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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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693.対決 『漆黒の鉄鷲』ポエナ・テトラドラクマ


戦闘航空機構『アイテール』。別名漆黒の鉄鷲と呼ばれたピスケス空軍主力兵装にして大いなる厄災にも投入された空の王者である。


大いなる厄災に際しピスケスが直面した大きな問題、それは他の国に比べピスケスは兵力の質という面で大きく劣るという点だった。ピスケス国軍には人員は数多くいれどもディオスクロアも含め各国には第四段階到達者又は第三段階到達者が大隊規模で所属して居た。


対するピスケスの保有する第四段階到達者はピスケス最高戦力のカペラのみ。それ以外には第二段階到達者すら居ない状況であった。


十三大国それぞれの最高戦力達である『十三王座』、世界を切り開く『八人の魔女』、そしてシリウス率いる災厄の群体『羅睺十悪星』。人類が成立してより八千年経った今日に至るまで比肩する者の居ない最上級の使い手達が乱立し各地で鎬を削るこの最悪の乱世を乗り切る為にレーヴァテインは八面六臂の活躍を見せ数多の兵器を作り上げた。


そのうちの一つが戦闘航空機構『アイテール』…第四段階又は第三段階到達者との戦闘を想定して作られたピスケス空軍の最新兵器である。


基本、第四段階クラスの攻撃はアダマンタイトでも防げない、故にレーヴァテインは防御力は必要最低限である第三段階クラスの攻撃を耐えられる程度に抑え回避力に特化させた。


音速よりも速く飛翔し一撃離脱を繰り返すヒットアンドアウェイにて地表を焼き焦がし第四段階到達者の周辺を固める雑兵を蹴散らし集中砲火で第四段階到達者に手傷を負わせ撃退する。または魔女達への火力支援を主に活躍したこの兵器は…はっきり言って現代においてはオーバースペック過ぎると言える。


何せそもそも現代では前人未到の領域とされる第四段階を相手に戦う事を想定され、一定の成果すらあげているのだから…そんな物がこの世にあっては世界の戦力比の均衡が崩れるという物だ。


かつては空を覆うほどに飛んでいたアイテールの群れ…そのうちの一機が現代にも残って居たんだ…。


『あははははーーーーっっ!!さぁどうするよッ!魔女の弟子ィ!』


「ッ…アレに狙われたら終わりだな」


天を駆け抜ける漆黒の鉄鷲アイテール…そしてそれに騎乗しているパラベラムの輸送部門本部長ポエナ・テトラドラクマ。パスカリヌの郊外を走るエリス達の頭上を旋回するように飛ぶアイテールからポエナの声が響く。


奴の要求は一つ、レーヴァテインさんの譲渡。それが受け入れられなければ馬車ごとエリス達を殺すと…そう言うんだ。まぁこれは受け入れられないからポエナを倒すしかないんだが。


「最悪だ…アイテールまで鹵獲されてるなんて」


レーヴァテインさんの絶望具合を見るにどうやらあの兵器は今まで出てきた駆動車とかとはレベルが違うようだ。


「そんなにやばいんですか?」


「もし、アレがボクが設計した通りのままなら…少なくともアレを倒せる存在は今この星に魔女しかいないと見ていい。ああ…それとウルキか」


つまり第四段階クラスじゃないと落とせないってことか。そりゃ参った…ん?


「ちょ、レーヴァテインさん…何を」


「ボクが出て行く、そうすれば少なくともアイテールはキミ達を狙わない」


「いやいや待ってくださいって」


慌てて出て行こうとするレーヴァテインさんを羽交締めにして引き摺りながら馬車の奥に連れて行く、待ってくれって。そんな慌てて結論を出す話でもないだろう…と言いたいのだがレーヴァテインさんは落ち着く事なくジタバタと暴れ。


「待つって!キミ達理解してるのかい!?死ぬんだよ!?アイテールが攻撃を仕掛けてきたら間違いなく死ぬ!今さっき放たれたのはアイテールの誘導ミサイルだ!アイテールはそれを凝縮技術で数百機搭載してる!他にも強力な武装は山ほどある!」


「まぁまぁ」


「何がまぁまぁなんだい!」


「だから、考えもせず行動もせず…結論を出すべきじゃないって言ってるんですよ」


「考えもせずって……」


まだ結論は出てない、本当にどうしようもないのか?その答えは…まだ出てないんじゃないか?


「どう思います?ラグナ、あれ…どうしようもないですか?」


「うーん、落とし方はまだ分からない。正直マジで八千年前の大規模兵器ならどうしようもないってのはなんとなく分かる…でも、不自然だよな」


「ああ、あれだけ強力な兵器があったなら…何故今まで使わなかった?」


ラグナとメルクさんが視線を交錯させて考える。そうだ、不自然なんだ…だって魔女にも匹敵する兵器なら今までどこかで使って居てもおかしくはない。エリス達との戦いでじゃない、長く続くマレフィカルムと魔女大国の戦いの中でだ。だがエリス達は今ここで初めてあの存在を知った…つまり。


「もしかしてあれ、未完成か…或いは完成させられてないんじゃないか?」


「え?…いやでも…」


「さっき言ってたろ?アイテールは無人兵器だって、でも実際はポエナが乗ってる。多分なんらかの方法で開発出来なかった無人の部分に人間を乗せる事で代替えしてるんだ」


「そもそもいくら設計図があったってピスケスの技術を完璧に模倣するのは不可能だろう。開発できていないのが無人の部分だけとは思えん…つまり」


「…………ちょっと待ってね」


するとレーヴァテインさんは何処からか紙を取り出し薬指を引き抜くと中からペンが現れ、それで何やら難しい式を描き始める。


「何してるんです?魔術陣?」


「…………自律戦闘思考システムが開発できていないなら、あの機構も再建できてないはず。ならこの部分も作れない、ってことはここはこうなって…それでこれは、多分こうすることで代替えも出来る。それなら……うん、確かに機能的には大幅に劣化してる」


導き出された何かを見て小さく頷くレーヴァテインさん。どうやら確かにアレは機能的にはかなり劣化しているようだ…しかし。


「だとしてもアレが依然危険である事に変わりはない。高速で飛翔しミサイルを放つ…それだけで強敵だ、馬車でなんとか出来るとは思えない」


「ですよねぇ…どうします?ラグナ」


「情報が足りない、もっと情報がいる」


「だけど…こんなところで迎え撃っても、ジリ貧じゃない」


更にそこにネレイドさんも加わりうんうんと考え始める…すると。


『オイオイオイオイ!いつまで結論出すのに時間かかってんだ!もういい!ぶっ殺す!』


「っマジか!アイツこの中にレーヴァテインがいるって分かってんのか!?」


「まずい、仕掛けてくる!どうするラグナ!」


「森だ!そこの森に突っ込め!少なくとも狙い撃ちにはされない!」


「なら私が外に出て防壁を張る…この中で一番私の防壁が硬いから」


動き出す馬車、そしてネレイドさんが外に出る中…エリスもまた外に出て…。


「おいエリス、お前何処に…」


「情報がいるんですよね、ならエリスが取ってきます。アイツと戦り合えば見えてくるものもあります、何が出来て何が出来ないか」


拳を握り、エリスは出入り口に立つ。必要ならエリスが取ってくる、この中で継続してあの高度の飛行を可能とするのはエリスだけだ、ならエリスしかやれない。そう語るとラグナは静かにエリスの顔を見つめた後…。


「分かった、けど無茶はするなよ」


「はいっ!じゃあ行ってきます!」


よし!お許しも出た!なら行ってこようとエリスは馬車の外に出て風に乗り飛び立つ…すると。


「き、キミなぜ行かせたんだい…危険だって言ったよね!彼女はキミの奥さんじゃ…」


「そうだ、だから信用してるんだ。必ず帰ってくるってな」


「ッ……」


ラグナは頷く、大切にして…何かで囲って、何にも触れさせないようにする事だけが『大事にする、尊重する』と言うことではない。信じることこそが…愛する事なのだと。


そしてその信頼を受けたエリスは…天へと飛び立つ。誰にも縛られず、囚われる事なく、往々と自由に。



………………………………………………………………


「ポエナァアアアアアアッッ!!」


『ああ?』


風を纏い空を駆け抜ければ、アイテール…及び搭乗者のポエナは即座にエリスに気がついた。こうやって近づけば近づくほどにこれが鳥ではなく機械であることが分かる。


鋭く尖った槍のようなフォルム、そして左右に広がる鉄の羽には無数の棘がついておりそこから何かが噴射されている。何よりその背後には三つの筒がついており凄まじい速さが火を噴いているんだ。


そして、その上部にはガラスで覆われた筒がある、恐らくあれがポエナのいる場所…ならあそこを狙う!!


『バッカ野郎がよぉお!生身の体で!このアイテールに敵うわけねぇだろうがッ!!』


瞬間、アイテールの後部から炎が吹き出し甲高い音を出すと共に一瞬で加速…凄まじい速さで離脱しエリスを置き去りにして飛んでいく。速い、凄まじく速い。あんなのに本気で追いかけられたら逃げ場なんてないな…けど。


(追いつけない程じゃない)


全身の魔力を滾らせ逆流させ渦巻き飲み込むように解放する…。アイテールは速いがとても追いつけない程じゃない、だって…空中戦もスピードもエリスにとっては得意分野だからだ。


「魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!!からの!冥王乱舞ッ!点火ッッ!!」


アイテールのように両肘から紫の魔力を噴射し飛び立つアイテールの背後を追いかける。アイテールの加速法はエリスの冥王乱舞によく似ている。やっぱりスピードを出すならこれが一番なのか…。


『ゲェッ!嘘でしょアンタ追いつくてくるとか!けど…だったら勝負してやるよォ!!』


瞬間、アイテールの後部がパカリと開き無数の繭のような鉄の筒が露出すると…。


『フラッシュフレアッッ!!』


「うっ!?」


ばら撒かれた鉄の筒が一斉に空中で爆発しあたり一面を灼熱の白光で包み込む。咄嗟に多重防壁を展開し熱を遮るが…ダメだ、前が見えない!熱視も暗視も効かない!


「クッ……ど、何処に!」


光が消えた後には既にアイテールの姿はなく、即座に首を振って周りを確認するがアイテールがいない。しまった…見失っ────。


『死ねやッ!』


「上ッ!」


足先から風を噴射し空気を蹴って飛び退けば頭上から無数の弾丸があり得ない勢いで数えて切れないくらい飛んでくる。地面に着弾した弾丸は大地を削り大穴を開ける、それを見てちょっと青褪める。いくらなんでも威力が高過ぎる…と言うか、どれだけの弾丸が発射されたんだアレ。


『チィッ!避けられたか!けど次は当てる!』


大きく機体を旋回させてグルリとエリスの前を通過して再び飛び去るアイテール…このまま追いかけっこを続けても意味がなさそうだな。けどどうやら奴の武装は前面に集中しているようだ、なら後ろから行けばいいか。


「冥王乱舞ッ!!」


『させるかッ!フラッシュフレア!!』


再びエリスが追いかければあの閃光弾をばら撒き始めるアイテール、まだ残りがあったか…けど!!!


「エリスに同じ手が効くわけないでしょうが!!」


両目を覆いながら一気に魔力の噴射量を増やし大加速、閃光弾が爆発するよりも早くばら撒かれたそれを飛び越し即座にアイテールに追いつき…。


「並びました!」


『ゲェッ!!」


並ぶ、高速飛翔するアイテールに。ポエナはエリスを引き離そうとさらに加速するがエリスもまた加速する、マレウスの上空を二人で駆け抜けながら互いに互い着かず離れずの位置を維持し続ける。


どうやら真横には武装がないようだ…ここが安置か!なら。


「不便ですね!空飛ぶヨットなんか乗って!!小回りが全然効いてませんよッ!」


『うるせぇえええ!!』


「うッさいのはお前じゃァッ!!『冥穿・風刻槍』ッ!!」


手元に乱気流を生み出し高密度の風の刃を噴射しアイテールの翼を引き裂こうとするが…。


『マジックノイズジャマーッ!!』


「え!?」


グンッ!と音を立ててアイテールを中心に不協和音が鳴り響く…するとどうだ、エリスが放った風の刃が、魔術が砕け散ってしまう。いや…散ったと言うより音で魔力を崩した?そんな事が出来るのか!?音で魔術を消すなんて聞いたこともない…!


けど、あり得る。だってこの兵器はあの碩学姫レーヴァテインが作ったんだ、魔術と鎬を削った科学技術の結晶…対魔術兵装なんか積んでて当然か!


『ぶっ潰してやるよッ!』


その瞬間アイテールは大きく傾きエリスに向けて突っ込んでくる。風を引き裂きながら鋭い翼を向けエリスを真っ二つにしようとするんだ…けど。


「上等ッッ!!」


寧ろ上等だった、逆に翼を掴んでグルリと体を回し翼の上に降り立つ。近寄ってくるなら好都合、魔術が効かないならこの手でポエナをボコボコにする!


「捕まえましたよ…パラベラムッ!!」


『グッ!?くそッ!このアタシがァ!なんだよ最新兵器だって言われたから喜んで乗り込んだのに全然使えねーじゃねぇか!』


「兵器のせいにするなんて情けなつ奴ですね!お誂えの棺桶があるんです、このまま地面に叩き落として埋葬してやりますよ!!」


この手でぶっ潰す、拳を握り一気にポエナの乗り込むガラスの筒に向け走り出すが……。


『あンだとォ?…アタシを誰だと思ってるッ!!』


開く、ガラスの壁が開き水蒸気が溢れ…そいつが足を伸ばしガンッ!と黒い機体の上に降り立ちその姿を晒す。


「アタシは輸送部門本部長ポエナ・テトラドラクマ…パラベラムの幹部だぜッ!武器に頼らなきゃ戦えない程雑魚じゃねぇんだよッ!!」


現れたのはボンテージの上に黒いスーツを羽織ったの女性だ、ピンクの長髪を風にはためかせギラリと並んだ牙をジャキジャキと動かし指を動かしながら這い出てきた…こいつが。


「お前がポエナですか…」


「そうだっつってんだろ…!あんまアタシを──!!」


そう言いながらポエナは両手を振るい手を伸ばすと、両手が変形し色を変え新たな形を作り出す。それは刃がズラリと並んだ回転鋸、それが蒸気を吹き出しながら轟音と共に回転し…。


「──ナメるなよ…!」


「へ、変形した…魔術、いや…魔力覚醒か!」


「ご名答ッ!!」


踏み込みながら突っ込んでくるポエナは両手の回転鋸を振るいながらエリスに斬りかかる。それを両手の籠手で受け止めアイテールの機体の上でエリスとポエナは舞い散る火花越しに睨み合う。


こいつ、手からチェーンソーが出てる…体を変形させる魔力覚醒?いやこの感じ何処かで見たことが…そうだ!トルデリーゼさん!体の中を異空間にして中に戦艦を取り込んでいた彼女と同じ!ってことはこいつの覚醒は…。


「ハッ!もう気がつきやがったか…そうさ、アタシの覚醒『ベルゼビュート・ガイノイド』は鉄と同化する事が出来る魔力覚醒!鋼鉄製の武器は全てアタシの一部となる!」


「その程度ですか!それなら──」


「ハッ、お前アタシがどうやってこれ動かしてると思ってる」


「え?」


瞬間、ポエナの姿がエリスの目の前から消失する。一瞬で消えたんだ…おかしい、そんなに早く移動なんか出来るわけ…。


「何処見てんだよバァカッ!!」


「なッ──ぅぐぅっ!?」


突然背後に現れたポエナの手から放たれた火砲がエリスの背中で炸裂しエリスは吹き飛ばされる、吹き飛ばされた拍子にアイテールから振り落とされそうになり、エリスは咄嗟に機体を掴んで痛みに耐えながらポエナを見ると…。


「なるほど……」


答えがあった、現れたポエナには下半身がなかった…もっと具体的に言うと鉄の翼から上半身をにょきりと生やしてそこにいた。鉄と同化出来る…そしてこのアイテールは鉄、つまりこの無人兵器を動かしているのはポエナの操縦ではなく…そもそもアイテールがポエナの一部になっていたからだなんだ!!


「同化でアイテールを動かしていたんですね…!」


「ギャハハハハ!これだけじゃねぇぞ…アタシの中にはパラベラムの軍事兵器、その全ての種類が収められている。アタシ一人が戦場に行けばそれだけで大量の兵器をばら撒ける」


だから輸送…ですか。確かにこりゃあ便利な覚醒ですね、けど!


「種が割れれば怖くありません!ぶっ潰します!」


そう言う事ならそう言うものだと理解した上で動けばいい、冥王乱舞で再加速しエリスは一気にポエナに飛び掛かるが…。


「ド低脳が…学ばねぇな!」


するとポエナはエリスに手を向け…。


「『マジックジャマー』ッッ!!」


「え!?」


「アイテールとアタシは同化してんだ!アイテールに出来る事はアタシにも出来るんだよッ!!」


冥王乱舞目掛け不協和音を放つポエナによりエリスの冥王乱舞が根底から崩れる、そうだ…こいつは今ポエナでありアイテールそのものなんだ、なら魔力妨害が出来て当然。そしてエリスの冥王乱舞はその制御に幾多の魔術を使っている、それがなくなれば当然。


「うわぁあああああ!!!」


「あばよカスがッ!ヒャハハハハハハハハ!!」


グルリと風に煽られエリスは飛ばされ落ちてしまう。同時にポエナは再びアイテールの中に潜り込み加速し飛び立つ。しまった!やってしまった!やらかした!くそッ!!


『エリスッッ!!』


「ラグナ?」


『戻ってこい!』


すると馬車からラグナの声が聞こえた、見れば森に差し掛かる地点まで走っている馬車からラグナが顔を出して手を伸ばしていた。そうか、そろそろ潮時か…得た情報をラグナに共有し──────。


「いッ──!?」


突如、空から落ちるエリスの横っ腹が何かに殴られる。けどポエナはいない…いや、これ!


「狙撃手!?まだ狙ってたのか!」


またあの狙撃手だ、目を向ければやはり同じ方向…そしてそこでエリスに狙いを定める狙撃手と小高い山が見えた、アイツあんなところに!くそッ!


「ゔっ…!」


全身を防壁で守り次々と飛んでくる狙撃からを身を守るが…ダメだ、痛みで冥王乱舞を再開出来ない、落ちる……!


「エリス!」


「ぎゃんっ!」


墜落したかと思ったが…寸前でラグナが馬車から飛び出しエリスを抱き止め、そのまま走って馬車に追いつき中に飛び込んでくれる。た…助かった……。


「助かったぁ…」


「無茶すんなって言ったろ…」


「アレは仕方なくないですか?」


「まぁな…それよりなんか分かったか?」


馬車はガラガラと音を立てて森の中に入り込む、取り敢えずこれでポエナに狙い撃ちされる事は無くなったな。


「いてて…いいようにやられました」


「エリスちゃん、アイテールに乗り込んだように見えたけど何かあったの?」


それからエリスはデティから治癒を受けながらみんなに分かったことを話す、武装は前面に集中してる事。使ってきた武装はフラッシュフレアと弾丸の雨とマジックジャマー、そして最初の誘導ミサイルの四つ。


そしてポエナ・テトラドラクマの力。魔力覚醒『ベルゼビュート・ガイノイド』により鉄と一体化しアイテールの機能を全て自分のものにしている事。それらを纏めつつエリス達は森の中を走る。


耳をすませば頭上でアイテールが飛んでいる事がわかる。エリス達を探しているんだろう…多分そのうちミサイルを乱射したり弾丸ばら撒いてこの森を焼き尽くすはずだ、ここにも長居できないだろうな。


「魔力覚醒で同化してるのか…なるほど通りでやたらと機敏に動くもんだと」


「八大同盟の幹部でございます、伊達ではない…と言う事でございましょう」


「にしてもこれ、どうするの?手のつけようがないよ」


デティが腕を組みながらウンウン唸る、そう…これはかなりの難問なのだ。だって今のところポエナには弱点らしい弱点が見当たらない。


「まずあの超高高度で超速移動を繰り返すポエナに近づけるのはエリスしかいない、けどエリスの魔術や魔力は無効化される…」


「下から魔術をぶっ放してもやはり魔術は無効化される…か」


「出来るなら俺かネレイドが乗り込んで物理的に叩き落とした方がいいんだろうけど…俺達じゃあれには追いつけない」


ネックになるのが高度と速度と魔術妨害、この三点だ。アイテールは冥王乱舞で追いつくのがやっとな速度で飛び回っている上に雲の上にも下にも自由自在の高さで飛んでる。地上から魔術を撃っても避けられる、よしんば当たってもまたあの音波が飛んできて防がれてしまう。


あの音波はポエナ自身も出せるみたいだからアイツが健在な限りこの脅威は消えないはずだ…つまり八方塞がり。


「レーヴァテインさん、あの魔術を妨害する音波って…あれなんなんですか?」


「マジックジャマーだね、ボクが対古式魔術用に作ったんだ」


「音で魔術を妨害出来るんですか?」


「音…と言うより、あれは空気振動そのものだね」


「音では?」


「えっとね」


するとレーヴァテインさんは紙に手から雷を出すエリスの絵を描いてくれる…って絵を描くの上手いなぁ。


「まず絵がエリス君、この雷が魔術、そしてこの紙を空間と捉えるだろう?」


「はい」


「で、マジックジャマーは空気を振動させる。空気は空間を占める最大の要因でもある、魔術も空気の上に存在していると言ってもいい」


「は、はい」


「そして空気をこうやって振動させると」


そう言ってレーヴァテインさんは紙をクシャクシャに丸めてからまた紙を伸ばすと…ヨレヨレになった紙の中に書かれた雷は元の形からかなり崩れてしまっている。


「ほら、絵に描かれた雷は随分歪んでるだろう?これと同じ原理だよ。空気振動で空間そのものを振動させて術者の想定する座標と実際に魔術が存在する座標をズラす、魔術の中身は魔力式でプログラムされたシステムそのものだからね、内部演算にズレを生じさせてしまえば式は成立しないからね。と言っても普通の音ではダメだ、ある一定の周波数を特定の秒数継続して射出して行わないとダメだね。だからこれをやろうと思っても多分ボク以外には出せない」


「えっと……」


「まぁ、つまるところヤツが出している音はボクが研究の末に生み出した対魔術戦法の極致さ。これが無いと古式魔術がボカボカ飛んでくる中飛行なんか出来ないしね…これが裏目に出るとは」


「レーヴァテインさん、レーヴァテインさんは兵器を鹵獲された時の対処法として弱点を配置していると言ってましたけど…アイテールにはないんですか?」


「あるよ、特定の音波を出したらアイテールの自律戦闘思考が停止するんだ。けど…」


「そもそも無人じゃねぇからなぁ…うーん!弱点なしかぁ〜!」


参ったなぁ〜と頭を抱えるラグナ、みんなも色々考えているがいいアイデアは浮かばない。真っ向勝負で倒すには少し強敵すぎる。無策で戦うより何か策が欲しい…そう考えていると。


『何処に隠れやがったァァァ!!』


「うっ!もう仕掛けてきやがった!」


限界を迎えたポエナが銃を乱射し木々を薙ぎ倒し始める、すぐにここも見つかる…!


「チッ!仕方ない!ジャーニー全力疾走だ!」


手綱を振るいジャーニーを走らせるメルクさん、でもここまで結構ジャーニーも全力で走っている、この子の体力も無限じゃない…いつまでも逃げられないぞ。


『人を殺すなら街を焼き!森に隠れてるなら森ごと焼く!それがアタシのやり方だよ!ヒャハハハハハハハハ!!』


次々と投下される爆弾が森を削っていく、早く反撃のアイデアを出さないとやられる一方だ…けど何も───。


「ん?」


ふと、その場で胡座をかいていたアマルトさんがパッと顔を上げて。


「どうしました?アマルトさん」


「……なんとかする方法、思いついたかも」


「え!?マジですか!どうやるんですか!」


「それは……」


そうアマルトさんが立ちあがろうとした瞬間だった、馬車のすぐ後ろに爆弾が落ち地面が捲れ上がり馬車が大きく跳ね上がり空を舞ってしまったのだ。当然中にいるエリス達もまためちゃくちゃに跳ね回り…。


「うわぁああ!?」


「しまった!打ち上げられたか!」


「ネレイドさん!ジャーニーの避難を!」


「うん!」


咄嗟に飛び出したネレイドさんが一緒に打ち上げられたジャーニーを引き込み絵画の中に避難させるが…同時に。


「ぎゃああああああああ!!!」


メルクさんが悲鳴を上げる、先程まで御者をして外にいたメルクさんが御者席で頭を抱えて絶叫してるんだ。


「どうしたんですかメルクさん!」


「あ!あれ!」


打ち上げられた馬車、それが向かっているのは地面…ではなく、森の中にパックリと開いた崖、つまりエリス達は…。


「な、奈落に向かってる!?」


「落ちるぞ!終わる!」


終わる、このままいけば谷底に撃ち落とされて終わる。咄嗟にエリスが外に出て馬車を支えようとするが…それよりも前に早く動いたのは、ナリアさんだった。


「ユニゾンコーラス!人力ハシゴ!」


咄嗟に覚醒し千人近い分身を生み出したナリアさんはそのまま分身達がハシゴのように手足を掴み重なり出し、近くの木を掴み崖に落ちる馬車を支える縄となる。分身達はお互いの手足を掴み縄のように連なり馬車を谷の中で宙吊りにする。


「た、助かった…」


「ナリアさん、流石です」


「しかしこの分身達凄いな、馬車を体で支えても無事とは…」


『そんなに長く持たないヨー、すぐ消えるヨー』


「だそうです!直ぐに馬車を持ち上げて谷から出さないと分身が消えたら今度こそ谷底です!」


ナリアさんの分身縄に繋がれなんと谷の中腹でブラーんとぶら下がる馬車、このままにすれば直ぐに分身も耐えきれず消えてしまう。その前に今度こそエリスが外に出て馬車を持ち上げないと……。


『ヒャハハハハハハハハ!見つけたぁああ!!』


「うげぇ!最悪!」


しかしそんなエリス達の頭上、天よりも高く雲を引き裂いて急降下してきたのは最悪なことにポエナの操るアイテールだ。アイテールはガシャンと音を立てて再びミサイルを露出させ、エリス達に誘導ミサイルを向ける。対するエリス達は谷のど真ん中、なんとか分身に宙吊りにされているだけで身動きなんか取れない、ましてやミサイルなんか撃たれたら分身なんか直ぐに消えて───。


『死ねや!』


「ッ…させません!」


放たれるミサイル、されどその前に飛び出したメグさんは両手を広げ…。


「『時界門』ッ!」


『うぉおっ!?』


時界門を展開する。その穴の中に入ったミサイルは逆にポエナに向けられ跳ね返すように天に向かって飛ぶ…が、これはポエナに避けられる。クルリと旋回してミサイルを回避し再び上昇する。


「なんとか凌いだ…?」


「まだです!第二撃が来ます!」


「次はマジックジャマーも織り交ぜてくる…もう同じ手は使えないか!」


ひっくり返った馬車の中で青ざめるメルクさんとエリス、旋回が終わり天に登り、また急降下を始めたら第二撃が来る、今度は時界門さえ使わせないようにマジックジャマーも織り交ぜて…どうする、どう防ぐ!


「エリス!」


そんな中動いたのはアマルトさんだ、彼は自らの剣を抜き血を纏わせ黒呪剣を生み出すと共にエリスにそれを投げ渡し…。


「これを使え!」


そう言うんだ、アマルトさんの黒刃を受け取りそう言われた瞬間、エリスの脳裏に電流が走る…。


「そう言うことですか!」


「ああそうだ!行け!」


説明する時間すらない、だが伝わりましたよアマルトさん!貴方の逆転の一手!即座にエリスは宙吊りになった馬車から飛び出し冥王乱舞で天高く飛び立つ。


「ポエナッッ!!」


『また来やがったかッ!!だが無駄だって言ってんだろうがッ!今度は撃ち殺してやるぜッッ!!』


天高く飛ぶエリスに対し急降下を始めるポエナ、奴はエリスに狙いを定め巨大なバルカン砲を露出させると…。


『ソニックバルカンッッ!!』


レーヴァテインさん曰く、アイテールに装着されている銃は秒間百発以上放つ化け物機銃、被弾した人間は痛みを感じる前に死ぬことから『無痛の死』の異名を持つ程の最悪の兵器らしい。それが二つ、エリスに向けて放たれる…けど。


「当たりませんよッッ!!」


グルリと体を回転させ冥王乱舞でジグザグと飛び弾丸の雨を回避する。方向転換する都度体が慣性の法則で引っ張られ内臓が腹を裂いて飛び出しそうになるがそれさえも耐えてエリスは飛び交いながら黒呪剣を手にエリスはアイテールに迫り……。


「ポエナッッッ!!」


『ちぃぃいいい!!だったらぁぁ!!』


機体を回転させ翼を刃のように尖らせすれ違い様にエリスを切り裂こうと迫るアイテール……。


エリスも、アイテールも、互いに音速を超えた、天と地から飛び立つ二つの影がは今この瞬間何よりも速く、ただ速く、相手目掛けて飛ぶ。


「─────────!!」


勇壮なを絶叫すら置き去りにする速度の中、迫る刃の翼と黒呪剣…それはゆっくりと、お互いに迫る。


巨大な翼はエリスを両断せんと空を裂く、エリスに当たる瞬間…ポエナはアイテールを中心にマジックジャマーを起動させる。これによりエリスの体は推進力を失い空中で逃げ場を失う。


「───ッッ!!」


ポエナが笑う、取った…殺した、そう確信して空中で身動きが取れなくなったエリスを見て笑う…しかし。


「ッッ!!!」


這わせる、黒呪剣を。それをエリスと翼の間に挟み込み一度翼を受け止めると共にその反動を活かして体を大きく跳ね上げさせ、その勢いのまま体を入れ替え翼を回避すると共に翼の上を滑りながらエリスは黒呪剣をそのまま翼の上で滑らせながら火花を散らし…すれ違う。


『ッ回避された!?』


翼を飛び越しその一撃を回避したエリスは勢いに乗ってそのまま天に投げ出されエリスに攻撃を回避されたアイテールは降下する。すれ違った結果は両者無事。


『ハッ!何をするかと思えば!その剣でこのアイテールの翼を切り裂けると思ったか!無駄だ無駄無駄!そんなナマクラじゃ斬れねぇーよッ!!今度こそ殺してやる!』


ポエナは叫ぶ、エリスは翼の上を滑りながら剣で翼を切りつけたが…それは表面に跡をつけただけで切り裂くには至っていない、アマルトさんの剣でもあの翼は切り裂けない。もう一撃、撃つだけの力をポエナは持っている、それだけの余裕がある。次の一撃を防ぐ余力はエリスにはない…けど。


「それでいいんですよ、これがエリスの狙いですから」


黒呪剣を握りしめて…天に掲げる。これでいいんでしょう…アマルトさん!!


『何が狙いだッ!くたばれやッ!ジェットで焼き殺してや────あ?』


機体を回しエリスにジェットを向けたポエナ、しかし…その瞬間ポエナは気がつく、異変に。


(あ…あれ?アイテールが…動かねぇ!?)


みるみるうちにアイテールは力を失い、ジェットから放たれる炎は萎んでいき、最後には停止してしまうのだ。ポエナは内側で必死にアイテールを動かそうと暴れるが…。


『な、なんじゃこりゃあ!?アタシとアイテールの接続が…解除されてる!?なんでだよ!なんで────』


「今、アイテールは…貴方の体の一部なんでしょう?だって同化してるから」


エリスは笑う、そうだ…アマルトさんの思いついた逆転の一手とはつまりこれ。


『古式呪術そのもの』がポエナの弱点なんだよ、だってそうだろう?今のポエナはアイテールと同化している、ポエナはアイテールであり…アイテールはポエナだ、あの翼もポエナの一部…肉体だ。


呪術は肉体そのものに影響を与える魔術。相手の体の中に…術者の血を紛れ込ませれば距離関係なく呪術を発動させられる。つまりアマルトさんの血で出来たこの剣に斬られると刃からアマルトさんの血が入り込み呪術の成立条件を満たしてしまう。


だから傷つけるだけでよかったんだ、翼に刃を当てて軽く傷つければそれだけで…アイテールという名のポエナの体の中にアマルトさんの血が入り、好きなように呪えてしまう。


『がぁぁあああ!くそッ!動かない動かない動かない!!どうしてだぁあああああ!!』


恐らくアマルトさんが発動させたのは麻痺の呪い、これは多分ポエナには効かない。第二段階に達した人間の強烈な自我は呪いでは縛れない、けどアイテールは違う…だってアイテール自体には自我がないから。いくら同化しても別物は別物、故にアイテールの部分に麻痺の呪いをかけポエナの動きを縛ったんだ。


「アマルトさんなら、こういう時こう言いますかね…」


推進力を失いみるみるうちに墜落していくアイテール、そしてポエナにエリスは鋒を向けて…。


「頭が高いんだよ…!」


ってね!……いやアマルトさんならもう少しマイルドに言うか?まぁいいか。


『う、うわぁぁああああああああ!!!』


そして、錐揉みながら落ちていくアイテールは森の中腹に墜落し──巨大な爆炎を上げて、沈黙する。これで一見落着…ですかね。


「…………」


エリスはチラリと山に控える狙撃手を見る、撃ってくるかと思ってたが手を出してこないな…。けど今は谷に落ちかけているみんなを助けるのが先だ、今は見逃してやりますよ…今はね。


……………………………………………………


「ッバカなっ!アイテールが落とされたぞッ!?」


「なんだと!?」


モーガンは見ていた、エリスがアイテールを墜落させるその瞬間を。それを聞いたシンナは銃を下ろし再度確認する。


「それは本当か?ポエナ様がやられたと?あの人は無茶な動きをする…墜落したように見えただけじゃ……」


「アレなら君でも見えるはずだ、あの天に登る黒煙が…。アレはアイテールが墜落した証拠だ」


「そんな……パラベラム現状保有する最高等級の兵器だぞ。まだ量産化の目処も立ってない…最高の兵器だ、パラベラムの未来と言ってもいい兵器が、そんなにあっさりと」


「…………………大損害だ、急いで本部に報告だ。これ以上の手出しはする必要がない、帰ろうかシンナ」


「ああ、ポエナ様も他の悪事三戒も敗れたとなると他の兵力ではどうしようもない」


アイテールに乗ったポエナの強さは凄まじいものになると予測されていた、アレに対抗出来るのはラセツ様かクルシフィクス様くらいなものだ、それが負けたのならもう生半可な兵力では魔女の弟子達を倒すことはできない。


そう答えを出した二人は即座に狙撃をやめその場から離脱する。


………………………………………………………………………………


「あ。あったあった」


もうもうと焚き上がる黒煙。森の一角に墜落したアイテールは先端からへし折れ内側から幾重にも破裂しており火の塊となっていた。それを見つけたエリスの背後には…。


「アイテールはどうなった?」


馬車に乗ったラグナ達がいる。アレからエリスは谷底に落ちそうになっていた馬車を回収、元に戻してから墜落したアイテールを確かめに来たのだ。


「完全に爆発してますね」


「どうやらパラベラムはボクが作った自爆機能も一緒に作ってしまっていたようだね」


「自爆機能なんてあんのかよ…」


「勿論、鹵獲された時…或いは半端に撃墜された時、相手に技術が渡らないようにする為に内側から炸裂するようにしてあったんだよ。けどパラベラムはそもそもそれがどんな機能なのかも理解せず闇雲に実装出来る物をめちゃくちゃに実装したみたいだ…」


「ああ…まぁ、戦争だしな…大いなる厄災って」


レーヴァテインさんの話を聞いてアマルトさんはやや気まずそうにする。それから馬車を降りたラグナとレーヴァテインさんはエリスの側に寄ってくる…どうやら警戒しているようだ。


「エリス、奴は?」


「ポエナですか?……アレ見てください」


そう言ってエリスが指差す先にあったのは…地面に引かれた二本の線、感じ的に戦闘駆動車の車輪痕に似ている。多分奴は体の中に戦闘駆動車も入れていたんだろう、墜落すると共に駆動車に乗り込んで逃げたんだ…。


多分再び襲ってくることはない、流石のポエナも墜落した時に傷を負ってる筈だしアイテールがあって勝てなかったのにそれを失ってまで来るほど根性があるようには見えなかった。


つまり奴は逃げたんだ、エリス達が逃してしまったとも言える。


「逃げたか、ここで戦闘不能にしておきたかったが…まぁ仕方ない」


「つまり敵はいないんですね」


するとレーヴァテインさんはエリス達の影からピョンと出て墜落したアイテールを眺め…小さく首を傾げる。


「うーん、やっぱり自爆機能が完璧に作用してる。使えそうな物はありませんね」


「どうしたんだ?レーヴァテイン」


「使えそうなパーツがあれば簡易武装にしようかと思ったけど…無さそうだ。我ながら鹵獲対策は完璧だよ」


「みたいだな……」


燃え上がるアイテールをエリスとラグナとレーヴァテインさんの三人で眺める。なんか…分からないけど物悲しいな。


「パラベラム…許せないよ」


「え?」


「アイテールは…八千年前、何万人何十万人の命を奪った兵器だ。それは確かだ、けどボクはこれを戦争の道具として開発したつもりはない…未来を切り拓く魔女達を助ける為に、平和な時代を求める為に作った物なんだ」


「…………」


「けど、それをこんな風に作って…使って、許せない…パラベラム」


アイテールの生みの親だからこそ、思うところがあるんだろう。その気持ちは理解できるとは言えないけれど…パラベラムが許せないと言う気持ちは分かる。これをもし量産していたら、一体現代でどれだけの人が死んだか。


「そんな事言ったってしょうがないだろ、食い物を調理する為に包丁を作った職人に包丁を使った殺人の罪があるわけでもなければ、その扱いの細部に至るまでを管理する能力があるわけでなし。作り手と使い手の意図は違うわけだし──」


なんて言い出したラグナの脇腹をドスッ!と肘で叩く、なに言い出してんですか!そんな事今言わなくていいでしょ!とエリスが睨むとラグナはごめんと両手を合わせる。


「いや、そうだね…ラグナ君の言う通りだ」


するとレーヴァテインさんは軽く微笑むと…エリスの顔を見て。


「ねぇエリス君、キミ…識確を扱えるんだって?」


「え?ええ…使えますけど」


「ナヴァグラハは時折ボクの発明品の知識そのものを消し去り兵器を消失させていた。もしキミに同じことが出来るなら…このアイテールの知識を完全に消し去ってくれるかい?」


「え!?いや…でもそんなことしたら…」


知識を消せば、それを生み出す技術が根底から無くなる。現存するアイテールは勿論その設計図も作り上げた人間の知識さえも消えて、誰もアイテールを思い出せなくなる。それはレーヴァテインさんにも有効な筈だ…自分が作った物を忘れてしまうなんて、そんなの…。


「もしパラベラムがアイテールを百機量産していたら…どうする?」


「い、いや…流石に」


「ないとは言い切れない、何より設計図がある限りまたアイテールは作られる。こんな物…ない方がいい」


「……………」


「頼むよ、エリス君」


うう…作った本人に言われると、弱いなぁ。何も言えないよ、出来ればエリスも知識を消すと言う手は使いたくないんだ…どんな影響が出るかエリス自身にさえ分からないから。けどまぁ…本人が言うなら仕方ない!実際危ないしね!


「分かりました、ではその作業に入りますので…離れていてください」


「うん」


そうしてエリスは識確を扱いアイテールの知識を消し去る作業に入る。……知識を消す…か。


アイテール、多くを殺してきた兵器だが、もしかしたらコイツがいなければエリス達の時代はなかったかもな…流石に今知識を消したところで現実改変は起こらない、丸々今の時代がなくなるわけじゃないが…アイテールの功績は忘れられてしまう。


それはなんだか…悲しいな。


………………………………………………………………


撃ち落とされたアイテールを見ていると、否が応でも大いなる厄災を思い出す。アイテールが歩兵を擦り潰し、絶対強者達に撃ち落とされていくアイテール達…ピスケス王国の仲間達。


ピスケスのみんなはボクについてきてくれた、それが世界を救う道だと信じて…また平和なあの日を取り戻す唯一の方法だと信じて、ボクについてきてくれた。


そして死んだ、みんな死んだ。あの飄々としたカペラでさえ死んでしまった、カペラよりも強かったアルデバランも死んだ。


二人だけじゃない、ミモザもハダルも。ベテルギウスもクルックスも、ポルデュークでさえ死んでしまった。圧倒的な強者としてられた十三玉座もみんな死んだ…死んだんだ。みんな…このアイテールのように厄災の火に包まれて。


それなのに、ボクだけが生き残った。魔女のように未来を勝ち取って生き残ったんじゃない…逃げて、たまたま生き残ってしまった。


今のボクと同じだ、誰かに任せて…火から逃れている。情けない……。


「おい、レーヴァテイン」


「え?」


ふと、後ろを見ると…木に寄りかかったアマルト君が居て、ってまた気を使わせてしまっているのかな、


「ごめん」


「何について謝られてんだ俺は…つーかボーッとしてていいのかよ」


「何が……?」


「アレ、お前が作った物なんだろ?もう直ぐ消えちまう、見ておいた方がいいと思うけど」


「……………」


アイテール…キミはよくやってくれたよ、けどごめん。ボクはキミを残す選択を出来そうにない、もっと言えば…キミを作るべきではなかったのかもしれない。でも仕方なかったんだ…あの絶望の世界の中で、人が生きるには…キミが必要だった。


「……ラグナ君に言われたんだ」


「何を」


「武器を作っても、責任は使った人間の物で…作った側には責任がないって」


「そうだな、俺もそう思うぜ?」


「でもね、武器に限っては違うとボクは思うんだ」


この世界に来て、数日が経った。ついこの間まで行われていたと思っていた大いなる厄災が遠い昔の出来事になってしまったと感じるには十分な時間が経った。体の中に残っていた焦燥感という熱が冷えて冷静になりつつある中で…ボクは過去を振り返る時間を得てしまった。


駆け抜けなければ死ぬ時間が終わり、立ち止まる時間がやってきた。けど立ち止まって自分の手を見たら…なんで汚れているんだろうと、思ってしまった。


「戦ってる最中は、アイテールの弱点にばかり目がいっていた。どうすれば強くなるか、どうすれば落ちないか、ボクがしっかりしなければ人が死ぬ…だからもっと強く、そればかり考えていた。けど今…作り上げた物が自分に向いて気がついた。なんて恐ろしい物を作っていたんだと」


「おい、レーヴァテイン…」


「ボクは…何をしていたんだ。戦いの熱に浮かされていたのはシリウスだけじゃない…ボクもだった。あのまま戦いが長引いていたらボクはシリウスと同じようなものを作り上げていたんじゃないのか…そう考えたら、怖くて…恐ろしくて…悔しくて、情けない」


戦いが激化したのはシリウスの仕業だけじゃない、ボクの仕業でもある。過剰な火力を用意したから…戦いは間違いなく激化した。激化したせいで死ななくていい人も死んだ…大勢死んだ。


そんな中で、自分だけが生き残っている。目を閉じたら見えるんだ…一面の火の海、瓦礫に押しつぶされ焼かれて死ぬ人々、そんな火の海の中、自分だけが安全な場所でそれを眺めているような、そんな幻覚。


あの戦争を、生き抜いたわけじゃないボクが…あの戦争を激化させたボクが、生き残ってしまった。冷静になればなるほどに気が狂うほどの罪悪感と罪責感が吹き荒れる。


燃え盛るアイテールがその感情を掻き立てる…戦争の象徴がボクを責め立てる。燃えるアイテールのカゲロウの向こうにある影は…ピスケスの──。


「おい!」


「ッ……!」


その瞬間、アマルト君はボクの肩を掴み……。


「落ち着けよ、今は…今を見てればいいんだよ」


「……………」


「今は今を生きることしか出来ないし、今を生きられるのは今だけなんだ…よそ見すんなよ」


(今を……)


昔、似たようなことを言われた…。そうだ、飄々として、軽々として、軽薄で剽軽で不真面目な男がかつてピスケスにはいた。


カペラ…ピスケス銃士大隊の隊長。またの名をピスケス最強の男、ボクの発明品に殆ど頼ることなく前線に出れる唯一のピスケス人…彼が、似たようなことを言ってた。


『俺達にとっての今は今だけでしょうお姫様!だから今は今だけを見てればいいんですよ!』


と…彼は勤務中に娼館通いをしていた事をボクに問い詰められた時に言っていた。正直最低な男だとは思っていたが……。


(今は今だけ…か)


ボクはこの言葉を思考停止した愚者の言葉だと思っていたが…或いは、それも真理なのかもしれない。


(アイテール…)


エリス君が識確を使いアイテールを消していく。アイテールが景色に溶けて消えていく、それと共に頭の中に入っていた設計図もまた焼却するように消えていく、あのアイテールには対識確システムが搭載されていない。搭載されていてもアレだけの爆発ならそもそも機能していないだろう。


これでアイテールは誰にも作れない、或いはボクなら似たようなものも作れるかもしれない…けれど。


(……終わったんだな)


今を実感する、今はもう…戦争ではない。アイテールはもう必要のない世界になったんだ。


魔女が平和な新しい世界を作った、そしてそれはつまり……。


(黒衣姫も、ボクが作った全ての技術も…ボク自身も、もうこの世界には……)


「…………」


ボクはただ、今を感じ入る。今の世界と昔の世界の違いを……。


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