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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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689.魔女の弟子と古代と現代の狭間を生きる者

「いつから、俺達の正体に気がついていた…ラセツ」


「ンなもん最初からや、お前らホンマにオレがただの善意で遺跡に入れたったと思うてんの?あんたら能天気すぎへんか?」


レーヴァテインを遺跡から連れ出し、呑気にもお話をしている最中に現れたのは…マレフィカルム五本指の五番手、遍く魔女殺し達の頂点に立つ五人の使い手の一人『悪鬼』ラセツが…馬車の入り口を塞ぎ、その巨体と威圧的な鉄仮面を輝かせ…こちらを睨む。


バレていた、俺達の正体に…まずいな。ここでこいつとやりたくねぇぞ!


「んん〜?そこにおるおねぇーちゃんに見覚えはあらへんな…」


するとラセツはレーヴァテインに目を向け、顎を数度撫でると…。


「……碩学姫レーヴァテインか?」


「え?何故ボクの名前を…」


「バカ!答えるな!」


咄嗟に叫ぶ、レーヴァテインがビクッ!と肩を揺らす、答えちゃなんねぇ…なんねぇけど、ダメか。もう遅い、ラセツは聞いちまった…今の言葉を。


「ぬぅわはははははは!マジでか!まぁ世の中にゃ八千年生きて世界を支配しとる奴もおるし、今更驚きはせんわ…しかしやっぱり、お前らを遺跡に入れて正解やったわ魔女の弟子さん」


ラセツはレーヴァテインの名を聞いても驚きもせず、寧ろ想定内とばかりに笑い。その場で胡座をかいて膝をポンポン叩き笑う。その言葉に…メルクは食いつき。


「遺跡に入れて正解だった?何故我々を遺跡に入れた…」


「決まっとるやろ、あの遺跡が八千年前の代物やと分かってた、で調査に行き詰まってた。だからお前らを遺跡に入れたらなんか分かるかもなーって直感で思うただけやで?もしかしたらお前ら魔女からなんか先に進む為のヒントとか聞いとるかもしれんしな?で…大正解、なんかええもん持ってきたやないか」


「エリス達を利用したんですか!卑怯です!」


「お前らかてオレを利用しようとしたやろ?ん?お互い様やんか、それで卑怯なんて言われるん?」


「エリス達がいくら卑怯でも自分で自分は責められません!けどお前は他人です!だから責めます!卑怯です!」


「お前…オレらより悪どい理屈してへん?怖ぁ…もうちょい自戒の念っちゅうのを持った方がええで」


「お前に言われたくないです!」


「なはは!ええツッコミや!いやぁ〜あんたらと話すのは楽しいわぁ…けど悪いけど今は勤務中やねん、これ以上遊びはせえへんで…」


するとラセツは徐に手を前に出し、まるで何かを求めるように手を開け…レーヴァテインに向ける。


「そこにおる女を渡せ、あの遺跡はデナリウス商会のもんや…当然中にあるもんもオレらのもんやからそいつ渡したらお前ら見逃したる。取引や…自分らの命買えるわけやし、お買い得やろ?」


「……何故レーヴァテインを求める」


「別に欲しいんわその女ちゃうわ、けど…あの遺跡にはオレらが探してるもんがある。レーヴァテイン…お前知っとるやろ?『黒衣姫』…あんたがピスケスの最終兵器に用意したっちゅう代物、知っとるやろ?」


「ッ…お前達!あれを狙っているのか!?」


「狙ってるんですわ〜!やってオレら悪人やし〜!欲しいモン欲しいって言って何がおかしいん〜?」


「だ、ダメだ!あれは対シリウス用に調整した機体!シリウスのいない世で動かしてはいけない!」


「んんそら無理ですわぁ!あの遺跡にあるんやろ?せやったらまぁ…オレらのモンやで、ちょうだいな」


「ふざけるなッ!!」


「ふざけたらアカンの?……なら別にふざけるのやめるけど、ほんまにええんか?」


その瞬間ラセツの体から吹き出した魔力の嵐が吹き荒れ俺達やレーヴァテインを吹き飛ばす。ただ威圧しただけ…ただそれだけで人が飛ぶ、ラセツの圧倒的な魔力はただそこにいるだけで相手を粉砕するのだ。


「くっ…!?なんで…今の世界は平和になったはずでは…」


「人が二人以上おる限り平和になることはありえへん、故に人は平穏の為に銃を持つ。その真理は今も変わらんで?化石ヒメ様?」


「ッ……」


「さぁ来てもらうで、黒衣姫の場所…吐いてもらおか?」


立ち上がる、ラセツがその巨体を起こし…威圧する。まずい…レーヴァテインを連れて行かれる…それは。


「やめろや…!デカブツ!」


「あ?」


俺は、立ち上がる。このまま行けばラセツにレーヴァテインが連れて行かれる、それは…許してはならない。


「なんでやねん、お前。分かっとるか?その女を渡したら生命の保証をする言うてんねん…それってつまり邪魔すんならお前ら全員殺すっちゅうことねんけど」


「バカ言えや、テメェらがこいつをどう扱うかなんて…簡単に想像できんだよ」


「ええやん別に、お前らに関係ないやんか。それともあれか?可愛い女の子やからカッコつけとんのかあんちゃん。なら特別にラセツちゃんが社会でお利口に生きるコツ教えたるわ、輩を前に格好をつけると何されるか分からんで…ってな」


「ちげぇよ、責任の話だ。俺はこいつを…起こした、そしてここに連れ出した。それは全て俺の判断でやったことだ…そこに責任を持つ、それだけだ」


「はははぁ!かっこええやんか、惚れてまいそうや…で?どうすんの」


「俺はこいつを助け続ける。テメェみたいな悪人からな…無理矢理連れてこうってんなら…ぶっ飛ばすぞ、アホ仮面」


「ハッ…そのセリフ、鼻につくで…ああそれと、高くもな…」


ラセツが動く、敵対した…完全に敵対した、これ以上は後戻りは出来ない。だがここでホイホイとレーヴァテインを差し出すようなやつが…名乗れるか!魔女の弟子を!世界を守ってんだよ俺の師匠は!だったら女の子一人…守れねぇでどうするよッ!!


「ほなぁ…死んでや」


「ッ…マルンの短剣よ…!」


手を広げるラセツ、対する俺は短剣を抜き…。


「『呪撃・黒呪一閃』ッ…!」


「お…?」


瞬間、俺は指先を切り裂き…滲み出た血を一瞬で固め巨大な槍に変え一気にラセツに放つ。ともかくこいつを馬車の外に押し出す!


と…思ってたんだがなぁ。


「危な、なんやねんこれ」


「なっ…!?」


掴まれる、槍を。そしてその勢いすら微動だにせず受け止め…ただ握り締めただけで俺の槍をバラバラに粉砕する。嘘だろ…黒呪槍が、あんなあっさり──。


「よく言った!アマルト!」


「貴方が言わなくても…エリス達が言ってましたよ!」


しかし、その隙を逃さず動くのは…エリスとラグナだ。


「『熱拳一発』ッ!」


「『煌王火雷掌』ッ!!」


「お…」


そして二人の拳が隙だらけのラセツの懐に叩き込まれ、赤と雷の余波が響き渡り暴れ狂う…が。


「なんやねんそれ、お前らその程度かいな」


「マジ…?」


されど、ラセツは腹で受け止めてなお、涼しい顔をしている。防壁すら使わねぇ…マジかよアレ。


「馬鹿らしい、もうちょい期待してたんやが…こら期待できそうもあらへんな…」


「ッ……」


「取り敢えず邪魔やで…消すか」


ラセツが拳を握る、攻撃が来る、やばい…やられる────。


「魔力覚醒『ラ・マハ・デスヌーダ』!」


しかし、…更に動くのは……。


「『千人役者・莫逆のコロス』!!」


「うぉぉっ!?なんじゃあそりゃァッ!?」


ナリアだ、一気に凄まじい数に分裂したナリアの波がエリス達の背中を一気に押してラセツの体を押し出す。千人分の力でようやく動いたラセツは流されるように外へと追いやられる。


「すげぇぜナリア!」


「まだです!ただ外に移動させただけ…ラセツは無傷です!」


自己増殖の魔力覚醒に目覚めたナリアの力ははっきり言って俺たちの中でもトップクラスのものになったと言える、しかしそれで押さえてもラセツを移動させるだけで精一杯。エリスとラグナと一緒に外へと追いやられたラセツ…このままみんなで外に出てラセツと戦うか!と…馬車の外に出た瞬間、目に飛び込んできたのは。


「邪魔じゃゴルァッ!」


「ごはぁっ!?」


「ぐぅっ!?」


そこには、膝に頭を打ちつけられるラグナと、左拳を叩き込まれ地面を陥没させる勢いで殴り飛ばされるエリスの姿…二人はそのまま動かなくなり、気絶した。


やばい…一気にやられた…こりゃ。


「無理だ!コイツには勝てねぇ!退却だ!メグ!」


司令塔二人がやられたことで俺は咄嗟に指揮権を持ちメグに頼み時界門の展開を頼む。


「チッ…何するつもりや…!」


動くラセツ、しかしその前に…。


「『大時界門』!」


馬車を覆う巨大な穴を作り出し、馬車を一気に転移させる…同時にナリアの分身達が動き。


『ワー!』


『退却ダー!』


「あ!ちょ!」


動けなくなったエリスとラグナを回収し馬車に乗り込みながら一気に撤退する。転移先はとにかく遠くに、東部の何処かに転移しラセツから離れることだけを考える。


「待てやオイッ!!」


そう言ってラセツが追いかけようとするがもう遅い…馬車からアイツが出た時点でこの手段が使えたんだ。一瞬で馬車は穴に呑まれ、そのまま目の前の景色が一転。東部の荒野のど真ん中に出て…場が一気に静寂に包まれる。


「……逃げれたか?」


「はい、恐らく…」


周りを見る、どうやらここは遺跡からかなり離れた地点のようだ。流石のラセツもここまでは追いかけてこれない…だろう。


しかし……。


「さて、こっからどうするか…」


チラリと俺は後ろでデティから治癒を受けるエリスとラグナを見る。その二人が…あんな一瞬でやられるか、こりゃラセツと正面切って戦って…勝てるのかね。


まずいなぁ…マジで厄介事になっちまった。


……………………………………………………………


「チッ!これあれか!帝国の転移魔術!厄介やなほんまに!」


一方、取り残されたラセツは静かに…そして不機嫌そうにため息を吐く。一瞬の隙で煙のように逃げた魔女の弟子を前に奴らが今までどれだけの修羅場を潜ってきたのかを理解する。


なるほど、伊達に四つも組織潰しとらへんな。


「……せやけど、入り口も分からん第四層探すより遥かにやりやすいわ。おい!手前ら!」


ラセツはその瞬間指を鳴らしながら部下を呼び寄せる。すると露天で働いていたデナリウス商会の人間が次々と商人の服を脱ぎバタバタと現れ…。


「なんですか!ボス!」


「魔女の弟子に逃げられた、レーヴァテインを連れとる。アイツを捕まえれば黒衣姫の在処も聞き出せる…今すぐパラベラム全支部に連絡して探させろ」


「へい!ボスはどうしますか!」


「オレは一旦…黒の工廠に戻る。社長サンにこの一件伝えてパラベラムの動きを統一させる。…悪事三戒!お前らも来い!」


ラセツの言葉に従い奥から現れるのは…ラセツの下につく三つの始末屋達。パラベラムという組織に楯突くゴミを掃除する為用意された三つの社訓にして三つの戒律。それを指し示す三戒が武器を手に集合する。


「仕事ですかな?ボス」


「ターゲットは…ようやく魔女の弟子ですか」


『一戒・裏切り者には死を』…体現せしはパラベラム屈指の狙撃犯。貴族風の格好をした恰幅のいい男モーガンと黒い外套を纏った狙撃手の女シンナの二人組。ありとあらゆる存在を目に入れる力を持つモーガンとハーシェルの影の狙撃手にも匹敵する腕を持つスナイパーのシンナの二人にかかれば、どんな存在も即座に殺すことができる。


「レーヴァテイン姫…んふふふふ、それを連れてくればいいんですよねぇ」


『二戒・嗅ぎ回る者には闇を』…体現せしはパラベラム屈指の人攫い。まん丸の体に悪魔の仮面をつけた大男コレッジョが手元で糸を遊ばせる。背後には同じ仮面をした無数の男達、パラベラムの闇を嗅ぎ回る知りたがりを裏で始末する人攫いのプロフェショナルはくつくつと笑う。


「はへぇ…殺せばええんかいラセツのボン…」


「殺すなって言うてんねん」


『三戒・闘争を望む者には血を』…体現せしはパラベラム屈指の傭兵。浮浪者のような格好をした小汚い歯抜けのジジイでありながらその手には立派な剣が握られている。彼の名はラットキング…こんな見た目でも魔力覚醒も会得している実力者であり逢魔ヶ時旅団亡き今世界最高の値段で仕事を受ける最高等級傭兵の一人となっている。


三つの悪事、三つの戒律、ラセツに与えられた独自戦力である彼らを動かす。それが意味するところはつまりパラベラムの剣であるラセツが相手を定めたと言うこと、開戦の合図であると言うことだ。


「逃げ延びて安心してんなよ魔女の弟子共、お前ら今まで八大同盟潰して油断しとるのかもしれへんけど…パラベラムナメへん方がええで」


ニタリと笑いながらポケットに手を突っ込み歩き出すラセツは魔女弟子との喧嘩の始まりを受け昂り笑う。既に部下達は動き出している…もう直ぐパラベラム全支部が動き出す。黒衣姫の獲得は社長サンの悲願…つまり社運を賭けた事業となる…そりゃあもう全力で行くで。


アイツら逢魔ヶ時旅団やハーシェル一家潰して調子に乗っとるかもしれへんけど…違うねんなぁ。


『世の見る悪夢』パラベラムという組織は…その人員、人材層、規模、そしてマレウスの制圧率…全てにおいて八大同盟最強である事実をアイツらは見逃しとる。この国を経済的に統治するオレらの力…ゆっくりと味わえや。


………………………………………………………………………………


「大丈夫ですか、エリスさん」


「大丈夫です、体は。けど…」


「やられたよ…完敗だ、どうすれば勝てるとかそんな段階の話じゃねぇ…根本的に実力に差がありすぎる」


治癒を終えたエリスとラグナは、静かに項垂れています。エリスはラセツと戦いました…時間にすればほんの数秒、けどそれで戦いが終わってしまった。渾身の一撃は効かず奴のなんでもない攻撃でエリスとラグナの防御は崩された。


スピードは尋常じゃないくらい速く、攻撃は信じられないくらい重く、一秒にも満たない間に数度駆け引きを仕掛けてくる熟練さ。どれを取ってもエリスが今まで戦った相手の中で最強格。


戦って勝つビジョンが全く湧かないから不思議なことに悔しくもない。まるで水溜まりを踏んで靴が濡れてしまったと嘆くくらい…当たり前の事実を前に自分の迂闊さを嘆くくらい、ラセツに負けた事が受け入れられてしまう。


「ですが既に奴等はエリス達の存在を認識して…攻撃を仕掛けてきています。多分ここにも直ぐに追っ手が来る」


「……レーヴァテインを追って…か」


エリス達はチラリとレーヴァテインさんを見る。彼女はさっきから本を読んでる、こんな事態で読書ですか…?と言うわけではない。彼女が凄まじい速さで読んでいるのはデナリウス商会の規模を記した本、そしてパラベラムという組織の調査報告書だ。


それを見た彼女は苦々しく顔を歪め。


「最悪…よりにもよってこんな連中に黒衣姫を狙われてしまうなんて…」


そう言いながら頭を抱える、よほどヤバい物なんだろう…黒衣姫は。いやヤバいんだろうな、なんせあのレーヴァテインがシリウスと戦うために作り、その危険性から動かすこともしなかった代物だ。


「そんなに大変な物なんですか?黒衣姫は…」


そうナリアさんが聞くとレーヴァテインさんは静かに頷き。


「アレは…ボクの最高傑作です、装着武装型最終超兵器『黒衣姫』…ボクが搭乗すること前提で作られた鎧型の兵器、それを着て…ボクは羅睺十悪星と戦うつもりでした、魔女のみんなの道を切り開くために…けどアルデバランの死を受けて、心が折れたボクはそれを着ることなく…」


「羅睺十悪星と戦うつもりって…」


「問題はないはずでした、カタログスペックにはなりますが…羅睺十悪星くらいなら三人くらい纏めて戦っても勝てるくらいには」


「お、おいおい…羅睺十悪星って魔女様と同じくらいだよな」


そうラグナが言うとレーヴァテインはキョトンとしながら…。


「ええ、そうですよ。でもボク…天才なので、魔女の強さくらいなら再現出来ます。戦闘データなら膨大にありましたから、そこから最適解を導き出せばまぁそのくらいは」


「……………」


カノープス様が言っていたことを思い出した、シリウスが魔術に於ける最高の天才なら、レーヴァテインは別分野に於けるシリウスだと。或いは第二の大いなる厄災になり得る女だったと言っていたことを思い出したんだ。


魔女の強さくらいなら三人纏めて戦えるって…この人もあの厄災の時代を生き残った人なんだなと実感させられる。


「何言ってんだお前…」


するとアマルトさんはレーヴァテインさんをぺしりと叩き。


「偉そうに言ってお前ラセツにビビってたろ」


「し、仕方ないではないだろ!ボク自身は弱いんだ!と言うかロクな武装も持たず人間があのレベルに強くなるって普通に考えておかしいんだよ!」


「それは知らねーけど…その黒衣姫ってさ、もしかしてお前の眠ってた棺の脇に置いてあった奴?」


「え?ええ…え!?見たの…?」


「あれかぁ…明らかにヤバそうな雰囲気だったが、なるほどねぇ…」


どうやらアマルトさんはそれを見たようだ、と言うことは黒衣姫は第四層の奥にあるって事か…この情報を取られたら、ヤバいかもな…いや。


「ですがどこにあるか分かるなら話は簡単じゃないですか?」


「え?どう言うことエリスちゃん」


「今の状況をまとめると、パラベラムと言う存在とエリス達は敵対しました。アイツらは黒衣姫を狙い何かをしようとしている、それを止める…と同時に、このままじゃレーヴァテインさんも狙われ続けます、恐らく一生」


「ッ……」


状況を整理すればその通りだ。成り行きで…或いは必然として俺はレーヴァテインをここに連れてきた、結果レーヴァテインはパラベラムと言う存在に狙われ追い回されることになった。これで用は終わったから好きにしていいよ、さようなら…は理屈が通らない。


やるなら、黒衣姫という存在をなんとかしつつ、パラベラムがレーヴァテインを狙わないようにするしかない。それが…エリス達がするべきことです。


なら構図そのものは簡単だ。


「パラベラムという存在が危機たり得るのは奴らが黒衣姫を狙っているからですよね、もしそれが世に出たら魔女様三人分の怪物が世に出てしまう…けど!起動する前なら破壊出来るはずです、これを破壊してしまえばパラベラム自体の危険度は大きく下がります」


「なるほどな、先に奴らの狙いを挫くという事か」


メルクさんが大きく頷く、そうだ…嘆きの慈雨然り、ヘリオステクタイト然り、先に奴らの目的を破壊してしまえば奴らの目的はなくなるわけだ。これなら奴等もエリス達を攻撃するどころじゃなくなるはずだし何より…。


「これなら、レーヴァテインさんも狙われません」


「そうだな、今奴らの狙いはレーヴァテイン殿だ…」


「今のままじゃ…どこに行っても狙われる…」


「そうです、だからまずは黒衣姫の破壊をしにもう一度遺跡に行きましょう!奴等は入れない遺跡の第四層にエリス達なら入れますから!」


「…………不可能だ」


しかし、レーヴァテインさんは首を大きく横に振り。


「そもそもあの鎧はシリウスの攻撃を数度受けとめても平気なように作ってあるんですよ。キミ達…シリウス並みの火力を継続して出せるのかい?」


「う……」


「アレを破壊するにはシリウスを連れてくるしかないんだ、或いはレグルスさんの虚空魔術なら消せるかも…」


「すみません、今師匠達の行方は分からなくて…何処かに旅に出てるんです」


「そんなことだろうと思いました、あの人肝心な時にはいつもいませんから…」


「あ!じゃあエリスの識確でその技術を消せば…」


「それも対策してあります、ナヴァグラハと戦うつもりでしたから」


「え…ええ……。じゃあそれならどうするんですか!どうあってもエリス達はそんな危険な物放置できませんよ」


シリウス並みの火力なんか出せるわけがない。識確も効かないんじゃどうしようもない、壊せない代物を破壊する事はできない、だが放置も出来ないだろう。


そう言うとレーヴァテインは静かに考え込み…地図を取り出し、マジマジと見つめると。


「壊す事は出来ないけれど、未来永劫起動出来ないようにする事は…出来るかもしれない」


「何?本当か?」


「え?どうやって?」


「兵器開発に於いて最も警戒しなくてはならないのは『鹵獲』だよ。どんなに無敵の兵器を作っても敵に奪われたらそれはそのままこちらの不利に繋がるからね。だからボクは全ての兵器に明確な弱点と起動阻害プログラムを搭載してある」


「マジか!それどうやるんだ!?」


「ボクの持っていたディヴィジョンコンピュータがあれば起動プログラムを永久に凍結させることも可能だ」


「ディヴィジョン…?!こんぴゅうた?」


「八千年も経ってるのにコンピュータ一つ出来てないのかい…。まぁ言ってみれば記録の入力や出力を行い機械を統率する機械みたいな物かな。ボクが兵器開発するのに…一番愛用していた道具だよ」


「……それは今どこに?持ってるのか?」


「持ってない…シリウスの攻撃を受けて空中要塞が…あの遺跡が墜落した時、要塞の切り裂かれ破損してその時コンピュータも何処かに落ちてしまったんだ」


つまり失われていると…参ったな、唯一の弱点がなくなってしまったことになる。と言うかあの要塞ってアダマンタイト製だったんじゃ?切り裂くって…どうやって?


「じゃあどうするんだ?また作れないのか?」


「そーだよ!天才ならまた作ればいーじゃん!」


「作るか…それもいいかもしれない」


「ならチャチャッと作っちゃってよ!」


「なら、メモリはあるかい?」


「え?」


「基盤は?中央演算装置は?電源ユニット…あと冷却装置、贅沢を言えばグラフィックボードも、どれも並の物じゃ無理だ、最高級の物を大量に用意できるかな」


「あ、ありません」


そもそも今何を要求されているのかも分からないよ…とエリス達が気まずそうな顔をすると、レーヴァテインは頭を抱える。


「ディヴィジョンコンピュータもボクの最高傑作一つ、あの時代に存在した演算機構の中で最強の物だった…それを、必要な部品も装置もないところから一から作るなんて…無理だ。ボクが大いなる厄災の中で動けていたのはピスケスと言う莫大なバックアップがあったからなんだ」


「す、すまん…なんか」


「…いいんだ、言っても仕方ないことだから。けど希望はまだある」


「希望?」


すると、レーヴァテインはマレウスの北部…そして中部の間を繋ぐ一つの街を指差す。


「ボクの計算結果によれば…その付近にディヴィジョンコンピュータは落ちたはずだ。ディヴィジョンコンピュータもアダマンタイトで作ってている。墜落は勿論経年劣化でも壊れやしない…きっと今も残っているはず」


「今もって…八千年も前だぞ」


「もしかしたらもう誰か見つけてもって行ってるかも…」


「でも発見されていればこの世界にはコンピュータの概念が存在してるはずだよね、それがないって事は発見されてないはずだ」


「…………確かに」


レーヴァテインさんの言うことには一理ある、もし発見されていたなら世紀の大発見だったはず。しかしエリス達はコンピュータなる存在を知らない…って事は未だ未発見?残っているなら確かにまだ可能性はありそうだ。


「ここに行けば、黒衣姫を永久使用不可にするプログラムが手に入る!と言うよりボクが作れる!」


「しかし結構遠いな…」


レーヴァテインさんが指し示したのは中部と北部を繋ぐ街学問の街エーニアック。ここから行くには東部を抜けて北部に行き、そこからかなり移動して行かなくてはならない。また遺跡に戻ってくることを考えると一ヶ月はかかる。


少し…ためらうな、エリス達はもうあと一年しか時間がないわけだし…。


そう迷っていると、レーヴァテインさんは静かに口を開き。


「キミ達にとっても、悪い話じゃないよ」


「え?」


「キミ達は…強くなりたいんだよね」


「分かるんですか…?」


「修行時代の魔女達と同じ顔をしている、よく覚えているよう…あの時の彼女達の顔は。強くなりたくてなりたくてたまらないって感じだろう?ディヴィジョンコンピュータがあれば…更なる力を得られることをピスケス国王の名において約束しよう」


「ほ、本当ですか?でもそんな得体の知れない力を頼りなくないと言うか…」


「分かってるさ。ただ漠然と何か力を与えるわけじゃない。キミ達風に言うなれば…なんだろうか…貴方達の中に眠る潜在能力を引き出せるとあるトレーニングが出来る、と言うべきかな」


「トレーニング…」


エリス達は顔を見合わせる、正直今のままじゃエリス達はマレフィカルム討伐どころかラセツすら倒せそうにない。そこに…魅力的なトレーニングがあるなら…。


(そうか、師匠達が言ってた『力になってくれる』って…こう言うことか)


レーヴァテインは師匠達の修行時代を知っている。だからエリス達の気持ちにも強い理解を持ちながら魔女様達さえ上回る叡智を持つ、それはきっとエリス達の力になる…そう考えていたから、遺跡に向かわせたんだ。


ならある意味これも…師匠達の修行か!


「よし!行こう!なんか面白そうだ!」


「ですね!トレーニング…どんな奴でしょうか!」


「ふふふ、それは見てからのお楽しみ!なら…頼めますか…皆さん、ディヴィジョンコンピュータを起動出来るのはこの世にボク一人、ボクをこの街に連れて行ってくだされば…きっとお力になることを約束します!だから!」


「むしろ頼みたいのはこちらの方だ、黒衣姫が世に出れば…大変なことになるからな」


「それにあの碩学姫とご一緒できるとは…光栄でございます」


「ん…困ってるなら、助ける」


まぁそもそも時間という制約を抜きにしたら、寧ろエリス達からお願いしたいくらいなんだ…なら引き受けよう、寧ろ協力をお願いしよう。レーヴァテインさんと一緒に…いざ北部の街エーニアックへ!


「よっしゃ…じゃあ、行くか!」


「おー!」


膝を打つアマルトさんの声にみんな拳を掲げ、…そうして始まったのは八千年前の因果を解決するための冒険が始まったのだった……。


…………………………………………………


「よっしゃ!じゃあまずはエーニアックへのルート決めだな!」


「ルートと言っても荒野のど真ん中だぞ…そもそもここは何処なんだ?」


「ライデン火山も見えませんし…多分カルカブリーナと戦った辺りかと」


「じゃあほとんど中部寄りか…うーむ、じゃあ一旦中部に入ってから北部に入るルートで行くか?」


「道がグネグネしちゃうね」


地図を前に、ワイワイと話し合う魔女の弟子達。その姿は…かつての魔女を思わせる…わけではない、昔の魔女達はもっと悲壮感を漂わせていた。友達というより姉妹のようで、家族のようでいてライバルであって。


だが分かるのは、彼らも彼女達のように切磋琢磨する間柄にある…ということなのだろう


(どうやら、彼等はウルキのようにはなりそうにないな、今回は上手くやったようで何よりだ)


レーヴァテインは静かにソファに座って…時の流れを感じる。


八千年だ、八千年。この世が出来て私が生まれるまでよりもさらに長い年月が経過している…。ボクはタイムフィードバック。世界の修正力とはまた異なる…謂わば時の修正力による身体劣化が起こらない体に改造してあるからいいけれど、きっとボク以外のピスケスの生き残り達は…棺が開いた瞬間にでも死んでしまうだろう。


このボクでさえタイムマシンを作れない所以たるタイムフィードバックの存在は…どうしようもない。本来ならタイムフィードバックが軽減される二百年以内で起きる予定だったのに…どうやらシリウスの魔力の影響で磁気が狂いタイマーが壊れてしまったようだ。

故に今の状況は天才のボクをもってしても見抜けなかった事態と言える。


(シリウス……お前の名前は封印されてなお八千年後にも影を落としているか)


ボクにとって憎い名前であり、そして人生に最も影響を与えた私とは別分野の超天才の名と顔を思い出す。


『ぬはははははははは!レーヴァテインゥ…!お主は些か頭が良すぎる、魔女達にとってジョーカーのカードとも言える存在を…ワシが放置すると思うてか!ぬははは!』


あの日…ピスケスは滅んだ、魔女達がシリウスの傘下となった大国達を打ちのめしている間に、手薄になったピスケスにウルキとシリウスが二人だけで攻めてきた。


病床に臥していた父に代わり陣頭指揮を取っていたボクを守っていた兵士も衛士も死んだ。何よりあのカペラも…。


そんな犠牲を出しながら数少ない学者と兵士、そしてボクだけが…なんとかシリウスを前に生き延び空中要塞にて離脱することに成功したんだ。


とは言えその要塞も打ち落とされ、最後にはディオスクロアに落ちることになったのだが…。


(……まさか本当に、あのシリウスを倒すなんて)


今目の前で騒いでいる魔女の弟子達はシリウスの恐ろしさを知っている。だが奴の持つ真の脅威性はどうやら知らないようだ。


シリウス・アレーティア…人間の体を持っただけの神とボクはそう呼んだ。超絶した実力と宇宙の彼方まで見通す瞳、そして万象を操る術理を介し何もかもを好きに出来る女がアイツだ。シリウスの持つ特異なカリスマは大国の王さえひれ伏させ…彼女が人類の敵対者になった時、ボクは人類の滅亡を確信してしまった。


だが…魔女達は諦めなかった。どれだけ大切な人を失おうと、どれだけ打ちのめされようと、どれだけ世界が死につつあっても、彼女達は諦めず…休眠カプセルにボクが入る直前も手を引いて引き留めてくれた。


『私達は絶対にシリウスに勝つ!レーヴァテイン!一緒に戦ってくれ…お前の叡智はこの死につつある世界に必要なものなんだ!』


あのカノープスが涙ながらにそう言ってたんだ。一緒に対シリウス用の拠点を設計しあった間柄だった彼女はボクにとって唯一理解者足り得る存在だった。でもボクはそんな彼女の言葉を信じず…眠りについた。


別の星でも生きられるよう体を改造して、この世界そのものに見切りをつけてしまった。だが実際に世界は滅ばなかった…魔女達が本当にやり遂げたんだ。…悔しかったよ、この事実を知った時は。


(また全てを背負わせてしまった……)


魔女達はいつも全てを背負っていた、誰よりも負担のかかる立ち位置に立って体が芯から凍るような強敵達と戦い、ボクを導いてくれていた。

そして彼女達は今世界を導いている。本来なら…ボクが担うべきだった仕事を彼女達がやっていた。何故ボクはあの時あの子達を信じられなかったんだろう…何故死んで行った友や親族達のために戦おうと奮い立てなかったんだ。


(……レグルス、アルクトゥルス、スピカ、アンタレス、リゲル、プロキオン、カノープス…また会えるのかな)


ボクからすれば、ほんの数時間前の出来事。されど…数千年の時を開けた再会。彼女達は私を見て…なんというのか。


いや…それより先にするべきことがある。


(魔女の弟子…子供を作れないはずの魔女達が自らの子と定めた運命の子供達。友達の子だもん…もしもの時はきちんとボクが守ってあげないと)


魔女の弟子達は私にとって親友の子供も同然、ならもしもの時は年長者として私が守らないと…そして。


魔女のみんながもし今何かと戦っているなら、今度は私も戦うよ。恐れない、もうこんな後悔はしたくないから…だから。


ボクはもう、絶望しないよ。


「なぁ、おい」


「へ?」


ふと、魔女の弟子の一団から離れ一人の男がボクの前に立つ。彼はアンタレスの弟子のアマルト君だ、ボクを開かなくなった棺から解放し態々地上まで連れてきてくれてた人で…そして。


あのラセツとか言う男から…ボクを守ってくれた人。


「悪いな、こんなことになっちまってさ」


「え?」


彼は申し訳なさそうにしながら壁にもたれかかり、腕を組む。なんで…彼が謝るんだ?


「なんでだい?なんでキミが…」


「ん?いや…俺達はラセツという男と…パラベラムと言う組織と敵対してる。そしてそんなアイツらは…お前を狙ってる、もしかしたら俺達が外に出さなきゃこんなことにはならなかったかもしれない、って思ってさ」


「いや…それこそ、あの棺をパラベラムが開けてた可能性だってあるよ」


「だとしてもさ、お前を旅と戦いに巻き込んじまったなぁ…って思うとな。けど…」


するとアマルト君はニッと歯を見せて笑いながらボクの頭に手をバンバン!とぶつけると…。


「まぁ安心しろよ、俺ら強えし、アイツらもいい奴だし、多分…退屈はさせねぇからさ。まぁ…『任せとけ』よ」


「……………」


「そんじゃ、飯作ってくるわ〜」


手を振って、奥へ消えるアマルト君の背中を目で追いかける…任せとけ…か。


(…………そんな事言われたの、初めてだ…いや、一度だけ言われたことがあったか)


目を瞑り、メモリを引き出し…思い出すのはピスケスの日々。ボクにとって故郷の思い出…だけど。


『姫!全て…全ての希望は貴方しかいないのです!』


『魔女を打ち倒せる兵器を…どうか…どうか!ピスケスの未来は全て貴方にかかっているのです!』


『レーヴァテイン様の碩学なる頭脳が全てを救うのです!』


あれはまだレグルス達と敵対していた頃の話。日に日に迫るレグルス達の侵攻に焦った大臣達が青い顔をしながらボクのところへ来たんだ。


ピスケスの全てを牛耳る大臣や、国防を担う男や、開発局の局長が雁首を揃え…ボクの前にひれ伏した。ボクはそれを前に『ボクがなんとかしなきゃ…』と思ったんだ。


思えば、ボクの人生はそう思う事の連続だった…ボクがなんとかしなきゃ人が死ぬ、ボクがなんとかしなきゃ街が滅ぶ、ボクがなんとかしなきゃ国がなくなる。そんな状態が長く続き魔女という味方を得ても荷物は軽減される事なく、寧ろ『世界の平和』という重荷がのしかかった。


ボクには才能があった、ボクには立場があった、だからそれをやって当然だった。けど…世界は守られ、国はなくなり、碩学姫は姫ではなくなった。


そんなボクは今…誰かに任せろと言われている。あまりにも特異な状態だ…でも。


『レーヴァテイン様はお堅すぎるぜ、もっと楽しく気楽にいきましょうや。せっかく可愛いんですし?血生臭いのは…俺らに任せてくださいよ』


かつて一度だけ、任せろと言われた事を思い出す。あの軽薄でナンパで…こんな奴がピスケス最強の名前を背負っていると思うとため息しか出てこないって言うそんな奴に、言われたことがあった。


あの時はお前が何偉そうに言ってんだと手を払いのけたが…でも。


もしかしたら…ボクは、そんな言葉を求めていたのか?分からない、分からないけど。


「…………」


メモリを呼び起こす、このゼンマイが切れている間に記録されていた出来事。アマルト君がボクを抱えて必死にセキュリティから守りながら駆け抜ける姿。


ラセツを前に啖呵を切りなんとか守ろうとする姿。


そうして今も…ボクの心を気遣うその姿…それらを脳内メモリで再生すると。


(な、なんだこれ…ボクは……どうしてしまっているんだ)


ボクは困惑する、初めて抱く得体の知れない感情に…なんなんだ、なんなんだこれ!?

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庇護する立場にいた心の折れた姫に面倒見の良い兄ちゃん… ラブコメの気配がする
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