表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
723/835

666.星魔剣と兄妹の絆


「ハル!目を覚ましてくれ!」


「ゔぁああああああ!!」


ナリアとロムルスが戦い始めた頃、ストゥルティとハルモニアは未だ斬り合いの最中にあった。暴走し荒れ狂うハルをなんとか抑えようとストゥルティは鎌を振るうが色鬼となり強化されたハルモニアはどれだけストゥルティが押さえつけようと止まる気配もなく…未だ戦いは膠着の最中にあった。


今のハルは強い、色鬼の身体強化とダメージの入らない肉体。通常時から考えれば凄まじい強化を施されている…が、それでもストゥルティの実力なら問題なく倒せるレベルでしかない。だが……。


(ダメだッ!斬れねぇッ!!)


ハルの剣を弾きながら思う、斬れない。どれだけ言われようとも斬れない物は斬れない、頭では分かってるんだ…色鬼になった今のハルを斬っても大したダメージは入らないし傷つけることにはならない事を。


頭はでは分かってる、でも心が拒絶するんだ…ハルは俺にとって唯一の家族だ。フォルティトゥドに服従する両親とは違う…家族なんだよ。


「くそぉっ!!目を覚ましてれよッッッ!!」


咄嗟にハルに突っ込んでハルを押し倒して叫ぶ、悠長に呼びかけてる暇はないんだ。


今ナリアとロムルスが戦ってる、それをネコロアがサポートしてる。俺の見立てじゃ悪魔になったロムルスと退路を絶たれマジになったネコロアの実力は殆ど同じ、そこにナリアも加われば十分勝機はある。


だが、俺の冒険者としての直感が言ってる。あのロムルスは一筋縄ではいかない…何か奥の手がある。それが発動する前にハルを呼び起こして───。


「ゔぁぁあああ!」


「ッ…ダイモス!?」


しかしハルを押し倒した瞬間俺の背後から突如現れたのは…色鬼となったダイモスだ。ただでさえ怪力だったこいつが色鬼になったらどれほどの力を得るか…想像も出来ない。普段なら相手にもならないが今は違う…まずい!後ろを取られた!


防壁、間に合わない。迎撃?ハルを抑えてるからできない。回避?出来るわけない!だって俺は今ハルを押し倒してるんだ。俺が退いたらハルが……クソッ!受けるしかないか───。


「ゔぁあああ───がぶぅっ!?」


「邪魔ッッッ!」


「は…!?」


がしかし、ダイモスが俺に拳を振り下ろした瞬間…何処からともなく飛んできた影がダイモスを蹴り飛ばす。あまりの速さにちょっとビビっちまった…ってこれ助けてくれたのか!?


「お前…ステュクスか!」


「ストゥルティ!ナリアさん達の方も余裕がなさそうだ!早くハルさんを!」


ステュクスだ、ダイモスを吹っ飛ばしてこちらに目を向けるアイツの姿を見て…驚く。なんだこいつ、俺と最初会ったときはあんなにオドオドしてやがったのに。


この修羅場に於いて奴が見せる眼光の鋭さはどうだ、俺でも驚く程のスピードはなんだ。こいつ…あれか、姉貴のエリスと同じで状況によってスイッチを切り替えるタイプか!


「ダメだステュクス!俺の声じゃ届かねぇ!お前が呼びかけてくれ!」


「無理だよ…俺も散々呼びかけた。これで無理なら…色鬼から元に戻すのは不可能なのか…」


ステュクスは周囲に目を向ける。色々騒ぎすぎたこともありチラホラ色鬼達が俺達を見つけつつある…もうすぐここも戦場になる。今はルビーが一人で持ち堪えてくれているがそれもいつまでも持たない。


どうする…どうすればいい、ハルはなんで目覚めてくれない…そんなに俺が憎いのか、俺が斬られればお前は納得するのか!クソ……。


「クソッ……」


「待てよストゥルティ…絶望するのはまだ早い」


「は?なんで……」


「ちょっと、相談する。そのままハルさん抑えといてくれ…!」


ジリジリと迫って来る色鬼を前に剣を構え、ステュクスはそう言うんだ…相談って、誰とだよ。


………………………………………


(ロア!なんとかする方法はないか!)


俺のことを見つけ突っ込んできた色鬼の頭を掴み跳び箱の要領で避けながら俺は心の中で叫ぶ。ハルさんが目覚めない、色鬼から元に戻す方法はないか…もうロアの知見しか頼れない。


だがロアの答えは…。


『うーん!無理!』


残酷、まったくもって残酷。こいつ人の心がないのか?ないのか!剣だし。


(そんなこと言わないでさッ!)


背後から斬りかかってきた色鬼を相手に俺は背中に剣を回し弾き飛ばしながら後ろ回し蹴りで張り倒す。ロアの知識だけが頼りなんだ、これでダメなら本当に手がない…せめてハルさんだけでも解放出来なきゃストゥルティが動けない!それはまずい。


何より、俺の事を傷つけようとした…ナリアさんを傷つけたフォルティトゥドなんぞどうなっても構わないがハルさんだけでも助けたいんだよ!


『そんなこと言わないでと言われてものう、ワシもこの手のタイプに全く知見がないわけではない』


(ど、どう言うことだ!?)


『己の魂を切り分け別の存在に固着し動かす法をじゃ、最もワシが知っておる奴はそれを鎧相手にしておったがな…ややプロセスは違うがアプローチは同じじゃ。当人が動かずして別の者に魂の運用を一任すると言う方法じゃな』


(で!解決方法は!)


『ない!これを解く明確な方法は存在せん、対象を完全破壊するまでハルモニアとか言う小娘は止まらんさ』


(つまり殺すしかないってことか!?)


『まぁ平たく言えばそうじゃのう。まぁ仕方ないと割り切れ、人生長く生きれば妹に激烈に嫌われることもあるもんじゃ』


(なんなんだお前!)


こいつ色々知ってる風な口聞く割に肝心な時に役立たねぇな!つーか色鬼の原理とか聞いてねぇんだよ!鎧動かす奴とか知らねーよなんでお前知ってんだよ!


『で、知見あるワシから言わせてもらうとだな。この色鬼化というのは厄介でのう…擬似的な魔力覚醒のような状態なのじゃ』


(魔力覚醒…?)


『そう、外部から影響を与え魂に干渉し強制的に魔力覚醒と同じ状態へと移行させる。これによりルビカンテの魔力覚醒に同期するような覚醒を得て、尚且つそれなりのパワーアップを果たすわけじゃ…お前強制的に覚醒を解除できるか?』


(無理だ、方法も思いつかない……いや待て!魔力覚醒なら星魔剣で魔力を吸い取れば!)


『或いはそれも有効じゃ、だがそれは飽くまで一時凌ぎに過ぎん…外側を剥がしても魔力は内にも残っている。覚醒とはそもそも自分の意思でなければ解けんのだから自我がなければどうにも……』


(それってつまり、自我があれば解けるってことだよな!)


『まぁそうじゃが…その自我が目覚めんから困っとるんじゃろ?矛盾しとるぞ』


(いやいいんだ、きっかけさえあればッ!)


迫ってくる色鬼の剣撃を弾き落とし、そのまま胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。星魔剣による魔力吸引、これがあれば一時的にでも外側の魔力を剥がせる…ならば!


「ストゥルティ!」


「なんだよ!なんか浮かんだか!」


「ああ、そのまま押さえてくおいてくれ!」


「は!?何を…!」


その瞬間俺は反転し星魔剣の鋒を向けたままハルさんに突っ込み魔力を吸い上げようと力を込め──。


「だぁあ!お前!まさかハルを殺す気か!?」


「えぇっ!?ちょっと!?」


がしかし、それを何を勘違いしたのかストゥルティは咄嗟にハルさんを解放し俺の前に立ち塞がるんだ。ああくそ!せっかく拘束してたのに!


「違うよ!この剣は相手の魔力を吸うんだ!そうすればハルさんを包む外側の絵の具だけでも一時的に剥がせる」


「そ、それで戻るのか!?」


「言ったろ、一時凌ぎだ。だが…俺がハルさんの絵の具を引き剥がす、お前はその間に…ありったけの勢いでハルさんを目覚めさせろ!!」


「そ、それで行けるのか?」


行ける、少なくとも俺はそう信じてる。一時的であっても外側の絵の具を剥がせるなら…ほんの少しでもハルさんの意識に声が届く確率が上がるかもだろ?そして声が届けば…自分の意思で色鬼化を解除出来るかもしれない。


「声をかけて、ほんの少しでも反応があれば、きっとハルさんは自分で色鬼化を解除してくれるはずだ」


「……賭けだな」


「いいや賭けじゃない、賭けは乗る乗らないの選択肢があるだろ…これにはない、やらない選択肢がない。やるしかねぇんだよ」


漆黒のヘドロのような絵の具を垂らしながら、黒い色鬼はこちらを見る。まず最初の関門だが…俺がハルさんの絵の具を吸い取らなきゃならない、つまりこの剣でハルさんに触れなきゃならない。


一本だ、この人から…剣で一本取らなきゃならない。


「ストゥルティ、周りの色鬼を頼む」


「……分かった」


俺は剣を構えてハルさんと向かい合えば、ハルさんもまた俺と同じく正眼に剣を構える。いつもの俺なら…ハルさん相手に一本取れるのか、どうなのか、そんな事ばかり考えていただろう。


だが大丈夫、俺は勝つよ。だって俺はもう…師匠から一本取ってるんだ!


「行きます!ハルさんッ!」


「ゔぅゔううう!!」


瞬間、火花が散る。斬撃に斬撃を合わせるように二本の剣が互いに攻め合う。ヴェルト直伝フェイントや当て身を織り交ぜた我流色の強い俺の剣に対し、ハルが用いるのはマレウス王国軍流剣術をアレスさんの下で極めた正当なる剣。


いつもは俺が剣を振るいハルさんがそれを弾き飛ばしてはいもう一本お願いしますだった。だが今日は違う…今日は俺も本気だから、なんて言わない。いつも本気で撃ち合っていた…でも今日は違うと言える。


何故かって、それは……。


「ハルさんッッ!!」


「ゔぅっ!?」


ぶつかり合った俺とハルさんの剣、それは鬩ぎ合うことなくハルさんの剣を弾き押し出す。今日の俺は…全く負ける気がないからだ、ここで引けば失われる物がある、ここで臆せば手から溢れる物がある。


俺はもう二度と何かを失いたくない、俺はもう二度とあんな思いをしたくない。その焦りと恐怖が俺を突き動かし力を与える。もし…ここで下手をこけば何が失われる。


ロムルスとの戦いにストゥルティを送り込むのが遅れたら、ナリアさんかネコロアが死ぬかもしれない。色鬼相手に時間稼ぎしてるルビーが死ぬかもしれない、もしかしたらハルさんだって死ぬかもしれない。


何より、遅れれば遅れるほどに…姉貴達の命が危ないんだ!死なせてたまるかよ!誰もッ!


「ゔぁぁああああ!」


「ッ!」


しかしそこはハルさんだ、剣を弾かれてなお即座に剣を持ち直し大きく振りかぶって裂帛の振り下ろしを俺に決めてくる、いつもの数段早く数段鋭く数段重い斬撃に俺は受け止める以外の選択肢がない。


そして剣をディオスクロアで防いだその時…頬に冷や汗が伝う。


(まずいか…)


このパターンは何回か見覚えがあったんだ、ハルさんの剣を俺の剣で防いだら…そのまま全身を使って押し切って俺の体制を崩し、俺の腹に一発ぶちかまし俺を吹っ飛ばす…そんなパターンを俺は何回も修行で味わったし、ハルさんに何度もやられた。


所謂ハルさんの必勝パターン…これの攻略法を俺は終ぞ見出せず何度もやられてきた。修行の時は模造剣だったが今日は違う…一本は即ち俺の死に直結する。腹に一発貰えば吹っ飛ばされるのではなく両断される。


「ゔぅっ!」


ハルさんがタックルの姿勢に入った、剣で押さえつけられ体が動かない。剣も動かせない…通常時より何倍も強くなったハルさんのタックルを受け止めるだけの力もない、終わる…いつもなら、いつもならここで終わる!


だが言ったよな、今日は違うってッ!


「ッッおらぁっっ!!」


「ゔぁぁっ!?」


ハルさんの体勢が崩れた、ハルさんの剣が弾かれ上へと飛び上がる。何が起きたか…それは。


「すみませんハルさん!今日俺ガチなんで!こっちも使わせてもらいます!」


俺の左手にはディオスクロアではないもう一つの剣、いつもは使わない修行用の黒剣…ハルさんと出会ったばかりの頃ハルさんにもらったただ重いだけの黒剣が握られている。つまり二刀流だ…普段は剣一本でしか修行しないし俺も滅多なことがない限り二刀流での戦いはしない、だって戦い辛いし。


だが、だからこそハルさんの剣を弾けたのだ。右手でディオスクロアを操りハルさんの剣を受け止めつつ、左手で黒剣を抜き放ちそのまま切り上げハルさんの剣を弾いたんだ…俺が滅多に見せない二刀流にハルさんは驚きながらも慌てて剣を持ち直そうとし。


「させるかッ!!」


そのまま左手を振って上に浮いたハルさんの剣を今度こそ空中に叩き出す。出会ったばかりの頃は両手で振るうのが精一杯だった黒剣を片手で操る…ハルさん分かりますか、この力は貴方と培った力ですよ!


「ゔぁぁあああああ!!」


「ッ今だ!星魔剣!『喰らえ』ッ!」


そしてハルさんの体に剣の腹を押し当て…俺は彼女から一本をもぎ取る。同時に得る…呼びかけるチャンスを。


「うぉっ!?なんじゃこりゃ!」


星魔剣はハルさんの体を包む絵の具をズルズルと吸い取る…が、絵の具は吸った側から噴き出して来る。こっちの吸収速度がギリギリ上回っているが…全部は吸い取り切れねぇ!


「ハルさんッ!」


「ゔぅ………」


ズルズルと吸い取ると…絵の具が剥がれ、彼女の目が顕になる。けどダメだ!これ以上は無理!だから…。


「ストゥルティ!!頼む!!」


「ハルッッ!!」


色鬼を弾き飛ばし、顕になったハルさんの元へ駆け寄って来るストゥルティは叫ぶ。ハルさんの名を…するとハルさんの瞳孔はチラリと動き。


「兄さん……」


「ハルッ!俺だ…分かるか!」


「…………」


反応があった、やはり聞こえるんだ!このまま自我を取り戻させれば…。


「ハル……」


「…………」


「お、おい!もっと語りかけろって!」


しかしさっきまで色々呼びかけていたのに、いざハルさんの目を前にするとストゥルティは怯えたように目を逸らす…なんだってんだよ。


「い、いや…いざ前にすると、なんて言っていいか…」


「……………」


「そんな事言ってる場合かよ!ハルさん分かりますか!?俺ですステュクスです!取り敢えず落ち着けます!?」


「…………捨てたくせに」


「ッ……」


ストゥルティが青い顔になる、分かるよ…今のはストゥルティに言ったんだ、ハルさんはストゥルティの事情を知らないから。


だが…だがどうするよ!?俺が『違うんだ!』っていうのは違うだろ!違うかどうかはお前だよ、ストゥルティ!お前が説明しろよ!


「お、俺はお前を捨てたわけじゃない!ただ…お前の幸せを祈って」


「よく言う!私を捨てて!新しい家族を見つけて!幸せそうにしてたくせにッ!今更お兄ちゃん面しないでよッッ!」


「ちょちょちょ!?ハルさん!?」


ストゥルティの態度に激怒したハルさんは俺を掴んで突き飛ばそうと暴れ出す。いやいやなんで!?この人こんな人じゃなかったよな!?


『落ち着かんかステュクス!その絵の具がハルモニアを暴走させておるのだ!今のハルモニアはルビカンテの狂気の影響を受けている!つまり……』


(つまり、怒りも憎しみも過剰反応するってことか!?)


普段は理性で抑えている怒りや憎しみ、ストゥルティに捨てられた悲しみや寂しさ、それが制御出来ない程に肥大化し…それが今のハルさんを動かす力になっているんだ。この絵の具がある限り『落ち着いて…』ってのは無理か!


「捨てたならもう二度と私の前に現れないでよ!!」


「違うんだ!違うんだハル!俺は…お前を捨てて新しい家族を作ったわけじゃない!!」


「五月蝿い五月蝿い!!何を言ったって同じでしょ…私を、迎えに来てくれなかったじゃない!」


「ッ……それは」


「置いていったじゃない!私は…両親の元から離れて一人だった。貴方を信じて待っていた…なのに貴方は、私なんか忘れたみたいに…楽しそうに」


ハルさんの言葉から彼女が味わった感情と見ていた景色が感じ取れる。自分はロムルスというフォルティトゥドの呪いに足首を掴まれ闇の中から逃げられずにいるのに、信頼していた兄は光の当たる場所で自分以外の誰かを家族と呼んで…笑って、楽しそうに暮らしている光景。


さぞ、苦しいだろう。悲しいだろう。それを感じたからこそストゥルティも青い顔をして…俯くことしかできない。分かるよ…どっちの気持ちもわかるよ!!


けどさ!!


「ハルさんッ!ストゥルティは…今も貴方の家族でしょう!!」


暴れるハルさんを必死に抑えながら俺は叫ぶ、家族だろ…どれだけ言っても何があっても離れていても家族でしょう、そこは変わらないはずだ。ならせめてもう少し話を……。


「ステュクスさん…貴方には、言われたくないです」


「ゔっ!」


鋭い一言が飛んでくる、そ…そっか…そうだよな、俺もどちらかというとストゥルティ側…姉貴を闇に置いて、俺は母さんと幸せに…。


『ってお前もストゥルティみたいに落ち込んでどうする!』


「そうだった!ハルさんそれはそれとして今は……」


『む!待て!ステュクス!ロムルスが!』


「え!?」


ロアに言われて咄嗟にロムルスの方に視線を向ける。するとそこには…天空で戦うナリアさんとロムルスの姿があり、……ロムルスが凄まじい力を放ちながら大量の炎を吹いているんだ。


「ナリアさん!?」


炎に押し飛ばされ消えるナリアさんの姿を心配したのも束の間。ロムルスの体から溢れた紫の炎がまるで液体のように地面に落ち、泥のように崩壊したアルシャラを多い始めたのだ。


その勢いは凄まじく、炎の濁流はあっという間に俺達の元まで手を伸ばし。


「ッ…まずい!」


「ハルッ!!」


咄嗟に俺は防壁を展開するが、ハルさんは炎の中に引き込まれるように消えていき…ストゥルティもまた手を伸ばしたが炎の勢いに巻き込まれ姿を消す。


街のほとんどが…ロムルスの炎に、飲み込まれてしまったんだ。


………………………………………………


『俺が、お前を守ってやる…一生守ってやる、なんせ俺はお前の兄貴だからな』


そんな言葉を、幼い頃から繰り返した。本心からの言葉だったし今もその言葉と心に変わりはない。


両親は臆病な性格で、フォルティトゥドの呪いを体現するような生き物だった。だから代わりに俺達の兄妹は互いに支え合い、自分達の生き方を二人で模索していたんだ。


ハルモニア…俺のただ一人の肉親にして、俺の宝物。お前を守るためなら俺は国とだって喧嘩してるよ…って、思ってたんだがな。


『捨てたくせに』


あの言葉は効いた、言われるのは分かっていたが目を向かって言われる日が来るとは…思ってなかった。それはきっと俺の覚悟が足りてなかったからだろう、けど…ショックだった。


俺はお前を捨てたわけじゃない、ロムルスの魔の手からお前を守るにはそうするしかなかった。って言ってもそれは俺の言い訳に過ぎないしそれでお前に許してもらおうとは思えない。


でも…それでもやっぱり俺は、お前に幸せになってもらいてぇんだよ……。


「クソッ、ロムルスの奴…」


防壁を展開しながら近くの瓦礫に手を伸ばし…周囲を確認する。気がつけば崩壊していた街は既に大半が紫の炎に飲み込まれている。しかもこの炎…ただの炎とは少し性質が違うようで水のように瓦礫を押し流している、延焼はせずただ焼き焦がすような熱だけを伝える不思議な性質をしている。


だからだろうか、天空で紫の炎を溢れさせるロムルスを中心に炎は渦巻き瓦礫が押し流れ続けている。さながら炎の海だ…瓦礫の足場は今も流されて移動を続けている。


(他の奴らは、無事か…?)


ルビーは?ステュクスは?ネコロアは?ナリアは?無事か分からないが…少なくとも。


「ゔぅぅうう……」


「ゔぁあああ……」


「色鬼は全然無事か、ならハルも大丈夫…だよな」


色鬼は紫の炎の中を泳ぎ俺の立つ瓦礫の足場に乗り込んでくる。こいつらが無事ならハルも大丈夫だ…ハルは何処に流された。


『アハハハハハハハ!レムスぅぅ!!』


「…ロムルス!」


炎の大河の出所。天空に浮かび上がる巨大な炎の塊に目を向ければ…その中心にロムルスがいる。よく見るとアイツの体に纏わりつく紫の絵の具が蠢き…まるでアイツに取り憑くように動いてやがる。


あれがナリアの言ってたルビカンテの意志、狂気の愛って奴か。


『私を受け入れろ!レムス!』


「断る、家族を大事にしない奴は…嫌いだよ」


鎌を背負い直しロムルスに吐き捨てる、結局のところ…俺から奴へ与えられる言葉はそれだけだ。俺だって両親を好いちゃいないし好かれてもいない、泣かせたし怒らせたし失望させた。だがそれでも妹という家族は…リーベルタースという家族は愛している。俺が家族だと思った存在は愛し抜いているつもりだ。


だがロムルスはどうだ、奴は己をフォルティトゥドそのものであると考え、自らが不幸になるならフォルティトゥドもまた不幸に…そう考えるクソ野郎だ。昔からそういうところが気に食わなかった、俺達を迫害する以前に…誰にも優しく出来ない奴には優しくしてやらん!


『いいのか?そんな事…言っても!』


「っ…あれは……」


炎が蠢き触手のように唸ると、炎の海から何かを拾い上げる…あれは。


ハルだ、色鬼に戻りぐったりしたハルが炎の触手に囚われている。それを掲げこちらに向けて…ロムルスは笑っている、あの時と同じだ。ハルを人質にとったあの日と…同じ顔。


『言わなくても分かるよねぇ!どうしたらいいか!』


「テメェ…何処までも、変わらねぇな!ロムルス!!」


『そういうなよ!私にとってもハルモニアは大切なんだ…彼女がいる限り私はお前を制御出来る。言うことを聞かせる事も泣かせる事も幸せにする事も、私がハルモニアを支配する限りお前の事を私は制御出来るんだよ!』


「ハルはお前の道具じゃねぇし…何より、お前にとっても一族の一人だろ…フォルティトゥドの一人だろッッ!!」


『それがどうしたッ!フォルティトゥドの全てを決めるのは私だ!ハルがどうなるかどう生きるか!それを決めるのは私だ!』


その咆哮と共に炎の海が荒れ狂い俺の立つ瓦礫の足場が大きく揺れ…熱が伝わり色鬼が迫る。クソッ…ハルを助けられると、思ったのに。


俺がビビったから、アイツの言葉に答えられなかったから…こうなった。またか、また俺は…こうなるのか!


『レムスを連れてこい!四肢をもぎ目を潰し腑を抉り出して連れてこい!その上で君が…どう抵抗するかを私は眺めよう!!』


「言ってろ、カス野郎…!」


次々と迫る色鬼を鎌の一撃で吹き飛ばし炎の海へと落とすが、ダメだ…引っ切り無しにやって来る上に海に落としてもまた戻って来やがる、キリがない…一気に片付けるか!


「この…『アッシュ──」


『おっと!ハルがどうなってもいいのかな!?』


「ゔっ…!」


『私なら、色鬼となったハルモニアも殺せる…その意味、分かるよね!』


その瞬間、色鬼を吹っ飛ばそうと込めた力が霧散する…ハルを包む炎の火力が上がったのを見たからだ。俺の抵抗が顕在化すると…ロムルスが動く、そうなったらハルモニアが───。


「ゔぁぁあっ!」


「ぐっ…クソが……」


そして、動きを止めた瞬間背後から鈍器で殴られ膝を突く。色鬼だ…つーかこいつ、俺の親父じゃねぇか?クソッタレが…何処までもフォルティトゥドに、ロムルスに従うか。テメェの娘が危機だってのによぉ…!


『アハハハハハハハ!!最高だ最高だ最高だ!君は何処までも抵抗する!だからこそ私も何処までも虐げる!最高だよレムスぅ!君はやはり最高だッ!』


「ッ最高…か」


殴られた箇所から、ぽたりと血が垂れる。額を伝って頬を流れ…血が落ちる。ふらつく足を動かして天のロムルスを睨みつける。


「俺が最高か?ロムルス…だが残念だったな、俺ぁ最低なんだ」


『はぁ?何言ってんだよレムス、君は……』


「俺はッ!最低最悪の冒険者ッ!ストゥルティ・フールマンッ!ハルモニアの兄貴で…テメェの敵だよロムルスッ!!」


俺はレムスじゃねぇ…もうレムスじゃねぇんだよ。俺はストゥルティだ、もうテメェとは何の関わりもねぇんだと吠え立てればロムルスはゾクゾクと震えながら牙を見せ。


『ああそうかい!ならストゥルティ!私は君を限界まで甚振ろう!君達兄妹を地獄の底に突き落とそう!精々抵抗してくれよぉぉ!!』


「ッ……」


ロムルスの笑いが木霊する。俺の周囲を…色鬼が取り囲む。抵抗さえも封じられ…ストゥルティは眉を顰める。せめてハルだけでも助けたい、俺がどうなろうとも…。


『君達兄妹は…一生私の玩具なんだよ!ストゥルティ!!もう分かっただろう!お前じゃ私に勝てない!余計なものを抱えるお前じゃあ私にはねッ!』


「ッテメェ……」


『もう諦めろよ、諦めてお前は─────」


諦めろ、そう言われ…本当に諦めそうになったその時だった。


一人いた、この燃え盛る海でストゥルティとロムルスの話を聞いて、義憤に駆られた男が一人…そこにいた。


「諦めるなぁぁああッッッ!!!」


「は…!?」


その時、ストゥルティが見たのは…跳ね上げられる巨大な瓦礫。目の前で巨大な岩の瓦礫が飛び上がり炎の海を引き裂くまさにその瞬間だった。


いや、それ以上に…あの飛び上がった瓦礫に乗っているのは。


「ストゥルティの人生も!」


一人の男、その手に剣を持ち…金の髪を揺らしながらロムルスを睨みつけ。


「ハルさんの人生も!」


空を駆けゆっくりと落ちていく瓦礫の上で天に漂う炎の塊に剣を向けるそいつは…躍り出る。


「お前の物じゃないッ!誰の人生もお前が歪めていいわけがないんだよッ!ロムルスッッッ!!」


「ステュクス……!」


ロムルスとの…決戦の舞台に。この窮状、この修羅場、全てを訣る瞬間に於いて死んでも諦めない男が、ロムルスと決着をつけるため…決戦の舞台に躍り出るのだった。


………………………………………………


『ステュクス…お前は、またも邪魔をするかぁああああ!!』


「何度だって邪魔するぜ、テメェのやり方は…悪魔のそれだッ!誰の人生も!お前の物になんかならねぇんだよッッ!!」


魔力衝撃で瓦礫を打ち上げ、その上に乗った俺は飛び上がる瓦礫に乗ってロムルスに向けて飛ぶ。奴の直ぐ近くにハルさんがいる、ストゥルティはロムルスのせいで動けない。


ネコロアも、ナリアさんも、ルビーも今何処か分からない。動けるのは俺だけだ…なら俺がやる、他の誰かが居ても俺がやる。あの野郎は…俺がぶっ飛ばさなきゃ気が済まねぇっ!!


『で!どうするステュクス!ここからどうする!この瓦礫の射出速度から考えるにロムルスまで届かんぞ!』


(構わない!ロムルスは二の次だからな!俺が狙ってるのは)


剣を瓦礫に突き刺しながら、俺は息を整える…やるぞ、お前の力が必要なんだ、俺はハルさんを助けたいんだ、もう二度と誰かを失うなんて気持ちを味わいたくないんだ…だから力を貸してくれ!


「魔力覚醒!『却剣アシェーレ・グヌルギア』…からの!」


力を貸してくれ…ティア!もうお前のように!悲劇によって奪われる命を!生まないために!


「『ロード・デード』ッ!」


『ほう!物体軟化魔術で瓦礫を変形させて足場を作ったか!面白いのう!』


魔力覚醒を行い、俺はかつて戦ったラヴ…リベリティアの魔術『ロード・デード』を使い。物体を柔らかくして液体のように操るそれを足元の瓦礫に使い、突き刺した剣を振り抜いて押し伸ばす事で橋を作り出すんだ。


そう、俺が狙っているのは…ハルさんだ。あの人を助けるために助けられなかったアイツの力を借りる!


『なっ!?炎の手に突き刺したか!?』


伸びた瓦礫は橋となりハルさんを拘束する炎の触手に突き刺し、俺が行くための道を作る。このまま一気にハルさんのところまで行く!


『ぬぐぅううう!ハルモニアを奪う気か!させてたまるかぁぁあ!全員ステュクスを狙えッッッ!!』


「ゔぁぁああああ!!」


走り出した俺の足止めをするため次々と炎の海から燃え上がる色鬼達が飛び乗り次々と立ち塞がる。だが…ダメなんだ、この橋はあくまで引っ掛けただけ、時間をかけたら直ぐに落ちてしまう。


一度落ちたらもう二度とハルさんへの道は開かれない!今しかないんだ!今しか!だから……!


「邪魔をッッッ!!」


「ゔぅぅうううう!!」


大きく振りかぶりながら走る、黒剣を振りかぶり走り、立ち塞がる色鬼…ダイモスの色鬼に向け───。


「すんじゃねぇえええええ!!」


「ゔぐぅぅう!?!?!」


一撃で弾き飛ばす、俺に弾き飛ばされたダイモスは流星の如き勢いで炎の海へと落ちていく…。


『バカな!?ダイモスの色鬼が!?』


「退けよ…退けよって!言ってんだろうがッ!!」


止まらない、ステュクスを止められない、全力で駆け抜けながら次々と足止めをしようとする色鬼を薙ぎ倒し蹴り飛ばし一切減速する事なくハルモニアの元へ走る、そんなステュクスを見てロムルスは悟る。


(ダメだ、あれは色鬼じゃ止められない!)


完全にステュクスの実力を…いや地力を侮っていたロムルスは青い顔をしながら動き出し、炎を纏いながら翼を作り出す。


「退けッ!」


「ゔぁぁっっ!?」


そして最後の色鬼…フォボスの色鬼を黒剣と星魔剣の二連撃で空中に吹き飛び消え去った。もう立ち塞がる者はいない、そう思った瞬間。


「ステュクスぅううう!やってくれたねぇ君はッ!」


「ッロムルス!」


「ここは通さないよ!ハルモニアは渡さない!あれがある限りストゥルティは!レムスは私の物なんだ!誰にも渡さない!レムスは誰にも渡さない!」


ロムルスが橋のど真ん中に降り立ち両手から炎の剣を吹き出しながら牙を剥く。そのロムルスはの言葉に…ステュクスの何かがブチギレる。


「『あれ』だと!?『渡さない』だと!?ハルさんは物じゃねぇッ!人間だッッ!!」


「言ってろよッ!ゴミカスがぁああああ!!」


全身から炎を吹き背中の炎翼を全開にし一気に迫るロムルス、両手の剣を握り直す二つの影が天空にかかる橋を駆け抜け交錯する。


「死ねェッ!ステュクスッッ!!」


そしてロムルスの剣が、炎の剣がステュクスの喉元に迫る。この国の副将軍になるため、誰にも文句を言わせないため詰んできた無窮の鍛錬が作り上げた神速の刃は容易くステュクスの速度を上回り、彼の反抗すらも弾き飛ばし─────。


「テメェはッ!もう消えてろッッ!!」


「ゔげぇえっ!?!」


否、速かったのは…勝利したのはステュクスの方だ。彼は一瞬、剣から手を離し拳を握りロムルスの刃が届くよりも前にロムルスの顔面を打ち抜いたのだ。普段極めて重い黒剣を握る手から放たれる超速の拳はロムルスにさえ反応できる物ではなく……。


「がはぁあああ!?!?」


「ハルさん!!」


自らが生み出した炎の海へと落ちていくロムルス、だがロムルスに目もくれないステュクスは彼を無視して飛び上がりハルモニアに抱きつきながら炎の触手を真っ二つにし解放する…。


「ハルさん!目を覚ましてください!」


そして再び星魔剣を突き立て、黒い絵の具を吸い上げる…と同時にステュクスは顔を動かし、口を開き、めいいっぱいの声で叫ぶ。


「ストゥルティィィイイイイ!!!言えぇええええええ!!ハルさんに!呼びかけろぉおおおおおッ!!」


「ステュクス……!」


「お前の言葉じゃなきゃ意味がねぇ!!お前が言わなきゃ意味がねぇんだよッ!だから早く!」


触手を切り落とし、炎の海へと落ちていくハルモニアとステュクス。それを見たストゥルティは…迷う、もう拘束される意味はないと血を流しながら色鬼を殴り飛ばしながら…迷う。


「言えって…言えって何を!俺が何を言ってもハルは俺を許してくれねぇ!」


「関係ないッ!なんか言ってくれ!頼むよ!!」


「ッでも……」


ストゥルティは歯を食いしばる、言えと言われても何を言えばハルに許してもらえる。今のハルは俺への怒りが狂気の原動力になっている…ハルが俺を拒絶する限り色鬼化は解けない。俺がいる限りハルは元には戻らない。


なら許してもらうしかないのか?だが許してもらえるわけがない…何と言えばいいか、分からない。そんな迷いを感じ取ったのか、或いは反射か…。


「…………」


削がれた絵の具の隙間から見えるハルの目はジッと、遠方のストゥルティを見つめていた。






「させるか…させるかぁああああ!」


しかし、そんな二人のやり取りを聞いて炎の海から這い上がり、ストゥルティとは別の瓦礫に這い上がったロムルスは牙を剥く。ハルの色鬼化を解こうとしている、それは許されない、許すわけにはいかない。


「ハルモニアは私のものだ!レムスは私の物だ!私の手の中から抜け出すことは許さない!逃がそうとする奴は…殺す!」


足元の炎の海を操作して無数の触手を作り出しロムルスはステュクスを狙う。このままステュクスごとハルモニアを蒸し焼きにすれば邪魔者は消せるし、今度こそレムスは自分に従う。


そう考えたロムルスはゆっくりとステュクスに手を向け───。


「なぁ、おい」


「あ……?」


しかしその瞬間、ポン…と肩に手を置かれロムルスは後ろから呼びかけた誰かに反射で反応すると…。


「ぅオラァッッ!」


「ごばぁぁ!?!?」


飛んでくる、鉄拳が。強烈な拳骨が頬に食い込み殴り飛ばされ倒れ込むロムルスが見たのは……。


「き、貴様!生きてたのか!?」


「勝手に殺すんじゃねぇよ…ダボカスが」


ネコロアだ、先程炎の波で吹き飛ばし消し去ったはずのネコロアが、あちこちから血を流し至る所を火傷しながらも立ち尽くし、血で汚れた前髪をかきあげながら『立てよ』と手で煽る。


「ほら立てよタマ無し、戦り足りないんだろ…私が相手してやる」


「何を…冒険者風情が!この副将軍に喧嘩でも売ってるつもりか!」


「関係ねぇんだよ…冒険者だとか、副将軍だとか…これは」


杖を捨て、両拳を握り拳闘の構えを取るネコロアは…獅子の如く笑い。


「これは平場の喧嘩だ、肩書きなんざクソの役にも立たねえよ…!」


「キッ…貴様ァッ!!」


(この外道の相手は私がする…今のうちに、やれよステュクス!ストゥルティ!憂いなんざ叩き砕け!)


賭ける、ここで賭ける。未来を担う若人がたった一人を救う為に命張ってるんだ。誰かの為に命懸けられる奴らを守る為に、誰が命を張るべきだ?


決まってる、老いて去るだけの老兵だ。外道に未来は潰させない…それが。


それがネコロア・レオミノルの冒険者としての生き様だ。


……………………………………………


「ストゥルティ!!!ストゥルティ!!」


「ぐっ………」


吠えるステュクス、迷うストゥルティ…刻一刻と迫る炎の海を前に…ストゥルティは頭を抱える。


「っ俺が!ハル!俺が気に食わないなら…斬ってくれてもいい!殴ってくれてもいい!だから今は!戻ってきてくれッ!!」


「…………」


だがハルモニアは答えない、ストゥルティの声を聞いても…苦しそうに目を細めるだけで解放には至らない。だが…それはそうだ。


「ストゥルティィィ!!そんなんじゃダメだッ!」


「は?」


「それは…逃げてるだけだ!!」


逃げているだけなんだ、斬ってくれてもいい?殴ってくれてもいい?それはお前の自己満足だ、ハルさんはお前を傷つけたいわけじゃない。お前にして欲しいことは…ずっと言ってるだろ!ならそれを言えよ!


俺も…姉貴と確執がある身だから言える。逃げちゃダメなんだ…受け止めないとだめなんだ!


「でも…でも!」


「情けねぇことを言うなッ!お前は…兄貴なんだろ!?」


「ッ……ハル!」


「だから!ああもう時間がない!」


しかしもう目の前に炎の海が迫っている、せめて防壁でハルさんだけでも守らないと…そうハルさんを抱きしめた…その時だった。


『勇気だッッッ!!!』


「なっ!?」


何処からか声が響く、首を振って探すが声の主は見当たらない。けどこの声は間違いなく…ナリアさんの物だ。


「ナリアさん!?何処に!?」


『勇気です!ストゥルティさん!ハルさんも!勇気を出してください!!』


「勇気……」


『確執があっても!間違いがあっても!心の何処かに相手を思う気持ちがあるのなら!その後押しが出来るのは勇気だけです!だから…二人とも勇気を出して!一歩踏み出してくださいッッッ!!』


姿なき声に…ストゥルティは呆然とする。勇気…その言葉で自覚させられる。


(逃げているだけとはつまり、俺は…俺の過ちから逃げていただけ…ハルにさせた辛い想いを他人事に捉え、許してもらえないと…逃げていただけ、それは俺に勇気が足りなかったから)


ストゥルティの足が一歩前に踏み出す。


(俺が!もっと早く!ハルの元に駆けつけていれば!ロムルスに負けた時!手を引いて連れていけば…あんな思いはさせなかった。俺はただ怖かったんだ、ハルに兄貴として威厳を欠いた姿を見せるのが…ただ、それだけだった。俺はハルの…兄貴でいたかっただけ、それでアイツにあんな想いを…)


更に一歩踏み出す、拳を振るい色鬼を殴り飛ばす。


(許してもらえない、拒絶されて離れていってしまう、それが怖いから…今も俺は逃げている。そっちの方がよっぽど情けない…向き合え、向き合うんだ!俺は!!)


行動には責任が伴う、結果はどうあれ答えが出る。謝れば…許してもらえず、拒絶される可能性も含まれている。俺はただ怖かっただけだ、自分を正当化して逃げてきただけだ。


なら…向き合え、向き合わなきゃハルモニアも向き合ってくれない!


「ハルッッッ!!」


飛び上がる、魔力を全開にし一気にステュクスとハルモニアを…抱きしめる、ハルモニアに頭を寄せて、…目を瞑り…勇気を出して。


言うんだ…勇気が必要だと言うのなら、いくらでも出そう…だから答えてくれ…ハル!


「ッごめん!ハル!俺…お前に寂しい思いさせたッ!!」


「……兄さん…」


「ごめんッ!お前を一人にした!お前が一人だと言う事実から逃げて!守っているなんて言い訳をした!」


「…………」


「勇気が足りなかった!お前と向き合ってこなかった!こんな情けない兄を許してくれなくてもいい…だから、ごめん…もう一度、もう一度俺と!一緒に生きてくれないか!ハルッッッ!!」


向き合わなければ向き合わない、言わねば言わぬ、勇気を出さねば…相手の勇気も出てこない。それは逆を言えば…向き合い、言い、勇気を出せば…同じく相手も。


「ッ…私も!」


パキリと、黒い絵の具が割れる。ハルさんの目元から…涙が溢れる。


「我儘言って!お兄ちゃん一人に全部押し付けて!全部お兄ちゃんのせいにして!」


割れる、割れる、黒い絵の具が割れて…中から飛び出したハルモニアが、泣きじゃくりながらストゥルティに手を伸ばし。


「ごめん…ごめんなさい!お兄ちゃん!」


「ハル…ハルッッ!!」


「ハルさん!解放された!やった!よかった!!」


「お兄ちゃん!私も勇気が足りなかった…貴方と向き合う勇気が!自分の…怒りと向き合い許す勇気が」


「俺もだ!俺も…お前と向き合えなかった!ごめん!」


抱き合い泣きあうストゥルティ達によかったよかったと頷くステュクス、はぁ〜…なんとかなった。


『おいステュクス』


(なんだよロア、いや感動的な場面なんだから水差すなって)


『いやお前忘れとらんか?今お前落ちとるんじゃぞ?』


「え?あ!」


しまった忘れてた!ストゥルティが飛んできて多少は距離が晴れたものの炎の海はすぐそこだ!


「おいストゥルティなんとかしてくれ落ちてる落ちてる!」


「うぅ、ハルぅ!」


「お兄ちゃん!!」


「聞けやッ!!」


ダメだ全然聞いてない!やるか?俺が魔力噴射してなんとかするか!?出来るか三人抱えて!なんかロアが『三人まとめては無理じゃのう』とか言ってるがやるしかないのか!


「許しません!」


「あ!?ナリアさん!?」


しかし、どこからかナリアさんの声が響く。さっきといい今回といい何処にいるんだあの人────。


「ハッピーエンドの邪魔は誰にもさせませぇえええええええんん!!」


「ちょっ!!」


その瞬間、俺たちの真下の炎の海が割れて中から水が吹き出し、俺たちの体を受け止めたのだ。その水の中心にいたのは…。


「ナリアさん!」


「すみません!遅れました!」


ナリアさんだ、炎の中で魔術陣を描き水を放ったのだ!あんなところにいたのか!


「それよりハルさんは!」


水に受け止められ、炎の消えた大地に降り立った俺たち三人は、ナリアさんと合流し…ナリアさんはハルさんの姿を見てホッと胸を撫で下ろし。


「よかった、解放されたんですね」


「はい、ナリアさんのおかげです!」


「あの時…ナリアさんの言葉が聞こえました、貴方が勇気を出せと言ってくれたから…私も狂気を振り払う力を振り絞れたんです、本当にありがとうございます…」


「ああ、おかげでハルとこうして和解できた…ありがとよ、ナリア」


「いえいえ〜!」


ナリアさんがあの時炎の中から呼びかけてくれたから、ハルさんは元に戻れた。俺とストゥルティだけじゃダメだった…、本当に頼りになる人だよ。


「よぉーい!なんとかなったかにゃ〜!?」


「あ、ネコロアさん!」


「なんとかなったならそろそろバトンタッチ頼むにゃあ〜!」


すると、消え去った炎の道を通ってネコロアさんが走ってくる。その背後には大量の色鬼を引き連れたロムルスがいる。


「待てや!クソ女!」


「くぅー!アイツいくら殴っても全く参らないにゃ!やってられんにゃあ〜!」


「お前魔術使えばいいだろ」


「どっかの誰かが妹との悶着解決するまで時間稼ぐので手一杯だったにゃ、もう魔力切れにゃ…それに、もうなんとかなったなら仕事をしろ」


「……ああ」


ストゥルティはハルさんを見て、一つ抱きしめる。ネコロアさんの言葉に頷き…鎌を持つ。


「ハル、見ててくれ…」


「いいえ兄さん、今度は私も一緒に戦います…一緒に居させてください」


「……ああ、側にいてくれ」


そう言うと…ストゥルティは鎌を持ち歩き出し、ロムルスと相対する。


「レムス…と、ハルモニア…!?」


「返してもらったぜ、俺の妹を…それと今まで好き勝手やってくれたな。ロムルス…!」


「ッ……」


ロムルスはビビる、ストゥルティを縛っていた鎖がハルモニアだった。それが失われた今…ロムルスを守る物は何もない。それが分かっていたからこそ、俺達はみんなでハルさんを助けストゥルティを動けるようにしたんだから。


「さぁロムルス、さっきの続き…いやあの時の続きをしようぜ!」


「ぐうううう!五月蝿い!もういい!私の物にならないなら消えろッ!ストゥルティ!!」


怒りのままに、ロムルスは吠えて…炎を吹き出しストゥルティに向け放つ。がしかし…。


「なんだよロムルス、お前いつの間にそんな情けない技に頼るようになったんだ?届かねぇよ俺には…」


届かない…ストゥルティの生み出した黒い風。灰の風が炎を完全にシャットアウトする…そうだ、灰は燃えない。ロムルスの炎ではストゥルティには届かない。


ロムルスの愛の炎は、決してストゥルティには届かないのだ…。


「ぐっ!くぅうう!クソがぁあああああ!!」


「クソは貴方です…」


「え?は!?」


そして一閃、ロムルスの体を跳ね飛ばす剣の一撃が炎を切り裂き光を放つ。


ハルさんだ、彼女の積年の恨みが込められた剣がロムルスを吹き飛ばしたんだ。


「今までの恨みですよ、ロムルス兄さん…いえ、ロムルスッ!私の兄を傷つけたい報いを受けなさい!」


「は、ハルモニアぁああああああ!テメェぶっ殺してやるッ!」


「おいおい、人の妹に…何言ってくれてんだテメェ…」


「な…ごはぁぁあ!?」


そして、吹き飛んだロムルスに突き刺さるのは…更に飛んできたストゥルティの鎌による一撃。それがロムルスを地面に叩きつけ…大地を割る。


「ぐっ…ぐぇ………」


「相手になんねぇな。こんな雑魚にいいようにされてたとは情けなくなるぜ」


「流石です、兄さん」


「へへへ、まぁな」


すげぇ、流石ストゥルティだ…こりゃあ、ロムルスじゃあ絶対勝てないな。


「ナリア!ステュクス!」


「え?」


すると、ストゥルティはこちらを見て…親指を立てる。


「ここは俺に任せろ、俺とハルに任せろ。このままこいつの相手をきっちり真面目にするまでもない、戦いの趨勢は決した…今なら先に進めるはずだ」


そう言ってストゥルティは先に進むための穴を指差す。最早ロムルスには何も出来ない、ストゥルティとハルさんが揃った以上…ロムルスに勝ち目がない、なら最後まで付き合う必要はないと…そう言うんだ。


「お前らは俺の救いたい物を救うために全力を尽くしてくれた、なら後は俺が全力を尽くす番だ…お前らの救いたいものを救うためにな」


「ナリアさん、この先に…第三円『決別のトロメーア』にエリスさん達はいます。私に流れ込んできていたルビカルテの意志からそれは確実です…急いで仲間達を助けてあげてください。ここは私と兄が引き受けますので」


「ストゥルティさん…ハルモニアさん…」


「我輩はここで暫く休憩するにゃ、魔力ももうすっからかんだし?仕事するだけしたし?後はもうサボってた連中に任せるにゃ…だから、言ってこい…ナリア君」


「ネコロアさん…わかりました!行きましょうステュクスさん」


「ああ…そうだな!」


もう邪魔する奴はいない、姉貴達が次の階層にいるなら…俺達だけでも行くべきだ。


………………………………………


「ありがとうございました!ストゥルティさん!ハルモニアさん!ネコロアさん!必ず生きてまた会いましょう!」


「ああ!サトゥルナリア!ここに来るまでに通した意地!俺達を突き動かした意気地!ルビカンテにぶつけてこい!狂気も悪意も…テメェの生き様にゃあ通じねぇってところを!」


「はい!」


背中越しに親指を立てるストゥルティさんと手を振るハルさんに別れを告げて、僕達二人だけで穴に向かう、この階層はストゥルティさんに任せるんだ。僕達だけでも下に向かうんだ…!


そう決意し僕とステュクスさんは二人で天に聳える巨大な白穴に向かう…がしかし。


「ゔあぁああああ!」


「げっ!?色鬼が追いかけてきやがった!」


「まだあんなに…」


追いかけてくる、ロムルスに嗾けられた色鬼達が僕達を行かせまいと追いかけてくるのだ。色鬼はどれだけダメージが入っても活動を続ける、あれらもハルさんみたいに一々呼びかけていたら時間が足りない。今はともかく巻くしかない…そう考えたその時だった。その中の一人…ダイモスの体が蠢き始め。


「まだ私が居るだろう…サトゥルナリア!」


「お前!紫のルビカンテ!」


ダイモスの体から現れたのは先程までロムルスの中にいた紫色のルビカンテだ、それがダイモスの体を包み完全に飲み込むと…その姿がルビカンテと同様の物に変わりあっという間に僕達を追い抜き前に立ち塞がるのだ。


「ふぅ…本当はロムルスの体が良かったけれど、そうも行かないようだ。まぁ代用品のこの体も悪くない…ここを通りたければ私を倒してからにしなさい」


「ッ……ここに来て」


ここに来て、更なる強敵…もう僕達には戦力がない。やるしかないのか…!


「邪魔しないでください!」


「そうは行かない、この第二円『狂気のアンテノーラ』に於ける真の番人は私…愛情の悪魔チリアット・ポイニークーンなのだから」


「チリアット…!?」


「この空間の支配者にして、真なる番人…ロムルスは私の眷属のような物、さぁここからだよナリア君」


この空間は元よりチリアットの物。ロムルスは飽くまで彼女が使っていただけの存在…謂わばこの第二円は最初からチリアットが支配していたと言うことか。

紫色のルビカンテ…愛情の悪魔チリアット・ポイニークーンは両手を開きその体から炎を溢れさせる、ロムルスに貸していた炎、その本来の力を引き出しながら牙を剥き。


今、僕たちに向けて襲い掛かる。


「ここからがこの階層における、最大の試練────げぇっ!?」


「え!?」


がしかし、チリアットがこちらに向かってくることはなく何処からか飛んできた瓦礫がチリアットの顔面を射抜き、吹き飛ばすのだ。所謂投擲…そのあまりの威力にチリアットは雪の上を転がる。


「ッ誰だ!」


「あたしだよ!テメェの相手は」


そう言いながら瓦礫の向こうから現れたのは……ルビーさんだ、ズタボロになりながらもその手に棍棒を握ったルビーがチリアットと色鬼達を睨みつけながら吠えていた。

僕が色鬼達の陽動をお願いしてからずっと色鬼達の大部分を陽動していた彼女が、ここに来て姿を現した。


「ルビー!お前!何言ってんだよ!」


「いいから早く行け!もうあたししか居ないんだ!ストゥルティも戦ってる!ネコロアもバテた!後はもう新米のあたししか居ない…他のみんなはもう戦い尽くしてる!あと頑張ってないのはあたしだけだ!ここで退いたらあたし…上のみんなにもストゥルティにも合わせる顔がねぇっ!」


瓦礫から飛び降り、鉄の棍棒を振り回したルビーさんは僕達に背を向け棍棒を構える…チリアットの相手を請け負うつもりだ。


「お前、流石に死ぬぞ…」


「分かってるよ、勝てないかもな。だから早めにルビカンテを倒してくれや…それまでなら持ち堪えてやるからさ」


「……ルビー」


ステュクスさんは心配している、ルビーさん一人で残るのはどうなんだと…けど、違うよ。


「ナリアさん」


「行きますよ、ステュクスさん…ルビーさんは覚悟を決めて冒険者になったんです。何より…彼女は子供扱いを嫌います、子供扱いしてほしくないから、ここで踏ん張ったんです…尊重しましょう」


ここは彼女にとって命を賭けるに値する場であり時であると彼女自身が考えたのだ。ルビーさんは幼いが馬鹿ではない…そう言うところもきちんと考えて、ここで踏ん張ったんだ。なら僕達はそれを尊重するべきだ。


「……分かりました、ルビー!死ぬなよ!」


「おーう!終わったらあたしの武勇伝…聞かせてやるぜ!」


ルビーさんに任せる、その決断をしながらも走り出す。任せたからには任された…この戦いを終わらせる役目を請け負った。ここに来るまでに多くの人に多くの物を任せ、その都度に戦いを終わらせる役目を都度請け負った。


既にこの背には、簡単に倒れられないだけの意思と覚悟が乗っているんだ!


「ナリアさん!ここから先は俺たち二人です…けど」


「はい、この下にエリスさん達がいる…ならまずはエリスさん達の救助を優先しましょう」


目の前には巨大な白い穴、天空に存在しながらも地面すら吸い上げる巨大な穴がある。この先が第三円トロメーア…。この下がどうなってるか分からない、けど…。


「行きましょう!ナリアさん!」


「……はいッ!」


やるしかない、ここに至るまでに多くの人に背中を押された、その分だけ僕は進んだ。一人では到底辿り着けなかった領域に…助けられながら進むことができた。


なら今度はそれを返す番だ!


「待っててください!みんな!!」


全ての力と意志を束ねて…僕とステュクスさんは向かう、第三円破滅のトロメーアへ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ