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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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外伝・大冒険王の大冒険 その3


「……見つけた」


ガンダーマンは小高い丘に立ち、南部の密林を踏み砕きながら進むキングフレイムドラゴンの姿を目に捉える。キングフレイムドラゴンが通った後には…巨大な道が残る。奴は常に超高温を纏い火事を引き起こしながら進むからだ。


故に立ち上る黒煙を追えば自ずと場所は分かる。だが…。


(もう中部地方は目の前か…)


中部地方が目の前だ、南部の密林地帯を抜けて中部に入れば後はもうサイディリアルを射程圏内に収めるのに時間はさしたるほど掛からないだろう。ここからサイディリアルの間には主だった街はない。


キングフレイムドラゴンが歩みを進めれば、或いは一日以内にサイディリアルを見つけてしまう。


もし…そうなったら。


(人が死ぬ、今までとは比較にならない数の人が死ぬ…。各地でなんとか生き残ってる難民の支援もされなくなりもっと人が死ぬ…マレウスと言う国がなくなり、この地に安全な場所はなくなる)


もし俺が負ければ、失う物の大きさは比較にならない…、そもそも失われた人命を何かと比較する物ではないのだが、それでも今回ばかりは流石にガンダーマンも臆してしまう。


状況は悪い、あそこで戦うなら孤立無援になるだろう。武器もない、体も傷ついている、そしてそれらを解決する時間もない。やるしかないのだ…やるしかないのだが。


(……勝てる気がしねぇ…)


キングフレイムドラゴンは強い、ガンダーマンが今まで戦ってきたあらゆる存在よりも強い。或いはマレウスに現れたどの魔獣よりも強いかもしれない、かつて海岸沿いに現れたという『赤影』よりも…奴は強い。


マレウス史上最強の魔獣…それがキングフレイムドラゴンだ、それと戦うのなら…もっと準備がしたい。万全を整え、確実に勝ちたい…。なのに今の自分はどうだ?防具はボロボロ、武器はなし、全身ズタボロ…状態としては最悪に部類される。


けど勝たなきゃダメなんだ…もう、誰も死なせない為には。


『ゴゴ…ォオオオオオオオオ……』


「………テメェは、どこまでも殺し尽くすつもりなんだよな。キングフレイムドラゴン」


遥か彼方から、天に伸し掛かる暗雲を飛び越えてキングフレイムドラゴンの咆哮が木霊する。その声に突き動かされるようにガンダーマンは前へと踏み出し、決戦へ向かう。


「ああ分かってるよ、待ってろよ…キングフレイムドラゴン、我が終生の宿敵」


拳を握る、さぁ…今回で終わりだ。俺が死ぬかアイツが死ぬか、そのどちらかでしか決着はあり得ない。


そう、彼が死の覚悟を決め…戦いへ向か───。


「待ちな!」


「ッ…!お前は…」


ふと、振り向くと…人がいた。しかも…見覚えのある顔が、こいつらは…。


「お前、やっぱり戦い続けてたんだな…」


「………何故、ここに来た」


そこにいたのは…サイディリアルの冒険者協会に居た連中だ。大損害を被った冒険者協会に残された数少ない生き残り達が、息を切らしてガンダーマンを追ってきていたのだ。


その事実に、彼は混乱しつつ…振り向いて述べる。何故ここに来た、せっかく生き残ったのに、どうして死地に向かうよな真似を。


「やめろ、今すぐ帰れ。死ぬぞ…!」


見てみろ、こいつらの有様を。ボロボロで痩せこけて、剰えここに来るまでで疲弊し切って…涙も目に溜めて、キングフレイムドラゴンを前にしただけで足が震えている。このままこいつらも戦えば…また、イストリアの奴らみたいに、死なせることになる。


だから帰れ、頼むから…。そう告げると冒険者の一人が表情を強ばらせ、涙をいっぱい目に溜めながら…。


「死ぬのが…なんだ、怖くない。なんて…格好つけて言えりゃ良いんだろうけどさ。俺たちやっぱ…死ぬの、怖いんだ」


「なら今すぐ…」


「でも…、このまま!誰かに責任押し付けてオメオメ生きる方が、ずっと怖い!」


「ッ…」


吠える、ガンダーマンに向けて…吠える。今まで恐怖と恐れから戦うことを避けてきたこいつらだ、そりゃあ戦うのが怖いだろうよ、怖くないならずっと前に戦い死んでいる。生き残っていると言うことはそういうことだ。


だが翻って言えば…生き残っていると言うことは。


「俺だって!思ってるさ!勇敢な奴ばかりが戦いに行って死んでいるこの状況で!生き残ってる自分がどれだけ臆病でダメなのかなんて!でも怖い…怖くて怖くてしょうがない。けれど…この怖さはきっと、キングフレイムドラゴンが怖いんじゃない」


「…………」


「自分が怖いのさ…、顔見知りが死んで、良い奴ばかり死んで、自分だけ生き残っている状況で良いと…思えてしまっている自分が、一番怖い…」


悔しさに拳を握る、怖いのだ彼らは。生き残っていると言うことはそれだけ多くの死を見てきていると言うこと。その死を受け止め続けてきていると言うこと。彼らはガンダーマンと同じくらい多くの死を見送ってきたのだ。


ガンダーマンはその死を前に、居ても立っても居られず動き続けた。だが彼らは動かなかった、それが悪いことではないが…それでもその結果として彼らの中には後ろめたさが延々と残り続けたことを意味する。


自分に対する嫌悪感を、押し殺しながら彼らは生きてきたのだ。


「自分で自分が嫌になったよ、けど…そんな時にお前が…言ってくれた言葉。嬉しかったぜ…」


『また明日、会おうぜ』…そんなガンダーマンの言葉が、彼らには突き刺さった。誰よりも戦い、戦わない自分達に代わって戦っているガンダーマンには彼らを責める権利がある。だがガンダーマンは彼らを責めず、剰え肯定し…微笑みを見せてくれた。


生きていることを、肯定してくれたのだ。それだけでどれほど救われたか…それと同時に思い知らされた。


これこそが、冒険者の本懐なのだと。


「そんなお前を、お前を死なせたら…俺達はもう立ち上がれなくなる。このままお前を一人で戦わせれば…俺達はもう俺達を許せなくなる!お前をみすみすこのまま死なせたら!俺達は一生!冒険者に戻れない!」


「お前達…」


「死ぬのは怖いさ!キングフレイムドラゴンも怖いさ!けど…それ以上に俺たちは、お前を死なせたくないんだよ!お前は俺たちの希望だ…お前に全ての責任を負わせて生きるくらいなら、俺達は死地で戦うことを選ぶッ!!」


もう誰かに責任を負わせるのはたくさんだ。自分の命のケジメは自分でつける。俺達はただ守られるだけの人間ではなく、守る事を志して冒険者になったのだから。


だから、戦わなければならないのだ。たとえそれがどれだけ怖くても…無辜の人々を背に、炎の前に、両手を広げて飛び出せる人間であるべきなのだ、自分達は。


「馬鹿野郎…、格好つけるなら…泣くのも震えるのもやめてから言えよ」


「ゔっ…でも」


彼らは涙を流している、きっとその恐怖は本物だ。だからこそ今語った決意も本物なんだ。死ぬのを良しとしたわけじゃない、許されるなら生きていたい…だがそれでも、そんな恐怖を乗り越える覚悟を決めて来た人間を、追い返せるだけの権利はガンダーマンにはなかった。


「ヘッ…分かったよ、勝手にしろ」


「本当か!」


「ああ…正直、俺一人じゃ勝ち目が薄かったしな…」


「そ、それは多分俺達が混ざっても同じだと思うけど…」


戦力的には言っちゃ悪いが大して変わらない、けれどガンダーマンは何故だかさっきよりも行ける気がしている。一緒に誰かがいてくれるだけで…少しだけ力が湧いてくる。


だがまだ厳しいのも事実、これからどうするかと思案すると。


「なら我々も協力させてほしい、大丈夫かな?冒険者殿」


「あ?…」


ふと、更に別方向からもう一団…新たな集団が草木を掻き分けて現れるのだ、はっきり言って今回の奴らには見覚えがない。だが着ている服装には見覚えがある。


こいつらは…。


「王国軍?」


「ああ、マレウス王国軍所属の千人隊長ルーズベルトだ。よろしく、ガンダーマン君」


その鎧はマレウス王国軍の物だった。だが王国軍はキングフレイムドラゴンとの戦いで比較的早期に壊滅打撃を受けて、今はほとんど機能していないとか聞いたが…。


「お前ら、まだ残ってたのか…?」


「いいや残ってないさ、軍としての体裁を保つのに必要最低限しか残ってないし、その殆どが新兵だ」


「の割には、人数がいるように見えるが」


冒険者組が大体四から五百人なのに対し、王国軍はザッと千人近くいる…こんなに残ってたのか?と考えると。ルーズベルトは軽く笑い。


「紹介しよう、彼らは草の街ボーマンの衛兵団だ」


「ボーマン…?」


草の街ボーマン…確かその街はマレウス南東部にある…。


「こちらは巨街ギガンスの衛兵団、こっちは遠慮の街リスレインの自警団、そしてこちらは刃の街クルスルの防衛兵団で…こちらが」


「ちょ!ちょっと待てや…ギガンスもリスレインもクルスルも…もう『無い』だろ!?」


ボーマンも含めて、今紹介された街は全てキングフレイムドラゴンに滅ぼされた街の名前だ。その衛兵団が何故ここにいる?何故そいつらがここに来た?分からない、何故だとガンダーマンが述べると…この場にいる兵士達は全員胸を張り。


「何故、滅びた街の兵士たちがここに居るか…だって?」


その目は、しかとガンダーマンを見据え。マレウス王国軍に伝わる敬礼…胸に拳を当てて胸を張る仕草を全員が見せると。


「君が!助けてくれたからだ!」


「助けた…?」


「君は、責任を感じていると風の噂で聞いた。キングフレイムドラゴンを相手に戦い何も守れなかったと。だがそうじゃ無い…いるんだよ、少なくとも君が奴と戦っている間に避難することが出来た人間が、少なからずね」


「逃げれたのか…?」


「ああ、本当に少数だがね。だが君は街の崩壊に責任を感じていると聞き及び私達は動かねばならないと感じ、ここに来たんだ…」


実際にキングフレイムドラゴンの襲撃で一人残らず死んでしまったかと言えばそうではない、全体にして一割ほどだが襲撃された街の人達は避難することが出来ている。それを証拠に街を失った難民達がサイディリアルに押しかけているわけだから。


だがそれもガンダーマンが自らの体を顧みずに何度も何度もキングフレイムドラゴンに挑みかかったから。彼が戦っている間はキングフレイムドラゴンの注意もガンダーマンに向かう。その隙に人々は逃げることが出来ていた。


彼らがここにいるのは、ガンダーマンが助けてくれたからだ。


「君は私達を知らないだろう、だがここにいる誰もが君を知っている。だから…君を探して、ここに来た。君を助ける為、そして…」


全員が、ガンダーマンに救われた人々だ。何も助けられなかったと己を責めるガンダーマンを否定する事が出来る唯一の人達が、彼らなのだ。


だからこそ、彼らはここに来た。助ける為に…そして、伝える為に。


「伝えに来た!君の今までの戦いに!無駄なものなど一つもなかったと!だから私達も戦うぞ…!君一人を死なせるわけにはいかない!今度は私達『マレウス連合軍』が君を助ける!」


「…………」


愕然とする、自分が助けた人間など考えたこともなかったから。だが…こんなにも…。


「私達もいるぞー!」


「マレウス難民団もなんの役に立つか分からんが助けに来たぞー!」


「は?難民団?」


ふと、背後から更にやってくるのは王国軍を更に越える数千人規模の大軍団。武装も何もしていないズタボロと血塗れ泥まみれの平民達だった…。


「私達もやります!故郷をキングフレイムドラゴンに焼かれ…それでサイディリアルにお世話になり続けるなんて耐えられません!」


「あんたあの時キングフレイムドラゴンから俺達を助けてくれた英雄だよな!あんたに一言礼が言いたかったんだ!」


「私達戦えないですが、それでも何しないなんて嫌なんです!」


「お、おいおいお前ら…」


「やります!なんだって!」


「………」


難民もまたガンダーマンが助けた人々だ、それが王国軍が動き出したのを見て自分達もと魔獣蔓延るマレウスの平原を自力で乗り越えガンダーマンを探し出しここまでやって来たのだ。


戦えないし、多分役には立たない。けれどそれでも何かしたい。子を失った母も、家を失った男も、親を失った娘も、みんなここにいる。ガンダーマンが積み上げたものが全て今ここに集結している。


「お前達………」


今、ガンダーマンの前には数千人の人達が彼一人のために集まっている。マレウスの南部のなんでもない丘の上に態々集まって来てくれている。


その光景にガンダーマンは─────。


「あんたが、みんなを動かしたんだよ。ガンダーマン」


「ッ……」


そして、そんな人たちを掻き分けて…現れたのは。


「シャナ…フィロラオス…」


「あんたなら、ここに来るって…分かってた」


彼の相棒シャナと、それを支えるフィロラオス…そしてイストリアの街でガンダーマンが助けたマレフィカルムの隊員達もまた、ここに来ていた。


いや、正解を言うならシャナ達がここに来たから他のみんなもここに来れたと言うべきか。冒険者達も、王国兵も、難民達も、皆一度シャナと合流していた。ガンダーマンを探し流離彼らに向けてシャナが言ったのだ。


こっちにガンダーマンがいると、だからこそ皆ここに来れた。けれどその出発点たる戦う理由は…全て、ガンダーマンが一心不乱に何かを守ろうとしたから、そうして守られた人が居るからなのだ。


そう伝えるようにシャナが前に立ち。


「やっぱり生きてたね、ガンダーマン」


「シャナ…お前」


「言っただろう、アンタの為の武器を作るってさ…やるんだろ?今からあそこに居るキングフレイムドラゴンと、あんたならやると言うはずだ。ここに…守るべき人達がいるから」


「………ああ」


やる…やらねばならぬ、その心地をより一層に実感したガンダーマンの手に力が篭る。勝つ…勝って、今度こそ守らなきゃいけない。


「フフッ、そう言うと思ってさ。アタシ作って来たよ…アンタの為の武器を!」


そう言うなりシャナは背中に背負った荷物から、それを取り出す。赤く輝く刃と黒く磨かれた持ち手…これは。


「斧か…」


巨大な戦斧…金と赤の、ガンダーマン好みの色合いをした戦斧を出され、ガンダーマンはやや顔をしかめる。


斧は苦手な武器だ。それは未だかつて彼の膂力に耐えられる斧が存在していなかったから、彼が全力で振るうと細長い持ち手では負荷が強すぎるから、振っただけで相手に当たる前に折れてしまうのだ。


だから…あまり良いイメージはない、だがそれでも相棒のシャナが用意してくれたものならと手に取ると。


「む……」


手に取り、握った時の感覚でわかる。これは違うと。


「あんたの膂力の強さは分かってる。斧が振っただけで折れるってね、けど同時にあんたのパワーを最高に活かせるのは斧なんだ、面の広い剣よりも力を一点に集中させられる斧が一番アンタに合ってる、なら後はあんたのパワーに耐えられる物を用意すれば良いだけだろ?」


「出来たのか?そんなものが」


「そこにあるだろ、それがそうだ。フィロラオス様が用意してくれた武器を全部溶かして一つの斧にした、硬度も耐熱性もそんじょそこらの武器とは格が違う。けれど同時に誰も持てないものになった、私も背中に背負ってその上で数人に支えてもらわないと持ち運べない代物さ、あんたにしか振るえない」


つまり、ガンダーマン専用の斧…ガンダーマンだけが使える地上最強の武器。その名も…。


「これを使って勝ちな!この『千山万水斧ライゼンデ』を使って!」


「ライゼンデ…いいね、強そうな名前だ」


斧を握る、握れば握るほどに力が返ってくる。こんなにも雄々しい斧は初めてだ…まるで今まで失われていた体の一部がようやく戻って来たかのような一体感を感じる。なるほど、これが…!


「な、なら俺達も出すよ!これ使ってくれガンダーマン!」


「我々も用意している、是非使ってくれ!」


「は?」


すると、冒険者組と王国軍も何かをガンダーマンに手渡して…。


「これは俺達が急ぎで作った耐火防具バーストラットキングの毛皮を何枚を重ねて作ったマントだ!キングフレイムドラゴンの炎なんかは耐えられないかもしれないけど奴の熱を気にせず戦えるはずだ」


「こちらは殉職された我が国最強の騎士ゾンネが用いていた王国憲章銀鎧だ…。防御力なら国内随一、それでいて軽く動きやすい素材で出来ている。ゾンネ様殉職後に鎧だけは修復出来たが…これを着るに値する男は、今一人しかいないと思ってな。君用にサイズも大きくしてある、使ってくれ」


「おいおいお前ら…」


渡されたのは真っ赤なマントと銀色の鎧だ。マントはAランク屈指の強さを持つバーストキングラットの毛皮…常に溶岩の中を潜航する性質を持つが故に耐熱性に優れた生半可な炎魔術を寄せ付けない強靭な皮膚を持つ、それを使って作られた毛皮のマント…。


そして、王国最強の騎士ゾンネが来ていた鎧を改造しガンダーマン用に作り直したもの。キングフレイムドラゴンを相手に道半ばで殉職し後の事を部下に託しこの世を去ったゾンネ。その言葉に従い、後を託せる者に鎧を渡すべきだとルーズベルトは考え…ガンダーマンに送るのだ。この国に残された最強の鎧を。


「え、えっと私達は…」


そう言って、難民団が差し出すのは…。剣も鎧も何も持たない彼らが渡せる物なんて限られている。戦いに役に立つものは渡せない…けれど。…と、一人の少女が前に出てガンダーマンに手渡すのは…。


「これ、お守り…私の故郷聖なる都シュレインに伝わる…お守り」


「………ペンダントか?」


「うん」


テシュタル教とは違う、この国に古くから根ざす地域宗教シュレイン教…、それが滅びた後も脈々と受け継がれて来たお守り。銀の細いチェーンに巻き付けられた銀の光を放つ宝石、それを態々彼らは作ってガンダーマンの手へと届けたのだ。


「剣みたいに、キングフレイムドラゴンを傷つけない。鎧みたいにあなたを守らない、けれどこれが私たちに出来る精一杯です…だからどうか、どうか…おかあさんの仇を、街のみんなの仇を、取ってください…」


「…………ああ」


受け取る、戦いの役に立たない?いいや十分立つさ。なんせこれは…ガンダーマンが今日まで立ち続け、戦い続けた…理由そのものなのだから。


「確かに、受け取った…」


ガンダーマンは受け取った。冒険者達の覚悟と赤いマントを。


ガンダーマンは受け入れた。王国兵の信念と鎧を。


ガンダーマンは手に取った。国民の悲しみとお守りを。


ガンダーマンは身につける。相棒達の祈りと一本の戦斧を。


それら全てを装着し、振り向き見据えるはキングフレイムドラゴン。


「行ってくる…ッ!」


戦い準備は出来た、未だかつてないくらい…頼りになる後押しを受けて、英雄と呼ばれた男は今ここに英雄となるべく、前に踏み出す。


「俺達も精一杯援護するぞ!ガンダーマン!」


「私達も遠まきながら出来ることは全てやる!だが君が頼りだ!ガンダーマン!」


「頑張って!ガンダーマン!」


「おう!任せとけ!」


そして、向かう…最後の戦いへと。


ガンダーマンとキングフレイムドラゴンの決戦の地へと。


この悲劇と因果に、終止符を打つために。


……………………………………………………………


「ゴゴゴゴゴゴ……」


暗雲立ち込める南部の際、名もなき密林地帯を焼きながら邁進するのはキングフレイムドラゴン。獣の本能に突き動かされ人が居る方へ居る方へと歩き続け、その足跡から着火した炎が密林を焼き天からも見える赤い線を引いて進み続ける。


キングフレイムドラゴンを止められる者はいない、誰も止められない。ただただ人類を滅ぼす…亡き同胞達の無念を受け取り肥大化した体を突き動かし、キングフレイムドラゴンは積りに積もった恨みをぶつけるべく、怨敵である人類の鏖殺を目指す。


「グゴゴゴゴ………」


しかし、そんなキングフレイムドラゴンが今、足を止める。何があっても止まらない彼が…止められる者などいないはずのこの場所で、足を止めて…ギロリと隻眼が下を見る。


そこには…居た、キングフレイムドラゴンが魔獣の恨みとは関係なく、一個人として感情を向ける『宿敵』の姿が…。


「よう、待ってたんだろ、お前も…俺を」


「ゴロロ…」


木の上に立ち、背中に斧を背負い、見慣れぬ鎧とマントを身につけたガンダーマンが…腕を組んで笑っている。ちっぽけな人間が立ち塞がっている。それを見たキングフレイムドラゴンは足を止め…まるで笑うように鋭く口角を広げ口を開く。


やはり来たかと…。


「思えばお前との付き合いも、長いもんだよな…」


「グルル…」


理解していた、キングフレイムドラゴンは。自分が進めば必ずこの男が現れ自分を止めると。こいつは他の人類とは違う、明確に自分の敵となり得る男だ。


だからこそ、絶対に許してはいけない。絶対にここで仕留め…絶対に殺さねばならないと思いながらも、キングフレイムドラゴンは彼との闘争に耽り…今日まで仕留めることができずにいた。


故にこそ、分かっていた。ここに来ることも…こいつがまだ死んでいないことも。


「だがそれも今日で終わりだ…分かってんだろ?」


「グルルルル…」


分かっていた、この国の終わりが近いことを。そしてこの国の終わりを前にこの男は必ず現れ私を止めると。


こいつは踏み潰すだけの人類ではない、乗り越えるべき障害であり、それを乗り越える時が来たのだと…キングフレイムドラゴンは思ったからこそ、喜ぶ。


ようやく決着をつけられる、そして彼と決着をつけると言うことは…私自身の役目の達成も近いと言うこと。


ならばこそ…やろう、ここで。こいつを殺そう、そして全てを殺そう。


それが私に与えられた唯一の生まれた理由、生きる価値なのだから。


「決着…つけようや、キングフレイムドラゴンッ!」


「ギシャァアアアアアアア!!!」


答える、私も心は同じだと。ここが決着の地…人類と龍の終わりなき悲劇の終焉の地。


どちらが勝とうとも、これ以上悲劇は生まれない。だってここで…全てが終わるからだ。


そんな二人の心が重なり合い、今…真の最終決戦が幕を開けた。


………………………………………………


冒険者達の治癒術師に出来る限りの治療を受け、王国兵の持って来た数少ないポーションで回復し、万全の装備を整えたガンダーマンは、キングフレイムドラゴンの前に立ち塞がり勝負を挑んだ。


最後の勝負だ、これ以上先はどちらにせよない。俺が死んでこの国が終わるか、こいつが死んで戦いが終わるかだ。退却はない、次もない…ここで全部が終わる、終わらせるッ!


「ゴァアアアアア!!!」


「フッ…!」


キングフレイムドラゴンの咆哮が爆裂しそれと共に光が放たれる。龍の体が光に包まれ周辺の気温が急上昇し一瞬にして辺り一面が地獄の様相と化す。木々は燃え大地は炭と化し全てが焼け消える。


しかし、そんな中でガンダーマンはマントを翻し防壁を何重にも重ねて熱を引き裂きキングフレイムドラゴンの咆哮を防ぎ切る。


遠目で見れば気温の上昇により天に紅の柱が立つかのような天変地異…だがこれは。


「ヘッ、気が利いてんじゃねぇか!」


「ゴァアアアア……」


攻撃じゃない、ただ作っただけだ…自分達の戦場を。密林地帯が焼かれ円形に穴が開く、沼地が乾いて硬い地面となる。真っ平な闘技場の如きリングが作り出されたのだ。


ただ奴は自分にとって戦いやすい環境を作ったに過ぎない、ガンダーマンが戦いやすい場所を用意したに過ぎないのだ。それはつまりキングフレイムドラゴンもここで決着をつけるつもりだという事。


「おっしゃッ!本気で行くぜ!魔力覚醒『獣殺之……ッ!」


故に踏み込む、全身の筋肉と魔力を爆発させるように隆起させガンダーマンは大地を踏んで跳躍すると共に、全力で…文字通りの全力で斧を振りかぶり。


「『…刃』ァァァッ!!」


「グギャァッ!?」


叩き込む、獣殺の一撃を。それは斬撃となり空を飛びキングフレイムドラゴンの鱗を叩き割り肉を裂き溶岩の如き血を噴き出させ、悲鳴を上げさせるに至る。


いつもなら、この一撃を放っただけで剣が灼けて爛れた。全力で武器を振るえば刃が折れた…だけど。


「ッ無事!この斧最高だぜ!いい仕事してくれたよ!シャナ!」


戦斧…『千山万水のライゼン』は未だ健在、壊れる気配さえない!最高の斧だ…まさしく俺のためだけの武器!これなら戦える…いや。


「勝てるッッ!!!」


ガンダーマンの確信を持った叫びが天を裂く。








「当たった!キングフレイムドラゴンが苦しんでる!」


一方、遠巻きに戦いを観戦するシャナとフィロラオスはガンダーマンの一撃がキングフレイムドラゴンの胸を引き裂いたのを見てガッツポーズを取る。同時に周囲からも歓声が上がる。


今シャナ達はガンダーマンを援護するためキングフレイムドラゴンに向けて攻撃を行う為の臨時の施設を森の中に作っている。それも集まった人員を総動員させ急ピッチでだ。難民達が木を切り倒しバリスタを設置し大砲を用意し、王国兵達が持ち込んだ設備により投石機まで用意し援護する為の準備を着々と進めているんだ。


「私の作った千山万水斧ライゼンは伊達じゃないよ、凡そ熱による融解は発生しないと言ってもいいくらい耐熱性能を高めた上でガンダーマンの有り余る魔力をほぼ阻害せず通す作りをしてある。だからキングフレイムドラゴンの熱でも壊れないしガンダーマンの攻撃力をさらに増幅させる!」


「最高じゃないかシャナ君!これなら行けるのか…?ここに更に私達の援護が入れば!押し切れるんじゃないか!みんな!急げ!」


「…いや」


確かに序盤の空気はガンダーマンが掴んだ。しかしそれで押し切れる程キングフレイムドラゴンは甘くない、アイツは状況によって戦い方や立ち回り方を変える器用さも持ち合わせている。この後にどんな奥の手を秘めているかも分からないんだ。


まだまだ先は見通せない。それに何より。


「今バリスタで攻撃しても奴の熱に阻まれて意味がないです…」


「た、確かに…」


「それに…今しがたガンダーマンがつけた傷も、もう回復してます」


望遠鏡で確認すれば、既に周囲の炎を吸収してキングフレイムドラゴンの体は全快している。今のダメージは…意味のないものとなったのだ。それを確認したフィロラオスは青褪めて。


「そ、そんな!あれじゃあいくら攻撃しても無意味じゃないか!」


「はい、けど…まるっきり無意味じゃないです」


「え?」


私達は…キングフレイムドラゴンの研究をしてきている。当然炎による回復は想定内…だがこれに対する有効な対策も殆ど立てられなかった。だから私達が唯一取れるのは。


「奴の回復は炎を吸収して行います、その際周囲の炎は確かに消費されているんです」


「あ、ああ…それで?」


「火が消えるのを待つしかありません、炎は永遠に燃え続けない。燃えるものがない限り火は生まれない…奴の攻撃により周辺の物全てが炭化し燃えなくなるまで、ただひたすらに攻撃し炎を消費させ続けるしかないんです」


「い、いつになるんだ、それは」


「さぁ…でも、やるしかありません」


密林の木々が焼き切れるまで、戦うしかない。それまでキングフレイムドラゴンの体力は減らない。ここからは持久戦だ、頑張って!ガンダーマン!






「どりゃああああああ!」


「グギィッ!」


ガンダーマンの振り下ろした斧がキングフレイムドラゴンの尻尾を切り裂き、真っ赤な液体が吹き出し周囲を焼く。


「ッと!へへっ!遠慮なくぶった斬れるぜ…!」


「グググ…!」


戦いが始まり数分、今の戦いのムードはガンダーマンが握っている。だがその勢いで押してもキングフレイムドラゴンはいくらでも回復する。切られた尻尾も周囲の炎を吸収し再び元に戻る。


今密林は焼け野原、ここら一帯が全部キャプファイアー状態だ。これじゃいくら攻撃しても意味がない…けど、火は火だ。延焼はすれど再燃焼はしない、だから鎮火まで攻めて攻めて攻めまくる。こいつが再生に炎を使えばその分鎮火も早くなる。


だから─────。


「グォア…」


しかし、そこで大人しくやられるキングフレイムドラゴンではない。尻尾を再生させると同時に怒りに満ちた隻眼でガンダーマンを見た瞬間…。


「ッうぉっ!?」


爆裂…ガンダーマンの目の前で急激に膨れ上がった熱が空気を燃やし爆発を起こしたのだ。咄嗟に防壁を展開したもののその威力は大地を抉り大穴を開けるほどの物であり、彼の体は否応無しに天へと舞い上げられ…。


「グァァアアアアアッッ!!」


「チィッ!」


そして舞上げられたガンダーマンの体を再度地面に叩きつけるのは天より降り注いだキングフレイムドラゴンの灼拳。熱を凝縮した拳がガンダーマンの体を打ち据え音よりも早く地面に墜落、そのまま地面が割れて炭化した大地が舞い上がる。


「ぐぅ…痛てェ…!」


「ゴァアアアアアアアア!!」


「ッ…やべぇ!」


そのまま地面に落ち痛みに悶えるガンダーマンに影が差し掛かるのは影。キングフレイムドラゴンの尻尾が真上に在り…。


「ッとぁっ!」


瞬間、尻尾が赤く輝き大地を焼き切る。熱を利用した炎の刃と化した尻尾が密林を切り裂く一撃となりガンダーマンに降り注ぐが、既に横に飛び回避していたガンダーマンは高速で炭の大地を駆け抜けながら斧を背負い直す。


「やっぱり、伊達じゃねぇな…お前の───」


「クァッ!」


「ちょっ!?」


駆け抜け隙を伺うガンダーマンの前に、壁が立ち塞がる。炎だ、キングフレイムドラゴンの力により焼けた大地が操られ壁として立ち塞がったのだ。


これだ、伊達じゃないんだ…キングフレイムドラゴンの『灼熱魔術』は。


「ッダラァぁっ!」


壁から飛んでくる炎の触手を切り払いながらガンダーマンは息を呑む。魔獣とはそもそも『魔術を操る獣』を指す。故に魔獣が使う特殊な力はその全てが魔術だ。魔獣とは基本的に一種の魔術を扱う、それだけで人類の脅威になる。


しかしキングフレイムドラゴンは違う、こいつは炎を操る魔術の殆どを扱うことが出来る。今までやってきた攻撃も全て魔術だ、それも人類が扱えないレベルの高位の魔術ばかり。故に口から火を吐くばかりではなく、眼光で爆炎を作り出したり、炎を操り攻撃に転用する事もできる。


これが恐ろしいのだ…、炎ってのはそもそもそれ単体で人類の脅威になり得るのだから、それを自在に操るとはそれだけで恐ろしい。


「ゴァアアアアア!!!」


「チッ、面倒くせぇぇえ!!」


そして、炎の触手に手をつけ隙を見せたガンダーマンに向け、両翼を広げたキングフレイムドラゴンの翼膜が輝き、放たれるのは無数の炎弾…いや、流星群。


まるで糸の束のように連なり無造作に降り注ぐ炎弾幕は次々と地面を融解させ削り地形を変えていく。恐らく宇宙空間から見ても視認出来るであろうキングフレイムドラゴンの猛攻撃は留まるところを知らず、寧ろ炎に当てられたかのようにドンドン勢いを増していく。


「だぁぁああああああああ!!」


そんな炎の嵐の中を、火傷を負いながらも飛び上がり突破するガンダーマンは、再び斧を大きく大きく振りかぶり、空中に防壁で足場を作ると同時にそこを起点に回転し。


「『威響砲門斬』ッ!」


光を放ちながら飛ぶ斬撃が、砲弾の如く音を貫き真っ直ぐキングフレイムドラゴンに向かい…。


「ゴギャァァア!?」


切り裂く、キングフレイムドラゴンを前に二つに割れた斬撃は龍の両翼を斬り裂き炎の弾幕を放つ根源を断つ。引き裂かれ地面へと落ちていく巨大な翼…そして苦しみに声を上げるキングフレイムドラゴンに向け更に加速したガンダーマンは、体を縦に回転させ…より力を込めて。


「『暴剣断』ッ!」


「ゴァッ!?」


一気にキングフレイムドラゴンの頭へと飛びかかり、回転を活かした斬撃を叩き込みその頭蓋を叩き割る。斬撃は龍顎を突き抜け大地に傷をつける程の威力で、その傷から大量の血が噴き出る。


脳を潰した、普通の生命体なら致命傷に至る攻撃…しかし。


「グギャァオオオオオオオオ!!」


「ぐッ!?」


止まらない、キングフレイムドラゴンは頭を潰されても止まらずその野太い腕を振るいガンダーマンを地面に叩きつける。頭を潰しても死なないと来た、普通の魔獣ならこれで死んでるのに…。


いや流石におかしいだろ…そう思いガンダーマンは地面に叩きつけられながらもう一度キングフレイムドラゴンを見ると。


「…なッ!?」


「グゴゴゴゴゴ……」


切り裂いた頭が…発火している。見ればガンダーマンがつけた傷そのものが発火しその火を使って回復しているのだ。


まさかこれは…。


「血…そのものが可燃性なのか…!?」


思い返せば奴の血は地面に落ちると共に発火していた、マグマのように燃え盛っていた。つまり燃えるんだ…空気に触れただけで奴の血は燃える。ということは、傷をつけたら回復する為の条件である火が生まれてしまう。


「おいおい、お前…もしかして」


更に思い返す、奴は片目を敢えて回復させずに残す…という芸当が出来ていた。つまり回復はある程度自分の意思でコントロールできるという事。


なら、今の今まで、血そのものが燃えて回復出来ることを隠して周りの炎で回復することも出来る…、即ち。


「それが…奥の手か…?」


「ググググ…」


こいつ、ハナっから手を抜いて戦ってやがったのか。俺達が周りの炎をなんとかする方向に特化して作戦を立てる事を考え、敢えて回復手段を一つ制限していた。俺達の希望を打ち砕く…その為だけに。


「性格悪いぜ、そりゃあ…!」


ってことは俺はいくらここで粘ってもこいつを倒し切るのは不可能ってことじゃないか。こんなのどうすりゃいいんだよ…。


「チッ、テメェ…マジで嫌いだよ」


「グガガガガ…キシャァア!!」


瞬間、体を治し切ったキングフレイムドラゴンはそのまま全身から敢えて血液を流し、体を燃やしながらガンダーマンに向け拳を振り下ろす。騙していたことへのお詫びとして…今度は、全霊で。


「ぬぐっ…ッ!?」


一直線に落ちてくる拳。全身の筋肉を使い振り下ろされた一撃、それはガンダーマンの頭の上に落ち…大地を燃やし、焦がし、更に炎は地下へと進み…内側から燃やし、大地の裂け目から紅の光が漏れ出て…燃える。


全てが燃える。空に炸裂する炎の柱が天を燃やす。これが…キングフレイムドラゴンの、全身全霊の一撃──────。







「嘘でしょ、アイツ血液の発火でも回復できるの…」


それを遠目で見たシャナは愕然とする。恐れていた事態が起こった、やはり奴は奥の手を残していた…いや、敢えて隠していた。私達人類の反抗を予測し、最初の最初からずっと隠し通して今まで戦っていたんだ。


計算が狂う、これでは持久戦にはならない。ただの消耗戦だ…ガンダーマンが力尽きるまで、キングフレイムドラゴンは無尽蔵の体力と魔力を使いひたすらに全力攻撃を仕掛けてくる。勝負にならない…なってない、こんなの。


「血液が発火するんじゃ…もう打つ手がないじゃないか!」


「…………」


「何か、何かないのか!」


考える、シャナは考える。打つ手はあるはずだ!なんて希望的観測からではなく、打つ手がなければそのまま敗北と滅亡が確定するからだ。ガンダーマンは今も必死で耐えている…あの吹き出した炎の柱の中でも必死に生き残っている。


そう信じて、私達は私達に出来ることをする…でも。


「何かないの…!?」


視線を周りに走らせる、既にバリスタや大砲の用意は出来ている…けど今更アレを使っても意味がない。他には兵士達が剣を手に待機してるが…ガンダーマンでさえ渡り合うのがやっとの戦場に彼らを送れない!


なら…何か、何か!


「ぁああああああ!もう!なんでこんなにメチャクチャなの!こんなのもう…どうしようも…!」


どうしようもない…そう言いかけた瞬間だった。


「シャナ!言うな!」


「ッ…あんた達」


否定する、彼女の諦めを。それは他でもない…冒険者協会のみんなだった。今まで恐れて戦いを避けていた彼らが、シャナの恐れを否定する。そうだ、否定するとも…何故なら。


「それを口にしたら、戻ってくるのに…時間がかかるぞ」


分かっているから、諦めと恐れがどう言うものかを。だからお前だけは言うなと…少なくとも、今は。


「俺達はアイツの帰る場所になるんだろ…だったら、諦めちゃダメだ…」


「…そうね、…でも…ううん、そうね!諦めない!何か方法を探すわよ!」


「ああ!…俺達に出来ることはあるか!」


「あんた達に…」


冒険者達を今向かわせても意味がない、文字通り焼石に水…うん?


水…?


「水だ、水があれば…しかも大量の」


「水?水魔術を撃てばいいのか?俺一応得意だけど」


「え?あんた魔術師なの?」


「う、うん。ってかここにいるのは大体魔術師だぜ?」


どう見ても戦士っぽい風体だから勘違いしてたが…こいつら魔術師だったのか。そうか、魔術師は基本的に『ディオスクロア大学園出身者』が多い、つまりなまじ賢いから魔獣を恐れてしまう傾向がある。


だから残っていたんだ、魔術師が…なら。


「いやダメだ、あの燃え盛る龍全てに水を浴びせられるか?無理だろう…それこそ後数千人は魔術師がいる、そんなことをするには…!」


ふと、フィロラオスが制止する。確かにあの巨大な龍を鎮火するのは難しい…ここにいる大体が魔術師とは言えいるのは精々数十人ちょっと。これじゃああまりに心許ないし、何より既にその手は試している。


キングフレイムドラゴン出現から、最初に行われた大規模作戦で…キングフレイムドラゴンを相手に水主体で戦った。結果は奴の熱で水が全て蒸発して意味がなかった。だから使うならもっと大量の水が必要だ。


それこそ…海と同じくらい。


「……………」


「…な、なんだよシャナ。俺の顔を見て」


「あんた、そう言えば酒場で…なんて言ってた?」


「え!?なんの話!?色々言いすぎてたから該当するのがわからん」


「あんた!確か海岸沿いの街に住んでたって!」


「あ、ああ…俺の故郷はさ、海岸沿いの街にあって。キングフレイムドラゴンそのものは到来しなかったよ。けど奴のブレスが海まで届いて、それで大爆発が起こってさ、津波が起こって…それで」


「…海岸沿いに、ブレス…津波。悪いわね、悪いこと思い出させて」


「いやいいんだ、それでなんか思いついたか?」


「まさか津波をここに起こすのか!?シャナ君、流石にそれは無理だぞ。ここは南部でも中央寄りの地点、ここまで津波が届くならそれはもうカストリア大陸沈没級だ」


「いえ、津波を起こすんじゃありません…でも、津波が起こる程の…爆発が起こったんですよね」


「え?あ…ああ」


ブレスが海に直撃して、海面が大爆発を起こした…それはつまり、水蒸気爆発、水蒸気…これは!


「…上だ……」


「上?」


天を見上げる、そこには…立ち込める巨大な暗雲…!これだ!


「みんな!魔術を使って!氷結系でも冷気系でもいいから!空に向かって!」


「そ、空!?キングフレイムドラゴンにじゃなくてか!」


「いいから早くッ!」


「ええいよく分からんが!やるぞみんな!『フローズンインパクト』ぉっ!」


「うぉおおお!空まで届かせろッ!『アイシクルブラスター』ッ!」


「『アイスゲイルバスター』ッ!これでいいの!?」


天に向け魔術師達に氷結魔術を撃たせる、それは魔術師達の頑張りもありドンドンと天登り、視界から消えていく。これが実際に空まで届いているかは分からない。


だがそれでいいんだ!


(キングフレイムドラゴンは今まで周囲を燃やして戦ってきた、それは奥の手である血液発火を隠す為、周囲に炎を作る必要があったから。奴の作戦だ…見事と言える。けどそれはつまり)


全てを燃やし続けてきた、木も大地も全て全て燃やして無に変え蒸発させてきた。蒸発させても…それは消えない。海面も同じだ、大爆発が起こって生まれた水蒸気自体は、この世から消えていない。


残り続けていたんだ、天に…それこそが暗雲の正体ッ!ならば、その暗雲を冷やしてやれば、出来るはずだ。


「……ん?」


ふと、フィロラオスが鼻先に違和感を感じて…それを指で拭う、するとその指先に残っていたのは。


「水…いや」


「雨だッ!!」


暗雲が冷却され、天に残っていた水が…雨となって降り注ぎ始めた。キングフレイムドラゴンが炎を使い、燃やして燃やして燃やし続け、破壊してきたマレウスの全てが今。大地へと帰還する。


…キングフレイムドラゴンによって奪われた全てが、今度は…キングフレイムドラゴンに牙を剥く。






「…ん、これは…雨か…!?」


そしてそれを、ガンダーマンも感じていた。急に降り始めた大雨が周囲の炎を消していく様を見て、斧を杖代わりにしてなんとか立ち続ける彼は…確信する。


「ヘヘッ…シャナか!」


相棒だ、相棒がなんとかしてくれたんだ!まさか雨まで降らせるとは!流石俺の相棒だ!そして…。


「グオォォオ…!?」


「炎が、消えちまうな…キングフレイムドラゴンゥ…!」


土砂降りと言っても過言ではない程の大雨により、キングフレイムドラゴンが纏う炎が消えていく。奴が生み出した炎の海が消えていく。それに困惑するかのようにキングフレイムドラゴンは周りを見て、忌々しげに牙を剥く。


「自業自得だぜ、テメェは怒らせたのさ…マレウスを」


「グゥッ…!」


「この雨は、マレウスの怒りだ。テメェが炎で奪ってきた全ての命の報復だッ!テメェが今まで燃やしてきた全ては…テメェに一矢報いる為に、お空の上からお前をずっと睨んでいたんだよッ!!」


「グガァア……!」


「悔しいか!だが…テメェを倒す事を全てが望んでいる。ここにいるみんなも!ここにはいないみんなも!全てのマレウスの命が!お前と言う存在の討伐を!俺に託してんだよッッ!!」


斧を大地に叩きつけ。最後の力を振り絞りガンダーマンは己を鼓舞するように吠える。全てが望んでいる、生きている者も死んでしまった者も、全てがキングフレイムドラゴンの討伐を望んでいる。それがこの雨なのだ…。


「そして、人々が其れを望むなら…叶えてやるのが、俺達冒険者の役目なんだよッッ!!だからキングフレイムドラゴン!お前をここで…俺が!」


構える、そのまま飛び上がる。斧を振りかぶり…。


「倒すッッ!!」


「ギシャァァ!!」


咄嗟に天の雨を消し飛ばそうと顎を上げるのを察知したガンダーマンは斧を振り上げ魔力闘法によって生み出した斬撃によりキングフレイムドラゴンの側頭部を切り裂きブレスを阻害する。


「グァァァアア!?!?」


切り裂かれた傷から血が溢れる、それは直ぐに燃え上がろうとして…雨に濡れて消えていく、傷が回復しない。もうこいつは…不死身じゃない!!


「終わりだ!キングフレイムドラゴン!!」


雨の中、天を駆け抜けるガンダーマンは傷口が溶岩で固まったキングフレイムドラゴンを見下ろし、最後の…断頭の一撃を放つ為、全力…その先を解放する。


「ゔぉぉおおおおおおおおおッッッ!!」


「グゥウウウウウウ!!!」


斧に手を当てて、力を込める。ここまで長かった…生田の命を死なせてきた、けれどそれももう終わる。ここで終わる。


この手で、終止符を打つ。そう決意したガンダーマンの一撃はより一層輝きを増し…。


「『暴剣断』ッッ!!」


渾身の一撃が、キングフレイムドラゴンの頭に叩きつけられ…光が溢れる。





そして────────。







「な…ッ!?」


ガンダーマンは目を疑う、渾身の一撃が放たれた筈だった。奴はもう回復出来ない筈だった、キングフレイムドラゴンは万事休すの状態、絶体絶命なのは奴の方だった。


なのに、何故…。


『渾身の一撃が、奴の鱗に当たって弾かれてる』んだよ…。


「なんで…!」


「グギギギ……」


キングフレイムドラゴンが笑う、あり得ないことが起こった、今まで容易に傷をつけることが出来たキングフレイムドラゴンの体に、傷をつけられなかった。しかも渾身の…最強の一撃で。


斧は火花を上げキングフレイムドラゴンの脳天に弾かれ、その勢いでガンダーマンも天に投げ出される。それに狙いを定めたキングフレイムドラゴンの拳が…。


「ゴハァッ!?」


ガンダーマンを撃ち落とす、未だ健在のキングフレイムドラゴンは己の肉体の絶対性を誇るように悠然と立ち上がる。地面に叩きつけられ、粉々に砕けた大地の上で、ヨロヨロと立ち上がるガンダーマンは何が起こったかを再度確認する…すると。


「なんじゃそりゃあ…お前、まだ…奥の手隠してたのかよ…」


否、奥の手をまだ隠していたのではない。これが本当の奥の手なのだ。


キングフレイムドラゴンの体に起こった異変。それは…真っ赤な奴の鱗が全て、いや肉体の全てが、闇のような漆黒で覆われ…黒龍とも呼ぶべき姿へと変貌していたのだ。


「なんだ、その姿は…」


ここに来て、未知の姿を晒すキングフレイムドラゴンに…思わずガンダーマンの目が揺らぐ、こいつはどこまでも…果てがないのか。








「黒い…龍、真紅だった体が黒く染まって…」


「なんだあれ…、雨が降ったら!あいつ倒せるようになるんじゃないのか!?」


「ガンダーマンの一撃が弾かれた?防御力が急激に向上したのか…」


「体が黒く染まって…まるで、悪魔そのものじゃないか…」


周囲で観戦する人々は腰を抜かす。雨が降れば逆転出来る、希望が見えると思っていた。奴の再生能力を封じ、キングフレイムドラゴンは不死身じゃなくなった。


だが、燃え滾る炎を消して、見えた先にあったのは…新たなる絶望。傷を回復出来なくなったキングフレイムドラゴンが今度は傷一つつけることの出来ない姿へと変身したのだ。


「……………」


これにはシャナも流石に絶句する。最高の一手を打ったつもりでいた。キングフレイムドラゴンを上回ったと思っていた、だがキングフレイムドラゴンはそれすらも上回り…依然として私達を見下ろしている。


そんなのってないだろう…、ここまでやったのに。


「あれは…何、あの防御力の正体は…」


指を噛み分析する、あの姿はなんだ…なんでガンダーマンの一撃が防がれた。あり得ないことだ、こんな事…何かタネが…。


「……溶岩だ」


フィロラオスが何かに気がついたのか、口を開ける。


「え?」


「キングフレイムドラゴンの血は…溶岩と同じ性質を持つ、それが水で冷やされて…固まったんだ、それも表面だけじゃない。全身の肉体全てに漲る血液が固まり鉱石と化したんだ!今の奴は…全身が凝固した溶岩石並みの硬度を持っているんだッ!」


失念していた、溶岩は固まれば岩となる。ならば奴の血も同じこと、確かに血は燃えなくなった、だが代わりに血は固まり黒曜石と同じ状態になったと考えられる。それも奴の血は溶岩と同じ性質を持つだけで溶岩そのものではない。


生み出される高度な黒曜石とは比較にならない。つまり奴の体は今ダイヤモンド並みの硬さを芯の芯まで維持している。その状態で今までと変わらない動きを見せているんだから…これはきっと。


「奴はこの能力を知っていた…いや、最初から備わっていた」


キングフレイムドラゴンは自らの弱点が水であると、最初から考えていなかった。水を受け、血が炎を失っても…この形態に移行する事を最初から知っていた。


雨は最初から奴にとって恐るべき存在じゃなかったんだ!


「くそぉおおおおおお!!!クソッ!!クソッ!!クソッ!!」


地団駄を踏む、どこまでも果てしなく無敵であるキングフレイムドラゴンに対しシャナは怒りの咆哮を上げる。倒せると思ったのに、また新たな問題が出てきた!それも誰も見たことのない未知の形態!


ガンダーマンも戦ったことがない新たなるステージに…移行したんだ!





「ゴァァアア!!!!」


「ぐぉぉおっ!?」


叩きつけられる拳が大地を射抜き、地面に落ちた水滴が纏めて空へと上がる。地震にも似た現象を一撃で叩き出すキングフレイムドラゴンの猛攻を前に…ガンダーマンはなす術がなかった。


「クッ、オラァッッ!!」


地面に突き刺さった拳に対して全力で斧を振るう…しかし。


「ぐぅっ!」


弾かれる、返ってくるのは斬った感触ではなく、己の腕が砕けるような反動だけ。奴の体には傷一つついていない。


「だらぁぁあああああ!!」


それでも振るう、振るうしかない。飛びかかるように連続で斧を回転させ防御を突破しようと暴れ狂うが…響くのは無常な金属音と火花ばかり、傷は…やはり無い!


「テメェッ!なんだよそりゃあ!そんなの…無いだろッ!」


「グァアアアアアアア!!」


「ぅぐっ!??」


そのままキングフレイムドラゴンは口から火炎を噴き出し辺り一面を炎で包む。その炎の勢いに吹き飛ばされたガンダーマンは地面の上を転がり、泥に塗れて打ち倒れる。


こんなのって無いだろ、なんだよそれ。あと少しのはずじゃ…なかったのか。


「俺達…こんなに頑張ってるのにさ、ちょっとくらい報われたっていいだろ…」


「グルルルル…」


全身が硬化した、もう俺の攻撃は通用しない。熱は失ったがその分硬くなり防御力が跳ね上がっているんだ。それでいて身体的な速度は一切損なわれず、寧ろ硬い体を使った肉弾戦は強化されてさえいる。


強くなってるんだ…さっきよりも。こんなのもう手がつけられない、俺でも倒せない…!


「く、クソ…」


現状、マレウスが出せる最大火力がそのまま俺の全力攻撃になる。つまり俺が全力で攻撃しても傷一つつかないということは…今のマレウスでは、キングフレイムドラゴンを倒すことは出来ないということ。


これがキングフレイムドラゴンの本気。炎を消して体力回復を無くしても、そもそもキングフレイムドラゴンの実力そのものが超絶しているからこそ…意味がない。


「…………やめろやめろッ!考えるな!」


頭を振って振り払う、折れそうな心を必死に奮い立たせ、諦めの心を捨てて、俺は前を見る。まだ戦いは続いてる!俺はまだ動ける!ならやるんだ!やるしかない!諦めるな!


「クァアアアアアア!」


「チッ!」


そのままキングフレイムドラゴンは両拳を握り次々と怒涛の勢いで拳を振り下ろし大地を粉砕しながらガンダーマンを狙う。執拗なまでの攻撃、狂気的とも言える執念でガンダーマン一人を叩き潰そうと全力を出す。


その連撃を斧で防ぎながら耐え忍ぼうとするが。


「ぐぅぁっ!?」


その防御すらキングフレイムドラゴン体に弾かれ大きく体勢を崩し…。


「ギャゥォッ!」


「ごぶふぅっ!?」


そして飛んでくるのは黒い鱗に覆われた尻尾、それが鞭のようにしなりガンダーマンの体を打ち据え吹き飛ばす。それだけで防壁が破壊されガンダーマンの肉体全域に衝撃が走りミシミシと音が鳴る。


「ぐぅっ、まだまだぁっ!」


「ゴゥァッ!」


そんな痛みを無視して体勢を空中で整え受身を取った瞬間、キングフレイムドラゴンは地面に自らの腕を突き刺し。


「ガァアアアアアア!!」


熱を作り出し、大地を溶かし…作り出すのは溶岩溜まり。雨でさえ消し去れない超高温のマグマを作り出し腕を振るうと共にマグマの波を発生させ、ガンダーマンに向けて放つのだ。


「ナメるんじゃねェッ!!!」


迫るマグマの波に向け、斧を振るい。両断する、その一閃は巨大な赤の波動を真っ二つにし、その向こうのキングフレイムドラゴンを顕にし────。


「カァッ!」


「ぬぐっ!?」


その眼光がガンダーマンを捉えた瞬間。ガンダーマンごと地面が爆裂する。魔術だ…爆炎魔術。それがガンダーマンの体を真上に吹き飛ばし。


「キシャァアア!!」


飛んでくる、更に飛び上がり追い打ちをかけるように跳躍し全身の勢いを乗せた拳がガンダーマンを殴り飛ばし更に上空に吹き飛ばす。


「ゴァハァッ!!?」


噴き出る血、折れる骨、歪む内臓、まただ。またやられた…これは、勝てない…またいつも通りやられる。


いや、違う…いつも通りじゃない。


「ガァァァァアアア!!!」


キングフレイムドラゴンは空中を舞うガンダーマンに向け、口を開き熱を溜める。ブレスだ…ブレスを撃つつもりだ。


いつも通りやられて終わりじゃない、ブレスで完全にガンダーマンを消し去り戦いを終わらせるつもりだ。


殺す気だ…俺を。


「グッ…くそ…」


防壁を必死に展開しようとするが、魔力はチカチカと明滅するばかりで遂には消えてしまう。体力も…魔力も…もう底をつきそうだ。これじゃ…ブレスは防げない。


──────終わる。


(死ぬのか、俺は…)


明確に見える死のビジョン。脳裏に過る確かな死の具現。今目の前に…死がある。


死ぬのか。こんなところで…俺は。


何も守れず、みんなに背中を押してもらって…死ぬのかよ!


(魔獣と戦って死ねるなら、本望だと思って…今の今まで戦ってきた。誰かの為にこの命を使えるなら本望だと…けど)


今、生まれてより初めて明確に死を感じる瞬間になって、命が惜しくなる。死ぬのが怖いんじゃない、俺が死んだあと…他のみんなも死ぬことが怖い。


悔しい…悔しい!こんなところでこんなやつに殺されるなんて!何も守れず死ぬなんて…!クソ…。


(もし、あの世があるなら。みんなに…どう謝れば……)


せめて俺が、もっと強ければ…そんな悔しさを感じながら、口の中に炎をめいいっぱい溜めたキングフレイムドラゴンが、ガンダーマンに狙いを定め…そして。





「ゴァアアアアア!!??」


「ッ…!?」


瞬間、キングフレイムドラゴンの側頭部が弾け。ブレスの狙いが逸れてガンダーマンの真横を通り過ぎて行く。


理外の攻撃が、キングフレイムドラゴンの頭を撃ち抜いたのだ…それは。


『撃てぇえええええええええ!!!』


「みんな…!」


援護射撃…遠方で待機していた兵団による一斉射撃がキングフレイムドラゴンを襲ったのだ。そしてそれは。


「ググゥゥァァアアアアア!!」


キングフレイムドラゴンに次々と命中し、体勢を崩すまでに至る。ストックも何も関係なしにめちゃくちゃに撃ってるから、キングフレイムドラゴンでも耐えられな……いや、当たってるのか!?


(そうか!体が固まって纏ってる熱が無くなったから援護射撃が通るのか!)


熱だ、熱が無くなったんだ!だから援護射撃が!そうか…奴は防御力が上がるのと引き換えに、炎の鎧を捨てた!


「まさか…!」


この事に直ぐに気がついて動けるのは、一人しかいない…。


「シャナ!」


援護を行う兵団の最前線に立ち、味方を鼓舞する…相棒の姿を空中で捉える。まだ…アイツは諦めてないんだ!






「撃て撃て撃て撃て!ともかく撃て!効かなくとも撃て!ガンダーマンを死なせるなッ!!」


「王国兵は大砲を中心に!マレフィカルムはバリスタを!他の者達は投石機を使え!出来る限り頭を狙ってくれればいい!一発も無駄にするな!」


味方を鼓舞するシャナと的確な指示を出すフィロラオスの二人に突き動かされるようにマレウスの人間達はここぞとばかりに全員で動く。兵士達はバケツリレーのように次々と大砲に球を装填し、マレフィカルム達は持ってきたバリスタや兵器でキングフレイムドラゴンを撃ち。


「いけぇええええ!やっちまえーっ!」


冒険者達は魔術でガンダーマンを援護し、難民達も投石機に岩を乗せキングフレイムドラゴンに怨念をぶつけるように懸命に動く。


「諦めるな!まだ!私達が諦めるな!私達が諦めない限りガンダーマンも諦めない!」


燃え上がる執念、今日ここに至るまでに死んだ者死なせた者、全ての為に今全霊を出す。それが生き残った者の責務だとシャナは思う。


何より、これほどの執念を持ちながらも前線に立つこともできず、ガンダーマン一人に全てを押し付けてしまっているのだから、せめて諦める事だけはしてはいけないのだ。


「フィ…フィロラオス様ーっ!もう投石機に詰める岩がありません!」


「なら…なら木を切って乗せるんだ!私も手伝う!」


そしてフィロラオスもまた豪奢な上着を泥の上に捨てて斧を手に難民達と一緒に木を切り倒し汗を流し、泥に塗れて戦うことを選ぶ。今戦わなければマレウスがなくなる、国民が死ぬ、それは王族ネビュラマキュラとして容認することは絶対に出来ない。


何より、彼はガンダーマンを英雄にした。英雄に仕立て上げ彼に戦わせた、その責任として自分も最後まで戦わなくてはならないのだ。


「やるんだ、今…今しかないんだ!防御を固めたってことは…これ以上はないってことなんだ!今奴を砕けば!再生はしない!」


そう信じるより他ない、確たる証拠も何もないがそう信じて今は戦うしかない。この攻撃で少しでも奴の防御を削れれば。


「いけぇええええ!!」


その瞬間、フィロラオスの切り倒した木が投石機によって発射され。空を飛ぶ。その間に無数の砲弾が胸に一点に集中して当たり、キングフレイムドラゴンの足が泥に沈む。


と同時に砲弾の爆発を掻い潜って鋭く磨がれた木が空を飛び…キングフレイムドラゴンに当たり。


「グギャォオオ!?」


「え…あ!」


「刺さってる…なんで!?」


木の槍がキングフレイムドラゴンの胸に刺さってる、奴の太い胸板に阻まれ心臓には当たらなかったが、奴の体に傷が出来たんだ。苦しみながら木を抜いて荒れ狂うキングフレイムドラゴンの視線をこちらに感じながらシャナは考える。


(何故刺さった、ガンダーマンの攻撃も弾くのに…なんで)


全力で考える、瞬きも忘れ雨粒が目に入っても気にすることなくキングフレイムドラゴンの観察を続け、考え…そして。


(…そうか!奴の体は溶岩と同じ性質を持ってるんだ!)


気がつく、そうだ…奴の体は今冷却されて固まっている…なら!


「首だァーッ!!!首に向けて砲撃しろッ!魔術師も炎で首を狙えーッ!」


「な、なんで炎なんだよ!そんなことしたらアイツが回復しちまう!」


「いいんだ!奴の体の一部をあの硬化状態から元の赤い鱗に戻せば攻撃が効く!そしてそこを攻撃した瞬間再び冷却すれば!」


「炎が出ない…そうか、攻撃で加熱と冷却を殆ど同じタイミングでやって傷口を固めて仕舞えば奴は再生できないんだ!」


「その冷却は雨が担う!だから私達は熱で奴の体を温めれば…それで!」


天を漂うガンダーマンに目を向ける。ここから叫んでもやつに聞こえるかはわからない。

けれど…きっと、奴ならアタシの意図に気がついてくれるッ!


「ガンダーマンッ!」


この攻勢は長くは続かない、砲撃も魔術師の魔力も尽きればもう二度とこの猛攻は出来ない!奴の体を加熱することは出来なくなる!だからチャンスは一度。


でも…大丈夫!ガンダーマンは、チャンスが一度でもあれば…きっと!







「シャナ…!」


その瞬間、砲撃隊の動きが変わった。炎と砲弾がキングフレイムドラゴンの首元を狙い始めたのだ。


首か?首を狙えばいいのか!?そう思い奴の首元を見ると…。


(ッ!熱で温められて鱗が赤くなってる!あの状態なら斧が入るッ!)


そうか!これが狙いか!よし…まだ諦めるのは早い!


「ッよっしゃぁぁぁああ!!!」


尽きかけた魔力と体力を振り絞る。この一撃の後には何も残らない、その瞬間俺の体力は尽きて動けなくなる!だから一発だ…一発しか撃てない。


砲撃もそうだ、あのレベルの攻勢は今だけだ!これで決められなきゃその時点で俺達は勝ち筋を失う!


「いくぜ…ッ!」


だがそれでもいい、一度でもチャンスがあるならば。


ガンダーマンは、それを必ず物にする。少なくともあいつらはそう信じてる!ならやってやらなきゃあな!


「だぁああああああああッッ!!」


「グッ…カァアアアアア!!!!」


そして当然、敵の攻勢を感じたキングフレイムドラゴンはそれを全力で捩じ伏せにかかる。翼を広げ両翼から無数の炎弾を発射し一斉掃射にてこちらに向かって飛んでくるガンダーマンを狙う。


しかし捩る、身を捩る、落下の勢いを殺さないまま体を回し火炎弾の雨を真っ向切って突っ切っていく。今更攻撃を前に迂回する時間もない…最短距離で詰めていくしかない!


「グゴァァッ!」


「ぅグッ…ゔぉぉおおおおおおおおおっっ!!」


更に襲いかかる炎の津波を前にガンダーマンは回避を選ばず、やはり最短距離を選ぶ。キングフレイムドラゴンも防御ではなく攻撃を選ぶ。そしてシャナ達もガンダーマンの援護ではなく己の責務を果たすことを選ぶ。


この場にある全ての命が、理解していた。これが分け目であることを、この瞬間が明日を決めることを。自分が望む世界を手にする事ができるのは、最後の最後まで己を通した者だけ…折れず曲がらずブレず揺るがず、己を定め続けた者だけが明日を得る事ができるんだ。


「ぅぁああああああああああッッ!!」


炎の波を突っ切り、燃え上がりながらもガンダーマンは斧を振りかぶる。明日を得るために…己を通すために、彼は如何なる痛みも肥えている。


…そうだ、通さなきゃいけない。自分はその為にここにいる。


シャナが居て、フィロラオスが居て、冒険者が居て、兵士達が居て、キングフレイムドラゴンに全てを奪われた奴らが居て、そいつらが恐れず今も戦うことを選んでいるのだから…なによりも俺が、俺を曲げるわけにはいかない。


みんなが全てを賭けて作ってくれたたった一度の奇跡のようなチャンス。今までの全ては今この時の為にあったと確信出来るような巡り合わせ。これを掴むのはきっと俺一人じゃ出来なかった。


みんなが居たからここにいる、ここまで戦えている、だから…最後の一押しくらい、自分の手で掴みたい!


「キングフレイムドラゴンッッ!!!」


「グガァァアアアアアアアーーーッッ!!!」


キングフレイムドラゴンとガンダーマンが最後の咆哮をぶつけ合う。生死を分ける原始的な殺し合い…人と獣の元来の在り方を体現するように牙と刃を炎に照らす。


ガンダーマンが首へ迫る、あと少しで赤熱した鱗に刃が届く…だが、それを黙って見ているほどキングフレイムドラゴンは甘く無い。


「グォオオオッ!!」


「ッッ……!」


キングフレイムドラゴンが…拳を振り上げた、炎でガンダーマンを焼き殺せないと見るや拳で直接叩き落とそうと言うのだ。


分かっているのだ、キングフレイムドラゴンだって。ここで自分が生き残るには今この瞬間を乗り切れば良いと、この勢いを今ここで切り崩せば自分の勝利になると。ガンダーマンを殺せばあとはもうなんの障害もなく人を殺し尽くせると。


殺す、殺す、殺す、殺す、殺し尽くす。全ての人間を殺す、遍く文明を破壊し尽くす、この地上から人の残り香さえ消し去りこの怨讐を成就させる。無惨に殺され続けた同胞の仇を討つ!その為には。


この男は今ここで、絶対に殺さなくてはならないのだ!


「グッ…やべぇッ!」


今拳を叩きつけられたら、もうあの首元に迫れない。だが拳を回避するにはあらゆる物が足りていない、体力も魔力もない、打つ手も回避の為の距離もない。やられる…無駄になる。


人類の全てが詰まったこの一瞬が、崩される!!!


「グゥウウウウウ!!」


終わりだ…そう告げるような焉龍の一撃に、力が篭り…ガンダーマンに迫り、拳が拡大し風が生まれ───────。




「ガァッ!?」


驚愕の声が響く、キングフレイムドラゴンの。


振るわれた拳が…ガンダーマンに当たらなかった。外れたのだ、一撃が。この土壇場で攻撃をミスした?あり得ない、キングフレイムドラゴンに限ってそんなことはあり得ない。小さな人間を殺すことに関しては慣れきっている。


なら外してしまうほど体力が尽きていた?それも無い、キングフレイムドラゴンの体力は尽きない。状態で言えば未だ万全に近い。


なら何が…そうキングフレイムドラゴンは、違和感を感じた『足元』に視線を向ける…するとそこには。


「全く持って…無駄じゃなかった…ってわけだよ、キングフレイムドラゴン…この雨も!」


「グゥウ…!?」


足が、地面に沈み込んでいた。雨が降り泥濘んだ地面、それはキングフレイムドラゴンとガンダーマンの戦いでクレーター状になったこの場所に降り注いだ雨が集結し、地面の硬度を確実に落としていた。


そこに、キングフレイムドラゴンの一撃がトドメを刺した。何がなんでもここで倒さねばならないと言う固い決意がキングフレイムドラゴンに必要以上の力を用意させた、それは緩んだ足元では支えきれず…軸足が沈んでしまったのだ。


大地が、キングフレイムドラゴンの足を…拘束したのだ。


「マレウスの天が!お前を殺せと雨を降らせた!」


「グッ!?」


そして今、体勢を崩したキングフレイムドラゴンはガンダーマンに首を晒す形となった。


「マレウスの大地が!お前を殺せと足を取った!」


「グゥッ!?」


振りかぶるその斧に、全ての魔力を集結させる。この一撃にマレウスの明日を賭けると。


「そして!マレウスの人が!お前を殺して明日を掴めと俺を呼んだッッ!!」


「グゥウウウウゥゥゥウウ!!!」


これが全てなのだ、天が、地が、人が、ただ一人の男にキングフレイムドラゴン討伐の偉業を任せ、そして望んだのだ。


その結果が全てなのだ、キングフレイムドラゴンは…マレウスと言う国を甘く見た。マレウスの底力を甘く見た!ただ殺されるだけの俺達ではないのだッッ!!


「だからテメェも!俺の名を!覚えて逝けッ!!俺の名はッッ!!」


「グァァアアアアアアアアア!!!」


─────最後の抵抗と爪を突き立て再びガンダーマンに吠え立てるキングフレイムドラゴン。しかし…それよりも早く、ガンダーマンの斧は弧を描く。


彼が、冒険者を志してより…数万回振った刃が。


彼が、冒険者として人々を守る為…幾度となく振るい続けた刃が。


彼が、人々の希望としてキングフレイムドラゴンに挑みかかり…諦めることなく振るった刃が。


「ゔぅおおおおおおおおおおおおお!!!!」


今彼に力を与えた、一度として怠けることなく、一度として折れることなく、一度として曲がることなく実直に振り続けた刃はこの一瞬だけ…。



「『大暴剣断』ッ…!」


「ガッ…ア…!?」


世界に刻まれた赤の一線は、キングフレイムドラゴンの首を狩り…天へと舞い上げた。再生しようとする首元は…雨に冷やされ固まっていき、形を作ることなく黒く染まる。


切断に成功した、この雨の中切り裂かれた首は再生しない。…つまり遂に…龍は死んだのだ。


「ァ…ァァァ………」


「逝けよ、あの世で俺の名を広げてこい」


そしてガンダーマンは、力を失い落ちていく体を必死にひっくり返し…光を失い始めたキングフレイムドラゴンの頭蓋に向けて、口を開く。


ちゃんと覚えて、あの世で語れ。そして恨むなら…俺を恨め、お前を殺した俺の名は。


「ガンダーマン…英雄ガンダーマン・ゾディアックだ…!」


「ゥ…ァ…ァァァ………」


この日、一人の男が英雄となった。後に…伝説と語り継がれる一戦を超え、大冒険王の名を冠する男が今、この時…英雄となったのだ。


…………………………………………………………


「終わったんだな…」


「うん、終わった…」


ガンダーマンに切り裂かれたキングフレイムドラゴンの遺体を、丘の上から眺めながら…噛み締めるようにシャナとフィロラオスは語る。もう十数分はこうしている…みんな、現実が受け入れられず呆然としている。


終わったのか?本当に終わったのか?また奴はアタシ達の想像を超えて復活とかしたりしないか?そう思い…固唾を飲んで見守るが、既にキングフレイムドラゴンは事切れており降り注ぎ雨によってその死骸は泥に沈んでいく。


どうやら本当に終わったらしい、…あの悪夢がああして死んでいるのを見ると、嬉しくも思うし、悲しくも思う。キングフレイムドラゴンという存在もまた…生きていて、死ぬのだと。そしてそんな奴が…人間を大量に殺した。


この世には、生と死が溢れている。殺したら死ぬ奴が…殺したら死ぬ奴を殺して、そしてまた別の奴に殺される…そうやって回っているのだと、再確認する。


或いはそれが、世界のあるべき姿なのかもしれない…そして。


「あ…雨が」


天から降り注ぐ光が、私たちを照らす。勝利を祝うように…私達を照らすんだ。


本当に終わったんだ…全部…全部…ぜんぶっ…!


「ぅ…うう!みんな…みんなぁ…終わった、終わったよ…私達…勝ったんだよ…!」


「シャナ君…君も、多くの物を背負っていたんだね」


涙が溢れる。キングフレイムドラゴンと戦い…散っていった仲間達に告げる。終わったんだ、みんなが命をかけて戦ってくれたから…今日という日が出来たのだ。何かが掛け違えていれば勝てなかった…みんなが作った命の光が、この道を照らしてくれたから…勝てた。


ありがとう…ありがとうみんな、そして…ごめん。生かしてあげられなくて…!


「これからマレウスは、再興の時を迎える。マレウスは滅びない…例えどんな災難が待ち構えようとも、私はそう確信したよ」


「うん…何があっても、マレウスは…マレウス人は、負けない」


『俺達やったんだ!やったんだー!』


『キングフレイムドラゴンが死んだ!ようやく…ようやくマレウスは平和になるんだッ!』


『ああ…あああ!俺達生き残ったんだ!』


『うわぁあああ!!』


拍手喝采、生存することが許された事への歓喜、何より長きに渡りマレウスを覆っていた暗雲が消え去った事への感謝…。それらが爆発し民衆が全力で吠え上げる。


生きていける、私達は生きていけるんだ。失われた命の分まで…生きていくんだ。その道を勝ち取ったんだ…。


私達が勝ち取った、いや…勝ち取ったのは。


「ガンダーマンッ!」


遠くから向かってくる影が見える。戦利品代わりに巨大なキングフレイムドラゴンの牙を抱えてこちらにやってくる英雄の影の名をシャナは叫ぶ。民衆も迎える、その言葉に影は答え。


「おう、シャナ…勝ったぜ、俺達が」


「ッッ…無茶しすぎだよ!」


ガンダーマン…皆の英雄が帰還する。シャナは咄嗟にガンダーマンの胸に飛び込み無茶をしすぎだと胸を叩きながら涙を流す。無茶をしすぎだ、無茶ばかりしていた、けど…その無茶を押し付けたのは、私達なんだ。


情けない、だが同時に誇らしい…今この時代に、この男がマレウスにいることがひたすらに誇らしい。


「ガンダーマン君、ありがとう!君のおかげでマレウスは救われた!」


「フィロラオスさん…アンタが声をかけてくれたから、諦めてなかったからさ。こっちこそ礼を言わせてくれや」


「何を言うか!君だよ…君が、私達の希望になったんだ。誰よりも君が諦めなかったから、私達は諦めない理由を見つけられた…!」


「そうだぜガンダーマン!お前すげぇよ!」


「私達!キングフレイムドラゴンから助かったんだ!」


ここに集った者たちが、ガンダーマンによって諦めなかった者達が彼を囲む。その様はまさしく…いや、言葉にして言うまでもない。


「君は英雄だ、ガンダーマン…我々マレウスの英雄だよ」


そんな中フィロラオスがそれを言葉にする。英雄だと…そしてフィロラオスはガンダーマンの手を取り。


「約束しよう、我々元老院はこの恩義を永遠に忘れないと。君が困ったならマレフィカルムだろうがなんだろうが動かして君を守るぞ!」


「別に俺はそんな、守ってもらう必要も価値もねぇよ…けどそうだな、一つお願いがあるとするなら…」


「なんだ!なんでも叶えよう!君はそれだけのことをした!」


「なら……」


そしてガンダーマンはここに集うた者達を見回して……ニッと歯を見せ笑い。


「取り敢えず、冒険者協会の立て直し、手伝ってくれよ。魔獣はキングフレイムドラゴンだけじゃねぇんだし、これから俺たち冒険者は永遠にマレウスを守っていかなきゃいけないんだ。だから頼むよ、フィロラオスさん」


「ああ…ああ!任せろ!私の権限を全て使って君を冒険者協会の会長にしよう!」


「は?なんでそんな話に…いや、まぁいいや!ガハハハハ!」


こうして…マレウスの英雄ガンダーマン・ゾディアックのキングフレイムドラゴン狩りは成った。この功績は瞬く間にマレウスを飛び越え世界へと響き渡り、魔女しか討伐し得なかったオーバーAランク魔獣をただ一人の人間が撃ち倒したと彼の名は歴史に刻まれた。


そして彼はこの後も多くの伝説を残していく事になる……。


……………………………………………………


「勝負だデニーロ!俺が世界最強になる!」


「へぇ、面白い…キングフレイムドラゴンを倒した英雄の実力を見せてもらおうかねぇ」


キングフレイムドラゴンを倒しマレウスを立て直した彼はアルクカースに向かい、魔女四本剣と称えられる者達に勝負を挑んで回った。まず手始めに挑んだのはアルクカース最強の戦士デニーロ・ドレッドノート。


大柄なガンダーマンを更に上回る超巨大な戦士を相手に彼は三日三晩喰らいついて戦ったとされ。


「勝負しろ!マグダレーナ!」


「ガンダーマン…あんたいい加減にしなよ、勝手に帝国に上がり込んで…いい加減目障りなんだよ」


次は帝国の将軍、世界最強のマグダレーナ・ハルピュイアにも戦いを挑んだとされている。とは言えこちらの戦いに関しては後世ガンダーマンが一切語ろうとしなかった事もありどうなったかは知られていないが…まぁ、手酷くボコボコにされたらしい。


その道中も魔獣被害にあった人々を助けて周り、ある村では千を超えるアークゴブリンの大軍勢をただ一人で全滅させ守り抜いたり。ある街では巨大な蛇の魔獣をベロベロに酔った状態で真っ二つにし街を守り。彼の力を恐れたデルセクト国家同盟群が向かわせた刺客を悉く全滅させたり…色々やった。


その結果彼は魔女にも名を知られる男になったわけだが……。


「ん?」


…それはある日の事だった。最強になる為の旅を終えそろそろマレウスに戻ろうかって時に、彼はある人物に出会った。


「あんた、結構やるだろ」


「え?…何をかな」


ポルデューク大陸からマレウスに戻る為ジェミニ号に乗り込んでいた彼は、同乗していたとある旅人に目をつけた。船の甲板で星が見守る中…彼は同じく甲板で星を眺めていたローブの男性に声をかける。


黒く、使い込まれたローブで顔を隠した彼は、口元に無精髭を生やしややくたびれた様子だったがガンダーマンのお眼鏡に適う程の魔力と、そして同じく風格を帯びていた。

只者じゃない…そんな雰囲気を悟ったガンダーマンは斧に手を当て。


「俺、ガンダーマン。最強目指してんだ」


「ガンダーマン?…ああ、マレウスの英雄の。いや光栄だな…僕もさ、マレウス出身なんだ。これから旅を終えてマレウスに戻ろうと思ってね」


「旅人か?」


「冒険家さ、マレウスからデルセクトに向かい…そこからぐるっとディオスクロア文明圏を一周ね」


「へぇ、時間かかったろ」


「まぁね」


ローブの男は全く戦う気を見せない、そんな姿に毒気を抜かれたガンダーマンもまた斧から手を離し船の縁に腕を乗せ談笑の構えに入る。


「なぁあんた、俺と戦わねーか?」


「嫌だよ…殴り合うとか、僕そう言うのは好きじゃないんだ」


「そうなのか?強そうだけど」


「強いかは…分からないよ。魔女に比べたら全然さ」


「そら魔女に比べたらよぉ…」


「でも、…これからはそうも言ってられないかもな……」


「あ?なんかあんのか?」


「うん、僕も色々やらなきゃいけないことを見つけたんだ。今まで自由にやらせてもらったからね…これからはその為に命を賭けて仕事をしなきゃいけない」


「ふーん、大変だな」


興味なさげに鼻を鳴らすガンダーマンは戦う気のない男に興味を失い、夜風に冷え部屋に戻ろうと足を動かし船室に戻ろうとする…だが、その前に。


「なんか大変だけどさ、戦う気になったら俺と戦ろうや」


「えぇ、やらないって言ってるだろ…」


「まぁいいだろ、取り敢えず名前聞かせろや」


「名前………」


名前を聞いておく、同じマレウスに戻るならいつかまた出会うだろうとガンダーマンは男に声をかけると、男は少し悩み…決心したように首を縦に振り。


「…イノケンティウス」


「イノケンティウス?それが名前か?」


「ああ、そうだ。また何処かで出会ったら…その時は酒を奢るよ。ガンダーマン」


そう言い残しローブの男…イノケンティウスは軽く手を振りガンダーマンよりも早く、船室へと戻る。そのなんでもない出会いが…後にガンダーマンの運命を大きく変える事になるのは、今はまだ彼は知らないのであった。


「はぁ、まぁいいか…しかし自由にやらせてもらったから、これから仕事を…か。俺も頑張らねーとな」


腰に手を当て、ガンダーマンは空を見る。先日届いた手紙の内容を思い返す。あれはフィロラオスから届いた手紙。


マレウスの復興が終わり、冒険者協会の立て直しも終わった。だからガンダーマンを冒険者協会の新たな会長に迎えたいと言う話だった。これからは自分も立場ある人間になるわけだ。


「……絶対冒険者協会をデカくしてやる。魔女大国に負けないくらい、デッカい組織にさ」


そう一人で決意を固め、彼は…『大冒険王』ガンダーマンとして冒険者協会の会長となる決心をした。そうして冒険者協会の会長となった彼はその辣腕を用いて協会を立て直した……かは、まぁ…想像にお任せするところになる。


だがそれでも、一つ言えることがあるとするなら。


「シャナ、元気かな…マレウスは、いい国になったかな…」


彼は、どこまでも…マレウスという国を愛している。愛する祖国を守りたい。その気持ちに嘘偽りはなく、それは今もまだ変わらないこと。


彼の旅路は、まだまだ続く……。


…………………………………………………………………


「船長〜!大変だ!」


「おうなんだなんだ!」


一方、ガンダーマンが乗る船とは別の船。髑髏マークを掲げて略奪の限りを尽くす所謂海賊と呼ばれる者達が駆る海賊船は今、とある海に入ってしまった。


「ここ!絶海テトラヴィブロスだよ!」


「何!?あの魔海に入っちまったのか!?」


「ダメだ!波もない!風もない!出られねぇ!!」


彼らは不注意から絶海テトラヴィブロス…ディオスクロアの双子大陸の間に広がる内海の、更に中心に存在する魔の海へと入り込んでしまったのだ。テトラヴィブロスが魔の海と呼ばれるのは…その区画だけ波もなく風もない事に由来する。


つまり、帆船が一度入れば絶対に出られない事。一度入れば死ぬまで出られない海…海賊達から恐れられる海に入ってしまった海賊達は慌てふためく…すると。


起こる、ここが魔の海と呼ばれる第二の由来が。


「ふ、船が軋み始めた!」


「なんだこれ!?船が沈み始めて……」


「っていうか、体が…お…重い!?」


魔の海テトラヴィブロスに入った船は、そのうちまるで上から押し潰されるようにして海の中に引き摺り込まれてしまう、という逸話がある。その通りのことが起こり始めているんだ。


まるで空中から何かに押さえつけられるような圧力がかかった海賊たちは地面に倒れ伏し、やがて船も沈み始め。


「ぎゃぁあああ!?!?船が割れた!!」


「うわぁああ!海に!海に魔獣が!」


ばきりとへし折れるように船が割れ。沈んだ先には大量の魔獣達。海賊達は瞬く間に魔の海へと呑まれ…消えていく。


「がばごぼぼぼぼ……」


口から泡を吹き、水の中をもがき沈んでいく海賊達…それを、海の中から眺める存在はクスリと笑い。


「全く、ここに立ち入るからこうなるんですよ…人間の言葉で言えば、領海侵犯というやつですよ」


そこは、深海。絶海テトラヴィブロスの最深部…この世で最も深いと言われる大深海でそれは笑う。魔女でさえ水圧に耐えられないと言うそんな深海に立つ女は不可思議なことに深海であるにも関わらず何でもないように深海に立ち、水の中で言葉を紡ぐ。


「悪いですが、この海は我々のものなので…沈んでもらいますよ」


黒茶の長髪を生み漂わせる赤い瞳の女は、クスクスと笑いながらゆったりとしたドレスを揺らし遥か頭上で沈む海賊達を見つめる。


テトラヴィブロスの深海の名を星根界アウズンブラと言う。ここは魔女の目も人の目も届かない人類未到達領域、そして彼女達の住まう場所でもある。そこに立ち入ろうとしたのだから沈められて当然だと女は笑うのだ。


……魔女でさえ到達出来ない大深海に立ち、言葉を紡ぐ彼女は果たして人間なのか、その問いに答えるとするなら、『いいえ』と答えるより他ない。


何故なら彼女は…。


「マガラニカぁ、お前趣味悪いよぉ…態々沈めるなんてさ、あんなのアタシが高波を立てて潰せばそれで済むのにさぁ」


響いた声が女の名を呼ぶ…そう、女の名はマガラニカ。いや正式な名前を言うとするなら。


『深界龍星テラ・マガラニカ』…世間に於いて伝説とされ、討伐禁忌魔獣に指定される世界最強の魔獣の一匹。下手に刺激をすれば人類全体が危機を被るとされ魔獣王タマオノが自らの力を割いて生み出した五匹の魔獣皇…その長子に位置する世界最大級の龍。


数少ない目撃例からその体躯は島よりも大きく、全体像が未だ不明とされる巨絶海の主である。筈なのだが…今ここにいるのはどう言うわけか、一般人よりも少し大きい程度の女でしかない。


あらゆる龍を凌駕する巨龍である筈のテラ・マガラニカがこんな女なのか、と言えば残念だが『今は』その通りというしかない。この女こそが大魔獣テラ・マガラニカなのだ。


「はぁ、分かってませんね。上の子達にも餌をあげないと」


そして、マガラニカは髪と首を振って海の中で泡も出さずため息を吐く。ここに入った船は全てテラ・マガラニカの手で潰して沈めている。彼女の力を使えば船程度跡形もなく消し去ることもできるが、それでは上の海にいる魔獣の子らに人の味を覚えさせられない。


魔獣王タマオノの直系である魔獣皇子として、下々の魔獣に施しを与えるのもまた役目。奴はそれを分かっていない。


「そこら辺をきちんと理解しなさい、トリエステ」


そう言ってマガラニカは視線を向ける。その先にいるのもまた五大魔獣が一角『大帝巨鯨トリエステ』。数少ない目撃例から史上最大クラスの体躯を持つ鯨型の魔獣であることだけが分かってある。


のだが…その視線の先にいるのは視界全てを覆い尽くす鯨ではなく。


「ギィヒヒヒハハハ!オネーちゃんは優しいなぁ…アタシはそうも優しくなれないねぇ」


深海の上に腰を下ろすのは3メートル程の巨躯を持った女。褐色の肌と薄水色の長髪を乱雑に伸ばした巨人だ。何故か服を着ておらず膝を叩いてマガラニカの話を笑いとばす。

大きいには大きいが…彼女もまた人の姿。だがやはり彼女もまた本物のトリエステだ。


「……トリエステ、いつも言っていますが服を着なさい。人間は服を着て外に出るのですよ」


「服ぅ?ああ…毛無しの猿がつけてる布切れか。あれは好かない、毛無しの猿が毛皮代わりに身につけるコンプレックスの塊だろ、あんなもんつける意味なんかないね」


「だとしても、つけていなければ奇異の目で見られます」


「はぁ?アタシにカーマンラインみたいになれってか?」


「あれは…あれで、ちょっと奇異ですが」


そう言ってマガラニカが視線を移す先にいるのは…『空世鳳王カーマンライン』。普段は大空の彼方、星と空の狭間を飛ぶ巨鳳たるカーマンラインが座る岩の辺り。だがそこにいるのは巨大な鳥ではなく。


「ン?俺が何かな?」


奇異、その一言に尽きる男がいる。上着は女性物のブラウスを着て、ズボンは男物のジーンズを履き、右手には長手袋をつけているのに左手には何もつけず人差し指だけに三つ指輪をはめ、靴は農業用の分厚い厚底を履き、王族がつけるような黄金の首飾りをして、緑色の髪をモヒカンなんだがリーゼントなんだが分からない形で伸ばし目にアイシャドウをつけ、あちこちに羽飾りを装着した、あまりにも奇異な男。


男物と女物の区別をつけず、取り敢えず着込んだような奇妙奇天烈な格好にマガラニカはため息を吐く。


「カーマンライン、いつも言っていますがその格好は…」


「いい格好だろう、人を正しく模倣している」


「出来てませんよ…」


「そうなのか?だが人はこんな服を着てるだろう」


「はぁ…もういいです」


人間への理解が極度に薄いトリエステとカーマンラインにマガラニカはため息を吐く。ここにいるのは人ではない、魔獣だ…それも世界最強の五大魔獣、そのうちの三匹が集っているのだ。


ここにいる魔獣の一匹が地上に出れば…それだけで大陸一つ潰すことが出来る、そんな怪物達は人類未到達領域にて、屯する。


「それよりアクロマティックは今日もいないのか?」


ふと、トリエステが口を開く。自分達と同じく五大魔獣であり魔獣皇子たる末弟アクロマティック、またの名を変幻無遍のアクロマティック…超巨大なスライム型の魔獣であるアクロマティックの姿がないのだ。


「ええ、彼は今日も人間界を観察しています。何でも最近人の身を一つ奪ったらしく…それを使い遊んでいるようで」


「変わり者だねぇ、ウチのオトートは…人間なんか見て何が楽しいんだか」


「少なくとも、理解もしようとしない貴方達より余程マシです」


「ケッ…」


アクロマティックは居ない、人の身を奪い寄生し遊んでいるのだ。昔から好き勝手やっている弟だったが…そろそろ連れ戻さないとな、と考えるマガラニカ。


「それより、本題に入ろう。海の中は好かない、そろそろ空に戻りたい」


するとカーマンラインがジャラジャラと飾りを引きずって立ち上がり…。マガラニカに視線を戻す。


「そう言えばキングフレイムドラゴンが殺されたそうだな、マガラニカ」


「……ええ、皇子直系眷属たる彼が殺されました」


「だっははは!アイツはマガラニカ!お前の眷属だったなぁ!偉そうにして真っ先に殺されやがって、それに引き換えアタシの眷属であるレッドランペイジちゃんは今日も元気に人殺してるぜ」


「…………」


トリエステの言葉に舌を打つ。だが事実だ…五大魔獣の直系眷属、人々はオーバーAランクの大魔獣と呼ぶそれが殺された。しかも巨龍マガラニカの力を受け継ぐキングフレイムドラゴンが殺されたのだ。


それに引き換え百年近く前に生まれたレッドランペイジは今も顕在。トリエステの眷属であるレッドランペイジが生き残りマガラニカの眷属であるキングフレイムドラゴンが死んだという事実は、少し腹立たしい話だ。


「フンッ、眷属など…生み出す必要などあるか?」


「ありますよ、彼等は私達の司令の中継地点なのですから。とは言え我々には魔獣を製造する権限はありません。また野良の魔獣を育成するところから始めなければ…」


「俺はしないぞ、どうせ作っても魔女に潰されるんだ。そのキングフレイムドラゴンも魔女に見つかるような暴れ方をしたんだろう?」


「それが……どうやらキングフレイムドラゴンを殺したのは、ただの人間のようで」


「……ほう」


いつもなら、オーバーAランクの魔獣は魔女が殺している。魔女大国に入り込んだ瞬間魔女が飛んできて駆除する。いくら普通の魔獣を超える力を持っていても流石に魔女には敵わない。だから作る意味などないと思っていたが…。


どうやら、今回殺したのはただの人間…魔女ではないのだ。その事実に面白そうに口を歪めるトリエステとカーマンライン。


「なんだァ?その人間、面白ェなあ!どんなだ!」


「ああ、我々に楯突くとは。第三段階くらいなら食事がてら軽く捻って潰してくるが」


「さぁ、実力の程は分かりませんが…やはり人間は侮れない存在のようです」


「そうかねぇ」


トリエステもカーマンラインも、人間を遊び道具としてしか見ていないアクロマティックも分かっていない。マガラニカ一人が理解している…人という存在の恐ろしさと可能性を。

確かに人間はひ弱だ、マガラニカ達が真の姿を解放する…その余波だけで消し飛ぶ哀れな存在だ。だが八千年前我等が祖である魔獣王タマオノは…その人間である魔女に殺されているのだから。


「やはり人は侮れません、故に例の計画を推し進めようと思います」


「例の計画、アクロマティックがいないのに進めていいのか?」


「彼もいずれ誘います…、それにその為に皆には人の姿をとってもらったんですから」


最後の皇子であり魔獣王の素質を最も色濃く継ぐ『極夜終天』のソティスが未だ完全なる目覚めを迎えない中、今我々に出来ること。それは力の限り暴れ魔女の出現を招くことではなく次なる展望を見ることにある。


いつまでもこの光すら差さない深界に収まっていては、母タマオノが最後の力で我々を生んだ甲斐がない…故に。


「本気か、マガラニカ」


「アタシは嫌だぞ…人間の支配下に収まるのは」


「支配下ではありません、協力です…ウルキ様が作り上げた魔女反抗の群れ、マレフィカルムへ加入し奴等に我々の力を貸してあげるのです」


「マレフィカルムねぇ、アクロマティック辺りは本気で嫌がりそうだな」


「俺も嫌だぞ、我々が作った組織にマレフィカルムが加わるなら話は別だが」


人間は下等な生き物で、毛皮も爪も牙も持たない劣等種…それはマガラニカも思う話ではあるが、それ以上に人間を見下すトリエステとカーマンラインは加入を渋る。だが今回のキングフレイムドラゴン討伐でマガラニカの中にあった疑心は確信に変わってしまった。


やはり、人間は魔獣の跳梁にあってこちらの想定を超える力を発揮する生き物なのだと。故に人の力を使う道を模索しなければならない。キングフレイムドラゴンの死がマガラニカに『渋る』選択肢を消した。


「……はぁ、いい加減にしなさいトリエステ、カーマンライン…これはもう提案ではないんですよ」


「ならどうする…ここでやるか?」


「いい加減、ただ最初に生まれたというだけで我々の纏め役を気取るのはやめてくれ…マガラニカ」


全員が腰を上げ、立ち上がり、睨み合う。そもそも我々は兄弟姉妹だから共に居て協力しているんじゃない。ただ母の無念を晴らしたいから、協力出来る相手がここにしか居ないから辛うじて変化のない日々を共にしていただけなんだ。


そこに、マレフィカルム加入という環境の変化がもたらされれば、『喧嘩』は必定。もうこのまま相手を組み伏せて言うことを聞かせるしかない…という段階に至り。


『やめるでちゅ!』


「っ……」


声が響き、三体の動きが止まる。特にマガラニカは表情を変え…アウズンブラの中央に目を向ける。


「まさか…」


「目覚めたのか…!?」


「……我等が祖の、後継体」


喧嘩などしている場合ではない。この声は間違いなく…最後の五大魔獣の声。母より生まれ出てより一度として目覚めることなく、またマガラニカが命を賭して守ってきた魔獣王タマオノの後継者。


その名も…ソティス、極夜終天のソティス。


「ソティス!目が覚めたのですね!」


『目が覚めたでちゅ!』


……一度として目覚めず地表での活動を一切行っていないにも関わらず、その名は魔女達により知られ今この世界に伝説として伝わっている。


極夜終天のソティス…別名世界最強の魔獣にして神の後継者、我が祖タマオノがシリウスの肉体、その設計図を元に作り上げた原初の魔女シリウスの後継を意図して作り上げられたそれは生まれながらにして五大魔獣の王、延いては世界中全ての魔獣の王…二代目魔獣王になることを決定された存在。


今まで眠っている間はマガラニカが代理を務めていたが、ソティスが目覚めた以上その役割は終わったと言える。


そして今、そのソティスがアウズンブラの中央に安置された巨大な棺をこじ開けその姿を晒し。


「喧嘩はやめるでちゅ!このティーちゃんの前で!」


「ッ…ソティス様」


全員が膝を突く…その先にいる魔獣王、いや…何処からどう見てもただの赤ん坊にしか見えないそれに向けて。


緑の髪とぷっくりぷにぷにの肌色ほっぺ。そして黄金の錫杖を手に胸を張る小さな小さな幼女。そう…彼女こそが世界最強にして、いずれタマオノを超え史上最強となる魔獣。


否、歴史上最も人間に、魔女に近づいた史上最強のゴブリン…極夜終天のソティス、またの名を最強のスーパー赤ちゃんのティーちゃんである。


「嗚呼、お目覚めになられましたか…ソティス様」


「実はちょっと前から起きてたでちゅ!でも怠くて外出たくなかったでちゅ!」


「申し訳ありません、貴方を迎えるのにこんな薄暗い場所で…本来なら太陽の当たる宮殿の只中で目覚めるべきなのに」


「いいでちゅ!ティーちゃん魔獣王でちゅけど下剋上だいちゅきのチャレンジャーでちゅから、だからマガラニカ!」


「はい!」


「さっきの話、続けるでちゅ!マレチキャルムがどーとか!」


「マレフィカルムですね!ええ!貴方が仰るなら…如何にようにも」


……キングフレイムドラゴン討伐、それはこの先五十年後に渡り知られていく偉業となる。五十年後、魔女の弟子が生まれ英雄の後継者が生まれ、世界の運命が動き出したその時…再び魔獣は牙を剥くだろう。


世界最強の五匹の魔獣、それは今もなお健在なのだから。

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