外伝・大冒険王の大冒険 その2
「なんでこんな便利な物があるのに今まで黙ってた!」
「うるさいなぁ君は、一々グヂグチと…もう協力しないよ」
突如として知らされた風の街イストリアへのキングフレイムドラゴン到来の報。それを受けたガンダーマンはジズの助けを得て剣を手に早速イストリアへと向かっていた。
ただ走っても直ぐには到着出来ない、そこでジズが用意したのだ。
「反重力機構を応用した空中小型船だ、これなら直ぐに向かえる…君はそれまで休んでいろ、私は戦わないからね」
「チッ、臆病者が」
「終いにゃ振り落とすよ君!」
帝国から盗み出した反重力機構を使って作られた空飛ぶボート。それで雲の付近を飛びながら加速を続けるガンダーマンとジズ。この空飛ぶボート…五十年後の未来には『空魔の館』と呼ばれる空中要塞へと技術転用が行われるこれはジズにとって秘中の秘だった。
これを使って普段仕事をしている、つまりジズにとってこれは他人には見せてはならない大切な奥の手。それを使わなければならない程状況は逼迫しているんだ。
「見ろ、イストリアの方角…既に黒煙が上がってる」
「チッ!アイツ…やっぱり!」
既にイストリアは炎に包まれていた、フィロラオスがかき集めた資材とマレフィカルムからの援助、その全てが配置されている街が既にやられている。あそこが潰されたらもうキングフレイムドラゴンは止められない。
イストリアを抜かれたらそのまま南部を超えて中部に入られる、中部に入られたらそのままサイディリアルは射程圏内だ。絶対にあの街で止めないといけないのに…!
「ここまで熱波が…上手く操縦が出来ない」
「ならここまででいい!ここからは俺一人で行く!」
「はぁ!?まだ結構距離が…」
その瞬間、ガンダーマンは足に力を溜め…一気に跳躍する。そのまま足の裏から魔力を一気に放出し推進力として吹っ飛び、熱波を切り裂きイストリアの方角へと飛んでいったのだ。
「なぁっ!?なんて威力の魔力波…フィロラオス様が人類の希望として選ぶわけだ、現状の八大同盟よりも強いんじゃないか…アレ」
ジズは一気に空を飛ぶガンダーマンを見て、苦々しく思う。今ジズが所属する八大同盟は今のガンダーマンより強い奴がいない。ゴルゴネイオンの現首領もクロノスタシスの現国王もガンダーマンには遠く及ばない。
…惜しいと思う、あのレベルの使い手が今の八大同盟に居れば…もっと魔女達と強かに戦えた物を…と。
「ぐぅぅうううう!間に合えぇええええええッッ!!」
一方ガンダーマンは魔力で滑空しながら黒煙に包まれたイストリアへと突っ込む。燃え上がる炎と黒煙を突っ切りながらようやくイストリアへと差し掛かるが…。
「ッ…くそっ!」
眼下に見えるイストリアは…どう見ても滅びている。マレフィカルムの根性がある奴は何人か戦っているが、まるで歯が立っていない。
『撃て撃て撃て撃て!!一歩でもいいから止めるんだッ!!』
『ダメだ…鉄製の鏃が…アイツに当たる前に溶けて消えてるッ!』
『砲弾も効かない!どうすればいいんだこんなのッ!』
四方からバリスタや砲弾による一斉射撃を受けても揺るがぬ巨大な影は煩わしそうに羽を仰ぎ、生まれた熱波で全てを薙ぎ払う。
ダメだ、奴に射撃は効かない。常に身を包んでいる超高温の鎧は生半可な兵装を融解させる。いくら物量を注ぎ込んでもそもそもダメージにならないのなら意味がない!
そうやって僅かながらも抵抗している様子だが、その抵抗も抵抗の水準に達していない。フィロラオスが用意した資材も幾つかは持ち出せているが人員はほぼ壊滅、それに持ち出せたものも…このままじゃやられる…!
折角、折角希望が見えてきたのに!
「ッッちくしょぉおおおおおおおッッ!!」
そのまま視線を動かして、目の前に見える壁に向かって吠える。
いや、壁じゃない…生き物だ、天に屹立し黒煙の中で蠢く巨大な怪物に向け、ガンダーマンは吠えたのだ。
「キングフレイムドラゴン…ッ!!」
『グゴゴ……』
そして奴もガンダーマンを捉え動き出す。黒煙を切り裂き体を見せる、ぬるりと黒から現れる赤の鱗と角…奴だ。
キングフレイムドラゴンだ。
「ゴァァアアアアアアアアアアアッッ!!」
「今日こそぶっ殺してやるッ!クソトカゲ野郎ッッ!!」
現れたのは巨大な二本角の化け物。全身を真紅の鱗で覆い、真っ赤な瞳をギョロリと動かして天を塞ぐような巨大な翼膜を広げるあまりにも大きな竜…ドラゴン。
巨木のように太い二本足で家屋を踏み潰し、さらに野太い筋骨隆々の腕を振るい、逆三角形の筋肉質な人型を取る龍神が…灼炎の焉龍がガンダーマンを見て敵意を噴出させる。
もう何度目かの対決。そしてガンダーマンが一度として勝ったことのない宿敵との再会。
豆粒のような人間と、天を突く巨大な龍が睨み合い吠え合う。
「ぅぉぉおおおおおおお!死ねぇぇえええッッ!!」
刃に魔力を通し、魔力刃を形成しながら一気にキングフレイムドラゴンの胸に凄絶な斬撃を叩き込む。その一撃は空中でありながら大地に伝播し地震を引き起こしながら、キングフレイムドラゴンの体を一歩分後ろへと追いやる。
『おお!なんだ!?救援か!?』
『あのトカゲ野郎が…一歩引いたぞ!』
『見ろ!鱗が砕けてる!大型バリスタでも傷一つ付かなかったのに!アイツ!やるぞ!』
地面にいるマレフィカルム隊員達が喜色に湧く歓声を上げる。今まで手傷を負わせられなかったキングフレイムドラゴンに初めてダメージを与えたガンダーマンの姿を遠目で見て、希望を抱いたのだ。
しかし、当のガンダーマンは…舌を打つ。
「チッ!なんて頑丈さだ…ッ!」
今の一撃は全力に近かった、今までの加速分も合わせれば恐らくこの戦いで出せる最高火力と言ってもいい。なのにキングフレイムドラゴンの胸にある傷はガンダーマンの想定を超えて小さい。
鱗が砕け、内側から血が溢れているが…とても命には届かない!それに。
「回復されるか…!」
ヌルヌルと周囲の炎がキングフレイムドラゴンの傷に張り付き、直ぐに鱗と肉を回復させる。やはり周りに炎がある限りこいつは不死身だ…!
「クソがッ!デタラメすぎるだろお前!」
「グゴゴゴ…!」
悔しがるガンダーマンを見て、まるで笑うように牙を剥くキングフレイムドラゴンは、そのまま拳を握る。その拳が周囲の炎を吸い上げ太陽の如き輝きを生み出すと共に。
「ゴァッッ!!」
「ぐっっ!?!?」
叩き込む、灼熱の拳を大きく振りかぶりそのまま凄まじい速度と勢いでガンダーマンに振り下ろし叩きつけたのだ。その様はまるで筋骨隆々の戦士が羽虫一匹にムキになり全力でパンチを叩き込むが如く。
まさしく過剰火力、ガンダーマンは一瞬で炎に包まれ…地面へと墜落することになる。
「ぐぁぁぁっっ!」
ガンダーマンが落ちた地面は内側から破裂するように爆裂し地面が融解しマグマが噴き出し街の一角が崩れる。その中心でガンダーマンはもがき苦しみながらも…溶岩と化した地面の上に立ち上がり、展開した魔力防壁越しに再びキングフレイムドラゴンを見上げる。
「ぐぶふっ…クソッ、防壁じゃ…熱まで防げねぇか…」
「グゴゴゴゴ……」
熱は防壁を貫通する。炎は魔力防御の天敵だ…。既にガンダーマンの体には重篤な火傷が刻まれており、それを嘲笑うかのようにキングフレイムドラゴンは喉を鳴らす。
『殺せるもんなら殺してみろ』…そう言いたげな奴の顔に、炎よりも熱い闘志を滾らせる。
「まだ終わりじゃねぇぞッ!!」
「キシャァアアアアアアアッッ!!」
ガンダーマンの怒号が響く、キングフレイムドラゴンの咆哮が燃え上がり更に街が燃える。その瞬間再び飛翔し剣を手にキングフレイムドラゴンに切り掛かる。
さっきの一撃が、今の俺の限界なら…次の俺はその限界を越えればいい、それでもダメならその限界も越える。何処が限界かを決めるのは周りでも俺でもない…未来だけだと信じるガンダーマンは再び大きく空中で体を捩り。
「『暴剣断』ッ!」
剣先に魔力を集中させ一気に爆裂させると共に斬撃一発の威力を飛躍的に上昇させるガンダーマンが持つ技の中で屈指の威力を持つ一撃。
そもそもガンダーマンは所謂『戦士』に部類される男だ。魔術の心得なんてないし知識もない、だが冒険者達はこれを見て大いに嘆く。
『あれほどの魔力と才能を持った男が、魔術の道を歩まなかったのはある意味人類の損失だ』と。
それほどの魔力を持ちながら、魔術師になるよりも更に強く、高みに至った『魔力闘法の天才』がガンダーマンという冒険者の実態。その魔力量は人類の範疇で言えば五本の指に入り、魔力放出能力だけで見れば確実に人類の頂点を狙える位置にいる天才だ。
そんな天才が編み出した無尽蔵に近い魔力を利用した究極の魔力衝撃はキングフレイムドラゴンの顎を撃ち抜き、その両足を若干浮かせる。
「ッ…剣が溶けてない、いける…ッ!」
手元を見れば、いつも奴に一撃見舞っただけで溶けて消えていたはずの剣がまだ存在している。流石はフィロラオスが用意した最高級品…!これなら戦える!
「グゴゴゴ……!」
「ナメんなよ、人類をッ!」
顎を大きくカチ上げられたキングフレイムドラゴンは憎々しげにガンダーマンを睨む、と同時に。
「ッ…!」
ガンダーマンの周囲が一気に燃える…否、尻尾だ。人類が持たないもう一つの腕でありキングフレイムドラゴンが操る牙と爪に次ぐ武器。それが音速を超える勢いでガンダーマンに向け放たれその体を打ったのだ。
「ぐぅがぁああああああ!?!?!?」
まるで射出されるように火の玉となったガンダーマンは一瞬で地面に叩きつけられ、炎の道を作るようにガリガリと大地を削りながら吹き飛ばれさて行く。軽く尻尾を降っただけでこの威力…、しかもその上に。
「クァアアアアアアアアアア!!!」
キングフレイムドラゴンが目を紅蓮に輝かせ巨大な両翼を広げる。と同時にその羽から無数の火球が飛びガンダーマンどころか街全体に流星群の如き火炎の嵐を発生させる。
「ぐっ!加減しろよ!」
即座にガンダーマンは地面に剣を刺し勢いを殺しながら反転し飛び上がる、すると彼のいた場所に家よりも巨大な火球が墜落し地面を吹き飛ばす程の大爆発を発生させる。
今キングフレイムドラゴンが放った炎の雨は、一つ一つがそこら辺の家屋よりも巨大な火球で構成されている。しかもそれらは着弾と同時に爆発し、何もかもを吹き飛ばす。
そんなのが街全体に放たれたのだ、もうあちこちから悲鳴や断末魔が聞こえてくる。
「ッやめろ!相手は俺だけだろ!」
「グギギギ…」
キングフレイムドラゴンは否定するように口を開く、違うのだ…ガンダーマンだけが標的ではない。キングフレイムドラゴンにとって人類全てが抹殺対象。目的は敵の撃滅ではなく人類の鏖殺に他ならないのだ。
「止めてみろってか…なら何度でも打ち込んでやる!テメェがいくら再生しても!無駄だってぐらい!ボコボコに!」
最早炎の鎮火は望めない、ならキングフレイムドラゴンに暴走を諦めさせる。それより他はないと再びガンダーマンは走り出しキングフレイムドラゴンに向け飛翔し……。
「見ろよアイツ…キングフレイムドラゴンと殴り合ってる」
「人間か?…アイツ」
『どりゃぁああああああああああ!!』
『グゴァァアアアアアアア!!!』
そしてその様を見守るマレフィカルム隊員達は、煤汚れを払いながら遠巻きにガンダーマンの戦いを見る。とても同じ人類が戦っているとは思えない、あれと同じことは誰も出来ない。
まさしく英雄の戦い方…だが。
『キシャァア!』
『ごはぁああ!?!?』
どう見ても、旗色が悪い。今もキングフレイムドラゴンの拳がガンダーマンを撃ち抜き、再び大地が割れてガンダーマンの苦痛の悲鳴が響き渡る。このまま行けばあの男が死ぬ…だが。
「どうする!?助けに行くか!?」
「行ってどうする!邪魔になるだけだ…」
「クソッ…せめて八大同盟が居てくれたら…」
「いや今の八大同盟でも、この戦いについていけるかどうか…」
自分達にできることは何もない、何もないのか…いや、否だ。
「いえ、出来ることはまだあります」
「え?お前は…」
「私達は私達にできることをしましょう…!」
そう言って、柏の杖を手に立ち上がったズタボロの男は、ガンダーマンの戦いを前に瞳に炎を宿し。
「シモン…!お前何するつもりだ」
マレフィカルムに所属したばかりの新米魔術師シモンが立ち上がり、杖を強く握る。この戦いにはついて行けそうにない…だが。
「資材を出来る限り遠くへ、そして生き残ってる人員を纏めて…この街を離れます」
「あの男を置いて逃げるのか!?」
「彼は死なないと信じます、それよりも彼の奮戦を無駄にしては行けない!この戦いを最後にしては行けないんです!」
「………ああ、クソッ!分かったよ!総員!避難だーッ!あの男がキングフレイムドラゴンを引きつけている間に!少しでも遠くにーッ!」
今はただ、彼の戦いに少しでも意味を持たせることしか出来ない。だから死なないでと遠方から祈りを向けるシモンは…ガンダーマンに背を向ける。
そして……。
「ぐぁぁあああああ!!」
「グゴゴゴゴ…ッ!」
キングフレイムドラゴンの鋭い尻尾の一撃がガンダーマンを押し潰し、大地が網目状に引き裂け、ガンダーマンの悲鳴が響き渡る。
初めから勝負になんぞならなかった、そんな事実をひたすらに叩きつけられ続けたガンダーマンはまたもキングフレイムドラゴンの前に敗北を喫する。
「クソォっ!…俺じゃ…俺じゃダメなのか…!」
燃え盛る大地の中倒れ伏したガンダーマンは、拳を握り…必死に立ちあがろうと力を込める。しかしどれだけやってもキングフレイムドラゴンに上回られる。
やるだけ無駄…そんな言葉が脳裏を掠める。しかし…その言葉は、ガンダーマンを諦めさせるどころか。
「ッ…だぁぁあああああああ!!!」
更に気合を噴出させる。やるだけ無駄、そんな諦めは遠の昔に噛み殺した、これが無駄かどうかは先の未来が決めることだ、俺が決める事じゃない。
なら、考えるだけ無駄。今俺はここに…戦いに来てるんだ、戦えない人たちの分まで戦いに来ているんだッ!
「トカゲ野郎がぁあああああああ!!」
「ゴゴゴ…」
魔力を高め、逆流させ…最後の最後まで残しておきたかった切り札を使う。
「魔力覚醒…っ!」
その身に纏う魔力が鎧になり、剣になり、肉となる…ただ一人、魔獣を殺し続け手に入れた彼にとっての一つの到達点。
「『獣殺之刃』ッ…!」
ガンダーマンの周辺に薄い膜のような魔力が漂う。肉体進化型魔力覚醒『獣殺之刃』、それは即ち魔力と肉体を同期させる魔力覚醒。
つまり魔力が彼の肉体と同じ働きをするということ。彼は魔力をそのまま第二の筋肉として使うことが出来る、これにより彼の筋力は数十倍に跳ね上がり、自らの肉体を更に第二の肉体で覆うことにより耐久力も格段に向上する。
魔獣を相手に肉弾戦を仕掛ける事の危うさを自覚しているからこそ生まれた、獣を超える人の刃…冒険者としての彼の姿だ。
「グググ…コァァアアア!!」
瞬間、魔力覚醒を察知したキングフレイムドラゴンは即座に攻撃を仕掛ける。咆哮による熱波の射出。純粋な熱がガンダーマンおよび大地に向けて放たれる。それは大地を焦がし炎さえも焼き…全てを炭に変える。
ただ一人、ガンダーマンを除いて。
「効かねぇええええええ!!」
魔力の膜が熱さえも遮断し彼を熱波から守るのだ、そのまま魔力の膜を膨張させ…大きく腕を振りかぶる。
魔力覚醒を用いた全霊の一撃、それを前にガンダーマンは祈る。頼むから効いてくれよと…これが効かなかったらマジでもう打つ手がない!
「ぶった斬るッッ!!『鬼朱龍離斬』ッッ!!」
踏み込む、焼けた大地が砕ける。振り下ろす、鋒が煌めき空が裂ける。天に向け、頭上の龍の頭蓋目掛け飛ぶ非常の斬撃は魔力防壁を伴い質量を持った斬撃と化し…一瞬の煌めきと共に轟音を鳴らし焼けて砕けた炭が一斉に飛び上がる程の衝撃が発生する。
空を駆け抜ける斬撃は一直線にキングフレイムドラゴンの頭に飛び、そして…。
「グギャァアア!?」
片目を切り裂き、内側からマグマのような血が溢れ大地を溶かす。初めて受けた明確な痛みにキングフレイムドラゴンは苦しみ頭を持ち上げる。
…効いた……。
「効いた!初めて!」
何度か目を狙ったことはあった、魔力覚醒だって初めて使ったわけじゃない。だがそれでも今まで与えられなかった手傷を与えられた!
このまま追い打ちをかければ…。ガンダーマンは視線を動かし、再び悔しさから舌を打つ。
「チッ、またか…」
彼が見た先は、彼が持つ剣…先程放った全霊の一撃を前に、剣は…中頃から折れていた。
彼にとって切り札である魔力覚醒を使わなかった理由がこれだ、彼が全霊で武器を振るうと、どんな武器も破砕してしまう。だからこそ力をセーブして戦っていたのだ。
使えば武器を失う一撃…だから使わなかった。だが…フィロラオスが用意した武器ならと思ったんだ。まぁそれも期待外れだったが。
「ゴァアアアアアアアア……」
そうしているうちにキングフレイムドラゴンは血を止め、痛みから回復して再びガンダーマンを見下ろす。しかしその潰された片目は…切り傷が出来たまま、完全に治癒していない。
まさか瞳は治癒できないのか?一定以上のダメージは無かったことに出来ないのか?…いや違う。あれは敢えて傷を残したんだ。
(人類をナメてはいけない。自らの油断へ…自らで自戒を課したのか)
油断したから瞳を失った、だからこそそれをそのままに痛みを忘れぬように、隻眼を己への自戒と人類への悪意象徴とした。失われた瞳と傷の痛みキングフレイムドラゴンは今一度人類への憎悪を激らせるのだ、生真面目な奴だと…ガンダーマンは一周回って笑ってしまう。
「ハハハ…お前、どこまで俺達が嫌いなんだ」
「コァアア……」
キングフレイムドラゴンが口を開く、大きく息を吸い周囲の炎を吸い込み始める。これは…来るか、コイツにとって…いや、龍という種族が持つ最大の奥義。
「ブレスか…!」
龍の吐息には『ドラゴンブレス』という固有名称が付く程に有名であり、そして絶対的な影響力を持つ。その身に漂う魔力を口に凝縮し吐息と共に吐き出すブレスは時として森一つ焼き払うことさえある。
というのは通常のドラゴンの話。ドラゴンの王…キングフレイムドラゴンのブレスははっきり言って次元が違う。奴がブレスを放ったのは出現以降三回だけ、その三回で山が一つ消え、谷が生まれ、海面に着弾した際は絶大な水蒸気爆発が発生し海岸沿いの街が甚大な被害を被った。
そして今、四度目が放たれようとしている。吐き出されればそれだけでマレウスの国になんらかの影響を与えるブレスが…。
(止められるなら、止めたいが…)
既に剣が折れている、体力も殆ど残っていない。止められるかと俺が問えば冷静な俺が内心で無理だと叫ぶ。けれどもそんな叫びさえ無視してガンダーマンは剣を捨て拳を握り。
「ぜってぇやらせねぇ…ッ!死んでも止めるッ!」
「ゴァァアアアアアアアアアアア……!」
拳を握るガンダーマンと口一杯に灼熱の光を貯めるキングフレイムドラゴン、両者の視線が交錯する。撃たれればそれだけで全てが終わる終焉の吐息を前に…ガンダーマンは勢いよく…飛び出し。
「やらせねぇええええええ!!!」
「ッッッゴァッ!!」
飛び上がるガンダーマンに向け、キングフレイムドラゴンは咄嗟に不完全ながらもブレスを放つ、それでも街一つ焼き払ってあまりあるそれがガンダーマンの居る大地に向けて放たれた。その熱は空気を焼き、ガンダーマンに迫り……。
「なッ!?」
…しかし、迫るそれがガンダーマンに当たることはなかった。寸前で間に飛び出してきた別の影が、巨大な火球を受け止めたのだ。
いや、受け止めたのではない。
「『断空』ッ!」
「ジズ!」
ジズだ、間に飛び出してきた彼は目の前に真空の空間を作り出し火球が通る道である空気を消し去ったのだ。それにより火球は進路を変え真空の空間を這うように方向転換し、上空へと飛び上がり…。
そして、空を覆う黒煙を消し飛ばす大爆発が天空で発生し、その衝撃波が大地を揺らす。
そのままジズは両手の剣を構え、体をグルリと捻りながら力を蓄え。
「空魔百八式・閻魔ッ!!」
「ゴァッッ!?」
放つのは風空の一閃。振り切った二つの剣は竜巻を発生させ、キングフレイムドラゴンに向けて放たれた。ブレスを吐き切り大きく開けられた口に竜巻は突っ込まれ、キングフレイムドラゴンの口内をズタズタに切り裂き、ブチリと音を立てて舌が地面に落ちる。
風に斬撃を乗せるジズにとっての最大奥義…閻魔、人間に対して使えば肉片すら残らぬ大技により、キングフレイムドラゴンの鱗のない急所を的確に狙い手傷を与えたのだ。
「ジズ!お前!」
「もう少し戦い方というのを考えてくださいッ!貴方に死なれると私は依頼未達成になるんです!もうこれ以上私のキャリアに傷をつけるわけにはいかないんですよ!」
「一緒に戦ってくれるんだな!」
「違う!離脱だ!…閻魔を急所にぶつけて、あの程度しかダメージが入らないなら私がこれ以上やっても無駄だ、逃げますよガンダーマン!」
咄嗟にジズが割って入ったのは離脱のためだ、このままガンダーマンと一緒に戦っても勝ち目がないのは火を見るより明らか。事実としてジズが与えた手傷は既に周囲の炎によって回復しつつある。
こんな火の海の中で戦って、普通に勝ち目があると考える方がどうかしている。しかし、ガンダーマンはそれを拒否するように首を振り。
「断る!俺はまだ戦────」
…そう、拒絶の言葉を言い切る前に、即座に反転したジズがガンダーマンの反応を超えるほどの速さで拳をガンダーマンの胸に叩き込み…、衝撃波がその背を突き抜ける炎を揺らす。
「が…はっ…」
「主導権が自分にあると思うな…ッ!」
一時的にガンダーマンの心肺機能を停止させた、拳によって内臓を打ち殺す奥義にてガンダーマンをほんの少しの間『死なせた』のだ。ジズの技に掛かれば死は都合のいい道具として扱うことも可能であり、それによりガンダーマンは意識を失いぐったりと倒れる。
「さて、こっからが本番ですけど…」
「グゴゴゴゴ…」
「追ってきますよね、そりゃあ」
ガンダーマンを背負ったジズに向けキングフレイムドラゴンが怒りと恨みの視線を向ける、それは先程の傷による怒りか、或いは…決着を邪魔しようとするジズに対しての怒りか。
まぁどちらにせよ構うことはない。
「私は対人専門でね、君のようなデカブツは取り扱いしてないんだ…けど、殺す気にならなければやりようってのはあるんだ」
片手でガンダーマンを支えつつ、もう片方の手で懐に手を伸ばしたジズは、手を抜き放つと同時にそれをキングフレイムドラゴンに投げ飛ばす。
それはキングフレイムドラゴンの片方の瞳に向け飛んで…炸裂する。
「グゥァッ!?」
───閃光弾だ、炸裂したそれは光を放ちキングフレイムドラゴンの目を灼き視界を奪う。魔獣は元来自らの身体器官に依存せず活動が可能だ、目が無くても物は認識出来る。
だがキングフレイムドラゴンのような巨大な魔獣が繊細な動きをするのに、やはり目は必要…そこを突きてジズは離脱のためキングフレイムドラゴンの目を奪ったのだ。
「今のうちに…」
そのままマレフィカルムでも随一の速度を持つ脚力にて走り、瓦礫を飛び越えガンダーマンの離脱を手伝う。このまま戦っても無意味だ…ならとっとと逃げて。
「ググググ…」
「ん?…」
ふと、ジズは違和感を覚える。目を潰されたキングフレイムドラゴンは混乱と怒りで暴れ狂うと思っていたから、けれどどうだ?実際は暴れることはなく、ジズの予想に反して大人しいキングフレイムドラゴンの対応に…覚えるのだ、違和感を。
そこでチラリと肩越しにキングフレイムドラゴンを見てみると。
「なッ!?」
驚愕する、キングフレイムドラゴンが親指を立て、鋭い爪で自らの目を抉り出していたからだ。そしてそのまま失った瞳は炎を吸収して元に戻り…って、まさか。
(視力を失った目を抉り出して、再生によって新しい目を用意したのか!?)
一時的に視力を失った目を抉り出し、視力回復よりも早く目を炎による治癒で戻し視力すらも元に戻したのだ。あまりにも冷静で隙のない対応にジズの血の気が冷える。
ジズはずっと、キングフレイムドラゴンを巨大な魔獣として扱ってきた。それに対してガンダーマンがずっと反発してきた理由が…今ようやく肌身で分かった気がする。なるほど、これはもう魔獣の範疇に入らない。
(不意を突かれてからの対応の速さ、自傷を厭わない決断能力の高さ、何よりそれら全てを支える脅威的な身体能力と再生能力。凄まじいな…これがオーバーAランクか、魔獣というよりは破壊者…知性ある破壊者だ)
新たに生まれた瞳がジズを捉える、それと共にまるで意趣返しとばかりにキングフレイムドラゴンは再生した舌をもう一度自分の牙で噛み切り、口内に自らの血液を溜める。
床に落ちただけで大地が溶ける溶岩の如き熱さを秘めた血液を…だ、それをそのままキングフレイムドラゴンは。
「ガバァッ!!」
あれは人で言う所の咳に当たる行為だろうか、喉に溜めた空気を一気に炸裂させ口内の血を振り撒くようにジズに向けて放ったのだ。ブレスよりも速く飛ぶ溶岩の弾幕が凄まじい勢いと密度で一斉に襲い来る。
「くぅっ!ったく…こんなお荷物抱えてなけりゃ…」
ボトボトと音を立てて落ちる赤く燃える血はジズの逃げ場を奪っていく、どうやらキングフレイムドラゴンの血液は本当に溶岩と同じ性質を持つのか、大地に落ち周囲を燃やすと共に岩石に変わり熱を放ち始める。
それを驚異的な身体能力と動体視力で見切るジズは不安定な瓦礫の上を駆け抜けながら必死に射程外へ逃げる。身体能力と動体視力は奴の動きについていけている…だが、同時にジズが持つ天性の直感はこう告げる。
(まずい…ッ!)
冷や汗をかきながら降り注ぐ溶岩を回避しながらもう一度後ろを見る。この溶岩噴射には…最初からジズに当てようと言う意識が見られなかった、ここまで知的に立ち回るあのドラゴンがこんな無駄なことをするわけがない。
ならこの攻撃は…陽動、本命は────。
「またそれか…!」
ブレス…口を大きく広げ、両手足を地面につけて、砲台のように構えるキングフレイムドラゴンの姿を見てジズはため息を吐く。さっきは弾けた、だがあれはガンダーマンが寸前で邪魔をしてブレスが完全になる前に撃たせたから弾けた。
だが次はそれを許さないよう、事前に溶岩を振り撒きこちらが回避に専念することを見越してブレスの用意を始めたのだ。既に邪魔を出来る段階を超えている…来る。
完全なるブレスが…。『焉龍の慟哭』と称される、災厄の一撃が…。
「クソッ…!」
「ゴァァアアアアアアアアアアア!!!!」
ガンダーマンを抱え走るジズに向け、キングフレイムドラゴンの口内の光が色を変える。赤から黄色へ、黄色から白へ、そして白が青に染まり…放たれる。
それは最早『炎』と称していいかも分からぬ程に高められた熱の線。究極の灼熱が大地に線を描きながら世界に火傷を加えジズの身を光に包み─────。
………………………………………………
それから三日後、フィロラオスのアジトとしている砦にもたらされたのは…。
「い、イストリアが消滅……」
「はい…、我々も戦ったのですが、まるで歯が立たず…」
「………嗚呼」
フィロラオスは報告を受け、膝を突き…項垂れて悔しげに拳で何度も地面を叩く。必死にかき集めた全てが…こんなにも呆気なく、潰されるなんて。
「クソッ!クソッ!クソォォッ!!!これだけの人と物を集めるのに…どれだけの時を要したか。それだけの時を過ごす間にどれだけ祖国が破壊され、人が死んだか!それを…歯を噛み締めて耐えてきたのに!こんなのって…ないだろッ…!」
頭を抱えて泣き喚きたかった、出来るなら全て投げ出してベッドに潜り込んで数日は悔し泣きしたかった。だがフィロラオスはそれをしない、今目の前にはイストリアから帰還した僅か数百名の手勢達がいる。
彼らは私以上に悔しく、苦しい思いをしたのだから…自分が一番辛いって顔をしていちゃいけない。いけないのは…分かってるのに。
「もう…ダメなのか…ッ!」
諦めが脳裏に過る。もうキングフレイムドラゴンを止める手立てがない、今から必死になってまた同じ量の物資を集めようとしても…その前にキングフレイムドラゴンはサイディリアルに迫りマレウスが消えてなくなる。
そうなっては意味がない、今まで死んでいった者たちの苦しみが…ただの悲劇で終わる。それは許してはならないのに…もう、何も方法がない。
「フィロラオス様…、いくつか物資も持ち出せました…けど、その総量は十分の一ほどで…」
「…いや、よく持ち出してくれた。君達もよく生き残ってくれた…それだけが、唯一の朗報と言える」
「いえ…私達が生き残れたのは、一人の男が懸命に戦ってくれたからです」
「…まさか、ガンダーマン君か!彼は!?」
報告を受け、咄嗟に立ち上がる。そうだ、ガンダーマン君だ、彼は一目散にイストリアに向かった…けど、帰還兵の中に彼の姿はない。帰還兵がここに来れたのはガンダーマンが頑張ったから…なら、そのガンダーマンは。
「…彼は、キングフレイムドラゴンのブレスに飲まれ…」
「死んだのか!?」
「…その行く末も、我々には確かめる術もなく…」
「……………ッ…」
希望が見えたと思っていた。ガンダーマンは今マレウスに残された唯一の希望だった。彼より強い者はいるかもしれない、だが彼以上にキングフレイムドラゴンを倒し得る存在はいなかった。
そう信じて、我々に残された唯一の希望だと思ったから声をかけたのに…結果的に私は、何も出来ずに彼を死なせてしまった。
「……もう、ダメだ…」
希望が失われれば、残るのは絶望だけだ。それもただ漂うだけの絶望ではなく、喪失感と共に叩きつけられる最悪の絶望、目を背ける事も誤魔化すことも許されないただただいやらしい迄に苦しい現実という名の絶望がのしかかる。
もう私達には英雄も武器も時間もない、何もない…滅びを待つだけの時間だけが、手元に残された。
「………………」
しばしの思考停止の後、フィロラオスは天を仰ぐ…。
これから、どうすればいい…。
「…………ん?」
ふと、奥の部屋が開かれる音が聞こえ…振り向くと、そこには。
「すみませんフィロラオス様、ちょっと時間かかりましたけど…完成しました、アイツの…ガンダーマンの武器」
「シャナ君…」
そこには巨大なバッグを抱えて、目元にクマを作ってフラフラと歩くシャナ君の姿があった。ガンダーマン君専用の武器を作ると言って作業室に閉じこもったきり出てこなかった彼女が、今ようやく出てきたのだ。
「君、まさかこの三日…寝てないのか?」
「もっと前から徹夜してるので、問題ありません…それより、これをガンダーマンに届けてきます」
「いや…その件なんだが…」
フィロラオスは思わず、言葉を濁らせる。彼女はきっと良い仕事をしたのだろう、その成果を見ることはないがそれでもガンダーマンが相棒と呼んだ人間であり、今までこの国を底から支え続けた女傑。きっと仕事は恙無く達成されたのだろう。
だが、なんとも苦しい結果となったのだろうか。彼女がやるべき最後の仕事…完成されたそれを持ち主に届けると言う仕事は永遠に達成出来なくなってしまったのだ。
「言いづらいのだが…実は三日前にキングフレイムドラゴンがイストリアを襲撃し、ガンダーマン君はそれを止めるために…戦いに赴き、そこで…」
「死んだって?」
「あ、ああ…。状況も悪いし、何より被害も甚大だ…だから」
「死体は?」
「え?」
「死体、確認出来たんですか?」
「それは、まだだが…」
死体は確認出来なかった、或いは残ってない可能性も高い…そう私が伝えると、シャナ君はクスリと笑い。
「なら生きてますよ、アイツ…派手好きなんで、死ぬなら堂々と目立つところで死ぬはずですから…」
「え…いや、だが…」
「アイツは生きてる、そしてまたキングフレイムドラゴンが動き出したらアイツも動き出す。アイツはずっとそうしてきたんです、アタシはそれを見続けてきたんです。今回も同じ…けどきっと今アイツの手には武器がないはずだ…だからアタシがその武器を届けなきゃいけない」
「……………」
絶句する、論理的な証拠など何処にもない。信用に値する話ではない。だが何故こんなにも…納得させられているのか。それはきっとシャナ君の言う言葉には重みがあるから、ズシンと腹の底に来て腑に落ちる重みがあるから。
私は何を諦めかけていたんだ。何がもうダメだ…だ。
(元より逃げると言う選択肢は無い、ならば…私が今やるべき事は一つ)
「早くガンダーマンを探さないと、アイツは武器がなくてもキングフレイムドラゴンのところに行く…だから、その前に…うっ」
瞬間、シャナは疲労が祟りグラリと揺らぐように足を踏み外し。
「ッ…シャナ君、立てるか」
「フィロラオス様…」
しかし、倒れさせない。彼女もまたこの国の希望の一人だと言うのなら決して地面にはつけない。フィロラオスはその身を呈してシャナの体を支え、肩を貸す。
やるべき事は一つ、私もまた戦う事だ。最後の一人になるまでこの国の為に!
「剣をくれ!私も行く!みんなは物資を民間へ分け与えてくれ…そして少しでも平和な西部に───」
せめて少しでも死者を減らす、正直私が奮起して勝てるようになるかと言えば怪しいところはある。だからせめて最悪を想定してここにいる者達だけでも死地から遠ざける。彼らはもう十分戦ったのだから…。
だが、シャナを支える私の前から…みんなは退くことも無く、立ち尽くして…。
「な、なんだ…お前達」
「フィロラオス様、命令を間違えているようなので…訂正を」
「何?」
「『逃げろ』…ではなく『皆も私について来い、共に戦おう』でしょう、私達はもう既に出発の準備が出来ています」
「な!?今さっき帰ってきたばかりだろう!みんな!」
「ええ、…けどこの命はあの場で戦ってくれた彼が繋ぎ止めてくれた物。ならせめて、この命は彼のために使いたい…私達だって何かしたいんです!」
「俺達だって臆病者じゃ無い!やれるならなんだってやる!」
「このままスゴスゴ逃げ帰ったら!死んだ友に顔向けが出来ない!」
「負けたらマレウスがなくなるんでしょう!俺!マレウス人なので…それは絶対嫌なんです!」
「みんな…」
失念していた、彼らの感情を。私が祖国を想うように、彼らだって信念と覚悟を持って死地へと赴いていた事実に失念していた。そうだよな…危険だからって進まないなら、そもそもこの戦いに参加していない。
みんなそうなんだ、ここにいる者も…死んでいった者達も、皆…信念があって進んでいたんだ、私と同じような…譲れない物があって。
「分かった、悪い!みんな!あの世にネビュラマキュラの威光が届いていたならば!必ずや私の手で褒章を与えよう!」
「へへっ!じゃあ…行きましょう!みんなで!」
行くぞ、行くんだ…怖いし恐ろしいけど、でもここで諦める方がずっと怖いから。私達は山のように巨大な怪物を相手に挑みかかるのだ。
例え一人一人が弱く小さくと…集まれば、巨影の如く大地を席巻すると信じて。
「さぁ行くぞシャナ君、ガンダーマン君のところへ」
「はい、…アイツは…絶対生きてますから…!」
歩き出す、まだこの国は終わっていないことを…キングフレイムドラゴンに示すために。
そして、未だ我らの英雄が死んでいないことを信じて。
…………………………………………
「………………う…」
水の流れる音が聞こえる、耳障りの悪い音に俺は目を開き体を持ち上げる。おかしい、俺は火の中にいたはずだ、イストリアは全土が火の海になっていた、水なんて何処にも…。
「目が覚めましたか?人の気も知らないでガーガー寝てたんで…後もう少し起きるのが遅かったら、今度こそ殺してたところですよ」
「ジズ…?」
ガンダーマンは目をパチクリと開閉しながら目の前に座るジズを見る、そして自分のいる場所を見回す。ここは…洞窟の中だ、苔むした大きな岩が偶然作り上げた小さな洞窟の中だ。側には清潔な水が流れる清流があり、やや湿った岩の上に座るジズがいやらしく笑う。
…そうか、俺は…イストリアでジズに…。
「助けてくれたんだな、ありがとう」
「ハッ、そんな言葉が聞きたかったんじゃ無い。『ありがとう』じゃなくて『ごめんなさい』だろ、謝罪をしろ謝罪を」
「俺を抱えてイストリアから離脱したのか、イストリアはどうなった」
「お前……、いやまぁいい。イストリア?もうそんな街ありませんよ」
「そうか…」
またしても守れなかったか。俺が来た時点で滅亡寸前だったとはいえ…悔しいな。もう少し剣が持ってくれていたなら、まだ戦えたのに。
「………ん?」
ふと、鼻に気分の悪い匂いが入ってくる。これは…血の匂い?そう思い出所を探ると…。
「ッ…お前!」
「ようやく気がついたか…言っておきますがこの件について謝罪はいりませんからね」
よく見れば、岩の上に座り込むジズの左腕が…二の腕から先が…、無かった。
布でぐるぐる巻きにし、なんとか止血しているが…腕が、なかったんだ。ジズの…。
「それ…」
「キングフレイムドラゴンの追撃を振り切るのに…少々手間取りました、奴のブレス自体は私の魔力覚醒でなんとか凌いだのですが、左腕が熱にやられましてね。逃げてる間に取れちゃいました」
「取れたってお前…」
「問題ありません、義手を作る技術ならあります。寧ろ今回の一件で肉の体の限界を知りました。そのうち体全部を別の物質に置き換えるのもありですね…なんて」
ジズの顔色は明らかに悪い、岩の上に座り込んでるんじゃ無い…動けないんだ。俺を助けるために、俺を抱えてキングフレイムドラゴンから逃げるために…こんな。
「ッ…悪い」
「だからこの件に謝罪は要りませんよ。寧ろ…良い理由ができました、これ以上…キングフレイムドラゴンに関わることを…断る理由がね」
「ああ、お前は十分やってくれた…あとは俺に任せておけ」
「任せておけってお前、自分の体見て言ってます?言っておきますが重傷具合では貴方の方が上ですよ」
「でも体が動く…、俺が寝て何日経った」
「三日ですけど」
「ならもうキングフレイムドラゴンが動いてるな…行ってくる」
「ちょっと貴方!武器もないのにどうやって戦うつもりで!?さっきあれだけやって負けたじゃないですか!」
「次は勝てるかもしれないだろ」
「勝てない可能性の方が大きいと思いますがね、それに今から向かっても奴が中部に入るのを阻止できない」
「間に合わせる」
「間に合わなかったら?」
「あり得ない可能性の話をするつもりはない」
立ち上がり、壁伝いに俺は歩き出す。キングフレイムを倒す…倒せなかったらその時は膨大な数の人が死ぬ、マレウスという国が死ぬ、マレウスを希望としている全ての非魔女国家の明日が死ぬ。
俺達冒険者は…俺と言う冒険者は、戦えない人たちの為に戦い…希望を守るのが仕事だ。その為に戦い、金をもらい、その金で食いモン食って生きている。
だから、今までそうやって生きてきた俺は、みんなの希望で生かされ続けてきた俺は…ここで立ち止まるなんて選択をして良いはずがない。
それに…きっと、待ってる奴がいるから。
だから…。
「行くぜ…俺は…ッ!」
牙を剥き、キングフレイムドラゴンのいる方角へと歩く。情報も何もなしに、ただただ歴戦の直感だけを頼りに、ガンダーマンは歩き続ける…そして。
「あり得ないのはお前の馬鹿さ加減だろうが…」
そんな背中を見送るジズは、残った腕で懐に手を伸ばし、一枚の黒い木札を手に取る。それに魔力を通し…口を近づけ。
「ガオケレナ…ガオケレナ、聞こえるかい?」
『あぁ、ハイハイジズ、聞こえてますけど…今ちょっと取り込み中のなので長話はできませんので手短に』
声をかけると、愛しの我等が総帥ガオケレナの声が聞こえる。この木札はガオケレナの一部を使って作られた物だ。故に彼女の耳にも口にもなる…そんな木札を使って私は総帥に連絡を取り。
「ガオケレナ…もっとマレフィカルムから救援は出せないかい、キングフレイムドラゴンだが私が想定していたよりもやばい、このままじゃマレウスがなくなる」
『あらまぁ、ジズがそう言うなら相当なんでしょうね。私も遠目にしか見てませんが…』
「マレウスがなくなるのは君も困るだろう」
『ええ、一応本部を黒鉄島に移しましたけど…マレフィカルムも少なからず被害を受けてますからね。あんなのがいつまでも国内で暴れたりしたら最悪です』
「ですよね、だから…いや回りくどい言い方はやめる。君が出てくれないか」
オーバーAランクの到来自体は初めてではない、人類史を見れば何度か出現している。だがその全てが偶然にも魔女大国に出現したこともあり…ことなきを得ているんだ。
魔女だけなんだ、悔しいがオーバーAランクを相手に余裕を持って勝利出来るのは魔女しかいないのだ。ならマレウスにいる魔女級の実力者といえばガオケレナしかいない。
だがガオケレナは…私の言葉に数秒間答えず沈黙を保ち。
『私が出て戦えば…、私の存在が露呈する。私がキングフレイムドラゴンと戦いもし倒すことが出来ても、その次に訪れるのは魔女ですよ…オーバーAランクよりも遥かに恐ろしい魔女がこの国にやってくる』
「………」
『そうなった時、私を殺そうとする魔女と私が戦えばキングフレイムドラゴン以上に被害が出るでしょう、マレフィカルムも魔女からのお目溢しもされなくなり全世界で討滅が開始される』
「はぁ……」
まぁ、分かっていた。ガオケレナが自らで動かず組織を使っているのは魔女から隠れる為。ガオケレナは魔女に匹敵するが…、それでもガオケレナと魔女が戦えばこの国なんか軽く消し飛ぶ。
それも普通の魔女が一人なら良い、これがカノープスのような存在や魔女が複数で現れたらマレウスに未来はない。
だから戦うわけにはいかないのだ。
『分かってください、私は出れないんです』
「…なら、ソフィアフィレインの誰かを…」
『そちらに関しては私に決定権はないので』
「…じゃあもう、アイツを頼るしかないのか」
『アイツ?』
業腹だ、マレウスどころかマレフィカルムでさえも。奴の戦いの行く末に掛かっている事実が。
だが、死んでも応援なんぞしてやらん…そもそもアイツは、私達とは根本的に違う。だから…。
吐き捨てる。『アイツ』の名前を…。
「死んでしまえ、ガンダーマン」
失った左腕を見て笑う。さて…休んだら私は…帰ろうかな。