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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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668.対決 悲しみの悪魔スカルミリオーネ


「悲しい…悲しいぃいいいい!!」


「チッ!また増えやがった!キリがねぇよこれ!」


「アマルト!一旦引くよ!」


「だな!」


第三円破滅のトロメーアにて立ち塞がった番人…喜怒哀楽の四悪魔。ナリアを先に行かせるため魔女の弟子達で揃って四体の悪魔達に勝負を挑んだんだよ。結果俺とネレイドはよく分からん夢の世界?の中の黒と青の石造りの街に落とされ…今こいつと戦わされている。


敵の名前は『悲しみの悪魔』スカルミリオーネ・アルバストゥル…曰く悲劇的な絵を描かせれば天下一と言われるほどの腕前を持つ謎多き画家でありこいつもまた例に漏れずルビカンテの一部だったのだ。見た目も髪や目が青いと言う以外ルビカンテやアルタミラと変わりがないしな。


問題はこのスカルミリオーネという奴が非常に厄介な力を持っていることにある、それは…。


「『アンリミテッド・ティアー』!!!」


「来やがったな増殖体の津波!」


路地に氾濫する濁流の如く現れたのは大量のスカルミリオーネの群れ。これがスカルミリオーネの力…奴は自分自身を増殖させられる、それも恐らく際限もなく無限に増殖が可能。そうやって圧倒的な物量戦、質量戦、人海戦術で相手を圧倒するのがスカルミリオーネの戦い方なのだ。


「私に任せて…!」


するとネレイドは近くの家屋の壁をベリベリと引き剥がし迫る増殖体達に向け叩きつけた、その一撃を受け増殖体達は黒い霧となって消滅するんだ…増殖体は耐久力がほぼ無いに等しいから一撃を与えれば消える。そこはいい…だが。


「悲しい…悲しい!」


「天を掻く蟲の最期を見るが如き物悲しさ、涙が出る」


「チッ、また来た」


今度は周囲の家屋の屋根の上から新たに増殖体が現れる。キリがないのだ、文字通り無限に増えることができるから倒しても倒しても増えるペースのほうが早い。


気がつけば俺とネレイドは退却を余儀なくされ無尽蔵の敵を相手に消耗戦を強いられていた。


「このッ!こんなのを相手にナリアは一人で立ち回ってたのか」


「キツイね…アマルト」


「ああ、エリスかデティみたいな範囲攻撃持ちが居りゃあ多少楽なんだが…俺とネレイドじゃあな」


「うん……」


次々と現れるスカルミリオーネを斬り払い、切り裂き、斬りつけながらぼやく。無限に増殖するスカルミリオーネに対して有効なのは一撃で広範囲に攻撃を行う範囲攻撃持ち、つまりエリスかデティだった。


だが今ここに二人ともいない、それどころか範囲攻撃を苦手とするインファイター二人がここに招かれてしまった。相性は最悪…ちまちま一体づつ倒してちゃいつかは体力の限界が来てこっちが張り倒される。


「物悲しい、足掻けば足掻くだけ世の無情が詳らかになる…可哀想に」


「ッ…アマルト!あれ!」


「え?」


ふと、ネレイドが屋根の上に立つ一人のスカルミリオーネを指差す。それは他の増殖体と何ら変わらない至って普通なスカルミリオーネ…だが違う、直感的に悟る。


コイツ、本物のスカルミリオーネだ。


「いっそ踏み潰した方が、情がある」


「本物自ら出てきやがったか!?」


「気をつけて、コイツ他の増殖体と違って凄い魔力を持ってる!」


増殖体は耐久力も薄弱で魔力もほとんどない。がしかし本物はもうそりゃあ凄い魔力を滾らせてやがるんだ…一目で本物だって分かったよ。そいつが屋根から飛び降り、着地と同時に周囲に隠していた増殖体を露わにし数多の瞳が俺たちを睨む。


「消えろ…消えてくれ、お前達を見ていると…泣けてくるんだよォオオオオオオオオオ!!」


刹那、両手で顔を覆い指の隙間から漏れ出た涙が地面に落ちる前にスカルミリオーネに変わる。同時に大量のスカルミリオーネが俺達に向けて突っ込んでくる…ヤベェぞこれかなりピンチだ。


「チッ!ネレイド!背中任せるぜ!」


「………うん」


剣を払いネレイドを背に迫り来るスカルミリオーネの群れを切り裂き続ける。このまま戦い続けても意味がない…だが流れ出るスカルミリオーネの濁流は留まるところを知らない、このままじゃ押し潰される…!


「チッ、しゃあねぇ…ネレイド、ここ任せられるか」


「いいよ、けどどうするの?」


「本体を叩く…増殖体は任せた!」


丁度本体が出てきているんだ、そこを叩いて倒すしかない。そう考えた俺は剣を握り直し増殖体を引き裂き一気に加速しスカルミリオーネを目指す。


「悲しい!虫が一匹!こちらに来た!」


「おうおう刺しちゃうぞ!」


俺が向かってきていることを察したスカルミリオーネは両手を開いて待ち構え迎撃の姿勢をとる。アイツに増殖さえさせなければ少なくとも状況は好転する…!


そう考えたのだが…。


「キェエエエエエエッッ!!」


「ぅぐっ!?何この声!?」


俺がある一定の距離まで近づいた瞬間スカルミリオーネは白目と牙を剥いて凄まじい音量の奇声を発したのだ。まるで空気の槌に叩かれたように俺の体に芯まで響き体が痺れる。


こいつ、自衛手段まで持ってるのか!


「私を散々傷つけて!私を何度も殺して!私がどれだけ悲しい思いをしてるか分かるかお前にッ!」


そして俺が怯んだ瞬間、スカルミリオーネは周囲の増殖体と手を繋ぐと…。なんとそのまま増殖体を両手で振り回して俺に向けて叩きつけまくるのだ。


「思い知れ私の悲しみッ!」


「いやなんだそれ!」


スカルミリオーネは情けないことばかり言う割に凄まじい剛力でありそこから叩きつけられる増殖体アタックは防壁ではとても防ぎ切れる物ではなくなんとかこっちも剣で切り裂き応戦するが…押される。


コイツ本体もすげぇ強えよ…!


「こんなにも悲しいのに!」


そして増える、滝のように溢れた涙がスカルミリオーネに変わりぬるりと滑るように俺に向け手を伸ばしながら増殖体が突っ込んでくる。


増殖体そのものは脅威度が低い、だが本体であるスカルミリオーネ自身を相手にしている時に限っては話が変わる。何故か、それはスカルミリオーネが自身を増殖させるのに『モーションを一切必要としない』事にある。


「チッ!」


涙を流すだけで増殖する、つまり奴は目さえあれば口による詠唱も手による動作も必要ない。何か別の行動の間に常に増殖を続けられる、だから増殖行為の妨害そのものが至難の業。


迫る増殖体を斬り裂き進もうとするが次々と襲い来る増殖体は着実に俺を後ろへ後ろへと押しやっていく。


(このままじゃダメだ…!)


このままじゃ元の木阿弥、ただ押しやられただけで終わる。せっかく本体がそこにいるのだからこのチャンスはモノにしたい。


ならばと俺は迫る増殖体を前に…大地を蹴る。


「よいしょーーっ!」


クルリと飛び上がり増殖体の頭を踏みつけ駆け出す、そして次の増殖体の頭を踏みつけ、その次の増殖体の頭を踏みつけ…続け様に押し入る増殖体達上を走り抜けスカルミリオーネを目指す。


「私を足蹴に!泣けてくる!」


「喧しい!勝手に泣いてろやッ!」


涙を振り撒きながら俺を睨むスカルミリオーネに向け、増殖体から飛び降りながら飛び掛かり剣を振り下ろすが…まぁ避けられる。スカルミリオーネ自身は全く弱いわけではない、俺の剣を見切って背後に向けて飛び再び距離を取るのだ。


だがな、ナメんなよ。俺だってここまで修羅場潜ってきてんだ。


「『飛神式…」


プツリと髪を一本抜き…詠唱と共に魔力を通せば俺の髪は一本の針に変わり。


「『…釘打ち呪法』!」


「なっ!?」


それを投擲する。鋭い針となった髪には俺の呪術が満載に込められている。それがスカルミリオーネの足に突き刺されば…奴の動きが止まる。


麻痺の呪いだ、悪いが待ったをかけさせてもらったぜ!


「動けない…悲しい…!」


「次の手は避けさせねぇッ!」


一歩踏み込みながら剣を持ち上げスカルミリオーネに迫る。その瞬間恐怖に引き攣ったスカルミリオーネの顔が目に映る…けどまぁ同情は無しだ、同情は無しだが。


(あれ…?なんかおかしくないか…)


斬りつける寸前だ、違和感を感じたのは。それは奴の目元から溢れる涙…さっきまで増殖体に変わっていた奴の涙が、液体のまま地面に垂れている。と言ってもこいつの涙は普通の涙ではなくまるで青い絵の具を溶かしたような不気味な青色をしており。


それが…周囲の石材にぶち撒けられていたことに気がつく。さっきまで増殖体に変わっていたのに、なんで今は増殖しない…いや。


(まさか…!)


「来るなッ!!」


瞬間、背後から俺の首を掴む腕が強引に俺を引っ張りスカルミリオーネから遠ざける。慌てて背後を見れば…スカルミリオーネが振り撒いていた涙が、床に落ちて溜まっていた青色の水溜りから増殖体が這い出てきていたんだ。


こいつ、涙を増殖体に変えるタイミングは任意で操作出来るのか!?俺を誘き寄せる為に涙を増殖体に変えず振り撒いていやがったか!


「クソッ!離……ぐふぅ!?」


背後で俺の首を掴む腕を切り裂くが、それと同時に飛んできた別の増殖体が俺の鳩尾を殴りつける。そこに怯んだらもう後はタコ殴りだ、次々と足元から這い出てくる増殖体達が俺を殴る、蹴る、暴力の嵐が俺を襲う。


「ぐっ……!」


「嗚呼!悲しい!私はただ…私はただ私のままでいたいのに!私を悲しませる存在全てが憎い!消えろ!死ね!」


「ッ……」


泣きながら暴力を振るうスカルミリオーネを前にひたすら防壁を展開し身を守る…ジリ貧なのは分かってる、けど既に防壁に覆い被さるように増え始めたスカルミリオーネを前に打てる手などなく…。


「アマルトッ!」


「ッネレイドか!悪い助かった!」


その瞬間突っ込んできたネレイドが増殖体達を跳ね飛ばしながら俺の手を引き後方へ投げる。ネレイドに助けられた…そう感じた次の瞬間には。


「クッ…!」


今度はネレイドがスカルミリオーネの群れに捕まる。多少跳ね飛ばしても意味がないくらい増殖のペースが早いんだ。ネレイドは増殖体達を腕を振って払うが波を手で払うようなもので全く意味がなく、ネレイドの体はあっという間にスカルミリオーネ達に飲み込まれてしまう。


「ネレイド!おいゴルァ!俺のダチ返しやがれッ!」


「ああ悲しい!悲しきかな!愛別離苦!」


ネレイドの体を押し潰そうと何千体もの増殖体が積み重なる…。看過は出来ない、助けに行きたい、だが増殖のペースが増えていると言うことはそれだけスカルミリオーネの手数も増えている言うこと。


ネレイドを助けに行こうとする俺の前に何百体のスカルミリオーネが立ち塞がり道を閉ざす。


「クソッ!そこ退けやッ!」


「悲しい…悲しい!」


「だぁぁあくそ!面倒くせぇ!」


斬っても叩いてもモリモリ湧いてきやがる!気がつけばネレイドを覆う山は先ほどの数倍近くに膨らんでおり、なんなら俺も遠ざけられている。


こんなのどう倒せばいいんだよ。増えに増えまくるスカルミリオーネを纏めて倒しつつ本体を叩く?どうやればいいんだそんなの……いや待てよ?


(そうだ!忘れてた!コイツ感情の悪魔だった!ってことは反対の感情を与えればいいんだよ!コイツは…悲しみの悪魔だ、つまり悲しみと反対の感情は)


迫る増殖体を切り払いながら考える。反対の感情を与えればスカルミリオーネは消え失せる…ならば悲しみの反対はなんだ。


「………どうすりゃいい」


しかしこの状況で反対の感情を与える?どうすればいい?目の前には海のように広がるスカルミリオーネの群れ、本体は遠く離れているし直接それをぶつけるには…何よりネレイドの救出も優先しないと。


「ん…?」


その瞬間、感じ取る。魔力をだ…スカルミリオーネのじゃない、ネレイドの…これは。


「ネレイド……?」


ふと見てみると、ネレイドを包むスカルミリオーネの山が…光り輝いていた。


………………………………………………………………


ネレイドは、悔やんでいた。バシレウスという人生で初めて出会った圧倒的な巨悪を前に自分は何も出来なかったと。


鍛え上げた肉体こそが自分の武器であると考え、今までこの体で戦ってきた…自分には才能があると思っていた。だがしかし…バシレウスには通じなかった。


超人であることはこの段階においてはなんのアドバンテージにもなり得ない。奴はそう語りネレイドの怪力を軽くあしらい、結果私は敗北した。


みんなを守れなかった、辛うじて生きてはいるが…旅の最果てにはやはりバシレウスが待ち構えていることは確か。その時私はまだ何も出来ず敗北するのか。


それはダメだ、ならどうすればいい…強くなるしかない。


(トラヴィスさんは私が魔女の弟子の中で一番第三段階に近いと言った…更に上の段階に一番近いと…なら、登るしかない。上の段階に)


スカルミリオーネに包まれ身動きが出来ない、このまま行けば私は窒息して死ぬだろう…アマルトもなんとかしようとしてくれているがきっと間に合わない。また彼に無茶をさせるわけにはいかない。


アマルトは十分今まで無茶をしてきた、だから今度は私が無茶をする番だ…つまり。


「……極・魔力覚醒!」


手順は同じだ、魂の中に魔力を逆流させて膨張させる。ただいつものように体の内側で押し留めるのではなく更に一歩踏み込むように魂を体外に押し出す。


我が師リゲルは語った…魂とは即ち『其れが人である権利であり証拠』なのだと。つまり魂とはその者が持つ全てであり全てになり得る物なのだ。私の全て…それが体外に表出すれば、そのまま私の強さが顕現するはずだ。


「ぐっ……!?」


しかし、魂が肉体を超えて外に出た辺りで…違和感が生じる。途端に道を見失ったんだ…魂が輪郭を失ったと言おうか。体外に出た時点で魂と世界の垣根がなくなり何処からが私で何処からが私じゃないのかが分からなくなった。


これが第三段階の世界…これが極・魔力覚醒を行うということ。輪郭のない世界で己を保つ必要があるのか…!


でも…今する必要があるんだ、極・魔力覚醒を!恐るな!やり切れ!私が!みんなを守り切れるようにッッ!!


「ゔっっ!ぐぉぁああああああああああ!!!!」


全力で吠え気合を入れて間合いの中を魔力で満たす。自分の限界を破壊するように吠え私は第三段階の世界に踏み込み─────。


そして、プツリと…意識を失った。


………………………………………………………


「うぉおお!?!?」


突如巻き起こった大爆発に巻き込まれたアマルトは地面を転がりながら剣を持ち直し地面に突き刺し、吹き荒れる突風を耐える。


いきなりだ、いきなり爆発した。何が起こったか分からないし何が起ころうとしているかも想像も出来ない。ただネレイドを助けようと進んでいたら前方で爆発が起こった…スカルミリオーネの攻撃かと思ったが、多分違う。


スカルミリオーネの増殖体が次々と消えているんだ。じゃあ誰がやった?俺とスカルミリオーネ以外に入り人間といえば……。


「ネレイド……!?」


ネレイドだ、ネレイドが何をやったんだ…そう思いネレイドを確認するように吹き荒れる増殖体の残骸の向こうを見遣ると、そこには。


「ふぅー…!ふぅー…!」


「……やったぜネレイド!って…言える感じじゃねぇなあれ」


そこにいたネレイドはいつものネレイドとは違う、明らかに正気じゃないネレイドが立っていた。筋肉が隆起しいつもより尚巨大化し牙を剥き、目を赤く輝かせたネレイドが喉を唸らせ立っていたんだから…そりゃ異常だと思うだろ。


(あれは魔力覚醒か?いやそれ以上の何かを感じる。まさか極・魔力覚醒か?にしては安定してない…まさか)


悟る、ネレイドは極・魔力覚醒を強行した。結果…失敗したんだ。


俺も昔、教えられたことがある。魔力覚醒に失敗した人間は修羅になると…お師匠が言っていた、覚醒は魂を扱う技術だ…当然失敗すれば魂そのものに悪影響が出る。魂ってのはつまり感情とか記憶とか意識とかが詰まった代物だ、それに異常が出れば正気を失い修羅道に堕ちる。


今のネレイドにピッタリな話じゃないか…もしかしてあいつ、バシレウスの件を気にして無理矢理に限界を越えようとして…。


「おい!ネレイド!聞こえるか!」


「ゔぅぅうううううう!!」


「聞こえてねぇな…」


完全に意識が飛んでる、暴走ってやつか?参ったな、どうすっか…ん?


「悲しい!知恵なき獣に多くの私が殺された!ならば私もお前を殺そう!悲しみのままに!」


「ゔぁぁあああ!!!」


スカルミリオーネだ、あいつ…ネレイドに襲いかかり始めたぞ。よし…乱闘になったところで上手くネレイドに近づいて呪術でアイツをネズミか何かに変えて取り敢えず落ち着かせて─────と、俺はこの時考えていた。


だがしかし、現実はそう俺の思い描いた通りにはならず…。


「うがぁああああ!!」


払う、ネレイドが拳を横に一薙ぎに払う…ただそれだけで閃光が走り、圧倒的な熱が光線となり放たれたのだ。その熱量は一瞬で数百体のスカルミリオーネを消し去り…って。


「え?は?え?…今のネレイドがやったのか!?」


「ぐがぁああああああああ!!」


口から光線を放ち迫るスカルミリオーネを消し去るネレイドを前に呆気を取られる。マジかこれ…ネレイドがやったのかこれ。これがネレイドの極・魔力覚醒?いや違うだろ…これはあれだ。魔力覚醒が暴発してんだ…。


(ネレイドの強化覚醒…『星神祈言・闘神顕現』と状態が似ている。多分極・魔力覚醒をしようと力を込めて、間違えて半端に覚醒しちまった感じか)


極・魔力覚醒をしようとそれが可能なだけのエネルギーを用意して、そのエネルギーで魔力覚醒を行ったんだ、暴発もするってもんだ。


神の力を身に宿す『星神祈言・闘神顕現』はその一挙手一投足に世界の修正力を乗せた攻撃を行うことが出来る。さっきから飛ばしている光はその延長線上に位置する力かなんかだろう。


まぁ、今のネレイドの姿は神というより魔神とか鬼神なんだけども。


「ごぁぁあああああ!!!」


「ッ…なんか、やべぇ…」


その場で暴れ回り光線を放ちまくりスカルミリオーネの群れを次々と消し去っていくネレイドを見て感じるのは『このまま行けば勝てるかもしれない』なんて楽観じゃない。


『止めなきゃまずい気がする』って焦燥感だ。確かにスカルミリオーネに対し戦いは有利に進んでる、ぶっちゃけネレイドのあれがなきゃ現状勝ち目がないレベルだ。だがそれでも…。


「ネレイド!お前落ち着けよ!」


「ゔぁぁがああぁああああ!!」


何をそんなに暴れてる、何をそんなに荒れ狂う、お前そんな奴じゃないだろ…!ダメだやっぱり止めないと。そう思った瞬間には俺の足は動いており荒暴れ回り増殖し続けるスカルミリオーネを消し去るネレイドに飛び掛かる、だがしかし…。


「うがぁああ!」


「ぐっ!?」


ただネレイドが腕を振っただけで、俺の体は腕を振った余波で吹き飛ばされる。近づくことさえ出来やしねぇのか!


「おい!ネレイド!」


「ゔぁああああああああああ!!」


(クソッ!どうすりゃいい!このままネレイドに任せていいのか…!?いいわけねぇよ、だけど…!)


「ああ!悲しい!」


「ッと!マジか!」


咄嗟に俺は起き上がりその場から飛び退くと。上からスカルミリオーネが降ってくるんだ、ネレイドに消し去られてる分とは別の増殖体だ…まさかネレイドに消し去られて尚数を増やせるだけのペースで増殖してやがるのかよ。


「うう…みんな私をいじめるんだ、あの巨人のように…私を踏み潰すんだ」


「テメェ…今はやめろよ、分かるか?俺忙しいんだ…ダチを助けにいかなきゃいけねぇんだよ」


「ダチ…友達……」


ん?なんか初めて意思の疎通が出来たぞ、俺ぁてっきりコイツは俺の話を聞かないもんだと…。


「友達…くだらない、この世なんてくだらない…溢れかえる人も取り巻く人も、全て全て」


「……………」


いや、これは意思の疎通が出来ているんじゃなくて…ただ打って響いただけか。忘れかけていたけど…コイツはルビカンテの眷属じゃなくて、元を正せばアルタミラの悲しみなんだったな。


ルビカンテは嫌いだが、アルタミラは違う…アイツは仲間だ。アイツが悲しむなら俺はアイツを慰めたい。


「……なぁスカルミリオーネよう、お前はなんで泣いてんだ」


「私は……」


背後で巻き起こる爆裂音、ネレイドの絶叫、一刻も早くネレイドを止めに行きたい気持ちを抑えながら俺は問いかける。お前はどうして泣いている、スカルミリオーネはどうしてもスカルミリオーネたり得るのだ。


涙ってのは何かあるからこそ流れるもので、理由があるからこそ人は泣く。ならばこそスカルミリオーネの涙にも意味があるんだ…それを知らなきゃいけない、それはアルタミラを助けるって意味合いでもあり、コイツに勝つ為に必要な話でもある。


「私が泣いているのは…絶望したから」


「絶望…?」


「私という存在に、美を追い求める私の愚かしさに。美なんてものを追いかけた挙句に切り捨てられた…私に絶望したから!」


「うーん、俺ぁお前の身の上話とかよく知らんが泣くほどのことかよ」


「お前には分かるまい、お前には分かるまい!心血を注いだものを否定された悲しみは!命をかけた価値観を崩された苦しみは!」


「別に?分かるけど?だから言ってんだよ…泣いてる場合かってな」


手前の信念を踏みつけられて否定される苦しみってのはよく分かるよ、俺も若い頃はそれで捻くれていたからな。だがだからこそ言える…。


否定されただけで泣いてもがいて苦しんで、喚いて涙し叫び散らして、悔しがり絶望し気が狂うのは…それだけそれが大切だからだ。大切ってのはつまり…。


「泣くなよアルタミラ、むしろ笑え。お前は今も美術を愛せてる!」


「はぁ…?」


「今からそれ、俺が証明してやるから…まぁ見てろよ!」


「待て…待て!お前は私を否定するのか!悲しみを否定するのか!この涙を!」


スカルミリオーネが迫る、俺の道を阻む。だが悪いな…俺スイッチ入っちゃったよ?もうバッチリさ、勝つって心に誓った、誓ったものはもう折らない、折らないなら俺はもう折れない。だから例え何が起ころうが立ち塞がろうが俺は止まらない!


「退いてろよ悲しみ風情が!今から俺がお前を消してやるさ!」


「ギィッ!?」


立ち塞がった増殖体を斬り払い消し去る、と同時に走り出す…何をするにしたってもまずはネレイドだ!アイツの暴走を止めてからじゃないと話にならねぇ!


「ネレイドォッ!!テメェいい加減にしろ!」


「ゔがぁぁああああああああああ!!!」


「ああ悲しい!私を無視するな!無視するなぁあああ!!!」


俺の前には荒れ狂うネレイドと俺を殺そうと群がる増殖体達、状況は最悪…だが結構。最悪程度乗り越えてここにいるんだ、なんだって超えてやるさ!


「残闕式魔力覚醒!」


左手を翳し魔力を高める…今の俺に出来る精一杯をここに!


「『大神明呪ノ血刃』!」


左手を犠牲に右手に持つ黒剣を巨大な紅の大太刀へと変化させる。左手は後でデティに治して貰えばいい!って言うかこれ夢の中だよな?なら別にいいよな!!!


「『呪界・血風嵐』ッ!!!」


「アギィッ!?」


迫る増殖体の波を嵐のような斬撃で切り裂き吹き飛ばしネレイドへの道を作る。遠くから呼びかけてダメなら!耳元で叫んでやる!


「ネレイドォーッ!!!」


「ぅぐぅううううううう!!」


光り輝き目を赤く染め暴れ狂うネレイドにしがみつき、頭を掴んで叫ぶ、ネレイドの名前を。


「ネレイド!落ち着け!よく聞け!俺だ!アマルトだ!!」


「ゔぁぁぁあああああああ!!」


暴れるネレイドから弾き落とされないよう必死に喰らいつく、既にネレイドと俺は増殖体の渦のど真ん中だ、今落ちたら俺は死ぬね!だから死んでも落ちない!


「聞けよ!聞け!おい!…聞こえねぇか…!?」


「うぅぅうううう!!」


ここまでやってダメか。ネレイドの精神力なら俺の声さえ届けばきっと目覚めるはずなんだ、コイツはそう簡単に暴走するタイプじゃない。声さえ届けば…なら仕方ない、奥の手だ!


「後で恨むなよネレイド!」


声が届かないなら無理矢理にでも届ける、幸い俺の使う魔術は呪術…肉体に由来する魔術。故に俺はゆっくりとネレイドの耳元に口を近づけ。


「『呪言・闇呼鳴響之声』…」


ドンッ!と音を立ててネレイドが踏み込み…動きを止める。俺の『呪言・闇呼鳴響之声』が聞いたようだ…コイツはあれだ、俺の声を相手の精神に潜り込ませる術…声を相手の体に浸透させる術と言った方がいいだろうか。


これによる声は如何なる方法でも防げない、耳を塞いでも最悪鼓膜を千切っても、なんなら正気を失っていても。だからネレイドは俺の声に反応して止まったんだ。


「『ネレイド!今!俺達のダチが!ナリアが!アルタミラを救う為に戦ってる!』」


声が届いたのなら、後は伝えるだけだ。


「『ナリア邪魔しようとしてる連中がいる!スカルミリオーネ達だ!コイツらを倒すのは俺達の仕事だ!』


「……………」


俺達の戦う意味、俺達が戦い続ける理由、それを伝えるんだ。大丈夫…それだけできっと。


「『だから起きろ!コイツを倒すのにお前の力が必要だッ!!』」


「──────」


友の祈りにネレイド・イストミアは答えてくれる。コイツはそういう奴さ…!


「悲しいなぁ!いくら呼びかけたって意味はないのに!」


「む…!」


しかしその瞬間、俺は気がつく。既に俺とネレイドの周りを…上下左右前後…全方位を大量の増殖体達が囲んでいることに。しまった、ネレイドへの呼びかけに気を取られてコイツを忘れてた!


「おい!ネレイド!起きろって!」


「もう遅い…全て洗い流す…!『涙雨葬送』ッ!」


「終わるーっ!ネレイドネレイドネレイドー!おきてー!!」


全方位を囲む増殖体に俺は流石にこれは無理かとネレイドの頭に抱きついて喚く、マジで頼む頼む起きて起きて!


「ごめん」


「え?」


「今、起きた」


瞬間、ネレイドの瞳が…輝く。と同時に全身を包む眩い光がネレイドの右手に集う。それを振り上げ…地面に叩きつけるように腕を振るい───。


「『星界───!」


光が放たれる。ネレイドの体も俺の体も周囲の増殖体も掻き消すほどの超大規模な光、その暖かな光は見せるんだ…俺に。異様な景色を。


「こ、これは…!」


光が展開されていた時間は一瞬だった、時間にすれば一秒にすら満たない時間だった、だがその一瞬で俺は確かに見た。


周囲の景色が書き換えられる様を…増殖体は光に消されて消滅し、石畳と瓦礫に包まれた侘しい空間は木々が生い茂り小鳥囀る黄金の草原へと景色そのものが書き換えられていたんだ。


繰り広げられたのはまるで楽園…いや『神の国』の如き情景。世界をネレイドの手で塗り替えたんだ。この夢の世界をルビカンテから簒奪し、ネレイドは自らの力で空間を書き換えた。自らの魂を霧散させ周囲の空間を掌握したんだ。


それは間違いなく…第三段階『霧散掌握』の領域!


「やったのか!ネレイド!極・魔力覚醒を!」


「……一瞬だけ、ね…!」


やがて光は消え失せ、再び景色は元に戻るが…ネレイドは今確かにやって見せた、第三段階の扉を一瞬だけ開いてみせた。極・魔力覚醒がどういう力かは分からない…だが。


見てみろよ、周りを。あれだけいた増殖体が跡形もなく消え失せている…展開しただけで敵が消えたぜ!マジかよ!マジですげぇなネレイド!!


「やったな!ネレイド!」


「うん……でも、私一人じゃ展開しきれなかった…極・魔力覚醒をしようとしたら、世界に輪郭がなくなった」


「何それ」


「形がなかった、だから輪郭を失った魔力が再び私の中に逆流して…暴走しかけた。アマルトがいなかったら…どうなってたか。でもキミが呼びかけてくれたから…ちょっとだけ見えたんだ、輪郭が…」


「へー…」


やばい、ネレイドの言ってることが全然わからない。何?輪郭?それが掴めたから一瞬だく極・魔力覚醒が出来たって?…よく分からないけど、まぁ役に立てたならいいか。


「それよりスカルミリオーネは……?」


「ああ、それなら……お!?」


瞬間、世界が闇で閉ざされる…いや巨大な影が天を覆ったのだ。何が起こったのかと上を見れば答えはそこにあった。


スカルミリオーネだ…奴がこの世界に蓋をするように超大量の増殖体をぶち撒けていたんだ。


「嗚呼!悲しい!またも私が消えた!消された!悲しい!悲しいから泣こう!私は泣こう!悲しみの悪魔として!この世界を悲しみで押し潰すほどに!泣き喚こう!」


「アイツ…増殖体の雨でこの空間を潰すつもりだ…」


次々と降り注ぐ増殖体の雨がだんだんと空間を満たし始める。増殖のペースが凄まじい…一秒に数千体規模で増えてやがる…折角ネレイドがまとめて消し去ったのにまた元の木阿弥だ。


このまま行けば数分でこの夢の世界はスカルミリオーネで満たされる、そうなりゃ俺たちも終わりだ。増え続けるスカルミリオーネをなんとかする手段もない…これで終わりか?いいやそんなことは断じてない。


「アマルト…何か作戦があるんだよね」


「お?分かるか?」


「うん、そんな顔してるから」


「んふふ、まぁな…」


まぁあるさ、打開策は。だからネレイドを起こしたんだ…スカルミリオーネを倒すにゃコイツの力が必要だからな。


「ネレイド、スカルミリオーネは悲しみの悪魔だ。つまり悲しみの反対の感情を与えればアイツは倒せる…だよな」


「………忘れてた」


「俺もさっきまで忘れてたよ。で…だ、お前悲しみの反対が何か分かるか?」


「……分かる」


そう、分かるのさ。俺達は他でもないナリアから…それを聞いている。そうあれはヴァラヌス達を励ます時にナリアが言っていた。


『悲しみは誤魔化すのではなく、流れる涙の意味を変えてやればいい。つまり悲しみを打ち払う反対の感情は…『感動』だ』


とな…そうだよ、ナリアはこれでヴァラヌス達の悲しみを打ち払った。感動させることで悲しみを消し去ったのだ、何より俺とネレイドはそれを間近で見たんだ!なら分かるよな、スカルミリオーネを倒す方法!


「感動させるのさ、スカルミリオーネを!そうすりゃアイツの涙は悲しみの涙じゃなくなる!」


「でも、そんなこと出来るの?」


「出来るさ!俺を信じろ!だからネレイド!俺をあそこまで連れて行ってくれ!」


半端な覚醒使って片腕がない俺と半端な極・魔力覚醒使って大量大幅ダウンのネレイド、自爆コンビでやれることなんか限られている。だからこそこの一点に賭ける、最後の最後で挽回すればいいのが勝負のいいところってな。


ってわけで俺をあそこに連れて行けと天を差す、天蓋の中心にて渦巻く悲しみの螺旋…スカルミリオーネ本体を。それを聞いたネレイドは静かに頷き。


「分かった、じゃあ捕まってて」


そういうなりネレイドは俺を背負って天を見据える。さっきのでネレイドも万全じゃない、だがコイツは…出来ないことは請け負わないタイプだ。出来るか出来ないかを計算するってわけじゃない、請け負った以上は是が非でも叶えるって意味だ。


「行くよッ!」


「ああ!信じる!」


飛ぶ、大地を砕いて跳躍し近くの瓦礫に足をかけ更に高く飛ぶ。そこからネレイドは足先に魔力を集中させ…。


「魔力覚醒!『虚構神言・闘神顕現』ッ!!」


足先から霧を放つ、霧に偽りの推進力を持たせ自らの体を浮かび上がらせ空を飛ぶのだ。だが当然それを看過するほどスカルミリオーネは甘くない。


「足掻くなぁ!!私を!悲しみを受け入れろォッ!!!」


唸る、天を覆い尽くすスカルミリオーネの暗雲が唸り無数の弾丸を…増殖体を降り注がせる。その数…千?万?分からん数えきれん、けど!


「断る、私は今…別に悲しくないから!」


ウチの弟子で最強格の突破力を持つネレイドの動きを止められる程じゃない、野太い腕を振って迫る増殖体をぶっ飛ばし、足で蹴り飛ばし突き進む。されど進めば進むほど落ちてくる増殖体の数も増えてくる…。


「ネレイド、さっきのあれ出来ないか!光の奴!」


「無理……多分、私の直感が言ってる」


「ならやめとくか…!」


本人が言うならやめておこう。ネレイドの事は俺以上にネレイド自身が分かってるしな…!


「それよりアマルト、近づいて何するつもり…?」


「実はさ……」



「ッ寄ってくるなぁあああああああ!!」


ネレイドに耳打ちをしていると、スカルミリオーネも本気を出してくる。周囲の増殖体同士が手を繋ぎ、スカルミリオーネ本体を掴み…本体を中心に巨大な人体の網が形作られる。作り上げられた網は本体を中心にぐるぐると回転を始め…。


「『落涙惨禍補陀落渡海』!」


さながらそれはスカルミリオーネの奥義と言ったところか、数千数万の人体が繋がり合い一気に体動し生み出される回転エネルギーは台風の如く荒れ狂い数千の触手…のような増殖体の連結が振り回され落雷のように次々と降り注ぐ。


連結された増殖体が一房地面に激突する。それだけで家屋が数棟消し飛ぶ程の威力が爆発し地上は纏めて灰燼となる勢いで破壊されるのだ。そんなのがネレイド一人に向けて放たれる…破壊の奔流の中を渡航することをネレイドは強いられるんだ。


だが…それでも。


「『鉄壁防壁』!!」


飛んでくる触手を弾く、弾いてしまえる、ネレイドは。トラヴィス卿から学んだ理論上最強の防壁はスカルミリオーネの奥義さえも軽々弾くんだ。このままなら届く!いける!


「ネレイド!!」


「うんッ!行ってきて!アマルト!」


「寄るな寄るな寄るな!!」


ネレイドが俺を大きく振りかぶり投げ飛ばす、そのまま俺は空を切り裂きスカルミリオーネへと迫る、当然奴も抵抗するさ。だがここまで来た土壇場で!俺がしくるかよ!


「アルタミラ!言ったよな!悲しむ必要も嘆く必要もないって!お前が悲しむなら俺がなんとかしてやるよ!俺ぁもうお前のこと!仲間だと思ってんだから!」


「五月蝿い!そんな言葉!まやかしだ!私には届かない!」


「じゃあ今から証明してやるよ!!」


「必要ないッッ!!消えろ!『アンリミテッドティアー』!」


最後の最後、その抵抗か。それとも或いはそれは拒絶の涙か…スカルミリオーネの目から溢れた涙が大量の増殖体が溢れ出し、俺を押し飛ばそうと荒れ狂い────。


「消えるのはお前だよ、スカルミリオーネ…!」


「なッ!?」


切り裂く、数十数百数千数万の増殖体の壁を…そして見据える。スカルミリオーネの瞳を…!


「今だ!ネレイド!」


「うん!任せて──────」


そして始める、スカルミリオーネを…悲しみを消し去る。…俺の『究極の美』を。


……………………………………………………………


「え……?」


スカルミリオーネが次に気がついた時には、既に景色が変わっていた。何もない木製の部屋、そこに置かれた机と椅子。そこに自分がただ一人で座らされていた。


「これは……」


「よう、気がついたかよ…スカルミリオーネ」


「っお前は!アマルト!」


そしてそこにいるのはもう一人…つまりは俺だ。木製の部屋の目の前に配置されたキッチンで…俺は一人料理を作る。トントンと野菜を切りジュージューと肉を焼く。なんでこんなことになってるかって?まぁ混乱して当然だよな、さっきまで戦ってたのに急に俺が料理作ってるんだから。


「貴様…!」


「落ち着けよ、ここはネレイドの霧で作り上げた偽りの空間だ、お前が暴れて増殖しても霧の外に追いやればいいだけだ…お前一人じゃ大した事は出来ねぇだろ」


俺達は別に移動したわけじゃない、ただネレイドの霧で偽りの世界を再現しただけだ。ネレイドの霧は世界さえ騙す霧だ、これで包めばこの空間を世界は『部屋の中だ』と誤認しそれと同じ環境へと変化する。


俺は今、霧で出来たキッチンで霧で出来た食材を調理する、亡くなった左腕も今は霧が代替の腕となり機能し全てが霧で形作られる。全て偽りだがここでの経験は偽りじゃない…本物だ。つまり今からここで行うのは…。


「宣言するぜ、スカルミリオーネ。俺は今からお前を感動させる、それがお前の弱点なのはわかってる」


「ッ……そんな予告をされて、私がまんまと感動するとでも?」


「するさ、お前は芸術家だ…芸術の前では正直だろ」


「芸術?貴方がやってるのは料理でしょう、食べ物は芸術じゃない」


「違う、俺が作ってるのは食い物じゃない……美食だ」


俺は普段、食べる為の飯を作ってる。だがその本懐というか…そもそも俺に料理を教えたタリアテッレは美食をメインとする料理人だ。所謂ところの高級料理って奴だな…それが肌に合わないから俺は普段から美食は作らないが今日は特別だ。


「よく言うよな、食べ物に金かけるのなんか馬鹿らしい、飯に金をかけたところである一定の段階から美味さそのものは大して変わらない…ってさ」


「…………」


「高級料理は皿にちょこっと乗ってるだけで全然腹も膨れない、それなら同じ額を使ってたくさん肉を食ったほうが全然美味い!ってな。けどそれ違うんだよ、てんで的外れ…本物の美食を知らない奴の戯言、美食ってのは…美術なんだから、美味さや腹膨れ具合じゃ測れねえ」


「…………」


「皿にちょっとしか乗ってないのだって美術館と同じ、美術館に行って絵一枚見て帰るか?帰らねえよな。何枚も見る、だから美食も同じ何皿も食う、けどあんまり食うと腹が膨れるからちょっとしか乗ってないわけで…って御託はもう腹一杯か?まぁつまるところなんだ、俺が言いたいのは……」


バッと広げるようにエプロンを翻し取り外し、スカルミリオーネの前に並ぶのは…俺流『美食』のフルコース。肉に魚に野菜にパン、破天荒に一気に並べて飾って…。


「四の五の言わずに、食ってみろ…だな」


俺の究極の美を、美術家ならざる俺が作り出せる美を、スカルミリオーネに突きつける。これは挑戦状だ…絵の具を使わずに、彫刻をせず、歌うこともなく、美は作り出せるのか。そんな挑戦を前に美術家たるお前は引けないはずだ…スカルミリオーネ。


「ッ……上等です」


スカルミリオーネはキッと視線を鋭くさせながらナイフとフォークを手に取る。挑戦を受ける…とでも言わんばかりだ。これでコイツが感動しなければコイツの勝ち、これで俺は増え続けるスカルミリオーネをなんとかする方法を失うわけだからな。


で、もし感動したのなら……。


「………あーー…ん」


一口、まずはポワソン。スカルミリオーネは雑な切り方で一口運び…咀嚼し。


「ッ……もぐっ…!」


次に肉か、大胆だね。さっきよりも勢いよく肉を口に運んで黙々モグモグ食べ進め。


「ウッ……ッ…!」


そしてパン、また魚、野菜、フルコースの形式もクソもない順番で好き勝手食べ続けるスカルミリオーネは次第に加速するように食べ続ける…食べ続ける、食べ続けて…そして。


「ッ……美し…い……!」


カランとフォークが空皿の上に落ちる。ワナワナと震える手で顔を覆うスカルミリオーネ…その指の隙間から涙が溢れる、濁った青の絵の具ではなく、無色透明の涙が流れるのだ。


「皿一つ一つが『体験』という美を帯びている。舌の上で結実する確かな体験はさながら荘厳な風景画のようであり精巧な人物画のような圧倒される心地を味合わせ…何より、これら一つ一つ…全て合わせて一つの芸術として成り立っている。美しい…あまりにも…美しい」


「…言ったろう、スカルミリオーネ。涙を流すお前は、何かに悲しめるお前は、絶望なんかしちゃいない。好きだからこそ、尊ぶからこそ涙が出るのさ、悲しいのさ」


スカルミリオーネはアルタミラの『芸術への悲哀』から生まれた存在だ。芸術家として生きていく上でのあらゆる悲しみが複合した存在、だからこそ他を寄せ付けず孤高であろうとする。だが同時にそれは…『芸術への愛』の裏打ちでもある。


悲しみの悪魔スカルミリオーネは誰よりも何よりも、芸術という存在の美しさを尊ぶ感情なのだ。


「ああ、私は…絶望なんて、していないのね……悔しいわ、悔しいけれど……これは、私の負けね」


その場でぐったりと倒れ…光の粒子になっていくスカルミリオーネを見て、俺は静かに一礼し…。


「俺の美術…お気に召したかね?悲しみの悪魔よ」


「ええ…感動したわ……いい、美だった」


悲しみは今感動に変わった、悲しみが悲しみでない以上スカルミリオーネはスカルミリオーネではいられない。キラキラと粒子となって消える奴の姿を見据えると同時に霧の世界もまた白く澄んで消え失せる。


霧の外にはあれだけいたスカルミリオーネ達も纏めて消え去っており…後にはネレイドと俺だけが残される。


「やったの、アマルト」


「ああ、バッチリだ。お前と一緒だからなんとかなった」


「ううん、こちらこそ…」


正直、ネレイドとコンビで良かった。ここじゃあ食材の準備も出来ないしな…ネレイドが一緒にいてくれたから、なんとかなった。スカルミリオーネに勝てる組み合わせは正直この組み合わせだけだったと思う。


(凄い偶然だ、……いや。本当に偶然か?)


何か、意図的な物を感じるな。もし他のところも同じように何かをきっかけに割り振られているのだとしたら…もしかして。


(まさか……)


天を見上げる。未だ夢の世界は晴れないが…もしかしたら、アイツも戦っているのか?


「………ナリア、早いところアルタミラを助けてやれよ」


まぁともあれ、後は仲間を信じるだけだな。頼むぜ、ナリア。

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