表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
719/835

662.魔女の弟子と誘いの月


ステュクスとレギナは愕然としたと言う。蠱毒の壺に入っていったエリス達を見送った。入り口付近で立って待ち続け、直ぐにエリスがアルタミラとボコボコになったロムルスを連れて戻ってくるだろうと頭の何処かで考えていた。


しかし、予想とは裏腹に戻ってきたのは……。


『ぜぇ…ぜぇ…ごめんっ、みんなの治療をお願い…!』


戻ってきたのはデティさんだ、もう信じられないくらいズタボロになったデティさんが大人の姿になり背中に同じく重体の仲間達を背負って現れたのだと言う。


曰く、地下でロムルスを見つけられず…代わりにバシレウスとダアトと出会い、仲間は全滅。その後ただ一人残されたデティはダアトとバシレウスを相手に立ち回りつつ仲間を回収し、二人の攻撃から仲間達を守りながら出入り口を探し出し脱出を目指したと言う。


二人からの攻撃を相手にたった一人で立ち回り、攻撃を捨てて仲間と自身の防御に徹してひたすらに撤退したと言う。


それがどれほどの苦難だったか、バシレウスもダアトも凄まじい使い手だ。そんな二人からの攻撃は苛烈を極めただろう。そんな攻撃の嵐から仲間を守りながら全員を背負って脱出したデティには己を治癒するだけの余力も残っておらず、ステュクス達に簡潔な報告をするなりプツリと途切れるように意識を失ったらしい。


そしてその事を伝えにステュクスは冒険者協会まで走り……今に至るわけだ。


『酷い怪我だ、なんで生きてるのか分からないレベルだ…!』


『ポーション持ってこい!清潔な水も!』


『協会の備蓄を使うんだ!このままじゃ死ぬぞ!』



「なんで…こんな事に…」


ラグナさんは呆然と立ち尽くす、今ここは冒険者協会本部の医務室だ。そこには六つのベッドが並べられ重傷を負ったエリスさん達が横になり、協会の医者達が必死な顔で治療を施している。


エリスさん達がバシレウスに襲われ重傷を負ったと聞かされた時、近くにいたケイトさんは慌てて…。


『で、では直ぐに協会の医務室に運んでください!王城の医務室よりも高度な医療設備が整ってますし何より常駐する治癒術師の数ならこっちが遥かに上です!だから!』


そう言って本部の医務室に受け入れてくれて…今に至るわけだ。みんな気絶してる、意識はないし血だらけで…治療を受けてもどうなるか分からない。


「なぁ、俺の仲間は…大丈夫なのか!?」


そう言いながら医療班のリーダーらしい人にラグナさんは縋り付く、しかしリーダーらしき人はやや暗い顔で。


「大丈夫ではないから私達が出てるんだ、治癒魔術を使っても治し切れるか分からない…特にあの小さい子と金髪の彼女の怪我は酷い、どうなるか分からないから君もここにいてくれ」


「ッッ……みんな」


ラグナさんは倒れるように部屋と隅に置かれている椅子に座る。みんな酷い怪我だがエリスさんとデティさんの怪我は類を見ないほど酷いらしい、いつもデティさんが青い顔をしながらもなんとか治してるエリスさんの怪我は…一般的な治癒術師から見ればサジを投げるレベルのものらしい。


だがここの人達はそれでも諦めずなんとかしようとしてくれている…僕達は、祈ることしかできない。


「ネレイド…メグ…アマルト…メルクさん…デティ…エリス……」


六人全員…傷が深すぎる。けど僕とラグナさんにはそれをなんとかする方法はない、二人とも治癒魔術は使えないから…なんとも出来ないんだ。


「ッ悪い!その小さな子を優先で治してくれ!」


「え?だが……」


「そいつはウチの治癒術師だ!腕前は保証する…そいつさえ治ればなんとかなる!本当だ!」


「……分かった、善処する」


せいぜい出来るのはこれくらい、デティさんが目覚め治癒魔術を行使出来る状態になるのを祈ることくらいしか出来ない。


「クソ……なんだってこんな事になったんだ…俺が判断を間違えた?俺が一緒に行ってればこうはならなかったのか!?」


「ラグナさん…こんなの予想のしようがないですよ」


「だとしても…!……いや、ナーバスになり過ぎだな」


こんなの予想のしようがない、地下に行ったらバシレウスとダアトというマレフィカルム最強格の二人が一緒にいました、なんてのは思考の中にあるわけがないんだ。


しかし…バシレウスか。


(そんなに強いのか、バシレウスって…みんながこんなになっても勝てない奴がいるなんて)


僕の中で…みんなは最強の存在だ、誰にも負けないしなんだかんだ言いつつ最後には勝つイメージだったのに、それがこの有様…みんなでも負けるんだという当たり前の感想が出てきてしまう。


僕達が戦ってるのは…そういう存在、このまま進めばいずれバシレウス達とも戦う事になる。


「バシレウス…バシレウスつったな、俺の仲間をこんな風にした奴は……」


恐れを抱く僕とは正反対にラグナさんは椅子に座りながらメラメラと燃えたぎる。仲間を傷つけた奴、仲間を痛めつけこんな目に遭わせた奴、バシレウス…絶対に許さないと彼は口の中で唱え続ける。


僕が傷つけられて、エリスさんが激怒したように…ラグナさんもまた激怒する。いや今回はその比じゃない、なんせ仲間が六人全員意識不明の重体に追いやられたのだから。


「ラグナさん……」


「ああ、大丈夫…俺はここを動かないよ、みんなが目覚めるまでここで待ち出来る事があるなら尽くす…バシレウスの野郎を探し出してぶっ殺すのはその後だ」


一瞬、エリスさんみたいにバシレウスを探して地下に突っ込むんじゃないかと思ったが、そこは彼だ。冷静なラグナさんはここを動くべきでないと感じて静かに座り続ける。…もうアルタミラさんを探すどころではなくなってしまった。いやそれだけじゃない…。


「………少なくとも、これで明日の大冒険祭最後の競技には…出場できなくなったな」



アルタミラさんも見つからず、仲間達も倒れた今…どうあれ明日の戦いには参加できなくなった。仕方ないとはいえ…責任を感じてしまう。


「ここまで頑張ったみんなには申し訳ないけど、俺はみんなが落ち着き次第ケイトさんに棄権の申告をするつもりだ」


「……そうですね、悔しいですが。それでも大切な物を傷つけられた上じゃ…何を得ても喜びなんて感じられませんよ」


「大切な物を…か、確かにな。このまま強行して勝ってもな」


「はい、後悔が勝ってしまいます」


喜びとは酔いと同じだ、嬉しさや喜びに酔いしれれば酔いしれるほどに人の気持ちは高揚する。そんな喜びを一瞬で消し去る冷や水と言えば…例えばこう言う事態。大切な物を傷つけられたり取り返しのつかない事態になったりする『後悔』こそが喜びを消し去る相反する感情なんだ。


そして今僕は後悔している。全ての原因は僕…僕がアルタミラさんを連れ回さなければこんな事にはならなかったのかな。


(エリスさん…すみません)


静かに目を伏せ、謝る…せめてみんなの為に何かしたいな。でなきゃ僕の気が収まらない。でも出来ることなんかないよ、そもそもデティさんが倒れた以上うちに傷を治せる手段は殆どない、あとはメグさんが持ってくるポーションとかだ…けどそのメグさんも…。


(……そうだ!アリスさんとイリスさん!)


ふと、思い出す。そういえば馬車にはメグさんの無限倉庫に繋がる扉があったはずだ、普段はそこから食材を仕入れているんだ。でその仕入れをしてるのは無限倉庫中に居るアリスさんとイリスさん。


二人はデティさん程じゃないがかなりの治癒魔術の腕前を持つ、おまけにメグさんの持ってる帝国製ポーションも手に入れば…デティさんを目覚めさせる事が出来るかもしれない!


「ラグナさん!僕馬車に行ってきます!」


「え?なんで…」


「メグさんの無限倉庫です!馬車にはそこに通じる扉がありましたよね!そこからアリスさんとイリスさんを連れてきて!おまけに帝国製ポーションを持ってくれば…」


「ッ!それだ!よく思いついてくれたナリア!頼む!直ぐに馬車に行ってアリスとイリスを連れてきてくれ!」


「はい!行ってきます!」


そうと決まれば早速馬車に向かおうと僕はバックを手に持ち協会の医務室を出て馬車へと向かうのだった。


……………………………………………


「なぁおいダアト、逃しちまっても良かったのかよ」


「あそこまでやって逃げられたなら、もういいでしょう」


王城の地下、蠱毒の壺の中で積み上げられた瓦礫の上でバシレウスは胡座をかき大きく欠伸を響かせる。先程まで戦っていた魔女の弟子達には逃げられた…と言うか。


一人になり追い詰められたデティフローアの粘りが思いの外凄まじかった。


(アイツ、他の人間全員が倒れた瞬間別人みたいな空気を纏いやがった…二重人格か?そんな話聞いたこともないが…)


一人になった瞬間黙りこくり攻撃を捨て撤退に全能力を使用したデティフローアの突破能力は凄まじかった、あの一瞬だけなら俺よりも強かったんじゃないかと思えるくらい。


それに…撤退されるとこちらは追撃以外できる事がない。俺は上に…人目のある地上に出るわけには行かない、階段付近まで逃げられた時点で追いかける事は出来なくなったわけだ。


全員生かしたまま逃げられたことに関しては面白くないが、まぁ別にいいだろう…あの程度の連中なんか。


「まぁいいや、それより脇目を振った。ダアト、ロムルスは?」


「それはもういいでしょう、それよりバシレウス様は合図があるまでここで待機していてください」


「は?探さなくていいのかよ」


「ええ、ロムルスはもうこの世にはいないので」


「……死んだのか?」


「死んでません、ですがまぁ…同義と捉えても」


出たよ、ダアトの思わせぶり発言。これに関して興味を持ったり根掘り葉掘り聞いても無駄…こいつは『喋ろう』と思ったことしか俺には言わない、だから下手に濁す時は俺にそれ以上の情報を与える気がない時だ。


だから気にするだけ無駄、ロムルス探しは終わりだ……ケッ、クレプシドラにまたデカい顔されるのだけが不満だな。


「恐らく今夜でしょう」


「何が」


「この街で起こる最大の事件…その序章が幕を開けるのは。ですが煌々と照らされた舞台が多くの人々の注目を集める時、照らされぬ闇にこそ悪意は動くもの。今日…コルロとラニカが動くでしょう」


「…………」


コルロとラニカ、ヴァニタス・ヴァニタートゥムのNo.2コルロ・ウタレフソンと五凶獣のNo.2ラニカの二名が女王レギナの暗殺を狙っている。それはマレウスを隠れ蓑にするマレフィカルムに対する明確な敵対行為。


つまりコルロとラニカは裏切り者、こいつらを殺すため俺はクレプシドラとタヴと共に動き、奴らと戦うのだ。それが今日か……。


「奴らが動き始めたらバシレウス様も外に出てもいいでしょう」


「お前は、ダアト。お前もコルロ達と戦うのか?」


「そのつもりです、ですがその前に要件があるので多分遅れるでしょう」


「要件?なんだ」


瓦礫を踏み越え入り口に向けて歩き出すダアトは少し答えに悩んだまま…口を開き。


「まぁ、簡単に言えば勧誘でしょうか」


「勧誘……?」


「ええ、上手くいく保証は全くありませんが上手く行けばかなり頼りになる仲間が一人増えるかと…マレフィカルムにまで入ってくれるかは分かりませんが」


思わず口を開ける、ダアトがそこまで言うとは珍しい。俺に対してもそこまで言わねえのに…一体誰だ?勧誘?


「誰を誘うんだ?冒険者か?例のストゥルティとか」


「冒険者ではありません、ですがヒントを与えるとするなら…魔力と引き換えに識を得たのが私だとするならば、彼女は識と引き換えに魔力を得た者…つまり」


ニコッと微笑みながらこちらに振り向くと、ダアトはいきなりこちらに向かって踵を返して歩いてきて。


「もう一人の、エリスさんのライバルですよ」


そう言うんだ、エリスのもう一人のライバル?そんな奴いるのか?それがこの街に?つーかそんな奴誘ってどうするんだか…。


「まぁいいから早くやれよ」


「ええ、ああ…それと」


「まだなんかあるのか──あたっ!?」


すると突然ダアトは俺の額を指でコツンと小突いて…笑う。なんだこいつ。


「おい、何すんだよ」


「別に、ただエリスさんとの恋が成就するおまじないをしただけですよ」


「はぁ?」


「では、お利口さんで待っててくださいねぇ」


そしてダアトは今度こそ外に向かって消えていく。何が言いたかったんだ?何がしたかったんだ?相変わらずよく分からねえ奴だ…けど。


「まぁいいや、それよか合図が出るまで寝てるかな……」


少なくとも今日、戦いが起こるらしい。ならそれまで寝て暇つぶしでもするかと俺は切り立った瓦礫の上に横になる。寝心地は悪いが…まぁ別にいいだろ─────ん?


「なんだ?」


ふと、横になった体を起こす。何かが俺を呼んだ気がした…この声は──。


………………………………………






「もうこんな時間だったのか…」


協会を出れば空が既に赤くなり、もう後十数分で月が出る…そんな時間帯になっていた。エリスさん達が運び込まれてからゴタゴタしてて時間の流れに気が付かなかった、こりゃ戻る頃には完全に夜になってそうだな。


(それにしても…ロムルスは何処に消えてしまったんだ、アルタミラさんも…)


僕は走り、馬車に向かいながら考える。ロムルスは何処に行った?アルタミラさんは何処に行った?デティさんは意識を失う前に『ロムルスとアルタミラが地下に向かった痕跡はあったが見つかる気配はなかった』と言っていた。


なら今も地下にいるのか?いないのか?それさえ分からない、他のフォルティトゥドもいなくなっていたようだし…何がどうなっているのか分からない。だが少なくとも今僕達にはそれをなんとかする余力も時間もない。


(アルタミラさん…一体何処へ……)


僕が気絶してから、一体何処に…そう考えているうちに走り続けた僕はサイディリアルの外に出て、僕達の馬車を止めてある区画へとやってくる。


「はぁ…はぁ、えっと…ここですよね」


そして馬車に乗り込むと同時に僕はキッチンへと向かう、普段食材を出し入れする小さな扉。ここからメグさんの無限倉庫に繋がっており、無限倉庫の管理をするアリスとイリスさんにもまたここから会いに行ける。


普段は食材しか出し入れしないから扉はかなり小さいが…僕はその中に体を捩じ込み。


「アリスさーん!イリスさーん!大変でーす!メグさんが!みんなが重傷で!」


そう叫ぶ、扉の中は真っ暗で…何も見えない、しかし僕がそう叫ぶと直ぐに反応があり。


「メイド長が!?」


「うわっ!?」


僕を押し出し扉の中からニュッとアリスさんとイリスさんが現れる。僕は慌てて二人に状況を説明すると…。


「なるほどそんな事が、畏まりました。今直ぐ帝国の集中治療キットを掻き集めて馳せ参じます」


「我々戦闘は出来ませんが治癒術医療技術には覚えがあります」


「帝国で医者免許を持っております、アリスでございます」


「帝国軍にて軍医経験があります、イリスでございます」!


「帝国製ポーションどころか即座にアジメク最高品質のポーションも仕入れられますので」


「少々お待ちください」


そう捲し立てるように二人で交互に喋りながら二人は慌ててタカタカと小さな扉の中に消えていく…よかった、これならなんとかなりそうだ。


二人にデティさんを治してもらって、デティさんが目覚めたら古式治癒で全員を治療すれば…即座に復活も可能だ。


「はぁ〜…よかった」


よかった、なんかなんとかなりそうだ。そんな光明が見えてきて…安堵で僕はふと喉が渇いている事を思い出す。そういえばエリスさん達が運び込まれてから何も口にしてないし、ここまで全力で走ってきて喉もカラカラだ。


「えっと…あったあった」


棚の中を漁ると、メグさんが普段から置いてくれている浄水魔力機構が見つかる。鉄製の筒形…ポットのような形をしたこれは中に水を入れておけばどんな水でも数分で浄水し飲み水にしてくれる偉い魔力機構だ。


冷却機能もついてるから喉が渇いたらいつでもこれで水が飲める…。


「はぁ……」


トクトクと水をコップに注ぎアリスさんとイリスさんが戻ってくるのを待とうと僕は椅子に座る。…さて、みんな治る道筋が出来上がったけどこれからどうなる───。


「私にはくれないのかな、ナリア君」


「……え?」


ハッと水を飲むのをやめて前を見ると…そこには、机の向こう側、僕の向かいの席に座るそいつが目に入る。そいつは悠然と…腕を組みながら僕を見ていて。


「る、ルビカンテ……!?」


「久しぶり」


ルビカンテだ…真っ赤な髪のアルタミラさんだ、そいつがいつの間にか…僕の前に座っていて…!


「お前!」


「そう熱り立つなよぉ、ただ挨拶をしただけ…そうだろう」


「お前が!アルタミラさんの体を使っていたのか!」


ルビカンテの体はアルタミラさんの物だ、ってことはやはりアルタミラさんが居なくなったのはルビカンテの仕業じゃないか!こいつ…それなのにいけしゃあしゃあと!


「君達が、私を…アルタミラを探していたのは知っています、その結果ロムルスへと辿り着いたことも…ですがすみませんね、アルタミラは別にロムルスに誘拐されたわけじゃない」


「え?……じゃあ、おかしくないか」


違和感に気がつく、待てよ?ならなんで地下にいたんだ?ロムルスとアルタミラさんが地下に消えたのは事実なんだ…だがルビカンテがアルタミラさんの体を奪い消えていたならここの部分に齟齬が生まれる。ロムルスが無関係じゃ筋が通らない。


「んふふふふふふふ、ああそうとも…アルタミラが消えたのは私のせい、だがロムルスが全くと無関係ってわけじゃない」


「ど、どういう意味だ!」


「どういうも何も…全部君のせいだ」


「え……僕の?」


するとルビカンテは背もたれに体重を預けて…大きく息を吐き。


「私は、君達との約束を守るつもりだった。君たちが明確な敵対行動を取らない限り表出するつもりはなかった…まぁ君が私にやった『反対の感情を生み出す』行為は私にとって不都合だったが敵対行為じゃないからね」


「ならなんでお前は今ここにいるんだよ!」


「アルタミラが望んだからさ…アルタミラ自身がね」


「なんだって……」


するとルビカンテは人差し指を立て、ゆっくりと僕に向けると……。


「アルタミラはね、嘆いた。己の非力さを…君が窮地に陥りながらも何も出来ない己の弱さを。だから君に逃がされた先で…私を頼ったのさ」


「アルタミラさんが…お前を…!?」


「そう、アルタミラは弱く私は強い、私の力があればロムルス達をなんとか出来ると考えた…だから私はそれに応じた。しかし私が向かった時は既に遅く…君はズタボロにされ、地面に転がっていた」


「…………」


「返事のない君を抱きしめ、アルタミラは己のせいで君が傷ついたと思い込んだ。激しい自責、強烈な憎悪、そして…彼女は狂気に身を任せる事にしたのさ」


だからか…僕はプリンケプス大通りで気絶したはずなのに、ルビーさんが見つけた時ラワー噴水広場に僕はいた。つまりあそこまで移動させたのはアルタミラさんだったんだ!


彼女も彼女なりに責任を感じていた、僕が責任を感じたように…彼女だって責任を感じる。だって自分のために僕が動いて、その結果あんな事態になったんだから……。


「アルタミラはね、ロムルスに対し強い憎悪を抱いた…フォルティトゥドに対して憎しみを抱いた、だから狂気に呑まれ消える前に…私に命じたのさ」


『フォルティトゥドの人間全員をこの世から消せ』


「とね、だから私は実行した。彼女は私だ、私の望みは彼女の望みであり…彼女の望みは私の望みだ、だから私は君とアルタミラに代わって復讐を実行した」


「復讐…まさか」


「ああ、地下までロムルスを追いかけて…私が消した、それが終わったからこうして顔を出した」


ロムルスが見つからなかったのは…アルタミラさんが地下にいたのは、ロムルスに連れられて地下に攫われたからじゃなくて、ロムルスを追いかけてアルタミラさん自身が地下に入ったんだ。


その先でロムルスはルビカンテに襲われ…消えた。いや待てよ…!


「他のフォルティトゥドも含めて…全員消えていたと、デティさんは言っていた。じゃあまさか!」


「ああ、フォルティトゥドの姓を持つ者は須く消した。それが望みだったから」


「ハルさんは!ハルモニアさんは!」


ステュクスさん曰く、今朝から姿が見えないと言っていた…けどまさか、ハルさんまで……。


そう聞くとルビカンテはフッと小さく笑い。


「ああ、消した。家で一人でいたから…やりやすかった」


あまりにもめちゃくちゃ過ぎる、ハルさんとロムルスは関係ないだろう…なのにフォルティトゥドなら全員消したと?そういうことか!?…そういうことか!だからストゥルティさんは消えてないんだ!あの人は今フォルティトゥドじゃないから!


フォルティトゥドを名乗る者は全員消し去る…そして消し去った。それがアルタミラさんの望みであり、僕を傷つけられた復讐だから……。


そんなの…そんなの!


「めちゃくちゃだ!!」


僕は咄嗟に机を乗り越えルビカンテに掴み掛かるが、ルビカンテはスルリと僕の手をすり抜けて椅子を飛び越えかわされる。


「めちゃくちゃか?めちゃくちゃだろうか、めちゃくちゃだね。そして事実私はこれからめちゃくちゃにするつもりだ…」


「何を!」


「ナリア君…私は君を過小評価していた、君がこの六日間アルタミラとした行いは…事実私の力を削いだ。あと一日あれば…私は消えていただろう、君は強い…或いは弟子の中で唯一私を倒し得る存在だ」


ニタリと笑うルビカンテはそういう。やはり効果があったんだ…!あの六日間は無駄じゃなかったんだ!確かにアルタミラさんは『あの感情を感じていた』。それによりルビカンテの力は削がれつつあった…あと一日あれば、消えていた。


本来なら第三戦の勝利によってその感情を得られ、ルビカンテは消えるはずだった…なのにロムルスが、余計なことをしたから。


「そうだ、ロムルス君のおかげで私は再び息を吹き返した。アルタミラの狂気は再燃し膨れ上がった!全ては私が望んだ通りになった!」


「望んだ通り……?」


「ああ、私が何故魔女の弟子とアルタミラの接触を許したと思う…全ては、アルタミラに奪われる悲しみを与える為だった、かつて先生によって私の絵が奪われた時と同じ…奪われる悲しみを味わえば、私が生まれた時同様…彼女の狂気は爆発的に膨れ上がり、私は私として完成するはずだった」


全ての点が繋がった、何故ルビカンテはアルタミラさんに肉体の主導権を突如として戻したのか、何故僕達との接触を許し、僕達に対し何もしないというアクションをとったのか。何故カルカブリーナがあそこで暴れたのか…それは全て。


アルタミラさん自身の手で何かを得て、アルタミラさん自身の感情の悪魔によって仲間が死ねば…ルビカンテは狂気の存在として完成するから…!


その為にアルタミラさんはルビカンテから肉体を返された、彼女自身の意思でなければ意味がないから。その為に僕達と絆を育ませた、でなければ奪われた時の苦しみが小さいから。その為にカルカブリーナを肥大化させた、僕達を殺させる為に…。


だがその計画は失敗するはずだった、ルビカンテの狂気は大きくなるどころか…むしろ僕によって小さくされた。彼女の計画は失敗する…ところだった、そこをロムルスに救われ今こうしてルビカンテは再臨した。


「何故、そこまで肥大化し完成されることを望む…」


「カルカブリーナと同じだ…彼女は『承認欲求』だから見られることを望んだ、君は私がなんの感情から生まれたか知っているんだろう?」


「……ああ、そうだ…知ってる」


痛感する、そういうことか…ルビカンテは何故肥大化することを望み完成されることを望むか、そこに打算的な目的はない。ただそれはルビカンテがルビカンテだから…奴はそういう感情から生まれている。


なら、ルビカンテはなんの感情から生まれている?言っておくが狂気じゃない…そんな感情はない。ならルビカンテはなんの感情か…それは─────。


「お前は…『渇望の悪魔』なんだろう」


「…んふ、んはは!凄いね。言い当てたのは君が初めてだ」


渇望…それは芸術家が元来持つ原初の…そして究極的な感情。それはエフェリーネさんも語っていたことだ。


この間エトワールに帰った時、究極の美について語る彼女も同じことを言っていた。


『人は星に焦がれ、布に絵の具を塗り付け文字を手繰り歌を謳い芸術を生んだ、人を見る生き物だから…渇望し手を伸ばした、星に』


…芸術の根幹とは即ち渇望なのだ。満たしても満たされず完成されることを望みながら真なる完成を見付けない、それが芸術家なんだ。ルビカンテはある意味アルタミラさんの『渇望』から生み出された狂気なんだ。


アルタミラさんが目指した星、その星に伸ばした手こそがルビカンテの正体!


奴は狂気の存在じゃない…こいつは『渇望の悪魔』ルビカンテ・スカーレットなのだ。


「渇望に渇望を重ね、芸術家として飢え…餓え…その末で積み上げたものを壊された瞬間、アルタミラさんの渇望はルビカンテと名を変えた。つまりお前は芸術家としてのアルタミラさんそのものだ」


「素晴らしい…その通りだ、だからこそ私は渇望する。更なる私を、更なる完成を、更なる何かを!怒りに飢え悲しみに飢え喜びに飢え楽しさに飢え飢えに飢える!だから…アルタミラに物を与えそれを奪うつもりだった、更なる私を求めたから」


渇望の狂気は…常に今の己に怒りにも似た不満を持っている、更なる何かを欲する。ただそれだけなんだ、カルカブリーナが承認欲求から動いたように、ルビカンテも渇望の存在だからただ更なる力を求めアルタミラさんを狂わせようとしただけ。


そこに明確な目的はない、ただ腹が減ったから飯を食べようとした…それだけのことなんだ。


「君がロムルスにやられてくれたおかげで私もより大きくなれた、だが足りない…まるで足りない、アルタミラを狂わせるにはまだ足りない…だから彼女には、絶望を味わってもらう」


「何をするつもりだ……」


「彼女のせいで人が死ねばその分彼女は狂う、それは君が実証した…だからそれを実行するまでだ」


「まさかお前…殺すつもりか、人を!」


「人を、じゃない!全てだよ!全てを壊す!全てを殺す!その為の力はロムルスが与えてくれた…!」


「させるわけがないだろ!!」


させるわけがない、アルタミラさんにそんな思いなんかさせられない!僕が止める…アルタミラさんは僕が守る!!


そう叫ぶと…ルビカンテはまるで待っていましたとばかりに笑みをさらに深く、月のように歪ませ。


「君ならそういうと思った、だから…ナリア君。勝負しよう」


「勝負…うっ!」


ルビカンテはグッと身を屈め僕の顔にその目を近づけ、勝負を持ちかける。


「私は君を評価していると言ったね、私を殺しかけた唯一の存在である君には恐怖と敬意を表する…だから君にはチャンスを与えよう。今から行われる絶望の祭宴、私はサイディリアルの人間全員を殺すつもりだ…それを君が止めてみろ。私を倒し…止めてみろ」


「ッッ……そんなの、決まってるだろ!止めてやる!倒してやる!お前なんか!」


「いいね、なら勝負だナリア君…もしアルタミラを助けたいのなら、この先に進みたいなら」


そういうとルビカンテはその手を掲げ、全身から血のように赤い魔力を激らせ、空間を支配して……。


「汝、一切の希望を捨てろ」


「ッッ……!」


そして、ルビカンテの体から放たれた真っ赤な魔力はそのまま空間を満たす。僕のちっぽけな魔力なんかよりも数百倍は大きな魔力が爆発し…僕を飲み込んでいく。


(うっ!なんだこれ……!)


空間が歪む、意識が歪む、なんだこれは…僕は今立っているのか?横になっているのか?飛んでいるのか?沈んでいるのか?分からない、ただ赤い奔流だけが視界を満たす。


何が起こってるんだ…ルビカンテは一体……何を─────────。







…………………………………………………………


『さぁ招こう、さぁ招待しよう。私の世界…狂気の世界。全てを招き入れ全てを閉じ込め、共に踊ろう…至上の喜劇に』


その日、サイディリアルに赤き月が登った。


「なんだあれ、赤い…月?」


夜、大通りを歩いていた通行人の一人は天に登る赤い月が齎す紅の光に目を細めながら天を見た。


天に浮かぶ赤い月は、まるでこちらを見る瞳のようにジッとそこに存在し。ただただ不気味に輝き続けていた。


「何あれ…気持ち悪い」


「魔蝕…?いや違う、なんだあれ…」


「怖い…」


サイディリアルの人々は赤い月に恐怖を覚える、見ているだけで心が掻きむしられるような…そんな嫌な気配を感じるんだ。こんな不気味な日は早く家に帰るに限る…と一人の男が一歩踏み出したその時。


「あ……れ?」


男は地面を見失う。ぐにゃりと大地が歪み、世界が歪み、視界が歪み、意識が歪み、あっという間に男は何もかもを見失い地面に倒れ込んでしまったのだ。


「え!?何!?急に人が倒れ……て……」


「う…意識が……」


「何が…起こって……」


男だけじゃない、街の人間全てが、赤い月に照らされた全てがまるで誘われるように意識を失い、次々と倒れ始めたのだ。


それは通行人だけに留まらず。


「なんだありゃ…何が起きてんだ…!?」


城で外の景色を眺めていたステュクスもまた赤い月を見ていた、重傷を負った姉の為に出来ることはないかと模索していた彼は赤い月を前に嫌な気配を感じ……。


「ロア、なんだあれ…」


『まず─!──を──じろ!ステュ──!!』


「え?なんて?」


剣に声をかけるが…いつもなら明瞭に聞こえるはずの声がまるでガサガサとささくれ立つように聞こえ聞き返す…が、次の瞬間。


「あ…う?え……?」


彼もまたクルリと目を回しその場に倒れ込む。城の兵士達も同じだ…街にいる全ての人間が、全ての人々が…赤い夜に誘われて意識を失う。


そして、誰もが意識を失う中…赤い月は。


『さぁ行こう、さぁ向かおう、皆で舞台にあがろう、部外者なんてここにはいない、全員がまた私と彼の戦いの目撃者となるのだ』


……今宵、巻き起こるのはサイディリアル始まって以来の大事件…そして。


魔女の弟子とマーレボルジェ、サトゥルナリアとルビカンテ、作る者と壊す者の雌雄を決する時となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ハ、ハルさーん!!泣 そんな…重いですよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ