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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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690.魔女の弟子とラブコメの気配


目指すは学問の街エーニアック、様々な学者や学問、哲学が生まれたと言われるこの街に如何なる偶然か…碩学姫レーヴァテインが作り上げた史上最高と演算機構ディヴィジョンコンピュータが隠されている可能性があるらしい。


曰く、ディヴィジョンコンピュータは高度な演算能力でバーチャルワールドを形成し世界の可能性や未来の予測までも可能とするらしいなんか凄い奴らしいです、エリスはよく分かってません。


少なくともそれくらい凄い機械があればパラベラムが狙う対シリウス用決戦兵器『黒衣姫』の使用を封じることが出来る。このままじゃレーヴァテインさんが永遠にパラベラムに狙われかねないしそもそもそんな危ないもの放置も出来ない。というわけでエリス達はディヴィジョンコンピュータを探し出し黒衣姫を止めるための旅に出たわけですよ。


タロスの街を目指す前に凄いことになってしまいましたが…まぁいいでしょう。それよりも…今、この馬車は異様な空気に包まれている。


それはつまり……。


「馬車…馬を動力に車を動かす、原始時代の移動法…?これが今の時代ではスタンダードな移動法なの?」


「い、一応…」


「八千年も経っているのに魔力機構による移動法すら確立してないなんて…」


八千年前…師匠達と一緒に戦った偉人にして今は失われし超技術文明ピスケスの根幹を成した史上最高の天才『碩学姫』レーヴァテインが馬車に乗っているということ。


エリス達は時折魔女の弟子以外のメンバーを馬車に乗せて移動する事がある、ヴェルトさんにステュクス、アルタミラさん…なんならマレフィカルムの総帥すら乗せたこともある。


だが…師匠達と同年代の存在を乗せることになるとは誰も想像していなかったのだ。


「改めて考えると、なんかすげーことになったな」


「パラベラム云々が落ち着いて冷静になりましたけど…まさか噂の碩学姫と一緒に旅をすることになるとは」


エリスとラグナはソファに座りながら興味深そうに色々探るレーヴァテインさんを観察する。彼女は八千年後の世界に興味津々らしい…とは言え未来の技術が気になるわけではないらしく、八千年も経ってこのレベルか…という感じだ。


「今この世界の主要な動力源はなにかな」


レーヴァテインさんの相手をしてるのはメルクさんとメグさんだ。二人はやや冷や汗をかきながら…。


「魔力だ、魔力機構がメインだな。次点で蒸気機関だ」


「魔力機構か、カノープスが世界の音頭を取ればまぁそうなるよね。ディオスクロア産の技術だし」


「ですが最近マレウスで生まれた技術の中には電気エネルギーを主導力として動くものもありましたね…まぁ、一人の天才が独占して使っていた技術なので広まりはしないでしょうが」


「へぇ、この世界で電気エネルギーを。面白い人もいたんだなぁ…まぁその為に必要なインフラの整備などを考えると確かに現状ではあまり得策じゃないかな、ボクなら電気を送る設備の方を先に整えるかも」


レーヴァテインさんは見方によれば偉そうなものの言い方をしているとも思える、だが仕方ない…実際彼女は偉い、ただ一人でピスケスの産業を数千年進めたと言われる偉人なのだから。


だが言い訳させてほしい、世界で技術抑制が行われていたのは貴方のせいでもあるんですよレーヴァテインさん。魔女様達が第二のシリウスの存在を恐れ新たな技術からシリウス並みの天才が出てこないよう技術を抑制していたんです。


その時魔女様が想定した天才は誰だと思います?貴方ですよレーヴァテインさん。


「ふむ、電気エネルギーでさえ貴方の国から見れば時代遅れだった…と言えるのか、ソニアは私から見れば絶世の天才だったが」


「気になりますね、ピスケスでは主要なエネルギー源を何で賄っていたんですか?」


「ピスケスのエネルギー…?まぁ確かにピスケスは魔力には頼ってなかったけど…」


ふと、メグさんの質問を受けレーヴァテインさんはこめかみをトントンと叩き記憶を引き出すと…。


「ボクの父の時代は化石燃料…つまり石油を燃やして熱エネルギーでタービンを回し国全体を明るく照らすエネルギーを作り出していたんだ」


「石油…か、まだ着手出来ていないな、だがその物言い的に…」


「そうだね、ボクはこれを非効率的だと思ったんだ、だってピスケスで取れる石油量なんて高が知れているしかいずれ化石燃料主体の文明が形成されても…いつか尽きて石油と言う限られた資源が戦争の種にもなり得る。だからボクは新たなエネルギー源を作ろうって考えたんだ」


「それは…魔力では?」


「違うよ、人工太陽さ」


「は?」


「ほら、お空の太陽。あれを作ったんだよ。恒星を作れば莫大な核融合エネルギーでクリーンな動力が手に入るからね。太陽の熱エネルギーをそのままエネルギーに転換出来れば実質尽きない無限のエネルギーが出来上がるし」


「作れるのか…?」


「作れたよ、大体五歳の時くらいかなぁ…」


「五歳の時!?」


なんか凄い話してる、太陽を作った?それを動力にしてた?マジの話か…?しかも五歳?


「でも直ぐに問題にぶち当たったんだよね。太陽を一つ作るのに必要なコストが結構かかってしまってプラスマイナスで見ると若干マイナスが勝っていたんだ。これをプラスにし得るだけのエネルギーを生産するには二、三十年かかる。これではピスケスの首都は明るく照らせても末端までエネルギーが行き渡らない。質の良い物を一つ用意しても数が用意できなければ国家は運営できない、これは幼さから見落としていた問題だったんだ…あの頃はボクも子供だった」


「十分な気がするが…まだ何かやったのか」


「次はダークマターを使ってエネルギー源にしたんだ、太陽を作るより幾分コストが軽かったし、何より太陽みたいに場所も取らないしね。ピスケスだとこれを主要なエネルギーにして繁栄してたかな。これを各地に配置して都市運営エネルギー庫にするんだ、安定させれば扱いも簡単だしね」


「ダークマターってなんだメグ」


「分かりません、少なくとも今この時代には伝わっていない代物です」


「でもダークマターをいちいち生成して各地に配備するのも面倒だったから、次は人そのものをエネルギー源にしようとしたんだ。人から発せられる生態電気と意思伝達に使われる情報飛翔を利用し人と人の関係を電線のように繋いでそこに人がいる限り無限にエネルギーを回収出来るシステムを作ろうとしたんだ、プロジェクトの名前は『ワールド・ヒューマン・エンジン』。けど本格開発の前にシリウスの大暴れが始まって頓挫してしちゃってさ…、これが成功していたら人類のエネルギー問題や飢饉や戦争問題は諸々解決していたんだけど、勿体無かったなぁ…」


「…………」


「…………」


まざまざと見せつけられる、常識外れの天才ぶり。エリス達が今まで出会ってきた誰よりも賢く埒外な天才…不可能の中にて平然と可能性の架け橋を作るタイプの天才、開拓や開闢を息をするように行う才能を持った人がこの人なんだ。こんな人今まで見たこと無……ああ…いや、見たことあるよこの手の天才。


シリウスだ、本当にレーヴァテインさんはもう一人のシリウスなんだ…。


(シリウスに匹敵し得る唯一の人間…改めて考えると凄まじい人間を前にしているんだな)


師匠達が新たなレーヴァテインさんの台頭を警戒した理由がわかる。人類とはこう言う人間を時折生み出してしまう危険性を孕んでいると師匠達は理解したからこそ過剰な技術抑圧を行ったんだ。


もし、技術抑圧を行わなければ…第二のシリウスかレーヴァテインさんのような絶世の天才が現れていたかもしれない。そしてその人が善人である保証なんて何処にも無いんだ。


「とは言え…それらもピスケスの整った技術環境があったからこそ出来たもの。魔術と違い科学技術はそれなりの手間とコストを必要とするからね…積み重ねを人類全体で共有出来る点では科学技術は勝っているけれど、逆を言えば今のように何もない時代では魔術には劣ってしまう。悔しいけれどシリウスの『誰にでも選択肢を』と言う思想は正しかったと痛感せざるを得ないよ」


ふぅ…と物憂げに馬車の内装を見るレーヴァテインさん、ふと…何かに気がつくと。


「そう言えばこの馬車、見かけよりも内装が広いけれど…もしかして空間拡張魔術を使ってたりするのかな」


「え?分かるのですか?」


「カノープス達も昔こんなようなのを使っていたしね、まぁ彼女達は馬車ではなく皮の袋を屋敷並みに広くして使っていたけれど…ふむふむ、若干魔術の構成の仕方が違うけれど根本の理念は同じと見たね」


「い、いえ…これは魔力機構で広くしているんです」


「ほう、見せてもらってもいいかな」


「え?」


するとレーヴァテインさんは部屋の隅っこに行き、トントンと壁を叩き始め…。


「多分カノープスの設計ならこの辺に…あった」


しばらく叩いていると、カチリと音がして壁のパネルが一つ外れ中の魔力機構が剥き出しになる。って…あれが空間拡張魔力機構か、エリス達もどこにあるのか知らなかったな…。


「ちょ!レーヴァテイン様!それは触ってはいけません!」


「大丈夫大丈夫、うっかりショートさせて空間拡張を切ってしまう…なんてヘマはしないよう、精密機器の扱いは慣れてるんだ。ふむふむ…なるほど、おやおや…当時より魔力機構が進化してる。ちゃっかり自分の技術は進化させて…カノープスらしいなぁ」


レーヴァテインさんの人差し指がパカリと開いてドライバーが出てきて、右目が変形してレンズになり、空間拡張魔力機構をあれこれいじって観察するレーヴァテインさん。見てみて…メグさんの青い顔、もしあれが壊れたら一気に馬車が縮んでエリス達は圧死してしまうだろうな…。


だがレーヴァテインさんは確かに壊すことはなく、再び壁の中に魔力機構を戻し…。


「今の技術力は大体分かったよ、大いなる厄災時の魔力機構とは若干作成時の理念に違いがあるけれど技術は確かに進化してる。けどこれくらいならボクでもなんとかなりそうだね。どうだろうか、この馬車もっと広くしたくありません?ボクにかかれば屋敷並みと言わず城並みに大きく出来るけれど…」


「改造出来るんですか!?いやそれ最新の魔力機構なんですが!?」


「ボクならいけます、序でに砲門とかも追加します?電磁波シールドくらいはあったほうがいいかも…まぁ多少値は張るけどそれくらいなら今の時代の機構を応用すれば作れそうだし」


「い、いえ…そんなに大きくても持て余すので…」


「そっかぁ、まぁそうだよね」


見ただけで今の技術力を把握しそれ以上の物を作れるという天才レーヴァテイン…その威容を遺憾無く見せつけられる。そこに唖然とするメグさん…がしかし、それとは全く真逆の反応を示すのは…。


「素晴らしい、レーヴァテイン殿…貴殿をマーキュリーズ・ギルドの技術顧問として雇い入れたい!」


「え!?メルク様!?流石にそれはまずいのでは!?」


「止めてくれるなメグ、今先程聞かされたレーヴァテイン殿の話、全人類が享受出来る無限エネルギー…そんなものが生まれたら本当に世界が変わる、本当に世界から争いが消える、実現したら…夢だと思わないか!」


「ですが…」


「どうだろうレーヴァテイン殿!貴殿が必要と言うなら技術者を一千人…いや一万人用意しよう!研究費も開発費も気にするな!なんだって買い付ける!最高の環境を用意するぞ!」


「え、ええ…いいのかなぁ、魔女達が作った世界を…ボクが勝手に荒らすような真似しても…」


確かにレーヴァテインさんが居れば、ありとあらゆる問題が解決する。軽く聞いた限りでもピスケスの技術はエリス達から見てまさしく夢のような物ばかり…その気になれば無限の財産も無限の栄誉も得られるまさしく奇跡の存在だ。


メルクさんが目を血走らせるのも分かる……だが。


「バカかメルク、お前何言ってんだ」


「む……」


現れたのはアマルトさんだ、エプロンを着て腕を組む彼がメルクさんを止める…だがメルクさんは止まる気はないようで…。


「アマルト、お前は聞いていたか?先程のレーヴァテイン殿の話を」


「バカデケェ声で話してたからな。キッチンまで聞こえてきた」


「なら!」


「お前勘違いしてないか?メルク」


「何…?」


「見せてやるよ…おいレーヴァテイン、これ…何か分かるか?」


そう言ってアマルトさんが取り出したのはなんの変哲もないマカロンだ、色とりどりでサクサクして美味しいやつですよね、デティがしょっちゅう食べてますよアレ。


でもそんな物レーヴァテインさんに見せて何を……。


「これは?一体?」


「え?」


レーヴァテインさんは目を丸くして首を傾げている、メルクさんもまたレーヴァテインさんの反応に驚愕する。だって…。


「これは…見たことないなぁ…小さなサンドイッチ?いや思ったより硬い…これは食べ物かな」


「何を言ってるんだ、それはマカロンだろう…ありふれた」


「マカロン?」


「知らないのか?」


マカロンを手に首を傾げるレーヴァテインさん、本当に何かわからない感じだ…意外だな、あんな天才にも分からないものが…いや、そうか。そういう事か。アマルトさんが言いたいことが分かったぞ。


「レーヴァテイン、そいつはマカロンって言うお菓子でな…今から二、三百年前に生まれたありふれたお菓子だよ」


「へぇ〜マカロン!ふふふ…可愛い名前だ、知らなかったなぁ」


「だろうな、…メルク。お前はレーヴァテインをなんでも知ってる賢人か…或いは未来から来た天才発明家か何かかと思ってるみたいだけどさ、どう言ったってこいつは八千年前の人間なんだ、過去の人間なんだよ。今から八千年前にはマカロンだってないし今よりも魔術社会は進んでなかった。この八千年で形成された『当たり前』がレーヴァテインはないんだよ」


「う…た、確かに……」


「そんな当たり前のない人間が、世界の舵取りを行うような立場になって…本当に争いも何もかもなくなると思うか?レーヴァテインが今やるべきは如何にして世界をピスケスに近づけるかじゃなくて…今このディオスクロア文明にどうやって迎合するべきかじゃないのか?」


アマルトさんが言っているのは…レーヴァテインという人間が持つ力ではなく彼女の立場を見ろという話だ。レーヴァテインさんは今さっき起きて八千年前からやってきたばかりの過去の人間、まだこの世界の街や当たり前すら見ていない何も知らない赤子も同然なんだ。


その本質を見誤るな、レーヴァテインさんが今するべきは技術を進めることではなく…この世界の一員になる為歩みを進めることじゃないのか、そう言われてメルクさんはしゅんとして。


「確かにアマルトの言う通りだ、すまない、魅力的な話を前に目が眩んだ」


「全くだぜメルク、お前南部理学院でも似たような事言ってたよな。食べ物が無限に手に入れば飢餓問題がとかなんとか言って、挙句ニャンニャン言ってちゃ世話ないぜ」


「お前は本当に一言二言余計だな」


「す、すんません…けどさ、そもそもレーヴァテインの意思だって確認しなきゃだろ?」


「意思……あ!」


「なぁレーヴァテイン、お前さ…この後どうするつもりなんだ?旅が終わってからさ、どこに行くんだ?お前の気分を害するのを恐れず言うならこの世界にお前の家はどこにもないぜ?」


「……そうだね…」


レーヴァテインさんは周囲を見回す、馬車の部屋には皮のソファやクッションがある、本棚があり、戸棚があり、壁には写真やアルタミラさんの絵画が飾られ地図も貼り付けてある。床にはカーペットが敷かれ誰かが何処かから拾ってきた謎の植物が鉢植えに植えられている。それがエリス達の日常の景色、この世界ではありふれた情景。


だが、まるでレーヴァテインさんはそこから浮いているように…別の存在として、別の世界の存在として、変わって見える。


それはレーヴァテインさんも強く感じているだろう。するとレーヴァテインさんは首を振って。


「今はなんとも言えないよ、けどアマルト君の言う通りボクは世界のことを何も知っていない…だから、もしここで急いで結論を出してもそれが正しいものであるかも確証が持てない」


「そうだな…」


「だから、勉強するよッ!」


「勉強……?」


「そう!この世界の常識をボク学び直すよ!ボクでは全く想像できない文化を形成した今の世界を一から勉強し直す!面白そうだァ〜!」


勉強する、学ぶと言うレーヴァテインさんの顔に悲壮感はない。なんとも楽しそうじゃないか…いや、実際楽しいんだろう。


「よし!では早速今の時代の食を堪能しよう!キッチンはこっちかなァーッ!」


「あ!おい!待て待てまだ作ってる最中で…」



「…………」


「ん?どうした?エリス」


ふと、レーヴァテインさんを見ているエリスの髪をラグナが撫でる。エリスがジッと見ているのが気になったんだろう…けど。


「いえ、ただ…レーヴァテインさんはシリウスとは違うなぁって」


「え?」


エリスはレーヴァテインさんが第二のシリウスだと思った、魔女様もそう感じていた。でも違う、この二人は明確に違う部分があることにエリスは気が付いたんだ。


それはシリウスという人間が抱える悲劇。アイツはエリスと同じ未知に焦がれる質を抱えながらにこの世の全てを知り尽くしてしまった悲しき賢者だ。だからこそ彼女は星を割ってでも未知を求めた、挑戦に焦がれた。


そこがレーヴァテインさんとは違う、レーヴァテインさんにはまだまだ知らないことが多くある。今この世界に未知がある限り彼女は学ぶ楽しさを失うことはない…そこがシリウスとは違う点だ。


同じだけの才能を持ちながら、レーヴァテインさんの性質が善に偏っているのは…まだ知らぬ世界を愛せているからだ。だからきっと…彼女はシリウスのようにはならない。


少なくとも、エリスはそう思ったんだ。


…………………………………………………


それからエリス達はそんなレーヴァテインさんとの旅は始まった。


「おほォ〜〜!なんだこれ!」


「グラタン、ホワイトソースとマカロニを軽く炙るように焼いて出来る簡単な飯だよ」


「グラターン!?」


今日の昼食はグラタンだ、だがレーヴァテインさんはグラタンも知らなかったようで恐る恐るグラタンを指で摘み…って!


「スプーン使ってくださいレーヴァテインさん!」


「え?あ…すみません」


「熱くないのか、熱々のグラタンを触って」


「超高温超低温にも耐えられる体ですので、熱いのは分かるけどそれで痛覚が刺激されることはないよ!」


「高性能だな、ってかそんな体でも食事って必要なのか?」


「正確に言うなればどちらでも良い…って感じかな。食は人間の精神を安定させる効果があるから食事が取れないより取れる方が良いからね。キミ達の師匠達だって本質的には食事を必要としないけどガンガン飲み食いするだろう?それと同じです」


スプーンを受け取りクルクルと指の中で回すレーヴァテインさんはそう言うんだ。確か師匠達は魔力を変換して肉体に必要な栄養素を補充出来るから飲まず食わずでも平気で何年も生きられるらしい。だがそれでも娯楽としての食事は普通に好きなので飲み食いは行うと言っていた。

それと同じだろう、機械の体でも物を食べる事はできる…そう言う事だろう。


「では早速」


するとレーヴァテインさんはグラタンを一つ掬い、パクりと一口食べる…その瞬間。


「ほぁああ!?お、おいしい…美味しっ!こんな美味しいのはもう何年も…いや眠ってる期間も換算に入れれば数千年は食べてないよ!現代のご飯ってこんなに美味しいんだね!」


瞳がライトのようにピカー!と光り美味しそうにバクバク食べ始めるのだ。食べてるうちにニョキニョキと頭から煙突が生えて煙が出る…なんだこのリアクションは、あんまり見ない類の食べっぷりだな……。


「そんなに美味いか?」


「はい!とても!レグルスさんが昔シチューを作ってくれたけど…アレも美味しかったけれどこれはそれ以上だね!」


「悔しいですが確かに師匠の料理よりアマルトさんの方が上手いです…不服ですが」


「俺を睨むなよ!つーかレグルス様って料理出来たんだな」


「と言うか魔女の中で料理が出来るのがレグルスさんだけだったね、次点でリゲルちゃんかなぁ、いやぁ美味しい」


カショカショと関節の歯車を鳴らしながら食べていくレーヴァテインさん、その様子にアマルトさんは…まぁ悪い気はしないかな?って顔で背もたれに体を預け、自分もグラタンを食べ始める。


エリスも一口…うぅん美味しい、相変わらずアマルトさんは料理が上手い。師匠より美味しい…と言うよりアマルトさんより料理が上手い人がこの世にタリアテッレさんしかいない。世界で五本の指に入る料理人だ。そりゃ美味いよな、うん。


「んふふ、アマルトはね!料理させたら天下一品!最強なんだから!」


「なんでデティが自慢げなんですか」


「なるほど〜、これは良い思いをさせてもらっているね。ピスケスにはこんな美味しいものをなかったからねぇ」


「ピスケスには……なぁ、ピスケスってどんな飯を食ってたんだ?」


ふと、アマルトさんが聞くんだ。ピスケスのご飯…つまり八千年前の食事か、あんまり今と変わらなさそうだけど、でも気になるな。エリスもとっても気になる。


「エリスも気になります!技術大国ですしなんか凄いもの食べてたんですかね!」


「ん?ピスケスのご飯かい?基本的にみんな栄養スティック食べていたよ」


「え、栄養スティック…これはエリスの偏見ですけど、多分美味しくなさそう…」


「決めつけんなよ、なぁレーヴァテイン。それ作り方わかるか?俺作ってやろうか?」


「んー?、ちょっとお待ちを。ボク今持ってるのであげるよ」


「え?持ってる?」


するとレーヴァテインさんは右肩を手で触ると…隠れていたボタンが押されて右肩が開き中から…なんか出てくる、黒色の棒だ。若干光沢があって…鉄の棒みたいなそれを持ってレーヴァテインさんは…。


「これが栄養スティックです」


「こ、これ食い物なのか?って言うか八千年前の物だろ…腐ってるんじゃねぇか?」


「腐敗?あはは、するわけないだろう?。雑菌も寄りつかないよ」


「それは食えるのか…?」


「食べれるよ、これ一本で成人男性が一日で消費するカロリーと生存に必要な栄養素、水分も含めてきっかりきっちり摺り切りいっぱい取れるようにしてある。不必要な物が何も入ってないからウンチになって出てくることもないよ。だからピスケス人はうんちしなかった」


「マジかよ……」


はい…と言われてアマルトさんは栄養スティックを受け取る、それをペキリと音を立てて…エリスにも渡してくれる。見た目より軽い、けど鼻に近づけても匂いも何もしない…これ本当に食べられるのか?


「食べていいか?」


「食べ物だし、経年劣化による変化も起こらないから大丈夫だよ」


「じゃ、じゃあ…エリス、お前から食え」


「エリスから!?…ラグナ、食べてください、その後エリスも食べます」


「え?俺?まぁいいけど」


分けられたそれをエリスは細かく割ってラグナに渡す。それをアマルトさんもエリスも、デティもメルクさんもメグさんも…みんなジッと見てラグナの様子を見る。


彼は恐れることなく口の中に入れパリポリと音を立てる。がしかし…みるみる内に顔は曇り、お世辞にも美味しそうな顔とは呼べない面で飲み込むと…。


「な、なんか…オガクズ食ってるみたい、味がしないのにやたらパサパサしてる…」


「乾燥させて凝縮してるのでパサパサはしてるかと、それに味とかはほら…不必要なのでカットしました」


「必要だろ…、これ無味無臭だぜ。害はないけど…まぁ…分けてもらってあれだが美味くはない」


「はい、それはボクも思っているよ、美味しくないなぁって。でもまぁ美味しくない程度ならいいかなぁって」


「倫理観どうなってんだ」


ラグナ曰く、まるで固めたオガクズのようだと言うのだ。まぁ美味しそうには見えませんでしたけど…とエリスが躊躇してると…。


「エリス様、私も食べてみたいです」


「あ、私も…」


「えー…怖いもの見たさで私も食べたい…」


「ん、私も…いいかな」


「僕も後学のために…」


「なんだかんだみんな気になるんじゃないですか」


皆も食べたいと言うのだ、仕方ないとエリスとアマルトさんは栄養スティックを一口サイズに割ってそれぞれに渡し…エリスも早速食べてみる。


「モグ……」


一口食べて分かる、なんか…味がしない。苦くもないし甘くもない、渋くもないし辛くもない、ただ口の中で何かが溶ける感じがする。パサパサしててなんか…うん。


不味くはない、美味しもくないけど、って感じ。


「あはは!みなさん微妙な顔してるねぇ、魔女さん達も同じ顔していたよ、『マジでこんなもん食って生活してるの?』って…シリウスもこれを出された時は追い出されたチワワみたいな顔してたなぁ」


「だと思うよ」


「しかし…そっかぁ。時代は栄養そのものよりも美味さを選んだのか。食事はより効率的に、短く、そして無色透明であるべき…と言うピスケスの文化は残らなかったみたいだね」


「……………」


そ、そう言う言われ方すると悲しいな…自分の生きた時代、そして文化が未来では跡形もなくなってる、と言うのはどう言う気分なのか…全く分からない。分からないからこそ…なんか悲しいな。


「うーん!美味しい!美味しいなぁ〜!このグラタン!」


「レーヴァテインよう」


「ん?何かなアマルト君」


「美味かったぜ、お前の国の飯さ。覚えとくよ、俺がさ」


「…………」


ご馳走さんと言いながらグラタンを食べ始めるアマルトさん、どうやらレーヴァテインさんが何処かで寂しがっているのを悟っていたらしい、相変わらず…ノンデリな癖に人の顔色を見るのは上手いんですから、って…。


「キミ、本当に優しいんだねぇ…」


「え?いや…食いたいって言って食わせてもらったもんをあれやこれや言うのは違うだろ。何よりこれはお前が開発した食べ物なんだろ?だったら悪いもんじゃないさ、栄養だって食の一部だ、蔑ろにしていいわけない」


「……………」


「だ、だからなんだよそのジッと見るやつ!」


「……い、いや」


何やらレーヴァテインさんは慌てて視線をアマルトさんから逸らし手元のグラタンに戻す…。どうしたのだろうか、これはエリスの勘違いですか?…なんか、さっきからレーヴァテインさんがアマルトさんを見る視線が…いつもと違う気が。


…………………………………………………


そして昼はずっと移動を続け、夜……。


「驚きだよ。絵の中に入ってそこで温泉が楽しめるなんて」


「それはエリス達も驚きです」


「流石のピスケスも絵の中に入る技術はなかったみたいだねぇ〜」


夜はメグさんの力でオライオンの温泉の写真に入り、みんなで入浴を楽しむ…そんなエリス達の日課にレーヴァテインさんも加わる形になる。男子組は馬車番だ。


「絵の中に入る技術はピスケスにもなかったなぁ、ただ中に入れる絵は作れたよ」


「え?」


「バーチャルホログラムシステムと五感適用機構を使えば多分擬似的にだけれど再現出来る。空間拡張自体は難しいが…広いと感じられればそれは広い空間になるからね、人間にとっては」


「何言ってるかさっぱり分からない、エリスちゃん分かる?」


「分かるわけないでしょ…」


「だが元々そう言う機能のない写真の中に入れるように現実を拡張する…かぁ、いやはや相変わらず魔力や魔術は摩訶不思議だねぇ。こればかりはピスケスの科学力を以てしても全容を把握出来ないよ、シリウスはとんでもない技術を確立した物だなぁ」


チャプ…と音を立ててレーヴァテインさんはお湯を掬ってその感触を確かめる。因みにだがピスケスにはお風呂という文化はなかったようだ、代わりに消毒液入りの温水をジャバジャバ!って四方八方から浴びせ体を洗うって文化はあったらしい。


「それにこの文化、プールのようにお湯を張る、その中に入る…面白い発想だ!」


「ですよね、エリスもお風呂大好きで……え?レーヴァテインさん?」


するとレーヴァテインさんはお湯の中でモゾモゾと動き、潜水を始めると……。


「それーッ!ピスケス泳法!魚宮国の泳ぎを見せてあげまーす!」


「ちょ!レーヴァテインさん!」


足をバタバタと動かし泳ぎ出したのだ…が!全然進んでない!足をバタバタさせているだけだ、そして振り回した足が温泉の縁がガツン!と当たり…。


「あ、しまった…足が取れちゃった」


「足が取れた!?」


ぶつけた衝撃で足がポロンと取れるのだ。太もも辺りからばっくりと割れてプカプカ浮かぶ足…それがメルクさんとメグさんの方に流れ…。


「ん?なんだこれ…足?なぜ足が流れてくるんだ…」


「ああ、メルク様。それ私の足でございます」


「えッ!?お前義足だったのか!?」


「うっそぴょ〜ん!」


「すみませんメルクさん!それ!レーヴァテインさんの!」


取れた足を掴みそれでメグさんの頭をぶん殴っているメルクさんから足を返してもらう。レーヴァテインさんの綺麗な太もも、しかし中身は金属の歯車だらけでワイヤーが筋肉みたいに筋を張っている…なんかリアルでグロいな。


「レーヴァテインさん…足、取れちゃいましたけど大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫〜!、寧ろ簡単に取れて衝撃を逃すような設計にしているので。これをこうすれば…ほらカチって」


そう言って自分の足を繋ぎ止める、どうやら彼女の足は着脱式のようだ。取れる手足か……なんかかっこいいかも。


「みんな、そろそろ出ないと…のぼせるよ」


「あ、はーい」


そうしている間にネレイドさんに声をかけられエリス達はみんなでそそくさと体を拭いて絵の中で着替えて…絵画の外に出る。いやぁ…こうして温泉を入れるようになってから連日お風呂三昧で、この旅が終わった後エリスは温泉のない人生に耐えられるのか不安ですよ。


「ふぃ〜さっぱりしたね〜!」


「気持ちよかった……」


「温泉、いい物ですね。今の文明はいい暮らしをしてるなぁ」


「いや…こういう生活が出来ているのは極小数だとは思うが…」


なんて言いながらみんなでホカホカと湯気を漂わせながら火照った体を冷ますように絵画の外に出ると…。


「お?出てきたか?ほらよ、甘いフルーツシャーベット作っておいてやったから食え」


「うぉっ!アマルト優しい〜!私メロンのやつ〜!」


既にアマルトさんが人数分のシャーベットを用意してくれているのだ。メロンにイチゴ、リンゴに葡萄…凄い、全部美味しそうだ…。


「流石はアマルトだな、気が利いている。私はリンゴにしよう…メグは?」


「入浴後は低血糖による立ちくらみが起こる物、そこに甘いものを用意するとは…アマルト様さてはメイドの座を狙ってますね?私は唐辛子で」


「狙ってないし唐辛子はない」


「ではイチゴで、色が同じなので」


「ん、レーヴァテインはどうする?」


「……………」


「レーヴァテイン?」


シャーベットを配るアマルトさんを、レーヴァテインさんはジッと見る。基本的に表情の読み取りにくい彼女だが…今は違う、口をポカンと開けて驚いたような顔をしてるんだ。それを不思議そうに眺めるアマルトさんは静かにシャーベットを差し出し…。


「シャーベット、分かるか?甘い氷だ、食ったら美味いぞ?なんせ俺が作ったからな」


「え、あ…うん。氷菓は食べたことがあるので分かるよ、え…えっと…では…」


「オススメ教えてやろうか、ここだけの話…このバナナのやつ、美味いぜ?ボヤージュバナナっていう特別なやつ使ってんだ。こいつが一番美味い」


「で、ではそれで…」


「ん、あいよ。慌てて食うなよ?頭キーンとするぜ?ってその体じゃ特に気にすることもねぇか」


「は…はい」


「んじゃネレイドは葡萄、エリスは…ホワイトサポテでいいな」


「ん、ありがと…アマルト」


「なんでエリスだけ得体の知れない果物なんですか!……んぁッこれ美味いッ!」


「知ってる〜」


アマルトさんからシャーベットを受け取り、チラリとレーヴァテインさんを見る。するとやはり彼女はシャーベットを食べず…アマルトさんをジッと見ているんだ。


彼女は時折こんな顔をする、具体的に言うとアマルトさんに優しくしてもらった時にこの顔をする。あの顔…そして視線、何か意味があるような気がするんだが…。


「デティ…ねぇデティ…」


「うまうま、メロンうまうま」


「デティってば!」


「むひゃ!?何…?私なんかした?」


「いえ、ただ…レーヴァテインさんが何を考えているか、分かります?」


キョドキョドとメロンシャーベットを食べるデティに頼んでレーヴァテインさんを見てもらうが…ニュッと彼女の可愛い眉毛が八の字になり。


「わかんないよ…あの人体を改造して魔力波長を整えてるみたい、感情が魂に出ないんだよ…」


「そうですか…」


「何?レーヴァテインさん悪巧みしてる感じ?」


「そう言うわけではないんですけど…」


ただ、気になる。レーヴァテインさんのあの視線…分からないけど、見覚えがある気がする。そう…あの視線は─────。


…………………………………………


そして、みんなで歯磨きをして夜の晩であるメグさんが馬車の外に出て…エリス達は就寝の時間となる。


「では今日からレーヴァテイン殿は我らが女子部屋で寝てもらう、異論はないな?」


「ありませーん!」


「ないよ」


「ではレーヴァテインさんはこちらで…ってレーヴァテインさんのベッドがありませんよ!?」


女子部屋…そこは男子禁制の部屋。全員分のベッドと簡易的な机、そして小さな個人スペースがあるそこそこの大きさの部屋だ、いつもならここに客人用のベッドが用意されているはずなんだ、アルタミラさんがきた時もアルタミラさん用のベッドを用意してましたし…。


いつもならメグさんがそそくさと用意してるはずなのに…。


「ああ、それはボクが必要ないと言ったんだよ」


「え?」


あっけらかんとレーヴァテインさんがそう言うんだ。必要ないと私が頼んだと。


「なんで?」


「ボクは眠る際は休眠モードを使うからね、休眠モードは立ったままでもいけるから態々ベッドは必要ないかなぁと…」


「立ったままでもって……」


そりゃレーヴァテインさんはいいかも知れないがエリス達が嫌だよ、客人が側でずっと立ったままって気が気じゃないよ…。


「なので皆さんはごゆっくり休んでください〜なんてね」


「そうは言っても…」


「メグのベッド使う?」


「いえボクは……」


すると、女子部屋の扉がノックされる。誰だろうとエリスが扉を開けると…そこには布団を抱えたアマルトさんがいて。


「よう、これレーヴァテインに渡してもらえるか?」


「え?アマルトさん?なんで布団なんか…」


「いや昼間メグにベットとか必要ないとかなんとか言ってたけどさ、今はまだ冬頃だろ?体が冷えるといかんからせめて俺の布団だけでも使えよ」


「え?」


そう言うんだ、それを見たレーヴァテインさんはまた口を開けてぼーっとしており…。


「アマルトさん、いいんですか?アマルトさんの体が冷えてしまいません?」


「いいよ、俺はラグナの使うから」


後ろでラグナが『じゃあ俺はどうなるの!?』と叫んでいるがそれを無視してアマルトさんはレーヴァテインさんに布団を押し付け…。


「んじゃあな、なんかあったら言えよな。エリスに」


「エリスにですか」


「………………」


そう言って手を振って男子用寝室に戻るアマルトさん…の背中をやはりレーヴァテインさんはジッと見ていた。そして…女子用寝室の扉を閉めると…レーヴァテインさんはジッとアマルトさんの布団を見つめる。


「あの、無理に使わなくても大丈夫だと思いますよ。あんなこと言ってましたがマジでラグナの布団を取り上げるつもりはないと思います」


「そうだよ、多分ラグナかナリア君の布団に潜り込むと思うよ、気にしないでやって」


「………うん…」


レーヴァテインさんは呆然としたまま、布団をモサっ!と持ち上げ被り、海坊主みたいな姿になりながらトボトボと部屋の中を歩き回るんだ…。


「レーヴァテインさん?」


「……気を遣われる、と言うのは良い物だね」


「え?遣われたことないんですか?お姫様なのに」


「敬い…と、気遣い…は違うよ。ボクはどちらかと言うと敬われて生きてきた。頼りにされて、任されて、全てを背負い守って生きてきたんです。それを辛いと思ったことはないよ…だって、そうしないと死んでしまう人があまりにも多い…そう言う時代だったから」


アマルトさんの布団を手にトボトボと歩くレーヴァテインさんが語るのは彼女がつい先程まで見ていた時代、シリウスと羅睺十悪星が暴れ回っていた災厄の時代…それは力のない者にはあまりにも過酷で、力を持つ者が誰かを守ることを強いられる時代。


そう言う時代を生きてきたからこそ師匠は助ける・助けられる事に対して強い価値観を持つんだ。それは…レーヴァテインさんも同じ。彼女もまたあまりにも多くのものを背負って生きてきた人間なんだ。


「でも今のボクは守る者もいない、頼りにしてくれる人も、任せてくれる人も…みんな死んでしまった」


「レーヴァテインさん……」


「いいんだ、そこについては嘆いていない。ボクは一生懸命戦ったし、みんなも一生懸命生きたから…だからボクは今ここにいる」


すると彼女は……突如、異常な動きを見せる。


今まで見せたことのない動きだ、布団にくるまり、何やら布団の隙間からチラッと顔を覗かせながらも何やら視線はこちらに向けず…ニョンニョンと体をくねらせる妙な動き。なんだその動きは…ピスケス伝統の踊りか何かか?いや…だが、違う。


エリスの隣でパジャマに着替えていたメルクさんがハッと顔を上げ…立ち上がるとこう言うんだ。


「ッ…気配を感じる」


「え?なんの?」


「久しく感じていなかった気配だ…これは」


メルクさんはニョンニョンと体をくねらせるレーヴァテインさんを見て、深刻そうな顔でゴクリと固唾を飲む。エリスもデティも戦慄する、なんの気配か…エリスもデティも何も感じていない、ただメルクさんだけが気がつく気配。


それは─────。


「『ラブコメの気配』がする……!」


「えッ!?」


何故今!?いやまさか…そう思いレーヴァテインさんを見る、メルクさんの視線の先にいるレーヴァテインさんを見る…そこで彼女は、相変わらずの無表情で、でも確かに…何かを想っていた。


…………………………………………………


アマルト・アリスタルコス…彼はボクを休眠カプセルから出してくれた人物だ。やや軽薄で剽軽で妙に責任から逃れようとする言動が目立つものの…それでもボクを外に出して、狙われる原因になってしまったことを気に病む優しい青年だ。


青年…と言っても時の止まったボクからすれば同じくらいの年齢なのだけれど…けど。


彼は、とにかく優しかった。気遣いも上手いし、料理も上手いし、何よりそれを恩に着せるようなことも言わず当然のようにやって退ける。エリスさん達の言動を見るに多分これは普段からやっているんだろう……。


ボクの周りには…いなかったタイプだ、だってみんなボクを頼るばかりで…任せろと抱き止めてくれる人はいなかったから。だからかな、物凄く新鮮で…物凄く輝いて見える。


輝いて見える…アマルト君が輝いて見える、とても輝いて…いや、輝いていると言うか…これは、これは……これはァッ!!!!


(かかかかかかかかカッコいいぃいいいいいいい!?!?!?)


軽く手を上げて立ち去るアマルト君の背中に見惚れる、カッコいい…あまりにもカッコ良すぎる!なんだあのイケメンは!料理も上手くて技術もあって勇気もあって優しくて気遣いが出来て顔も良くて完璧かッ!?完璧なのか!?


これが恋なのか!?初恋なのか!ボク…アマルト君に惚れてしまったのか!?…ああ、思い出す、思い出すよ。




『お前は恋愛しないのか?』


いきなりカノープスにそう言われたことがあった。思えばあの頃からカノープスはレグルスに猛アタックを繰り返し恋仲になっていたんだ。アイツの女を口説き落とすスキルはシリウス以上だった、街に行けば大体誰かに惚れられて帰ってくるレベルだったし、レグルスがコマされるのも無理からぬのは思う、だが当時のボクはこう答えたんだ。


『恋愛って、非効率ですよね』


非効率だと思った、なぜ子供を残すのに愛情という工程を踏む必要がある?肉体的相性などを考慮しより良い相手と子供を作ればその方が人類的にメリットしかない。人を好きになるのは別にいいけどそれと子作りは別にしろ…と考えていたんだ。


すると、カノープスはこう言ったんだ。


『青いな、レーヴァテイン。お前はまだ愛を知らぬのだ…だがいつか分かる日が来る。効率、非効率を超えた先にある…愛の暖かさを、我はレグルスと結ばれてそれを知った』


はあ…そうですか…って感じだった、当時は。だが今なら分かる、カノープスの言った愛の暖かさがッ!


「アマルト君ッ!!」


「ちょっ!?レーヴァテインさん!?」


気がついてしまったからにはもう仕方ない、ボクはアマルトさんからもらった布団で身を包みながら寝室を飛び出し、男子用寝室の扉を蹴り開けた。


「あ?どうした?」


「アマルトォーッ!これ俺の布団!出てって!俺寒いの苦手!」


男子用寝室を開けると何故同じベッドの中で押し合いをしているアマルトさんとラグナさんがいた、なんか布団を取り合ってるみたいだ…けど、関係ない!言わなくちゃ!


ボクは愛の暖かさを知った、愛だ…この感情はまさしく愛!愛だ!だから…だから!







「アマルト君!ボクと結婚して!」



「えっ!?」


「はッ!?」


バッ!と起き上がるナリアさん、ギョッとこちらを見るラグナさん、そしてアマルトさんは…。


「え?嫌だけど」


「えッ……!?」


あっさり、無理…と首を振る、振る…と言うか…フラれた?え?ボクが?いやいや…。


「ごめん、ディオスクロア翻訳機構の様子がおかしいみたいだ、もう一回聞かせてくれるかな」


「だから結婚しないって」


「なんで!?」


「なんでも何も、どうしたお前急に」


「い、いや…なんでダメなの?」


「え?いや…だって普通に俺お前のことよく知らないし」


「……………」


確かにと思ってしまった、同時にボクは何やってるんだろうと思う。効率や非効率を超えた先に愛はあるが愛を語らう言葉には効率性は存在する、AなくしてBはない、今ボクはAを飛ばしてIを語ってしまった。跳躍理論は他者から理解されづらいのた。


そうか、愛とは着実にゆっくりと育まないとダメなものなのか…うんうん、学んだぞ。ならば!


「アマルト君!明日ボクとデートしてくれないか!」


「デート?つっても今東部の荒野の只中だぜ?」


「いや、ボクの計算が正しければ明日の昼頃には北部の関所である古き街パスカリヌに到着する。この国は領土を五分割しているんだろう?そしてそれぞれの領土に移動する際は関所で手続きを行う必要がありその手続きの間に時間ができるはずだ!その間に!」


「お、お前詳しいな…」


「昼間に本を読んで勉強したからね!ボク勉強大好き!アマルト君の方が好きだ!」


「あっそう、まぁデートじゃなくて遊びに行くならいいよ」


「やったぁああああああああ!」


「つーわけでお前部屋戻れ、俺たちもう寝るから」


「うん!分かった!」


よしよし、よかった、了承をもらえたぞ!明日デートだ!デートなんて人生初めてだ!と言うかそもそも遊びに行く経験自体ないぞ!さーて!うん…どうしようかな、ボクとしたことが具体的なプロジェクトもないまま工程を進めてしまった…。


まぁいいや、今は幸せだから…と女子用寝室に戻ると、そこではエリス君とメルク君とデティ君がポカーンと口を開けており、ネレイド君はチラリとこちらを見て。


「アマルトの事…好きだったの?」


と聞いてくる、しまった彼女達にも説明してなかった…と言うか男子用寝室に入るのってダメだったな。


「うん!アマルト君ってカッコよくないかい!?」


「い、いや…アマルトさんはやめておいた方がいいと思います…」


「アマルトはな…アイツはアレで面倒だぞ…」


「あの歳で女っ気のかけらもない時点でお察しだよ〜!」


「なるほど!女っ気ないのかい!好都合!」


「そういう意味じゃないんだけど〜…」


ボクやるよ、愛だよ愛。ボクは愛を知った!つまり…明日!必ずアマルト君を落としてみせるッ!!




「なんか、急に面倒な感じになりましたね」


「メルクさん、ラブコメの気配…する?」


「ラブコメというよりコメの気配だな」


「?…ヤマトはもう遠いよ…?」


そんな中、面倒な気配を感じ始めた魔女の弟子女性陣はなんとなく察し始める。このレーヴァテインという女が…魔女同様一筋縄では行かない人物であることを。


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