681.星魔剣と神の肉体
「うふふふフフフフハハハハハ…私に逆らうおつもりで?私は魔女の弟子エリスですよ?」
「違うな、お前はエリスじゃねぇ…」
黄金の館のエントランスにて衝突するのは孤独の魔女弟子でありながら魔女の敵対者になったと語るプラクシスの親玉…『先生』。それに剣を突き立て構えるステュクスは舌を打ち苛立ちを露わにする。
今、ここに至るまでの因縁。ここにいる理由。戦う意味。そういう物を全て抜いて俺はこいつを許せない、姉貴の名前を騙り何かをしようとしているこいつという存在を…。
だから張っ倒す!んで謝らせる!姉貴に!
「教導者エリス様が戦うぞ!」
「見られるんだ!自由なる識者の戦いが!」
「みんな引けー!」
次第に引いていくプラクシスの兵士達によりエントランスには俺と偽エリスの戦場が出来上がる。それと同じく俺の仲間であるカルウェナンさん達も…。
「カルウェナンさん!加勢しましょう!あれがエリスならステュクス君殺されて…」
「ステュクスが言っていただろう、あれはエリスではない。少なくともアイツは道を曲げて魔女の敵対者になることはない」
「え?じゃあガチで偽物?なら全員でかかりましょう!袋叩き!」
「無理だな、ステュクスが偽物と戦う理由を見つけてしまった。この時点でステュクスにとって偽物は我々の敵ではなくアイツ自身の敵になった、手助けは野暮だ」
「野暮って……」
手出しをしない、腕を組んで俺の戦いを観戦するモードに入った。まぁありがたいけどさ…本当に融通が効かない人なのな、まぁいいさ…もし手助けするって言ってたら俺が断ってたからさ。
事実、これはもう俺たちの戦いじゃなくて俺の戦いだ。
「では参りましょう、魔女の奇跡を身に受けなさい…魔女の下僕よ」
その瞬間、姉貴の体がボコボコと膨らみ…って気持ち悪ぃっ!?なんじゃああれ!
「『死滅の黒槍』ッッ!」
「ッ!なんだそれ!?」
その瞬間ローブを引き裂いて何かが飛んできた。姉貴の胴体から伸びる何かが槍のように空を切り裂き飛翔し俺を狙う、それを横に飛んで転がり回避し確認する。なんだあれ、魔術じゃねぇのか…いや。
「黒い枝!?」
姉貴の体から伸びていたのは意志を持った木の枝…黒い枝が槍のように伸びて触手みたいにウネウネと揺れながら体の中に戻っていた。何あれ、人間…なのかアイツ。
「避けられてしまいました、少々…遠慮してしまったかもしれませんね」
さらに姉貴の体がボコボコとローブ越しに泡立つように蠢き…その裾から、袖から、裾から、次々と黒い枝が伸びて行く。その様はまるで触手の怪物、いや意志を持った黒い樹木の怪物か!?そこに姉貴の顔だけが張り付いている…。
人の姉貴の顔で…気色悪い事するんじゃねぇよ…!
「叩き斬るッ!」
「やってみなさい…エリスの力を見せてあげましょう!『死滅の黒鞭』!」
その触手が雨のように次々振るわれる。黒い鞭が地面を叩けば床が裂ける、壁を叩けば穴が開く、そんな威力の攻撃が雨霰のように乱れ飛び…その隙間を行くように俺は剣を構え偽エリスの動きを見切る。
威力は凄いよ、速さもとんでもない、けど狙いは荒い。
『人間の脳みそで数十の触手を操るのは些か効率が悪い。奴はさながら毛の束を振り回しているに等しい、凡そ目測で相手の距離を見切りその上で大雑把に振るっているに過ぎん、落ち着いて対処すれば対応できんこともないぞステュクスよ』
(分かってる!)
手元で二本の剣をクルリと回して次々迫る黒い槍を弾き返し道を作り出す。狙いは荒いから防ぐ部分は最小限でいい、弾くのも最小限でいい、まずは一撃!戦いの形を作る!
「行くぜッ!」
「ほう…速いですね…ですが!」
黒い槍を掻い潜り迫れば偽エリスは自身の右腕に木の根を這い回し、己の腕を木の根で覆いミルフィーユのように何層も何層も重ね、巨大な漆黒な腕を作り上げる。自分の体の数倍近い大きさの黒腕でで爪楊枝みたいに見える黄金の錫杖を握ると…。
「『死滅の薙払』ッ!」
「うぉっ!?」
咄嗟に頭を下げた瞬間頭上に衝撃波が飛ぶ。黒い腕で振るった錫杖が空気を引き裂いて大砲みたいに衝撃を飛ばしたんだ、あの木の根…偽エリスの筋繊維の代わりみたいにもなるのか、そりゃそうか。体の一部だもんな。
「どうですか!エリスの力は!お前のような凡雑の剣士が挑める程…エリスは容易くはないのですッ!」
「何処だエリスだ!テメェの戦い方の何処が姉貴の戦い方だってんだ!」
ブンブンと大振りの錫杖が振り回されてその都度衝撃波で壁が破壊される。圧倒的な剛力、剣で受けるのは不可能。そんな連撃をしゃがんで飛んで横に跳ね…次々と回避する。これが姉貴の戦い方?ナメたこと言う。姉貴は力押しなんか絶対にしない…姉貴の戦い方はなぁ。
「姉貴の戦い方ってのは!こう言うのを言うんだよッ!」
「なッ!?」
その瞬間、俺は足を振るう。偽エリスから距離を取ったその場で足を振るう…当然足は当たらないが…飛ぶんだ、俺の靴が。足裏に鉄板を仕込んだ冒険靴がヒョイっと飛んで偽エリスの顔面に当たり。
「ぐぶっ!?このッ!」
「何処見てんだよ」
「えッ!?」
怯んだその一瞬で、俺は背後に周り…一閃。薪を割るように剣を振るい偽エリスの右腕、木の根に包まれたその腕を一撃で両断し切り落とす。これが姉貴のやり方だ、一見すれば荒唐無稽、されど相手をぶちのめす為の最善手を一切迷いなく打つ。決して力だけで攻めてこない…そう言う奴なんだよ。
「ぅぎゃぁっ!?」
「テメェ本当に人間か?斬った心地がまんま木だよ…」
ドスンと音を立ててエリスの右腕が切り落とされ、肩口から何もなくなった偽エリスがもがき苦しみながら後退り…って。
「血が出ねぇ……」
「ゔぅっ…この…このぉ…!」
血が出ないんだ、偽エリスの切り裂かれた腕から血が出ない。どうなってんだよマジで…と戦慄しているうちに、傷口がモゴモゴとうねり出し…。
「この…よくもやってくれたな…」
「嘘ぉーっ!?」
ボコリとまるで木が生えるように偽エリスの傷口から新たな腕が生えてくるんだ。治癒魔術?いやいやそんな感じじゃあねぇ…なんだこれ。
(おい、ロア…あれなんだ)
『ふぅむ……魂を弄っておるのう』
(魂?治癒魔術とかじゃないのか?)
『とかじゃないのう、しかしやり方があまりに杜撰…不死身のようでいて不死身じゃない、ちょっとだけ不死身な不死身じゃ』
(………つまりどっちだ?)
『来るぞ!ステュクス!』
「誤魔化した!って危ねぇ!?」
偽エリスの腕が黒い枝に変わり槍のように飛んでくる、魔術じゃない…本当にそう言う体質のようだ。魂を弄ってる?聞いたことねぇ…わけじゃねぇな…。
(ラヴと同じか…自分を改造して、力を手にいれたタイプか)
「煩わしい…立ち振る舞いからは強さを感じない、だが掴もうとすれば煙のように遠ざかり、こちらの苛立ちと共に打撃を与えてくる…煩わしい戦い方だ」
「うっせぇよ」
「だが…加減は必要なさそうだ」
偽エリスは腕を一本の木の根に変え…それを鞭のように振るう、ただそれだけで音速を超え周囲の壁が切り裂かれ瓦礫が落ちる。まるでここからが本気だと言わんばかりだ…。けど…。
「ひぃいい!教導者エリス様!こちらにも被害が!」
「だ、誰か助けてぇ!!」
「あ!おい!」
偽エリスが振るった黒い鞭による壁が崩れプラクシスの若者が数人下敷きになるんだ、馬鹿かあいつは…自分の味方を巻き込むなんて───。
「何処を見ている?」
「は?……ぐふぅっ!?」
俺が下敷きになったプラクシスに気を取られた瞬間、一瞬で肉薄した偽エリスはバネのように木の根を螺旋型に畳み…俺の目の前でそれを解放し、弾くような打撃が俺の顔面を叩き抜き俺の体は壁に叩きつけられる。
「ぐぅっ!て…テメェ!自分の味方を囮に使ったのかよ!」
「クックックッ…味方、味方?味方と言ったのかな?お前は…」
「はぁ?味方だろ…お前の」
「違うな…あれは私の行動に付随する物、プラクシスという意思により自然発生した存在に過ぎない…言うなれば私という名の魔術師が口にした詠唱により生まれた魔術も同然…」
「言ってることの意味がわからねぇな」
「分からないか?元よりアレらは利用する価値しかない…私がプラクシスの教えを教導する限り無限に生まれる無知蒙昧極まる無思考な葦に過ぎない。ここで何人死のうとも構わない…私が無事であるならば…な」
「チッ、ここに来てよかったぜ…テメェみたいなゴミクズを見逃さずに済んだ」
動き難い外套を脱ぎ捨て瓦礫まみれになったエントランスにて俺は両手を触手のように変えた偽エリスと相対する。今の話を聞いてもプラクシスの人間は理解出来ないとばかりに目を丸くするばかり…なるほど。
「こいつら、テメェがいいように使ってるだけってか!」
「違うな…使ってやっているんだ!」
閃光のような速度で振るわれる二本の触手を飛んで回避する、すると足元の瓦礫が次々とパックリと真っ二つに割れ吹き飛んでいく。無数の触手を操るのではなく腕そのものを触手に変えて命中精度を上げてきたか…、こりゃ油断できそうにない。
「民とは、何も知らない。ただ自分が生まれ育った土地という狭い世界で一生を終えるだけの世界の歯車に過ぎない!人と言う存在を歯車一つの価値として扱うのはあまりに酷だろう…だから私が!役目を与えている!自由を求める旅路と言う新たな役目を!」
「テメェが見せてんのはテメェが勝手をやるだけの自由だろうが!自由って言葉を…テメェの我儘で穢すんじゃねぇッ!!」
「むッ!?」
俺を追って更に振るわれた触手を星魔剣ディオスクロアで弾きつつ師匠の剣でそれを切り裂き触手を落とす。
「無駄だ!何度斬られようが私の腕は復活する……」
「ハッ…そうかい」
確かにこいつの腕は何度切り裂いても回復するだろう、だけど…。
「テメェ、それ無意識のクセか?再生する時…動きが止まってるぜ」
「ハッ!?」
一瞬、偽エリスの動きが止まる。こいつは再生する時…動きが止まる、恐らく再生にはそれなりの集中が必要なんだろう…だが、甘いぜ。動きが止まってるってことは…恰好の的になるってことでもあるんだからな!
「しまッ────」
「もらったッ!!」
迫る、そのまま魔力を爆発させて一気に空中で加速し剣をハサミのように交差させ偽エリスを狙う。腕の再生に気を取られた偽エリスにはこれは避けられ──。
『阿呆!ステュクス!』
「え!?」
しかし、その瞬間ロアの声が響く…と同時に、偽エリスの口元が歪み……。
「私がいつ、手の内の全てを見せたと言った…」
偽エリスの瞳が…紅に輝く、魔力が集中しているんだ。それを一気に解放するように光が爆発する…俺の目の前で。
「『灼瞳熾盛光』ッ!!」
「ぐぅっ!?」
瞳から放たれた光線が俺の左肩を射抜き…そのままその向こうの壁を貫通し、何処までも飛んでいく。こ…これ、なんだ!?
『ほう!魔砲術!瞳の中に魔力を溜めて眼窩を大砲のように狭め魔力爆発に指向性を持たせたか!面白い技を使う!』
(ちっとは…心配してくれ…!)
左肩を射抜かれ、左手に持った師匠の剣を取り落とし、俺は膝をつく。今の一撃で偽エリスの眼球は消し飛んだ、が…消し飛んだ眼球も即座に再生し元に戻る。自滅覚悟の技をデメリットなしで使えるのか…!
「クックックッ…形勢逆転だな…!」
「チッ…まだ、負けてねぇ!」
「左肩を射抜いた。肩の骨をやったはずだ…剣は持てない、二本の剣を使って凌いでいた私の攻撃を…ここからどう凌ぐ」
「………」
偽エリスは両手の触手を伸ばす、その有り様はもうどう見ても人間には見えない。いやそもそも人間ですらないのか…死なないなんて、普通じゃねぇよ。
「不死身の化け物が…何がしたい…」
「んふふふ、これから死ぬ人間に教えて何になる。キミは負けたんだ…私に殺されてキミは終わる、死んだら死ぬキミはこれで終わりだ。…本物のエリスを知る人間は私にとって不都合でしかないからね」
「……………」
プラクシスの目的を聞き出したかったが…まぁ教えてくれわけないか。仕方ない…。
「さぁどうやって死にたい、言ってくれるかなぁ?」
「はぁ〜……ミスったなぁ」
「ウフッ!アハハッ!そうそう!ミスったんだキミは!私を侮ったこと、いや…そもそもここに来たこと自体がキミのミス───」
「違う、ミスったのは…お前だよ」
「は?」
偽エリスはミスを犯した、どんなミスって?そりゃさっきのビームでさ、俺の左肩を狙ったよな。これ…狙うべきは右肩だったぜ?だって俺の右手に握られているのは…。
「『ロード・デード』ッ!」
「ぬぅっ!?」
瞬間…右手に握られた星魔剣を地面に突き刺すと同時に発動させるロード・デード。物体から硬度を奪うこの魔術により偽エリスの足がドプリと沼地にハマったような腰あたりまで沈む。
右手を奪ってりゃ、これも封じられたんだぜ…!
「貴様ッ!!」
「遅ェッ!!!」
咄嗟に動いた偽エリスだがもう遅い、その前に俺の剣は櫂のように動き泥になった石材を舞い上げなが偽エリスの両手を絡め取り…固定する。緩くなった石材を即座に元に戻せば偽エリスの体は石材の中に埋まり…身動きが取れなくなる。
「一丁上がり!死なないヤツを真っ向から切って戦います!なんてことしねーよ!」
「グッ!この!う…動けん!」
「だろうな、お前…木の根で肉体を補強しないとパワーが出ないみたいだし?一ミリの隙間もなく体を石で覆えば木の根も生み出せないだろ?…ああ、それと勿論。さっきみたいに目からビーム撃っても無駄だから、あるってわかってたら喰らわねーよ」
「ぐぅぅ……!」
勝負ありだ、終わってみればあっけない。こいつもまた肉体を使った戦い方や不死身の肉体は恐ろしかったものの…戦闘そのものの経験は浅かった。この程度の奴ならまぁ騙し合い化かし合いでなんとかなるぜ。
「よくやった物だ、ステュクス」
「カルウェナンさん…どうでした?俺」
「ああ、やはり…お前は強い、しかし…この女」
近寄って来たカルウェナンさんが静かに偽エリスを見下ろす。相変わらず顔色は分からないが明らかに不快なのは分かる。
「何故、貴様はそっくりなのだ?」
「……………」
「カルウェナンさん、こいつやっぱり姉貴に似てますよね…でもなんで…」
「いや違う、小生が言っているのは顔のほうじゃない…こいつの体の事だ、貴様その体は…ガオケレナの物だろう、何故彼奴の眷属でもないお前がそれを使える…」
「え?」
なんて?もしかして俺の分からない話を始めようとしてる?…と首を傾げているとワタワタとアナフェマさんが寄ってきて…。
「だだだ大丈夫ですかステュクスさん!今治癒しますね!」
「あ、ありがとうございます。治癒も出来るんですね」
「い、一応…狂います」
「なんで?」
とか言いつつもアナフェマさんは杖を振るいながらヌンヌンと治癒魔術を行使してくれる。それにより砕けた左肩の穴も傷も全て元に戻る、凄い腕前だ…比べちゃ悪いがカリナよりも余程レベルが高い。この人何者だ?カリナだって今じゃ冒険者協会から字をもらってもおかしくないレベルの実力者だってのに…。
『ああ…教導者エリス様が…』
『負けるなんて……』
『エリス様ぁ…!』
すると、プラクシスの若者達が膝を突き涙を流し始める。さっきあんな目に遭わされても…まだコイツのために泣けるのか。信心深いと言うか盲目的というか…まぁ何にせよ。
「おい!これでもう終わりだ!プラクシスも解散!頼み綱の先生も俺が倒した!このまま痛い目に遭いたくなきゃ逃げろよ蜘蛛の子散らすように!」
「うう…教導者エリス様…」
「話聞いてねぇ……うん?」
ふと、気になる。偽エリスはコイツらから『教導者エリス様』と呼ばれている、教導者…教え導く者、つまり先生だろう。だからコイツらの言っていた先生とやらはコイツだろう。
そう俺は考えていたが…俺は結局…『一度としてプラクシス達がエリスを先生と呼ぶ場面に出会していない』んだ。エリスってのは…教導者で、教導者ってのは…コイツらのボスである先生なんだろう?そうだよな…そうだと言ってくれ。
「おい!お前ら!先生って奴の名前を言ってみろ!」
「え?ひぃっ!?」
慌てて俺はプラクシスの一人に剣を突きつけながら吠える…すると。
「し、知らない!先生の名前は…知らない!」
「ッ…エリスじゃねぇのか!」
「え?…先生は…赤黒髪の女性です」
ゾッとした、違う…違うッ!偽エリスが敵の親玉じゃねぇのか!?ってことはヤバい、まだ敵方には戦力が────。
「せッ!先生ぇぇえええええええええッッ!!」
瞬間、偽エリスが死に物狂いで叫ぶ、まるで助けを呼ぶように…口を大きく開けて、叫ぶ。
「侵入者ですッ!あなた様の宴を妨げる気です!お助けくださいませッ!先生ッッ!!」
「ッカルウェナンさん!」
「ああ、どうやらまだ終わってな……ッ全員防壁を用意しろ!!何か来るッ!!」
カルウェナンさんが吠える、咄嗟に防壁を展開する、体が薄い魔力の幕に包まれてから…ソイツが現れるまでの間の出来事は、まるでスローモーションのように、美しく…それでいて鮮烈に巻き起こった。
突如、部屋の奥が爆裂し、瓦礫が噴火のようにあたり一面に飛び交った、何者かが一足でこちらに飛んできたのだ。その速度は風すらも追い越す程に速く飛び交う瓦礫を跡形もなく吹き飛ばしながら影は真っ直ぐ飛んだ。
遅れて影に引っ張られるように大気の壁が追いかけてきた、所謂ソニックブームだ。それが部屋の中でめちゃくちゃに暴れ、瓦礫を混ぜ込みながら乱反射した。それによりプラクシスの若者がバラバラになって吹き飛ぶ。血が舞い上がり…洒落にならない衝撃を受け四肢が弾け絶命していく若者達。
そして…血の雨が降る中、ソイツは地面にピタリと着地する。あれだけの衝撃波を生み出しておきながら止まる時はなんとも静謐で…慣性の法則とかを無視してるようにしか見えないその不可思議な立ち振る舞いによって、この凄惨な光景は一旦止まることとなる。
そして、ソイツは…一歩、前に踏み出す。
「ふぅ〜〜」
たおやかな緋黒髪、見上げるような高身長、トツカの着物にも似たそれをグルリと体に巻き付けるような雑な着こなし、そしてその手には巨大な酒瓶が握られ…酔いどれ気分で現れたソイツを見たカルウェナンさん、そしてセーフやアナフェマが…ゾゾゾと身の毛を逆立たせる。
「バカなッ……!」
「先生って…貴方ですか…!?」
「ぎゃあああああ!終わったぁああああ!!」
ソイツを見ただけで、三人が恐れ慄く…いや俺もだ。ソイツが誰かは分からないが…一つ言えるのは。
違う…立ってる次元が俺とは違う、存在している世界が違う、格が違う、その力や存在感…全てが別次元、別格、規格外の魔力と威圧感…つまり、ヤバい。コイツヤバいぞ…なんだコイツ!
「ふぅはぁ〜…騒がしいなぁ〜…」
ソイツは酒瓶を仰ぎながら…頬を赤く染めながら俺達を睨み…。花が開くような勢いで魔力が空間に拡散する…。
「君達が、敵かな…ねぇ?教導者君」
「はい!マヤ様ッ!!」
マヤ…そう呼ばれたソイツはペロリと舌なめずりする。マヤ?マヤって…。
「マヤ…!マヤ・エスカトロジー!何故貴様がここにいる!貴様は…本物か!」
「ん?…んん?おお!カルぅ!やっぱりカルじゃないか!久しぶりだね!元気だった?って元気なわけないか、イシュキミリ死んだもんねぇ…」
「バカな…ここはヴァニタートゥムの支部か何かじゃないのか…何故、ヴァニタートゥムの頭領たる貴様がここにいるッ!!」
────『死蠅の群れ』ヴァニタス・ヴァニタートゥム…その実質的な指揮権を握っているのは組織のNo.2であるコルロ・ウタレフソンだ。されど指揮権を握っているだけで頂点ではない。
その頂点にして頭領たるはこの女…『現人神』マヤ・エスカトロジー。マレフィカルム最強と言われる五本指の中で一番手イノケンティウス、二番手クレプシドラに次ぐ三番手に位置する女。
マレフィカルム三番目の使い手にしてヴァニタートゥムの頂点、それが今こうしてこの場に現れたのだ…予め色々とヴァニタートゥムについて聞いていた俺は、戦慄する。
つまりだ、こいつは…。
(八大同盟の盟主!?ジズやルビカンテと同じ…!)
俺はこの場に至っても未だにジズやルビカンテに勝てる気がしていない。アイツらは今俺のいる第二段階の中でも最強格の使い手だったと言える。しかしだ、今ここにいるマヤは…そんな二人さえも大きく上回る…いや、ジズ達に気遣う言葉遣いはやめよう。
……ジズとルビカンテじゃ比較対象にもならないくらい、強い。
俺が蟻なら、ジズとルビカンテはカブトムシだ、そして…今ここにいるマヤはさながら超巨大な台風そのもの。規模が違う、力の規模が。
「いやぁ?別に私としてもさ、どっか適当にフラフラ歩いて酒飲んでた方が楽しいんだけどさ…そこにいる教導者ちゃんがたくさん酒を用意してくれるっていうからやってたんだよね、用心棒。一応その子もヴァニタートゥムの一員だしさぁ」
先生…って、何かを教える先生じゃなくて用心棒の先生かよ!紛らわしいなおい!ってことはこれはあれか!コイツ…偽エリスにいいように使われてるだけじゃねぇのか?本当に盟主かよコイツ。
「まぁいいや、ここが壊れたらお酒がタダで入って来なくなるし…悪いけど荒らすなら殺すけど、いいよね」
マヤはからになった酒瓶を投げ捨て、肩を回す。ただそれだけで凄まじい威圧だ…これ偽エリスなんかとは話が違うぞ、ど…どうする!
「カルウェナンさん!」
「退却は不可能か…マヤの視界に入った時点で、我々は死ぬか生きるかだ。死に物狂いで撃退するより他ないな」
「出来るかなぁキミに、マレフィカルム六番手…五本指にも入れないキミが」
「フッ、血湧き肉踊るというものよ…お前とは一度手合わせをしたかった」
「高潔だね、その高潔さを讃えて…君達三人でかかってきなよ!」
「…ッ行くぞ!」
おう!と返事をしかけたが…え?三人?そもそも俺カウントすらされてない感じ?
瞬間、カルウェナンさんとセーフさん、アナフェマさんの三人が同時に動き出し…マヤ・エスカトロジーに襲いかかる。
「魔力覚醒ッ!『イフタム・ヤー・シムシム』!」
「魔力覚醒ッ!!『アブラ・カタブラ・アブラクサス』ッ!」
セーフさんとアナフェマさんの覚醒が輝く。しかしマヤは動かない…そんなマヤに全身の力を解放したセーフの拳が叩き込まれ──。
「作られた超人、ミスター・セーフ…凄いね、人の力でここまでの超人を作れるんだ」
「ッぐっ!?」
マヤはまるで手を添えるようにセーフの拳を受け止める。全身の体重と勢いと力を込めたセーフの拳…それを棒立ちで手をちょっと横に動かしただけのマヤに受け止められるんだ。
「けど、こんなもんか…期待外れだね」
「このッ!」
セーフも暴れる、凄まじい勢いで拳を振るい足を振るい暴れ回るがマヤはそれさえも避け切り、一息…呼吸を吸い込むとともに半歩、踏み出し。拳を握るとともに…。
「『壊拳』ッ!」
「ぐぼぉっ!?」
叩き込まれる一撃、圧倒的な踏み込みと共に放たれたそれはまるで天変地異だ。踏み込みにより大地が螺旋状に砕け天井にまでヒビが入り貫くような拳がセーフの懐に吸い込まれ体を歪め一瞬でセーフの姿が消える。同時に向こう側の壁に穴が開き…セーフが館の外にまで吹き飛ばされる。
「セーフさん!この…『ブリンガー・ソードレイン』ッ!」
アナフェマも動く、全身から刃を突き出しマヤを貫こうとするが…。
「邪魔かも」
そう言いながらマヤはまるで空気をノックするように拳を少しだけ振るう。手首のスナップだけで振るった拳は大気の壁を叩き、空気を砲弾のように押し出し…刃に塗れたアナフェマさんを捉え。
「ァッ…ガッ…会長ぅ……!」
一撃だ、触れてすらいない。全身の刃が砕け…血まみれになったアナフェマさんがその場で崩れるように倒れる。
一瞬、二人とも相当な使い手のはずなのに…嘘だろ。まるで赤子の手をひねるように…。
「さーて、準備体操終わり…次はキミの番だよ、カルウェナン」
「…無論、上等」
構えを取るカルウェナンさん、そしてマヤの間で空間が軋むほどの威圧が飛び交う。立っていられない…威圧の嵐で平衡感覚が狂い腰が抜けるような感覚を味わい膝をついてしまう。なんだよそれ…!
「フフ…アハハ!」
「九字切魔纏ッ!!」
そして、飛び交うのは拳に切り替わる。マヤの天衣無縫の拳とカルウェナンさんの魔纏の拳、轟音と衝撃波を伴いながら嵐のように入り乱れる拳と拳の応酬…その撃ち合いは全くの互角で……。
『このまま行けばあのカルウェナンという男、死ぬぞ』
「え?」
しかし、ロアは冷静に分析する。
「はぁあああああああッッ!!」
「クックク!アハハハハハハッ!!」
拳が乱れ飛んでいるように見えて、その実…違う。カルウェナンさんの打撃にマヤが手を添えて防いているんだ、カルウェナンさんの拳がようやく見える速度で動くのに対してマヤはまるでコマ割りだ、気がついたら手が拳に添えられグィッとパンチの軌道をずらしている。
速いなんてレベルじゃない、人間の目に追える速度の限界を超えている。
『マヤ…か、驚きじゃのう。あのレベルの肉体的超人が今の時代にいようとは』
(超人?オケアノスさんみたいな?)
『あれと同じにするでない、純度が違うわ。良いか…魂と肉体は連動している、肉体に異常があれば魂にも、魂に異常が出れば肉体に反映される。超人はその魂の異常によって本来人間が持ち得る力を大幅に上回る物を獲得した存在のことを言うのじゃ』
(魂の…異常……)
『魂に発生している異常の大きさによって筋繊維、臓器、細胞単位で変質する。オケアノスの変質率は精々40%くらいじゃ』
(オケアノスさんで40%…じゃあアイツは?)
『アイツか?アイツは大体…500%くらいじゃな』
(いや基準がわからん!)
『まぁそれくらいかけ離れてるってことじゃ、そもそもアイツは人間とは出力されるパワーの上限が違う、今のまま撃ち合い続ければ間違いなく鎧の男は手数とスタミナの差で負ける、今は技量でなんとか持ち堪えているが…彼奴が死んだら次はお前じゃぞ、ステュクス』
カルウェナンさんと俺…どっちが強いかなんて言うまでもない、その人が負けて俺がマヤとタイマンを張って勝てるか…なんて考えるまでもない。今俺が前にしているのは俺が今まで出会ってきた如何なる敵よりも強いんだ。
なら…どうするべきか。
『そんなの決まっておるよな』
(ああ、そうだな…)
冷静に考えろステュクス、余計な思考は排除してクレバーに考えろ。今俺が出来る最善手…それは。
「ッマヤァッッ!!」
「むッ!ステュクス!」
「ああ?」
踏み込み、突っ込み…斬りかかる。ここでマヤを…カルウェナンさんと一緒に戦って撃退する!それが最善手だ!
『バカ!違うわ!ここはカルウェナンに任せて逃げろというとるんじゃ阿呆!100%殺されるぞ!』
(だから!ちょっとは!俺を信じろ!ロア!)
『そういうレベルの話ではないというのに…まぁええ!やるだけやって死ね!』
(そうするよ!)
両手の剣を開くように構えながら走りカルウェナンさんと打ち合うマヤに向けて突っ込む。例え敵わずともカルウェナンさんが状況を打開する手伝いくらいは出来る…と思っていたのだが。
「あれ?雑兵がまだ残ってるよ」
一撃、顔面を殴りつけられ吹き飛ばされた───と錯覚する衝撃が全身を貫く。実際は殴られてない、触れられてもいない、ただ…『マヤがこっちを見ただけ』。たったそれだけで俺の体は攻撃を受けたと錯覚してしまった。
それたほどまでに純然たる害意と攻撃性を秘めた眼光がこちらを見た…そして。
「今楽しんでるんだからさ、雑魚は口…挟まないでよ」
「ッステュクス!避けろ!」
と言われた瞬間…マヤは大きく右足を上げ、その場で踏み込んだ。いや大地を蹴った…それにより大地…この場の大地全てが湾曲するように…まるでゴムのように一旦沈み込み──あ!ヤバい!
「『震絶脚』…!」
「ごぶふぅっ!?」
戻ってくる、大地がバウンドしその上に立つ俺を殴り飛ばすように吹き飛ばす。あり得ないレベルの震動が…大きすぎる振動が、大地そのものをゴムのように振るわせ俺を弾き飛ばしたんだ。そのまま天井に食い込んだ俺の体は全身がビリビリと痺れる。
(嘘だろ!近づけもしねぇ…!ただ踏み込んだだけでこの威力って…!)
「衰えたねカル!昔のキミはもっと!鋭かった!」
「チッ…!」
そして俺のことなど無視してマヤは引き続き打撃を続ける。まるで蛇のように畝る両腕が矢の雨の如き貫手を連射し大地を耕す。その連撃を回し受けで全て弾きながらマヤの側面に回り隙を模索するカルウェナンさんだが…明らかにカルウェナンさんの手数が足りていない。
早過ぎるんだマヤが、カルウェナンさんが一度行動するまでの間に少なくとも三回はアクションをしてくる。カルウェナンさんはそれを防ぎながら持ち直すので精一杯だ。いつあの均衡が崩れるか…!ヤバい。マジでロアの言った通りになる!
(何か…何かないか!また突撃したら同じ結果になる…何か)
周りを見回し必死に考える、何か出来ることは…そう考えた瞬間、閃く。そうだ…これだ!
「すぅ…先生!新しいお酒が届きました!」
「え?お酒?」
瞬間、俺の声を聞いてマヤがキョロキョロと周りを見回す。まさかマジで引っかかるとは…ちょっと集中を乱せればと思っただけなのにマヤは足を止めて首を動かし始めたのだ…その隙を突いてカルウェナンさんは──。
「九字切魔纏…『聖闘』ッ!!」
「おぉっ!?」
ぶち抜く、マヤの側頭部に光り輝く拳を叩き込み、初めてマヤの態勢が崩れる…けど。
「いった〜〜…いいのもらったなぁ」
「チッ…まるで効いていないか」
マヤはおっとっと…とバランスを崩しそうになりながらも余裕の表情で体勢を整え、首をコキコキ鳴らす。今のもらってダメージ無しかよ…こりゃ、不死身よりタチが悪いぜ…!
「いいのもらったし…そろそろ私もお返ししないとなぁ…」
するとマヤは初めて…明確に構えらしい構えを取り…ってあれ?
「化身無縫流…『龍蛇の型』ッ!」
(あれ…ラグナさんの構え…?)
ラグナさんがやるような構えと同じような、流れる水のような…そんな玲瓏なる構えを見せるのだ。アイツなんでラグナさんと同じ構えを…。
『なんと!彼奴め化身無縫流を使えるのか!』
(知ってるのか?ロア)
『古式武術じゃ、今この世界にある全ての武術の原型となった形意拳、魔女アルクトゥルスが使う武術じゃ…なるほど覚えのある動きをすると思ったら彼奴め、この世でアルクトゥルスとその弟子しか使えぬと言われた武術を会得しておったか!』
(なんでお前そんなことまで知ってるの…)
まぁ元は魔女大国の兵器だし、そういう情報もあるのか…。
「使ってくるか…古式武術」
「使わせたんだよ、キミがね。頼むからワンパンで終わらないでくれよ…折角マジになったんだから」
戦況が変わる、均衡が均衡と呼べる状態ではなくなる。マヤの攻撃は空気を貫くような勢いで何度もカルウェナンさんに放たれる。それをカルウェナンさんは防ぐことを諦め回避に専念するが…恐ろしいのはマヤの貫手の威力だ。
カルウェナンさんに避けられ大地に当たった一撃は、大地を割ることなく穴を開ける。螺旋状にくり抜かれているんだ。つまりマヤの攻撃はインパクトの瞬間あり得ない勢いで手首を回転させているということ、たったそれだけでドリルのように地面を抉る。
あんなの食らったら、一撃で死んじまう…また大声で集中を乱すか…いや。
「これしかねぇ…!」
俺は天井から体を引き抜き、星魔剣を天に掲げつつゆらりと地面に向けて落ち始める。
「隙ありだよ、カルウェナン…!」
「しまッ──」
「『烈神拳』ッ!」
「ぐぅっ!?」
叩き込まれる、無数の打撃がカルウェナンさんの体に叩き込まれ、その体を衝撃波が貫通し背後の壁や地面にマヤの拳の跡が残るほどの凄絶な打撃がカルウェナンさんを捉える…やばい、急がなきゃ!
『ステュクス、何をするつもりじゃ…』
「賭けだよ…命を賭けた、大博打」
賭けだ、マヤがどう動くか…それが全てを決める、さぁやるぞ。
「おいマヤ!俺を忘れるな!」
「あ?雑兵?まだ生きてたんだ…面倒だな」
するとマヤは空から落ちてくる俺を相手に…再び足を上げる、そして……。
「『震絶脚』…ッ!」
一打、再び大地が大きく沈み込む…この空間にいる全てが攻撃対象の殲滅技、このまま行けば俺が地面に着地する前に戻ってきた大地に殴り飛ばされて今度こそ死ぬだろう…けど。
(ありがたい!見たことある行動だ!)
一度見た攻撃…賭けは、俺の勝ちだ!
「行くぜ!星魔剣!」
「え?」
「『ロード・デード』!」
バウンドし戻ってきた大地を星魔剣で殴りつければ…大地が一気に溶けて…形を失い、大地がバチャバチャと弾け泥のように四方に飛んで衝撃が霧散する…これにより震絶脚を無効化、同時にマヤの足元を泥に変え行動を阻害し…。
「不思議なことするねぇキミ」
「え!?」
「剣で魔術を使うか」
しかしマヤは地面が形を失い泥のように溶けたにも関わらずその上を滑るように走る、水の上を走るように駆け抜け俺に向けて飛んできたのだ…やべ、これは計算外。足を固めて一瞬動きを止める計算だったのに…!
「面白い技…もっと見せてよ!」
(防ぐ…いやダメだ!受け身はダメ!攻撃だ!攻め手に回られたら死ぬ!)
向かってきたマヤを前に俺は咄嗟に地面を固めクルリと回転し二本の剣を向かってきたマヤの側頭部に向けて振るうが。
「遅いねぇ」
「は!?」
マヤに触れた剣が…刃が、マヤをすり抜けた。攻撃が当たらなかった…いや、違う。超高速でスウェイを行ったんだ、上半身を逸らしたんだ、そして戻ってきた…その一連の行動が速すぎて見えなかったんだ。あり得るかよそんなの!
「クソがッッ!!」
「んん?面白い技使わないのかい?じゃあもういいや…」
攻める、ひたすら剣を振いマヤに斬りかかるが…マヤはその場で耳をほじくり動かない、というのに攻撃が当たらない。マヤは刃が触れるその一瞬だけその場から消えまるですり抜けるように攻撃が空を切る。
「もう消えてくれるかな…」
そしてマヤは大きく息を吸い…。
「『赤煙発破』ッ…!」
一瞬、マヤの体が超高速で振動したかと思った瞬間…その場でマヤが爆発したんだ、純白の閃光を全身から放ち大地が砕け衝撃で柱が消し飛ぶ程の爆裂が目の前で巻き起こり…俺もまた吹き飛ばされる。
「げぇぁっ…ぐっ!?なんじゃそりゃあ…」
『シバリングじゃ…体温調整を行うための体の震えを利用し一瞬だけ全身の体温を灼熱に変え、同時に大量の発汗を行い…それを体温で蒸発、蒸発した水素にシバリングによる摩擦熱での発火を行い身一つで水蒸気爆発を起こしたのだろうなぁ』
(人間の説明かそれ……)
つまり、体を震わせて…それで全身を炎よりも熱くし、かいた汗を蒸発させて水素にし、震えの摩擦熱で一瞬だけ発火。汗の水蒸気を摩擦熱で発火して水蒸気爆発が起こったと…アホか、人間が出来るかそんな事…。
(これが…肉体的超人…いや)
世界最強の肉体的超人マヤ・エスカトロジー…超人の中にあっても更に超人たり得る身体能力と異常な身体機能を持つ女。魔力も魔術も覚醒も何も使わず身一つで全てを圧倒する怪物。
これがマレフィカルム三番手の…実力者か。
「ぐっ…クソが…」
「へぇ、まだ生きてるんだぁ…面白いねぇキミ、でもなんでそんなに頑張るんだい?キミ…そもそも誰?」
「俺は…ステュクス、ステュクス・ディスパテル!テメェらの組織の人間に俺の大事な師匠を殺されてッ!復讐に来てんだよ!」
「へぇ、思ったよりもありふれた事で頑張るんだ」
「ふざけんなよ…!テメェの部下の…コルロをここに連れてこいや、そいつに話があるんだよ!」
「あははははは!よくその様で吠えられたもんだ。つまりコルロに殺されたと?じゃあ諦めてくれないかな、コルロは忙しいんだよ、私の代わりに仕事してるし」
「違う!コルロの友達だ!オフィーリア!アイツを呼べ!」
「オフィーリア…?セフィラを?キミ…セフィラを狙ってるんだ。じゃあ諦めた方がいい、オフィーリアは私達五本指級に強い、セフィラの中には私より強い奴もいる。キミレベルじゃ天地がひっくり返ってもオフィーリアには勝てない」
「だとしても…!大事なもん傷つけられて…黙ってられる人間にはなりたくないッ!」
「………………」
すると、マヤは腕を組み…顎に指を当て少し考えると、何やら小さく微笑み。
「歳はとりたくない、キミみたいな若者にそう言われると…叶えてあげたいって老婆心が湧く」
「え?」
────その瞬間…。
「彼に手を出すな、マヤ…!」
「おっと、まだ生きてたか…カルウェナンッ!」
背後から飛んできたカルウェナンさんの拳を受け止め、マヤはクルリと猫のように瓦礫の山の上に着地し…何処からか酒瓶を取り出し、ゴクゴクと飲み始める。
「フッフッフッ、面白くなってきた…カルウェナン、やはりキミには傷が似合う」
「喧しい…」
全身の鎧が砕けながらも立ち続けるカルウェナンさんは静かに瓦礫の上のマヤを相手に構える、まだまだ二人の戦いは終わらない…そう思われた、その時だった。
『うわぁあああああ!こっちからも攻めてきたぁあああ!』
『裏手だ!裏手からも攻めてきたぁああ!』
「え?」
館の裏口側から振動と悲鳴が響き渡る、襲撃があったのだ…別の誰かが…攻めてきた?え?味方?
「カルウェナンさん…仲間が他にも?」
「いや……そんな物いないはずだが…いや、この魔力…!」
凄まじい魔力が二つ…向こう側で暴れてる…っておいおい!なんだこれ!?向こうで暴れてる奴もとんでもないレベルじゃねぇか!?それこそマヤやカルウェナンさんレベルの奴らだ、え?これ俺…まるでついていけないレベルの連中がこの館に集まってるってこと?
北部って…そんな魔境なの?
「この魔力は…懐かしいのが一つ、そして小賢しいのが一つ、こりゃ…向こうに行った方が面白そうだ」
するとマヤは裏手側の戦力に狙いを定め俺達に背を向ける…と同時に肩越しに俺を見て。
「ねぇ若者!…いやステュクス!」
「え?」
「この館の主人は私じゃない、エリスと名乗ったあの女の方だ、あれは私の監視役も兼ねててね。あれがいる限り私は自由に動けない…もしキミがあれを倒してくれるなら、私はお礼にキミをコルロのところに連れて行ってあげてもいい」
「え!?マジか!」
「ああ、倒せるならね…んじゃ!失敬!」
そういうなりマヤは一瞬でその場から消え去り…遠ざかっていく。なんとかなったのか?」
「……撃退できた、のか?…ぐぅっ…!」
「カルウェナンさん!」
するとカルウェナンさんは膝を突く、それを支えようとするが…カルウェナンさんはそれを拒絶し、首を振り手で俺を制止する。
「大丈夫だ、久しく小生の防壁をぶち抜く一撃をもらって…少し傷が痛んだだけだ。まだ動ける」
「動けるって…」
あのマヤの打撃を正面から食らって、あんな怪物と真っ向から戦ってこの人…タフすぎるだろ。にしても…。
「マヤが言ってた言葉…マジですかね」
「さぁな、だが…あの女は他人を欺くような事は言わん。或いは君に何かを見出したのやもしれん」
「俺に?なんで?」
「さぁな、小生がエリスに何かを見出したようなものかもしれんマヤの言葉、聞いてみるのも悪くはないかもしれんぞ」
「……まぁ、どの道あのクズは倒すつもりだったんで…」
もしマヤがマジで俺をコルロのところに連れて行ってくれるなら、ありがたいに越したことはないしその条件があの姉貴の偽物ボッコボッコにする事だってんなら、これ以上ない話だ
「よし!俺あの偽物倒してきます!つーかそこにいるんで、もうボコボコにしてやりますよ」
丁度あの偽物そこにいるし…と俺は偽エリスが埋まっている場所を見るが……あれ?
「いない!?そんなバカな!?」
いないんだ、偽エリスを埋めた穴だけがそこに残っている、けど抜け出せるわけ…と思い穴の中を見てみると…穴は地面の奥底へと突いていた、まさかアイツ…地面を掘って下に逃げたのか!?
「モグラかよ!」
『木の根を伸ばして穴を広げたんじゃろう、つくづく木みたいな奴じゃ、ぬはは』
「クソッ…何処行った!?いや…確かマヤの監視役とか言ってたな。ってことはまだこの館にいるはず…俺ちょっと探してきます!」
「む、おい!」
走り出す、せっかくチャンスを掴んだんだ…ここで物にして見せる、何より!姉貴の名を侮辱する奴は許せねーーっ!!
………………………………………………
「ここにコルロがいるのか?本当に」
「さぁな、だが正面入り口から何者かが争っている気配を感じる…正面からか、ふふ…革命的だ」
「あーはいはい」
裏口を蹴り壊し、壁ごと吹き飛ばし…黄金の館に踏み込むのはバシレウスとタヴ。レコンから聞き出した情報を元に見つけたこの館、ここにコルロがいるという話だったが…本当にいるのかね。
「き、貴様ら!ここがプラクシスの本部と知っての襲撃か!」
「まさか王国の手勢か!革命の火種は消させんぞ!」
「全員!出会え出会え!曲者だ!」
すると轟音を聞きつけゾロゾロと雑魚共が寄ってくる。数だけは一端にいるようだが…はぁ、どれもこれも羽虫レベルだ、話にならねぇ。
「ふむ、人が集まってきたな。バシレウス、やはりこっそり入るべきだったんじゃないか?」
「そいつはお前的に革命なのか?」
「いいや、一般論だ」
「ハッ…驚いた、テメェ常識とかあったんだな」
「然り、一般常識を知ってこそ、それに抗うことが出来る。世の常を知らずして革命を叫べばそれは途端に戯言になる、そう…今ここにいる若者達のようにな」
俺達を囲むように屁っ放り腰の雑魚が構えを取る。雑魚は雑魚だが数はいる、こいつらぶん殴ってぶっ飛ばしてぶっ殺して…って蹴散らすのも面倒くさいな。もうちょい強けりゃ殴り甲斐もあるが、抵抗にもならない抵抗しかしないカタツムリを踏み潰しても、楽しくもなんともない。
「はぁ、だるい。お前がやれタヴ」
「断る、俺の歩む道を俺の道だ。お前の道はお前が作れ…それとも、お前は俺の道の後追いをする方が好きか?」
「テメェ一々物言いが腹立つんだよ、要点を纏めて的確に喋れや…殺すぞ」
「フッ、なら簡単に言おう、勝手にやれ…俺はお前の仲間じゃない」
「分かりきってること言われてもな…」
仕方ねえ…全員殺すか、うっかりタヴも殺しちまうかもだが、別にいいか。大暴れして館を吹っ飛ばせばコルロも出てくるだろう…はぁ、面倒臭いが。
「やるか」
「ヒッ…」
ギロリと睨めばプラクシスの兵士は慄き一歩引き下がる。これだ…これだよ、テメェらが雑魚な理由は。
死を前にして、一歩下がる。それはなんの解決にもなりゃあしない、生きたければ踏み込む…踏み込んで戦う。生きて戦い、戦い生きる覚悟をここで決められない奴は…死ぬのさ!
「邪魔だッ!雑魚共がッ!!」
「ひぃいい!!」
全身から魔力を吹き出しながら突っ込み、紅の両翼を広げるように両手から魔力を噴射し衝撃波で雑魚共を吹き飛ばしながら同時に勢いを殺さないままクルリと回転し…。
「テメェらに用はねぇんだよッッ!!」
「ぎゃぁああああ!!」
スタンピング、地面を踏み込みながら大地を爆発させ全方位に魔力を噴射。何もかもを吹き飛ばし、裏口の壁を、大地を、屋根をぶっ飛ばして雑魚を散らす。
「クソッ!全然乗らねー…雑魚すぎんだろ」
今の一撃で結構な数が飛んだ、これでもうちょい抵抗を見せてくれれば踏み潰す甲斐もあるが…と思いタヴに目を向けると。
「うわぁああああああ!」
「甘い、戦う覚悟を決めろ」
「ぐぶぅ!?」
向かってくる兵士を殴り飛ばし、背後の兵士を蹴り飛ばし、側面から襲いかかる兵士を掴み地面に叩きつける…なんだあれ。
「おい随分地味な戦いをするんですねー!タヴさーん!」
「お前は派手すぎる、本命に会う前にバテる気か?雑魚相手に魔力を使いすぎだ」
「ハッ、チマチマやらなくてもいいくらい魔力あるから結構でーす!」
ベェー!と舌を出しながらケラケラ笑う、そうやってタヴを笑っていると…。
「隙ありッ死ねッ!」
「あ?」
瓦礫の影から一人の兵士が剣を突き立て迫ってくる。好きありって何処ら辺にあると思ったんだか、まぁいいや…こいつ一人消し飛ばして…。
「…………」
ふと、手元に集めた魔力を見て…一瞬迷い、それを内側に引っ込めつつ。
「邪魔」
「ごぼぁっ!?」
普通に蹴りを加え穴の空いた天井から空に向けて吹っ飛ばす…まぁ、確かに魔力の節約は必要かもな。別にタヴの言葉に従うわけじゃないけど…こんな雑魚に魔力使うの勿体無いし。
「フッ…」
「ッテメェ!」
今タヴの奴俺を見て笑ったか!アイツ!アイツから殺す!俺を見て笑う奴は全員殺す!
「ん?」
ふと、正面入り口の方の戦いが終わった気配を感じる。凄まじい気配を持った奴が一人、それなりの奴が一人…あとなんかよく分からん気配がもう一つ。三人いるのか?そいつらが戦いをやめた…なんだ?
そう思っていると、一つ…凄まじい気配の奴が、こちらに注意を向けた気がした。
「バシレウス!」
「分かってる!」
来る、タヴも俺もそれを感じ魔力防壁を張る…が、なんだ。この気配…コルロじゃねぇ、コルロより強い、こんな奴がこんなところにいるわけがねぇだろ…!
そう戦慄した瞬間、目の前の壁が吹き飛び、凄まじい衝撃でプラクシスの兵士達を消しとはしながら…軽やかに地面に着地する。
酒瓶片手に持った黒髪の女…黒髪の女か、つまりこいつがプラクシスの言う先生って奴か…ってこいつ。
「ありゃあ?強そうな気配を感じてきてみれば…見たことある奴がいるじゃないか、キミ…確か総帥の弟子だよね」
「テメェ…マヤか!」
現れた黒髪の女は…コルロじゃねぇ、コルロより上。ヴァニタートゥムの首領マヤ・エスカトロジーだ。なんでこいつがこんなところに…。
「む!貴様!」
するとタヴがマヤの顔を見て慄き、前に出ると…マヤもまた目を丸くして。
「あれ!タヴちゃん!?」
「マヤ!?お前なぜこんな所に!」
「えぇー!久しぶりじゃん!え?死んだって聞いたけど〜!」
「捕まっただけだ、死んではいない。革命の焔は死なんのだ」
「へぇー!」
マヤはタヴの顔を見るなり嬉しそうにタヴの肩を叩き、タヴも何やら嬉しそうに笑っている。こいつら…知り合いなのか?まぁ知り合いか、同じマレフィカルムだし。
「元気してた?アルカナが無くなったって聞いた時は『へぇー、そっかー、なくなったかー』っても思ってたよ〜!ぶっちゃけタヴちゃんが生きてたらウチに来て欲しいと思ってたんだけどね〜!めちゃくちゃ強いし」
「いやいや、俺には俺の道あり仲間がいる。ヴァニタートゥムには参陣しませんよ」
「まぁそう言うと思ったよ、いやぁ今日は懐かしい顔によく会うなぁ」
「?…他にも誰か?」
「向こうでね、カルにあったの」
「カル?カルさんが!?懐かしい…!」
「キミってばカルに懐いてたよねぇ!」
「……………」
俺は腕を組んで苛立ちに任せて足を揺する、なんだこれ。緊張した空気が台無しじゃねぇか…。
「で?タヴちゃんは何を?」
「それは……コルロが、ヴァニタートゥムが怪しい動きをしている。それを止めに来た」
「へぇ、キミも?」
「……『も』?」
「いやぁなんでもない、けどさぁ…私もさ、ここを守らなきゃいけないんだよね。キミ達がここを攻めるなら…私は迎え撃たないとなぁ」
「予測していたが、やはりそうなるか……」
「そうだよ?いい機会じゃないか…キミが現役時代越えられなかった唯一の壁が、ここにあるよ」
壁…つまり、タヴがマレフィカルムに所属していた時、唯一勝てなかった相手こそが…マヤだ。
マレフィカルム五本指という集団において、タヴは四番手、マヤは三番手。タヴの一つ上がマヤだ、つまりタヴがマレフィカルムに所属している時に唯一超えられなかった壁が今目の前にいるのだ。
「……別に、誰が誰より強く、俺が誰より強いという話に興味はない」
「弱気な発言だな革命者、私に勝つ自信がないのかい?まぁなんと言っても…私はキミを殺さなきゃいけないんだがね」
その瞬間、マヤが踏み込む。同時に地面が螺旋状のヒビが入る。恐らく足を捻りながら踏み込んでいるんだ、その勢いが凄まじく地面が巻き込まれ絞った雑巾のように捻れ螺旋状のヒビが入っているんだ。
それ程の勢いと破壊力で放たれる一撃は…神速に至る。
「『壊拳』ッ!」
まるで鉄を殴ったような音を立てて空気が爆裂し目の前のタヴに容赦なく拳が降り掛かる、先程まで楽しげに話していたとは思えない勢いの破壊力。割れた地面が舞い上がり壁に穴が開き局所的な大嵐が暴れ狂ったような凄まじい爆発がタヴの目の前で起こり──。
「勘違いさせたなら、すまないな…マヤ」
「お?」
「俺は…もうお前を超えたつもりの発言だったんだ。いつまでも…上から目線はやめてくれ、革命心が燃える」
がしかし、タヴは寸前でマヤの拳に手を添え打点をずらし自らの体に衝撃が当たらないよう遠ざけていた、完全にマヤの動きと拳を見切って防いで見せたのだ。その動きに…マヤは牙を見せて笑い。
「やはり、ここに来てよかった…タヴちゃん、やっぱりキミが居なきゃ張り合いがないよッ!!」
「張り合う?違うこれは革命だ…マヤッ!コルロの居場所を吐いてもらうぞッ!!」
「やってみろよ!拳でぶん殴って聞き出してみなッッ!!」
瞬間、二つの衝撃波が真っ向からぶつかり合い…天が割れる。マヤとタヴの拳が激突し大地が揺れる。今ここに…マレフィカルム四番手と三番手の決着がつこうとしている。
「俺どうしたらいいんだ」
そんな状況に置いて行かれたバシレウスはただ一人、ため息を吐く。
………………………………………………………
「アハハハハッ!全力なんていつ以来かッ!タヴちゃ〜ん!キミは最高だよ!」
「それは光栄だ、この戦いが終わった後は…このツラを見て震えるようにしてやろうッ!」
マヤは衝撃波を受け流し錐揉みながら壁を突き破り背後の森の中へ飛び込むと共に手で地面を掴み四足を突いて獣のように大地を駆け抜ける。その勢いの凄まじさたるや土の大地が水のように波打ち木々がベキベキと音を立てて宙に舞い上がるほど。
そんな飛び上がった木々の上を次から次へと飛び移りマヤと同程度の速度で飛ぶタヴは手の中で光を込めて…。
「『スターライト・ライン』ッ!!」
「おほほっ!」
一閃、地面に向けて飛ぶ流星の如く飛翔し地面ごとマヤ目掛け拳を振るい大地が競り上がるように盛り上がり爆裂する。がしかしそれすら寸前で回避したマヤはクルクルと空中で回転しながら飛んできた小石の上でピタリと着地すると。
「化身無縫流…」
「む…」
「『千身万化』ッ!」
タヴの視界一杯にマヤの姿が増殖する。四方八方全方位にマヤの分身が現れタヴを囲む。その全てが確かな気配と魔力を宿している…その様にタヴは一瞬冷や汗を拭い──。
「『猛虎羅王総撃』ッ!!」
そしてその全てが同じ構えを取りながら一斉に向かってくる。放たれるのは雨の如き拳の猛撃、それが全方位から放たれる一瞬にしてタヴはマヤの拳に囲まれ──。
「『ヘリオスフラッシュブレイク』ッ!!」
が…しかし、タヴの全身から放たれた灼熱の光が一瞬にして全てを燃やし尽くす。マヤの分身全てが焼き尽くされ大地が焼けて、今この空間そのものが窯の中の如く燃え上がり赤に包まれる…。
「ッ…いない!」
光を振り払いタヴは周囲を見回す、灼熱の光で分身を振り払ったのはいいものの…いない、マヤの姿がないのだ。どこに行ったと探るよりも早く…それは天の向こうから飛来し。
「『隕鉄飛翔脚』ッ!」
「ッッ!?」
マヤだ、矢の如く飛んできたマヤがタヴ目掛け飛来した。分身を置き去りにし自分だけが天高く飛翔しそのまま魔力爆発を利用し再加速し戻ってきたのだ、その威力たるやタヴを巻き込み森を引き裂き大地に線を引きながらもなおも減速せず、すぐ近くの巨大な岩山を粉砕するほどの威力、これに巻き込まれたタヴは一溜りも──。
「中々にやる…!」
「そっちこそ!」
否、受け止めていた、防壁とクロスガードを利用した防御でマヤの蹴りを確かに受け止めていたタヴは砕けた岩山の上に立ちながらマヤの足を掴み…。
「フンッ!」
「おぉっ!?」
マヤを錐揉む形で回転させ地面に叩きつける、が…それでもマヤは地面に手をつき受け身を取っておりそのまま逆立ちの姿勢で立ち上がり…。
「アハハッ!天地無用!」
「フッ…相変わらず奇抜な戦い方をする」
そのまま逆立ちの姿勢で足を拳のように振るいタヴを攻め立てる。一撃一撃が爆音を鳴らし空気の砲弾を作り出し余波で崩れた岩山を更に掘削する程の威力、されどタヴはそれを的確に受け防壁を巧みに使い衝撃波を受け流し…。
「だが、ふざけ過ぎだッ!」
「おぉっ!!」
叩き込む、防壁を拳に纏わせ硬化させた一撃をマヤの腹に打ち込み吹き飛ばす。そして拳を鳴らしながら首の関節を整える。
「言っただろう、昔ほど…俺は容易くない」
「いってて…やるねぇ、確かに…キミは強くなった。つーかそもそも…最後にやったのもキミが子供の頃だったねぇ」
吹き飛ばされたマヤはクルリと猫のように着地しながら腕を蛇のように動かしながら構えを取る。
タヴが四番手の位置を確立したのはエリスが旅に出るよりも前、つまりタヴがかなり若かった頃、それ以来タヴは帝国との戦いに集中した為こうして拳を交える機会がなかった。その間にタヴは強くなった、…昔は敵わなかったが今はこうして伯仲として戦うことが出来る。
「そんなキミも…帝国の将軍には敵わなかったか」
「ああ、強い男だった。俺ではルードヴィヒすら引き出せなかった」
「ははは、それでも大したもんさ。今のキミは…マレフィカルムじゃ伝説扱いさ!」
瞬間、マヤは踏み込み弾丸の如き貫手を縦横無尽に枝分かれする木々のように無作為に連打しタヴもまたそれを受け切り、剰え体をそのまま回転させ鋭い回し蹴りで空気を切り裂く。
「興味がない、寧ろ…嘆くべきだ!」
「全くだ!帝国と戦った事を称賛するなんて魔女排斥組織として情けない、本来なら私達もキミの後に続くべきだった!それを!八大同盟の誰もキミと共に歩まなかった!」
「俺はただ俺のやるべき革命を成すために戦った、お前達は…革命すら成せずただ無意味に時を過ごしている!それは恥ずべきことだ…だが!」
蹴りを避けられ空中に飛んだマヤが放つ無数の蹴りを防壁で全て受け流し、拳に溜めた魔力で一閃、空を切り裂く。マヤはそれを身を逸らし回避するが…その背の雲が真っ二つに裂ける。
「今は、お前達のその行動を…俺は止めるためにここにいる」
「言っていたね、コルロを止めたいんだっけ?…じゃあさ、こういうのはどうかな」
すると、マヤは一回転し地面に着地すると…手をタヴに向けて差し出し。
「キミ、私の仲間にならない?」
「……さっきも言ったが、俺には……」
「キミが内側からコルロを変えればいい。アイツは身内には優しいよ、外から変化を加えるより余程効率が良い…そう思わない?」
「…………」
「革命的な提案だと思うけど、どうかな」
「そうまでして、俺が欲しいか?マヤ」
「かなり、キミが欲しい」
パチンと指を鳴らしウインクするマヤ…に対し、タヴは大きくため息を吐き。
「その提案も、アリだとは思う」
「マジ?」
「しかし今朝までなら、その提案は受けた…だが今は受けられん」
「はぁ?どういう意味?今日心変わりしたってこと?」
「違う、お前と今戦って…相入れないと確信した」
「は?」
マヤは不機嫌そうに眉を歪めるが、タヴは迷うことなく…腕を組む。ある意味裏側に潜り込んでコルロの計画を変更させる…というのは良い判断ではある、ありがたい提案でもある。しかしそれでも受けられない理由が出来た。
それはマヤと戦って、生まれたものだ。
「その化身無縫流…だったか、そんな技。以前戦った時は使っていなかったな」
「…………」
「その名は聞いたことがある、魔女アルクトゥルスだけが使える究極の武術…だったか。しかし現世では失伝扱いされ今やアルクトゥルスとその弟子以外は扱えない伝説そのもののはず…一体何処でそれを習得した」
「それは……」
「言わずとも分かる、俺は知っている。アルクトゥルスとその弟子以外の使い手がもう一人いることを……」
マヤは視線を逸らす、その技が何処から出たものかタヴは知っている、だから手を貸せないのだ。いや…これはそもそも、もっと大きな話だった。
「……そもそも、不自然だったんだ。ヴァニタートゥムが…いやコルロとレナトゥスが裏で手を組みガオケレナを陥れようとしている構図そのものが不可解だった。この二人がマレフィカルムを裏切ることそのものに意義が見出せなかった」
「おいおい何の話だよ、急に話が飛躍し過ぎだよ」
「だが、それも全て…お前のその技を見て察したよ。コルロもレナトゥスも『本質的にはマレフィカルムを裏切っていない』んだ、ガオケレナを裏切っただけでマレフィカルムを裏切ってない、この意味が分かるか?マヤ、分かるはずだ…お前なら」
「………ああ」
「そうだ、マレフィカルムには…『指導者が二人いる』。それはマレフィカルムの総帥であるガオケレナと…その創立に立会い裏から支援をした女。羅睺十悪星…ウルキ・ヤルダバオートだ」
「…………」
「お前のその技もウルキから授かったものだろう、ウルキは全ての魔女の弟子だったと語っていた。ならばアイツも化身無縫流を扱える…ならお前にも教えられる」
「……そうだよ」
「これで全てが繋がった、コルロとレナトゥスはガオケレナを裏切っただけ…これはコルロ達の謀反ではなく、もっと大きな話…つまり、『ガオケレナ派マレフィカルム』と『ウルキ派マレフィカルム』の食い合いだったんだろう」
つまりコルロの裏にいるのはウルキ・ヤルダバオートその人、それはマヤが化身無縫流を扱える理由そのものにも繋がる。となるとこれはただの謀反騒動では終わらない、ウルキが動き出している以上確実にマレウス全土、そして世界そのものに関わる話になる。
何故今になってウルキ派がガオケレナを陥れようとしたかは分からない、だが…間違いないのは今ガオケレナとウルキは表面上では協力しているが、裏では敵対関係にあるということ。
その裏の背景に気がついたタヴは毅然として立つ。
「……で?その名推理がどうして私達と組めない理由に繋がる?」
「分からないか?……俺達が、どうして帝国と戦うことになったのか。どうしてアルカナが使い潰されたのか、俺達を囃し立てるだけ囃し立てて捨て駒にしたのが…誰かッ!!」
「ああ、そう言えば…キミ達はウルキさんの支援を受けて帝国と戦ったんだったね」
「その通りだ…あの女は、死んでも許さんッ!アイツに唆されたばかりに俺は!無二の戦友を…シンを失うことになったッ!裏側にウルキを抱えるような奴とは組めんッッ!!」
「ハッ…意外に女々しいな、お前の頭が悪かった責任を他者に擦りつけるなよ。ああもう良いよ…分かった分かった、もう二度と…誘わない」
拳を落とすように、低く構えるマヤ。両手を解き…広げ、魔力を溢れさせるタヴ。二人の威圧に大地が揺れ、天が荒れ、木々が恐怖の悲鳴を上げる。
「様子見はこれくらいで良いかいタヴちゃん」
「無論だ、…使え……極・魔力覚醒を」
「ハッ…私は、高いよ…!」
二人の魔力が体から滲み出し、広がり、お互いの空間を形成しながら、衝突し電流が迸る。第三段階…魔女一歩手前の者達の死闘を告げる鐘が、荒れ狂う天から降り注ぐ雷鳴により鳴り響く────。
「待てやッッ!!」
「およ?」
「む?」
がしかし、その戦いに待ったをかけるのは…。
「タヴ!変われ…」
「バシレウス…?」
バシレウスだ、ここまで追いかけてきたバシレウスは外套を捨て岩で固定しながら拳を鳴らし、こちらに歩いてくる。
「バカ!お前俺がなんでマヤの相手をしていると思っている!あの館にいるだろうコルロを探させるためだ!何故ここに来る!」
「居ないだろ、コルロは…なぁ?そうだろ?マヤ」
「まぁそうだね、彼女忙しいし」
「む……いないのか?てっきりお前がいる物だからコルロもいると思ったんだが…」
「居たらアイツは嬉々として出てくる、それがないってことは…そういうことだろ、それよりタヴ。変われよ、俺がそいつと戦いたい」
「…………」
タヴは静かにマヤとバシレウスを見比べ、むむむと難しい顔をして…。
「断る!」
「は?なんで?そんなにマヤを倒して三番手になりたいのかよ」
「違う!マヤはコルロよりも強い!コルロに負けたお前では勝てん!」
「負けてねー!」
「そういう負け惜しみはいらん!」
「だから負けてねー!アイツの攻撃に油断しただけだ!」
「ガッチリ負けてるだろそれは!おい!聞け!」
しかしバシレウスは笑みを見せながら歩みを止めず、タヴの隣に立ち…チラリとその顔を見ると。
「心配してんのかよ、なら必要ねぇよ。寧ろ見てろよ…俺の戦いをよ」
「ッ……」
タヴは驚愕した、バシレウスの見せた笑みが…あまりにも優しかったからだ。この人外男…こんな顔が出来たのかと、その隙にバシレウスはマヤの前に立ち…。
「さぁ選手交代だぜマヤ・エスカトロジー…テメェは俺が殺す」
「はぁ〜タヴちゃんと楽しくやってたのに、コルロより弱いキミが本命気取り?ちょっとがっかりだなぁ」
「テメェ…頭が高ぇんだよ」
拳を鳴らすバシレウスに対しマヤは話にならないとばかりに欠伸をする、その余裕綽々な姿に…バシレウスは……。
「俺を、ナメるんじゃねぇッ!!」
殴りかかる、足元を吹き飛ばしながら突っ込み轟音と共に拳を振るい…。
「いやナメてるが」
「なぁっ!?」
がしかし、バシレウスの拳はすり抜ける。マヤの行う超高速スウェイ…あまりのスピードに攻撃がすり抜けて見えるその芸当を前にバシレウスは混乱し。
「テメェ!なんじゃそりゃ!攻撃当たんねーじゃねぇか!」
「あははは、分かんないかなぁ、キミと私とじゃあさ…そもそも勝負にもなんないのよ、わかったら大人しくタヴと変わってくれるかな」
拳を振るう、蹴りを見舞う、がしかし全て空を切り…バシレウスを翻弄する。伊達ではない、現人神と呼ばれ世界最強の超人と讃えられるマヤの実力はバシレウスさえも寄せ付けない。
「全く、なんでガオケレナやウルキさんがキミなんかに執心してるのか…全く分からないなぁ」
「ぅがぁあーー!!」
「ああもう、うるさいなぁ…黙らすか」
そしてマヤがバシレウスの拳を回避しカウンターを見舞おうとした瞬間……。
「え?」
マヤの動きが…停止する、あまりのことにマヤは目を丸くし視線を動かすと…、殴り掛かろうと振るわれたバシレウスの手が、マヤの胸ぐらを掴んでいた。
「捕まえた、そういうタネか…存外つまんねー技で避けてんだな、お前」
「……マジ?」
この数度のやり取りでこの技を見切られたことは一度としてない。ましてや見切ったとしてもマヤのスピードに即座に対応することも不可能、絶対にバシレウスの攻撃に当たらない自信があった…のも今の今までの話、今は…マヤは冷や汗を流し、バシレウスが握る拳を見つめるしかなく。
「言ったろ、頭が…高けぇんだよッ!!」
瞬間、光輝く拳がマヤの顔面を捉え────。
「『魔王の鉄槌』ッッ!!」
「ぐうぅっ!?」
一撃、鋭く放たれた打撃が爆裂しマヤの顔面を捉え、マヤの体が地面を転がり滑る。そして…バシレウスは静かに中指を立てながら舌を出し。
「四番手と三番手風情が偉そうに語ってんじゃねぇよ…頂点に道を開けろや、カス共が」
「…ッ…こりゃあ、思ったより楽しめそうか?」
立ち上がり、構えを見せるマヤと拳と拳を打ち鳴らし凶暴に笑うバシレウス。北部で行われる戦いの…第二ラウンドが始まろうとしていた。




