702.魔女の孫弟子と魔女の弟子と魔女
ディオスクロア大学園、それは史上最古の学園でかつては魔女様も通ったと言う伝説があるとは聞いていた。それが事実であるとも聞いていた…他でもない魔女様達から。
だがしかし、エリス達にとって魔女様達は人智を逸した存在であり…神のような超常存在である、と言う認識なのは言うまでもない。
だからかな、今こうして…目の前にしても信じられないのは。
「なるほど、詰まるところお前達は未来の世界から来た…という事で良いのだな」
「は、はい……」
陽光が差し込む中庭にはエリス達の記憶にある通り一本の大樹が屹立し、その下に置かれた机を囲むのは無数の人影。
片一方に集まるのはラグナ達だ。ラグナが椅子に座り…緊張した様子で身を縮こまらせている。そんな彼の背後には魔女の弟子達が立ち…。
そしてその前には…七人の魔女が椅子の上で寛いでいる。カノープス様を中心にアルクトゥルス様、アンタレス様、スピカ様、プロキオン様、フォーマルハウト様、リゲル様…見覚えのある七人の少し若い姿、そして妙に着慣れているディオスクロア大学園の制服が全てを物語っている。
今自分達は過去の世界に来ている、具体的に言うなれば魔女様が大いなる厄災を経験する前の時代に。
(なんでこんなことになったんだ…?)
ラグナは小さく首を傾げる。ここには黒衣姫のデータを取りに来ているんだ、レーヴァテインに頼まれてディヴィジョンコンピュータが作り出す電脳世界とやらに入り込み、そしてこれだ。意味がわからない。
これはディヴィジョンコンピュータの見せている幻か何かなのだろうか、それにしてはやけにリアリティが凄いが…。
(にしてもここ、ディオスクロア大学園に見えるが他に人の気配がないな…)
俺の記憶にある通りならディオスクロア大学園はもっと人の気配に満ちていたはずだが今ここにいる人間以外に気配を感じない。もしかしてこの時代は生徒数が少なかったのかな?ってレベルじゃない、他に誰もいないみたいなんだ。
「おい、これはどうなっているんだ…我々は何をすればいいんだ」
「分かりません、レーヴァテイン様から何も報告はありませんし…」
メルクとメグが肩を寄せ合い困惑を口にする。状況の説明が欲しい…そう思っていると。
「バッカバカしいぜ…未来から来ただぁ?オレぁ信じねぇぞ?そんな眉唾よ」
ガツン!と音を立てて机に足を乗せるのはアルクトゥルスだ、彼女は着崩した制服を整えることもなくラグナ達を睨みつけ…。
「未来から来たってことはこいつらは時間遡行を行ったってことだろ?時間遡行はまだお師匠でも出来てねぇ大偉業だぜ?そんな事をこんな連中が出来るわけねぇ」
「まぁ確かに、やや信じられないね…」
「不審者なんじゃないですか?」
「え?い…いや、俺たちにそんなこと言われても…」
レーヴァテインは中にいる人達に聞けば大体分かると言っていた。中にいる人達とは即ち魔女様達だろう、しかし彼女達は話を理解するどころかこちらを怪しんですらいる。これでは黒衣姫のデータを探す所ではない。
どうなっているんだレーヴァテイン!と内心で唱えると…。
『ザザッ…すみません!ミスりました!』
「レーヴァテイン!?」
「ああ?」
ラグナ達の脳内に声が響く、掠れているがこれは間違いなくレーヴァテインの声だ。しかしその姿を見えず魔女達はやや怪しんだように目を細める。いやそれより…。
「レーヴァテイン!これはどう言う事だ!何が起きてるんだ!?」
『ごめん!電脳世界を構築する時みんなに馴染みの深い魔女のデータを基礎基盤にこの世界を組み立てたら、自然とディオスクロア大学院が適用されて…。そのままみんなを中に入れたらこうなっちゃった!』
「どうなってんだよ!この人達俺たちの事怪しんでるぞ!」
『本来ならみんな大体事情を理解しているはずなんだけど…どうやらその。黒衣姫は大量の魔女のデータを元に作られてるんだ、けでど黒衣姫のデータと一緒にその魔女のデータも大量に流出して…解像度が上がってしまったんだ!』
「つまり?この人達は偽物か?本物か?」
『限りなく…いや、99.9%本物の魔女だよ。思考、記憶、感情、その全てを完璧に再現された当時の魔女だ、…つまりボクと出会う前のディオスクロア大学院時代の魔女です、当然皆のことも知らない』
「どうすりゃいい…」
『なんとか信用を取り付けてデータを探すのに協力してもらって欲しい、そして…その中で修行を行うんだ』
「修行?」
『うん、貴方達は今データの体になっているから筋トレなど身体に作用する修行は意味ないがその中でなら完璧に近い魔女達に指導を受けることもできるはずだよ』
「む、無茶言うなあマジで…」
『ともかく!今はそうするしかない!内部時間の進行速度を早めておくよ!これでその中で過ごす一日は現実世界での百分の一程度になる!急がなくても大丈夫…なんとかして!』
なんとかしてくださいってのはな、これ以上ない無茶振りなんだぜ…レーヴァテイン。そう言いたかったがまぁごちゃごちゃ言っても仕方ない。それに何より完璧に再現された魔女様から指導を受けるなんてのは今俺たちが最も欲していた状況。
肉体の強化は出来ずとも技術の錬磨は可能だと言うのなら…この状況を活かさないわけにはいかないよな。
そう思う俺は再び魔女様達に目を向けると…彼女達は物凄い怪しそうな目でこちらを見ていた。
「なんだお前、急に独り言とか…もしかして気狂いか?」
「急に騒がないでくださいませ」
「す、すんません…」
「おいカノープス、こいつらやっぱ怪しいぜ。他国のスパイとかじゃないのか?」
アルクトゥルス師範はギロリと俺を睨む。他国のスパイ…そういえばこの時代はあちこちで戦争が乱立していた。国も今よりずっと多かったし、国際状況も悪かった。だからそう言う面を疑っているんだろう。
しかしアルクトゥルス師範から話を受けたカノープス様は小さく首を振り。
「いや、警戒はすまいよ」
「はぁ?なんでだよ。怪しいんだよこいつら」
「逆に怪し過ぎる、スパイだと言うのなら校門前で屯していたのもよく分からん、我はコイツらをスパイだとは思わんぞ?アルクトゥルス」
「……まぁ、お前がそう言うなら、別にいいけどよ」
カノープス様が微笑むとアルクトゥルス師範は引き下がる、現代でもそうだが…やはりこの集団のリーダーはカノープス様なのだろう。
「して、ラグナと言ったか?」
「はい、ラグナです」
「我はお前達の言葉を信じようと思う。未来から来て探し物をしている…と言う話をな」
「ま、マジですか?」
「マジだ。お前達の瞳からは警戒や緊張以上に我らへの奇妙な信頼や憧憬がこもっている様に思える、大方未来でも我等と知り合いなのだろう?」
「そ、そうです!」
因みにだが魔女の弟子であると言う情報は伏せてある。何故なら弟子だと宣言したエリスがレグルス様に問答無用で殴られたからだ、当然この人達は俺たちの事も弟子であると認識してない、なのに弟子ですなんて言って混乱させても余計事態が悪化するだけだ。
なので内緒にしてあるが…漏れ出るか、俺達の魔女へのリスペクト。
「よかろう、ならば我等八人の魔術師はお前達を信じよう」
「おお!」
「やった!」
「信じてもらえたー!」
みんなで手を取り合って喜ぶ、とりあえず魔女様と敵対するのは防げた。それだけでも大収穫だ!よしよし、このまま協力関係になって黒衣姫のデータを回収!そのままみんなと修行をしよう!
「で?探し物とはなんだ?」
「はい!陛下!それはですね!」
「へ、陛下?我の事か?まさか我は未来では双宮国ディオスクロアの国王に即位しているのか?しかし我には兄上が……」
「ああえっと、その…カノープス…さん」
「…えっと君は、メグ…だったか。どうした?メグ…いやお前こうして顔を見るといい顔をしているな、可愛いぞ」
「へ、へぇ!?」
なんかカノープス様が凄い自然な流れでメグを口説き始めた。ってかメグも満更じゃないし!
「落ち着けよメグ!」
「はわわ」
「カノープス!テメェいきなり口説いて話の腰を折るな!」
「フッ、すまない。可愛い子を見るとつい連れて行きたくなるんだ、ベッドルームに」
俺はメグを引き剥がし、師範はカノープス様を引き剥がす。なんて言うか…カノープス様って若い頃は結構はっちゃけた人だったんだな…。
「で?何を探してるんだ?」
「黒衣姫のデータです」
「は?黒衣姫…?知らねぇな」
「この学園のどこかにあるはずなんです、探すの手伝ってくれませんか?」
「知らねーって言ってんだろ?マジであるのか?」
「あります」
「…………カノープス」
するとアルクトゥルス師範は再びカノープス様に指示を仰ぐ。するとカノープス様は少し考え…。
「いいだろう、そこを疑うのはまず探してからだ。一人頼れる女がいる、そいつに探し物は頼む故暫し待て」
「頼れる女?誰ですか?」
「我の従者であるゲネトリクスだ」
「誰……?」
と俺が眉をひそめた瞬間デティが俺の脛を蹴る、ああそうだ思い出した…ゲネトリクスってデティのご先祖様だ、ゲネトリクス・クリサンセマム。元々カノープス様の従者だった人だ。
けどその人もここにいるのかな、レーヴァテインの話的に魔女以外この場にいなさそうだけど。
「で?要件はそれだけか?何やら先程…修行だなんだと言っているように聞こえたが?」
カノープス様が何やらニヤリと笑う。どうやらこっちの意図はなんとなく汲み取ってくれているらしい、流石有史以来最高の統治者と呼ばれた程の人だ、話が早いぜ。
「はい、実は俺たち…黒衣姫を探すのとは別に、修行しに来たんです」
「ほう、修行とは。しかしお前達はもう既に十分すぎるくらい強く見えるが?」
「まだまだです…だから俺たち、ここにいる皆さんに修行をつけてもらいたいんです!」
「我達に?」
魔女様達はキョトンと目を丸くする。流石に自分達に教えを乞われるとは思っていなかったようで、少し困ったように視線を合わせる。
「い、いやいやボク達もまだ修行の身だからねぇ」
「助けにはなってあげたいですが…どこまで手伝えるか」
「そんなことありません!俺達皆さんの強さを知ってるんです!だから師範!アルクトゥルス師範!ちょっと技見てくれませんか!?あと型と受けのやり方も!」
「私もですマスター!錬金術について聞きたいことが!」
「陛下!実は聞きたいことがありまして」
正直に言うとさ、黒衣姫の件はちゃっちゃと終わらせて手早く修行に移りたいんだ。師範達に修行を一刻も早く見てもらいたい、故に俺たちは自然と自分の師匠達のところに行き聞きたいことがあると詰め寄るが相変わらず師匠達は困った様子だ。
「修行くらい自分でやれよ…」
「そう言わずに!師範!実は十大奥義でわからないところが…」
「テメェなんで十大奥義を知ってんだ!?あれを使えるのなんてオレと…アミーくらいしかいないぜ」
「未来で師範に教わったんです!」
「はぁ?なんでオレが……ってかよ」
ふと、師範が周りをクルクルと見回すと。
「レグルスの奴どこ行った?」
そういうんだ、その言葉に続いて俺はもしやと周りを見回す。そういえばさっきからエリスが静かだけど…って!
「エリスがいない!」
「え?あ!本当だ!レグルス様がいない事を考えると…まさか」
すると、徐にアンタレス様が手を上げて。
「エリスとか言う子ならさっきレグルスさぁんについて行きましたよ」
「はぁ!?レグルス様について行ったんですか!?」
「馬鹿野郎アンタレスお前止めろよそれを!!レグルス殺すぞあの女を!」
「私に言われましても」
やばい、流石にやばい。魔女様達が口を揃えてやばいやばいと言う過去のレグルス様についていったって…エリス大丈夫なのか!?
……………………………………………………
「師匠!レグルス師匠!」
「師匠じゃない」
「師匠は師匠です!エリスの師匠のレグルス師匠です!」
「喧しい」
「げぶふぅっ!?」
エリスは空を飛ぶ、飛ばされる。ディオスクロア大学園の廊下を歩く師匠を追いかけて呼びかけただけで飛んできた拳により、グルリと一回転して壁に叩きつけられ、壁が粉砕されガラガラと瓦礫が落ちる。そんな瓦礫をエリスは急いで跳ね除け…。
「師匠!実は聞きたいことが!」
「お前もしつこい奴だな…!」
ついていく、師匠はさっきからエリスから逃げるようにあっちへこっちへ早歩きで立ち去ろうとするんだ。けどそれくらいでへこたれるエリスじゃない。
ぶっちゃけこの状況がどう言う状況かは分からない。けれど師匠がそこにいるならエリスは師匠から教えを受けたい。だから頼むんだ。
「師匠!エリスに修行をつけてください!」
「断る」
「ぶげぇーっ!まだまだー!」
次は蹴り飛ばされ地面を転がるがそれでも負けずにエリスは師匠の前に立ち塞がり、両手を広げる。
「師匠!」
「はぁ!しつこい奴だなお前は。私はお前の師匠じゃないと何度言えば分かる」
「エリスはレグルス師匠の弟子でレグルス師匠はエリスの師匠です!」
「会話が出来んのか」
フンッとレグルス師匠は腕を組んでそっぽを向いてしまう。もしここが過去の世界ならレグルス師匠がエリスを知らないのも無理はない、それにこの感じ…多分これが本来の師匠、激烈なまでに苛烈と呼ばれた本来のレグルス師匠の姿なのだろう。
いい、凄くいい!かっこいいですレグルス師匠!抜き身の刃みたいで憧れちゃいます!
「師匠…エリス強くなりたいんです」
「はぁ……お前、いい加減にしろ」
その瞬間、レグルス師匠はこちらに視線を向け…………。
「ッッ!?!?」
全身を貫くような悪寒が体の中で暴れ回る、師匠の眼光が赤く輝きとんでもない重圧が飛んできて体の危機管理センサーが警鐘を鳴らし急いでここから立ち去れと警告する。
これは師匠の得意技の一つ『地獄睨み』だ、眼光に魔力を乗せて相手を威圧することで雑魚その戦闘を回避する方法として教えてくれた超絶威圧術。それがエリスに向けられたことは一度としてなかったが…なるほど、これは確かに怖い。
でもね…それエリスにも出来るんですよ。
「しません、いい加減になんか!」
「………ほう」
エリスもまた眼光に魔力を乗せ眼光を輝かせる事で師匠の威圧と張り合う。バチバチとエリスと師匠の眼光が虚空でぶつかるとそれを見た師匠は一瞬驚いた顔を見せ…。
「……お前は本当に面白い奴だな」
「え?」
そう言いながら右手を師匠はエリスの頭にポンッと置くんだ、受け入れてくれた!師匠!流石師匠!優しい師匠!
「はい!エリス面白いです!」
「ああ、そうだな」
と言うと共に今度は左手でエリスの腹を掴む…変な頭の撫で方だな、お腹を掴んで、頭も掴むって、昔の人はこんな風に撫でて──。
「消えろっ!」
「うぎゃーーっっ!?」
そのままエリスは持ち上げられ壁に叩きつけられ崩れた壁により向こう側の教室に叩き込まれる。いや普通に拒絶された…ダメか、これくらいじゃ。
「師匠!」
「ついてくるなと言っている!」
「嫌です!エリス強くなりたいんです!」
「はぁ……お前な、強くなりたいなら勝手になればいいだろ」
早歩きで逃げようとする師匠の後ろにピッタリくっついて歩く。師匠は振り返らない。
「強くなれるだけなりました!けど師匠の教えが必要なんです!」
「何故そんなにも強くなりたい」
「倒したい奴がいます!そいつに勝つには強くならなくちゃいけません!」
「はっ、何を言うかと思えば浅ましい。お前の個人的な怨恨に巻き込むな。何より…勝てない相手に勝ちを求めるな。お前はお前に勝てる相手と戦えばいい」
「でも!勝たなきゃ誰も守れません!!」
「……………………」
エリスの叫びを聞いて、師匠の足が止まる。そりゃ分かるよ、勝てないから勝負を避けるってのは賢いやり方だと思う。けど…それでもエリスには勝たなきゃいけない相手がたくさんいる。ラセツ、バシレウス、ダアト…全員エリスより強い、そしてコイツらは全員危険だ。
エリスが倒さなきゃ、エリスの代わりに誰か死ぬ。それは嫌だ…だから強くなりたいんだ。
「師匠!エリスに第三段階の入り方を教えてください!!」
「………知るか、お前の守りたいやつなど」
「師匠!!」
「何を言ってもダメだ!私はお前に教えられる物は何も持っていない!!」
そう言って更に師匠は早歩きを疾走に変え加速しエリスを振り切ろうとした………その時だった。
『ぬははははははは!何やら随分面白いのに好かれておるのう…レグルス』
「ッッ!?!?」
下劣な笑い声が聞こえた、聞こえるわけがない声が聞こえた…いや、聞こえるわけがない…ってことはないのか、もしここが過去の世界なら…当然、コイツだっている。
声が聞こえたのはエリス達の背後、エリスは慌てて振り向き…そいつを目にして、絶句する。
「シリウス…!」
「姉様!」
「ようレグルス、それと金髪の子よ。シリウスじゃよ〜」
シリウスだ、白い髪と並んだ牙。そしてダルダルの白い法衣を着たその姿はエリスがよく知る奴の姿そのままだった…くそっ、よりによってコイツまで現れるか!
「何をしにきたんですか!シリウス!」
「え?いや…妹に会いにきただけじゃが……」
「ここは学生以外立ち入り禁止です!とっとと帰っ────ばギャァああ!?」
シリウスを警戒し構えをとった瞬間、エリスは後ろから掴まれ突如投げ飛ばされる。地面を砕き破片が飛び散る程の威力で投げ飛ばされたエリスは悶絶する…投げたのは誰だ?シリウスが襲いかかって来た?違う…投げ飛ばしたのは。
「貴様ァッ!!!私の姉様になんて事を言うか!!私への無礼なら許したが姉様の侮辱は許さんッッ!!」
「し、師匠…!?なんでエリスを投げるんですか!?」
師匠だ、師匠はシリウスを守るように立ち構えを取るんだ。その事態を前にエリスは混乱しクラクラと頭が揺れる、なんで師匠がシリウスを守るんだ…なんで。
「師匠!そいつ悪いやつです!!」
「貴様言うに事欠いて姉様をまたも侮辱したな!姉様が悪い?バカな事を言うな!姉様はこの世界で一番尊いんだ!」
「そんなはずありません!シリウスは…シリウスは…………」
「呼び捨てにするなッッ!!」
火を吹く鉄拳、師匠の拳がエリスの顔面に迫る…が、それはエリスに当たることなくぴたりと止まる。受け止められたのだ…間に入ってきたシリウスによって。
「待て待てレグルス、待つんじゃ。別に殴る程の事を言うとらんだろう」
「で、ですが姉様!コイツは姉様を……」
「悪い奴というたな、じゃが事実じゃ!事実無根の罵倒を言われればワシも怒るが実際ワシ悪い子じゃし!天下に名だたる悪童と知られたワシを見て悪い奴と述べるのは至極当然!よって殴る必要なし!」
「姉様が言うなら…」
「よしよし、お主怪我はないか?ってあるわな!殴られまくっとったし!ぬははははは!!」
「…………」
た、助けられた、シリウスに助けられた。殴ろうとする師匠からシリウスがエリスを助ける…そんな意味不明な状況に頭がどうにかなりそうだ。
いや、待て…そうか。今がディオスクロア学園時代なら時系列的にまだシリウスはおかしくなってない頃だ。師匠曰く学園を卒業した後レーヴァテインと戦い、そしてレーヴァテインとの戦いの後にシリウスがおかしくなったらしいから…。
とはいえシリウスは師匠達の前にディオスクロア大学園に通い、そこで全校生徒を川に投げ入れると言う凶行をした挙句退学になっていると言う経歴があるのでどの道この頃から狂人であることに変わりはないが…現代ほど悪辣な人間ではないようだ。
とはいえ…ううーん!エリス的にはシリウスは悪い奴だからなんかモヤモヤするー!
「で…何やら面白い話をしておったな、強くなりたい…第三段階に入りたい、と言う話だったか?」
「え?あ…はい」
「ふむ、面白い奴じゃ。よし…ちょっとやってみ」
「へ?」
「魔力覚醒じゃ、ワシとレグルスの前でやってみろ」
「………えぇ…」
するとシリウスはエリスの前に立ち、師匠もシリウスの隣に立つ。肩を並べるレグルス師匠のシリウスに見守られると言う現代じゃ絶対に見られない光景に目がくるくる回る。しかしこう見ると二人って本当に顔が似てるな…マジで姉妹なんだな。
って違うな!師匠が見てくれるならやってみよう!
「行きます!」
「フンッ…」
「おう行けぇい!」
「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』ッッ!!!」
全身の魔力を逆流させ一気に覚醒に至る、全身の魔力が溢れ燃え上がるように光が溢れる。それを見た師匠はつまらなさそうに鼻で笑いシリウスはうんうんと優しげに頷く。
「ええ覚醒じゃ、のうレグルス。お前はどう思う」
「雑魚もいいところです姉様」
「そんなぁ!師匠そんなこと言わないでくださいよう!」
「そうじゃぞレグルス、じゃが…エリスと言ったな。お前極・魔力覚醒に至ると言うのに若干お手本通り過ぎるところもある、覚えている形に整える為に変なところに気を遣っている痕跡があるのう」
「え?」
「魔力の動かし方が教科書通り過ぎると言う話じゃ、魔力は千差万別…なら適切な動かし方もまた人それぞれよ」
するとシリウスはエリスの前に立ち拳をぐっと構え腰を落とし…。
「ほれ、構えてみ」
「何するつもりですか」
「指導じゃ」
「お前の指導なんか受けません!!!エリスはレグルス師匠の指導を受けるんです!!」
「ええからええから、これでワシをひっくり返すくらいの物を見せたらレグルスに言って修行をつけさせる」
「マジですか!?やります!」
エリスはシリウスの真似をして拳を構え腰を落とす、するとシリウスはエリスの体を指差し。
「まずのう?お前は魔力操作の腕前は良いが些か動かし方が硬い。体の中の魔力の循環を意識し常に流動性を保つのじゃ」
「こ、こうですか?」
「そうじゃそうじゃ、その回転を更に早めるのじゃ。イメージは大きく、体を満たす水をかき混ぜる感覚じゃ」
「お…お?」
シリウスの言う通り、イメージをして体の中で魔力を回転させると…す、凄い。魔力がどんどん出てくる、そうか魂に逆流した余剰分もこれで外に出せるのか。それに回転してるから出力も良くなるから…。
「更に回転を早めるんじゃ。コツとしては体の中に作った回転の輪の中に更に早く回る小さな輪をいくつも浮かべるイメージじゃ。小さな輪に連動させ大きな輪を回転させるんじゃ」
「お…おぉっ!?」
劇的に上がる、魔力出力が…嘘だろ。冥王乱舞を使ってないのに冥王乱舞並みの出力が出せそうだぞ!?数回アドバイスしただけでこんなに改善する物か!?ま…マジか。
「嘘でしょ!?これだけで良くなるんですか!?」
「多少は良くなったのう、これでまぁ第三段階に挑めるくらいにはなったか」
「ぐっ…悔しい、レグルス師匠以外の指導を受けるなんて」
「レグルスはワシ弟子じゃ、レグルスの教えは即ちワシの教えよ。しかしレグルスはこれを教えなかったのか?」
「……出力を高める方法は教えられてましたけど、エリスが上手く出来なくて」
「あ〜あ、なるほどのう。レグルスはこの分野に関しては天才的じゃったから感覚論が先行したのじゃろう。だがこれを一発で出来たと言うことはレグルスがかなりキツく基礎を叩き込んだんじゃな、ワシがその手柄を取ってしまったみたいで申し訳ないのう、すまんなレグルス」
「私は別にそいつの師匠じゃありませんよ」
「師匠はエリスの師匠です!」
「ぬははは!わけわからん!が……面白いのう。レグルスはエリスを育てた覚えはないと言う、じゃがどっからどう見てもエリスの魔力の動かし方はレグルスから指導を受けた形跡がある、これは如何なるか…」
するとシリウスは腕を組んで考え…ニヤリとエリスを見下ろし。
「よしっ!決めた、レグルス!此奴に指導をしてやれ」
「え!?何故ですか姉様!」
「これもまた修行の一環よ。理解とは頭に叩き込むだけの事を言うわけではない、他者に明確に伝えられるようになってこそ初めてそれを理解と言う、お前がワシの教えを理解できているかをワシが見る、他人に教えることもまた修行の一環じゃ」
「う……」
「お前もそれでええな?エリス」
「……いいんですか?」
「何がぁ?」
「なんでエリスに協力してくれるんですか、お前はエリスを知りませんよね」
「知らんな、ぶっちゃけちょい無礼じゃし…じゃが、お前は求道の最中にある」
「求道?」
「何かを追い求め、挑戦する。それは何にも替えて尊い事、先駆者は己が道に続く意志に報いてやらねばならぬ義務がある。知り得た事を共有し、培った物を分け与え、より多くを与える…これが『継承』である。ワシが弟子をとったように、誰かの弟子であるお前は何よりも大切にされるべきなのじゃ」
「だから、エリスの手伝いをしてくれると?」
「然り、魔術も覚醒もワシが確立した理屈じゃ。それをこんなにも極めようとしてくれるなんて嬉しいではないか…故にワシは手伝うぞ。レグルス、お前もそろそろ誰かに何かを与える側に回る頃合いよ。故に励め、両者共にな」
理知的で理性的、自分だけの事ではなく他者を慮り世の未来を憂う。その様はさながら賢者と呼ぶに相応しく、エリスが知るシリウスとはまるで違う。これが魔女様達が師匠と崇めた本来のシリウスの姿…か。
「……仕方ない、姉様が言うなら従う。感謝しろよお前」
「お前じゃなくてエリスです」
「……エリス」
「はいっ!」
「ぬはははは!くぅわいいぃ〜のう!よし!んじゃちょっと外に行くぞ、ここじゃ狭っ苦しいからのう」
「はい、姉様」
そう言うなりシリウスは近くの窓をバカーン!と叩き割って外に飛び出すのだ、それに続く師匠の後をエリスが追いかける…っていうか、窓から外に出るなら割らずに開ければよかったのでは。
「よっと!よし、じゃあレグルス、エリスに極・魔力覚醒を教えたれい」
「分かりました、おいエリス。極・魔力覚醒をしろ」
「出来ません!」
「はぁ〜!レグルス!投げやりになるな!」
エリスと師匠のシリウスの三人はそのまま学園の裏手の森…の少し開けた広場に出る。そこでシリウスは手近な岩の上に座り、エリスと師匠はその前に立つ。シリウスは何処からともなくリンゴを取り出しもしゃもしゃ食べながら指導を始める。
「と言っても…極・魔力覚醒を教えるなんて私には出来ません」
「レグルスは天才的な感覚でここまで来たからのう…言語化がまだ難しいか、なら途中まではワシが教える。お前はそのやり方を見て自分なりに教え方を考えよ、ええな?」
「はい、分かりました」
「エリスは師匠からしか教えてもらいたくないです」
「分かっておる、肝心は部分はレグルスに任せる。さてエリスよ、お前極・魔力覚醒についてどこまで知っておる」
「覚醒の上位段階で自分の間合いに魔力が満たされ空間にも覚醒の効果が及ぼされる状態ですよね、別名空間掌握…」
「その通り、そこに至る為にはどうすればいいと言われている?」
「肉体の殻を破れ…そして、強さのビジョンを持て…と」
一つ目はレグルス師匠から、二つ目はトラヴィスさんから言われている。肉体の殻を破る…これは感覚的には理解出来ている。魂や魔力が肉体という殻を超えて世界との境界線に触れる感覚だ。過重覚醒や夢の世界での超強化により感覚だけは掴めている。
だが肉体の殻を破る感覚が難しいんだ…それに強さのビジョンと言っても、何が何やら。
なんて言っているとシリウスはポカーンと口と目をあんぐりと開けて。
「そこまで言われておったらもう出来るじゃろ…ワシがアドバイスしようとしておった事全部聞いておるし」
「でも感覚的な話で理論で理解出来ないんです」
「ははぁ〜ん…なるほど、お前結構理屈っぽいな?恐らくお前の師はお前の『理屈で理解出来なければ真に習得出来ない』という性質を理解しておったから敢えて詳しいことは教えなかったのだろう。答えだけ教えてもお前は答えの形に囚われ真に自分の答えを見出すことは出来なかっただろうからな」
「ってことは、エリスが自分でなんとかするしかないってことですか?」
「そりゃお前に限らず全員そうじゃ、じゃが…やりようはある。エリスよ、先程ワシが言った魔力で円を作る法…あれを試せ、輪を作り回転させ、回転と共に魔力の円を拡大するんじゃ…そうして肉体の殻を破ってみよ」
「む、無茶言いますね」
「無茶をやろうとしているお前に合わせているまで、さぁやれい!」
「……分かりました、魔力覚醒!!」
全身の魔力を解放し覚醒すると同時に体の中に円を作り、それを回転させる。最初は小さく、それをだんだん広げるように……あれ?
「よく理解しておる、相当基礎を叩き込まれておるな…?お前はお前が気がついていないだけでとっくの昔に必要な材料は揃えられているようじゃ」
体の中に円を作り回転させるこの感覚、さっき試した時はその魔力出力の向上に驚いていたが…今こうして試していると、その感覚に既視感を覚える。
これは…古式魔術の修行に似ている。師匠がエリスに昔教えた古式魔術の修行…。師匠は言っていた、魂の中に異世界を作り、そこから事象を取り出すように古式魔術を使えと。空を感じ、大地を感じ、木々を感じ、風を生む…それが古式魔術だ。
その時の感覚に似ている。魂の内側から事象を取り出すのではなく…魂の内側にある事象の出所そのものを引き出す。昔は到底出来なかったことが今は出来る。
基礎の基礎すぎてそもそも意識すらしていなかったやり方。そうか…そうだ、エリスは師匠の修行を欲していたが、師匠はもうエリスに教えることはないと言っていたのはもうエリスに教えることは全て教えていたからなんだ。
つまり…基礎の中に、答えはある…。そしてエリスはそれを持っている!!
「いける!極・魔力覚醒ーーーっっ!!!」
全身から魔力が吹き出し、パチパチと煌めくように髪の毛を覆っていた左が炎のように強く膨れ上がり一条の光になる…これは。
「違う…!」
これは極・魔力覚醒じゃない…みんなの援護で確立した過剰覚醒の方だ。けどエリス一人じゃできなかった過剰覚醒になれたということは、確実にパワーアップ出来てる!?
「フッ、なんだその下手くそな覚醒は」
「奇妙な覚醒の仕方をしたのう…うーむ、どうやらお前は肉体の殻を破るのはもう出来ているようじゃ、後は…強さのビジョンじゃのう」
「強さのビジョンですか…?」
「そうじゃ、『これはどうして強い』『あれはどうして強い』『強いから強い』…そういう確かな答えが吹き出した魔力に意味を与える。今のお前は空間を掌握はしているが、掌握しただけでお前の色に染め上げられていない状態じゃ」
「つまりはイメージだ、莫大な魔力も、確かな詠唱も、結局イメージがなければ形にはならんからな…想像力追求力の欠如といったところか」
シリウスと師匠はエリスを見て口々にそう言う…イメージが必要だって。けど古式魔術も確かにイメージが必要だ…いや、イメージと言うより。
「『信じる事』…ですか?」
「なッ…!?」
「ほほーう!」
信じる事、エリスがそう口にすると師匠は目を見開き、シリウスは目をキラーんと輝かせる。そうだ…信じる事だ。
師匠は昔エリスに魔術を教える時、こう語った…『信じることが大切だ、なんでも出来ると信じる事が大切だ』と。魔術はなんでも可能とするからこそ…何が出来るかを信じる必要があるんだ。師匠はそれをエリスに教えた時…私の師匠の受け売りだとも語っていた、つまりこれは。
「ワシがレグルスに教えた事ではないか〜!」
「くっ!私が姉様から頂いた教えをなんで貴様なんかが知っている!」
シリウスの言葉だ、こう考えると師匠はエリスを育てるのにシリウスの教えをかなり参考にしていたんだな。
「そうじゃ!イメージし信じる事!エリスよ!お前の強さはなんじゃ!誰にも負けないと信じられる最強の姿はなんじゃ!」
「最強…最強」
つまり信じられる姿こそが、エリスの第三段階の形…ならそんなの決まってる、エリスにとっての最強は。
「レグルス師匠です!」
「私?」
「おおええぞ!ならそれをイメージして再度試せ!」
レグルス師匠をイメージして、再び円を描く…まるで車輪のように、馬車の車輪のように、螺旋を描き光を生み出し、再びエリスは肉体の殻を─────。
「……変わらない」
「…はて?」
変わらない、何も。師匠を思い描いているのに…変わらない。何も変化が起こらない、なんでだ?エリスは師匠を最強だと信じているのに。
「シリウス!どうなってるんですか!最強だって信じているんならいいんですよね!」
「………確かにそのはずじゃが、お前実はレグルスを最強と思っておらんのではないか?」
「そんなわけないでしょう!レグルス師匠を馬鹿にするならぶん殴りますよ!」
「貴様姉様を愚弄する気か!ぶん殴るぞ!!」
「うーーーーーーん」
するとシリウスはシャクシャクとリンゴを食べながらその場に横になってしまい、困ったとばかりに悩み出す。シリウスがこんなに悩むなんて…エリスが覚醒出来ないのは、シリウスにとってもか不可解な事なのか?と言うことは…。
「もしかして、エリスには第三段階に至る才能がないんですか?」
「んん?」
するとシリウスはこちらを見て、歯を見せて笑うと。
「阿呆、お前の師は弟子の才能のあるなしも見抜けんような節穴か?」
「え?」
「お前は強い、そこまで至るには相応の努力をした。もし本当にお前の師匠がレグルスなら…才能のない子はそこまで育てん、才能がないのに苦しい思いをして修行するのは酷じゃからな、ワシのレグルスはそんな酷いことはしない。ならばお前には必ず才能がある…と、弟子であるお前だけは信じろ」
「っ……はい」
「ワシが悩んでおるのは、恐らくじゃがお前はレグルスを最強と思うておるのではなく『レグルスの何かが最強だと思っている』、つまりお前は漠然とレグルスが強いと思っているだけで、レグルスの強さの根源には気がついていないと言うこと。そこをしかと認識すれば…今度こそ極・魔力覚醒に辿り着ける」
「師匠の…強さの根源」
レグルス師匠はなんで強いのか?そんな物強いから強いに決まってる。と思ってしまうのが良くないのか、エリスは師匠の強さの真なる部分に行き着いていないのか…。そうか、そこがエリスの理解しないと会得出来ないと言う部分なんだ。
「と言うわけでここからパスじゃ、レグルスとエリス。お前ら今から組み手せえ」
「は?」
「姉上、何を…」
「レグルスの強さの根源が知りたいですってのにウンウン唸っても馬鹿みたいじゃろ、もう教えたれ…その身でな」
「………」
師匠はこちらを無言で見る、組み手をしろ…か。まぁシリウスの言うことにも一理あるな…何より師匠もやる気みたいだ。
「いいだろう、姉上を散々馬鹿にしてくれた件の返礼がまだだ…ボコボコにする」
「ありがとうございます、師匠…組み手お願いします」
「フンッ、遺言書は書いているんだろうな」
「書いてません、死なないので」
「そうか、なら……」
「っ……!」
師匠が拳を握る、いつもの組み手じゃない…本気のやつだ、けどそれでいい。師匠の強さの根源、ここで見るんだ!
「死ねェッ!!!」
「ッ来いっっ!!」
覚醒したエリスは師匠を前に拳を構え…組み手に興じる。これはいい、本当にいい…最高の修行になりそうだ!!
「さて、ワシは…あっちに行ってみるかのう」
その隙に…シリウスはこっそりと移動を開始するのだった。
………………………………………………………
「でよ、オレ達が修行をつけるって件だが……」
「あの、エリスとレグルス様は探さなくてもいいんですか?」
「いいだろ、あんだけ警告したのにレグルスに突っかかって殺されたならそりゃそのエリスって女の責任だ、オレしーらね」
ラグナ達は七人の魔女を前に座り…稽古をつけてもらうよう頼み込んでいた。この場にはエリスはいない、多分レグルス様のところに行ったんだろう…まぁ流石のレグルス様もエリスは殺さないだろうとは思う。
問題は師範達だ。
「マスター…どうか私に教えをくださいませんか」
「そう言われましてもねぇ」
「コーチ!僕!可愛いですか!」
「可愛いね」
「可愛い僕に魔術陣教えてくれませんか!?」
「それとこれは別の問題じゃないかな?」
「お母さん、幻惑術教えて」
「私まだ未成年なんですけど…お母さんなんて言われても」
師範達が俺達の修行に消極的なんだ。レーヴァテイン曰く本来なら師範達のデータを持った幻影が俺達の相手をしてくれるだけ…と言う形だったらしいのだが、黒衣姫に込められた魔女様達の詳細なデータが影響して魔女様達の解像度が上がってしまった。
つまり…こう言えばああ答える、それをすればこれをする、それら全てがかなりの精度で本物と一致する事実上の本物と同じ状態になっているんだ。はっきり言おう、これでも俺は魔女の弟子だから確かに言えることだが…。
魔女様は!教えてと言って簡単に何かを教える人達じゃない!
(参ったなこれ、正直ラセツに勝つにはこの人達の教えが必須なのに)
そう俺が考え込んでいると…。
「ぬははは!やはりここにもおったか!自称我が弟子の弟子達よ!」
「え?」
「は?」
「何?」
「げっ…」
突如聞こえた声に振り向く、中庭にいる俺たちを見下ろすように、学園の屋根の上に立つそのシルエットに…俺達は───。
「シリウスッッ!?!?」
「そう!然り!シリウスじゃ!」
シリウスだ、嘘だろ…なんでアイツまでいるんだよここに!まさか魔女様と一緒にこいつまで呼び出されたのかよ!クソッ…仕方ねえ!
「みんな!構えろ!」
「クソッ!今一番会いたくない女だぞ!」
「う…でも覚醒した今なら…!」
「……やるしかない」
「シリウス……!」
「陛下!私の後ろへ!」
咄嗟に構える俺とメルクさんとナリアとネレイドさん、デティにメグ。ここで迎え撃つしかないと全員が戦闘態勢を取る。が…しかし。
「テメェら──」
「何をして───」
「いるんですかッ────」
「えいっ────」
「がぶふぅっ!?」
瞬間、飛んできたのは背後からの攻撃。俺は師範に殴りつけられ頭が地面に陥没、メルクさんはフォーマルハウト様の黄金に変質した右拳を受け吹き飛び、ナリアはプロキオン様の峰打ちを受け錐揉み、ネレイドはリゲル様の両手を叩きつけられそこから発せられる魔力衝撃でぶっ飛びデティはスピカ様の杖でポカリと叩かれ…メグに至ってはカノープス様の拳骨のフルスイングを受け学園の奥まで吹っ飛んでいった。
「ッ…何すんだよ師範──ぅぐっ!?」
「おうテメェら、カノープスが言ったから見逃してやったがオレ達の師匠にナメた真似しやがって…もういい殺す、ここでぶっ殺す!」
「ま、待てって…」
師範は起きあがろうとする俺の胸に足を乗せ拳骨を握ってる、ヤベェ忘れてた…今の師範達は昔の師範、シリウスの弟子だった頃だ。ってことはシリウスに加えて魔女様の相手まで…いや待て?
みんながシリウスの弟子だった頃ってことは…。
「おうおう待て待てアルクトゥルス、ええんじゃええんじゃ許したれ。ワシは気にしとらん」
「だ、だけどよぉ師匠!あんたがナメられるところオレ達見たくないぜ!」
「そうですわ!師匠はこんなにも素晴らしい人なのに」
「ぬははは!可愛い弟子達が理解しておるだけで充分じゃわ〜!だがだからこそ、良い。許せ…これは師匠の命令じゃ」
「う…分かった」
「まぁ、師匠が言うのでしたら許します」
「フッ、流石我の師匠だ。その寛容さは見習わねば」
「ぬははっ」
やはり、シリウスが理知的だ。寧ろ俺達を許し寛容に受け入れ助けてくれた…と言う状況に頭が混乱する。だってシリウスだぞ?世界一ヤバい世界一強い世界一会いたくない存在だ、それが俺達を助けてくれたんだ…分かってはいるのに頭のどこかで罠の可能性を探してしまうくらいには受け入れ難い。
しかし、魔女様達はシリウスの周りに集まりやいのやいのと騒いでいる。その顔は魔女の弟子が師匠である魔女に向ける眼差しと同じ…。
「聞いてはいたが、本当にみんなの師匠だったんだな…シリウスは」
「ああ、奇妙な感覚だ」
「シリウスはいい人なの?」
「少なくともここでは…な」
師範が今も心のどこかでシリウスを救えなかったのかと悩む理由がなんとなく分かるぜ。なんて魔女の弟子達で相談しているとシリウスはこちらに目を向けて。
「おいお前達、お前達も修行がしたいんじゃろう?」
「え?なんでそれを…」
「今さっきエリスとかいう意気がいい小娘を見た。レグルスの弟子と名乗っていたから恐らく他の子らにも似たようなのが現れていると踏んだのじゃ。どうやらその予測は当たっておったようじゃのう!」
「そうなんだよシリウス師匠!こいつらオレらに修行見ろって言ってさぁ!」
「我々では手に負えません、どうしたら良いのでしょう」
「甘ったれた声出すでないわ、ぶっ潰すぞ貴様ら。良いではないか…こやつらは遠路はるばる魔術の道を極めるためやってきてくれたのだろう?喜ばしい事ではないか。面倒を見てやれい」
「だが師よ、こいつらは…未来から来たと言っているぞ。我は信じるが…師はどう思う。信じるか?」
「未来から?つまりこやつらは時の修正力を超えて未来から過去へ?それはマジか?」
「え?…まぁ、一応?」
俺達もどういう状況か分かってないし、誤魔化すとかではなくそうとしか言えないというか。…するとシリウスは顔を綻ばせ。
「なるほど、では未来の世界ではワシさえ成し得なかった偉業を果たすまでに…人類は成長したか。良い良い、喜ばしいぞ」
そう言いながら優しげに笑みを浮かべるんだ。正直…似合わないと思ってしまうくらいには、優しい顔だ。
「喜ばしいのか?あんたならこう…『どうやってきた!教えろ!』とかいうかと思ったんだが」
「気になる、だが…ここで聞くも野暮という物。何よりそれ以上に嬉しいのだ…お前達は今の時代の惨状を知り得ているか?ここらは比較的安寧とした日々が続いているがラニアケア大陸全土は今戦乱の時代にある。終わらぬ戦乱じゃ…血を血で洗うとはまさにこの事と呼べるような…痛ましい戦争じゃ」
その話は聞いている、シリウスは元々大陸全土の戦乱に心を痛め…蹂躙されるだけの弱い民に、死ぬしかない民達に…生きると言う道を提示する事で生きるか死ぬかを自分で選べる世を作る為魔術を作り広めたと言っていたからな。この時代は大いなる厄災以前から戦争だらけの時代だったんだ。
「正直、この戦争には終わりが見えぬ。ワシが干渉してもきっと終わらぬじゃろう。だが未来から来たと言うお前達の体からは血の匂いが…人を殺した気配がない。それほどの強さを持ちながら人を殺さず戦場を渡り歩くなど不可能。つまり…未来ではこの戦争は終わっているんだろう?」
「………まぁ」
「なら良い。それだけで満足じゃ…して、そんな平和な世にあってなおも力を求めると言うことはお前達には何かやらねばならぬ大義がある、そうじゃな?」
「ああ、そうだ」
「なら力を貸そう孫弟子達よ、そして我が弟子達よ…お前達も力を貸すのじゃ。我が弟子の意志を継ぐ弟子達…お前達もまた未来の世を守る盾ならば力を継承する義務があるからのう」
ニッと笑うシリウスの姿にカリスマを見る。
シリウスという女は…ある意味人類史上最も世界に影響を与えた人物と言える。魔術を作り、魔女を育て、魔獣を生み出し、大いなる厄災を起こし、魔女時代の幕開けにさえ関わった。
この女無しでは今の世界はないと言えるほどに多大な影響を与えたシリウスという人物の持つ魔性のカリスマを肌で感じ取り、震える。こんなのが敵になったらそりゃレーヴァテインも心が折れる。
「と言うわけで修行じゃ修行じゃ!特別にワシが!お前達全員の面倒を見てやる!」
「え?でも俺達師範達以外の指導は…」
「お前達もそれか!全く弟子の教育をしっかりしておるわ!だが安心せえワシがやるのはアドバイスのみ!そして……組み手相手は、あいつじゃ」
「あいつ?」
「ああ、そろそろ来るぞう?」
そう言いながらシリウスは学園の奥に視線を向ける。と同時に何か来る…こちらに向けて何かが走ってくる。と言うのを感じた瞬間…全身が震えていることに俺は気がつく。
「な、なんだ…」
「何か来る…」
凄まじい気配を持った何かがこちらに向けて走ってくる…なんだ、これ…もう殆ど魔女様と変わらないレベルの…いや、まさか!
『こらぁぁあぁぁあああ!問題児達ぃいいいいい!今度は何をしているぅううう!!』
何か来る、だが魔女じゃない、聞いたことない声だ…シリウスでも魔女でもレーヴァテインでも、羅睺十悪星でもない。俺達の知らない八千年前の人間がこっちに来ている…!?
「ゲッ!あれは…」
「ふむ、まずいことになった。このままでは我らは殺されるかもしれんな」
走ってくる女が叫び声を上げる。凄まじい怒気と共にこっちに迫ってくる…その影は、女だ。その声を聞いて魔女様達はそそくさと怯えるようにシリウスの後ろに隠れていく…。
「七人全員一人一人の素質を見るのも面倒じゃ、まずはお前達の実力を見る為にアイツと戦ってもらう…」
「おい、あいつって誰だよ!」
「なんじゃ未来から来たのに知らんのか?アイツの名は……」
向かってきたのは、銀髪の髪に緑色のメッシュが刻まれた長身の女。鍛え抜かれた体にきっちり着込んだディオスクロア大学院の制服…そして黄金の瞳を持った女、それが拳を振ってこちらに突っ込んできて…。
「問題児のみならずシリウスまで!学園の秩序と風紀は私が守りますッッ!!」
「あやつの名はアルデバランッ!学園風紀委員長アルデバラン・アルゼモール!めちゃくちゃ強いからええ相手になる!と言うかワシを助けぇ!あいつ怖いんじゃ!!」
「アルデバラン!?」
「あいつを相手に生き残って見せろ!」
土煙と共に現れた女は…黄金の瞳で俺達を見る。
その名をシリウスはこう呼んだ、アルデバランと。
俺達はその名をこう記憶している。英雄アルデバランと。
大いなる厄災において魔女様達さえ寄せ付けずディオスクロア最強を名乗った古の英雄までもが…俺達の前に現れた。
「問題児達が!全員ぶっ潰してあげますよッッ!!」
そして、襲いかかってくる。




