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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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688.魔女の弟子と後ろを向いて歩くか


『侵入者を排除せよ、侵入者を排除せよ、侵入者を排除せよ』


赤く輝く天井の光が不規則に点滅しけたたましい音を響かせる。人間の本能的に今この瞬間が異常事態である事がすぐに分かるような演出と共に開く壁から現れたのは機械の兵士。


腕、足、胴体、そして頭、全てが金属で形成され動く都度に金属音を鳴らす。それらが人の真似をするように歩き、手に持った分厚いブレードを構えながら目の前の侵入者達に迫る。


目指す先にいるのは困惑し動けない観光客達。ここレーヴァテイン遺跡のツアーに参加しただけの人達で侵入者というにはあまりにも罪のない人達。このまま行けばみんな機械の兵士に殺されるだろう。


それを守るように立つのは。


「おもろいわ、ブリキの雑魚共が…オレと喧嘩したいんか?上等じゃ…」


「やらせません…!」


エリス…そしてパラベラムの大幹部である鉄仮面の大男ラセツ。二人で並んで数十はいる機械兵達を前に構えを取る。二人でここにいる人達を守る…というか、この機械兵を作動させてしまったのエリスなんですよね。


壁を触っていたらなんかボタンを押しちゃって、機械兵が出てきたんです。けどガイドさんやラセツさんが言うに一度発動したトラップは二度発動しないはず、このトラップは一度発動しているから動くはずがない…と言う事だったが。


その情報の真偽とか、なんで作動したとかは置いておくとして、今…傷つく必要のない人たちが傷つく事態に陥っているのなら、戦わなくては。


「おねぇーちゃん」


「なんですか…」


「戦うんは別に構わへんけど、怪我だけはしやんといてや」


「優しいですね、意外に」


「アホ言えや、お前はツアー客や。オレはオレの一存で護衛外してんねん、それで客に怪我させたらオレが始末書を書かなあかんねん…次始末書になったらオレ減給やねん。マジで頼むで」


「なら、問題ありませんよ…!」


怪我なんかするわけないだろ、あんなトロい機械兵なんか相手にして…そう叫びながらエリスは走り出しこちらに向かってくる機械兵の頭に向けて拳を振るう。


「オルゥァッ!」


『ギギキッ!?』


機械兵の顎先に鋭い右ストレートをかませば機械兵の頭はグルグルと回転し…回転し、再び元の位置に戻り、ギロリと赤いレンズが光り…って。


「効いてない!?」


『排除する!』


頭を回転させて拳の衝撃を逃がされた…こいつらそんな動きができるのか!?やばい、隙を晒した。そしてその隙を見逃さず機械兵は分厚いブレードを掲げ────。


「だからッ!」


掲げられたブレードが振り下ろされる直前に…何かが飛んでくる。


「言うたやろがいッ!!」


「ら、ラセツさん!?」


飛んできたのはとんでもなく速い拳、ラセツの拳が機械兵の胴体を射抜き一撃でバラバラの残骸にして吹き飛ばす。す、スゲーパンチ力…エリスより全然速い…。


「こいつら関節がグルッと一周回るんや…それで打撃を受け流す。やるなら回らん胴体を一撃で仕留めるんや」


「あ、ありがとうございます!」


「せやけどねぇーちゃん素人やないな、口だけやと思っとったわ、あー嘘ついた…今も口だけやと思うとる。挽回したいなら上手くやりや」


「う、次はちゃんとやります!」


ラセツと背中合わせで構えを取り周囲を囲む機械兵を睨みつける。これ以上カッコ悪いところは見せられない…けど必要以上にラセツに手札も晒せない。冥王乱舞は使わず、拳と足で蹴散らす!


『排除ッ!!』


「さぁ来なさい!」


向かってくる機械兵、迎え撃つため両手を開き…呼吸を整え、決める!


『斬頭ッ!』


「当たるかッ!!」


振り下ろされたブレードを回避すると共に機械兵に飛びつき、その腕を掴み…引っこ抜く、ブチブチと小さな管が引っ張られ千切れ、バチバチと音を鳴らしながら倒れる機械兵、同時にエリスは引っこ抜いた腕を振り回して…。


「鉄屑にしてやるッ!!」


『ギギッ!?』


『危険!危険人物!』


「喧しいわッ!」


叩く、鉄の腕を振るって機械兵の頭を吹っ飛ばし、もう一丁振るい隣の機械兵の頭に叩きつけ頭部を陥没させ、そして背後から迫る機械兵の頭に鉄の腕を巻きつけグルリと捻って頭を引きちぎる。


「死ねッ!」


『ギギャッ!?』


そして落ちた頭を蹴って向かってくる機械兵の胴体をぶち抜き破壊する。こいつらソニアのところのサイボーグ兵より弱いな…というか人じゃないから手加減なしで壊せる。

エリス壊すの得意なんです、メグさんから『エリス様に精密機械を預けると100%壊す』と褒められてるんですから!


「オラオラどんどん来いやぁっ!!」


右ストレートで胸を打ち抜き、蹴りで股間から胴体まで引き裂き、胴体を掴み上半身と下半身を分けるように引きちぎる。


「いや強ぉ…!おねぇーちゃんもしかして前世はゴリラとか?」


「五月蝿いです!」


「ひぃーこわ…怖いよなぁ、お前もそう思わん?」


しかし、ラセツも強い。蹴りの一撃で積み木を吹き飛ばすように機械兵をバラバラに吹き飛ばし、ビンタの一発で機械兵がバラバラになり、そして…。


「ほんじゃあまぁお客さんの前やしド派手に行ったるかいな!」


拳を深く深く引いて、一気に握る。同時に握られた拳に魔力が宿り…凄まじい勢いで圧縮される。やがてラセツの手に黒く煌めく赤光が輝くと…一気にそれを放つように真っ直ぐ、拳を振るう。


「『啞邪羅華』ッッ!!」


極限まで圧縮された魔力が拳と共に放たれる。螺旋を描いて爆裂する魔力は空気を押し出し圧縮熱を生み出し燃え上がり、ドリルのように射線上の全てを抉りながら壁に衝突し…目の前の機械兵を一掃してしまう。


まるで…まるで、なんだ。分からない、適切な表現が見つからないくらい凄い現象が起こってるぞ…なんだあれ。


「ヒュー!ラセツちゃんってば強ーい!」


ラセツは両拳を一人で握りながらワイワイと騒いでいるが、あんな涼しい顔をして撃っていい技じゃない…魔法なのは分かるがエリスが冥王乱舞を使ってようやく出来るような芸当を素の状態でやってるぞあの人。


「久々に魔法使うたわ、やっぱ定期的暴れんとダメやなぁ…」


ゴキゴキと音を鳴らしながら手を動かすラセツの圧倒的な魔力にビビってしまう。こいつ間違いない…この練度、そして強さと魔力量。やはりラセツは…第三段階に入っている。バシレウスやダアト達と同じ領域にいるんだ。


(これが…カルウェナンさえ入れなかったマレフィカルム最強の領域…マレフィカルム五本指の実力か)


あまりにも強すぎる、身に帯びる全てが桁違いで格が違う。こんなに大暴れしておいてスタミナの消費までほぼなし、なんなら覚醒も魔術も使っていない。強すぎじゃないですか…それ。


「なはは、どうやおねぇーちゃんオレ強いやろ!どうやどうやお客さん!オレ強いやろ!」


ダブルバイセップスをしながら力を誇るラセツは観光客の方に笑顔で目を向け─────。


『排除ーー!!』


「きゃー!こっちに来たわー!」


「ってあかーん!!向こうに機械兵行ってもうてるやんかーッ!?」


エリスとラセツの隙を縫って無数の機械兵が観光客の方に向かっていたのだ、しくじった…エリスもラセツも、目の前の敵に集中しすぎた、というかラセツは純粋に油断しすぎた、…けど大丈夫。


向こうには…居ますから、頼りになる旦那様が。


『排除!』


「よっと…」


『ギギィーッ!?』


観光客の人混みを掻き分けて現れた足が機械兵をぶち抜く、一撃で機構を粉砕した足は…そのまま機械兵を振り払い…彼は拳を鳴らす。


「こっちは任せろよ、エリス」


「ラグナ!」


ラグナだ、エリスが存分に前に出て暴れられるように控えていた彼が前に出て迫る機械兵を薙ぎ倒していく。拳の一撃が機械兵の心臓部を貫き、裏拳の一発で機械兵の顔面が潰れヨタヨタと倒れる。


「さすが…カッコいいです、ラグナ!」


「な、なんかオレの見せ場取られてへん?折角目立てると思うたのになぁ…はぁ」


ため息混じりで後ろに足を上げ迫る機械兵をバラバラにするラセツ。前ではエリス達が戦い、後ろではラグナに加え…。


「では私も!華麗なる技で倒してみせます!はいやー!!」


と何故かドライバー一本で機械兵を高速で分解していくメグさに加え。


「はいはーい!皆さん!危ないのでこの人の後ろに隠れてくださいねー」


「この人めちゃくちゃ強いから、大丈夫だよ」


「ん…守るよ……」


ナリアさんとデティが避難誘導しネレイドさんが壁となってみんなを守る。完璧な布陣が完成した…これで存分に暴れられる。


「よーし!やってやるぞー!」


後は機械兵を片付けるだけだ、そう意気込み再び拳を握り…次々と現れる兵士を千切っては投げ千切っては投げ、文字通り粉砕していく………そんな様を。


「……………」


ラセツはただ、静かに観察していた……。



………………………………………………………………


「こいつ見かけの割に軽いな…」


「……………」


一方アマルトは遺跡の第四層にて、突如として現れ突如として動かなくなったレーヴァテインを抱えて歩いていた。レーヴァテインだ、あの伝説の碩学姫が突如現れたんだ、いきなりの事にわけが分からなくて混乱しているが…こいつには聞きたいことが山ほどある。


何より、思うんだ…師匠達が回収しろって言ってたのはこいつのことなんじゃないかって。だから回収する…なんでか動かないけど、地上に戻ればメルクやメグがいるから直せるかもしれない。


そう…直す、だ。デティに頼んで治してもらうではなく直してもらう、つまり修理だ。


「こいつ、マジで全身が機械なんだな…」


背中のレーヴァテインを見てみると、やはり動かない。だが背負えば分かる、こいつは機械だ、まるで精密な振り子時計のように内部には細かい歯車が犇めいており今こうしている時も歯車は動いている。


これが人間なのか、あるいはレーヴァテインだと思い込んでるだけの機械なのかは分からない。だがそれを聞く意味合いでも機械に強い人間に見せるに限ると判断して…背負って回収する事にしたのだ。


「しかし帰り道はどっちだ?」


がしかし、ここで問題があるとするなら…俺は帰り道がさっぱり分からないということ。いきなりここに飛ばされたんだ、帰る為の通路なんて知らない。唯一知ってそうな奴は今動けない。これは参ったと俺は最初のボタンがいっぱいある部屋に戻ってくる。


ここに来れば…。


「なぁおい!俺外に帰りたいんだけど戻れるか?」


『情報コンソール起動…帰り道の案内ですか?』


チカチカと近くの機械が光り喋り出す。喋る機械だ…ここにはこいつがいる、せめてこいつが帰り道を把握してればいいんだが。


『帰るためには帰還用ワープ装置を起動してください』


「その帰還用ワープ装置はどこにあるんだ?」


『現在エネルギーが不足しているため外部からエネルギーを補充する必要があります』


「外部からってお前…外に出たいつってんのに外から持って来れるかよ」


『外部に出るにはワープ装置を起動してください』


「…………で?起動出来んの?」


『現在エネルギーが不足しているため外部からエネルギーを補充する必要があります』


堂々巡りだ、こりゃダメだな。もしかしてこれ一生外に出られないやつか?……いや待て。


「待て待て、お前俺をここに転移してきたよな。アレは?エネルギーがないならあの転移だって起こらないような…」


『先程起動したのは魔女用来訪機構です、アレは魔力によって起動します。魔力を補充してください』


「あ、アレは魔力で動くのか…なら最初からそう言えよ、どうすりゃいいんだ?」


『起動、血液情報照合…』


すると再び壁からレンズが現れ…さっきみたいに俺をジロジロと調べると…。


『認証、魔女アンタレスと認識。魔力供給用緊急エネルギー炉露出、補充を行ってください』


そう言いながら壁から水晶が現れるんだ。いちいち面倒だな…と感じながら俺はその水晶に手を当て魔力を流す。……が、その瞬間。


「ッ……なんだこれ…!?」


視界が明滅する…なんだ、視界が歪む。魔力はそんなに取られてないのに…なんだこれ、立ってられない…これは─────────。







「え?」


ふと、目が覚めると…俺は暗い遺跡の中ではなく…黄金に輝く都の中にいた。


また…転移させられたのか?と思ったが…おかしい、喋れない。というか体の感覚がない、まるで…夢を見ている、いや…見せられているような……。


この黄金の都は…先程壁画の映像で見たかつてのピスケスと同じ、摩天楼に囲まれた超文明都市だ。そのど真ん中にあると思われる広場に置かれた机、そこに対面で座る二人の女性を、俺は見ていた。


だが俺は動けない、喋れない、まるで誰かの視点を借りて…一時的にそれを見せられているようだ。


そして、俺が見ている二人の女性は…二人とも見覚えがあった。


『まさかこうして机を共にする日が来るとは、驚きだ』


片方は、黒髪の女性…これはさっき見た。レーヴァテインだ…レーヴァテインが椅子に座り目前にいる女性に微笑みかけている。


そして問題なのがその話している相手…ソイツは。


『ぬはははは、ワシもじゃ。まさか世の中にワシに匹敵する天才がいようとは…それとこうして机を共にする日が来るとは驚きじゃ!』


……シリウスだ、いつぞや見た白髪と牙がズラリと並んだ口、紅の瞳を持った女が偉そうに腕を組んでいたんだ。


けどおかしい、シリウスは何かを壊す気配も…相手を騙そうとするような素振りもない。穏やかだ…俺が知っているシリウスよりもずっと。


『勘違いとは言え、貴方を狙ったことを謝罪する。魔術は危険な物だとは思うがそれは我らが発明も同じだ、要は使い道、縄を作った人間が絞首の罪に問われぬような…そんな感じだね』


『うむ…ワシも理解はしておった。魔術はいずれ戦争に使われ災禍を招く日が来ると。じゃがそれは魔術がなくても同じこと…ならばせめて、力無き子が…民が、逃げるか…何かを守る為に戦うか…そういう選択肢を与える為にワシは魔術を作ったのじゃ』


『その心は理解した。寧ろ…誤ったのはボクの方だ、そのせいで…父上も死なせてしまった。ボクは…科学の発展と武力の増強を同義に捉えてしまったんだ』


『あまり気に病むでないわ、善かれと思ってやったなら最後まで善かれと思え、それがお前を信じてついてきたピスケス国民への責任の取り方じゃわい!』


『ありがとう、シリウス。感謝する』


二人は穏やかに話している。シリウスは俺が知るよりもずっと理性的で…寧ろレーヴァテインの苦悩を気遣うように微笑み、肩を撫でている、これは一体なんたんだ?俺は一体何を─────。





また、視点が変わった。それからどれだけの期間が経ったのか分からないが、今度は…さっきの黄金の都が燃えている。摩天楼は崩れ栄華を誇った街が破壊されて、瓦礫と黒煙だらけになったピスケスの中心に…また二人がいる。


レーヴァテインとシリウス…だが二人はさっきまで話していた時と、雰囲気が違う。


『何故ッ…何故なんだッ…シリウス!何故…そうも変わった!この短期間で!』


『クックックッ…カッカッカッ!変わったか?ワシが変わったか?レーヴァテイン…』


ズタボロのレーヴァテイン、そして瓦礫の山に立つ破壊の王…シリウス。そこに立つシリウスの顔を見て、納得する。ああ…アレは俺がよく知るシリウスだ。


下劣で野蛮で、悪辣で悪意に満ちていて、それでいて圧倒的に強い。シリウスそのものだ、さっきまで話していた優しげなシリウスとは別人のように表情が変わっている。ここまで豹変していたのか…師匠達曰く昔は優しかったなんて聞いてたが、こりゃ変貌なんてレベルじゃない、人格が変わってるぞ。


『何故…一緒に守っていこうと約束した街を破壊するッ!我が国を破壊するッッ!!』


『レーヴァテイン…お前の作る技術の街が、ワシの野望には邪魔なのだよ』


『邪魔…?それだけで国民を殺したのか!貴方の言っていた戦えない者達を!戦えるお前が殺したのかッ!少なくとも昔はそんな人じゃなかった!!何があった!この数年で!』


『戦えないのは戦えない奴らの責任じゃ、ワシは関係ない。ワシはただ力を振るっただけ…悔しかったら強くならんと!ぬはは!』


『………お前は…シリウスか?本当に、いや違う…誰だ…お前は。シリウスじゃないな……』


『……………』


レーヴァテインの問いかけにシリウスは答えない、ただ静かに口を閉じ…ニンマリと笑みを浮かべ。


『ワシはシリウスじゃ、ワシこそが世界であり、真理であり、究極。ああそれと…一言教えておいてやる』


そうしてシリウスは…両手を広げる、ただそれだけで天地が揺れ、空間が揺れ、俺の視界がビリビリと引き裂かれ…。


『ワシは不滅じゃ…!』


その一言により全てが破壊に飲まれ、俺の視界も消え去り…ただシリウスの笑い声だけが響き渡り。そして…視界は暗闇に閉ざされた。


音も聞こえない、何も見えない、感じない…そんな闇の中に俺の意識は溶けていき……。






『error、魔力供給に際し記録再生用機構が誤作動を起こした模様。緊急転移を再開します』




………………………………………………


「ット……ルト…アマルト!」


「はっ!え!?何!?」


ふと、気がつくと俺の目の前にはボロボロ涙を流したメルクが立って……あれ?俺第一層に…さっきの場所に戻ってる?


(なんだったんだ?さっきの夢は……)


「大丈夫か!?お前がいきなり消えて…肝を冷やしたんだぞ!」


「あ、ああ大丈夫、一応健康…」


「そうか…ならよかっ…いや待て、背中の女性は誰だ?」


「え?」


ふと、背中を見ると…相変わらずそこには目を開いたまま微動だにしないレーヴァテインがいた。よかった、こいつも一緒に転移できたんだな…またなんかエラーでこいつだけ置いてきたらどうしようかと思った。


「ああ、えっと…向こうで拾った」


「向こう?拾った?なんで?どこで?」


「俺もイマイチ分からねー…けど取り敢えず一旦撤退するぞ!エリス達連れて!」


「え?あ…おい!」


ともかく今はレーヴァテインを連れてここを出る、理由は単純。ここは敵の巣の中だからだ、何より動かない婦女子を抱える怪しい男がそそくさと動く様を見られたら下手に誤解されかねん!


「待ってろ…おいメグ聞こえるか、よく分からんが撤退する。離脱出来そうか」


メルクは走りながら耳元につけている念話機構でメグに話しかける…が、ダメだ。いつもならここで時界門が開いて離脱の支度を整えてくれるはずだが…それがない。

メグにこの声は届いているはず、それでも動けない何かがあったんだろう…心配だが、今は俺達だけで離脱するしかないだろう。


「ダメだ、動きが見られん」


「一旦俺達だけで脱出するぞ…とりあえず出口へ────」


『女王の目覚め…遺跡が再び動く時、戦いの時』


「うっ…何?」


何か声が聞こえる、これはさっきのシステムの声?そう思い周囲を見ると…壁が怪しく光っている。壁の文字が浮かびあった時のように、映像が形成された時のように、小さな光る虫が壁を這い回るようにザワザワと光の粒子が荒れ狂っている。


「な、なんだ…壁が…」


「いや壁だけじゃねぇ…遺跡全体が動いてる…」


足元から地鳴りのような振動が響く、間違いなく遺跡が…いや対シリウス用防衛拠点が軌道を開始している。もしかして俺ってば下で変なボタンでも押しちゃった?いや…女王の目覚めって言ってたな。


(つまり…こいつが目覚めた事で遺跡自体が再び活動を開始してるのか)


背中で停止しているレーヴァテインを見て、理解する。恐らくレーヴァテインが目覚めた事で遺跡の何かが目覚めたんだ、今まで休眠状態だった遺跡が再び活発になり始めた…まずい、どうなるかまったく想像ができん!


『女王の目覚め、女王が何者かに攫われている、取り戻さねば」


「なんか怪しいこと言ってる…」


『取り戻す、取り戻せ、アダマンタイト兵…起動』


天から鳴り響く声に応え、地面が円形に開き、中から無数の兵隊が現れる、それは黒光りするフォルムに見るからに強そうなトゲトゲしたデザイン、そして手には光る剣…ああ、なるほどね。


「逃げるぞ!メルク!」


「あ、アダマンタイト兵だと!?あんなの戦ったら勝ち目がないぞ!」


「だから逃げるってんだ!」


ゾロゾロと追いかけてくる兵士達、その全てがアダマンタイトで構成されている。アダマンタイトだぞアダマンタイト、つまり逢魔ヶ時旅団のガウリイル並みの防御力の兵士が蟻みたいにわんさか湧いてくるんだ、勝ち目なんかあるわけない。


あのラグナでさえようやくぶち抜けた防御力を俺達でなんとか出来るわけもないから全力で逃げる、しかし遺跡はそれも許さず。


『対象逃走開始、妨害機構起動』


その言葉と共に両側の壁に小さな穴が開き、可愛らしくニョキニョキ現れたアレはきっと銃口、全然可愛くねぇでやんの。


「アマルト!防壁!」


「分かってる!」


ドカドカと音を立てて乱射される壁の銃口、慌てて防壁を展開し身を守ろうとするが…。


「ッ…!?」


「メルク!大丈夫か!」


貫通してきやがった…弾丸が防壁を、それがメルクの頬を掠めてメルクが体勢を崩す。その弾丸…まさかアレか、ソニアが使ってたっていう防壁貫通弾!そりゃソニアが作れるならレーヴァテインも作れるよな!クソが…!


「メルク!一気に駆け抜けるぞ!根性入れて走れ!」


「分かってる…!」


黒呪剣を作り出し弾丸を弾きながら走る、立ち止まれば蜂の巣だし何より後ろからは今もアダマンタイト兵が押し寄せてきている。分かっちゃいたがアダマンタイト兵は弾丸なんか無視してドンドン走ってくる。火花を散らしながらも微動だにせず傷一つ作らず弾丸の雨を突っ切って走るアダマンタイト兵からひたすら逃げる。


このまま走れば出口が見えてくる────あ、ダメだ。


『妨害機構起動、通路閉鎖』


その言葉と共に天井が落ちて目の前に壁が生まれる…だよな、そうだと思った。それくらいしてくるよな…って!


「だぁあああ!!どうすんだこれぇっ!」


「退いてろ!私が開ける…!」


その瞬間メルクは俺の前に躍り出て魔力を逆流させる…。


「魔力覚醒!『マグナ・ト・アリストン』ッ!!」


魔力で形成された黄金の外套を作り出すと共にメルクは大きく拳を振りかぶり、一気に魔力を解放させる。


「『概念錬成・打破』ッ!!」


拳型に形成されて飛ぶ打破の概念。それは目の前の壁を砕き大穴を開ける、そうだった…第一層の壁面は普通の石材、アダマンタイトじゃないなら破壊も出来る!


「行くぞアマルト!」


「あ、ああ!」


そのまま壁の穴に飛び込み俺とメルクは先に進み、同時にメルクは錬金術で壁の穴を修復しアダマンタイト兵の足止めを行う、便利だな錬金術。


「よし、これでいい…出口に急ぐぞ、長居したらもっと変なのが来かねん」


「だな…ん?」


ふと、向こう側を見ると…そこには出口に通じる通路が見える、と同じくその向こう側の通路からは…。


『流石にアダマンタイト兵の相手は出来ません!』


『あんな数のガウリイルとか…悪夢だよ!』


「あれは、エリス達か…!」


向こう側からは同じようにアダマンタイト兵に追われるエリス達が見える…いや、それだけじゃない。


『なははは!いつのまにかアトラクションになったんやこの遺跡は!なはは!』


(ラセツもいる…)


ぴょんぴょんとスキップを踏むような走法で走るラセツの姿を確認した瞬間、俺は上着を脱いでレーヴァテインの姿を隠す、いや見知らぬ女を抱えているところを見られたくないって話もそうだが、それ以上にラセツにレーヴァテインの姿を見られてはいけない気がする。


「メルク…」


「む?……ああ」


それをメルクも悟ってくれたのか俺を隠すように前を走り対面を走りながら出口に向かうエリス達のツアー客の一団に自然な形で紛れ込むことに成功する。


そしてそのままツアー客達はみんな遺跡の外に脱出し……。


赤赤と輝くような夕日が地表を染める中、ゾロゾロと観光客達は外に転がり出て、予期していなかった全力マラソンを前にぜぇせえと息を吐いて倒れ込む。


「はぁ〜!出れたー!」


「なんとかなった…」


はぁ〜!と大きく息を吐いて安堵するエリス達、そして同時に息を整え立ち上がったツアー客達は……。


「おい!どうなってるんだよ!」


「そうよ!安全じゃなかったの!?」


「セキュリティはまだまだ生きてるじゃないか!こんな話聞いてないぞ!」


「死ぬかもしれないのならこんなツアー参加しなかったぞ!」


「金返せ!」


「あ、あの…えっと!」


当然大激怒、いきなりセキュリティが起動し追い回されるハメになったのだ、当然と言えば当然。あっという間に遺跡の前には顔を真っ赤にして返金コールを響かせるツアー客でいっぱいになる、なんならツアーに参加してないモラルのないマレウス人も混ざって返金を要求し始める。


「まぁまぁ皆さん、ここは一発穏便に話しましょうや!一応無事やったわけやし?」


「ふざけるな!こっちは死にかけたんだぞ!」


「いつもより護衛が少ないって話だったけど!?それが今回の件を招いたんじゃないの!?」


「い、いやぁ…そう言われるとオレ困っちゃうなぁ」


ラセツも必死に事態収束に努めているが…こりゃ時間がかかりそうだ。いや…違うな、これはチャンスか!!


「メルク、今のうちにエリス達と合流して馬車に戻るぞ」


「な、なんかラセツには悪いことをした気がするが…うむ、仕方ない」


俺とメルクはそそくさとエリス達の方に動く。エリス達もこの事態を前にどう動くかを悩んでいたらしく、一塊になり俺たちを見るなり…。


「あ、アマルトさん。無事でしたか」


「申し訳ありません、念話は聞こえていたのですが…状況が逼迫しており対応できませんでした」


「構わん、それより馬車に戻るぞ」


「そうだな、ん?アマルト、その背中の女の子は…」


「後々な、ほら行くぞ…」


俺も説明できるほど理解してないんだ、だからまずは…馬車でレーヴァテインをまた動かせるようにしよう。そして俺達は騒ぎに乗じて馬車へと戻るのだった。


…………………………………………………………………


「結論から言うと、何もわかりません」


「マジか……」


そして馬車に戻った俺はメグとメルクに動かなくなったレーヴァテインを診せた…がしかし、レーヴァテインの機構を色々調べた二人は結果『分からない』と首を振るう。


「機械の構造や機動理論、全て我々の知る物とは根底から違います」


「デルセクトの機構に近いところはあるが…はっきり言ってこのレベルの機構は現文明下には存在しない。あと数百年待てば詳しいことが分かるくらい技術も発達するだろうが…それこそ今これを理解出来るのはソニアくらいだろうな」


「もうこの世にいない人間の話されてもな……」


当然だが今この世界は魔力文明だ、魔力を使わないピスケス文明の機械はそもそも理解が出来ない。メグも完全にお手上げとばかりに両手を上げてユラユラとウェーブしてる。


するとラグナが…。


「にしても、こいつマジでレーヴァテインって名乗ったのか?」


「ん?ああ…本人はそう言ってたよ」


一応みんなには伝えてある、こいつがレーヴァテインと名乗っていたことを。当然驚いていたが…正直言おう、多分みんなあんまり信じてない。目を見りゃ分かる、だって八千年前の人間が生きてるなんてありえないだろ?あり得ない事を成し遂げているから魔女様は凄いわけだしさ。


「本当に本物のレーヴァテインなのかな…」


「だとすると師匠達の言ってた取りに行ってほしい物とは…この人のことでしょうか」


「かもな、詳しいことは分からんけどな…それもこれもこいつから話が聞けりゃいいんだが…」


チラリと横になるレーヴァテインを見ているが、やはり動かない。なんで動かないのかも分からなければそもそも何で動いていたのかも分からない、こりゃお手上げか?


「あとはレーヴァテイン様をよく知る人からお話を聞ければいいのですが…」


「魔女様か…けど魔女様はみんなどこかに旅立っていますので話を聞こうにも…」


「いえ、魔女様がみんな何処かに旅立ったわけじゃないですよ。一人残っている魔女様がいます」


「え?」


ふと、エリスが口を開く、全員がいなくなったわけじゃないと。その話を聞いてまずメルクが『あ、そう言えば』と俺を見る、次にネレイドが『忘れてた』と俺を見る、そしてラグナが『そういやそうだった』と俺を見る、そして俺は俺で俺を指差す…俺?


「あ!そうだった!」


その瞬間思い出す。そうだ、お師匠だ!魔女アンタレスだけはただ一人ディオスクロアに残っているんだ、あの人は後方支援がメインだから一応残ってはいるんだ…忘れてた。けど。


「でも話を聞くのは無理だろ、あの人仕事の邪魔されるのは死ぬほど嫌いだろうし…地下の自室に入り込んだ瞬間全員揃ってネズミにされかねないぜ」


「ま、まぁ…確かにこっちに気を割けないとも言ってましたしね…でもレーヴァテインを回収したと言えば話くらいは聞いてくれるのでは…」


そんな風に話が煮詰まり始める、動かないレーヴァテインをどうするか、どうしようか、そんな話がグツグツと鍋底で泡を立てるように煮詰まったその時だった。


「ねぇ〜アマルト〜お腹減った〜…」


「あ、デティ」


奥からグゥーとお腹を鳴らして歩いてくるのはデティだ。今日は走って飛んで疲れたからお腹が減ったんだろう。けどこいつ今この空気の中でよく言えるなそんな事。


「お前な、今真面目な話してるだろ」


「その真面目なお話は答えが見えてるの〜?一回ご飯休憩しても良くな〜い」


もう空腹で限界、そう言いながらお腹を撫でて歩くデティ…しかし。


「あッ!?」


「おまッ!?」


ガッ!と音を立ててデティが躓く、何に躓く?横になっているレーヴァテインの頭に躓く、レーヴァテインの横頬を蹴るような形で躓いたデティはそのままバランスを崩し…って!


「バカ!前見て歩け!」


「ご、ごめん!魔力見て歩いてたから!この人魔力殆どないんだよぉ〜!」


咄嗟にデティを支えて持ち上げてレーヴァテインを見る…が、壊れてないよな。感じ的に壊れてなさそうだが…メグ!見てくれ!とアイコンタクトを送る前にメグはレーヴァテインが壊れていないか色々と確認する…すると。


「おや」


ふと、デティが蹴った辺りからカランと音を立てて何かが落ちる……。


「なんか取れました」


「取れた!?」


「なんかの部品ですねこれ」


「部品取れちゃった!?」


「テメェクソデティオイ!弁償しろお前!」


「ひぃーん!何処に何を〜!?って言うかこれあれ!?私この人のこと殺したことになるの!?それとも壊したことになるの〜!?!?」


「知るか!」


やってくれたな、少なくともこいつは今日飯抜きだ…。しかし部品が取れた?なんの部品だよ…大事な部品じゃねぇよなとメグが回収した部品を見る。


それはレーヴァテインの髪の中から出てきた部品だ、形状を言うなれば鍵のような形、金色でハートの形をした取手の下から伸びる棒状の部分…って言うかこれ。


「これ、ゼンマイじゃね?」


「ゼンマイ?」


「ほら、ブリキのおもちゃとかを動かすさ。カチカチって回すやつ」


最近コルスコルピで流行ってんのよ、兵隊の背中にゼンマイがあってさ、それを回すとゼンマイが回ってる間だけ動くって言うカラクリがさ、それのネジに似てるなぁ…って思ったんだが。


「何故そんなものが…」


「実はこの人ゼンマイで動いたりして」


デティがポツリと呟く。碩学姫レーヴァテインはゼンマイで動いていたりしてと。まぁ確かに体は機械仕掛けだけど…いや、なぁ?そりゃあお前…いやいや。


「いやいやぁ…」


「あり得ないだろ、碩学姫だぞお前」


「あれだけ高度な物を作る人が…ゼンマイ仕掛けで動く体なわけが…」


「……………」


あり得ないあり得ないと全員が首を振る中メグはクルリとレーヴァテインをひっくり返し背中を探ると…。


「あ、ありました。それっぽい穴」


「マジ…?」


「入れてみます」


「躊躇ねぇなぁお前」


背中には確かに小さな穴が空いており出てきたネジがピッタリハマる。メグは全く恐れることなくそれを入れて、クルクルと回す、すると何かが反応したようにカチカチと音が鳴り、カチカチと鳴り続け、三周、四周、五周と回ったあたりで…ピタリと止まる。


全員が押し黙る、ジッと黙ってレーヴァテインを見つめる。目を丸くしてレーヴァテインを観察し…メグが恐る恐るゼンマイから手を離したその瞬間。


「起床!……ボクは…?」


「マジかぁ……」


動き出した、レーヴァテインが。あれだけ揺すっても背負ってもなんなら蹴飛ばしても起きなかったレーヴァテインがガバッと起き上がり背中のゼンマイがカチカチと回り始める。


マジかよ…こいつねじ巻きで動くのかよ。


レーヴァテインは仰天する俺達をクルリと見渡して…。


「……お前達は────どちら様でゲスか?」


「ゲス?」


「おや?翻訳機構の調子が悪いでござる…んんっ!これでヨロシイ…いやダメ?何か衝撃が加わった時に壊れたようデース…コホン!これで大丈夫かな」


「全然大丈夫じゃない気がするが…」


すると立ち上がったレーヴァテインは…ぎこちない動きで馬車の中を歩き回り、馬車の出入り口に立つとクルリと振り返り…そして……。


黒い拳銃を抜いてこちらにを睨む。


「で!?何者だァッ!!お前達ィッ!!」


「いやどう言うテンション感だよ!?」


「喧しい!」


さっきまでとはまるで違うキャラになりレーヴァテインは腰から拳銃を取り出しギャー!と喚き出す。いやいやさっきまでとはまるで違う人柄なんだが!?まさか…。


(デティが頭蹴った時…マジで壊れたのか…!?)


「ボクはまだ休眠装置の中で眠っているはず!何故こんなところにボクはいる!何故ボクは起こされている!お前達か!無理矢理休眠カプセルをこじ開けたのは!」


「い、いやいや覚えてないのかよ。お前の寝てたあの棺が……何にもしてないのに開いてさ?お前が出てきたんだよ、その時お前と話しただろ?俺」


「はぁ?……」


そう言うとレーヴァテインはコンコンと頭を叩く、すると…レーヴァテインの瞳に何かが浮かび上がり。


「ん、本当だ、確かにメモリ内に記録がある、これは失敬…お前がここまで運んでくれたようだね、ゼンマイが切れると前後のメモリが混濁するようだ」


「つーかお前さっき話した時とキャラ違いすぎるけど…何?」


「え?あ……オホン、失礼…取り乱した。失敬」


「取り乱し過ぎ…」


つまり今のは素かい…、じゃああの映像とかで出てたレーヴァテインは所謂デティの『魔術導皇モード』のような真面目状態ってこと…つまりレーヴァテインはデティと同じ公私混同をしないタイプってことなのか。


「落ち着いたか?」


「うん、だが混乱はしている。出来れば状況を教えてもらえるだろうか」


「その前に自己紹介頼むよ…あんた、誰なんだ?」


ラグナが問いかける、その言葉にレーヴァテインは…先程俺に見せたような、静謐な雰囲気を纏いながら一礼し…。


「これは多重失敬、我は…ボクは魚宮国ピスケスの女王レーヴァテイン・ピスケス・バビリス・アルフェルグ。シリウスと戦い、そして敗北を悟り機械の体になりながらも生きながらえた亡国の機械女王だ」


そう、恭しく言うんだ。レーヴァテインだと…聞いちゃいたが、何回聞いても信じられねぇよ。マジであのレーヴァテインなのかよ、あの遺跡を作り、アダマンタイトを作り、ヘリオステクタイトを作り、シリウスが危機感を覚える程の発明を世に齎した史上最高と天才…それが、これか?


「レーヴァテイン…マジでなのか…!?」


「機械の体って…自分で改造を?」


「ああ、まぁ色々あって改造を行った…魔女の不朽の体とまではいかずともタイムフィードバックで死なない為の、時間経過による影響を一切受け付けない肉体へと昇華した…まぁ細かいことは今は置いておくとして」


ギロリとこちらを睨み、拳銃を手に…レーヴァテインは告げる。


「貴様達は何者…いや、この国の名は?ピスケスが滅んでどれだけの時が経った、いや…そもそも、シリウスは?」


「質問が多いなぁ…けど、そっちも混乱してるだろうし色々教えてやるよ。まぁ座ってくれ、多分警戒する必要はないよ」


「………分かった」


そう言いながらラグナはいつもエリスと座っているソファにレーヴァテインを座らせ…説明してやる。こいつは本物のレーヴァテインだ、自らの体を改造し今日まで生き延びてきた本物のレーヴァテイン、つまり魔女様と同じ時代を生きた者。


さぞ、混乱しているだろう…だからせめて、俺達の分かる範囲のことは教えやるべきだ。そう考えたラグナは俺達を代表してレーヴァテインに状況を伝える。


「まずここはマレウス王国という国だ、地理的にはえーっと…」


「双宮国ディオスクロアの端の方に位置する国だそうです」


ラグナが分からないことはエリスが補足する。そういえばここは元々双宮国ディオスクロアの地だったな、メインはコルスコルピ側らしいが。


それを聞いたレーヴァテインは目を丸くし。


「ディオスクロアの端に位置する国?…ディオスクロアは?」


「無くなったよ…」


「無くなった…!?まさかシリウスに負けたのか!?なんてことだ…この世は終わりだ…」


「違う、シリウスとの戦いで甚大な影響を被ってディオスクロアは国ではなく文明圏となって、この大陸全土に広がったんだ」


「……なるほど、シリウスとの戦いの影響で。あり得る…悪いけど地図を見せてくれるか」


「ああ、いいよ」


そう言いながらラグナはディオスクロア文明圏の地図を渡し、何処ら辺がマレウスかを伝える…が、そんな話はレーヴァテインに届かない。


「こ……これは、なんだ…何かの冗談か…!?」


レーヴァテインは機械の癖に青い顔をしてワナワナと震え、口元をヒクヒクと動かして…地図の中央。つまりカストリアとポルデュークの間にある広大な海を指で撫で…。


「ラニアケア大陸中央が…丸々消えている…!?ラニアケアが二つに割れて…いや、絶大な大穴が大陸に空いて…中に海水が流れ込んでいる…!?」


ああ、そこか…まぁ当時の地理を知る人間はびっくりするよな、確かこの二つは元々同じ大陸だったんだ。けど…それも今は二つの大陸に別れている、割れたんじゃない、中央が消し飛んだのだ。


確かラニアケアってのはカストリアとポルデュークが一つだった頃の名前だ。巨双大陸と呼ばれる前の世界一巨大陸ラニアケア…今はもう失われている名前を口にしながらワナワナ震えるレーヴァテインはチラチラと俺たちを見て。


「何が起こって…!?」


「シリウスと魔女の戦いで中央が消し飛んだらしい」


「中央?オフィークス帝国のアウズンブラ神殿辺りかな?シリウスと…カノープス達の戦いで……ッ!じゃあカノープス達は!?シリウスは!?世界はどうなって!」


「落ち着け」


「落ち着いていられない、いられるわけがない!あの悪魔は今も生きているのか!?それともまさかこの世界の支配者は…シリウス?トミテ?」


立ち上がりラグナの肩を掴むレーヴァテインを必死になだめながら…ラグナは微笑みかけて…。


「シリウスはな、死んだ。いや詳しいことを言うと封印って形ではあるが…八千年前に魔女とシリウスは戦い、そして八人の魔女は勝利を収め、それからずっとこの世界は魔女様が統治し守ってきたんだ」


「ッッ………!シリウスが……ああ、ぁあ…そうか、そうか…」


そういうとレーヴァテインは崩れ落ちるようにソファに座り込み…自らの顔を触る。今にも涙が出そうな顔なのに、湧いてこない涙。されど肉の体を持っていた頃の名残かレーヴァテインは指先で目元を拭う。


「こんなにも…嬉しいのに、涙が出ない。涙腺か眼球洗浄機能を付随させるべきだった…」


ぐったりと、まるで大仕事を終えた後のような…肩の荷が降りたような姿勢でレーヴァテインは軽く微笑む。こいつもまたシリウスと戦った者の一人だ…戦いの行方を知って、そりゃあ安堵もするか。


「シリウスは倒された、あんたも…シリウスと戦ってたんだよな」


「戦った…戦ったよ、カノープス達魔女と共に…ボクは戦った、全てはシリウスから平和な世界を取り戻す為。果てのない戦争を戦い、戦い、戦い尽くし。そしてボクは…折れた」


「折れた…?」


「最終決戦を前に…ボクは臆してしまった。唯一シリウスと互角に戦えると目されてきた英雄アルデバランの死…祖国ピスケスの崩壊、何より如何なる軍勢を倒せても、羅睺十悪星と並び立つ実力を手に入れても…シリウスだけは、倒せる気がしなかった…」


口から漏れ出るのは、まるで黒い排気ガスような…濃密な絶望だ。八千年前に魔女様や当時の人間が味わったシリウスの脅威。俺達でさえシリウスが復活することにこれだけの恐怖を覚えてるんだ。


そのシリウスが、健在で羅睺十悪星を率いて暴れていたと言う事の重大さは、はっきり言って完璧に想像出来る物ではない。当時の脅威の度合いを計るための物差しが現代には存在しないからだ。


「……………」


「シリウスは遊ぶように笑うんだ…下劣に笑いながら常に我々の努力を侮辱し嘲ることだけを考えて生きて、そしてこちらの全霊をあっさり上回る力を見せつける。勝ち目なんてあるわけがないと…心が折れたボクはシリウスがこの星を破壊した後せめて人類の篝火を切らさぬ為…生き延びる道を模索しあの休眠装置を作った。星の爆発でも壊れないカプセル…その中で長い年月を眠り、別の惑星に辿り着きそこで新たなピスケスを作り上げようと…考えた」


「ほ、星が爆発した後に…他の星に移住するつもりだっただと」


「急にスケールのでかい話になったな…」


「だが…そんなボクの絶望も彼女達は跳ね除けて、今日まで世界を守り続けてきた…魔女達が。教えて?それから何年経ったの?百年…二百年?あのカプセルは大体三百年ほどで開くはずだったけれど…」


だがそんな絶望も終わった、別の惑星に逃げなくてはならないと感じる程の怪物の大暴れももう終わった。ならそれから幾らかの時間が経ったんだろうと考えたレーヴァテインは脱力した顔で俺たちを見る。


しかし、その答えに困る…だってレーヴァテインが予測している期間なんて、比べ物にもならない期間の時間経っているからだ、とはいえ誤魔化すわけにもいかない。俺は静かに…それでいて、述べる。


お前が折れて、現実から逃げて、眠りについて…どれほどの時間が経ったか、それは。



「八千年だ」


「なッ……!?」


レーヴァテインは口を開ける、そんなバカなと口を開きながらも…ぶつぶつと考え始める。


「バカな…そんなにも長い間!?もっと短く設定していたのに…何故。まさかシリウスか…アイツは星の動きさえ操る女、それで磁気が歪んで…タイマーが時間を見失った?けどそんなにも長い時間眠っていたら…タイムフィードバック保護装置も動かない、…ボク以外の休眠組は…もうみんな……」


「レーヴァテインさん?」


「……いや、それ以上に。八千年もの間魔女達に重荷を背負わせたこと自体…恥ずべきこと。あの子達はずっと…ボク達が守ろうとした者を、死んでいった多くの者達が望んだ世を、守り続けてきた…そちらの方を気にするべきか」


するとレーヴァテインはチラリとこちらを見て、軽く会釈するように頭を下げて…。


「ありがとう、色々と教えてくれて…それにボクを起こしてくれたことも、感謝するよ」


「いやいいよ、こっちも師匠達に頼まれてたしな」


「師匠?貴方の師匠が私を起こすよう頼んだの?八千年も前の私の存在を知っているなんて博識な師匠だ、凄いよ」


「おう、あー…俺の師匠は魔女アルクトゥルスなんだ」


「えッ!?」


ギョッと立ち上がる、また立ち上がる。こいついちいちリアクションがデケェな…。


「いや…いやいや、アルクトゥルスって…あの?」


「他にアルクトゥルスを知らんからなんとも言えんが、そうだ」


「筋肉ゴリラだよ!メスの!」


「それだ、間違いない」


「えぇっ!?じゃあお前達全員アルクトゥルスの!?」


「いや、私のマスターはフォーマルハウト様だ」


「え!?フォーちゃんの!!」


「僕のコーチはプロキオン様です!」


「プロキオンの!あー!なんか分かる!」


「私は…リゲル様の弟子だよ」


「でしょうね、シスター服着てますもん」


「では衝撃の事実を伝えましょう、このメグの師匠はなんと──」


「絶対カノープスだよ、あのレズビアンが好きそうな顔してますもん」


「はうん」


なんか楽しそうにキャイキャイ跳ねるレーヴァテインを見ていると本当にこいつは魔女達と一緒に戦った人間なんだなと言うのを感じる。懐かしい友を語るような…そんな顔をしてるんだ。


するとレーヴァテインは俺を見て…。


「えっと、キミの師匠は…誰かな」


「俺?俺はアンタレスの弟子だけど」


「え?」


なんか怪訝そうな顔されたんだけど…なんでだよ。


「いやびっくり、あのド陰キャが貴方みたいな明るい系の弟子を取るとは…」


「喧しいわ…」


「ふむふむ…で、ん?」


ふと…次に目をつけたのはデティだ。デティの顔を見たレーヴァテインはマジマジとその顔を見て…。


「ん?私?私誰の弟子かわかる?」


デティはニコッと笑いながら腰に手を当て胸を張る。レーヴァテインはデティのチビさにツッコミを入れず、むむむと首を捻ると。


「いや…その前にキミ…もしかしてクリサンセマムだったりするかな」


「え!?分かるの!?」


「ゲネトリクスの面影がある…いや、八千年前のゲネトリクスの面影があるって…異様すぎる、けど貴方の顔つきは彼女によく似てる、いやそれ以上に生き写しレベルだ。もしかして、子孫?」


「おお…そうだよ!私はデティフローア・クリサンセマム!スピカ先生の弟子なんだ!」


「スピカがゲネトリクスの子孫の面倒を…なるほど、そう言うこともあるか……ん?」


ふと、レーヴァテインは腕を組み。最後に目を向けるのは…エリスだ。


「……この場には、八人いる…よね」


レーヴァテインは一人二人三人と指折り数えて俺たちを見る、そうして最後に指を向けるのは…エリスだ。


「え?はい」


「今まで七人の魔女の名前が出た、出たよね」


「そうですね、エリスも魔女の弟子ですよ」


「…ま、まさか……お前の師匠は」


「はい、レグルス師匠です」


そう言った瞬間レーヴァテインはネズミのように逃げ出し俺の後ろに隠れ……。


「れれれれレグルス!?レグルスの弟子!?いや嘘でしょ…あのレグルスの弟子がこんな穏健なはずがないッ!実は二重人格で裏では人を殺しまくってるとか人の皮を剥いでコレクションとかしてる筈!…です、よね?」


「ああ〜…なんかこの感じ懐かしい〜、昔魔女様に言われまくりましたー」


「ひぃ!レグルスの弟子が笑ってる!ピスケスにおいてレグルスが笑う時はつまり暴力のサインと伝わっています!レグルスジェンシー!総員避難を!」


レグルス様はピスケスで何をしたんだ…いや、まぁなんとなくエリスを見てると分かるけどさ。多分、似たようなことやったんだろう…。道歩いてて肩がぶつかった人間投げ飛ばしたり、生意気な口聞いた奴を殴って血祭りに上げたり、今でこそ落ち着いているが…昔はマジで危険人物だったらしいしな。


「何見てんですかアマルトさん…ッ!今失礼なこと考えましたね…!」


「なんも言ってないじゃん!俺なんも言ってないじゃん!」


「ヒィ!レグルスの顔してる!レグルスが標的を見つけた時の顔してる!」


「まぁまぁ、レーヴァテインさん。エリスはそんな怖い娘じゃないんだ、誤解しなくでくれ」


「ラグナ…」


いや怖いだろ、こいつは。


「しかし…」


すると、レーヴァテインは気の抜けたような顔をして…ほぅ…と小さく息を吐き、ソファに座り込むと。


「何より驚きなのは魔女がまた弟子を取った…と言うことだろうか。あんな大失敗作を生み出しておいて」


「大失敗作?」


「ウルキだよ、あのゴミカス女。あ…すみません伝わりづらいよね、訂正すると…ゲロゴミボケカス女…って、歴史の敗者であるアイツの名前なんか今の世には残ってるはずがないか…」


「いえ、ウルキはまだ生きてますよ」


「え…!?」


すると…レーヴァテインはガバっ!と立ち上がる、いや座るか立ち上がるかどっちかにしろ…落ち着きのないやつだな。


「いやいやいやいやいやいやいや!え!!なんでウルキだけ生きてるんだ!?まさかレグルス…アイツか!アイツはずっとウルキに同情的だったし…だからボクはいの一番にアイツを殺せと言ったんだ!っていうかキミ達は何そんなに落ち着いてるの!?ウルキが生きてるなら早く殺さないと!アイツは…アイツは放っておいていい人間じゃない!」


「ですが居場所がわからず…」


「全人類で探し出すんだよ!魔女はウルキを過小評価しすぎているところがある!アイツは…悲しい過去を持ちながら力を持ちすぎてしまった悲劇の少女ではない…天性の鏖殺者、天が定めた…人類の敵対者!いや…だから殺せないか…アイツは観測出来る限り史上最高の天運を持っている…魔女じゃ殺せないのか。天が定めた終わりの時まで…ウルキは死なない…」


「あの、レーヴァテインさん…」


「だがウルキは危険だ!ボクの国は…ピスケスは…アイツのせいで滅んだんだ!ボクの故郷も兄弟同然に育った配下も!全部!アイツがシリウスを招いて殺したッ!!」


滲む、瞳から滲むのは…大いなる厄災の残り香。俺達は今初めて目の当たりにする…きっと大いなる厄災の最中にいた人間全員がしていた…『因果応報の瞳』。


史上最悪の戦いである大いなる厄災…しかしその構造は非常に単純だった。殺されたから、殺す。そんな関係が数千、数万、数億、数兆と積み重なり折り重なり生まれた巨大な災禍こそが大いなる厄災であり…。


その災禍の中心にいたのがシリウスとウルキ…そして、八人の魔女なのだと…肌で理解させられる。さっきまで笑っていたレーヴァテインが…誰かを殺したくて殺したくて我慢がならないと言う顔をしている事実に、俺達はただ圧倒される。


そんな中、俺は……。


「………………」


見るんだ、レーヴァテインの瞳の中に…未だ解けぬ鎖がある事、そしてその鎖に…見覚えがある事に、気がつく。多分こいつは──。


「……ハッ!」


ふと、呆然とくる俺たちを見てハッとレーヴァテインは顔色を変え。


「ご、ごめん…ごめんね、キミ達に言っても…仕方ないことだった、けど…ボクの中で…まだ、あの悪夢は…終わってないんだよ…」


「……分かるよ、レーヴァテイン」


レーヴァテインの気持ちを、俺は理解出来た。結局のところ…割り切れる話ではないよな、恨みとか憎しみとかってのはさ。例え今がどれだけ平和で楽しくても…頭のどっかに残り続けるんだ。


「自分の意思とかさ、ダメだ!って思う理性とかさ、そう言うのとは別に恨み辛みってのは消えないよな」


「え……?」


「あんたも世じゃ天才だなんだと言われてるけどさ、中身は一端の人間なんだ。偶には恨みだってぶちまけてもいいさ、どーせ今はあんたの生きてた時代から八千年も経ってんだ。他人事で構えていこうや」


「…………」


「な、何?黙らないでくれるかな」


「キミ、優しいんだね」


どう言う感想よ、優しいのねって…別に普通のこと言っただけでは。


「そうですよ!アマルトさんは優しいんですから!エリスは知ってます!」


「お前さっきまで俺にガンくれてたろ…」


「アマルト…なるほど、そう言えばキミ達の名前をまだ聞いていなかったね、聞かせてくれるかな」


その言葉に俺達は静かに首を縦に振る、しかしどうしたもんか。こいつをこれから何処に向かわせればいい?遺跡にはもう戻れないし…かと言っても家があるわけでもない、魔女様に送り届けるか?でも……。


そう…考えを巡らせたその時だ。


事態が急変したのは………。




「おっす〜!邪魔するで〜!」


「ッ!?」


ぬるりと手が馬車の入り口に現れ、ヌッと巨体が入ってくる…そして燻んだ銀の鉄仮面がギラリと光り、入り口を塞ぐ…唐突に現れたそいつに、俺達は背筋が凍る。


だって…こいつ。


「ラセツ……!?」


「酷いやんか…勝手に居なくなるなんて、オレ悲しいわ〜…それとも、なんかやましい事でもあったんかいな…?」


ラセツだ…さっきまでクレーム対応をしていたはずのラセツが現れる、がしかし…さっきまでと雰囲気が違う。朗らかな空気が完全に消え…明らかにこちらを威圧するような空気を放ってる。


全員が直感でまずいと把握した瞬間、ラセツは表情の読めない鉄仮面で…こう言う。


「まぁ、やましいわな。だってお前ら…魔女の弟子やもんな」


「なッ……」


「オレの正体にも気がついてんのやろ?…あー!安心してや?…ちゃんとぶっ殺すつもりはあるで」


その身から赤黒い魔力を放ち…ラセツは馬車の出口を塞ぐ。ちょっとこれ…やばいかも。

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