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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
731/836

674.魔女の弟子と幕を閉じ終わらせる事


かつて魔女四本剣と称えられた世界最強の騎士プルチネッラと呼ばれた男がいた。彼の魔力覚醒は魔力体を一気に十人近く生み出し怒涛の連携攻撃を加えるという物で…ただでさえ強いプルチネッラが十人に増えたらそれはもう手のつけられないレベルだったという。


八大同盟の一角ハーシェル家にもいる、覚醒ではなく技術を持ってして再現した『御影阿修羅』を扱うエアリエルだ。彼女は同時に八人の魔力体を生み出し、連携攻撃を行った。


己を増やすという魔力覚醒や戦法というのは、世界を見渡せばそれなりにいる。それは確かな事実だ…。歴史上には覚醒を用いて一気に五十人に増殖した者もいるらしい。だが、しかし。


『ルビカンテ強そうだネ〜』


『勝てるかな、勝てるかナ』


「勝てる!怖気付くな僕たちよ!」


『流石本物ー!』


(なんだこれは……)


ルビカンテは絶句する、今目の前には…サトゥルナリアの大群がいる。本物以外は淡く光を放ちやや言葉尻もおかしいもののそれ以外は本物と同じレベルのものだ、何より姿形も瓜二つ。


これこそがサトゥルナリアの魔力覚醒『ラ・マハ・デスヌーダ』により放たれた千人役者・莫逆のコロスの効果。概念抽出型魔力覚醒に目覚めたサトゥルナリアは…一気に千人に増殖したのだ。


(己の魔力体を一気に千体生み出す魔力覚醒?自己増殖系の中ではあまりにも破格すぎる…百を超す数さえ聞いたことがないのに、一気に千人だと…それにこいつら)


『よーしやっちゃうゾ〜!』


「円陣組もう円陣!僕集合!」


『ワー!』


ワラワラと集まってエンジンを組むサトゥルナリア達を見る限り、魔力体それぞれに独立した意識があるように思える。それそれがそれそれを認識し各個本物の為に動いている。おまけにそれぞれがそれぞれ…魔力を持っている。


つまり……。


(一気に人手が千人分に増え、魔力が一千倍に増幅した?あり得ないだろう…こんなバカげた覚醒なんて……)


ルビカンテでさえ絶句する。サトゥルナリアが一気に千人に増えた、しかもそれぞれが意識と感覚を持ち、剰え魔力も持っている。こんなの本物と変わらない、つまりサトゥルナリアの力と魔力が一気に千倍に膨れ上がったも同然。


「これは……」


「よっしゃやるぞー!エイエイエイエイエイエイエイエイオー!」


『エイエイー!』


『行くぞ行くゾー!』


『構エー!』


円陣を組み、軍隊のように規律よく構えたサトゥルナリアの軍勢が我が前に立ちはだかる。だが……。


「フッ……いいね。面白くなりそうだ、以前よりもなお…期待出来る。この胸の渇きを満たしてくれ、サトゥルナリアァァアアアッッ!!」


それでもなお、力の差はある。この胸の渇きが私に力を与える…無限の力を、それでもなお足りないと叫ぶ心が消えぬ限り、サトゥルナリアは私を倒せない…。


覚醒したとて、同じ土俵に立っただけ、形勢逆転などしていないことを教えてあげよう。


…………………………………………………………


心が弾む、先程まで心の中でひしめいていた絶望が消えていく。それはきっと僕がこの場に魔術師としてではなく役者として立っているから。


ルビカンテが芸術的な感性の発達によって覚醒の機会を得たのなら、きっと僕にも出来るはずだと信じて…賭けた。だって同じ芸術家のルビカンテに出来るんだ、この僕に出来ないはずがない。


その決意と覚悟に応え、僕はようやく覚醒の領域に入った。驚くことに覚醒した瞬間…僕はこの覚醒の使い方をまるで熟知しているかのように理解し、運用することができるようになった。


これなら勝てる…とは思えない、だがこれなら…やれる、僕のやりたかったことが表現出来る。


そうだ、これは僕の芸術性…役者としての全てが詰まっているんだ!ならば今から行うのは…決まってるよな!


「行けーっ!僕達ーッ!」


『うぉーっ!』


『かかれーっ!』


「さぁ…来い、来いッ!サトゥルナリアァッ!!!」


僕は僕の分身を率いてルビカンテに突っ込む。その総勢は一千人、見た目や保有魔力や身体能力は全て僕と同じ、耐久性は凄まじく高く…実体を持つ文字通りもう一人の僕として機能する。


それが一千人、まさしく千人劇団…けどこのまま突き進んでもきっと結果は同じ、だが忘れてはならないのはここにいる千人は全員が全員僕…つまり世界最高と役者達ということ。


ならばこそ、こういうこともできる。


「行くぞ!『劇目・テルモピュライの剣戟』ッ!」


「なに…!?」


突っ込む僕の分身達の体が光り輝く、今から始めるのは『武闘劇テルモピュライの剣戟』。祖国を守る為に立ち上がった千人の勇士達の奮闘を描いた勇壮なる劇。それを演じるにあたって…僕達もまたそれに相応しい『設定』を得る。


そう、光り輝いた僕の分身達は全員が鎧と槍を装備し、ルビカンテに飛び掛かるのだ。


『討ち取レ〜っ!』


「姿が変わった、面白い覚醒だそんな事も出来るか。ならば私も答えよう…!」


迫る僕の軍勢を前にルビカンテもまた手の中から青色の絵の具を垂らし…その絵の具から、現れるのは大量のルビカンテ。あれはスカルミリオーネの自己増殖!そりゃルビカンテも使えるか!


「さぁ開戦だ!派手に行こう!」


「勿論!今この場がクライマックスですから!」


『行けー!押し負けるナー!』


『ぉおおおおおおおおお!!!』


衝突する、増殖した青色のルビカンテの大群と鎧を装備し勇士となった僕の分身達が街の大通りのど真ん中で激突する。


『突き進めーッ!』


『行け行け!』


僕の分身達は槍を振るい無限に増殖するルビカンテ達を蹴散らしていく、当然僕は槍を扱えないし近接戦も弱い。だがしかしこの覚醒で増殖した僕は僕の役者としての側面を強く表している。


だから、劇が始まるとその劇に沿った設定が追加される。その設定によって分身達の能力は変化する。例えば今勇士の設定を追加された分身達は…まるでアルクカースの戦士達のような強靭さを得るのだ。ルビカンテの劣化コピー達程度に負けやしない!


「ルビカンテッッ!!」


『行けー!』


そして、分身達の上を駆け抜け僕はルビカンテの元へ走る、立ちはだかる青いルビカンテ達は次々と分身の槍に切り裂かれ道が生まれる!


「ッ…サトゥルナリアッ!」


迎え撃つルビ、咄嗟に自己増殖をやめ別の絵の具を出そうとするが…遅い、遅いよ。今の僕は…一人じゃないんだから!


「『ユニゾンコーラス・スプリング』!」


『おおーっ!』


僕の掛け声に応じて分身達が一斉により集まり、五人の分身が僕の背後に飛びかかり僕の体を五人で同時に蹴り飛ばし加速し、一気にルビカンテに肉薄すると同時に胸元からカードを取り出し…そして。


「『衝爆陣・武御名方』!!」


「グゥッ!?」


叩き込む、爆裂するカードをルビカンテの顔面に。策を弄さず始めて真っ向からルビカンテに当てたクリーンヒット…これにはルビカンテも防御もできず地面を転がる。


当たった、当てられる、これなら…やるぞ、やれるぞ!やるんだ!


「ぐぅううう!!小賢しい…小賢しい小賢しい小賢しい!!」


そのまま吹き飛ばされたルビカンテは爪を地面に食い込ませ、牙を剥き出しにしながら地面を掴んでグングンと振り回す。地面はまるでカーペットのように波打ち衝撃波を放ち迫ってくる。


「ッ劇目!『流浪風雲譚』!」


直様分身達に命令を下す。新たな劇目…その名も『流浪風雲譚』、その設定を追加された分身達は戦士の装束から旅人の姿へと変わり、僕を持ち上げて投げ飛ばす。


『逃げろ逃げロー!』


『行け行け本物ー!』


「ッ……!」


投げ飛ばされた先にいた別の分身を踏みつけ飛翔し、更にその先で待機していた分身の手を掴み投げ飛ばしてもらい、分身達との連携を用いた流れるような高速移動で衝撃波を回避する。


「この短時間でそこまで覚醒をコントロールするか…やはり、君は私と同じ感性を持つ者のようだ……」


「違う!断じて違う!僕は…感性なんかで芸術を作らない。人を楽しませるための芸術だ!自分の才能なんかに依存する芸術なんて独りよがりの自己陶酔に過ぎない!僕はそんな芸術など選ばない!」


空高く、飛び上がる、分身達による胴上げにより天高く飛翔した僕はそのまま天に手を掲げ…。


「劇目!『空絵筆』!」


『ワーッ!』


天に掲げた手の先に、分身達が飛び上がりながら集まってくる。総勢百人の僕が空に飛び上がると同時に…懐から取り出すのは、コーチからもらった光魔筆。


「ッ!?持ち物までコピーされるのか!?」


「『百連金龍九天・玉鏡之陣』!」


百人が同時に魔術陣を書き上げる『空絵筆』。皆が同時に作り上げたのは金龍九天・玉鏡之陣…古式魔術の中でも大技に部類される一撃。そんな魔術陣が空を埋め尽くす程に一気に量産され、光が大地を満たす。


「行けッ!金龍の群れよ!」


本来は九匹の光の龍が相手に突っ込む魔術だが、今はそれが百個ある。合計九百匹の龍が毛束のように乱射されルビカンテの立つ大地を跡形もなく消し去り、街どころか大地の形すら変えてしまう。


「どうだ!」


そして分身にキャッチしてもらい地面に着地する、今のは当たった…かなりダメージは入ったはずだ。このまま行けば……。


『ねぇねぇ僕』


「ん?なに?僕」


すると分身の一人がおずおずと話しかけてきて…。


『いやぁこのまま攻め続けても倒すのキツくないかナ。さっきもダメージを与えても直ぐに回復されたシ』


『そうだヨー、やり方考えなヨー』


『そんなんだからいつも負けるんヨー』


「な、なんだよ。僕のくせに僕を責めるのかよ…」


ワーワーと分身達が僕を責め立てる。まぁ実際そうだ、ルビカンテは正攻法じゃ倒せない、そこは僕も分かってる。


『何か考えはないノ?』


「あるよ、あるから覚醒出来たんだから」


『おおー!流石僕ー!』


『わーわー!』


今のはほんのデモンストレーション。僕だってやれるんだぞ?ってのをルビカンテに思い知らせつつ僕の覚醒がどんなもんかを確かめる為の準備運動だ…。本気で戦うのはここから…僕の真骨頂を見せてやるのは、この覚醒の真の力を披露するのはここからなんだ。


「よし、じゃあ僕達!行くよ!『台本』の調整はいらないよね…みんな僕だから!」


『オオー!』


これから披露するのは本物の至上の喜劇、ルビカンテが見せる血みどろの風刺でもなんでもない…本物のコメディ。


脚本僕、主演僕、助演僕、モブからなにから全て僕。世界最高の役者だけで構成された世界最高の劇団による……世界を呑む喜劇。見せてやる。


…………………………………………


「大した威力だ……」


燻る砂塵の中を歩むルビカンテは愉快そうに笑う。サトゥルナリアが見せた一撃は確かに凄まじかった、魔術箋すらも凌駕する絶大な威力だったと言ってもいい。だがそれすらも今のルビカンテには通じない。


狂気の渇望、これが尽きない限り私は倒れない。無限に体は再生し尽きない体力で相手をすり潰す…この世界では私は無敵だ。


「慣れない覚醒、いつまで維持できるかな…」


やたらめったらに増えた視線のせいで最早どこにサトゥルナリアがいるか分からないが…関係ない。全て我が狂気で飲めば…。


「おい!ルビカンテ!」


「あ?」


ふと、名前を呼ばれ振り返ると砂塵の向こうに数多のサトゥルナリアの影が見える…どうやら後ろを取られたようだ。


「無尽蔵に増えた僕に手も足も出ないようだな」


「僕が千人だもんね、数の暴力だ」


「お前はこれから僕にタコ殴りにされる」


「本物の僕を見つける事もできず、お前は一方的にやられるんだ」


「………大口を叩くね」


私を囲むサトゥルナリア達の影に向き直り、睨みつける…すると、砂塵が薄らと抜けていき、その姿が顕になり────。


「フフフッ!どれが本物の僕が分かるまい!」


「…………」


そこには大量のサトゥルナリアが腰に手を当てて胸を張っていた…全員が全員うっすらとした光を放っているが、一人光ってない奴がいる。アレが本物じゃないのか……。


「僕そっくりな奴がこんなにいるもんね」


「おまけに可愛いし」


「惑わされているようだねルビカンテ」


「まぁ君には一生かけても本物は見つけられないだろうね」


「そうだよ、隣の本物の言う通り」


「そうそう…って言っちゃダメじゃないかー!」


「しまったー!」


「…………」


ガガーンとオーバーリアクションをするサトゥルナリアを見て、困惑する。私はなにを見せられているんだ…。


「茶番はもういい、消えてくれ」


「ギャー!消されるー!」


「ウワーッ!本物が消されちゃう〜!」


「どうしようどうしよう!」


「でも大丈夫!なぜなら…」


「「「「本当の本物はお前の後ろの樽の中にいるからだ!」」」」


「えっ…!?」


咄嗟に振り向くとそこには街の一角に置かれている樽が見えて…、同時に樽がガタゴト動くと共に中かドーンと恐らく本物とサトゥルナリアが現れ────。


「って言っちゃダメじゃないかー!」


「アホか」


「ぎゃーん!?」


魔力衝撃を放ち樽ごとサトゥルナリアを吹っ飛ばす。一体なにがしたかったんだこいつらは…。


「うぅ…なんて鋭い突っ込み…」


「大丈夫本物!?」


「うわー!不意打ち作戦失敗だー!」


「大丈夫だよ僕達、僕は平気だから…でもここはお返しをしないとね、ここは奥の手を使うとしよう」


傷だらけになりながらも何故か笑顔のサトゥルナリアは慌てふためく分身達を宥めつつ私を指差し…。


「行くよ!劇目!」


「ッ……」


来る、分身達を変形させるあの技が来る…そう警戒した瞬間、サトゥルナリア達は一斉に動き……。


「『奇怪!空飛ぶ爆弾人間』!」


「なッ!?」


その瞬間分身達は一人の分身を担ぎ上げ私に投げ飛ばしたのだ、何よりその分身は両手にいっぱいの紙束を抱えており、その一枚一枚には魔術陣が書き込まれているのだ。


「みんなサヨナラー!」


「ぐっ…!!」


まずい、そう思う防壁を展開した瞬間紙束を抱えた分身は私の目の前で爆発し辺り一面を光で包む。その威力は私の防壁すらも吹き飛ばしこの身を傷つける程に凄まじく思わず膝をついてしまう。


「うっ…中々にやる…!」


手痛い反撃が飛んできた、流石にこれを百回二百回と続けられたらまずいかと再びサトゥルナリアの方を警戒しつつ見遣り……。


「うぅ…!ごめんよ僕!」


「惜しいやつを亡くしたー!!」


「いい奴から死んでいくんだー!だから次僕だー!」


「ってなんでお前達の方がダメージを受けているんだ!?」


見れば、千人近いサトゥルナリア達が全員膝をついて頭を抱えて泣いていた。何故直接攻撃を受けた私より攻撃した方がダメージを受けているんだ、後悔するなら最初からやらなければ……。


「………今」


すると、一人のサトゥルナリアが…本物のサトゥルナリアが、泣くのをやめてチラリとコチラを見て…。


「ツッコんだよね」


「あ……?」


ふと、私は指摘され…口を抑える。私…今確かにサトゥルナリアの行動に、所謂ところのツッコミを入れた…が、なんだ。なんだこの違和感。


私は、そんな事を気にする奴だったか?消し飛んだ人間がいれば寧ろ笑い、泣いている人間を嘲笑う人間じゃなかったのか、それでこそ悪魔なのではないか?なら…なんで。


「まさか……」


「フフフ…分かるかよルビカンテ、これが本物の喜劇だよ。お前の言う喜劇は…偽物さ」


「ッ……」


まさか、この私が…呑まれていると言うのか、この状況に…!?


「さぁ行け!僕達!」


「うおぉーっ!ッあいたー!」


「あっ!転んじゃった!」


突っ込んでくるサトゥルナリア達、されど軍勢は緊張感を欠くように転んだり…。


「ちょっと!さっき僕のこと押したでしょ!」


「言いがかりだー!」


「ワーワー!」


ポカポカとふざけるように喧嘩したり。


「なにしてるのルビカンテ!戦わないと!」


「ってなんで敵の応援してるんだよー!」


ふざけて私の隣に立ってみたり…なんだ、なんだこの虫唾が走るおふざけは。ただふざけ倒してるだけじゃないか…!!


「やめろ……!」


「見てみてー、絵の具拾ってきたー」


「捨ててこーい!」


こんなの喜劇じゃない、こんなのが喜劇であるはずがない。


「やめろッ……!」


「くらえー!必殺僕アターック!」


「ぎゃー!」


こんなただただ、ふざけるだけの物が喜劇であっていいわけがない。喜劇とはこの地獄のような世を嘲り、苦しむ人間を滑稽だと鼻で笑う…それが、それこそが至上の喜劇であるべきなのに…!こんなッ……!


「やめろッッ!!!」


「ひぃー!」


全身から魔力を吹き出し私の周りで戯れる分身達を吹き飛ばす。こんなふざけた茶番などに意味はない!付き合うのも馬鹿らしい!!


「怒るなよ、ルビカンテ…」


「貴様…!私の喜劇を…狂気に満たされたこの世界を穢すなッ!!」


「そういうと思ったよ…だからやってる」


必死に欠けた狂気を補うように魔力を放ち分身達を寄せ付けぬように暴れ回る…こうでもしないと、この夢の世界が崩れてしまう。


「お前は渇望の悪魔だ、渇望には満足でしか対抗出来ない。だが…狂気は違う、狂気は感情じゃない、だから狂気とはコントロール出来る物でもない…だからお前はアルタミラさんに凄惨な光景を見せて、苦しめることで狂気を増幅させようとした!その為の舞台が狂気の世界!」


私の魔力波を受けても、サトゥルナリアは一歩も引かない。分身達に背中を押させて無理矢理にでも私の前に立ち続ける…。


「だから…そういう、辛いとか…苦しいとか、狂おしい程に凄惨な空気をぶち壊す。そうすればお前の欲しがってる狂気は薄れていくからね」


「ッ…貴様」


「場にいる全てを呑んでこその舞台!空気をガラリと変えてこその劇!分かるかルビカンテ…これが本物だ、本物の喜劇だ。ただ形だけ準えて抽象的に小馬鹿にするだけが喜劇じゃない!画家風情に喜劇のなんたるかを語られたくないんだよッ!!」


「喧しいッッ!!」


更に噴き出す魔力を強化し大波とすれば、さしものサトゥルナリアも吹き飛んでいく…が。


「…分かってるんだろ、分かってるから焦ってるんだろ!アルタミラさんに…届いているから!お前は焦っているんだ!」


「ッ……!」


分身達が吹き飛んだサトゥルナリアを捕まえる、その分身の足を別の分身が掴み、その分身も別の分身が捕まえて…まるで巨大な鎖のようになりながらもサトゥルナリアは吹き飛ばされることなく空中で耐えながら…私を。


否、私の背後にいるアルタミラの意思に語りかける。


「アルタミラさん!大丈夫…僕が貴方を狂わせない、だから見て!前を!そこには貴方を笑わせる物が。広がっているんだから!」


「やめろ…!」


これ以上アルタミラを励ますな、勇気づけるな、狂気と向き合う力を与えるな。折角ここまで蓄積してきた狂気が…薄れる。感情を爆発させる狂気が薄れたら…私の力も!


させてたまるか…させてたまるかッ!!


「私から力を奪うなッ!まだ…まだこんなもんじゃ足りないんだ!もっともっと私は大きくならなくてはいけないんだッ!これ以上奪うというのなら…貴様を消して────」


「幕引きだよ…ルビカンテ、カーテンコールは期待しない方がいい」


ふと気がつくと、サトゥルナリアは空中でカードをばら撒いていた。他の分身達もまた同じようにカードをばら撒いていた。まるで千客万来の花吹雪の如く…キラキラと輝く紙束達を前に…指揮棒のように筆を振るったサトゥルナリアは、語る。


「劇目『空絵筆・天傑』」


やがて紙束は黄金の煌めきを生み出し…その全てが、私を向く。


「魔術箋『神霄雷公鳴電陣』ッ!!」


「ギッッ……!」


降り注ぐのは神の雷、ただでさえ強力な魔術箋を数百人で同時に放つ…そんな物許されていいはずがない暴挙。最後に残った切り札を使った一撃は今度こそ私を打ち据え、この体が雷光の中で…ヒビ割れ、崩れていく。


この私が…手玉に取られるなど、あっていいはずがない。ないのに…こんな……。





『ナリアさん、ありがとう…お陰で私は、向き合える。自分の狂気…そして、己の正体と』




……………………………………………………


本物の喜劇でこの空間を満たす狂気の空気を台無しにして、どっちらけにする作戦は功を奏し…ルビカンテの力は衰えた。奴があそこまで強いのは…というか感情の悪魔があそこまで感情を力に変えられているのは大元を正せば狂気が悪さをしていたからなんだ。


なら、渇望はなんともできずとも狂気の方をなんとかしてしまえばある程度の効果は見込めると思ったんだ。ただこれをやるにはそれこそ場の空気を支配するだけの演技力が必要だった…それこそ僕レベルの役者が複数人必要という無理難題だった。


だが今ならそれが出来る、世界最高の役者が繰り広げる超くだらない茶番…それはルビカンテさえ呑み込み、奴の狂気を減退させられた…そこに叩き込んだ最後の切り札『神霄雷公鳴電陣』。束ねた電撃を相手に叩き込む奥義にして、僕が今持ち得る最後の魔術箋。


それを分身達と一緒に放った、どういうわけか分身達は僕が持っている物も一緒に持つようでカードと筆も持っていた、魔力も持っていた、だから可能となる複数人による魔術箋連打…これは効いた筈だ。


効いていてもらわないと…困る。


「はぁ…はぁ…」


『大丈夫?僕』


「大丈夫って…言っておかないと」


息を切らしながら目前でもうもうと立ち上る砂煙を見上る。あの中にルビカンテがいる…。アレでどれだけのダメージが入ったかにもよるんだが…出来れば倒れていてほしい。正直ここに来るまでに得た消耗と覚醒を全力で回している消費が積もりに積もってそろそろ限界に近い。


はっきり言って体力はもうない。今は精神力だけで立っている状態だ……けど、分かるよ。


まだルビカンテは倒れてないって…何処かで理解してしまう。


「来るか……!」


そう警戒した瞬間、砂塵を切り裂いて飛んできたのは…。


『あ!危なーイ!』


「ッ僕!?」


咄嗟にすぐ近くの分身が反応し僕の前に飛び込んだ…その瞬間飛んできたのは何かの槍、いや刃?分からない。紅の刃が伸びて僕の目の前の分身を突き刺したのだ。


これがなになのか…分からないが考えるまでもないのかもしれない」


『うう、あとは頑張レー』


串刺しにされた分身はサラサラと光の粒子になって消えていく。そんな様を砂塵の向こうで見る紅の瞳はニヤリと笑う。


「ふふ、どうやらダメージを受けて消えた分身は…再展開するまでは元に戻らないようだ」


「ルビカンテ……」


ルビカンテだ、砂塵を切り裂いてルビカンテが現れる…がしかし。


「やってくれたな、やってしまったな、やり遂げてしまったな君は…私にこの姿を取らせるなんて」


「それが、お前の本性か…ルビカンテ、いや…渇望の悪魔」


現れたルビカンテの姿は最早人とは呼べない姿に変貌していた。


足は破損し陶器のように割れ、内側から噴き出た赤い絵の具が山のように積み重なり体を支え、割れた腕は間を埋めるように絵の具が伸びかろうじて腕の形を取り留め、顔なんか酷い有様だ…左の瞳は潰れ右の瞳は粉々に砕け内側の眼球が露出し、下顎に至っては完全に粉砕され胸元まで伸びる舌が剥き出しの状態になっている。


あちこちに入ったヒビからは血のように様々な色の絵の具が漏れ出て…彼女の内側から常に絵の具が噴出し続けている。まるで悪魔だ…渇望の悪魔じゃない、芸術の悪魔だ。


恐らくはあれがルビカンテの真の姿。覚醒を元に作られた本来の姿にして本性、そして本気の姿。


「お陰で…アルタミラは勇気づけられてしまった、狂気に立ち向かい始めた。私が彼女を狂わせる為に演じてきた至上の喜劇も無駄となり、また一から…アルタミラを虐め抜き狂気を累積させなければいけなくなった」


「そりゃ結構なことで……」


それはいい、アルタミラさんを狂わせない事が一番だ。けど…同時に思う、こりゃまずい方向に働いたと。


「私は…奪われた、お前に。力を…嗚呼…私から、奪うのか…奪うな、なにも…全て私の物だ…力も、世界も、体も、何もかも…全てを飲み込まなければこの渇きは癒やされないッ!」


狂気は失われた、だが代わりに渇望が肥大化した。求めてやまない狂気が消えてなくなったんだ…そりゃあ飢えるし渇く、渇けば渇くほど、焦がれれば焦がれる程ルビカンテは強くなる。狂気による補正がなくとも関係ないほどに奴の渇望は肥大化してしまった。


(ルビカンテが更に強くなった、もう魔術箋もない、こりゃ、厳しいか?……いや、まだ切り札はある。あれさえ当てられれば)


「足りない足りない足りない足りない!苦しい苦しい苦しい苦しい!辛い辛い辛い辛い辛い!もっと必要だ!もっと手に入れなければ!もっともっともっともっとッ!」


「いい加減にしろルビカンテ!この世の全てはお前のものになんかならない…お前はただの感情でしかないんだ!」


「私を否定するか!渇望を否定するか!人が人たる所以たる私を否定するか!なら…ならば!」


絵の具の触手がぬるりと無数に現れる、世界が歪み空が赤黒い泥のようにかき混ぜられ空間が歪み始める。夢の世界が原型を留めなくなる…その中心で悪魔となったルビカンテは牙を向け…。


「やってみろよ!壊してみろよッ!サトゥルナリア!私をッ!!」


「望むところです…ルビカンテッ!!」


分身達に僕自身を投げ飛ばさせ、ルビカンテに飛び掛かる。もうここまで来たらやるしかない…崩れた奴の体を見るに狂気を失い渇望だけになった彼女にはあの力は過ぎたものなのだと思う。つまり力の容量がキャパシティを超えつつあるのだ。


ならば、ダメージも累積させれば…いつかは倒せる!


「私の事を分析しているようだ…けど、タネが分かり始めたのが君だけだと思わない方がいい。私もようやく分かり始めたんだッ!!」


「ぅグッ!?」


『うワー!』


『やられター!』


鋭い触手の乱舞が飛んでくる、防壁で防ぐも容易く破られ僕の体は容易く弾き飛ばされる…と同時に何人かの分身も持っていかれる。


「君の覚醒ははっきり言って破格の性能だと言っていい。だが…それ故の弊害か、本来覚醒で行われる身体強化や自己強化が一切行われていない…覚醒を行っても本体は弱いままだね?」


「ッ……」


「そして、分身は一度倒されると再補填されない。一度覚醒を解除しもう一度行わなければならないか…少なくとも虱潰しにすればその分君は逃げ場も戦う手段も失われるというわけだ」


事実だった、僕の『千人役者・莫逆のコロス』は凄まじい耐久力を持つ反面一度ダメージが許容限界に達すると光の粒子になって消え…再び魔力覚醒『ラ・マハ・デスヌーダ』を行わなければ再補填されることはない。


そして、僕自身に変化がないのもそう…これは飽くまで対外的な覚醒なのだから、仕方ないことなんだ。


「やり方さえ分かれば簡単だ、君は…ここで死ぬ。君さえ死ねば希望は一転して絶望となる、アルタミラは狂気の絶望に堕ちる!私はより一層大きな力と!確たる存在感を得る!得る!得る!足りない物を補える!」


「僕は死なない!お前が何かを得ることも!満たされることも!ないッ!!」


「アハハハハハハッ!じゃあ頑張らないとなァッ!私も!お前もッ!!」


「劇目!『流浪風雲譚』!」


振るわれる触手の雨、叩きつけられ切り裂いて乱れ飛ぶ破壊の嵐を前に分身達を使い高速で移動し逃げ回る。分身に投げてもらいつつ他の分身達の助けを借りて、飛翔する。


『こっちこっチー!』


「ッ!」


そして近くの家屋の屋根から手を伸ばす分身の手を掴み更に別の方向に投げてもらおうとしたその時。


「そこかッ!」


『うワー!』


「しまッ…!?」


手を掴もうとした分身が触手に串刺しにされ光となって消えていく。僕の伸ばした手は空振り空中に投げ出されることになり…。


「さぁ串刺しだッ!」


「ッ…!」


『本物を守レー!』


『うワー!』


そして僕を串刺しにしようとさらに殺到する触手から守る為に分身達が次々とやられていく。まずい…数が減らされる、数が減ったらその分やれる事が減る!


「『瞬風陣・志那都比古』!」


咄嗟に魔術陣を作り上げ、そこから発生する風で空を飛び…その場から離脱すると共にクルリと指を回す。とにかくダメージを与えなくては…!その為には接近しなくてはならない。また数が減るかもしれないけど…やるしかない!


「『劇目!『テルモピュライの剣戟』!」


『かかレーッ!』


『負けるナー!』


鎧を装備した分身達が一斉にルビカンテに飛び掛かる、剣や槍で触手を斬り払いルビカンテへの道を作り上げる…しかし。


「アハハハハハハッ!アハハッ!アハハハハッ!『狂気譫妄之色衣』ッ!!」


狂気の笑いと共にルビカンテは全身のヒビから色とりどりの絵の具を高速で射出する。それは槍のように全方位を貫き…分身達が消えていく。


「このッ!!」


「おお?」


しかし、ルビカンテが分身を相手にしている間に…僕はルビカンテの懐に入る、接近出来た、ならば!!


「劇目!『ディアウスピタの雷号』ッ!!」


『行ケー!』


至近距離で書き込むのは『収束魔術陣』。周囲の魔術を収束させ一つに束ねる中継用の魔術陣、それと同時に分身達が一斉にペンを動かし…『雷撃陣』を書き上げ、数百近い雷が一気に収束魔術陣に飛びルビカンテに叩き込まれる。


「ぐぎゃぁぁあああ!!」


「どうだ!」


雷を受け苦しみ、絵の具で出来た触手をバタつかせるルビカンテ…だが。


「ゔぅぅううう!まだだ!まだ足りない!私を殺すにはまだまだ足りない!サトゥルナリアッ!!」


「ごぶふぅっ!!!」


まだ動く、ルビカンテは僕の体を押し潰す程の大きさの絵の具を腕のように固め地面に叩きつけ大地を割る。まずい…防壁も展開せずクリーンヒットしてしまった。


「ガハッ…ゔぅ…くっ!」


『本物〜!』


『大丈夫〜?』


口から血が噴き出る、肋が数本逝った…痛い、痛くてたまらないよ…意識も朦朧とするし、冗談でだって大丈夫とは言えない。


「アハハハハハハッ!アルタミラ!アルタミラ!よく見ろアルタミラ!お前のせいでお前を守ろうとする人間が死ぬぞ!殺されるぞ!私にィッ!!!」


「ッ……」


やはり渇望が尽きない限り…奴は死なないのか。ルビカンテは元気に目をこちらに向けてアルタミラさんに僕の惨状を見せつける。嗚呼そうだよ、僕はこのままいけば殺されるよ…笑えないくらい痛いし、辛いし、苦しいけどさ。


「へ…へへへ、すみません…ミスっちゃいました。次は上手くやるんで…見ててください」


「ああ?」


笑って、誤魔化す。笑顔の演技は大得意なんでね…だから、笑う。笑わせる事が出来るのは…笑ってる人だけだから、だからアルタミラさん…貴方は笑っていてください。


「……やめろ、笑うな。面白くもないッ!!」


「ッ……!」


拳を振り上げるルビカンテ…だが、拳は一向に振り下ろされることはなく、その動きが寸前で止まる。


「な…!」


いや、止まったんじゃない…『止められた』んだ。ルビカンテの体から現れた白銀の絵の具がルビカンテの拳に絡みつき、その動きを拘束していた…アレは、まさか。


「まさか…アルタミラさん?」


『ナリアさん、ありがとう…本当に』


「アルタミラ…!?」


白銀の絵の具は光を放ち、その向こう側にアルタミラさんの姿が見える。彼女は振り返りながら肩越しにこちらを見て微笑んで…。


『お陰で、私は私と向き合う事が出来ました…ナリアさんのおかげで』


「アルタミラ…!大丈夫なんですか…!」


『ええ、ルビカンテの力が弱まり私の力が増したから、こうして貴方を手伝う事ができるようになったんです…!』


「よかった……」


ヨロヨロと立ち上がりながら、僕はアルタミラさんの光に手を伸ばすが…彼女は静かに首を振り、僕の手を拒絶する……そうか。


『やはりそう』なのか…。


『流石はナリアさんですね、私の正体に…気がついていたなんて』


「なんとなく、感じていただけです」


『なら、分かりますよね。…私がルビカンテを内側から破壊します、ルビカンテの力の源泉である『渇望』を破壊できるのは私だけです、でもそれだけじゃルビカンテは倒せません…だからナリアさん、同時に最大の一撃を叩き込んで、今度こそルビカンテを消し去ってください』


「……………」


目を伏せ、考える。それしか方法がないのか?…そりゃルビカンテはただの感情、渇望を破壊したとしてもアルタミラさんに影響はない。けど…僕の予測が正しいのなら、これをすればアルタミラさんは……。


『ナリアさん、迷わないで…私がこうして向き合えたということは、力を得たということは、そういうことなんです』


「ぐぅううううう!やめろ…やめろッ!アルタミラ!!お前が!自我を持つな!!!」


白銀の絵の具を押し退けて、ルビカンテが動き出す。悩んでいる時間はない………。


(コーチ……)


胸に手を当て想うのは師の姿、思い浮かべるのは…師の過去。コーチは凄いなとつくづく想う…。


「分かりました、アルタミラさんッ!」


僕がそう叫べばアルタミラさんは微笑んで、白銀の絵の具がルビカンテの内側へと消えていく。ルビカンテの渇望を破壊出来るのはアルタミラさんを置いて他にいない…そして今この場には僕しかいない。


アルタミラさんと僕で…ルビカンテを倒すんだ!


「飽くことなどありはしない!終わることなどありはしない!私は消えない!消えないからこそ渇望は渇望たり得るというのに…どいつも、こいつも!」


ルビカンテが暴れ狂い全身から赤黒い光が迸る。それはさながら奴の渇望が具現化したように空間を、街を、吸い込んでいく。奴の体は浮かび上がり、触手で周囲を破壊しながら空間を歪め何もかもを光の中に飲み込んでいく。


『渇望の大穴』…己の夢さえも渇きによって壊してしまう。まさしく暴走した渇望に相応しい力、されど一歩とて引くわけにはいかない…僕は、戦わなきゃいけないんだ。


「僕達!最後の最後…クライマックスだ!最後に力を貸してくれるかい…」


『任せロー!』


『やってやれ本物ー!』


「……うん!」


残った分身は残り四百と少し…半数以上減らされた。最後に突撃を加えれば全滅するかもしれない、消えた分身を補充しようにも再覚醒出来るだけの余力もない。だからきっとこれが最後のチャンスだ。


これで終わらせるんだ…僕が!!


「劇目!『勇壮凱歌』ッ!!」


『オオー!!』


指を指揮棒のように振るえば分身達の輝きはより一層強くなり、ルビカンテに向けて駆け出す。


勇者とは、勇壮とは、特別な誰かが…主人公だけが持ち得る資質ではない。人は誰しも勇気を持てる、勇者になれる。だから歌おう…勇気の歌を、共に行こう…勝利の為に!


『本物ー!』


「ああ!」


駆け出す、分身達が作り上げた道を、分身達が守ってくれている道を、ルビカンテに続く真紅の空へと駆け出して…僕は最後の大勝負へと挑み出る。


………………………………………………………


「足りない足りない足りない足りない!もっともっともっともっともっと!!」


渇望の悪魔は暴れ狂い、全身から血のような絵の具を吹き出し自らが作り上げた夢の世界を破壊するようにめちゃくちゃにのたうち回る。この世界ももう直ぐ終わるだろう…ルビカンテは渇望のあまり自分を見失った…狂気を失った彼女には最早狂うことさえも出来ず、ただ茫然自失になることしかできない。


純然たる渇望は歯止めを失い…あとはただ、暴れることしかできないんだ。


『絶対的だったルビカンテが、まさかここまで追い詰められるなんて…』


アルタミラはただ、ルビカンテの中で静かに呟く。自分では決して勝てない、なんとも出来ないと思っていた。まさしく無敵の存在だ…けれど。


『ナリアさんは、逃げずに戦い続けた。夢の世界を踏破して私の前まで来て…ルビカンテと戦い折れることなく追い詰め続け、遂にここまで来た』


そんなの、あんまりにもかっこいいじゃないか。彼の見せる愉快な喜劇に励まされ、彼の勇気に触発されて、私も頑張らなきゃ…絶望してる場合じゃない、狂気なんかクソ喰らえだって…思えるようになった。


全部全部…ナリアさんのおかげだ。ありがとう…ナリアさん。


『だからこれは、私が出来る…ううん、もっと前からするべきだった事。罪と狂気から逃げずに戦う事、ナリアさん…どうか、どうか貴方は歩みを止めないで』


そうする為に…私は生まれたんだ。きっと…『アルタミラ』もそれを望んでいるはずなんだ。


だから、私も戦うよ。


『アルタミラ…やめろ……』


『ルビカンテ…?』


ふと、後ろを振り向くと…そこにはルビカンテがいた。今目の前で戦ってるルビカンテとはまた違う、彼女の心が…私の前に現れたのだ。


『やめろ、お前だって…満たされていないはずだ』


『ルビカンテ、お前は…ずっとずっと苦しみ続けていたんですね。満たされない苦しみ…渇き続ける心に』


『苦しいよ…苦しいに決まってる、だから私はもっと!もっと大きな力を──』


『けどルビカンテ、……貴方は欲するあまり、もう何を欲していたのか忘れてしまったんじゃないんですか?』


『え……』


ルビカンテの姿が揺らぐ、彼女の目的はなんだ?私を狂わせて大きな力を得る事?本当にそんな物…私は欲しがっているのか?力なんか欲しくない、私は戦士じゃない…芸術家だ。なら力なんか得ても仕方ないだろう。


『私だってお前だって芸術家、それが力なんかどうして欲しがるの?欲しくもないものを欲しがってどうするの』


『あ…嗚呼…!』


『お前はもう、何が欲しいかさえ見失っている。そんな物はもはや渇望とも呼ばない!』


『う…ぅぁあああ…ッ!!』


『お前はただ、消えたくなかっただけだ。何が欲しいのか分からなくなれば渇望も消えて無くなる…それが嫌だったからお前は欲しくもない力や破壊、狂気や悪意に固執した!それが自己矛盾に繋がっているとも気が付かずに!』


『やめろ!言うな!言うな!』


『分かってるんでしょう…貴方だって、本当はもう…自分自身が終わっているって。だから…私を恐れた』


『ッッ……』


ルビカンテの姿にヒビが入る、そうだ…お前はもう何も求めてやいない。ただ消えたくないから力を欲していると言う体裁を取り繕っていただけ、目的なんか…最初からなかったんだ。


そんな渇望など意味はない、だからここで消えるべきなんだ…私と一緒に。


『お前はもう消える、ナリアさんに負けるんだ』


『吐かせ…吐かせぇええええ!!私は消えない!まだ…まだ満たされていないのに!消えてたまるかァアアアアアッッ!!』


いいや消えるさ、今そこに…もうナリアさんが迫っているんだから。さぁナリアさん…終わらせましょう。


こんなくだらない喜劇なんか…幕を引いてしまおう。


………………………………………………………


「ルビカンテェェッッ!!」


「グガァアアアアア!!サトゥルナリア!来るなッ!来るなァァアア!!!」


走る、分身達が投げた岩を足場に、飛んできた分身達を足場に、空に漂い全てを喰らう大穴と化したルビカンテに向けて走る。僕を殺そうと次々飛んでくる赤い槍を避けて…弾いて、僕はただ一心不乱にルビカンテを目指す。


「もう終わりだ!諦めろッ!」


「嫌だァッ!嫌だ嫌だッ!消えたくないィィイイイイ!!!!!」


「消えるんだ…どんな劇も、幕を閉じる物なのだから…!」


「喧しいわァァッッ!!!!」


瞬間、ルビカンテの力が膨張し、全身から無数の棘が表出し僕に向けて飛んでくる。それはまさしく拒絶の槍、されど…。


『させるカー!』


『負けないデー!』


「ぐぅう!」


次々と僕を守るように分身達が盾になり、僕はそれすらも踏み越えて進む…そう、これなんだ…僕と言う人間は。


「クソがァァァ!!!」


「お前は、結局…どこまで行っても一人なんだ。悪魔を作り従えてもお前は一人だ!ルビカンテ!仲間なんていない…たった一人の化け物なんだよ!」


僕は弱いさ、とても弱い。今踏み出している一歩すら…僕一人では作り出せなかった。


ヴァラヌスさん達冒険者が道を作り、ストゥルティさん達が道を切り開き、ラグナさん達が道を開けて、そうして今僕はアルタミラさんにも背中を押してもらった。誰かに常に背中を押してもらわなくちゃ進めないくらい弱いんだ。


けど、だからこそ…きっとこう言う覚醒になったんだと思う。誰かと一緒に進み、誰かの力を借りて進み、誰かの期待を背負って戦う。それが僕だ…拍手と喝采、応援と羨望を舞台の上で一身に受けるからこそ役者なのだ。


だから僕は進む、僕自身に守られながら進む…全ては、道を作ってくれたみんなの為に!


「ルビカンテ!!」


「グッ……」


そして今、僕の手はルビカンテにかかる寸前まで行った…しかし。


「クッ…カハハハハハハハハハ!!」


「ぅぐっ!?」


それでもルビカンテは止まらない、全身から棘を突き出し僕の腹を抉る、赤い絵の具と僕の血が中空で交わる…。


「たった一人でここまできてどうする!最早仲間も分身もいない!弱いお前だけがここに来て私を倒せるか!」


「ッ……」


そう、誰かに守ってもらわなくちゃいけない僕は今…一人になった。分身達はここに僕を送り届けるまでで消耗し殆ど全て消えてしまった。仲間達も上層で今も戦っている。


「一人はお前も同じだ、なら私の方が強い…!」


僕は一人になった、けど…それは見かけの話だろ。


「僕は一人じゃない。今もみんなの想いは僕と一緒にある」


僕をここまで進めてくれたヴァラヌスさん、ストゥルティさん、ラグナさん、アルタミラさん…みんなの心は今僕の共にある。そして何より…ここに来るまでに一番最初に背中を押してくれた人の心も、今共にある。


(イシュキミリさん…!)


イシュキミリさんだ、僕に修行をつけてくれた彼の教えがあるからこそ、僕はここまで戦えた、自信になった。今はもうこの世にいない彼の心は今もここにある。


そうだ…彼は語った、僕に魔力覚醒を教える中でこう言った。


『君の覚醒は、私と似た物になるかもね』


そう言っていたんだ、イシュキミリさんの覚醒はたった一つでありながら無数の形を取っていた。それと同じような覚醒とはつまりどう言う事だ?


……あるんだよ、僕の覚醒にももう一つの姿が。


「流転覚醒…!」


「な、何ッ……!」


拳を握り、天に突き出す。僕の覚醒は『ラ・マハ・デスヌーダ』…これは劇団を作る覚醒だ、『千人役者・莫逆のコロス』によって千体の僕を作り上げる覚醒だ。けれど僕は思うんだ、千人の役者だけが劇団か?と。


違うさ、違う違う…例え千人役者がいようとも、主人公は…たった一人だろう?主人公無き劇団などあり得ない、ならば…これは。


「『ラ・マハ・ヴェスティーダ』…!」


僕の覚醒は表裏一体の覚醒、二つの顔を持つ覚醒なんだ。


一つは『ラ・マハ・デスヌーダ』…千人の役者を生み出す劇団の覚醒。魔力を外側に放ち形にする覚醒だ。


そしてもう一つが『ラ・マハ・ヴェスティーダ』…それはたった一人の主役を作る覚醒。外に放たれていた魔力を一気に吸収し、僕の力に変える覚醒。


一度消えた分身も、消えていない分身も、デスヌーダを維持している限り消える事なくその場に存在し続ける。それらを一気にヴェスティーダで吸収すれば僕は一時的に分身全員分の魔力を扱う事ができる。


つまり、一千人の僕を集約し…僕自身を一千倍の強さにまで強化する事ができる、唯一無二の覚醒。そしてこれが…『千人役者・莫逆のコロス』の対となる!


「『天涯のモノローグ』ッッ!!」


「魔力が…膨れ上がった!?」


一千倍だ、どれだけひ弱な僕でもそれだけ強化されれば…覚醒したエリスさんやラグナさんにも負けない強さになるさ。だから言ったろう…僕がこう言う覚醒になったのはつまりそう言う事だって。


誰かに守ってもらって、前に進めてもらって、そしてみんなの力を借りて…僕自身を強くする。まさしくサトゥルナリア・ルシエンテスに相応しい覚醒だ…。


「ルビカンテ!もう終わりにしよう…!」


「ッ嫌だ!終わらない!私は終わらないんだ!」


「無理だ、終わらないものなんてないんだ!」


次々と槍を放ち逃げようとするルビカンテの攻勢を手で払い切り裂きながら…僕は吠える、終わらないものなんてない。


「幕を引かない劇なんて存在しない…だから、美しいんだ」


どんな劇も須く終わる。どれだけ讃えられる劇も終幕があるから人は焦がれる。エフェリーネさんが言った…究極の美を実感したのはなんでもない普通の劇を見た時に実感したと。今ならその意味がわかる。


僕が得た美の答えとはつまりそれだ…!


「いいかルビカンテ…美しさを求める芸術家であるお前だからこそ、言おう!究極の美とは!」


「グッッ!!」


手を払い一瞬で作り上げた巨大な魔術陣でルビカンテを捕縛し、口を開く。


究極の美とは、芸術的な感性や才能、金銭によって作り上げられた豪華なセットや有名な役者を取り揃えた劇にのみ宿るものではない。究極…それは。


「『幕を引き終わらせる事』『幕を開き始める事』『そしてそれを続けていく事』…終わらせ、始め、続けていく。その連綿こそが…究極の美なんだ」


例え人が死のうとも、劇は死なない、また誰かが台本を取る限り永遠に続いていく…だからこそ悲劇の嘆き姫エリスは美しく、幕を閉じても誰かが開く。その連綿こそが究極の美なのだ。


幕を閉じたあと鳴り響くカーテンコールも、幕が開き鳴り響く喝采も、全てが美しいんだ。終わるからこそ美しいんだ!!


「だから終わらせようルビカンテ!終わらないものなど…美しくない物などこの世にはないのだからッッ!!」


「グッ…ぅガ(消えたくない)嗚呼(消えたくない)あア(消えたくない)あ嗚(消えたくない)呼ァ(消えたくない)!!!!!」


終わりたくない、その一心でめちゃくちゃに触手を振るい束縛から逃れようとする、僕を遠ざけようとするルビカンテの暴走はより一層激しくなる。とんでもない程巨大に膨れ上がった渇望はルビカンテ自身の体を崩しながらも繋ぎ止め、死に物狂いで抵抗する…。


あと一手、ここまで来てルビカンテの攻勢凄まじさに一瞬僕の動きが止まる…。


「死ねぇええええ!!!」


「ッ……」


しかし、その瞬間─────。


「ぐぅっっ!?」


ルビカンテの胸が…何者かに引き裂かれた。内側から突き出した銀の刃がルビカンテの胸を切り裂き……。


「ナリアさん!!」


アルタミラさんが吠える。刃で切り裂き生まれた僅かな隙間が、彼女の心の刃が、一瞬…瞬きの間、ルビカンテから無敵の強さを奪い取る。


今だ…今なんだ、今しかないんだ。突っ込め…叩きつけろ、みんなに守ってもらったからこそ、その期待に応じるのが…役者だろ!


「うぅっ!!ぅぉおおおおおッッ!!」


一瞬だ、僕の背後に無数の魔術陣を書き上げ…それを束ねる。


これは僕のコーチが使う最強の奥義『神代七陣』の一角。ありとあらゆるを切り裂く刃を作り上げる…究極の陣。


「『天魔陣・淤母陀琉(オモダル)阿夜訶志古泥(アヤカシコネ)』!」


無数の陣を僕の右拳に乗せる。それは多重存在の集約だ、ありとあらゆる並行世界を貫通し存在を重ね合わせる…と言うと難しいが。


コーチ曰く、これは薄紙に書かれた剣だと言っていた。薄い紙に書かれたそれは希薄で脆弱だ、だが同じく剣の書かれた薄紙を二枚重ねればどうだ?三枚重ねればどうだ?百枚千枚と重ねれば…それはやがて何にも負けない最強の剣となる。


並行世界に存在する全ての陣、全ての僕を集約した陣が書かれた右拳を振りかぶり…。


「これで…終わりです!」


終わりだ、この夢の世界も、戦いも、ルビカンテの狂気も、アルタミラさんの悲劇も…何もかもを終わらせる終幕の一撃は銀の刃に引き裂かれ動けないルビカンテに向かって放たれ────。




「バカな、こんな…ところで、私が……?」


指先から塵になる。胴に開いた大穴はまるでルビカンテの満たされぬ心のように空虚に風を通し…その向こう側に立つ、僕を映す。


「もっと…まだ…もっと…嗚呼分からない、私は…何が…欲しかった…んだ……」


「お前が欲しかったのはただ一つ…」


肩越しに消え去るルビカンテを見遣る僕は…崩れ始めた夢の世界の中、ただ一人立ち。


「『答え』…だろ。自分だけの…美術に対する答えが…お前は欲しかった、だから狂い果てても芸術家はやめなかった。それが画家ルビカンテ・スカーレットの欲しかった物…だろ?」


「……嗚呼…………」


その答えに、彼女は初めて満足したのか…静かに目を閉じ、乾いた絵の具のように塵となって消えていく。


そう言う物なんだ、例え狂っても画家は画家、腕が折れても画家は描く。声が枯れても歌唄いは歌う。心が死んでも役者は演ずる。そう言う運命を生きていくのが…芸術家なのだから。


「……………」


「ナリアさん」


「…アルタミラさん」


そして、振り向く。塵となって消えたルビカンテが立っていた場所に…今はアルタミラさんがいる。彼女は銀色の刃を手に…微笑んで。


「ありがとうございました、これで…全て終わるでしょう」


天を見る。夢の世界はルビカンテの消失により瓦解し始めた…この夢の世界はルビカンテの覚醒により生み出されており、覚醒とは即ちルビカンテだ。ルビカンテが消えたことにより覚醒も消え、同時に夢の世界も消えていくだろう。


「夢の世界が消えれば…みんな目が覚めるはずです。そしてルビカンテを核として生まれていた感情の悪魔達も同時に消える」


「……想定内です」


「そうですか」


そう、ルビカンテが全て核なのだ。だから夢の世界が消えれば感情の悪魔達も消える、マラコーダもスカルミリオーネもファルファレルロもアリキーノも…みんな消える。これは想定していたことだ…だから。


「なら、覚悟の上…ですね、私と同じで」


「それは……」


そして目の前に目を向ければ…そこにいるはずのアルタミラさんもまた、指先から塵になって消えていく。感情の悪魔ではない…ただの人間であるはずのアルタミラさんまで消えているんだ。


けどそれは…仕方ないことだ、だって…。


「やはりアルタミラさんも、感情の悪魔…だったんですね」


「………ええ、どうやら…本物のアルタミラの心は…とっくの昔に死んでしまっていたようです」


「………」


アルタミラ・ベアトリーチェは…とっくの昔に消えていた。心は死んで…ルビカンテにその体を乗っ取られていたんだ。ならここにいるアルタミラさんはなんだ?…本物のアルタミラさんじゃない。


ルビカンテによって『アルタミラ』と名付けられただけの…感情の悪魔なんだ。ならなんの感情の悪魔か…少し考えたら、すぐにわかった。


「貴方は満足の悪魔…ですね、ルビカンテが唯一恐れる…正反対の感情」


そう、彼女こそが…ルビカンテに相反する唯一の感情…『満足』の感情だったんだ。全ての感情がルビカンテに支配される中唯一支配されない天敵たる満足、それがここいるアルタミラさんの正体だ。


だから彼女はルビカンテから虐げられていた、だから彼女を絶望させ狂わせることをルビカンテは望んだ。最早どこにもいない主たるアルタミラと同じ名前をつけて…本物のアルタミラを自らが超えることを夢想してルビカンテは彼女をアルタミラとしたんだ。


「ええ…全てに絶望し、ルビカンテに支配されていた心では…私と言う存在は小さく、力もなく、ただ蹂躙されるだけの存在でした。自分が何者かさえ分からず、ただアルタミラの記憶とアルタミラとしての名前を与えられ…本物のアルタミラであると思い込まされていた」


「全てはルビカンテが、満足の悪魔であり貴方を殺し…完全になる為」


「そう、私は……本物のアルタミラじゃなかったんです。それを思い出せたのも、ルビカンテに逆らう事ができたのも、貴方のおかげです」


僕とアルタミラさんの六日間、あちこちに出向き遊んだのは彼女を満足させルビカンテを消し去る為…それはロムルスのせいで失敗したと思っていたけど。どうやら…無駄じゃなかったようだ、だってここにいるアルタミラさんが自分の力を思い出して、立ち向かえるまでに大きくなれたんだから。


「全部貴方のおかげですナリアさん、貴方がいてくれたから…私は本物のアルタミラの望みを叶えられた。アルタミラも…ただの画家として生きたかったはずです、ルビカンテのように暴れることなど望んでいなかった」


「アルタミラさん……」


「…泣かないで、ナリアさん」

塵になって消えていくアルタミラさんは、消え始めた指で僕の涙を拭い…微笑む。


「言ったでしょう、私がここまで大きくなれたと言うことはそう言うことなんです。アルタミラ・ベアトリーチェは…貴方と出会えて確かに幸せだったんです。それが全てですから」


「でも…僕は……!」


「大丈夫、貴方は一人にならない…そうでしょう?」


僕の胸を優しく叩いてアルタミラさんは笑う、僕は一人じゃない…ここに…みんなの期待を背負って戦ったから。これからは…そこに名前が一つ加わるだけだと、彼女は語る。


「さぁ、ナリアさん。貴方の戦いはこれで終わりです、そしてまた新たな旅路が始まるのです。物語は続いていく。きっと艱難辛苦だらけの戦いでしょう…けど」


別れる告げるように、一歩…また一歩離れていくアルタミラさんは、静かに、嫋やかに振り向くと…。


「貴方なら大丈夫!私は客席で応援してる!頑張って!サトゥルナリア!」


「ッアルタミラさんッッ!」


そこに輝く満面の笑みに、僕は手を伸ばす。星に焦がれるが如く…あまりにも美しい笑顔に、僕はただ…名を叫ぶことしか出来なかった。


「ッ…アルタミラ…さん……」


消え行くその時まで笑顔を見せる彼女に、僕は思う…これでいいのか。いいわけがない…笑わせられるのは!


「はいッ!僕きっと!頑張りますから!幕引きのその時まで目を離さないでくださいね!」


「────────」


笑っている人だけだから、だから虚空に消える笑顔に僕もまた笑いかける…僕を見ていろ、僕と言う星に焦がれてくれ。頑張るからさ…。


「頑張り…ますから……」


だから今は、観覧客の消えた今この時だけは…涙くらい…流させてくれ。


……曰く、コーチは羅睺十悪星の一人スバル・サクラとかつては友人だったらしい。されど大いなる厄災に際し二人は敵対し、最終決戦にて二人はぶつかり…最後はコーチがスバルの命を奪う事で、不幸の連鎖を終わらせたと言う。


今僕は初めて、コーチという偉大な存在の気持ちを真に理解出来た気がする。無二の友をこの手で消し去るその苦しみと責任の重さを…理解する。


凄いなとつくづく思う、けど同時に…コーチはそれでも歩みを止めなかった。歩き続け、最後にはシリウスさえも倒してしまった。


なら…僕も止まるわけにはいかない。僕に期待してくれた全ての人のために、僕を見てくれている人のために、今はもういなくなってしまった人達の為に。


僕は…進み続けるしかないんだ。ありとあらゆる全てを背負って…僕は。

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― 新着の感想 ―
ナリアの覚醒、凄まじいですね。 最初は芸術家としてのナリアが見せる極地、その生き様を映したナリアらしい覚醒かと思いましたが、それだけでなくそこにはきちんと、コーチから教えを受け、弟子達に助け守られなが…
ナリア!ナリア!ナリア! 芸術的な感性で覚醒出来るなら自分も出来ると確信してたり、芸術に関しては強気なナリア好き! イシュキミリが生きていたら、教えが実を結んだ今のナリアを見て歓喜に震えていた事でしょ…
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