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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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682.対決 教導者エリス&現人神マヤ・エスカトロジー


現人神マヤ・エスカトロジー…その肉体は完成されており筋繊維、臓器、細胞に至るまで変質しており人の形をした別の何かとさえ形容される異質な存在である。


身体能力だけで言うなら魔女の領域にあるとされる彼女の圧倒的な実力、そして神の奇跡が生んだ最高の肉体を形容し人々は彼女を人であって人ではなく、この世にあって人の世の存在ではないとし現人神と呼んだ。


八大同盟の盟主の中でも上位に入るマヤという名の化け物は今…北部の大森林の只中で、戦っている。


「ほらほらバシレウス君、私はこっちだよ〜!」


「チッ…」


相手は魔王の異名を持つ男、同じく人を超えた領域にいる魔物…バシレウス・ネビュラマキュラだ。二人は北部の森にて衝突している…いや、森だった場所と言うべきか。


神世の超人と絶世の怪物の激突により森はめちゃくちゃに荒れておりそんじょそこらの災害とは比較にならない被害を出している。


そして、そんな荒れた大地を疾駆するマヤは高速で空中や地上を飛び交いバシレウスを翻弄し、そして。


「はい、隙だら───」


「そこかッ!!」


瞬間、背後に現れたマヤに向けバシレウスは振り向き様に拳を振るうが…その一撃は空を切り竜巻を起こし瓦礫が舞い上がる。声と気配だけがバシレウスの背後に現れたのだ、マヤは最初からそこに居なかった。なら何処にいる…。


「はい隙だらけッ!」


「ぐぅっ!?」


突如として虚空に現れたマヤの爆撃の如き蹴りが振り向いたバシレウスの背後から現れ炸裂する。その一撃で大地が揺れバシレウスの体のバランスが崩れ…一歩横にズレる。


「イテぇな!」


「ひゅー!今の食らって意識があるか…こりゃあ面白い!」


「うっせえな…!」


向かい合い拳を握るマヤとバシレウス、大柄なマヤがバシレウスの視界を覆うように広く構えを取り、バシレウスは気怠そうに拳を垂らし…両者に睨み合う。


疼く、ただ疼く。互いに内に抱える闘争本能を隠さない、牙を見せ楽しげに笑い…拳がギリギリと音を鳴らす。


「死ねやッ!マヤァッ!!!」


「お願いするんじゃなくて自分の手でちゃんとやりなよ!魔王様ァッ!!!」


瞬間、バシレウスの拳とマヤの腕がブレて…虚空に無数の衝撃波が走る、互いに踵を地面つけた状態で行われる無数の打撃戦。それは全くの互角で行われる…と思っていたのはバシレウスだけだった。


「はいッ!ここ!」


「うぉっ!?」


マヤの姿が消え去り一瞬でバシレウスの足を切り裂くような足払いを行う地面ごとバシレウスの足を浮かせる、それによりバシレウスは宙を浮き──。


「化身無縫流…『白蹄打脚』ッ!!」


「ごぶぅっ!?」


叩き込まれたのはマヤの野太い太ももによる剛撃、それがバシレウスの胸に衝突し体が吹き飛び瓦礫を舞上げながらすっ飛ぶ。


「化身無縫流…『穿通連拳』ッ!」


そして更に吹き飛んだバシレウスを追いかけながら繰り出されるのは無数の貫手、舞い上がった瓦礫を足場に乱反射しながら多段でバシレウスを切り裂き、幾度となく追い討ちを仕掛け、その拳を何度も叩き込み続け……。


「おい」


「およっ!?」


拳を十二度、叩き込んだ瞬間…十三度目の拳が止められた、吹き飛び続けているバシレウスがいい加減にしろとばかりにマヤの拳をその手で掴み、血みどろの体を動かしながら…更にもう片方の手でマヤの腕を掴み直す。


(ヤバッ!抜けらんねぇ!)


マヤは焦る、バシレウスの握力が凄まじくマヤは動けない、そのままバシレウスと共に空を裂きながら空を飛び…。


「いつまでも…」


「ッ……!?」


そしてバシレウスはマヤの体に足を引っ掛け…。


「調子に乗ってんじゃねぇッ!!」


「ぐっ!?」


一回転、体をマヤと入れ替え足で押さえつけながら地面に叩きつけると大地が引き裂かれる、裂傷の如く地面に八方向に伸びるヒビが果てまで飛び、生まれるクレーターの中心で押さえつけられるマヤに向け、同時に流れる血を手の中に集めると。


「お返しだ…『ブラッドダインマジェスティ』ッ!!」


「ちょ!それはヤバ────」


……紅の閃光が大地を溶かし、木々を燃やし一瞬で炭化させ、天に伸び雲を散らし空の彼方まで光の柱が伸びる。バシレウスのはなった血命供犠魔術が炸裂しその中心でマヤの体が光に包まれ…周囲のヒビが溶け出し溶岩となってクレーターに流れ込む。


「へっ…どうだ」


そして周囲が黒煙に飲まれバシレウスが笑い──。


「いやぁ効いた」


「は?」


「じゃあ次私の番ね」


がしかし、黒煙の中から腕が伸び…バシレウスの首を掴む。中から現れたのはあちこちに黒い傷を作りながらも平然と笑っているマヤ。そしてそのままバシレウスの体を持ち上げ…。


「離せや!おい!」


「化身無縫流…」


「おいッ!!」


「『颶流具琉旋風』ッ!!」


振るう、バシレウスの首を掴んだまま体を中心に縦に横に斜めに下に上に超高速で何度も回転させる。その回転の中心でバシレウスの体は振るわれ…血液が延伸力で引っ張られ一時的に窒息状態になり、意識が飛び…。


「『大山鬼殺し』ッ!!」


「がはぁっ!?」


そして、その勢いのままバシレウスの体を射出し溶けて固まった溶岩の壁に向け投げつけ粉砕する。その衝撃と痛みでバシレウスの意識は回復するが…気絶していたが故に受け身も防御も出来ずモロに体に衝撃を受け、地面を転がる。


「ぐっ…いってぇ…!」


「効くでしょう…キミみたいな闇雲な攻撃と違ってさ」


「なんだお前…その技」


しかしそれでも立ち上がるバシレウスは息を切らしながらもマヤを睨む…。マヤの使う技に…苛立ちを覚えていたのだ。


「あれ?知らない?武術だよ武術」


「武術?ああ…雑魚が自分を強く見せつけるために会得する虚仮威しの技だろ」


「違うなぁ、化身無縫流さ…ウルキさんから聞いてない?」


「クソ女から?」


薄ぼんやりとクソ女の顔を思い出すバシレウス。とはいえ子供の頃会ったっきりだから顔とかよく思い出せない…でもクソだった事は思い出せる。


「知らねぇ」


「あっそう、…これは争乱の魔女アルクトゥルスが持つ究極の武術。合理を極め術理を見極める技さ…」


争乱の魔女アルクトゥルス?…そいつは知らんが、そいつの弟子とは…いや会ったことあったか?こいつみたいな技を使う弟子ってあの場に居たか?それっぽい奴はいなかったが、まぁいいか。


「……聞いて損した」


「ありゃ?キミから聞いてきたんじゃないか」


「究極?極める?アホらしい…大層な言葉並べてテメェは今、俺一人すら殺せていない、剰えその技とやらを使っても結局俺と互角じゃねぇか。だから言ったろ、武術は…所詮虚仮威しの技だってよ」


挑発するように笑って手招きするバシレウスに…マヤは真顔で受け止めて。


「キミ、大物だね。こういう時そうやって笑える奴は中々いないよ」


「はぁ?」


「傷ついても余裕を崩さず、相手の技を見ても笑ってられる。これは余程のバカか…それを支えるだけの莫大なバックボーンがあるか、キミは恐らく後者」


マヤが足を地面の上で滑らせるような特殊な歩法で歩み…バシレウスの周りを歩く。


「聞いたよ、キミ…ルードヴィヒに手傷を負わせたんだって?」


「倒した」


「驚いたよ、ルードヴィヒといえば私達五本指やセフィラでさえ崩せなかった無敵の牙城だった、年老いていたとは言えそれに手傷を負わせ引退に追い込むなんて…最初聞いた時は信じられなかった」


「倒したんだよ、俺がルードヴィヒを」


「そしてこうして戦っていても最初は信じられなかった、コルロに負ける奴がルードヴィヒと戦って生きていられるわけがないって、でも違う…キミは違う」


マヤの体が…ぼんやりと輪郭を失い始める、体が無数に増えて見える。分身か…?


「キミは…未だ完成していないんだ。本当の力はルードヴィヒに匹敵するが…それを未だ引き出せていない、そしてそれは追い込まれれば追い込まれるほどに…壮絶なプライドで自分を奮い立たせ、限界を越えることにより本来の力が引き出される、つまり…キミは徹底的に痛めつけられる事で本領を発揮する」


「関係ねぇよ、すぐにでもテメェをボコボコに出来る」


「フッ…もしかしたらキミ、次戦ったら本当にコルロを倒してしまうかもしれないね。けどコルロもまた強い、アレは私でさえ恐ろしいと思うほどに壮絶な執念を持った女だ、追い込まれれば追い込まれるほどに手数を増やす。だから……」


いつの間にか増えたマヤの分身が…俺を囲み、構えを取る。そして…笑みを讃え。


「試す、キミが本当にコルロを倒せるかどうか」


「……倒させない、じゃなくてか?」


「いろいろ事情があってね、キミがコルロを殺すというなら止めはしないが…キミがコルロを止められないのなら戦わせられない」


「じゃあ問題ねぇな、テメェもコルロもヴァニタートゥムも全部俺が一人で壊す、俺は俺を侮辱し笑う奴は全員殺すって決めてんだ」


「面白いね…なら、私を先に壊してくれるかなッ!!」


瞬間、マヤの分身が…無数の影が一斉にかかってくる。瞬時にバシレウスは理解する、この攻撃は防壁では防げないと、故に口の中の血を吐き出し拳を握り。


「『猛虎羅王総撃』ッ!!」


「ッ来いやッ!!」


乱れ飛ぶ打撃、実態を持たないはずの分身の打撃全てが実体を持ちバシレウスを全方向で追い立てる、それを手で、足で、頭で、ありとあらゆる攻撃によって迎え撃ち応戦し無数のマヤと打ち合う。


しかし…。


「え!?」


消える、今さっきまで打ち合っていたマヤが消え去りバシレウスの手足が空を切る…一体何処へ?と左右に視線を走らせるバシレウス、がしかし既にマヤは次の攻撃の支度を整えており…。


「我流奥義…」


「あ!」


居た!と見つけたのは遥か向こう、マヤはバシレウスじゃ手が届かないくらい遠くに立っており、大きく腰を落とし…腹が膨らむほど息を吸い口元に手を当て。


「『────────ッッ』!!」


「は?……ゥッ!?ぐぶぅっ!」


マヤが何かを叫んだ。しかし声は耳に届かず…代わりにバシレウスは体を何かに貫かれるような感覚を味わい吹き飛ばされながら口の端から血を吐く。


──マヤの奥義の一つ『音波光線』…本来は鯨が狩りを行う際に行う指向性を持たせた超音波攻撃、それを発声により行う荒技。超高周波の振動は空気を伝って飛翔し障害物、防壁、防御、物理耐久力全てをすり抜け的確に相手に衝突し内蔵そのものを破裂させる。あまりにも高音であるが故に耳には聞こえず相手は何が何だか分からないうちに血を吐きながら死に至ることになる。


「がぁあぁ!ぐぅぅう!」


これにはバシレウスも堪らず悶えながら地面を転がる、口から夥しい量の血が吹き出しなんらかの臓器が破裂し胃袋にも穴が開きそこから食道を伝って血が出てきている事が分かる。しかし…それでもマヤは一切手を抜かず。


「そら、バシレウス…底力、見せてみな」


「ぐっ…!」


ドスンと音を立ててバシレウスの目の前にマヤが降り注ぐ、その右足を後ろに向け大きく振り上げ。


「オラァッ!!」


「がはぁっ!?」


鋭い蹴りがバシレウスの顎を射抜くように放たれ体が宙を一回転し蹴り上げられる……が。


「ぐぅう!テメェ…ッ!」


バシレウスはそのまま一回転し四足を突いて着地する、蹴り上げられる瞬間上半身を上げそのまま自ら一回転し飛び上がる事で蹴りの衝撃を緩和したのだ…それを見たマヤは舌を出して笑い…。


(それ、私がさっきやったヤツ。こいつ…アホみたいなスピードで私に順応して来てる)


マヤがタヴとの戦いで何度か見せた体を回して衝撃を緩和する技、それをこの土壇場で真似して来た。つまりマヤの動きを噛み砕いて見切り自分のものにしているのだ。


「ハァ…ハァ…次はテメェが…血ィ吐く番だぞ…マヤ・エスカトロジー…!!」


(なるほど、打っても蹴っても倒れず、相手に順応し続け上回る。それが底力の正体か…こいつはマジでコルロを…いや、或いはガオケレナやウルキ…果ては魔女さえも確実に越える)


脅威の順応能力。その底知れない力にマヤは笑みを隠さず…更に深く、構えを取る。


…………………………………………………………


「驚いた、バシレウスの奴…マヤと互角に戦っている」


タヴは戦慄していた、バシレウスとマヤの対決…それは殆ど互角と言ってもいい程に伯仲していた。


バシレウスではマヤには勝てない、そう断言していたタヴだったが…。普段バシレウスが見せている力も大したものだが…相手が自分より強くダメージが累積するほどに相手の実力に近づくという謎の底力を持ち合わせている事を確認し底冷えする。


(アレで未完成とは…あれが完成したら、一体誰がバシレウスを倒せるというのか)


あのレナトゥスをして『魔女を超える魔王』と称させただけはある…。


「どうやら手助けはいらんようだな…」


恐らくあの戦いはどちらかが死なない限り終わらない、つまり決着はまだ先だ…。態々ここで観戦している必要はあるまい。


「ここは任せるぞ、バシレウス」


コートを翻しタヴは魔力を噴射し空を駆け抜け…半壊した黄金の館に戻る。この館にコルロがいないことは分かっている、だか。せめて…奴の居城。


ヴァニタートゥムの本部『コヘレトの塔』の場所を記す手掛かりでもないか…それを探しに行くのだ。


「プラクシス達はもう殆ど残っていないか」


瓦礫を弾いて開いた穴から黄金の館に入り込むが…プラクシスは全滅、生き残ったメンツも逃げ仰せて消えている。まぁそれはそれで好都合だ、次はもっと熟成した革命論を語れるようになって出直すのだな。


「さて…ここか?」


館の中を歩いていれば、一等豪華な扉が見える。恐らくここがこの館の機密情報を扱う部屋だろう…そう思い部屋を開ければ、ビンゴ。大量の蔵書を抱える本棚が乱立する部屋が見えて…ん?


「む…?」


「貴方は…」


そして、その本棚の前に一人の大男が立っていた。見慣れない白い鎧、ズタボロだが力強く立つその姿には覚えがあった…それは鎧の男も同じだったようで、こちらを見るなり読んでいた本を閉じて…。


「お前、タヴか!」


「カルさん!」


カルウェナンだ、メサイア・アルカンシエルに所属する魔法と武術の達人。マレフィカルム六番手に位置する実力者であり…昔お世話になった人物との邂逅に思わずタヴの顔が綻ぶ。


「お前、帝国に捕まっていたと聞いていたが。出て来たのか!」


「革命の炎は蓋をしても消えることはないのです」


「相変わらずだな。元気そうで何よりだ。それに大きくなった…」


「カルさんこそ、ここで何を」


カルさんを見れば彼には似合わない程に大量の傷を作っている。カルウェナンにこれ程の傷を与えられる人間などこの世に数えるほどしかいない、恐らくはマヤだ。つまりマヤと敵対している…そしてマヤの口振り的にカルウェナンもまたコルロと敵対している。


と…その瞬間、カルウェナンの本を掴む指が一瞬ピクリと動いた、こちらを警戒している。ああ、そういうことか。


「カルさん、俺は今…マレフィカルムを抜けている。コルロを打倒する為に北部に来た」


「む、なんだ…そうだったか。いやお前の身の上を考えればマレフィカルムから抜けているのは自明の理だったか、すまん…少し警戒した」


身の上の話をして誤解を解く、カルさんは俺の脱獄を知らなかった、つまり俺の今の立ち位置を知らない。こちらの立ち位置を説明せず事情を聞くのは少し無礼だった。反省しなくては。


「いや何…実は小生も今はマレフィカルムを抜けているんだ」


「風の噂で聞きました、メサイア・アルカンシエルが崩壊しイシュキミリが死んだと」


これを聞いた時は驚いた…あの魔女の弟子達がメサイア・アルカンシエルを倒したというのだから。帝国で会ったことのある弟子といえば皇帝の弟子メグ…そして少ししか顔を合わせていないが、シンを倒したエリス。


恐らくはこいつらがメサイア・アルカンシエルを倒したんだろう。やはりアイツらは油断出来ん。アルカナを崩壊させただけはある。


「ああ、小生はイシュキミリの仇を討つため…マレフィカルムと敵対している」


「魔女の弟子が仇では?」


「違う、イシュキミリを都合のいい捨て駒にしたのはセフィラ達だ…故に小生は理解のビナーを討つ為に繋がりのあるだろうレナトゥスの尻尾を掴む為…」


「それと関わりのあるコルロを追っていると…なるほど、理解しました」


「ああ、で?タヴ…お前は?コルロを止めるとか言っていたが…奴め、何か企んでいるのか」


そこでタヴはコルロがマレフィカルムを裏切っていること、そしてその背後にウルキの影があること。今マレフィカルム内部では『ガオケレナ派』と『ウルキ派』の喰い合いが行われている事を伝える…するとカルウェナンは静かに首肯し。


「なるほどな、兆候はあったが…そうか」


そう言いながら静かに受け止める…ふと、タヴは瞼を上げ一つのアイデアを口にする。


「どうでしょうか、カルさん。ここは俺と一緒に行動しませんか?今は一人でも味方が欲しい…何よりカルさんが一緒にいてくれるなら心強い」


「それはこちらのセリフだ、お前がいてくれるなら百人力だ…他のアルカナメンバーはいるか?レーシュか…コフがいればなおいいが」


「居ません、俺一人です…ああいや、今はアルカナメンバーではありませんが…一人、味方がいます」


「ほう、そうか…実は小生も一人、有望そうな若人を仲間に引き入れようと考えていてな」


「それは……」


驚く、カルさんが若人に期待するとは…彼は他人を尊重するようでいて殆ど興味を示さない孤高の男だ、それが他人の可能性に期待するとは…余程の人物だろう。自慢ではないがカルさんが期待した若人など俺とシンくらいなものだ…。


「是非名前を聞きたいですね、あの無双の剣騎士が期待を寄せるとは…余程の人物なのでしょう」


「ああ、名前はな……」


そうカルさんが口にした…その時だった、館の奥から鳴動するような振動が響いたのは。それを感じたカルさんは…チラリと振動の方を見て。


「どうやら始まったようだ」


「始まった?何が…」


「男一匹が死に物狂いで掴んだ…執念の勝負がだよ」


そう言いながら満足そうに腕を組むカルさんを見て…タヴもまた頷く、よく分からないがきっとそれは革命なのだろう…と。


………………………………………………………


そして時間は数分前に戻り…館の中を疾走するステュクスは、偽エリスを追いかけて崩れかけの館の中を走り抜けていた。


「だぁあ!クソ!偽物の奴!どこ行きやがった!つーか館崩れすぎ!マヤどんだけ好き放題暴れながら走ったんだよ!」


足元には拳大の瓦礫やら俺より大きな瓦礫がゴロゴロと。それを踏み越える為足を大きく上げながら走りながらボヤく、マヤが全力で駆け抜けたことによりもう館はメチャクチャ…ここアイツの拠点とかじゃないのか?


まぁ幸いなことにプラクシスの兵士達はもう殆どいない、前から襲撃者があり館の真ん中でマヤが大暴れしたことにより壊滅的な打撃を負ったんだろう、残った連中もきっともう逃げたはずだ、そういう意味では瓦礫以外に障害物がないのは楽と言える。


「しかしさっきから地震起こってるけど…またマヤが暴れてんのか?」


地鳴りというかなんというか、不自然な振動が足元から伝わってくる。マヤが誰かと戦っているのか…だとしたら相手はあのマヤがそれなりに力を出して戦わなきゃいけない相手ということ。あの怪物相手に戦えるってどういうことだよ…。


『おいステュクス、お前さっきから全力で走っておるが…あの偽物エリスと戦う気か?』


「それ以外なんのためにこんな危ない場所に留まる理由があるよ」


『戦う気ということは倒す気なのじゃな、で?方法は?無限に回復するアイツをどう倒す』


「さぁ、計画はない」


『お主なぁ〜マジでさ〜』


偽エリスは無限に再生する、腕を切り落とそうが頭を叩き割ろうが動き続ける。そんな奴をどうやって倒す、そう聞かれても答えられない。だって考えてないから、いやそもそも考えて出てくるか?答えなんか。


戦ってる最中になんとか方法を見出すしかないだろ…。


「でも、やるしかないだろ…もしマヤが本当にコルロのところに案内してくれるなら、このチャンスは逃せない」


『まぁ好きにせえ、お前を止める事はできんことくらいもう分かっておる。じゃがやるなら…』


「勿論、勝つさ!」


そう言いながら走っていると…ふと、扉の外れた部屋の中がチラリと視線に入る。それは恐らく…なんらかの講義を行うための会場なのだろう。他の部屋よりも広く、ドーム状に広がり無数の椅子の破片が転がる黄金の大部屋、それが視線の端に引っかかり…俺は足を止める。


「………いた」


そしてその中心で、錫杖を片手に何かをしている偽エリスが目に入る。こんなところに居やがったな…アイツ!


俺が一歩、部屋に踏み込めば…偽エリスは俺に背を向けたまま、静かに首をあげ。


「来たか、ステュクス・ディスパテル」


「ああ、来てやったぜ…木端女」


「……本当に最悪の気分だよ」


偽エリスは錫杖で地面を突きながら大きなため息を吐き背中を丸める、相変わらず俺には視線を向けず…ワナワナと震えながら、口を開き。


「全て順調に進んでいた、北部の若者達を使い新時代の秩序を形成する為…啓蒙活動を行う任、マヤ・エスカトロジーをこの地に留める任…コルロ様の副官として相応しい大役。それを達成出来る寸前で…よくも、よくもメチャクチャにしてくれたな」


「知らねーよそんなこと、テメェ俺の姉貴のツラ使って好き勝手やってた癖に何被害者ぶってんだよ」


「この顔は孤独の魔女の弟子エリスの顔だったな…私はどんな顔でもよかった。だが…コルロ様の在り方に合わせるならば、この顔こそ相応しかっただけ…故に私は、この身をあのお方の研究に捧げ、あのお方の道に追随する存在となる為…顔を変えた」


「分かりにくい話やめてもらえますか?分かる言語喋れよ」


「ああそうか…そうだったな、お前達はどこまで行っても…所詮我々の言葉の意味さえ理解しない猿だったな。なら…猿に合わせて分かりやすいやり方をしてやろう」


そして偽エリスはローブをマントのように翻しこちらに振り向く、その体は木の根に覆われており鎧のように身に纏い…その上で更に木の根は肥大化し、俺の二回り程巨大な漆黒の魔人へと変身した偽エリスは…憎悪に満ちた目を向けて。


「私は、ここで、お前を…殺す。最早この状況のリカバーは不可能…故にこれはただの八つ当たりだ。せめて…この苛立ちを解消出来るくらいは持たせてみせろよ、下猿が…!」


木の根が顔を覆い…右目だけが黄金に輝く。手に持った錫杖が木の根に覆われて剣となり…ズシンと音を立てて木の魔人がこちらに迫る。


「上等だ、テメェこそ…でかい口叩いてあっさり倒れんなよ!」


二本の剣を構え魔人と相対する。外から響く振動により天井が崩れ陽光が差し込み、光に照らされた土煙がキラキラと輝く中…俺と、魔人は、確かに一歩踏み込んで─────。


「死ねぇっ!劣等種ッッ!!」


来る、巨大な木の刃が振り下ろされる。防御!とか出来る質量じゃない、回避するしかないと踏み込むと同時に爪先の方向を変え横方向に向けて飛び込むと…地面を切り裂いた木の刃が蠢いて…。


『ステュクス!まだ来るぞ!』


「ッッ…!」


地面を切り裂いた木の刃から芽が出て、一瞬で目が木に変わり無数の木の根が飛び出し槍のように俺に向けて飛んでくるのだ。あの剣も偽エリスの一部なんだ…そりゃそう言うことも出来るよな!


「ナメんじゃねぇ!」


けどその程度の攻撃なんか簡単に弾ける。次々と迫る木の槍を双剣で弾いて道を作ると同時に剣を一度手元で回転させ掴み直すと…。


「師匠直伝!凪落としッ!!」


飛び込みながら上半身を横にし両腕を薙ぎ払うように縦方向の斬撃を放ち偽エリスの剣を握る巨大な腕を切り落とす…が。


「無駄だ…無駄なのだ、分からないか」


切り裂きた側から断面から這い出た木の根が切り落とされた腕を掴みそのまま縫合し傷が再生する。やっぱダメだよな…あの程度じゃ傷にもなりゃしないよな、うーん!どうしよう!


「これが、選ばれ者の力だ…!お前達のような無知蒙昧な劣等種には分かるまいッ!」


「うぉっ!?」


振り上げられる足が地面を切り裂き絶大な衝撃波が炸裂し俺の体が吹き飛ばされる。


「私はコルロ様に選ばれたッ!新時代の支配者となられるあのお方が選んだ!この私をッ!故に私にはお前達のような物知らずを教育し導く役目がある…と言うのに、貴様は!!」


「ちょっ!危ねっ!」


そして吹き飛んだ俺の体に向け偽エリスが拳を振るう。すると拳が毛束のように解け無数の黒い木槍となって雨のように俺に降り注ぐ、慌てて手足を動かし串刺しにしようとする槍の雨から逃げ回る。


「プラクシスもお前も!物を知らない猿の分際でッ!何故私の思う通りに動かないッッ」


「テメェ神にでもなったつもりか!」


「ああ!或いはそうとも!物を知らぬ者達を物を知る私が支配する!その構図は神と人にも似るだろう!」


「勝手なことを!」


次々と放たれる木の槍が壁を貫き続ける、雨のように降り注ぐ連射が逃げ回る俺を追いかけ辺りに土煙が充満し始める。


「勝手か?私は勝手かステュクス・ディスパテル!だが私は何も強制はしていない!あれは奴等の意思で行われた物!暴走したのは奴等の決定だ!」


「それを促したのはお前だろ!!」


「道を示しただけだ!」


黒い槍の雨を掻い潜り…大地を踏み、崩れた机を足場に飛び、更に俺に向けて飛ぶ黒い槍を身を翻しながら回避し足場にして更に飛び、木の魔人に肉薄すると同時に双剣を振るえば…魔人の振るう巨剣と衝突し火花が散る。


「プラクシスに集まった若造達はな!本気で新たな時代を創造しようだなどと考えてはいなかった!ただ当事者になりたかっただけだ!回り続ける世界の中心に立っていると錯覚していたかっただけだ!バカな話だッ!世を変えられるのは…理性を持つ者だけだと言うのに!」


「グッ!!」


「そしてそれは私ッ!私は奴らを使い火種を広げ新世界の覇道を作り上げるッッ!!」


しかし俺は偽エリスに押し負け地面に叩きつけられ大地が割れる。そんな俺を見下ろしケタケタと偽エリスは笑う、笑い続ける。


「この世の理屈さえ知らない物知らずに私が知恵を与える、さながら猿に火を与えるが如く!されど所詮猿は猿!火の扱いも知らず自らが火に巻かれていると言うのに喜んで私の言いなりとなる!そう言うバカは…非常に使いやすかった!」


「テメェ…プラクシス使って、マジで国家転覆でも企んでたのかよ」


「違うなァ…国家転覆?見ている視座が低すぎる!私はコルロ様に選ばれた神!見ている地点はもっと高く広い…」


そう言うと木の魔人はニタリと口を開ける…するとその中に偽エリスの不気味な笑みが浮かび…って、ああ。こいつ木の魔人になったわけじゃなくて中に本体があるのか。まぁそうか…変身の過程的にそう言う感じになるよな……。


「私が欲したのは…渾沌だッ!興奮!暴走!恐怖!憧憬!それらが臨界点に達した時に生まれるスタンピードッ!それを全世界で引き起こすこと!その火付け役がプラクシス!無政府主義者達が農民や下民を巻き込んで富裕層を襲い富裕層は下民を敵の見なし殺す!味方などどこにもいない荒れ切った世界を作ること!」


「なんじゃそりゃ…そんな事して、なんの意味が…」


「そしてこの魔女世界が荒んだ時こそ…天より救いの神が降臨するのだ」


偽エリスは口の中で体を動かして、取り出したのは黄金の書物。それを愛おしそうに抱きしめながら恍惚の笑みを浮かべる。救いの神…?


え?何?じゃあこいつら…救いの神を顕現させるために態と世界を破滅させようとしてんのか?そりゃ…あんまりにも本末転倒だろ。


「つまり…テメェの目的は、救いの神の降臨?アホか…そりゃ、あれだろ。医者に診てもらうために自分で怪我するようなもんだろ、目的と手段が入れ替わってるぜ…」


「救いの神が降臨すればこのくだらない世界は浄化される、救いの神こそ絶対。彼女を否定する下民に溢れた世界なら滅ぼしても構わないだろ」


「そもそも前提の話として…いるわけねぇだろ、救いの神なんか…」


「いるさ…いるよ、救いの神…天狼シリウス様は実在する」


「シリウス……?」


『…………』


なんだ、具体的な名前があるのか。つーか狼って…救いの神にしては狼とは不吉だなオイと脳内でボヤきながら剣を杖に立ち上がる…。


「天狼シリウス様は世界を浄化する、魔女すらも超えるあのお方は汚れ切った世界を浄化し新たな世界を創造するとコルロ様は語った、そして…その新世界では我々のような選ばれし者が永劫の繁栄を作り出すとも」


何言ってんだこいつはさっきから、もっと現実感のある話をして欲しいモンだが…と言うかそれって。


「宗教的な話か?」


「一緒にするなッ!これは確かな計画なのだッ!!愚鈍な民を支配し新時代を作る私がシリウス様と共に新世界の創造者に……」


「つーかさ、普通に疑問なんだけどさ。なんで普通にお前が選ばれた側にいるわけ?」


「は?」


ふと、気になって血だらけの髪を掻きながら聞いてみる。こいつもなんか今はお話モードみたいだしさ。だって気になるじゃん…汚れた世界を浄化するんだろ?こいつ汚れじゃね?なんでこいつは浄化されない前提なの?


「言っただろ、私はコルロ様に選ばれた側だからだ」


「選ばれたって、その証拠は」


「私がプラクシスを使う様を!貴様は神のようだと讃えたろ!」


「讃えてないけど」


「選ばれた側とは!無知蒙昧な劣等種を操り支配する側の事!使う側にいる限り私は──」


「いや、お前もコルロに使われてんじゃん」


「……………」


ピタリと木の魔人は静止する…が、俺が気になったのはそこだよ。お前なんだかんだ言ってコルロに使われてるだけじゃん。


「違う私はコルロ様の副官としてあのお方のご意志を叶えるために戦っているわけで私が使われているわけではないし何よりこれは私の意思で行っている事でありあの劣等種達と同じなわけがないだろうというかこの程度の区別すらつかないとはやはり愚鈍で劣等な猿はどこまでも愚かなものだ笑ってやろうか!」


「急に早口になったな…図星だろ。無知蒙昧?お前…実はコルロが考えてる事、本当は理解してないんじゃねぇか?」


「だから言ってるだろ!これは私の意思で──」


「プラクシスもそうなんだよな?自分の意思で暴走してるって。お前も同じだな」


「なっ…なッなっ!ななッ…なッ…!」


「お前、切り捨てられるんじゃないか?こんな何にもない館でマヤって言う化け物のお守りさせられてるだけだし、副官の仕事じゃないだろこれ」


木の魔人はワナワナと震え出す、どうやら図星も図星、思い当たる節ありありって感じだな…何が無知で愚鈍だ、テメェも同じじゃねぇか。


「ふッ…ふざけるなッ!このクソゴミがッ!猿に何を言われても気にしない!この私を怒らせたことを後悔させてやろう!」


「気にしない割には怒るのな」


「ぐがぁぁあああああああああ!!!」


その言葉を前に大暴れを始める偽エリス…がしかし、ただでさえ大振りな攻撃が余計当たらなくなる。俺は後ろにすっ飛んで態勢を整える、さて…挑発完了、あとは……。


『おいステュクス、怒らせるだけ怒らせてどうする』


「問題ねぇよ…考えが浮かんだから、怒らせたんだから」


『何?アイディアがあるのか?なんじゃい聞かせえー』


「今見せてやるよ…行くぜ!魔力覚醒ッ!」


師匠の剣を納め、星魔剣一刀流で構え魔力を全開に振り絞る。不死身のアイツを倒す方法、思いついたぜ…一つだけな!


「『却剣アシェーレ・クルヌギア』ッ!!」


「なッ!!魔力覚醒!?お前のような劣等種が…何故そんな崇高なる技を!」


「技に崇高もクソもあるかよッ!」


「ぐっッ!ぎぇぇええええええええ!!」


冷静さを失った偽エリスは全身の木の鎧から黒い槍を連射し俺を粉々に切り刻もうと迫る…がしかし、覚醒した今の俺には、止まって見える。


「人も同じさ!存在そのものに貴賎はない。例え田舎の村で生まれようとも天地がひっくり返るような冒険に出ることもあれば、館の中で生まれようとも外の世界を知らずに生きることもある。大事なのは生き方さ…お前は他者の生き方を歪めすぎた、けど笑えるよな。そんなお前が!他の存在に歪められて生きてんだからな!」


「喧しいッッ!!」


体を捻りながら駆け抜け黒の槍襖を避け切ったその先にいたのは…無数の枝葉を伸ばした偽エリスの姿。葉をつけず枯れ切った黒い枝葉は広がるように成長し…実をつける。


「うげっ!」


いや違う、実をつけたんじゃない…目が生えてきたんだ。無数の眼球が…無数の瞼が木から生えてきた、そのあまりの気持ち悪さに声が出てしまう。


「消えろ…!我が奥義で!!」


「ッ……」


そしてその目が全て俺を見る、目…つまり来るのは…あれか!


「『死滅孔雀・熾盛光』ッ」


孔雀のように目をつけた偽エリスの瞳から光線が放たれる。さっきの戦いで見せたあの目から光線を出すやつ、それを一気に数百近く同時にぶっ放すんだ…余波で壁が溶けて部屋一面が真っ赤に染まる勢いで眩い光が俺に迫る…けど。


それ…『魔力』だよな。


「ッ『喰らえ』!ロアッ!」


『合点じゃ!』


剣を盾に俺目掛け放たれる魔力を一気に吸い上げる、膨大な魔力だが無限じゃない、ロアが吸った魔力を即座に俺自身に注ぎ込み覚醒を強化し更に吸う、これにより一気に大容量の魔力を吸い上げることに成功し……。


「バカなッ!私の奥義がこんな凡愚に!!」


「凡愚はテメェだろッ!他人の目的を借りなきゃ喋れもしない!他人の尊厳の上じゃなきゃ立てもしない!他人の顔と名前じゃなきゃ…生きれもしない!俺ぁテメェ程弱い存在を見たことがない!」


「ぐっ!喧しいぃいいいいい!!」


体を振るい俺を殺そうと迫る偽エリス…がしかし、それよりも早く…吸い込んだ魔力を足先で爆裂させ、一気に木の魔人の顔面に…星魔剣をブッ刺す。


「ぅおらぁっっッ!!」


「ヴッ!?なんと言う…怪力…!?」


刺して、更に刺して、奥へ奥へと刃を差し込む…だが、木の魔人はニタリと笑い。


「だが…だからなんだ!その程度の傷で私が死ぬかッ!!」


そうだ、これは所詮木の鎧…本体には届かない。何より偽エリスは不死身だ…この程度じゃ死にはしない。けど…けどな。


「お前、中に本体があるんだよな」


「は?」


さっき見た、口の中に偽エリスの顔が見えた。本体には届かないが…中に本体がいるのは確かなんだ。つまり…これで。


「このまま、中身ごとぶっ飛ばせば…テメェは逃げ場がねぇってことだよなッ!!」


「ッ…や、やめッ…!」


慌てて偽エリスは木の腕を動かし俺を握り潰そうと手を開くが…遅い、もう遅い!


偽エリス…テメェはよりにもよってその顔を選びやがったな。姉貴の顔を使って、名前を使って、何がしたいんだかもよく分からない。けど…その無礼は…痛みによって精算させてもらう。


「すぅ…焔を纏い迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎、爆ぜよ灼炎、万火八雷、神炎顕現、抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし焼け付く魔の真髄を示せ」


「き、貴様その詠唱は────!!!」


目を閉じ、集中しながら剣先に魔力を集中させる。さぁ偽物…見せてやるよ、本物の…輝きを!


「───『火雷招』ッッ!!」


「ギッ……!?」


放つは火雷招、姉貴の持つ古式大魔術。それをブッ刺した剣先から炸裂させ木の鎧の内側で炸裂させれば、偽エリスに逃げ場はなくなる。


「ぎゃぁああああああああああ!!!」


木の魔人の口から炎の雷が迸る。内側にいる本体は炎雷に焼かれ消し炭になっていく、が…それでも再生を続け死ぬことはない。木の鎧も即座に再生し偽エリスを逃さない。再生することにより自らの逃げ場を封じた偽エリスはひたすら蒸し焼きにされるが如く炎雷に痛めつけられ続ける。


「人の姉貴!小馬鹿にするとこうなるんだよッ!!」


「がぁぁあああああああああああ!!!」


そして更に、強く…剣を差し込めば、爆裂する魔力によって木の鎧が弾け飛び炭になって消える、内側から真っ黒になった偽エリスが飛び出して来て爆炎に飲まれ──。


「ぶぐふぁっ!!」


壁に叩きつけられ、ガックリと動かなくなる。体は再生する…だが無限に続く責苦に耐えきれず精神は瓦解し意識を失ったようで泡を吹いて白目を剥いてやがる。


不死身は不死身でも、無敵じゃあねぇよな…!


「イキり散らかすなら、テメェの力とテメェの名前…見せてからイキりやがれ」


剣を背負い、廊下に落ちてたプラクシスの剣を握り、偽エリスを串刺しにしてその場に押し留める。これで目覚めても逃げられねぇ…つーかもう逃さねーよ。


「ふぅ……なんとかなったぁ」


『ほほう、敵の再生力を逆手に取って逆に意識を失うまで攻撃を浴びせ続けるとはのう。偽物自身が小物だったから通じた技じゃな』


「うっせえよ、ロア。素直に褒めろい」


『しかし貴様、いつの間に古式魔術など会得した?』


「あ?ああ…」


俺は覚醒を解除し、その辺の瓦礫に座る。さっきぶっ放した火雷招は確かに姉貴の技であり…姉貴以外には魔女しか使えない古式魔術だ。けど…違うんだなぁ。


「ほら、俺の覚醒って喰った魔術を再現する力があるだろ?俺…昔姉貴と戦った時に火雷招を吸い込んだことがあったんだよ、ほら…あったろ?」


『ん?おお、確かにのう。まだお前がクソ雑魚だった頃…冒険者協会でエリスに襲われた時じゃったか』


そう、まだ覚醒してない頃の出来事だったがそれでも一度喰った魔術は再現出来る…と言う覚醒だったからか、俺はあの時の火雷招を再現出来るんだ。つっても姉貴のそれより随分スケールダウンしてるけどな、けどあのクソバカにはいい意趣返しだったろう。


「しかし…シリウスねぇ」


偽物が語っていた…救いの神シリウス。恐らくこれは本当に奴らの目的なのだろう、シリウスなる存在を地上に顕現させる…それがコルロの目的、か…。


けどそのシリウスがなんなのか、実在するかもわからないな…。


「なぁロア、偽物の言ってたシリウスって知ってるか?」


『逆にお前知らんのか?』


「え?有名?」


『魔女の弟子達が数年前、シリウスを退けた…と言う話を知らんか、それで奴らは英雄と呼ばれているんじゃろうに』


「あぁー…いや、イマイチ覚えてねえよ…そんな細かいワードなんて、聞いたかもだが覚えてない、ってことはシリウスは一度復活してる?それが姉貴達に負けてるならシリウスってそんなに強くない?」


『さぁのう、あのシリウスは不完全な状態じゃったからもしコルロとやらが本当にシリウスを復活させるなら完全な状態で復活させるじゃろうて』


「そうなったら、シリウスは地上を浄化するのか?」


『いいや、彼奴は……そんな事はせんじゃろうなぁ。奴は自己中心的な女じゃ、寧ろ『世界を浄化してください〜!』とか言われたらそいつらから殺すじゃろ〜なぁ〜、ムカつくし、なんかそいつらの為に世界ぶっ壊すみたいで癪じゃん?』


「いや知らねーけど…」


『そう言うことじゃ、コルロの目的が達成されたらとんでもないことになる。が…お前の今の目的とは関係ないじゃろ?』


「まぁ、そうだな」


そう言うのは姉貴達がなんとかするだろう。今俺が見ているのはオフィーリアただ一人、アイツを倒せるかどうか…それだけだ。


「で、倒したんだけど…マヤはどこに行ったんだろう」


それで約束通りなら俺はマヤにコルロのところへ連れて行ってもらえるはずなんだけど…マヤはどこに行ったんだ?


………………………………………………………………


「ほらほら気合い入れろよバシレウスッ!!」


掴む、マヤは土も森も弾け飛んだ巨大なクレーターの中で吠え立てながら地面を掴み肩の筋肉を隆起させ腕を上下させる。それによって生み出されるのは人工の地震。カーペットのように波打つ大地は衝撃波を四方に乱射させながら破壊をばら撒く…が。


「ナメるんじゃねェッ!!!」


対するバシレウスは飛び上がり大地全域を攻撃範囲としたマヤから逃れ、そのまま地面を掴むマヤの頭上まで到達するなり肘から魔力を噴射させながら拳を握りマヤの脳天に拳を叩き込む。


「ぐぅッ!痛いねェ!歳上を殴るなんて躾のなってないクソガキだァ!」


「ヴッ!?」


それでもマヤは怯まず即座に真上を向いてバシレウスの胸ぐらを掴み大地に叩きつけ岩盤が割れ足元が陥没しバシレウスの口から溢れた血が宙を舞う、それでもマヤの動きは止まらず…。


「シィーーッ…!」


(ッやべぇ、なんか来る!)


マヤが拳を握る、口の中から湯気が溢れ、全身の筋肉が細かく痙攣を繰り返す。それを見たバシレウスは何か特大の攻撃が来る前兆と捉え咄嗟に体を丸め手と足と防壁を展開し備える…と同時に、降り注ぐのは現人神の渾身の一撃。


「『荒神一献』ッ!」


瓦割りの要領で叩き込まれた拳はバシレウスの防御の上から叩き込まれる。されどその拳は今まで放たれた拳とは全く異なるものであることは何よりも受けたバシレウスが理解していた。


『荒神一献』…それは急激な筋収縮により全身の筋肉を無数のポンプのように扱い、体内の血液を一気に流動させインパクトの瞬間に拳に集中させる。拳を振るう慣性力と血液移動による水撃作用を同時に扱う事で一撃の威力を極限まで高めるマヤが本来持ち得る、否…この世でマヤにしか再現出来ない奥義の一つである。


これにより大地が…北部全域の標高が少し下がる程の衝撃が加わる。そしてその中心にいたバシレウスは更に血を吐き致命傷を受けて──。


「だらァッ!!」


「ぐぶっ!?」


否、マヤの一撃を受けた上で足を振り上げ逆に蹴り上げた。これによりマヤの鼻から血が溢れ…一歩、二歩、引き下がる。荒神一献を受けた上でのカウンターにマヤも目を白黒させる。


「マジぃ?あれ受けた上で反撃してくるってしぶとすぎでしょ、ゾンビか何か?…って、ああ…なるほど」


だがマヤは納得する、バシレウスの姿を見て納得する…だって。


「魔力覚醒かい…まぁタイミング的にはいいタイミングだったね」


「ふぅ…ふぅ、まだ終わりじゃねぇぞ…」


バシレウスの魔力覚醒『エザフォス・アウトクラトール』…肉体のリミッターを外し身体能力及び魔力を数倍にまで高める荒技、これにより今の一撃を受け切ったのだ。身体能力が劇的に向上することにより常軌を逸したマヤの身体能力を上回る…。


「面白い覚醒だ、身体能力のリミッターを外すんだっけ」


「待ってやる、テメェも覚醒しろや…でなきゃ面白みがねぇ!」


「フッ…ククク、覚醒しろって…必要ないでしょ」


「あ?」


するとマヤは両手を広げ…大きく息を吸い…。


「だってそれ、私にも出来るから。覚醒なしでも」


「は?」


瞬間、マヤの体がブレるほどに震動する。みるみるうちに皮膚が赤く染まり、灼熱にも匹敵する熱を肌が纏う…汗は蒸発し、マヤの身体能力が更に向上する。


「『顕神荒御魂』…さぁ土俵は同じだよ、どうする…バシレウス」


「チッ……」


バシレウスが魔力覚醒で行う身体能力のリミッターの解除、それを自力にて行い覚醒すらせず追いついてくるマヤにバシレウスは舌打ちしか出来ない。


意図的に体内の水分を蒸発させ体脂肪を燃焼させることにより意図的に肉体を飢饉状態へと移行させ、所謂ところの火事場の馬鹿力を再現する。それだけに止まらず筋繊維と神経の結合、精神面にて没頭の域に入りフロー状態に移行。アルクカース人の争心解放のようにドーパミンやアドレナリンの強制出力も加わっており或いはその上位に位置する奥義でもある『顕神荒御魂』。


これこそがマヤが持つ本来の戦闘形態であり現人神と呼ばれる彼女の真髄である。マヤが持つ最大の武器はその絶大な身体能力ではなく自らの細胞単位遺伝子単位での操作を可能とする特異な能力である。


所謂エピジェネティクスと呼ばれる遺伝子情報の最適化により身体に再現可能な範囲なら何処まででも強くなれる、これこそがマヤ・エスカトロジー…。


究極の肉体を持つ者、マレフィカルム三番手の達人である。


だが……。


「上等だ、今のうちに出せるもん全部出しとけ…テメェはそのうち腕を折られ、足を折られ、出来ることが少なくなっていくんだからな…!」


それで引かないのがバシレウスという男である、未だ底知れない力を燻らせるように笑みを浮かべ…拳を握る。


「怖気付かないか…こりゃ、マジだね」


「やろうぜ、体が温まって来たんだ…!」


「いいよぅ、ぶっ潰してやろうか!」


両者拳を握る、お互いを殺すまでこの戦いは終わらない…故に今ここで殺す、叩いて砕いて殴って潰して、ここで殺す。


そんな意志を込め、二人は互いに大地を砕きながら踏み込み…拳を放ち────。


「待った」


「は!?」


がしかし、その拳がぶつかる寸前でマヤはバシレウスの拳を受け止める…その衝撃波はマヤの体を抜けてその背後で吹き荒れ大地が捲れ上がる、だがマヤは微動だにせず…静かに黄金の館の方を見て。


「教導者ホーソーンが負けた、マジでやったのか…あの少年」


「おい!なによそ見してんだ!」


「ああ!おっと…ごめんよバシレウス君。どうやらタイムリミットが来たようだ」


「は?」


するとマヤは戦闘形態を解除し拳を収め…背を向ける。戦いは終わりだとばかりに手を払いながら歩き出すたのだ、納得がいかない…ここまでやっておいてそれはないだろうとバシレウスは歯軋りをして。


「ふざけんな!もうやめるのか!」


「そ、もうやめ。私は少年と約束したんだ、流石に命懸けさせたわけだし守らないと」


「ッざっけんじゃねぇよ!収まりがつくかこんな終わり方で!」


「でももうやめ〜、…そうだ。キミも来なよ、コルロの場所に案内してあげるよ」


「コルロ…?」


ふと、その名前を聞いて目的を思い出したバシレウスは拳を解き…。


「いいのかよ、俺がコルロに挑むに値するかどうか…試すんじゃないのか」


「ああそれね、合格合格。というかぶっちゃけアレ…法弁だから、別にどうでもいい」


「ッ……ま、まぁいい……」


「なに?マジにしてた?あははは!可愛いなぁもう」


「うるせぇ!けど…分かった、ついてく」


「へぇ、意外に素直」


「けどな、マヤ」


するとバシレウスは…マヤに向けて歩き出し、親指を立てながら首を掻き切る動作を見せながら……。


「終わりじゃねぇからな、コルロが終わったら次はお前だ」


戦いは一旦やめるだけ、コルロが終わったら次はお前だと牙を剥く。ここまで俺をボコってくれたんだ、泣きを見なきゃ終われないとバシレウスは怒りを込めてそういうと、マヤもまた笑顔で。


「おう、じゃあ約束。次は絶対決着つけようぜっ」


チュッ!と振り向き様に投げキッスをしながらウインクをし再戦を約束する。その答えに満足したバシレウスは小さく頷きながらマヤの隣を歩き出し……。


「って言うかいいのかよ、俺コルロ殺すぜ」


「別にいいよ〜ん、ヴァニタートゥムは別に私が結成した私の組織ってわけじゃないから、お好きにどうぞって感じ」


「お前マジで八大同盟の盟主かよ」


「さぁ〜ぬぅえ〜」


そうして戦いを終えた二人は歩き出す、コルロ・ウタレフソンという大敵への道を歩み出す、されど今は一人にあらず…着実に望む未来へと歩き出す者達と同じ道を、知らず知らずのうちに歩き出していた。


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