生む権利じゃ…星の決定権というべきか、原理に関してはワシもあまり分かっておらんがお前は今英雄と人間の狭間にいる…こいつもちょうど同じ感じじゃ」
「なんですか?」
シリウスはすぐ横にいるアルデバランを指差す、俺と同じ英雄の資質を持つ人間であるアルデバラン…ある意味、俺の未来の姿がこの人というべきなのか。
「ワシには感覚が分からん、ワシは英雄の資質を持っておらんからな。アルデバラン、なんか身になるアドバイスをくれてやれ」
「え?アドバイス?真面目に生きてたら英雄として成長出来ますよ。朝は早起き、夜はしっかり寝る、ご飯は三食を食べて歯磨きもちゃんとする。これでいいです」
「だそうだ、為になったのう」
「なるかよそれで…」
今でもちゃんとやってるわそれくらい。
「あとそれと、気をしっかり持つ事ですね!」
「へ?」
「貴方はこれから英雄に近づく程に人じゃなくなっていきます!さっき言いましたよね?星には殺されないって、今はまだ寒さに弱いかもしれません、炎に巻かれれば苦しいかもしれません、ですがそれも次第に平気になってきます。極寒も灼熱もへっちゃらです!」
「い、いい事じゃないか」
「でもそれが過ぎると風を感じても暑くも寒くもなりません、水の温度が感じられなくなり沈められても苦しくなくなります、この星にあるあらゆる現象が感じられなくなるのです」
「……………」
「そしてやがて光の暖かさも感じなくなります、さながら宇宙のど真ん中に放り出され永遠の孤独を味わうような…そんな錯覚に陥るでしょう。それと共に増していく力…制御出来なければ全てを壊してしまうかもしれない恐ろしさ、貴方はそれと死ぬまで戦うことになります。なので…気をしっかり持つんです!」
ニッ!と笑いながら語るアルデバランに…恐怖を覚える。つまり今アルデバランはそんな世界の中を生きてるってことか?そして俺もまたそうなる?マジかよ…なんだよそれ。
「それ…避けられないのか?」
「避けられますよ、強くなるのをやめればいいんです」
「………そりゃ…無理かも…」
「でしょうね。だからお前は資質を持つんです、英雄は強いですからね…例え目の前に地獄が広がってても進まざるを得ない、そうでしょう?」
「………ああ」
そうだ、俺は…最強になりたい。それはこれから先エリスの前に立ち塞がる全てを払い除けられるくらい強くなる…そういう感情から始まっている。そして今…エリスの前には洒落にならないくらい強い奴らがわんさかいる。
今のままじゃエリスを…愛する女を守れない、だから俺は強くならなきゃいけない。例え無限に続く闇の中に放り込まれても…。
「……アルクトゥルス、お前あれ教えたれ」
「あれ?なんだよアレって」
「どうせ未来のお前はラグナに教えておらんだろう…『永久神躯』を」
「十大奥義のその十か…!?いや…アレは…無理だろ、だってアレは…」
「教えろ、ワシが命じる。ラグナはモノにする…モノに出来なきゃこいつは死んだほうがいい」
「………………」
十大奥義のその十…それこそ俺が聞きたかった技だ。未来の師範は俺に名前だけ教え…会得はさせなかった。
というか師範も絶対に使わなかった技だ。なんでも代償が凄まじく…肉体への負荷がえげつないらしい、不老の法を持つ師範でさえ使わない技だ、代償の凄まじさは想像がつく。でも…俺。
「師範、教えてください」
「……〜〜〜〜ッ!分かった!けど乱用はするな!」
「…………」
「答えろよ!永久神躯はな…武術の分野における魔力覚醒みたいなもんだ、使用後お前は例えどれだけ根性があろうとも十分は動けない!乱用すれば…死ぬ」
「分かりました、じゃあお願いします」
「本当にわかってんのかね…」
「大丈夫、彼は英雄になる男です!そんなチャチな技くらいマスターしてこそですよ!」
「お前は黙ってろ…」
英雄としての資質…この件については、まぁ後に考えるとする。どの道力が増すことに関してはありがたいったらないんだからな。今はただラセツを……いや。
バシレウスを倒せるだけの力が欲しいんだ。
…………………………………………………………………………
「………………」
「………………」
「………………」
「…………貴方は修行しないんですか?」
遠くで魔女の弟子達がシリウスと魔女の指導を受けている。その様を…近くの瓦礫に座って見守るのは…アマルトだ。ボーッと頑張るみんなを見てポリポリと頭を掻く。隣にはお師匠の若い頃、今のドブネズミみたいな格好に比べれば幾分清潔感の溢れるディオスクロア大学園…いや大学院の制服を着ている。
「貴方陰気臭い奴ですねこれが私の未来の弟子ですか本当に頭が痛くなりますよ」
「悪かったな」
「で修行しないんですか?」
「…………」
した方がいいのかもしれない、けど俺はしていない。したくないわけじゃない…ただ。
「分かるだろ、あそこで修行してるみんなは今第三段階の修行してるんだ」
「でしょうね」
「けど……俺はまだまともに第二段階にすら入れてない、ちゃんと覚醒出来ないんだ」
「へぇーちゃんと出来ないってどういうことです?」
「あ?ああ…実は」
俺はお師匠に語る、俺の覚醒の詳細を。それは俺の命を代償とした覚醒…使えば俺は死ぬ、限定的に使っても腕が消し飛んでしまう使い勝手の悪い覚醒故に俺は覚醒を使えず、それを伸ばせてもいない。覚醒も出来ない、第二段階に正式に入ったわけでもない。
つまり置いていかれてんのさ俺は。
「使えば死ぬ覚醒…ね」
こうしてみんなを見ていると…見ないフリしてた現実がありありと見せつけられる。さをつけられている、俺はみんなと友達でいたいのに…このままじゃ俺は守られる側だ、残闕式覚醒という応急処置でなんとかしたがここから先はもっと恐ろしい敵が出てくる。
敵の本拠地に行く、そこには更に強い敵が待ってる、そこで俺はどうする?せせこましく立ち振る舞ってみんなと同じ場所で戦ってたって胸張って言えるか?これは俺達の勝利だって言えるか?そもそもレーヴァテインを守れるのか?
泣きたくなるよ、自分の不甲斐なさに。
「……でも仕方ないんだ、これが俺だしな」
レーヴァテインは言った、大丈夫だと。それが俺なら…俺を貫く限りきっと大丈夫だと、だから安心しろと…そう言ってくれた。
なんて事を言うといきなりお師匠は立ち上がり…ジッと俺の顔を覗き込む。
「……………」
「な、なんだよ」
「仕方ない…これが俺…ですか」
「なにが言いたいんだよ」
「別に…ただ」
ニィ〜とイヤらしくバカにするように歯を見せて笑ったアンタレスは…喉の奥から搾り出すような、笑いを堪えるような…そんな言葉を紡ぎ出し。
「ビビってるんですか?」
「あ?」
「案外しょうもない男なんですね貴方は…でも好きですよそう言うしょうもなさ」
「しょうもないだと…テメェ俺がどんだけ悩んでると…!」
「ついてきなさいしょうもない男」
「おい!」
するとアンタレスはスルリと俺の横をすり抜け瓦礫の山の隙間に潜り込んでいくんだ。まるで液体のように体をくねらせ、猫のように自由に隙間の奥へ奥へ入っていくアンタレスを俺は必死に追いかける。
「おい!どこ行くんだよ!」
「教えたらまた君はビビるんですか?それとも仕方ないなんてくだらない言い訳をして自分を慰めるんですか?」
「テメェさっきから喧嘩売ってんのか!?」
「ええそうですよバカにしてるんですよ」
「いい度胸だなお前…うぇっ!?」
必死で追いかけ、瓦礫の奥底に辿り着いた瞬間…床が抜ける。一気に俺の体は地面の更に奥底、下へ下へと落ちていき。
「イテっ!」
頭から床に落ちて倒れ込む。なんだこれ…また地下か?好きだね地下。ってかディオスクロア大学園のこんな場所に地下なんてあったか?あったかも、いや分からん、あの辺全部分かってるわけじゃないし…って。
「なんじゃこりゃ……」
起き上がった瞬間、俺は理解する。少なくとも今俺がいる場所は現実世界のディオスクロア大学園にはない。ここにしかない空間だ…なんで分かるって、決まってる。
異常だからだ。
「ここ…もしかして世界の外側か?」
地には青白い1と0が走る、壁はなく…天井もない。無限に続く0と1だけの漆黒の世界。こんな場所はディオスクロア大学園はもちろん現実世界にもない。
「察しがいいですね能無しええそうですよここは世界の外側…私達が住まう偽りの世界の外側です」
「い、偽りって…あんた気がついてたのか」
「私だけじゃありませんシリウスさぁんとカノープスさぁんは気がついているでしょう…この世界が何者かによって擬似的に再現された世界で私達も再現された偽物に過ぎないと」
まさかそこに気がついているとは…と俺が見つめる先には宵闇の中に立つアンタレスの、いやお師匠の姿が見える。その姿は学生の服ではなく、俺のよく知る薄汚いコートを着た大人の姿。なんで姿が変わったかは分からないが…どうやらアンタレスはここが偽りの世界だと自覚しているようだ。
「貴方をここに連れてきた意味が分かりますか?」
「え?いや…都合がいいから?」
「そうです都合がいいんです…私は捻くれ者なのでラグナ君やエリスちゃんのような明るい道を歩く事を定めづけられた人間が苦手でしてね貴方くらいがちょうどいいんですよ」
「……悪かったな、陰気臭くてよ」
「陰気臭くて結構…それが気持ちいいんですから」
ニタリと笑ったお師匠はそのまま俺を見つめながら手を後ろに振り払い、まるでカーテンを壊すように見えない壁を破壊する。その向こうには…黒く歪んだ玉が浮かんでいる。いや…まさかアレが。
「アレが黒衣姫のデータです…アレをここから持ち出せば貴方は大手柄ですよ」
「大手柄って…」
「そうでしょう?必要なモノを誰よりも最初に見つけて持って帰る…それで貴方はみんなのヒーローです」
「そんな、俺は別に誰かのヒーローになりたいわけじゃない。ただアイツらのダチに──」
「出し抜くんですよ」
瞬間、アンタレスは俺の腕をグッと掴みながら引き寄せ…歯を見せながら、笑う。そのあんまりにも汚い笑いに…俺は引き込まれる。
「アレはお前の友達でありライバルでしょうライバルに譲って先に行かせて結果お前は置いていかれているんだろうそれを悔いているんだろう」
「…………」
「今のお前は誰もの背中の向こうにいる…前を見る者達の視界の中にお前はいない…そんなお前に許された唯一の手札は敵も味方も出し抜く事ですよ?誰も彼もにおいていかれたお前には進む道なんか選んでる余裕なんてない」
「……………」
「けどいいじゃないですか一発逆転?出し抜いてヒーロー?結構です私は大好きです…だって一発逆転も出し抜いて勝つのも…簡単に諦める奴には出来ないんですからね」
こいつは本当にイヤな奴だ、人の気にしてる事を挙げ列ねて剰え味方を出し抜いて先頭に躍り出ろって言うんだぜ?手段を選んでる場合じゃないって…手段を選ばなきゃ誇りも捨てることになる。
けど…嗚呼、けど…。
俺はどこまで行っても、こいつの弟子なんだなと感じるよ。
「……お前の言う通りだ、アンタレス。そうだ…そうなんだよ」
そうだ、俺が欲しいのは『仕方ない』『君も頑張ってる』なんて慰めの言葉じゃない、情けない…ビビって手段なんか選ぶな…出し抜いて勝てと言う叱責の言葉。
つまりアンタレスが俺だけを目的地に連れてきたのはそういうことだ。置いていかれてる、俺だけ覚醒出来ないと思われてる、そう思っている奴ら全員出し抜いて…俺だけが一番最初に目的地に到達すればいいんだ。
「負け犬のお前は泥に塗れるのが相応しい」
アンタレスの手を振り解き、俺は黒衣姫のデータに近づけば。アンタレスは静かに唱えるように俺の背中に言葉を投げかける。
「落ちこぼれのお前には手段を選ぶ権利などない…権利や手段を選べるのは勝ってるやつだけだ」
その言葉はどれもこれも徹頭徹尾正しくて、俺の心に突き刺さる。
「だからお前がこれから歩む道は…泥だらけで…凹凸だらけで…試練だらけで…平坦ではなく簡単ではなく容易くもない…普通なら誰も歩こうとしない『悪路』」
道は険しいだろう、苦しくて逃げたくなるし…ぶっちゃけ怖いさ、けどよ。
「されど進め…前に道があるのなら道は選ぶな!誰よりも深く踏み込み誰よりも速く駆け出し誰よりも遠くへ進め…貴方が私の弟子だと言うのなら」
手を伸ばす、黒衣姫のデータを掴み…俺は見る。そうだ…俺は!
「進みなさい…それがどんな悪路であろうとも乗り越えなさい!」
黒衣姫のデータを掴みながら振り返れば、そこには…俺を想う師匠の顔が見える。ありがとよ…本物のあんたには照れ臭くて絶対言えないけどよ、こんな捻くれ者を上手く導いてくれるのは世界中探してもあんたしかいないよ。ありがとう師匠。
お陰で見えたぜ…あんたの言う『出し抜く方法』ってのがさ。
「見えましたか?答えが」
「ああ、お陰さんでな。…俺の『使えば命を落とす魔力覚醒』、こいつの本当の使い方が分かった」
「ほう…それは結構」
「それともう一つ、…いい作戦思いついたんだ。聞いてくれるか?」
「……ふふふ」
騙し討ち、出し抜き、なんでもあり。そいつはつまるところ汚いやり方さ…けどさ、逆に言っちまえばそいつは、最後の最後まで諦めてないやつにしかできない。
俺は死んでも諦めない、文字通りな。ラグナ…エリス…みんな、精々先を行ってろ…俺もすぐに追いつくぜ?
いや、案外…追い越しちまうかもな。