682.星魔剣と巡る星路の螺旋は収束し
「よくぞホーソーンを倒してくれた!少年!」
「誰のことっすか、それ」
ステュクスは偽エリスとの戦いを終え、瓦礫の上で体を休めていたステュクスの前に突如…バッ!と現れたマヤに呆然としつつ、答える。
俺はマヤと約束していた、偽エリスを倒したらコルロのところに案内してくれると…。けどマヤはそこで気絶するエリスを指差しホーソーンと呼びながらニコニコと笑っている。
「ホーソーンだよ、そいつの名前」
「ああ、この偽物そういう名前なんすね」
「そうそう、コルロの実験台になってなんか強くなってね。それで自分はコルロ様に選ばれたー!とか言い出してた勘違い女さ…」
「え?副官って言ってましたけど」
「副官?違う違う、コルロの副官はこんな雑魚じゃないよ。コルロの副官は全部で四人。焉魔四眷って言ってね?って説明したって意味ないか」
そういうなりマヤは偽エリス…いや気絶したホーソーンの所へと徐に歩き出すなり、グッ!と拳を握り。
「そいっ!」
「ぐぇぇっ!」
と言いながらホーソーンの胸に拳を突き刺したのだ、そして何かを掴むとその内側からブチブチと何かを引き千切り取り上げるのだ、その手には赤い宝石…いや種?みたいな何かが握られており……え?
「ゔ…ぅぅう……」
「え!?え!そいつ塵になっちゃいましたけど!」
赤い種を取り上げられたホーソーンは呻き声を上げながらまるで枯れた花のようにシワシワと萎んで最後には塵になって消えてしまったのだ…え?これって。
「殺したんですか!?」
「うん」
「死ぬんですかそいつ!」
「コイツは完全な不死じゃないからね、埋め込まれたコアがなければ死んじゃうよ」
「なんでですか!」
「いや知らんよ、コルロに聞いて。これコルロがやったから」
「違いますなんで殺したんですか!?」
「ああそっち、不思議な質問するなぁ…」
マヤは不思議そうに頭をポリポリと掻きながらくるりと踵で地面を滑るようにターンしてこちらを向くと…。
「ホーソーンはね、バカだけど間抜けじゃない。起きれば次は狡猾に動く、あんたの目に触れないようにあんたが寝静まった頃に殺しにくるよ。不死身だからね、懲りたりしないのさ…だから殺しておいた方がいい」
「でも……所属的には、あんたの部下なんじゃないのか。ヴァニタス・ヴァニタートゥムの盟主…マヤ・エスカトロジー」
「まぁ…私は他の八大同盟と違って事情が異なるから、分けて考えてくれよ」
「だからって…」
「キミも不思議な奴だな、キミは殺しを厭うと?」
「無闇に殺すなって、師匠に言われてんだ」
「ならこれは致し方ない殺しだ。というか本題から逸れたところで時間を使わせるなよ……ん」
するとマヤは手元の赤い種をチラリと見る。宝石のように透き通り…まるで硬質化した血の塊のようなそれは次第に燻んでいき、腐るように形を失い…最後には塵になってしまう。なんだあれ。
「やっぱり…複製か。こんな雑魚に貴重なガオケレナの種子を持たせるわけないか」
「あの…それ」
「気にしない気にしない、それよりキミ…コルロに会いたいのかい?」
「正確に言えばセフィラの一人…オフィーリアに会いたい」
「オフィーリアか、確実に居るとは言い切れないが闇雲に探すよりもコルロの近くを探した方がいいだろうね。レナトゥスとコルロは裏でガッチリ繋がってるから」
「レナトゥスとコルロが裏で繋がってる…」
それはカルウェナンさんが言った通りの話だ。けど…ってことはコルロとレナトゥスの目的は同じ?レナトゥスもシリウスを救いの神とか言って崇拝してんのか?分からない、なんかここに来て妙な話が絡んできやがった。
「コルロの周りを探ればキミの目的も達成出来る、そしてキミは私との約束を守りホーソーンを倒して私を自由にしてくれた。ならばこそ私も約束を守りコルロの居城であるコヘレトの塔へキミを誘おう」
「待った…マヤ、その前に聞かせてくれ…」
「まだ何か?」
やや苛立った様子でマヤはこちらに視線を向ける。しかし大事なことなんだ、そんな急いで話を進めようとしないでくれ…せめてこれだけ、聞かせて欲しいんだ。
「なぁ、なんで俺の手伝いをしてくれるんだ?あんた俺の敵じゃないのか?ホーソーンはお前の味方じゃないのか?コルロはお前の部下じゃないのか、…悪いけど俺、今のあんたの言葉を何処まで信じていいか分からないよ」
「…………確かに、真っ当な疑問だ、けどそれに対しては不真面目な答えしか返せないよ」
するとマヤは少しだけ、目を伏せさせる。当人は不真面目な答えしか返せないとは言うが…少なくとも嘘や誤魔化しで俺を煙に撒こうって気配は感じない。カルウェナンさんの言った通り偽りの情報を言うような人ではない。
少なくとも俺はそう思う、この人は…嘘をいう必要がない程に強く、嘘がつけるほど器用でもないんだ。
「まずさっきも言ったが私とコルロは確かに同じ組織に所属してるが仲間ってわけじゃない、なんなら協力関係にもない。ただ敵対していないだけさ…便宜上盟主の座に据えられているだけで私にヴァニタートゥムの指揮権はない」
「そうなのか?」
「事実、ホーソーンは私とコルロ…どっちに忠誠を誓っているように見えた?」
「…………コルロだ」
確かに、アイツはマヤの事は先生と呼びながら戦線に呼びつけ自分はまんまと逃げ出していた。対するコルロに対しては『コルロ様』『私を選んでくれた』と無上の忠誠を向けていた。確かにマヤの事を盟主と考えているように見えなかった…ってことは、事実上の盟主はコルロの方なのか。
と俺が気がついたことに、マヤは気がついたようだ。俺の表情を見てフッと顔を綻ばせると…。
「そしてもう一つ、キミに手を貸す理由は……キミが、私の子供に似てるから」
「え?あんた子供いるのか?」
「生きてたら…同じくらいの年代かな。かれこれ二十年以上も前に…死んだけれどね」
そう語るマヤの顔は悲しげで…悔しそうで、本心から滲む後悔の吐露に見えた。俺には分かる、だって…姉貴のことを語るハーメアと同じ顔をしてたんだ。
自分の子供に対する愛情と、愛情から来る呵責に苦しむ…そんな顔だ。マヤ…マジで子供がいたのか。
「私はあの子を産んでしまった、この世に産み落としてしまった、そして守ることも出来なかった。これは…私のせめてもの罪滅ぼし、ってことこかな…?キミみたいな若者には弱いんだ私、ついつい甘やかしてしまう」
「そう言う割にはプラクシスはぶっ殺してたけどな」
「アイツは違うよ、アイツらは………いやこれをキミに語っても仕方ない。そう言うわけだ、私はキミの願いを叶えてあげたい。キミがホーソーンを倒してくれたおかげで私もここを出られそうだしね」
もう質問はないかい?と首を傾げるマヤに俺は静かに頷く、そりゃ聞きたいことは山ほどあるけどそれはここで聞くべきことじゃないのかもしれない。今はともかく一刻も早く先に進みたいんだ、一歩先…オフィーリアに続く道を。
「よし決まり、じゃあ早速……」
「待て、マヤ。彼と最初に同行していたのは小生だ…彼を連れて行くなら小生達も一緒に連れて行ってもらうぞ」
歩き出したマヤさん、しかしその歩みを止めるように部屋の扉があった地点に立つのは傷だらけの鎧…いや、カルウェナンさんだ。
「カルウェナンさん!」
「どうやら、勝ったようだな。若人よ」
「はい!なんとか!」
「こっちもなんとか生きてますよ〜っ!」
「きゅう…」
カルウェナンさんの隣に立つのはマヤさんに殴り飛ばされて戦線離脱していた金庫頭のミスター・セーフ…そして今もなお気絶しているアナフェマさんだ、二人とも酷い傷だが全然生きてる、俺が言うのもなんだが頑丈だな。
「しかしあのマヤ・エスカトロジーが本当に協力してくれるなんて…びっくりですねぇ」
「ああ、協調性のなさで有名だった女だがな…」
「うっさいなぁ、ステュクスくん。アイツらも連れてくの?」
「え?俺に主導権があるんすか?」
「そりゃ、私ただの案内人だし」
「なら…連れて行ってください。この人達がいたから俺はここに来れたので…」
「あいよ、しゃあねぇ…思ったより大所帯になったけど、カルがいるなら戦闘面で頼りになるしね」
カルウェナンさんがいたから俺はここに来れた、なんならマヤさんが退却するまでの間持ち堪えられたのもカルウェナンさんのおかげだ、この人を置いて行くなんてあり得ない。
それにもしこの先コルロの手先とまた戦いになった時、マヤさんが頼りになるか分からないと言うのもある。良くも悪くもこの人の行動原理をまだ読みきれてないところがある…となったら一番頼りになるのは誰かと言えばやっぱりカルウェナンさん達だしね。メチャクチャ強いし是非とも頼りにしよう。
なんか一人旅だったのがカルウェナンさん達とマヤさんを加え一気に五人パーティに増えた旅路…するとカルウェナンさんは。
「すまんなマヤ、大所帯になったついでだ…もう少し追加していいか?」
「んん?誰?マゲイアとか言わないよね」
「アイツは誘わん、…タヴ。来なさい」
そう言ってカルウェナンさんが招いたのは…これ見た長身の男。金の髪をオールバックで背後に流し褐色の肌に紅の瞳を持つなんか強そうな男の人だ。パッと見た印象を言うなら…ライオンみたいな人だ。
それが悠然と歩いて現れる…タヴ、とか言ったな。誰だこの人…と思ったらマヤさんが急に顔色を変え。
「俺も行く、カルさんとは目的も同じだからな」
「え!?タヴちゃんも来てくれんの!?こりゃすげーチームが出来ちゃうんじゃない!?」
なんて言うんだ、マヤさんがここまでの反応するってことは…知り合い?んん?俺の知らないところで知らない人が急にパーティに加わって困惑しちゃうよ俺。
「ああ、頼りにしてくれて構わない……ん?そこの少年は?」
「え?俺?」
するとタヴさんは俺の方を見て…コツコツと靴音を鳴らしやってきて…。
「その顔……」
と言ったんだ、顔…この反応をする人は決まってとある特徴を持つ、ってことはまさか…タヴさんも……。
「姉貴を知ってる…感じですか?」
「姉貴?」
「ああ、タヴ。彼の名前はステュクス・ディスパテル…エリスの弟だ」
「ほう、エリスの。面白い縁もあった物だ、まさかエリスの弟とこうして出会い…旅路を共にする日が来るとはな」
ニタリと明らかに友好的じゃない顔をして笑うんだ…姉貴、方々で色んなやつボコりすぎだよ…。
「ステュクス君と言ったな、俺の名前はタヴだ。革命を志す者同士仲良くやろう」
「俺革命志してないです…」
「大丈夫、若者は皆…世界の革命者だ」
「その理屈はちょっと分からないですけど…タヴさんも姉貴と戦ったんですか?」
「いや、俺は戦ってはないな。エリスともチラリと一度だけ顔を合わせただけだ…言葉も交わしていない」
「え?じゃあどう言う縁?」
「宿敵のような物だ」
チラリとしか会ってないのに?それでも宿敵なの?革命云々といい…なんか変な人なのかな、仲良くなれるか不安だな。
「さぁマヤ、そろそろ出発するぞ。革命の門出だ」
「いやなんでキミが指揮取ってるの」
「む、すまん…いつものクセで……」
ともあれ更にもう一人増えてチームも盤石になった。冒険者で言えばこの人数のパーティはそれなりのもんだ、だって六人パーティだもんな…でもこれだけの人数でコルロのところに押しかけて大丈夫なのか。
そう思い…俺達はみんなで部屋を出て、さぁこれから出発だ…と言う場面で、更にもう一度、起こる。
「おいっ!タヴテメェ!マヤも!オイ!」
「うぉで!?なんだ!?」
目の前の壁が破壊されて、誰かがやってくるんだ…しかもメチャクチャ怒鳴りながら。ソイツはズカズカと大股で歩きながら怒りを表すように握り拳を固め、牙を剥いて…舞い上がる土煙の中を歩く。
「どこ行くんだよ!俺を置いてくのかよ!」
「えぇ?キミも来るの?」
「行くって言ってだろうが!タヴも勝手に話進めんじゃねぇ!」
「仲間ではないと言っていただろ」
「だとしても薄情だなテメェ!コルロのところに行くんだろ…俺も行く!」
更にもう一人増えるのか?一体何人ここに来ていたんだ。と言うか随分横柄な物の言い方だな…なんて思いながら俺は土煙の中から現れるソイツを凝視する。ソイツは…埃を手で切り裂きながら、その姿を晒し。
「勝手に話進めやがって…つーかこれどう言う状況……ん?」
「え?」
現れたのは…白い髪、赤い瞳を持った青年。多分俺と同年代の凶暴そうな男だった。ソイツは俺を見て目を丸くする、俺もまたソイツを見て目を丸くする、だって…そっくりだったから。
白い神に赤い瞳って…コイツ……。
「レギナ?」
「エリス?」
レギナにそっくりだった…って。
「え?」
「あ?」
今エリスって言ったか?言ったよな、つーかなんでコイツ首傾げて…。
「なんであんた姉貴のこと知って…」
「なんでテメェレギナのこと知って…」
「…………」
「…………」
……不思議な沈黙が広がる、コイツ…レギナにそっくりな上に…姉貴を知ってる。まぁレギナに似てるって言ってもこっち随分凶暴そうだけど…つーかさっきからメチャクチャ睨んでくるし、って言うかさ。
俺…コイツの顔見たことある気がする。いやレギナに似てるとかではなく…何処かで…そう、ティアを見た時の感覚と似て…ティア……あ!
「思い出した!あんたエルドラドに居た奴だろ!」
エルドラドだ!ラエティティアに使いっ走りにされた帰りに道端で偶然会った奴!アイツだ!あの時もレギナに見間違えたんだ!そうだそうだ!…え、なんでソイツがこんなところに…。
「エルドラド…あ、お前…あれか、ステュクスッス」
「ステュクス!あんた…こんなところで何してんだよ」
「チッ、ウゼェ…なんで馴れ馴れしいんだよ」
お前は刺々しすぎるだろ…え?コイツも一緒に来るの?とみんなに聞くとマヤは笑顔で首を傾げ、カルウェナンさんは沈黙…そんな中タヴさんが…。
「ああ、連れて行けばいい。言動はあれだが腕っぷしは頼りになる」
「そうなの?」
「俺に聞くなよ!俺はな…最強なんだよ」
「そう言う奴ってぇ案外大したこと無かったりするんだよなぁ」
「ちなみにマジだよステュクス君、私さっきまでソイツとマジで戦ってたけど殺しきれなかったし」
「え?マジ?」
マヤさんとやって互角?え?ってことはコイツの傷とマヤさんの傷って…この男がつけた奴?じゃあめちゃくちゃ強いじゃん、ってかよくよく見たら魔力量洒落になんねー…俺と別次元じゃん。と俺がビビるとレギナに似た男はニタリと笑い。
「まぁそう言うわけだ、ステュクスッス…お前の負けだ」
「別に勝負はしてないが…あとステュクスな」
「まぁ〜仕方ない、じゃあキミも来るかい?」
「行くに決まってんだろ!つーかコイツもついてくるのかよ」
「私はステュクスを案内するんだよ、割り切りなよ」
「チッ、仕方ねぇ…じゃあ行くぞ」
「はぁ仕切りたがりばかりなんだから」
歩き出す、やはりコイツもついてくるらしい…けどここで一つ重大な問題があるんだ、ここで足を止めるのは申し訳ない、と言うかさっきの男に至ってはもう先を急ぎ始めてるし…けど、聞かないと、困るよ。
だって俺…あの人の名前知らない。
「なぁ、あんた名前なんて言うんだ?」
「あ?」
レギナによく似た目が、ウザさと苛立ちを醸し出しながらこちらに向けられる。そして俺を品定めするようにジロジロと立ち姿を確認すると…こう言うんだ。
「テメェに名乗る名前はね───」
「ああコイツ?バシレウス」
「なっ!?」
マヤさんがぶっこむ、コイツの名前は…バシレウスだ、と。バシレウス…バシレウス?バシレウスって言ったら、お前…おい、バシレウスって言ったら!
(……レギナの兄貴と、同じ名前だ)
体が凍る、行方不明になっていると言うバシレウス・ネビュラマキュラと同じ名前…いやいや同じ名前なだけでしょ〜!
と言うにはあまりにも似過ぎている…、レギナのことも知っていたし…コイツ。
まさかマジであのバシレウス・ネビュラマキュラなのか!?こんなところで会うとか…え?マジなのか!?いきなりすぎるだろ…でも、マジなんだろうな。だって納得しちまうもん、こいつがレギナの兄貴って言うなら、それはそれで。
「おい!勝手に俺の名前を言うんじゃねぇよ!」
「いいじゃん別に、これからコルロのところへ行く為の道を一緒にする仲間だよ?」
「仲間じゃねぇ!」
「よろしくって言いなよ」
「言わねぇ!……あ?テメェ何見てんだよ」
「い、いや……」
思わず…怒鳴り返しそうになる。『テメェこそこんなところで何やってんだ、テメェが消えたせいでレギナがどんだけ大変な思いしてるか分かってんのかッ!!』って…でも、今それを言うべきじゃないのは、分かってる。
バシレウスは強いらしい、なんせあのレナトゥスが忠誠を仰ぎ魔女さえ超えると公言したほどの天才だ。マヤさんと互角に殴り合ったってのも頷けるし…もしここで俺が変なことを言えばこの関係が崩壊することも分かってる。
俺達はコルロのところへ行く、と言う名目で一緒にいるだけ。仲間ではない…同行者だ、関係が破綻すれば争いになるかもしれない…それは、避けたい。
「いや、よろしくな…バシレウス」
「……ケッ」
だからせめて仲良く…と思ったが、バシレウスは俺の差し出した手を見て唾を吐きポケットに手を突っ込みそっぽを向いてしまう。
殴ろうかなコイツ…いやいやそんなこと言ってる場合じゃないよな。うん…けど。
(コルロの一件が終わって、城に戻る時は…死んでもコイツをレギナの前に立たせてやる。ネビュラマキュラ城に引き摺り込んで…謝らせる)
差し出した手をギュッと握りしめて、拳を作り、決意する。バシレウス・ネビュラマキュラ…こんなところで会うとは思っても見なかった、けど…好都合だ
待ってろよな、レギナ…お前の兄貴。俺が絶対連れて帰るから。
「じゃ、行くか…」
「しかし徒歩で行くのか?マヤ」
「本当ならステュクスを抱えて行くつもりだったけど、この人数で一気に移動したらバレるでしょ?それはまずそうだし…歩きで行こうよ」
「…………バシレウスか」
───歩き出す、目指す場所は一つ…コルロが待つコヘレトの塔。
それそれがそれぞれの思惑の為、それぞれの因縁の為、一つの塔へと続く道を征く。
歩むのは七人。
「カルウェナンさん、バシレウスって…」
「ああ、だが…今は無闇に刺激はせん。どうやら何も知らないようだ…何より奴もコルロのところへ行くようだしな、折を見て奴とコクマーが合流するならそこを抑えれば良い」
「きゅう…」
元メサイア・アルカンシエルの幹部…ミスター・セーフ、アナフェマ…そして、マレフィカルム六番手の達人『無双の剣騎士』カルウェナン。
「……しかし大所帯になったな、だがそれも革命だな」
元大いなるアルカナの大幹部にしてマレフィカルム五本指の四番手『宇宙』のタヴ。
「ふぁあ〜…あ、酒持ってくるの忘れたかも…途中で街寄ってもいい?お酒買いたい、金ないけど」
現ヴァニタス・ヴァニタートゥムの盟主にしてマレフィカルム五本指の三番手『現人神』マヤ・エスカトロジー。
そして……。
「おいステュクス、お前水筒持ってるか」
「え?持ってるけど…」
「寄越せ、喉乾いた」
「は!?ふざけんなよこれ俺の…あ!おい!」
「貰うわ」
「やらんって!…まぁいいや、好きに飲めよ」
マレフィカルムの中枢組織セフィロトの大樹の幹部『王国のマルクト』…否、蠱毒の魔王バシレウス・ネビュラマキュラと星魔剣の担い手ステュクス・ディスパテル。
奇妙な縁と運命に導かれた二人は並んで歩き、北部の深淵を目指す。この戦いの末が如何なる物になろうとも…如何なる未来が予測されようとも、歩みは止めない。
それが運命であることを…他でもないステュクスとバシレウス自身が、自覚しているのだから…………。
「ん?」
「どうした?バシレウス」
そんな中、ふと…バシレウスが歩みを止め、チラリと周りを見回し首を傾げて…。
「俺、なんか忘れてる気がする…何忘れてる?俺」
「い、いや…知らないけど…」
「使えねぇな、お前」
(こいつそのうち絶対ボコボコにする)
忘却の彼方にある何かを思い出せず、バシレウスは首を傾げるのだった。
……………………………………………
「ば、バシレウス様が…居ない」
一方、バシレウスが忘れている事…つまり、街で金策を行っていたムスクルスは稼いだ金貨を手に青い顔をして…。
「ど、何処に行かれたのだ!バシレウス様!半日目を離した隙に一体何処へェッ!?」
そう叫びながら、バシレウスを探し始めるのだった……。
…………………………………………………
北部カレイドスコープ領の一角。所謂秘境と呼ばれる隠された地に聳え立つ巨大施設。まるで天に向ける穂先のように伸びる塔…『コヘレトの塔』と呼ばれる石作りの塔。
この塔は八大同盟の一角ヴァニタス・ヴァニタートゥムの本拠地であり盟主マヤ・エスカトロジーに代わり組織の主導権を握るコルロ・ウタレフソンによって作られた悪夢の塔である。
その塔の一角にて、空間が歪むほどの魔力が犇めき合う。
「凄い魔力だ…なんかの冗談かよ」
その部屋の前に立つヴァニタートゥム一般構成員が部屋の中で渦巻く絶大な魔力にゴクリと生唾を飲む。一般構成員は今この部屋の中で行われる会談を守るための衛兵として配置されているはずだが、何をどう考えても衛兵なんか必要ないだろうってくらい…とんでもない魔力が嵐のように吹き荒れているのだ。
いや、或いはヴァニタートゥム全戦力を扉の前に配置したとて…扉の中の戦力には及ばないだろう事は明白だ。
「そりゃそうだろ、だってこの中には今…あの人達がいるんだから」
「だよな…コルロ様も『焉魔四眷』を勢揃いさせているし…マジなんだよな」
そう、今この中にいるのはこの組織の舵取りを行う『吸血伯爵』コルロ・ウタレフソンとコルロ様に並ぶヴァニタートゥム最強の四人『焉魔四眷』。これほどの大戦力が一堂に会するなんて滅多なことではない。他組織、魔女側の戦力と戦う時だって多くても二人集まるかどうかと言うレベルの話…なのに何故これほどの戦力が今集まっているのか。
その会談の相手もまた問題なのだ、何せ今この部屋に来ているのは────。
部屋の中、豪奢な飾りと赤々とした絨毯が敷かれた応接間にて…会談は行われる。決して表沙汰にはならない、それでいて歴史に残るだろう大人物同士の階段。
「よく来てくれた、客人よ。この城の主人として…君たちを歓迎するよ」
巨大なソファに腰をかけ髪をかきあげるのは魔女レグルスと同じ顔を持つ魔人。吸血伯爵コルロ・ウタレフソンである。マレウスで巻き起こされる事件の数々を裏から糸を引き自らの糧としてきた闇の王にして…今、ガオケレナに並び最も魔女の座に近い者である。
そして彼女の背後に立つのは…四体の魔人。いずれもマヤにではなくコルロに忠誠を誓うヴァニタートゥムの主戦力にして今のヴァニタートゥムを象徴する存在。
『焉魔四眷』…と呼ばれる四体の幹部達。
「歓迎を、コルロ様の仰る通り」
焉魔四眷が一人で『渾沌』のペトロクロス。全身を紅の甲冑で、頭部は嘆き苦しむ人間の顔を模した兜で包んだ大男ながら異様なのはその肩から生えた腕。全部で六本の腕を同時に動かし一礼する姿は異様の一言に尽きる。
「私達が揃っていることが、貴方達への歓待の意です。くつろいでください」
同じく焉魔四眷が一人で『窮奇』のルルド、メイド服を着込んだ黒髪の女性とありふれた姿ながらその額には鋭いツノが生えており、その身から溢れる魔力は人の物とは思えない。
「ガカカカカ…不用意な真似したら分かってんだろうなぁ?」
そして焉魔四眷の一人『傲狠』のサンライトが牙を見せ笑う。3メートルを超える大柄であり、尚且つ異様なのはその青い肌とサメの頭部のような顔つき。手も人間の物とはかけ離れた水掻きと爪が生えた姿と…この中で最も人間離れした姿を持つ。
「モグモグ、で?そっちの挨拶は〜?」
一転して焉魔四眷の一人『饕餮』のアーリウムはこの中で最も人間らしいと言える。黒髪に幼なげの残る顔立ち、背丈も小さくまるで普通の少年ようではあるが…彼が抱える紙袋、その中に手を突っ込み口の中に放り込み食べている物。それは銀色の輝きを放つネジやボルトなどの金属製品。それをボリボリと音を立てて食べているのだ。
コルロの背後に立つ魔人達、皆それぞれがそれぞれ人の姿を捨てた怪物達。彼らは今現在存在するありとあらゆる技術や魔術をその身に一身に受け、細胞の一片も残すことなく魔術そのものへ作り変えた文字通りの『魔人』である。
故にその身から放つ魔力は八大同盟の盟主級にまで高められており、或いは上回るほどだ。これを所有できるコルロの戦力の凄まじさを証明するように…彼らはコルロのソファに立つ。
間違いなく世界最強格の強さを持つコルロと、それに付き従う焉魔四眷…彼らに睨まれれば如何なる交渉相手であれ折れてしまうだろう。
いや…違う、例外はいる…例えば。
「歓迎……か。私達は喧嘩のつもりで来ているんだがな…コルロ」
コルロの対面に座るのは、紫の髪に緑の軍服を着込み、手に持った杖で大地を叩く女性だ。もし彼女が街に出れば、住民達は皆彼女を指さしこう呼ぶはずだ。
『レナトゥス宰相』……と。
「そう言うなレナトゥス、それとも本気で私たちとやるつもりか?」
「それはこちらのセリフだコルロ、…あまりセフィラをナメるな」
コルロの交渉相手はレナトゥスである、そしてレナトゥスもまた背後に三人の従者を連れている。それは……。
「もしや今ならマレウス王国軍を動かせないと思っているのか?だとしたら心配は無用だ…私一人でもお前ら全員を殺せる」
メガネを動かしながら灰色の貴服を揺らすのはこの国の将軍マクスウェル・ヘレルベンサハル…またの名をセフィラ、『勝利』のネツァク。
「あぁ〜んレナトゥスしゃま〜!わたしこいつらの口車に乗せられちゃった〜ん!」
金髪の髪を垂らし袖に手を隠した絶世の美女が体をくねくね揺らす。彼女の名は王国裏処刑人オフィーリア・ファムファタール。またの名をセフィラ、『美麗』のティファレト。
「ナメてんのはテメェらだろうがよ。あんま苛立たせんなや…なぁ」
黒い髪から生えるのは漆黒の大角。見上げるような大男が黒いコートを叩きながら牙を見せる。彼の名はかつて三魔人の始祖と呼ばれた伝説の極悪人…業魔クユーサー・ジャハンナム。またの名を『峻厳』のゲブラー。
そしてレナトゥス…『基礎』のイェソド。マレフィカルム最強の戦力達であるセフィラが四人。集っているのだ。
「随分喧嘩腰だなレナトゥス」
「何度も言わせるな、お前の返答次第では喧嘩になると言っているんだ。コルロ」
コルロとレナトゥスの視線が衝突し火花を散らせ、それに伴いが後ろの者達もまた続くように魔力を吹き出し、空間が軋む程の魔力が爆発する。一触即発のムードの中…コルロはそれでも笑う。
「やめようレナトゥス、やる気になるのは」
「……なら何故、オフィーリアを巻き込んだ。貴様が迂闊にオフィーリアを使ったせいで総帥に我々の繋がりがバレたかもしれないんだぞ!」
「君の謀反が…ガオケレナにバレたかも…か。問題ない、ガオケレナがここに攻めてくるなら対処のしようはあるし彼女は迂闊には動けない。何より他のセフィラが動いたとしても君達と組めればなんとかなる」
「違う、私はガオケレナ様を裏切ったつもりはない。ただあのお方のご意志が…見えないだけだ、故にウルキ様に乗ったまで…」
「分かっている。…君と私の目的は同じなだけ、ただガオケレナは違うかもしれない。故に手を組んでいるんだろう?なら仲良くやろうじゃないか」
「フンッ、迂闊な人間とは組みたくないな」
レナトゥスとコルロはかねてより繋がっていた。レナトゥスはコルロの裏切りに気がついていたしコルロもまたレナトゥスの本心を知っていた。二人は竹馬の友と呼べる間柄であり…故にコルロが勝手にオフィーリアを使ったことが許せなかったのだ。
「元はと言えば君がレギナ王を暗殺しようとしたのが始まりだろう。私はそれに乗っただけだ、もっと言えば私と君の関係を部下に伝えていないなんて…こちらの方が信頼関係に傷を入れる行為だと言える」
「言えるわけがないだろう、……私はまだ完全にお前に乗ると決めたわけではない。ウルキ様も今はディオスクロア文明圏に居ない、その代行を何故お前が務めるんだ」
「またそれを言うか。なら安心しなさい…もう必要なものは全て揃った」
「何……?」
そう言うなりコルロは立ち上がり、近くの壁を数度撫でる。するとそれに反応し壁の石煉瓦が音を立てて動き、中から金庫が現れ…それを開け中から何かを取り出すのだ。
「私の体を完璧にする。その為に必要なものは…覚えているかい?レナトゥス」
「魔女の血、ガオケレナ様の木片、究極の肉体的超人。そして完成された血液…だったな」
「ああ、そのうち魔女の血とガオケレナの木片と超人は手に入っていた」
完璧な肉体を肉体を作る為に必要なもの、それは既に揃っている。
まず魔女の血だが…これはシリウスの血を手に入れている。最も鬼門と思われた物を手に入れることができたことからこの計画の本格始動は始まった。
ロストアーツだ、アド・アストラが迂闊にも作ったロストアーツ。それを新生アルカナが盗み出した事件があったが…その背後にはヴァニタートゥムの影響があった。
ヴァニタートゥムの使い…『幻月』のグリシャ・グリザイユ。グリシャの手引きによりアルカナはロストアーツを手に入れた…その時、ロストアーツからシリウスの血を微量抜き取りヴァニタートゥムへと送り届け、コルロはシリウスの血を手に入れることに成功した。
そしてガオケレナが帝都に行っている隙にマレフィカルム本部に潜入し…ガオケレナの種子を盗み出し、二つ目を揃え。
そして。
「先の戦いでバシレウスからネビュラマキュラの血を手に入れた。これで三つ目だ…全て揃った」
「バシレウスから…?それはまた」
「苦労したよ、君の育てたじゃじゃ馬を御するのは」
「フンッ…」
「これらを扱えば私の体は完成する。それは君にとっても悲願だろう?……原初の魔女シリウスの顕現。星さえ動かすあのお方の再臨は──」
「シリウス『様』だ。お前如きがあのお方を好きに呼ぶのは許せん」
「……ああ悪かった、シリウス様の再臨は君にとっても悲願、つまり私がシリウス様の依代になれば君も私も最高というわけだ」
天狼信仰とでも呼ぼうか。コルロとレナトゥスの視線が交錯する、シリウスの復活を望むレナトゥスとシリウス復活の依代となりたいコルロ。そんな二人を繋いだのがウルキだった。
ウルキは言った…『最近のガオケレナの様子がおかしい、今まで見せた事のない目をしている。もしかしたら寸前で裏切るかもしれない…そうなればシリウス様が復活出来ませんよね、それでいぃ〜んですか?』と。
天狼を信仰する二人にとってシリウス復活の失敗は悪夢も同然、たとえこの世全ての魔女を皆殺しに出来てもシリウス様が復活出来なければなんの意味もない。故にウルキの誘いに乗った、ただそれだけの話だ。
「私としてはシリウス様が今再びこ当世に再臨すればそれで良い。だがその為にはコルロ…お前の研究が上手くいくことが大前提だぞ、材料は揃った…だがまだ術式の解明がまだじゃないのか」
「途中経過の説明が必要かな」
「ああそうだ。仕事はどこまで進んでいる」
「確かにまだ終わっていないが…時間の問題だ」
そう言うなりコルロは机の上に取り出したアタッシュケースをドカリと置いて鍵を開け中身をレナトゥスに見せる。そこに入っているのは……。
「ガオケレナの種子か。お前が取ってきた物だな」
「ただの種子ではないよ」
そこには液体の込められた瓶の中に浮かぶルビーのような種が浮いている。これはガオケレナ・フィロソフィアの種子である。以前盗んできた物をこうして保管しているのだとコルロは語る。
「ただの種子ではない?総帥は自らの体を木に変え無数の種子を作り出す。それとは違うのか?」
「ああ、彼女の作り出す種子にも種類がある。まず魔力の器でしかない種子…攻撃に用いる物だね。次に肉体へと変ずる生命の種子、魂を込めれば擬似的に人物の蘇生も可能な代物だ」
「これはそれらとは違うと言うことか…?だが他に種類など…」
「ある、今挙げたのはガオケレナの意思で無限に作り出せるが…これは違う。これはガオケレナがただ一つしか作り上げられない、ガオケレナの魂そのものと言ってもいい種だ…」
うっとりとした表情で瓶を持ち上げ内側の真紅の種を見るコルロ。これはガオケレナにとって特別な物、ガオケレナがただ一つだけしか作り上げられない魂そのもの…それほどまでに大切な物だ。
「レナトゥス、君は魔女の不老の法やガオケレナの不死の邪法、そしてシリウス様の不滅の異法がどこに宿るか知っているかい?」
「魂だろう?魂そのものに術式を加えることで人の理を外れる」
「ああそうだ、だが魂に直接魔術を加えるのは危険が伴う。…故にシリウス様は肉体と魂のリンクを利用し肉体のとある箇所に魔術陣を焼き入れる事で魂そのものに魔術を染み込ませることに成功したんだ…その部位がどこかは、分かるかな?」
「…………いや」
「『子宮』だよ、新たな魂を生み出す命の源泉…それを変化させることにより無尽蔵の魔力を生み出し続ける機関へと作り変える。これが不老・不死・不滅の根幹さ、故に魔女は皆子供を作れない、死なない以上子を成す必要もないからあまりデメリットにはならないしね」
「…何が言いたい」
「つまりこの種は、そんなガオケレナの不死の根幹なのさ。この種子はガオケレナの子宮が変じたものさ」
「なッ……」
この種はガオケレナ・フィロソフィアという女が子供を作る為に持っていた物が種子に変化した物。既に不死の邪法はガオケレナの魂そのものに色濃く滲みついているからこの種を失っても問題はないのだろうが…。
問題なのは、この種にはガオケレナの不死の邪法の痕跡が残っているということ。
「ガオケレナにとってこの種子がどういう存在なのかは分からないが、彼女からすれば最早捨てても構わない物を何故ああも厳重に守っていたのかは不明だが、少なくとも我々にとっては救いの神も同然だ。不死の邪法の痕跡が残るこの種を解析すれば私もまた不死の存在になれる…私の不死はまだ不完全だからね」
「出来るのか?」
「出来るさ、問題ない。だがガオケレナは魔術に関しては史上最高クラスの天才だ…簡単には模倣出来ない。もう少し時間が欲しい」
「…………」
コルロの懇願を前にレナトゥスはやや唇を尖らせながら眉を垂れさせる。なんだか上手く乗せられている気がしたからだ…。故に自身の右腕たるマクスウェルに視線を送る。するとマクスウェルはその視線に気がつき。
「我々の目的を達成するにはコルロに乗るしかないでしょう、ガオケレナ様はやや本心が不透明だ…もしかしたらシリウス様復活の寸前でウルキ様を裏切り、その力を独占しようと考えるやもしれません」
「総帥ならやりかねないな…私としてはシリウス様のような存在の到来ではなくシリウス様の到来そのものが願いだ。そして…それはお前も同じだな?コルロ」
「ああ、シリウス様復活の為ならこの身を捧げても惜しくはない、寧ろ光栄だ……」
「分かった、なら…私達は少しの間身を隠す。この一件はコルロ…貴様に任せる」
「ありがとう、レナトゥス」
「だが…見張りは置く。オフィーリア、クユーサー、お前達はここに残りコルロが不審な態度を見せたら即座に殺して種子を持ち帰れ」
「はぁ〜い」
「ガハハッ!別に構わねぇぜ?暇だったしな」
「ふぅん…」
レナトゥスはここにオフィーリアとクユーサーを残すというのだ。それはつまりもしコルロがレナトゥスを裏切るような真似をすれば即座にこの二人がコルロに襲いかかり種子を奪還。そのまま種子を持ち帰り『裏切り者を始末し種子を奪い返しました』とガオケレナの手土産にする算段だろうとコルロは笑みの裏側で考える。
どこまでも人を信じない。ただ任せていいか任せられないかでしか人を見ない…。ネビュラマキュラ元老院が作り上げた完璧な人間、元老院の考える最強の王。ある意味もう一人のバシレウス・ネビュラマキュラと言っても良いこの傑物を前に、彼女もまた襟を正す。
「問題ない、この城の一室を貸し与えよう。よろしく頼むよオフィーリア…クユーサー」
「はぁい、まだアンタの世話になるかと思うと腹が立つけど…ンでもレナトゥスしゃまが言うなら従っちゃう〜!」
「ガハハッ!相変わらずナヨナヨしてんなぁ!」
コルロに案内されて別の部屋に消えていくオフィーリアとクユーサーを見送るレナトゥスとマクスウェルは静かに目を伏せ、共に立ち上がる。それを見たコルロもまた立ち上がり両手を広げ2人を心配するようなそぶりを見せる。
「それで君たちはどうする。現状では城には戻れないぞ、オフィーリアが見られた以上君達との関係にレギナ・ネビュラマキュラも気づくだろう」
「言ったろう、身を隠す。ネビュラマキュラ城での一件が事実ならお前が裏切ったことはもう確定事項だとガオケレナ様は見ているだろう、もう直ぐダアトが派遣されてくる。流石にダアトの相手はできん」
「ああ、彼女は強いからな」
ダアトは強い、と言うのは些か違うとレナトゥスは思う。正しく言うなら『ダアトはズルい』だ。奴は己の場所を知覚させない能力を持ち、その上で識確によりこちらの動きや未来を読む。基本攻撃は当たらない、そこに加えてあの魔法の練度と白兵戦の凄まじさ。あれは強いを飛び越してズルいの領域に入っている。
まず真っ向からの勝負は不可能。当然、自分達が戦っても勝負にならないとレナトゥスは考える。それに先程コルロは他のセフィラが攻めてきても大丈夫とは言ったが…セフィラの中でも上位と言われる栄光のホドと王冠のケテルがガオケレナ様側にいる、そして何より…。
「……バシレウス」
「うん?どうした」
「コルロ、バシレウスは殺したか?」
「いや?殺すとまずいだろう?君達の計画の要らしいから」
「……バカな奴」
「なに?」
てっきりバシレウスを殺したものと考えていたレナトゥスは首を振る。よもや血を取るだけ取って生かしたのかと…。
「ダアトはここには来ないな。代わりにバシレウスが来る」
「ほう、それなら都合がいい。今度こそ彼の体を分解して構造を研究させてもら──」
「不可能だ、もしバシレウスが到来して生きていたら…また会おう」
「…………」
レナトゥスは考える、バシレウスという男の恐ろしさ…その執念深さを。奴らがまだ子供の頃はこの手で打ち据えて教育していたが…いつ頃からかレナトゥスはそれをしなくなった。何故か、単純だ…バシレウスが手に負えないと考えたからだ。
(コルロはバシレウスの恐ろしさを分かっていない。バシレウスの恐ろしさは強さではない、あの強さでは未だ全くの完全体ではないことだ…いつなにをきっかけに奴の中の力が爆発して途方もない存在になるか、誰にも分からないことなんだ)
ウルキ・ヤルダバオトがその手で拍手し褒め称えた才覚、まともな訓練を行わずして八大同盟の盟主級を殺す実力の高さ、…最近魔女の弟子達は己の中の才能を爆発させ次々と八大同盟を屠っている。
それが何故、バシレウスにも起こり得ないと言えるのか。魔女の弟子達のような急激な力の上昇がバシレウスにも起こらないと言えるのか。レナトゥスはそれをかなり早くから危惧しバシレウスに対して完全なる恭順を示すようになったのだ。
(バシレウスはここに来る。確実にやってくる、一度土をつけられたアイツが泣き寝入りをするわけがない…。ともすればこれでコルロも終わりか)
これは身の振り方を考えなければならないかと、レナトゥスは静かに考える。全く…我が身の不覚が招いた事とは言え、面倒なことになった。
「レナトゥスめ、自らが生み出した物に恐れを抱いたか。ネビュラマキュラ元老院と同じ末路を辿るのはお前の方だ……」
立ち去るレナトゥスの背中に舌打ちを送るコルロは苛立ちのままガオケレナの種子をケースに収納し背後に侍らせている多腕の戦士ペトロクロスに持たせる。
バシレウスがここに来る?確かにあれは強い。潜在能力も目を見張る物がある、いずれはマレフィカルム最強となるだろうと皆が言うようにいつかは我々すらも超えて世界の頂点に立つだろう、それだけの物は持っている。
だがそれはいつかの話で今ではない。奴は未完成である事に変わりはない…それに、奴が来る前に私自身が完成するのだから、問題ない。
「ンで?コルロぉ…」
「何かな」
すると、レナトゥスに残されたクユーサーは腕を組みながらギロリと睨む。かつては世界最強の大犯罪者と呼ばれ業魔の異名さえ取った男が…今や宰相の使いっ走りとは、なんてことを言えばコイツはプライドを傷つけられて怒るだろう。
「さっきの材料の話、魔女の血、完成された血、そしてガオケレナの種子が必要とか言ってたな」
「ああ、言ったが?」
「そしてそれに加えて…究極の肉体的超人も必要…と言ってたが、これにアテはあんのか?さっきはここを省いてたからよ…」
「ん?ああ…そうだったね、まぁこれに関してはレナトゥスも聞くまでもないと感じたから聞かなかったんだろう」
言うまでもないだろうそんな事。究極の肉体的超人と聞いて誰を思い浮かべるよ…。
「……まさかマヤのことか?」
「ああ、彼女には私の研究の生贄になってもらう」
「お前ンところのボスだろ…生贄にすんのか?あれだけの上玉をもったいねぇ」
「そう言う契約だったんだ、彼女も文句はないだろうさ」
究極の肉体的超人とは即ちマヤのことだ、彼女の肉体を私の肉体完成の素材として生贄にする。これに関してはマヤも了承している…そう言う契約だったから問題はない。
だが…クユーサーの言わんとする事はわかる。
「だが確かにマヤほどの人物を使い捨てるのは勿体ない。彼女は有史以来『聖人』ホトオリに匹敵し得る唯一の超人だ…シリウス様が復活した折には戦力として残しておいた方がいいだろう」
「けど使っちまうんだろ?」
「ああ、と思っていたんだ…だが実は、代替え素材が見つかった」
「何?」
「もしそれを確保できれば、マヤを使わなくてもいいかもしれない」
「究極の肉体的超人が…もう一人いるのか?」
「と言うより、マヤの血を継ぐ子供が居たんだ」
「アイツ経産婦だったのかよ」
そう、マヤはかつて子供を作ったことがある。二十数年前に一度だけね…ただマヤはその子供を私に隠そうとした、見つからないよう育てようとした。まぁそんな物無駄で即座に私にバレてマヤは子供を抱えて始めて私から逃げようとした…だが、逃げきれなかった彼女はその手で赤子を殺したんだ。
あれは雪が降り積もる夜…オライオンの港だったか。マヤは赤子をオライオンの凍海に投げ捨て、泣いていた。だが一生私に使われるより良いと考えたんだろう…その覚悟に免じて私もこの一件を不問とした。
「マヤの子供は…死んだ、そう思っていたんだ…私もウルキ様もマヤ自身も。だが、クックックッ…まんまと騙されたよ」
死んだと思っていた、死んだと思わされていた。マヤは赤子を海に投げ捨てたんじゃない、布で包んだ石を海に投げ捨てていたんだ。マヤは赤子を何処かに置いて…生かしていた、それ以来マヤも赤子がどこに行ったかは分からないだろう。だがどこかで生きていることを願って今日まで生きてきたんだろう。
……だが、神は…天運は私に味方をした。見つかったんだよ…その赤子が。
「その赤子が見つかった、先日サイディリアルに赴いた時それらしき人物を見かけた、もし奴を捕まえることが出来たらマヤを消費せずに済む」
「マジか…マヤの子供がマジで居たのか…!いや、それ本当にそうか?見かけただけだろ?と言うかなんでその時連れ帰らなかったんだよ」
「サイズが思ったよりも大きかったんだよ…だがその代わりに少し血液をいただいてきた、寝ている間に…少量ね。そしてそれを検査した結果…答えが出た」
そう言ってコルロは一枚の紙を取り出す。マヤの血とその子供の血液情報を分析し一致率を検査した、その結果は…紙にこう記されていた。
『マヤ・エスカトロジーとネレイド・イストミアは血縁関係にある』
と…そう書かれていたんだ。これを見た時コルロは自身の天運の強さに思わず笑みを溢してしまった。
「マヤの娘は生きている、超人としての質は劣るがマヤの遺伝子を持つコイツにはきっとマヤと同等の変質遺伝子が眠っているはずだ、或いは究極さえも上回る何かがネレイドには眠っている、それを使えば…私は完成される」
ネレイド・イストミア…夢見の魔女の弟子にしてオライオン最強の女、なるほどマヤの血を継ぐなら納得の経歴だとコルロは感じた。今魔女の弟子がどうこうと言う段階ではないが…コイツだけは確保してもいいかもしれない。
「安心したまえクユーサー、天は私に味方している」
全てが私に都合のいい方に向かっている、私が事を成すためにあらゆる物が味方している。何が立ち塞がろうとも…その全てを喰らい糧として、私は…天を掴んでやる。
…………………………………………………………………
着々と役者が揃い始める北部、だが…未だ舞台に全ての役者が立ったとは言えない。舞台に立つべき役者はまだ……ここにいる。
それは中部、リュディア領。かつてはロレンツォが統べるエルドラドによって栄えていたこの近辺も今やその栄華を失いつつある。特に衰退の爆心地となったエルドラドなんか今は酷いもんだ。
ゴールドラッシュ城はジズとメグの戦いで全壊、周辺もハーシェル一家の勢力とアド・アストラ軍の戦いで壊滅的な打撃を被り…かつては永劫の繁栄を謳ったこの街も廃墟の群れとなった。
かつて住んでいた住民達は皆方々に散った、幸い金持ちばかりが住んでいた事もあり難民化する事もなく各地に順応していったが、残された街はそれ以来人も寄り付かずロレンツォの偉業を讃える墓標だけが今もここに残されていた……が。
今は違う。
「おーい!こっちだー!」
「ここに置いてくれ、次の搬入は?」
「鉄材の数の確認、急げよ。時間はかけられない」
かつて無人だった廃墟群には大量の作業員が流入している、皆あちこちから鉄材や魔力機構を運び込み一時的な置き場としてエルドラドを使っている。人員の数は数万、資材の規模も凄まじく、皆マレウスの国章を胸に刻み働いている。
静寂は喧騒に切り裂かれ、瞬く間にかつての賑わいを取り戻したエルドラド…その中心にて陣頭指揮を取るのは。
「作業進行度の確認をお願いします、レギナ様」
「分かりました」
白髪に赤目を持つ女性…否、女王。レギナ・ネビュラマキュラである、いつものドレスではなく新品の旅装と革の鎧を身につけた彼女は廃墟となったエルドラドを歩き作業員達の報告を受け、即座に命令を出し、陣頭指揮を取る。
遂にこのエルドラドを元に戻す計画が実行されたのか…とかそう言うわけではない。
「ステュクスが北部で頑張ってるんです、私も頑張らないと…」
レギナは、痛感していた。今この国の各地で起こる問題を前に自分は全くの無力である事を。マレウスに根を張る過激な集団マレフィカルム…そして八大同盟、奴らは自分の目的の為に他者の命と尊厳を踏み躙る事を厭わない…そんな奴らをなんとかする為にエリスさん達や特にステュクスが矢面に立ち戦ってくれている。
これを解決する為に必要なのは、国王としての風格ではない…力だ、力が必要なのだ。だが私はバシレウス兄様と違って戦えない、弱い。マレフィカルム達との戦いで私は役に立てないし何も出来ないんだ。
けど……それじゃあダメなんだ。
「弱さを言い訳に、誰かの背中に隠れても、失うばかりだ。私はもう何も失いたくない、今日までに失われた尊き命達の為に…私は引けない」
レギナは一人、エルドラド崩れかけの摩天楼の屋上に登り、見下ろす。遥かに広がるこの地平には遍く人が生きている、彼らを守るのは私の役目だ…ネビュラマキュラの宿命だ。
そして今私の代わりに守ってくれているステュクスの為にも…私は力を手に入れなければならない。故に…私は今日まで夜遅くまで資料を書き込み、設計図を精査し、多くの人達に頼み込み…ようやく作業に漕ぎ着けた。
それは無力な私に力を与える為の作業…と言っても今更この手を鍛え上げる事も魔力を磨き上げる事も意味はない、だから…私は。
「作り出します、マレウスの盾を……」
見下ろす地平の一区画に映る光景にレギナは目を細める。私がここに来たのは悪いけどエルドラド復興のためではない、力を得るためだ。
その為に書類を作成し方々に頼み込み、更にメグさんに頭を下げて帝国からの技術支援も受けた。そう…エルドラドにはまだ残されている。
かつて世界最強と言われたら暗殺者…ジズ・ハーシェルがその半世を注ぎ込み作り上げた超巨大戦艦『空魔の館』が。
(世界各地を飛び、それでいて誰にも見つかる事なく長時間の飛行を可能とし、更に街一つ消し飛ばせる超強力な武装も兼ね備えている。あれだけの空中戦艦は帝国でさえ持ち得ない…これを、私のものにすればマレフィカルムにだって対抗出来るマレウスの切り札になる)
空魔の館はエルドラドでの戦いでエリスさん達により撃ち落とされた。館を守るファイブナンバーは全滅し最後はエリスさんにより投げ飛ばされる形で中部の平原に墜落…以降そのままになっていたそれを、私は改造しマレウスという国の最終兵器に改造するつもりなのだ。
調査したところ大部分の機構は壊れていたが原型となるエンジンや骨組みは修復すれば再生可能であるとの調査結果が出た。何より空魔の館に搭載されている超巨大魔力砲門ペイヴァルアスプも生きていることが分かった。
なら、放置して誰かに使われるより私が使ってしまおうということでこの計画は始まった。
計画の名は…『アーク・マレウス』、これが完成すればマレウスは危機を自分で振り払える戦力を得られる…けど。
(マレウス中の技術者を招集し、帝国からの魔力機構開発局の支援を受けても、足りない。ジズが半世をかけて作った傑作を再生させその上で更に強化するには…マレウスには人材が足りない)
本来ならここにいて欲しかった人間がマレウスにはいない。開発の天才チクシュルーブ、魔力方面の有識者トラヴィス、どちらももうこの世にはいない…マレウスが誇る天才達が居ない。
ここが一番の問題だった………けど、そこももう解決した。
必要なのは空魔の館を解析できる人物と、ソニアの技術力、失われたこれらを持つ人間が…今私の側にいる。
「なぁに黄昏てるのかなぁ、お姫様」
「空魔の館……それをまさか利用しようとするなんて、ジズもあの世で泣いているかもしれないな…けど、ザマァ見ろだ」
私の背後に立つ二人の人物、彼女達は…私があの日メグさんに頭を下げてどうかお願いしますと何日も頼み込んで招聘した人物達。あのメグさんですら彼女達を私に預けることに難色を示したが…それでも私のやりたいことに共感して最後には任せてくれた。
そう…その二人こそ。
「貴方達のおかげです、コーディリア…アナスタシア」
振り向けばそこにいるのは長身のメイド…元ハーシェル一家の六番手コーディリア・ハーシェル。そして黒いコートを着込んだ短髪の女性、逢魔ヶ時旅団のNo.2…『殺剣』アナスタシア。
二人ともメグさんと戦い、そして帝国に収容されていた人物達。その二人を一時的に釈放しマレウス王宮で雇い入れるという話をメグさんにしていたんだ。当然最初は拒否された…この二人は危険すぎると、戦ったメグさんが言うんだ。これを説得するのは難しかったが、それだけの価値はあったと言える。
アナスタシアの体はソニアが作った技術の塊だ、そしてアナスタシアにチクシュルーブの跡地からソニアの持つ設計図の数々を持ち帰らせこれを解析しマレウス技術陣に与え戦艦建造の一部とする。
そしてハーシェルの一員として空魔の館のメンテナンスにも関わったことのあるコーディリアからアドバイスを受けながら修復再生を行わせることで未知の技術の結集だった空魔の館もみるみるうちに直って行った。
この二人のおかげで工期を三分の一程に縮められた。
「しかし、豪胆だなぁ…私達を雇い入れるなんて」
「私達がお前を裏切ると…予測しなかったのか?」
「出来ませんよ、貴方達は」
「……分かってる」
二人には…首輪が嵌められている。メグさんが用意した首輪だ、これにより彼女達は私に命を握られている、私の意思一つで首輪は爆発する仕掛けになっているから、勿論私が死んでも二人の首輪は爆発する。だから私は裏切れない。
まぁ…その心配はなさそうだけどね。
「まぁいいけど、もうマレフィカルムには縁がないし、何より一度契約したなら傭兵は死んでも依頼主を裏切らない…ハーシェルと違ってね」
「そうか、まぁ私ももうハーシェルじゃないからどうでもいいが」
二人は既に現状を割り切っている。達人と呼ばれる領域にあるだけあって二人とも精神的に非常に円熟している。恐らくだが裏切りはない…だから。
「ありがとう、コーディリア…アナスタシア、貴方達のお陰で空魔の館をアーク・マレウスに改造する目処は立ちました」
「そりゃよかった」
「なら私達はお役御免か?」
「いえ、その前に一つ…頼み事があります」
二人は強い、マレフィカルムの事情にも精通している…なら、これもお願いしていいだろうか、いや是非お願いしたい…。
「二人には今から北部に行ってもらいます」
「北部?」
「そう、そこで…私の大切な人、ステュクスを助けてあげて欲しいんです。彼を探し出して彼の目的達成を手伝ってください、彼を…ここに連れ戻して」
「…………」
二人をステュクスの手伝いとして差し向ける。私はここでアーク・マレウスの建造を行わなくてはならない、だが作業が進んで二人の仕事がなくなった今なら二人を動かせる…けどアナスタシアはそっぽを向いて頭の後ろで腕を組み、コーディリアは静かに首を振り。
「断りまーす」
「私も、断る」
「なんで!」
「私達にメリットがない」
「これは…メグの頼みだから受けただけだ、私はもう暗殺者コーディリアに戻るつもりはないんだ…」
「なら…報酬を出します。もしステュクスを無事連れ帰れたら…私が帝国と交渉し貴方達二人を自由の身とすることをお約束します」
「…………」
私に差し出せる最大限の物を差し出す、勿論…こんな事約束して実現できるかは分からない、現状帝国には凄まじい恩と借りがある、技術班や技術を貸し与えてくれているんだ…資金援助もしてくれている。こんな状態であの皇帝カノープスを相手に交渉なんかできるのか分からない、けど…約束する。
するとアナスタシアはニヤリと笑い。
「交渉成立、受けちゃおうかな!」
「な、お前本気か?」
「勿論、報酬があり契約があるなら受けるのが傭兵のルール。そう言うあんたは受けないの?コーディリア」
「私は………」
「受けちゃえよ、牢屋の中でウジウジしてるだけが殺しの償いじゃないと思うけど?」
「……分かった、受ける。ステュクスだな…確かエリスの弟だったな」
「っ……ありがとうございます!」
アナスタシアは傭兵として、コーディリアは殺しの償いのため、私の頼みを受けてくれる。ありがたい、ありがたいったらありゃしない。ステュクスは私にとって…一番大切な人だから、彼が生きて戻ってきてくれるならなんだってする。
「ではお二人には帝国からの預けられた最新鋭の魔装を貸与します。だからどうか…ステュクスを連れて帰って」
「了解〜」
「請け負った」
二人は北部へ向かう、ステュクスを助ける為に…旅を続けるステュクス一向に加わる為に。
───北部カレイドスコープ領と言う名の舞台に今、着実に役者が揃いつつある。いずれ来る世界の命運を左右する巨大な宴を彩る花々として、一人また一人と北部へと集結する。
されど未だ、役者が揃ったわけではない…その全てが揃うのは、今はまだ…もう少し先となる事に気がついている者は、未だ居ない。