672.蠱毒の魔王と不死身の吸血鬼
神をも凌駕する人を作る、その過程は凄惨で…壮絶で、地獄のような道のりが永遠に続いている。皆圧倒的力を望むがその道を馬鹿正直に歩く人間はいない…ただ、ネビュラマキュラとクリサンセマムを除いて。
この二つの家はその道を馬鹿正直に歩いた二つの家だ。唯一を無限に撹拌するクリサンセマムと無限を一に集約するネビュラマキュラ…この二つは相容れないようでいて根底は同じだった。根っこは同じだ、やっている事も…始発点も。
クリサンセマムの始祖、それは八千年前ディオスクロア王国の国王として大いなる厄災を戦ったディオスクロア王カノープス・ディオスクロア・プロパトールの側近として彼女を支えた従者ゲネトリクス・クリサンセマムである。
大いなる厄災終結後『初代魔術導皇』を任されたゲネトリクス・クリサンセマムはいずれ来たるシリウス復活、或いは第二次大いなる厄災にて今度こそ魔女の手助けが出来る存在を作る為…無限に優秀な人間と交配を続け完璧な魔術師を作る事を計画し、それは今日も続いている。
全ては皇帝カノープスへの忠義の為。
対するはネビュラマキュラの始祖。それは八千年前オフュークス帝国の皇帝として大いなる厄災を戦ったオフュークス皇帝トミテ・ナハシュ・オフュークスの側近として彼を支えた従者セバストス・ネビュラマキュラである。
稀代の探検家として名を馳せ厄災時も羅睺十悪星にも並び得る実力者と魔女達から警戒されていた人物だったが大いなる厄災を最終決戦直前に雲隠れ、以降野に隠れ血脈を絶やす事なく連綿とネビュラマキュラの名を続ける事を選択する。
シリウスの誘いにも靡かずただトミテへの忠義に生きた彼が一族に課した呪いにも似た使命は『神すらも超える人を作れ』…そしてそれは今、この時代に結実したと言える。
ディオスクロア王国の国王カノープス、オフュークス帝国の皇帝トミテ。
カノープスに忠誠を誓ったゲネトリクス、トミテに付き従い続けたセバストス。
陣営も思想も試みも違う、だが両者共にその始発点は忠義から始まった。そして見据える天上もまた同じ、そんな崇高な目的から生まれたデティフローアはゲネトリクスの思惑通り今この世界を支える存在として生きている。
だが…対するネビュラマキュラは────────。
………………………………………………………………………
夢の中で魔女の弟子達がルビカンテ達と激戦を繰り広げる中、誰もが眠りについたサイディリアルでは…もう一つの戦いが繰り広げられていた。
「コルロォオオオオオオオオオッッ!!」
「未熟な王が…追って来るかッ!」
ネビュラマキュラ王城の大広間に飛び込む二つの影は…闇の静寂の中睨み合う。
レギナ・ネビュラマキュラの暗殺を目論みマレフィカルムそのものへの反逆を掲げるのは八大同盟が一角『死蠅の群れ』ヴァニタス・ヴァニタートゥムに於けるNo.2…コルロ・ウタフレソンだ。別名伯爵とも呼ばれる彼女を相手にバシレウスは喧嘩をふっかけていた。
理由はいくつかある、そもそもクレプシドラに言われたから、ガオケレナに命じられたから、マレフィカルムに反逆をしたから、いくつかある。
だがそんな物全て『第一の目的』となり得ないのがバシレウスという男の在り方。誰かに言われたから、頼まれたからで目的を定めない唯我独尊の生き方を貫く彼には彼なりの戦う理由があった…それは。
「気に食わねえ面…しやがってよ…!!」
キュッと音を立てて大広間の床に足をつけ、目前に降り立つコルロを睨む。そう、コルロの顔は。
「そう言えば君は…本物を目にしていたね、未完の器よ」
コルロの顔は…夜の射干玉の如き黒い髪に宝石のような赤い瞳、怜悧にして冷淡、凛々しく鋭い印象を受ける風貌…そう。
孤独の魔女レグルスにそっくりだったのだ。他人の空似なんてレベルではない、文字通り瓜二つ…それ以上か?全く同じ顔だったのだ。
「その顔見てるとムカついて仕方ねえんだよ…!」
孤独の魔女と同じ顔、あの帝都でひたすら散々ねちっこくしつこくボコボコにしてくれたあの女と同じ顔、その顔を生意気にもぶら下げて目の前で笑われたらブチギレもする。あの時の鬱憤は溜まったままだ…ここらで晴らしてやるとばかりに両手に力を込めて、
「取り敢えずその顔面!跡形もなくぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
「フフフ…」
大地を踏み締め体内で魔力を爆発させ急加速するとバシレウスの速度は容易く音速を超えコルロの顔にその拳が届き───。
「無理だと言っておこう未完の器よ、君では私の崇高な顔面には指一つ触れられんさッ!」
「ぬぉっ!?」
がしかしバシレウスの拳はコルロを捉える事はなく、風のように飛んできたコルロの手がバシレウスの拳をソッと押して打点をズラしバシレウスの拳が空振りすると…。
「この程度の存在に目をかけているとはガオケレナも堕ちた物だッ!」
「ぐっ!?」
そのままコルロの膝蹴りが飛んできてバシレウスの体がミシミシと音を立てる。生半可な攻撃など物ともしないはずの鋼の肉体がコルロの一撃で悲鳴を上げ、口の端から苦悶の声と血が漏れ出る。
殴りかかったはずなのに逆に吹き飛ばされ、地面を転がり…床を叩いて起き上がる。
「ああ…?どうなってやがる、テメェ八大同盟のNo.2だろ。どう考えてもセフィラ級じゃねぇか…」
頭の上にいくつもハテナを浮かべる。コルロは強い、ともすれば殴り合いではバシレウスすらも上回るのではないかと思えるほどに強い。
コルロは立場で言えば八大同盟の第一幹部に当たる人物、にしては強すぎる。どう考えてもエアリエルやガウリイルなどの第一幹部級の強さではない。その実力は既に第三段階に入っていると見てもいい…。
「お前こんなに強かったのか…?」
「強さなど、追い求めてはいない。私はただ崇高な目的にたどり着く為…この身を研ぎ澄ませているに過ぎない。この強さなど…その過程で手に入れた副産物だ」
「…………」
「私が目指すのは、君のような低俗な強さではない。私は本気で魔女の領域を目指しているのさ」
コルロはうっとりとした表情で自分の手を見ている。あの顔、あの強さ、どうも真っ当に手に入れた物とは思えないな…何をしたか知らねえが、気に食わねえな。
「私が更に上の段階に行くにはバシレウス。君か或いは妹の血が必要だ…そこでどうだろうか、ガオケレナを切って私の仲間にならないか。私ならお前をもっと高みに導く為の手段を持っているぞ」
「ああ?仲間だぁ?」
「ああ、マレフィカルムは私が乗っ取る。今のマレフィカルムのあり方は本来のあり方ではない、私が正しい在り方に戻す…その真のマレフィカルムを君が導く、というのは悪い話でもないと思うんだが」
「俺が導く……」
「そうだ、君は王だろう…マレフィカルムの。君にはカリスマ性もあるし何より圧倒的な実力を持つ、その上で発展途上だ…発展途上で私に匹敵出来るのなら十分だ、どうだ。真のマレフィカルムを導いてみる気はないか」
腕を組んで考える、真のマレフィカルムを導く。雑魚共を引っ張ってやるなんてのは俺のやり方じゃないが、雑魚共が俺に頭下げるっては悪くないかもな…。
「そうだなぁ…ガオケレナの奴にいつまでもえらそーに説教されるのも嫌だしな、いいぜ。仲間になってやっても」
「おや?存外簡単に受け入れてくれるんだね…それなら───」
「ただし」
バシレウスは親指を立て、そのまま親指を地面に向けると…。
「頼み方が違う…『どうかバシレウス様の手下にしてください、お仲間に加えてください』って、お前がどーしても頼むなら考えてやってもいい」
「………くははっ!本気か?」
「本気だ、テメェみたいな三下が偉そうに俺を勧誘してんじゃねぇよ。俺の主導権は俺が握る…誰の指図も聞くつもりはねぇ」
「そうか、残念だよ…ネビュラマキュラ八千年の歴史を、こんなところで潰えさせるとは」
コルロが静かに構えるのに対し、バシレウスは逆にポケットに手を入れる。ここで同じく構えを取れば同じ土俵に立っていると思われる。
例え、コルロがどれだけ強かろうとも…上は俺だ、俺は最強だ。誰とも対等にはならない。
「死ねェッ!!死に晒せッ!!」
「鏡見て言えや!死ぬのはテメェなんだからよッ!!」
爆ぜる、大地が爆ぜて二人の姿が消える。肉眼では追い切れぬ速度での殴打戦が始まった。二人の姿は依然として見えぬまま…ただ虚空で鳴り響く衝突音と壁や大地が不規則に弾け飛ぶ様だけが繰り広げられる。
お互いに魔術どころか魔法すらも使わぬ肉体のみでの殴り合い。それはやがて収束を迎え始める。
「オラァッ!」
「ぐっ!?」
一撃、バシレウスの姿が現れると同時に足を振り上げ…その蹴りがコルロの顎を叩き抜いた、その衝撃により周辺の窓ガラスが全て弾け飛び大地が揺れる。
「デケェ口!もう一回叩いてみろよっ!」
更に振り上げた足を今度は逆に振り下ろし踏み込むと共に右拳をコルロの脇腹に叩き込む。そこはコルロも上手く合わせ腕を曲げ防御に回しクリーンヒットは避けるがそれでも衝撃波が背後にまで貫通するほどの威力がコルロの体内で爆発する。
「オラオラッ!どうしたそんなモンか───」
「口汚い言葉は嫌いだよッ!」
「うぶっ!?」
そして続け様に左拳を薙ぎ払うがそれはコルロに軽く避けられ返す刀で飛んできた掌底がバシレウスの胸を叩き抜き、背後の壁に巨大な手形が残るほど強烈な一撃が突き刺さる。
「ぐっ…!このッ!」
「やる物だ!未だ未完成であるとはいえこの肉体と互角に打ち合うとはな!どれ…次の段階も試してみるか」
一歩、コルロが引く…と同時にその体から魔力が溢れ。
「『喝破』ッ!」
「ぐぅっ!?」
放つ、その拳から魔力の衝撃波を…使ってきた、魔法を。しかもその精度と威力は凄まじくバシレウスの口の端から血が滲む程だ。
「魔法くらい使えるだろう?この段階だ…極めていて当然のはずだ」
「ッ当たり前だろ!」
両拳に魔力を集め、殴り抜くように魔力波動を放つ…だが魔法の腕前ではコルロに軍配が上がるようで的確に、そして確実に防壁を局所的に展開しバシレウスの魔力波動を弾くと…。
「違う、こう撃つんだ」
人差し指を向ける…と同時にコルロの全魔力が一瞬指先に集中し爆裂と共に魔力を放ち、紅の光線が放たれバシレウスの肩を切り裂く。
「ぐっ…!」
「どうやら魔法は未だガオケレナから中途半端にしか教えてもらっていないようだ」
「ッるせぇな…!関係ねえんだよッッ!!」
「むッ!」
関係ない…その言葉と同時に血で濡れた己の肩を手で触り、血を付着させた拳を振り上げ…。
「『ブラッドダインマジェスティ』ッッ!!」
「血命供犠魔術か!」
魔法の撃ち合いで負けても関係ない、こっちには魔術がある。傷つけられた部分から出血したそれを使い血を媒体に魔力を増幅させる魔術『血命供犠魔術』を用いてコルロに向けて極大の熱線を放つ。
流石のコルロもこれには反応し切れず咄嗟に両手を前に出し防壁を展開するが…。
「ぅぐぅぅぅうおおおお!!!」
爆裂する…防壁でも抑え切れなかった衝撃がコルロの両腕を跡形もなく吹き飛ばし、コルロの肘から先が消えてなくなる、それを見てバシレウスは舌を出して笑う…ザマァ見ろと。
「ケッ!バーカ!!調子に乗るからだよ!」
「……………」
「その腕じゃ、殴り合いもできねぇな、魔術も使えねぇな!コルロッ!」
「それはどうかな?」
「は?」
その瞬間、コルロは中頃から消えた腕を数度振るうと…なんと内側から骨が流出し、その骨が肉を生み出し、あっという間に失われたコルロの腕が完璧に再生するのだ。治癒…というにはあまりに完璧すぎる再生に思わず口を開く。
「なんじゃそりゃ…古式治癒か…!?」
「さぁてね、だがこの肉体は完璧なんだ…簡単には壊れないよ」
「…………」
そういえばコイツ、クレプシドラに心臓を潰されても生きてたな…コイツも不死身?だがガオケレナの再生の仕方と若干違う気もする、別のアプローチか…そもそも不死身に見せかけているだけで実際は違うか。
(何にしても軽く肉を削いだ程度じゃ怯みもしねぇか。打撃は効果薄いか…生えてこなくなるまで腕毟ってみるか?)
(ほほう、これを見ても全く驚かず淡々と考えを巡らせるか…伊達じゃないか、蠱毒の壺から生還した男の胆力というヤツは)
静かに腰を落とし…二人は、様子見を終える。
……………………………………………………
「これは驚きました、獄中生活で多少は衰えた物と思って居ましたが…実力は全く減衰して居ない、それどころか強くなってすらいるとは」
「我が革命の炎は鉄格子の向こうでも盛り続けていた。手枷に足枷…私の革命を萎えさせるには些か脆すぎた」
一方、ネビュラマキュラ城の屋根の上、天を衝くような切り立った屋根の上に立ち共に睨み合うのは大いなるアルカナの元大幹部宇宙のタヴと五凶獣のNo.2ラニカだ。
互いに腕を組みながら睨み合い、お互い余裕の笑みを崩さず静寂の中を過ごす。
「それより意外はこっちもだ、マレフィカルム最強の組織と名を馳せながら全く実態の見えない組織である五凶獣が…こんな所でこんな事をしているとはな。私が檻に入っている間に何か変化でもあったか」
「それを貴方に話してあげる程私は優しいありません」
「フンッ、大方コルロにいいように使われているだけじゃないのか?アイツは昔から他人を支配しようとする悪癖がある」
「かもしれませんね、ですが私にも目的というやつがあるので…いいように使われようとも、私は構いません。私の目的を達成できるなら」
するとラニカは歩き出し…屋根の外に踏み出す。だがまるでそこに見えない足場があるかのようにラニカの体は下に落ちず、夜空を舞台に悠然と歩く。
「……前々から思っていたが、お前…」
「さて、貴方の要望に応えて互いに動き易い外に移ったんですから…そろそろ戦りましょうか」
そう言いながらラニカは指先を軽く立てて、妖艶な唇を振るわせ。
「『ぼーん』」
──そんな子供が口にするような擬音と共に放たれたのは、不可視の波。視認することすら不可能な正体不明の力場が発生しタヴの立つ屋根が消し飛ばされる。いやそれだけで済むならいい…城の外にあった山が粉砕され、大地が捲れ上がり、指先から放たれた一撃がサイディリアル周辺の地形を変える。
これによりタヴの体は跡形もなく消えて──。
「なるほど、この実力があってNo.2か…確かに五凶獣は全組織最強の名を戴くに相応しいのかもしれないな」
「ッ!?」
……否、その程度で倒れるタヴではない。攻撃の前兆を感じ取りラニカの背後に瞬間的に移動したタヴはラニカの背を取り…拳を握る。
ラニカは強いだろう、最強の組織の一角を担う奴だ…簡単な奴ではない、だが…いやだからこそ。
「『最強』『絶対』『無敵』!上等だ!それに抗ってこその『革命』なのだからッ!」
「極・魔力覚醒…この一瞬でッ…!?」
タヴの持つ奥義…極・魔力覚醒『星轟アポテレスマティカ』。その周囲に光り輝く魔力が浮かび上がりさながら宇宙を背に立つような姿形に変貌したタヴの拳から放たれた星光の拳がラニカの頬を打ち抜く。
「ぐぅっっ!」
次の瞬間ラニカが気がつくと、彼女の体はサイディリアルの街を悠々と飛び越しアルスロンガ平原の只中に突き刺さっていた。飛ばされたのだ、街の中心部から街の外まで、あの大きなサイディリアルという街を一息に飛び越すほどの衝撃で殴られたラニカは…ただただ戦慄する。
(私の防壁が一切機能しなかった…星の魔力、厄介な)
タヴという男を無敵足らしめるのは彼の覚醒『星轟アポテレスマティカ』の性質にある。タヴは覚醒により己の魔力を星の魔力と呼ばれる特殊なものに変換する。
星の魔力とは人間が持つ通常の魔力とは異なりこの星や天に輝く星が持つ特異な魔力のこと。星の魔力は通常の魔力と異なり『比重が高く、密度が段違いに濃い』のだ。
これにより星の魔力は通常の魔力を押し除ける効果を持つ。つまり防壁が散らされるのだ…1の星の魔力を防ぐのに100の魔力が必要になる。
(魔女レグルスの星辰魔術程じゃないが、まさかレグルス以外に星の魔力を扱えるやつがいたとは…驚きだ)
手で埃を払いながらラニカはチラリと前を見る、すると既にそこにはタヴが宇宙を背に着地しており。
「さぁ、革命を始めようか」
「貴方のくだらない妄言に付き合う気はありません…ですが貴方の実力の高さには興味があります。少し興じましょうか」
両手を叩きラニカの眼光が輝く、同時にサイディリアル周辺の大地が揺れ…平原が割れ、大地がせり上がりラニカとタヴの体を持ち上げる。
「これは…魔術ではないな、覚醒の力でもない。魔術も覚醒も用いずこんな事が可能なのか…」
「私にとっては容易いですよ、ほら…死んでください」
同時にラニカが動き出す、ふわりと一瞬浮かび上がると同時に…ありとあらゆる法則を無視して急加速を行う。まるで弾丸のような速度で飛ぶラニカの蹴りを前にタヴは反応すら出来ず弾き飛ばされる競り上がった壁に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ…!摩訶不思議な!だが…『星衝のメテオリーテース』ッ!」
仕返しとばかりにタヴの体が光に包まれ、光線の如き速度でラニカに突っ込み…当てつけのように蹴り返す。
「ッ…私と殴り合いが所望ですか!」
「違うな、革命が所望だ!」
まるでそれがゴングだったかのような二人は弾かれたように動き出し、お互いを食いあう龍のように空中を飛び交い幾度となく相手を蹴り飛ばし殴り飛ばし、鬩ぎ合う。
「行きなさい」
ラニカが手を軽く振るえば足元の瓦礫が浮かび上がり、タヴに吸い込まれるように高速で飛翔する。対するタヴも拳に光を集め。
「『コズミック・カルミネイション』ッ!」
乱射するように無数の光弾を放ち嵐のように飛び交う石飛礫を物の見事に全て破砕し、それと同時に飛翔し…。
「『コズミック・シューティング』!」
「チッ」
隕石の如き勢いで降り注ぐ蹴りがラニカに向けて炸裂する。その一撃は避けられた物の大地を熱と衝撃で吹き飛ばし夜のマレウスに大轟音が鳴り響く。
「この私にここまで肉薄するほどの力を持つとは、人の身から乖離した実力ですね」
「そうか?本当に人の身から乖離した力…というを目の当たりにしているからな。自分ではそうは思わん」
「魔女ですか?……解せませんね」
クルリとラニカは瓦礫の山の上に立ち、腕を組む。
「貴方は魔女に反抗し魔女に囚われていた。そこから脱獄して魔女に仇なすならまだ分かる…ですが貴方はマレフィカルムにすら戻らず、ここで我々の邪魔をする。貴方の行動原理が分からない」
「生憎と俺は…私はもう目的を達したのさ、我々がしたかったのは魔女に対する紛糾。魔女達の行動で救われた者は多くいるが、救われなかった我々の事を忘れるな…そう言う指摘がしたかっただけで、それが終わったならもう何もいらん…あとはただ平穏に過ごせればな」
「平穏に過ごすには力を持ちすぎていますし、何より裏社会に関わりすぎましたね」
「かもな、だから戦っている。マレウスの平穏の為に戦う…なんて言える身の上ではないが、今この国では私の友が生きている。皆にとってここは居場所だ、その居場所を破壊しようとする者は何人たりとも許しはしない」
「やはり不可解な人間だ…」
「そういうものだ、不条理にして不可解、己の道を進むという行為は他人に口では説明出来ん…。それでも大衆の声に曲げられず己を通すという行為を…私は革命と呼ぶ!」
今この街には、友が住んでいる。我々とは別行動していたコフがいる、私と共に活動していたレーシュやヘエがいる。何より……『シン』がいる。
奇しくもアルカナ結成時、私が真に友と呼ぶ者達がここに集っている。私はかつて友を守れなかった、縄目の恥辱を味合わせた事も命を賭した戦功の奨励すらも行えず、友を蔑ろにしてしまった。
ならば私はそんな誤った私に革命を起こし、今度こそ仲間を守り切るのだ。
「ラニカ!私もお前の質問に答えたのだ…お前も答えてもらうぞ!」
「お好きにどうぞ!」
星の光がを纏い急加速しタヴと浮かび上がるラニカの殴打の応酬が輝く。打撃が岩を砕き天を裂き…そんな高速の駆け引きの中タヴは。
「貴様、人間じゃないな?」
「……ほう」
ここまで戦ってきて、ラニカという存在について考えていた。元より謎に包まれた五凶獣という組織と構成員だが…今こうして戦っていてなぜコイツらが謎に包まれていたかがよくわかった。
コイツらは人間じゃない…コイツらは。
「魔獣だろう…?人に擬態した魔獣…それがラニカ、お前の正体。いやそれともこう呼んだ方がいいか?『深界龍星テラ・マガラニカ』…と」
ラニカの表情は変わらない、その無機質な瞳からは本来人が持っているはずの意志や感情といったものが感じられない。
これは推理と呼ぶにはあまりに荒唐無稽な話だが…奴が使う力の挙動は人の扱う技術とは少し違う。見た感じになるが魔獣のそれに似ている…だがオーバーAランク程度では私と互角に戦うことはできない、なら私と互角に張り合える魔獣と言えば何がいる?
そうだ、オーバーAランクを超える唯一にして最強の魔獣…『五大魔獣』だ。
『大帝巨鯨』トリエステ
『空世鳳王』カーマンライン
『変幻無偏』アクロマティック
『極夜終天』ソティス
そして『深界龍星』テラ・マガラニカ…。
有史以来数える程度しか目撃例が無く、普段は人類が辿り着けない領域に住まうと言われる伝説の魔獣達。それが人に擬態した存在こそがここにいるラニカ…いやテラ・マガラニカなのだとタヴは推察する。
するとラニカは激しい殴打を行っていた手をピタリと止めて…。
「まぁ、隠していたわけではないので別にいいですが。人里で私の名前が出ると少しパニックが起こってしまうので…私なりの配慮だったんですよ。しかし解せませんね、よく私の正体に気がついた物です」
「昔居たんだよ、私の仲間にもお前みたいな奴が…」
「ああ、アクロマティックですか」
そう、No.10悪魔のアイン…後から聞いた話では奴は人の体の中に潜り込んだアクロマティックだったらしい。アインとラニカの目はどちらも生気のない虚な物だった、アクロマティックが人に擬態できるならテラ・マガラニカも擬態出来るだろう、という推論だったのだが。
どうやら大当たりらしい、マガラニカはくつくつと肩を揺らし笑い口の中から人の物とは思えないくらい鋭い牙を見せて…。
「まぁそうですね、じゃあバレてしまったみたいなので…ここらで人間の真似はやめておきますか、手足を振って叩き合うなんて下等な猿の真似事にはもう飽き飽きしていたので」
マガラニカの額から鋭い角が隆起する。その角から淡い紫色の光が漏れ出るなり周囲の環境が変化し始め…大地が揺れ見えない手に掻き回されるように大地が渦巻き始める。
「手加減し損ねたらごめんなさい、勢い余ってマレウスを沈めてしまうかもしれないので…」
「上等だ、あまり人間をナメない方がいいぞ…獣よ」
拳を握る、地面を乱流の如く掻き回すマガラニカと星の光を背負うタヴが相対し……。
「『地核爆流』ッ!」
「『星衝のメテオリーテース』ッ!」
……動き出す、マガラニカの手が天に向いた瞬間荒れ狂う大地が捻り上がり無数の槍となってタヴに襲いかかるがそれすらも光となったタヴを捉えることはできず、スルリと巨大な土槍を避けたタヴの右拳がマガラニカを捉え殴り飛ばす。
「ぐっ…人風情が…」
しかしその程度ではダメージにもならないとばかりにマガラニカは空中で大きく口を開ける。人間ではありえないほど大きく広く広げられた口の中が光り輝き…タヴを狙う。
「『界龍荷電粒子砲』ッ!」
放たれたのはブレス、テラ・マガラニカも種別はドラゴン。ドラゴンの代名詞たるブレス…なのだが、放たれたそれは最早息吹と呼べる代物ではなく純白の光線が電流を迸らせながら空を切り裂き飛翔するのだ。
「むっ!?」
これは防げない、そう瞬時に悟ったタヴは全力で横に向け加速すれば自分の真横を荷電粒子砲が通過し…遥か彼方で夜空にかかる入道雲が爆風で消し去られる。
もしあれが地面に落ちていたら、このアルスロンガ平原どころかサイディリアルまで吹き飛んでいたぞ。
「お前は危険すぎる、マガラニカ!」
「人に仇なしてこそ魔獣でしょう、幾星霜殺され続けた我が同胞達の恨みを味わうがいい!人間よッ!!」
マガラニカが吠えるだけで大地が浮かび上がる、空がかき混ぜられたように渦巻き熱が迸る。
タヴは冒険者ではない、魔獣について詳しいわけではないが…そもそもドラゴン種と言うのは魔獣の中でも際立って強いものとして捉われている。そして龍は皆『自然系魔術』を得意とする事も…有名である。
火、水、風、土…時に重力や磁力と言った大自然の力を用いる事を得意とすると言う。キングフレイムドラゴンなんかその最たる例だ。なら有史以来確認されている限り最強の龍であるマガラニカが扱うものは何か…ここまでの戦いでなんとなく把握している。
それは恐らく。
(『力場』か…奴の操る力は…!)
星の光を纏いながらマガラニカに突っ込み、タヴは考察する。マガラニカの力は恐らく『力場を操る魔術』…それも魔獣同様詠唱を必要としない特殊な魔術。
自身が指定した範囲を強制的に力場に変え、マガラニカが望んだ力を発生させる魔術。例えば重力、遠心力、磁力、電力、熱力、果ては剪断力や圧力のような物体が介入しなければならない力まで下限上限無しに自由に増減させられる。それが奴の力だろう。
文字通り一種の天体だ、意思を持った世界そのものと言える。とてもじゃないが人間が逆らっていい存在じゃない…だが。
(逆らえる物ではないからこそ…逆らう!それが革命だッ!)
「そら革命者、お望みの物をあげましょう」
両手を開きながら天に浮かび上がるマガラニカの周囲の重力が急激に跳ね上がる。大地すら己の自重に耐えきれず崩壊し大穴が開く…が、タヴは。
「ありがたい、上から押さえつけられれば押さえつけられるほど…革命者は強くなるッ!」
「なッ!?」
耐える、魔力を噴射し極大重力のヴェールを突っ切りマガラニカに迫ると共に足先に魔力を溜め…。
「『星転のアンティキティラ』ッ!」
「グッ!?」
叩きつける、足を振り下ろすように体全体を回転させ叩きつけられた凄絶な蹴りにマガラニカは地面に撃ち下ろされ───。
「『星衝のメテオリーテース』ッ!!」
更に撃ち下ろされたマガラニカに追い討ちが迫る、光速に近い速度で怒涛の連撃を叩き込みマガラニカが墜落するまでの凡そ0.数秒の間に百発近い打撃を見舞い…そして。
「『コズミックカルネイション』ッ!!」
「ッッ!!」
背後の星空から無数の光弾を連射し墜落した瞬間を狙い撃ちマガラニカに集中砲火を加える。許さない、反撃も抵抗も…一切許さず五大魔獣を相手に一歩も引かぬタヴは空に立ち、腕を組む。
「お前達五大魔獣は、魔獣達の希望…魔獣達にとっての魔女なんだろう。だが俺から言わせれば…魔女はこんなもんじゃないぞ、マガラニカよ」
「……おかしいですね、貴方そんなに強かったですか?」
砂塵の上がる大地に立つマガラニカには苛立ちを隠さない表情でタヴを見上げ睨む、龍の眼光を受けてもタヴは怯まず、寧ろ笑う。
「強さ自体は変わってない、だが心持ちが変わった。敗れて縄目の恥辱にあったのもそうだし…同時に俺は魔女とも直接手合わせをした。そして悟った…この世界の頂点とは、即ち何かを、それを知らないお前と俺とで差が生まれてるだけさ」
数年前、帝国に喧嘩を売った時邂逅した唯一の魔女…孤独の魔女レグルス。あれははっきり言って異常なレベルで強かった、俺とシンの二人がかりで…それも本気でかかったと言うのにこちらが向こうに与えた損害は掌の皮一枚に火傷を負わせる程度。この差を理解したからこそ…自分の力が絶対でないことを知った。
自らこそ、最強であると驕る者と未だ最強を目指す途上にある者、志が違うのは当たり前であり…そこに強さの違いが出る。
「何を偉そうな事を、世界の頂点を知るのが…自分だけだとでも言いたげだな。人間はいつも…傲慢だ。もう…勝ったつもりか」
「む……」
「コルロの目的に乗った手前、あまり暴れるつもりはありませんでしたが…そっちがその気ならこっちも本気を出してあげますよ」
天を見上げる…何か気配を感じたからだ、そして即座に悟る。…失念していたんだ、マガラニカの力を暴いて奴の手の内を探って、優位に立てたと思っていたが肝心な部分を忘れていた。
奴の力は力場を作る…そこは分かった。奴が指定した範囲にあらゆる力を作ることができる
先程の重力はまさしくそれだった。だが次に問題になるのは…その効果範囲だ。
さっきの重力は一体どこまで届いていた…その答えが天に広がっていた。
「別の天体を引き寄せたか…!」
隕石だ、赤く輝く光の山が雲を引き裂いてこちらに向かってきていた。そうだ、今の重力は…宇宙まで届いていたんだ、それで小規模な天体を捕まえ引き寄せた。
つまり奴の力は星の外に出てこの宇宙にまで広がって居るのか!
「仮初の姿ではあの程度を引き寄せるのが精一杯ですが…あれでも十分でしょう、脆い人間には」
「チッ!」
あれを街に落とすわけにはいかない、全員寝て居るから避難もできない…俺がなんとかするしかない!
全身に魔力を込めて天を切り裂く紅の光に向けて飛び立つ。近づけば近づくほどに大きさが明瞭になる…流石にあれを受け止めるのはキツイか、いや…だが。
それでも…やらねば!!
「はぁあああああああああああッッッ!!!」
やらねばならない、あの街にいる…俺の仲間達を守る為に。その為にバシレウス達の戦いに参加したのだからッ!!
「たった一人で隕石を受け止めるつもりですか…さしもの第三段階でもそれは不可能だと思いますが、止めやしません…ほら、上から押さえつけられれば押さえつけられる程、革命者は強くなるんでしょう」
マガラニカが指を曲げる、ただそれだけで隕石が引き寄せられる力が強くなり一気に加速する。対するタヴもまた…加速を続け、迷うことなく隕石に突っ込む。
「『星象のプラネタリューム』ッッッ!!」
拳に全ての魔力を集中させ、そして───────。
………………………………………………………………
「騒がしいですね、駆除の一つも静かに行えないとは…連れてきたのは間違いでしたか」
パタン、と…懐中時計の蓋を閉め外で行われる喧騒に耳を傾ける女王は嘆息する。当初はガオケレナに頼まれ己一人で片付けるつもりだったが、総帥切っての推奨によりバシレウスを加え、そのバシレウスの賛成で加えたタヴの戦いの激しさに…クレプシドラは呆れる。
戦いが激しくなる…と言うことは実力が拮抗して居ると言うこと。もっとスマートに…静かに終えられるだけの実力がないと言うことだと、ため息が溢れて仕方がない様子だ。
「奴らはもっと妾を見習ったほうがいい。…お前もそう思いませんか?オフィーリア・ファムファタールよ」
「ッ…嘘でしょ……」
バシレウス達が戦いを始める中、クレプシドラも戦っていた。相手はセフィラの一角『美麗』のティファレト…つまりオフィーリア・ファムファタールである。
がしかし、そのオフィーリアは今膝を突き傷だらけで肩で息をして居る。つまり勝敗が決したのだ、セフィラとして絶大な力を持つはずのオフィーリアが…クレプシドラに傷一つつけられず終わった。
(嘘でしょ、強い強いとは聞いてたけどここまで強いか…!こんなのセフィラの中でも上位陣じゃないと相手が出来ないよ…)
オフィーリアはへし折れた剣を見て苦笑いする、手を抜かず本気でやった…滅多に使わない剣も使って本気でクレプシドラと戦った、しかしクレプシドラはオフィーリアを前に圧倒的な力を用いて叩き潰し、力尽くでひれ伏せさせた。
その実力の高さはマレフィカルム内にも響き渡って居る。マレフィカルム五本指…その二番手と呼ばれるクレプシドラはの実力はセフィラにも匹敵すると、そんな不遜な話を聞いてオフィーリア鼻で笑っていたが…実際は違う。
セフィラに匹敵どころか超えてすら居る。セフィラの中でも上位と言われる数人…そのレベルじゃないと真っ当に相手も出来ないレベルだ。これに匹敵出来る存在なんて帝国の将軍くらいしかいない。
そう、こいつは世界最強の将軍に匹敵出来る…数少ない大戦力の一人なんだ。
「さて、あと十三分ほど余ってしまいましたが…まだ続けますか?オフィーリア」
「当然……今更引けないよ」
立ち上がるオフィーリアは折れた剣を捨て、魔力を昂らせる。がしかしクレプシドラはそれに対して何の反応も示さない。
文字通り無反応だ、構えもしないし魔力も起こさない、ただドレスの皺を伸ばすようにスカートを撫でているだけ。それに対して若干の怒りを覚えたオフィーリアは足先から魔力を放ち…。
「『無影』……!」
飛翔する。足先から魔力を放ち加速し壁を蹴って飛び上がり天井を蹴って降下し地面を蹴って再度加速し、部屋の中で乱反射しながら超高速でクレプシドラの周りを飛び回る。
インパクトの瞬間にだけ魔力を放出する離れ技、ダアト同様魔力の射出範囲と時間を究極まで少なくすることにより圧倒的な過剰出力を叩き出すオフィーリアのそれはあっという間に音速を超え飛び回るだけで周囲の壁や天井が崩れ始め…。
「もらった…ッ!」
腰に差していた短剣を抜き一瞬でクレプシドラの背後に回ったオフィーリアは絶命の一刺しを突きつけ……。
「『サモン・ゲニウス』」
「ンなッ!?」
しかし、しかしだ。阻まれる…真後ろから高速で放った短剣の突きがいても容易く防がれる。それもクレプシドラはこちらを見ずに…ただ突然現れた光の壁が攻撃を防ぐんだ。
まただ、またこれが出た…けどまさか背後にまで展開されて居るとは。
「『三時のザロービ』…無駄と分かりませんか?オフィーリア」
「ッ……」
離れて見れば何がオフィーリアの一撃を弾いたかがよくわかる。オフィーリアの攻撃を弾いたのは…盾だ。それも淡く光を放つ半透明の巨人が持つ光の盾、それが防いだんだ。
…あれは『精霊』だ。魔力を媒介に生み出す意志を持った魔力体、クレプシドラが扱う精霊魔術『サモン・ゲニウス』によって生み出された光の巨人は部屋の中で狭そうに身を縮ませながらもクレプシドラを守っている。
(また出た、精霊…あれの対処は不可能。やり方考えないと)
あれがクレプシドラを無敵足らしめる最たる理由。一度出現した精霊は一つの魔術として成立して居る為破壊や撃破は難しく、通常の魔力虚像と異なり完全に自律で動く為対処が真面目に相手をするだけで馬鹿らしくなる。
「『一時のザフィン』…まだ足りませんか?」
瞬間、盾を構えていた巨人が光に包まれ姿を変える。再召喚を行い別の精霊が顕現する…それは無数の手を持ち慈愛の表情を浮かべる鉄の巨人、鉄の巨人は無数の手を開き…その全てから光を放ち───。
「くぅっ!?」
乱れ飛ぶ、光を放つ巨人の手が光芒のみを残すほど速度で振り回され空間に蜘蛛の巣のような光の糸が乱れ飛ぶのだ。この一撃一撃がオフィーリアの防壁を叩き砕き押し潰すほどの威力。
故にオフィーリアも全力で加速をし回避に専念しながら…隙を探す。
「…………」
(腹立つな、本当に……)
しかしこうして必死になればなるほど目に入るのは余裕の表情で突っ立って居るクレプシドラ。奴は戦いが始まってから一度として手足を動かしていない、戦いの全てを精霊に任せ本人は傍観して居るんだ。
まるで、王たる自分は戦いに参加するつもりはないとばかりに…。
「もぉ〜〜!本当に〜〜!……セフィラをナメるなよ…!」
クルリと手元で短剣を回し、飛んできた精霊の平手打ちを弾き飛ばし、その一瞬でクレプシドラに肉薄する、今盾を構えて居る精霊はいない…再展開する前に、潰す。
「『アヴローラメメントモリ』……」
開かれた手から黒い霧のような魔力が溢れ、クレプシドラに伸ばされる。オフィーリアが得意とする魔術…通称『即死魔術』と呼ばれるそれが放たれる。
対象の魂に直接干渉し、魂と肉体の結合を強制的に解除する究極の荒技。その存在すら歴史から消し去られた最悪の魔術…それが今クレプシドラに放たれ──。
「穢らわしい、触るな…下郎」
「ッな!?」
がしかし、阻まれる…オフィーリアの手が見えない壁に阻まれる。だが先程の盾を構えた巨人はいないはず…なのに何に防がれた?答えは単純、防壁だ。
そりゃあそうだ、精霊は自律して動くんだ。ならクレプシドラ自身は完全フリー…防壁だろうがなんだろうが使えて当然なのだ。
「王に触れようとするなど万死に値するッ!疾く死に失せろッ!『滅神咆哮』ッ!!」
「ぬぐっっ!?!?」
そして、反撃とばかりに飛んできたのはクレプシドラの魔力が万点と詰まった拳。いや拳と形容していいものか、腕が振るわれると共に空間内に満たされていた魔力が一気に前方に移動し世界をくり抜くが如き砲弾となって飛ぶのだ。それがゼロ距離でオフィーリアに叩き込まれ…オフィーリアの体は押し潰されるように吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「ぐっ…ぅ…本人も強いってか、そりゃ…そうだよなぁ………」
「『四時のパルクス』……その罪、我が手で処断してやろう」
そして、倒れ全身からビュービューと血を吹き出すオフィーリアに迫るのは黄金の鎧を身に纏った処刑人型の精霊。そしてそれを従えるクレプシドラ…二つの影が眼前に映り、オフィーリアは目を伏せる。処断する…と来たか。
「王の手で処断される、貴方に相応しい最期でしょう…王国裏処刑人オフィーリア・ファムファタール」
「…………私の身の上調べたんだ、セフィラの素性は探っちゃいけないルールだよ」
「妾は王ですから」
昔の話をされて少し腹が立つ。裏処刑人…出来れば元をつけて欲しかったがそれをここで指摘してもこいつは多分無視するだろう、そう言う奴だ……。
(ここから巻き返せるか、極・魔力覚醒を使えば…いや元の出力で押し負けている以上奴に後出しで極・魔力覚醒を使われて終わりだ。クレプシドラもそれを分かって居るから覚醒しないんだ、ってことはあれかな…詰みかな)
どう転んでも殺される未来しか見えない、なら…最後の手だ。
「クレプシドラ!」
「む……?」
その瞬間起き上がったオフィーリアはその手に持った短剣を投げつける……地面に。
投げつけられた短剣は地面に突き刺さり、同時にオフィーリアは両手を地面について───。
「ごめんなさぁ〜い!降伏します〜!参った参った〜!」
「…………」
「もうなんでもしちゃいます、ガオケレナしゃまにも謝りますぅ〜!だから殺すのだけは勘弁してぇ〜!」
ポロポロと涙を流しながら頭を地面に擦り付けて謝罪と命乞いを繰り出す。これこそ奥の手『泣き落とし』!どんな男だって私の涙を見れば許してしまう、この涙で多く危機を乗り越えてきたんだ、これならクレプシドラも───。
「阿呆らしい、謝罪をするのは今から十五分と四十二秒遅い」
「で、ですよねぇ〜〜」
「と言うわけで死になさい、九億四千六百八万秒の刻に別れを告げなさい…」
「ひぃえ〜〜!」
振り上げられる精霊の剣、終わった…そんな言葉が脳裏に過った、その時だった。
「ストップ…」
「むっ…!」
クレプシドラの背後から現れた巨大な影が、クレプシドラの体を殴りつけ吹き飛ばし…私を救う、援軍?そんな馬鹿な…って。
「下郎が…何者か」
「ファックユー…」
「下郎はお前でございますです、コルロ様の命によりお前を殺しにきましたです」
城の奥から現れたのはツギハギだらけの青い肌の巨人女と全身包帯まみれの褐色の黒髪女…こいつらは、確かコルロの組織ヴァニタス・ヴァニタートゥムの幹部…。
「ヴィクトリアとネフェルタリですか……まぁ、コルロがいるならお前達もいますか」
ツギハギだらけの女の方はヴィクトリア、包帯の方はネフェルタリ。両者共にヴァニタートゥムの幹部にしてコルロの腹心だ、アイツ自分の部下も連れてきていたのか。
と言うかこれ、援軍みたいなツラで出てきたけど確実に私の監視だよなぁ。私が裏切ったり逃げたりしたらこいつらは私に牙を剥いていた。事実今出てきたのも私がヤバいからではなく私が裏切りそうになったから釘を刺す意味合いで出てきただけ。
コルロ…アイツ、やっぱりセフィラの事も手玉に取るつもりだな。
でも都合がいい!
「やぁ〜ん!助かっちゃった〜!ありがとねぇ〜!ヴィクトリアぁんネフェルタリぃん!私これからレギナ殺してくるからここお願いねぇ〜!」
「ユーキャンミー…」
「とっとと終わらせてきなさい、殺す事に関して貴方の右に出る者はいないですます」
「…………」
走り出す、ヴィクトリアもネフェルタリも強い…けどぶっちゃけ相手が悪すぎるから死ぬだろう、まぁ私には関係ない事なので無視するけどね。今はレギナだ、レナトゥス様が殺せと言ったのだから殺さないとね。
…………………………………………………………………
「………………」
チラリとクレプシドラは走り去るオフィーリアを見送る、ここでオフィーリアを追いかけてもいいが…レギナは既に城の外に逃げて居る、それに何やら他に動く気配もあるしダアトも控えて居る。なら王が汗をかく必要はないだろう。
それよりも。
「お前にはここで死んでもらうですます」
「ファックユー…」
今、目の前にいる下郎を処断せねばならない。王に許可なく触れるばかりか小汚い口まで効いて…ここがクロノスタシス王国なら即座に極刑、一族郎党皆殺しの末に大通りに首を晒していた。
しかし残念ながらここにはクロノスタシス軍も妾の忠実なる手勢もいない。今ここに連れてきてもいいが…面倒だ。このまま妾が処刑しよう。
「二分」
「は?」
懐中時計を開きながら呟く、今から二分…じっくりやればそれくらいだろう。
「今から二分後、お前達の片割れは死ぬ。妾が殺す…そしてその十五秒後、もう片方も殺す」
「それはなんですますか?予告か?」
「予告?違う…確定事項。妾のスケジュールだ…」
パチリと懐中時計に蓋をして懐に仕舞い込むと共に、魔力を解放する。同時にヴィクトリアとネフェルタリも仕掛けてくる…。
「ヴィクトリア!奴に精霊を展開させるな!」
「イエス…!」
「フンッ……甘く見られたものよ」
突っ込んでくるヴィクトリアは半人造人間だ。ホムンクルス生成技術と人間を組み合わせ最高の人間を作り出す計画の途上で生まれた副産物。肉体的超人に匹敵する身体能力に天才的な魔力を組み合わせた傑物…八大同盟の幹部らしい純然たる強さを持つ巨人。
されど、それを前に慄くことも恐れる事も、する必要はない…何故なら。
「王の行動を束縛出来る物など、この世にないッ!!」
「ぅぐっ!?」
全身を包む魔力防壁が変形し、剣山のように尖り爆発するように膨張する。その衝撃に吹き飛ばされるヴィクトリアだが、奴は足の筋肉を膨張させて衝撃波に耐え抜き…。
「『ヴィクターバンカー』ッ!」
腕の中に内蔵された衝撃発生魔力機構と合わせ、拳から魔力衝撃を放つのだ。その威力は岩すら砕くほどなのだろうが…。
「他愛無い」
妾が指先をクルリと回せば防壁が粘土の様に動き衝撃波を包み込み押しつぶし、同時に防壁を拳型に変形させ更にヴィクトリアに向け叩き出し今度は念入りに、壁に叩きつけ虫を潰す様に押し込む。
「グッ…」
「防壁が粘土の様に変形して…特殊防壁ですますか!?」
「ハッ…ただ防壁を操っただけでしょうに。この程度の技術で驚かれても不快です」
「ッ…このッ!!」
これは特殊防壁ではなく、ただ防壁を極限まで柔らかくし動かして居るだけ。動かす時は柔らかく、インパクトの瞬間だけ極限に硬化しているだけで特別なことは何もしていない。それくらいの技術…妾なら持ち得て当然でしょうに。
されど未だ力の差が分からないのか、次いで突っ込んでくるのはネフェルタリだ。全身の包帯を緩ませ鞭の様に扱い…。
「『魔鞭流鎖』ッ!」
「邪魔」
魔力を流し鉄の様な硬さになった包帯による無数の連撃…と言う技に派生するはずだったのだろう。しかしネフェルタリが包帯を伸ばした瞬間指先から魔力衝撃を放ったクレプシドラの一撃が容易く全てを押し流し、ネフェルタリもまた壁に叩きつけられる。
「ぅぐっ…なんて威力の魔法ですますか…!」
「魔法…なんて威力、はぁ…つくづく凡愚ですね貴方達は。こんな物いくら極めて誇示しても意味などないでしょう」
「なんだと……!」
「貴方達第二段階の人間は魔法を高尚なものと思っているようですが、これはただの攻撃…その延長線上に過ぎない。分かりませんか、そんなもの児戯であると」
腕を組み、目を伏せながらクレプシドラはため息を吐く。魔法などいくら鍛えても程度が知れている、例えば同レベルの相手と戦った時…魔法は決定打にはなり得ない。ならばそう言う時相手を圧倒的に凌駕するものは何か。
「真に極めるべきは魔術です、魔術を鍛え極めてこそ真に頂点に立てるのです。魔法などという手足の延長線上を鍛えても高が知れている。それさえ分からぬ民草の凡愚さにはほとほと呆れ返ります…魔法や覚醒に頼ってそれをメインとして扱って居るようでは、限界はそこまでですね」
彼女らは頑張って魔力覚醒や魔法をメインウェポンとして扱って居る様だが…結局この世で最も極めるべきは魔術であり、魔法なんて防壁が使えるくらいでいいのだ。それさえ鍛えておけば他の魔法もある程度習得できるのだから…魔法に心血を注ぐだけ時間の無駄だ。
「まぁ貴方達は頑張って魔法を使っていなさない、妾が本物の技というものを知らしめましょう」
「ぐっ…『テーピングロック』!」
その言葉を皮切りに切り裂くような一撃が飛んで来る。ネフェルタリが包帯を硬化させ槍の様にクレプシドラに放ったのだ…しかし。
「『一時のシンブック』」
指を軽く鳴らすだけで…精霊が顕現する。魔法ではなく精霊魔術によって精霊を生み出す、腕もなく、足もなく、胴と頭だけの精霊が出現し…周囲に浮かび上がらせる無数の剣を操りネフェルタリの包帯を切り裂きネフェルタリの魔法をあっという間に制圧してしまう。
「ぐっ…精霊魔術!」
「魔法で出来る事には限りがある、ご覧通りですよ…」
精霊の力は術者に比例する、即ち世界最強クラスのクレプシドラが使えば精霊の力もまた…凄まじいものになる。精霊シンブックが生み出した大量の剣がネフェルタリに降り注ぎ、その体を地面に縫い付ける。
「ぅぐっ…!」
「ネフェルタリ!」
「他人の心配をして居る場合か?」
右手でシンブックを操りながら…左手を前に出すクレプシドラ。そしてその手でも指を鳴らし…。
「『七時のサリルス』」
「精霊がもう一体…複数顕現も出来るのか!?」
「一体しか出せないなど誰が言ったのですか?妾は一度に両手の指の数だけ精霊を顕現させられます」
よく勘違いされる、オフィーリアも勘違いしていた。精霊は一度に一体しか出せないのだと…。確かにひ弱な民草が使えば一体扱うだけでも精魂尽き果てるだろう、だが妾は王…従わせる事に関しては他の追随を許さない。
精霊の数は全部で八十四種、それを最大同時に十体まで同時顕現・同時運用が行える。妾が何をせずとも命令だけすれば、相手は死ぬのだ。
「これが王の魔術です、幽世にて伝聞し遍く世に妾の威光を届けることよう命令します」
光と共にもう一体現れる。巨大な門を胴体に取り付けた鈍重な巨人が精霊シンブックの隣に並び立ち…ヴィクトリアに狙いを定め。
「『開門』」
「ぬぐッッ!?!?」
門の精霊サリルスの胴体に取り付けられた門が開くと…その正面にある全てが真っ二つに引き裂かれ門のように開かれる。壁も床も…ヴィクトリア自身も。車線上にある全てを強制的に開くサリルスの力により…ヴィクトリアの体が引き裂かれ、血を溢れさせながら二つに分かれた死体が地面に転がる。
「なッ……」
「二分、ピッタリ」
懐中時計を開けば…確かに二分経って居る。予告した通り二分で片割れを殺した、その完璧な時間配分に…クレプシドラは恍惚の表情を浮かべる。
「予定通り、素晴らしい…これこそ王の特権。自身も、周囲の環境も、全て我が手中に収め支配し完璧に物事を運ぶ…雑多な民草には出来ない芸当でしょう」
「ッ……」
「完璧なスケジュールとはつまり、時の支配。人だけを支配して喜ぶ低俗な王ではなし得ない真なる王の特権…素晴らしい」
クレプシドラは異常なまでのスケジュール魔だと人は言う。朝起きて夜眠るまでのスケジュールを秒単位で前日に決めておき、それをなぞる様に生きることに何よりの喜びを覚える。
民は未来を不確定な物だと宣う、それは民が民であるからで王は違う。王とは全てを支配して操る物、ならば時勢も運命さえも操って当然。
完璧なスケジュールとは即ち…王が王である証左に他ならないのだ。
「ではお前も殺しましょう」
「ッ……!」
そして、一通り恍惚し終えたクレプシドラは精霊シンブックをネフェルタリに向け──。
「…………?」
「…………」
「おい、何を……」
しかし、クレプシドラは動かない。ネフェルタリの命をいつでも奪えると言うのに命を奪う寸前で停止したのだ。それに首を傾げたネフェルタリは…。
「お前一体どう言うつもりですま───」
「ああすみません、ヴィクトリアの死から十五秒後に殺すとスケジュールを立てていたので、三秒ほど…猶予が出来ただけです」
ヴィクトリアの死から十五秒後に殺すと決めていた、だから十五秒経つのを待っただけ。定刻の十五秒が訪れた瞬間…ネフェルタリの言葉すら待たずクレプシドラは精霊の剣でネフェルタリの首を刎ね上げ…懐中時計の蓋を閉め、懐にしまう。
「二分と十五秒、スケジュール通り…素晴らしい」
うっとりと頬に手を当てるクレプシドラは背後の精霊を手で払い消し去る。八大同盟の幹部程度では相手にもならないとばかりにヴァニタス・ヴァニタートゥムの幹部を屠殺した彼女はその場で腕を組み……。
「さて、このままレギナ・ネビュラマキュラを助けに行ってもいいですが……妾が行く必要はなさそうですね」
視線を壁の方に向ける。透視と遠視の組み合わせで城の出入り口へと向かうレギナと同じくルビカンテの夢に囚われなかった者達の動きを見て、これ以上王が自ら動く必要性はない。この状況にした時点でガオケレナへの義理立ては果たしたと言える。
タヴの方は……かなり苦戦して居る様だがアレはアレでいい、マガラニカが追い詰められて本気を出し始めたら収拾がつかない。
なら、後は……。
「バシレウスの方に行きますか」
あと心配なのはバシレウス、アイツだけだ。
…………………………………………………………………………
「『魔王の鉄槌』ッッ!!」
「フハハハハハッ!!」
叩きつける魔拳が大地を揺らし、コルロを吹き飛ばす…がしかしコルロは寸前で腕をクロスさせ防壁を展開しつつあえて後ろに飛ぶことで完全に俺の一撃を無力化する。
「この程度かな?魔王よッ!」
そしてローブをはためかせ、翻ると共にコルロはこちらに目を向け…。
「『スカーレットドラクル』ッ!!」
その瞳が輝いた瞬間、コルロの眼球が爆裂し内側から真紅の光線が放たれるのだ。眼球の中に魔術を押し込み、爆裂させると共に一気に放つことにより威力を上昇させる常軌を逸した捨身の技がバシレウスに向けられる。
「チッ!」
慌てて頭を横に逸せば光線が頬を掠める。どんな攻撃も物ともしないはずの体が傷つき血が溢れる、その傷口から漏れる血を舐め取りながら…コルロに視線を向ける。
「そろそろバテて来たか?息が上がって居る様に見えるが」
「幻覚見てんじゃねぇよ、カスボケがよ」
既にコルロの眼球は再生しており、奴の体には傷の一つも見受けられない。さっきから何度も何度もアイツの体を傷つけて来た…その都度奴の体は再生していく。まるでガオケレナみたいだ…こいつも不死身か?
まぁなんだっていい、こっちだってようやく体が温まって来たところなんだ。
今、バシレウスとコルロの二人は城に大穴を開け外に飛び出し、城の裏手にある巨大な庭園…『ネビュラマキュラ庭園』へと戦場を移し殴り合っていた。傷つけても傷つけても無限に再生を繰り返すコルロから繰り出される自傷同然の猛攻撃を前に攻めあぐねるバシレウスは傷を服の袖で拭いながら再び大きく腰を落とす。
「覚醒は使わないのか?バシレウス…」
「使って欲しいのかよ、ならテメェから使えやッ!今のままで十分なんだよッ!」
「私はもっと…君の力が見たいのに」
全身から魔力を放ち、それを衝撃波に変え…全身全霊で燃え上がる様に爆裂させる。その一撃により木々は薙ぎ倒され庭園の大地は捲れ上がりコルロ自身も吹き飛ばされ──。
「『血染之軻遇突智』ッ!」
否、コルロは真正面から剣を振い衝撃を切り抜けた。が問題はその手に持って居る剣、左腕を右手で引き抜き肉を削いで骨の剣に変え…それを振るって居るのだ。
「血は、肉は、魔法を使う上で、魔術を修める上で重要な要素だと…君は知って居るか」
「急になんだよお前!」
「世間話さ!」
そして手元に骨の剣を残したまま左腕は即座に回復し、魔力で赤熱した骨血剣を振いコルロは攻め立てる。剣から放たれる紅の斬撃は大地を抉り破壊していく。流石にこれを受けたらまずいと回避に専念する。
「一説では魔術や魔力闘法に個性が出るのは魂内部の情報が影響して居るという。才能がある…ということはその分魂の内部にそれだけ魔術に適切な何かが秘められて居る、私はそう考えて居るんだよ…」
「テメェの御高説なんか聞きたくねぇんだよ!」
「まぁ聞け、そしてもう一つ…君も魂と肉体が紐づけられて居るという話は知って居るだろう、肉体が衰え老いるのは魂が衰弱し始めて居るから、若い内に強いのは魂が活性化して居るから。ならば…と私は一つの仮説を立てた」
「グッ!?」
骨剣の突きが波の様に巨大な衝撃波を放ち、俺を吹き飛ばす…悠然と剣を手に立つコルロは己の胸に手を当て…。
「もし、この肉体、血肉の一滴に至るまで…完全に魔力に適合した存在へと作り変えた時、もしこの肉体…欠片の一片に渡るまで、魔女と同じ物に作り変えた時。私は魔女と同じ段階の魂を得られるのか…とね」
「……テメェ、それは…」
「君の師匠ガオケレナもまた、私とは違う方法で…自らの知識によって魔女の座に踏み込んだ人間だろう。私も同じさ、この体…その全てを究極の物に仕上げ、魂を完全なる存在へと近づける」
「出来るとは思えねぇな…」
「私はそうは思わない、何故なら実証例が三つもある…一つは私自身、この力が何よりの証拠、二つ目がガオケレナ…奴は魂を作り変え魔女となった、そして三つ目が…君だ」
「は?」
ピタリと指をさす、俺に向けて…俺が肉体を作り変え魂を改変する技術の実証例?いやまぁそうか…なんせネビュラマキュラとクリサンセマムのやってることと、同じだからな。
「君達ネビュラマキュラとクリサンセマムは交配による魂情報の組み合わせという形で完璧な肉体を作り、それに伴う完璧な魂を持った肉体を人の意思で作り上げた、まさしく実証例の一つだ」
「ケッ、だからテメェも自分の体を弄ってるってか?」
「ああ、作り変えて居る。ハーシェルの影の訓練による肉体改造、逢魔ヶ時旅団のサイボーグ技術、メサイア・アルカンシエルの遺伝子組み換え魔術、ルビカンテの魂改変理論、そしてパラベラムの英才教育。これら全てのノウハウを私は手に入れ私の肉体改造に使った…お陰で私はこれほどの力を得た…だが、まだだ」
剣を地面に刺し、求める様に…俺に手を伸ばす。まるで飢え苦しむ亡者の様な足取りで歩み、張り付いた笑みを浮かべたコルロは…告げる。
「まだ足りないんだ、まだ私の体は完璧じゃない…私の体はいずれシリウスそのものになる。その為には…既に完成された物がいくつも必要なんだ」
「完成されたもの…?」
「一つは最高純度の肉体的超人、もう一つは魔女の血液、そしてガオケレナの肉片と…ネビュラマキュラ、或いはクリサンセマムの血液…これが必須だ」
「………だからか」
その言葉を聞いて合点がいく。こいつがレギナを狙ったのは、或いは俺でも構わないという態度を取るのは…己の肉体の完成に既に完成された血液が必要なのだ。
八千年の意図的交配を積み重ね完成したネビュラマキュラとクリサンセマムの血液には膨大な量の情報が詰まって居る。奴はそれが欲しいんだ…それを使って奴はシリウスになりたいのだ。
「もう三つは集まっている、あと一つ…お前達の血液だけが不足している。だから寄越せ、レギナでもお前でもいい…ネビュラマキュラの血を寄越せ!!」
だから…こいつはこの暗殺計画に乗った、レギナの血が欲しかったから。あれも一応ネビュラマキュラだ、純度は違うが中身は俺と同じ…だから狙ってんのか。
「ハッ、だったらレギナ狙うのはやめとけ。俺の足元にも及ばねーからよ」
「そのようだ、だから君の血液をもらう」
「ウルセェよ…吸血鬼野郎が…!」
血液よこせと言われて、そうおいそれと渡せるかよ。俺のモンは俺のモンだ!死んでも渡さねぇ!
「ハハハッ!未だ目覚めぬ不完全な君に!究極に近づきつつあるこの体を!止められるかッ!」
頬の傷に手を当て、血液を引き出す。その血液が炎に変わり、熱に変わり、光を放つ。これは俺の武器だ…渡すと言われて渡せるかよ。
「いい加減喧しいんだよ…消えて死ねや!『ブラッドダイン……!」
そうしてその手の光を一気に魔力に変え増幅させ、全てを破壊する大魔術へと変貌しコルロに向かい────いや待て、なんかおかしいぞ。
「フッ……」
コルロの奴、笑ってやがる……?いやなんでもいい!このまま消し去ってやる!
「ダメです!バシレウス様!!!」
「『マジェスティ』ッって…なんだ!?」
ブラッドダインマジェスティを放った瞬間、どこからともなく聞こえた声に反応し視線を高速で動すと…そこには城の方から走ってきているダアトの姿が…。
あいつ今までどこで何をして…っていうかダメって一体。
「『ノスフェラトゥ・アブゾーブド』……」
「は!?」
その瞬間、コルロが魔術を放つ。それは俺のブラッドダインマジェスティを歪める螺旋型の光、グルグルと渦巻くそれはコルロの掌から放たれ…まるで絡めとる様に俺の魔術を吸い込み、手の中に吸収してしまう。
なんだ…あれ。
「……これが私の魔術…『吸血魔術』さ。血液に反応し吸い上げエネルギーに変える魔術…君の血を使った魔術とは相性最悪だね」
「なッ……」
「いい魔力だ、だが血そのものではない…君の現物をくれ、全て!」
そうして今度は俺自身に手を向け…。
「『ノスフェラトゥ・アブゾーブド』ッ!」
「グッ!?」
ズルリと俺の傷口から血が溢れ…コルロの手に吸い寄せられ吸い込まれていく。紅蓮の螺旋が渦巻きコルロの手の中に収まり消えていく。ヤベェ…!これどうすりゃ止まるんだ!全然分からねぇ!
まずい…血が全部抜かれる…!死ぬッ……!
「速の型!『瞬閃』ッ!」
「おっと…!」
しかし、そこで乱入したダアトが俺の血を吸い上げる吸血魔術を断ち切り…吸血を停止させる。がしかし相当数血を抜かれた俺の体はその時点で麻痺し…動けなくなる。
「コルロッッ!!」
「ダアト…まさか君がそこまで慌てるとはね。だが私は君の素性を知っている…どうだ私の仲間にならないか、私はシリウス様の───」
「喧しいッッ!!」
「グッ!?」
そしてそのままダアトはコルロに抵抗すら許さず、魔力噴射による神速の拳を叩き込み殴り飛ばす。あのコルロがまるで反応出来てなかった…っていうか今のマジか、ダアトの奴あんなに速くて重い一撃を放てたのか…!
「コルロ、私はお前に怒っているんですよ。お前はやり過ぎた…ガオケレナ様への義理立てもせず、剰え後ろから撃つような真似をする人間を信用する者などいません、ここで私がお前を殺す」
「ッ…流石は、セフィラの中でも別格と言われるだけはある。今のままじゃ勝ち目はなさそうだ…」
「さぁ観念して───」
「だが目的の物は手に入った、最早この場などどうでもいいッ!」
瞬間、コルロは地面に手を当て…粉砕する。その土石流の波が渦巻き庭園を根底から荒らして回る…がその波の中でもダアトはまるで小揺るぎもしない、このまま行けばコルロを追い詰めるだろう…しかし。
「……バシレウス様!」
「なッ…お前……」
ダアトは迷うことなくコルロではなく俺を助けに来る。麻痺して動けない俺を…だ、咄嗟に土石流に飲まれそうな俺を抱えて飛び立ち…その場から離脱する。
だが…そうしている間にも。
「すみませんね到着が遅れて、どうやら今回の一件…エリスさんが強く関わっているせいで私の予知が全く機能しなくなっているようでして…」
「おい!コルロが…!」
「それより貴方です、貴方はいずれマレフィカルムの王になるお方、何よりガオケレナ様から貴方のお守りを言いつけられてるんです…死なせられません!」
「あの程度で死ぬか!」
「絶賛死にかかってるでしょ!!いくら頑丈でも貴方も人!血を抜かれれば死にます!というかあれだけ抜かれて逆によく生きてますね!」
土石流の外…安全圏へと抜ける頃には、コルロの姿はその場にはなく…逃げられたことが確定となる。
……クソが、ロムルスにも逃げられて、コルロにも逃げられるかよ、腹立つぜ…!
「ッ…退け!」
俺は咄嗟にダアトを押し退けコルロを追いかけようと立ち上がる、だが荒れた庭園の瓦礫に足を取られ…膝を突く。
クソが、俺の体…動けよ。なんで俺の言うこと聞かねえんだよ…!
「血を抜かれたって言ったでしょう。コルロの吸血魔術は凄まじい勢いでした、およそ通常の人間なら一秒足らずで失血でショック死するようなものを五秒以上も受けていたんです、今貴方の体は何を動力として動いているのか…私にさえ分かりませんよ」
「うっせぇな…クソが」
「貴方は治癒魔術が使えないでしょう、今日のところは諦めなさい」
「ならお前が追いかけろや!」
「私は行きません、まだこの場で待機しなければなりませんから」
「はぁ……?」
いつものように訳のわからないことを言うダアトは、近くに転がっていた庭園の木の上に腰を下ろし、一息つく…と共に。
「コルロはマレフィカルムを裏切っています、それはもう随分前から確定していたことでした」
「は…?裏切り者を放置してたのかよ」
「手を出すわけには行きませんでした、彼女は狡猾で…後ろ盾もある。八大同盟のほぼ全ての組織を裏で操り意のままに動かしていたんです」
「……そんなようなことを言ってたな」
確か、ハーシェルの肉体改造、逢魔ヶ時のサイボーグ、アルカンシエルの遺伝子組み換え、ルビカンテの魂改変、そしてパラベラムの英才教育…最後のに関してはよくわから無いがそう言うことをしていると言うことは、他の組織にも繋がりがあるってことだ。
「奴はパラベラムと取引をし莫大な金を得て、それでアルカンシエルから遺伝子組み換え技術のノウハウを買い漁り、大量の金を得たアルカンシエルが逢魔ヶ時旅団から銃を大量に買い、逢魔ヶ時旅団の力が増しサイボーグ技術が発展し、更にそれをコルロが買う…って感じでお金が動いてました」
「買っただけじゃねぇか」
「そう、買っただけ…だからあの一件があるまで、私達も強く追求する事が出来なかった」
「あの一件?」
「……ガオケレナ様の種子が奴に盗まれたんです、私達が帝国に赴いているまさにその時…奴はマレフィカルム本部に乗り込み、ガオケレナ様の肉体の一部を盗み仰せた。恐らく奴は今不死身にかなり近い生命力を得ているはずです」
「…………」
あれか…と俺が顔色を変えるとダアトは軽く苦笑いし、直ぐにキュッと表情を整えると。
「ともあれコルロが我々を裏切っているのは確定です、あのまま行けば本当にマレフィカルムが乗っ取られる可能性がある」
「ガオケレナは」
「動く気はないようです、動けばコルロの思惑通りなので」
「まぁそうだな、絶好の獲物だからな」
ガオケレナが動けばコルロは喜ぶだろう。奴の体を完成させる為に必要な物をガオケレナは多く持っているはずだ…それを堂々と奪えるならコルロは寧ろガオケレナを誘うはずだ。だからガオケレナは動かない、コルロの誘いには乗らないと…。
「ですが私が動きます、コルロのアジトは…ヴァニタートゥムの本拠地は北部にある。この一件が終わり次第私がそこに乗り込んでヴァニタートゥムを壊滅させます」
「行けんのかよ」
「余裕かと」
目がマジだ、ダアトならやるだろう。コルロもダアトを相手には応戦すらしなかった…そのレベルで俺とダアトには差があるか。
「貴方はお休みください、貴方はいずれマレフィカルム最強になるお方、未だ完全な覚醒はしていないのですから健康には気をつけて……」
悔しい、屈辱だ。コルロなんぞにいいようにやられて俺の物を奪われて、それで決着はダアトにお任せってか?納得いかねぇ…コルロは俺が殺す、俺がアイツとケリをつける。
「……やめておきなさい、バシレウス様。コルロの魔術と貴方の魔術は相性が最悪…それは味わったでしょう」
「…………」
「無視ですか、まぁいいです。ともかく今は休みなさい、ここには治癒術師はいないのですから」
「いるぞ」
「は?」
「おい!俺様が怪我したぞ!治しに来い!」
手をパンパンと叩き俺は俺専用の治癒魔術師を呼び寄せる、すると城の方からおずおずと現れたのは……。
「これはまた、随分やられましたな…バシレウス様」
「貴方は…見えざる悪魔の手の…」
現れたのは筋肉ムキムキの老人、口髭を胸元まで伸ばしたハゲジジイが現れた髭を撫でながら俺を見遣る、こいつが俺の治癒術師だ、えーっと確か…。
「お初にお目にかかるかな、知識のダアト殿。私は元悪魔の見えざる手の幹部…筋肉の伝道師ムスクルスと申す者」
「そういえば貴方…元アジメクの医者でしたね、そこで経絡術を編み出したとか」
「よくご存知で」
そう、ムスクルスだ。悪魔の見えざる手だかなんだかの一員だとか言う奴、俺はこいつを子分にしたんだ…で治癒魔術が使えるって言うから、この戦いが始まる前に城中に移動させておいた。戦えないこともないが俺やコルロのような連中がひしめく戦場じゃ雑魚同然、覚醒もしてないから数合わせにもなりゃしねぇ。
「バシレウス様、なぜ彼がここに」
「蠱毒の壺の地下牢獄にいた。で出して欲しそうにしてたから出した、使えそうだから子分にした、なんか文句あるかよ」
「い、いえ…なるほど地下牢獄に、これもエリスさんの影響でしょうか。全く埒外でしたよ…びっくりしました、ですが彼はマレフィカルムを離脱した身…そう易々と子分にするのは……」
「ご安心召されよ、私はマレフィカルムに復帰するつもりなど毛頭ない。ただ…この老体の中に残った唯一の心残り、王の傷を癒す治癒術師になる…と言う目的を果たす為バシレウス様にのみ忠誠を誓う身なれば…」
「ふむ、そうは言っても…」
「おいダアト!ごちゃごちゃ文句言うんじゃねぇよ…おい!ムスクルス!傷治せ!」
「畏まりました」
こいつは元々アジメクの医者だった男だ、だが国王である魔術導皇ウェヌスの病を治せず、治癒術に絶望して人攫い組織の悪魔の見えざる手に加入。その後なんだかんだあって改心し自首して地下牢にいたんだと。
こいつと出会ったのは俺が地下に行ってデティフローアに逃げられた時。偶々こいつを見つけ…俺が王と知るや否や俺の傷を治したいとか言い出したから、地下から出してやった。
事実こいつの治癒は中々にいい。こいつの治癒を受けていたら気分も良くなってきた…。
「バシレウス様これは流石に…」
「ぐちぐちうるせぇ、……ガオケレナも言ってたろ。俺も組織の一つを持った方がいいってな」
「え?ああ…まぁ」
「ならこいつは俺の組織の一員だ、なら文句ねぇだろ」
「……口は達者ですね、分かりました。そう言うことにしましょう」
「フンッ…、おいムスクルス。血が足りねぇ、血を増やせ」
「ふむ、では私の経絡を試しましょう。明日までには動けるようにしておきます」
「ん、頼む」
親指でムスクルスに背中を押されながら、考える。思考は一つ…コルロだ、アイツどうしてくれようか…。
…………そういやダアトの奴、コルロは北部に行ったとか言ってたな。
(北部か……)
静かに闘志を燃やす、勝ち逃げ貰い逃げは許さねー…絶対アイツは、俺が殺す。
………………………………………………………………
「はぁ…はぁ、逃げないと…と言うか城大変なことになってません!?皆さん大丈夫でしょうか」
そして、その城での戦いの中…一人避難していたレギナは今、城の出入り口付近にまでやってきていた、このまま走り抜けて街へと逃げれば少なくとも見つかることはなくなる、もしくは街の人に助けを求めるか…或いはラグナさんに助けを求めれば。
そう考え、城の門の前までやってきた…その時だった。
「逃さないよ、レギナ様?」
「えっ…ぐぅっ!?」
弾き飛ばされる、真横から飛んできた何かが私を蹴り飛ばし…私は城の中を転がり、壁に叩きつけられる。
「ぐっ…何が……」
「やっほー、久しぶり…」
「オフィーリア…!?」
オフィーリアだ、クルスの元妻のオフィーリアが私の逃げ場を奪うように倒れ伏した私の前に立ち…ニタリと笑うのだ。何故この人がここに……!?
「どうして、貴方がここに……」
「んん?それはどう言う意味かなぁ?」
「クルスの妻の貴方が…どうしてここに」
「ありゃりゃ、なーんだ…私のこと忘れてんのか。まぁ仕方ないよね…小さい頃だしさ、…本当にこの顔に覚えとか無いかなぁ?」
そう言ってオフィーリアは私の顔にその顔を近づける、と言われても覚えと言えばエルドラドでの一件しか──────いや。
『キャハハハ!レナトゥスしゃま〜!これがあの壺から出てきたゴミムシぃ〜?笑っちゃうんだけどォ〜』
『そうだオフィーリア、これをバシレウス様の世話係りにする。壺から出た以上公に殺すわけにもいかないし殺す価値もない、そう…見逃しだな』
幼い頃、蠱毒の壺から脱出したばかりの私の前にレナトゥスと共に現れた女。あの時一度だけ顔を見せたあの女と…同じ顔…?つまりこいつはレナトゥスの腹心!?
そうか!こいつレナトゥスの手先なのか!だからクルスと結婚して王貴五芒星を裏から操って……。
「思い出した?ゴミムシ…」
「ッわ、私をどうするつもりですか!」
「そんなの…決まってるよね」
オフィーリアの手には剣、処刑人の使う処刑剣…それがキラリと月光を反射する。殺す気だ…私を…。
「だ、誰か…!」
「もう遅いよ…じゃあね!ゴミムシッ!!」
そして、処刑剣が振り上げられ…私に降りかかり──────。