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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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699.対決 『悪道』クルシフィクス・ミリアレンセ


人間ってのは、弱い生き物だ。岩を持ち上げる事ができても、魔力だけで空を飛べても、そしてそれらが出来なくとも、人は等しく心を持っていて…なんて事ないような言葉で崩れて挫ける生き物さ。


けれど同時に、人は誰かの言葉でまた立ち上がれる生き物でもある。俺はそいつを痛いほどに理解している。


『こんな学園ぶっ壊してやる!』


…今にして思えばあの時の俺はどうかしてた、親父と相入れず反発して。一族がどうのとか仕来りだの伝統だのに生き方を決められる事に嫌悪感を抱いて…夢だった学園の教師になるって目標すらドブに捨てて、全部全部ぶっ壊す事で誰かの落胆する顔を思い浮かべて悦に入っていた。


ぶん殴られて縄で縛られて踏んづけられて成敗されてもおかしくなかった俺を奮い立たせ手を差し伸べてくれた奴がいた。後ろを見るな前を見ろ、過去に囚われるな今を生きろと言ってくれた奴らがいた。


そいつらが居たから今の俺はいる。そうやって生きる道を選んだ俺は…そいつらと同じように誰かに前を見せる生き方をしなきゃダメなんだと…性根から感じていたんだ。


そんな俺の前に現れたアイツは…前を見れていない。過去に囚われ、トラウマに囚われ、後ろを見る事で自分を慰めている。


けど違うだろ、お前は生きたんだろ…生き残ったんだろ、お前のために誰かが死んだかもしれない。お前のせいで誰かが死んだかもしれない。お前を恨んでる奴もそりゃあいるだろ、そこに罪悪感を感じるのもまぁ仕方ない。


だが生きてるんだ…お前はまだ生きてるんだ。なら前を見ろ…見れないんってなら、俺が見せてやる。


それが俺の…教え導く者としての生き方だから。そのためだったら俺…何とだって戦うぜ。


「クルシフィクスッッ!!」


「いい加減にしろ魔女の弟子!私はもうこれ以上…貴様に構う時間はないッッ!!」


黒の工廠の通路のど真ん中で、ぶつかり合うのはアマルトとクルシフィクス。二人の狙いは一つ…レーヴァテインだ。この通路の先にレーヴァテインがいる。囚われている。


それを助けたいアマルトと、処理したいクルシフィクスで最後の鬩ぎ合いが繰り広げられている。


「邪魔ッッ!!」


クルシフィクスが一度蛇腹剣を振るえば空間を削る嵐のような斬撃の暴風雨が吹き荒れる。先程見せていた動きよりも一層難解で複雑で、一ミリとて無意味な動きのない綿密な攻勢が繰り広げられる。


さっきまでなら、避けられなかった…だが。今は違う……。


「当たり前だろ、邪魔にしきてんだよッ!こっちはよォッ!!!」


剣を空中に投げ捨て、拳を握ると同時に…荒れ狂う斬撃の雨の中突っ込むように拳骨を叩きつける。魔力と怪力…その二つを込めて突き出された拳は大気を銅鑼のように鳴らし急激に膨れ上がった気圧により壁が破砕、同時に振るわれていた蛇腹剣も弾かれ…クルシフィクス自身もまた吹き飛んでいく。


「ぐぅぅっ!?な…なんと言う怪力!」


「ったりめェだろ…こちとら魔女大国最高戦力七人分だぜ…!」


腰まで伸びた髪を振るいながら剣をキャッチし切先を向ける。今の俺は…俺が持つ変身の中で最高の形態と言える。


全てのブレンドの中で最強の力を持ったブレンド…『ヒーローブレンド』。こいつを開発したのは今から三年前、魔女の血を飲んで魔女に変身するって言うところから着想を得て作り上げた血のブレンドというアイテム。


魔獣の血やアルクカースの戦士の血、天才の血とか色々集めて作ったけど…その中で明確に切り札として考え開発したのがこいつさ。


このブレンドの中に入っている血は七種類。


アジメク史上最強の剛騎士『黒金の絶望』クレア・ウィスクム。


アルクカース最強の狂戦士『餓獣』ベオセルク・シャルンホルスト。


デルセクト最強の黄金騎士『黒曜』グロリアーナ・オブシディアン。


コルスコルピ最強の瞬剣士『世界最強の剣豪』タリアテッレ・ポセイドニオス


エトワール最強の魔剣士『悲劇の騎士』マリアニール・トラゴーディア・モリディアーニ


世界最強の将軍『万能全知の将』ルードヴィヒ・リンドヴルム


オライオン最強の神将『闘神将』ネレイド・イストミア


計七人、各地を巡ってそれぞれの国と交渉してアポ取って話し合って説明して…色々な手順を踏んで手に入れた希少な七つの血を組み合わせて作った文字通りの切り札。


この旅をしていて理解したが魔女大国最高戦力は大体八大同盟の盟主級の強さを持っている…ってことは、俺はその盟主級の強さの奴らの力を合計七種類扱えてる計算になる。単純計算で七倍!と言えるほど簡単な話ではないが、少なくともこいつは確実に俺の身に余る代物だ。


こいつを使った俺は、少なく見積もっても全魔女大国最強の基礎ステータスの高さを手に入れている。クルシフィクスの小賢しい技なんぞ弾き返せるくらいのパワーは手に入れた。


(まぁ…時間制限はあるけど…)


こんだけ強いならもっと早く使えばいいと仲間達に言われそうだが、簡単なもんじゃない。まず時間制限がある、十分…それを超過すると強制解除される。その後体が動かない程の負荷がかかりそのまま倒れちまう。


そして今、俺はクルシフィクスの契約を受けている。俺の体で許容出来る範囲から考えるに利息分のダメージは俺が死ぬレベルにまで膨れ上がっている。それをデティの治癒で緩和しつつヒーローブレンドで許容値を大幅に引き上げることでなんとか持たせている。


つまりだ、ヒーローブレンドが切れたら、俺は死ぬ。残り十分の命だ…クルシフィクスを倒せなきゃここで死ぬ。なら出し惜しみはなしだ!


「消えろや…!クルシフィクスッッ!!」


「グッッ!!」


駆け抜ける、戦場を駆け抜けるベオセルクの脚力を用いて一気にクルシフィクスの攻撃も防御もすり抜けその腹に一撃入れ、そのまま魔力を全開で蒸し吹き飛ばし蹴りと共にクルシフィクスを奥の壁まで叩きつける。


こいつの攻撃をもらったら文字通り死が早まる!一発ももらうわけにはいかねぇ!


「やりますね…決死の覚悟は計算を凌駕する。しかし…そういう点すら計算に入れある程度考える事で、対応は可能です」


するとクルシフィクスはプッ!と口の中の血を吐くと蛇腹剣で地面を打ちながら歩き、魔力を高め…。


「参ります、魔力覚醒」


(もう使うのか…!)


指を一つ立て、それで虚空を振り払いながらクルシフィクスは魔力覚醒を解放する。使えるのか!ってレベルの話じゃない、この段階にいる奴が使えないわけがない。


つまり、奴も本気でくるって事だよな…まぁ、その方が早くてありがたいが。


「『アドバンス・アグリーメント』」


バッと手を前に出し、生み出される緑色の光を放つ紙を破り捨てるように上へ投げ飛ばし…空中で炸裂する。それと同時にみるみるうちにクルシフィクスの体の中の魔力が増幅していくんだ。


こりゃあ…肉体進化型?いや…概念抽出型だな。いつぞや似たようなのと戦った、こりゃあ自分にルールを課しそのルールに従う限りメタクソに強くなり続けるタイプの奴だ。


「ええそうですよ、私の覚醒は他の方々のように無条件に強くなる事はできません」


俺の思考を読んだのか、クルシフィクスはニヤリと笑い…。


「私の覚醒は『前借り』…この先存在し得る物を今この時に引き出すことが出来る限定的な時間跳躍。私は今…今日から一ヶ月間得られる魔力を前借りして来ました。故に私は今から一ヶ月間魔力が殆ど回復しません、その代わり」


瞬間、クルシフィクスと姿が消え……いや消えてない、こっち来てる!すげぇ速度で!これ身体能力も上がるやつか!


「今の私は無敵です」


「グッッ!!」


「おや、防ぎますか」


瞬間、クルシフィクスの斬撃を受け止め…そのあまりの重さに足が地面に沈む、けど防げた。受け止めた!戦えてる!こいつの魔力覚醒に!このまま押し切って───。


「なら追加で三ヶ月先の魔力と体力も持って来ますか」


「は?」


更にクルシフィクスの存在感が増す、無数のクルシフィクスの幻影が重なり…膂力、魔力、何より圧力が増し、俺の体が後ろに後ろに押しやられ────。


「吹き飛びなさい!!」


「ぐぅぅっっ!?」


吹っ飛ぶ、体が後方に飛ばされ逆に壁を突き破り向こうへと押し飛ばされるんだ。今の俺が…俺の最強の姿が、あっさりと。これ…ちょっと待てよ、こいつ力の前借りが出来るって…どんだけ先の未来から力を持って来れるんだよ!


「私の覚醒は無条件に強くなることは出来ません、ですが条件さえ達成すれば…無際限に強くなることは出来ます。貴方がどれだけ強くなろうとも…私は絶対に越えられません」


背後に瀑布の如く溢れ出る魔力を背に、クルシフィクスが迫る。生半可な相手じゃないのは…分かってだんだけどな。


……………………………………………


そこから壁を突き抜けたアマルトは身を翻しながらその向こうに飛び出す。壁の向こうにあったのは黒の工廠内部の大連絡橋、南部棟と東部棟の間を埋めるように無数の通路が血管のように繋がる本来ならば立ち入ることがない空間。


壁を貫きながら通路の屋根の上に立ったアマルトは即座に上を見て、壁を蹴って上を目指す…と同時にアマルトを追うように壁を切り裂いて飛んでくるのは緑色の炎のような魔力を纏うクルシフィクスだ、距離を取ろうとするアマルトをギロリと睨むと…。


「『時間前借り・七秒』」


その言葉と共にクルシフィクスの姿がその場から消失。と同時に駆け抜けるアマルトの前方に瞬く間に現れる。


「ゲェッ!?転移!?」


「時間の前借りです」


クルシフィクスの概念抽出型魔力覚醒アドバンス・アグリーメントは未来に存在する物を現在に持ってくることが出来る前借りの覚醒。数ヶ月先の体力や魔力を現在に持ってくればその分の力が加算される、それは移動もそうだ…数秒後に到達する場所に過程を飛ばして瞬時に結果だけを得ることが出来る。


その気になればどれだけ果てしない未来からでも事象を持ってくることが出来る覚醒の範囲に留まらない時間にさえ干渉する力。ただその反面前借りで手に入れた物はのちに返済と言う形で代価を支払わねばならない。


力を前借りすればその期間彼女の力は如何なる方法でも回復しない。移動距離を前借りすればその期間分無為な移動をしなければならない。そう言うデメリットはあるものの…その返済開始のタイミングは一年以内であれば完全に任意である…つまりこの戦闘の最中は一切デメリットが存在しないことになる。


短絡的に使えば返済により身動きが取れなくなる反面、利用を計画的に行えばそこらの肉体進化型など足元にも及ばない程壮絶な力を得ることが出来る覚醒こそが…クルシフィクスの力。


「死になさい…『斗一』ッ!」


「ヴッ!」


クルシフィクスは右腕に力を込め、薙ぎ払うように壁を蹴るアマルトに向け蛇腹剣を振り払う。咄嗟にアマルトも多重に防壁を張り巡らせ防ぐが三ヶ月分の前借りを行ったクルシフィクスの膂力は凄まじく吹き飛ばされ、通路の屋根の上に落ちることになる。


「チッ…!速え…!」


「一発は防ぎますか…ならこれはどうですか」


クルシフィクスはアマルトとは別の通路の屋根の上に降り立つと蛇腹剣を振り回して…。


「『攻撃前借り・五発分』」


「え…!?」


振るわれる蛇腹剣が五又に裂け攻撃が五倍に増える、即ち今さっき行われた攻撃が…。


「『斗号』ッ!!」


先程の攻撃が五つに分かれ一瞬で連絡橋だらけのこの空間を制圧する。鉄のカーテンの如き勢いで振り回される刃の暴風雨はアマルトを包み込み全てを削って塵に変えて────。


「『全力全開……!」


「む…!?」


「『神閃衝』ッッ!!」


否、鉄の暴風雨を真っ向から切り裂いて飛んできた光の柱が五倍に増えた蛇腹剣を貫き破壊しクルシフィクスの立つ通路を真っ二つに引き裂く…。


「なんと言う威力…!」


「ったりめェだろ!魔女大国最強ナメんな!」


魔力を纏った剣を振り上げた姿勢でクルシフィクスを笑うアマルト。彼が放ったのはクレアの大技『神閃衝』、本来は彼女の覚醒ありきで成り立つ技を溢れる魔力で加速し代用することで行う荒技として放ったのだ。

今のアマルトの体には最高戦力七人分の力が込められている。なら魔女大国最高戦力の七倍強くなったかとそうではない、あの段階に行った人間は自分だけの戦闘法を確立し簡単に真似できないような戦い方をしている。そこまで真似していると体が追いつかずいつかのシリウスみたいに根底から自己矛盾を起こしかねない。だから俺が得たのは飽くまで基礎ステータスだけ…だがそれでも充分なんだ。


ただ、状況があまりにも悪い…普段ならもっと強引に攻めて戦えるが、今はそれができない。


(次一発もらったらダメージの利息が俺の許容値を超える…一発貰えない上に時間制限もありとは、マジで状況が悪いな)


一撃も貰えないと言う制約がある。今もこうしている間に体の中で膨れ上がるダメージに体が崩されそうなんだ、時間はかけられない上にこれ以上もらうわけにもいかない。


強引には攻められないが悠長にもしてられない。難しい戦いだが……負けられねぇな!


「一気に決める…慎重かつ大胆に!」


「フッ、焦っているようですね…ですがさせませ───」


一瞬、アマルトが足に力を込めた瞬間…クルシフィクスの目の前に転移の如き速度で飛翔し、唐突に現れたアマルトにクルシフィクスの顔色が変わる。


「なッ!?」


「世界最強の剣豪の脚力…ナメんなよ」


振るわれる斬撃がクルシフィクスを追い立てる、クルシフィクスは後ろに引き別の通路に飛びながら距離を取ろうとするがそれに即座に追いつき振るわれる連撃を前にクルシフィクスは防御を余儀なくされる。


「速い…防壁の展開が間に合わない…」


「当たり前だろ!『賽斬・マセドワーヌ』ッッ!!」


「くっ…!『時間前借り・二秒』!」


世界最強の剣士タリアテッレの得意技『賽斬・マセドワーヌ』。滝のように乱れ飛ぶ斬撃が目の前の壁、通路、それらを小さな四角形になるよう等分に切り分ける…それほどの連撃を前にクルシフィクスが取った回避法は前借りによる転移。


一瞬でその場から消えアマルトの背後の虚空を塗り替えるように現れたクルシフィクスは背後から蛇腹剣を振り下ろし…。


「お前はさ!」


「むッ!」


しかし、空中でグルリと真横に一回転したアマルトの斬撃に防がれ、剰え腹部に蹴りを受けたクルシフィクスは弾丸のように飛ばされ近くの通路に叩き込まれ、痛みに悶絶する。


「なんでもかんでも計算通りになるって思ってるみたいだけどさ、世の中そんなもんでもないだろ…」


「ッ……いいえ、万事は知性によって見抜くことができます」


「そうかい?俺ぁお前が相当な馬鹿野郎に思えるぜ」


「何がですか!」


「お前のそう言うところだよ!!」


そのまま飛翔するクルシフィクスと空気を蹴って大気の壁を突き破りながら突っ込むアマルトの二人が虚空でぶつかり合い、アマルトがクルシフィクスの剣を押し返し叩き上げると同時にクルシフィクスの首を掴み近くの通路に叩き込み床に叩きつける。それにより連絡橋が真っ二つに割れるが…クルシフィクスは即座にアマルトを蹴って手を払いのける。


「本当に賢い奴ってのは、本当に賢い立ち回りってのは、そうじゃねぇだろ…」


「私が賢くないと?馬鹿馬鹿しい、私はディオスクロア大学園帝王学科主席卒業の天才ですよ!」


「奇遇だな!俺も帝王学科主席卒業だよッ!そんな俺から言わせりゃお前のやり方は大分バカだってんだよパイセン!」


アマルトを払い除け足で地面を一度蹴っただけで弾丸のように後方に向けて高速移動するクルシフィクスはそのまま通路の真ん中を飛びながら蛇腹剣を振り回す。蛇のように狡猾に迫る斬撃を一歩、二歩、三歩とその場で軽くステップを踏んで避けたアマルトは斬撃の隙間を駆け抜けクルシフィクスを追いかける。


「テメェのやり方は!敵を蹴落とし!自分だけが勝つやり方だ!こんなやり方馬鹿馬鹿しいだろ!」


「はっ!子供の理屈ですね。敵は蹴落とす、敵は握り潰す、弱みに失態、迂闊に凋落、それら全てを利用して相手を潰す!こうやって人は成り上がるんですよ、それを世の中では成功と呼ぶんですよ!」


「それで上に行けるのはお前だけだろうがッッ!!」


クルシフィクスの蛇腹剣に黒剣を叩きつけ、両者の魔力が迸り壁や天井が砕けるほどの衝撃波が発生し…それでもなおも止まらないアマルトは一瞬でクルシフィクスの眼前に迫り…。


「本当に賢い奴は敵を作らねぇ、事実…テメェのやり方のせいで今こうなってんだろッ!!」


「ッ…!?」


そして一撃、アマルトの拳がクルシフィクスを捉え、彼女はメガネが粉々に割れ地面に叩きつけられ数上バウンドする。クルシフィクスの…いやパラベラムのやり方が遠因となって、今クルシフィクスはこの痛みを負ったのだ。


「テメェらが無理くりレーヴァテインを攫おうとしたから、実力行使で相手を排除しようとしたから、争いになった。もっと言えば危険な兵器を掘り起こして争いを起こそうとしたから!こうなってんだろ!敵を潰す?馬鹿野郎が…テメェでテメェの敵作ってちゃわけねぇぜ」


「何を…さっきから言っているのやら、それを子供の理屈と言っているんですよ…」


「子供で結構、ゴミクズ外道の理屈よりかは一千倍はマシだろ?」


「威張れる事か、人はそれを弱さと言うんですよ」


クルシフィクスらパラベラムが強行手段をとったからこうなった。敵を潰すつもりでかかるから敵対する必要のない人間まで巻き込み争いが絶えない。本当に賢い奴は上手くやるだろうよ…それこそ、ラセツのようにな。


敵と戦い、倒せる力を強さとは呼ばない。しかしクルシフィクスはその理屈に真っ向から食いつき、立ち上がりながらレンズの割れた眼鏡を捨て苛立ちを顕にしながら剣を握り直し。


「ウィナー・テイク・オール…勝った者が全てを得る。であるならば…全てを倒して全てを得る、利益至上主義こそ正義…パラベラムに利益をもたらす私こそが、この場では正義だ…その為ならば、何であろうとも差し出そう!」


「テメェ何言って…」


「『魔力前借り・三年』」


「は…!?」


瞬間アマルトは大きく身を逸らす…と同時にクルシフィクスの剣の刺突が空を裂く。あり得ない速度で飛んできた、動きが完全に見えなかった…肉薄するまでの過程が全てすっ飛んだレベルで、速すぎる。


「これで私は三年と三ヶ月感一切魔力が回復しない…大損害だ。だが利益の為なら…瑣末なことでもあるッッ!!!」


そしてクルシフィクスはそのまま剣を振り下ろし大地を叩き割る。衝撃波が津波のように通路に氾濫し舞い上がる砂塵が外にまで及ぶほどの大爆発が起こる。三年分の魔力をこの一戦に注ぎ込む…それが一体どれほどの恩恵をクルシフィクスに与えたのか、計り知れない強化によりクルシフィクスはある種第二段階の壁を打破し更に先に進んだとも言えるだろう。


「ッッデタラメなやつだなおい!そこまでするかよ!三年って結構な期間だぜ?それを俺一人を殺すためだけに使うってか!」


「問題ありません、お前は強い…このままでは負けてしまう。負ければ私は全てを失う、奪われるくらいなら自分から差し出すだけだ!」


爆発する砂塵を切り裂いて瓦礫の間を駆け抜けるアマルトと蛇腹剣を振り回すクルシフィクスが黒の工廠内部を飛び回る。


「そこまで勝ち負けに拘るかよ!!」


「それが世界の摂理だからです!負ければ全てを失う!勝てば全てを得る!私は失うわけにはいかないッ!こんなところで!ここまで積み重ねておいて!」


「だからって!」


黒の工廠のラウンジに着地した瞬間、アマルトの足元が砕け散る。それほどの速度で大地を踏み抜き跳躍したのだ。


対するクルシフィクスも壁に足をかけた瞬間、ボコンと音を立てて壁が崩れ、それにより発生する推進力を使い一気に加速、空を駆け抜けるアマルトとクルシフィクスの剣が正面からぶつかり合い迸る衝撃波がラウンジの壁を、床を、天井を粉砕し虚空を中心にクレーターが出来る。


「『時間前借り・二秒』」


「やばっ!」


剣がぶつかりあった瞬間クルシフィクスの姿が消える。再び時間を前借りし転移したのだ、それを反射で感じ取ったアマルトは咄嗟に全身を防壁で守るが…背後に現れたクルシフィクスの重撃とも取れる程の踵落としをくらい地面に叩き込まれる。


「グッ…!くそ!それ反則だろ!」


「社会に反則はありません、あるのは違反だけです…『時間前借り・三秒』」


「また来る…!」


アマルトが四つ足をついて地面に着地した瞬間、過程をすっ飛ばした転移によりクルシフィクスが再び肉薄しアマルトの目の前で矢鱈蛇腹剣を振り回し一瞬で鉄の嵐を形成する。それを前に即座に後ろに向けて飛ぶが…。


「ゔっ!?なんだ!?」


後ろに飛んだ瞬間、何かに掴まれアマルトの体は空中で制止する。見れば足にクルシフィクスの蛇腹剣が絡みついており…ピンッと張った剣がアマルトの足とクルシフィクスの手を繋ぎ止めていた。


「『カラス飛ばし』ッ!」


そしてそのまま大きく腕を引いてアマルトを引き寄せながら背後に向けて投げ飛ばすクルシフィクス。そのあまりの勢いになす術もなくアマルトの体はクルシフィクスを飛び越し更に向こうの壁目掛け吹き飛ばされ…。


「『時間前借り・五秒』」


否、それだけではクルシフィクスの猛攻は終わらなかった。投げ飛ばされたアマルトの目の前に立ちはだかるように転移し拳に迸る程の魔力を集めて…大きく引いた姿勢で待機していた。追い討ちが来る、そう思ったところで既に遅い。


アマルトの体に吸い込まれるようにクルシフィクスの拳が叩き込まれ──。


「『鬼電』ッッ!!」


「グッッ……!!!」


叩き込まれた拳は魔力が凝縮されていた。所謂魔力遍在による身体強化、そこに加え爆裂させるように凝縮した魔力を迸らせる、電流のように鋭利な魔力が弾けるように拳から放たれ周囲の壁に無数のヒビが刻まれ大地が揺れる。


その衝撃波はアマルトを吹き飛ばしながらも…体に傷が加わることはない、つまりこれもまた貸しにされたのだ。しかもあんなにも強力な一撃が利息分に加わる、十秒ごとに通過されるダメージの絶対量が跳ね上がり、遂に耐えきれなくなりアマルトの口から血が漏れる。


「ゲハァっ…!」


「フッ…どうやら貴方、肉体は強いようですが…その扱いそのものは追いついていないようですね。私のような全能力を劇的に上昇させるタイプとは異なりただ身体だけ強化されている…大したことありませんね」


壁に叩きつけられ、膝をつく。口から夥しい量の血が溢れ呼吸が止まりそうになる。内臓が圧迫される、体の中で爆竹が爆ぜまくってる…やべぇ、これガチで死ぬ。カッコつけて一人で行くなんて言わなきゃよかった。


「今の一撃で貴方の寿命もかなり減りましたね…もう一分と持たないんじゃないんですか?」


「う、うるせぇ……」


「そして動けなくなるのにあと何十秒か…どの道お前が死ねば私の勝ちです。お前が死ねば、私の勝ちです、勝者総取り…お前の持っていたもの、欲しがっていたもの、全て私が手に入れます」


勝者総取り…そう口にしながらクルシフィクスは手を前に出し、何かを掴むように手を握り、強かに笑う。


「まずは魔女の弟子達の命です、奴らはやはり危険だ…殺すしかない。勝った私には奴らの命を奪う権利がある」


「あるわけねぇだろ…」


「そうだ、お前の肉体には興味がある。もし魔女の古式呪術の因子が見つかれば兵器転用も可能かもしれない。勝ったお私にはお前の全てを奪う権利がある」


「ないッつってんだろ」


「そして、レーヴァテインだ」


「ッ……」


俺が反応したことにクルシフィクスは愉快そうに牙を見せ口角を上げる。


「レーヴァテイン、奴はもう用済みだ。あれも殺す、社長は惜しがるだろうがあれは些か過ぎたる存在だ…潰しておくに限る、勝った私にはそれをする権利がある」


「テメェ…レーヴァテインは関係ないだろ…!それにあいつを殺したら…お前ら黒衣姫への道が見つけられなくなるぞ!全ての情報はアイツが持って──」


「だから言ったろ、用済みだ。レーヴァテインは既に黒衣姫に通じる第四層へ行くための鍵を私達に渡した、起動方法もレーヴァテイン遺跡群の掌握法も全てな」


「は……?なんだと…」


喋ったてのか…レーヴァテインが、黒衣姫の恐ろしさを誰よりも知るはずのアイツが…?おまけにレーヴァテイン遺跡群の掌握方法まで?ありえねぇだろ…こいつはブラフだ。


「嘘ハッタリ吐かすんじゃねぇ!」


「嘘じゃないさ、事実…社長は既に駆動車でレーヴァテイン遺跡に向かっている。我々幹部もポエナと共にレーヴァテイン遺跡群に向かう予定になっている、まぁ信じなくても構わない、我々がやることは変わらない」


「言うわけねぇ…レーヴァテインが…」


「まぁ、私もどう言う形で吐いたかは分からないが。大方…自分だけ助かろうとしたんだろう」


「……………」


クルシフィクスはバカにするようにこちらに歩いてくる。最早勝ちを確信したような…そんな余裕を漂わせながら、手元で蛇腹剣を踊らせる。


「哀れだな魔女の弟子、お前が命を顧みず守ろうとした存在はお前達の献身を無駄にした、だがそれもこれもお前の迂闊と軽率が悪いんだ。つい最近知り合ったばかりの人間に馬鹿馬鹿しい正義感と薄っぺらい倫理観で助けようとしたばかりにこうなった」


「……………」


「そんなにも必死になる理由がどこにある。命をかける理由がどこにある。どこかで割り切ってレーヴァテインを切り捨てる選択もあった、それをせず我々と真っ向から対決しようとしてお前達は全てを失ったッ…!」


グッ!と俺の髪を掴み上げ、クルシフィクスは舌を出す。そうだよ…この間知り合ったばかりさ、前を見れていないあいつに…そこまで必死になったのは俺個人の感情さ。どっかで割り切って賢く立ち回ることもできただろうよ…けど、けどな。


「そりゃねぇわ…必死になるだろ、そりゃ」


「ほう、何故だ?是非聞かせてくれ遺言代わりに。何故…必死に彼女を守ろうとする」


「……決まってんだろ、そんなもん」


そっと…クルシフィクスの腕を掴む、アイツを目覚めさせた責任、アイツに前を向かせる決意、それらを俺が優先したのは…ただ一つ、決まってる…こんなもん、必死になる理由なんてのは一つしかない。


「そんなもん…俺が、アマルトだからだ。探求の魔女の弟子アマルト・アリスタルコスだからだよ…ッ!魔女はな!世界一つ救ってんだ…!その弟子が目の前で困ってる人間一人救えねぇで俺は!なりたい俺になれるわけがねぇんだよ…ッ!!」


結局、そこに終結する。目覚めさせた責任を取るのも、アイツに前を向かせるのも、それらに固執するのも…俺がなりたい俺になるため。結局利己主義なのよ俺は、俺はただなりたい俺になるためにレーヴァテインという女を使っているに過ぎない。


そして俺がなりたい俺は、困ってる奴に手を差し伸べて…後ろを向いてる奴に前見せて、教えて導く!そんな俺になる為に…戦ってんだよ、俺は!!


「ナメんじゃねぇよクルシフィクスッ!俺は手前の夢叶える為なら命の一つ二つ賭ける覚悟決めてんだよッッ!!」


「ぬっ…ぐっ…まだこんな力が!」


「まだ…出し切ってねぇんだよ、この体の全力をッ…!」


全身が燃え上がるように熱を帯びる、髪が赤く染まり…筋肉が隆起する。今の俺の体の一部を形成するベオセルクの持つ『争心解放』…アルクカース人の争心解放は劇的なアドレナリンやドーパミンの分泌により身体能力のリミッターを外す。


天然の麻酔アドレナリンとドーパミンの大量分泌、これで…命が擦り切れる痛みを耐えて、全力を出す!


「フンッ…!だが同じこと!抵抗するならこのまま叩き潰す!!」


クルシフィクスは俺の腕を振り払い距離を取り再び蛇腹剣を構え…。


「『時間前借り・二秒』!」


再び転移を行う。ただでさえ力も速度も上がっているクルシフィクスが多少のリスクを取ってでも行う過程消失による瞬間転移。これを起点として動かれるとこちらは相手の初動を確認して動くことができない。おまけに奴はこれを起点にして攻めの動きを構築する。


対する俺は今一時のドーピングで動けているに等しく深すぎるダメージで前ほど機敏には動けない。残り時間は数十秒。


突破不可能な攻め、猶予のない残り時間…けど。


勝ちの目が全くないわけじゃない。


(お前は言ったよなクルシフィクス、俺は体だけが強くなってるって…んなことねぇだろ、キチンと技を使ってたさ、最高戦力達の)


俺はここに至るまで、クレアの技とタリアテッレの技を使っていた。なのに何故クルシフィクスは体だけしか強化されていないと結論づけたか…それは俺の使った技の威力が本家本元より弱かったからだ。


こんだけ賢いやつのことだ、魔女大国最高戦力と言われればそいつらがどれだけの存在でどれだけの事ができるか全て把握済みだ、奴らの技の威力だって理解してる。その上で…俺の技は本家より弱い、だから強化されてるのは肉体だけで技は猿真似とでも思ったんだろう。


だが違うぜ、俺の変身はキチンと対象の技術も模倣する。鳥になれば飛び方を理解し魚になれば泳ぎ方を熟知するように、シリウスになればシリウスの技が使えていた。


なら、何故威力が弱くなってたか…そこが味噌さ。ここに勝機がある。


正直、使えるって確信はあるが…これを使って戦える自信はない。けど…やるしかねぇなら。


「これで終わりだ…魔女の弟子ッ!」


背後に現れ神速の剣を振るうクルシフィクス、過程の消え去った奴の一撃は鋭く、それでいて隙がない、避ける隙も防ぐ隙もな…だが。


関係ねえ、『劣化版』に負けるわけねぇだろ…。


「『テンプス・フギット』…」


「は?───ぐべらッッ!?」


世界が揺れる、崩れる、景色が塗り変わり…いつの間にか全てが終わっていた。切り掛かっていた筈のクルシフィクスは殴り飛ばされ、いつのまにか俺は振り向いてクルシフィクスを殴り抜いていた…そう。


俺が振り向いて拳を振り抜いてクルシフィクスを殴り飛ばす…という過程が、完全にすっ飛んだのさ。


「ぐっ…それは!ルードヴィヒ将軍のテンプス・フギット!?」


「そうさ、お前と同じ…いやお前以上に過程をすっ飛ばして結果を出せる大魔術だよ」


「バカな…彼はもう引退している、テンプス・フギットを扱えるだけの力も残っていない筈…!」


「それはどうかな…けど、悪いな。少なくとも。今の俺は引退前のルードヴィヒ将軍の体になってんだぜ?」


「何?」


クルシフィクスは俺が技術を模倣できないと思っていた…その理由は本家より弱いから、だが技術の模倣自体は完璧にできていた、ならなんで威力が下がったか…単純だよ。


このヒーローブレンドを作ったのは今から三年も前だぜ?クレアもタリアテッレもその時からずっと強くなってる。つまり相対的に見て今のクレア達より今俺が得ている力の方が弱いだけで…別に俺は技術を半端に模倣してるわけじゃない。


クルシフィクスはそこを勘違いしていた、奴は魔女大国最高戦力と聞いて最新データを参照していた…だから弱く感じただけだ。


だが…それでも、みんなその三年で強くなった中一人だけこの三年で弱体化した奴がいる、それがルードヴィヒだ。今ルードヴィヒは腕を失い衰え老いている、がそれは今の話。


三年前のルードヴィヒはまだまだ現役バリバリ…唯一、今よりも強い男がルードヴィヒであり、俺は今は失われたルードヴィヒの現役時代の技を使えるただ一人の男になったのさ。


「この血は三年前の血だ、そん時はまだルードヴィヒは現役ってことさ」


「くっ…だからなんだ!劇的に強くなったわけでもあるまい!『時間前借り・三秒』!」


「そうでもねぇさ…テメェは俺を怒らせてんだぜ、命懸けた男のブチギレ…ナメんじゃねぇよ!!『テンプス・フギット』!」


クルシフィクスの時間前借りと俺のテンプス・フギットが同時に発動する。効果は同じ、結果の間にまたがる過程を跳躍し前提から結果まで一気に到達する技。


だが、それは挙動が同じというだけで…完全に同じ技ということではない。それは即ち。


「ごはぁっ…!」


「どうよ、現役バリバリの将軍の技は…!」


次の瞬間、転移した先に現れたのは足を振り抜く俺とそれより腹を打たれるクルシフィクスの姿だった。


「こ、この…『時間前借り・二秒』!」


「『テンプス・フギット』!」


そして再び転移、だがやはり次に現れる時には俺の拳がクルシフィクスの顔面を射抜くという形で顕現し…。


「ぐっ!?何故だ!?何故時間を飛ばした先で既に殴られている!過程は存在しない筈!なのに…!」


「そりゃ、お前の技より皇帝の作った魔術の方が許容範囲がでかいからさ」


クルシフィクスが飛ばしているのは飽くまで『移動する時間』だけだ、だってそうだろ?こいつ…時間を飛ばした時いつも俺の背後に飛んでくるだけで攻撃はいつも姿を現した後に行っている。俺への攻撃を命中させるところまで飛ばせばもっと確実に当てられるのに。


即ちクルシフィクスの時間前借りは自分の肉体だけに限定しているいうこと。時間を飛ばしても他の何かに干渉出来るわけじゃないんだ。対するテンプス・フギットはただ時間を飛ばすだけではなくいきなり相手に結果を叩きつけるという攻撃性能を持つ。


殴ろう…と思ったその時には既に殴り終わっている。それがテンプス・フギット…絶対命中絶対不可避の反則技。故に同時に移動しか出来ない時間前借りと攻撃終了まで飛ばせるテンプス・フギットを発動させれば俺の攻撃だけが命中したという結果だけが残るのさ。


しかもありがたいことにテンプス・フギット使用中は俺の肉体時間は経過しないようでこんだけ動いてもまだ残り時間はたくさんある。


もっと早くから使えばよかったと思うと同時に、今俺は内心冷や汗ダラダラよ…このテンプス・フギットって魔術、俺が思ってるよりピーキーだ。発動には『行動開始から結果確定の過程全てが見通せていないといけない』『結果が間違いなく出る状態でなくてはならない』など山のような発動条件があるんだ。こいつを普段使いしてたルードヴィヒ将軍の凄まじさを再認識するぜ…。


「グッ…がぁぁあああああ!!」


自身の技を攻略されたことに対してブチギレたクルシフィクスは蛇腹剣をめちゃくちゃに振り回し俺を切り刻もうとするが…。


「死ねェッ!!!……え!?」


瞬間、クルシフィクスの剣が俺の首を切り裂いた瞬間…俺の首は光の粒子となって消える。それを見てクルシフィクスは直感的に悟るだろう…。


「これは…幻惑魔術!?」


「違う古式幻惑魔術だ」


「ッ!?」


光を伴い、背後からクルシフィクスの臍の下に手を回す。言ったろ?俺は変身元の存在の技術も模倣出来ると…なり当然オライオン最強の戦士ネレイド・イストミアの幻惑魔術も使えて当然だよな。


そして、ネレイドと言えば…こいつも出来るんだよッッ!!


「行くぜ…!投擲式デウス・スープレックス!!」


「ぐぶふぅっ!?」


そのまま両足を地面に突き刺すような勢いで伸ばしながらクルシフィクスを根底からひっくり返し、そのまま後ろ目掛けて投げ飛ばす。その威力たるやクルシフィクスが激突した壁を砕き更に向こうの壁に突っ込み、奥へ奥へと飛ばしていくほどだ。


「グッ…バカな…奴は死にかけのはず…何故ここに来て、ここまで強く…!」


「『神閃撃』ッ!」


「なッ──がばはっ!?」


そして投げ飛ばされ起き上がったところに矢のように煌めく閃光の拳を叩き込む。クレアの神閃衝の速度とベオセルクの拳を掛け合わせた一撃によりクルシフィクスを更に吹き飛ばす。


「死にかけ?ここまで強く、違うぜ…俺達魔女の弟子は土壇場に強えんだ、そこにテメェが…燃料投下したんだろうが!」


「ッ…ならば、『魔力前借り・十年』!」


殴り飛ばしたクルシフィクスは更に魔力を解放し突っ込んでくる、その速度はもう俺の手に負えるものじゃない…が。


「『獣躰転身変化』…!」


飲み込む、更に追加で…ビーストブレンドを。しかもこいつは俺のとっておき。


「『超圧縮空気砲』!」


「なッ!?ブッ───」


腕から放出するのは空気の弾丸、皮膚が赤く染まり背中から羽が生える、魔女大国最強の力に加えて魔獣最強ほど力も追加させてもらったぜ、レッドランペイジって言う最強の力をさ!


「グッ…げぅ……」


しかし、そこまでやっても…いややったからか、口から血が止まらねぇ…全身の筋繊維がブチブチ千切れあちこちで血管が破裂する感覚がする。もう長くない…ここで一気に決める。


「ッさっきからコロコロと体を変えやがって!!」


吹き飛ばされたクルシフィクスは通路の向こう、巨大な扉の前で瓦礫を跳ね除け吠え立てる。全身血まみれになりながらも立ち上がり蛇腹剣をその場で捨てると…。


「最早許さん、全身全霊で…私の全てを投資してでも、お前を殺す。損益など度外視だ…!」


そして身に溢れる魔力をメラメラと燃え上がらせる、まだあんだけ残ってたのかよ…けど上等だ。こっちだって時間がないんだ、決着つけるならここでつけてやる!!


「ウィナーテイクオール!死んでも勝つ!勝って奪う!それが我が社の…私の理念!」


「だったら賭けろよ、テメェも全てを!」


剣先に魔力を集める。クレアの神閃衝もベオセルクの怪力も、グロリアーナの絶技もマリアニールの剣技も、ルードヴィヒ将軍の最強もネレイドの神技も。


何もかもをこの一撃を支える土台にする…、そうやって放つのはタリアテッレの奥義。普段はとても真似できねぇよ、けど今ならアイツの奥義だって真似出来る、いやそれ以上のものに出来る!!


「消えろ!そして寄越せ魔女の弟子ッッ!!」


「残闕式魔力覚醒!」


そして飛翔する、クルシフィクスは右手に緑色の魔力を集め、アマルトは更に…注ぎ込む。


「『大神明呪ノ血刃』!」


左腕を犠牲に刃を伸ばす。鋭く尖る片刃の黒剣を握り覚醒による身体能力強化に七大国の最高戦力達の力、更にレッドランペイジの力、今…自分の出せる最高火力で挑む。


「『特束鬼殿』ッ…!」


クルシフィクスが叩き込むのは緑色の閃光を放つ拳。契約魔術のみではここまでの実力には至れない、魔力覚醒だけでは届かない高みがある。故に己を磨き、武装に頼らず修練に修練を重ねた彼女が得た特級の魔力遍在。


大量の魔力を前借りで用意して、肉体全域に魔力を敷き詰め身体能力そのものを強化。更にそれを体内で移動させ拳から放つ。それはさながら銃身に込めた弾丸を手という最も魔力を放つのに適した場所から射出するように、体内の魔力の八割を一気に放出するそれは最早第二段階の領域にないと言ってもいい。


爆裂の如く噴出する緑色の一撃は加速と共に放たれ通路を満たす。壁が塵となり床が粉々に消し飛びこのまま黒の工廠を一閃し外まで突き抜けるような衝撃波となる。それを真っ向から受け止めたアマルトは一気にその身を削られ───。


「『光斬…」


「ッバカな!」


否、切り裂くのは暗黒の刃。光を切り裂き道を作ったアマルトは避けることも迂回することも逃げることもせず、一気にクルシフィクスに迫る。渾身の一撃を真っ向から破壊されたクルシフィクスは身動きすら取る暇もなく…。


「『ブリュノワーズ』ッッ!!」


「ガッッ…!?」


叩き込まれる、タリアテッレが持つ最大の一太刀『光斬ブリュノワーズ』。鋒は音速を超え光に迫り一気に相手を叩き斬る奥義の中の奥義、タリアテッレが覚醒してようやく行える一撃を身に受けたクルシフィクスは泡沫防壁ですら防ぐことが出来ず…飛ばされる、吹き飛ばされる。そのあまりの威力を前に水に押し流されるように後方へ後方へ…。


「っどうだッッ!!」


黒剣が地面に当たり火花を散らし、アマルトの眼前で…遥か向こうの壁が崩れる。クルシフィクスは吹き飛び壁を貫通し消える。一時的にクルシフィクスの十数年分の魔力を上回ることにより奴の渾身の一撃を切り裂いたのだ…。


「ックルシフィクスは……」


クルシフィクスが倒れたかどうか、それを確認するためクルシフィクスが貫通し大穴が開いた壁を超えて…その奥に行くと。


「なんだここ……」


その壁の向こうは…見たこともないほどに大きな部屋だった。というかこれ…大広間?ってことは。


そう考え俺は首を振って周りを確認すると…。


「ッ…レーヴァテイン!!」


「……………」


大広間の中央に、レーヴァテインが拘束されていた。柱に括り付けられ、ぐったりとして動かない。俺は慌ててレーヴァテインに駆け寄り剣を手放しレーヴァテインの肩を揺さぶる。


「レーヴァテイン!レーヴァテイン!おい!」


「……………」


「動かない……まさか」


ピクリともレーヴァテインは動かない…まさか、もう……。


「クソッ…!」


そりゃそうか、レーヴァテインが簡単に喋るわけがない。黒衣姫という目的のものを手に入れるためにどれほどの行いを奴らがするか…想像出来ないわけじゃない。想像できないわけじゃないが、今目の前で動かなくなったレーヴァテインを見て…実感する。


守れなかった…レーヴァテインを、俺は────。


「言ったでしょう、ウィナーテイクオールだと」


「は─────」


「『鬼殿』」


瞬間、背後から迫る強大な魔力が俺を殴り飛ばし壁に叩きつける。その瞬間俺の中の何かが切れて…夥しい量の血が口から溢れる。ガラガラと崩れる壁と共に倒れ伏した俺は…混乱の極致にあった、だって……。


「な、なんで…まだ…立ってんだよ、お前」


「フッ…あの程度で私がやられるとでも?」


視線を向ける、レーヴァテインの柱の近くに立つのは…今しがた俺が吹き飛ばした、渾身の奥義を叩き込んだはずのクルシフィクスだった。奴は満身創痍で立つのもやっと…ってわけでもなく、寧ろ余裕そうな表情で服を整えていた。


なんでだよ、確かに叩き込んだだろ…当たっただろ、なのになんで…。


「フフフフ、これが大人の余裕ですよ…魔女の弟子。奥の手は最後の最後まで隠しておくものです」


「奥の手……まさか」


よくよく観察してみると…クルシフィクスの体には傷がなかった。そう、傷がないんだ…これ、まさか。そう口にするとクルシフィクスはニタニタと笑い…。


「ええそうです、契約魔術…代償を支払い代価を得る。傷を無かったことにして利息分を永遠に支払わせる魔術…貴方にも使ったそれを、一体いつ私が『相手にしか使えない』と言いましたか?」


契約魔術だ、ダメージを無かったことにする代わりに本来得るはずだったダメージを分割して…かつ利息分を永遠に支払わせる魔術。今俺を苦しめる魔術を…自分に使ったんだ。


奴は今与えられたダメージをなかったことにして、利息を払い続ける選択をとった。これにより奴は今後一生俺のようにダメージを追い続ける代わりに…今のダメージは完全に無効化された。


ありかよ…そんなの。今のやつってば結構自信ある攻撃だったのに。


「この魔術は私の意識によって切り替えることが出来ます。貴方は十秒で一割分の継続ダメージでしたが…私が同じ条件をてるわけないでしょう?大体千秒で0.0001%の利息…ってところですかね」


俺と違って一千秒で0.0001%…?俺がこいつに与えるはずだったダメージが全部届くのに、何十年も何百年もかかることになるじゃねぇか。そんなの実質ダメージ無効化に等しいぞおい。


こんなのどう倒せばいいんだ…グッ。


「ガハッ……!」


「どうやらもう動けないようですね」


まずい…もう制限時間が…目の前に来てる。ダメージ無効化を突破する方法を考えてる時間がない…考えたとしても、もうそれを実行するだけの体力もねぇ…。


負けるのかよ、ここで…レーヴァテインを守れず、仲間を置いて……。


「フフフフ…アハハハハハハハ!素晴らしい!素晴らしい結果に終わりました!生意気な小僧一匹蹴落として…我々は全てを得る」


クルシフィクスはレーヴァテインの頬を触りながら牙を見せて笑う。


「ピスケスのデータベースを漁れば…八千年前に何があったかなんてのは簡単に分かった。彼女はかつて魔女と争った存在なのでしょう?」


「ッ………」


「ピスケスの技術力は最強だが、それを扱うレーヴァテイン自身に軍を動かす才能がなかった…だから科学技術は魔術に敗れ、魔女の天下となった。だが…それはレーヴァテインに限った話、ピスケスの技術を我々が使えば今度は我々が天下を取れる」


「レーヴァテインは…平和を望んで戦ってたんだ…こいつが平和のために作ったものを、これ以上穢すんじゃねぇよ…!」


「断ります、何故ならもう全ては我々の物だからです、勝った我々のものだからです!魔女の天下を終わらせる…その序章として魔女の弟子達を殺し尽くす、最高の幕開けだとは思いませんか」


クソッ…こんな奴に好き勝手されるのめちゃくちゃ腹が立つ…。けどもうこうなったら…どうしようもない。俺がここで死ぬまで大暴れしても…アイツにダメージが届かないんじゃ、どうしようも……。


(……ん?)


ふと、クルシフィクスから目を背けたその時…俺の目にとあるものが映る。


(これ…いや、これを使えば…もしかしたら)


もうこうなったらマジで一か八かだ。覚醒のデメリットで片腕もねぇし、ここから動くこともできない。なら…これに賭けるしかない、ダメだったらあの世でダメだったと言おう!


「駆動車、航空駆動機、他にも数多くの兵器の設計図がレーヴァテイン遺跡にはある!レーヴァテインそのものがいなくとも…それらを全て作り上げられる我々の財力と技術力さえあれば!それで事足りる!そうやって世界中に兵器を供給し戦争を起こし更に利益を得れば!魔女ではなく我々がこの世界の主導権を握ることになる…!」


「……………」


「レーヴァテインには感謝していますよ。貴方は誰にも負けずにここまで生き残ってくれた、だからこそ…我々が勝利する余地が生まれた、全てはお前のおかげです」


「…………」


「遠慮せず、消えてください。私達が貴方の発明を有効活用してあげますからね!フフハハハハハ!!」


笑う、けたたましく笑う。クルシフィクスは最早勝利を確信しチップ勘定を始めてる…けど、まだ終わってねぇんだよ。だって俺は…まだ立ち上がれる。


「クルシフィクス…!!」


「む…まだ死んでなかったんですか」


立ち上がる、ただそれだけの作業が今は途方もない重労働に感じる。崩れかけの積み木の上に立っているような、そんな危うさを感じながらも瓦礫に手をついて立ち上がれば口から大量の血が出てくる…マジで死ぬ。


死ぬかもしれないが、半端じゃ死ねないよな…。


「まだ俺ぁ負けてねぇぜ。レーヴァテインを我が物面で触るのはやめろやクソボケが…」


「あと十数秒で死ぬ奴が何を言うかと思えば…そこから勝てると?お前はもう動くこともできない、力も使い果たした、そして…剣はここにある」


クルシフィクスは俺の剣を蹴飛ばして他所にやる。レーヴァテインの意識を確かめる時に手放したんだ…片腕だからな、剣を放すしかなかった…迂闊だったな。


確かに、俺にはもう打てる手はないかもしれない…ぶっちゃけもう一歩歩けんし、でも。


「言ったろ、俺は俺である限り…俺のやりたくないことはやらない。ここで逃げるのも負けを認めるのも大人しく死ぬのも…何より、レーヴァテインの積み重ねた歴史を汚されるのも全部嫌だ!」


「歴史?馬鹿馬鹿しい…レーヴァテインは八千年も前の人間だ、歴史もクソもないだろ」


「こいつの生きた八千年前があるから、八千年後の今がある。こいつが必死で駆け抜けて!戦って!守ったものが今俺たちの立つ場所にある!それが歴史だッ!!時の流れも顧みない奴が!何が時代を作るだ…そっちの方が余程馬鹿馬鹿しいぜ!!」


「レーヴァテインは…逃げ延びて生き残っただけだと、遺跡のデータにあった。必死で守った云々は否定させていただいても?」


「いいや誰も否定できねぇさ、お前も…俺も、レーヴァテイン自身だって否定出来ない。それが歴史の事実…誰にも覆せないから歴史という学問は確立されてんだ。だからさせない…誰にも、レーヴァテインが平和の為に作り上げた兵器の数々をッ!そいつを使って切り拓いた今の世をッ!否定なんかさせてたまるかよッ!」


「ハッ!大口を叩くだけ叩け!今に死ぬ!」


「かもな…けど」


俺は倒れ込むように一歩前に踏み出して、大きく振りかぶる。これでダメならカッコ悪く死のう、意地張って自分貫いてダサく死のう、けどいいんだ!


「かっこよく、賢く生きて…手前曲げる生き方なんぞするくらいなら!俺は最後まで無様に滑稽に俺を貫くさッッ!!」


「む……!」


投げる、手に握ったそれを。即ち投擲、物を投げつけるのだ、今俺に残された全ての力を使って…クルシフィクスに対して投げつける、これがどうなるか…それが俺の命運を分ける、しかし。


「フッ…それがお前の最後の手か?なら残念だったな」


「グッ……」


どれだけこの身に力があっても最早それを出すだけの力はなく投擲物は全く力が篭らず、へっぽこなスピードで飛びクルシフィクスに呆気なくキャッチされる。それと共に踏み込みすぎた俺はそのまま倒れ伏し…終わる。


「くっ…う……」


「フッ…ハハハハ!これなら死を待っていた方がまだ潔かったな!どの道私の勝ちだったというに!」


キャッチされた、クルシフィクスは俺の最後の一手を潰して大笑いする…それであとは俺が死ぬのを待つだけだ。



そう、奴は思ってる…けど、けどなぁ。


「ククク…カハハハ……」


「……何を笑っている」


思わず笑っちまう、だって…笑っちまうくらい、上手くいったんだからな!


「バァカ…お前、俺が何投げたか…よく見てみろよ」


「む……」


ふと、クルシフィクスは見る。俺が何を投げたのか、自分が何を掴んだのか。それがなんなのかを確認し…眉を顰める。


そう、今クルシフィクスの手の中にいたのは……。


「…ちゅう?」


「………ネズミ?」


ネズミだ、それも黒い体毛を持ったネズミ…いや、正式名称を言うなら。


「いや違う、ネズミじゃない…『血吸いネズミ』だよ」


それも…俺の血をたっぷり飲んだ、俺の血を体内に入れたネズミだ…!そうだよ、つまりこれは……。


「その四肢!今こそ刃の如き爪を宿し、その口よ牙を宿し荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ今人の殻を破れ『獣躰転身変化』ッ!!」


「なッ……!?」


呪術とは、通常の魔術と異なり体外に放つ場合と異なり対象の肉体に直接影響を与えるには目印が必要となる。それが相手の血であり…俺の血だ。黒剣で傷つけた相手に俺の血を入れて麻痺させられるように、俺の血に触れている存在には無条件で呪術を遠隔からぶつけられる。


この条件さえ満たされれば相手がどこにいて、誰だろうが呪術をかけられる。なら…俺の血を吸ったネズミに触れていてもそれは可能だろう?


見つけたんだよさっき、レーヴァテイン遺跡群から搬入される荷物紛れていた血吸いネズミがさ、血をドバドバ吐き俺の血に誘われて…手元にやってきていた。そいつに血を飲ませついでに毛にも血を付着させ、それを投げ飛ばした。


これがもし弾かれたら、攻撃で撃ち落とされたら、その時点で終わりだった。だが奴は掴んだ、俺の血を飲んだネズミを。


これで呪術をかける条件である『俺の血に触れる』と変身呪術を行う為の『動物の一部に触れる』が同時に達成された…よって、クルシフィクスは。


「か、体が…体が縮む!?なんだこれは!こ、この!クソ!先伸ばしに出来ない!?こ…これが…呪術!?」


「だから言ったろ、勝ち負けに固執するなってさ。そう言う奴は勝ちを確信した時に…隙ができるんだぜ」


「グッ!ば…バカなァァアアア…………」


縮む、変身していく。迂闊にも…油断して俺の血を飲んだネズミを掴んだせいでクルシフィクスの体はネズミに変わっていく。それと共に魔力が消失していく、そりゃそうだ…あんだけ強力な魔力をネズミのままもてるわけがない。


みるみるうちに縮んだクルシフィクスはそのままクルシフィクスの髪の毛である金髪と同じ金毛のねずみに変わってしまい…。


「ちゅ…!ちゅう……!」


「うっし…さぁて、ネズミ肉…今晩の飯にして終いにするか!」


「ちゅう!!」


俺の眼光を受けて…クルシフィクスだったネズミは慌ててシャカシャカと足を動かして逃げていく。……はぁ。


「はぁ〜〜〜〜なんとかなったなぁぁ〜〜」


俺はその場でぐったりと横になり大きく息を吐く。体の中で荒れ狂っていた感覚が消える…どうやらクルシフィクスがネズミになり魔術も解除されたようだ。助かったぁぁ……。


「ふう…イテテ…とんでもねぇ目にあったぜ…」


何はともあれ、クルシフィクスは倒せた。アイツはネズミになったわけだしもう俺達の邪魔は出来ねぇだろ…それよりレーヴァテインだ。もう一度俺はレーヴァテインに近づき…確認する。


どうなっちまったんだ、死んじまったのか?…そう思いレーヴァテインの頬に触れる。


「レーヴァテイン……」


過酷な拷問に耐え切れず命を落としたレーヴァテインを見て…静かに息を吐く。ダメだったか……。





ん?あれ?


「ん?こいつまだ内側の歯車が動いてる…」


ふと、髪をかき揚げ確認するとレーヴァテインの皮膚の下の歯車が動いているのが見える。これ生きてるってことになるのか?だが声をかけても叩いても反応しないし…いや、まさか。


「まさか、まさかな…」


俺はレーヴァテインを拘束する枷を破壊し同時にレーヴァテインの耳の裏を触る。するとそこにはレーヴァテインのゼンマイが隠されている。こいつをそのままレーヴァテインの背中にある穴に差し込み、回転させる。


一回巻く、二回巻く、三回巻いた辺りでこちりと音がして…。


「ん……起床!あれ!?ここは……」


「っだッはァ〜〜〜!そういうオチかよ!」


動き出す。ガバッ!と起き上がるレーヴァテインを見て思わず座り込む…ビビらせんなやクソボケが、いやでもおかしいと思ったんだよ…クルシフィクス一人が勝手に殺すならまだしも拷問の末に殺すほどやるかってさ。


だってこいつが生きてた方がセラヴィとしても得だもん…はぁ、腰抜けたわ。


「ッ!アマルト君!?その腕どうしたんだい!?」


「どうしたもこうしたも…」


「それよりラグナ君達が捕まっているんだ!早く助けに行かないと!」


「お前がラストだよ、…無事でよかった」


「ボクが…ラスト、ってことはみんな無事?」


「なんとかな…イテテ」


「ッ大丈夫かい!?そんな大怪我して…顔色も悪いよ」


「一戦やったからな、それより立て…いくぜそろそろ」


「………アマルト君」


みんな待たせてるんだ、レーヴァテインを助けられたんだからこんな陰気臭い場所からとっとと逃げようかと俺は片腕で立ち上がる。しかしヤベェ〜視界がグルングルンしやがる、血が足りねぇ…。


「アマルト君…ごめん」


「ん?何が?」


「ボクが…キミ達を…」


「言うな、誰もお前に巻き込まれたなんて思ってない。俺達は俺達のやるべき事を貫いてるだけなんだからよ、お前が謝るのはお門違いだぜ」


「だとしてもだよ……ボクは、…八千年前もそうだ…ボクが情けなかったからみんなを死なせた!なのにボクだけが生き残ってしまった!」


「…………」


レーヴァテインは叫ぶ、きっと体が生身だったなら涙だって流れただろう。しかし…レーヴァテインの気持ちを考えれば割り切れないのも分かるさ、手前のせいでラグナ達が攫われ…俺なんか見てみろ、口から血がめちゃくちゃ垂れてるぜ?左腕もないしさ。これが自分のせいだと思ったなら…まぁ、そうだよな。


「今回だって…君達を巻き込んだ、君達に必要のないか危機を与えた…きっとボクはまた君達を死なせてしまう。ボクはどこまで行っても…同じなんだ、変わらない…!」


こいつは…今も引きずっている、過去の経験を。いや過去の経験なんて言ってしまうにはあまりにも鮮烈な経験だ、それを否定は出来ない。何よりその戦いを経験すらしていない俺にレーヴァテインの過去について何かを言う資格はない。


世界を巻き込む戦争を知っているレーヴァテインと、知らない俺。そんな状態で俺が何かを言ってもそれは空虚で中身のない…その場凌ぎのお為ごかしにしかならない。


けど、このままこいつに自責の念を覚えさせておくのもアレだし…何より、気に食わねえな、こいつの物言いはよ…。


「おいレーヴァテイン」


「な、何…?」


「お前、なんで分かるんだよ」


「え?…いや、だってボクは事実一人生き残って…」


「違う!どこまで行っても変わらない?また全員を傷つけることになる?お前…なんでまだ進んでもないのに先の事が分かるんだよ…お前はまだ、前に進んですらかいないだろ」


「ッ……」


「この先がどうなるかなんて誰も分からない、どこまで行っても変わらないかなんて誰にも決めることなんかできないだろ。過去は今の延長線上にあるが…未来はそうじゃない、望んだ道があるならそっちを選べるもんだろ?」


後ろを見て、きっとこの先もそうなんだろうと思うのは勝手だ…けど、前に続く道に目も向けず最初からか決めつけるのは損だろ。もしかしたら一歩踏み出した先には違う世界があるかもしれない…。


だから…だから、レーヴァテイン。


「だからレーヴァテイン、前を見ろ。過去に囚われるなとは言わない…過去があるから今があるんだからな、でも…過去があって今があるから未来がある、どれか一つでも蔑ろにしたら成り立たないだろ?」


「前を……」


「今すぐとは言わねぇさ、一人で無理だって言うなら手伝ってやる…だから、ほれ…こっち来いよ」


俺は歩く、レーヴァテインの先を歩く。少なくとも今は歩かなきゃいけない時なんだからさ…。


「……うん、ありがとう。アマルト君…ねぇ、アマルト君!」


「なんだよ…ッと!?」


その瞬間レーヴァテインは後ろから抱きついてきて…。


「やっぱり、ボクには…キミが必要だ、やっぱりボク…キミが必要だよ」


「……後にしろ」


背後から抱きついてきたレーヴァテインを引きずって歩く。今…それを言う意味あるのかね、第一俺はレーヴァテインを────。


「……お?」


「え?」


瞬間、大地が揺れる…一気に沈み込むように、縦に揺れた。って言うか心なしか…。


「なんかどっからか爆発音とかしないかい?」


「だよな…っていうか、マジでどっかで爆発してないか?」


ドッカンドッカンと何処からか爆発音が聞こえるんだ。その都度に大地が揺れる…え?もしかして、ここ…崩れかけてる?


『アマルトさん!見つけました!』


『おい!アマルト!ヤベェぞ!なんか黒の工廠の製造ラインで爆発があったらしい!それが諸々の燃料に引火し始めてる!ここが消し飛ぶらしい!』


「え!?」


ふと、遠くから聞こえてきた仲間達の声に反応し青ざめる。製造ラインで爆発?なんで?俺とクルシフィクスの戦いのせい!?ふざけんなよなんじゃそりゃ!!


「ッ!今の爆発…かなり近いな!仕方ない!レーヴァテイン!捕まってろ!」


「え!?」


俺は咄嗟にレーヴァテインを片手で掴み落ちてた剣を回収、そのまま走り出して廊下に出る、するとこんな状況の中でも仲間達は待っててくれて…。


「ラグナ!悪い!時間かかった!」


「勝ったんだな…アマルト!」


「ったら前だろ!ってか脱出するぞ!」


「もう時界門の準備は出来ています!早く離脱を!」


「おう!撤退だ撤退!」


俺は仲間達と共にメグが用意してくれていた時界門に飛び込み…その直後、黒の工廠はその全てが消し飛ぶ程の大爆発に見舞われ…跡形もなく消し飛ぶのだった。



これはさ、結果論に過ぎねぇんだけどさ。俺はクルシフィクスに勝った…結果として俺はレーヴァテインを得て、仲間達を全て手に入れ、そしてクルシフィクスはそのキャリアも失い…そして同時に黒の工廠という本拠地も失った。


これが…ウィナーテイクオール、勝者総取りって奴なのかね。


だとしたら…お前の言う通り、胸糞悪いな…なぁ?ラセツよう。


………………………………………………………………


「レーヴァテイン遺跡まで後どれくらいかかる」


「おおよそ一週間あたりかと…」


「ふむ、ならいい…」


一方、北部の平原を走るのは黒の大軍勢。凄まじい数の駆動車が大地に線を引き砂塵を上げて駆け抜けていた。既に黒の工廠を脱出していたセラヴィは他の幹部達と共にレーヴァテイン遺跡を目指していた。


エリス達の襲撃を受け、やや苛立った様子のセラヴィは指の間で金貨を遊ばせながら…同乗する部下に目を向ける。


「クルシフィクスはどうだ、何が連絡はあったか?」


「いえ、何もありません」


「ラセツは」


「何も」


「チッ…」


うちの二大巨頭が不在、そこに若干の不安を感じながらもセラヴィは駆動車のソファに腰を沈め…考えを巡らせる。


「まぁいい、魔女の弟子達はどうせ追っては来ないだろう…」


「魔女の弟子達は放置で良いのですか?」


「そう言う契約をしたからな、奴らが仕掛けてこない限りこちらも仕掛けない。たとえ敵でも契約は守る…それが俺の流儀だ」


奴らと交わした契約はラグナ達の解放、レーヴァテインの解放、そして黒の工廠を出てから手出しをしない事。これは守る、奴らが黒の工廠を出たならば手出しはしない、契約書にそう書いたからにはそれは守る。


こっちにまた手出ししてきたら殺すがそれまでは手出ししない。何よりが欲しいものはもう手に入れたんだ、ラグナ達だろうがレーヴァテインだろうがなんだって返してやる。結局アイツらは俺を止められない…と浅く笑うセラヴィは金貨を握りしめ。


「……ッ!セラヴィ様!大変です!」


「なんだ…魔女の弟子が追ってきたか?なら追い払えば……」


ふと、セラヴィは隣に座る部下の報告を受けそちらを見る。するとそいつは魔伝を使っていた…連絡用機構ではなく…だ。なんで今更そんな魔伝なんて時代遅れのものを使う?おかしいだろう、連絡は基本連絡用機構を使えば済むし…。


そう思っていた瞬間、飛び込んできたのは衝撃の報告。


「それが…黒の工廠が跡形もなく吹き飛んだそうで!」


「なんだとッ!?な…え!?」


「先ほど現地の部下から報告が…原因不明の大爆発が起こり、工場地帯に誘爆し…全て吹き飛んだと…」


「なんだと!?うちの在庫は!?財産は!!」


「お、おそらくですが……」


「…………………」


眩暈がする…なんだって、俺は今…夢を見てるのか?黒の工廠が?ウチの本拠地にして最大の生産ラインが、吹き飛んだって?


あそこには在庫が…財産があるのに、そんなバカな……。


「う……」


「セラヴィ様!」


「クソッ…クルシフィクスは?ラセツは…」


「それが生死不明で──」


「違う!そいつらは黒の工廠が爆発した時何処で何してた!工廠を守らず何してたッ!!なんのために雇ってると思ってるんだあの役立たずどもは!!間違いなく現地にいただろう!クソッ!ゴミクズどもめ…役に立つこともできんのか!」


「い、いえ…分かりません、二人とも生きているかも…」


「死んでいたなら死んでいたで構わん!それより原因だ…何故爆発した、魔女の弟子か?……いや考え難い、あのガキどもにそこまで徹底したやり口が思いつくとは思えん」


セラヴィは考える、魔女の弟子達はまだガキだ、清濁も知らんガキに工廠を跡形もなく吹っ飛ばすなんて発想が出るとは思えない。エリスって奴は別だがアレはアレで目的のこと以外には無頓着だ、去り際に黒の工廠を踏み潰すと言う手には出ないと俺は読む。


ならなんだ、単純に事故?それこそあり得ん、魔女の弟子達と言うイレギュラーが遠因となって事故が起こったと言うのなら分かるが……いや待て。


「イレギュラー……ゴルゴネイオンか…」


そうだ、あの時魔女の弟子以外にもイレギュラーとなる存在がいた。ゴルゴネイオンのブラッドとペティだ……思えばアイツらの要求は何処か空虚だった。契約を急がせるような事を言いつつ急がなきゃいけない原因を言わず、かと言ってこちらが軽く脅したら屈するように引き下がった。


だが俺は確認したか?アイツらが確かに帰ったと言う確認をしたか?もし奴らの目的が俺と商談をすることではなく…黒の工廠の内側に気づかれずに入り込むことだったとしたら?


……まさか、爆発の原因は…!!


「おのれぇッ!イノケンティウスゥゥウウウウウウウッッ!!!」


頭を掻きしむる、やられた!イノケンティウスだ!この爆発はイノケンティウスの策略だ!だが何故だ!何故今になって奴が俺を切り捨てるような真似を…いや、まさかバレたのか。


俺がヴァニタートゥムと…コルロと組んでいることが。奴に資金提供をしていることがバレたのか。


(もしや俺をコルロ同様謀反を企んでいると考えて手を打ったのか…!くそっ!ならとんだとばっちりだ!俺はコルロに資金提供はしたがそれ以外のことは何もしていない!!)


ただ布石を打っただけなんだ、コルロが何かをしでかして本当にマレフィカルムの覇権を取った時スムーズにコルロ側に移れるように布石を売っていただけなんだ。確かにその資金で奴はアルカンシエルや逢魔ヶ時旅団を操っていたがそこに俺は関係ない!関係ないのに…やってくれたな、イノケンティウス!


「クソッ…!イノケンティウス…お前はコルロ側ではなくガオケレナ側だったか…!失念した…俺としたことが!」


イノケンティウスという男は昔から読みきれない男だった。俺が…パラベラムが八大同盟に加入した頃から、俺も奴も若かった頃から…イノケンティウスという男は底が知れなかった。


この俺が目を見て飲み込まれそうになったのは初めての経験だった。まるで地平線の先まで見据えているような視線と闇の奥底を覗くような虚な目。俺は心底あの男だけは敵に回すまいとあの時誓ったのに…結局こうなったか。


…上等だイノケンティウス、そんなに俺と戦争がしたいか…ならやってやる、お前から潰してやる!!!


「覚えていろよイノケンティウス…!俺はすぐに最強の力を手に入れる…そこで軍備を整えて、まず最初にお前達を殺してやる!!」


手に握った金貨を見る…いや、正確に言うなればそれは金貨型のチップだ、レーヴァテインから受け取った『レーヴァテイン遺跡群の制御チップ』。これがあれば黒衣姫もピスケス製の兵器も山のように手に入る。


貰うもんは貰ったんだ、もう魔女の弟子などどうでもいい。それよりもまずは!イノケンティウスだ!ゴルゴネイオンだ!俺達に牙を剥いたこと後悔させてやる!


「幸い戦力となる幹部も兵器も積み出してある、戦争ならいつでも出来る…後はレーヴァテイン遺跡を俺の新たな本拠地にできれば……」


「ッ!セラヴィ様!続報がありました!ラセツ様が生きているそうです!」


ふと、新たな魔伝が届いた。どうやらラセツから来たものだろう…アイツも生きているか。……まぁいい、これからゴルゴネイオンと戦争をするならアイツも必要だ。今回の件は不問として…イノケンティウスと戦うための手駒にするか。


「ならラセツに伝えろ、レーヴァテイン遺跡に来いとな…」


「わ、分かりました」


ラセツ…か、まぁアイツが裏切るはずがないか。何せアイツは……。


「フンッ…」


ラセツのことを考えていると胸糞が悪くなる。だがアイツは俺に従順だ、絶対に逆らわない。なら…上手く使ってやるか。


………………………………………………………


「うへ、もう返信きよった…えぇ?今からレーヴァテイン遺跡に来いって?ホンマ人使い荒い社長さんやで…にしても」


ノミスマ大峡地の一角にて、オレは社長宛に送った魔伝の返信を見て辟易としつつ…視線を動かす。その先にあるのは。


「マジで盛大に吹き飛んだなぁ黒の工廠。パラベラムも大損害やんか」


轟々と音を立てて崩れる黒の工廠だ、事前に脱出していたオレはオレのアジトが吹っ飛ぶ様を見て笑っていた、だって思ったより盛大に吹っ飛ぶんやもん。笑えるやろ、これ。


「これでセラヴィは退路を失ったわけや…どないすんのやろなぁアイツこれから」


「それをお前さんが言うかい、獅子身中の虫とは言うが…恐ろしいねぇ」


「虫?え虫ってオレの事?酷い事言いますやんかブラッドちゃ〜ん」


「虫だろ、ご主人様裏切る忠犬かと思いきや…盛大に裏切ってアジト吹っ飛ばした虫ケラだろお前は」


「酷いなぁ、その虫のおかげでお前らはご主人様の命令守れたんやろ?犬っころがよ」


クルリと振り向けば…そこには黒いスーツの顎髭男と、ずっと菓子食ってるガキ女がおる。こいつらはゴルゴネイオンのコマ使いのブラッドちゃんとペティや。因みにアジトの爆発はこいつらのせいや。


商談やって言うてアジトの中に忍び込んで工場に爆弾仕掛けて大爆発。ホンマ悪人やと思わん?オレら同じ魔女討伐を志す仲間やのに…こんな内輪揉めしとる場合なんかな?なぁんてな…。


こいつらの手引きしたオレが言えたことやないか。


「しかし驚きだよラセツ、まさかお前がセラヴィを裏切るなんてな…」


「そんな意外?」


「意外だろ、アンタいつもセラヴィにくっついて会議とかに出てから…てっきり絶対逆らわないもんかと思ってた」


「そらオレが一番強いからな、戦える社長に代わって八大同盟の会議に出やなパラベラムがナメられるでな」


「だが、それでもお前は裏切った…なんでだ?」


「さぁ?転職活動かもしれんで?ゴルゴネイオンに入れてぇやって言うたら入れてくれる?」


「入れるかよ、簡単に裏切るような奴を招き入れてまた裏切れられたらたまったもんじゃない」


「へっ、かもな。アンタらの組織にオレを止められる奴おらんもんなぁ?お前らも…オレがここで暴れたら何も出来んとぶっ殺されるだけやしな!なはは!」


「…………」


「ビビって口も聞けんようなる雑魚のくせしてオレに探り入れようとすんなや、別にオレはお前らの味方になったわけやないってことくらいちょっと考えたら分かるやろうが」


「ああ?雑魚?ウチらが雑魚だって?兵器頼らなきゃ弱いパラベラムの癖してお前何ゴルゴネイオンに生意気な事言ッ─────」


「雑魚やろ、ボケナス」


雑魚って言葉に反応し向かってきたペティを蹴り飛ばし近くの岩に叩きつける。舞い上がる砂塵の向こうで気絶するペティを見て唾を吐きかけようとしてやめる…オレ仮面してるやんか、このまま唾吐いたら自分にかかってまうやん。


「チッ、悪かった…ラセツ、怒らせるつもりはなかった」


「なはは!あーそうなん?そやったらよかったわ!因みに言うとくとそっちに怒らせるつもりがあろうがなかろうがこっちには関係ないねん、口の利き方考えろや?」


「ああ……」


「それとオレが裏切った件…他所に言うたらお前ら殺す、詮索しても殺すし関わろうとしても殺す、覚えとけよ。次はそんなつもりありませんでしたって言い訳も聞かんからな」


「分かったよ…」


「なら帰れや、お前らに用はもうあらへん。そこのボケカス連れて帰れや虫ケラ…」


「………」


何も言わず気絶したペティを連れて帰るブラッドを見て…これは一仕事終えた充足感を感じつつオレの愛車にもたれかかる。ブラッド達がなんかしたそうやったから声かけたが大正解、これでセラヴィはもう引くに引けんところまで来た。後はもうやるしかないです社長さん。


おまけに魔女の弟子達は全員離脱…こりゃガチで期待した通りのことになるかもな。


「はぁ〜〜さて、プライベートの時間も終わりやしそろそろ仕事に戻らなオレクビにされてまうで〜」


大きく伸びをしてセラヴィのところに行くことにする。勿論表立って裏切るのはまだ先だ、オレの予測が正しければこの先オレが裏切るべきタイミングな必ず来る…だからエリスとアマルトちゃんに手ェ貸したわけやしな。きちんと働いて貰わない割に合わん。


だから今は奴の手下として働く、黒の交渉を失って失意のセラヴィの顔を最も間近で見ながら…な。


「……フッ、カカカ…おもろなって来たよな。なぁ?クルシフィクス」


「ちゅう!ちゅう!(ラセツ!貴様!やはり裏切っていたのか!)」


チラリと背後を見れば、そこには車内の籠に閉じ込められた金色の珍しいネズミがいる。信じられるか?これクルシフィクスやねん、アマルトちゃんに負けてこんな姿にされたんや…それを捕まえて、今ここにいるってわけや。


惨めやな、あのキャリアウーマンがこんなネズミにされるなんてな。大方オレの裏切りを知って責め立ててるんだろう…まぁもう遅いが。


「いいザマやなクルシフィクス、お前お似合いやんか…セラヴィの食い散らかした死体を喰い漁る浅ましいお前にはピッタリや…」


「ちゅう!ちゅう!(貴様!何を考えている!私を元に戻させるよう魔女の弟子に言え!)」


「何言うてるか分からへ〜ん!くかかかかかっ!」


いい気味だ、全くもっていい気味、黒の工廠を失ったことに加えクルシフィクスの離脱、セラヴィには痛手だろうな…。


「ちゅう!(何故だ…何故裏切った!お前はやはり…やはり)」


「………まぁええやんか、お前はさ。お前は魔女の弟子に負けて全部奪われたわけやし、専務から窓際族に転身転身〜ってな、それとも…こう言って欲しいか?」


オレはクルシフィクスの方を向き直り、ソッと仮面に手を当て…取り外し…笑う。


「『ウィナーテイクオール』……ってな」


「ちゅ…ちゅう……(お、お前…その顔……!そんなバカな…)」


「勝者総取り…ウチの社訓やろ、やったら…最後に勝った奴がぜーんぶ貰ってもええんよなァ」


牙を見せ笑う、着々と進んでいる…あの時、セラヴィに母親を殺されたあの時からずっと企んでいた計画が実を結びつつある。


これはゲームがなら、プレイヤーはセラヴィと魔女の弟子だけやあらへん。密かにチップを賭けて…最後の最後に掻っ攫うのを狙っとる第三のプレイヤーもおる。


さながら…死肉を喰らう狼駒の如く…な。


「全部全部、奪ったる…オレが総取りや」


愛車に乗り込み…仮面を付け直し、オレはオレの生き方を貫く。その道中に何があろうとも粉砕して進む。


それが…オレのやりたいことや。

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