675.魔女の弟子と大冒険祭閉会式
「そうか…アルタミラは……」
「はい、でも…決着はつけました」
「そうか」
ちゅんちゅんと小鳥が囀る気持ちの良い朝時、サトゥルナリアとラグナは二人で医務室の前に座り…語り合う。事の顛末を報告しているんだ。
「いきなり夢の世界が崩れてどうなるかと思ったが、なるほど…あれはルビカンテが消えた事で起こった物だったんだな」
「はい、なので皆さんを捕える物がなくなって…無事起きれたんだと思います」
僕はルビカンテを倒した、僕が八大同盟の盟主を一人倒した…と言えばまだちょっと現実味がないけど、でも倒したんだ。間違いなくこの手で。
ルビカンテの消滅により夢の世界もまた瓦解した、ルビカンテこそがあの世界の核でありあの世界こそがルビカンテそのものだったから。みんなを捕える物がなくなり皆の意識は無事…解放され、僕達は目を覚ました。
気がつくと既に朝方で…それで今に至るわけだ。目を覚ました医療班の人達はみんな大慌てでエリスさん達の治療を行なっている。どうやら色鬼になっていた人達は夢の記憶がないらしく気がついたら寝ていた…と青い顔をしてエリスさん達の治療に戻ったよ。
で僕達は今その冒険者協会の医務室の前で待機している…というわけだ。
「そうだな、ナリアのおかげでみんな目を覚ます事が出来たんだ」
「はい……でも、アルタミラさんは」
「……………」
みんな目を覚ました、けどまた動き出したこの世界にアルタミラさんはいなかった。僕が夢の世界に落ちた時目の前にいたはずのルビカンテ…だが目を覚ますとそこにはルビカンテもアルタミラさんもいなかった。
どうやら既に本物のアルタミラ・ベアトリーチェは死んで長かったらしく。死したアルタミラの体を無理矢理ルビカンテが魂を繋ぎ止めていたようで…ルビカンテが消えたことによりアルタミラ・ベアトリーチェの肉体もまた塵になってしまったようだ。
その場には、アルタミラさんが使っていた筆だけが残されていた。つまり…僕の知るアルタミラさんはもうこの世に居ないという事。それがひたすらに悲しかった…けど、歩みを止めるわけにはいかない。
約束したから、頑張るって…だから今はもう泣かない。
「強くなったな、ナリア」
「え?」
ふと、隣を見るとラグナさんが何やら思わせぶりな顔つきで僕を見ていた…強くなったって。
「ああそうです!僕覚醒できたんです!強くなれました!」
「そうじゃねぇよ…俺が言ってるのはッてえェッ!?マジで覚醒したの!?ああ…いや、今はそうじゃなくてだな。なんつーか人として心が強くなった、そんな気がするんだ」
「そうでしょうか…」
「ああ、そうだよ。元々強かったのに…今はもう最強に見えるぜ、ナリア」
「……えへへ」
ラグナさんに言われるとなんだか嬉しいなぁ…なんて考えていると、ふと目の前の階段を誰かが駆け上がってくるような音を聞いてそちらに目を向ける。そう言えばここは冒険者協会の二階だったな…つまり冒険者の誰かが…って!
「おう!やっぱここいたな!ナリア!」
「無事だったかにゃ!いやぁ流石だにゃあ!」
「ストゥルティさん!ネコロアさん!」
ストゥルティさんとネコロアさんだ、二人とも目を覚ましたのか僕の様子を見に来てくれたようで。僕を見つけるなり二人は肩を叩いたりほっぺをクリクリしてきたりと色々可愛がってくれる。
「俺達が解放されたってことはルビカンテ倒したんだよな!よくやったマジで!」
「うにゃあこっちも色々やばかったにゃあ。ナリアが頑張ってくれてなきゃ今頃おっ死んでたにゃ!」
「テメェは後半サボってたろ!」
「お前は前半サボってたにゃ!」
「あはは…まあまあ」
何やら喧嘩を始めた二人を宥めつつ、苦笑いを浮かべる。あれだけの戦いを乗り越えても二人の関係はあんまり変わらないようだ。
「それより、ロムルスはどうなったんですか?他のフォルティトゥドは…」
「ああ、その件なんだがな…さっき様子見に行ったらフォルティトゥド連中もみんな解放されてたよ。ただまぁ…夢のことは覚えてなかったけどな」
「そうですか…ロムルスは」
「ロムルスは、消えた。一緒にいた悪魔と一緒に塵になって消えたよ。まぁあんなやつだ、死んでもいいだろ」
そうか…ロムルスは死んだか。どうやら悪魔と同化して強くなったはいいが、それによりルビカンテの崩壊に巻き込まれて一緒に消えてしまったようだ。自分の野望や独りよがりの恋心で彼はあまりにも多くの人たちの人生を狂わせすぎた。これもある意味…自業自得なのかもしれない。
「ともあれそれ以外は全員無事だ、ハルも元気だったぜ?ただまぁ…色々疲れたらしいから今は休んでるがな」
「なるほど…」
「ああそうだ、それより───ん?」
ふと、ストゥルティさんは何かに反応し後ろを見る。ストゥルティさん達が駆け上がってきた階段を…また誰かが上がってくる音がするんだ。誰だろう?ヴァラヌスさん?それともステュクスさん?そう考えていると…。ヌッと手が手すりを掴んでそれが顔を見せて…。
「ステュクスはここにいますか?」
「え、エリスさん!?」
「おま!エリス!なんでお前外にいたんだよ!?」
エリスさんだ、しかもズタボロ…というかダアト達にやられた傷をそのままの状態になんか外からやってきたのだ。なんでこの人外から来るんだ?医務室にいたんじゃないのか!?
「ああ、すみません。なんかエリス途中で起きちゃったみたいで…それよりみんなは?ステュクスは?あっ!血が滴っちゃった…床が汚れちゃいましたね」
「それよりお前は治療受けてこい!」
なんでこの人この傷で元気に動き回ってるんだ…。相変わらず化け物じみてるな…とラグナさんに医務室に放り込まれるエリスさんを見て苦笑いを浮かべていると…。
「ま、まぁそれよりだにゃ。お前らどうするにゃ?今日」
「え?」
「何がですか?」
ふと、ネコロアさんが聞いてくるんだ。これからどうするんだ…と、その言葉を前に数秒考え…思い出す。
「ああ!大冒険祭!」
「やべぇすっかり忘れてた!今日だよな!?」
「ああ、今日の昼頃だ」
「うぅ…エリス達がそれまでに復活できるか分からねぇな」
「復活出来ても万全じゃないですよね…それにアルタミラさんもいないし十人揃いませんよ…」
そう、すっかり忘れていたが大冒険祭は今日なんだ。昨日の明朝の第三戦が無効試合になったから今日やり直しをする予定だった。ルビカンテの騒動ですっかり忘れていた…。
エリスさん達が仮に復活しても起き抜けで万全じゃないだろう、何よりアルタミラさんがいないからチームメンバーも不足してるし…どうすればいいんだ。
「なるほどな、色々やばいみたいだな…」
「まぁでもそんな事だと思ったからにゃ、取り敢えず…ラグナ。一応棄権はせず出場資格はそのままにしておくにゃ」
「え?でも参加出来るか分からないぜ」
「いいにゃいいにゃ、まぁそれだけにゃ。昼頃までには全員で取り敢えず動けるようにはなっておけにゃ」
「お、おう…」
なんだかよく分からないけど、何かありそうな口振りから発せられた話に僕達は困惑する。そんな困惑など知ったことではないとばかりに二人は階段を降りて消えていく。
しかし棄権しないにしても僕達はもう十人じゃないし…というか。
(ステュクスさんはどうしたんだろう)
先程エリスさんがやってきた時、ステュクスさんの所在を聞いていたことで思い出す。一応彼もチームメンバーだし…何よりお礼を言いたいんだけど。
まぁステュクスさんの話を聞くに彼は王城の方で眠りについていたらしいし、起きるのも王城だろう。なら多分城の方にいるはずだ…今はエリスさん達の治療が終わるまで離れられないから、全部が終わってからまた会いに行けばいいか。
………………………………………………
「いやぁ、なんかとんでもないことになってたね」
「だな…まさか夢の世界とは」
「寝てる間に八大同盟に喧嘩売られるとは…なんつーか大冒険祭どころの騒ぎじゃなかったな」
「ん、びっくり」
「みんなぁ〜〜!」
一時間後、医務室から出てきたのは傷ひとつなくなったみんなの姿だった。と言っても元気な姿は夢の中で見ているが…それはそれとして無事生還出来てよかった。
「うぉぉおお〜〜ん!俺ッ!みんなが死んじまうかと思って不安だったよぉ〜〜!」
「泣くなよラグナ、俺ぁ暫く泣いてる人間は見たくねぇ…」
「そんなこと言うなよアマルト〜!!」
ラグナさんに至っては先から滝のような涙を流してみんなの無事を喜んでいる。僕だって同じだ…本当によかった。
「あとナリア、頑張ったな」
「ああ、君がルビカンテを倒したんだろう?」
「エリスはその辺の事情よく分かりませんがナリアさんが戦っていたことは知っています。すみません、助けに行けなくて」
「え…あ…えへへ」
よくやった、頑張った、そう言って褒められるとなんだか照れ臭い。こんな僕でも誰かを守れたのかなって思うと…いや守り切れたかは分からないけどさ。
「ところでさ」
「はい?」
するとアマルトさんがイソイソと近づいてきて…。
「いや、ほら…アレじゃん。今んところ100%じゃん?」
「何がですか?」
「八大同盟の盟主と戦った奴が覚醒に目覚める割合。お前…覚醒したの?」
「え?あ!はい!しました!」
「マジか…!すげぇな…まさか追い抜かれるとは」
「え?アマルトさんも覚醒してるじゃないですか」
「あれは…その場凌ぎさ。でもまぁよかった!おめでとさん!ナリア!頑張ってたもんな!」
「わーい!」
アマルトさんにヨシヨシされるとつい笑顔になってしまう。嬉しいなぁ、なんて思っているとみんなに口々に褒められ始め…。
「ナリア君もついに覚醒デビューか…頑張ったな、いや頑張っていたのか」
「ナリア君凄い…ルビカンテを倒しちゃうなんて…」
「やっぱり八大同盟との戦いが良いのでございましょうか」
「やっぱり敵が強いとその分こっちも燃えますよね、エリスいつも燃えてます」
「なぁお前ら!八大同盟っていくつ残ってたっけ?次のボスは俺にやらせてくんねぇ?もしかしたらマジ覚醒できるかも…」
「私達が潰した組織がこれで四つだから…残り四つだね」
「じゃあうち一つはアマルトさん、残り三つは全部エリスが潰します」
「いやなんでだよ…」
「あはは……」
なんか、みんなが揃うとあっという間に賑やかになるなぁ。…なーんて考えていると…。
「ところで大冒険祭はどうなったんですか?」
エリスさんの言葉に僕のラグナさんが視線を交差させる…同時に二人で時計を見て。
「やべぇ!もう始まる!」
「えっ!?ドユコト!?第三戦は昨日じゃないの!?まだやるの!?」
「ああそうだ!お前らに言ってなかったな!昨日のは無効試合だ!今から第三戦やり直す!」
「えぇーっ!!俺やだ!やりたくねぇ!」
「わ、私も流石に…昨日に続きアリキーノと戦い、そしてまた大冒険祭となると…」
「古式治癒で治したとしても精神的な疲労感は抜けてないからね…万全じゃないよみんな」
「みんなは休んでて大丈夫ですよ、エリス一人で全部蹴散らすので」
「お前はなんでそんなタフなんだよ…」
「ともかく出よう一旦!会場は確かアルスロンガ平原だ!ともかく急げ!」
取り敢えず参加だけしないと、ネコロアさんからそう言われていたんだから。そうしてラグナさんはみんなを押して取り敢えず大冒険祭の会場があるアルスロンガ平原へ向かう…。
そんな中…。
「ステュクスはいないんですか?」
ふと、エリスさんが口を開き周りを見る。
「彼なら、ナリアさんを心配して直ぐにここに来ると思ったんですが…王城で何かあったんでしょうか」
なんて言うんだ…けど、その独り言に答える者は誰もおらず、終ぞステュクスさんは医務室に現れることはなかったのだった。
……………………………………………………
「もうみんな集まってるな」
街の外に出てアルスロンガ平原に向かうと…既に参加している冒険者達が一万人揃っていた。仮組みされた舞台を前に集まる冒険者達、それは僕達の姿を見るなり…。
「お!きたな大将!」
「よう!サトゥルナリアさん!待ってたぜ!」
「あんたスゲェよ!マジでやり遂げるなんてさ!驚きだぜ!」
「ささ、こっち通れよ。あんたらは最前列のど真ん中行け!」
「わわわ」
「これはどう言うことだ…リーベルタースも北辰烈技會も酷く友好的じゃないか」
みんな僕を見て褒め称えながら拍手をして、雑多な人混みが真っ二つに割れて僕達を通してくれる。みんな流石流石と言っているが…ここにいる全員が頑張ったから勝てたんだ。僕一人じゃ何も出来なかったよ。
「もう直ぐ始まるぜ、第三戦がさ」
「うにゃ、来たにゃ」
「ストゥルティさん、ネコロアさん…」
そして奥に向かうと、そこには…リーベルタースのリーダーストゥルティさんと北辰烈技會の代表ネコロアさんが舞台を前に座っており、僕達を歓迎してくれる。
「やはり君は勇者の素質を持つ男だったな」
「ヴァラヌスさんまで…でも、今から第三戦が始まるとしても、僕達参加できませんよ」
「いいから、ここにいなさい」
そうして僕はヴァラヌスさん達に促され…そこに立つことになる。すると舞台の上に誰かが現れる。それは初日以来一切姿を見せることのなかった冒険者達の王…ガンダーマンだった。
『おほん!よくぞ集まってくれた!冒険者達よ!昨日は何やらとんでもないことになっていたようだが…まぁ無事ならばヨシ!』
「ガンダーマンのジジイ、昨日なんか寝れてなかったらしいぜ…」
壇上で演説を始めたガンダーマンさんを指差して隣のストゥルティさんが補足してくれる。なんでも昨日ガンダーマンさんは寝なかったようだ…つまり夢の中にいなかったのは彼はルビカンテの誘いを跳ね除けて寝なかったと言うことか。
或いは単純に夜更かししてて気が付かなかっただけなのか…よく分からない。
『ところで昨日の第三戦がめちゃくちゃになってしまったので、今日再び第三戦を取り直すことになる。と言ってもルールの整備が面倒だったので!今からここでバトルロワイヤルを開いて勝者を決めることとする!』
バトルロワイヤル…つまりここにいるストゥルティさん達と戦うってことだよな。昨日までと違って僕の手元には『千人役者・莫逆のコロス』がある。人手の数ではまぁ負けないけど…真っ向勝負じゃまだまだ勝てる気がしないな。
『制限時間は日が暮れるまで、それまでに決まらなければ生き残った人数が多いクランを勝ちとする!』
相変わらずリーベルタース有利な試合だな…ガンダーマンとストゥルティさんが繋がってるってのはマジだったらしい。
『では試合のゴングを鳴らす!者共最強を賭けてさぁ戦え!』
そうしてガンダーマンは近くの銅鑼に向け槌を振り翳し────今、本当の第三戦が始まって……。
『………む?どうしたお前達』
しかし、ガンダーマンは気がつく。銅鑼を鳴らす前に…今この場に集まっている冒険者達の誰も武器を構えていないことに。いつもなら即座に戦えるよう皆殺伐とするはずなのに…これはどう言うことかと首を傾げていると。
「失礼!ガンダーマン様!」
『む……貴様は……』
そんな中立ち上がったのはヴァラヌスさんだ、彼は武器を持たずガンダーマンさんに向き直り、静かにお辞儀をすると。
「申し訳ない!だが我々赤龍の顎門は…今この時を以て大冒険祭の出場を辞退する!」
『な、何ィッ!?』
「赤龍の顎門だけじゃないにゃ!北辰烈技會も辞退するにゃ!」
『ほ、北辰烈技會まで!?』
ガンダーマンは慌てふためく、いきなり大クラン二つが出場を辞退したからだ…いやそれだけじゃない。
「俺達も辞退する!」
「悪いけどこれ以上やるつもりはないぜ!辞退だー!」
「もう大冒険祭をする必要ねぇもんな!辞退しまーす!」
『ちょ!お前ら!何を言って……』
次々と無所属のチームも手を上げ出場を辞退し始めた。これではそもそも大冒険祭すら開催出来ない、そんなところまで来て…ストゥルティさんも立ち上がる。
「よう、ガンダーマンのジジイよ」
『す、ストゥルティ…まさか……』
「ああ、俺も辞退する。悪いな」
『な、何ィッ!?貴様話が違ッ……!?うぉほん!これはどういうことだ!貴様ら大冒険祭の栄誉が!グランドクランマスターの座が欲しくはないのか!?何をそんな急に!』
「昨日あの場にいなかったあんたは分からねーだろうさ」
ストゥルティさんまで辞退を宣言し、彼はガンダーマンさんが演説をする壇上によじ登り……。
「大冒険祭は最高の冒険者を決める大会だ、その時その年…今最も優れた冒険者を決めるってんなら例年通りなら俺が選ばれるべきだ、が!今年に限っては違う……俺よりももっと、最高の冒険者に相応しい男がいる」
『な、何を言っている…誰だそれは!』
「それは……」
視線がこちらを向く、ストゥルティさんの…そしてネコロアさんの、ヴァラヌスさんの、全ての冒険者の視線が僕に注がれ…………え?
「そこにいるサトゥルナリア・ルシエンテスだ!なぁおい!お前ら!文句ねぇよな!!」
『おお!ルビカンテに啖呵切ったところかっこよかったぜ!』
『あの夢の世界での戦いは忘れてねぇ!久々に身震いしたぜ!ナリアさんよ!』
『前人未到の大ダンジョンを先陣切って攻略したんだ!最高の冒険者はあんたしかいねぇ!』
「え、ええ!?僕ですか!?」
いきなりのことに慌てて立ち上がると、壇上から手を伸ばしたストゥルティさんに首根っこを掴まれ無理矢理壇上に上げられると……。
「お前だ、ナリア。お前しかいない。お前はあの夢の世界で俺たちを導いた…その姿にみんな惚れ込んだのさ」
「で、でも…」
「でももクソもねぇよ、お前は戦った。その姿に人々は感動し、現実を知りながらも絶望せず、仲間も誰もいない喪失感すら叩き砕いて勇気を振り絞り戦い抜いた……お前が頂点に立つなら俺達も満足さ」
「ストゥルティさん…」
「だから、いいよなぁガンダーマン!ここにいるナリア以外の全てのチームが辞退しちまった、そして俺たちは全員ナリアをグランドクランマスターに推薦する…問題あるか?」
「き、貴様……何を考えている」
「当然、冒険者の未来さ」
歯噛みするガンダーマンを他所に、鼻で笑ったストゥルティさんは僕の手を掴み、壇上の中心に立たせ…手を掲げさせる。目の前には万雷の喝采、僕が…優勝することに誰も違和感を抱いていない。寧ろ当然だとばかりに敵も味方も、クランもチームも関係なく、全員が拍手を送っているんだ。
「そんじゃあ不甲斐ない進行役に代わって俺が宣言する!今年の大冒険祭!優勝チームはソフィアフィレイン!そして最優秀冒険者にして初代グランドクランマスターは!ここにいるサトゥルナリア・ルシエンテスだッ!!お前ら新たなリーダーの誕生を喜べやーッ!!」
『おおおおおおおおおおおーーーーーーっっっ!!!』
爆発するような歓声と共に…天に響くような祝福が僕を包む。混迷に混迷を極めた大冒険祭…それは、全てのチームとクランが手を取り合って協力し合って、分かりあってただ一人の勝者を決める…と言う方法で幕を閉じることになった。
役者の身でこんな事を言うのはあれかもしれないが…これが。
「ッありがとうございます!みなさん!!」
めでたしめでたしというやつなのだろうか…。
こうして僕は…なんと、冒険者協会始まって以来初めて誕生する全ての冒険者を束ねる存在、グランドクランマスターになるのであった…………。
…………………………………………………………………
「ってわけだから!ごめんなガンダーマン!やっぱ例の話はなかった事で!」
「ふざけるな貴様ァァアアアァアアアアア!!!」
大冒険祭は終わった…冒険者達はこの終わりと新たに誕生したグランドクランマスターに満足し、良かった良かったと言ってまた仕事に戻って行った。第三戦は行われず…サトゥルナリアがグランドクランマスターになった、その終わりに皆が満足した中…唯一不満を持つのが。
ここにいるガンダーマンだ。
「貴様が!グランドクランマスターになるというから!我輩はお前と手を組んでグランドクランマスターという役職を作ったのに!それを寸前で!他人に明け渡すとは!正気かお前ッ!!」
「なははーっ!でもナリアを差し置いて俺がトップに座るってのもむず痒いしよ。何よりハルの件も解決したしロムルスも死んだし…ぶっちゃけ俺がグランドクランマスターになる必要もうねぇんだよな!」
「ボケカスゴミゲロ野郎がーッ!クソカスかお前は!惨たらしく死ねェーッ!」
「だっははははははッ!」
「くぅぅうう…しかも!剰え魔女の弟子に明け渡し…しかも!この場に呼ぶとは!クビにしてやろうかお前!」
「あ、すみません…」
大冒険祭終了後、ガンダーマンのお気に入りの料亭に連れ来られた魔女の弟子達はストゥルティとガンダーマンの大騒ぎを目にし…こんな感じで密談してたのかなぁと眉をひくつかせていた。
僕達はストゥルティさんの約束通り…ガンダーマンと直接話す機会というのを設けてもらったのだ。ありがたいことにガンダーマンもその場から逃げることなく…寧ろ逆に偉そうにふんぞり返っている。
これなら…色々話が聞けそうだと思っていたのだが…。
「フンッ!早う立ち去らんかい!知っているぞ!貴様ら魔女の弟子達だろう!我輩を殺しに来たんだろう!」
「えぇっ!?僕達はそんなことしません!」
「どうだかな!」
「い、いやいや!僕達はただガンダーマンさんのお話を聞きたいだけで…」
「我輩は魔女は嫌いだ!大嫌いだ!死ぬほど恨んでいると言ってもいい!そんな奴らの弟子と話し?するわけがないだろッ!早く消えろ!出なければ爆発四散して死ねェッ!!!」
「は、話にならない…」
ガンダーマンという男は…魔女嫌いで有名である、というのはもう広く知られている話だが、まさかここまで魔女を嫌っているとは。もう顔から憎悪がミシミシ伝わってくる…これは会話になりそうにないな。
「おいおいそんなこと言っていいのかよガンダーマンぅ!」
「ああ?」
するとそんな中助け舟を出してくれるのはストゥルティさんだ。
「今のグランドクランマスターはナリアだぜ?ナリアが俺たちに仕事をするな…と言えば俺達は従わなきゃいけない。今この場において決定権はナリアが持っているんだぜ?無碍に扱わない方がいいと思うがなぁ〜」
「ストゥルティ貴様どっちの味方だ!」
「そりゃナリアだぜ、恩人だからな」
「くぅぅ……!」
ストゥルティさんの言葉に…もうすんごい嫌そうな顔で目を細めてこっちを見つつ、歯軋りをしたガンダーマンは…大きくため息を吐き。
「はぁぁぁ…仕方あるまい、では話くらいは聞いてやる…話をしたらとっとと消えろ」
「うう、そんなに嫌わなくても…でもありがとうございます、それじゃあ…ラグナさん」
取り敢えず話は聞いてくれるようだ…というわけで魔女の弟子とストゥルティさん、そしてガンダーマンしかいないこの部屋で…目的のことを聞くとしよう。
この話をするなら、僕達の頭目であるラグナさんが相応しいだろう。
「んじゃ、俺から聞くぜ」
「……貴様、アルクカースの王か…」
「え?そうだけど」
「……ジークムルドの倅か…フンッ!忌々しい」
「親父のこと知ってんのかよ。まぁいいや、単刀直入に聞くぜ?…あんたマレウス・マレフィカルムの関係者か?」
「何?」
ガンダーマンの目つきが変わった、さっきまでの激怒したような…荒々しい目つきではなく、怜悧で冷静な瞳に戻り…ラグナさんの顔を再度見直すんだ。
「マレフィカルムの関係者…我輩が?確かに完全に無関係というわけではないが」
「じゃあ質問を変える…あんたがセフィラか?」
「………貴様ら、セフィラにまで辿り着いているのか」
ガンダーマンの目が今度は驚きに変わる、すると彼は拗ねたように背けていた体をこちらに向け…襟を正すと。
「質問の意図はよく分からんが、答えよう。我輩はセフィラではない」
「セフィラって聞いて何か分かってるってことは…あんたセフィロトの大樹を知ってるのか」
「無論だ、……我輩は今それと戦っているからな」
「え!?」
「何!?」
「マジかよ!」
魔女の弟子達が全員立ち上がりそうになるくらい、驚く。僕もだ、だってびっくりじゃないか…ガンダーマンが、セフィラを知っているどころか、セフィラと戦ってる?ってことはまさか…。
「あんた、マレフィカルムの協力者じゃなくて…敵対者…?」
「ああそうだ、と言っていいかは分からんが…我輩にとってセフィラやマレフィカルムは目の上のたんこぶなのだ。しかしそうか、盲点であった…てっきり貴様らは我輩を殺しに来たものと思っていたが、思えばセフィラは反魔女を掲げる集団、敵の敵は味方であったか」
想像していた以上の収穫に、僕達は思わずゴクリと喉を鳴らす。まさかトラヴィスさん達以外にマレフィカルムと戦っている人達がいるなんて。僕達てっきりガンダーマンさんがマレフィカルムの協力者だとばっかり思ってたよ……。
「でもなんであんたがマレフィカルムのと……」
「決まっている…冒険者協会のためだ」
「冒険者協会の……?」
「ああ…」
するとガンダーマンはチラリと窓の外を見て、何かを憂うように髭を撫でながらモノを語り始める。
「お前達は知っているか分からないが、今冒険者協会はマレフィカルムの隠れ蓑として内側を完全に食い尽くされている。ただの冒険者に見えて実は裏でテロ工作をしていて…なんてのも珍しくない」
そう言えばそんな話を聞いた事があるな…ガンダーマンさんはその事を知っていて、そして憂いていたのか。
「我輩はそれが不健全であると考えた。冒険者は無辜の人々のためにあるべきなのに犯罪組織のスケープゴートになどされている場合ではない。だがしかし、マレフィカルムは協会の奥深くまで潜り込み…最早切除は不可能だ。そこで確実にマレフィカルムと無関係の人間に冒険者達を支配する力を与えようとしたのだがなァ……!」
「なはは!」
ギロリとガンダーマンさんはストゥルティさんを睨みつつ、ため息を吐きこちらに目線を戻す。
「マレフィカルムは我輩にとっても憎い敵だ、故に絶対にストゥルティにグランドクランマスターになってもらう必要があった…」
「なぁ、ガンダーマンさん…一ついいか?」
「なんだ」
そんな中ラグナさんが小さく手を上げて、首を傾げて疑問を口にする。
「それどうしてもリーベルタースじゃダメなのか?それこそあんたの後継者を標榜する赤龍の顎門とか北辰烈技會とか…リーベルタースじゃないといけなかった理由ってなんだ、まさか…」
「赤龍の顎門に関しては単純に器ではないからだ、我輩の作ったクランだが我輩のいない赤龍の顎門など烏合の衆だからな」
「ひ、ひでぇ…」
「そして北辰烈技會に関しては…ダメだ。この組織はマレフィカルムが関わっている」
「えッ…!?」
思わず口を押さえて立ち上がってしまう。北辰烈技會が…マレフィカルムの関係者?じゃあネコロアさんも?そんなバカな!マレフィカルムのマーレボルジュと戦う時あんなに協力してくれたのに!あんな人がマレフィカルムな訳…。
でも、なんとなく全てが当てはまってしまう。ストゥルティさんがネコロアさんを前に『グランドクランマスターの座を北辰烈技會に譲ってはいけない理由を語らなかった件』『冒険者協会内部でガンダーマンの話をあまりしたがらなかった理由』が当てはまるんだ。
ネコロアさんの前で話さなかったのは北辰烈技會がマレフィカルムの関係者で、冒険者協会内部にはどこにマレフィカルムの手のモノがいるか分からなかったから…じゃあ本当に。
「勘違いするな、あれを率いているネコロアはクリーンだ。だが…北辰烈技會のクランマスターはダメだ。彼奴は…彼奴こそが、冒険者協会にマレフィカルムの人員を送り込んでいる張本人、此度の件の黒幕なのだからな!」
「そう言えば北辰烈技會のクランマスターは今回参加してなかったな…」
ネコロアさんは飽くまで代理、本当のクランマスターは今別の場所にいるという話だった。じゃあ悪いのはネコロアさんではなくそちら?
「忌々しい、あんな奴入れるのではなかったわ…」
「で、それなんて名前なんだ?俺達セフィラをとっちめてマレフィカルムの本部の場所を聞き出したいんだ…」
「何?それが目的か?…………待て、お前達その話他の誰にもしていないよな」
「え?割としてるけど…」
「バカタレ!まさかと思うが……それ『ケイトにも言っていない』だろうな!」
「は?ケイトさん……?」
ガンダーマンが顔色を変える、ケイトに言ってないだろうなと…けど残念ながら言っている。寧ろこのマレフィカルムの本部捜索の話をいの一番にしたのはケイトさんだ…けど、それがなぜ……。
「ッ…!待て!貴様ら魔女の弟子だったな!」
「あ、ああ!それよりなんだよ!なんで今ケイトさんの話が出た!その話的にもしかしてケイトさんもセフィラ───」
「それどころではない!貴様ら八人の魔女の弟子だよな!我輩が見るに…今貴様らが『七人』に見えるのは気のせいか!?」
「はァ!?」
バッと振り返る、数える、七人しかいない…いない…エリスさんがいない!
「エリスがいねェッ!?」
「えぇっ!?エリスちゃんどこに行ったの!?」
「嘘だろいつの間に!?さっきまでいたよな!?」
「この場面で消えるか普通!」
エリスさんがいないんだ…なんだかとてつもなく嫌な予感が……。
そんな中、ネレイドさんが…『あ』と口を開いて…。
「ごめん、みんな知ってると思ってた…」
「ネレイドさん!何か知ってるんですか!」
「うん、ガンダーマンに話を聞く前に…ケイトさんに聞きたいことがあるから、先に行っててって……」
ここに来て件のケイトさん…エリスさん、一体何をしに……。
……………………………………………………
「はい?エリスさん…今なんと仰いました?実は最近歳で…耳が遠くなったんですよね」
「そうですか?」
エリスは一人、アルスロンガの近くの森にやってきていた。仲間達に一旦先に行くよう伝えつつ…一人でここにやってきたのは、ケイトさんに会いに来たからだ。
彼女は何故か街の郊外の森にいた、だからこそを捕まえて…エリスはとある質問を投げかけていたんだ。
「それよりエリスさん昨日重傷を負ったばかりですよね、休んだ方がいいんじゃありません?」
「休みます、これが終わったら。だから正直に答えてくれません?」
エリスから、視線を逸らすように背中を向けるケイトさん。薄暗い森の中…エリスは彼女の背中に質問を投げかける。
それは……。
「ケイトさんですよね、ガオケレナ・フィロソフィアの正体って」
「……………」
それは……長く、疑問に思っていた質問。答えてくれよ、ケイトさん。