701.魔女の弟子と究極の科学技術
『ついてきなよ、学長なら何か知ってるかもしれないから連れて行ってあげるよ』
学問の街エーニアックに到着したエリス達はそこで出会ったヒュパティアという女性はエリス達を神殿の奥に案内してくれると言いながら歩き続ける。そんな彼女について行きながらエリス達もまた白く陽光を浴びて反射する幻想的な神殿の道をコツコツと音を立ててついていく。
この街のどこかに…というかエリス達がいる神殿の地下にあるというディヴィジョンコンピュータ。そこに行くために学長に会う必要があるんだが…。
(この人が…ダアトの育ての親、か)
白い衣を着て悠然と歩くヒュパティアさん、歳はそれなりだろうが活力に溢れ若々しく見える。そんな彼女の言葉を総合すると…浮かび上がる真実は彼女がダアトの育ての親という事実だった。
あのダアトだ、エリスの最大のライバルにして魔女排斥機関最強の女…そいつが飢饉で両親を失い、頼ったのだがこのヒュパティアさんだというんだから驚きだ。つまりこの人はダアトを育て上げたということ。
「……何かな?」
「え?」
するとヒュパティアさんはクルリと振り向き、エリスの視線を受けて困ったように微笑む。しまった…見過ぎだか。ええい面倒だ、聞いちまうか色々と。
「えっと、ヒュパティアさんは魔術は使えますか?」
「魔術?それがからっきしなんだよね」
「武術は?」
「いや?そもそも私喧嘩はあまり強くないんだ、論理的じゃないしね」
「じゃあ…反魔女を掲げてる、とか」
「デリケートな話を聞いてくるね、確かにここは北部…反魔女思想の溢れる地、けれどエーニアックの人達は魔女を恨んではいないよ。魔女の歴史には興味あるけど」
「…………」
なんか聞けば聞くほどダアトに繋がらないな…ダアトはどうやってダアトになったんだ?全部ナヴァグラハから与えられた物なのかな。…じゃあ。
「ナヴァグラハ・アカモートって知ってますか?」
「え?ナヴァグラハ・アカモート…?それって……」
するとヒュパティアさんは足を止めて…こちらを見てエリスの顔をマシマシと見つめると…。
「誰?」
って知らないのか…いよいよなんなんだ、それともいるのか?世の中にめちゃくちゃダアトによく似たもう一人の識確使いが…。いやあり得ないだろ、あんなのがもう一人いてたまるか。
「ん?」
ふと、ガックリと肩を落として下を見ると…ヒュパティアさんの足に何かついているのが見える。黒い袋みたいなのが巻きつけられて…なんだこれ。
「ヒュパティアさん、足になんかついてますよ」
「え?ああこれかい?つけてるのさ」
「おしゃれ?」
「いやいや違うよ、学者は不摂生になりがちだからね。重しをつけて少しの移動で運動ができるようにしているのさ…健康のためにね!」
「健康……」
そういえば…ダアトもなんかそんなこと言ってたな。生卵をジョッキに入れてゴクゴク飲んで逆に腹壊したり、変な健康法を色々試してたが…。
「もしかしてそれ、以前面倒を見ていたクライドさんのお孫さんにも…」
「ああ、教えたよ。彼女は…まぁちょっと先天的な病を抱えていたからね、体があんまり強くなったんだ、だから色々教えたよ?健康法。健康でいるのが一番だからね」
やっぱりダアトだ、この人が面倒見てたという孫娘って。ダアトの健康好きはこの人が発端なのか…すごいどうでもいい事を知ってしまった……。
「にしても、この神殿のデザインといい…学者達の様子といい、おまけに予言の賢者と来たか…本当に嫌な思い出が蘇るよ」
「さっきからそれ言ってるけど、そんなに嫌いなのか?」
ふと、アマルトさんとレーヴァテインさんの会話に聞き耳を立てつつ歩く。レーヴァテインさんはつくづくこの神殿が嫌いなようだ。
「ああ、嫌いさ…だって、『アイツ』が身を立てたのも…当初は予言を行える学者という触れ込みでだったからね」
「アイツ?」
の背中ピクリとエリスの眉が動く、レーヴァテインさんの話を聞いていたら…なんかいくつかの点が線で繋がった気がした。ここがもし奴の故郷だとしたら…予言の賢者の『予言』とはもしかして……。
「さて着いたよ。ここだよ、ここにファインマン学長がいるよ」
「ここに……」
神殿の奥には、白岩で出来た重厚な扉があった…この先に何がいるのか、全く分からないがエリス達はみんな揃ってゴクリと息を呑む。
「学長は気難しい人だ、あんまり粗相がないようにね」
「ヒュパティアさん、ここまで連れてきてくれてありがとうございます」
「構わないさ、もし出来たらまた君の話を聞かせてくれよ」
「はい、今抱えてる一件が終わったらまた個人的にここに来ようと思います」
「ん、ありがとう」
そう言ってヒュパティアさんに別れを告げて学長室と書かれた巨大な扉を前にゴクリと息を呑む。エリス達ディヴィジョンコンピュータを探しに来ただけなのに何やってるんだろう…。
「取り敢えず、エリスが許可とってきますね」
「いやお前が行ったら喧嘩になるだろ、ここはナリアに行かせよう」
「いやなんで僕?みんなで行きましょうよ…」
「もうノックするぞ」
グダグダ言ってるエリス達を置いてメルクさんがノックしようと石扉に手を伸ばしたその時……。
『入りなさい、八人の勇士と碩学姫よ』
「ッ……」
「メルクさん、ノックしたか?」
「いやまだだ…何より今、人数どころか…レーヴァテインの存在を…」
まるで、エリス達の存在を…到来を、予見したかのように扉の向こう側から声がする。まるで未来予測したような物の言い方にエリス達は咄嗟に視線を合わせる、レーヴァテインさんも合わせる。まさかと思いエリスは一気に扉を跳ね飛ばし中に転がり込み────。
そこには、背面のガラスから差し込む光を後光のように浴びて、長机の上で肘をつく男が一人。
「よくぞ来られた、勇士達よ」
「………………………………誰?」
……知らない人がいた。黒い肌をしたスキンヘッドの小さなおじさん…それがメガネを整えながらこちらを見ていた。エリスはてっきりナヴァグラハか、或いはそれに類する何かがいるものと思ってしまったんだが…いやまぁナヴァグラハはもう死んでるんだが、分からないじゃん、だってダアトはナヴァグラハの弟子だって言ってたし、もしここが奴のルーツとなる場所なのだとするならもしかしたらと思って…。
それに予言としかしてきたし、まぁありえないよな。
「私はファインマン。この知識の殿堂を任されている者です勇士達よ」
………いや待て、この人が予言したことに変わりはない。何故…エリス達の到来が分かった、エリス達の到来がよしんば分かったとして何故レーヴァテインさんまで分かる。
「何故、エリス達の到来を予見していたんですか?それが予言の賢者の力ですか?」
「否、予言の賢者は我が大師匠バベッジの力なり…いや、強いて言うなれば…この本の力と言うべきか。我が師バベッジはこの本を手に入れ、全てを識った」
「本?」
エリスとラグナとレーヴァテインさんの三人は慌ててファインマンさんの机に近づくと、彼の長机には大きくて古臭い本が一冊、広げられていた…。これは……。
「これは?」
「我らが智慧の太祖ナヴァグラハ様がこの世に残した物です」
「ナヴァッ…!?」
「ッグラハッ!?」
「残した!?」
「ええ、これには…未来の出来事が記されているのです」
バッとエリス達が本を覗き込むと中には確かに『その日、恐らくだが八人の勇士と碩学姫を名乗る者が昼頃に現れる。力を貸してやりなさい』と書いてあったのだ。
このインクの掠れ具合…相当前だ、少なくともここ最近書かれたものじゃない…ってことはマジでナヴァグラハが残した物なのか!?
「こ、これ…本当に未来のことが書いてあるのか?」
そう言ってラグナが次のページを捲ろうとすると、ファインマンさんはサッと手を動かしラグナの手を掴むと静かに首を振る。痩せ細った老人ではあるもののその動きには明確な拒否が表れており…。
「未来の事を知るのは、禁忌とされています。これは我が大師匠バベッジがこの地で見つけた物であり…詳しい事は私も知りませんが、未来を知れば…とんでも無いことが起こると言い伝えられています」
「逆に気にならないか?どんな大変なことが起こるか」
「ラグナ、やめておいてください」
「そうだよラグナ君、ナヴァグラハは胡散臭い男だが嘘はつかない。何故奴の遺した書物が今もこうしてここにあるのかは分からないが、この文字は間違いなくナヴァグラハが書いた物だ…なるほど、通りでこの神殿のデザインや学者達の姿が…ナヴァグラハが開いた知識殿アカデメイアと似ているわけだ」
ここがナヴァグラハに類する物だったとはとレーヴァテインさんは静かに怒りを募らせる。しかし驚きだ…なんでナヴァグラハの書物がここにあり、奴の意志が今もここでこうして残っているのか分からないが…それでも納得させられてしまう。
ナヴァグラハならあり得ると、エリス達はこの目であったことはないが…奴の識の強さは重々理解している。奴は八千年後の今でさえ見通すほど果てしない未来予測を扱い今の世にも平気で手を伸ばしてくる男だ。
なら、こういう事も起こり得るんだろう。
「太祖ナヴァグラハの名を出すのは…我々としても禁忌です、ですが勇士様達には明かしても良いと…ナヴァグラハ様は記しています。故に私も従い貴方達に力を貸します」
「こう言っちゃなんだが、ナヴァグラハと俺達はどっちかというと敵対関係だぞ?」
「ナヴァグラハ様はこうも記しています。…敵や味方という概念には囚われていないと、真祖シリウスと共にあっただけで私は人類の敵対者になったつもりはない、と」
「嘘を言うな、アイツはクズだ。猫が遊び心でネズミを殺すように人を殺す男だ。人類の敵対者ではなく天敵の間違いだ」
「…………」
レーヴァテインさんの言葉に対しては何も言わない。ここでファインマンさんがどんな風に言い繕っても…それは虚言にしかならないと理解しているのかもしれない。だって他でもない、ここにいるレーヴァテインさんは生前のナヴァグラハを知る数少ない人物なのだから。
「碩学姫よ、ナヴァグラハは仰られています。お前は生まれるのが早すぎたと」
「なんだって…?」
「或いは、人類の歴史は本来はあそこで途絶えるべきだったのかも知れない。シリウスとレーヴァテインと言う二人の天才が生まれる異常事態は本来人類が終わるには十分過ぎる理由だった、だがそれは…何かの間違いで回避されてしまったと」
「なんだと…!魔女達が頑張ってシリウスを倒し!ボクが折れて長い眠りにつくことが!人類のためになっていたと!そう言いたいのか!!」
「落ち着いてくださいレーヴァテインさん!この人はナヴァグラハじゃありません!」
いきなりファインマンさんに殴りかかろうとするレーヴァテインさんを必死に取り押さえ我慢させる。ファインマンさんはナヴァグラハの本に記された内容を音読しているに等しい。この人を殴ったり言いくるめても何の意味もないんだ。
「だが、そうだとしても。人類は存続の道を選んだ、それが何かの間違いであっても人類が掴み取った未来を私は尊重したい、そして今一度君が戦いの道に戻ると言うのならそれもまた選択だ。故に私は君に協力する…私に協力されるのは嫌だろうが、君には私の協力が必要だ…と」
「本当にそこまで書いてあるのか!?」
「あります、私には全く理解できませんが…ナヴァグラハ様は我々学問の街に多大なる知恵を残してくださいました。故に我々はナヴァグラハ様の存在を秘匿し、彼らの与えた知恵を秘匿し、守り続けるのが役目なのです」
「……ナヴァグラハの意思を尊重し隠し続ける街か、こんな街があったなんてな」
「魔女様達が知ったら、怒り心頭でこの街を壊すでしょうね…」
「ボクだって怒り心頭だ!怒髪で天だって衝いちゃうよ!」
「まぁまぁ」
「諌めないでよ!」
なんでエリス達の会話もファインマンさんは完全に無視。彼はトボトボと力無く歩きながら学長室横に飾られている本棚を見る。
にしても、本当にナヴァグラハの考えている事が分からないな。師匠もレーヴァテインさんも口を揃えて『ゴミクズ』『信用出来ない』など罵詈雑言を並べる割に…エリス達が接触するナヴァグラハの情報はどれも敵意に満ちた物ではない。
今回も力を貸してくれるような話だし…なんなんだ、ナヴァグラハって男は。
「ねぇ、ファインマン君。…ナヴァグラハはなんでボクに力を貸す…なんて言い出したか分かるかな」
「我々には太祖ナヴァグラハの考えている事は分かりかねますが、貴方が何故力を貸すかと聞いた時はこう答えろと書いてありました」
「グッ…どこまでも読み通りなのが腹立つ」
「……大いなる厄災は、人類のあり方と未来を決める裁定の場であった。戦いが終わった今も裁定は終わっていない、いずれ人類はその未来を決めるための時と場を再び自らの手で用意するだろう。その時君もまた魔女と共に壇上に上がり人類存続の訴えを行う必要がある、君の仕事はまだ終わっていない。故に私は再び壇上に上がるための準備を手伝うだけだ…と」
「相変わらず、神様気取りだな…ナヴァグラハ」
「神ではなく、神の出した問いを講じる哲学者だ…とも書いてあります」
「キィーっ!!」
レーヴァテインさんはもう何もかも読まれて地団駄を踏む。しかし相変わらず凄まじい識確の精度だ。エリスもあれから識という物を戦いに用いたり、識確を扱う敵と戦ったりして理解を深めたが…。
ナヴァグラハは別格だ。エリス達がやるような予測とはそもそも次元が違う…どうやればそこまで行けるのか分からないというレベルの話を超えて不可能だと思ってしまう。生半可に未来予測が出来てしまうからその不可能さがありありと分かってしまうんだ。
そういう面では恐ろしい男だ…これとシリウスが徒党を組んで襲いかかってきたってマジの話?
「なので、我々は太祖の命に従い来訪せし貴方達に協力する義務があります。貴方達が何を探しているかまでは知りません…ですが太祖は、こうしろと言っておられました」
そう言いながらファインマンさんは本棚の内側にある何かのボタンを押す、するとどうだ…本棚が徐に横にズレなんと壁の向こうに大きな穴が現れたではないか。
その穴は下へ下へと続いており…まさしく、この山の地下へと繋がるような形で漆黒の奈落を見せていた。
「こ、これは…!」
「我らが大師匠バベッジが知識の殿堂を建てた時。この山の内側にて『奇妙な物体』と共にナヴァグラハ様の書物が見つかったのです、そして書物には『この地下空間の事は調べてはならぬ、誰にも教えてはならぬ』と書かれていたそうで…我々もこの穴の中に何があるかは分かりません」
「…………」
見つかっていなかったわけじゃない、地下にあるディヴィジョンコンピュータはこのエーニアックの街の人達とナヴァグラハによって秘匿されていたんだ。だから誰にも見つかる事なく八千年も安置されていたんだ…。
けど、今奇妙な話が聞こえたぞ。
「地下から、奇妙な物体とナヴァグラハの書物が…」
レーヴァテインさんは眉をしかめる。レーヴァテインさんがここにディヴィジョンコンピュータを落としたのがいつ頃かは分からないが少なくともシリウスが健在でありレーヴァテインさんが戦いの行末を知らなかったという事は最終決戦前。
そしてナヴァグラハは魔女様と羅睺十悪星の最終決戦で命を落としている。つまりナヴァグラハはレーヴァテインさんが眠りについてから一度ここにやってきてディヴィジョンコンピュータを発見しているということになる。
そして敢えて本を残し、なんらかの方法で本が朽ちないようにして残しておいたと…そういうことか。
「何を考えているんだナヴァグラハ……」
ナヴァグラハはコンピュータを破壊出来る立場にありながら破壊しなかった、それが何を意味するか分からないが彼は八千年後にエリス達がここに来る事を見越して予め準備をしておいたということか。
「どうぞこちらに、貴方達に必要な物が下にあることでしょう」
「……ありがとうございます」
ありがとう…とは言った方がいいだろう、ナヴァグラハに対してではなくファインマンさんは無関係なのに対応してくれているわけだから…。エリス達はファインマンさんに小さくお礼を言い彼に見送られながら穴の中に入っていく。
………………………………………………………
それから数分、穴を降りて降りて降りていくと丁度知識の殿堂の真下に到着する。そこにはドーム状に広がっており広々しとした空間が存在していた。
部屋に降りると当然灯りはない、周りは何も見えない、だからエリス達はみんなで暗視に切り替えようとした瞬間。
「あったーーっっ!!」
「うぉっ!びっくりした」
レーヴァテインさんは動き出す。ワサワサと動き部屋のある一点に向かって走るなり…土を被っている巨大な筒状の何かに手を当てる…そして。
「無事だ!よかった!会いたかったよボクのディヴィジョンコンピュータ〜!!」
「それが、ディヴィジョンコンピュータですか?」
「ああ!そうさ!かっこいいだろう?」
と言われても長い年月の経過によりその大部分が土に埋まっており見えているのは無数の長い筒、それも漆黒の筒が幾重にも重なったような意味不明なフォルムのそれしかない。多分…エリスがこれを見つけても変なオブジェとしか思わないだろう。
だが実際はこれがレーヴァテインさんが愛用した計算機っていうんだから驚きだ。今の時代の計算機はもっと小さいですよ。
「これ動くんですか?八千年前のものですが」
「アダマンタイトで作ったって言ったろ?経年劣化で壊れないさ。落ちても内部に破損はないけど…暫く動かしてないから起動用電源が落ちているかも、ちょっと待ってね」
するとレーヴァテインさんはそんな意味不明なオブジェを慣れた手つきで触りながら下の方に手を当てパカリとパネルを外し中から大量のコードを引き出しながらドンドン中に入っていき…。
「あー、ダメだ。電気系統が逝かれてる」
「え?動かないんですか?」
「いや通電すればいける。エリス君、ボクの足を掴んで軽く電気魔術使って」
「え?いいんですか?」
「ボクが電線の代わりになって電気供給すれば動き出すから」
「いやレーヴァテインさんの体は…」
「そのくらいで壊れるわけないだろう?早く早く」
「は、はい…」
とりあえず言われたのでエリスはレーヴァテインさんの突き出た足をキュッと掴みながらエリスは『伏雷招』を使う。軽めに撃ったつもりだが結構威力が出てしまいバリバリと音を立ててレーヴァテインさんの体が光出すんだ。
「お、おい!エリス!やりすぎ!」
「殺す気か!」
「やべっ!レーヴァテインさん!」
「平気平気!それに…ホラ!動いた!」
そういうと共にディヴィジョンコンピュータはゴウンゴウンと音を立てて動き出し、筒のあちこちからチカチカと光が灯り出し、あっという間に暗かったこの空間はディヴィジョンコンピュータが放つ光により照らされ煌々と明るくなるんだ。
すごい、本当に動いた…。なんで驚いているとレーヴァテインさんはスポンッ!と穴から這い出てきて…。
「よし!接続出来たしこれで完璧に動くはずだ、さすがボク!」
「マジで動かせるんだな、レーヴァテイン」
「何!?動かせないと思ってたのかいラグナ君!」
「いや、なんかこう…今まで実感が湧いてなかったんだよね」
「失敬だね…、ともあれこれで黒衣姫を使用不可にするデータウイルスを作り出せる」
レーヴァテインさんは両手の皮膚が外れ中から無数のコードを生やし、ディヴィジョンコンピュータに接続すると、部屋を照らす光が蠢き一点に集中しさまざまな文字が虚空に浮かび上がる。
これがディヴィジョンコンピュータ…摩訶不思議だ、魔術じゃないんだもんねこれ、蒸気機関とかの延長線上にある技術なんでしょうこれ、どういう原理なんだ。
「よし!レーヴァテイン!早速作ってくれ!そのウイルスとやらを!」
「ああ、作るさ。だからまず君達には…黒衣姫のデータをとってきてもらいたい」
「は?」
「え?今からどっか行くの?」
「ここが目的地だと思っていたのですが…」
「取ってくるって…」
みんな目を丸くする、そりゃそうだ。これで一通り終わって後はパラベラムと戦うだけだと思ってたから、更にどこかに向かわされるのは計算外だ。
なんて思っているとレーヴァテインさんは静かに首を振り。
「違う違う、君達が今から行くのは…ディヴィジョンコンピュータの中さ」
「ここから入るのか?」
「違う!」
徐にさっきレーヴァテインさんが開けた穴から中に入ろうとするラグナを殴って止めるレーヴァテインさん。しかし中に入るって…?
「いいかい?このディヴィジョンコンピュータは…うーんなんで説明したらいいんだろう。内側に世界があるんだ…と言っても物理的にではない、電脳世界って言って伝わるかな…その中に人間の意識を送り込むことができて、擬似的に別世界を体感することができるんだ」
「………?」
「ダメか〜伝わってないか〜!」
よく分からないよ電脳世界とか言われても…てろも、あれだね。物理的にではなく内側に世界があるっていうと、あれを思い出す。
「あれみたいですね、臨界魔力覚醒」
「それだ!」
レーヴァテインさんはパチリと指を鳴らし大きく頷くと。
「そう!このディヴィジョンコンピュータはボクの作り上げた科学技術の極致。魔術を極めた結果行き着くのが臨界魔力覚醒だとするならこれは科学技術の到達点ってわけさ」
「なるほどそれなら理解できます。芸術と魔術の極致が似通るならば科学技術と魔術の到達点もまた似通るのも頷けます!」
「つまり内包する世界へ我々を送るということか?」
「そう、ディヴィジョンコンピュータはボクの臨界魔力覚醒さ。その中には識に勝るとも劣らない量の膨大なデータが収容されている。それで世界を形成している、つまりその世界の中には黒衣姫のデータもあるってわけさ」
「それ、お前じゃ取り出せないのか?」
「黒衣姫は使用されないようにデータを凍結してるからね、それをボクが手動で解除するより君達が中に入って取り出せる状態にした方が早いんだ」
「なるほど…で持ち出し方とか分からないぜ」
「君たちの意識は電脳データに変換されるから、物理的に…つまりいつも通りやれば持ち出せるよ。さぁさぁやろう!ボクはここでディヴィジョンコンピュータを使って電脳世界を維持続ける、君達は中に入るんだ」
そういうなりレーヴァテインさんはエリス達をコンピュータが密集した地帯に押しやっていく。言ってることは全く分からないがいつも通りやればいいならそれでいいか。
「っていうかレーヴァテイン!」
するとアマルトさんが声を上げる。
「ディヴィジョンコンピュータがあれば俺達に特別なトレーニングをさせられるって言ってたがあれはどうなった?」
「問題ないよ、全部…向こう側にいる人達に聞けばいい。向こうに行けば全て分かる」
「全てって…」
「さぁ!出発だ!ディオスクロア文明で初めて電脳世界へ旅立つ栄誉を噛み締めながら!行ってこい!」
「ちょっと!!」
レーヴァテインさんはエリス達にロクに説明することなくそのままディヴィジョンコンピュータを起動させる。それにより淡い光がエリス達を包み込む。何が起こっているのかみんな理解出来ないとばかりに狼狽えている。
だがエリスはこの感じに覚えがある…これは、ダアトがやった情報干渉に似ている。高密度に圧縮された膨大な情報が飛んできているんだ。けど飛んでくる情報の量はダアトが操っていたものとは比べ物にもならない。
ダアトが1だとするなら今飛んできている情報の量は100000…比較にならない量のデータがエリス達の体を包む。
「今から君達は至上の技術を見る!魔力を用いずとも人は空を飛べる!岩を砕ける!世界を制することが出来る!魔力の無い世界の究極を味わうんだ!行ってこいよ!ボクが見せてあげるからッッ!!」
レーヴァテインさんの体が輝き、より一層光が強くなる。
そして…エリス達は一瞬、謎の浮遊感に襲われ───視界が白く染まり。
向かうは電脳世界、それは魔女時代の誰も行ったことのない未知の世界。
そこに広がっていた世界は………。
……………………………………………
「う…眩しい」
「何が起きたんだ?」
「もう少し説明をしろ…」
真っ白に染まる視界にエリス達は目を閉じて手で覆う…そんな風にしてると、ふと…耳がとらえるのは。
ガサガサと言う木々の揺れる音、肌を撫でる風の感触、暖かな陽光の熱…地下にいたはずのエリス達には到底感じられないはずの感触。そこに困惑と違和感を感じながらエリス達は目をゆっくり開くと…。
「あれ!?ここどこ!?」
「外……?」
エリス達は…気がつくと外にいた。空には太陽、真横には木々、下には地面。エーニアックじゃない…勿論地下でもない、何処かに転移されたのか?それとも…。
「ここが電脳世界?レーヴァテインさんの臨界魔力覚醒…のようなもの?」
思わずエリスはその場でしゃがみ込む、そして地面を触ると…柔らかい、本当の土だ。木を触ってもそうだ…本物の木だ。なんだこれ…嘘だろ、何が起こってるんだこれ。
「わ、訳がわからない…どうすればいいんだラグナ」
「俺に聞かれても…メグ、なんかわからないか?」
「わかる訳がないですよね…」
「困った…まるで分かんない」
みんなあまりの事態に混乱の極致にある。レーヴァテインさんは向こうにいる人に聞けば分かる…と言っていたけど、周りに人なんか───。
「うぎゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーー!!!」
「うぉっ!?どうしたアマルト!?」
そんな中アマルトさんが悲鳴をあげるんだ、今まで聞いたことないような悲鳴にエリス達は少し離れたところまで探検に行っていたアマルトさんを追いかけに行くと…。
「お、お前ら…お前らあれ見ろ!!」
「え?」
「おや?建造物ですか」
「大きい建物があるね…」
「ん?これどこがで見たような」
森の向こうには…建物があったんだ、城のような建物。それはあまりにも大きく森の中にぽっかりと穴を作るように屹立していた。それを見てメグさんは『ほう』とあまりの立派さに息を吐く、ネレイドさんは首を傾げ…ナリアさんは目覚えがあるようなと顎に手を当てる。
だが…そんな中、アマルトさんと同じ反応をするのは…四人。
「な…ッ!バカな…」
「えぇぇええええ!?!?何それ…どういうコトー!?」
「なんでこれが…ここにあるんだ」
それはメルクさんとデティとラグナと…エリスだ。この五人が同時に反応する建物なんか一つしかない、だってこれ…どっかどう見ても。
「ディ…ディオスクロア大学園!?!?!?」
そう、そこにあったのは他でもない…ディオスクロア大学園の校舎だ。この感じはどこからどう見てもディオスクロア大学園、けどおかしい。大学園はヴィスペルティリオの中心にあったはず、森の中になんかなかった。
それになんかこう…記憶にあるより、少し新しいような……。
「なんだこれ!どう言うことだ!?」
「分かんねー…なんでよりにもよってこれなんだ」
「ともかく、入ってみるか?」
「入っていいのかな、確かこれ学生しか入っちゃダメなんじゃ…」
卒業生のエリス達は入っていいのか?と困惑する、だがこれがレーヴァテインさんの作った世界だと言うのならこの中に黒衣姫のデータがあるかもしれないんだ。
「と、ともかく入りましょう!中に入って怒られたら…アマルトさんの権力でなんとかするんです」
「いや俺まだ理事長じゃねぇし…」
「いいから!行きま──────」
行きますよ、そうエリスが口にしようとした瞬間だった…それが、突然やってきたのは。
『邪魔だ、退け』
「へ?」
そんな声が、後ろから聞こえたんだ。その声の懐かしさと…麗しさに、エリスは思わず振り向き──。
「ぐべらぁぁああ!?!?」
「エリスぅうう!?!?」
殴り飛ばされた、あり得ないくらい鋭く、めちゃくちゃ重たい拳が振り向いたエリスの頬を殴り飛ばし学園の中への吹き飛ばす。い…いやいや!いきなり何があったんだ!?誰がいきなり殴った奴は!って言うかこれ!痛い!電脳世界って普通に痛みとかあるんだ!
「な、何するんですか!」
「喧しい、殴るぞ」
「殴ってますよ!」
エリスは抗議する、殴ってきた無礼者に抗議する。立ち上がって駆け寄りその声の主に抗議する…が、そうやって近づいて、理解する。
「え………!?」
「なんだ」
そこに立っていた女を見て、体が震える。だ…だってさ、そこにいた人物は…エリスが会いたくて会いたくてたまらなくて、それでいてここにいる訳がない人だったから。
その女は、夜の闇を切り取ったような射干玉に…ルビーのような赤い瞳、そして記憶にあるより幾分幼く、それでいて鋭い顔つきでエリスを見遣る。そう…この人は。
「レグルス師匠!?!?」
「……私の名前を、なぜ知ってる」
レグルス師匠だ…エリスが知ってるより少し若い、エリスと同年代くらいのレグルス師匠だ、しかもなんかディオスクロア大学園の制服着てるんですけど…え?
「なんで師匠がここにいるんですか!?来てくれたんですか!?師匠!」
「私は弟子をとった覚えはない…と言うか、寄るな…殺すぞ」
「なんでそんなこと言うんですか!エリスですよ!エリス!師匠エリスで──」
次の瞬間、バカァン!と音を立ててエリスは再び殴り飛ばされる。しかも洒落にならない威力で…全く警告もなく。しかも殴り飛ばした上でレグルス師匠は…。
「馴れ馴れしく寄るなッ!殺すッ!!」
『だあー!やべぇ!レグルスがまた喧嘩してる!』
『止めますよわよ!!』
『やめようレグルス君!!』
「離せ貴様らッ!ナメられたら殺す!それが私の生き方だッ!!」
更にエリスに襲い掛かろうとするんだ、だがそこに現れた女性達がレグルス師匠を止めてくれる…が、そのメンツにエリス達はさらに愕然とする。
「お、おいおい…」
「こ、これは…」
「嘘……」
「ん?おお、悪かったなレグルスがよ。謝るぜ」
「失礼致しましたわ、彼女。ずっとこんな感じですので…触らない方がいいですわ」
「ごめんよ、ボク達が代わりに謝るよ」
そう…そこにいたのは、記憶にあるより若々しい、そして同じくディオスクロア大学園の制服を着たアルクトゥルス様、フォーマルハウト様、プロキオン様。
いやそれだけじゃない。
「何してるんですかー!喧嘩はやめましょうよ〜!」
「呆れ返りますね本当にどこでも喧嘩とかバカのすることですよ」
「ハッハッハッ!いいじゃないか。それでこそ我の想い人だ」
「はぁ…神よ」
「魔女様達の…若い頃?」
スピカ様、アンタレス様、カノープス様、リゲル様…八人の魔女が勢揃いしていたんだ。全員がディオスクロア大学園の制服を着て…少し若々しい。
……曰く、八人の魔女はみんなディオスクロア大学園に通っていた時期があったらしい。つまり…だ、この状況を統合すると、これは。
『過去の世界』にエリス達は…来ているのか?い。いやいや。
嘘だろ…!?
「師匠!」
「まだ言うかッ!私は弟子など取ったことはない!」
「一回も?」
「あるわけないだろ!」
師匠はギリギリと牙を剥きながらエリスに拳を向けるがそれをアルクトゥルス様に押さえつけられる。一回も弟子をとってないって…エリスだけじゃなくてウルキの事も知らないようだ、ウルキは大いなる厄災の最中で拾ったって言ってたから…じゃあやっぱり過去の世界なのか!?
「ら、ラグナどうしましょう」
「どうするもこうするも……」
エリス達は八人揃って、目の前の異様な光景を見る。
そんなエリス達の視線を受けて、魔女様達八人もまた首を傾げる。
「どうしよう…」
これ…どうするんだ、何をどうすればいいんだ?




