695.魔女の弟子と滑稽無稽の悪鬼羅刹
「ラセツッ!?」
「テメェ何しに来やがったッ!!」
「なははっ!そらぁ勿論お二人さんぶっ殺しに来たに決まってますやんか」
拳を鳴らし、大地が鳴動するほどの魔力を放ち…立ち塞がるのはラセツ。マレフィカルム五本指の五番手『悪鬼』ラセツだ。
鉄仮面を被り、血で汚れたような赤黒い外套を羽織り、木のように太い手足で動き川辺の石を踏み潰す。何故こいつがここにいる、なんでエリス達の居場所が分かったんだ、どこまでこいつらは読み切ってるんだ。
「ッ……まずい」
これは最悪の状況だ、ラセツがここにいると言うことはエリス達の場所…レーヴァテインさんの居場所は割れていると言うこと。つまりラグナ達も危ない、ラセツが馬車に向かったら止めようがない…こうなったら。
「アマルトさん、馬車に行ってみんなにこの事を伝えてください」
「え?ああ!ラグナ達連れてくるんだな」
「違います、出発してください」
「え!?お前は!」
「折を見て時界門で転移させてください、エリスはここでラセツと戦います」
「一人でかよ…勝ち目はないだろ」
「分かってます、だから早くお願いします!みんなここでやられるよりその方がいい。アマルトさんだって分かるでしょ」
「ッ……」
これは時間との勝負だ、もしかしたらパスカリヌみたいなことになるかもしれない、それは避けたい。何よりここに敵の最高戦力がいるなら都合がいい…エリスが足止めする限り少なくともラセツは唐突に馬車の前に現れることはないのだから。
アマルトさんは理解したのか馬車の方へ走っていく、凄まじい速さで…しかしラセツはそれを止めることなくただ眺め。
「はぇ〜意外に感情に流されるタイプやないんやな。合理的やけど…まぁ無駄やろうな」
「どう言う意味ですか」
「それはな?って懇々とお前に教えると思うか?あ?」
ラセツは一歩、踏み出す。それだけで重力が数倍になったかのような重圧がエリスに襲いかかる。相変わらず凄まじい魔力と威圧…。
「お前はオレを足止めする気みたいやけど、足止めっちゅうんわオレがこいつと戦わなアカン!って思わな成立せんで。お前とオレ…戦いになるんか?ん?」
「なりますよ、エリスが勝ちます」
「負けん気エグいわ、ならやってみ。オレぁここで止まったるるほど親切やないで」
上等だ、ぶっ飛ばしてやる。死んでも負けない、負けてたまるか…やってやる。そう全身に力を込めて魔力を逆転。そのまま解放し……。
「魔力覚醒!冥王乱舞ッ!」
「お?そりゃあ……」
「点火ッッ!!」
瞬間的に加速、魔力噴射による一瞬で最高速に至る飛翔は瞬きの間にラセツに迫り、その懐に一撃を入れる…が。
「ゔぅっ!痛いわぁ〜!」
「チッ……」
ラセツは痛そうにお腹を抑えるだけで大してダメージが入っていない。こいつ信じられないくらいタフだ、どんな身体構造してんだか…!仕方ない!
「点火!!」
「おお?」
瞬間エリスは上下左右、縦横無尽に飛び回りラセツを翻弄する。このまま加速して更に勢いをつけた攻撃でラセツをぶっ飛ばして────。
「ぅぐぅっ!?!?」
しかし、次の瞬間エリスは岩壁に叩きつけられていた。殴り飛ばされたのだ、事実ラセツは拳を振り抜いた姿勢で…静かに口元に手を当て。
「あっ!ごめ〜ん!モロに入ってもうた!なんで避けへんのよ〜も〜!もしかして見えてへんだ?やったらごめんな?次は見えるように打ったるわ」
余裕綽々、冥王乱舞のスピードを見切った上で軽く拳を当てて、あの態度…こいつ…ッ!!バカにしやがって!
(いやいや落ち着け、ラセツは強い…分かりきってるじゃないか)
体を岩壁から引き抜きながらガラガラと崩れる岩を見つつ考える。ラセツは強い、エリスとラグナの二人がかりで戦ってまるで戦いにならなかった、エリスとラグナの二人なら少なくともカルウェナンとはある程度打ち合えたのに…だ。
ラセツの反射速度、そこからのスピード、何より重たい一撃。どれもこれも馬鹿げたレベルにある…剰え奴はここから魔力による攻撃、魔術、魔力覚醒を隠している。本当に気が遠くなるよ…。
でも負けられない、真っ向からの戦いがダメならやり方を考えればいいんだ。エリスはいつもそうやって来ただろう。
「すぅ…冥王乱舞」
「またかいな、芸が少ない奴は飽きられんのも早いで」
エリスはそのまま岩壁に足をついて両足から魔力を噴射し一気にラセツに迫る…!
「ハッ!たんちょ〜〜!!」
しかしラセツは迫ってくるエリスの動きを読み切り拳を握る、だがエリスはその瞬間一気に方向転換し────。
「よいしょっ!」
「えっ!?」
グルリと旋回しそのまま水の上を滑り水を跳ねてラセツに向かって飛ぶ水の刃を作り出す、その動きにラセツは仰天しながらも…。
「って水鉄砲で何がしたいねん!」
払う、大きな拳を振り払い水の刃を弾き飛ばし難なく防ぐ…けど、それが狙いなんだよ。
「『冥穿…」
「あ?」
バチバチと指先に魔力を集中させ、電気が迸る。川の上を飛びながら水を弾いたラセツに向けて、エリスは電流輝く指先を静かに向けて…。
「『伏雷招』ッ!!」
「ッ……!」
放つのは遠距離特化型の伏雷招、それで撃ち抜くように狙いを定めてラセツの体を電流で穿つ。水でずぶ濡れの体は電気をよく通し雷光はラセツの体を貫通し背後の地面へと吸い込まれる。
「グッ……!」
ラセツが初めて苦しそうに声を上げる、筋肉がどれだけ強靭でも電流には耐えられない。でもこの反応で確定してしまったことが一つある…。
(マジか…ってことはアイツのあの防御力の高さは、素の耐久力って事か…!)
電流が効いた。つまりこいつはエリス達の攻撃を実は防壁で防いでましたとか、攻撃を無効化する魔術を使ってましたとかじゃなくて、本当にただただ頑丈なだけだったことが確定してしまったんだ。
参ったな、あんな人間がいるなんて……。
「オドレ…ゴルァ…ッ!」
瞬間、電流でよろめいたラセツが即座に体勢を立て直しギロリと仮面越しにこちらを見た瞬間。
「痛いやろがッッ!!」
「ッ!?」
飛ぶ、と言うより弾ける。大地が爆裂しラセツが空を駆け抜け岩みたいに巨大な体が鏃のようにエリスに向けて飛んで来て…。
「ぅぐぅぅ!」
体が吹き飛ばされる、蹴られたのか殴られたのか。よく分からないがラセツが目の前に来た瞬間エリスはボールのように吹き飛ばされ森の中に突っ込み木々を薙ぎ倒しながら真っ直ぐ突き進む。
「ッ!痛いのもらった…!」
咄嗟に魔力を逆噴射させて減速するが、ヨロヨロと足が大地を見失い倒れそうになる。痛い、今の一撃のダメージが凄まじい…ってラセツは何処だ!?
「ヒュー…!」
その時、ラセツを探すエリスの頭上から口笛が聞こえ────。
「『木連』ッッ!!」
「うわッ…!」
上から降り注いだのはラセツ、繰り出されたのは魔力を纏った蹴り。高密度で凝縮された魔力はラセツの脚力を強化してなおも溢れ足に淡く光る球体が付随して見えるほどの威圧感を醸し出し、それが咄嗟に展開されたエリスの防御の上から叩き込まれ──大地が変形する。
ラセツの蹴りを中心に大地が鼓動し木々が浮かび上がる、いや大地が下がる。そして吹き荒れる魔力の爆風が引き抜かれた木々を吹き飛ばし鬱蒼とした森が一撃で更地になり…その上で地形が変わる。
一瞬、一撃、その僅かな時間に圧縮された超局所的災害とも言える一発はこの名前のない森に甚大な被害を与える。
そしてその爆心地にいたエリスは…。
「ぅがぁあぁ…!」
咄嗟にクロスで体を両手から血を吹き出しながら地面を転がる、信じられないくらいの圧力が体に負荷をかけたんだ。防御したのにこのダメージか、来ると分かった上でこれか。信じられない…今までエリスが積み重ねてきたあらゆる常識が通用しない。
「オラおねえちゃん…寝とる場合やないで」
「ヴッ…!」
慌てて立ち上がる、何故ならラセツが次は拳を握ってたからだ。第二撃が来る…これは回避しなきゃいけない、そしてエリスはラセツの拳を使った攻撃を知っている。あれを受けたら死ぬ!
「ほな行くで?」
ラセツは握った拳を口元に当ててキスをするとそのまま赤黒い魔力を拳から滲ませ……。
「ッ『啞邪羅華』ッッ!!」
それは炸裂する花の如く、拳を振るうと共に放たれた魔力が空間を赤熱させ赤い光と共にエリスと大地を巻き込んで爆裂する、その様はさながら紅の蓮華のよう。ただ拳を振っただけで何もかもが吹き飛ばされていく…エリスもまた、吹き飛ばされていく。
「ゔぐッ…!」
ラセツの一撃で大地は捲れ上がり、津波のように大きく屹立した大地と共に吹き飛ばされるエリスは三秒ほど意識を失い自由落下、その最中に意識を取り戻し首を振るい咄嗟に魔力を噴射し体勢を整え────。
「何してるん?」
「ハッ!?」
が、しかし。すぐ真上…頭上に現れた影は銀の仮面を輝かせながら拳を大きく振り上げていて。
「『独鈷威掌』!」
「がぁああ!?」
魔力爆発を肘で起こし、撃鉄に弾かれた弾丸のように飛んで来たラセツの鉄拳がエリスを地面に叩きつけ再び大地に大穴が開き───。
「『銃玄夢』ッッ!!」
その穴目掛け放たれたのは膨大な魔力衝撃であり魔力弾。凝縮をせず嵐のように放ったそれは大穴で更にその面積を広げ何もかもを押し広げるように、押し潰すように光を拡散していき……そして。
「おねえちゃんみたいなのなんて言うか知ってるぅ?」
轟音上げてラセツが着地したそこは、既に魔力爆発により大地がひっくり返り、土と砕けた岩だけが残る巨大なクレーターであり、その中心で倒れ伏す女…エリスを見下ろし、軽い運動を終えた後のように首関節を回し、笑う。
「身の程知らずや…」
「グッ…う……」
対するエリスは倒れ伏し、動けない。と言うより…何も出来ていない、強すぎる、一撃一撃の規模と威力が桁外れ過ぎる。歩く災害のようだ、人の形をしてるだけの現象だ…。
こんなのとどう戦えばいいんだ……。
「まぁ…ホンマやったら、最初の一撃でおねえちゃんほっといて馬車の方に行ってもよかった。けど今こうしておねえちゃんのお遊びに付き合うとるんわ…オレがおねえちゃんを評価してたから、いや買い被っとったからやと言うべきか」
「何を……」
「前言うてたやん?オレ、マレフィカルムで五番目やねん。つーても五凶獣やらセフィラを除いた面子ぅ〜なんちゅう甘ったれた選考ではあるけど、少なくとも他の組織の雑魚共からはそう呼ばれとる」
ラセツはその場でしゃがみエリスを見下ろしながら頭をポリポリと指で掻いて退屈そうにあくびまでかます。
「オレの一つ下にはカルウェナンのおっさんがおった。ありゃあエグいくらい強かったわ、オレも最初は勝てへんかった…勝てて嬉しかった相手なんて後にも先にもアイツくらいや」
「うっ…う…」
「オレの一つ上にはタヴがおる、あ〜今は違うんやっけ?まぁ新顔のアイツとは戦ってへんからなんとも言えんけど…オレにとっても一つ上はタヴや、アイツには勝ててへん。ムカつく奴やがオモロいからオレは好きやで?」
「ッ……」
必死に立ちあがろうとするエリスを無視してラセツは話を続ける…楽しそうに、朗らかに、だが一転して声は冷たくなり。
「けど、そいつらが消えた。なんでや?原因はお前やエリス。カルウェナンのおっさんが負けた時はなんかの間違いかと思った、タヴが帝国に捕まったと聞いた時はいよいよオレらも年貢の納め時かと遺書まで書いたで」
「…………」
「二人がフェードアウトした理由にはどちらもお前が関わっとる、やからお前はオレさえも倒し得ると…期待した。ぶっちゃけ冷静に考えたら無理やろな〜とは思ったけど、そこはお前なんか不思議なパワーでオレなんかぶっ飛ばして終わらせるんかと思ったが、なんや…てんで雑魚やんか期待してガーッくし」
ラセツは立ち上がり、ポケットに手を収め、冷たく、平坦に、エリスを見下ろしながら雑魚と宣う…そりゃ、こいつから見りゃそうだろう、けど…。
「長話はそれで終わりですか…ラセツ」
「のつもりやったけど、なんか言いたいことでもあるん?」
「ありますよ、…興味ない話、グダグダ聞かされた文句くらい言わせてください」
「興味ないとは、ひどいなぁおねえちゃん」
エリスは立ち上がりながら膝に手を突き、顔を上げてヘラヘラ笑うラセツの鉄仮面を睨み…。
「誰が、誰より強いとか。誰が、誰より弱いとか。興味がありません…」
「そうなん?大事な話やろ?少なくともオレはお前より強いで」
「かもしれませんね、けど…それ、今何か関係あります?」
「んん〜?」
ラセツは静かに首を傾げる、だが…関係ないんですよ。
「お前が誰より強かろうが…エリスはお前と戦います、お前が誰より弱かろうが…エリスはお前を倒します。ここにいるのはお前とエリスだけなんです…他の誰かなんて関係ないでしょう…!」
誰かより強いから戦わないとか、誰かより弱いから興味がないとか、そういう話じゃない。エリスはエリスの道を阻む奴を倒す、阻まないならどれだけ強くても弱くても戦わない、そう言う簡単な話なんですよ…だから興味ない話はしないでください。
「プッ!アハハハハハッ!せやったか!確かにその通りや!オレとした事がオモロない話してもうて悪かったわ!」
「ええ、勘弁してくださいよ…」
「ああせやな…でェ?かっくいい事言うたんや…ええもん見せてくれやなどっちらけやで」
ラセツは再び手を広げる。まるで両翼が天を覆うようなそれが影となってエリスと陽光の間に挟まり闇をもたらす、無機質な鉄の仮面がエリスを見下ろし…次を待つ、エリスが次に何をするかを待っているんだ。
エリスの次の手をそれを叩き潰し、それでも諦めなければ次の手も叩き潰し、足掻くその手も潰し、エリスの心が折れるまで潰し続ける自信がこの男にはあるんだ。
圧倒的な実力に裏打ちされた自信…けど、だけど。
「フッ……」
笑う、言いましたよね。誰がどれだけ強かろうがエリスのやることは変わらないと。
冥王乱舞で体力はかなり消耗したし全身痛いし、ぶっちゃけやばいけど…まだやれる、手は乗っている。
「冥王乱舞……ッ!」
「またそれかいな!いい加減見飽きたで……ん?」
エリスは冥王乱舞を展開し、その場に踵をつける。動かない、今までの超高速移動を行わずその場で静止するエリスにラセツは一瞬不可解そうに観察の姿勢に入るが…即座に気がつく。
「やばッ!そう言う事か…ッ!」
「もう遅いです…!『逆殲煌』ッッ!!」
瞬間、辺り一面が光に包まれる。紅蓮の炎と白色の光が渦巻きながら天に昇る程の大爆発はエリスとラセツを巻き込んで燃え上がる。
……冥王乱舞・逆殲煌。天から降り注ぎ地面に魔力ごと突っ込み爆裂させる殲煌という技がある、その逆だから逆殲煌…エリスは冥王乱舞を展開し足の裏から魔力の棘を地面に向けて打ち込み、それを魔力噴射で地中深くに埋めると共に、それを大地の奥底で爆発させる超広範囲殲滅技。…その様はさながら大地を割って噴火する炎の氾濫だ。
この技の利点はモーションが殆ど必要ない事、敵が目の前でエリスをボーッと見ているシチュエーションに限っては抜群の不意打ち性能を誇るんだ。
「ぐぅっ!!」
目の前で大地が炸裂したラセツは後ろに向けて飛びながら両手をクロスさせ爆裂の中を吹き飛び衝撃を受け流す。爆発は防がれた、だがこの逆殲煌…もう一つ利点があるんですよ、それは。
「冥王乱舞・隕星ッッ!!」
「グッッ!?」
爆発を切り裂きラセツの胴体に突き刺さるように飛ぶのはエリスの頭突き…そう、殲煌による爆発はそのままエリスの加速に直結すると言う事。逆殲煌とは言ってみれば物凄い勢いで大地から飛び上がっただけなのだから、勢いはそのまま。ラセツは爆発の方をメインと捉えていたのかエリスの頭突きを受け苦しそうに呻く。
打撃が効いた…!この威力ならいけるか!ならばッ!!
「五十連・雷旋怒涛ッ!!」
「テメェ…!」
そのままラセツの懐に入ったまま拳を高速で叩き込みとにかく攻めまくる、動き続ける。動きを止めればラセツが動く、ラセツが動いたら止められない。だから動かさない、それしかエリスがこいつに勝つ道は無───。
「ナメんなやァッ!!!」
「げぶふぅっ!?」
しかしラセツはエリスの打撃を受けながらも易々と動いてくる。拳を横薙ぎに振るい懐のエリスを殴り飛ばし、エリスが大地に叩きつけられれば地面が砕ける。痛い、重い、鋭い、けど……。
「まだまだァッ!!!」
砕けた地面を跳ね飛ばし、起き上がりながら血混じりの咆哮を上げる。まだ負けてない…まだエリスは負けてませんッ!!
「へぇ、根性あるやないか。傷ついて行くほどにボルテージが上がるタイプやな?」
「冥王乱舞ッ!点火ッッ!!」
「その根性見込んで見せたるわ…ッ!オレの本気!」
足先から魔力を噴射し一気に加速、そのままラセツの顔面目掛け拳を振るい…拳を振るい、拳を…拳が……。
「あれッ!?」
振り抜いたエリスの拳が止まる、ラセツの顔の前で止まる。動きが緩慢になって速度がなくなって、どれだけ噴射して推進力を足してもエリスの腕はピクリとも動きなくなる…これ防壁?でも防がれてる感じは……いや。
「特殊防壁…!」
手の先から伝わる不思議な感覚、壁に当たっている感じはしないが…だが確かに魔力が伝わる。この感覚は恐らく防壁を極めた者だけがたどり着く絶技…特殊防壁。
「『流体防壁』…タイマンでこれ使うたんは結構久々や、友達に自慢してもええで」
まるでスライムのように粘度の高い防壁、それはエリスの拳を受けて変形し衝撃を完璧に封殺し勢いを止めた。ラセツの周辺に流れるような泡沫のような防壁は如何様にも変形し如何様にも変質する。
……防壁形成術が難度の高い技とされるのは本来硬い一枚の板である魔力防壁の形を変えるのが難しいからだ。それをここまで形を失うまでに研ぎ澄ませ、尚且つそれを通常の防壁のように展開するって、どんな腕だよ。
「この防壁、マジで便利やねんで?例えばこう言うふうに…」
「ッ!手が抜けない!」
ラセツが拳を大きく振りかぶる、咄嗟に逃げようとするがあれだけ柔らかかった防壁はエリスの手を巻き込んだまま動かず硬質化する。まるで蝋のような性質を持つ防壁を前に青ざめるエリスを前に…ラセツは。
「『啞邪羅華』ッッ!!」
放つ、螺旋状に魔力衝撃が飛ぶ爆裂の如き一撃を。それはきっと本来はこうやって使うものなんだろうと感じさせられる程に完璧な一撃だ。流体防壁はラセツの螺旋状の魔力衝撃を受け変形しながら拡散しつつ内側に収束し続ける。
高速で動く外側と停滞する内側で速度差が生まれ、そこから生じる剪断力がラセツの前方にある何もかもをズタズタに引き裂いていく。そこに加えての爆発だ…手のつけようが無いってのはこの事を言うんだろう。
「ガァ…ッ!グッ…う……」
「オレに防壁まで使わせたんは褒めたるわ…けど、ここまでやな」
地面に倒れ伏したエリスを再びラセツは見下ろす、だが今度は観察する気も話をする気もないらしく…握った拳を解いていない。
「本当はもうちょい行けるかと思うたんやが…残念や、魔女の弟子」
「………………」
「はぁ、動きもせんか…なら、もうええわ」
足が上がる、エリスの図解を踏み潰そうと狙いを定める、この戦いを終わらせるためにラセツがトドメを刺そうと動く…のを、エリスは感じ取る。
「ッ……!」
「あ!」
瞬間目を開いたエリスはクルリと体を入れ替え仰向けになると同時に足を上げたラセツはに向けて指を立てて…。
「冥王乱舞・雷神穿ッッ!!」
指から放たれたのは雷招系を極限まで凝縮した渾身の雷撃であり雷霆。黄金の光は槍のように真っ直ぐにラセツの右肩に命中し一瞬で全身に拡散しながらラセツの背中から幾多の電流となって突き抜けて行く。
待っていた、ラセツの今の一撃はラセツにとって自信のある一撃だった。こいつは自信過剰すぎるからな…本気を出せばエリスなんかあっという間にぶっ殺せると考えていただろう、だから渾身の一撃さえ耐えてしまえばこれ以上ない隙が生まれると考えたんだ。
だから耐えた、耐える事だけに集中して魔力を全身から放ちながら衝撃波を中和しながら流障壁で剪断力を受け流し耐えた…耐え切ってやったんだ!
「よっと!もうええわ?甘いんですよラセツ!エリスはまだまだやれますよッ!!」
「グッ…流体防壁を一発で貫通するとは、ええもん持っとるやないか」
ラセツは右肩を射抜かれ服が焦げ内側に火傷を覗かせながらも倒れない、流体防壁は一点集中の魔力で抜けるようだ。と言うよりそもそもこいつはさっきも言ったが自信過剰過ぎる、油断して防壁を展開してないしエリスの事ナメすぎですよ。
立ち上がり拳を構えるとラセツは肩を回しながら再び両手を広げる。
「頑張るなぁ魔女の弟子、尊敬するわマジで。お前のモチベーションなんやねんッ!」
そこから動き出す、拳が轟音を鳴らし大砲のような拳骨が乱れ飛ぶ、それを超加速で回避する。右へ、左へ、上へ下へ、空気の層を足で蹴飛ばすように連続で回避すれば内臓が弾けそうになるがそれでも回避を続ける。だってラセツに殴られたら内臓が弾けるだけじゃ済まないから。
「エリスは友達を守るためならなんだってします!どんな奴だって倒します!」
「友達をぉ〜!?なんでそこまでマジになれんねん!普通自分の方が大切やろうが!」
「大切ですよ!エリスはエリスが大切です!この命はみんなの為にある…何よりこの人生は師匠が与えてくれた人生だからッ!」
「だったらなんでや!」
振り上げられる足を錐揉みながら回避しエリスは拳を構えながらステップを踏んで息を整える。自分が大切?エリスはエリスの事を大切にしてますよ、そりゃあ自分の命と人生が一番大切です、この身を投げ打って解決出来る問題とそれによって流れる友や師匠の涙、天秤にかけたらどっちの方が重たいかなんて考えるまでもない。
だが、それでも。エリスがこうやって命懸けで戦うのは…一つ。
「エリスは、友達と師匠の為に…みんなの未来を守る為に戦う、その為にこの人生を使うと決めているからです!エリスは…恥じるような人生を送りたくないからですッ!誰かにも!自分自身にもッ!!」
エリスはこの命が燃え尽きた時、何かに恥じる生き方をしたくない。何かに胸を張れる生き方をしたい。それが師匠が与えてくれたこの人生に対する最大の感謝であり…礼儀だと思っている。
友達を見捨てて誇れるか、敵に背を向けた先には恥しかない、これはエリスのメンツと誇りに関する話なんですよ。
「エリスはッ!師匠に誇れる生き方しかしないッ!!その為にだけ振るう力にッ!!エリスの人生は宿るんですッッ!!!」
「ッ……!!」
瞬間、全開の加速により拳を叩き込む…ラセツの懐に、防がれてもその先から魔力を放ち魔術を叩き込む、と…考えていたのに。
「ぐぅッ……!」
「えっ!?」
当たる、ラセツは防御もせず回避もせず、エリスの拳を受けて一歩引く…当たった?なんで当たったんだ、今の拳くらい避けられただろうに…いや。
寧ろ今…ラセツの動きが止まったような……。
「ぐっ…効いた〜!いいパンチやないか!」
「……なんで防がなかったんですか」
「防がんでもいいと思っただけや、けどまぁ予想外に痛かったわ…へへへ」
とは言っているが、まだまだやれそうだな。あれだけやって二、三発攻撃を当てられただけなんて…ちょっと強すぎるかも。
「ヘッヘッヘッ…それがお前の生き方、人生やって言うんやな?」
「そうです!」
「なら、誇りを抱えて死ねるんわ…本望か?」
「いえ、お前をぶっ飛ばして地獄にダンクシュート決めないと…怨霊になってる出ちゃうかもです」
「そうかそうか、フフフフ…」
そう笑いながら再び手をひらけば…ラセツの体から溢れる魔力が更に増大する、まだこんな力を隠していたか…いや隠しているだろうな。だってこいつはまだ覚醒すら使っていないんだ、カルウェナンはあれで常時覚醒を維持していた…けどこいつは覚醒を使わず冥王乱舞のエリスを圧倒してるんだ。
そりゃあ実力なんか隠しているだろう…まだまだやれることはあるだろう、けど…だからそう言うのは関係ないですよ、エリスの行動を変更する理由にはならない!
「ならここでぶっ殺したる!死んたら大人しくお前が地獄で待っとれや!そこでも第二ラウンドやったるわ!約束やで!」
「待つのはお前のほうですよ!」
やってやるやってやるやってやると思考を攻撃的な色で染め上げれば萎えていた鼓動が高鳴り血液が高速で循環し体温が灼熱に至る。戦闘のスイッチを自分で入れて魔力を高めて…やってやる、何がなんだろうがぶっ潰して─────。
「エリスッッ!!」
「ぬぅっ!?」
がしかし、そうやって昂った熱は突然飛んできた声によって霧散…横から放たれたこの声は、アマルトさん?
チラリと視線を向ければそこには顔面蒼白のアマルトさんが立っていて…って、なんで貴方がここにいるんですか、みんなと合流したはずじゃ……。
「やべぇ…馬車がない!」
「え?…え!?どう言う意味ですか!?エリス達置いて行かれた…!?」
「違う、多分…みんな捕まったかもしれん」
「えぇっ!?」
捕まったって…ありえないだろ、だって馬車にはデティもラグナもメルクさんも…ネレイドさんもナタリアさんもメグさんもいる、この戦力が一気に捕まるなんてことあり得るわけが…ッ!
「ああ、もうか…どうやらクルシフィクスは上手くやったみたいやな」
ラセツ…こいつは訳知り顔で首筋を撫でながらそんな風にぼやいていたんだ、こいつ…!
「ラセツ!お前…みんなをどこにやったんですか!」
つまりラセツは…囮だったってことか、ラセツが暴れてる間にどうやってかは知らないがラセツの仲間がみんなを馬車ごと攫ったと、そう言うことだろう。やってくれたよ本当に…。
今動けるのはエリス達だけ、やれるのは一つみんなを助け出すこと…ならばどこに行ったかをラセツから聞くしかない、まぁ答えてくれないだろうからせめて情報を少しでも引き出して───。
「どこにやったって?そんなに聞かれたら答えるしかあらへんな。多分お前の仲間ノミスマ大峡地の中にあるパラベラムの本拠地黒の工廠に連れてかれたんやな」
「へ?」
「多分やが馬車ごととなると第三工兵倉庫やろうな、地下三階の南東の工場区の壁際や、鍵は警備主任か開発主任が持っとる、警備主任は休憩時間中は鍵とか諸々デスクに置いてくからその時を狙えばいけるやろうな、で工兵倉庫の裏手から抜ければ外に出られるで」
「……い、いや」
「けどここから行くにはあれやな、外部警備の方が問題やな。普通に行っても多分摘み出されるかもしれん、入り方は考えやな行かんな。やるなら搬入口からの方がええかもしれんで」
「…………」
「なぁにぃよ…教えろ言うたから教えたんやないか」
全部言ったぞこいつ、場所どころか入り込み方まで全部。何考えてるんだ…いや、ここで殺すから別に教えてもいい的な考え方か?ならエリス普通にこの場から全力で逃げてノミスマ大峡地に向かうけど…。
「何考えてるんですか…それを教えられたらエリス、そこに行きますけど」
「かもな、けどやめとけ。お前じゃ門前払いが関の山や」
「関係ありません!真っ向から行って全員ぶちのめして…」
「セラヴィをナメへん方がええ、あいつは魔女排斥組織の人間っちゅうよりマフィアそのものや。お前マフィアのやり方知らんのか?」
「……知ってます」
それは痛いほど理解している、ヘッドだ。アイツのやり口はエリスが戦ってきた奴らとはまた違った。人の恐れや竦みに漬け込むやり口は…真っ向からいけば簡単に絡め取られる。ましてや本当にラグナ達が捕まっているなら仲間の生殺与奪権は敵が握っていることになる。
簡単じゃない、けど……。
「もしやるならパラベラムの内側から手引きしてもらわなあかんかもな」
「不可能だって言いたいんですか」
「いいや?この世に不可能な事とかないで?例えば……」
するとラセツは静かに手を差し出して……。
「オレが、お前の仲間助けるのを手伝ったる…って言うたら、どうや?」
「は……?」
「オレならお前の仲間助けられる、どうや?悪い話やないと思うで?」
「何言ってるか分かりません」
「助けたる言うてんねん、察し悪いなぁ」
突然差し伸べられた手。それを前に呆然とするエリスの隣に歩み寄るアマルトさんはやや不安げな表情を浮かべながらエリスの顔を覗き込む。
「ど、どうするよ、エリス」
「どうするもこうするも、受けるわけないでしょう。パラベラムがマフィアならこいつはマフィアの小間使いでしょ、そんな奴に協力してもらって…後からどんな罠に嵌められるか分かったもんじゃない」
「なははは!そりゃそうや、オレも同じ反応するわ」
「第一エリスの事さっきまで殺そうとしてた人間がいきなり掌返して助けますって言ってはいそうですかと受けられますか!」
「わかる〜!確かに〜!」
「エリスをナメないでください!」
「あっはっはっは!まぁそりゃあそうや!せやけどこいつばかりはマジの話やねん。まぁ詳しい話は後でするにしても…とりあえずこいつだけは言うとくわ」
するとドスンとラセツはその場に座り込み…先程までの朗らかな空気を消し去り、重厚で、鉄が擦り切れるような声音で…口を開き。
「オレはな…パラベラムのボスである社長サン、つまりセラヴィ・セステルティウスを恨んどる」
「え?」
「オレはアイツの部下や、手下や、小間使いや、せやけど思うとったねん…いつかコイツが破滅する時が来たら、オレぁ喜んで手のひら返して裏切ったるってな…」
「………マジで言ってます?」
「マジや、けどセラヴィは経営者としてあまりにも優秀やった、破滅の時は来ない上に慎重な男や…オレのことも信じとらん、やから返せる掌は一つだけ。分かるかいな…これはオレの賭けやねん、お前らがセラヴィぶっ潰せるんならそれでよし、それが無理ならオレも終わりや…そりゃ実力くらい確かめたくなるやろ」
「…………」
エリスは師匠のように相手の嘘を見抜く力もないしデティのように魂を観察して真実を暴くこともできない、だが…これはエリスの経験則ですが、多分ラセツは嘘を言っていない。何故か?今の状況でラセツがエリス達に嘘をつく必要が全くないんだ。
ラグナ達は捕まった、残ったのはエリス達だけ、ラセツの実力なら問題なくここでエリス達を殺すことができる。これでどうやって罠に嵌める?罠に嵌めて何を得る?…合理的に考えるなら、ラセツの行いはあまりにも不合理だ。
「なんで恨んでるんですか」
「詳しいことは言われへん…と言うか、言いたない」
「それを言ってくれなきゃ信じられません」
「……なら、言うたらお前、オレに付き合ってくれるか?」
「保証はしません」
「はぁ〜〜…まぁしゃあない、誰にも言いふらさんといてな?ここだけの秘密やで?」
するとラセツは徐にエリス達に顔を近づけ、鉄仮面の口部分に手を当てて…コソコソとこう言うんだ。
「……セラヴィはな、オレの母親の仇やねん」
「仇?殺されたんですか?セラヴィに」
「いや…嘘だろ、なんで母親の仇の下で働いてんだよ」
「色々あるねんこっちにも、…セラヴィもその事は知っとる。オレの母親を殺した件をな、けどアイツはまるで気にしとらん…オレも社長に言うとるで?気にしてまへんでぇ〜ってな…けど、無理やろ気にせんのは」
ラセツの声音には確かに怒りが籠っている。しかし奇妙な関係だ。ラセツはセラヴィに母を殺されそのことを恨んでいるのに今はセラヴィの下で働き、そしてセラヴィもラセツの母を殺しているのにラセツを幹部として重用するなんて。どう言う精神状況ならそう言う関係が構築されるんだ。
「オレの真の目的を知ってるんわ世界でお前ら二人だけや、お前らがセラヴィにこの件を伝えりゃオレは一気にセラヴィに狙われる、オレの目的も達成されずオレはお前らを恨み抜く…、だから悪いけどこの件を受けへんのならオレはお前らを殺さなあかん。オレとしてもそれは避けたいねん、このまま行けば裏切るどころの騒ぎや無くなるしな…だから」
「……そんな話を聞いて、信用しろと?」
「……まぁな」
「信用なんかするわけありませんよ、エリス達は貴方に一度裏切られてるんですから…でも、その話は受けます」
「ホンマか!」
悩み抜く、考え抜く、結果エリスはラセツの話を受けようと思う。そりゃコイツはエリスを騙したし敵の一味だし危険だしそもそも今ズキズキ痛む脇腹はコイツに殴られた時の奴だし、信用出来る部分はゼロ。
しかし嘘は言ってない、であるならば…今はクレバーに考えようと思う。
「マジか?エリス…いや、俺も手を組むしかないと思うけど、コイツに恩を売るのは怖いぜ」
「恩を売るんじゃありません、買うんですよエリス達が…コイツの助けを、リスクを代価にね。ラセツ?お前は確か渉外担当でしたね、ならこれは契約です…エリス達を裏切らないでくださいね、そうしたらエリスは何がなんでもお前を破滅させますから」
「あっはっはっは!豪胆な物言い!結構や!オレもビジネスマンの端くれ!絶対に契約は破らん!ッしゃあ!なら取引成立でええな!」
「ええ、ラグナ達を助ける為の援護をしてください」
「ええでぇ、と言いたいが…諸々の説明やらなんやらと、後ついでに治療が必要やろう?オレも肩痛いし、オレんち寄ってかん?ディーメントにあるねんけど」
「ディ、ディーメント…まぁ分かりました、いいですよ」
突然現れたラセツは突然エリス達に襲い掛かり、そして突然エリス達に協力を求めてきた。コイツの本当の目的がどこにあって何を考えているか分からないが…消えてしまったラグナ達を救えるのはエリス達しかいない。ならばやろう…エリス達が助けるんだ、みんなとレーヴァテインさんを。
………………………………………………………………
それは、突然のことだった。
馬車の中はいつも通りの平穏な空気が漂い、一時の休息を楽しんでいた。
デティはソファでアイスを食べ、メルクさんは読書をし、ネレイドさんは周囲を見張り、俺もジャーニーの面倒を見て、ナリアとメグはレーヴァテインと話をしていた。そんななんでもない空気が…一瞬で破壊されたのは。
とある一言が由来だった。
『動くな、諸君』
全員が驚きの声を上げた。レーヴァテインが喉から悲鳴を溢した、それと共に撃鉄が上がり、漆黒の銃が虚空から現れ…突如その場に出現した男は透明なカーテンを払うようにいきなり姿を晒しながら、レーヴァテイン後頭部に銃を突きつけていた。
『私はパラベラム経営部門の責任者、『悪戒』デキマティオ・ドゥポンディウス…諸君らによって盗難された我が社の所有物レーヴァテインを取り返しにきた、動いてはいけないよ』
顔の半分が機械となった黒スーツの男デキマティオは馬車の中に唐突に出現するなり拳銃に指をかけたままレーヴァテインの後頭部をグリグリと押していた。そのあまりの事態に全員の反応が遅れながらも…何も出来ない。
分からなかった、この男の出現…いや到来そのものが読めなかった、ネレイドさんが見張りデティが魔力探知をしていたのに、まるで誰もコイツの存在を認識できていなかったんだ。
…けど、この時俺は思った。
(この距離ならいける)
狭い馬車の中だったから、デキマティオが指でトリガーを引くよりも早くデキマティオをぶっ飛ばすことができると踏んだんだ。そこで俺は一瞬で踵をデキマティオに向け……。
『レーヴァテインを離せッ!!』
そう言って突っ込んだんだ。けど…デキマティオはこちらを見ることもなく。
『動くなと言っているのが分からんかね』
右半分を覆う機械の眼球が青い煌めきを放ち、デキマティオは俺を一瞥もすることなく…。
『入射角、速度、反射、全て予測可能な範囲だ…』
『えっ……!』
避けられた、目も向けられず俺の拳は宙で空振り…そして。
『懲罰、そして見せしめだ』
そのままデキマティオは流れるような動きでフリーとなっているも片方の手を使い青く煌めく短剣を抜き放つと共に俺の右肩にそれを突き刺し……その瞬間俺は信じられない程の苦痛に包まれ、身悶えた。
みっともなく叫び声をあげただろう、だがそれほどまでに耐えられなかった。あんな小さなナイフで刺されて苦しいと感じるほどに柔な鍛え方はしてないはずなのに。俺の体の中で爆弾が爆発し血管の中にガラスの破片を混ぜられたような…そんなあり得ない苦痛と共に俺はその場で、意識を失ったんだ。
で……その後に目を覚ましたら。
「これか……」
目を開けたそこは、真っ暗な闇の中だった。足を動かせば鎖が絡みつく、手を動かそうとしたら動かない、真っ暗な鉄の大部屋に手足を拘束されて横になってた…まぁ軽く考えれば状況は分かる。捕まったか…。
「ラグナ様、気が付きましたか?」
「ああ、今起きた…状況は?」
ふと、隣を見るとメグがいる。メグの手には手首から先をすっぽりと覆うような鉄のグローブのような手枷が嵌められ足首には壁に繋がる鎖が伸びている。周りを見ればみんないる…。
「ラグナ様が気絶した後パラベラムの軍勢が殺到して…人質を取られていたこともあり、囚われてしまいました。馬車ごと駆動車で運ばれまして…」
「ジャーニーは?」
「一応絵画の中に隠す時間はあったのですが…馬車はあそこに」
そう言ってメグが差したのは部屋の奥。そこには車輪を外された馬車が転がっていた。馬車まで捕まえるとはまた豪胆な話だな…しかしそうか、あれから全員捕まってしまったか。
「悪い、俺がやられたから…」
「そう言うわけじゃないよ、ラグナ」
するとデティが口を尖らせながら不服そうに横になりながら俺を見て言うのだ。
「私達は完全に敵の術中にハマっていた、あそこを切り抜けてもこれだけの事を継続して行える組織相手に逃げ切るのは難しかったと思う」
「弱気なこと言うなよデティ」
「捕まってるしねぇ…パラベラムを侮っていたってわけじゃないけど、やっぱり八大同盟という存在に対して認識が甘かったのかもね」
それはあるかもな、もう四つも倒してるんだ…また今回もなんとかなると思って事を構えた部分はあった、だがちょっと無理があったようだ。それでもデキマティオのあの一撃…不思議な一撃だった。ちょっと奴らの力が想定外に大きいってのも計算を狂わせた要因かもな。
「ん?エリスとアマルトは?」
ふと周りを見るとエリスとアマルトがいない、そういえば最後は川辺に行くと言って遊びに行ったきりだったが…。
「エリス様とアマルト様は捕まっていません、ですがエリス様達が向かった川辺から戦闘音と…恐らくラセツの物と思われる魔力を感じました」
「ラセツか…!」
思わず表情が歪んでしまう。ラセツ…流石にアイツにエリスとアマルトの二人で勝つは難しいかもしれない、或いはエリスならというのもあるが…多分無理かもしれない。
確かにエリスはリベンジ戦に強いがそれにしたって限度がある。ラセツはその限度を大幅に超えている相手だ…。けどエリスならきっと上手く切り抜けてくれるだろう、アイツはこういう状況にも滅法強いからな…。
で、エリスとアマルトがいないわけだが…もう一人いない人間がいる。
「それで…レーヴァテインは」
レーヴァテインがいない、まぁ分かりきってるが…聞いてみるとメグは顔をやや背け。
「連れて行かれました」
「…………そうか」
守ると言ったのに、守りきれなかったか…クソ、情けねぇ。助けに行きたいが動けねぇ…。
「チッ!クソッ!なんだこの拘束具…」
さっきから力を込めても魔力を込めてもビクともしない。俺の手にも鉄のグローブのような枷が嵌められているが、見た事ない拘束具だ…まさかこれもレーヴァテインの作った物なのか。
「この拘束具、つけてるだけで体内の魔力の運動を阻害するみたい」
「魔封じの拘束具と同じか?」
「あれは外に出せないようにするだけ、これはそもそも運動を邪魔してる。魔力遍在とか覚醒とかの内側で完結する物も封じられてるよ」
だよな、だってレーヴァテインが作ったってことはつまりこれは対古式魔術用の拘束具だ、現代魔術を想定している今の拘束具とはそもそもレベルが違う。いくら俺たちでも壊すのは不可能だ…。
つまり現状では救出は不可能…か。
「どうする、ラグナ。状況はかなり悪いぞ」
「以前も捕まったことがありましたが…今回はもっと状況が悪いですね」
「…………不覚」
みんなかなり落ち込んでいるようだ、事実エリス達の救出が期待できるかどうか分からない状態にあり俺達は全員まとめて捕まっている、それも抵抗して……じゃなく抵抗すら許されずだからな、気落ちはするか。
けど……それでも。
(馬車はあそこにある、レーヴァテインがここについてから連れて行かれたってことはここは連中のアジトである可能性が高い、殺さずに捕らえたままってことは連中はこの捕縛に自信がある、……って点から考えるに)
頭の中で組み合わせるように様々な要素を合わせ、離し、また別の角度から組み合わせる。これでもみんなから一応纏め役の責務を預かってるんだ…みんなが諦めても俺だけは諦めるわけにはいかない。
それに…状況は絶望的だが、脱出そのものは絶望的じゃなさそうだ。
「………………」
だからちょっと考える、そして待つ…多分だが、エリスとアマルトならなんとかこっちに来るはずだ、そこがきっとチャンスになる。絶対に。
………………………………………………………………
「ようこそぉ〜ッ!ここがオレの魂のハウス!没落の街ディーメントでェ〜す!」
「……………」
「んもう、なんやねんその顔ぉ〜」
それからエリス達はラセツに案内されてコイツが拠点に使っているという没落の街ディーメントへと連れてこられた。森を歩いて、川を越えて、平原を歩いて…とは行かず、エリス達は魔術を使って、ラセツは普通にダッシュで、数分で千里を駆け抜けてディーメントにやってきたんだ。
没落の街と呼ばれるだけはあり街はボロく、石造りの廃墟みたいな家屋が立ち並び、心なしかあちこちが陰気臭い暗闇に覆われた街は街と同じようにボロい服を着た奴や不釣り合いなくらい小綺麗な服を着たガラの悪いやつが闊歩する地獄みたいな街だった。
なんというか、クライムシティや落魔窟に感じが似ている…がこの二つと違うのはここが地上であるという事。地下のような限定的な空間でないにも関わらずこの治安の悪さを維持できるのは逆に奇跡的だ。
「案内するで?おたくらお酒飲める?いい店知ってんねん酒は不味いけどかわい子ちゃんが揃っとる店がさぁ…」
「ラセツ、そうやってエリス達を懐柔するつもりなら諦めた方がいいですよ」
「別にそんなつもりはあらへんで?懐柔していう事を聞いてもらうより頭ドツいて言うこと聞かせるほうが楽やし、けどそれをする必要がないなら…そもそもせぇへんし」
エリスとアマルトさんはラセツの案内でディーメントの入り口に踏み入る。と同時にエリスとアマルトさんはシュババ!と周りを見回し…確認する。
「何してるん」
「あ?んな物決まってんだろ…」
「街に入った瞬間銃撃が来るかもですし」
「あのなぁ…別に信用しろとは言わへんけども、そう言うノリで来られるとこっちもメンドいねん、ええ加減にしとけよほんまに」
襲われるなら街に来た瞬間だった、けど銃撃も包囲もない、代わりにラセツが大きくため息を吐く。どうやら彼は本当にエリス達の助けを借りたいようだ…。
「……母親の仇を取りたい、って話でしたね」
エリスはそのまま警戒を解かず、取り敢えずポケットに手を突っ込みながらラセツの隣に立つと彼はそのまま歩き出し、何処かへと案内される。
「あぁ〜…まぁちょっと訂正するわ、始まりはそこやけどオレは別に仇が討ちたいわけやない。ただセラヴィという男が毎日ええもん食うて豪華なソファに座ってるんが許せへんだけや…分かるやろ?」
「分かりませんね、エリスは嫌いな人間がどこで何してようが構わないので」
「…………」
ふと、アマルトさんはを見ると…彼は何やら考え込むような顔つきでラセツを見ていた。しかしラセツはそれを無視して、話を続ける。
「オレぁおねえちゃんみたいに割り切れる男やないねん、で今んところオレの生きる目的が…セラヴィの凋落だけや。その為にお前らには暴れてもらいたいんや」
「なぁラセツ、それが狙いならお前…態々ラグナ達を攫わせない方が良かったんじゃねぇの?」
まぁ確かにそうだ。ラグナ達を攫わせてからエリス達に助けを求めるよりエリス達全員揃っている状態で話をした方がこいつもやりやすかったろうに…。
「ん?おおまったくもってその通りやおにーちゃん、せやけどそのラグナ君っちゅう子らを連れて行ったんわオレとはまた別の指示系統の話や、つーかぶっちゃけて言うと…オレは本当はあの場にはおらんことになってんねん」
「え?」
「オレは馬車を襲った連中がミスった時のためにこの街で待機…っちゅう命令を受け取った。つまりあそこでお前らに接触した時点でオレは命令違反しとるってわけや」
確かに考えてみれば合理的だ、態々エリスとアマルトさん二人を足止めするためだけに敵が最大のカードであるラセツを切る意味がない。ラセツを使うなら馬車の方に行かせる方がよほど効率が良いしどの道エリス達はディーメントの近くを通らなきゃいけなかったからラセツがここで待機してる…って言われた方がまだ分かる話だ。
つまりあそこで現れたのは完全にラセツの独断ってことか。
「お前らのうちの誰かが馬車から離れてくれればそれでよかった、そしたらちょうどあんたら二人が川辺に行ったからオレもそっちに行った。けど使えるかまだ分からんから……」
「エリスと戦ったと…エリスはお眼鏡に叶いましたか?」
「まぁぼちぼちやな、けどまぁなんとなく他の八大同盟をぶっ潰せた理由は分かったから、こうして手を組んどるわけやろ?」
「まぁ…そうですね」
「じゃあお前は黒衣姫は要らないのか?俺達お前らの狙ってる黒衣姫をぶっ壊すつもりだけどパラベラムはこれを狙ってるんだろ?」
「せやな、特に要らんかな…オレそれなくても強いし」
それはそうだ。だがそれはあくまでラセツ個人の話ですね、多くの部下を抱えるセラヴィからすれば黒衣姫をもし量産…出来なくともその一部を再現して作り出し武器にすることができればそれだけでも全体的な戦力のアップに繋がるわけですし。
「まぁなんや、組織っちゅうんわ一個人の意志をその他大勢が反映するモンやなくて各々がそれぞれの思惑があって所属してる群体に過ぎん…っちゅうことやな、だから契約があるし給与があるわけやし」
「なるほど、まぁそれはなんとなく分かります」
エリスが戦ってきた八大同盟も一枚岩じゃなかった。中には反目する者もいたし言う事を聞かない奴もいた。各々が勝手をやる…その勝手に指向性を持たせてやるのも組織のトップの役目なのかもしれない、そこまで面倒見てやる義理はないと言えばそれもそうだが。
『お?ボス〜!なんスか!随分若いの連れてるっスねぇ!』
「あ?」
ふと、向かいを歩くガラの悪いタトゥーだらけの奴が話しかけてくる。そいつに対し眼光を向けるとアマルトさんが『まぁまぁ』と宥めてくるが…これはエリスの経験則ですがこういう街にいる奴はそういう輩だし、そういう輩に弱みを見せればよろしくないことになる。だから基本、出会い頭にどちらが上か思い知らせるのも重要なんですよ。
「おう!ええやろ!お客さんや!お前ももうちょい身綺麗にせえや!」
「あははは!無理だろこの街じゃ!また仕事があったら頼むよ!ボス!」
「おう!頼むで!」
そう言って向かいからやってきたタトゥーだらけの男はそれだけ言って通り過ぎていく…なんか呑気な奴だな。
「あれ、お前の部下ですか?ラセツ」
「まぁな、ってかこの街の人間全員オレの部下や」
「え?ってことは…」
「おう、その街全体がパラベラムの支部やで?」
「ッ!じゃあこの街の住人全員………」
『その通りだ、魔女の弟子』
その通り、警戒し出したエリス達の前に姿を現すように近くの路地裏から現れたのは二人組の男女、一人は貴族風のクルリンと回るお髭が特徴の男と黒い外套を羽織った暗殺者風味のチグハグなコンビ…。
見覚えはない、初対面だ…が、分かるぞ。コイツらまさか…。
「パスカリヌでエリスを撃った狙撃手ですね…!」
「わ、分かるのか…どれだけ距離が離れていたと思っているんだ」
「分かります、遠くからチラッと見えたシルエットに似てますから」
コイツらはあの時エリスを撃った狙撃手だ…山の上から逃げる後ろ姿をチラッと見た時、記憶した薄らとした印象に合致している。狙撃手が…ターゲットの目と鼻の先に面見せにくるとは良い度胸ですね。
「やめておけよ魔女の弟子、この街ディーメントは我等がボス…ラセツ様の統治下にあり街に住まう人間は全員ラセツ様の部下だ、我々に手を出せばどうなるか分かっているな」
「情けない奴ですねお前は、数と親分の名前がお前の武器ですか?手前の名も名乗らず失礼吐かす奴に何言われてもビビるわけないでしょう」
「グッ…!貴様…!」
「まぁまぁキレんなやシンナ、ここはエリスの言う通りでもあるで?裏社会に生きるんならせめて自分の名前で相手ビビらせやなアカン、ケツ持っとる人間の数と名前は武器やなくて保険やからな」
「ボスまで……」
「悪いなエリス、コイツらウチのモンや。女の方がシンナ、男の方がモーガンや。まぁ殺そうとした間柄やけど仲良うしたってや」
「するわけがないですよね」
こちとら弾丸ぶち込まれて血ィ吐いてんですよ。とは言うが…実際狙撃手である二人は武器を装備していない、もしコイツらがエリス達を殺すつもりなら銃を装備した上で姿を見せずあそこの高台からエリス達を狙っていただろう、まぁこの街の中でならどこから狙われても狙撃くらい避けられますし、カウンターで沈められますが。
しかし、シンナとモーガン…か。コイツらラセツの部下だったのか、ってことはもしかして。
「もしかしてコレッジョとラットキングも?」
「勿論その二人もラセツ様の部下だよぉ」
「お前達にやられて今二人は療養中だ」
なるほど、あいつらも…。
「へへへ、二人は手強かったか?エリス」
「別に」
「貴様!私に狙撃されて動けなくなってただろ!」
「狙撃手が狙撃一発で殺せない時点でヘナチョコ確定でしょうが」
「ぬ、ぬぬぬ…」
「ハハハハ!シンナの負け!やなぁ!ほなそこの酒場で裏切り計画について話そか!」
「ちょっ!」
ケラケラ笑いながら裏切り計画について話そうとか言いだすラセツにギョッとする、え?それってエリス達以外には内緒の話では?シンナもモーガンもあなたの部下とは言えパラベラムの人間ですよね!それを貴方…目の前で。
と思ったらシンナもモーガンも何食わぬ顔をしている、いや寧ろ。
「遂に来たんですね、ボス」
「まさか魔女の弟子達に協力を求めるなんて…流石は僕達のボスだねぇ」
寧ろ訳知り顔だ…どういうことなんだ。
「ラセツ、あの…えっと」
「ああ、モーガンとシンナがこの件知っとる事か?」
ラセツは近くの夜鳴亭という酒場に向かって歩きながらポケットに手を入れる、エリスとアマルトさんはもその隣をついていく。その道すがら…ラセツは事情を語りながら周りを見回す。
「……確かにオレには部下が山ほどおる、渉外部門も営業課も外回りする役職は大体オレの部下や、せやけど…ここにおる連中は必ずしもオレの部下ってわけやない、そこにいるシンナやモーガンかて人事部の人間やし」
「そうなんですか?でも本人は部下って…」
「ここにおる連中はな…元は落伍者やチンピラ、孤児に没落した人間…所謂碌でなしってグループに類する連中やったんを、オレが拾ってコネでパラベラムに入れた連中なんや」
「え?ここにいる人間全員?」
「せや、オレが面倒見てやらなすーぐおっ死ぬ連中ばっかでホンマ手ェ焼いてんねん…けど、オレも同じ碌でなし…社内のエリートやお坊ちゃんは助けてくれん、だからせめて碌でなし同士だけでも助け合わないかんからな」
「………」
「ここの連中はオレをボスと呼び、オレの部下と名乗る。オレもコイツらを部下として扱う…部は違うし課も違う、けどオレらはな…家族なんや」
「家族ですか」
「そうや、家族やファミリーや。ハートフルでアットホームな関係やろ?笑顔が絶えない職場やねん」
「フンッ……」
「オレらディーメントのファミリーのモットーは『ワンフォーオール・オールフォーワン』!みんなで一人を支え一人でみんなを支える!ええやろ?デルセクトの慣用句やねん」
「マフィア崩れとチンピラが寄り集まって何言ってんですか。おかし過ぎて笑っちゃいそうですよ」
「だははっ!分かる〜!つーかオレから言わせりゃお前も一端のチンピラやけどな!」
「まぁ否定はしません」
そういう話を聞きながらエリスはラセツと共に酒場に乗り込む、今の話でなんとなくわかった。ラセツはパラベラムの中に自分の派閥を持ってるんだ、自分のコネで会社に入れてそいつらの面倒を見る事で一心同体同然の状況にしている。そうして出来上がったグループ全体で…ある意味反乱を起こそうとしていると、そういうことか。
だからシンナもモーガンも知っていた、けどどうやらラセツがエリス達に声をかけようとしている事自体は知らなかったようだ。まぁだから普通に殺しに来たんでしょうしあの時点ではまだラセツもエリス達を味方に引き入れようとは思ってなかったようだし、仕方ないか。
許さんが許す、今はね。
「さぁて!マスター!酒!今日はお客さんがおんねんいつもみたいに水で薄めたのやなくてええの出してや!」
そしてラセツは酒場の奥に歩いていく、なんとなくラセツという人間が考えていることは分かった。とは言え油断はできない、まだあいつは懐の奥底を見せてない…多分だがセラヴィにも、奴の言う家族とやらにも。
鉄仮面の奥にどんな本性を隠してるか分かったモンじゃないからね。
「……アマルトさん」
「…ん?どした?」
ふと、エリスは隣に立つアマルトさんを見ると、彼は何やら考え込んだ様子で腕を組んでおり…。
「いや、さっきから黙ってますけどどうしました?」
「別になんでもねぇよ、ラグナ達大丈夫かなって思っただけだ」
「大丈夫ですよ、ラグナですよ。エリスの旦那さんが簡単に折れたりするモンですか」
「そらそうだ」
そう言いながら彼もラセツ同様部屋の奥に向かっていく。アマルトさんもああいっているが多分何か考えている、まぁ…聞き出しはしませんが。
エリスはラセツがドカリと座るソファの前の小さな座椅子に座る。するとシンナとモーガンがガラガラとカートを引いて現れ机にガラガラと酒瓶を置いたり料理を置いたりとご馳走を振舞ってくれる。
「さぁ遠慮なく食うたり飲んだりしてくれや、オレの奢りや」
「エリスは酒を飲みません」
「硬いやっちゃのう」
ラセツは近くの酒瓶を手に取り、指先でボトルをへし折りタンブラーのような形に変え鉄仮面をズラしエリス達に仮面の内側が見えないようにゴクゴクと飲み干していく。
「で、ラセツ。貴方はラグナ達の救出を手伝ってくれるんですよね」
「それがセラヴィの破滅に繋がるやろうからな。とは言えオレも表立って一緒に行動して手取り足取り道案内は出来ん、色々理由はつけて出撃はせえへんつもりやが…それでええか?」
「構いません、奴らの本拠地の中に入れてくれればそれでなんとかします」
「頼もしいこっちゃ、まぁそれが出来るやろうから声かけたわけやし?今更泣きいれられても困るわな」
正直に言うとラセツが出撃しない…と言うだけでかなりありがたい、コイツはエリス達にとってどうにも出来ない駒の一つだ。コイツが肝心な場面で現れたらそれだけでどうにもならなくなる。戦わないならそれでいい。
「けど多分やがお前らが脱出しようとすれば幹部達が邪魔してくる。ラグナ達を捕縛したのもその幹部の一人やろうな…」
「幹部…八大同盟の幹部はやたら強いですからね」
「情報やろか?あるで?」
「ありがとうございます、ください」
「おうおうあげちゃうあげちゃう、けど他言無用で頼むで?これは取引、取引するなら情報漏洩は一番気にしやなあかんでな」
「セラヴィと雇用契約してる身分でエリス達に情報漏洩してるお前が何言ってるんですか」
「痛いところつくよなぁお前…、ああそれとその前に」
するとラセツは腕を組んだままエリスをジロジロ見て…。
「お前、傷治して来いや。そこの個室に治癒術師がおる」
「え?治してくれんんですか?」
「そらお前…今から酒飲もうってのにそんなズタボロの格好でおられたら食欲も失せるわ、早よ行ってこいや」
確かにエリスはズタボロですよ、お前がやったからな。けどありがたい、正直このまま敵の拠点に乗り込んで果たしてどこまでやれるかと心配していたが…治してもらえたらそれである程度動けるようになる。デティと合流すれば魔力も戻るし万全になれる。
と言うことでエリスはラセツに言われた通り治癒術師のいる『診療室』と言う部屋に向かう、なんで酒場に診療室があるんだ………。
「ふぅ、あのおねえちゃんちょっと色々キマりすぎやないか?実はあいつ本職はマフィアとかやないか?」
「…………」
「難しい顔しとるな、にいちゃん」
そんな中、二人残されたアマルトとラセツは…二人で机を挟んで向かい合う。エリスは診療室に向かい、シンナとモーガンも気を利かせてどこかへ行った。その酒場には今…二人しかいない。
そんな中、ラセツは酒を机に置いて身を乗り出し。
「オレと組むの、お前は嫌か?」
なんて伺うようなことを言うのだ、しかしアマルトは首を振り。
「んなことねぇよ、そもそも俺たちを騙すつもりならこんな汚い酒場に連れ来ないだろ」
「そらそうや、けどここはオレのお気に入りなんや」
「分かってるよ…、ただ俺が考えてたのはさ」
そう言いながらアマルトは近くの酒瓶を手に取り、コルクを外しながらラセツの仮面を見て…目を細める。
「あんたの仮面について…考えてたんだ」
「オレの?」
「ああ、その仮面の下に隠した本性…それに覚えがある」
「へぇ……」
するとラセツは画面の下でニタリと笑い…、ソファの背もたれに体を預け。
「聞かせてくれるか?それ。推理ごっこや…お前が何考えてるか、聞いてみたい」
「そんな大したことじゃねぇよ、ただ…俺が考えるにお前は────」
………………………………………………………
「はい、これで傷は治りましたよ」
「驚いた、腕がいいんですね」
「こんな街ですから、生傷が絶えないので…経験だけは積めるんですよ」
エリスは診療室にいた女医さんに治癒魔術をかけてもらい、完全にダメージが回復する。折れてた骨もめちゃくちゃになった臓器も綺麗さっぱり治った、現代治癒術使いとしては破格の腕と言える。
「ありがとうございました」
「いいえ、いいんですよ。ラセツ様と協力するんですよね?あの方は…私達にさえ本音は話さない。決して自分の素顔を見せない、そんな彼が…貴方達に協力を求めてる。これはとても珍しいことなんです」
エリスは椅子から立ち上がり、コートを着直す…って服もズタボロだな、コートは無事だがシャツもズボンも破れてるし、みっともないな。
「どうかラセツ様をよろしくお願いします」
「……約束はしませんが、彼がエリス達に協力する限りエリス達も協力しますよ」
どうやらラセツは本当に配下に慕われているようだ。家族…サイディリアルでもそんなことを言っている奴がいた。ストゥルティだ、アイツも碌でもない奴らを揃えて家族と呼んで一致団結していた。
けど、ラセツの従えるこの街からは…ストゥルティのようなカラッとした関係性とはまた違うものを感じる。もっとドロっとしていて…依存にも近いような何かを。
それだけ関係が深いとも言えるが…まぁそこはエリスには関係のないことだ、今は考えるのはやめておこうと破れた服を整えコートを着ていると…。
『─────お前──ッ!』
「ん?」
ふと、診療室の外から大きな声が聞こえる。それと共にガラス瓶が倒れる音がガラガラと…酒瓶?ってか今の声アマルトさんの声!?
『──ラセツ────ッ!』
「しまった!ラセツとアマルトさん……二人きりにしてしまった!」
ハッと顔を上げると今度は部屋の外から机を叩くような音が聞こえる、まずい…二人きりにしてしまった、ラセツとアマルトさんを。まさか何かあったのか!
慌てて診療室を飛び出るとガラス瓶が机から落ちてけたたましい音を鳴らし、机がガタガタと揺れ轟音を鳴らし、アマルトさんとラセツの怒鳴り声が部屋中に木霊していた。
ラセツが約束を反故にした?それともアマルトさんが失礼なことでも言ったか、どちらでもいい争っているならすぐに止めないと!!
「アマルトさん!!!!」
咄嗟にエリスは二人のいる部屋の奥に向かうと…そこで繰り広げられていたのは───。
「本当にお前面白い奴だよなぁ!ラセツッ!」
「そらこっちのセリフやでアマルトちゃん!ほんまに話の分かるやっちゃ!こんな話してて楽しい奴久々やで!マジで!」
「照れるじゃねぇかよぉ〜!ほら酒飲め酒飲め!」
「お!じゃあお言葉に甘えてぇ〜ってお前も飲まんかい飲まんかい!」
「いぇ〜い!乾杯〜!」
「カンパ〜イ!!」
……ガタガタと机の上に二人で乗って肩を組みながら空のガラス瓶を蹴飛ばしながら、二人で肩を組んで酒を飲んでいた……って!
「なに意気投合してるんですか!?」
「おお!エリス!お前も来いよ!ラセツの奴めちゃくちゃ面白えんだよ!」
「ゔぃ〜〜ッ!そう言ってもらえるとオレ泣いてまうわ!こんな美味い酒飲んだのも久しぶりやしどうやアマルトちゃん!ウチで働かんか!課長にしたるわ!」
「え!?マジ〜!?ってイヤに決まってんだろこんなドブラック企業!」
「ギャハハハハハ!」
「アハハハハハハッ!」
「…………」
なんだこれ…エリスが治癒をしていたのが十数分、その間になんでここまで仲良くなれるんだ…え?本当になにがあったの?
「なにがあったんですか…」
「いや普通に話しただけだよ、けどまぁなんて言うかな…お互い共通点と共通の話題があると仲良くなれるって言うか?」
「それな!お互いの話が分かるっちゅうか…な?アマルトちゃん」
「な!ラセツ!」
「どう言うことですかそれ………」
「内緒だよ内緒!」
「オレとアマルトちゃんの二人のひみチュッって奴や!」
「なははははは!」
「だははははは!」
つ、ついていけない…ラセツと手を組んだと思ったら、こんな緊張感のない関係に…どうなるんだこれ。




