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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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696.魔女の弟子と鬼の顔


「これな!ウチの商品開発部が作ってん!ハンバーグ!美味しそうやろ!」


「へぇ!けど俺の方が上手く作れるな」


「えぇ〜!?マジぃ〜!アマルトちゃん料理まで出来るんか!?」


「そらお前趣味だけどな?そうだ後で作ってやるよ!」


「ヒュー!楽しみ〜!」


「…………」


マレウス切っての治安の悪さと知られる没落の街ディーメント。その一角の夜鳴亭で酒を酌み交わすのは二人の男子…エリスはそれをやや呆れながらも見つめる。いや呆れるよ、だって酒を飲んでるの…アマルトさんとラセツなんだもん。


「オレも料理出来んで〜!この酒とこの酒をな、こうやって混ぜると美味いねん」


「それ料理じゃなくてカクテルだろ…って美味ァッ!お前すげぇなラセツ!」


「だぁははははは!」


この二人、何故かは分からないが意気投合したらしい。エリスが診療所で傷の治療を受けている間にこんな超絶仲良しになって…剰えその理由は内緒だと言うんだ。まぁアマルトさんの事だからエリスを退け物にしようって考えじゃなくて多分ラセツの都合とかを考えて他言しないんだろう。彼はそう言うところで律儀な男だから…まぁそれはそれとしてこのノリはウザいが。


「ねぇラセツ、そろそろ話を進めませんか」


「お?ああすっかり忘れとった、今日飲み会やなかったな」


「終いにはぶん殴りますよ貴方」


忘れてたってなんだよ、こっちは仲間が攫われてるんですよ、アマルトさんもアマルトさんですよそんな呑気に飲んだりして…!


「まぁ落ち着けエリス、ラセツはもう手配してくれてんだ」


「手配?」


「ああ、俺達がこれから向かう場所はパラベラム本拠地である黒の工廠、ノミスマ大峡地の中に存在する巨大な施設に向かうことになる…けど俺達には移動手段がないだろ?」


「ここに来たみたいに魔術で飛んでいけばいいのでは?」


とエリスが言うとラセツはダメダメと手を横に振り。


「あーアカンアカン、それ絶対やったらアカンわ」


「ダメなんですか?」


「せやで、一応基地なんやから襲撃対策くらいしとる。それをお前魔力振り撒いて空中から突っ込めばあっという間に捕捉されて誘導ミサイルの雨が降るで」


「うっ、あれは勘弁してもらいたいですね」


「せやろ?と言っても徒歩で行くにしてもノミスマは遠い、やから今移動手段をな?シンナに頼んでんねん、鍵も渡したししばらくしたらくると思うわ」


「鍵?」


なんの鍵だろう…本拠地の門の鍵?いやそれなら今渡す必要はないだろうし…。


「まぁそれまでに色々教えたるわ、どーせお前らが黒の工廠に乗り込めば騒ぎになるでな」


「なんでそんな言い切れるんですか…?」


「お前大人しく出来んやろ」


「…………まぁ」


「本拠地で騒ぎになれば警備隊やら警備機構やらがすっ飛んでくるがぶっちゃけこれはお前らの敵にはならんから省略する、お前らが警備隊を蹴散らせば恐らく敵はやり方を変えてくる…そこで出てくる幹部には気をつけた方がええな」


「幹部…ラグナ達を捕まえた連中ですね」


ラグナ達がどうやって捕まったかは分からないが幹部に捕えられたことは確かなんだ、なら警戒するに越したことはない。


「幹部は何人ですか」


「全部で六人、警戒した方がええのは二人やな」


「教えてくれますか?」


「ええで、まず一人目は兵器開発・古文書解読とか頭使う作業全般を行う工廠部門の本部長『悪障』ベスティアス・クィナリウス…豚みたいに太ったデブでチリチリパーマが特徴の陰湿野郎や」


「貴方味方でしょ…」


「こいつは戦闘能力は低いが頭はいいから注意せえよ」


「参謀タイプですか」


「次は経営部門の本部長『悪戒』デキマティオ・ドゥポンディウス。片眼鏡つけた青瓢箪や、ディオスクロア大学園卒をひけらかすクソエリートや」


「貴方実は味方のこと嫌いですね」


「こいつは戦闘能力は低いが頭はいいから注意せえ」


「こ、こいつも参謀タイプ…?」


「次はパラベラム傭兵団の傭兵主任『悪報』クルレイ・アルゲンテウス。筋肉モリモリでいつも笑うてる女や、すぐ汗かくからいつもホカホカや」


「何処見てるんですか」


「こいつは頭は悪いが戦闘能力は高い、言うても俺より結構弱いからまぁ大したことはない」


「………なんか、それ聞くとあんまり大したことない人たち思いますが」


弱いけど頭がいいやつと弱いけど頭がいいやつとそこそこ強いけどバカなやつの三人…ラセツの誇張もあるんだろうがそれにしたってもって感じだ。そう伝えるとラセツは腕を組んで笑い。


「まぁ一応会社やし、幹部に出世するんに必要なのは腕っ節やなくて手柄やでな。必ずしも強い必要はないんや」


「ならなんとかなりますか?」


「おう!と言いたいが…そりゃちょっと前までの話やな、今は全員ピスケスの兵器で武装したり体を改造しとる。チクシュルーブんのところのサイボーグを見て社長が思いついたやつや…今は全員結構強いで」


「サイボーグ…!」


「またかよ…」


察してはいたがやはりサイボーグ技術を取り入れていたか、しかもソニアは自力でピスケスを模倣していたのに対しパラベラムは本家本元のピスケスの力を借りている。模倣であの強さだったんだ…本物はどれだけ強いか分からないな。


何より恐ろしいのは現行の文明には存在しない技術と言う点、なにをしてくるか想像も出来ない。


「あああとポエナもおったな、あれを入れたら幹部は七人やけどお前らもう戦ったやろ?殺したよな」


「殺してませんけど…逃げられましたし」


「はぁ!?なんで殺さんの!?アホちゃう?アホやんな、かぁー…じゃあポエナも出るわ。まぁアイテールのないポエナなんて首輪のない犬みたいなもんやし脅威ではないか」


「脅威度の偏移が分からんねぇ」


「むしろそれ脅威度上がってません?」


「まぁ大丈夫っちゅうことや、なんか知らんが設計図も諸々なくなってもうたらしいしぶっちゃけオレもアイテールがどんなもんかあんまり思い出せんし」


ポエナも出てくるにしても、もうアイテールはないしポエナはかつてほどの脅威にはならない、まぁそれでもあの覚醒はかなりのものだったからあんまり油断は出来ないが…それに。


「それに言ってましたよね、ラセツ。幹部の中で脅威になるのは二人だけ…と、その二人は誰ですか?」


今紹介を受けたメンツよりもさらに恐ろしいのが二人…そう聞くとラセツはちょっと重々しい空気で……。


「ああ、サイボーグ化して強くなった幹部は…はっきり言っておまけに感じるくらい強いで。こいつらと会ったら即退散や…ええな?」


「分かりました…で、名前は」


「一人は専務取締役を請け負っとる女…社長の右腕『悪道』クルシフィクス・ミリアレンセ。こいつはサイボーグ化してへんが…強い。他の組織で例えるならそうやな…マゲイアのおばはんよりかは強いかもしれん」


「マジですか…!」


マゲイアって言ったらメサイア・アルカンシエルの大幹部…カルウェナンに次ぐ実力者だ。エリスも戦ったことがあるがあいつの強さはセーフやアナフェマと比べて並外れていた。それこそ他組織の第一幹部クラス、ガウリイルやエアリエルに匹敵する存在だ。


それより強いとなると…正直出会いたくない存在だな。


「奴の使う魔術は……正直よう分からん、分からんが剣技と合わせて攻撃してくる、その剣に斬られたら…まぁ死ぬと思っとけ」


「え?どんな傷でもですか?」


「かすり傷でもや、仕組みは難しくてよく分からんがアイツと戦った人間はみんなそうやって死んどる。最初にちょっとかすり傷をつけて、で…放置。暫くしたら相手は死ぬ…どう言う仕組みか聞いても教えてくれんし、気をつけや」


エアリエル並みの強さで更に一撃必殺持ちとは…恐ろしいな。


「それに加えて頭も異様にええしなぁ、お前らがエーニアックに向かっとるって推察したんもクルシフィクスや」


「ちょ、ちょっとやばすぎませんかソイツ」


「ソイツが一番ヤバい奴なのか?ラセツ」


「いや、クルシフィクスより恐ろしいやつがあと一人おる…」


そのレベルの強さを持つクルシフィクスでさえ、勝てないやつが更に…?どんだけ層が厚いんだパラベラム。


ラセツは大きく息を吐いたあと、重々しく告げる。


「ソイツはクルシフィクスより強く、賢く、聡い。クルシフィクスでさえ直接対決を避ける程の存在でありパラベラムの切り札…」


「名前は…なんて言うんですか?」


「それは…パラベラム最強の男、渉外部門の本部長、その名も……」


「その名も……ん?渉外部門?」


「その名も『悪鬼』ラセツ!こいつは強いで!気をつけや!」


「お前じゃねぇか!」


「だははははははは!!!」


「ぎゃはははははは!」


……ケラケラと笑い合うアマルトさんとラセツを見てるとため息が出てくる、まぁ…だろうなとは思った、だってこいつも幹部だもんね。しかしそう聞くとますますパラベラムという組織が恐ろしくなる。


『悪道』クルシフィクス、その実力は第一幹部クラスでありながらエリス達の目的すら推察する洞察力の良さに加え強力無比な魔術。


そしてそれさえも大幅に超えるマレフィカルム五本指の五番手『悪鬼』ラセツ。……正直よかったと思ってしまっているエリスがいて悔しいよ。だってもしあそこでラセツの協力を受けなければエリスはラグナを助けに行く道中でクルシフィクスとラセツに挟まれていたかもしれないんだから。


少なくとも、今ラセツはエリス達と戦う気はない…これだけでもかなりのメリットだ。


「ってかさ、ラセツ。セラヴィは脅威じゃねぇの?八大同盟の盟主だろ?」


「ん?ああ、社長サンは戦えんねん」


「え!?盟主なのに!?」


「そ、まぁ腕っ節で言えば普通の人間よりかはあるが覚醒も会得し取らんしこの段階にあっては無力も同然や。まぁ社長やしな、前線に出て戦うことはあらへん」


「………………」


考える、じゃあエリス達が戦ってもセラヴィは戦場に出てこないってことか…それなら、やり方を考えないといけないかもな。


「うん?おねえちゃんなに考えてるん?」


「え?いや…セラヴィが戦場に出てこないなら倒す為には見つけなくといけないなって」


「……え?ちょい待ち?なんで倒すって話になってるん?いつそんな話になった?」


「最初からですけど…」


「最初はおたくらの仲間を助けるって話やったと思うけど」


「ラグナ達を解放して外に出しただけで助けたってことになるならそれでいいです。けど来ますよね…エリス達を追いかけて、まだエリス達のところにパラベラムが。それは助けたとは言いません、やるなら徹底です。連中が二度とエリス達を狙わないようにセラヴィを血祭りにあげなきゃいけません」


例えみんなを解放して外に出ても、またこの間みたいなチェイスや気を抜いた瞬間捕まったり襲われたりしたらキリがない。それを止める為にも『二度とエリス達には手を出すな』とセラヴィに言わせなきゃいけない。


「目の前の危機から遠ざけるのではなく、危機を殴って追い払う。それが助けるってことです」


「…………アマルトちゃんこいつ実はオレらと同じマフィアと違う?」


「こいつはこれでカタギだよ、半分な」


「全部カタギですよ!!ともかくセラヴィのところに行く必要があります、セラヴィのいる部屋を教えてくださいラセツ」


「ま、まぁええけど。お前そのメンタリティでよく今まで生きとるな、取り敢えず後で地図渡すで…それ見て自分で覚えといてくれや」


「分かりました、感謝します。ラセツ」


「み、見てみいアマルトちゃん。こいつオレにお礼言いながらも目がキマっとる…絶対オレのこと信用してへんやん」


「こいつは敵と見たら弟でも殺しにかかる人間だ、気をつけろよラセツ。背中見せたら頭から食べられるぞ」


「ひぃん!ラセツちゃん怖い!」


「エリスの事をなんだと思ってるんですか!」


狂人、と言いたげなアマルトさんとラセツの視線を受けながらもエリスは手近な料理を食べようとテーブルに視線を向ける、すると缶詰を見つける…確かこれデルセクトで開発された食べ物ですよね、硬い鉄の容器の中に食べ物を入れて保存する奴。なんでそれがここに…いやパラベラムは表ではデナリウス商会もやってるんでしたね、それならあってもいいか。


(どうあれ戦いになるんだ、少しでもエネルギーを補給しないと)


敵の幹部が出てくる可能性がある、ラグナ達を救出してからは包囲網を突破する必要があるし体力はあるに越したことはないとエリスは缶詰に指を突き刺しそのまま蓋をベリベリ剥がして中の鶏肉を引き摺り出して食べる。


ふとアマルトさんを見ると缶切りを用意してくれていたが…ごめん、もう開けちゃった。そんな引いた目で見ないでくださいよ。


「まぁ何はともあれ、用意が出来るまでもうちょい待ちや」


「…………」


ふとエリスは缶詰の中身を食べながら…ラセツを見る。ラセツは酒瓶をへし折りながら中身を飲む、これは先程までと同じ流れだ、けど飲むんだ。注意して見ているとラセツは鉄仮面を少しずらして口元を出して飲んでいる。


……気になる、ラセツの仮面の下。もうちょっと角度を変えれば見えそうだ…。


「エリス」


しかし、エリスが体をズラすとアマルトさんはエリスを呼び止め、静かに首を横に振る。


「やめてやれ、ラセツは素顔を見られるのが嫌なんだ」


「え?そうなんですか?」


「ん?ああ、そやな。オレってばシャイやねん、顔見せられんわ」


「事情ありですか?」


「なかったらこんなもんつけとらんわ」


そう言えばラセツはどんな時も鉄仮面を外さないな、顔全部を覆う頑丈な仮面…戦闘の時も外さないし、なんなら覗き穴もないし、多分透視か何かで前を見てるんだろうけど正直そこまでして徹底して顔を隠す意味がわからない。


何か事情があるんだろうな…とは思うよ。これは流石にエリスがノンデリでしたかね…。


「まぁなんや、人様に見せられない顔してんだわ。あんま見ようとしやんといて」


「分かりました、すみません」


「お?意外に素直…もっと『うるせぇエリスが見たいから見るんですよッッ!!』とかいうかと思うてたのに」


「エリスの事なんだと思ってるんですか…」


狂人、という視線はもういいんですよ。なんて事を話していると…何やら外が騒がしい、ガンガンドンドンドルンデルンと騒がしい音が鳴り響いたかと思うと、ラセツが静かに腰を浮かせ…。


「来たか」


そんな言葉を呟いたと思ったその時、酒場の扉をバカーン!と開けて外から飛び込んできたのは例の狙撃手シンナだ。彼女はやや息を切らしながらラセツのところまで走ってくると…。


「ボス!持ってきました!」


「ご苦労さん、ここに置いてある酒はモーガンと一緒に飲んどき、今日はもう仕事しやんでもええでな」


「すみません、ありがとうございます」


「ん、ほら行くでエリスにアマルトちゃん」


「え?」


どうやら出発するようだ、しかしどうやってノミスマ大峡地に向かうか結局教えてもらえなかったな。どうやって行くんだろう…馬車?歩きはダメって言ってたし…。


なんて考えていると扉を開けた先に置いてあったのは、シンナが持ってきたもの…そう。


「こ、これ!」


「おお!すげぇ!」


「ええやろ?オレ専用の駆動車や!」


そこにあったのはめちゃくちゃでっかい、めっちゃくちゃごつい、鎧を着たような巨大な駆動車だった。タイヤだけでもエリスよりも大きく、その上に小屋みたいな鉄の箱が乗っている。これはパスカリヌでエリス達を追いかけてきた駆動車…いやそれよりも二回りくらい大きいぞ。


「これはなぁ、オレが給料三年分くらい注ぎ込んで作ったオレ専用の駆動車やねん。四輪それぞれにモーターがついとってな?しかもピスケス製の技術と魔力機構を組み合わせた魔力循環システムで動いとるからもう馬力もすげぇ〜のよ!かっこええやろ!やろ!」


「おぉ〜…カッコいいです」


エリスはラセツの駆動車をぐるぐると周囲を回って観察する。ふと、前面に悪魔みたいなエンブレムが付いているのが見える。これ純銀で出来てる…綺麗だなぁ──。


「だぁぁっ!触るなッ!」


「ひょっ!?」


「それ脆いねん!握ったら取れる!つーかお前!この車傷つけたらこの協力なしやからな!というよりその場でぶっ殺したる!」


「そ、そんなにですか…?」


「オレの宝物やねん!」


「そ…そうですか、それはすみませんでした…軽率でした」


どうやらこの車はラセツにとってかなり大切なものらしい。それに軽率に触れようとしたんだから怒られて当然か…これは反省しなくては。


「まぁお前らは車っちゅうもんを見慣れてへんからな、まぁしゃあないわ、許したる、それより乗りや。これでノミスマまで一気にかっ飛ばす」


「ありがとよ!ラセツ!」


「ええってええって、この短い旅路でオレ専用の駆動車…ラセツスペシャル通称RS-2の走りを存分に体感させたる」


ラセツは前の方の扉を開けて中に乗り込む、エリス達も取り付けられていた梯子を登り扉を開けると…。


「おお!すげっ!」


「わーっ!」


そこには重厚な黒革のソファがデーンと取り付けてあった。ラセツが乗れるサイズだけあってスペース的にも申し分ない、エリス達が乗る席の後ろにも更に席があるし、これ一気に十人くらい乗れるな…。


「座り心地ええやろ?それも特注や」


そう言いながらラセツは小さな鍵を差し込み駆動車を起動させる。その瞬間駆動車はガンガン揺れるがエリス達の座っている席には殆ど振動が来ない、これはいいぞ、どんな悪路でも走れそうだ。


ラセツが近くのパネルをタッチすると前面の曇っていたガラスが一気に鮮明になり多くの文字があちこちに表示される、その中の一つにあるんだ…ノミスマ大峡地の名前が。


「ノミスマはあっちやな、んじゃあそろそろ出るで?ベルトつけとき」


「ベルト?これでしょうか」


「そうそう、それをそこに刺すねん、カッチというまで押し込んで…」


エリス達はラセツからのレクチャーを受けつつ体にベルトを巻き付ける、なんていうか物騒な感じだなぁ。もっとくつろげる物と思っていましたよ。


「ベルトよし、ミラーよし、各種設定よし…おっしゃあっ行くでッッ!!」


最後に指差し確認をし、ラセツは舵輪のような物を握り踏み込むと駆動車が動き出した。その力強い音とグングン加速していく感覚に若干の恐怖を覚えつつも…謎の安心感を感じる。なんかあれだね、便利だね。


「おお、みるみる加速してく」


「アハハハハハハッ!ええやろええやろ!オレ休日はこれでかっ飛ばすのが好きやねん!特に東部の荒野は最高や!」


「確かに、気持ちよさそうですね、駆動車もかっこいいし楽しそうです」


「おうよ、って言ってもこうやって平原やら丘やらを飛び越えて走れるんわこの駆動車の馬力の強さとタイヤのデカさがあるからや、普通の駆動車やったらこれは出来ん…もっと道が整備されてないと直ぐにアカンくなってく」


「そこら辺は汽車と同じですね」


「そうやな、オレぁいつかこのマレウスを車が走る用の道で繋いで民間人全員がこういう車に乗って走れ回れる世の中作ったるわ」


「チンピラが何言ってんですか、でもそうなったらそれはそれで楽しいかもですね。エリスもそうなったらもうちょっとちっちゃい車で旅してみたいです」


「ええやんええやん!駆動車一人旅!」


窓の外で流れる運河の如く過ぎ去っていく草原はタイヤに切り裂かれ宙を巻い、それが陽光に照らされキラキラと光る。ラセツの駆動車は岩だろうが丘だろうが踏み越えて進む、たとえ坂道だろうが不安定な足場だろうが関係なしに突き進む。その力強さは魅力的だ。


だが多分だがこの車が普及することはない。何故って?そんなもん決まってる、世界最高の技術力を持つ帝国が何故移動用の魔装を作ってない?車が何故まだ開発されてない?全ては転移があるからだ、転移魔力機構が普及した以上エネルギーをバカ喰いする駆動車が天下を取ることはない。


……あ、でもレーヴァテインさんに作ってもらえるかな。


(レーヴァテインさん……)


エリスは彼女のことを思い浮かべる、ラグナ達を助ける…という話なっているが、実際はもっと状況は悪い。奴らの手にレーヴァテインさんが渡った以上…いつ黒衣姫が解放されてもおかしくない。シリウスに対抗できる兵器が世に出たら…どうなってしまうか、想像したくない話だ。


とは言えそれを口にして不安を吐露しても意味はない。だからエリス達はラグナ達を救出してレーヴァテインさんを取り戻すんだ。


「おい、おねえちゃん」


ふと、ラセツが舵輪を握って前を見たまま近くのケースから何かを取り出し、エリスに渡してくれる…これは、資料?


「そいつは地図や、黒の工廠は馬鹿でかい。それを一々確認して進んでたら日が暮れる…今のうちに頭に叩き込んどき」


「分かりました………出来ました」


「は?早ない?」


パラパラと資料を捲り確認した、これによりエリスの頭の中には確かな地図の詳細が記録された。何がどこにあるかも頭に入ってる…ラグナ達が囚われているだろう第三工場の倉庫も見つかった、ルートも考えた。


地図を覚えるだけなら、一秒もあればできる。


「こいつ記憶力がすげぇんだ、一度見たもんは死んでも忘れない」


「一度見たものは…ああ、ダアトみたいなあれか?アレはええよなぁオレなんかすーぐ大切な用事とか忘れてまうしオレも欲しいわ、そういう記憶力」


「あんまりいいもんでもありませんよ、これも」


みんなは記憶力がいいのは良いことだと言う、けど何事も人には分相応の領域というのがあってそれを越えれば途端に翻って良くない部分も見えてくる。エリスはこの記憶力と付き合って長いからなんとかやって来れてるけど…昔は忘れられない痛みや苦しみに悶えたもんですよ。


なんて言っても、他の人には分かりようもないですが……。


「あ〜…そうやな、すまんなエリス。確かにお前からすればええもんでもないかもな」


「え?」


しかしラセツはエリスに理解を向けて、視線を前に向けたまま静かに呟く。


「人には分相応の領域がある、それを越えれば…人は人やなくなる。特別っちゅうんわ人とは違うってことや、人とは違う人間は…周りの人間から人扱いされん。お前もそれで苦労してきたんやろ?オレもちょっと軽率やったわ」


「…………」


エリスと同じ事を…。エリスと同じ答えに行き着いていると言うことはラセツも同じ経験を…いや、まぁそうだろうな。


「……ラセツ、お前も苦労したんですね。前言ってましたよね…デルセクトの出身だって、でも貴方もしかして両親はデルセクト人じゃないんじゃないですか?」


「……………」


ラセツは何も言わない、だが彼は恐らくだがデルセクト出身ってだけでデルセクトの血筋じゃない…彼は恐らくだが──。


「アルクカースの血が入ってますよね」


「すげぇな、なんで分かるん?」


「筋肉の育ち方が異様です。後は髪色とか…大体は勘ですね」


「ははは、まぁそうやな。半分正解…ってことにしとくか」


「アルクカース人にはデルセクトは生きづらかったでしょう」


「え?そうなのか?」


ふと、アマルトさんが口を挟んでくる。そりゃそうだろ…デルセクトは生きづらいよ、特にアルクカース人は。


「仲良くやってんじゃん、アルクカースとデルセクト」


「それは今の話ですよ、エリスがデルセクトとアルクカースを旅した時は両国共に戦争一歩手前でした、そして両国共にそれを受け入れてさえいた。今の関係が構築されてるのはラグナとメルクさんのおかげ…その前は、結構悲惨でしたよ」


良くも悪くも、この両国は真っ反対の性質を持ってる。片や肉体的な強さが求められ戦闘以外での計算を小賢しいと感じる者の多いアルクカース。片や金と権力、そしてそれを手に入れる賢さが求められ暴力を見下すデルセクト。ラセツの年齢から推察するに恐らくはラグナ達が台頭する前にデルセクトに住んでいたんだろう。


その両国はエリスが旅する前はお互いを普通に見下していた、そんなアルクカース人の血を引くラセツの家が…一体どんな扱いをデルセクトで受けていたか。


「別にそんな酷い幼少期は送ってへんで、言ったやろ?半分正解って。オレはアルクカースとデルセクトのハーフやねん、まぁ…つっても周りよりも暴れん坊で体もデカかったから、言われることは言われたけど別にそんなもん気にせえんだ」


「……そうですか」


「当てたろか、お前オレがデルセクトで差別受けたから魔女大国を恨んでマレフィカルムに加入したと思ってたやろ。言っとくとオレ別にそんな魔女嫌いやないで、オレがパラベラムにおるんは……セラヴィに思い知らせたる為だけや、それ以外のことに興味はない」


そう言いながら彼は舵輪をギュッと握りやや声音に怒りがこもる。どうやら彼は本当にセラヴィを恨んでいるようだ…。


そりゃそうか、親の仇だもんな。その親の仇に何年もこき使われているなら…その恨みはエリス達の想像すら絶するだろう。


「…………」


そして、どうやらその件についてはアマルトさんもそれなりに知っているようでやや気まずそうに窓に目を向ける。


するとラセツは手を軽く上げて…。


「ってオレの昔話はええねん、それよか作戦会議や。お前セラヴィんのところ行くんやろ?ならアイツは今商談室におるはずや」


「商談室…南方棟三階の?」


「おお、マジで覚えてんのやな。せや…多分今セラヴィはそこにおる、夕方ごろまでそこにおるんとちゃうかな」


「商談室って…なんでそんなところにいるんだ?社長室とかじゃねぇの?普通」


そうアマルトさんが聞くとラセツはうんうんとやや唸りながら…。


「いやぁこれオレも記憶が曖昧やねんけど、確か今日の今ぐらいの時間帯に商談があったはずやねん」


「社長のセラヴィが直々に出る程の?」


「そらそやろ、なんせ相手はウチが契約してる中でも超大口のお得意様…パラベラムでさえ持ちつ持たれつやってるところや、社長が出んで誰が出るよ」


そんな大きなところと取引してる最中なのか…!?そりゃ確かにセラヴィも動き回れないから、こりゃ幸運だぞ…けど。


「どこなんですか?それ」


興味がある、興味があるから聞いてみる。するとラセツは少し悩み…まぁいいか、言っちゃえと首を振ると…。


「今商談してる相手はな…マレフィカルムの中でも一勢力築いてるこの業界の超重鎮。…ゴルゴネイオンや」


「ご、ゴルゴネイオン!?」


それって確か八大同盟の一角で…しかも師匠が名前を知ってるほどの大組織。そんなところと商談してるって…だ、大丈夫なのか、それ。



…………………………………………………………………


「あーーー、ですんで。こっちとしても約束のブツも渡されずに金だけ渡して契約更新…ってわけにもいかないもんでしてね」


「だから、そっちは別に納期を設定していなかっただろう。今更になってそんな急ピッチで進めろと言われても在庫がないんだからどうしようもない…と言っているんだ」


黒の工廠最奥、パラベラムにと言う大組織の未来を占う場…商談室にて、一等豪華なソファに座ったセラヴィは、背もたれに背を預ける余裕もなく、冷たい汗をシワの間に溜めながらなるべくポーカーフェイスを心がけ微笑んだ。


今日、ここで行われるのは突如入った商談…と言う名の脅し。相手は天下のゴルゴネイオン、八大同盟最強…いやセフィロトを除けば最大規模の戦力を有するゴルゴネイオンは同時に資金力や人材面においても他の追随を許していない。


そんなゴルゴネイオンと長く親密な関係を築いていたセラヴィは今、肝を冷やしている。なんせその親密な関係があっさり瓦解しそうになっているからだ。


「もう少し待てとイノケンティウスに伝えろ、俺達は契約は守る。だが交わした契約書に期間や時期が記されていなかった以上こちらの不手際にはならん、故に待てとな」


「そう言われましてもなぁ…」


目の前に座る男は、セラヴィとは異なりソファにドカリと座り、背もたれに背を預け、口には紙タバコを挟み、ポリポリと頭を掻く。最初…この商談が決まった時はもう少し楽観視出来ていた。


ここに来たのが…この男でないのなら、いくらでもやりようはあった。だがよりにもよって来たのが……。


「こっちもねぇ、一応メンツってもんがありましてね。勝手は承知で頼んでんです、ねぇセラヴィさん」


「俺を困らせるな、ブラッド…」


ボサボサの黒髪、髪と同じ漆黒の瞳には光はなく、少し伸びた顎髭が不精さを示す。対する服装は漆黒のスーツに漆黒のネクタイ、そして腰には漆黒の刀を差したともすれば平凡とも思える姿のおじさん……。


問題はこいつの肩書き。ゴルゴネイオンを支える十の柱『十天魔神』の一角…第五紅神ブラッド、ゴルゴネイオンの大幹部がこうしてやって来ていると言う事実がセラヴィを困らせる。


(よりにもよって一番御し難い男を差し向けたな…イノケンティウス)


紅神ブラッド…本名も年齢も全て不明、その容赦のない仕事ぶりからついた渾名であるブラッドと呼ばれはするが…こいつ自身は決して名乗らない。そう、こいつは自分が否と思ったことは決して口にしない男なのだ。頑固とも言うな…。


それにもっと厄介なのはこいつの実力、十天魔神は全員が他組織の特級戦力…ガウリイルやエアリエル、マゲイアやうちのクルシフィクスに匹敵する実力を持っている、ブラッドも例に漏れず油断出来ない実力の持ち主だ。


今俺の背後にはクルシフィクスが控えているが…本当ならラセツを立たせておきたかった、ラセツが魔女の弟子の対応の為ディーメントで待機している以上ラセツを呼び戻す時間はない。ラセツがいたらブラッドにデカい顔はさせないが…。


「あ、俺もタバコ吸ってるんでセラヴィさんもどうぞ」


「いや、俺はいい」


ブラッドは厚顔にも寛いでいる。だがそれは翻って言えばブラッドの背後にいるイノケンティウスがこの一件を絶対に譲る気がないと言うことの現れ…。


まずいことになった、まだあれは完成していない。と言うよりそちらに割ける人員がなかった、ピスケスに全力を注いでいる以上あれの完成は間に合わん。


「しかし参ったなぁ…俺も手ぶらじゃ帰れないんで、ピスケス製の兵器…発注したものを持って帰らんと俺の首が飛んでしまいます」


「イノケンティウスはそんな器の狭い男ではない、多少の期間は待ってくれる。俺とアイツの付き合いは長い、だから分かる。そう慌てるな…」


「外様のあんたに言われても…ああいや失礼、ともかく急いで用意は出来ませんか。代わりのものとか…そう、例のアイテール。あれくらいは持って帰らんと」


「アイテールは今は…その」


「ん?ありますよね、アイテール」


「あ、ああ…ある。だが今修理中でな、ちょっとパーツ単位で見ているんだ、そんなものは顧客に渡せんさ」


まずい、アイテールが撃墜された事を知られればイノケンティウス達に余計な隙を見せかねない。何より我が社のブランドに関わる…なんとか隠さねば──。


「修理?なんかあったんですか?いや最近ウチのモンが例の魔女の弟子が北部に入ったとかなんとかで警戒してて…」


「いや、関係ない。そ…それよりブラッド、そいつは誰だ」


チラリとセラヴィは視線と話を逸らしブラッドの隣に座る人物に目を向ける。ブラッドは一人じゃない…もう一人の人間を連れている、がしかしそいつには本当に見覚えがなかったんだ。


「ん?ああ、彼女ですか?」


「ちゅぱちゅぱ…」


隣に座るのは…純白の髪がクリームのように溶けて肩にかかった奇妙な女。ダボダボの服を着て周囲をキョロキョロ見回しピンクの瞳を動かす女は静かに商談室の棚に置いてある置物を指差し。


「ブラッドパイセン、あれ美味そじゃないっすか」


「やめなさいペティ、一応他所様なんだから欲しがらない」


「はーい…ちゅぱちゅぱ」


ペティと呼ばれた女は置物を指差し涎をトロリと垂らしつつも、手に抱えるホールケーキを鷲掴みで食べて指先のクリームを舐める。なんだこの気味の悪い女はと眉を顰めているとブラッドは申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべ頭を下げ。


「すみませんセラヴィさん、こいつウチの新人で…第十食神ペティって言うんです」


「第十食神…いや待て、第十神はジンチョウで死んだはずだろ」


第十神はセラヴィの記憶が正しければ第十剣神ジンチョウだったはずだ、かなりの剣の腕で八大同盟クラスの幹部にはありまじき強さを持っていたが…確か第九氷神グラソンと共に魔女レグルスにより殺されたはず。


つまり第十神と第九神は今空席のはずだが……。


「ええ、レグルスとの戦いでジンチョウとグラソンは死にました。惜しい奴らを亡くしましたけど最近若手がまた育って来て、ジンチョウ級かそれ以上の奴が出て来たんで新しい魔神に任命したんすよ」


「つまり第九神も?」


「はい、第九邪神デモウスってのが今いますね、若手ですがかなり強いですよ」


セラヴィはマジかと頭を抱える、ジンチョウとグラソンが死んで多少はゴルゴネイオンが弱体化したと思ったが…もうこんな短期間で二人の穴を埋めるだけの人材が育っただと?アイツらクラスの戦力を他の同盟達は後生大事に使ってるってのに。


ゴルゴネイオンの人材プールはどうなってんだ…!


「つーかさぁオジサン」


するとペティはケーキを食べながらこちらを見て…。


「さっきから聞いてたらウダウダウダウダ、ウチらが欲しいって言ってるモン早く出しなって。あんたが出さないとウチら帰れないじゃん」


「いや、だから…」


「アンタは売る側でしょ?だったら売れっての…さもないと」


すると、ペティが机に手を置く…と同時に机が白い絵の具を吸い込んだようにグズグズとクリームに変わりペティの手が沈み…。


「あまぁいケーキにして食べちゃうよ…?」


「ッ……」


脅し、実力行使に動くペティを前にセラヴィは身の危険を覚えるが…それでもこちらからは動かない、臆すれば隙を与える、反応すればきっかけを与える。故に迫るペティを睨みながら動かない…そして。


「貴方達は何か勘違いしていませんか?」


「おっと」


瞬間走るのは火花、ペティの側頭部で弾けるように光る熱は一瞬の光と共に消える。ギリギリと音を立ててぶつかり合うのは刃と刃、セラヴィの背後に控えていたクルシフィクスが抜き放った両刃剣とブラッドの抜き放った刀がペティの顔の横で鍔迫り合いをしていた。


ペティの首を切り落とそうとしたクルシフィクスとそれから守ろうと不規則な姿勢で刀を抜いたブラッド、二人は視線を合わせる事なくペティに目を向ける。


「貴方達はなんですか?ゴルゴネイオンの代弁者ですか?違いますよね、所詮駒使いでしか程度の存在が他組織の首領を相手に偉そうな口を利いて良いと本気で思っているんですか?」


「何おばさん、アンタから食うけど…」


「やめろやめろペティ、違うそうじゃない」


好戦的なペティに対しブラッドは違うと首を振る、そうじゃないんだと否定する。そう…ブラッドは弁えていた、だってそうだろう。


「では伺いますがペティさん、貴方八大同盟という物をどう捉えていますか?」


「え?強い八つの組織でしょ…」


「違います、共同経営です。マレフィカルムという物を健全に運営する為組織を八分割して運営していく為…同盟同士には不可侵条約が制定されています。首領への攻撃は明確な条約違反です、我々はこの件をイノケンティウス様及び裁定者たるガオケレナ様に報告し判断を仰ぐ必要があります」


「ちょ、ちょっと待ってよ、何?ウチらに勝てないからって上に言いつけようってェ──」


瞬間、ペティの頭が机に叩きつけられ、重厚な机が真っ二つにへし折れる。ペティの頭を机に叩きつけたのは他でもないブラッドだ。彼は少しやり辛そうにヘラヘラと愛想笑いを浮かべ頭を下げ。


「いやぁ申し訳ない、コイツまだ色々経験不足でして。幹部としての教養が全然ないんです、今日は俺からこうやって言って聞かせますんで…どうか、勘弁してやってくれませんか…」


「幹部教育も組織の程度を図る指標です、この程度の者が偉そうに肩で風を切るならゴルゴネイオンやの先は長くありませんね」


「いや全く、返す言葉もない」


ブラッドは忌々しげに白目を剥いて気絶したペティを睨む。折角こちら側優勢で進めていたのにそれを途端にひっくり返してしまったペティに苛立ちすら覚える。


だがそれでも条約違反はまずい、それだけは許してはならない。八大同盟の筆頭として組織内秩序を掲げるゴルゴネイオンがパラベラムの首領に攻撃を仕掛けたとなれば発生する問題の数と規模は計り知れない。


で、そうなった時に組織のケツを拭くのはペティではなく神人イノケンティウス…或いは第一武神のジョバンニか第二龍神のバティスタだ、ペティみたいな新人じゃない。


(手前で手前のケツも拭けない癖に偉そうな顔するんじゃねぇよ…。はぁ〜だから新人教育なんて引き受けたくなかったんだ…)


ブラッドは頭をポリポリと掻く。経験を積ませるためにペティを連れて来た事自体が間違いだったんだと内心でボヤく。


「まぁなんだ、お互い新米の教育には手を焼くな…ブラッド」


「ええ、まぁ…」


セラヴィが葉巻を咥え、火をつける。完全にこの場の空気はひっくり返った、出せるものが無いセラヴィ達に『条約違反未遂』というカードが生まれてしまった、これではブラッドではパラベラムに対して吹っ掛けることが出来ない。


「しかしどうしたんだブラッド、そんなにも急に商談を急ぐなんてイノケンティウスらしくも無い。アイツが本当に今すぐ兵器を用意しろと言ったのか」


「そうですね、戦力が要ると我らが王は言いました」


「……それ、年内までにじゃ無いか?」


「……………」


セラヴィは目を伏せる、やはり年内じゃ無いか。イノケンティウスはそこまで他者に何かを期待する男じゃ無い、どちらかと言うと時間にはかなりルーズな男だ。おかしいと思ったんだこんな急な話を吹っかけてくるなんて。


「年内までには用意する、いや今月中にはそれなりの物を用意する。だがどうあれ今は出せる物がない」


「ウチも時間的な余裕はないんですよセラヴィさん」


「だからなんでそんなに慌てるんだ。それはお前個人の願望か?なら聞く必要はないぞ」


「俺個人の願望じゃありません、ただ…ゴルゴネイオンもそろそろ重い腰を上げなきゃならん時が来たんです。武器がなきゃ始まらない、そしてその武器を売るのが…アンタらの仕事じゃないですか」


「そうだな、なら言おう。今は待て、待てばアイテールよりも余程強力な武器を作れる算段が立っている。期間は一ヶ月でいい…それを待て」


「……………」


ブラッドは数秒黙る、気絶するペティを見て、剣を手にしたままのクルシフィクスを見て、葉巻きを蒸すセラヴィを見て…状況を見る。


「はぁ、こんなお荷物いなきゃもう少し吹っかけられるかと思ったんですけど」


「お帰りはあちらです」


「へいへい」


ブラッドは静かに気絶したペティを抱えて立ち上がる、ペティではなく他の魔神が来ていたなら押し切られていただろう。少なくともジンチョウなら自分から暴力的に出て相手に付け入る隙は与えなかった、そういう意味では新人を連れさせたゴルゴネイオンの選択ミスだろう。


「……では今日は催促に来たということで、一ヶ月後また来ます。その時は今日みたいな言い訳は聞きません、イノケンティウス様にも伝えます。納期はそこです、守らなかったらその時は…」


「言うまでもない、あり得ないからな」


「流石で」


するとブラッドは背を向けて……ハッと何かに気がつき。


「そうだ、イノケンティウス様から伝言です」


「イノケンティウスが?なんだ」


「……『碩学姫は殺すな』だそうです、後々必要になるから…だそうで」


「なッ……!?」


驚愕する、碩学姫の名前が出てきて目を剥く。と同時にセラヴィの頬に冷や汗が伝う…。何故イノケンティウスがレーヴァテインのことを知っている…。


「誰なんすかね、碩学姫って…俺聞いたことも無いんですが」


「お前は知らなくてもいい!…イノケンティウスに言っておけ、『俺を嗅ぎ回るな』と」


「……へいへい」


レーヴァテインが生きている、と言う報告はつい先日聞いたばかりの情報であり、ましてやレーヴァテインをこちらが確保出来たのは先程の話。それを何故今ここに来たばかりのブラッドが…いやそもそも来てすらいないイノケンティウスが知っている。


(何を企んでいるイノケンティウス、ここに来て軍備強化を急ぐ理由はなんだ…!何故レーヴァテインを捕らえていることを知っている、何故…レーヴァテインを生かせと俺に言う)


イノケンティウスは唯一セラヴィが心の底から読み切れないと降参した相手だ。何にも無関心で何を受けても動かないあの男が何故今になってこうも活発に動くのか全く想像ができない。


立ち去るブラッドの背中に…イノケンティウスの意思の残滓を見て、セラヴィはなんだかとても嫌な予感がする。


(クソッ…悪寒が止まない、イノケンティウスがもし本格的に動くのなら…もう時間がない、急がねば!)


ブラッドが消えてからセラヴィは直ぐに動き出した。ガタガタとソファから立ち上がり、部屋を飛び出し…向かう先は黒の工廠の奥地、大廊下を超えた先にある広間、その向こうにある鉄の扉を開けて…。


「そろそろ、その気になったか!レーヴァテイン!」


「……………」


壁に垂れる鎖、その先に括り付けられた黒髪の女レーヴァテインを見て、セラヴィは牙を剥く…。


デキマティオが連れてきたレーヴァテインをそのままここに捕らえてよりかれこれ一時間、レーヴァテインはこちらを睨むばかりで何も言わない。だが…もうそうも言ってられなくなった。


「レーヴァテイン、君にはそれなりの条件を提示してるだろう。あれだけ破格の給与…雇用条件、我らがパラベラムの兵器開発主任になればお前は一生安泰だ…だと言うのに、何故何も言わん!」


「……………ッ」


プイッと顔を背けるレーヴァテインにセラヴィは苛立ちを覚える、コイツを確保しさえすれば黒衣姫まであと一歩。イノケンティウスが求めている最後方の兵器を作り上げるには黒衣姫か…或いはレーヴァテインの技術力が必要だ。


だと言うのに……。


「いい加減にしてくれレーヴァテイン、こちらにはもう余裕がないんだ。お前がそこで永遠に黙っていると言うのなら…こちらにも考えがあるぞ」


「殺す、と言うのかい?なら殺せばいいさ、どうせ本当はもっと早くに死んでいる予定だったんだ、今更死なんか怖くない」


「………………」


セラヴィは頭を掻く、なるほど…そうか。なら…。


「分かった、ならこっちにも考えがある……」


「ッ……?」


時間がない、俺は死んでも契約は守る。もし契約を守れない事態に陥るのだとするならそれは俺以外の人間が死ぬ必要があると言うことだ。あんまり…マフィアナメんなよ古代人が。


…………………………………………………………………………


「おう、見えてきたで?」


「え?」


北部の平原を駆動車で進むこと数分、エリス達の前に現れたのは超巨大な谷…ノミスマ大峡地、そしてその下に隠れるように建てられていたのは、凄まじい大きさの黒い工場だった。


まるで谷の闇に隠れるように染め上げられた黒、それは谷の底をびっしりと埋め尽くしゴウンゴウンと音を立てて動いていた。すごいなこれ…大きさだけで見ればネビュラマキュラ城より大きいぞ。


「ハイテクだな」


「元々パラベラムはマレフィカルム随一の技術屋やったねん。まぁそれも逢魔ヶ時旅団に一時は追い抜かれはしたが…まぁ例の彼女のおかげで巻き返した感じやな。この工場はそんなパラベラムの技術を支える柱であり〜本拠地そのものや」


「へぇ〜〜」


ラセツは舵輪を回し何の断崖の近くに隠されていた坂を降って谷を降りていく。しかしこうして見ていると…徒歩で来なくてよかったと思うよ。だってあの工場…あちこちに見張りの目がある。


セラヴィという男はかなり用心深い男のようでこの本拠地が陥されること以上に場所が発覚すること自体を恐れているようだ。ラセツの協力がなきゃ見つけられなかったし、見つけたとしても簡単には近づけなかった。


「時間的にそろそろ商談が終わる頃か?んーよく分からん、もしかしたら社長室におるか?まぁその辺はお前らで探せや、ああそれと」


するとラセツは近くのスーツケースから何かを取り出しエリス達の方に投げ渡し…ってこれ、服か?


「なんですか?これ」


「潜入用の服や、一応それつけとけや…」


「でもこれ両方とも男物ですけど」


「悪いけどあの街には可愛らしいドレスとかないねん、我慢しろや」


「まぁいいですけど…いえ、ありがとうございます」


というわけでエリスとアマルトさんは潜入用の服に袖を通す、一応いつでも脱げるようにいつも着ている服の上からだからちょっと気持ち悪いが……。


「これでいいのかな」


「似合ってますよ、アマルトさん」


ラセツが用意したのはスーツだ、アマルトさんは白いシャツに黒いスーツ、そしてフサフサの付け髭。まるで一端のマフィアみたいだ、カッコいい…わけではないが似合ってる。


「エリスはどうです?似合ってます?」


「異常なまでに似合ってる、普段着にしろよそれ」


「どういう意味ですかそれ」


そしてエリスは灰色のスーツに黒と金のネクタイ、テンガロンハットにサングラス…まるでマフィアそのものみたいな格好だ。これが似合ってるって言われてもいまいち嬉しくないな…。


「ええやんけ、……よし。お前ら一旦黙れよ…」


するとラセツはキッと背筋を正しながら…静かに駆動車を黒の工廠に近づけると、門の近くの衛兵が銃を片手に近寄ってきて…。


「おや、ラセツさん。どうされたので?今はディーメントで待機中では?」


「おうなんやお前聞いとらんのか?レーヴァテイン捕まえたんやろ?せやったら待機とか必要あらへんやんか。折角レーヴァテイン捕まえたんやったら一眼見よう思ってな?」


「ああなるほど、そうでしたか」


ラセツはにこやかに…と言っても仮面をつけてるからよく分からないが、衛兵を相手に嘘をついているとは思えない程流暢な言葉遣いで会話をする。なるほどラセツが変装させたのはこのためか…エリス達が後ろに乗ってたら流石にバレる、だからここで変装させたんだ。


「後ろの方々は?」


「おう、なんでも近くの街で旗揚げした新米のマフィアさんらしいねん。オレが見た感じこいつらは将来的にええ商売相手になると思うてな?今のうちに社長と合わせて粉かけよう思うてんねん、今社長どこにおるん?」


「え?先程までゴルゴネイオンと商談をしていたようですが…そろそろ終わってるだろうし、うーんどこだろう。社長室にいるんじゃないんですかね」


「そか、分かった分かった。コイツら社長のところに案内しとくわ、それとレーヴァテインは今どこにおるんよ。オレから逃げたんや、一言くらい話ししたいんやけど」


「レーヴァテインは大広間の奥の部屋に捕らえてますよ、ただ会うには社長の許可が要りますね…」


「うへぇ、絶対許可してくれんやつやん。まぁええわ、ありがとな?また今度飲みに行こうや」


「ええ!その時はラセツさんの奢りで!」


「かぁーっ!ちゃっかりしとるなぁ!ええで!ぶっ倒れるまで飲ませたるわ!なはははは!」


そう言いながらラセツは車を動かし、衛兵を超えてさらに奥に進み城の近くにあるスペースに車を運んでいく。…なんか恐ろしい場面だったな。


あんなに仲良く話しておいて、今ラセツは組織を裏切っている。組織に従順なフリをして奴は仲間すら欺いている。それは翻って言えば…エリス達に対しても同じことをしている可能性が高いんだ。


あんなにアマルトさんと仲良く酒を飲んでいても、腹の中では…何を考えているか。


「おう、今の聞いたな。やれることは全部やったで…これ以上オレはお前らを助けられん。ここからはお前らの力でいけや」


するとラセツは人目の無い区画…恐らく駆動車を停めておく為の広大な倉庫に駆動車を停め、こちらを振り向いて低い声でそういうんだ。ここから先はラセツは手伝えない、表立って手伝えば彼の立場すら危うくなるから…。


「分かりました、ありがとうございます、ラセツ」


「別にええねん、『ワンフォーオール・オールフォーワン』や…そもそもオレにもメリットあるし」


「メリット…あなたは、本当にパラベラムの破滅を望んでいるんですか?」


「違うな、パラベラムやない…セラヴィや。アイツが今後の人生はずっと頭抱えて生きてくれるならオレはそれでハッピーや」


ただそれだけの為にコイツは仲間すら裏切るのか…、まぁ確かにエリス達がレーヴァテインを連れ出し黒衣姫を手に入れればセラヴィは頭を抱えて生き続けるだろう。今までの損失も投資も全てがパァになるんだから…。


「ああそれと、これは一つ聞いておかなあかんことやが」


するとラセツはチラリと再びエリス達に目を向けると。


「お前ら、オレは約束通りここでは手を出さん…せやけどもし、今後パラベラムがお前らを狙い続け、戦うことになったら流石にそん時はオレはお前らと戦わなあかん。それでもええよな」


それは、次戦う時が来たら…その時は容赦が出来ないという内容の話だ。その時が果たして来るのかは分からない、エリス達はここで戦いを終わらせるつもりだから。けどまぁ確かに大損害を出された以上セラヴィも易々とは引けないか…ならいつかは戦う日もくるだろう。


また戦うことになるかもしれない、ラセツと。あの洒落にならないくらい強いラセツと…それは、とても……。


「望むところです、次はエリスがお前をボコボコにします」


とても…嬉しい知らせだ。エリスはこのままラセツとの戦いがお流れになるのは悔しくて堪らない、協力はありがたい、とても助かった、彼がいなければエリスはここまで来れなかったし仲間を助けることができなかった。


だが、それとこれとは話は別だ。エリスはコイツに二度も負けた…そしてそれをそのままにはしない。コイツが依然としてパラベラムであり戦う理由があるなら遠慮なくやるし次は勝つ。


「…………………」


そして、そんなエリスの顔を見たラセツはやや呆れたように小さく吐息をこぼし。そのままガツンと扉を開け外に出ると、一歩…二歩、歩いた後に立ち止まり背を見せたまま黙りこくる。まるでそれは何かを考えるような…言葉を選んでいるような、そんな思慮深さを感じさせる佇まいだ。


エリスはそこに、ラセツの本音を見る。この思慮深さと相手との言葉のやり取りそのものにも気を払う繊細さこそが…あるいは彼の本性なんだろう。


ラセツは数秒黙った後、クルリとこちらに向き直ると。


「ほーか!んまぁまたオレが勝つやろけど!そういうんやったらこっちも手加減せえへんわ!」


「ええ、望むところです」


そう言っていつものように朗らかに笑い喧しい身振り手振りを見せたかと思えば、次の瞬間にはエリスの座る席にグッと顔を近づけ…。


「期待しとる」


そう低い声で言いながら…彼は静かに扉を開けてエリス達を外に出す、まるで彼が伝えたい言葉はその一言だけだったかのような…そんなズシンと腹の底にくるような感覚を味わう。


期待してる…か、そういえば彼はエリス達と最初に敵対した時も言ってたな。期待外れだと…そして手を組む時も期待出来ると、彼はエリス達に何かを期待しているのか?


「ほれ、短かったけど楽しかったで。行きや」


「ありがとうございました」


「おう、失敗したら助けんでな」


そうしてエリスが車から降りると…アマルトさんは椅子に座ったままラセツを見て…。


「ラセツ」


「なんやアマルトちゃん、お前も急いだほうがええで」


「……負けんなよ」


「……………」


やはりアマルトさんは何かを知っている、恐らく誰も知り得ないラセツの本音を知っている。だからこその言葉なのだろうが…負けるなって、それはつまりどういう意味の……。


「なははっ!誰に負けるねんオレが!相変わらずおもろいなぁアマルトちゃんは!」


「ははは…そうだな、じゃあ行ってくるぜ、色々終わったらまた飲もうぜ」


「おう、またおもろいジョークが聞きたい。口が利ける状態でここを出えよ」


「ああ!」


そうしてアマルトさんが車を降りると、ラセツもまたエリス達とは別の入り口から黒の工廠へと向かっていく。さて…ここから本番だ。


「エリス、ここの地図は頭に入ってるな?」


「ええ、いつでもいけます」


「そっか、じゃあ…行くか!」


「はいっ!」


エリス達は敵の本拠地に来た。ここからはラセツの援護も望めない…エリス達の戦いになる。エリスとアマルトさん…この二人でみんなを助けるんだ。

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