676.魔女の弟子と冒険者協会
「ケイトさんですよね、ガオケレナ・フィロソフィアの正体って」
「…………」
マレウス・マレフィカルム…世界でも二番目の巨大さを持ち戦力の総数で言えばアド・アストラすら上回る可能性がある世界最大の反魔女勢力。その頂点に立ち指揮を取る人物こそガオケレナ・フィロソフィア…エリスも一度邂逅しているが。
エリスは思う、その正体こそがここにいるケイトさんなのではと…だからエリスは問い詰める。人気のない森でケイト・バルベーロウを捕まえて…二人きりの状況で話を聞くんだ。
エリスにそう聞かれたケイトさんは首を傾げてなんだか困ったように側頭部を掻き掻き。
「あの、本当に何を言っているかわからないんですけど」
「そうですか?本当は分かってるんじゃないですか?」
「はぁ…あのですね、いきなりやってきて不躾じゃないですかエリスさん。第一貴方どういうつもりですか?私がそのガオケレナ?いきなりやってきて頓珍漢な」
「セフィラはマレウス各地でそれなりの要職につき、表の顔を演じて身を隠しているとトラヴィスさんが言っていました。なら…ケイトさんがガオケレナであるなら、協会幹部の座についていても不思議はありません」
「ふぅーん……」
ケイトさんの目つきが変わる、いつもおちゃらけていつつも何処か冷静で…重厚さを感じさせる風格がエリスに襲いかかる。
この人は凄まじく口が上手い、恐らくエリスが話してきたどんな人間よりも…口が達者で飄々と相手の追求を誤魔化すのが上手いんだ。事実エリスはいつもこの人に上手いように扱われ、ラグナでさえ反論や追求を許さないほどに徹底的に言い負かされたこともある。
ここからが正念場だ…今日こそ、聞き出す。
「その話今じゃないとダメですか?ほらここ森の中だし、いくら今は朝だって言ってもそこらに獣や魔獣がいるかもしれない、虫だって飛んでますし…そうだ。昼頃からなら協会でお話しする時間を取れますけど」
「で、その話を受けて昼頃協会に行ったらエリスは協会員にこう言われるんですよね。『ケイト様は急なお仕事でアマデトワールに帰られました』って…エリスがここに来たのは貴方と話せる数少ないチャンスだからです、棒には振りたくありませんのでここで話しましょう」
「そうは言いましてもね、というかその言い方だとアレですね…まるで私が貴方との対話を拒否してるみたいな言い方ですね。別に逃げたりしませんが…何をそう貴方を疑り深くさせているんでしょうか。もしかして怒ってます?第三戦の日取りを動かせなかったこと…でもあれは」
「話を逸らさないでください、エリスは聞いてるんです、貴方がガオケレナ・フィロソフィアか…を」
「と、言われましても」
むふー…とあからさまに困った様子を見せるが、関係ない。今は無視する…それだけ重要な話だからだ。
「聞いてるんですって言われてもね、そもそもの話ガオケレナ?私にはなんのことかわかりません、誰なんですかそれ」
「惚けないでください」
「惚けてませんよ、ここで私に対して尋問紛いの事をして……第一私は貴方の味方のつもりですよ?記憶力のいい貴方なら覚えているはずです、このマレウスでマレフィカルムの情報を求めている。だから手を貸したのにそんないい草ひどいです」
「エリスも騙されて同じ気持ちです」
「騙してません、第一私がそのガオケレナ?という人なのだとしたら私が貴方に手を貸す意味がないでしょう、貴方はマレフィカルムを探してるに…どうして私が貴方に手を貸すんですか」
「本当に手を貸していましたか?」
「貸してたでしょう」
そうかな?今までのことを思い返しても…とてもそうとは思えない。
「まずエリス達が最初に受けた依頼…プリシーラさんの件。あれもケイトさんがガオケレナならエリス達を動かす意味もある、なんせ協会が崩れたなら隠れ蓑がなくなりますもんね…協会にはたくさんマレフィカルムの人間が隠れているんですから、隠れ蓑を失うのは厳しい…だからエリス達を動かし見えざる悪魔の手を倒させた」
「なんとでも言える話ですね、憶測の部分が多くて私にはなんとも」
「第二に東部への護衛依頼。あれを受けたことでエリス達はモースと戦わされました、そして何故かそこにはダアトもいた…あの依頼もケイトさんから受けたモノです」
「戦わされたって、あれは偶然でしょう?第一ヒンメルフェルトが死んで私がいかなければならなかったのは事実ですし…というか、その二つを指摘して何が言いたいんですか」
「まず、プリシーラさんを狙ったデッドマン達はプリシーラさん以外の依頼人の命令を聞いて動いていました、今にして思えばそれはジズの命令だったんでしょう。目的は冒険者協会を隠れ蓑とする貴方に対する攻撃です…プリシーラさんがいなくなれば冒険者協会は立ち行かなくなりますから」
「はあ…」
「そしてモースもジズの命令を聞いて動いていました、エリス達は貴方に動かされてマレフィカルムに反旗を翻すジズの戦力を潰すよう促されていた…そう考えると色々合致しますし合致させるには貴方がガオケレナである方が理解出来るんです」
「それは貴方の妄想の整合性をとってるだけで、なんの根拠にもなりませんよね」
「それにこれだけ働いても貴方は一向にマレフィカルムの情報を持ってきませんし」
「仕方ないでしょ〜?相手は秘密組織ですよ〜そんな簡単に尻尾なんか掴めませんよ〜。もしかしていつまでも情報を持ってこない私を急かしてるつもりですか?それならガンダーマンに接触しなさい…彼はきっとマレフィカルムの関係者で……」
「それはあり得ません、ガンダーマンがマレフィカルム側の人間ならそれに協力するストゥルティさんが何も知らないわけがない…ルビカンテの一件に巻き込まれるわけがない。恐らくガンダーマンは逆に…貴方の正体を知る人間なんじゃないですか?それとエリス達を衝突させようと目論んでいるとか」
「……どうしてそう思うんですか」
「ここについては勘です、けどストゥルティがエリス達に向けて言ったんです…エリス達が『手先』だって。最初はストゥルティの話を聞いてエリス達が『ロムルスの手先』と言う意味で言ったんだと思ってました…けど、あれはもしかして貴方の言うことを聞いて動くエリス達が『ケイトさんの手先だ』と言う意味で言ったのだとしたらガンダーマンはエリス達を敵認定する、貴方の正体に近づきつつあるガンダーマンとエリス達が衝突するのは…貴方にとって一番都合がいい」
「妄想ですね」
「それ言ってればなんでも否定できると思ったら大間違いですよ。ここまで状況証拠が揃っているのに…他に言い逃れる言い訳はないんですか」
「……………」
ケイトさんは揺るがない、そしてまたボロも出さない。手強い相手だ…。
「それにまだ気になることはあります」
「まだ?」
「ええ、そもそも貴方…『ガオケレナ・フィロソフィア』と言う言葉を聞いてなんで人名だと思ったんですか?組織名かもしれないし比喩かもしれない、なのになんで人名だと──」
「フッ、どう聞いても人名でしょうそれ、名前と姓に別れてるし」
「じゃあガオケレナであると指摘されて…貴方はエリスがマレフィカルムという言葉を出す前に、貴方は『マレフィカルムとの関係性を疑われている』という口振りをしましたよね…なんでですか?ガオケレナという言葉が名前だとわかってもそれがマレフィカルムの関係者であるということはイコールにはならないはず」
「その前に貴方が『セフィラ』という単語を出したから、マレフィカルムの関係者だと思っただけ。そう推察したら普通に話が進んだんで『ああそういうことか』と勝手にこっちで納得してただけですけど…間違ってます?私も冒険者協会の幹部としてこの国や世界の裏事情には詳しいんでね、セフィラという言葉くらいは聞き覚えがあります」
む、むぅ…強い。結構鋭い指摘だったと思ったんだけど…まるで動揺せずに返された。まずいな、完全にケイトさんがエリスを言いくるめるフェーズからエリスの指摘を全て潰して弾き返すフェーズに入った。
ここでエリスが何も言えなければケイトさんに逃げられる。逃げられたら…面倒なことになる、きっとケイトさんは二度とエリス達の前に現れない。
折角、マレフィカルムの総帥と話せる機会なんだ…もっと情報を引き出さないといけないのに、そもそも総帥であるという確証すらまだ得られていない。なんとかケイトさんの理屈を言い崩さないと。
「第一貴方、それは私がガオケレナであるという前提で話してますよね。疑わしい情報にはなっても疑う理由にはならない…いつから私を疑っていたんですか?出来れば誤解を解きたいのですが」
「……十年以上前です」
「は?十年以上前?まだ会ってませんよね…私たちが会ったのはほんの数年前のはず」
いや十年以上前だ、疑わしいと言うか…薄ぼんやりとそんな事を思ったのは、十年以上前。そう…あれは。
「アルクカースの王位継承戦に貴方がマレフィカルムの構成員を派遣した件です」
エリスが初めて名前を聞いたのはその時だ。ラクレスさんに冒険者を派遣したのはケイト・バルベーロウだ…という件で名前を聞いた。だがそこで派遣されてきたのは冒険者ではなくマレフィカルムの…もっと言えば大いなるアルカナの構成員だった。
そしてマレフィカルムの手助けを借りてラクレスさんは巨大ゴーレム『ジャガーノート』を建造したんだ。その構成員を派遣したケイトさんもつまりマレフィカルムの関係者なのではと…当時のエリスは思った。
「ああ、あの件ですか。ってつまり最初から私を疑っていたと?」
「なんとなく疑わしいと。だってマレフィカルムを派遣出来るのは同じマレフィカルムだけでしょう?」
「ですがその件は確か一度説明してますよね?貴方がマレウスに来て最初に私に会った時…マレフィカルムの構成員が冒険者協会内部に大量に入り込んでいる事は認識している。ラクレスさんの要請を受けはしたもののこちらも止むに止まれずと言った形で派遣してしまったと…」
「止むに止まれず…」
「はぁ、この際だから宣言しておきますが。私はマレフィカルムの人間と関わりはありません。冒険者協会内部には確かにマレフィカルムの構成員もいるでしょうが私は至ってクリーン…なんの関係もないと」
確かにそれは一度説明されているし、何より十年以上前のこと…今更指摘しても意味はない。とエリスが言い淀んでいると…もう話は終わったかとケイトさんは首を振り踵を返し始め。
「はぁ、なんか…聞くに堪えない指摘ですね。確たる証拠があるわけでもなし、私をガオケレナだと断定出来る物的な確証があるわけでもない…これ以上話を続けても無意味ですね」
「ま、待ってください…確証なら、あります」
「ほう?それは?」
無いよ、正直さっきの指摘である程度ボロを出すと思っていた。確たる証拠がないからケイトさんのボロ出し狙いだったんだから。
だから確証があるわけじゃない…いや考えろ、何かあるはずだ。今までエリスはケイトさんのと多く関わってきた、何か…あるはずなんだ、証拠が。
……そうだ。
「ケイトさん…いやガオケレナ、お前…エリスと一度会いましたよね」
「はて?なんのことやら」
「その時お前は顔の形を変えて…エリスを惑わせました。ラグナやメルクさん、ネレイドさんや旅先で出会った人達。それに変装して顔を変えられるからと…その顔が素顔ではないと言っていましたよね」
「………………」
「けどどうして一度も会ったことのないはずのガオケレナがエリスの仲間や旅先であった人間の顔まで把握してたんですか?それはガオケレナがケイトさんで…エリス達と一時期旅を共にしたケイトさんだからこそ、顔を把握してたんじゃないんですか!」
あの時ガオケレナは自分は顔を変えられるから、ケイトさんの顔をしていることそのものに意味はない。自分は正体不明の怪物だと自分で言っていた…けどそれならガオケレナがエリスが旅先であった人達のことまで把握してるのはおかしいだろう。
そう指摘するがケイトさんは…。
「それは貴方の旅路をつぶさに観察していたからと言ったはずですが…?」
「いいえ、そんなこと言ってません」
「いや言いましたよ、確かに」
「エリスの記憶にはありません」
「あのねぇ、その理屈で押し通すのは無理がありますよ。だって私は覚えて───やべっ…!」
やはり…と、思ったとおりだ…と。エリスはケイトさん顔を見て笑う。確かに確証はない、証拠があるわけでもない、だからボロを出すのを待ったがケイトさんはボロを出さない…だから。
「……ああ、すみません。エリスの記憶違いでした、確かにあの時ガオケレナはエリス達の旅路をつぶさに観察してるから旅先で会った人も把握してると言ってました。で?なんで『ガオケレナ』が言ったことを『ケイトさん』が知ってるんですか?」
「…………」
ケイトさんはボロを出さないが…ガオケレナはそうじゃない。先程の問答でケイトさんが『エリスを言いくるめるフェーズ』から『エリスの意見を全て弾き返すフェーズ』に入ったことを確認した。
だから、もしかしたらと思ってケイトさんではなくガオケレナしか知り得ない情報を投げかけてみたら…ビンゴ。記憶の混同を起こしてまんまと打ち返してきた。先程までの調子と同じように無思考で言い返してきた…ここに来て盛大にボロを出した。
そりゃあややこしくなりますよね、ケイトとガオケレナ…二つの顔を使い分けてどちらかが知り得る情報と知り得ない情報を混同して語られると、ややこしくもなる。そういうややこしい状況にしたのはケイトさん自身ですけどね。
「すみません今のはちょっとした間違いで…」
「いや?貴方はさっき確かに言ったと自分で言ってましたよ」
「……実は協会内部にいるマレフィカルム構成員の話をこっそり又聞きしましてね。ほら言ったでしょ?協会にはマレフィカルムの人間がたくさん潜り込んでて、情報が耳に入ってくるんです」
「エリスとガオケレナが邂逅した時その場には一人しか構成員はいませんでした、その構成員も帝国に捕まりました、誰の話を又聞きしたんですか?」
「……もしかしたらガオケレナが帝国から帰った後他の構成員に言いふらして、その情報が回ってきて…」
「それは流石に無理があるかと、何よりエリスはガオケレナと帝国で会ったなんて一言も言ってませんよ、なんで帝国で会ったと思ったんですか?」
「…………」
「何よりケイトさんさっき言ってましたよね。協会内部には大量のマレフィカルムの構成員はいるけど、自分はマレフィカルムの構成員とはなんの関係もない…なんになんで又聞きした情報が貴方の元にあるんですか、そんな情報を握ってるのにエリスに黙ってたんですか?それもおかしいですよね」
「………………」
論理が破綻すると書いて、論破と読む。問い詰められてボロを出して、それを隠すためにまたボロが出て、そろそろ諦めませんかケイトさん…いや、マレフィカルム総帥ガオケレナ・フィロソフィア。
「他に、何かありますか?ケイトさん」
「…………はぁ、これ以上何を言っても貴方は諦めないでしょうし…面倒ですね。なら…」
するとケイトさんは目を細め笑顔のような不気味な表情を浮かべ…胸元に手を当てると。
「そうです私がガオケレナ・フィロソフィアです。よく気がつきましたね……と言えば満足ですか?」
「……じゃあ本当に」
「マジに捉えるんですね、ってことは割と確信めいていたと…本当に最初から疑っていたのによく今まで一緒に行動してられましたね」
「別に、本当にガオケレナかもと思い始めたのは最近です。ストゥルティさんの態度…ガンダーマンの動き、そしてそれに対する貴方の言葉…それらを聞いているうちに、これは一度問い詰めないとなって思っただけです。だってこの大冒険祭が終わったら…次いつ話せるか分かりませんから」
「そんな遠方から来た親戚と話すみたいな感覚で敵対組織の大ボス尋問しますかねぇ普通」
はぁ〜とケイトさんは苦笑いしながら笑い、頬を指で掻いて苦笑いのまま…。
「で、これが確定になった以上貴方…生きて帰れると思ってませんよね」
なんて言うんだ、それに対してエリスがあれこれレスポンスを返す前に…事態は動く。
「ッ……!」
瞬間、足元から無数の木の根が流出しそれが槍のように突き出しエリスを串刺しにしようと伸びてきたのだ。それを寸前で回避するようにクルリと空中で一回転し飛び上がり…距離を取る。
……伸びてきたのは黒い木の根。これは…ヴィーラントの。
「ヴィーラントと同じ…黒い木の根」
「そう言えばあの木端の雑魚を潰したのは貴方でしたね。まぁ私は…あんな枝切れとは違いますが、何より貴方…覚悟してここに来たんですよね?何を驚いてるんですか」
ケイトさんは背後に無数の木の根を生み出し、エリスに向けて一歩踏み出し…両手を開く。
「最早隠すのはやめましょう。確かに私がガオケレナ・フィロソフィア…マレウス・マレフィカルムの創設者にして生命の魔女ガオケレナです、何も知らないからと貴方達をあれこれいいように使って申し訳ありませんでした」
「…………」
「八大同盟潰していい気になってる程度なら見逃しました。ですが私の元に来たのは間違いでしたね…流石に私の正体を知って、生かして置けるほど私は寛容ではありません。死んでもらいますけどいいですよね」
「ッッ……!」
降りかかるのは膨大な威圧。まるで巨大な津波のように押し寄せる凄まじい魔力の圧。熱を感じるほどに、肌が焼けると勘違いするほどに…圧倒的な魔力がケイトさんを中心に吹き荒れる。
大魔術師ケイトとしての顔ではなく…生命の魔女ガオケレナとしての顔を出してきた。それがあまりにも…魔力が絶望的すぎる程に莫大なんだ。
(これが魔女…真に敵対する唯一の魔女…!)
なんだかんだエリスは魔女様とも戦ったことがある。シリウスに操られた魔女様や修行をつけてくれると相手をしてくれた魔女様、けどそのどちらも…真に敵対したことは一度もなかった。
だが今ここにいるのは、どう取り繕っても敵対しかあり得ない敵性存在。本当の意味でエリスは初めて魔女と敵対している。
「私を問い詰めた時点でこうなるまで読めていたでしょうに、計画性皆無ですか?」
「……読めていました。だってここで貴方を倒したら…エリス達の目的は達成されるわけですから」
「ウフッ…アハハハハハハハハハハハ!ヒィー!ヒィー!ブッ!ッハハハハ!」
「笑いすぎです!」
「だって……無理でしょう、どう考えても…ねぇ?」
「でも───」
瞬間、ケイトさんが指を弾く…ただそれだけでエリスの背後の木が弾け飛ぶ。飛ばしてきたんだ…小指くらいの大きさの魔力の塊を。
ただ問題なのはエリスは防壁を展開し極限集中も維持していたと言うこと。それなのにエリスの防壁を貫通し隣を通り抜けた、そしてエリスはそれが見えなかった…。
「違いが分かりましたか?実力の差…ですよ。言っておきますがケイト・バルベーロウとして見せていた力は私本来の力の凡そ五十分の一程度です…貴方達を八人の弟子が束になっても私には敵いません」
「…………」
「無計画過ぎましたね、……本当はまだ殺す気はありませんでしたが、迂闊な馬鹿者には拳骨の制裁が必要ですから、諦めてください」
今度は拳を握る。今の小指サイズの魔力弾であれだ…それが拳骨サイズで飛んできたら、今度こそ─────。
『おーい!こっちにはいないぞ〜?』
『エリス〜!どこだ〜?』
「ッ……これは」
ふと、森の外側から声がするんだ。これは…ラグナやストゥルティさん達の声…!?
「……フッ、見逃すいい言い訳が出来ました。流石にこの場で大勢を皆殺しにするには…サイディリアルが近すぎる、見逃してあげますよ…エリスさん」
「…………どうして、エリスを殺さないんですか?」
「ええ、殺すまでもないかと」
「エリス、言いふらしますよ。貴方の正体」
「別にもう構いません…寧ろ、そちらの方が良さそうだ」
ケイトさんは近くに人が来たのを感じ、矛を収める。いや人がいるのを矛を収める理由になると言ってエリスをあえて見逃すのだ…なんでだ、わからない。この人の思考が…。
「どうして……」
「殺して欲しいんですか?」
「いや別にそう言うわけでは…」
「私を殺したいならそうしなさい、挑みたいなら私は私の居城で待ちます。辿り着けるなら…お好きにどうぞ。どの道今の貴方に私は倒せませんからね」
まるで…ケイトさんは自暴自棄になるように、エリスを見逃し背中を向ける。その態度からは…なんと言うか、そう…やる気が感じられない。
これがシリウスなら絶対に見逃さなかった、他の八大同盟の盟主達もこの状況なら絶対見逃さない。だって殺さない理由がないから、だがケイトさんは…寧ろそれで良いとばかりに見逃すのだ。
全くやる気がない…なんなんだこの人。
「待ってください!ケイトさん!」
「はぁ、まだ何か?」
「せめて、本題に入らせてください」
「はぁ?本題?私を尋問するのが本題じゃ…」
「違います、それは確認作業です…エリスが一人で、ここに来たのは…貴方の正体を詳らかにするつもりだからじゃありません!」
だって、エリスだけで完結するなら態々ケイトさんに確認に行く必要はないでしょう?寧ろ逆にケイトさんに気が付かれることもなく、着々と話も進められた。だがそれでも…二人きりで話がしたかったのは。
「ケイトさん、貴方がガオケレナであると見込んで…聞きたいことがあるんです」
「…………なんですか?」
「どうして、魔女排斥なんかしてるんですか…魔女排斥を目論むのにどうして魔女を名乗っているんですか!」
「そんなことですか、魔女の存在が邪魔だったから…この世界の平穏を崩しより一層人類を進化させるために────」
「ならなんで、冒険者なんてやったんですか」
「───────」
エリスが聞きたかったのは、ケイトさんがガオケレナだとするのなら…なんで冒険者をやっていたんだと言う話。
エリスとケイトさんは、それなりに付き合いがある。彼女の人となりは理解している…悪辣な人間ではないことは、なんとなく分かる。やってることはあれかもだがエリスはケイトという人間にそこまでの悪意は感じなかった。
目的が崇高ならば…その人もまた崇高な人間ではないように、目的が悪辣ならばその人もまた悪辣ではないとエリスは思っている。エリスはケイトさんと語らい…彼女がそこまで悪い人間には思えていない。ならば何故…マレフィカルムを?冒険者を?
今こうして確定したとしても、エリスはケイトさんとガオケレナが繋がらない…。
「別に、気まぐれです」
「ならなんであんなヒイヒイ言いながら仕事してるんですか、やろうと思えば…隠れ蓑にしようと思うだけなら、他にも方法はあった…何の貴方は態々冒険者をやって、引退した後も協会の面倒を見続けている!」
「………」
「何より!貴方がヒンメルフェルトさんの葬儀に出た時の…物悲しい顔は本物だった!仲間を思い遣る貴方がどうしてマレフィカルムなんかを────」
「うるさいですね」
瞬間、ケイトさんが振り向き…手を払うように魔力を放つ。ただそれだけでエリスの体は吹き飛び…バラバラになりそうな程の衝撃波が響き渡り、一撃で手足の骨が粉砕される。
「ぐぅっ!?がぁっ…!」
「見逃すって言ってんのが分からんかね。くどいんですよいい加減…」
「エリスは…聞きたいんです、知りたいんです、ケイトさん…一緒に旅をした貴方だからこそ、何も知らず分からないまま貴方を倒したくない!」
「……面白いやつですね貴方は、この期に及んで私を倒す前提で話を進めるとは。ここから生きて帰れるつもりですか…」
「ッ……」
迂闊だったのはそうだ、バカだったのはそうだ、けれど…ここでこの話を聞かないとケイトさんの本心は永遠に分からないままな気がしたんだ。それは嫌だった…これでガオケレナという存在がただ悪辣なだけの悪い奴ならエリスも気にせずぶっ飛ばした。
だが知ってしまったんだ、ケイトさんが時折見せる悲しげな顔と…仲間を思い遣る姿勢を。知ってしまったからには…それはなかったことには出来ない、エリスの中でケリをつけなければ戦えない!
「ケイトさん…!答えてください…貴方は、どうして」
「答える気は…ありませんッ!」
しかしケイトさんはエリスの言葉に応えることなく、木の根をエリスに差し向けて──。
「ケイトォッ!!!」
「ッ……」
引っ込める、一瞬で消し去る、突如として響いた声に反応して…。誰かが茂みを割って現れたんだ…それは。
「おや、どうされました…ガンダーマン会長。珍しく息を切らせて…」
「ぜぇ…ぜぇ…いや……」
ガンダーマンだった、背中に黄金の斧を背負って。ダラダラ汗を流したまま彼は現れエリスとケイトさんを交互に見ると…、
「えっと…そのぉ」
キョロキョロと周りを見回し、『あ!』と手を打つと。
「お、お前!まだ大冒険祭の仕事が残ってるんじゃないのか!?後処理!我輩は命じたはずだぞ!」
「あ、あら?まだ残ってました?」
「運営委員会のテント!あれレンタルだったろう!返却の手続きをするんだ!」
「あらぁ〜!そうでした忘れてました!すみません会長!すぐにやってきますね!」
「…………」
唖然とする、あっという間にケイトさんの顔に戻った…というかなんでここにガンダーマンは……。
「ところで会長」
「な、なんだ……」
「何か、見ました?」
「い……いや?何も?」
「そうですか、ふふふふ……」
「は、ははは……」
引き攣った笑みを浮かべるガンダーマンに、エリスは悟る。ガンダーマンは知っていたんだ…ケイトさんがガオケレナだと。知っていた上で知らないフリをすることで消されないように立ち回っていたんだ…と。
立場的にはガンダーマンの方が上だろう、だが青い顔をしながら立ち去るケイトさんを見送るガンダーマンの姿を見ていると…案外ガンダーマンという男はただの間抜けではなく、非常に危うい地位で天才的なバランス感覚を見せ生き残ってきたことがなんとなく分かる。
「行ったか……」
そして、エリスを殺すことなく…立ち去っていったケイトさんを確認したガンダーマンは、こちらに怒りの形相を向けながら歩み寄ってきて。
「こンのバカタレがッ!!」
「痛ぁ!!」
ガツーン!とゲンコツされた。けど文句は言えない…実際…バカだったし。
「阿呆か!貴様!まさかケイトを問い詰めたわけじゃないだろうな!」
「問い詰めました」
「本物の阿呆かッ!そんなことすれば殺されるとなぜ分からん!」
「分かってました…」
「なら死ねェッ!!!」
「でも!見ないフリ出来ませんでした!ケイトさんが…ガオケレナなのだとしたら、彼女は何故冒険者をやっていたのか、仲間を愛する彼女が何故…マレフィカルムのという大組織を率いて世を乱す真似をしているかを」
「決まっている!魔女が悪辣だからだ!」
「そんなの……!」
「と言いたいが、……まぁなんだ。色々あるんだろう…それより立てるか」
ガンダーマンはエリスに肩を貸し立ち上がらせてくれるが…全身の骨が折れてるので、めちゃくちゃ痛い。
「すみません…助かりました」
「奇跡的だぞ!お前がケイトを怒らせていたらこの街ごと滅んでいたかもしれん!そこを理解せんか!馬鹿者!」
「迂闊でした……」
「全く、何故我輩が魔女の弟子なんぞ助けねばならん…」
「……事実なんで助けてくれたんです?」
「貴様の仲間に頼まれたから。何より……貴様はマレフィカルムのと戦う身なのだろう、ならば有効活用もできると踏んだ真似よ」
「有効活用……」
「詳しい話は向こうでする。もうこうなったらお前達も巻き込んでやる…覚悟せよ」
そう言ってガンダーマンはエリスを引きずって森から出ていく。意外な救援に驚きながらも…エリスはただ立ち去ったケイトさんを想う。
ケイトさん、貴方の本心はどこにあるんですか。貴方は今…何を思っているんですか。エリスは貴方を倒さないといけないんですよ…だからせめて、貴方のことくらい、理解したいですよ…。
……………………………………………
「バカかッ!お前はッ!!」
「何考えてんだよ!一人でいくなんて!」
「アホアホ&アホ!」
「今回ばかりは…無茶しすぎ」
「危うく死んでたところなんですよ!?」
「エリスちゃん、後でお説教ね」
「………はい、すみません」
土下座。あの後ガンダーマンに回収され料亭の個室に連れて行かれたエリスはデティに治療を受けるなり全員からお叱りの言葉を受けた。今回は本当にやばかったのは理解しているのでひたすら謝るより他ない。
だが、ほら…弟子達でゾロゾロ行ったらケイトさんと話すどころではなくなってしまうので…まぁ、許して欲しいです。ごめんなさい。
「全くワシが駆けつけなければ死んでいたぞ!こいつは!」
「ガンダーマンさん、ありがとうございます」
「全くである!」
そしてエリスの恩人のガンダーマンさんは胸を張り…パツパツのシャツを更に伸ばす。いや事実彼には助けられた、まさかガンダーマンが武器を手にエリスを助けに来てくれるなんて想像もしていなかったからだ。
だがやはりというかなんというか、予想通りガンダーマンはケイトさんと敵対していた。そうじゃないかとは思っていた、そもそもガンダーマンが怪しいという言葉自体ケイトさんからもたらされた物だし、上手くやってエリス達を潰し合わせるつもりだったんだろう。
にしては…最後の最後でエリスの命を奪うことに興味を示さなかったり、よく分からない人ではあるが。
「全く、寸前で我輩が気が付かねばどうなっていたか…まぁいい、いつまでもこんな事でウダウダ言っても時間の無駄である!それよりも…先程聞いた、お前達はなんでもマレフィカルムの本部を探しているようだな」
「え?そこまで聞いたんですか?」
「エリスがいない間に話したんだよ…」
あ、なるほど。そこでエリスはみんなから補足をうける、なんでもガンダーマンはマレフィカルムの一員ではなく…寧ろ逆にマレフィカルムと敵対する者、というより冒険者協会内部に氾濫するマレフィカルム達を追い出したいと言うのが彼の本音らしいのだ。
「エリスよ、貴様…ケイトの正体については、聞いたか」
「……聞きました。ガンダーマンさんはもう知っているんですね」
「つい数年前だがな。…奴の正体はマレフィカルムの総帥ガオケレナ・フィロソフィア、これは間違いない」
「正直驚きだよ、この間まで一緒にいた人間が…まさか敵の総大将だったなんて」
「ケイトさんが…マレフィカルムの総帥」
みんなの中に少なからぬ衝撃が走るが、どうやら事前にガンダーマンさんに聞いていたらしく。その驚きは余韻のみ残る形となっていた…。
「我輩はケイトを…マレフィカルムを冒険者協会から追い出したい。冒険者協会は冒険者のためにあるのであって他の何かのためにあるわけではないからな」
「つまりガンダーマンさんは冒険者の為にマレフィカルムと戦っていたと?」
「然り、だがそれをするには協会の奥深くまでマレフィカルムの侵食を許してしまった。最早信用できる者も少ない…そこでストゥルティ達と手を組み各地で情報を集めておった、我輩も方々を駆け回ったものよ」
「だからどこに行ってもいなかったんですね…」
なるほど、ガンダーマンさんは冒険者のためを思って行動していたのか…それでマレフィカルムのと戦う道を選んだと。……ん?
「にしてはガンダーマンさん、なんかめちゃくちゃな経営で協会の財政を傾けたとか聞きましたけど」
「宵越しの銭は持たぬのが冒険者よ!」
……なるほど、この人はあれだ。トップに向かない人だ、とことん冒険者な人だ、戦えない人のために戦い、貰った金を一夜で溶かす。それは現役の冒険者からしたら正しい生活かもしれないが…組織のトップにいていい人間ではない。
この人は悪い人ではないんだろう、ないんだろうが…つくづく会長には向いてない、現役時代の感覚を今も持ち続けてしまっている人なんだ。
「なるほど、そういう事だったんですね…僕てっきりガンダーマンさんがマレフィカルムの一員かと思ってましたよ」
「そういやトラヴィスさんも言ったよな。ガンダーマン会長は昔マレフィカルムとつるんでたって」
「ああそのことか、事実だ」
「え?」
するとガンダーマンさんは巨大なジョッキを持ち上げ酒を飲み始め…。
「貴様ら元老院という組織は知っているか?」
「え?確か…マレウス王家を裏から操るとかいう謎の組織?」
「そう、その元老院の院長フィロラオスという男に…我輩は昔恩を売ったことがある。元老院はマレフィカルムに財政支援を行っている組織でもあるからな…所謂ところのスポンサーでもある、故に我輩はフィロラオスを通じて一時期マレフィカルムのバックアップを受けて活動していたことがある。今の地位につけたのもフィロラオスとマレフィカルムのおかげだ」
「あ、あんた…マレフィカルムのおかげで会長になれたのに、今敵対していいのかよ」
「構わん、……我輩を支援してくれていたフィロラオスは死んだ。フィロラオスが死んだ以上我輩とマレフィカルムの関係は既に切れているからな」
「じゃあ、本気でぶっ潰す気でいる…って捉えてもいいよな」
「無論である!」
なんかガンダーマンは半ギレになりながら応える、が…それならありがたいことこの上ない。ガンダーマンという男は確かに人間的にあれな部分は見受けられる物の…気概は確かなんだ。
エリスは彼を保身や贅沢が大好きなダメな大人だと思っていた。がしかし誰かを助けたいという気持ちは本当であり…それは武器を片手にエリスを助けに来たことが何よりも証明している。言うだけ言って何も与えてくれなかったケイトさんよりある意味信用できるという物だ。
「故に我輩はこれより貴様ら魔女の弟子と協力していきたいと思っている。お前達の目的はマレフィカルムを潰すことで…我輩の目的はマレフィカルムが冒険者協会から消えること。この二つは両立する」
「ああ、寧ろこちら側からお願いしたいくらいだ…正直、ケイトさんが敵だったってだけでも混乱してる、そんな中味方になってくれる人が増えるってのは凄く心強いから」
「フンッ!味方になるわけではない!ただ協力するだけだ!魔女の後継者たるお前らの事を心底信用するわけがないだろう!」
「そ、それを今言うか…?」
「だが!お前達の協力は正直不可欠だ!なんせストゥルティの馬鹿タレがグランドクランマスターの座をお前達に譲ってしまったからな!」
ギロリとガンダーマンさんが睨む先にいるのは…ストゥルティさんだ。彼は部屋の隅で外を警戒しながらもにこやかにこちらに手を振る。なるほど、確かにグランドクランマスターという存在がガンダーマン側にいると彼もやりやすいだろう。
だから手を組んでいたと…。だがストゥルティさんはそんなガンダーマンの思惑を理解しながらもそれを無視してナリアさんにマスターの座を渡してしまった。或いは渡しても大丈夫だと理解していたからかもしれないが…勝手なのはそうだよな。
「故にこれからはお前達にも協力してもらう。我輩達の目的が達成されれば確実にお前達にも有用な状況が作られることを約束する」
「そこは了承する。けど…具体的に何をするんだ?さっき言ってた北辰烈技會の件か?」
「然り、北辰烈技會のクランマスターはマレフィカルムの人間を冒険者協会に送り込む役割を担っている男だ、奴が今の地位につけたのもケイトによるバックアップによる部分も大きいしな」
「北辰烈技會の…ネコロアさんに聞くのはダメか?」
「あれは何も知らん、直感で何かを捉えてはいるだろうがネコロアは元より危ういモノには自ら立ち入らない主義だ、見て見ぬフリをしている以上何も言わんだろう」
ラグナ達曰く、北辰烈技會のクランマスターがセフィラの疑いが強く、その下につくネコロアさん達はマスターに上手く使われている状況にあるとのこと。まぁそうだろう、今回クランマスターが出てこなかったのもそういう後ろ暗い事情があるからだろうしね…。
「お前達にはこれからその北辰烈技會のクランマスターの元へ向かい、問いただしてもらいたい…危ない橋になるが、構わんよな」
「勿論、八人一緒なら…大丈夫だよ」
ラグナがこちらを見る、すみませんって…。
「よかろう、ならばこの情報を与える…まず北辰烈技會のクランマスターは普段北東の港町、特別領事街ヤマトに居を構えている」
「ほぉ、特別領事街ヤマト…」
「……………ん?」
皆はふむふむと何気なしに流しているが…エリスだけは気がつく、気がつくんだ。だってその町の名前…聞いたことがあるもん。北東にある特別領事街ヤマト…そこに常駐する四ツ字冒険者、そんなの…一人しかいないじゃないか。
え?え?じゃあそのセフィラって…北辰烈技會のクランマスターって…。
「その名もヤゴロウ!『一刀鏖災』のヤゴロウ・マエハラ!極東の島国トツカより来る絶技の剣士よ!こいつこそ裏でマレフィカルムのと繋がるセフィラの一角である!」
「えェッ!?ヤゴロウさんが…セフィラッ!?!?」
思わず立ち上がってしまう…そんな馬鹿な、あのヤゴロウさんが…セフィラって、そんな馬鹿な。だって彼は浪人で…エリスと会った時は勤め先を探してるくらいの文無し宿無しの…。
いや、あの時か…エリス達と行動している時に見つけた勤め先ってのがマレフィカルムのなのか!?思えば彼はこの街で職を見つけていた。そしてここにはセフィラであることが確定しているレナトゥス達がいる。何よりケイトさんも本部にいた可能性もある。
どこでどうやってマレフィカルムのに接触したかは分からないが……マジか、マジかよ。
「ヤゴロウって確か…いつぞや会った侍か?」
「おいおい、じゃあ少なくとも俺達が会った時は既にマレフィカルムの一員…セフィラの一角になってたってか?マジかよ」
「……………」
「え、エリス…」
正直、混乱してるが…なんでだろうな。『そんなわけない!』と言えないのは今さっきエリスが信じていた人に騙されていたことが判明したからか、…寧ろ。
「確かめに行きましょう」
「お前全然懲りてないな…」
「懲りませんよ、違うなら…それでよし。もしセフィラなら、この場にいる全員で押さえつけて情報を吐かせる。彼がヤマトにいるなら…都合がいい」
ヤゴロウさんにはお世話になった、だがそれはそれ、これはこれ。彼がエリス達の敵なら拳で打ち据えて情報を吐き出させる…居場所が分かってるならそれでいい。
「にしてもなんでも俺らがヤマトに行かなきゃいけないんだよ、あんたらでいけば良くね?」
「フンッ、出来たらそうしている。だが我輩が自ら接触すれば相手も対策を取る。ストゥルティも同様だ、ならば我輩達との関わりを知られていないお前達なら…接触も容易いだろう。知り合いのようだしな、ここは都合よく使わせてもらい」
「まぁ…それならいいけどよ」
「文句はないな?であるならばよし…それともしヤマトでガオケレナに、ケイトに会っても接触はするなよ。アレが実力行使で出てきたら貴様らの親分しか対応が出来ん」
「分かってますよ…でもちょっと話を聞くくらいなら…」
「それを接触だと言うとるんだ大馬鹿がッ!!」
「ひぃーん…」
「本当に懲りてないのな…」
分かりましたよ、でもまぁ…あの感じ的に彼女はもう『ケイト・バルベーロウ』としての身分に執着がないように見えた、まるで捨てる機会を見失い今まで抱えていた物を…これを機に捨てた、そんな感じがしたんだ。
冒険者ケイト・バルベーロウ…その名前がガオケレナ・フィロソフィアにとって如何なる物であったかは分からないが、別に捨てても惜しくない物なのだろう。だからきっと…もうそこら辺でばったり会うと言うことはないだろう。
「貴様らにヤゴロウを任せる以上、我輩達もお前達の目的の物を探してやろう…マレフィカルムの本部だったな」
「ああ、あんた昔マレフィカルムのとつるんでたならなんか知らないか?」
「昔は南部の山の中にあると聞いた、キングフレイムドラゴン襲撃に際して国土内部にあっては危険だと言うことで黒鉄島に移し…そのあとは知らん。黒鉄島にはないのか?」
「なかった…もう移転したあとだった」
「なら知らんな。マレフィカルムの存在を意識し始めたのはここ数年だ、最後に本部がある場所を聞いたのは今から五十年前、その間の出来事は知らん」
あくまでガンダーマンは部外者ということか。これはアテが外れたが…だが逆にガンダーマンからセフィラの情報が得られた。
「そうか、分かった。じゃあ俺達は今から特別領事街ヤマトを目指すよ、そこでヤゴロウを尋問し奴がセフィラであるかの確証を得る、ついでに本部の場所も聞いてくるよ」
「我輩達はマレフィカルムの足跡を追ってやろう。もしかしたら…と思う場所もある、そこを探ってやる」
「ん、ありがとよ」
「礼などいらん、これはクレバーな取引である」
そしてエリス達は次の目的を得る。次は北東の果てにある港町…特別領事街ヤマト。そしてガンダーマンという協力者を得た、確実にエリス達の旅は目的地に近づいている…。
この冬が明ければエリス達にとって最後の一年がやってくる。この一年で決着をつけなければならない…だが。
立ち塞がる壁は大きい。残り四つの八大同盟達、圧倒的な力を持つセフィラ達、バシレウスとダアトという怪物、そしてその頂点に立つ…ケイトさん、いや…生命の魔女ガオケレナ・フィロソフィア。
あまりにも敵は強い、だが……。
「じゃあ、行ってくる」
「ん、簡単に死ぬでないぞ?最早貴様らは我輩と一蓮托生なのだからな」
「負けねえよ、俺達は」
そう、負けないのだ…。旅は続く、例えマレフィカルムを倒したとしてもエリス達の旅は続いていくんだ。だから決してこんなところで負けやしない。
さぁ…次の一歩だ、頑張るぞ。
…………………………………………………………………
『それじゃあまたいつか会いましょう!ガンダーマンさん!』
そう言って、若き魔女の卵達は手を振って立ち去っていく。それに対して手を振り返すことなく…ガンダーマンは仏頂面で沈黙を返す。
「な?あいつら仲間に加えた方が良さげだったろ?ガンダーマンよう」
「ど阿呆が、グランドクランマスターにならんならお前はもう用済みだ!消えろ!」
「ったく、本当にお前はアレだよな。偉そーってかなんてぇか」
そんなエリス達を笑顔をで見送ったストゥルティは我輩に向けてそんなことを言うんだ。仲間に加えた方がいい?そんな事まだ何も分からんだろう。アレが我輩達に対して何をしてくれるのか…それもまだ見極めている最中でしかない。
ただ敵対はしなかっただけ、…だが確かに魔女の卵達には何かを感じる。
(時世を変え得る風格…か)
若き日の自分を思い出すようだ、敵がどれだけ強くても…最後には勝てると感じている滑稽さ、打算的な立ち回りや損得よりも自分の感情と価値観を優先する若さ。全てかつての自分が持ち合わせ、いつしか自分が失った物だ。
今にして思えば若いとはなんと愚かな事だったのだろうと思わざるを得ない。無意味に意地を張り無意味に誇り高くあろうとし無意味に考えを変えようとしない、馬鹿としか言えない生き方をするのが若者だ。
だが同時に、そういう若さがあるからこそ…若者は誰しもが英雄になり得るのだろう。
「んじゃあ俺も帰るぜ、可愛い妹にクレープ買って帰らないと」
「……フンッ」
そしてストゥルティもまた立ち去り…自分は一人になる。冒険者協会内部も信用出来る人間が少なくなり始めた、最高幹部をケイトが務める以上上層部の大部分は信用が出来ない。
何より、それを表立って指摘することも…我輩が気づいている風を装うことも許されない。無知で馬鹿で頓馬の会長でなくてはならない…それが嫌だということはないが、想像していたよりも窮屈な老後になった物だ。
「たった一人で…随分寂しい老人に成り果てたねぇガンダーマン」
「む……」
チラリと料亭の外に出て、その脇で壁にもたれる影を見て…顔色を変える。そこには随分懐かしい顔があったからだ…。
「シャナ、お前生きていたのか…」
「ケッ、悪いねぇ。あたしゃあんたより長生きするって決めてんだ。テメェがくたばらない限りこっちも中々死ねないんだよ」
冒険者協会技術部門局長にして冒険者協会四人の最高幹部…つまりケイトと同じ地位に立つクソババア…シャナがそこには立っていたのだ。相変わらず油で汚れた服を着て見窄らしいと言ったらありゃしない。
「フンッ、数年も消えておいて今更何をしに帰ってきた」
そして、こいつはここ数年行方不明になっていたのだ。どうせどこかでくたばったんだろうと割り切っていたが…まさか生きていた上にまた帰ってくるとは。
「ヘッ、なんだい?あたしの心配してたのかい?」
「してるわけがないだろうが、精々していたわ!」
「だろうねぇ…あんたは自分の息子に逃げられた時も同じこと言ってたからね」
「…………あんなやつのことなど知らん」
息子…もうかれこれ二十年は会っていない馬鹿息子。冒険者などになるなと言い含めていたにも関わらずまんまと冒険者になって逃げ仰た大馬鹿息子、我輩が一体アイツにいくらの金をかけて育ててやったかも理解せずに命を売りに出すような冒険者という職に就きたいなどと…馬鹿馬鹿しい。
「アイツのことなど忘れたわ!せっかく高い金を払っていい学校に行かせ、不自由なく生かせてやった物を、恩義も返さず出ていくような奴なんてな!」
「そうかい、ならこれは朗報かい?…死んでたよ。その馬鹿息子は」
「……………調べに行っていたのか」
「別にいいだろう、あんたにとっては馬鹿息子でも…あたしにとっては可愛い息子なんだからね」
「……………」
そうか、やはり死んでいたか。会長として奴が冒険者として生きていることは認識していたが…敢えて手を出さずにいたが、そうか…死んだか。
「フンッ…だから、馬鹿だと言ったのだ」
「かもね」
馬鹿な奴め、いつもそうだ。我輩が言った事はどんな簡単なことさえも出来ない愚図だった。なぜ我輩より長生きしろ…なんていう簡単なことも出来んのか。…理解に苦しむ。
「けど、どうやらあの子…結婚してたみたいでね。子供を作ってたよ」
「…………………」
「おや?驚かないのかい?」
「それらしき物を…ストゥルティのクランで見かけた」
「ハッ、一発で分かったかい。そうさね…アレは若い頃のあんたに似て──」
「目元がお前に似ていた、美人だった頃のな」
「……ハッ、頭どころか目も悪くなったかい」
名前は聞いている…ルビー…だったか。まさかとは思ったが、アレが…馬鹿息子がこの世に残した最後の物か。まぁどうなろうが知ったことではないか、どうせ出ていった馬鹿息子の子供だ、我輩は関係ない。
「あたしはね、あの子の足跡を追って…ルビーの存在に辿り着いた。けどあの子理想卿の地下施設に囚われていてね…そこでギャングまがいのことして生きてたんだ」
「……なるほど読めたぞ、アレが地上に出てこれたのはお前の尺金だな?大方一緒に地下に潜って自分の孫娘を助け出していたんだろう」
「そうするつもりだったけど、いざ前にすると『貴方のお祖母ちゃんですよ』…なんて言えなくてね。見知らぬババアとして見守っちまった…ルビーを外に出してくれたのはエリス達さ」
「エリス……魔女の弟子達が?」
「そうさ、あの子達はやるよ。魔女嫌いのあんたは認めないかもしれないが…アイツらは根底から何かを覆すことが出来る子達さ、だからもうちょい信用してやんな」
エリス達が…我輩の孫娘を。……だからなんだというんだ。
「フンッ、それを恩に感じろと?馬鹿馬鹿しい。我輩にはもう息子はおらんのに何故孫がいることになる、アレは出ていった時点で我輩の息子ではないわ!」
「そうかい、まぁどうしろってのはあたしが言うことじゃないしね。けどね…ガンダーマン、見てみな」
「……………」
そう言いながらシャナは我輩の隣に立ち…前を見る、そこには先程立ち去って行ったストゥルティがクレープ片手に歩いており…。
『なぁなぁストゥルティ!エリスさん達は!?エリスさん達はどこに行ったんだよ!』
『だぁー!うるせぇな!だから知らねーって!』
『はぁー!つかねぇな!ってかそれ!クレープか!私にくれよ!』
『嫌だよ!これは俺の可愛い──』
『部下の物か?可愛い部下なら私だな!ありがとな!』
『あ!おい!待てやおい!それは俺の可愛い妹の奴なの!あ!食うな!』
ストゥルティと共に何やらわちゃわちゃやってるのは…件のルビーか。
……元気そうだな。
「若者の未来を守るってのは簡単なことじゃない、道を切り開いてやることも単純な話じゃない。ガンダーマン…あんたならこの事が少しはわかるんじゃないかい?」
「…………もう忘れたわ、そんな事」
「ああそうかい、……あんたはまだ会長なんだ。もう英雄じゃなくなったとしても役立たずだとしても会長だ、薄氷の上で生きる若者達が未来に進めるよう、頑張って人柱になりな」
「………励ましのつもりか?」
「寂しそうだったんでね、じゃあね?頑張りな」
「フンッ、赤の他人に何を言われても何も思わんわ」
そうしてシャナは去っていく、アイツはいつも五月蝿いのだ…だがそれでも、アイツがこう言う時に我輩に…俺に言う言葉はいつも正しく、そして的を射ている。
頑張りな…か。そうだな、折角協力者も得たのだから…もう少し張り切るか。
……………………………………………………………………
「ってわけで特別領事街ヤマトに旅立つことになったわけだが…これからどうするか」
そして八人並んで歩くエリス達は…次の目的地に向かう前にこの街で出来る事はないかと話し合う…が、そんなの話し合うまでもなく決まっているだろう。
「はい!城に行きましょう!ステュクスに会いたいです!」
「え……?」
ステュクスに会わなくちゃいけない、彼も頑張ったんだし最後にお別れのハグと頑張りましたねのいい子いい子をしてあげないと可哀想だ…と思っていたのだが、エリスがステュクスに会いたいと言うとみんな顔を青くして…。
「何…?トドメ刺し損ねたからこれから殺しに行こうって話?」
「そんなことするわけないでしょッ!エリスの可愛い弟ですよ!」
「エッ!?今なんて言った?エリスの可愛い…え?」
「弟です!あの子も今まで頑張りましたからね!お姉ちゃんがギューってハグして褒めてあげないと」
「これアレか?ハーシェルの影のアンブリエルが完全模倣で化けてる偽物とか?」
「アンブリエルならもっと完璧に化けるかと。恐らくルビカンテの影響で狂ったとか?」
「うーん、エリスがこんなこと言うわけがない、解釈違いだ」
「本物です!言います!解釈一致です!」
何故みんなしてそんなこと言うんだ!いや確かに今までエリスはステュクスに過激だったかもだが!もう反省して彼と仲直りしたんですよ!エリスはお姉ちゃんなんですから!
「ともかく!お姉ちゃんは弟に会いたいです!」
「そ、そうか…なら城の方に行くか」
「ステュクス様には今回の件のお礼もしなくてはなりませんしね」
「別れの挨拶も必要か」
と、話している間に直ぐにエリス達は王城の門の前までたどり着く。多分ステュクスも起きているだろう…けど今に至るまで結局ステュクスは現れなかった。ならない閉会式の時にもいなかった。恐らく何やら忙しいんだろうとは思うけど…多分挨拶くらいまでなら出来るはずだ。
そう…考えていたのだが。
「なんだ、やけに騒がしいな」
「何かあったのでございましょうか」
城の方が何やら慌ただしいのだ。門を超えて城に入ってみると…何やらあちこちで戦闘があったような、そんな破壊の跡が各地に見える。まさかエリス達が寝ている間に…ルビカンテと戦っている間に城の方で何かあったのか?
慌ただしく駆け回る兵士達に何か話を聞くわけにもいかず、エリス達は妙な喧騒を漂わせる城の中を八人で纏って歩く。
「なんか…嫌な予感がする」
「え?」
ふと、何やら青い顔をして胸元を押さえるデティが…不吉なことを言うんだ。
すると…。
「あ、ステュクス様とレギナ様です」
メグさんが指差す先。そこにはレギナちゃんとステュクスがいた、廊下の真ん中で話し合っているようだが…様子がおかしい。
ステュクスは背を向けているから分からないが、レギナちゃんの様子が明らかにおかしいんだ。とても憔悴している…顔は青く、嫌な汗もとてもかいている、これは異常だ…そう感じたエリス達は慌てて二人に駆け寄ると。
「あ!エリスさん達!」
「姉貴…?」
レギナちゃんが気がつき、ステュクスもまたこちらを見る…と。
「ステュクス、貴方……」
「……………」
思わず驚いてしまう、ステュクスの顔が…おかしいんだ。まるで…エリスがステュクスに対して恨みを抱いていた時のような。激しい憎悪と激怒に心を囚われ、闇を抱えたような…そんな酷く人相の悪い顔でこちらを見ていた。
あまりの出来事に固まってしまう、さっきまで…夢の世界で見ていたステュクスとあまりにも感じが違いすぎて…ハグもナデナデも出来る感じじゃない。
「ど、どうしたんですか!その顔…何かあったんですか!」
「……………」
「ステュクス!」
「あの、実は…エリスさん、その……」
「いい、レギナ…俺から話す」
するとステュクスは、問い詰めるエリスに向けて…大きなため息を吐きながら、目元に涙を浮かべ…再度、エリスの顔を見て…。
「実は……」
エリスの顔を見て…顔を、見て………。
「俺の師匠が、ヴェルト師匠が殺された」
「え……?」
「犯人は分かってる、オフィーリア・ファムファタール…セフィラの一人『美麗』のティファレトが、俺の師匠を…殺したッ…!!」
唖然、とはまさしくこの事か。エリスは何も言えなかった…涙を流し、憎悪と激憤に駆られる彼の姿を前に、姉として…何も言えなかった。