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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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677.星魔剣とヴェルト・エンキアンサス


「もう遅いよ…じゃあね!ゴミムシッ!!」


それは、皆が眠りに落ちた夜の事。女王レギナ暗殺の為に攻め込んできたマレフィカルムとレギナ様暗殺を阻止する為動くマレフィカルムの戦いが行われていた…そんな中、セフィラの一角『美麗』のティファレトに追い詰められたレギナ。


倒れ伏す彼女に向け振るわれる処刑剣を寸前で受け止めたのは……。


「テメェ、何やってんだ…!」


「ああ…?」


「ッヴェルトさん!?」


ヴェルト・エンキアンサスであった。長剣を間に差し込み…オフィーリアの一撃を受け止め…レギナを守ったんだ。


「オフィーリアァ…!遂に尻尾見せやがったなァ!!」


「あらまぁ懐かしい顔。んヴェルトしゃんじゃないですかぁ〜!」


「その薄気味悪い演技は…クルスにしか効かねぇぜ」


「………君は前々から、私をそう言う疑う目で見てたよねぇ」


ヴェルトとオフィーリア、クルセイド領にて一時は行動を共にしていた間柄ではあるが…その仲は良好とは言えなかった。寧ろトラヴィスの為セフィラの情報を集めていたヴェルトは元よりオフィーリアの事をかなり怪しんでいた…これはただその尻尾が露出したに過ぎないのだ」


「ふーん、寝てないんだ……」


「まぁな…城の連中は寝てるみたいだが、俺ぁそう簡単には眠らねぇよ」


「眠らない…で耐え切る精神力は凄まじいものだねぇ」


ルビカンテの誘いはこの街全域に行き渡った…が、異質な眠気を前に直感で危機的な何かを感じ取ったヴェルトは咄嗟に短剣で足を刺し…眠りを拒否したのだ。それはかつてカストリア四天王と呼ばれた彼だからこその咄嗟の判断…。


だが、それでも他の兵士達はダメだった。他に動ける人間がいない以上…俺が動くより他ない、だから…俺が戦うしかない。


「ヴェルトさん!危険です!こいつは……」


「分かってますよ、だけど…王を前に引き下がる奴は騎士じゃねぇ。一応これでも元騎士なんで。それに…可愛い愛弟子が必死に守ろうとしてる女王様だ、師匠として守ってやらねえと」


レギナはヴェルトの王じゃない、ヴェルトの王はもう死んでこの世にいない。だがそれでも愛弟子がレギナを王であると認めているならば…師匠として代わりに守らなくてはならない。


弟子には、弟子にだけは、忠義を尽くす王を失う…なんて気持ちは味合わせたくないから。


「さぁ逃げろ!ここは俺がなんとかする!」


「ッ……どうか、死なないで!」


「…………」


死なないでと言われたら、答え難い。オフィーリアの体から出ている鬼気は凄まじいものだ、元々得体がしれないと思っていたが…まさかこれほどの物を抱えていたとは。


これを相手に無事生還ってのは難しいか、だがそうだとしても…俺しかいないのだから仕方ないよな。


「無駄だと思うなぁ…」


「何がだ」


「街に逃げても無駄だよ、街の外には私の仲間がいるんだ。きっと彼女がレギナを殺すよ」


「ああ、さっきの隕石がアレか…なら問題ねぇよ。そっちには俺の仲間が対応に向かってる、きっとレギナも守ってくれる…だからお前さえここに釘付けにすればレギナは守れる」


「仲間……まさかエクスヴォートか。あぁん…そりゃちょーっとまずいかもねぇ、でも裏を返せばここにはエクスヴォートは来ないんでしょう〜?ならお前を軽く縊り殺せばまだ全然レギナに追いつけるねぇ〜!」


「やってみろよ…オフィーリアッ!」


「前から君は気に入らなかったんだぁ!だから殺しちゃおうかなぁッ!!」


火花が散る、オフィーリアが処刑剣を片手で振るい凄まじい勢いの斬撃を無数に飛ばしてきたからだ。重く、とても剣術には向かない処刑剣をあんな細腕で振るい、その上この速度と来た…生半可じゃねぇ。


「やっぱり…そうなんだな!」


「んんぅ?何がァ〜?」


「クルスだよ、あいつを殺したの…お前だろッ!」


「フフフッ!」


剣を振り上げ処刑剣を弾き、斬撃の隙間からオフィーリアを睨む。やはり…エルドラドでクルスが死んだのは、こいつの仕業なんだ。


「お前、セフィラだろ…レナトゥスもセフィラだもんな。レナトゥスがクルスを操る為に使わせた使者がお前…ってとこか!」


「アハハッ!そうだよ〜!で?それがどうしたのォ〜?まさか主君を殺した仇めェ〜!って話?フフフッ!だとしたらお笑いもいいところォ〜!」


「まぁクルスはクソ野郎だし、忠義なんか誓っちゃいなかったさ。けどなッ!!」


振り込む、剛力の踏み込みがオフィーリアの怒涛の攻めを切り裂き、肉薄し処刑剣と長剣が衝突し鍔迫り合い火花が闇を照らす。


「それでも俺は騎士なんだよ、一度は仕えた主を殺されて…黙ってられねぇよ!」


「だからここに残ったって事ねェ…騎士道なんて、馬鹿馬鹿しいよッ!」


「グッ!!」


魔力の噴射と共に俺を吹き飛ばし、そのまま…奴の姿が揺らめき出す。


「馬鹿馬鹿しいよねぇ…。けど…敵対するならば容赦はしないし侮りもしない、宰相に抗う存在は全て私が殺す、お前が生きる場所は…ここには無い」


剣を突き刺す、オフィーリアが処刑剣で地面を切り裂き…自身を中心に円を描く。まるで自分の立つ空間とそれ以外を訣るように───。


「『ハビタブル・ゾーン』…!」


「ッ……!」


その瞬間繰り出されたのは全方位に飛ぶ不可視の斬撃、いや最早刃の嵐の呼んでもいい程の勢いで繰り出された斬撃の領域。


一瞬にしてオフィーリアの近くに立っていた柱が細切れになり、大地が逆立つようにバラバラにされ、壁が崩れ…視界が歪む程の斬撃の嵐が俺に迫り────。


「私は私以外の全てを殺す。我が立つ領域のみがこの場における生存圏…他の人間は息をしていちゃダメなんだよ」


処刑剣を払い…目の前の全てが消え去ったのを確認したオフィーリアは鋭い視線を閉ざす。魔力防壁を用いた千を超える刃の嵐、それは最早『剣による斬撃』ではなく『卸金による掘削』に近く人の肉さえ残さない。


故にヴェルトの死体すら残さず跡形もなく消し去り───。


「ここだッ!!」


「なっッ!?」


瞬間、天より飛来したのは光り輝く斬撃…それがオフィーリアの背中向けて放たれた。咄嗟に防壁を展開したがそれさえ切り裂かれ、振り向き様に放つ処刑剣にて斬撃を防ぐ…。防がれる。


「貴様…ヴェルト…!」


「生憎と、逃げ足だけは一級品なのさ…!」


降り注いだのはヴェルトだ、魔力覚醒『桜花繚乱 絶神の型』を解放した彼はオフィーリアを前に笑う。


オフィーリアの攻撃が天井には届いていない事に気がついたヴェルトは、斬撃の嵐を前に咄嗟に彼は飛翔し天井に張り付きやり過ごし、そのまま頭上から奇襲を仕掛けたのだ。これにはオフィーリアも顔色を変えて…怒りを滲ませる。


「私を前に…生き続けるなど!」


「あんまりナメるなって言ってんだろ…!」


「喧しい、第二段階風情が…!」


そのまま処刑剣を水車のように回しヴェルトの攻撃を弾いたオフィーリアは、右手に剣を持ち…左手をフリーにする。


(……ん?)


その動きを見て、不穏な何かを感じ取ったヴェルトは…オフィーリアの左手に意識を向けると。


「『アウローラ・メメントモリ』…!」


「ッ……!」


その瞬間ドス黒い霧のような魔力を纏った左手が振るわれ…咄嗟にヴェルトは身を引いて回避する。


「避けた…!?」


「お前それ……!!即死魔術か…!?」


「チッ、知ってるのか」


即死魔術、触れたり掠ったりするだけで相手を絶命させられる最悪の魔術。その存在は歴史上からも抹消されており使うどころか知ることさえも出来ないそれは…つまりその存在を知る者がいないと言うことであり、魔術の存在を知らぬ人間に対しては抜群の『初見殺し』の性能を持つのだ。


がしかし、俺は知っている…これは。


(ウェヌスが言ってた…最悪の魔術じゃねぇか…!)


盟友ウェヌス・クリサンセマムが若き日に勉学に励む際、特別に閲覧させてもらった第一級禁忌魔術の書に記されていたのを…俺もまた見ていた。


ウェヌスは言っていた、魔術とは殺すためのものでは無い。戦いに用いられることはあれどそれは戦いの先に見る世のための魔術であり誰かを殺すためだけに生まれた魔術などあっていいはずがないと。


即死魔術『アウローラ・メメントモリ』…このような魔術を二度とこの世に生み出させないことこそが、自分の望みだとウェヌスは言っていた…なのに。


「なんでテメェがそれを使えるんだよッ!!」


「フフフ……」


今ここに、使い手がいた。これはダメだ…こいつがいる限りウェヌスの言った存在してはいけない魔術が存在することになる。ウェヌスが…安心して眠れなくなる。


「その魔術を…何処で会得した!」


「アハハハハッ!教えるわけないよね!」


オフィーリアは踊るようなステップでどんどん離れていく、ダメだ…また距離を取られたらさっきのが飛んでくる。或いはもっとやばいのが飛んでくる。それは許してはいけないとヴェルトは逃げるオフィーリアを追いかける。


「君…第二段階にしては強いね、或いは第三段階を直前に控えているのか…けど惜しいね、もっと若ければ伸び代もあったろうに…」


「うるッ…せぇ!」


オフィーリアが離れる、防壁を薄く伸ばした斬撃が矢のように次々飛んでくる。それをなんとか回避しながら追いかける…が。


「そろそろ終わりにさせてもらうよ…」


スルリと猫のように着地したオフィーリアは、そのまま処刑剣を振り上げ…。


「そらッ!」


「ッな…!?」


振り下ろした、その先にいたのは眠っていた衛兵だ…その首を一瞬で切り落としたのだ。突然行われた殺人にヴェルトが驚愕した瞬間───。


「ほら、隙だらけ…『アウローラ・メメントモリ』」


驚愕で空いたヴェルトの思考の隙間を縫って…オフィーリアが飛んでくる。黒い靄を纏ったオフィーリアの左手がヴェルトの顔面に迫る、目の前で人を殺し…その隙を突いての必殺の一撃。それを前に…ヴェルトは─────。



「ぐぅッ……!!!」


ヴェルトの横を過ぎ去るオフィーリア、その左手はヴェルトの体を捉え……ることなく、逆に左手から血を流し苦悶の表情を浮かべる。


「ナメんなよ…って言ってんだろ…!」


「貴様……!」


斬ったのだ、寸前でオフィーリアの左手の腱を…これによりオフィーリアの左手はブレ、俺を捉えることなく外れたのだ。


「テメェは…殺し過ぎだ、クルスの件もそうだ…殺し過ぎなんだよ!」


俺は…怒っていた、目の前で…ただ殺すだけのオフィーリアという女に。クルスの事もだ、クルスは確かに嫌な奴だし悪党だった…だがそれでもこいつにとっては夫だったはずだ。俺以上にクルスの多くの顔を知っているはずのこいつが…そう易々と人を殺して、平気な顔をしていていいはずがない。


「何?お説教?…馬鹿な人、お前も剣を持つ者…お前だって人を殺すでしょう」


「ああ、そうだ。殺した事もある…だがな、いやだからこそ言える。人を殺す人間はロクでも無いってな…」


「碌でも無い?臆病なだけでしょう…殺せないなんてのは」


「いいや、違う。人を殺した人間は…例えどれだけ崇高でも、その栄誉は地に落ちる。人を殺さずに生きる方が…ずっとすげぇんだ。二度とそれには戻れないからこそその崇高さを…俺は語れる、だから……」


だから、ステュクスには口を酸っぱくして言っている。例え剣を握ろうと、例え相手がなんでアレ人は殺すなと。一度殺してしまえば殺していない側には戻れない、戻れないからとヤケになってどんどん殺せば…オフィーリアみたいな人間になっちまう。


「人が死ぬのはな、悲しい事なんだよッ!」


「あっそう、私にはどうでもいいよ!」


斬撃が飛ぶ、切り結ぶ、オフィーリアとヴェルトの重い斬撃が何度も打ち合い打撃音にも似た金属音が宵闇に木霊する。


その斬撃と斬撃の重奏は加速を始め…。


「いい加減死んでくれないかな!」


「ッ死なねぇよ!殺させねぇ!誰も!」


縦横無尽に部屋内を駆け回り凡ゆる方角から斬りかかる神速のオフィーリアを着実に打ち払いヴェルトは巧みな立ち回りを見せる、それは戦いがどれだけ加速しても衰えることはなく完全にオフィーリアについていくのだ。


「ッ…なんで、第二段階如きが…!」


「基礎がなってねぇのさ、あんた本職は剣士じゃねぇだろ…さながら処刑人か。殺すことに長けているだけで、剣の立ち回りじゃあこっちが上みたいだな」


「チッ…!」


そこにあるのは剣士としての歴史の差。何より先ほど切り裂いた左手の腱が効いている。ダメージの量では大したものでないが左手が使えないオフィーリアはヴェルトの重厚な守りに苦戦しているんだ。


その立ち回りは、俺が死に物狂いで会得したもの…平穏な時代に生まれたアジメク史上最強の騎士と呼ばれながらも必死に親友を守る為に、騎士としてのあり方を模索した俺の到達点。


「オラァッ!!」


「ッ……!この私が…!」


両手を使ったヴェルトの斬撃を右手一本で受け止めたオフィーリアはたたらを踏んで一歩引き下がる。こいつは確かに強い、だが被弾さえ意識して抑えれば押さえ込めない程火力があるわけじゃない。


夜明けまで耐え抜く。そうすりゃ兵士たちも起きるだろう、エクスヴォートも戻ってくるだろう、エリスさん達も呼べる、物量で押せばこいつも倒せるはずだ。


(クソッ、私が押さえ込まれてる、クレプシドラ相手に消耗しすぎた…この私がこんな事で。早くこいつを倒して追いかけないとレギナに逃げられる、最悪クレプシドラが追いかけてくるかもしれない!クソクソクソ!追い詰められてる?私が!?)


「どうした!動きが鈍ってきたぜ!オフィーリア!」


「喧しいッッ!!」


「テメェは殺さねぇよ、聞きたい事が山とある!いろいろ答えてもらうぜ!」


「この……!もう私を倒した算段か!」


剣を手に苛立ちを見せるオフィーリアは舌を打ちながら…何か考え込む。


(こうなったら極・魔力覚醒を使うか…或いは覚醒を使うか。いや…いやだ、そんなの…だってこいつ!私より弱いのに!そんな奴にムキになって私の本気見せるなんて絶対嫌ッ!!)


「何考えてんだよッ!!」


「ッあ!」


瞬間、俺の斬撃がオフィーリアの両腕を切り落としそうになる…が、オフィーリアは全力で後ろに飛んでそれを回避し…周囲に視線を走らせる。


(くそっ、何かないか…何か…、左手が封じられた以上剣を捨てなきゃアウローラ・メメントモリも使えないし…クソが……!こうなったらまたアレを…)


そうやって目を走らせたオフィーリアは…見つける。


(居た、眠ってる兵士…またアレを殺して隙を作る!)


見つけたのだ、近くで横になり眠っている兵士を…そして凄まじい速さでそちらに向かい俺の隙を誘うつもりなのだ。けどそうはさせない…させな────。


「なッ!?」


その時気がつく、オフィーリアが向かっている先にいた兵士が誰か…あれは。


(ステュクス…!?)


ステュクスだ、大の字になって倒れているのは…間違いない、ステュクスだ。アイツも眠らされてたのか!ってかヤベェ…!オフィーリアがッ!


「うん?こいつは……!」


「ステュクスッ!!」


頼む、起きてくれ。そんな祈りを込めて叫びながらオフィーリアを全力で追うが…ステュクスは俺の声に気が付かない。何よりその叫びを聞いたオフィーリアは…。


「ああ、そう言えば…お前こいつとエルドラドで一緒にいたな!」


思い出してしまった、こいつもエルドラドにいたんだ、俺とステュクスが一緒に行動しているのを見ていたんだ。


そこからは完全にターゲットがステュクスに移る、オフィーリアは視線を完全にステュクスに向ける、それは俺をなんかしたいとかこの場を打開したいとかそういう打算から来る行動じゃない。ただ人が嫌がるから、ただ相手が嫌な思いをするから、そういう部分に全霊を傾けられる人間が…この女なのだ。


「こいつが死んだら、君立ち直れないかもねェッ!!!」


(ッ……ダメだ、間に合わない…!)


当然だが、スピードで言えばオフィーリアの方が速い、その上オフィーリアの方が動き出しが速かった…どう考えてもステュクスの元に辿り着くのはオフィーリアの方が早い。これではステュクスが殺される…死んでしまう。


(ウェヌス……)


俺は全力で駆け出しながら…またかと思う。


俺は、俺という人間の人生は、いつもそうだった。大切だ…守りたいと思った物ばかり失う人生だった。


親に捨てられ、スラム街で生きていた俺を一端の人間の領域まで掬い上げてくれた親友ウェヌスを病魔から守る事もできず、八つ当たり気味にスピカに反抗し…結果故郷にも帰れなくなった。


行動を共にしたトリンキュローもまた死んだ、アイツとは長い付き合いで家族のような認識だったが…そいつもまたマレフィカルムとの戦いの中で散った。


俺はいつだって無力で、ただ周りの物を失い続けた俺の元には…錆びついた元アジメク最強の名前しか残らなかった。騎士としての役目も果たせず、剣を振るう意味も果たせず、ただ無意に振るう剣に何の意味があるんだ。


(……いや、違う…!)


トリンキュロー…お前はただ散ったわけじゃなかったな、お前は何よりも大切な物を守って死んだ。己の命を賭してでも守りたい掛け替えのない物を守ってお前は死んだんだ。


ウェヌスもそうだ、アイツは最後の最後まで魔術導皇の歴史を守る事…ただその為だけに戦い子を成して、アイツが守ったクリサンセマムは今も存続している。


死してなお、喪失に抗い生きた者達の魂は…今も残り続けている。だったら……。


「オフィーリアァァァァアアアアアッッ!!」


「ッなっ!?」


瞬間、俺は手元の剣を振るうように投げる。全てを失った俺について来てくれた唯一の相棒に全てを賭して投擲する。その剣は高速で回転しオフィーリアに迫り…咄嗟に弾こうとした奴の処刑剣を真っ二つにへし折る。


その衝撃に、一歩…奴の動きが止まった。


今だ…絶対に、失わせない。トリンキュローのように、ウェヌスのように、俺は俺の大切な物の為に…!!


「ッだがァ!もう遅いよッッ!!」


へし折れ先端の尖った処刑剣を振り上げ眠りについたステュクスに向け剣を振り下ろす、もう俺の手元に剣はない…けど、まだ…ステュクスを守れる物はここにある。


「ステュクスッッ!!」


飛び込む、迷いなくオフィーリアとステュクスの間に飛び込む、そこには一切恐れとか迷いとか、そういう物はなかった…ただ、俺は勝ちたかったんだ。


失い続けた今までの自分に。逃げ続けた己に。最後の最後でいいから…勝ちたかった。





「ッ……!」


「貴様……!」


ステュクスに覆い被さり、振り下ろされた剣を受け止める。防壁を張るがそんなもん無意味だとばかりに貫通し、背中から突き刺さった剣は…胸を貫通し、ステュクスの顔、その寸前で止まる。


「ハッ!そんなに大切だったんだ…けどッ!このまま二人まとめて串刺しにッ……!?」


「させねぇよッ……!」


そのまま剣を押し込もうとするオフィーリアに対し、俺は全神経を集中させ筋肉を硬直させ、防壁を展開し剣を挟み込み、押しても引いても動かないまでに固定する。


「チッ!こいつ自分の体で剣を……けど、もう致命傷だ。つまらない幕引きだけどこれで…」


『オフィーリア!』


「ッ…コルロ?」


すると、廊下の奥から何者かが飛んでくる…ってありゃあ、魔女レグルス!?いや違う…似てるが微妙に顔つきが違う、それに名前もコルロって…オフィーリアの仲間か?


「引くぞ、ダアトが参戦して来た、こちらも目的の物は回収した、退却だ」


「はぁ?あんたの目的と私の目的は違うでしょ!私はレギナの命を奪わないといけないの!退却なら勝手に……」


「もうこうなっては不可能だ、初手で殺せなかった時点でジリ貧なのはお前もわかっているだろう、クレプシドラとダアトがいる状況でお前は仕事を遂行できると?」


「チッ……」


「北部にある我がアジトに来い、面倒を見てやる…今更ヴォウルカシャにある本部には戻れないだろう」


「……はぁ〜、仕方ないか。今日は上手い具合に時間稼ぎされたと諦めるとしましょうか……あぁ〜ん、レナトゥスしゃまになんて謝ろう〜!」


もうこの時点でオフィーリアにはこの場に残る理由もないのだろう、二人はその場でまるで霞に消えるようにあっという間に姿を消して…場には俺とステュクスだけが残される。


「ッ…行った……か」


体から力が抜ける、こりゃ…ダメかもな。流石に致命傷度外視はバカだったかな…。


「ハッ…ハハハ…まぁ、いいか」


けれど、守れた。ステュクスを…俺の弟子を守れた。何も守れなかった俺でも愛弟子くらいは守れたのだから…いいじゃないか。


ステュクス…最初お前と会った時は、面倒なモンを拾ったと後悔してたが、いつしかお前は俺の人生の中心にいた。お前が居たから俺はここまで腐らずやって来れたんだ。お前にゃ感謝してるぜ…まぁ、お前は気に病むだろうが…そこは至らない師匠を恨んでくれ。


「う…ッ……」


意識が朦朧として来た、悔いがないわけじゃない…アジメクに残して来た連中。デイビッドやナタリアと終ぞ会えないままだった事、ウェヌスの娘デティフローア様が立派になるところを見届けられなかった事。何よりステュクスが生きる未来の世の中を平和なものにしてやれなかったこと。


多くのやり残したことがある、だが……思うんだ。俺は結局繋ぎの存在で、大局を変え得る存在を育てる為に生きていたのだと。悲しい話にも聞こえるが…きっとこれは魔女達も思っていることだ。


かつてバルトフリートさんが言っていた、今の世を良くするのは今の世の連中で…明日をより良い物にするのは明日を生きる人間だと。ならば未来を良くするのはきっと…未来を生きるステュクス達の役目なんだ。


それは重く、険しく、辛い物だろう…だがきっと、お前は上手くやる。


「ステュクス……負けんなよ、俺の…弟子よ……」


お前に背負わせること、悔しく思う。だが同時に…誇らしく思う、俺はきっとお前を見続ける、あの世で…トリンキュローやウェヌス達と一緒に……お前を───────。



未来を想う、それは時に傷を伴い苦しみを生む。それでも苦難を乗り越えてでも人は未来を想う。そこに生きる愛すべき何かの為に、人は足を前に進めるのだ。


それが…ヴェルト・エンキアンサスという男が出した答えであり、未来を生きる何かに残す…最後の教えだ。


……………………………………………


姉貴達と一緒に悪魔を倒し、目を覚ました時、俺に覆い被さるようにして…ヴェルト師匠が死んでいた。背中に折れた処刑剣を突き刺されて。


状況を見ればすぐに分かる、何かから俺を守る為…何者かに殺されたのだと。


俺は取り乱した、大慌てで師匠の名前を呼んで、涙と鼻水をボタボタ垂らしながら叫び散らした、その声で周囲の兵士達も起きて混乱していたが…そんな事、どうでもいいくらい、俺は…俺は………。


「……………」


俺は今、城のテラスで風を浴びて、空を見上げている。あれからエクスヴォートさんに保護されて戻ってきたレギナに全てを聞いた。


あの子は、ルビカンテの覚醒の影響を乗り越えて…起きていたらしい。そこで襲撃を仕掛けてきた連中から、師匠はレギナを守っていたらしい。


師匠が、レギナを守って…その場に残り、そして俺のことも守り、そして死んだ。それが事の顛末…レギナは泣きながら俺に謝罪してきた。貴方の師匠を死なせてしまったと…けど、違うよな。


「師匠……」


もう涙は流さない、見据える空の向こうをただ睨みつけながら、俺は近くに転がっていた師匠の剣を手に…牙を剥く。


レギナから聞いた、師匠を殺したのは…オフィーリアだって。クルスの野郎の妻だと思っていたがどうやら奴はレナトゥスの遣わせた密偵だったらしい。そして凄まじい力を持った使い手だとも…まぁそういう情報はどうでもいい。


「オフィーリア……!」


許せねぇ、絶対許さねぇ。オフィーリア・ファムファタール…!アイツは…絶対俺の手で殺してやる。


『ステュクスよ、お前これからどうするつもりじゃ…』


「……決まってる、オフィーリアを追う」


『オフィーリアを追うって、どこに消えたかも分からんだろう』


「分かるさ、北部だ。レナトゥスがいるんだ…奴もきっと北部に向かってるはずだ」


オフィーリアだけは逃がさない、この手で斬り倒す。レギナ曰く襲撃犯たちは夜が明ける前に消えていったそうだ、きっと北部に向かったんだろう…北部に向かっていなかったとしてもこの世界を走り回って絶対見つけてやる。


ヴェルト師匠の仇は…俺が討つんだ。


『復讐か、面白い。手を貸してやろう』


「テメェに言われるまでもなく、手を貸してもらう…」


もう嫌だったのに、もうティアやトリンキュローさんのように誰かを失うのは嫌だったのに…こんな、こんなことに。


「クソッ……!」


テラスの縁を叩いて悔しさを滲ませていると……。


「ステュクスさん……」


「ッ……」


咄嗟に振り向く、誰かがテラスに来たんだ…こんなところ見られるわけにはいかないから、取り繕っていると…。


「ああ、ナリアさんっすか…」


「いえ、その…」


「慰めに来たよ、ステュクス君」


現れたのはナリアさんとデティさんだ、二人はテラスに入ってくるなり俺の隣に立って、一緒に空を見てくれる。ナリアさんは心配そうに…そしてデティさんは毅然とした態度で。


「……落ち込んでるかなと思って来たんだけど、一人がよかった?」


「落ち込んではいます…けど、今は誰かといたいです」


「そっか、エリスちゃんがね…『ステュクスが心配です、でもきっとエリスじゃ慰めにならないかもしれない。お願いだからデティとナリア君行ってきて』ってさ、お姉ちゃんが心配してたよ」


「姉貴……」


今はその優しさが嬉しかった、肉親の気遣いが嬉しかった、甘えてしまいそうになるくらい…嬉しかった、姉貴…ありがとよ。


「今いっぱいいっぱいで聞きたくないかもしれないけど、言うタイミングを探すのもあれだから先に言うよ。ステュクス君、君には悪いけどヴェルトの遺体は私達アジメクで引き取る…彼は今もアジメクの人間で、彼の功績は未だに色褪せない物だから」


「でも…師匠はアジメクには帰れないって…」


「そんなことないんだよ、スピカ先生も…出来るならばヴェルトともう一度語らいたいと言っていたし、何よりアジメクには彼が残してきた友人も多くいる、最後くらい顔を合わせてあげたい」


「師匠の…友人」


そうだった、師匠はアジメクの人間だ…ならアジメクには師匠の知り合いや、親密な人間も多くいる。そう言う人たちにも師匠の死を知らせねばならない…なら、そうだな。師匠の墓はアジメクにあるべきだ。


「大丈夫、ステュクスにはいつでもヴェルトのお墓に行けるよう計らう。アジメクにどんな時でも入れる無期限の通行証も渡すし簡易的な転移魔力機構も与える。君は我らがアジメク友愛騎士団の…至上類稀なる優秀な騎士団長の唯一の弟子だから。彼が残した君と言う存在に魔術導皇として最高の敬意を払うつもりだよ」


「ありがとうございます…確かに、行ってみたい。師匠が生きた街に…師匠の友人や師匠の国、全てを見る為に行ってみたいです」


「いいよ、…なんなら今から行く?」


「いえ、その前にすることがあるので…」


デティさんの心遣いはありがたい、だが…それは全部が終わってからだ。まだ何も終わっていない、オフィーリアの件…レナトゥスの件…何より。


「俺は、俺の師匠やトリンキュローさん…ティアの命を奪ったマレフィカルムが許せません」


「……そっか、どうするの?」


「これから、一時的にこの城を離れて…一人で旅に出ます、オフィーリアを探して」


「ヴェルトを殺したの、オフィーリア・ファムファタール…だっけ?」


「はい、レギナから聞いた話的に…間違いないかと」


「そっか…」


するとデティさんは目を瞑り口をキュッと閉じて考えると…。


「オフィーリアはね、マレウス・マレフィカルムがの中でも最高クラスの幹部であり使い手、セフィラと呼ばれる存在なんだよ」


「それって…いつか言ってた…」


「そう、私達でさえ勝てるかどうか分からない世界最強の反逆者達の一人。はっきり言うと私達が重傷を負ったのも…そのセフィラと戦ったから、それもたった二人のセフィラとね」


「……………」


姉貴達でも手も足もでないような奴らなのか…そりゃそうだ、あんだけ強い師匠を殺しちまうくらいの奴だ…簡単な相手じゃない。下手すりゃ俺も殺されて…返り討ちに合うかも…。


「いえ、それでも行きます」


だとしても、行かない選択は出来なかった。このまま悶々と過ごして…一生師匠の顔を思い出して悔やむくらいなら、俺は進むよ。例え相手がなんであっても…必ず見つける、そして倒すんだ。


「分かった、なら止めない。けどエリスちゃんには自分で説明してね…それと、自暴自棄にはならないで」


「分かってます、死ぬ気で行くわけじゃありません、必ず…この城に帰ってこなきゃいけないので」


一時はレギナを置いていくことになる。けどそれっきりってことはない、必ず戻ってくる、だって俺の仕事はレギナを守ること。騎士の仕事はレギナを守ることなんだ…師匠はその騎士の役目に殉じて戦ったんだ、なら弟子の俺も…王は捨てられない。


「ん、じゃあよし。気をしっかり持つんだよ、ステュクス君。今は何を言われても受け止めづらいかもしれないけど…君は一人じゃないんだから。何かあったら私は絶対貴方の味方になる、だから頼って」


「ありがとうございます、デティさん……」


そう言ってデティさんは伝えることだけを伝えて去って行った。あれが師匠が従う国の王か…毅然としている、見かけじゃ分からないくらい重厚な言葉と立ち振る舞いだ。


……全部が終わったら、アジメクに行こう。思えば師匠に弟子入りした理由もアジメクに行くこと…だったな。


(師匠……)


分かってはいるけど、喪失感が…とんでもないな。


「ステュクスさん」


そして、隣に残ったナリアさんが…俺の手を握ってくれる。聞いた話じゃ…この人もアルタミラさんを失ったようだ、デティさんも先日恩師であるトラヴィスさんを失った。また死人が出た…戦えば戦うほどに死人が出る。


「……辛いっすね、ナリアさん」


「……ええ、とても」


「なんで人って戦うんでしょうね、誰も死ななきゃそれでいいじゃないっすか。一旦魔術とか剣とか全部捨てて…みんなで楽しく生きられりゃそれでいいのに」


「その通りですね」


ナリアさんは肯定してくれる、けどそれが無理なのはナリアさんも俺も分かってる。戦うのがダメなら俺だってオフィーリアのことを忘れて明日からまたヘラヘラ生きりゃいいんだから。


けどそれはどう考えたって出来ない、敵にだって同じくらいどうしようもない理由がある。だから人は戦い…その都度に死んでいく。やるせない世の中だ…どうしようもない、地獄のような現実。


けど…きっとそれは。


「俺やナリアさんが大切な人を失ったのは、きっと俺たちが弱いからですね」


「……まさしく、その通りです」


師匠が言っていた、大切な何かを守れた時…その時がそいつが強いと、そう思えるその時だって。俺が師匠を失ったのは俺が弱いからで師匠が俺を守ったのは師匠が強いから…。俺はまだまだ弱いってことだ。


言い方は悪いが、ナリアさんも弱い、デティさんも弱い、みんな弱いから…誰かを失った。そう言う何かを守れた時が…本当に強くなったって意味なんだ。


「まだまだ、強くならなきゃいけないっすね…俺達」


「はい…だからこそ、ステュクスさん」


そういうとナリアさんは更に俺の手を強く握り…。


「また、幕を開けるんです…ステュクスさんの手で、ステュクスさんの人生に」


「幕を?」


「はい、閉じない幕はありません、幕が閉じることは終わりを意味し…それはとても悲しいことです。けど…閉じたままの幕もまたありません、その幕を開けられるのは自分だけなんです、幕が閉じる都度に開き、開く都度に閉じる幕、それを永遠に繰り返し人は生きていく」


「…なんとなく分かります」


結局、人は生きていく生き物だ。生きていれば幕が閉じ終わることもある、師匠という人物が壇上に上がる時は終わり…幕を閉じた、それはとても悲しく辛いこと。だが…ならばこそその幕を閉じたままには出来ない。


今度は俺が、師匠に代わって舞台に上がり…幕を開く番なのだ。


「だからステュクスさん、今度は僕と貴方で開きましょう。誰も死なない幸せな劇の幕を…」


「はい、もう…俺は誰も死なせません。ここから先は…誰も」


もう誰も死なせない、俺も死なない、誰も死なない劇を…俺が演ずる、この地獄の現実という名の舞台でだ。なんて…そんな事を役者でもない俺が言ったら、本職の母に笑われるだろうか。


笑われてもいいか、だってそれが…俺のしたい事なんだから。


「はぁ〜〜……よし、ナリアさん。俺行ってきます」


「はい…けど」


「分かってますよ、…大丈夫です。俺はアジメク最強の騎士の弟子…ステュクスですよ?何にも心配はいりません」


師匠の剣を腰に差して俺は見据える、この空にの向こうに見える…北部カレイドスコープ領を、そこにいるレナトゥス達…そしてオフィーリアを。


必ず、仇は討つ…見てろよ、師匠。


……………………………………………………………


「で、結局コルロには逃げられたと」


「チッ、うるせぇなぁ…」


冒険者協会本部の執務室にて…椅子に座るケイトは戻ってきたバシレウスとダアトに呆れたような視線を向ける。夜のネビュラマキュラ城…その戦いは痛み分けに終わった。


「女王レギナ・ネビュラマキュラが殺されなかったのはよかったですが…逆にバシレウスの血を取られましたと、結果だけ見ればどちらかというとこちらの負けに等しいですね」


「申し訳ありません、ガオケレナ様」


「本当ですよ、ダアト…貴方が居ながらこの結果に終わるとは、扱いにくいクレプシドラを運用したのが間違いでしたかねぇ〜…ってかクレプシドラは?」


「帰りました、スケジュールがあると言っていたので」


「はぁ〜!?挨拶もなし!?全く…本当に扱いづらい奴ですねぇ」


「…………」


そんな中バシレウスは…俺は、ポケットに手を突っ込み苛立ちを隠しつつ目を背ける。それを見たガオケレナはまたもため息を吐き。


「取り敢えず、コルロの件はダアトに任せましょう。私が出たら思う壺でしょうし…任せられますか?ダアト」


「そ、それがですね…実は」


「実は?」


チョンチョンとダアトが俺を指差す、ガオケレナが首を傾げながらこちらを見る、やはりガオケレナはコルロをダアトに任せるか…だが。


「コルロを殺すのは俺だ、俺が北部に行って今回加担したコルロもオフィーリアも殺す。文句あるか」


「貴方が…北部に?お守りは?」


「いらねぇ!一人で行く!」


「ひ、一人でって…」


北部に行く、北部にはコルロのアジトがある。だからそれを見つけ出して俺が殺す、味方したオフィーリアも俺が殺す。全部殺す、文句は誰にも言わせない…絶対俺がやる。


「うーん、ダアトどう思います?」


「と言われましても、本人が……」


「行く!」


「って言ってますし…私にはなんとも」


「ふぅぅぅーーーーーん……」


するとガオケレナは椅子の上でクルクル回りながら…長考すると…何度か頷き。


「過保護なのあれですかね…では認めます。バシレウス…お前はこれより北部に向かい叛逆者コルロ及び奴の組織ヴァニタス・ヴァニタートゥムを滅殺して来い、方法は問わない…そして」


「そして?」


「盗まれた私の種子を取り戻しなさい」


「種子?」


そういやコルロがそんなのを盗んだとかなんとか言ってたな。コルロのあの再生能力は多分それ由来のものだろうが…。


「それ大切なもんかよ」


「凄く大切です、とてもとっても大切で…あれがないと私は発狂してしまいます」


「はぁ?そんなに大切なら自分で取りにいけよ」


「あんた自分から行くって言っておいて馬鹿ですか?そのセリフ」


「う……」


「あの種子は…秘蔵の種子なんです。ウルキやシリウスも知りません、知るはずがなかった物。あれは私の未来なんです…だからどうかお願い、バシレウス」


「フンッ、覚えてたら取ってきてやるよ」


「ん、いい子」


そう言ってガオケレナは見せたこともない安らかな微笑みを俺に向けて…小さく首を傾ける。なんだよ、その笑みは…お前がそんな顔するなんて、一体……。


「……では、ガオケレナ様。バシレウス様が私の責務を負ってくれるようなので…しばらく有給休暇をもらっていいでしょうか」


「は?マレフィカルムって有給休暇とかあるのか?」


「ないですよ、しかしダアト…貴方が暇を欲するなんて珍しいですね、何かあるので?」


「プライベートです、私事です。短ければ一週間…長くても一ヶ月ほど」


「ふぅむ、貴方が抜けるのは面倒ですがまぁ…いいでしょう、好きになさい」


「ありがとうございます、では…」


アイツに限って一ヶ月間バカンス…とは考えられない、旅行とかするタイプではないだろうし、何をするつもりなのか…気になるが、気になるだけでそれ以上の興味はない。


「じゃあ俺も行ってくる、ガオケレナ」


「ええ、……ああそうだ。一つ貴方に言うべきことがありました」


「なんだよ……」


「エリス達に私の正体がバレました、もう冒険者協会の最高幹部は続けられません。これからはヴォウルカシャにある本部に駐在するので連絡はそちらに」


「うーい……は?」


思わず二度見してしまう、バレた?こいつそんなマヌケだったか?…それともエリスがもうそこまで辿り着きているのか。いやそれ以前に…。


「お前、それでいいのか?」


「……………」


いいのか?と聞くとガオケレナは黙って視線を俺から逸らし、壁にかけてある大量の賞状…協会に多大な貢献をしたことによる賞状を眺めて…。


「エリスさんはきっと、私がガオケレナだと言いふらしたりしないでしょう。世間にはきっと広がらないしやろうと思えば続けることも出来るでしょう。ですが…元より遊びのつもりで始めた冒険者稼業、長く続けすぎました。いい機会なのでもうやめます」


「……ふーん、別にいいけどよ。協会の最高幹部ってチヤホヤされなくなるな」


「じゃあ次はマレフィカルムの総帥としてみんなにチヤホヤしてもらうのでいいですよ」


「そうかい、仕事辞めたからってボケんなよ」


「いや辞めはしないんですけどね…ただ行方を眩ませるだけで」


「はぁ〜…中途半端な」


「だって、待ってないといけないので」


「は?」


「さっ!行った行った!早くしないとコルロが次の手を打ってきますよ?それともやっぱりダアトを連れ戻してそっちに頼みますか?さぁ行きなさーい!」


「……へいへい」


なんかよく分からねぇが、ガオケレナの身の上にも興味がない。俺が今興味があるのは…コルロだけだ。


俺はポケットに手を突っ込んだまま扉を開けて…廊下に出るなり。


「おい、ムスクルス」


「こちらに…」


「今から北部に行く。お前もついて来い」


「御意に」


地下で仲間にしたムスクルスを連れていく。こいつの治癒は有用だ、使い道がある。こいつを連れていけばそれなりに使えるだろう…。


「北部にいるコルロ・ウタレフソンをぶっ殺す…テメェは俺の後ろで治癒をしてろ、いいな」


「無論、ところでバシレウス様」


二人で外套を着込み顔を隠しながら協会を出て街の外に出ようと歩いていると…ムスクルスがふと足を止めて。


「何故北部に向かうのに西側に向かっているので?」


「は?」


足を止める、北部ってこっちじゃないのか?ん?いや待てよ…そもそも。


「北ってどっちだ?上か?下か?」


「…………何故上下に移動をしようとしているのですか、そもそもバシレウス様はどうやって北部に行くつもりで?」


「徒歩だが」


「……………」


待てよ、なんでテメェがそんな呆れたような顔するんだよ。なんかおかしい事言ったか?


「バシレウス様、こちらに。こっちに馬車乗り場あるのでそちらで馬車に乗せてもらいましょう」


「ん、分かった」


「ところで路銀はいくら程持っていますか?」


「は?ロギン?何それ」


「金です」


「持ってねぇけど」


「……一度戻ってガオケレナ様より資金を分けてもらった方が…」


「は?俺に金の無心しろってか、ガオケレナにそんな事死んでもしたくねぇ。かっこ悪いし」


「しゃ、社会不適合すぎる…」


おい、なんでそんな頭抱えるんだよ。なんだよ…俺そんな変なこと言ってない…よな?

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