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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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687.魔女の弟子と碩学姫


レーヴァテイン遺跡の中に入り込み魔女様達の忘れ物を確保しに行こうとしていたエリス達。しかし既に知られていた通りレーヴァテイン遺跡はデナリウス商会に完全占領されており観光地化されてしまっていた。


中に入るには遺跡内部の観光ツアーで入るしかない、しかし予約はいっぱいで三日後じゃないと入れない……なぁんて言われていた所に、エリス達を助けるように直ぐに入れるよう取り計らってくれた人物がいた。


それは……。


「いやぁな?オレこう見えてもデナリウス大商会の渉外部門の部門長さんやねん。渉外って分かる?相手さんの所に行って『今後ともおおきに〜』ってな感じでお菓子渡して仲良くする奴やねん、甘いお菓子な?もちろん高いやつよオレが普段食う取るやつよりもずっとな?すげー甘いやつ渡して肩叩いて軽く冗談言えばみんな兄弟みたいなもんやでほんまに、これでデナリウスの仕事とか契約とか殆どオレがとってきてんねんで?ってかさっきからオレばっかり話してるやんかごめんな?いつも言われるねん自分喋りすぎーって、でもオレの思うてる事をしっかり伝えよ思うとやっぱり口数って多くなるもんやんか?やっぱ社会人的にはむぅっすぅ〜って顰めっ面でおるより賑やかでニコニコしてる方が好かれるもんやんか、って鉄仮面つけとるお前が何言うてんねん〜ってな!!なはははははは!でなんの話やっけこれ?」


「は、ははは……」


今ここでベチャベチャ喋くり倒してる鉄仮面の大男だ。エリス達は今三十分後のツアー開始までこの男と共に遺跡の前の露天を巡っている所だ…がこの男、先ほどからノンストップで話し続けているんだ。もうみんな全然話についていけてない……なんの話だっけ?と言われてもこいつしか話してないからなんの話かさえも誰も分からない。


まぁそれだけなら別にいい……ただ親切なだけの変な人と割り切れる、しかしこの男は…。


「えっと、ありがとうございます…ラセツさん」


「ああええねんええねん、やっぱアレやん?折角来てくれたのに三日も待ってや!って言うんは不親切やんか、せやったら特別サービスくらいしてこそやろ。今後ともデナリウスをおおきになぁ〜ってこれが渉外のコツやねんってお客に言うことやあらへんな!なははは!」


そう…この男の名前はラセツ。マレフィカルム五本指の一人『悪鬼』ラセツ、ディランさんやカルウェナンさんをして別格の強さを持つと讃えられたマレフィカルム最強格の使い手。それが唐突にエリス達に話しかけてきてツアーの枠を空けてくれたんだ。


いい人…なのかは分からない。こいつは八大同盟パラベラムの大幹部…本人はデナリウスのお偉いさんと言っているが、それが嘘であることは分かっている。


故にエリスはラグナに近づき…。


「ラグナ、どうしますか…こいつ八大同盟の幹部ですよ」


「だよな、カルウェナンの言ってたラセツって奴だよな。けど今のところ敵意はなさそうだぜ」


「ですよね、エリス達の正体に気がついてないようです」


「今のところは…敵対するのはやめておこう、こいつが何かを企んでいたとしても…今遺跡に入るにはこの男の助けが必須だ」


そう、エリス達があの遺跡に入るにはラセツの助けが必須。彼が言ったからエリス達は三十分後のツアーに参加出来る、なら少なくともその間だけは敵対せず…ラセツを利用したい。


「ん?何話してるん?内緒話なんて意地悪いやんか、オレも混ぜてーや」


「え!?」


しかし、ラセツはエリスとラグナの小声の話に反応しグルリと首を向けて寄ってくるんだ。こいつ鉄仮面をしてるせいで視線がどこに向いてるか分からない…ってか聞かれたか?いや聞かれてなかったとしても今疑われるのはまず──。


「あー、内緒話じゃねぇよ」


すると、そこに割って入ってきたのはアマルトさんだ。


「実はさ、こいつら今婚約したてのラブラブカップルなんだよ。すーぐ隠れてイチャイチャし始めてな?あんまり突かないでやってくれ」


「え!?ホンマに!?いやぁ〜ホンマすんませんわ気が効かんて!まさかアベックやったなんてぇ!!許してホンマ!ほっとくで!うん!続けてや!」


「え、ええ…あはは……」


なんとか誤魔化せた…のか、アマルトさんが機転を効かせてくれたおかげだ。まぁ…ラブラブカップル…と言うのは、嘘ではありませんしね…うん。


でも、誤魔化せたのなら都合がいい。ラグナと目配せしながら頷きあう、もしラセツがエリス達の正体に気がついておらず、尚且つ彼が本当にあの『悪鬼』ラセツだと言うのならもしかしたらパラベラムの内情や目的を探る事ができるかもしれない。


そうと決まれば早速アタックだ。


「あの、ラセツさん」


「なぁに?新婚さん?な〜んつって!」


こいつウザいな……。


「えっと、ラセツさんはデナリウス商会の偉い人なんですよね」


「まぁな、いい給料もろてキッツイ仕事やってますわ」


「じゃあ…デナリウスはなんでこの遺跡を買い取ったんですか?知ってます?」


「ん?ん〜?せやなぁ……まぁ詳しいことは分からへんねやけどな?実はこの遺跡…旧時代のオーパーツちゅうんが眠ってるらしいねん、あ…これ内緒な?」


「オーパーツですか?」


「せやで、おねぇーちゃんが穿いとるヤツとちゃうで?ってそれはオーパンツやないか〜い!ってな!」


「そうですね」


「冷た……」


こいつ超ウザいな……。


ラセツは腕を組みながら周囲を見回し、エリス達に周りを見るよう促す。それに導かれエリス達もまた周りを見る、そこにはやはり出店や多数の観光客が広がっている…。


「ここを買い取ったんはウチの社長サンですわ、当初はそのオーパーツってのを掘り当てて一攫千金〜を狙ってたんやけど、どーにもこーにも都合よくええもんが見つからんでな?ご覧通り今じゃあ観光資源として使うしかないちゅうありさまで」


「つまりまだ何も見つかってないんですか?」


「せやで、これが冒険活劇とかやったら宝を守る番人とか倒した先に金銀財宝が〜って分かりやすいもんやけど、どーやらこの遺跡が出来た時にはそう言うお約束ってのがまだ出来てなかったみたいやな」


これは嘘だ、ラセツは今明確に嘘をついている。何も見つかってないわけじゃない、それはソニアとの戦いを通じて分かっている。


不朽石アダマンタイトの製法、ヘリオステクタイトの存在、それらがソニアの手元にあったと言うことはパラベラムは確実に成果をあげている。ここから分かることは一つ…まぁ分かっちゃいたことだがラセツはエリス達にそう簡単には真実は教えてくれないと言うこと。


「なぁラセツさんよ」


「んぅ?なんや?あんちゃん」


するとそんなラセツさんに声をかけたアマルトさんは…静かに近くに立てかけられた板を指差し。


「ありゃなんだ?見た感じ遺跡の地図に見えるけど」


「ん?ああ…せやで、我らがデナリウス商会が命懸けでマッピングした内容を大公開してんねん、太っ腹やろ」


「遺跡の地図って…かなり広いな」


その板に書き込まれていたのはまさしくアリの巣のように複雑に広がった遺跡の地図だ。遠目で見るとなんかそう言う模様にしか見えないくらい複雑で細かく書かれた地図、しかしそれを苦々しく見つめるラセツは…。


「まぁ広いわ、どえらい広い。ウチの研究チームの考察やと…ここに書かれてる部分でも全体の40%くらいやとさ」


「え?じゃあまだ探索終わってねぇのか?」


「終わっとらん終わっとらん、どうやらこの遺跡は大体四層構造になっとるっぽいんやがどこをどう探しても二層までにしか行けん、どこを探しても三層に行くための入り口が見当たらへん…こりゃどう言うことやとウチの頭良いチームが今必死に考えてるところやねん」


ラセツは地図を指差し説明してくれる。大体上の辺りが第一層、それが漏斗のようにある一点に集約し次の第二層に繋がっている。その形はまるで横幅の大きい砂時計のようだ、しかし第四層まであるはずのなのに二層は全ての道がループしており次の層に繋がる道が無い。


……師匠達は遺跡の奥に忘れ物があると言っていた、つまりおそらく忘れ物があるのは第四層、しかし第四層に行くための道がない…と来たか。


「経年劣化で第三層につながる道が塞がった…とかですか?」


ふと、ナリアさんがそう聞くがラセツは違う違うと手を振る。


「ちゃうねんなぁそれが。第二層の辺りからちょっと石材の材料が変わっとってな?まぁ詳しくは言えんが『絶対に壊れない材質』の壁と天井やねん、それが経年劣化で道を塞いだ…とはちょいと考えられんな」


アダマンタイトだ、第一層はある程度頑丈な石材で出来ているだけ…だが第二層からは絶対に壊れない材質、アダマンタイトで形成されている。アダマンタイトは経年劣化は絶対にしない、なら確かに道が塞がっているとは考えられないな。


と…そんな中アマルトさんが地図をマジマジと見つめて。


「……これ、多分第二層には第三層に繋がる道はないな」


「え?」


「分かるんか?あんちゃん」


「え?ああ…多分これ多層構造に見せかけたセキュリティだよ、実際は第一階層から大きく迂回して第三層や第四層に行く道があるんだ、その手の遺跡ではよくある手法でさ…第二層はブラフでそこを行き止まりだと思わせてその先にある物を秘匿するって言う遺跡がコルスコルピにはいっぱいあって……」


「研究班ッッ!!」


その瞬間ラセツはどこかで待機してた研究班を呼び寄せる、すると痩せぎすの男達…ウルサマヨリの魔術師みたいなインテリ風の男達がドタバタと現れ…。


「ら、ラセツ様!?どうされました!」


「そこにいるあんちゃんが言うとった、第二層はブラフで第一層から第四層へ繋がる道がある可能性、どうや?あり得そうか?」


「……ああ!そうか!偽装階層!コルスコルピで見つかったアラクラウン遺跡で有名なアレか!しまったその可能性を見落としていた!」


「第一層は第二層発見以降殆ど調査していなかった!そうか隠し通路がどこかにあるんだ!」


「道が開けた!これだ!」


と…研究班はパッと明るい顔になりワイワイと話し合い……って!


「アマルトさん!何敵にアドバイスしてんですか!」


「わ、悪い…つい。この手の遺跡が好きで研究してた時期があるもんでよう…」


小声でアマルトさんに文句を言えば、彼は申し訳なさそうにボソボソと謝罪する。しかし…そうか、アマルトさんもコルスコルピ人、歴史を調べること自体は好きだって言ってたしそもそも彼は勉強するのが好きな男だ、その手の知識もあるか…。


「いやぁあんちゃん!あんた凄いなぁ!ウチの研究チームでも気がつかへんことに気がつくなんて!」


「あ〜…いや、素人の意見だからあんまり本気にはしないでくれよ?」


「いやいや素人やあらへんやろ今の意見は!あんたもしかしてコルスコルピ人か?何にせよ助かったで!」


「あはは……」


ジトっと全員でアマルトさんを見る、アマルトさんもやっちまったと冷や汗が流れる頬を拭う。しかしこの感じ的にラセツ達パラベラムは第四層に行きたいのか…いや第四層にある何かを欲しているのか?


「しかし、第四層に行きたいってさ。なんだってそこに行きたいんだ?」


「あん?なんでもええやろ…と言いたいとこやがあんちゃんのお陰で第四層にいけそうやしな、しゃあないから教えたる」


するとラセツはその大きな背中を丸めコソコソとアマルトさんに近づき手元で口を隠し…。


「実はな、この遺跡…太古の昔は魔女様と喧嘩しとったちゅうめちゃくちゃやばい遺跡やねん、でな?各地の伝承から読み解くにこの遺跡の最新部には魔女との喧嘩でさえ使われんかったどえらい発明品が隠されとる言うねん。気にならんか?魔女様さえ恐れた技術の最高傑作…どんなもんか見てみやな男の子に生まれた甲斐がないっちゅうもんやろ?」


「発明品…?」


「おうそうや、無事オレらがその発明品発掘したら…おにーちゃんにもいの一番に見せたるわ!なはははは!」


発明品…超文明ピスケスは確かに魔女様と戦っていた。そしてそのピスケスが魔女様との戦いでさえ使わなかった最高傑作?それはアダマンタイトやヘリオステクタイトよりも…もっと凄まじい物、ってことなのか?


アダマンタイトはこの世の如何なる鉱石よりも硬い、それによって武器を作ればそれだけで強力無比な物になる。ヘリオステクタイトだってそうだ…下手すりゃ一国が吹き飛ぶような代物だった。


それ以上…そんなものがパラベラムの手に渡ったら、大変なことになる。


そう感じると同時に思うのだ、もしかして魔女様達の言ってた忘れ物というは…それのことなのではないか?だからエリス達に回収させようとしているんじゃないか?そしてそれだけ強力ならエリス達の力になるというのも頷ける。


(これは、パラベラムに渡すわけにはいかない…)


パラベラムも師匠達の忘れ物を狙っている。これは…早い者勝ちになってしまうな、思ったよりも猶予はなさそうだ。


「お、そろそろツアーの時間やんか。ほら行くでにぃーちゃんねぇーちゃん、オレが案内したるわ」


「あ、ありがとよ…」


パラベラムが狙っているものの正体を知り戦慄する、同時に目的が決まる。パラベラムよりも先に…その第四層に隠されている物を確保しなければならない。ヘリオステクタイト以上の物が世に出たらソニアの時以上の騒動になりかねない!


…………………………………………………


「では皆さんこちらにどうぞ〜!これよりレーヴァテイン遺跡群内部探索ツアーを始めて参ります〜」


「いぇい!よっ!ガイドのねぇーちゃん!ええガイドぶりや!ってまだ出発もしとらんやないかーい!つってな!なははは!あ!すんません!静かにしてますわ!なはは!」


(めちゃくちゃ喧しい…)


そして、ツアーが始まった。遺跡の入り口にはエリス達魔女の弟子と護衛として同行するラセツ、それとツアーガイドのお姉さんと一般客が数十人。結構な人数だ…本当に人気なツアーなんだなぁ…と察しつつエリスはメグさんとナリアさんにウインクする。


するとメグさんとナリアさんは静かに頷き。


「あの、ラセツさん、ラセツさんってさっきからたくさん冗談言ってますけど…もしかして喜劇好きなんです?」


「実は何を隠そうこの私、結構冗談が好きな質でして…ぜひお話しを聞きたいです」


「お?ホンマか!いや嬉しいわ!オレな!人生には笑いが必須やと思うねん。コメディっちゅうんか?やっぱ人は笑ってこそやろ!なはは!」


ナリアさんとメグさんがラセツの気を惹きつけている間に…エリスとラグナ、そしてアマルトさんの三人で話し合う。ラセツは妙なところで勘がいいからな、出来れば話し合っているところを見られたくない。


「で、どうすんだよラグナ。ここから」


「遺跡の中には入れますけど…ツアーって言ったら入れる区画は限られているはずです、多分第四層までは連れて行ってくれませんね」


「だな、それにラセツって言う面倒な監視役もいる。だから折を見て誰かがツアーから抜け出して第四層の道を探す…って言う感じで行きたい」


「誰が抜け出すよ」


「候補はアマルトとメルクさん、アマルトは遺跡に詳しいみたいだしメルクさんは見識がある…この二つを組み合わせれば多分早急に第四層への道を見つけられるはずだ」


「責任重〜…けどまぁ頑張るよ、だからお前らもラセツに怪しまれんなよ。俺ぁ戦ってねぇけど…強かったんだろ?カルウェナン、アレより強いのがラセツなんだろ?」


「ええ…正直、今もう一回カルウェナンとやって勝てるとは言い切れません、そんな状況でそれより強い男と真っ向切って戦いたくありません、怪しまれないよう頑張ります」


これは時間との勝負だ、アマルトさんとメルクさんが第四層への道を見つけられるまでの間ラセツがエリス達を怪しまないようにする。怪しまれエリス達の動きや狙いに勘づかれたら即刻敵対の可能性もある、ここはパラベラムの手の中でもある、そこで敵方最高戦力を目の前にして逃げ場のない遺跡の中で戦う…ゾッとするよ。


「じゃ、頼むよ。アマルト」


『では〜!ツアーを開始しますのでついてきてください〜!』


「始まります、行きましょう」


そしてツアーのガイドが小さな旗を掲げ遺跡の中に入っていく。それにエリス達も続くように歩き出し…暗い暗い遺跡の中へと足を踏み入れる。


遺跡は見慣れない石材で作られており、内部はこの乾燥した東部にあってやや湿気臭く、それでいてとても涼しい。ゾロゾロと観光客をが歩けばその足音が響き渡るほどに静謐で…はっきり言うと観光どころの騒ぎじゃないくらい暗い。


「暗いですね…」


「そりゃ遺跡だからな…」


なんてぼやいていると、ヌッと暗闇の中から現れた鉄仮面がエリス達の間に割って入り…。


「まぁ安心せえって」


「ぎゃっ!?」


「あれれー!驚かせてもうたか!」


「驚きますよそりゃ!鉄仮面なんですから!」


「なはは!せやったせやった!でもまぁ暗いのも今のうちや…そろそろ来るで」


「来る?」


そうラセツが呟いた瞬間、パッ!と幕が開くように天井から陽光が差し込む…いや陽光じゃない、天井そのものが発光してるんだ。


先程まで真っ暗だった遺跡の内部は天井の光に照らされ一気に明るくなるのだ。まるでマルミドワズ並みの不思議技術だ…これ、どう言う理屈だ、なんなんだこれ。


「な、なんだこれ!?」


「理屈は分からん、けどどうやら遺跡の内部で歩く人間を感知して灯りがつく仕掛けになっとるようや、凄いよな。何千年も前の遺跡やのにこう言う仕掛けが生きてんねんここ」


「これは照明魔力機構…いや魔力を使っていない、どう言う技術ですか…これ」


「さぁな、バラしても分からんかった、なんなら組み立てても直らんかった、オレ達の…ディオスクロア文明の常識が通じへんのがこの遺跡や…それと、気ィつけえや?こう言う仕掛けが生きてるっちゅうことは…当然セキュリティも生きとるってことやからな」


「ッ……」


そう言えば、ラセツは言っていた。調査の過程で何百人も死んだと…ツアーにも護衛をつけなきゃいけないってのはつまりそう言うこと。この遺跡は今も生きている、そして例えマレウスの法律的に遺跡の所有権がデナリウスにあろうとも、デナリウスが主催するツアー客であろうとも、外から入り込む人間は全て…侵入者だと言うこと。


「エリス、似てないか?」


「え?」


ふと、アマルトさんがエリスに肩を寄せ…聞いてくる。


「ヴィスペルティリオの地下にあった対天狼防衛機構…お前なら覚えてんだろ、あれと似てる」


「……確かに」


言われてみれば、その通りだ。ヴィスペルティリオの地下に隠されていたシリウスに対抗するためカノープス様が設計した超巨大魔力機構『対天狼防衛機構』…あれの内装と似ている、あれも外観は遺跡風だったが中は信じられないくらい文明的だった。


それと似ている。それが何を意味するのか…まだ漠然としか分からないが、これを作ったと思われるピスケス人達は、もしかして……。


「ではここらでこの遺跡について分かっていることを皆様にお教えしましょう」


するとガイドさんは旗を天を掲げながら…近くの壁を指差す。すると何も書かれていなかった壁が、淡く発光を始める。これもまたこの遺跡の仕組みか何かなんだろう…なんて思っていると光は何かの文字が象り始める。


がしかし、読めない。文字だと言うことはなんとなく分かるがエリス達の知ってる文字とはあまりにもかけ離れていてよく分からない、直角の線が幾重にも重なるような文字…それを指差したガイドさんは観光客に向けて語り始める。


「まずこのレーヴァテイン遺跡群は魔女の時代が始まるよりも前に、現在のデルセクト国家同盟群があった地点に存在していたとされる古代の超大国『魚宮国』ピスケスという国が作った物と考えられています」


「ピスケス…その国がこの遺跡を」


「ええそうです、こちらの文字は古代ピスケス文字と呼ばれており学者達により解析されています。学者達によるとこちらの壁画には当時の何があったか、この遺跡がなんなのかが断片的に書かれています」


するとガイドさんはそのまま歩き続ける、観光客もエリス達もついていく、それともない壁の文字も何故か一緒に移動を始めエリス達の横をピッタリついてくるんだ…どういう技術だこれ。


「遥か古、ピスケスは圧倒的な軍事能力と技術力により世界で三番手の列強国と呼ばれていました、その繁栄は限りなく、果てしなく、どこまでも続いていきます、その繁栄を作り出した偉人こそが…当時のピスケス国王の娘…碩学姫と呼ばれた一人の天才でした」


バッ!とガイドが手を広げる。同時に壁の文字がぐにゃぐにゃと動き…光は映像となってエリス達の目に飛び込んでくる。


動く絵画のように鮮明で、鮮やかに滑らかに動く映像。そこに映し出されていたのは黄金の摩天楼が群がる超文明都市を前に立つ一人の女性。


シルエットしか映し出されていないが、長い髪を持った彼女は杖を手に民に指示を出し多くの発明品を作らせている。彼女が何かいう都度に街が大きくなり、文明が広がり、栄えていく。


まるで、ピスケスという国の繁栄は彼女が一人で作り出したかのように…映像は彼女を中心に回っていく。


いや事実彼女が作り出したんだろう…それこそが碩学姫。


「『碩学姫』レーヴァテイン・ピスケス・ハビリス・アルフェルグ…これはピスケス語で『ピスケスの賢き王レーヴァテイン』と言う意味らしいです、そう…その姫こそがこの遺跡を作り、ピスケスという国を列強に押し上げた時を超える天才なのです」


レーヴァテイン…かつて師匠達が戦ったと言われる碩学姫。あのソニアでさえ模倣が精一杯だった当時の…いやともすれば史上最高の天才。それがこの遺跡を設計し作ったのか。


「聞けば聞くほどヤベェな、ここさ」


「ですね、ヴィスペルティリオの防衛機構よりも…ある意味じゃずっと恐ろしいです」


エリスとアマルトさんは肩をくっつけ話し合う、レーヴァテイン・ピスケス・ハビリス・アルフェルグ…史上最高の天才。魔術とは全く別系統の分野である科学技術を極限まで高めた彼女の生み出した技術はエリス達にはとても理解出来る範疇を超えている。


それが唯一残ったこの遺跡は…シリウス並みに厄介な代物と言えるかもしれない。


「だよな、これが好きにされたらどうなるかッたぁっァァアアアッッ!?!?」


「あ、アマルトさん!?どうしたんですか急に!」


「痛ッあ!なんか噛まれた!足先噛まれた!」


「え!?」


ふと、足元を見ると何かがコソコソと這いずっている。そいつがアマルトさんの脛を齧ったんだ…一体何がとエリスは暗視で確認すると…それは。


「ちゅう…」


「ネズミです…これ血吸いネズミですよ」


「ち、血吸いネズミ!?」


「多分アマルトさんの血をペロペロ舐めたんですよ」


黒い体毛、まんまるとした体。こいつは間違いなく血吸いネズミだ…生物に齧り付いて生き血をペロペロ舐めて栄養を摂取する厄介者だ。アマルトさんはこいつに齧られたんだ…。


「えぇっ!?ネズミに噛まれたのかよ…デティ、治癒頼めるか?」


「かすり傷以下じゃんこんなの」


「伝染病の可能性もあるだろ!」


「大丈夫ですよ、こいつは正確に言うと砂地吸血鼠。つまり東部のような乾燥地帯にしかいないネズミで殆ど雑菌を持ってないんです。逆に膿や血を抜く医療に使われることもある清潔なネズミなんです」


「ネズミに綺麗もクソもねぇだろうが!」


まぁそうなんだけどね、とエリスとデティはアマルトさんの傷の治癒をする。この血吸いネズミは東部に住んでるタイプの種類だ、だが東部に住んでいるとしても東部の暑さは堪えるだろう。多分暑さから逃れる為に遺跡の中に潜り込み、そこで増殖してたんだろう。


「ああ〜ごめんなあんちゃん。そいつら潰しても潰しても一向に減らんねん…一応殺鼠剤をそこかしこに仕掛けてねんけどなぁ…」


「マジかよ…あーあ、手が汚れちゃったよ」


「後で拭いときなよー」


アマルトさんは手で足の血を拭ってため息を吐く、そんな中エリスはチラリと血吸いネズミに目を向けると、奴は壁の穴に入って消えていってしまう…。かつては世界最高の天才が作り使ったこの遺跡も…今やネズミの巣も同然か。


諸行無常というか、盛者必衰というか、時間の流れを感じますね。


「ここの科学技術は素晴らしい代物です、これを今の時代に持ち込むことが出来れば一体どれほどの恩恵が我々にもたらされることでしょう!」


しかしそんな騒動など知らずガイドさんはやや恍惚としながらクルクルとその場で回りながら技術の紹介をしていた。これ以上騒いで注目を集めるのもあれだ、ここは大人しくツアーに戻ろう。


「ここには彼女の意志が根付いています、長い時を超え今地上に現れたのはつまり…今この時代にこそ碩学姫レーヴァテインの叡智が必要であると、他でもない天才レーヴァテインが考えたからなのでしょう」


それはちょっと都合のいい考え方すぎないか?と思うが…それでも事実、レーヴァテインの発明品の一部が現代に蘇っただけでソニアの一件のような大騒ぎが起こったんだ、彼女の叡智が今の世にあれば…恐らく世界は文字通りひっくり返るだろう。


ある意味、魔女様…いやシリウスに並ぶ影響力を持っていると言える、それが恐ろしいんだけどね。


「あの〜、質問があります」


ふと、観光客の一人が手を挙げる、それを見たガイドは笑顔で頷き。


「はい、なんでしょう」


「研究や探索はどれくらい進んでいるんですか?発見された技術は民間にも行き渡るんでしょうか」


「なるほど、良い質問です。まずこのレーヴァテイン遺跡群の研究と探索ですが…残念ながら殆ど進んでいません。この遺跡は碩学姫レーヴァテインが残した仕掛けが多数施されています、まるで侵入者を幻惑するような作り、そして迎撃するシステム、これにより探索は熾烈を極め…研究に至っては文明の根底から違うため殆ど理解できないものばかりなのです」


「げ、迎撃するシステム…」


ガイドの言葉に観光客がドヨドヨとどよめく。迎撃…なんて物騒なこと言われたら誰でもビビる、だって今もこうしているうちにそのシステムが作動するかもしれないんだから…しかし。


「ですがご安心を、この第一層の迎撃システムは粗方破壊してあります。この階層には危険が残っていないとデナリウス商会が確認したからこそこうしてツアーを行っているのですから」


「じゃあ、そのシステムは作動しないのか?」


「ええ!勿論!一度作動した迎撃システムはもう二度と作動しませんので、しかし一つ下の下層に行くとまだ迎撃システムがかなり残っています、なので皆様が立ち寄っていいのは第一階層まで…となります、ご理解ください」


だからネズミが繁殖してるんじゃないか?と思わないでもないが、まぁエリス達が歩き回れるのは第一階層までだけ…か。ツアーだからね、奥の奥までは行かないだろうとは思っていたよ。


けど…そんな物予測済みだ、よし…そろそろ作戦開始するか。まず動くのはエリスだ、しっかり作戦を遂行しないと。


「わ…わぁーっ!これなんですかー!」


「え、ちょっ!お客様!?」


エリスはその瞬間走り出し壁をベタベタ触る、するとガイドさんは突如奇行を行うエリスに困惑し止めるためエリスの肩を掴むが、悪いね…ちょっと騒ぎを起こしたいんです。


「ラセツさーん!ラセツさーん!これなんですか!」


「これって…壁やろ」


「不思議な壁ですよね!」


「え?うーん……ごめん、なんかうまいこと言おうかと思ったけどなんも浮かばへんかったわ」


「別にこんな時まで冗談で返さなくていいですよ…」


騒ぐエリスに観光客、ガイド、そしてラセツさんの目がエリスに注がれる…その隙を突くように。


「行くぞ…メルク」


「え?あ…ああ」


メルクさんを連れてツアー客の群れから外れる。しかしこのままじゃ見つかる、だからこそ…。


「ん……『幻影十戒』」


ネレイドさんが幻惑魔術を使いメルクさんとアマルトさんの幻惑をそこに生み出す、よし…これでしばらくはバレないはずだ、あとは……え?


「あれ?」


エリスはガイドさんを困らせるために壁をベタベタ触ってたんですよ、本当に何にもないただの壁をですよ。でもこう…エリスが壁に手をついて少し体重をかけた瞬間です。


ガコン…と音がして壁が沈んだんです。まるで…スイッチが起動するように。


「な、なんか壁が沈みました!」


「は!?何してんねんアンタ!」


「すすすすすみません!こ、これもしかして…」


その瞬間、天井の光が赤く染まり、『ヴーヴー』とけたたましい音が鳴り響き、壁が開き…奥から人型の機械がゾロゾロと現れるんだ。これどう考えても侵入者迎撃用のシステムだぁー!!


「すみませんなんか起動させました!」


「はぁ?ガイド!確かこのセキュリティって…」


「は、はい!既に一度作動させた記録があるセキュリティです!そんなバカな…一度発動したセキュリティが再度発動することなんてないのに!」


「つまりこっちも想定外のことかいな…しゃあない!観光客!全員一塊になれ!オレから離れんなや!お前ら死んだらオレが始末書書かなあかんねんからな!」


「い、いや!エリス達も戦います!責任取ります!」


「お?そうか?じゃあまぁ…死なん程度に頼むわ!」


『侵入者発見、侵入者発見、殲滅する』


鉄のブレードを手にした機械の兵士数十体、それから観光客を守るように構えるエリスとラセツ。なんかとんでもないことになってしまったけど…まぁ、ある意味都合がいいことなのかもしれないな。


…………………………………………………


「なんかエリス達の方が騒がしいぞ…何かあったのか!」


「さぁな、エリスが観光客ぶん殴ったんじゃないか?」


「エリスはそんなことしないだろ…多分、いや分からん…そうかも」


俺とメルクはツアーの一団から外れ通路を走る、今俺達に託されたのはパラベラムよりも先に第四層の道を見つけること、奴らもまた第四層で魔女の忘れ物を狙っている可能性が高く確保されると面倒なことになるかもしれないならこれは絶対に失敗出来ない仕事、そして素早さが求められる仕事だ。


とは言え、手がかりはなんもなし…精々頼みの綱はメルクの見識、真実を見抜くと言われる曖昧なオカルトチックな力だけだ。メルクのことは信じてるが見識という奴は信じてもいいのかね。


「しかし、感慨深いな」


「え?何が?」


走りながらふとメルクは遺跡の壁面や天井をキョロキョロ見回す、感慨深いって…こいつそんなにここに来たかったのか?それとも歴史の重厚さを感じる…とかいうタイプでもないだろ。そう思っているとメルクはチラリとこちらを見る。


「アマルト、お前は私の住んでいる宮殿の名前を知っているか?」


「え?あ〜…なんか長ったらしい奴だろ?覚えてねぇ〜…」


「『ピスケス・アウストリヌス・デルセクト・ミールニア・フォーマルハウト大夏離宮殿』…かつてマスターが夏季に使っていた別荘であり私の自宅の名前だ。今は単純にメルクリウス宮殿という名前だが…」


「ピスケスか…」


そうだ思い出した、確かこれは関わった物全てをそのままくっつけた名前なんだ。アウストリヌスは宮殿設計の責任者の名前、デルセクトだのミールニアだのは今更いう必要はないが、取りも直さず問題は頭のピスケス…というワード。


「マスターはな、ピスケスという国に惚れ込んでいた。技術大国であり敵対した国であるピスケスを訪れたマスターはその魔力を使わず技術によって万人が繁栄を享受する街並みに理想を見た、だからこそデルセクトは今技術大国と呼ばれる形になっている」


「さっきもガイドが言ってたが、昔ピスケスがあった場所にデルセクトがあるんだったな。じゃあフォーマルハウト様的にも結構因縁のある国なのか」


「ああ、とは言えあまりピスケスの話は聞かされていないが…この遺跡はマスターが見た理想の一部と思うと、なんだかな」


「いいじゃん、歴史の浪漫ってんだぜ?それ」


メルクリウスの話を聞いていると本格的にここが八千年前の建造物だということが実感として湧いてくる。魔力を使わない技術によって現行文明を遥かに上回る太古の超文明の遺跡か…さて。


「で、第四層に繋がる道はどこなんだ?」


「……分からん」


「え?」


ふと、メルクを当てにしてみるがメルクは眉を顰めている。分かんないって…どういうこと?


「お前あれやりゃあいいじゃん、エリスみたいにさ…『識確ピキーン』!ってさ」


指でメガネを作りながら膝を曲げてポーズを取るがメルクは首を振り…。


「さっきから見識の力を引き出して物を見ようとしているが…まるで手応えがない、私の力が足りないというより…まるで見識そのものを阻害するような何かを感じる」


「え?…ってことは」


「もしかしたらここは…識確の力を阻害する何かがあるのかもしれん」


「嘘だろ…有り得んのそんなの」


俺たちにとって識確とは抗えない絶対の力だった。なんでも見抜くし使えば答えだけでも手に入る反則技、しかし…この空間ではそれが上手く機能しないというのだ。俺達にはその感覚が理解出来ないが、この分じゃメルクじゃなくてエリスでも同じだろうな。


そんなの有り得んのかと思ったが…やはりここは。


「もしかしたらここ、遺跡っていうか…やっぱ防衛拠点だよな」


「何?防衛拠点?分かるのか?」


「いや、ほらヴィスペルティリオの地下にあった対天狼防衛機構に似てるだろ?もしかしたら当時の防衛拠点はこういう風な作りをするのがマストだったとすれば似てるのにも頷ける。ってことはレーヴァテインは大いなる厄災の時シリウス達と戦ってたんじゃないか?」


「……マスター達もレーヴァテイン姫とは最後には和解したと言っていたな」


「そう、でシリウスの隣には誰がいたか…エリスやダアト以上の識確使いのナヴァグラハがいた。ナヴァグラハ相手にどんな砦を作ってもアイツがいたら全部丸裸も同然だ…だからレーヴァテインは対識確用の何かを開発していた…とか」


「……考えられん、一体どうやればそんなものが出来るんだ」


だがセキュリティがある点ややたらと複雑な構造をしていたり第二層というダミーの階層を作っていたり、まるで何かから身を守るような作りをしてる点からここは間違いなく防衛拠点だったことが推察される。


で、戦う相手はあのシリウスとナヴァグラハだ、常識で推し量れる範疇の作りをしていたら…まぁまず間違いなく陥落させられる。それに真っ向から知恵と才覚で挑んだのが碩学姫レーヴァテイン。


(とんでもない時代だ…怪物が何人も寄ってたかって世界を巻き込んだ殺し合いをしていた時代、それが大いなる厄災か)


シリウスとナヴァグラハ、ウルキに羅睺十悪星。


八人の魔女と碩学姫、そして英雄アルデバラン。もしかしたら俺達の知らない達人達もまだまだいたかもしれない。


それが真っ向から衝突し殺し合った最悪の時代、今この世界で強者と言われる者達でも雑魚扱いすらされない究極の強さだけが求められた時代に於いて頂点を張った者達の残り香漂うこの遺跡で…俺とメルクは八千年前に起こった戦いの凄まじさに圧倒される。


そして、その偉人達全員が死んだ中…生き残ったのが、勝ち残ったのが、俺達の師匠なんだ。


「なんか、改めて魔女の弟子って凄まじい大役なんだなぁ」


「今更何を言っているんだ、それより第四層の道を探すぞ」


「つっても識確が通じねぇんじゃやりようがないぜ、一旦退却して別の方法探そうぜ…」


そう言って俺は壁に手を当てもたれかかり大きくため息を吐く、こりゃ無理する意味もあんまりないな、取り敢えず今回の探索を諦める。はぁ〜…どうすっかなぁー…。


「ッ…………」


「ん?」


ふと、メルクの方を見ると…なんかメルクがすごい目で俺のことを見てる。おいおいそんな目で見るなよ、別に俺も諦めたわけじゃないよ…ただ今は無理だしリスクを取るべきじゃないじゃねぇーの?って言っているだけで。


「アマルト、お前何をしたんだ」


「え?何もしてないけど」


「いや…お前体が光ってるぞ」


「え?」


ふと、体を見てみると…本当だ…光ってる!?俺の体光ってる!?なんか光ってる!?何これ!?


「うぉっ!?マジで光ってる!?何これ!奇病…!?」


「いや聞いたことないがそんな病気…!何か体に異常は!」


「いや…指摘されるまで何にも気が付かなかったし…こんなこと一度も…」


というかよく見ると光っているのは俺の体ではなく俺の胸だというより心臓が光ってるのか?何これ…八千年前のウイルスとかが生き残ってて感染したとか?いやそれならツアー客にも何か異常が出てるべきだし…。


いや、胸だけじゃない…光ってるのは。


「手?…いや、血か?」


さっきネズミに噛まれて、出血して…それを拭いた手も光ってる。血のついた手で壁を触ったら…なんか動いたぞ。まさかなんかの機械が壊れ──。


『認証』


「うぉっ!?なんじゃ!?」


「どこからか…声が」


天井から何やら声が響き、壁からニュッと出てきたレンズが俺の体を映し…。キラリと緑色の光が俺を照らしあちこちを調べ上げるようにチカチカと光る。


「眩しッ…!」


『認証開始、魔力波長、血液情報照合、該当者アンタレス・エンノイア』


「え?アンタレス?」


レンズは粗方俺を調べると…なんかお師匠の名前を喋るんだ、なんの話をしてるんだ…っていうか何が起こって───。


『人物パターン・ブルー。味方陣営であると確認、本部へ移動します』


「え?いやちょっと待ってってお前さっきから何言って───」


『転移開始』


「転移開始!?」


ギョッとしているうちに俺の体は青い光に照らされ…まるで旋毛から何かに引っ張られるような感覚を味わう、もはやどうすることも出来ず俺は青い顔をして手を伸ばすメルクに手を伸ばそうとしたが…間に合わず。


俺の体は何かに吸い上げられるように…光に満たされ。


そして……。


「いや説明しろよ!」










…………と大声で訴えたが、その時には既に俺は見知らぬ暗闇の中に一人立たされていた。メルクの姿もない、さっきまでいた場所とはまるで違う暗闇…まずい、マジで転移させられたかもしれない。


つーか転移って…魔術?感じは違ったが今のはどう考えてもカノープス様の技術だろ、一体何が起こってんだ……。


「つーかここ、何処だよ…灯りは?」


手探りで暗闇の中を歩く、メルクとも完全に逸れた、現在地もさっぱり分からない。ただでさえ急いでるのに訳のわからない場所に飛ばされたか…面倒くせ〜。しかし何が起こったんだ?本部に移動?本部って何処だ、なんの本部だ。


だが…分かることは一つある。あの機会は俺をアンタレス師匠と間違えていた。それは恐らく…俺の体内にアンタレス師匠の血液が残っていたからだ。俺は昔アンタレス師匠の血を飲んで武器として扱っていた時代があった。


恐らく、その名残のようなものが心臓に残っていた。だからあの機会は血液情報照合とやらで俺をアンタレス師匠と間違えた。いやよかったぜ…これで俺がシリウスって認識されてた可能性もあるんだから。シリウスの血も飲んでたし…敵認定されてたらその瞬間殺されてたかも。


「つーか出口何処だよ!せめて!灯り!」


そう俺が暗闇の中で叫ぶと…まるでその言葉に反応したように天井が淡い青色に光だし…空間の全容が明らかになる。


「うぉ…なんじゃこりゃ…」


そこにあったのは…大量に何かのボタンがついた板がずらりと並ぶ壁、中央の机にも水晶の玉やボタンがたくさんついている。これはやはりヴィスペルティリオの地下と同じ…いやそれ以上の機械が大量にあるんだ。


本部…ってもしかして対シリウス対策本部的な奴か?そう思い俺は手近なボタンを一つ…コチリと押すと。


『情報コンソール起動、システムオールグリーン』


「おぉっ!?な…なに…?」


『前回起動より《overflow》時間経過、原初の魔女シリウスの座標反応計測…error、計測範囲内に存在せず、引き続きproject:セイリオスブレイカーを続行』


「なんの話してんだ…」


ボンボンと誰もいない空間に声が響く、いや響いているのは頭の中だ。しかも不気味なことに言葉は分からないのに言っている意味は分かるんだ。まるで違う言語で語り掛けられているのに何かが同時に通訳してくれているみたいな感じで頭の中に文字が浮かんでくる。


が相変わらず何の話をされているかは分からない…でもシリウスって言ってたな、じゃあやっぱりここはシリウスと敵対する施設ってことだよな。


(ラセツはここを見つけていたのか?いや口振り的にここは見つけていなさそうだ…ってことはここが第四層?なるほど、魔女の血液情報がないと入れない空間が第四層ってことか…)


そりゃラセツ達がいくら探しても見つけられない訳だ。そう思いながらこのボタンだらけの部屋を出て…さらに奥へ向かう、するとまるで光は俺を追いかけるように部屋を照らし、奥の部屋も光で包む。


「ここはなんの部屋だ?」


そこには…何やら巨大な空間があった。俺が今いるのは巨大な円形の床、その外縁には奈落に続くような溝があり、ボーンと広がるような筒状の壁には大量の管が通っている。


なんなんだ?と口にすると。


『システム説明』


「うぉっびっくりした!急に話しかけんな!」


『ここは当防衛城砦の飛翔機構です』


「飛翔機構…飛ぶの!?この遺跡!?」


『《overflow》時間前にアンタレス・エンノイアが口にした言葉と同一のものと確認』


「師匠もおんなじこと言ってたんか、ってか喧しいわ…」


ってことは師匠もここに来たことがあるんだな、当たり前か。忘れ物するにゃ一度来ないとダメだもんな…。


『説明続行、しかし今現在飛翔機構エンジン部は原初の魔女シリウスの攻撃を受け破損、修理機構諸共大破している為再浮上は不可能』


「シリウスのせいで壊れてんのか…そのエンジン部ってのは」


『エンジン部の破損は甚大であり、現在ピストン区画が大幅に損壊し立ち入りが可能な状態になっています、不意に起動する可能性があり起動時に内部にいるとピストンの運動に巻き込まれ死亡するリスクが非常に高いです。なので立ち入らないようお願いします』


「分かったよ、ならエンジンのピストン区画ってのが何処か教えてくれ」


『ここです』


「はよ言えや!!」


俺は慌てて管やら何やらで覆われた部屋の奥へ向かう。なるほどあの部屋はこの遺跡の動力源だったってことか。で元々はこの遺跡は空を飛んでたが…シリウスの攻撃で不時着。以降ここに埋まってたと。


しかし恐ろしい話だろ、いやエンジンの中にいた話が恐ろしいんじゃなくて…この遺跡はアダマンタイトで出来てんだろ?それをお前…外部から攻撃して中までぶっ壊すとか、シリウスは一体どんな攻撃をしたんだ。


「ったく…で次はなんの部屋だ?」


そして次についたのは…薄暗い部屋だ、他の部屋に比べてかなり狭いな、と言っても普通に一軒家くらいの広々空間ではあるんだが…ん?


「おーい、システムさーん?」


さっきまでやたらと話しかけてきた声が止んだ…つーか光も追いかけてこなくなった。なんだ?この部屋は範囲外なのか?


「なんだそれ、戻ったほうがいいのか…?うん?」


ふと、部屋の奥を見てみると…何やら音が聞こえる。ゴウンゴウンと音を立てて巨大な管が光を送り込み、さらに奥にある箱…いや棺か?立てかけられて光を放つ棺に光を送り込んでいるんだ。


「なんだあれ…」


まるで俺は、その光に導かれるように棺に向けて歩き出す。言うまでもないかもしれないが…明らかに普通じゃない、今も動き続ける八千年前の機械…もしかしてこれが、師匠達の言ってたやつか?


「この箱…開くのか?」


コンコンと叩けば中は空洞であることが分かる。……ん?待てよ。


「確か、エリス達がいつだか言ってたな…」


あれはジャック達と海を冒険してる時のことだ。グリーンアイランドでエリス達はピスケスの遺跡を見つけた、そこでエリス達は不思議な棺を見つけたんだ。


それを開けると…中から老人が出てきた、そいつは意味不明な言語を喋り、その瞬間体が朽ちて…死んだ。


ピスケスの遺跡…棺…もしかして、これ…。


「開けない方がいいやつか…!?」


中に誰か入ってるなら、それを開けた瞬間死んでしまうなら、開けないほうがいい…そう感じたその時だった。


『×××××××××××』


「え!?」


何か声がする、さっきのシステムの声と同じ声…けど今回は分からない、翻訳がされていない。けど分かる、これはこの棺の機械から鳴っている事が…つまり。


「あ、開くのか!?」


ブシュッ!!と音を立てて棺の隙間から蒸気が出る。まずい…開くと直感が告げる、開いたら中の人間が死ぬ…かもしれない、分からない事だらけで曖昧な状況。だがそれでも今俺の頭の中には中に入っている人間の死という最悪の未来が見えていた。


「ちょっ!やめろ!開くな!」


必死に棺の扉を手で押さえる俺の力を跳ね除けるくらいの力で棺は徐々に開いていく、押さえきれない…そう感じた瞬間…、棺の扉はまるでバネでも仕込んでいたように一気に開き、俺の手を跳ね除け俺を吹き飛ばし何も出来なかったアマルトさんは情けなく地面を転がる訳ですよ。


「いって〜…あ!棺!」


地面を転がり頭を強打、ジンジンと頭のてっぺんが痛む…だがそんな事どうでも良くなるくらい、俺は焦る。棺が開けば中から人が出てくる、それが誰で何者かは全く分からない…だが出てきてすぐに死んだという話を聞いた以上開かせるわけにはいかない。


いかないのだが…残念なことに既に棺は開いていた。そして…水蒸気にも似た不思議な煙が溢れ、光に満たされた棺の中から、影が現れる。


「ッ……」


一歩、煙を引き裂いて…中から現れたそのシルエットは。


先程、遺跡の壁画に映った映像…あれに出てきた女のシルエットと同じだ。長い髪に…着込んだドレス、そして手には杖…あの姿はまさしく…。


映像に出てきた…碩学姫レーヴァテインと同じ…!


「ッ…あんた、まさか……」


「…………」


煙が晴れる、その奥から現れたのは…女だ。黒い髪に青白い瞳、美しいとさえ思える程に整った目鼻立ち、怜悧な印象を煮詰めて形にしたような…所謂ところの美少女がそこには立っていた。


女は…チラリと目だけを動かし、こちらを見ると…。


「××××××××××」


「え?」


喋った…なんか言ってる、何言ってるか全然わからねぇ…これあれか?ピスケス語か?


「わ、悪い…俺ピスケス語未履修なんだわ…出来りゃ分かる言葉で話してもらえるか…」


「……?×××…ディオスクロア……?」


女は首を傾げながら俺を見ていうんだ…ディオスクロアと、俺と言葉を聞いてディオスクロアと言ったんだ。まるで今この世界で使われている言葉の正体を知ったかのような…そんな反応を示した後、女は首元に手を当て…。


「《自動翻訳モード起動、対象・ディオスクロア語》」


「え?」


「……こほん、改めて聞き直します」


「えぇっ!?」


首元に手を当て、何かをしたと思いきや唐突に女は流暢に言葉を話し始めた。さっきまでわけわからん言語しか喋ってなかったのに…いや、これまさか…さっきのシステムと同じ……。


そう思っている間に女は徐にこちらに近づき…。


「混乱しているところ悪いですけど聞かせて欲しい、キミは…アナグマか」


「は?」


ビッ!と指を差し…女は鋭い眼光で訳がわからんことを言い出す。俺は自分を人間だと自認してるわけだが…こいつ病気か?目か頭の。


「人間のつもりだが」


「要約しすぎたかな。或いは混乱しているか」


「い、いや悪い。あんたの仰る通り俺めちゃくちゃ混乱してんだわ…せめて、名前くらい教えてくれないか?」


「む、これは失礼…」


すると女は…胸に手を当て、静かに一礼すると…こう言ったんだ。予想はしてた、なんていうかなんとなく分かってた…けど。


「我が名はレーヴァテイン、祖国にて碩学姫と呼ばれたレーヴァテイン・ピスケス・ハビリス・アルフェルグ。祖国の崩壊を前に…惨めに生き残った亡国の姫にして王だ。君との出会いを喜ばしく思う」


「……やっぱりか…!」


その者の名はレーヴァテイン…即ちこの遺跡の持ち主であり、これだけのスゲー機械を作った張本人であり…魔女と同じ時代を生きた、八千年前の人間。それが今目の前にいるんだ。


あまりの事態に眩暈がする、情報の濁流に飲まれてフラリと軸がブレる。いやいや…マジかよ、なんでレーヴァテインがまだ生きてるんだよ、マジで本物のレーヴァテインなのか?…っ!ていうか!


「あんた!体は大丈夫か!」


「大丈夫…って?」


「塵になって消えるって話だったけどあんたは…!」


そう言えばチリになって消えるって話はどうなったんだ?こいつ一向に消える気配ないけど、死なないの?死なないなら俺さっきまでなんのために頑張ってたの?そう伺うがレーヴァテインは…。


「ああ、それは…つ…まり…」


「つまり?」


「こ……れ…………」


「これ?これって何?おいあんたもうちょう流暢に……ん?おい」


何かを言おうとしたレーヴァテインはその場でピタリと停止し動かなくなる。…やっぱり死んだか?と思ったが死んだ感じではない、塵になる気配もない。


だが…動かない、まるで時が止まったようにピクリともしないレーヴァテインを前に俺は手を振ったり肩を叩いたり親指の爪の付け根をグッと押してみたりするが反応がない。


………あー!もう!なんなんだこれ!


「どうなってんだよ!急に変なところに飛ばされて!わけわからん話聞かされて!目の前にレーヴァテインまで現れて!挙句急に停止とか!わけわからなさすぎて狂うぅうううう!!」


頭を掻きむしり思考停止する、せめて誰かきちんと一から説明してくれや!何がどうなってるか教えてくれや!つーか…どうするんだこれ、俺どうやって帰るんだ?つーかこの女どうするんだ?


放っておいてもいいけど……ん?


「あれ?なんだこれ…歯車?」


ふと、レーヴァテインの肌がおかしいことに気がつく。これ…よく出来てるけど人の肌じゃない、陶器に近い材質だ…それに…こいつの皮膚の隙間から、歯車が見える。もしかしてこいつ…人間じゃなくて……。


「サイボーグ…?」


ソニアが作った機械仕掛けの人間…あれと同じ?だとしたら…直せるか?直せるんだとしたら、…はぁ…やっぱ置いてくのはなしか。


「しゃあねぇ、いろいろ聞きたいこともあるし…師匠達の言ってた忘れ物って多分、こいつだろ…置いてくわけにはいかねぇな。仕方なし…持って帰るか!」


ともかく、今はこの遺跡から脱出する。レーヴァテインを連れて帰って話を聞けば色々分かるはずだ、そう思い動かなくなったレーヴァテインを背負い、歩き出す。さて!出口どっちだ?どうやって帰ればいい?全く分からないが動き出さなきゃ始まらないもんな…。


「ん?なんだあれ」


ふと、横を見れば…壁際に何かが設置されているのが見える。最初は誰かが立ってるのかと思ったが、違う。女の形をした黒い鎧だ…。


「……………」


やたらとトゲトゲしたデザインのそれを見てると…なんか、ただならぬ何かを感じる。俺の直感が告げている…あの鎧には触れないほうがいい。つーか出口とは関係ないし…今は無視無視。


「さーて…行くかな、さっきのシステムに質問したら出口とか教えてくれるのかな」


そうして俺は歩き出す、背中に…太古の碩学姫を背負って。これからどうなるかは分からない、けど一つ言える事があるとするなら…なんかまた、厄介ごとを抱えた気がすることだけだ。

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