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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十九章 教導者アマルトと歯車仕掛けの碩学姫
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679.星魔剣と蠱毒の魔王


「永遠に生きる?くだらねぇよな」


「何……?」


床を叩いて、立ち上がる。


「究極の強さ…?馬鹿馬鹿しいぜ」


埃を払って鼻で笑う。ヤツの理屈はどこまでも下品で、下劣で、野蛮で、平凡で、笑っちまうくらいくだらないんだから。


「聞こえなかったかよ社長さん。山のような金銀財宝抱えてよ、商売でも大成功してもうこれ以上ないくらい人生成功してさ…それで更に欲するのがそんなもんかよ。はっきり言ってアンタ…金はあっても色々乏しいぜ」


「何を言われようとも、現実は変わらないだろう?魔女という究極の強さを持った存在が永遠に生きて世を支配している。ならばそんな魔女と同じ段階に登ろうとする事の何が悪い?何がくだらない」


「上下の関係を支配と服従でしか見れない事がくだらないって言ってんのさ。魔女だって…ただの人だ、テメェみたいな人で無しと比べられねぇよ」


「なにィ…?」


俺の言葉にセラヴィは明らかに表情を変える。図星かい?だろうよ、テメェは所詮その程度なんだからな。例え何がどうなろうがな。


「ほら来いよセラヴィ、俺が教えてやる。お前の言う永遠も究極も、所詮借り物のハリボテだって事をさ…」


「フッ…まだ力の差が分からないのかいアマルト君。ではまず君からズタズタにするとしよう、君の肉塊を上で暴れている馬鹿どもと姫君に差し出せば少しは大人しくなるだろう」


剣を取り出し、手招きする。さぁ大一番だ、相手は八大同盟パラベラムの盟主セラヴィ・セステルティウス…仲間の援護は望めない。今上で聞こえる戦闘音はエリス達の物だろう、あいつらがラセツを倒して俺たちの援軍に来てくれる…って状況は正直望めない。


ラセツは強えよ、あり得ないくらい強い。ぶっちゃけ今の段階にあってもラセツはこの戦場の中で最も強いだろう。確率で言えばラセツがエリスをボコしてここに来る可能性の方が大きいまである…。


つまり俺が、こいつを早急に倒すしかねぇってわけだ。それも前までならなんとかなったが今のセラヴィは無敵に近い…けど。


(お師匠……)


思い返すのはあのクソムカつく女のムカつくセリフ、あんな事弟子に言う師匠がいるのかね。全くもって信じられねぇ…けど。


今は感謝する、捻くれ者の俺の師匠は…捻くれ者のアンタしかいなかったと今なら言える。


「今日の俺は、無敵だぜ?」


俺は日和らねぇ、足も止めない、目は逸らさない、前を向く、未来を見る。それだけを考えて生きていく。この道は誰にも阻ませない…だから、行くぜ?一歩先、俺の限界のその先に。


「……魔力覚醒…ッ!」


魔力を集め、解放するのは致命の覚醒。使えば死ぬ最悪の覚醒…だが、それはきっと。


俺だからこそ目覚めた、俺だけの覚醒だったんだ。


────────────────────


馬車に揺られる、ゴトゴトと音を立てて進む馬車に俺は身を縮こまらせて座り…心の刃を研ぎ澄ませる。


「へぇ、兄ちゃん北部で旅するのかい?今ここは治安がよろしくないから…あんまり旅をするのには向いてないと思うけどねぇ」


「いいんです、俺…それなりに強いんで」


「そうかい?ステュクス…って言ったね。気をつけな」


「うっす」


馬車の主人は俺を見てそう話しかけてくれる。


サイディリアルを離れてもう数週間か、久しい長旅でやや手間取ったが俺はようやく北部カレイドスコープ領に入ることが出来た。だが北部に入る事が目的じゃない…俺の目的は一つ。


(師匠……)


俺は腰に差した師匠の剣を撫でる。俺はサイディリアルで…誰よりも敬愛する師匠を失った、俺にとって親であり親以上であるヴェルト師匠を失った。殺されたんだ、殺った相手はオフィーリアだ…あのクソ女が俺の師匠を殺しやがった。


そして、恐らくオフィーリアは北部に行っただろうと考えた俺は今こうしてオフィーリアを探しに北部にやってきたんだ。全てはオフィーリアを見つけて…復讐する為だ。


「おい兄ちゃん、アンタの言った通り街に着いたが…どうする?」


「ここで降りるよ、この街で人探しをしたい」


「人探し…冒険者って感じじゃねぇが、あんた一体何しようってんだい…」


「なんでもいいだろ…、あんたにゃ感謝してるがあんまり詮索はやめてくれ」


「お、おお…」


そして馬車は止まる、北部に入り一番最初の街に着いたんだ。ここから俺は…オフィーリアを探す為に北部中を探して回る、どれだけの時間を費やすかは分からないが絶対に見つけてやる。見つけて…この手で……。


「あ、そうだ」


俺は止まった馬車から降りながら馬車を動かしていた主の方を向いて…。


「なぁ、もしオフィーリアって女を見つけたら冒険者協会を通じて俺に話を通してくれないか?」


「オフィーリア?」


「そうだ、金髪で水色の服を着て袖をこう言う風にダラーって垂らしてさ。『んふぇ〜!オフィちゃんこわいひぃ〜ん!』ってナヨナヨした女だ」


「お、おう…分かった」


「あととんでもない美人だ、中身は性悪だけどな」


「オフィーリアだな、それがアンタの探してる人…って言ってもあんまりいい意味合いじゃなさそうだ。取り敢えず気にしておくよ」


「おう」


取り敢えずこう言う風に言っておけばどこかでオフィーリアが引っ掛かるかもしれない。主人は俺に『気をつけな、まだ若いんだから』と心配するような風な口ぶりで馬車を動かし来た道を馬車で引き返していく。


……さて、探すか。


『見つかるとは思えんがなぁ〜』


「む……」


すると、ロアが何やら文句をつけるように喋り出す。なんだと?


「見つからねぇって?どう言う意味だよ」


『そのままの意味じゃ、相手はマレフィカルムの最高幹部のセフィラじゃぞ?それがその辺をホイホイ歩いてお前が使えるような交通機関を使うとも思えん。お前のような普通の人間が考えつく普通の場所にはおらんじゃろう』


「じゃあどうすりゃいいんだよ」


『さぁ?どうしようかのう。闇雲に探すよりかはもうちょい考えたほうがええんじゃなかろうかと思っとるだけじゃから特に意見などないわ』


「はぁ……話になんねー」


闇雲に探すより考えて?それこそ意味がない。だって考えたって分からないんだ、相手はセフィラ?んな事分かってる、けど奴らがまた尻尾を出すまで待ってることもできない。だからこうして闇雲に探してるんだろうが。


「今は動くしかないだろ、口挟むなよ」


『ほーか、好きにせえ』


「そうするよ、さて…」


クルリと振り向き俺が視線を向ける先にあるのは北部に入り大多数の人間が最初に見ることになる大きな街。西方に断崖絶壁、周囲を深い森で囲まれた森の街フォーレだ。


森の中には魔獣も出るし中部から北部に行こうと思うとこの街を経由するしかないこともあり北部に行く冒険者達は基本的にこの街で体勢を整えることでも有名だ。俺もこの街に来たのは初めてじゃない…取り敢えずここで聞き込みでもしてみるか。


オフィーリアも中部から北部に入ったはずだから、絶対この街に来ているはずなんだ。


『ところでステュクスやい、路銀はあるのかえ?』


「ある、持って来れるだけ持ってきた。多分向こう三年くらいは宿と飯には困らねぇ」


『ぬははこの高給取りめ』


「うるせぇ」


おっと…今からフォーレに入るんだ。ここからは迂闊に独り言は言わないようにしよう…。街を囲う塀、その中心に開いた巨大な門を括り俺は森の街フォーレに入る…するとやはり最初に見えてくるのは。


『魔女の支配を許すな!』『人類解放戦線への加入を!』『悪魔の化身である魔女に天罰を!』


とかなんとか書かれた旗にポスターに落書きに…と、あちこちに魔女を否定する文言が書かれている。


この北部カレイドスコープ領は反魔女思想の温床だ。マレウスでは基本的に魔女を否定する文化が根強いが…北部はその中でも抜群の過激さを誇る。それもこれも領主であるカレイドスコープ家が全く自治を行わないが故にテロリスト紛いの連中が入り込み、そいつらによって反魔女思想が植え付けられ…こうなったのだとか。


レギナも魔女肯定派というわけではない物の、いつ北部の人間が独断で魔女対抗に攻め込み喧嘩を売るか分からないと肝を冷やしている。


俺も、姉貴が北部のこの有り様を見てどういう反応をするのか…想像するだに怖いよ、本当に。


『ほう、この街は随分魔女を嫌っておるのだな』


(まぁな……あ、そういえばロア)


『ん?なんじゃ?』


(お前一応魔女大国で作られたんだよな?ってことはやっぱりこう言うのってあんまり面白くないか?)


『別に、魔女大国で作られたから魔女側というわけではないわ。そもそも他人の思想に面白いも何もないじゃろ、興味もない』


(なるほど…)


『じゃが、真面目だな…とは思うのう』


(真面目?)


『真面目に世の中のことを考えて、何が悪いか自分達で見定めると言うのは生真面目というより他あるまいよ。そして…そう言う連中も含めて世の中と捉え、治世を広げる魔女達もまた生真面目じゃ』


(ロア、お前生真面目を悪口みたいに扱ってないか?)


『悪口じゃぞ、行動と努力の伴わぬ思考も、選別も選定もしない救世も。どちらもバカのする事じゃ』


(ひっでぇの…)


『思考するなら努力し行動せよ、救おうとするなら選別し選択せよ。でなければそれは途端にお為ごかしめいたくだらん夢想に成り果てる』


こいつは本当に、たまにアレだよな。うん、アレだ。


そう考えながら俺は一人でフォーレの街を歩いていると…。


「………なんか、俺見られてね?」


『そうじゃのう。街人からの視線が痛いわい』


まだ街に入ったばかりだと言うのに…なんか通行人が俺の方を見てヒソヒソと話したり、やたらと俺を避けるように動いたりと…なんか街の様子がおかしいんだ。


『ステュクス〜、お前この街に以前来た事があると言っていたな。何かしたんじゃないか〜?』


(バカ言え、何にもしてねぇよ)


『ならアレじゃ、腰に剣差しとるから警戒されてるんじゃ』


(冒険者も良くここにくるんだ、別段珍しいもんでもないだろ)


『んん?おらんぞ?冒険者なんて、この街に』


「え?」


そう言われて俺は周囲を見渡す。すると確かに…前来た時はそれなりに歩いていた冒険者の姿が見えない。と言うか一人もいない、大冒険祭が終わった後だから少ないのか?いやいやもう数週間は前の話だし…。


っていうか、なんかこの街…若者少なくねぇ?どいつもこいつもおじさんおばさをばかりだし。


「あの〜…」


「ヒッ……」


試しに近くの人に声をかけるとこの有り様だ、まるで人を乱暴者を見るみたいな目で見てそそくさと逃げていく…こりゃ聴き込みどころじゃないな。


(一体なんだってんだ?なんかこの街おかしいぞ…)


フォーレの街を適当に歩いてみても…うん、やはりおかしい。みんな俺を目で追う。そして冒険者も若者もいない、一体この街で何が起きているんだ。


と考えても仕方ないので、取り敢えず俺は宿の確保をしようと手近な宿に入る。するとカウンターで本を読み込む老人が見えて。


「すんませーん、宿取りたいんですけどー」


「うーい、何名様の……いぃっ!?」


がしかし、店主は本から目を離し俺を見た途端青い顔をして…。


「あ、『プラクシス』に貸せる宿は無いぞ!」


「はぁ?プラクシスぅ?」


そういうんだ、プラクシスなんだそりゃ。どうやら店主は…というかこの街の人間は皆俺を見てその『プラクシス』ってのと勘違いしてたのか?


青い顔をした店主に近づくと、彼は手近な杖を持って応戦の姿勢を取るんだ。


「寄るな!」


「い、いやいや待て待て待て、よく見ろって。俺旅装だろ?さっきこの街に来たんだ、そのプラクシスとやらじゃ無いって」


「うん?おお、確かによく見ると違う。ああいやすまんすまん、最近は若者を見ると皆プラクシスに見えるんだ。えっと一名でのお泊まりだな?無礼を働いたわけだし割引しようか?」


「別にいいよ。しかしそのプラクシスってのはなんなんだ一体、街に入るなりみんな俺のこと見てまるで化け物みたいにさ」


俺はカウンターに近づき部屋を貸してもらう契約をしつつ、聞いてみる。そのプラクシスとやらのせいでなんか誤解されてるみたいだし、そいつらがいる限りオフィーリアを探すどころじゃねぇ。出来れば解決したいが…。


「プラクシスってのはなぁ…この村にとって最近の悩みの種でな、多分だが…もうすぐやってくるぞ」


「え?」


そういうなり店主は窓の外に指を差す。すると……。


『聞け!無知蒙昧な民衆達よ!』


「な、なんだなんだ?」


突如やたらと気合の入った精力活力に満ちた声がゴンゴンと響くんだ。一体何事と窓に近寄り外を見ると…そこには馬に乗り剣を携え外套を羽織った若者達が村の入り口に大挙して訪れており…って。


なんだあいつら、外套に剣装備ってまんま今の俺と同じ格好じゃ無いか…!


『我々は皆に啓蒙活動をしに来ただけだ!怯えるな!我らは皆共に同じ人間!そこに貴賎はなく!また上下の隔てりも無いはずだ!我々プラクシスはただそれを伝えたいだけである!』


「なんか、気合い入ってんな」


若者は剣を掲げまるで騎士のように怯える村人達に向けて語りかける。恐らくリーダー格と思われる黒髪青目のイケメンは大真面目な顔で演説を続ける。


『我々プラクシスの願いは一つ!前時代的な社会構造を破壊し皆が手を取り合える世の中を作り、より人の繋がりを大切に出来る世の中を作ること!その障害をとなる敵を打ち倒すことにある!』


「………うん?社会構造の破壊?」


『その為に必要なのは何か!必然!支配層!貴族達!延いてはこの国の王族ネビュラマキュラだ!』


「……もしかしてこいつら」


こいつの話を聞いていると、なんか引っかかるんだよな。で何に引っ掛かるか考えていたら…思い出したことがある。


そういえば北部では最近…『反権力主義運動』が盛んだって…まさか。


『我々プラクシスは権利権力に真っ向から立ち向かい!自らの運命を掴み取る者!我々の戦陣に加わり共に自由の為に戦う者よ!前に出よ!』


「こいつらが…反権力主義か!」


「ああ、最近この近辺で活動してる反権力主義活動集団『プラクシス』…それに感化された若者が大量に入団してなぁ、もう毎日のようにあんな迷惑な演説してるのさ…」


「みんなで追い返さないのか?間に合ってるってさ」


「そうしたいのも山々なんだがなぁ…あいつら気に食わない事、自分達を否定する物を見ると攻撃を始めるんだよ、過激なんだよやり方も考え方も」


「タチ悪りぃな…」


「最近じゃ…大量に酒を持って行こうとするし、厄介な連中だよ」


「酒?」


『今こそ!ネビュラマキュラ王家五百年の歴史に終止符を!自由の闘争を!』


すげぇなあいつ、村の人間全員が怯えて家の中に隠れても構わずやってるぜ。ありゃ自分に酔ってるタイプの奴だな…。


しかしアレが反権力主義者か、言ってる事は歯の浮くような理屈だしぶっちゃけあいつらが主張してるのは『王家と貴族ぶっ殺してー!』ってだけでその後の展望が何一つ見えてこない。ああいうのが跋扈するから北部は治安が悪いって言われるのかね。


『ケラケラケラケラケラ!こりゃ愉快じゃ!』


(笑ってる場合かよロア)


『これを愉快と言わずして何と言う。大方反魔女思想の始まりは魔女を目の上のたんこぶと見た北部貴族の連中じゃろうに。それを受けた民衆は魔女だけでなく他の権力者層まで敵視しだしたぞ!なんたる皮肉!人の悪意とはこうも御し難いものよ!』


(にしても参ったな、あいつらが迷惑行為をするから若者=プラクシスって構図がこの村で出来てる、いや下手したら北部全域でそうなってるかも…これじゃあやり辛いったら無いぜ)


構わず演説を続けるプラクシスを無視していると連中はゾロゾロと村の中に入って来て一件一件の扉を叩いて周り始める、嘘だろ…家の中に引っ込んだら今度は引き摺り出して話をしようってか。


『若いとは怖いのう、若さの炎は時として暴走し周囲を燃やし尽くす。あれは恐らくその手の類…ステュクス、暇なら関わってもええが忙しいなら関わるのはおすすめせんぞ』


(分かってるよ、関わる気なんかありゃしねぇよ…面倒くさい)


取り敢えずあいつらが立ち去るまで俺は借りた部屋の中に引き篭もって隠れていよう。巻き込まれたら面倒極まりない────。


「失礼!自由なる闘争に興味はあるか!」


「ゲッ……!」


『あーあ』


しかし、部屋に引っ込もうとした瞬間…宿の玄関先が開けられ、さっき演説していたリーダー格の黒髪が現れ…その青目で俺を見るなり、彼は目を輝かせて。


「おお!なんだいるじゃ無いか!若き闘士!」


「……え?誰のこと?」


「君だ!金髪の君!」


「チッ、やっぱ俺か」


咄嗟に店主に助けを求めようと視線を動かすが…店主は既にどこかに消えており、店の中には俺とこの黒髪だけになる。最悪だよ、関わる気ないのに向こうから関わって来やがった。


「君、名前は」


「横柄な奴だな…いきなり現れて名前聞くやつがあるかよ」


「確かに、こちらが名乗ってなかったな」


「そう言う意味じゃ……」


「私の名前はプラクシスのリーダーのレボルシオン、仲間達からシオンと呼ばれている。で君の名前は?」


「……ステュクスだけど」


「ステュクスか!君の目を見ていたら…とても気が合う気がしてね、顔もいい」


(どう言う口説き文句だよ)


レボルシオンと名乗った黒髪はにこやかに俺の手を取ってぎゅっぎゅっと握手をして笑顔を見せる。あーあーあーあー巻き込まれた感じがする〜!!


「君は先程の演説を聞いていたかな、私たちはプラクシスと言ってこの国の…いや権力を打倒する為に旗を上げた自由の勇者なんだ」


「それって…反乱軍的な?」


「違う!これは反乱じゃない!謂わば……革命だ!」


「か、革命っすか」


「そうだ!」


何が違うんですか…。


「僕は民という言葉が嫌いだ、それは王や貴族が他の人間を見下す為に作った言葉だ。人は皆人なんだ、そこには本来上下はないはずだ。だが人は上を作る、上を作るから無限に下が生まれる、人はその上下を競って争い合う。無為だと思わないか?無駄だと思わないか?こんな世の中の構造は」


「お、俺に聞かれても…。でも王様が悪いって前提は…よくないんじゃないか?王様だってさ、国をよくしようと頑張ってるわけだし」


「ネビュラマキュラのことかい?なら僕は彼女達を支持しない。ネビュラマキュラの胸先三寸で運命を決められたくない、僕達の運命は僕達で決めるべきだ」


絶妙に会話になってないな…、なんというかこいつは自分の意見しか見えていない気がする。これは反乱じゃなくて革命だって言っても…やってること自体は国家転覆だろ。一応俺は国王を守る衛士で、レギナを守る為に戦い身として…支持はできない。


つっても今は職務放棄して出て来てるから偉そうにはいえないけど。


「どうだろうか、僕達のプラクシスに君も加入してみないか?この村の…いや国の大人達はみんな腑抜けだ、牙を抜かれた臆病者だ、そんな彼らより…君のような若者を僕は求めてる」


「……そうすっかぁ…」


「もし興味があるなら、この村の郊外に僕達の仮のアジトがある、そこで話をしよう」


「あ、おい!」


それだけ言い残すとレボルシオンはクルリと踵を返して玄関口に戻っていき…外へ出ると。


「おや?雨が降って来たか、天もまた今のマレウスの有り様を見て泣いているに違いない。一刻も早く人々を解放しなくては…!」


なんで言いながら雨の中を走って消えていくんだ。玄関も閉めずに…。なんだってんだよあいつは…。


「あんた、プラクシスに加入するのかい?」


「うぉっ!?店主さん…あんたどこ行ってたんだよ」


すると、どこかへ消えていた店主が俺をジローっと見てくるんだ。加入するのかってな。


「この村の若者はみーんなあいつらについて行っちまった。レボルシオンの語る非日常はこの森に閉ざされた村の連中にとっては刺激的だったんだろう。一生木を切って終えると思っていたら…自分も世界の為に戦える勇者になれるってな。うちのバカ息子もそう言ってついて行ったよ」


「じゃあ言うが、俺は一ミリもあいつらに魅力を感じてねーよ。第一支配者のいない世界を作るって、そりゃルールのない無政府状態って言うんだよ。無政府状態で成立してる国なんか見たことないぜ…」


「俺もそう語ったさ、けどなぁ…少なくともあいつらには本気で信じる未来があるんだろう」


まぁ、そこは否定しない。どんな思想を持ちどんな理想を掲げ、何をして暴れ回ったとしても彼らには彼らの信じる未来があり、それこそがより良い世の中になると信じている以上その理想までは否定することはできない。


がしかし、だとしても、支持するかは別だぜ。とレボルシオンが開けっぱなしにした扉を閉じてため息を吐く…しかし面倒なことになったな。


(なぁロア、これ無視して村出たほうがいいかな)


『別にいいと思うが名前を名乗ったのはまずかったな。奴らはこの近辺で活動しとるんじゃろう?またいつどこで絡みにくるか分からんぞ。その時は今日みたいに友好的とも限らん…ワシの見立てじゃがあのレボルシオン、一度言葉の使い語り間違えただけで親の仇並の勢いで襲いかかってくるかもしれん』


(ふーん、……無視はやばいか)


奴らは理想に熱狂してる。そう言う奴らは何かの拍子に爆裂する可能性もあるんだ、その爆裂が俺に牙を剥かないとも限らないし…参ったな。


なんか出鼻をくじかれた気分だぜ。


「どうすっかなぁ…」


レボルシオン、プラクシス…面倒な連中がいきなり関わって来やがった、ツイてない。そんなため息をこぼしながら俺は取り敢えず部屋で休もうと閉じた玄関から歩いて立ち去ろうとした瞬間…。


『や、やめて!私は興味ないって言ってるでしょ!!』


「ッ……!」


ふと、外から悲鳴が響くんだ。嘘だろ…この状況で悲鳴が響くってことはつまり。


『なにが興味ないだ!この不届き者が!年老いた大人達ならまだしも!お前は自分の力を世界のために使う気は無いのか!』


『い、いやよ!私はこの村にいたいの!』


プラクシスの一人が民家の扉をこじ開けて中で隠れていた若い村娘の手を引っ張り連れて行こうとしていたんだ。その言い分は若いならお前も戦えと…俺の時とはまるで違う強引な誘い方。


(いや違う…俺が強引に誘われなかったのは……)


チラリと俺の腰を見る。そこには星魔剣と師匠の剣の二本が見える、対する村娘は如何にも弱そうだ…つまり。


(アイツら抵抗できない奴は強引に連れていくのかよ!)


つまり俺は強そうだったから言葉で誘うにとどめ、戦えなさそうな奴は無理矢理連れていく。なんとも打算的で賢ぶったやり方、そこに一気に俺はプラクシスの存在への失望を感じる。


本気で世界を変えたいなら、それも良いと言えた。だが相手を見てやり方を変え、弱い人間には強引に出る。それはアイツらの否定している権力となんら代わりないじゃ無いか!


『クカカーッ!結局人はそうよな!現体制を打倒した後に真に平等な世を作る気のある者なと。いやしない!国を壊した後作られるのは支配なき世ではなく奴らに取って都合の良い世界というだけよ!』


「チッ!なぁ店主さん!アイツら普段からあんな感じか!」


俺が咄嗟に振り向きそう聞くと、店主はなんともバツの悪そうな顔をして頷き。


「村の殆んどはついて行った、だがついていかない奴だっているさそりゃ…そういう奴らを、根こそぎ連れていく気なんだとさ」


「止めねぇのか!?」


「止められるか…いくら若い連中ったっても武装してんだぞ」


「そりゃそうか……」


もう一度俺は連れていかれそうな村娘を見る、するとその近くをリーダーのレボルシオンは通りかかり…。


『大丈夫!君は戦わなくていい!ただアジトで雑用をし我々のサポートをしてくれるだけでいいんだ!とある人物の身の回りの世話をするだけでいいんだ』


とか言うんだ……なんだよそりゃ、アイツら本気で言ってんのかよ…!


『さぁてどうする、ステュクスよ。お前はオフィーリアを探す役目があるが……』


「聞くな…今は、その話を出すな!」


そうロアに吐き捨て俺は走り出す。オフィーリアは憎い、師匠の仇だ、今すぐ探し出したい。そのためには寄り道もなにもしてる暇はない…けど。けれど。


それでも、師匠なら言う。ここで助けを求める人を見捨てるような剣を教えた覚えはないと!


「やめろやお前らーっ!!」


「ああ?ぐげぇっ!?」


咄嗟に飛び出し村娘を連れて行こうとするプラクシス構成員を蹴り飛ばし、即座に村娘を押して民家の中に隠し…群れるプラクシスに再び視線を向ける。


「君は、ステュクス君…何故僕達の邪魔をする!」


「そんなもん決まってるだろ、嫌だって言ってるから…止めたんだよ。そんな事もわかんねぇかよ」


「彼女は勘違いしてるだけさ!我々のアジトにくれば直ぐに理解してくれる!他の人達もそうだった!」


「そりゃあよ、レボルシオン。力づくで人を連れ去るような連中のアジトに引き摺り込まれて…周りはテメェらみたいに剣で武装した連中に囲まれりゃあ誰だって抵抗する気をなくすだろ」


「いや…我々は脅してなんか…」


「暴力ってのはな…テメェが思ってる以上に人の意思を挫くんだよ…!」


あんなに強い姉貴でも、かつては貴族の館に押し込められて…その心を折られていた。人は知るべきなんだ、握った拳で叩いた頭の中で…一体どんな絶望が渦巻いているか。だから人は力を得る前に力の責任を知るべきなんだよ…そんな事もしようとしない連中は、ただの野蛮人だ。


「我々は!ただ!この国と世界を変えたいと思っているだけなんだ!みんなもいつかわかってくれる!ただそれには時間がかかるだけで…」


「そうやって人の意見を封殺するのってさ、テメェの否定する『権力』となにが違うんだ?恐怖で人を支配してる…今の王政よりも余程タチが悪いぜ!」


「ッ……よりにもよって、否定をするか…!」


レボルシオン達が腰の剣に手を当てる。ああそうかい…反対されたらそうやって力で訴えかけるわけだ。結局そうかよ…あんたら。


「失望したぜレボルシオン、あんたらのやってることはやっぱりただの国家転覆だ。応援は出来ねぇ」


「ああそうかい、残念だよステュクス…我々の自由への行進を邪魔する奴は、斬って進めてと言われてる!」


全員が剣を抜き、構えを取る…とそこで驚いたのはこいつらただの暴徒かと思ったらなんか構えがちゃんとしてるんだ。そこらの兵士となんら変わりねぇ…なんだこれ、こいつらどっかで訓練受けてんのか!?


「このやろぉぉおおおおッッ!!」


「おっと…」


すると俺が先程蹴り飛ばした男が立ち上がり、手に持った棍棒で殴りかかってくるんだ。いきなりの事にびっくりしながら俺は殴りかかってきたそいつの膝を蹴って勢いを殺しつつ右拳を振り上げ…顎を打ち据える。


「ぐぶぇっ!?」


「びっくりしたなぁもう。……で?剣抜いて斬り殺すつもりでかかってきてさ、お前ら五体満足で帰れると思ってるわけ?」


ちょっと姉貴の真似をして凄んでみると…レボルシオン以外の構成員は怯み出す。どうやら受けてるのは訓練だけで…実戦経験は乏しいか。


そのレベルの奴が二十人くらいか、うん。これなら多分なんとかなるな、軽くぶっ倒して色々聞いてみるか…。


「チッ、やはり強いか…おい!応援を!」


「え?」


するとレボルシオンは近くの構成員に声をかけ、なにやら構成員の一人が笛を吹くんだよ…するとだ、森の奥からワラワラと人が現れ始め…。


「呼んだか!レボルシオン!」


「我々の自由を否定する敵対勢力だ!全員でかかるぞ!」


「ちょ!ちょっと……」


右の方から五十人、左から四十人、奥から二十人…ドンドンやってきやがる。こいつら他にもいたのかよ!?


「念の為に人手を集めてきておいてよかった…」


「お前ら、まさかこの村襲う気じゃなかったろうな…」


「まさか、ただ…『説得』するつもりだっただけさ」


集まった百人近い連中全員が剣やら槍やらを持ってるが、それで一体どんな『説得』をするつもりだったのやら…。やはり危険だ、レボルシオンもプラクシスも…危険だ。


「この人数でかかれば、君もひとたまりもないだろう…」


「むむむ……」


流石に百人の相手はした事ないというか…どうする、覚醒するか?なんて迷ってる間に俺はプラクシスに囲まれてしまい、四方八方を剣で武装した構成員で埋め尽くされる…やばいか、流石に。


「さぁやるぞ!自由の敵は人類の敵!抹殺を開始する!」


「しゃあねぇ!泣き見るなよお前らーっ!!」


二本の剣を抜いて覚悟を決める。北部に来て早々えらいことになった…けど今は俺一人しかいない、俺が一人でなんとかするしか──────。




『良い啖呵だ!若人の喧嘩と思い手を出す気はなかったが…血が湧き肉が踊ってしまったぞ!』


「へ?」


ふと、何処からか声が響くんだ…一体何事と周囲を見回すと、レボルシオンが…。


「何者だ!」


なんてテンプレ感のあるセリフを吐く、それと同時に声の主は…近くの民家の屋根の上に現れ…。


「何者と聞かれれば、答える他ないか。あまり表沙汰になる真似はしたくはないが…惚れたぞ!金髪の若人よ!!」


屋根の上に現れたそいつは即座に飛び上がり、ドスンと音を立てて俺の目の前に降り立つ。砂埃を舞い上げながら現れたそいつは…悠然たる佇まいで周囲を見廻し、拳を握ると共に…姿を晒す。


それは白騎士とでも呼ぼうか、真っ白な鎧を身に纏った大柄の男で…フルフェイスの兜をガチャリと動かし。


「小生の名はカルウェナン・ユルティム。流浪の武人とでも思ってもらおうか…!若人の喧嘩に割り込むなど大人気ないにも程があるが…そちらは百人もいるのだから、卑怯とは言うまいよ」


カルウェナン…そう名乗った流浪の武人は俺に背中を預けるように構えを取り…。


「ステュクスと言ったな、お前の啖呵に小生は惚れたぞ。力を貸してやる…故に見せてみろ、お前の武技を!」


「な、なんだがよく分からないが助かったぜ!よっしゃ一緒にやってやろうぜ!」


よく分からないが…援軍が来た!これならなんとかなりそうだ!


………………………………………………………………


「ここが北部か?ムスクルス」


「ええ、本来ならば森の街フォーレから入るべきですが…あまり我々は目立てない身、少し遠回りにはなりましたが、まずはここで態勢を整えるべきかと」


「ふぅん…」


反逆者コルロ・ウタレフソンを殺す。そう役目を負ったバシレウスは北部へと旅立った、サイディリアルの地下牢で仲間にした元悪魔の見えざる手の幹部ムスクルスを案内役に少ない路銀でなんとかかんとかやってきたのは北部の入り口と言われる森の街フォーレと並び、もう一つの入り口と言われる風の街アネモース。


切りたった岩山の上にあり、よっぽどのっぴきならない理由がない限りはこちらの街に来ることはなく、人目にもつきにくいと言う特徴があり…それなりに栄えている街ながら冒険者などの外から来る人間は少ない、と言う特徴がある。


そんな街に降り立ったバシレウスはポケットに手を突っ込み、周りを見回しながら…。


「で?コルロは何処にいるんだ?」


「いやこの街にはいませんよ…。それに何処にいるかまでは…」


「チッ、そうかい。なら早く探しにいくぞ」


「いえ、まずはこの街で旅を進める支度を進めましょうぞ、我々の路銀もここに来るまでで尽きてしまいました」


「はぁ?ガオケレナに頭下げてもらってきてやったろ、あれじゃ足りないのか」


「ええ全然、それこそ北部に行く分しかなかったですな」


「アイツ…片道切符だけ渡しやがったな…!」


ギリギリと歯軋りしながら拳を握る。なめやがって…金なら有り余ってんだろ、その癖しやがってケチなことを…!まぁいい、金がないなら稼げばいいだけだ。


「チッ、仕方ない、コルロを探す前に金稼ぐぞ」


「ええ、私はこの街で臨時の診療所を開きましょう。バシレウス様は金が溜まるまでお休みくだされ」


「…………」


なんか、腹が立つ。ムスクルスは俺のやることをサポートしてくれてはいるが…なんか、その言い方はまるで俺が金の一つも稼げない奴だと言っているみたいでムカつく。金なんぞ俺でも軽く稼げる…。


ムスクルスはローブを脱いで街の中へと消えていく。本当に診療所を開くつもりか…まぁいい、俺は俺で金を用意すればいいだけだ。あのハゲ坊主が仰天して謝り倒すくらいの金をな。


「フンッ……」


ポケットに手を突っ込みながら顔を隠し街を歩く。金を稼ぐ…考えてみたらそんな事やった事なかったな、こうして表の街を歩けるようになったのも最近で…それこそエルドラドの街を一人で歩いた時が最初だ。


それまで俺に自由というものはなかった、あったとしてもそれはレナトゥスの監視アリでの物だったり…レギナが見張としてくっついてきたりした物ばかり。


「…………」


自由ってのはあんまり楽しいもんでもないな。そう感じて俺は街の大通りの真ん中で腕を組んでいると…ふと。


『聞いてください!この国は腐っている!』


「あ?」


ふと、近くで騒がしい声が聞こえて…なんか絶妙に機嫌が悪くなる。俺は人間のがなり立てるような声音が嫌いだ、うるさいのも嫌いだし騒がしいのも嫌いだ。うざってぇと思いながら視線を向けると…。


『我々プラクシスは!この国をネビュラマキュラ王家を打倒し取り戻す!プラクシスはその為にある!』


「あぁ?……」


フードで顔を隠しながら近づいてみると、青クセェガキ共が偉そうに高説を述べていた。周囲に人はおらず、通行人はそそくさと逃げるように通り過ぎ…そんな様が見えないのかプラクシスと名乗る武装したガキ共はお立ち台の上に登りながらなんか言ってるんだ。


こりゃなんだ?チンドン屋か?それとも気狂い大演目か?金も取らずにご苦労な事だ。


「我々は『国民』ではなく!『人間』です!国を支配する人間達が勝手に決めた枠組みに収まる必要はない!人は!人として生きるべきです!その為にはなにが必要か!支配層たる王族ネビュラマキュラを打破するより他ない!」


ふーん、面白いこと言ってやがるな。ネビュラマキュラを打倒するね、是非ともやってほしいもんだ。あんなゴミクズ一族この世にない方が余程健全だぜ…。


「皆さん!今こそ自由の下に立ち上がるのです!」


『おぉーっ!』


そして、リーダー格と思われる熱血漢っぽい男が拳を掲げると、周りの取り巻きがパチパチと拍手する。しかしこの街のガキは面白い遊びをするもんだな、馬鹿馬鹿しい。


出来もしないことを自信満々に語る奴程見ていて不快なものはない、それが口だけで実行する気もないのなら尚更だ。


「うん?君……」


「あ?」


ふと、熱血漢っぽい男が俺を見てお立ち台から降りて、こちらに向かってくるんだ。なんだ?ネビュラマキュラを打倒するつもりか?案外行動力あるじゃねぇか。と思っていると男はにこやかに笑い。


「君!我々プラクシスの活動に興味があるのかい?」


「はぁ?」


ふと、周囲を見回すと…周りに人はいない、こいつらの話を聞いて立ち止まっているのは俺だけだ。なんだ、興味があって立ち止まったと思ったのか?なるほどね。


「見たところ君、我々と年齢的にも同じようだ。やはりこの街の腐った大人達とは違い新しい価値観を持っているんだね!」


「………………」


「私はプラクシスの幹部の一人キスタだ、自由の闘士を率いる闘士隊長をやっている者さ。君!プラクシスに興味があるなら是非我々のアジトがある黄金の館へ来てくれないか!」


「………………」


なるほど、こいつローブで俺の顔が見えてねぇのか。或いは夢しか見えてないのか、どっちでもいいか…アホらしい。


「ところで君!名前はなんて言うんだい?」


ニッ!と白い歯を見せて笑い握手を求めてくるキスタ。その顔をチラリと見つつ…俺は。


「ペッ」


「は?」


キスタの靴に唾を吐きかけ、ベロを出しながらその顔を見て。


「死ね」


「な…ぐッ…愚弄するかッ!!」


「はいそうです、って説明してやんなきゃ分かんねーか?クソうざってぇんだよ、喧しい声で喋んな、それか死ね」


いいねぇ…こう言う頑張ってる奴に向けて唾を吐きかけるのは楽しくてたまらない。人の嫌がる顔ってのはどうしてこうも面白いんだろうなぁ…事実キスタは顔を真っ赤にして怒って、イチゴか?いや…チェリーか。


「貴様ァ!!」


そして更に面白いことに剣を抜きやがった、いいねぇ…面白い。


「我々を否定するなァッ!!!」


キスタは剣を抜き、怒りに満ちた表情で大きく横に薙ぎ払う…が。


「え?」


剣は俺を切り裂かない、そりゃそうさ…当たってないんだから。いや避けてもいないぜ?そもそも…『剣は振りかぶった位置から動いていない』。


「なんで斬れてない…あれ?俺の剣は?………あ」


キスタは気がつく、そもそも剣が振るわれてすらいないことに、そして剣が何処にいったかを探すと…剣は変わらずキスタの手の中にあった。ただし、大きく振りかぶり横に薙ぎ払ったはずの腕は…関節が曲がらないはずの方向に大きく曲がり、へし折れていた…その事に気がついたキスタは真っ赤だった顔をみるみる青くして。


「あ…あああああああ!俺の腕がぁああああああ!!!」


「ぎゃはははは!!バーカ!言ったろうがよぉ!死ねってさぁ!」


俺に腕をへし折られた事にようやく気がついたキスタはゴロゴロと地面を転がり芋虫みたいに這いずり回る。その様が面白くて笑っているとキスタの部下達は仇を打つ為にみんなで剣を抜き…ってこともなく。


「ひ、ひぃ!怪物だ!憲兵を呼んでくれー!」


「なんなんだこいつぅ!」


「ぎゃああああーー!」


なんて情けない声を上げながら次々と逃げていくんだ。面白くねぇ…てっきり襲いかかってくるもんだと思ってたのに、アホらしい。


「ヒッ…ひぃぃ…!お、お前!我々に手を出してタダで済むと思ってるのか!」


「あ?」


キスタが叫ぶ、タダで済むと思ってるのかと。この状況で脅しか…つくづく三下だな。


「じゃあ教えてくれるか?どうなるか。ただまぁ半端な事をしようってんなら…今度は腕を折る程度じゃ終わらねぇーだろうけどなぁ」


「い、イカれてんのか…!」


「はいそうです、ってな…今度は説明してやったから分かるよな」


ギロリと睨みつけながら牙を見せ笑うとキスタの股がジョボジョボと濡れる。それを見て途端にやる気がなくなる、この程度かよ。甚振る価値もねぇや。


「ん…お前、その目…その髪…」


「あ、やべ…」


しかし、その時キスタは気がつく。ローブの先から溢れた俺の白い髪とその奥に見える赤い瞳に。面倒くせぇ…トレードマークを見られちまった。


「ネビュラマキュラ特有の…白髪紅瞳、ま…まさかお前…」


「気のせいだから忘れとけ」


「ぐびゅっ!?」


そのまま足を振り上げキスタの顎を蹴り上げればその顎が砕け口から血を流しながらキスタは倒れ意識を失う。参ったな、別にプラクシスに俺の存在が露見する事自体はどうでもいいが…バレない為に態々大回りしてここに来たのに、秒でバレたらムスクルスになんて言われるか。


(殺しとくか)


衆目で殺すのはまずい、取り敢えず路地に引き摺り込んで…そこで跡形もなくなるくらいすり潰してネズミの餌にでもするか。そうだ、それがいい。そうと決まればと俺はキスタの足を掴んで路地裏に引き摺ろうとした…その時だった。


「あ、あんた…大丈夫か?」


「あぁ?ンだよ」


また後ろから話しかけられ、更に機嫌が悪くなる。あっちこっちから話しかけるな…それにまた顔を見られたらまずいからと俺はローブで顔を隠して振り向くと、さっきまで素知らぬ顔をしていた街の連中が集まっており…。


はぁ、暴力沙汰になっちまったからな。大方俺を拘束に来たんだろう…なんかもう面倒くせぇな。


(全員殺すか…)


もう面倒になった、街ごと消しとばして終わりにするか…そう考え握っていた手を離し、街の連中に向き直ると。


「そいつら乱暴者でさ、こっちも辟易してたんだ…」


「あんた強いんだな、でもプラクシスの連中ってば数だけはいるからな。気をつけるんだぞ…」


「キスタはこっちで預かるよ、一応先に剣を抜いたのはそいつだしな。地下牢に入れておくよ」


「は?」


だがしかし街の連中は俺を咎めるどころか心配しキスタを預かり地下牢に連れていくと言うのだ。むしろ俺はお咎めなし…か、どうやらプラクシスの連中は随分嫌われているようだ。


「いや助かったよ、アイツら演説が終わった後は無理矢理通行人に絡んだり、それが終わったら酒場でタダ酒飲もうとしたり…もう沢山だったんだ」


「そーかい、ならテメェらでボコボコにして追い出しゃいいだろ」


「ああそのつもりだったさ…俺達はプラクシスに負けない、もう好きにはさせない。問題行動をしたら今日こそ捕まえてやろうってこの間街の人間で話し合ってたのさ」


「けど大丈夫かな…プラクシスって結構戦力をも持ってるし、何より最近は…『先生』ってのがアイツらの面倒を見てるらしいし」


「先生?」


先生…裏に誰かいるのか?そう思い俺はもう少し踏み込んで聞いてみる。すると…。


「ああ、こいつらプラクシスに全人類自由繁栄論…『コルロリズム』を説いて盲信されてる先生って女がいるらしいんだ」


(コルロリズム…コルロ?女?まさか…)


ここ北部で最近勢力を伸ばしてる反権力陣営、そして北部にアジトを構える大組織と言えばヴァニタートゥムとパラベラム、ふーむ。これは…あり得るか。


「おい、その先生って奴が気になる。もっと教えろ」


「え?いや…俺達も直接見たことがあるわけじゃないからなんとも…」


「じゃあさっきのキスタって奴と話がしたい。連れてけ」


「えぇ!?いやアイツ口が聞ける状態じゃ…」


「いや!待て!そう言えばキスタの前に捕まえたプラクシス構成員がいたよな!それに…話を聞いてみるか?」


「ああ、そいつと話をさせてくれたら…まぁプラクシスを壊滅させてやってもいい」


「ま、マジか!是非頼む…ってのもおかしいが、アイツらがこのまま増え続けたら大変だ。取り敢えずこっちだ、ついてきてくれ」


そして街の人間の中から一人の男が地下牢に連れて行ってくれると言うのだ。もしその先生って奴がコルロだとしたら、プラクシスを都合よく操って手駒にしている可能性はある。なら探ってみる価値はあるだろうな。


「そいつを捕まえたのは三日位前でさ、街に入るなり革命だなんだって言ってたからこれはプラクシスに違いないと思って捕まえたんだよ」


「ふーん」


革命か、もしかしたらプラクシスはネビュラマキュラ王家の血を欲しがったコルロが作った反乱勢力なのかもしれないな、でそいつらに大規模な反乱を起こさせてその隙にコルロは…って腹づもりだったが先日の一件があり、アドリブで…って感じだろう。


そんな話を聞きながら俺は男の案内で街の地下牢に通される。地下牢にはなるとも下衆そうな小悪党が何人か収容されていた…。


「俺達もプラクシスの情報を引き出そうとしたんだがそいつはなにも喋らないんだ…もしかしたらあんたなら奴の口を割らせることが出来るかもしれない」


「期待すんなよ、二度と口が利けなくなるかもしれねぇからな」


まぁやり方はいくつか心得ている。指からだ、足先、手の先と潰して行って次は歯だ。どうすりゃ人間が痛がるかは知っている、やったことはないから加減を間違えるかもしれないが…まぁいいだろ、どのみち罪人だ。


ポケットに手を突っ込み、牢の奥に招かれ…俺は。


「さぁこいつだ、気をつけてくれよ旅人さん」


「おう……あ?」


で、奥の牢屋に来て…そこに捕まってる奴を見て、唖然とする…だってそいつは。


「フフフフ、革命的だな…まさかここで再会するとは」


「て、テメェは……」


「だが、それもまた…革命だ」


その牢に入れられ、手枷を嵌めたのは…色黒の肌と金色の髪を持つ、強面の大男。ってかこの間見たばかりの…。


「タヴ…お前こんなところで何やってるんだよ」


「革命だ」


そこにいたのは他でもない、宇宙のタヴだ。サイディリアルで俺と一緒に戦った元アルカナ最強の男。それが街人に捕まって街の地下牢に入れられていた。なんだそれ、どう言うことだ?そっくりさん…?


「え?あんたら知り合いか?」


「ああ…一応な。つーかこいつプラクシスじゃねぇよ」


「え!?いや…でもこいつ革命って…!」


「ああそうだ、革命だ…そして俺は革命であり、詰まるところ革命なのだ」


「ほら!」


「お前言動がややこしいんだよ!否定しろ!もういいから檻から出ろや!紛らわしい!」


なんで帝国の監獄から脱獄した男がなんでもない街の地下牢に捕まってんだよ。つーかプラクシスでもねぇし、…はぁ。


……………………………………………………


「礼は言わんぞ、バシレウス」


「言えよ」


そして俺はそれからタヴを檻から出してやり、取り敢えずこいつから話を聞く事にした。コルロの件とは関係ないが…なんでサイディリアルで働いているはずのこいつがここにいて、この街で捕まっていたのか。それが気になったからだ。


だから俺達はその辺の裏路地に入り込み、そこで腰をかけタヴに話を聞く事にしたのだ。


「で、テメェなんでここにいる。サイディリアルで働いてるんじゃないのか」


「退職してきた。コルロを追う為にな」


「コルロを…?」


「ああ、奴の事は昔から知っている。アイツは危険な女だ…がその目的はどうあれ達成されないものと見過ごして来たが、どうやらそう言うわけにもいかないようだ。奴を放置すればマレウスが危険だ…故にこうして倒しに来たんだ」


まさか、こいつも…?なるほどな、目的は同じだったか。だが…。


「だったらなんでこんなところで捕まってんだよ」


「決まっている、プラクシスを調べる為だ」


「はぁ?」


「俺の言動をプラクシスと勘違いしたのなら、地下牢で待っていれば新たにプラクシスが来ると思ってな。無闇に奴らを探し回るより人の目がない地下牢で待ち構えて尋問の機会を伺っていた」


「つまり、態と捕まったって?」


「ああ、とは言えそれもお前がカミングアウトしてしまったから無駄になったがな」


「チッ…」


タヴの物言いに舌を打つ。そりゃ悪かったな…と顔を背けるとタヴは軽く笑みを浮かべ。


「その様子を見るに、お前もコルロを探しているのか?」


「ああそうだよ、プラクシスにコルロの影がある…だからプラクシスの話を聞きに来ただけだ」


「それはタイミングが革命的に悪かったな。また一から探し直しだな」


「うっせぇな、テメェはどうすんだよ」


「俺も探し直す。もう少しこの街に滞在しプラクシスの尻尾を掴むつもりだ」


「ふーん…お前的にはどうなんだよ。プラクシスも革命を標榜してるみたいだが?」


「革命は革命であるならば道も同じと言うわけではない。人には人の革命がある、革命は革命というだけでは革命たり得ず千差万別の革命が革命で…」


「がぁーっ!革命革命うるせぇーっ!!」


頭を掻きむしり叫ぶ、こいつ頭おかしいんじゃねぇのか、革命って言葉を便利に扱いすぎだろ。会話にならねぇ!


「お前から聞いたんだろ」


「革命って単語を使わず説明しろ!」


「そうなると些か革命的……む?」


「ん?」


ふと、大通りの方が騒がしい。さっきまでなんて事ない普通の街だったのに…やたらと足音が。


『出てこいッ!黒い外套の男よ!俺の弟キスタの仇はこのレコンが取ってやるッッ!!」


「キスタ…?ああ、さっきの」


忘れかけてたがそう言えばさっき潰した奴の名前がキスタだったなと思い出しながら俺はポケットに手を突っ込み大通りに出て見物する。すると何やらプラクシスの連中が大挙して街に入り込んでおり、それを扇動する大男がハンマーで近くの民家をぶっ叩いて壊している。


「俺達の自由を邪魔する奴は殺してやる!さぁ出てこい!匿ってる奴がいるならそいつも殺す!」


「や!やめろ!やめてくれ!街を壊さないでくれ!」


「ええいうるさい!この服従主義者共が!権力者から与えられる雨露を舐めて生きる情けない敗北者達の言葉など聞くに堪えんわッ!」


「ひぃぃい…!」


ハンマーを振り回すレコンは街人の訴えにも耳を貸さず暴れまわる。愉快だねぇ…気合いも入ってるし面白くなって来やがった。


「おいタヴ、革命友達が来たぜ」


「ふむ…」


人混みの向こうで繰り広げられる大騒動を前に、俺は隣に立つタヴを揶揄い声をかける…するとタヴは、顎に手を当て。


「革命にも種類はある。平和革命…暴力革命、民主的な革命…様々だ。人によって国によって状況によって革命の形は異なる、故に一概に革命と言っても形は多くある。だが…バシレウスよ、俺の革命と奴らの革命、何が違うかを貴様は聞いたな」


「なんか違うのかよ」


「違うな、俺の革命は…押し付けたり強要したりする物ではなく、言葉もなく…背中で語る物だ」


そう言うなりタヴは目の前の人混みを押しのけ、人々もタヴの風格に道を開け…プラクシス達への道を作り出す。


「俺の見せる背中は道となり、また多くの者が歩む標となる。そうして続く者達と共に歩むことこそが…俺の革命だ」


「そうかよ」


俺もまたタヴの後ろに続く、革命何ちゃらはどうでもいいが…話を聞きたかった連中が向こうから来たんだ。これほど好都合な話もない…なら。


「止めるぞ、バシレウス」


「知らねー、けど向こうからやって来たんだ。話くらいは聞いてやるぜ…」


「……ん?あ!レコンさん!アイツです!アイツがキスタさんをやったんです!黒い外套の!」


「なぁぁにぃぃい?やってくれたな!キスタは何処だ!」


俺達が姿を見せれば、レコンもプラクシスも一斉に俺とタヴをターゲットにする。ならばと俺もまたポケットから手を出し、タヴも構えを取る。


「殺すなよ、わかっているな?」


「ああ、殺したら話聞けねぇーもんな」


「そう言う意味じゃないんだが…」



「キスタをよくもやってくれた!地獄見せてやる!この服従主義者共がァッ!!」


そして、俺とタヴに向け…百人近いプラクシス達が一気に殺到し───。



さて……やるか。

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