686.魔女の弟子と絶えぬ歴史は運河の如く
特別領事街ヤマトでエリス達は特大級の情報を得た。それはこの国に来てからずっと探し求めたマレフィカルム本部に至る道。
ヤゴロウさんからその話を聞いた瞬間エリス達は馬車に乗り込みヤマトを離れながら、情報を精査し取りまとめた。
「情報は集まったか?」
「はい、マレウスの地図やら何やら全部読んで確認しましたよ」
「帝国の蔵書の方まで確認して参りました」
「マレウスの歴史も含めてな、しかし驚きだぜ…こんなところにマレウスの闇に通じる道があるなんてさ」
カラカラと動く馬車の中、ラグナの号令に従いエリス達はこの数日間集めていた情報をまとめ合う。それはマレフィカルム本部へ通じる道があるとされる街の情報だ。
「ネレイドさん、御者は一旦いい。馬車の中に戻ってきてくれ」
「ん…」
「じゃあ!集めた情報を頼む」
そしてラグナは馬車を止めネレイドさんを馬車に戻し、みんなの調査の結果を聞く。
まず、ヤゴロウさん曰く北部の街タロスという街の最奥にある大聖堂、その中にある巨像の下に暗黒界クトニオスに通じる道がある、その暗黒界クトニオスの先に…マレフィカルムの本部があるらしい。
「まずタロスって街についてですが、ありました」
タロス…この街は確かにあった。北西沿岸沿いの街…聖霊の街タロス、古くより祖霊崇拝を行う街であり蛇の街シュランゲや古都ウルサマヨリのようにマレウス建国前からある街として有名だ。
そしてヤゴロウさんが言っていた大聖堂というのは恐らくシームルグ大聖堂の事だ、祖霊を信仰するタロスにおいて霊安室であり信仰の対象であり巨大な墓であり聖堂。死を祀る祠であるその聖堂の奥にある巨像…これは人類最初の死者ゾーエの像だろう。
ということを伝えるとラグナは首を傾げ。
「ん?ゾーエー?」
「あ?どうしたラグナ」
「いや、ゾーエーって…マジでゾーエーの像って名前なのか?」
アマルトさんが眉をひそめる、だがラグナの気持ちも分かる。エリスも最初に聞いた時は驚いた…だって。
「いや、だってゾーエーって言ったらアルクトゥルス・ゾーエー…師範の姓と同じ名前だぜ」
「あ、そういやアルクトゥルス様の苗字ってゾーエーだったな…魔女様の姓とかあんまり聞かないから忘れがちになるよな」
そう、アルクトゥルス様の姓と同じだ。確かに魔女様は姓を公表してない、多分公表するとレグルス・アレーティア…つまりシリウス・アレーティアと同じ姓を持つということから色々裏の歴史に詳しい人間にバレてしまう可能性があるから、魔女様達は姓を公表してないんだ。
しかし…この聖堂にはアルクトゥルス様の姓と同じ名前が刻まれている。けど…。
「でも歴史を調べた感じアルクトゥルス様とは特に関係がなさそうですね」
「あ、そうなの?」
「この祖霊崇拝に於ける最高神…人類最初の死者と呼ばれるゾーエという人物の遺体から生えた全ての実をつける聖木の像らしいです。それにゾーエーじゃなくてゾーエです」
「じゃあ師範は関係ないか…あの人死んでないし、人類最初の死者でもないしな」
「はい、恐らく奇妙な偶然かと」
「まぁそれも分からんけどな、歴史調べた感じこの街の祖霊崇拝の原型は生命崇拝教っていう宗教で、その宗教自体はかなり昔からあったと言われてる。それこそ八千年前からあったなんて文献も散見するくらいには歴史ある宗教だからゾーエの名前自体は前魔女時代から…或いはそれよりも前からあった可能性がある」
メモ帳を開いてつらつらと説明するアマルトさんを見て、みんな彼に注目する…その視線に気がついたアマルトさんはムッとして。
「なんだよ」
「いや、アマルトって歴史嫌いかと思ってたけど、やっぱり好きなんだな。そんなところまで調べてくれるなんて」
「はぁ!?なんで俺が歴史嫌いだと思ってんだよ」
「いや、伝統とか仕来りとかくだらね〜!全部ぶっ壊す!ってやってたし」
「それは今でも思ってるよ、けどそれは伝統だなんだを一個人に背負わせんなって話であって古くから残る伝統行事とかは好きだぜ、でなけりゃ学園だけじゃなくてコルスコルピの豊穣祭の事も嫌ってるだろ」
「確かに」
「一応これでも歴史大好きコルスコルピ人なもんでね、歴史関係を調べるのは好きなのよ。ってか話脱線させんな」
「ああそうだった、でそのゾーエ像って奴の下にあるってことか?しかし像の下ってどうやって行くんだ?入り口がぽっかり開いてるのは思えないけど、壊すのかな?」
「出入りする都度像をぶっ壊すのは効率が悪いですね」
一応唯一の出入り口だし、壊して出入りするのは流石に…と思っているとネレイドさんが指を立てて。
「アレじゃない…魔女の懺悔室と同じ仕組み」
「懺悔室?ああ!アレか!」
魔女の懺悔室、そこに行くにはテシュタル神聖堂の最奥にあるテシュタル神像の裏側に特定の記号を描くことで入り口が開く仕組みになっていた。つまりアレと同じで何かしらの行動を行うと開くってことか。
「つまり更に一つ…パスワード的なのが必要かもしれないってことか」
「そのパスワードってなんだろう」
「知らん、ヤゴロウに聞きに行くか?」
「もう教えてくれないでしょう…次会った時は勝負って言いましたし、また顔を見せに行ったら次は斬り殺されそうです」
「だよなぁ、まぁこれは保留だな、ともかく今の目的地は取り敢えずタロスの街でいいか?」
そうラグナが提案するとみんなは次々に頷く、まずは北部の街タロスに行こうって流れになる…が。
「いや、その前に寄るところがありますよ」
「へ?」
エリスだけが首を横に振るう、それにみんなが目を丸くして…。
「い、いや…もうこの流れだしタロス行こうよエリスちゃん」
「そうでございます、多少の用件なら後回しでも…」
「出鼻くじくなよエリスぅ」
「ちょ、ちょっとちょっと!みんな忘れてるんですか!?」
「何が?ガンダーマンに報告?それなら後で良くない?」
「ガンダーマンじゃありません!」
ガンダーマンに報告はいるだろうがそれはまぁ後でもいいだろう、タロスに到着してから協会経由で手紙を出せばいいだけですし、だがそれ以上にやるべきことがある。
「魔女様からの頼まれごとですよ!」
「頼まれごと……?」
ラグナはチラリとみんなを見る、みんな覚えてるか?と聞くように首を傾げるが、みんなは覚えてないと首を振る。そんな…もう、忘れてるんですね。
「レーヴァテイン遺跡群ですよ!魔女様が東部の最果てにある遺跡の近くを通りかかった時でいいから中を見てきてくれって言ってたでしょ?」
「言ってたっけ」
「言ってました!レーヴァテイン遺跡群の奥に忘れ物がある、もし見つけられたらきっとエリス達の力になってくれるって!」
「あー…言ってたっけ」
「言ってました〜!!」
ズンガズンガと地団駄を踏む、アレはジャックと別れてケイトさんと合流する間のことです、バシレウスが天番島を破壊したという報告と共に最後にチロっと言われた話です。今までは全くこの近くを通りかかることがなかったので立ち寄る気配もありませんでしたが今は違います。
「このまま真っ直ぐ北部に向かえばその道中にあります、レーヴァテイン遺跡群!」
「え?あ、本当だ」
「魔女様から頼まれたことですしこの奥に行きましょう!」
「まぁエリスが言うならマジで言われてたんだろうな…じゃあ仕方ない、進路変更!タロスの前にレーヴァテイン遺跡群だ!」
このまま真っ直ぐ進めば丁度レーヴァテイン遺跡群があるんだ。そこに行けば少なくとも魔女様からの頼まれごとはクリアできる、一応やらなくてもいいサブクエストだがそれでも近く立ち寄ったのにスルーしましたはまずいでしょ。だから行きましょうと伝えればみんなはエリスが言うならと頷いてくれる。
「レーヴァテイン遺跡群か…そういやデナリウス商会が占拠してるんだったな」
ふと、アマルトさんが呟く、それにメルクさんが反応して…。
「デナリウス商会は…アルカンシエルのように裏に八大同盟のパラベラムがいるんだったな」
「パラベラム…裏社会においてジズと同格が、それ以上の影響力を持つ死の商人でございます」
パラベラム…メグさんが持ってきた情報によると今現在裏社会の頂点に君臨する大組織だ、銃から剣、槍に弓、そしてそれを扱う傭兵に至るまで全てを金と引き換えに用意する死の商人。時として小国同士を争わせ自らビジネスチャンスを作り出す事もあると言われるヤバい組織だ。
何よりやばいのはこの組織は他の八大同盟すら逆らえないと言う点。他の組織達もパラベラムから武器を買っているからパラベラムには大きく出られないんだ。
「パラベラムかぁ…そーいや俺、こいつらと話したかも」
「え?」
ふとラグナがそんな事を言うんだ、いやなんでそんな重要な話を今まで黙ってたの?
「マジですかラグナ」
「いや今にして思えばってだけなんだけどさ。昔…それこそアド・アストラが出来るよりも前に『戦争するならウチの武器買いませんか?』つってデルセクト製の銃を千丁持ってきた商人がいたんだよ」
「千丁だと…当時はまだそこまで銃を対外的に輸出していなかったはずだが、それで千丁とは…」
「けどアルクカース人は銃とか好きじゃないからって言ったら名乗らずにどっか行ったんだよな。武器商人なんてどこもあんなもんかと思ったけど…今にして考えてみれば異常だった。多分アレはパラベラムだろうな」
「魔女大国相手にも商売すんのかよ…」
例え魔女の国であれ戦争するなら商売をする…か。因みにデティは青い顔をして口を塞いでいる、多分彼女は似たような商人から武器を買ったことがあったんだろう。まぁ咎めまい。
「もし赴けば戦闘になるかもな」
「まぁそれならそれでいいんじゃないか?」
「ラグナ、油断はいけませんよ。八大同盟は大戦力なんです、今まで勝てたのは上手くいってるだけなんですから」
「ま、まぁそうなんだけどな…じゃあ、よし。もし見かけてもなるべく戦闘は避ける方向で」
(ラグナの奴、完全にエリスに尻に敷かれるな)
(これは…未来のアルクカースの影の支配者はエリスになるかもな)
ともかく、次の目的地はレーヴァテイン遺跡群だ。魔女様の忘れ物が何かはわからないが…でも取り敢えず見に行くだけ見に行こう、デナリウス…そしてパラベラム。こいつらがどう出るかは…まぁ見てみないと分からないしね。
「……ん、見て…あれ」
「お?どうした?ネレイド」
ふと、ネレイドさんが馬車の外を指差すんだ。いや大事な話してるんだし外なんか見てないで真面目に話に参加して…とは言わないよ、外を警戒してくれてたわけだしね。
今エリス達は東部の中でも北部よりの地点にいる。ということもあり荒涼度合いも薄くなり…結構緑が見えるよう場所にいる、チラホラ生える芝にちょこちょこ見える森。そんな景色の一点を指差したネレイドさん。彼女が指差したのはエリス達の馬車が通る事になる道のど真ん中…そこには。
「何あれ?犬…?」
四足歩行の生き物が歩いているんだ、シルエット的に犬だが…毛色が不思議だ、白色だよ。しかも犬にしては大きいような…。
と考えていると、その生き物はこちらを見て、金色の眼光をこちらに向け…って!
「ゲェッ!あれ犬じゃない!」
「狼だ!!」
狼だ、狼だよ…狼が金色の瞳でこちらを見ているんだ。とは言え襲ってくる気配はなくエリス達に視線を向けただけで直ぐに道を横切って消えていく…。
今更肉食動物程度恐れることはない、だが…エリス達が揃って感じた感想は。
「え、縁起悪ぅ…」
「不吉だ…」
「狼が道を横切りましたよ…」
「む、むぅ……」
「なんか、よくない事が起こるかもね…」
狼とは…即ち『不吉』『不運』『失敗』の象徴だ、何かをやろうとしている時に狼を見かけたら失敗の予兆と言われるし、旅路で狼を見かけたら引き返せとも言われるし…ともかく見かけたら嫌な事が起こると言われる最悪の象徴なんだ…。
それが今、道を横切った…か。
「と、とりあえずこの道は良くないかもしれないので迂回していきましょう」
「そ、そうだな。遠回りになるが狼はやばいよな」
多国籍軍団であるエリス達、文化的な違いはそれぞれあるけれどみんな一律して『狼は不吉だから避けよう』と言う結論に至る。それくらい狼は良くない物として知られているんだろう…エリスだって狼がよくない物ってのは各地で聞いてるからね、魔女大国のみならず非魔女国家でも。
「狼か、嫌なもん見ちまった…アルクカースでも狼を見かけたって理由で戦争を中断したって例もあるし、よくない事の前兆って言われてんだよな」
ラグナがポツリとみんなにそう伝えると、みんなも口々に自国の狼の扱いを口にする。
「それはデルセクトでも同じだ、どれだけ成功し順風満帆な商人でも森で狼の顔を見ただけで途端に事業が失敗…瞬く間に倒産し奴隷になった、なんて伝説もある」
「アジメクでもそうだよ、狼退散魔術なんてのも作られてるし…何より魔術名に狼を思わせる物をつける人は忌避される傾向にあるよ」
「エトワール悲劇でも主人公が悲劇に見舞われる前兆に狼を演出として使う場合もあります」
「どこも同じだね…テシュタル教典でもそうだよ。人を惑わす悪魔は狼の姿をしてるって言われてるし」
「歴史的に見ても、狼はヤベェよな…崩国の前兆、発狂の前触れ、頓挫の予兆…コルスコルピの歴史書調べりゃわんさか名前が出てくるぜ」
「エリスもエリスも!知ってます!昔エリスの村を襲った山賊の一人が狼のエンブレム持ってたんです、で結果そいつは師匠と出会してボコボコにされました」
「レグルス様と鉢合うって…運が悪いどころの騒ぎじゃねぇだろ」
どこに行っても、基本狼という単語は忌避される。狼の名前を使った店はそもそも開店すら出来ないし狼の二つ名を持つ奴はみんな死んでる。狼の…二つ名…ん?
「にしてもなんでこんなに狼って悪い物って言われてんだ」
「それは恐らくシリウスの仕業でしょう」
そんな中口を開くのはメグさんだ。狼が悪い物として扱われるのはシリウスのせいだと…しかしそれを聞いたラグナ達は半笑いになり。
「いやいや流石になんでもかんでもシリウスのせいにするのは良くないだろ」
「そうだよ、アイツが死んでもう何年さ、八千年よ」
「皆さんお忘れですか?シリウスの二つ名を」
「いっぱいありすぎてわかんねぇよ」
「その中の一つ…奴は『天狼シリウス』と呼ばれる事もあるのです」
「あ、そういえば……」
そう、シリウスだ。奴もまた天狼の異名を持つ者だ、原初の魔女の次くらいによく使われる二つ名らしくシリウスの象徴は狼と師匠も言っていた…つまり。
「つまり、狼が悪い物として扱われる文化の始まりは…シリウスが天狼を名乗ってたから?」
「もっと詳しく言うと、魔女様達がシリウスと言う存在と狼を結びつけて考えてしまったから、文化形成の際にシリウスの悪行が狼に転移した物と思われます。帝国でも狼はかつて地表を焼き払った怪物の末裔、と言う伝説が残っていますので」
「なるほど…じゃあシリウスが悪いってか、魔女様のせいじゃねぇか」
まぁまぁ…うん、そうかもだが。だが魔女様達が狼にシリウスの影を見てしまうほど…シリウスと言う存在は恐ろしい物だったんだろう、事実恐ろしいし。
シリウスが天狼と名乗りそう呼ばれ、そして結果、狼は今世界中から忌避される存在になってしまったわけか。
「なんか、可哀想ですね。狼も」
「そうだよな、なんにも悪いことしてないわけだしな」
エリスが呟けばアマルトさんが同意する。ただシリウスが名乗っただけでこんな扱いされるなんて狼達も不本意だろう。彼らはただそう生まれただけで…何もしていないのだから。
(狼達は…忌避されていることをどう考えているんでしょうか)
なんて、狼達さえ理解していないだろうことを考えてみる。狼達もそんなこと聞かれても困るだけだろうけど…それでも気になってしまうんだ。
ただそう生まれただけで、忌避される存在になってしまったことを。悲劇と思うか…それとも。
「まぁ…なんだ、取り敢えず」
「そうですね、不吉な事に変わりはないので迂回しましょう」
何はともあれ不吉な事に変わりはない。ぶっちゃけこのまま狼が横切った道を使う気にはなれないし…迂回するだけ迂回しとこう、迂回はタダだしね。うん。
……………………………………………………………
レーヴァテイン遺跡群、それは東部の乾いた大地に突如として現れるマレウス史上最高最大の一大遺跡群だ。前文明の記録が残る最古の遺跡でありそれが丸々残った奇跡の地であり数多くの考古学者が調査に訪れた歴史の証明。
発掘されたのは今から八年前、とある冒険家達が魔獣から逃れる為地面に穴を掘ったところ異様に固い壁にぶつかった。これはなんだと周りの地面を崩していくと、壁はどこまでも広がっていた。
これは異様だと感じた冒険者はマレウス王宮に報告。レナトゥスは調査隊を率いて現地に直行、王国軍総出で穴を広げていき、地面を掘削して壁を掘り出してみると…これがびっくり、強固な壁で覆われた遺跡が現れたのだ。
更に奥を調査してみるとこの遺跡は迷宮になっており、しかも周囲に似たような遺跡がいくつも出土しこれは生半可な人員じゃ調査しきれないと感じたレナトゥスは王国軍に冒険者、民間からも人を募り迷宮を調査させ周囲の地面を丸ごと掘削、二年かけて山一つ分の土を退かしその全容を確認。
街が一つ二つ入るような面積の巨大な迷宮遺跡群がいくつも重なるように土に埋まっていたんだ。そしてレナトゥスは考古学者達に鞭を打つ勢いでなんとか遺跡の入り口に書かれていた文字を解読。
そこに書かれていた『レーヴァテイン』と言う名前から取ってこの遺跡群をレーヴァテイン遺跡群と名づけ一年調査を行った。
迷宮遺跡は途方もない広さな上複雑で、しかも常軌を逸した技術力で動く仕掛けが山ほどあり隠された扉に謎の転移システムに調査は難航。宝を見つけた者に金一封と冒険者達に迷宮のマッピングをさせたがなんと数百人集まったうちの六割が行方不明という結末を受け調査を断念。
その後はデナリウス商会に土地ごとレーヴァテイン遺跡群を売却し以降の調査はデナリウス商会が請負いそこから五年、今に至るというわけだ。
今現在デナリウス商会が管理を行い調査を行っているが、どういう状態かは誰にも分からない…ということもなく─────。
「なんじゃこりゃ…」
「想像と違う」
エリス達は数日の移動で遂にレーヴァテイン遺跡群に到着した。そこには時間の神秘と古代の謎が広がる広大な遺跡群が現実を侵すように屹立していた…ということもなく。
『まいど〜!レーヴァテイン遺跡パイ!美味しいよ〜!』
『レーヴァテイン遺跡群に来たならこれ!古代の神秘を感じるレーヴァテインキーホルダー!一個銀貨三枚!お安いよ〜!』
『ねえねえお父さん!あっち見に行こう!』
『これがレーヴァテイン遺跡か〜』
そこには大量の露天とそこで買い物をしたりパンフレットを手に歩く人々…つまり。
「めちゃくちゃ観光地になってんじゃん!!」
そこには観光地化したレーヴァテイン遺跡の姿が。広大な荒野に開いた巨大な穴。そこには確かにレーヴァテイン遺跡群がある。薄茶色の石材で作られた遺跡がアリの巣のようにグネグネと通路を伸ばしタンブルフィードのように折り重なっている。その周囲をぐるっと柵で囲みその周りに観光客がウロウロしているし売店が水とかパイとかを売ってる、しかも割と高めで。
なんなら遺跡の入り口と思われるところには暖簾がかけられ『レーヴァテイン神秘ツアー・一回銀貨三十枚』と掲げられデナリウス商会の職員と思われる人間が旗を手にゾロゾロと観光客を引き連れ入っていく。
エリスはさ、遺跡っていうからもっとこう…静謐なのを想像してたんですけど。これじゃあ完全に観光ですよ。
「なんか…ゲンナリです」
「あ!エリスちゃんがシワシワになった!」
「いやまぁ世界有数の遺跡を商会が手にしたら…こうもなるか」
「あ、見てください。遺跡の地図が張り出されてますよ」
「もうめちゃくちゃ調査進んでるんだな…」
「ロマンもクソもないぃ〜」
「エリスちゃんがもっとシワクチャになった!」
行方不明者が出るほどの迷宮遺跡はどこへやら、既に地図は誰にでも見れる場所に張り出され、ガイドがつけば民間人でも入れるようになってしまっている。謎の遺跡感はどこにもないな。
「だ、だがまぁいいじゃないか。デナリウスの私兵が武装して見張ってるとかではないのだから」
「まぁそうですけど」
「金を払えば入れるみたいだし、いくか?」
「むぅ、冒険…ワクワクしてたのになぁ」
みんなで馬車を止める停車場に馬車を止め、日差しが怖いのでジャーニーは一旦アリスさん達に任せて帝国の馬小屋に移動させ…エリス達はもう何もかも暴かれた遺跡へと向かって歩き出す。
「にしても魔女様の忘れ物ってなん───」
「お客さん!デナリウス印の麦帽子はどうかな!お安いよ!」
「だぁ!いい!いらん!」
ふと、話し始めた瞬間商人がが寄ってくるんだ。それをアマルトさんが追い払い…コホンと咳払い。
「でさ、魔女様の忘れ物ってなんだと思う?」
忘れ物、魔女様達はレーヴァテイン遺跡の奥にを確認してきてほしいと言っていた。それが何かは…エリス達には教えてくれていない。
「あの遺跡って…ピスケスの遺跡なんですよね」
「らしいな、かつて魔女様達と戦った魚宮国ピスケスの残した遺跡…」
魔術とは別の科学技術…今この世界の最先端技術と言えば魔力機構だが、これは元を正せば双宮国ディオスクロア時代にカノープス様が開発した技術であってピスケスの技術は残っていない。
ピスケスの技術は魔力を使わず、魔術とは全く別の系統の技術だ。例えば何千年経っても壊れない不朽石アダマンタイトの生成や理屈の分からない機械の数々、そういえばソニアの作ったヘリオステクタイトも元ネタはピスケスの技術ですか。
「さぁ、なんでしょう…めっちゃ強い武器とか?」
想像しようにも出来るはずもない、だってエリス達が生きるのはディオスクロア文明だ。トツカの文化を理解出来なかったようにピスケスの文化もましてや魔術とは違う技術で生きる国の物なんて分かるはずもない。
「歴史の真実とかかな」
「当時を生きてた魔女様達が態々取りに行かせる意味が分からん」
「じゃあめっちゃ恥ずかしい過去の日記とか」
「なおさら自分で取りに行くだろ…」
「コーチが昔書いた小説とかだったらどうしよう〜」
「なんでそれがピスケスの遺跡にあるんだ」
なんのかんのと話している、八人で纏まって歩いて観光地化したピスケス遺跡へと歩く…そんな中。
「ん……?」
ふと、遺跡の影…人目に付かないところで誰かが誰かを叱り飛ばしているのが見える。
『──────ッ!』
ここからじゃ見えないけど…エリスは思う、あの人達旅行客じゃない。だってなんかの制服着てるし、よく分からない機械を装備してるし。もしかしてあれ……。
「む、チケット売り場があったぞ。勿論全員行くよな?」
「あ、はい」
ふと、メルクさんに話しかけられ注意が逸れた瞬間エリスが見ていた人達は消えてしまう。チッ…逃したか、まぁいい…今あれをどうこうできるわけじゃないしな。
エリス達は遺跡内ツアーのチケット売り場にやってくると、売り場のお姉さんが椅子から立ち上がり。
「チケットをお求めですか?」
「ああ、次のツアーのチケットを八枚頼みたいんだが?」
「はい、八枚ですね、でしたら……あら、申し訳ありません。次のツアーはもう定員がいっぱいですね」
「む、仕方ない。ならその次は」
「次もいっぱいですね」
「何!?じゃあ空いてるのは!」
「三日後の夕方ごろですね。皆様先にデナリウス旅行店で予約を済ませてから来てますので…」
「なんと……三日後か」
「申し訳ありません、なにぶん大人気のツアーですので」
メルクさんがこちらを見る、どうする?と。でもまぁ待ってたら入れるなら仕方ない、三日ここで待つしかない。ただまぁ三日か…厄介だな。
ここからタロスまで三日かかる、往復で帰ってこようと思うと六日かかる、その三日でタロスに行けたな…って思いながら三日間無意に過ごすのも惜しいくらいエリス達には時間がないわけだし。
「どうしましょう、ラグナ」
「レーヴァテイン探索組とタロス進行組で手分けってのも考えたが…タロスで何かあった時の事を考えるとな」
「ここにセントエルモの楔を残してタロスの件が終わったら戻ってくるとか…」
「出来ればタロスの行く時は…背中に用件抱えておきたくないが…」
ラグナは考える、三日待つか…諦めるか。どうしようとエリス達は何かいい手がないか考える。
三日も待つのか…今すぐ入れるならと思ったが……。
「おうおうなんやなんや、若いのがえらい屯して。パーティかいな?なーんちゃって」
「は?うぉ…!?」
突如、軽薄な声が聞こえた、後ろからだ。その声の主を確かめるため肩越しに確かめると…そこにいたのは。
デッカい男だ、ネレイドさんより少し小さいくらいの大男。顔を鉄の仮面で覆った大男、ともすれば恐ろしげな印象を抱く男が…何やら奇妙な言葉遣いでエリス達に向けて歩いてきているんだ。
「な、なんですか貴方」
「なんですかもかんですかもないやろ、オレぁなんやあんちゃんねぇーちゃん達が困っとるんかなぁ思うて声かけたんやないか」
「困ってるって…って言うかその言葉遣いなんですか…やないかって」
「む、その言葉遣い…デルセクトの西部の方の訛りだな」
ふと、メルクさんが何かに気がついたような男を見る。デルセクト西部か…確かにデルセクトもマレウス並みの多人種多民族国家だし、そう言うところもあるか…エリスは知らないが。
「お!なんやねぇーちゃんオレの喋り方知っとるんかいな!そうそうオレデルセクトの出やねん。まぁ今はマレウスに在所があるけんな?いやぁ嬉しいなぁ…この国やとどこ行っても『なんらその言葉遣いナメとんのかー!』って言われてオレ悲しいねん。染み付いたもんはどうにもならんのになぁ」
「そうだな、あそこは些か変わった言葉遣いではあるが働き者が多い国だ」
「働き者!イヤ!オレ照れちゃう!気分ええわ」
テヘヘと頭を掻くその仕草になんかすごい違和感がある。だって岩みたいな大男がクネクネと動いて冗談めかした喋り方をしてるわけだしさ…と言うかなんなんだこの人。
「よっしゃ、なんかええ人みたいやし?オレの事褒めてくれるし?特別に次のツアーの枠空けたろか?」
「何?出来るのか?そんな事」
「勿論!オレってばデナリウスのお偉いさんやでな、なぁ受付のねぇーちゃん」
「え?…あ!ラセツ様!?」
すると受付のお姉さんは鉄仮面を見るなりギョッと立ち上がる…って、ん?ラセツ…?
「この人らにツアーの枠空けたってや」
「で、ですがもうツアーの定員はいっぱいで、一度にたくさんの人が入ると行方不明者が出た時の対応が…。規約にも一度に入れる人間が決められてますし…」
「ンマー固いなぁホンマ、せやったらアレや。ツアー客の護衛隊おったやろ?アレ全部待機でこの人ら代わりに入れたってや」
「ですが護衛隊の枠を削ったら何かあった時…」
「分からんかな、オレが護衛隊の代わりに入る言うてんねん。あの雑魚共百人おるよりオレが一人おった方が安全やろ?」
「ら、ラセツ様が!?そ…それなら、分かりました。報告しておきます、次のツアーは三十分後です」
「ホンマありがとうな!無理言って悪かったわ。今度奢るで!イケメンいっぱい連れてくるで!ってオレがイケメンやしオレがおったらええか!なーんちゃって!なははは!」
ドッ!ワハハ!と一人で笑う鉄仮面…名をラセツと言う大男を見て、エリスは戦慄する。
デナリウスのお偉いさん…デナリウスはつまりパラベラム。そしてラセツ…パラベラムのラセツと言ったら、エリスは一人しか知らない。
マレフィカルムには数多くの組織がいる、その組織達が『マレフィカルム最強はこの五人だろう』と指名する連中が五人いる。セフィラは秘密裏の存在だから除外され…その中で最強の五人。
あのカルウェナンでさえ六番手にしかなれないマレフィカルムの頂点の名を、エリス達は聞いている。
マレフィカルム五本指の五番手…その名も『悪鬼』ラセツ。パラベラムの大幹部ラセツかこそが五番手の存在だと。つまり…。
(こいつが…カルウェナンよりも強い男…)
「あ!今のセクハラやないでな!上に報告せんといてな!次始末書なったらオレ減給やねん〜!お願いなねぇーちゃん!」
「は、はあ…」
いきなり…とんでもない大物に遭ってしまった…。
……………………………………………………………………
豪奢な机に、壁に立て掛けられた名画の数々。これは一体おいくらか?
広い部屋を満たすように敷かれた最高級の絨毯に黒革のソファ、これは一体おいくらか?
机に金貨を並べ…山積みの書類に目を通す壮年の男はそんな事気にしない。金は稼げば増える、そして付随するように周囲が豊かになるだけでこの部屋にある全てが自分の今までの功績を讃えるトロフィーでしかないことを理解しているからだ。
裏社会の王と呼ばれ、『笑う商王』と呼ばれた武器商界の頂点…セラヴィ・セステルティウスはそこを理解している。
「売れ行きは上々、オウマが消えて武器の捌け口がどうなるか先行きが不安だったが…まぁなんとかなるもんだな」
八大同盟パラベラムの盟主セラヴィはしわくちゃの顔に生えた髭を撫で、オールバックの白髪を揺らしソファに座る。顔に刻まれた皺以上に目を引く古傷の数々は彼がこの業界でどれほどの修羅場を潜り今の地位を得たかを証明している。
セラヴィがいるこの空間こそ、パラベラム本社であり本拠地『黒の工廠』の中枢。その社長室にてパラベラムおよびデナリウスの全ての決定を行っている。
そして今パラベラムは黄金期を迎えつつある。ジズが消えて今まで抑制されていた王達の欲が爆発して各地で戦争が起こっている、オウマが消えて傭兵が不足し最大手であるパラベラムに依頼が殺到している。
世界各地で起こる戦争に全てパラベラムが関わっている、武器も飛ぶように売れているし傭兵も雇っても雇っても足りないくらいだ。売れ行きは右肩上がり…こんな素晴らしい事が他にあるか。
「クックックッ…もっと争ってくれよ、戦争をしろ、重税を課し武器を買え、金を落とせ、血を流し金を払え…カカカ」
上機嫌に報告書を眺めるセラヴィ、しかし…廊下からドタドタと走ってくる足音が聞こえ。
「社長!大変です!」
「なんだ、騒々しい」
本社勤めの若手の社員が血相を変えて社長室に踏み込んでくる、そして手元の報告書を見て…。
「実はアザリア王国とパイロクス王国の間で起こっていた戦争ですが」
「ああ、先日パイロクス側が大量に銃火器を注文してきた案件だな、これからもパイロクスからは搾り取れそうだ…で?それがどうした」
「それが…アザリア王国側がパイロクス王国側に電撃作戦を決行!戦いの趨勢がアザリア側に傾いてしまいました!このまま戦いが終結したら今製造している銃火器が行き先を無くしてしまいます!まだ金も受け取ってませんし大損害です!」
どうやらアザリアとパイロクスの戦争が予定よりもずっと早く終わりそうだ…と言う話。厄介なのはパイロクスは既にパラベラムに大量の銃火器を注文していたと言う事。もし戦争が終わればパイロクスには支払い能力が無くなり、最悪受け取りの支払い拒否を行い大量の銃が行き先を失う可能性がある…か。
だが……。
「ふーん…まぁ、そのままでいいんじゃないか?」
「……え?」
「お前もそんなこと気にしてないで、他の案件片付けろ」
「え?いや…パイロクスの件は!?」
別にそんな事報告しなくてもいいのに、と思ったがどうやらこいつは若手だからまだ世の中の理ってのが分かってないようだな。仕方ない。
「お前、うちに勤めて何年だ」
「い、一年です…去年の今頃にディオスクロア大学園卒業後に…そのまま本社勤めに」
「そうだった、高学歴だから拾ったんだったな。じゃあいいこと教えてやる…俺達にとっての最高のビジネスの種はなんだと思う」
「ビジネスの種…戦争?いや戦争が起こるタイミングですか?」
「違う、『負けた』時だ」
「負けた…時?」
席を立ち、俺は語る。一番金が動く時は勝った時でも勝負が始まった時でもない、負けた時さ。
「戦争に負ければ全てを失う、それは焦燥感を煽る。負けた悔しさが怒りを呼び、それは愛国心を煽る。仲間を殺され、土地を奪われたそれは…復讐心に変わる。そしてそれらは全て購買意欲に変わる…!」
「購買意欲…!そうか、負けた分を取り返そうと、より強力で高価な武器を…!」
「誰かが負ける時、泥に塗れ地面を這いずり助けを求めるように手を伸ばす時、その手を取るは誰だ?その手に握られた金貨を頂くのは誰だ?パラベラムだ!」
パイロクスが負けた?アザリアが勝った?馬鹿馬鹿しいそんな物どうでもいい、その程度で戦争が終わるか、その程度で人が戦うのをやめるか。人は争うぞ、殺すぞ、続けるぞ、それは歴史が証明している…そして、血と硝煙が満ちる限り俺達は繁栄を続けるのさ。
「バカな話だよなぁ…戦争する者、戦争を起こす者、戦争に参加する者、これに等しく勝者はいない。泥沼の如く続く戦いの連鎖には必ず『勝ち』はない、等しく同じく紡がれるのは『負け』の連鎖だけだってのにな」
「なら、勝者はどこに?」
そう言われ、俺は静かに机を指で叩く。勝者はどこって?ここだよここ…。金を落とした奴が負け、なら拾った奴が勝ちだろう?
勝った奴が全てを得るなら、負けたアザリアもパイロクスも双方共に俺に全てを支払うべきなのさ。
「ククク…パイロクスにはこう言え!『奪われた祖国の地を、亡き同胞の仇を討つならば!いい商品がある』とな!それでパイロクスが巻き返したらアザリアにも同じ事を言え!」
「な、なるほど…ですがアザリアは恐らく我々の商品は買いません」
「何?何故そう言える」
「アザリアが電撃作戦を決行したのは…どうやらアド・アストラの…魔女の支援を受けたからです」
「ほう、なるほど」
なるほど商売敵の仕業か、アド・アストラのやり方は青いが…あの規模には流石にパラベラムも太刀打ち出来ん、特にメルクリウス・ヒュドラルギュルム…俺達よりも金を持つアイツとマネーゲームにでもなったら大損害だ。最悪パラベラムが買収されかねん。
「分かった、アザリアには手を出すな」
「……セラヴィ様は、淡白ですね」
「何?」
ふと、若手社員がそう語るんだ。何を偉そうな事を…と思ったが、何やら思うところがあるらしい。
「私は…南方の非魔女国家の出身です、うちの国は貧しくて、村のみんなが必死に私に学費を用意してくれてディオスクロア大学園へ入れてくれた。けどそこで見たのは魔女の加護で呑気に生きる魔女大国の連中だった!アイツらは私達のような貧しい国のことなんか知らずに…無自覚に見下し生きている」
「ふぅん、まぁ気持ちは分からんでもない」
「私は魔女大国が憎い…だからここに入ったのに、社長はアザリアが魔女大国と組んでいると聞いても、全く反応もしない。社長は魔女排斥組織の人間なのに魔女が憎くないんですか?」
「クックックッ…そう言うことか」
若い若い、まるで若い。魔女が嫌いか?憎いか?そんな物決まっている。
「魔女が憎くないか、その質問に答えよう。俺は魔女がまるで憎くない!」
「え?八大同盟…なのに?」
「勿論!便宜上関わってるだけで魔女大国を滅ぼしてやろうなんて腹の中じゃ思ってない、寧ろ魔女を愛している。彼女達の靴にキスをしろと言われれば這いずってでもキスして愛の言葉のおまけもつけちゃうねぇオレは」
「そんな…なんで!」
「なんでって決まってるだろ、あいつらがいるから戦争が起こるんだから」
葉巻を手に取り、火をつけて窓の外を見る。魔女様々だ、あいつらがいるから世界をは分断されている、分断はすなわち戦争になる、戦争はつまり俺たちにとって利益そのものだ。魔女がいなけりゃここまで成功出来なかった。
俺たちにとって、魔女はビジネスチャンスの女神なんだ。
「人は大いなる力と支配の象徴を前に、分断される。分断は争いを生み…争いは金を産むんだ」
「そ、それは…そうですが」
「お前も魔女には感謝するんだぞ、お前の給料は魔女様が偉そうにしてくれているおかげで転がり込んで来てるんだからな、カハハハハ!」
「っ……」
「戦争が起こる限り、分断が起こる限り、そこに金が生まれる。その金は誰の物だ?俺達の物さ!」
「で、ですがそれでも…やっぱり自分は、魔女に感謝は出来ません」
「なに?」
若い社員は拳を震わせながら意見してくる。いいね、社長を前に自己主張出来るってのはいいことだ、こんだけ心意気があるならもっと大きい案件をこいつに任せてもいいかもしれん。
「私の貧しい村は魔女の加護がないから貧しい、魔女が貧富を生み格差を生み違いを生み…ただ一個人の一存でそこまで歪められてしまう世界は正しいんですか…!?世界はもっと平等で自由であるべきでは?」
「まぁ、そうならいいな」
「社長はそう…お考えにならない…と」
「当たり前だろ、だって勝ったんだから」
「え?」
魔女は勝った、大いなる厄災に勝った…いや正確に言うなれば『勝ち続けた』か。
「俺の会社の社訓、そして俺の座右の銘は一つ…『ウィナーテイクオール』…勝者総取り、唯一の妥協もなく全を出し、そして勝者が全てを掻っ攫う。勝った者が全てを得る…この世そうやって回ってる、魔女は有史以来勝ち続けている、だからあいつらにはこの世界を好きにする権利がある」
「勝ち続けたから……」
「そうだ、勝った者が全てを得る、負けた者は全てを失う、たとえ人間が獣から逸脱し知性的で理性的な社会を形成しようと変わらない生存競争との残り香こそウィナーテイクオールの概念。勝った魔女は全てを持ってる、負けてる俺らは全てを失っている…文句を言いたきゃ勝つしかない、勝った奴だけが肉を食い負けた奴は石を舐める…そう言う世の中だろこの世はよぉ」
結局はそれだ、俺達は常にチップを賭けて戦っている。人生は常に戦いだ、それを理解してない奴は負けてヘラヘラ笑う…俺は違う。
勝った者だけが得られる、負けた人間はゴミクズだ。だから俺は奪って奪って奪って奪って、勝って勝って勝って勝って…奪って勝ち続けて俺はここにいる。あの臭くて汚いドブ底みたいな路地裏から手前の命一つしか持ってない状況から、錆びたナイフ一本でここまでのしあがったんだ。
俺はこれからも勝ち続ける、もう二度とあそこに戻らない為に。だから……。
「これからも勝ち続けて、奪い続ける為に…レーヴァテイン遺跡群の発掘を進めろ、今はそれ以外の仕事に注力しなくてもいい」
俺は若い社員にそう命じる。勝ち続ける為には力がいる…だが今その段階にあって世界の戦いは煮詰まり始めている。
勝った人間はまた別の勝った人間と戦わなくてはならない、そしてそこで勝った人間はまた別の勝った人間。世の中はさながらトーナメントのように勝者の敗者のピラミッドが形成されている…そして数多くあった組織達の多くが敗退し、全てを得続けた勝者が揃いつつある。
俺達が次に戦うのはまた別の勝者…だがどいつもこいつも強い奴ばかりだ。
次は何処に勝たなきゃならない?
マヤとコルロという双極の天才を抱える『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』か?
クレプシドラ及びクロノスタシス王族が絶対王政を敷く『クロノスタシス王国』か?
神王イノケンティウスと十人の神々が守る『ゴルゴネイオン』か?
化け物しかいない『五凶獣』か?
それとも最悪の相手『セフィロトの大樹』か。
或いは今なお成長を続ける未知数の存在『魔女の弟子達』か。
何処と争うことになってもおかしくない、もうマレフィカルムには秩序がない…何処と食い合うことになってもおかしくない。勝者は常に飢えている、獲物の数が減ればそれだけ容赦もなくなる。
そうして勝ち残った奴らだけがこの世の頂点『八人の魔女』に挑めるのだ…この世の全てを賭けて奴らと戦えるんだ。
だが残念ながらウチの戦力は今残っているどの組織よりも小さい、魔女の弟子達はよくわからんが他の組織はあまりにも戦力がデカすぎる…だから俺達は強くならなきゃいけない。
食われないために、生き残る為に、勝ち続ける為に…得る為に。
碩学姫レーヴァテインが残した最後にして最強の兵器『黒衣姫』が必要なんだ…。