669.対決 喜びの悪魔ファルファレルロ
喜怒哀楽の四人の悪魔達との戦いを繰り広げ始めた魔女の弟子達。それぞれがそれぞれ個別の夢の世界に囚われナリアを先に進ませるため悪魔と激戦を繰り広げる。
そんな中、ここ…無限に続く黄金の美術館にて暴れ狂うのは喜びの悪魔ファルファレルロ・アマリージョ。金髪のアルタミラである彼女と…。
「『熱拳一発』ッッ!!」
「ぐぶふへぇっ!?」
……否、今そのファルファレルロが吹き飛んで美術館の壁を突き破り、打ち倒された。喜怒哀楽の悪魔は他の悪魔達とは隔絶した実力を持つはず、だというのに…いやこれは流石に相手が悪いか。何せ今ここで戦っているのは。
「甘ぇ…」
「流石ラグナ様…まるで相手にならない」
ラグナとメグの二人なのだから、いや実質ラグナ一人でぶっ飛ばしてしまった。喜怒哀楽達は全員八大同盟級の実力を持つが…ここまでの旅で実力をつけ切ったラグナは既にそこに迫るだけの実力を身につけていた。それに対してファルファレルロはどこまで行っても八大同盟級…八大同盟が本来持ち得る勝負強さも圧倒的精神性も持ち合わせない。
これでは、勝負にはならない。…だがそれでもラグナの顔に余裕は見えない、というかそもそもそこまで余裕がない、何故なら。
「う…くぅ〜!嬉しいなぁ!君強いねぇ!」
「まだ立つか、こりゃ普通に倒すのは無理だな…」
「これはあれでございますね、反対の感情というやつでございますね」
「だな……」
ファルファレルロは無限に立ち上がってくる、戦いそのものに喜びを感じているからか…常に喜びからエネルギーを補給するファルファレルロは殴っても蹴っても立ち上がってくる。俺の目的は時間稼ぎだから別にそれでもいいんだが、この手の手合いは放置すると手がつけられなくなる可能性も孕んでいる。
なら、倒してしまいたい。倒し方は分かってる、反対の感情だ…喜びの反対か。
(何の感情だ?喜びの反対って)
イマイチ分からない、というかパッと来ない。喜びの反対って喜ばないじゃないのか?なんて御託言ってる暇はねぇな、真面目に考えるか。
「メグ、引き続きバックアップと援護頼む。俺がファルファレルロを止める」
「畏まりました、その間に私も考えますね、反対の感情」
「頼むよ」
軽く拳を鳴らしながら俺は起き上がったファルファレルロを睨む。ファルファレルロもまたニタニタと笑いながら俺を見る、見慣れたアルタミラの見慣れない表情…やり辛ぇな、知り合いの顔をしてるってのも。
「続けるか?ファルファレルロ、それとも諦めるか?」
「んふ…あはは、諦める…諦める?なんでさ。こんなに嬉しいのに」
「はぁ?」
相変わらずファルファレルロは笑顔のままゆっくりと糸に引かれるような不気味な動きで起き上がり関節をコキコキと動かす。不気味だ…まだ何かあるな。
「私は嬉しいんだよ、ここに来るまで私は沢山の奴と戦った…この戦いよりも前にもずっと色んな奴と戦い続けてきた、君は私の戦った奴らの中で一番強いって言ってもいいくらい強い。そういう強い奴と戦ってさ…勝ったら嬉しいじゃん?目の前に喜びがあるのにそれを諦めるなんてもったいないこと出来ないよ」
「まぁ気持ちは分からんでもないけどさ…」
「私は喜びの悪魔、喜びの為ならなんでもする…嬉しい、気持ちいい、喜ばしい、そういう享楽の為に動くことこそ人の本質だろう?」
「さぁね、そういうのは刹那的とも言うんじゃないかな」
「刹那、いいじゃないか。人の生は瞬きの光、なら強く猛く輝こうじゃないか!」
ファルファレルロが再び構えを取る…が、違うことに気がつく。何が違うって…今までファルファレルロが見せていたそれとは全く違う種類の魔力が荒れ狂っているんだ。…コイツ今までこんな大量の魔力を隠してたのか!
「それと言っておくけど私はねぇ!これでもマラコーダに次ぐくらい強いんだよぉ!スカルミリオーネやアリキーノみたいな曖昧な感情じゃあない!喜びとは悲しみや楽しさのような一時の心的現象とは違う生的欲求!享楽こそ!生の本質なのさ!!」
ファルファレルロの体が変質する、腕が増え、指先が刃に変わり、より一層戦闘に適した姿へと変化する。そうか…コイツ今まで魔力を隠してたんじゃない!
『感じる喜びの種類が変化した』んだ!今までは他者を傷つけることに対する下劣な喜び、そしてこれからは…戦闘そのものに対する喜び。故に傷つける事から戦闘そのものに適した姿に変わったんだ。
「喜びの形は千差万別!如何なる形にも姿を変える!君が戦いを望むなら!私も望もう!存分に殴り合おうッ!」
「おぉっ!?」
腕が四本、硬質化した拳、隆起した筋肉、さっきまでとはまるで違う容姿で殴りかかってくる…こりゃ、さっきよりも楽しくなりそうだ。
「ッ上等だ!!」
「キャハハハ!!」
受け止める、突っ込んできたファルファレルロを全身で受け止めると全ての衝撃を逃し切れず足が数センチ後ろに滑る。馬力がさっきまでとは段違いだ…。
喜びには種類がある、受動的なものから能動的な物、他者に関する物から自己完結する物、数多くの種類がある。どうやらファルファレルロは感じる喜びの種類によって戦闘のスタイルを変えられるタイプのようで…戦闘に関する喜びを感じている今は悪魔に相応しい戦闘能力を得ているようだ。
「アハハッ!その程度!?」
「えっ!?」
瞬間ファルファレルロが俺の体を持ち上げ振り回し壁に叩きつけるのだ、俺がパワー負けしただと…!?
「ぐっ…この、『熱脚一発』ッ!」
「かはっ…!」
体を振り回されながらも足を振るいファルファレルロの側頭部に一撃、紅の光を放つ蹴りを叩き込めばファルファレルロがよろりとよろめいて俺を掴む手が緩む。
今だ…!
「お返しだこの野郎ッッ!!」
バランスを崩したファルファレルロの手を掴みながら後ろに倒れ込みつつ蹴りを加えながら後ろに投げ飛ばし壁を粉砕しながら向こう側に吹き飛ばす。しかし…。
「いいねぇ!乗って来てくれて私も嬉しいよ」
「な!?」
壁に叩きつけられたファルファレルロはそんなダメージなどものともせず即座に受け身を取ると腕を伸ばして俺を掴みそのまま腕を伸ばし切り背後の壁に俺を叩きつけ、当てつけのように壁を粉砕し…。
「『ユーフォリア・クライシス』ッ!!」
「やべっ…!」
そのまま他の腕を槍に変形させ掴んだ俺に向けて次々と放つのだ。流石にやばいと俺は掴む手が弾きながら地面を転がり槍を回避する。
やべー…危なかった、いきなり強くなりすぎだろ。けどそうこなくちゃ面白くないよな…!
「ヘッ、面白くなって来やがった…」
「ラグナ様!大丈夫でございますか!」
「大丈夫大丈夫!」
ふと、メグが心配したように口を開く…が、大丈夫だ。まだまだ俺はやれるさ。
「あの、何か変でございます!一旦引いて奴を倒せる反対の感情を探るべきでは!」
「む……」
メグの提案を受けて拳が緩む、確かにそうだな。何か変ってのはよく分からないがこのまま殴り合って倒すのはそりゃあ時間がかかりそうだ。でも引くって一体何処に……。
「アハハハハハハハ!乗って来たァッー!」
「ッ!メグ!離れてろ!」
「ラグナ様!」
するとファルファレルロが更に肥大化する、ネレイドみたいに巨大化し増えた腕を束ねる俺の体よりも太い筋骨隆々の腕を振るいこちらに向けて突っ込んできた。
「ゔっ!?」
今度のタックルは受け止め切れず俺の体は背後に叩き飛ばされ美術館の壁を突き破り三つ先の部屋まで吹き飛ばされる。ヤベェいきなり手がつけられないくらい強くなりやがった。
「キャハハハハ!嬉しい〜〜ッ!」
「どう言うカラクリだぁ…?」
野太い声で笑いながらゴリラのように拳で地面を突きながら更にこちらに向けて突っ込んでくるファルファレルロを見据える。強くなるスピードが異様だ…ただ喜びの種類が変わっただけで、戦闘スタイルが変わっただけでここまで劇的に変化するもんか?
まぁいい、なんでも…やるってんなら受けて立つ!それが俺の流儀だッ!
「すぅー…行くぜ」
向かってくるファルファレルロを前に逆に呼吸を整え拳を構える、トラヴィスさんのところで修行して会得した魔力遍在の極意。体に魔力を敷き詰めれば敷き詰めるほどに肉体は強靭になっていく。
この技術は俺の戦闘スタイルの根幹に強く関係する分野だった、故にウルサマヨリを出てからも磨きに磨いて…手に入れた!熱焃の新領域!
「『熱焃合掌』ッ!」
「ぅぐっ!?」
両手を合わせ、指を絡め、鉄槌のように突っ込んできたファルファレルロに叩きつければ地面が砕け美術館全体が揺れる。まだ不安定で完璧に決められるわけじゃないが…派生技もいくつか使えるくらいには極めてこれた。
師匠曰く、俺の熱焃一掌は第二段階クラスの奴なら一撃で倒せると言っていた。あのカルウェナンだって顔色を変えた俺の一撃だ!これは効くだろ───。
「アハハッ!いいねぇ面白いねぇ!私も真似しようかなぁ!」
「なっ!?」
がしかし、頭に一撃受けて怯んだのも一瞬だけ、ファルファレルロは即座に起き上がり満面の笑みで拳を握るのだ。
おいおい嘘だろ、俺の熱焃一掌…それを二つ合わせて放つ現状俺が持つ最高火力の熱焃合掌喰らって、そんなダメージか!?コイツ不死身かよ!?
「アハハッ!『喜色一閃』ッ!」
「ゴフッ!?」
そして叩きつけられる拳は俺の熱焃一掌のように光り輝き、全く同じ原理で動き、俺の体に叩きつけられる。一目見て一発もらっただけで完全に真似しやがった…嘘だろ。
「ぅごぁっ!?」
壁に叩きつけられ悶え苦しむ。流石に今のは効いた、威力まで完璧に再現してんだ…第二段階なら一撃で倒せるってことは俺だって一撃で倒せるって事なんだ。やばい…どっか骨が逝ったか!?
「君は凄いねぇ、私は君が好きだよラグナ・アルクカース」
「ッ……」
ズシンズシンとファルファレルロが寄ってくる。俺の気のせいじゃなけりゃ…さっきよりデカくなってる、ヤベェ…キリがねぇ。コイツ無限に強くなるのか…。
「ヘッ、面白れェ…!」
「私もだ、面白い…!」
けどやるしかねぇよな、そう自分に言い聞かせ立ち上がり痛みを堪えて構えを取り…。
「かかって──────」
と吠え立てた…その時だった。
「『時界門』!!」
「──こいやッあぁっ!?」
地面に急に穴が開き俺はその中にスコーンと落ちることになる。いや分かるよ、この感覚は…。
「め、メグ…!」
「いい加減にしてくださいませラグナ様」
メグだった、ファルファレルロからかなり距離をとった地点で時界門を使い俺を招き寄せたメグは若干キレた様子で俺を睨んでる。これは…申し訳ないことをしたかも、襟を正して頭を下げる。
「ご、ごめん…」
「何を熱くなってるのですか、ファルファレルロが手をつけられないくらい強くなってるではありませんか」
「だよな、最初は面白えって思ってたんだけど…流石に笑えなくなって来た」
「それでございますよ、ラグナ様」
「え?」
するとメグは気がついていなかったのかとばかりにため息を吐き…。
「カルカブリーナは我々の意識を感じ取り、それによって肥大化していましたよね」
「エリスからそう聞いてるな…」
「ならファルファレルロにも同じことが言えるのではありませんか?」
「ファルファレルロにも?ファルファレルロが俺達の意識を感じ取って肥大化?……いや、まさか」
フッと気がつく、俺は当初アイツが傷つける喜びから戦いの喜びに肉体を変質させたから急に強くなったと思っていた…がしかし、もしメグの仮説が正しいなら。
ファルファレルロは戦いの喜びで強くなったのではなく…周囲の人間が戦うことに対し喜びを感じていたから、その感情の昂りに反応して同じように肥大化したと言うことにならないか?つまり。
「俺か……!」
俺だ、強え奴を前にして『面白い』『上等だ』と燃え上がる心が…戦うことに対する喜びを生んだ、ファルファレルロはその戦うことに対する喜びを感じ取りエネルギーに変えた、そしてより一層エネルギーを得られるように俺がますます喜ぶような強さの姿に変質した。
俺だったんだアイツを強くしてたのは…!
「ごめん…マジでごめん!」
「構いません、ですが参りましたね。この空間ではどうやら私の無限倉庫に接続できないようで…私は武器を取り出せません。戦闘はラグナ様に頼らざるを得ないですが…そのラグナ様とファルファレルロの相性は最悪」
「面目次第もない!」
戦いそのものに喜びを感じ、それをモチベーションに戦う俺とファルファレルロの相性は文字通り最悪だ。俺が戦えば戦うほどにファルファレルロは肥大化する、手がつけられなくなる…と言うか事実もう手がつけられん状態になった。
これはもう…あれしかないか。
「反対の感情…これを探すしかありません」
「……だよなぁ」
喜びの反対の感情がなんなのか…これを探し出してファルファレルロにぶつけるしかない。だがそれがなんなのか…どうすればいいかは全く分からない、ヒントゼロでやらなきゃいけない。
普通にやって倒せるならそれでいいけどそれも無理そうだし、はてさてどうしたもんか…。
「ファルファレルロが動き出しました…移動しながら考えましょう、歩けますか?」
「ああ、大丈夫」
ファルファレルロがこっちに向かってくる音がする、まずい…このままじゃ俺の失態にメグを巻き込むことになる。現実世界じゃメグは今も死にかけている…エリス達みんな死にかけている、一刻も早く倒さなきゃいけないのに。
またも俺が下手をこいて…仲間を危険に晒すのか、あんな思いはもうしないと誓ったのに……ん?
「いかがされました?ラグナ様」
「いや、ここに飾ってある絵画ってさ」
そう言えばと周りを見る。ここは美術館だ、壁にはたくさんの絵画が飾ってあるんだ…ただそう言うもんだと受け入れていたけど、ふとここに飾ってある絵画を見て思うところがあるんだ。
「この絵、どう思う?」
「どうって」
その中の一つの絵画を指差して、俺はメグに問いかける。それは緑と水色の麗しい渓流の絵画だ…これ一つとっても素晴らしい芸術作品なんだが。
俺、ここに描かれてる渓流…見覚えがある気がする。
「あれ?これチデンス渓流ではありませんか?」
そうなんだ、俺達が予選の時向かったチデンス渓流が描かれていたんだよ。よく見れば冒険者らしき存在も見える…多分レッドゴブリンを狩ってる冒険者だろう。なんかこれ…おかしくないか?
「なんでここにチデンス渓流の絵画が、それに予選の時同様冒険者の姿まで…」
「……もしかしてだけどさ、ここにある絵画ってアルタミラさんの記憶の断片なんじゃないか?」
「記憶の断片…確かに、夢は記憶の整理の際見える物という話も聞いたことがあります。ということはここの美術館は…アルタミラさんの記憶そのもの?」
周囲を見る、渓流以外の絵画に見覚えはないがそれでもここに飾られている雪原の絵画、街の絵画などの風景画はアルタミラさんの記憶を元に作られていると言われればある意味納得の行く代物と言える。
記憶の断片が飾られる美術館……か。
(あれ?そういえば……)
その時俺は思い出す、自らの記憶の断片に目を当てた時…とある話を思い出したんだ。あれは傷ついたエリス達を前にナーバスになっていた時。その隣で…静々と語っていたナリアの言葉、そういえばあの時ナリア……。
『───喜びなんて感じられませんから』
喜びが…どうとか言ってたな、これってもしかして。
「メグ、一つ試したい作戦があるんだ」
「試したい作戦…でございますか?」
「ああ、実はさ……」
俺は感じたことを喋りながら纏めて行く、これがこうであれがああで、だからそれがそうなると理屈を説明して行くほどに俺の中でビジョンが明確になって行く。これだ…これしかない、ファルファレルロを倒すにはこれしかないんだ。
「だから、俺が時間稼ぎをしている間に…頼む」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!いけるんですかそれ」
「問題ない、ナリアが言ってたんだ。確かなはずだ」
「違いますそっちではありません、ラグナ様が時間稼ぎって…さっきやられかけたのに」
「ああそっちなら大丈夫、なんとかする方法は思いついたから」
「…………」
ファルファレルロと俺が戦えばまたファルファレルロが肥大化すると見ているんだろう?だが大丈夫、そっちの対策も考えてある。まだ頭の中にしかないから…出来るかは分からないが、大丈夫だよ。
俺は争乱の魔女アルクトゥルスの弟子ラグナだ、やれない理由がない。
「俺を信じてくれ、メグ」
「……いつだって信じてます、では…ご武運を」
「頼むよ」
それだけ言い残して、メグはその場から立ち去る。あとはメグがどれだけ早く『見つけられるか』にかかっている…俺もいつまでも持ち堪えられるわけじゃないからさ。なんて弱気なことも言ってられねえ、俺がデカくしちまったんだから…俺がなんとかしないとな。
「ミヅゲダァァアアア!!!」
「来たか…!」
壁を砕いて現れたファルファレルロに視線を向ける、ここから先は信じるしかない。ナリアの言葉を、メグの力を、俺の中に眠る師範の教えを、そして何よりアルタミラを…!
「相手してやるよ、ファルファレルロ…次はさっきみたいにはいかねぇよ?」
「んふふふふふふふ!嬉しいなぁ!君みたいに乗ってくれる奴が一番やりやすい…!」
そうか、そうやって相手を乗せて戦うのがお前のやり方か…けどそれに気がついたら、やりようもあるさ。
「……………」
「………さぁかかってこい、打って来い、その全てを喜びに変えて私は……ああ?」
ファルファレルロに向き直り、奴を睨むとファルファレルロは何やら顔色を変えて…訝しむ。
「お前……何をした」
「……何って?」
「惚けるな!」
ファルファレルロは怒ったように牙を剥く、どうやら…上手くいったようだな。そうだよ、俺はお前の対策をしたのさ…俺が戦うことに喜びを感じれば感じるほどにファルファレルロは強くなる。俺はアルクカース人だからな、戦いの喜びは本能だ…抑えようと思って抑えられる物じゃない、だが……。
「何故!お前は『何も感じていない』ッ!?」
「………さぁてな」
そう、今の俺は…『何も感じてない』んだ。喜びだけじゃない、怒りも焦りも悔しさも何も…心の中にある全ての感情が無になっている。
所謂、無我の領域って奴だ…本来なら武道の果てにある筈の技術である無我、やろうと思ってそうホイホイ出来るモンでもない、だが俺には出来る。アルクカース人として激しい気性を持つ俺でも…出来る。
何故か、そんなの決まってる。
「争乱の魔女アルクトゥルスの弟子として…今度は相手をする」
『無我』こそが俺の師範アルクトゥルスが掲げる武の極致であるからだ。
師範は常々俺に語り続けて来た、怒るほどに冷静に…悲しむほどに冷徹に。感情の猛りをなるべく無にするよう教えて来た。それは…師範が扱い俺に伝授した化身無縫流と言う武術が精神に由来する武術だからだ。
……史上最強と呼べるほどに化身無縫流武術を極めた師範が八千年前相対した同門の達人アミー。アミーは師範すら上回る武の達人であり、師範以上に化身無縫流を極めた修羅だったと言われている。
そんなアミーが辿り着いた武の極致が『有我』。感情を拳に乗せ、心で相手を打つ激情の武術。師範はアミーの有我の拳に幾度となく打ち倒されてきた…そんなアミーを倒す為師範は修練を積み、師範もまた武の極致を修めた。
アミーの有我に対抗し対局を成す極致、それこそが『無我』だった。一切の感情の揺らぎを捨て去り無によって相手を打つ忘我の武術。師範はこれより遂に有我の修羅アミー・オルノトクラサイを撃破した。
師範にとって最強の宿敵だったアミーを倒した無我の技、当然俺にも伝授されていた…とは言え完全な形ではない。飽くまでこれは俺が長い年月かけて完成させるべき技だ。
だが今これが必要というのなら、やるしかない…だからこそ使った、師範の無我の極致…。
(『無我の究天』…!)
目を見開き、そこから得られる情報を絞り、相手だけを見て…感情を消し去る。無我こそがアルクトゥルス式化身無縫流の奥義なんだ!これで喜びも何も感じずファルファレルロと戦う!
「ッ小癪な、だが…いつまでそれも持つかなァッ!!」
「………」
ファルファレルロの拳が光輝く、俺の熱焃一掌を完璧にコピーしたファルファレルロの一撃を前に俺は逆に目を閉じる。
師範は俺に語る、武とは合理であると。ただ何も考えず闇雲に振るうチンピラのパンチと俺達の使う拳は別物だと。だから合理を考え…考え尽くし、思考の果てに…無我を目指せと。
考えて考えて考えた果てに何も考えない無我を目指す、矛盾してるが…矛盾してない、つまり師範が言いたいのは。
頭ではなく、体で考えて動けと言うこと。
「ふぅ……」
「んなァッ!!?」
軽く息を吐きながらゆらりと横にぶらつけばファルファレルロの拳が空を切り俺の真横に落ちる。それに真っ青になったファルファレルロは…。
「この!『喜色満天』ッ!」
両拳を光らせ、怒涛の如く拳を振るう。全て俺を狙って放たれた拳だ…けれど俺は頭で考えるよりも早く、体で、心で、無で…考え動く。
「すぅー…はぁー」
「はぁあああ!?!?」
一歩、二歩、三歩、動いたのはそれだけ。だったそれだけでファルファレルロの拳は全て空を切る。なんとなく掴めて来た、体で考えるってのはつまり頭で考える前に反射で動けってことなんだ。
でも無思考な反射じゃない、ただ何も考えず咄嗟にその場凌ぎで動くんじゃない。合理の思考を徹底的に叩き込みそいつを体に染み込ませ常態化させた上での反射行動。これにより体は勝手に合理的に…意識が介在するよりずっと的確に動いてくれるんだ。
やり易い、やり易いけど師範が前に見せてくれた奴よりまだずっと動きが鈍い。さながらこれは無我の究天の入り口と言ったところか。もっと上手くやるなら…。
「魔力覚醒『拳神一如之極意』」
「むぅうう!?」
流れを操る魔力覚醒『拳神一如之極意』と併用すればこれがピタリとハマる。反射で動く体は流れに乗る、そして乗る流れそのものを俺で操作出来るから…まるでファルファレルロの動きも含めてこの場の戦い全てを俺が支配しているような感覚に陥る。
これをもっと深めていけば…更なる世界が見える気がする。そうか、俺がこの魔力覚醒に目覚めたことも含めて師範の教えだったんだ。俺は最初からここに来る事を師範に望まれていた、俺は今ようやく師範の望む形で正統な成長が出来たんだ…なら、もっと。
もっと、近づかないと…!
「『熱焃……」
「あ……!?」
ゆらりと俺は腰を落とす、ファルファレルロの拳が空を切り…見えるのはガラ空きの胴体。されど力は込めず、意志も感情も己自身さえも込めず…ただただ無の拳を作り出し。
「『一掌』…!」
「ぅぐぅぅぅ!?」
叩き込む、するとどうだ。あれだけ不安定だった熱焃一掌がこれ以上ないくらいキッカリ決まる。あまりの決まり具合に快楽さえ覚えてしまうほどに気持ちよく決まった。
威力も鋭さも重さも段違いだ…これはいい!
「よしっ!」
ファルファレルロが苦しみ悶える様に俺は拳をグッと握る…がしかし。
「……今、『喜んだ』な?」
「あッ!やべぇっ!」
気がつく、しまった…攻撃した瞬間に無我の究天が解けちまってる!攻撃が決まったことに喜んじまった!まだ浅い…無我の領域が浅過ぎる!これじゃあダメだ!
「むふふふふあははははは!喜びは!人のサガ!完全に抑える事など不可能!」
「チッ……!」
更にファルファレルロが肥大化する、まずい…いや焦るな、焦ると無我の究天を維持出来ない。ただでさえ師範の物よりずっと脆くて浅いんだ、せめて集中しないと。
「無駄だ!『アンディーフロイデ』ッ!!」
瞬間、ファルファレルロの巨大な拳が刃に変わり…凄まじい勢いでめちゃくちゃに振るわれる。壁も床も天井も切り裂く斬撃の雨は無我の究天に入った俺でさえ対応し切れるものではなく。
「グッ……!」
頬に一筋の赤い線が走る、回避の為に全力で動いているが…ダメだ、速度の面で劣っている。最適解を踏むだけじゃすぐに捕まる、このままじゃダメだ…と考えれば考えるほど無我の究天は浅くなる。無我の究天が浅くなればなるほど俺の動きは鈍くなる。
まずい……心が動くのを止められねぇ!よく師範はこんなの扱えたな!俺じゃ…まだ扱いきれねーよ!
「もらった!」
「ギッ!?」
一閃、ファルファレルロの斬撃が俺の左肩を切り裂き血が壁に飛び散る。まずい筋をやられた…力が入らない、何より…痛みと焦りで完全に無我の究天が解けた…!
「終わりだッッ!!」
「──────!」
ここまでか…!もう目の前に刃が…これはもう避けられな───。
『なぁ、ラグナ…』
『オレ様いつも言ってるよな』
『ヤベェ時こそ……』
これは…師範の声、そうだ…ヤベェ時こそ…!
「死ねェッ!!!」
迫る刃、迫る死、されど脳裏に過ぎる師範の声が…言うのだ、窮地に陥り死地にて薨る寸前であろうとも、いや寧ろ…そう言う時こそ。
『笑え』と…。
「ッ何……!」
次の瞬間気がつくと、俺の体はふわりと浮かび上がり…刃を避けていた。跳躍したんだ、自分でも気がつかないうちに…。
無意識のうちに、無我の究天を開いていた?いや…そうか。
(笑えって、そう言う事だったのか)
俺はずっと、やばい時にこそ笑えってのはブラフとか挑発の意味合いで笑えと言っているのかと思っていたし、実際そう言う意味合いもあったんだろうと思う。けどその本懐本質は別のところにあったんだ。
やばい時にこそ笑い、肩の力を抜く。それでこそ余計な思考が抜けて…無我の究天に入れる。ほら見てみろよ…今の俺の顔を、笑えてるぜ。嬉しいからじゃない、ただ───。
「貴様…笑うな!」
────今の在り方が、気に入っているから笑えているんだ。俺は師範の弟子だ、師範の弟子としてより一層完成できた事に満足しているんだ。
だから笑う、余計なことなど考えず…無我となって拳を握る。これこそが俺の真の行き着くべき姿なんだ。
(ようやく分かったよ師範、俺はこの道を進んでいけばいいんだな…なら進むよ、師範の弟子としていつか、師範すらも越える為に)
再び拳を握る、今度は相手を倒そうとかそう言う思考は無しだ。ただ握って…ただ打つ。完全なる無我の一撃、それを放つ為に…俺は刃をするりと抜けて、今度こそ放つ。
「ぐぅううううう!当たらない!また当たらなくなった!掠りもしなくなった!なんなんだお前はぁああああ!!」
(大知は閑閑たり小知は間間たりとはよく言ったもの…大言は炎炎たり小言は詹詹たりとはまさにこの事。煩わしい物を廃し無駄を削ぎ、ただ一拳のみに魂を宿し、魂を燃やし、放つが武の極致…化身無縫流)
拳を引いて、大きく息を吐く…するとどうだ。世界が開けて見える、ファルファレルロとか斬撃とか余計なものが視界から消えて…輪郭のない世界が感じ取れる。
次に段々とファルファレルロの叫び声や空を切る音が遠ざかり、体が勝手に攻撃を回避し続ける感覚だけが残り、最後にはその感覚も消える…するとどうだ、代わりに何か聞こえてこないか?
『汝、魔導の極致をなんと見る』
…何処からか声が聞こえてくる、これがなんなのか…考えたら無我じゃないもんな。だから今は無視する、今は無視して…ただひたすらに。
『我が極致の為、ひたすらに術理に打ち込む』と…心の中で唱え、引いた拳を解放するようにファルファレルロに放ち───。
「えっ!?」
「……ん?」
ふと、無我の究天が解ける。遠ざかっていた現実が戻ってくる。目の前にはファルファレルロがいる、俺は拳を振り抜いている。あれ?俺何してたんだっけ?と一瞬困惑するが…すぐに思い出す、そうだ…俺は拳をファルファレルロにぶつけたんだ。
けど…多分感触的に外れてしまったんだろう。目を閉じて拳を振ったからそりゃ当たらんわ。けど……代わりに俺は別のものを殴っていた、それは。
「え…え!?なんか空間に穴が空いてんだけど!?」
そこはファルファレルロと俺の間。俺が拳を振った地点が…なんか割れてた。窓ガラスみたいにヒビ割れ穴が空いていたんだ。穴の中には闇が広がっており上手く触ることも出来ない。
な、なんだこれ…何が起こったんだ?
「ば…バカな、夢の世界が…粉砕された?そんなバカな、世界の修正力が働いていない…破壊された世界が修正されていない…」
なんかファルファレルロがブツブツ呟いている。何?世界が砕かれた?俺が砕いた?世界の修正力が働いてない?何言ってんだ…?
「世界の修正力を無視した一撃を放った…まさか今のは極・魔力覚醒?いやそれとはまた違う…真の覚醒……バカな、バカな、バカなぁ…!」
「お、おいファルファレルロ…」
「お前は本当に…なんなんだ、なんなんだ!この世界を破壊するつもりか!?ここが夢の世界だから良かったものを!現実世界だったらドミノ倒しのように世界が瓦解していたぞ!」
「い、いやいや…俺も何が何だか…」
「よくわからない力を振るうな!」
あまりの事態に悪魔が真顔で正論言い出したぞ…そんなにやばいことやったのか俺。なんなんだ今の…集中して、内側にある力をただ引き出しただけなのに。
もしかしてこれが、トラヴィスさんの言ってた真の覚醒?それで世界を物理的に砕いたってことか?って言っても、イマイチ実感が……。
「貴様はここで殺す、これ以上余興に興じる余裕すら最早ない!」
「やべっ!」
瞬間、気がつくと俺の首元に刃が迫っていた。まずい…今度は笑う暇も──。
「ちょーっと待った!待った待った!待ちなさいファルファレルロ!」
「ッ……貴様は」
がしかし、今度はどうやら間に合ったようで…ピタリと刃が止まる。ファルファレルロは俺の後ろに…通路の奥に立つ影を見て、舌を打つ。
「やいやい!よくも暴れてくれやがりましたね!」
「貴様…メイドか」
「なんか口調変わってません?」
メグだ、どうやら俺の言った物が見つかったようで揚々と戻ってくるなり胸を張ってファルファレルロにガンをつける。ファルファレルロも脅威は俺からメグに移ったようでドスドスと巨大な足を動かしてメグの方に向かう…が、メグは慌てない。
「なんの用だ?お前から殺して欲しいのか?」
「あらまぁすっかり下品な口調になってしまわれて、ですがいいのですか?貴方の弱点…私見つけてしまったんですよ?」
「何?…何を言うかと思えば、そんなものはないが?」
「あらそうですか?ところでこの美術館…色々絵画が飾ってありますね、これってもしかしてアルタミラさんの記憶の断片なのでは?」
メグは周囲の絵画を指差してファルファレルロに聞いてみる…するとファルファレルロは肩をすくめ。
「それがどうした?ここはアルタミラの記憶の世界。だがその記憶の中にも私の弱点なんて…」
「アルタミラさんの記憶だというのなら、これがありますよね」
「……何?」
そう言ってメグさんが取り出したのは…俺が時間稼ぎをしている間に探しに行ってもらっていた『とある記憶の断片』…そう。その額縁に書き込まれていたのは。
「サトゥルナリアの絵画?」
それはナリアの絵画だ、多分ナリアと一緒にサイディリアルの街で遊んでいた時の記憶だろう。アルタミラの手を引いて笑うナリアの姿がそこには描かれていた。
あると思ったぜ、アルタミラのどんな記憶でも絵画として記録されているなら…ナリアの絵画だって、あると思ったんだ。だから探しに行ってもらっていたが…上手く見つけたか、メグさん。
「それが私の弱点と?それを見せつけて私が怯むとでも?サトゥルナリアと仲が良かったのはアルタミラだ、私じゃあない…どうだっていい」
「あらそうでしたか、アテが外れてしまいましたわ。ではこれは…こうしましょうか」
そういうなりメグさんは絵画を上に放り、取り出したナイフで絵画を真っ二つに切り裂いたのだ。正直仲間が描かれてる絵画をそこまで容赦なくぶった斬れるかと軽くドン引きしたが、それでも絵画は二つに割られ…二枚の木片として地面に転がるんだ。
それを見たファルファレルロはニタニタ笑い…。
「ぬふっ!あはははは!残念アテが外れたな。そんなもので私は止められない…なんなら私に任せてくれればこの手で切り裂いてやったのに」
「そうですかそうですか…ところでファルファレルロさん」
「なんだ!」
「貴方、縮んでますよ」
「は?」
フッとファルファレルロは自らの体を見る…するとどうだ?最初に会った時の姿に戻っている、弱体化しているんだ。それを確認したファルファレルロはギョッと青ざめて…。
「な、なんだこれ…なんで!?何をした!」
「決まってんだろ、ファルファレルロ……」
どうやら作戦はうまく行ったようだ。作戦とはつまり俺が時間を稼いでメグがナリアの絵画を見つけ目の前で破壊する…ただそれだけだった、それだけでファルファレルロを弱体化出来ると思った。
何故かって?そりゃあ決まってるさナリアが言っていたんだ…他でもないナリアがな。アイツは言った…。
「大切なものを壊されたら…喜びは感じられない、ナリアが言ったんだ…お前ら感情の悪魔の天敵であるナリアがな」
「ッ…大切な物!?」
そう、あれは俺が傷ついたエリス達を前に落ち込んでいた時…ナリアは大切なものを傷つけられたら喜びは感じられない、無意味になると言った。それはそのまま喜びの感情を無効化する方法に繋がるんじゃないかと俺は考えた。
つまり、喜びの反対の感情は…喪失感だよ。
「喜びの反対は喪失感、どんなに嬉しいことが起きても大切な何かを失ったその瞬間…喜びは力を失い、意味をなくす。今お前は目の前で大切なものを失い…力を失ったのさ」
「ば、バカな…私はあの絵画なんてどうでも…」
「だがアルタミラにとっては違った。お前にとってどうでもいい絵画でも…アルタミラにとっては唯一掛け替えのない記憶だったんだよ!!」
「ギィッ!?」
ファルファレルロは笑うだろう、ナリアの絵画が失われた事を。だがここはアルタミラの記憶でお前はアルタミラの感情だろう。今アルタミラは大切な絵画の消滅に確かに喪失感を感じている…そこにファルファレルロの気持ちは関係ない。喪失感がある限り…ファルファレルロはその力を萎えさせる。
と、俺は祈った。そうあってくれと…アルタミラにとってナリアとの記憶が掛け替えのないものであってくれと。正直ここに関しては確証があったわけじゃない、アルタミラがナリアとの記憶をどうでもいいと感じていたら、意味がなかった…が。
実際はこれ、ファルファレルロは力を失った…なら後は、勝つだけだと俺は拳を握ってファルファレルロを殴り飛ばす。
「あは…あはは!私を殴ったな!お前の喜びを吸収して!私は大きく…」
「なれねぇだろ…言ったはずだ、今アルタミラは喪失感を感じている。その喪失感に喜びのお前は勝てないんだ…」
「う……」
「何より、俺は今…戦いに喜びは感じない。今の絵画…今の記憶をアルタミラは大切に思っていた。アルタミラはただ…誰かと一緒にいたかっただけなんだ、アイツは特別な存在でもなんでもないただの人だった、それを孤独にさせてきたのはお前ら悪魔なんだろ…!」
拳を握り、殴り飛ばされ床を這いずるファルファレルロを睨む。今俺が感じてるのは戦う喜びでも勝利の確信でもない…怒りだ。アルタミラはただ誰かといたかった、ナリアはそんなアルタミラをなんとかしたかった。
だが、アルタミラを蝕み孤独にさせて、そこに手を伸ばそうとするナリアさえも傷つけて排除しようとする感情の悪魔達に…俺は今明確な怒りを持っている。
「アルタミラは俺の仲間だッ!俺の仲間を傷つける奴は俺が許さねぇよ…!」
「ッ喧しい!ついこの間現れた程度のお前がッ!偉そうな事を言うなァッ!!!」
立ち上がる、ファルファレルロは立ち上がる。腕を刃に変えて突っ込んでくる…。確かにこの間現れた程度の存在だろうよ俺達は。だがそんなの関係ない、一緒に旅をして一緒に戦って、一緒に居たアイツは確かに仲間だった!そんなアイツを傷つける奴を俺は許せない!
何より!何より許せねぇのは!そんなアルタミラを傷つけるルビカンテを前にして!ルビカンテを放置する選択をした俺自身の迂闊さと間抜けさに!腹が立って仕方ねぇ!!
「悪いアルタミラ、もっと早く…お前に手を伸ばすべきだった。ナリア…お前が正しかった!だからこれは…俺なりのケジメだ」
あの時、ルビカンテを前に戦う選択をしなかった俺に…今更アルタミラがどうのと言える資格はない。だからこれは俺なりの贖罪…そして俺達に叛いてでも、己を顧みずに一人でルビカンテと戦う決意を決めた一人の男に手向ける、俺なりのケジメ。
アルタミラ、こんな下卑た喜びじゃない…本物の喜びをお前に与えられるよう、俺がここで消しておくよ。お前を苦しめる偽りの喜びを!!
「死ねぇええええ!!」
「死ぬのはテメェだよ!偽りの喜びが!」
「あッ!?」
へし折る、突っ込んできた刃を肘と膝で挟み込み真っ二つにへし折り、同時に握る…拳を。最早ファルファレルロは無敵じゃない、喪失感により喜びを補給できなくなったコイツは無敵じゃない。
だからここで終わらせる…これで!
「ッ『熱焃臨掌』ッッ!!」
「ぁがァッッ!?」
叩き込む紅蓮の右ストレート。魔力を臨界まで高め一撃に込める俺の最大火力…それを胸に受けたファルファレルロはガラス細工のように割れて、胴体に大穴を開け…一歩引き下がる。
「グッ…こんな、こんなの!こんなのぉおお!!!」
「テメェは負けてたんだよ、サトゥルナリアって男が…アルタミラって女に手ェ伸ばしたその時からな」
「ッグゾォオオオオオ!!!サトゥルナリアめェッ!!!あのクソ野郎がぁあああああ!!!」
喜びは笑わない、ただ怨嗟に髪を掻きむしりながら喚き散らし…光の粒子となって消えていく。これは俺たちの勝利じゃない…ナリアが勝ったんだ、アイツの知恵がなければ俺たちは今頃負けていたし、何よりアイツが戦う決意を固めなければ…アルタミラは助からなかった。
全てはナリアの決意から始まった、だから…。
「ナリア、俺に出来るのはここまでだ…お前の決意で始めた物語は、お前の決意で終わらせろ」
拳を握って天を仰ぐ、後はナリア次第だ…いや、ナリアならきっと勝つ。だってアイツは…強いからな。
「終わったのでございますかね…ラグナ様」
「ああ、終わったよ…ありがとうメグさん、絵画をよく見つけてくれたよ」
「いえ…それよりあれ壊しても大丈夫だったんでしょうか。あれを壊した結果アルタミラさんがナリアさんを忘れてしまったりしませんかね」
「そう言う仕組みじゃないだろ…あくまでここは夢の中なんだ、記憶の中じゃない。あれはあくまで記憶から投影された虚像ってだけさ…多分な。専門家じゃないから俺も詳しくは言えないけど…でもきっと大丈夫だ、いつつ…」
「あ、今応急処置しますね…」
取り敢えずその場に座り込む、ちょっと怪我しすぎた。骨を折ったり肩切られたり、えらい目にあった…しかし。
(なんなんだあれ…)
チラリと俺が見るのは…俺が破壊した空間。俺はさっき無我の究天を発動し、その結果よく分からない力が発動し世界を壊してしまった。あれが俺の中に秘められている力だってのか?あんな物が?
……俄には信じ難い、俺がやったって点がじゃない…あんな破壊するためだけの力が『英雄の資格』だって言う点がだ。俺の思う英雄は何かを壊す存在でも、何かを倒す存在でもないからだ。
まぁ、何にしても…今は進んでみるしかないか。第三段階、極・魔力覚醒…さっきので何か掴めたし、多分やれるだろう。
(けど、進んだ先でもし…俺が世界を壊し得る存在に成り果ててしまったら、俺はどうすれば…)
英雄の資格、なんて大層なもんを背負っちまったなぁと…なんとなくぼやくように俺は項垂れるのだった。