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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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664.魔女の弟子と第一円『絶望』のカイーナ


南部グランシャリオ領での修行の最中、メグさんの絵画の世界を見たトラヴィスさんは言った…。


『ここは人の認識で形作られた世界だ』と。


この世界を構成するのは地水火風に加え空と識であると言うのはナヴァグラハが提唱した説ではあるが、それを証明するように…絵画の中には世界があった。


識…即ち人の認識により『そこに世界がある』と誤認される場所はただ到達手段がないだけで確かに世界が広がっているんだと。だから精巧な絵画の中には世界がある。


それと同じように…人が『世界だ』と認識する場所にはやはり世界が生まれる。夢や鏡の中もその限りではない…と、そう言う風に言っていたんだ。


事実として、夢の中にも世界があった。


今僕がいるのは…ルビカンテの作り出した夢の世界。魔力覚醒『La Divina Commedia』とは己の夢の中に他の人々を取り込む…と言う物だった。彼女の力により眠らされた僕達やサイディリアルの人達は皆纏めてルビカンテの世界に引き込まれた。


夢の世界はルビカンテの手中だ、街の人達はルビカンテの狂気に覆われ色鬼と化しルビカンテの感情の悪魔達がデメリットなく闊歩し…瞬く間にマレウスの中央都市サイディリアルは占領されてしまった。


状況は最悪…そんな中、孤軍奮闘で戦っていた僕はギリギリのところで助けられた。


助けてくれたのは……。


「大丈夫かにゃ?ナリア」


「はい、ネコロアさんめちゃくちゃ治癒上手いですね」


「たくさん練習したからにゃあ、手前の体で。生憎傷には事欠かなかったから経験は積めたにゃ」


ネコロアさん、ヴァラヌスさん、そしてストゥルティさんとステュクスさんだ。眠りに落ち夢の世界に取り込まれながらも色鬼化せず僕を助けに来てくれたんだ…そしてマラコーダ達から僕を助け、みんなは僕をサイディリアルの外へと逃がしてくれた。


そこには明日使うはずだった競技用の会場が仮組みながら設営されており…そこにリーベルタースのみんなや北辰烈技會のみんな、そして赤龍の顎門のみんなが揃っていた。どうやら色鬼化は街の中で起こっていたらしく…街の外にいたみんなは無事だったらしい。


大会運営のテントの中で治療を受けた僕は服を着直し、ネコロアさんと共に外に出る…すると僕を待っていたのか、テントの外にはストゥルティさんやヴァラヌスさん、そしてステュクスさんが居て……。


「お、治ったか?ナリア」


「華奢なだけかと思ったが、あの修羅場を生き残るとはやるものだ」


「ストゥルティさん、ヴァラヌスさん、ありがとうございます!」


「いーってことよ、俺達同盟組んでるしな?」


ストゥルティさんは手をクックッと振りながら礼はいらないとばかりに笑う。と直ぐに表情を真剣なものに戻し。


「で、さっき言ってた奴はマジなのか?ここが夢の世界だってのは」


「俄には信じがたい、我々は今夢を見てると言う事か?にしては随分リアリティがあるが…」


「はい、そうです。ここはルビカンテという奴の魔力覚醒によって作り出された夢の世界。僕達は奴に眠らされルビカンテの夢の中に意識が引き摺り込まれたんです…だから実際に夢を見てるのはルビカンテだけで、僕達は意識だけ夢の中にいるって感じですね…だから夢を見てるのとは少し違います」


「へー、よく分からねえ」


ここは夢の世界だ、だが僕達が夢を見てるわけじゃない…言ってしまえば魂だけがルビカンテの中に取り込まれ夢の世界という箱の中に入れられたに等しい。そういう風に説明するがヴァラヌスさんはやや受け止めづらいと言った様子で首を振り、ストゥルティさんに至っては理解出来ないとばかりに首を傾げる。


すると、僕の治癒をしてくれたネコロアさんが僕の隣に立ち。


「つまり、この世界は敵の魔力覚醒で出来た。あそこのサイディリアルは偽物、ここで死ぬと現実世界でも死ぬ、無事に出るには魔力覚醒者であるルビカンテを倒すしかない…そういう事だろにゃ」


「はい!そういう感じです!」


「なるほど、夢だなんだと言われると分からねえがそれなら分かる。俺達は気が付かない間に敵の術中にハマってたって事だな」


「むぅ、だとすると状況はかなり悪いな。先手を打たれたという事だろう…」


ネコロアさんの説明でみんな理解したとばかりに首を縦に振る。流石だ、要点を押さえて直ぐにみんなに説明してくれた…これがリーダーの器という奴なのだろうか。


……しかし、そういう風に言われると本当に破格の覚醒だ。メグさんのように元々ある夢の世界という物を媒介にしてるにせよ、サイディリアルにいる全ての人間を対象にして自分の世界に取り込むなんて、やってる事は魔女様の臨界魔力覚醒と変わらないぞ。


ある意味、僕達が出会ってきた全ての覚醒の中で最も大きく最も強力な覚醒と言えるだろう。


「で、街の人間は全員奴等に操られて色鬼?だったかにされたんだな?元に戻す方法はあるか?」


「分かりません…」


「そうか、さっきちょっと戦ったがありゃ異常だ、いくら攻撃しても直ぐに再生しやがる。殺す心配はないにしても…厄介だな」


「しかし色鬼も悪魔も街の外まで追いかけてくる様子はないな…飽くまで奴らの力は偽りのサイディリアルで完結しているという事か」


「或いは、籠城のつもりかにゃ…」


みんなでサイディリアルの石壁を見遣る。民間人が変貌した色鬼は街の外までは追いかけてこない…悪魔もそうだ。だから僕達は今こうして街の外でゆっくりお話が出来るんだ。


『おーい!みんなー!』


「お、帰ってきたな」


すると、平原の方から走ってくる…あれはステュクスさんだ。


「ちょっと行けるところまで平原を見てきたよ、そうしたら…なんか壁があった」


「壁?」


ステュクスさんは夢の世界がどうなっているか、サイディリアル以外の場所がどうなっているかを確かめる為僕が治療されている最中ちょっとひとっ走り行ってきたらしい、その結果は…壁があったとのこと。


「アルスロンガ平原を超えたあたりに見えない壁があった、向こう側には景色が見えるけどその先にはいけないって感じの壁だ。防壁とはまた違う…行き止まりって奴だな、それがあったんだ」


「ってことは、俺達には逃げ場がないってことか」


「そして、ここが夢の中でルビカンテの手中という話もこれで確定になった」


ここは夢の世界で本題は飽くまでサイディリアル…ってことか。それ以外の関係のない場所はルビカンテが省いているから見えはするけど存在しない、って感じだろう。


するとステュクスさんはソワソワし始め。


「それより、『あの人』は帰ってきたか?」


「は?あの人?」


「城を出る前別れたんだよ、まだ合流してないのかな…」


「まだ生き残りが他に誰かいるのか?」


「ああ、俺ともう一人城にいた───」


そう、ステュクスさんが口を開いた瞬間…僕達の近くに隕石が落ちる。地面を揺らし土煙を上げながら城の方から飛んできた隕石は…手で煙を払いながら現れて。


「ふぅぃー!危機一髪!」


「オケアノスさん!」


「よっ!ステュクス!無事だったね!」


「え!オケアノスさんも!?」


オケアノスさんだ、そう言えばこの人今サイディリアルにいるんだったな…そうか、この人もいたのか。これは心強いぞ!


「よう久しぶりだね、えーっと」


「サトゥルナリアです!」


「そうそれ、いやぁ大変なことになったよ本当」


「それよりオケアノスさん!城の方は…!」


「ああ、その件ね」


ふと僕はステュクスさんに説明を求める。すると曰くステュクスさんは夢の世界に落ちて混乱していたところいきなり色鬼に囲まれ危機に陥ってしまったようだ、そこを助けてくれたのがオケアノスさん。


オケアノスさんはその武力で色鬼を蹴散らしステュクスさんを助けた、そこで僕と悪魔の戦いの音を聞きつけたステュクスさんはオケアノスさんに自分以外の生き残りがいないかをオケアノスさんに捜索を任せ僕の援軍に向かってくれたとのこと。


つまりオケアノスさんはさっきまで色鬼が跋扈する城の中を一人で探索していた…ってことか、凄いな。


「まずだけど、私と君以外の生き残りはいなかった」


「マジか…カリナは!ウォルターは!」


「バッチリ色鬼になってたよ!」


「なんでそんな明るいんですか…ならレギナは!?」


「それがねぇ、居なかったんだよねぇ。色鬼の中にそれっぽいのもいなかったんだよね、全員ボコって一人一人探したんだけどねぇ」


曰く、城の中にいた人間は大体色鬼になっていたらしい。カリナさんもウォルターさんも色鬼化は免れなかった…しかし、城の中に『レギナさん、ヴェルトさん、エクスヴォートさん』の三人はいなかったらしい。


「レギナも師匠もいなかった…って?何処に行っちまったんだ」


「さぁ、知らない」


「そりゃあれじゃないかにゃ?」


ふと、オケアノスさんの話にネコロアさんが入ってきて。


「ここは夢の世界なんだろ?ならここに来るには眠らないといけないにゃ。我輩達はみんなルビカンテの力で眠らされたが…何かの拍子でその三人は眠らなかったんじゃないかにゃ?」


「眠らなかった…そうか、寝なかったら夢は見ないからか。そういや最近レギナ夜遅くまでなんかと仕事をしてるって言ってたな、その過程で眠気覚ましも飲んでるとか…」


「それだにゃ、きっとレギナ様は寝てないからここにはいないにゃ、恐らく他の二人もそうだにゃ」


「そっかー…なら一安心でいいのかな」


少なくともレギナさんはここにはいない。なら一安心か…とステュクスさんは額の汗を拭う。まぁヴェルトさんやエクスヴォートさんがいないのは痛いが、それはそれは、仕方ないと見るべきか。


「で?それでこれからどうするの?と言うかネレイドやエリスは?」


「ああ、オケアノスさんは知らないんですね…実は」


エリスさん達はここにはいない、本当は居て欲しいけど…居ないんだ。それはバシレウスから受けた傷で動けないところにルビカンテの襲撃があった、いきなりの事でラグナさんもまたルビカンテに囚われ全員絵画にされて連れ去られてしまったんだ。


その事を伝えるとオケアノスさんだけじゃなくてみんなも驚愕し。


「姉貴攫われたのか!?いやあんな重傷じゃ仕方ないか…」


「マジかよエリスいねぇのかよ!うわぁーっ!最悪!正直一番期待してたのに!」


「一大戦力が敵に抑えられたか…敵方も侮れんな」


「ネレイドが…そっか、なら助けないとね」


ショックを受けるステュクスさん、頭を抱えるストゥルティさんに腕を組むヴァラヌスさん、そして何やら深刻そうな顔をするオケアノスさん…そんな中、一人冷静に物事を見るのは。


「そりゃまずいにゃ、悠長にはしてられんにゃ。制限時間付きなら早く言うにゃ」


ネコロアさんはそういうのだ。制限時間?そんな物あるのか?と僕が首を傾げるとネコロアさんは…。


「今エリス達は重傷を負ってんだろう?で医者たちから治療を受けている最中…そこでこの騒動にゃ、現実世界では今どうなってる?治療してるはずの医者達も眠りについて重傷を負ったままのエリスたちが放置されてるにゃ」


「あ……!」


「どの程度の傷かは分からないが看病も出来ない、する事ができる人間がいない状態で長く時間をかけすぎると最悪死人が出るかもしれんにゃ…少なくとも夜明けまでに、この騒動は収めるのが望ましいにゃ」


そこに頭が行ってなかった。そうだ、こことは別に今現実世界でも時間は過ぎてるんだ…傷つき倒れたエリスさんたちには治療が必要だ。けど今それが出来る人はいない…この騒動をいち早く終わらせないと、治療を受けられずエリスさん達は最悪死ぬかもしれない。


「と言うわけで、早速この一件を収めるために頑張るわけだが…ここにいる面々はそれでいいにゃ?」


「勿論だ、と言うよりそれしかあるまいよ…」


「だな、幸いここには大冒険祭の参加者が全員集まってる!戦力には事欠かねえはずだ」


「俺やオケアノスさんもやりますよ、姉貴が捕まってるなら…助けなきゃ」


今ここには大冒険祭に参加しているチームの殆どが集っている、数にして一万近く…戦力にすればかなりの物だ、これなら或いは…そう思った瞬間。


「よし!じゃあ早速作戦会議だな!お前ら続け」


「待てストゥルティ、何故お前が仕切る」


「は?いやいや俺だろ、仕切るのは」


「だから何故お前が一番で話が進んでるにゃ!四位のくせに!」


「お前!今大冒険祭の事持ち出すなよ!第一ここにいる軍団の四割は俺のクランだぞ!そりゃお前民主主義的に考えるなら俺だろ!リーダー!」


「だからって我輩達を部下扱いするにゃーー!」


お、おいおい…これなら或いは行けるかもしれないと思った瞬間喧嘩始めたぞこの人たち。え?これはあれ?なんかの冗談?冒険者同士の気軽なジョークの言い合いとか…そう言うの?制限時間あるって話したばかりだよね。


「まぁ、そうなるよね」


するとオケアノスさんは呆れたように欠伸をする。そうなるよな…と。


「そうなんすか?オケアノスさん、そうなるって」


「だってここにいる奴ら元は別個の冒険者クランでしょ?有事の時だからってそう簡単に連携出来るならそもそもクラン分けしてないでしょ。だから元よりここの連中は烏合の衆…真方教会神聖軍みたいに明確なトップがいるわけでもないし…そりゃ船頭も多くなるよ」


そうだった!ここにいる人達…そう簡単に連携は出来ないんだ。カルカブリーナの時だってちょっと誰がリーダーをやるか揉め掛けて、それでリーダーが有耶無耶になる事でなんとかその場を凌いだんだ。


今ここで、明確な船頭を求められる場面になったら…そりゃ揉めるか、揉めないならそもそも別のクランとしてやってない。


「こんな事、してる場合じゃないですよ…皆さん!落ち着いてください!ねぇ!みんな!」


制限時間があるんだ、こんな事してる場合じゃない…けど僕には分からないだけでみんなには重要な事らしく…。


『ギャーギャー!』


「ダメだ、聞いてないなこりゃ」


「ゔっ……」


ダメだ、聞いてくれない…いつしかストゥルティさん達の言い争いはクラン全体に飛び火しまとまり掛けていたのにバラバラになり始める…これじゃダメだ、折角力を合わせられる機会なのに…こんなの。


「ダメだよな…こんなの」


「え?あ…ルビーさん?」


ふと、僕の隣に立つのは…ルビーさんだ。彼女の顔は怒りに満ちておりこんな大事な局面で喧嘩を始めたみんなに対し怒りを覚えているようだ…。


「聞いたよ、エリスさん達が敵に捕まったって…急いで助けないとやばいって、なのにこんなの…ダメだろ」


「はい…でも誰も聞いてくれなくて…僕の声じゃ届かないみたいで」


「…………」


するとルビーさんは僕の方を向いて、静かに肩に手を乗せ…微笑むと。


「あたしは覚えてるぜ、ナリアさん。あのどうしようもない地下世界であたし達に希望を見せてくれたあんたの歌声を。あたしは…あんたの大ファンだから、あんたの声は色々な物を変えられるって信じてる」


「え…?一体何を言って……」


「きっと、あんたなら上手くやる…だから頼むぜ……」


するとルビーさんはそれだけを言い残し…喧嘩をしているクランマスター達に向けて大きく息を吸い…。


「ッいい加減にしろお前らァッッ!!!!」


「っうぉっ!?ルビー!?」


「な、なんにゃなんにゃいきなり…」


「テメェらいい加減にしろ!こんなところにまで来て喧嘩か!そんなに手前らのプライドってのは高尚か!バカなことするのもいい加減にしやがれっっ!」


吠える、怒りのままに吠えれば流石にストゥルティさん達も無視出来ずルビーさんの方を見る、この場にいる全員がルビーさんに視線を向ける。一撃で注意を集めてしまった…凄いぞルビーさん。でも…でもここからどうするの!?僕は何を頼まれたの!?


「ルビー…お前」


「みんな!あたしは…ここにいる誰よりもナリアさんがリーダーをするべきだと思ってる」


「なんだと!?」


「にゃ!?」


「えっ!?僕っ!?」


「おい!ナリアも驚いてんじゃねぇか!」


びっくり仰天する…え?僕がリーダー?この一団の…?


「リーダーってより、船頭だな。カシラ…ヘッドだ」


「全部意味合いは同じだろ…」


「いいや違う、あたし達は今から何をするんだ?ルビカンテって奴と戦う?この街を救う?どれも違うじゃないか、あたし達はなんだ?冒険者だろ?冒険者としてナリアさんを助けるって依頼を受けたんだろ?ならあたし達がすることは…ナリアさんの背中を押すことだ」


ルビーさんは僕を見遣る…それはまるで僕を信じるかのような、いや事実として信じていると伝えるような視線で。


「先頭に立つナリアさんをあたし達で全力で守る、ナリアさんは先頭に立ちあたし達を引っ張る…そりゃつまりリーダーだろ」


「ちょ!ちょっと待ってくださいルビーさん!僕そんなの無理ですよ!だって僕よりストゥルティさんやネコロアさんの方が強くて……」


「なら気持ちはッ!」


「え……」


「気持ちはどうだ、この中で一番…仲間を助けてぇ、誰かを助けてぇ、ルビカンテをぶっ飛ばしてぇと思ってるのは、誰だ。その気持ちが一番強いのは…あんたじゃねぇのかよナリアさん」


たった一人でも戦い続け、あれほどに打ちのめされてもまだ戦いを挑もうとしているあんたが、この中で一番強い気持ちを持っているんだと語るルビーさんの言葉に、僕は思い出す。


そうだよ、力は弱いかもしれない、戦えば弱いかもしれない、だがそれを理由に僕は…マラコーダ達との戦いを避けたか?避けてない、戦い続けた…それはみんなを助けたかったから。


「前に立つ奴は!誰よりも強い気持ちと熱いハートを持ってやる奴が務めるべきだ!あたし達の仕事はナリアさんをルビカンテの元に送り届けること!それを一度引き受けたなら…やり通そうぜ!!なぁ!みんな!」


「……………」


ルビーさん必死な呼びかけは…ただ虚しく木霊する。言ってみれば彼女はただの新米…それがただ喚いただけじゃ、誰も動かない……いや、違う。


「はぁ、ルビー…そうじゃねぇよ」


一人動く…ストゥルティさんだ、彼は前に歩み出しルビーさんの前に立つなり、クルリと踵を返し冒険者達を見据え…。


「おうゴルァ間抜け共ッ!新米にここまで言われてんだ!ナメられてるぜ俺らッ!冒険者としてのイロハを!こんな冒険者になりたての小娘が説いてらぁ!おかしいよなぁ!滑稽だよなぁ!みんなそんな事分かってるってのになぁ!全く面白れぇよなぁ…面白れぇ…、面白いから一丁!乗ってやるかッ!!」


拳を掲げ、ストゥルティさんが叫べば…皆も答える。まるで人を乗せるにはこうするんだと言わんばかりに…ルビーさんの言葉にストゥルティさんは答えたんだ。


「今この限りを持ってクラン同士の垣根は消し去る!ここにいる全員が今一つのクランとなる!クランマスターはここにいるサトゥルナリア・ルシエンテス!俺達は一兵卒だ!大将の望み叶えるために!命かけるぞ!お前ら!」


『おおおおおおお!!!』


「よっしゃあ!一丁やってやろうぜ!!」


『ぅぉおおおおおおおおおお!!』


「……フッ、人を乗せるのはこうやるんだよルビー。よく覚えとけ」


「ストゥルティ……!」


「お前の言葉、響いたぜ。確かにその通りだ…今この中で俺達を引っ張っていけるのは、サトゥルナリア…お前しかいないかもな、たった一人でも戦い続けたお前だからこそ、俺達もお前を助けた訳だしさ」


皆の視線が…僕に集中する、今ここにいるのはリーベルタースでも北辰烈技會でも赤龍の顎門でもソフィアフィレインでもない。ただ一団…ルビカンテに挑む為の新たなクランとなった。


「ナリアさん、あたしはあんたの歌に惚れた、あのどうしようもない地下であたしは光を見た。あんたの言葉なら…みんなを導ける」


ルビーさんは胸に拳を当て、大きく頷く。


「正直癪だがにゃあ、けどこんな未曾有の大事件…跳ね除けるにゃ若さと勢いが必要ってのもあらぁな…任せるにゃ、サトゥルナリア。だからお前も任せろにゃ、背中を」


ネコロアさんがトントンと親指で自分の胸を叩く。


「いつか君が見せてくれた、討龍譚…現実にするは今なのかもしれない。君ならあの時の英雄のようになれるはずだ、サトゥルナリア君」


ヴァラヌスさんは親指を立てて、頷き。


「依頼主はお前だ、そして今ここに生まれた史上最大規模のクランのマスターもお前だ、やってやろうぜ…ナリア!いつか俺に見せた根性!見せてみろよ!」


拳を合わせて叫ぶストゥルティさん。


みんな…僕を信じている、僕を助けてくれている…だったら、答えよう。観客が望んでいる…ヒーローの大逆襲を。ならば演じよう、至上の逆転劇を。


それが…力も実力もない僕に出来る、役者としての一世一代の大勝負。


「分かりました…ステュクスさん!」


「あいよ!」


僕がそう叫べば僕の意図を察してくれたステュクスさんが近くの木箱を掴んで僕に向けて投げる。飛び上がりその木箱の上に立ち…僕は今ここに舞台に立つ。


「皆さん!聞いてください!」


この小さな木箱が、僕の舞台だ。僕が演じる、一世一代の大芝居…それを繰り広げる舞台となる。


僕にはラグナという主人公のような気を昂らせる演説は出来ない、僕はきっと主人公じゃないから、前に立ち誰かを先導することはできないかもしれない…けれど。


「敵はルビカンテ・スカーレット!この夢の世界を作り上げた魔王です!今この街に住まう人々は皆命の危機に晒されている!王国軍もルビカンテの狂気に飲まれ!最早太刀打ちできる者は誰もいない!このままでは暗黒の世が来るでしょう!…けど、今ここに…僕達がいる!!」


先導は出来ない、だが…皆が高ぶる『バックストーリー』は語れる。僕は主人公にはなれない…僕は一人じゃ主人公にはなれない。だがそれは嘆くことじゃない当たり前のことだ。


ヒーローとは、勝利を望む誰かがいて始めてヒーローになれる。観客がいるからこそ主人公は主人公足り得るのだ。ならば今…ここにいる誰もが主人公になれるんだ!


主人公とは運命じゃない、その行動こそが!主人公の資格となるんだ!!!


「敵は強い!多い!大きい!サイディリアル数百万が怪物となった!高々一万の僕達では数でさえ劣る!それでも僕達は出来る!今ここに生まれた冒険者協会最大最強のクラン…『カタストロフィ』ならば!きっと!」


このクランはリーベルタースでも北辰烈技會でも赤龍の顎門でもない、全てを交えた新たなクラン…その名も『カタストロフィ』。演劇に於ける大団円…物語の終局を指すこの言葉を誓いに、僕は先頭に立つ。


「やってやりましょう!世紀の大逆転!何にも負けない最高のどんでん返し!主人公達の大逆襲を!!」


『ゔぉおおおおおおおおおおお!!!!』


拳を掲げ舞台を降りる、それでも劇は終わらない。僕が歩けば後ろにはストゥルティさんやステュクスさん、ネコロアさんにヴァラヌスさんが続き、その後ろにノーミードさん達四大神衆、アスカロンさん達四ツ字冒険者、討龍隊。そしてその後ろには無尽蔵の冒険者達が続く。


この劇にエキストラもモブもいない、ここにいる全員が主人公で主役で…エトワールだ!


「いい啖呵だ、ルビー…お前見る目あったな」


「あたしはただ…あの人ならやれるって思っただけだよ」


「へっ!そうかい……さて、と」


再び、サイディリアルの門の前に立つ…すると。


「……来たな」


僕は見上げる、門の上の前で頬杖を突く影を見て、瞳を尖らせる。きっとアイツなら…見に来ると思ったよ。


「ルビカンテ!!」


「最高だよサトゥルナリア、やはり私が見込んだだけはある…」


ルビカンテだ、奴は門の真上に座り僕達を見下ろすと同時に両手を開き。


「ようこそ終局の因子達!これより先には地獄が続く!地獄の道を乗り越え無事私の元へ辿り着いたら姫を返そう…それが魔王の役割だ、故にまずはこの第一円『絶望のカイーナ』にて祝おう、君達の戦いを」


ルビカンテが立ち上がる、同時に門が開く。この世界の全てが彼女の思うがままに動くと…証明するように。


「では…この門を潜るもの、一切の希望を捨てよ」


門が開かれれば、その向こうには大量の色鬼達が控えている。ルビカンテの合図を待っている…その数、数十万数百万。あまりの恐ろしさに足が竦む…けど。


「おいリーダー…敵さんが言ってるぜ、決め台詞…返さなくていいのかよ」


「ストゥルティさん…」


「俺らはお前に賭けたんだ、かっこいいの…頼むぜ」


ストゥルティさんが僕の肩を叩き、ウインクで合図を送ってくれる。そうだな…魔王がセリフを言ったなら、言葉を返すのが主人公の役目だもんな。


なら…言ってやる。


「希望は捨てない、お前の作る絶望なんかに僕達は負けない…この手で全てを切り裂いて、手に入れて見せる…」


拳を掲げ、告げるのは宣戦布告。マーレボルジェとカタストロフィの一大戦争の狼煙を上げる宣言。それは…僕の誓いだ。


「必ず!ハッピーエンドを!」


「やってみろッ!寝てから言うにはいい寝言だ!ならば最奥にて!君を待とう!」


ルビカンテが消える…同時に、色鬼達が動き出す。僕達もまた…走り出す。


『ゔぅぅうううううううう!!!』


「みんなッ!行くよっっ!!」


『おっしゃああああ!!』


ペンを取り出し、鎌を振るい、剣を抜いて、杖を持ち、大剣で敵を狙い…総勢一万の冒険者達が雄叫びと共に色鬼達に突っ込み、激突する。


「『衝爆陣・武御名方』!!」


「『アッシュ・エンド』ッ!」


「『天花ニャンニャン』ッ!!」


「『魔衝斬』ッ!」


吹き飛ばす、迫る色鬼を吹き飛ばす。次々と現れる色鬼達…それを僕達は全員で相手取り走り続ける。


「よっしゃあ開戦だぁっ!」


「はしゃぐにゃストゥルティ!それよりナリア君!なんか勢いのまま突っ走っちまったがここからどうするにゃ!」


走り続け色鬼の海を切り裂きながら進む一団、けど確かに目標を決めなかったと言うか…どうすればいいか分からない。いや待て待て落ち着け…奴は最奥で待つと言った、なら最奥に向かえばいい。


そもそもこの夢は多層構造になっているとも言っていたな。なら向かうは更に下の階層…?けどそんなのどこから行けば、ええい分からないならみんなに聞いちゃえ!


「すみませんそれが僕にも分からないんです!」


「マジかにゃ!?」


「待て、奴は最奥で待つと言ったぞ。なら奥へ行けばいいのではないか?」


「それが、この夢の世界は多層構造になってるらしくて…下の階層に行けばいいんでしょうけど、その入り口が分からないんです!」


そういうとヴァラヌスさんとネコロアさんは武器を振るいながら考えてくれる…すると。


「へぇ多層構造!ダンジョンみてえで面白くなってきやがったァッ!」


鎌の一撃で数百近くの色鬼を吹き飛ばすストゥルティさんが言うんだ、ダンジョンだと…ダンジョンか。


「こう言うのはどっかに下に通じる階段があるのが定石だろ!ナリア!なんか分からねぇかよ!」


「え!?僕!?」


「ルビカンテの事…色々知ってんだろ?ならなんか分かるかもしれない、この世界はルビカンテの夢なんだからな!」


確かに!ならなんだ…ルビカンテの夢なら、重要なのは……。


(色だ、ルビカンテ達は色の意味合いを抽出する魔術を使う…なら下に降りる色がどこかにあるはずだ)


下に降りる色とはなんだ?黒?いや黒は余白であり空間、降りるのとは違う…なら奥行き?いや確かグラフィアッカーネさんが使った魔術の中にそんなのがあった。


「ッ青です!青色を目指すんです!」


青だ、グラフィアッカーネさんの青色は物を沈めた、沈むとは降りると言う事、ならばどこかにある深い青に飛び込めば下の階層に降りられるかもしれないと叫ぶと…。


「青?青色を探すにゃか?」


「はい、何かありませんか!」


「青…青…あ!あるにゃ!」


「おお!なんです!」


「ラワー噴水広場のラワー噴水!青いモニュメントに青い噴水!あれだめかにゃ!」


噴水!そうか!多分それだ!それが下の階層に繋がる階段になっているはずだ!なら…。


「それです!ラワー噴水に向かいましょう!」


「へっ!ってことは目指すのは…あそこか!」


ストゥルティさんが指差すのはネビュラマキュラ王城。そうだ、プリンケプス大通りを超えた先、ネビュラマキュラ王城の目の前にラワー噴水広場はある!つまりこのまま真っ直ぐ進み続ければ…。


「真っ直ぐか…きつい道のりになるぞ」


ヴァラヌスさんが呟く、そうだ…ラワー噴水に続くプリンケプス大通りはこの街一番のメインストリート…一番大きな道、そこには今色鬼が敷き詰めるように群がっている。色鬼の川を抜けた先に…噴水はあるんだ。


方法は一つ、正面突破しかない。だがそれが一番…きついんだ。


「こいつら、元々ただの民間人だったとは思えないくらい強えなッと…」


色鬼を蹴り飛ばしたステュクスさんが周囲を見回しながら呟く。色鬼の動きに理性はない…だがその力は強く、いくら攻撃しても倒れない高い耐久性を持つ。それが数を成して群れてくるとなるといくら一流の冒険者とは言え苦しい戦いになる。


『ぐっ!こいつ!力強えなぁ!』


『う、うわぁ!捕まった!』


『誰か!アイツのフォローを!』


(やべぇな、最初の勢いがなくなってきてる)


周りを見回したステュクスはいち早く軍団の勢いが削がれていることに気がつく。強引に色鬼の海に割って入れば当然色鬼の攻撃は前方だけじゃなく左右からもくるようになる。


ただでさえ突破が難しいのにこのままではジリ貧だと考えたステュクスは…。


「ヴァラヌスさん!」


「ああ!隊列を密集させろ!前衛は外側に!後衛は内側に!前衛が足止めしてる間に後衛が色鬼を押し飛ばせ!軍団を一本の矢に仕立てるように動くんだ!」


軍団の指揮に長けるヴァラヌスに指示を仰ぐ、すると彼は瞬く間に隊列を再編しばらけていた軍団が一本の矢のように押し固まり全員で全員をカバーするように動く。


これである程度の突破力は手に入った…だが色鬼は倒しても倒しても蘇る、足を止めて戦う意味はほとんどない…故に。


「流石だにゃ、ヴァラヌス。こう言う時はやっぱ頼りになるにゃ」


「これくらいならな」


矢の鋒、鏃を担当する先頭に立つクランマスター達は奮戦を重ねる。次々と襲い来る色鬼を薙ぎ倒し進み続ける。ネコロアもヴァラヌスも一級の使い手だ…だがそれ以上に。


「だが、あいつの活躍に比べたら…霞のような物だ」


「オラァ!!ダンジョン攻略だぁあ!!」


「ああ、ストゥルティか…あいつ味方になると本当に頼りになるにゃ……」


ストゥルティの活躍も大きい、たった一人で既に万にも昇る数の色鬼を薙ぎ倒す。ただ吹き飛ばすだけではなく彼方まで押し飛ばすことにより色鬼が再び起き上がっても問題ないよう動いているのだ。


(間違いなくこの軍団の主戦力はストゥルティにゃ…アイツがいる限りこの軍団は止まらんにゃ、だが逆を言えば…アイツの足が止まる瞬間が、怖い)


「ナリアぁ!今どのくらいだ!」


「まだ全然です!ラワー噴水見えてきません!」


「チッ、そうかい…結構進んだつもりだったが、サイディリアルって結構デカいのな」


今この大通りにはサイディリアルの人口の殆どが集中している、それだけこちらの歩みも遅くなる。だがこのまま行けばいつかはラワー噴水に辿り着く……だが。


当然、それを許さない敵方は更なる動きを見せる。


『憤懣やる方なし…!!』


「ッ…この声」


反応するのはナリアだ、喧騒の中確かに聞こえたこの声は…間違いない。


「イライラするイライラする!害虫の反逆!雑魚の氾濫!我が腹が屹立せん!」


「マラコーダ!?」


悪魔達がやってきた、色鬼達の頭を踏みつけ、人の波の上に立ち…マラコーダ率いる喜怒哀楽の四悪魔が僕達の侵攻を止めに来たんだ。


「へっ!敵の主戦力が出てきやがったな!」


「我が怒り!留まるところを知らずッ!!瞋恚の業火で身を焼き尽くさんッ!!」


怒り狂うマラコーダが飛び掛かる、それを防ぐように鎌を振るい漆黒の拳と大鎌が火花を散らす。ただそれだけで銅鑼でも鳴らしたかのような衝撃波が周囲に走る。


「相手してやるよ!だからギャーギャー騒ぐなよ!」


「ギャーギャー!?我が怒りの訴えをギャーギャー!?この……無配慮男がッ!!」


「うぉっ!?」


マラコーダはストゥルティの言葉に更に怒り拳を振るう速度を上げる、いや上がったのは速度だけじゃない力もだ。それを鎌で弾いていくが…次第にストゥルティは押され出し足を止め、やがてその足は一歩また一歩と下がっていく。


「なんだこいつ!?急に強くなりやがった!」


「ストゥルティさん!そいつは感情の悪魔です!感情によって強くなるんです!マラコーダは怒りの感情…つまり」


「怒れば怒るほど強くなるにゃ!お前口悪いんだから黙って戦うにゃ!」


「わ、分かった…………」


「ぬぅぅうううう!都合が悪くなると無視か!無視か!無視か!我が言葉を無視するなああああ!」


「もっと怒ったじゃねぇか!!!」


「イライラするイライラするイライライライラ『イラ・ルヒル』ッ!」


「やべっ!」


そして怒りが頂点に到達し口から抜けるように放たれる。灼熱の光はストゥルティさん目掛け放たれるがそれを防壁でストゥルティさんは弾くんだ…しかし。


『うわぁああああ!』


「あ!悪い!」


弾いた灼炎が近くの家屋に当たり引き起こされた爆発に団員が何人か巻き込まれる。


「何やってるにゃストゥルティ!」


「分かってるけどさ!俺こう言う強え奴と戦う時いつも他の団員離してやってんだよ!こいつ強えよ!周りに被害出さずは無理だ!」


「ぬがぁぁああああ!!」


ストゥルティさんはなんとかマラコーダを抑えているが、その都度に街が破壊され折角立て直した陣形が崩れる程の大災害が引き起こされる…それだけじゃない。


「『ビッグバンティアー』ッ!」


「うわぁああ!なんだこいつ!」


「あはは!『玩具の行進』ッ!」


「ひぃ!玩具の兵隊が…!」



「まずい…被害が出始めたにゃ…!」


ストゥルティが足を止めたことにより突破力が削がれ、そこにスカルミリオーネやアリキーノの挟撃が加わり軍団そのものに被害が出始めた。


「『刃血のムディタ』ッ!」


「ぐっ!ナリアさん!ネコロアさん!ごめんだけどこっちはなんにも出来ない!なんとかしてください!」


一方ステュクスは両手を刃に変えたファルファレルロと打ち合っており、手が離せる状況じゃなさそうだ。


「ぐぬぬ…我輩…強い奴と戦いたくねェーッ!」


「ネコロアさん…」


「でもやらなきゃならねぇよにゃあ…仕方ねぇ!魔力覚─────」


「待て!」


ネコロアさんが出ようとしたその時…軍団の中から誰かが飛び出してくる、いやあれは…。


「我々が代わりに戦う!お前達は突破に専念しろッ!!」


「アスカロン!」


アスカロンさんだ、彼は両手の双剣を手繰り一気にアリキーノの玩具の兵隊の首を切り落とし一掃する。アスカロンさんだけじゃない。


「『塵芥大掘削』ッ!!こいつらは俺達が押し止める!」


「ボーリングも…お前ら」


大斧を構えたボーリングさんが一撃でスカルミリオーネの大群を消し飛ばし隊列から外れ戦場に出る。他にも多くの四ツ字達が戦列を外れ悪魔達の迎撃に出る。


だが戦列を外れると言うことは色鬼に囲まれながら無尽蔵に強くなり続ける悪魔と戦うことを意味する。


「バカ!死ぬぞ!」


「ここで大人しくしていたら全員が死ぬ!ネコロア…色鬼の波を突破するには数とそれを御する頭が必要だ、ならここで軍団の人員を摩耗させるわけにはいかない…!」


「テメェがナリアを支えろネコロア!生憎ここにはお前の大好きな逃げ場はないぜ?腹括ればお前はこの中で一番強えんだから…やっちまえよ!」


「ここは北辰烈技會の隊長陣が請け負う!早く行け!」


「………」


同時に軍団の中から更に四つの影が飛び出して、マラコーダと戦うストゥルティに向け飛んでいきます…。


「ボス!」


「ここはわたくし達が!」


「お前ら!」


突っ込んだのは四大神衆だ、ノーミードが拳を握り締め一気にマラコーダの顔面を殴り抜き吹き飛ばし、ストゥルティを守るように立つ。


「ぬぐぐぐ!また増えた!どこまでも私をイライラさせる!」


「イラついてんのはこっちだ!テメェの相手は四大神衆が務める!」


「お前達如きが…我が怒りを受け止め切れる物かッ!!」


四大神衆は強い、だがマラコーダはもっと強い。何せマラコーダはルビカンテが抱える感情達の中で最強の存在。八大同盟の盟主級の力を持つ悪魔達の中で最強と謳われるだけありありとあらゆる点で四大神衆を上回るのだ。


ノーミードやサラマンドラがマラコーダを抑える為戦いを挑むもマラコーダの暴れるような戦いは止められず…。


「ぅぐっ!」


「ノーミード!やっぱ俺が……」


「構うな!ボス!……分かってんだ、私だって」


殴り飛ばされストゥルティの足元に転がったノーミードは、それでも立ち上がり。


「ボスは優しい男だ、あたし達を仲間じゃなく…家族として扱ってくれていること。今も妹のハルモニアを守ろうとしているように…あたし達の事もいつも守ろうとしてくれている事も」


「ですが、わたくし達はただ守られるだけの『家族』ではありません」


「私達は冒険者、貴方と同じ冒険者、命を懸けて全霊を尽くして、戦う存在」


「我々にその生き方を見せてくれた貴方に、焦がれたからこそ私達は貴方についた!その憧憬…今こそ守らせてくれ」


リーベルタースは最悪のクランと罵られる存在だ、ストゥルティは最低の冒険者と呼ばれる男だ、それでも彼の下に協会最大規模の人員が揃いリーベルタースが今も最大戦力と呼ばれるのは全て…ストゥルティという男が仲間に好かれ、彼が仲間を愛していたから。


ならば今こそ、守らせろ。ならば今こそ、最強の名を証明させろ。そんな事を仲間に言われちゃストゥルティだって答えないわけにはいかない。


「お前ら……そうか、分かった。死ぬなよ」


「勿論だ!あたし達はリーベルタース!四大神衆!間抜け一匹ここで足止めするくらい訳ねぇよっっ!」


「間抜けぇっ!?私の事を言ったのか貴様ぁああ!!」


「お前以外に誰が居るっっ!!」


爆発するような勢いで飛んでくるマラコーダを相手にノーミードは上着や鎧を脱ぎ去り身軽になりながら立ち塞がり、マラコーダの突進を身一つで受け止める。


「ぐぅぅううう!!行け!ボス!」


「この軍団には!勝利には貴方が必要です!だからボス!」


「分かってる!すぐ終わらせてくるから!」


「ええ!信じてます!」


そしてストゥルティは走り出す、色鬼に包囲された四大神衆を置いて隊列に戻りラワー噴水広場を目指す……そんな中。


「あははは!!」


「くそー!みんないいなぁー!誰か俺と代わってくれねぇーかなー!」


ステュクスは今もファルファレルロと戦っていた、両手を剣に変えた変幻自在の戦いに翻弄されながらもクリーンヒットは避けつつ剣で弾きながら突っ込みファルファレルロを酒場の中に叩き込む。


「あはぁーっ!君強いねぇー!」


「まぁな!師匠がいいんだよ師匠が!」


「私の先生は悪い奴だったよぉ〜!」


「知らねぇーッ……よっと!」


そのまま起き上がり再び暴れ始めたファルファレルロの斬撃をスライディングで避けつつファルファレルロの足を払い、ファルファレルロのバランスを崩させる。


「おお!?」


「これでも飲んどけッ!」


そしてバランスを崩した瞬間、ステュクスは近くの酒樽を持ち上げファルファレルロに頭から叩きつけ、酒樽の中にファルファレルロの上半身を突っ込む。酒樽から足だけを出した状態でヨタヨタとふらつくファルファレルロを眺めつつ…ステュクスは一旦椅子に座る。


「ゴボゴボ…!」


「ぜぇ…ぜぇ、疲れるなぁもー…!」


疲れる、ファルファレルロの奴めちゃくちゃ強いしいくら打っても響かない。こりゃカルカブリーナと一緒で反対の感情をぶつけるしかないか?けど喜びの反対って何?絶望?悲観?よく分からないや。


「バァーッン!やってくれたね!」


「はぁ、休憩タイム終わりか。早く隊列に戻りたいのに…あんま強くない俺に大役任せないでくれよ」


そして、ファルファレルロはすぐに酒樽を内側から破壊し笑いながら両手を鎌へと変形させる。このままこいつと打ち合ってたら直ぐに色鬼に包囲される…流石にそれはきつい。なんとかかんとかこいつの足止めをしつつ隊列に戻りたいけど…そんなの。


「なら早く戻りなよッ!ステュクス!」


「え!?」


「『クレイモア・オーバーヘッド』ッ!」


しかし、そこに飛んできてくれたのは…まさしく神の助け、オケアノスさんだ。彼女は音速を超える勢いで飛んでくるなりファルファレルロを蹴り飛ばし…。


「足止めって奴だよ!私がやってあげる!」


「いいんすか!?」


「ヴェルトから頼まれてるしね、弟子が危なくなったら守ってくれってね!」


「師匠が……」


「さぁ行った行った!私はこいつを倒しておくから!」


「わ、分かったっす!ご無事で!」


「任せろい!」


そして、ステュクスはその場を後にする。立ち塞がる色鬼を切り裂きながら一気に隊列に戻るんだ。その様を眺めたオケアノスは…ため息を吐く。


「ステュクス…あれで弱いつもりってマジかい」


「ふふふふ…あはははは……」


「……こいつ、見た感じモースより強そうなんだけど。それと互角にやってたってさぁ」


オケアノスはニヤニヤと笑うファルファレルロを見遣る。その身から滾るい威圧はどう見てもあの時のモース以上、かつてモースと戦い敗れた者としてあんまり面白くない話だ。そもそも悪魔という存在自体四ツ字や四大神衆が束になってようやく足止めが出来るレベルの強者。それを単独でここまで相手にしてた時点でもうステュクスは……。


まぁ、だとしても。


「私もあの時よりずっと強くなったから…見せてやるかね、それを」


「今度は君が私の相手?嬉しいなぁ!」


「嬉しい?いいね、言っててくれよ…直ぐそんな口聞けなくなるから」


色鬼が殺到とする酒場の中、睨み合うファルファレルロとオケアノス。悪魔達はこちらで引き受ける…だからそちらは、任せたと。


…………………………………………………


「退け退けェッ!!邪魔だカス共っっ!!」


「『衝破陣』ッ!『大爆炎陣』ッ!『水流陣』ッ!」


「うにゃーァッ!やってやるにゃあー!」


突破する、悪魔達を仲間が足止めしている間に一刻も早くラワー噴水へ辿り着く為皆奮戦していた。


背後では悪魔達と戦うアスカロンやノーミード達のもたらす轟音が聞こえてくる。悪魔達は普通の方法じゃ倒せない、そして奴らを倒す為の手段を取る余裕は今はない。今は足止めするしかない…。


「ノーミード達が持ち堪えてる間に!ラワー噴水に!」


「おい!ストゥルティ!!」


「は?」


しかし、そんな風に焦るストゥルティは注意を怠った。先陣を切って色鬼を吹き飛ばした瞬間、ネコロアの声が響く。近くの家屋…その二階に潜んでいた色鬼が窓を割って飛び出しストゥルティに組み付きたのだ。


「ぐっ!テメェ離せッ!」


咄嗟に引き離そうとストゥルティは色鬼を掴むが…今それを許してくれる程の余裕はない。直ぐに色鬼の大群がストゥルティに迫り──。


『ぅぅぅううゔぅぅうう!!』


「やべっ…!」


その姿が色鬼の波に飲み込まれそうになった……その時だった。


「オリャァァーッ!!」


『ゔぅぅうっ…!』


殴り飛ばす、鉄棒を振るい甲高い金属音を鳴らし迫る色鬼を殴り飛ばす影がストゥルティの前に立ち彼を守る。それはストゥルティを肩越しに見て…。


「油断するなよストゥルティ!」


「ルビーか!悪い!」


ルビーだ、息を切らしながら色鬼達を寄せ付けない為棒を振って叩きのめしながらルビーはストゥルティの隣に立ち…。


「焦る気持ちは分かるけど!今あんたが崩れたら全部終わりだ!」


「分かってる…いや、分かってなかった。また教えられたな…ルビー」


「ほんとだよ!なんのためにノーミードさん達が残ったか分かってやれよ!」


「全くだ…なァッ!!」


そしてルビーが片付ける量の何倍もの数の色鬼を吹き飛ばし、ストゥルティは反省する。またも熱くなっていたと、思い通りにいかないと直ぐに熱くなる悪癖があると…。


「みんな、助け合ってるんだ…あたし達も助け合おうよ、ストゥルティ」


「そうだな…」


後ろを見れば、そこにはリーベルタースや北辰烈技會などクランの垣根無く助け合う冒険者達が見える。


『もうちょっとだ!耐えろ!突き抜けろ!』


『うぉおおお!寄せ付けるな!』


『ぐっ…こいつ…!』


「フッ、みんな必死にやってら」


ナリアの語った主人公達の大逆襲。…皆が皆誰かの為に戦うからこそ皆が皆誰かの主人公になれるんだ。俺もルビーも…みんな、なれるのさ。


「冒険者ってのはいいな、ストゥルティ」


「ああ、最高だよ。誰かのために…戦う人間こそ、冒険者なんだからな」


久しく忘れていた感覚を思い出しながらストゥルティは鎌を握る。ラワー噴水まで後少し…ならここは。


「お前らァッ!!噴水広場まで後少しだ!!最後の気合い見せつけろっっ!!」


一気に蒸す、冒険者魂を…ここにいる全員の根性を。最後の一押しとして猛る雄叫びで鼓舞すると…それに答えたのは。


「うぉおおおおお!ここはワシに任せろ!この馬車男クワドリガ様が道を切り開いてやろうッ!」


馬車から手足を生やした巨漢がドスドスと走り色鬼達に向け突っ込み道を切り開く、だがクワドリガの勢いでは押し切れない、少し進んだ辺りで立ち止まり…色鬼達に押され膠着してしまう。


だが…それでも。


「穴が開いた!あそこに雪崩れ込め!北辰烈技會!!」


「いけぇえええええ!!」


更に北辰烈技會がクワドリガの後に続きクワドリガが広げた穴を更に押し広げ無理矢理拡大し道を作る、道が出来れば後に続く。


「リーベルタース!負けるなぁ!北辰烈技會ばかりに活躍させるな!」


「最強は俺たちだぁぁあ!」


リーベルタースの団員達も続く、切り開かれた道を更に切り裂き色鬼達の海に一本の道を作り出すんだ。北辰烈技會もリーベルタースも無所属のチームもみんなみんな一点に続き、誰かが作った道を進み、誰の為に道を作る。


そしてやがて…。


「ぬぐぅううう!!退いてろぉお!」


「今だ!ボス!俺達が押さえてるから!噴水広場に!」


「根性根性!」


「みんな……」


『道』ができる。軍団が左右に分かれ色鬼達を押さえつけ、押し合い圧し合い鬩ぎ合いながら必死に押し退け組み付きながら冒険者達の道が出来上がるんだ…噴水広場に続く一直線の道が。


「よくやった!お前らッ!」


「今なら噴水広場に直行出来るにゃ!ナリア君!」


「皆さん…本当にありがとう!!」


冒険者達の作り上げた道をナリアは走る、その後ろにネコロアとストゥルティ、ヴァラヌスとステュクス、そしてルビーが続く。噴水が見えてきた…いつもと違い蒼水を噴き上げる気味の悪いフォルムへと変貌したラワー噴水が。


「見えた…あれが下層への入り口です!」


「ならとっとと…うぉっ!?待て!あれ!」


ストゥルティが咄嗟に吠える、ラワー噴水まで後少しだというのに…噴水の向こう側にある城門が突如として爆裂し中から大量の色鬼達が現れ向かってきたのだ…あれは。


「マレウス王国軍か!」


「ここまで来てアイツらとも戦うにゃか!?」


「あの色鬼、他のと違って武装してるぞ…!民間人であの強さだったんだ、あれはかなり強いぞ…!」


『ゔぁぁあああああああ!!!』


色取り取りの絵の具に包まれた色鬼達が槍や剣を手に噴水を超えてこちらに向かってくる。もう冒険者達はいない、皆今はナリア達の通る道を切り開くので手一杯だ…もう自分達でやるしかない…いや。


「皆さん、本当にありがとう…みんなが戦ってくれたから、僕を信じてくれたから、僕はここまで来れた。だからこそ…僕も!出し惜しみなんかしませんッ!」


ナリアだ、ここまで皆に任せてきたナリアが一人先陣を切り色鬼と化した王国軍に向け単独で走りながらカードをばら撒き…。


「助け、助けられ、助け合う。助けられる事は弱さの証明じゃない…人が人だから助け合うんだ、仲間だから助けるんだと…皆は僕に見せてくれました、だから僕も…守る!助ける!みんなをッッ!!」


全身から魔力を吹き出し、拳を突き出しながら…放つのは彼にとって必殺の一撃。


「『魔術箋・久那土赫焉』ッッ!!」


闇を切り裂く光は熱となりマレウス王国軍へと放たれ…地を揺らすほどの爆炎となってその全てを吹き飛ばす。この国の軍勢を…一撃で吹き飛ばしたのだ。


「ナリア…お前すげぇな!」


「当たり前です、僕を誰だと思ってるんですか…」


燃え上がる道を一人進み、頬についた煤を払い拭いながらナリアは親指を立てながら…見せる、とびっきりの笑顔を。


「喝采がある限り立ち、期待があるからこそ演ずる。人々の希望を背負い希望に殉ずる…それが『役者』です、それが世界一の役者です…それこそが僕、サトゥルナリアですから!」


「へっ!よく言い切った!よっしゃーッ!お前ら!もう道はいい!ラワー噴水に突っ込むぞ!」


噴水に駆け寄るナリアとストゥルティ…噴水の下にはいつもなら水が溜まっている、だが今は違う。今は水の代わりにドブ川のように薄汚い黒い青がドロドロと溜まっているんだ…青い絵の具だ。


「気持ち悪い…これが下層に繋がってるのか?」


「ふむふむ、これ底がないにゃ…恐らく飛び込めば下へと行けるだろうにゃ」


「……行きましょう、皆さん!……皆さん?」


さぁこれから下層に向かおうとナリアは道を作る皆の方を見ると、冒険者達は既に道を作るのをやめ…代わりに『壁』となっている。


「お、おいお前ら、何してるんだよ」


「分からないか?ストゥルティ」


「ヴァラヌス…?」


壁を作る冒険者達を率いるようにストゥルティ達に背を向けるのは…ヴァラヌスだ、彼は無限に迫り来る色鬼達を前に武器を構える。


「全員では行けん、きっと下にも敵は待っているだろう…あの悪魔みたいな奴が待っているだろう。そこにこの色鬼達もついていけば…より戦場は混迷した状況になる」


「そりゃ、そうだが…まさか」


「この場の全ての色鬼は我々が受け持つ、お前達が戦いを終えるまで…我々がここで持ち堪え色鬼を一匹たりとも通さない」


この噴水に飛び込めば下層に行ける、だがこのままみんなで行けばきっと色鬼もついてくる。だから誰かがここで色鬼を通さないように壁を作らねばならない…残り続け戦い続けなければならない。


その役目を…ヴァラヌスや他の冒険者達が負うというのだ。


「この先にはお前達だけで行け!この軍団の主戦力はお前達だ!悲しいことだが…きっとその中に私は入っていない」


「ヴァラヌスさん……!」


「ナリア君、君の英雄譚…この目で見る事が叶わない事だけが心残りだ、だが…全てが終わったら、また語り聞かせてくれ。君の迫力のある語りはきっと…生で見るより楽しいものになるだろうからな」


「ッ……はい!」


「後は頼んだぞストゥルティ!ネコロア!冒険者の意地をルビカンテに見せつけてやれ!」


「…ああ、テメェこそ死ぬなよ!お前がいなくなったら次の大冒険祭に張り合いがなくなる」


「フッ……分かったよ。さぁ行くぞ…討龍隊ッ!いや…我等がカタストロフ!我等の戦いを見せつけるのだ!」


『ぉおおおおおおおお!!』


突破と異なり、その場で次々と教え寄せる色鬼を倒し続けるのは…至難の業だ。逃げ場もなく包囲された状態で持ち堪え続けるのは突破し続けるのよりもずっと難しい。


だがそれを叶えられると思わせるだけの気迫を見せるヴァラヌスは冒険者を率いながら色鬼達を薙ぎ倒す。例え傷ついても、例え無茶でも、それが依頼ならやり遂げる…これこそが冒険者達の生き方だと彼は背中によって語る。


「いい覚悟だッ!おいお前ら!ヴァラヌスの頑張りを無駄にしない為にも急ぐぞ!」


「は、はいネコロアさん!」


「姉貴達はこの先にいるのか…!?」


「なんでもいい!ともかく今は足を止めるな!」


「あ、あたしも行く!」


そして飛び込む、第一円絶望のカイーナを超えて先に進んだのはナリアとステュクス、そしてストゥルティとネコロアとルビーの五人。彼らは皆で青の中へと飛び込むと…。


「ううぉっ!?なんだこれ!?これ水じゃねぇ!?」


水に飛び込んだ感覚は一瞬だけ、中に入ればまるで穴に落ちたような浮遊感が即座に身を包む。視界は青一色に染まり…星のない夜のような幻想的な青い世界の中を五人は落ちていく。


「ナリア君の考察は当たったようだにゃ、それでこれどこに向かってるにゃ?」


「分かりません、けどきっと…直ぐに見えてくるはずです」


「ん?お!地面が見えるぞ!あれが……」


そして落ちていけばやがて見えてくるのは新たな大地。偽りのサイディリアルを超えた先にある新たな夢の世界…そこは。


「『ぷにぷに防壁』!」


地面に落ちる前にネコロアがぷにぷにと柔らかい防壁を展開し五人を無事に着地させる。そうして降り立った大地には…。


「これ、雪か…?」


足の裏に伝わる感覚は間違いなく雪だ。周囲を見渡せばここが街である事がわかる…がストゥルティやネコロアは首を傾げ。


「ここどこだ?サイディリアルじゃねぇな」


「けどサイディリアル並みに広いにゃあ…色鬼がいる気配もないし、敵もいないにゃ」


見覚えがないのだ…しかし、ただ一人…この場所に覚えがある人間がいる、それは。


ナリアだ…そう、ここは…。


「こ、ここ…エトワールです。エトワールの王都アルシャラです!」


エトワールなんだ、ここは。つまりアルタミラさんの生まれ故郷にしてナリアの故郷でもあるエトワールの景色がそこには広がっていた。


しかし全くそのままというわけではない。天には相変わらず夜の如き黒青が広がり、周囲の建造物も黒く染められ全てが崩れ瓦礫の街と化し、それらの瓦礫が重量に逆らい天に浮かび上がる。


この世の終わり、崩壊したアルシャラとでも呼ぶべき光景にナリアは絶句する。


「アルシャラ?行った事ねぇけどこんな感じなのか?」


「いえ、多分…より奥へ、夢の奥へと進んだ事によりアルタミラさんの深層心理に近づいたんです。アルタミラさんにとって…アルシャラは自らが滅んだ街ですから、その印象が反映されているのかと」


「ふーん」


「ストゥルティお前にゃあ、聞いといてそんな反応はないだろ…」


アルタミラはこの街で滅んだ、画家として死んだ、だからこそ街は荒廃し…アルシャラは滅んでいる。これがアルタミラさんの心の中…そう思うと、エトワール人として悲しい。


「けどさ、ここからどうするんだ?第三層を目指すのか?」


「多分、あれが第三層の入り口なんじゃないかな」


そう言ってルビーの問いかけに答えるステュクスは、指をさす。そこは本来ディオニシアス城があるべき場所、だが今は城はなくただ瓦礫を吸い上げる白い大穴が広がっている。雲も雪も吸い込む巨大な大穴…恐らくあれが次の階層に進む為の穴だ。


「よし!ならあそこに…!」


目的地が見えたなら先に進もう、そうストゥルティさんが口にしたその時だった。


『待ちなよ、行かせるわけないだろ…君達はここで終わるんだからさぁ』


「ッ……今の声」


声がする…僕達の行方を阻むように、ディオニシアス城跡地から現れ瓦礫の山に立つ存在が一人いる。それはこの第二階層での…番人、それはあまりにも意外な人物で。


「ようこそ、第二円『狂気のアンテノーラ』へ…歓迎するよ、みんなぁ」


「ロムルス……!?」


そこには今まで行方不明だった…ルビカンテに消されたはずのロムルスが立っていた。いや以前見た時と少し姿が違う…体の至る所を紫色の絵の具に包まれ、顔の半分を紫に染め、紫に染め上げられたそこから紅蓮の光が輝いている…まるで化け物のような姿で双剣を握っている。


「ロムルス!テメェこんなところで何やってやがる!」


「やぁストゥルティ、会えて嬉しいよ…何やってるって君達を殺しにきたんだよ、分からないかい?」


「あ、貴方はルビカンテに消されたはずです!なのになんで……」


ルビカンテは言っていた、ロムルスは消し去ったと。アルタミラさんの憎悪に応えこの世から消したと…なのに何故ここに、いや…まさか。


「ああ、私は彼女に追い詰められ…彼女の作り出す絵の具の中に取り込まれた。どうやら奴はこの私の肉体を依代に利用しようと考えていたらしい。だが…その程度で取り込まれる私じゃない!逆に奴の力を取り込んでやったのさ!」


「……で、今ここに配置されて門番代わりにされてると。何が逆にだ…まんまと使われてるじゃねぇか!」


「ふふふふふ、ルビカンテの渇望の狂気は私と相性が良かったみたいでね…力が湧いてくるんだ、今なら君達も殺せそうだよッ!!」


ダメだ、完全にルビカンテの狂気に取り込まれている。恐らくルビカンテの『この世界から消した』というのは夢の世界にロムルスを飲み込んだという事だろう。虚構の世界に肉体ごと取り込まれて…挙句色鬼のように狂気の色を与えられてますます話が通じなくなって。


ここまで来ると、逆に哀れだよ。


「君達はここで殺すよ!ルビカンテもそう望んでいる…だからさぁ殺そう!家族総出で相手をしてあげるからさぁ!」


「家族全員……だと?」


ロムルスが叫べば、そこかしこから色鬼が現れる…けどただの色鬼じゃない。みんな見覚えがある色鬼達だ…。


「ゔぅぅ…ぁああ……」


「お、お前…ダイモスか!?ピードやアモル…マルスにロース…全員、色鬼にされたのか…!?」


そうだ、ルビカンテは言っていた…フォルティトゥドの人間は全員消したと。ダイモス達フォルティトゥドも全員取り込まれて消し去られたという事。ロムルス一人じゃないんだ…敵は、ロムルス以外の人間は全員色鬼にされたんだ。


「テメェロムルスッ!いよいよ家族が大事だなんて建前も捨てやがったかァッ!!」


「フハハハハハハ!いい顔だねストゥルティ!だがそもそも家族を捨てた君が言えた事かァッ!!!」


「それはテメェが……!」


「そうかな?……なら、本人に聞いてみよう!君に捨てられた彼女に!」


「は…ッ?」


いや、待て…フォルティトゥド全員が取り込まれ色鬼にされているなら、同じく消えた彼女もまた…色鬼にされているんじゃないのか。そんな思考にたどり着いた瞬間。


雪に、剣が落ちる。漆黒の剣が落ちる…落ちた剣を拾うのは同じく漆黒の絵の具に包まれた色鬼…けど、あれは…あのシルエットは。


「なぁ?ハルモニアッ!!」


「うぅ…あぁ……」


「は、ハル……!そんな……」


ハルさんだ、剣を持ったハルさんが…色鬼になっている。ルビカンテはハルさんの事も取り込んだのだ…アイツは、どこまでやれば……!!


「そんな、ハル…ハルッ!!」


「落ち着くにゃストゥルティ!それより…来るにゃ」


「アハハハハハハッ!」


取り乱すストゥルティさんを抑えるネコロアさんが杖を握り臨戦態勢を取る。僕達の前には総勢百名以上のフォルティトゥドの精鋭色鬼達、対する僕達は五人でそれと相対する。


ロムルスは笑う、笑い狂いながら飛び上がりフォルティトゥド達の戦闘立ち、鋒を向ける。


「さぁ、やろうか!ここであの時の決着をつけよう、フォルティトゥドの全てが!君達を殺すだろうッ!!」


そうして…第二円『狂気のアンテノーラ』にて、サイディリアルに巣食う魔物であるフォルティトゥド家との最後の激突が始まる。それは僕達とフォルティトゥドの決戦であり、同時に。


「行くよォッ!!ストゥルティ!!」


「ッッロムルスッ!!」


ストゥルティさんとロムルスの…長年の因縁にケリをつける、その時でもあった。

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― 新着の感想 ―
>『ここは人の認識で形作られた世界だ』  なんとなく予想はしてましたがメグさん世界を創ってますよねこれ……。  よく絵や画像を二次元だといいますが、目に見える時点で実際には三次元的な大きさのあるただの…
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