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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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661.魔女の弟子と絶望のセフィロト


それは、今から二十年以上前の話だ。エリスがレグルスに拾われるよりも前…マレウス・マレフィカルムの本部に一人の女と…独りの少女が現れた。


「お久しぶりです、ガオケレナ」


「貴方は…ウルキさん?」


マレフィカルム本部の玉座に座るガオケレナは思わず立ち上がる。突如として扉を開き現れた灰色の髪を持つ女の名はウルキ…羅睺十悪星唯一の生き残りでありマレフィカルム創立の立役者。今現在マレフィカルムの運営顧問という形でセフィロトの大樹に所属する彼女が現れたのだ、総帥とは言え立ち上がり…訝しむ。


「どういうおつもりですか?魔女に見つかりたくないから…顔は見せないのでは?」


「んん?なんでそんな冷たいこと言うんですかぁ、偶にくらいはいいでしょう?偶にくらいは。私だってこの世界で数少ない友人の顔が見たくなる時があるんですよ、それに今日は一人紹介したい子が出来ましてね?その子を連れてきました」


そういうなりウルキはズケズケと部屋の中に入ってきて、錬金術で椅子を作りその上に座ると…一緒に連れてきた黒髪の少女をチラリと見る。


「いい黒髪でしょう?ガオケレナ…貴方と同じ色だ」


「はあ…、その子は?」


「詳しくは言えません、ですが私の友人のツテでね…貴方に面倒を見てもらいたいんです」


「あのねぇウルキさん、ここ託児所じゃなくて反魔女機関の総本山。謂わば悪の秘密結社の本部なんですよ?子供の面倒なんて言われても」


「大丈夫実力は保証します、なんでしたっけ?八大同盟?今の八大同盟の盟主級に強いですよ?今はまだ三大組織には敵わないかもしれませんが直ぐに追い抜くでしょう」


「この子が?…魔力を感じませんが」


「ええまぁ、この子の魂は普通の魂ではないので」


そう言いながらウルキはアジメク製のパイプを取り出し火をつけ始める。


「まずこの子は先天的な魔力閉塞症です、魔力が外に出ないので魔力探知に引っかかりません」


「閉塞症を患って生きている理由が分かりませんが、それにいくら肉体の外に出ずとも魔力の感知そのものは出来るはずですよね…それすら出来ないのは」


「だから魂が特殊だって言ってるんです。この子は魂の一部を識確に置き換える事で生きている…つまり魂が半分魔術に近い状態なんですよ」


曰く、魂の一部が事故で欠損しておりそこを補う為識確の力を縫い付ける事で欠損部を補っているそうだ。魂に何かを括り付けるなんて事そう簡単には出来ないが…まぁウルキならば出来るだろうと言う妙な納得感がある。


だが次いで浮かぶ疑問は…識確の力を縫い付けたと言っていたが、それはそもそもなんだ。識確とは形ある物でもなんでもない概念の話だ…それを魂にくくりつけたところで生きながらえる理由にはならないが。


「まぁそのおかげもあって彼女の魂は認識阻害に近い状態を常に保っており誰にも知覚出来ないんです。体外に出ないから誰も探れず体内にあるから阻害され誰も感じられない…それが彼女の体の状態って奴ですね」


「そんなので本当に強いんですかぁ?」


「それは私がここで懇々と説明することではなく…この子自身が自分の腕で証明する事です。と言うわけでよろしく、私はそろそろアジメクに戻らないと…」


「はあ……」


そう言ってウルキさんは黒髪の少女を置いて去ってしまう。置いて行っちゃったよ…やだね、子供を置いていくなんて。


「あー…えっと、貴方…名前は?」


そう私が聞くと女の子はこちらを見て。


「独りっ子…」


「は?別に貴方の立場を聞いてるんじゃなくて…」


「独りぼっち」


「オッケー、名前ない感じですか?」


そう聞くと女の子は首を横に振る。あるんかい、なら言えよ…いやまぁもういいや面倒臭い。面倒を見ろと言っても私がミルクを与えて子守唄を歌ってやるような人間じゃない事はウルキさんもよく知っているだろう。


「ともあれ君、私にはやることがある。その役に立つなら使う、役に立たないなら死ぬ、死にたくないなら上手くやりなさい…もし上手くやれるならその時は報酬を与えましょう。お前はもう私の配下ですね」


「報酬がもらえるんですか?」


「ええそうですとも、ただ価値は示しなさい。無いなら死になさい」


「……なら、欲しいものがあります。その為なら…どれだけでも戦います、だから」


「ふぅん」


これは、ガオケレナの持論だが。この世に於いて最も罪深いことは無欲なことだと思っている。


人として生まれ、人間社会と言う環境を用意され、ただ無欲に植物のように生きる人間は人としての尊厳と権利を放棄する愚か者であると考える。故にガオケレナは欲深い者こそを好む。


何かを欲し、何かを求める。それは人の動力源となり…動く人間には結果がもたらされる。私は結果が欲しい、その結果を出せる人間というのは得てして欲深い者だ。この私を前にして己の欲を通せると言うのなら見込みはある。


「何が欲しいんですか?言ってみなさい、私に用意できる物なら用意しますよ?」


「なら私が欲しいものは─────」


そう言って少女が口にしたそれを聞いて…ガオケレナはほとほと参ってしまう。困ったのだ、それは私から与えられるものでは無いから…。


「それはちょっと…私から渡せる物では無いですね、私も持ってませんし」


「なら頑張ります、頑張って価値を示し生き続けます。私は…私の欲する者のために生きているんですから」


「……いいですね、気に入りました。では貴方は今日から『ダアト』と名乗りなさい、知識のダアト…それがお前の名前です、この際本名には興味がありませんから」


「ダアト…?」


「そう、ダアトとして役目に励みなさい。そうすればいつか…手に入るんじゃ無いですか?」


「…………」


ダアト…知識のダアト、それは突如としてマレフィカルムに預けられ素性も知られないまま幹部の一人となった女。何処で生まれ何をしていたか…ガオケレナでさえ知らぬ謎多き人物。


そんな彼女は独り、戦う。


(見ていてください…ナヴァグラハ大師)


胸に、師の教えを刻んで…。


…………………………………………………


「ハッハーッ!上がって来たぜ!調子出て来たァーッ!!!」


「うぐぅっ!?」


横殴りに飛んできた拳がデティの魔力となった不定形の肉体を捉え吹き飛ばし、地下迷宮の壁を崩落させる。即座に仲間達もデティを助けようと動くが…バシレウスには通じない。


「邪魔だ雑魚共ッ!スッこんでろッ!!」


「ゔっ!?なんて威圧…!足が動かない…!」


「眼光に魔力を乗せ一時的に身体機能を縛るだと…!こんな芸当聞いたこともないぞ!」


「みんなッ!…このッ!!」


紅の眼光に動けなくなった仲間達を守るようにデティは拳を構えて突っ込むが…。


「素人パンチだな!見飽きたぜそれッ!」


「ごはぁっ!?」


神速の拳は軽く避けられカウンター気味に飛んできたアッパーカットが逆にデティを吹き飛ばす。


……ロムルスを追って来たはずだ。アルタミラを攫ったと思われるロムルスを追いかけてこの王城地下の蠱毒の壺に足を踏み入れたはずだった。しかしそこで待っていたのはロムルスとアルタミラではなくバシレウスとダアト…マレフィカルムでも最強格のセフィラ二人組と言う最悪の組み合わせだった。


ラグナとナリアが居らず六人しかいない状態で邂逅してはいけない強敵を前に弟子達は苦戦を強いられていた。


バシレウスを止める為、ネビュラマキュラとの因縁に決着をつける為戦いを挑んだデティ…そしてそんなデティを守るよう立ち回るメルクリウス、アマルト、メグ、ネレイドだったが。


その戦況は、とても数の優位をとっているとは思えない程一方的で絶望的な物だった。


「ゔぅ…!」


「オラオラッ!そんなもんかよクリサンセマムッ!テメェらが積み重ねた八千年はそれっぽっちかよ!呆れ返るぜオイ!」


左右から飛んでくる殴打の嵐を前にデティは防御すら出来ず滅多打ちにされる。戦いが始まった当初は少しは光明が見えたが…恐ろしい事にバシレウスは戦いが続けば続くほど調子を上げて来た。速度が上がり攻撃力が上がり、最後には覚醒したデティでさえ手がつけられないほどの怪物となった。


それに…。


「やめろッ!『概念錬成・抑圧』ッ!!」


「邪魔すんじゃねぇつってんだろうがぁぁああッ!!」


咄嗟にメルクリウスがバシレウスの動きを縛る不可視の壁を作り出すが、それすらもバシレウスは全身から凄まじい勢いの魔力を放出し破壊する。最初はこれも効いたんだ…だが二回目からは完璧に対応される。


バシレウスは非常に高い学習能力を見せる、一度見せた技・魔術は一切効かなくなる。それがどれだけ高位の物でも区別なく効かなくなる…これが厄介だった。相手はひたすら強いのにどんどんこちらの行動が縛られていくのだから。


「ありがとう…メルクさんッ!」


しかし、その一瞬の時を利用してデティは自らの傷を全快させ全身の魔力を両手を上下に合わせる構えを見せ。


(正直、これを使いたくはなかった。奥の手としてバシレウスに見せたくなかった…けどもうそんなこと言ってられる状況じゃない!使わないとみんな死ぬ!)


バシレウスは強い、今まで戦って来た如何なる敵よりも数段上の領域にいる。これがセフィラかとデティは戦慄する…もし八大同盟全てが裏切ってもなんら問題なくセフィロトの大樹は鎮圧出来ると言うのも頷ける。


だからこそ、こちらも本気を出さねばならない。


「『デティフローア=ガルドラボーク・エーテルフルバースト』ッ!!」


「お?まだなんかする気か?」


揺らめく白い炎のような魔力体となっていたデティの肉体がより一層強く燃え上がり、噴射されるような勢いで噴き上がり輪郭がボヤける。


これはエリスの『ボアネルゲ・デュナミス』のように…魔力覚醒の最適化のような状態、謂わば強化形態だ。メルクリウスやメグのように最近覚醒したわけではなく数年前から覚醒していたデティは既にこの領域に到達していた。


それは治癒魔術をフルに使った…謂わば『超高速の自殺と超高速の蘇生』の輪廻。


「ッッはぁああああ!!」


「ッ速くなっ───ぐぅ!?」


爆裂するような勢いで飛翔しバシレウスの右頬を殴り抜くその速度は、先程までの速度を遥かに上回る物でバシレウスすら反応出来ず殴り飛ばされる。


デティフローア=ガルドラボーク・フルバースト…その効果はありとあらゆる能力の超底上げ。魔力覚醒を意図的に暴走させる『覚醒暴走』…それは一時的に魔力覚醒の力を超えた能力を使用者に与える物。それをデティは用いて制御しているのだ。


しかしデメリットはあまりにも大きい。覚醒暴走は魂そのものにも影響を与え…最後には魂が瓦解して死に至る。事実オウマはそれで死んだ…ならデティも死ぬのかと言えばそうじゃない。


治癒魔術で破砕する魂を常に癒し続け死にながら生き返り続けているのだ。これにより覚醒暴走のデメリットを帳消しにしている…この世でデティだけに許された荒技だ。


「みんな!私がバシレウスを抑える!一気に畳み掛けて!」


「分かった!行くぞ」


「ああ…!」


だがこれもいずれ克服される。ならこのまま一気呵成に攻めるしかない…そう感じたデティはバシレウスに息をつかせる間も与えず攻めかかる。


「ああ痛えなぁコンチクショウ…つーかタフだな、常に治癒魔術で体直してんのか?面倒くせぇアジメク人らしい卑しい戦術だ…」


「バシレウスッ!!」


「うっせぇな…なんだよッ!!」


デティに殴り飛ばされ壁に突き刺さったバシレウスは体を引き抜きながら髪に引っかかった砂利を払いながら苛立ちを見せ、デティを睨みつけた…その時だった。


「『極閃光』ッッ!!」


「お…?」


放たれるのは超巨大な閃光、熱さえ感じる程の莫大な光がバシレウスに浴びせかけられ、その視界が一時的に消え失せる…。この暗闇の中での閃光、目を灼かれないはずが無い。


「眩しっ…!」


一瞬、バシレウスが怯む。やはりそうだ、こいつはあまり考えず戦うタイプ…私と同じ常軌を逸したタイプの天才だ。私が魔術と魔法の天才ならこいつは魔力運用と肉体操作の天才、だからこそこう言う不意打ちは効くと思ったんだ。


そしてデティは怯んだバシレウスの背後に周り。


「『炎熱過重発露』ッ!!」


「うぉっ!?」


右拳を背中に叩きつけると同時に数百近くの炎魔術を暴走させ右拳を爆発させる。自爆に使った右腕は即座に治癒で元に戻り…吹き飛んだバシレウスに目を向け。


「『不倦不撓のベナンダンディ』ッ!!」


叩きつける、無数に分裂した拳による断続的な殴打を。それはバシレウスを地面に叩きつけてもなお止まらず、床を掘削しながらも叩き込み続ける…しかし。


「だからぁ!そりゃあ効かねぇって言ってんだろ!」


(もう視力が回復した!魔力遍在か!)


バシレウスの体内に荒れ狂う魔力遍在が肉体を僅かながら再生させている。魔法の達人である魔女様達は体内に魔力を充満させる魔力遍在を用いて肉体再生を行うことができるという…そこまでは行かずとも恐らくそれと同じ事が起こっているんだ。だから視力がこんな速度で回復した…!


けど……。


「悪いねネビュラマキュラ…無限を集約した個であるお前は、どこまで行っても孤軍奮闘なんだよ」


「何…?」


刹那デティは殴打をやめ、霧のようにその場から消える。と同時に入れ替わるように現れたのは…覚醒したメグだ。消えたデティに代わり次元転移でバシレウスの上に移動したのだ。そして両手を合わせ…。


「『次元砲』ッ!」


「む…!」


叩き込む、次元間移動による加速を生かした砲撃『次元砲』を。カルウェナンの顔色さえ変えさせたその一撃を前にやはりバシレウスも目つきを変え両手を重ね防御の姿勢をとる。


「ッとぉ!重てぇな!」


「まだ…まだです!『次元砲・フルイグニッション』ッ!!」


防いだ…ということは逆を言えば防がねばならないということ。ならばとメグは次々と次元砲を連射しバシレウスに叩き込み続ける。それによりバシレウスの体は益々地面に埋まっていき完全にその場に拘束する…。


「ルードヴィヒ将軍の仇ィッ!!!」


「チッ!うぜぇ!痒いんだよお前の攻撃は!」


「ならこれはどうだ?」


「は?」


その時、バシレウスを埋め込んだ地面が赤く輝き出し…ドロドロと溶ける溶岩へと形を変える。メルクリウスだ、メルクリウスが錬成により地面を溶岩へと変えたのだ。これには流石のバシレウスもヤバいと動き出し。


「熱っ!錬成か!」


「ああそうだ!そして…『コンセンテス・ディアーナ』ッ!」


咄嗟に防壁を展開し溶岩を防ぐと共に飛び上がりマグマの海から這い出したバシレウスを待ち受けていたのは黄金に輝く軍銃を構えたメルクリウス。その手に持つのは概念錬成により数多の概念を重ね合わせ、自らを神であると定義したメルクリウスにより作り出した百発百中の銃…『ディアーナ』だ。


「『銀弾プロセルピナ』ッ!」


「ッ!」


放たれた銀の弾丸に込められたのは無数の概念。『貫通』『飛翔』『無視』『破砕』『必中』…数多の概念を込めて放たれた弾丸はバシレウスの防御をクルリと旋回し避けると共に防壁ごとバシレウスの肩を切り裂く。


「ぐっ!」


「行ったぞ!これでいいのか────」


「ハッ!こんな傷で俺が参るかよ!テメェら今すぐに殺して…」


「───アマルト!」


バシレウスは見る、切り裂かれた肩から飛び散る血を…手で掴みながら飛んでくる男の姿を。この中で唯一覚醒していない…最も警戒度の薄い男が、今バシレウスの血を手にし…。


「ああ、いいぜ…十分だメルク!」


「テメェ何を!」


まずいとバシレウスは直感で感じ全力でアマルトの殺害に向かう。血は魔力を最も通す液体にして様々な魔術の媒介になる情報の塊、真っ当な魔術師なら他人に血は明け渡さないと師匠であるガオケレナも言っていたこともあり即座に自らの血を手にしたアマルトを処理しに行ったのだ。


「なんもさせねぇ!『ブラッドダイン…」


アマルトに向け飛び駆けながら出血した肩をぺたりと触り血を手に含みながら詠唱すると、自分の血がべっとりついた手のひらがパチパチと紅の閃光を走らせ…。


「『マジェスティ』ッ!!」


「いぃっ!?魔術ぅ!?」


放たれたのは紅の極光。丸太のように太い光の束がアマルトに向けて放たれるのは。血命供犠魔術…別名紅血魔術。己の血を代償に魔力を増幅させ強烈な破壊魔術を放つその一撃を前にアマルトは何も出来ず、その体が光に包まれ…。


「アマルト!!」


爆裂し大地が揺れる。地下の一部が完全に崩落するほどの爆発に巻き込まれたアマルトを見てバシレウスは一人殺したことを悟る…だが、その煙から現れたのは。


「う…ぐぅ…!」


「テメェ…デカブツぅっ!!」


ネレイドだ、覚醒により霧の盾を作ったネレイドがアマルトを庇い攻撃を受け止めていたのだ。しかしいくら霧の盾を作っても今の魔術は防ぎきれなかったのか…意識を失い倒れてしまう。


「それよりあの男は!?」


だがそれ以前に、アマルトがいなくなった…その事に気がついたバシレウスは首を振ってアマルトを探す、が…その瞬間背後から何者かがバシレウスを羽交締めにし。


「俺を呼んだかい?王様」


「なっ!?」


「よっと、動くなよ!」


アマルトだ、先程とは髪色が代わり真っ白になったアマルトがバシレウスの体に組み付き身動きを封じていたのだ、だがそんなアマルトの行動をバシレウスは笑い。


「ハッ、それで止めたつもりかよ…弾き飛ばして、手足引きちぎってやるよッッ!!……あれ?」


全力で暴れてアマルトを弾き飛ばそうとしたが、出来ない。アマルトの力がバシレウス並みに強く完全に力を相殺されてしまったのだ。


「テメェ、今まで自分の肉体に物言わせて無双してきたみたいだが、どうだよ…自分の力に抑えつけられる感覚は…」


「まさかテメェ、呪術使いか!」


そう。呪術だ…バシレウスの血液を奪取したアマルトはそれを使いバシレウスの肉体を変身で手に入れたのだ。これにより今アマルトの力はバシレウス並みに強くなっている、自分の力だけじゃ絶対抜け出せない拘束が完成してしまったのだ。


「テメェ……!」


「散々好き勝手やってくれたよなぁ!だがこれで終わりだよ!デティ!」


「うんっ!行くよメルクさん!合体技!」


「ああ!そのまま抑えておけアマルト!」


「勿論ッ!」


「…………」


バシレウスの力を再現したアマルトは無理矢理バシレウスをデティ達に向ける。その先には渾身の一撃の準備を進めるデティとメルクリウスの姿が…。


このまま行けば流石に負けるか、流石にやばいか、そんな思考が浮かぶような場面において…それでもバシレウスは浅く笑い。


「なるほどな、色々分かったぜ」


「ああ?」


呟く、そしてバシレウスは後ろで自分を抑えるアマルトを肩越しに見て。


「ようお前、お前呪術使いだろ?聞いてるぜ?呪術は血を媒介にして魔術を使うってな…だが日和ったか?それとも慌てたか?判断ミスったな。お前は手に入れた血を使って直接俺に呪術を叩き込むべきだった」


「は?何を……」


「分からねぇかよ、血を媒介な魔術を使うのは…テメェだけじゃねえんだよッ!」


瞬間、抑えられたバシレウスは逆にアマルトの体を掴み魔力を吹き出させ…。


「『ブラッドダインオーバーブレイク』ッ!!」


「なッ…!」


吹き出した魔力にアマルトの体が反応する、いや反応したのは取り込んだ血だ。それがバシレウスの魔力に触れた瞬間内側で煮え立ち…。


「ごはぁっ!?」


「アマルト!?」


爆発する。血反吐を吐き口から黒煙を吐きその場から倒れるアマルトを蹴り飛ばしたバシレウスはまたも笑う。確かに呪術にて変身すれば確実にバシレウスを抑えられた…だが判断を間違えた。


血を扱う魔術は呪術以外にもある。特にバシレウスの使う紅血魔術は己の血を爆薬のように扱えるんだ…つまりアマルトはバシレウスの意思でいつでも起爆可能な爆薬を取り込んだに等しい。そんなの自殺行為だし…事実そうなった。


「テメェらよくもやってくれたよな!雑魚がイキがると面倒なんだ…もういい、全力でぶっ殺すッ!!」


そして残ったデティとメルクリウスとメグを前にバシレウスは獣のように四つ足で立ち全身に魔力を行き渡らせ…逆流させる。


「魔力覚醒!『エザフォス・アウトクラトール』ッッ!!」


「ここで覚醒…!?」


発動させるのは魔力覚醒『エザフォス・アウトクラトール』…肉体を完全に自身の意志の制御下に置くことで人間が本来かけている身体能力のリミッターを外し、120%の力と魔力を強制的に引き出す荒技。


ただでさえ強いバシレウスの身体能力が今三倍近くに膨れ上がり…魔力もまた膨大になる。


「まずい……!」


デティがそう呟き次の行動を思案したその瞬間には…。


「邪魔だ消えてろッ…!」


「ぅぐっ!?」


「がはっ!?」


矢のような速度で飛んできたバシレウスがデティの背後で呟く、前方ではバシレウスに何かされたのだろう…体をくの字に曲げ口から血を吐いて吹き飛び、意識を失うメルクリウスとメグの姿が…。


「みんな!ッ…見えなかった!?」


一瞬にしてみんなやられた、アマルトもネレイドさんも、メルクさんもメグさんも気を失った…重傷だ、すぐに治癒しないと立ち上がることさえできない、けど。


「後はタイマンだなぁ!デティフローア!!」


「くっ!?」


それをバシレウスは許さない。平常時でさえどうにもならなかったのに覚醒までされたらもう手がつけられない、紅の魔力を全身からグツグツと湧き立たせそれを撒き散らすように暴れ殴るバシレウスの対処に…全てのリソースを削がれる。


こっちはデティフローア=ガルドラボーク・フルバーストを使っているのに…もう奴の動きについていける気がしない。


(強い…強すぎる…!)


自分はこの力こそ、みんなを絶望させるほどの物だと考えていた…けど、どうやら上には上が居たようだ。ネビュラマキュラの怨讐は…八千年かけて塗り固められた恨みは、これほどまでに大きくなっていたのか。


「オラァッ!!」


「ごはぁっ!?」


叩き込まれる蹴りで腹が破ける…がそれさえ即座に治癒で治し、くってかかるように拳を放つが…バシレウスは瞬き一つしない。ダメだ…もう手がつけられない。


(こうなったら…仕方ない、殺すしかない…!)


手を開き、魔力を集め…最後の手に出る。殺さずに場を収めるのは無理だ…出来れば殺したくなかった、それは殺しを戒めているからではなく────。


「『アブソリュート・ミゼラブル』…!」


「なんじゃそりゃ…」


吹き出したのは虹色の炎。如何なる存在であれ物質であるならば触れただけで消滅させる複合属性魔術『アブソリュート・ミゼラブル』。デティフローアが開発した唯一の魔術であり最強の現代魔術を手に魔力体と化した自らの体もまたアブソリュート・ミゼラブルに変換する。


「『アブソリュート・ガルドラボーク』…!」


これは全力とか、最強の姿とか、そんなのじゃない。全身をアブソリュート・ミゼラブルそのものに変えることで、触れた存在全てを消し去る悪魔の形態なのだ。故にデティはこれを戦闘に持ち出すつもりはなかった…過剰過ぎる力を戒める彼女はこれを使うつもりそのものがなかったのだ。


だがもはやこれ程までに追い詰められては仕方ない…。


「は!何がしてぇんだか分からねーけどンなもん当たらなきゃ…」


「『ブリザードセパルクロウ』…!」


「……ああ?」


一瞬で、部屋が凍りつく。バシレウスの足が氷に囚われ動けなくなる…避けるという選択肢は与えない、ここで死んでもらう…。


「ごめんねネビュラマキュラ…お前は恐ろしい存在になり過ぎた、魔術導皇として…クリサンセマムの人間として…ここでお前を消し去る!」


「ッ……!」


バシレウスを消し去る…その覚悟を決め両手に虹色の光を集め、一気に集約し…膨れ上がらせる。触れればシリウスさえ消し去れると言われたら究極の魔術、四角い丸を成すと言われたそれを…バシレウスに向け解放する。


「『アブソリュート・フルティクルス』ッ!!」


「……こんな魔術見たことねぇ」


足を囚われたバシレウスに向け虹色の光が放たれる。防壁でさえ、肉体でさえ消し去る究極の魔術を前にバシレウスは呆気を取られながらも…ふと気がつく。


「いや、詠唱が古式じゃなかった…じゃあ…『現代魔術』か」


ニタリ…と小さく笑った瞬間、バシレウスの肉体が虹色の光に包まれ完全に消え去り……。


「消えた…殺した…!」


バシレウスへの直撃を悟るデティ。逃げた素振りも避けた素振りもなかった…当たった、つまり当たったなら殺せて────。


「なるほどなぁ!複雑だけど…出来ねえことはない…!」


「え…!?」


がしかし、虹色の光を…触れれば消滅するはずの光を切り裂いて、手が現れる。バシレウスの手だ…それはアブソリュート・ミゼラブルを水のように掻き分けデティに向けて歩いてくるのだ。


「そ、そんなバカな!防げないはずじゃ……!」


「ああ!ちょっと前までの俺ならな…だが、帝都でイイモン貰ったんだ…魔女レグルスからな」


「レグルス様…まさか!」


防壁だ…だがただの防壁では防げない、今バシレウスが展開しているのはレグルス様が持つ『現代魔術無効化防壁』…レグルス様の代名詞の一つにしてエリスちゃんにさえ扱えない究極の防壁の一つを…バシレウスが使っている。


バシレウスは帝都で会得していた…魔女レグルスの防壁を。それをこの数ヶ月で完全にモノにしレグルス同様如何なる現代魔術も無効化する事が出来る方法を手に入れていたのだ。それはつまりアブソリュート・ミゼラブルのような…究極の魔術であっても、現代魔術であるなら消し去れる。


「お前さっきからずっと現代魔術で戦ってたよなぁ…で?こっからどうする…どう戦うよ、ええ?」


そして完全にアブソリュート・ミゼラブルの濁流を弾き切ったバシレウスは…光の奔流の中を歩きデティの目の前に立つ。ポケットに手を入れ…今からお前をどうにでも出来るとばかりに牙を見せる。


デティの攻撃手段は覚醒しても現代魔術だけだ、治癒魔術を攻撃には転用出来ない、そしてバシレウスには規模や威力関係なしに現代魔術は全て効かない…つまり。


「……参ったなぁ、これ…」


「ハッ、じゃあ終わりでいいか?」


「ッ……」


これはもう、詰みだった。


……………………………………………………………


「がはぁっ!?」


「この程度ですか…魔女の弟子」


「ぐぅ!ダアトッ!」


一方エリスもまた…ダアトとの戦いに苦戦し、ズタボロになり転げ回るように苦しみながら戦っていた。


ダアトの正体、それはエリスと同じ…そして史上最強の識確使いナヴァグラハ・アカモートの弟子だと彼女自身から告白された。つまりエリス達が魔女の弟子ならダアトは羅睺の弟子、エリス達にとっての運命の宿敵というべき存在だったのだ。


何がなんでも、倒さなきゃいけない…なのに。


「遅過ぎますよ…エリスさん」


「ぅごぁっ!?」


冥王乱舞で飛び掛かるが…その前にダアトの拳が十数発エリスに叩き込まれ打ち落とされる。


ダアトは覚醒を使ってきた…師匠を相手にある程度立ち回る事ができたと言われるダアトの覚醒『無二のモノゲネース』。全身に青白い光が漂い、まるでそこに居ないかのようなノイズが走り、エリスを見据えるダアトの力は…ハッキリ言って平常時とは比べ物にならないほどに高らめられた。


師匠曰く、ダアトの覚醒は極・魔力覚醒と同格…それも第三段階最上位と同じレベルだというのだ。同じ覚醒でもレベルが違う…次元が違う。


「熕の型…!」


怯んだエリスの隙を突き、手元に青白い魔力を集めるダアトは集めた魔力を握り込み成形し、掌サイズの宝玉のような青く輝く光の玉を作り出し…解放する。


「『天道』ッ!」


「ッ冥王乱舞!点火ッ!」


放たれたのは青白い熱線。膨大な魔力を込めて固めて一気に高出力で爆発させるように放つ一撃、その光の奔流を前にエリスは咄嗟に足先から魔力を放ち回避するが…飛んできた光の線は地面に衝突しながらも爆発せず、次々と下層を貫通し地下深くへと落ちていく。


あれに当たってたら死んでたよ…エリス。


「外しましたか、さっきから致命傷だけは避けますね…まぁだから本気で打ってるんですが」


「その技も…ナヴァグラハから教えてもらったんですか」


「私は貴方と違って一から十まで教えてもらったわけじゃないありません、一の道理を聞けば十や二十と理解し戦術を編み出せるんですよ…!」


今のダアトは魔力覚醒中にある、その効果が如何なるものかは分からない…だが一つ言えることがあるとするなら、それはただひたすらに速いという事。


光速に迫る程の速度で飛翔し瞬く間の間にエリスに肉薄し、近づかれたと理解するその瞬間には殴り抜かれている…でも感じるんだ、これはただ加速しているだけじゃない。この速度は副次効果でしかないんだと。


「ナヴァグラハ大師は私に多くの事を教えてくれた。魔女達が覆い隠した厄災の歴史、八千年前に何があって我が師と魔女が如何にして戦ったかを!」


「お前の師匠はエリス達の師匠に負けたんです!エリス達の師匠達の方が強かったから!」


閃光のように飛んでくる剛拳をただ防壁で捌きながらとにかく足掻きダアトの動きについていく。だがそんな足掻きすらダアトは軽く弾き返すんだ。


……ナヴァグラハは負けている、それは歴史が証明しているんだ。レグルス師匠とアルクトゥルス様の二人が戦い勝利を収め、奴を殺したと…師匠は言っていた。だがダアトは…。


「違う!我が師は負けていないッ!!」


「ぐふぅっ!?」


否定の言葉と共に腹を撃ち抜くような蹴りが飛んでくる。あまりの鋭さにエリスの体は後ろに引っ張られるように吹き飛び地面を転がり悶えることになる…。


「我が師ナヴァグラハは魔術師でも戦士でもない!哲学者だ!ナヴァグラハ大師にとって大いなる厄災は勝ち負けを賭けた戦いではなく彼なりの信念に殉じた結果でしかなかった!」


「何が言いたいんですか…!」


「彼は見定めただけだ、魔女の未来と…シリウスの未来を。結果として道を譲っただけ…負けたわけじゃない!」


拳を握り強く叫ぶダアトの姿を見て、ちょっとビックリする。いつも飄々としている彼女らしからぬ怒号にちょっとビビる。

でもそうか…彼女にとってナヴァグラハはエリス達にとっての魔女様と同じ、尊敬する師匠なんだ。でも…だとしても…!


「いいえ!勝ったのは魔女!エリス達の師匠です!それは歴史が証明している!今この世が魔女の世界である事が証明してるんです!」


例えナヴァグラハにどんな思想があってどんな考えで戦って…その末に勝負を譲ったとしても、勝ったのは魔女。それは歴史が証明している…今エリス達がここにいる事が全ての証左だ。エリスがエリスである限り、エリスはナヴァグラハの全てを否定する。


「勝利者である魔女の弟子のエリスが!お前にも勝ちますよ…ダアト!」


「フッ…やはり、貴方は私のライバルになり得る。だってこんなにも似てるのにこんなにも分かり合えないんだからッ!」


そう口にすれば煌めくような蹴りが再び飛んでくる。見えない、対応出来ない、避けられない、だからエリスはそれを真っ向から受け止める事を選ぶ…。


「冥王乱舞!『王拳』ッ!」!


炸裂するエリスの拳とダアトの蹴り。両者の力は真正面からぶつかり合い空間に歪みを生み出し世界の修正力が発動し空間が埋め合わされていく中、それでもぶつかり合い…そして。


「ッぐ…ぅぐっ!!…がぁっっ!?」


負ける、正面からぶつかり…叩きのめされ吹き飛ばされる。先程までと基礎的な火力が段違いに向上してる、レベルが違うというよりモノが違う…。


「これで分かりましたか、我が師ナヴァグラハの技こそ…最強だと」


「ッくそ……!」


燃え上がる、心の中で闘志と悔しさが燃え上がる。ただ…敵に負けるだけならこうはならない、ただ…ダアトに負けただけならこうはならない。


こんなにも心が燃え上がるのは…奴が羅睺の弟子だから、エリス達にとってこれ以上なく、倒さなきゃいけない存在に、こんなにもデカい顔をされて…剰え魔女より羅睺の方が強いと言われてしまったから。弟子としてこれ以上なく不甲斐ないんだ。


ただエリスが負けるだけならエリスの不甲斐なさで話は終わる、だが…こいつに負けたら、師匠達の技そのものが否定される。


(師匠の技……)


いや待て、まだだ…冥王乱舞は、エリスが作った技だ…まだ、師匠の技は奴に報いてない。


(前使った時は、アイツにエリスの魔術は通じなかった…真っ向から粉砕された、けど…あの時から強くなった、今なら!)


「む……まだ立ちますか、流石です」


「ふぅ…ふぅ…」


まだやってないよな、まだ奴には使ってないよな、エリスの全身全霊…冥王乱舞によって強化したエリスの最強の魔術を。


「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷燎原の炎を招く…黒雷暗天の闇を招く、咲雷万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷その力を示す」


バチバチと両手に電流を這わせ、最後の力を込めて…奴に一撃見舞うためだけに全てを使う。


「合わせて八体、これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容」


「その詠唱は天満自在八雷招…シリウスが作った雷招最強の魔術。なるほど、これでシメですね…なら受けて立ちます」


するとダアトも胸に手を当て胸先から溢れる紅の炎をその手に掴み、弓を引くように炎を握った拳を後ろに引く。


迸る電流と紅の炎が睨み合いように空間を埋め尽くす…負けてない、負けない、師匠の技は…魔女様は!


「『冥星・天満自在八雷招』ッ!!」


「識の型『識天・梅花無尽蔵』ッ!」


放たれる魔術と魔法、エリスの両手から放たれる八つの雷とダアトの右拳から放たれた…あれはなんだ、あれは魔術なのか?少なくとも魔法には見えないそれが正面からぶつかり合い鬩ぎ合う。


「ぐぅっ!」


その瞬間、地面に足が沈んだのはエリスの方だ。ダアトの出力の高さに押されているんだ。嫌だ…負ける、負ける…ッ!師匠の技が!師匠の力が羅睺十悪星に負けてしまう!


(嫌だ…それだけは嫌だッ!…エリスは魔女の弟子なんだ、羅睺の弟子なんかに負けちゃいけないのに!魔術でだけは…絶対に負けちゃいけないのに!)


押される、押される、押される。地面に刺さった足がゴリゴリと石畳を削りながらエリスの体は壁に到達し、体が圧迫される…負ける、そんな言葉が濃厚に頭にまとわりつく。


ダメだ…負けちゃダメだ、だってエリスは…エリスは。


(魔女レグルスの弟子なんだから……)


──この時、エリスは本当の意味合いで魔女の弟子になったのかもしれないと思った。ただ漠然と魔女から教えを受けるのではなく…魔女様の因縁も引き継いで戦う存在なのだと、羅睺十悪星の影を濃厚に感じ真の意味合いで自覚した。


その自覚が、エリスに見せたのは…『より鮮烈な師への憧憬』だ。


(師匠は、こんなにも強い奴を…倒して、道を切り開いてきた)


光の向こうに見えるのは、師匠の背中。この凄まじい力の向こう側に師匠はいる…エリスはそこに辿り着き、魔女の弟子として役目を全うしなくてはならない。


だが、今のままではきっと辿り着けない…ならどうすればいい、決まってる…いつもと同じだ。


(師匠…!)


前へ、踏み出す、されど体はダアトの力に押され前へ進めない…それでも魂は前に進もうとする。絶対止まらない心と何もかもを阻む壁、このどうしようもない矛盾が…エリスに限界を越えさせた。


「ッエリスはッッ!!」


「むっ!?」


瞬間、ダアトの放つ魔力に揺らぎが生まれる…今さっきまで完全に押していた筈の状況で、今…エリスに押し返され始めている。


(これは…エリスさんの体の中から魔力が溢れ出している。増幅と呼ぶにはあまりにも規模が大き過ぎる…まさか、肉体の殻を魂が破り始めているのか)


エリスの体から溢れた紫炎が益々強くなる、勢いを増しているというのにまるで暴走する気配はなく寧ろ逆に安定し、エリスの極小の間合いを覆うように広がり空間を支配し始める。まるで肉体の中に収まっていた魂が体外にまで溢れ出しているような純然たる魔力の奔流はやがて劣勢だった鬩ぎ合いを拮抗の状態まで持っていき。


「負けませんッッ!!」


「ぐっっ!?」


迸り、破裂する。二人の間で魔力が爆発し…鬩ぎ合いは『相殺』という形で終わる。極・魔力覚醒と同程度の出力を持つダアトの覚醒、それと張り合うだけの威力。これは間違いない。


(極・魔力覚醒…一瞬だが表出した!この場面でその片鱗を見せるか!)


「ぐっ…はぁ…はぁ…!」


エリスは息を切らして霞む目でフラフラとなんとか体を保つ、だがダメージも相まって限界を迎えつつある。既に覚醒も明滅しており先程見せた力の一部も露と消えている…しかし、そんなズタボロのエリスにダアトは可能性を見る。


(……ここで決着をつけるのは惜しい)


そう感じてしまうんだ、エリスは既に第三段階の扉を開きつつある。エリスの未来は予測出来ないがエリスは近いうちに確実に極・魔力覚醒を行う…その可能性が見えているのにここで決着をつけて、果たして良いのだろうか。


(ナヴァグラハ大師…貴方ならきっと、見えている可能性を検証せず結果を確定させるのは良くないと言いますよね)


何より、全霊の魔女の弟子を倒してこそ…師の尊厳は守られるのではないか?不完全な魔女の弟子を倒したところで、それは単に未熟だった弟子を倒したことにしかならない。


やるなら…もっと、上の領域で。


「今回も私の勝ちのようですね、エリスさん」


「ッ……」


「フッ、勝負は預けますよ。次はもっと…上の高みで戦いましょう、そして今度こそ…ケリをつけましょう、私と貴方の決着はもっと盛大でなくてはならないのだから」


「ま、待ちなさい…エリスはまだ負けてませんッ!」


「ああ大丈夫」


瞬間、ダアトが動く。疲弊し動けないエリスにはとても反応出来ない速度で動き…その拳を、固く握り締めエリスに向けて────。


「今から、負けるので」


「ッあ…!」


────叩き込む、ダアトにとって全身全霊の一撃。その拳はエリスの顔面を叩き抜き吹き飛んだエリスは背後の壁を突き破り飛んでいき…そして。


「ぁ…が………」


「十分なモノを見せてもらいましたよ、魔女の弟子…」


倒れ伏す、殴り飛ばされ壁を突き抜けたエリスは白目を剥きガックリと瓦礫の上で倒れ伏す。以前のように気絶しても向かってくるようなことはない、先程の魔術で本当に全てを使い切ったようだ。


「とはいえ殺しません、以前の恩もありますし…何よりここで終わらせるのは惜しいですから、おや?」


ふと、倒れ伏したエリスを見下ろしていると…突き破った壁の向こうに別の人間がいることに気がつく。それは…。


「エリスちゃん!」


「なんだぁダアト、そっちは終わったか?」


そこにいたのは、疲弊したデティフローアと軽い手傷を負ったバシレウスが今も戦っていた。がしかし一緒にいた筈の他の弟子達は皆倒れ…デティフローアの孤軍奮闘の状態だった。


そこに加え、エリスの敗北を見せつけられたデティはみるみるうちに青ざめて…。


「どうやらお前だけになったみたいだな、クリサンセマム」


(まずい、気絶はまずい。気絶されるとこっちがいくら治癒しても目覚めるまで戦線復帰出来ない…ってことはつまり、これ全滅じゃない?)


焦る、仲間達は全員倒れエリスも負けて、敵は殆ど無傷のバシレウスとダアトだけが残った。魔女の弟子達の完全なる敗北だった…。


「ダアト、手ぇ貸せ…こいつ殺す」


「まぁ仕方ありませんね、悪いですがデティフローア…貴方には死んでもらいます」


「…………」


前方にはバシレウス、後方にはダアト、周囲には気絶し倒れた仲間達…そんな最悪の状況でデティフローアは苦笑いし…。


「……こんなとこ来るんじゃなかったよ…」


拳を握る、ともあれ…やるしかないんだと。


……………………………………………………………


一方、時は巻き戻りエリス達が蠱毒の壺に入る少し前…エリス達と別行動を開始したラグナとナリアは冒険者協会に向かっていた。


「エリス達大丈夫かな…」


「大丈夫ですよ、エリスさん達強いですしロムルスには負けませんよ」


「だよな…」


人混みを抜けながらラグナは協会を目指す。ラグナはストゥルティ達の話を聞くことを優先した…それは彼の『直感』故だった、このまま全員でロムルスを追いかける選択をするよりも自分とナリアだけでも先に協会に向かっておいた方が良いと、そう何処かで感じだから今こうしているわけだが…。


「それよりラグナさん」


「ん?どうした?」


「いえ…ストゥルティさん達の用事ってなんでしょうね」


「さぁな、だが俺も呼ぶってことはソフィアフィレイン関連での話なんだろう」


ラグナは協会の入り口に立ちながらそう述べる、ストゥルティはナリアの事をいたく気に入っているようだった…だからナリアを呼ぶのは分かるが、そこに加え奴は俺のことも指名した。奴は俺をソフィアフィレインのリーダーだと思っている…というか事実エリスがそういう風に扱ってる。


だから俺も呼ぶってことは、それなりに重要な話ってことなんだろう。


「それよりさ、ナリア…」


「ん?」


「俺も聞きたいことがあるんだよ、お前ロムルスに襲われたんだよな?」


「ええ、はい。襲われました」


「よく生きてたな…あんな重傷で追い払ったのか?」


気になるんだ、ナリアは意識を失う重傷だった。だがロムルスはナリアを殺すつもりだったはずだ…なぜトドメを刺さず消えたんだ?まさかナリアが一人で追い払った?それとも…誰かに助けられたのか?


そう聞くとナリアは深刻そうにゴクリと唾を飲み込み…。


「実は……」


「実は?」


そして彼は…俺の目を見て、神妙な面持ちで口を開き──。


「忘れちゃいました!」


「えぇっ!?」


「いやぁ誰かに助けられた気はするんですけど…これが全く思い出せないんですよね、意識が朦朧としててイマイチ記憶に残ってないと言うか」


「なんだそれ…」


「ラグナさんに助けられたような気がしてるんですけど…」


「俺じゃあねぇよ」


誰かに助けられた気はするけど…誰かは思い出せないか。もし誰か分かるなら…会いに行って礼を言いないんだけどな、俺の仲間の命を助けてくれたやつにさ。会えるならだけど……ん?


「ん?」


ふと、協会の入り口立ったラグナは何かを感じて振り返る。今何か…妙な視線を感じた気が……。


「ラグナさん、どうしました?」


「いや、なんでもない。それより急ごうか」


それより俺も早くエリス達と合流したい。ストゥルティとの話を済ませてしまおうと彼はストゥルティ達が指定した冒険者協会本部に入る…すると中には大量の冒険者達が今日も仕事を受けており、中には大量の人間でごった返していた。


これはストゥルティ達を探すのに難儀しそうだ…と思いきやすぐ見つかった、あいつらは分かりやすく日当たりのいい場所を集団で占領しており一団で固まって酒を飲んでいたんだ。


こうしてみるとあいつらって本当にガラ悪いよなぁ…。


『ん?おお!来たかラグナ!ナリアー!おーい!こっちだー!』


「呼ばなくても見えてるよ」


「ストゥルティさーん!さっきぶりでーす!」


ストゥルティ達は俺たちを見つけるなり手を振ってこっちにこいと合図する。それに合わせるようにラグナも手を上げてナリアと共にストゥルティ達が占領する一区画に向かうと…さっきまで争い合っていたリーベルタースの面々が笑顔で快く出迎えてくれた。


「早速来てくれたな!歓迎するぜ!」


「歓迎するぜってここ協会だろ?」


「協会は俺達の家同然だからな、普段ここに寝泊まりしてる奴も多いんだ」


「そうなのか」


まるで何処からか盗んできたような…そんな高級感溢れる場違いなソファが二つ用意され、ラグナ達はそれに腰をかけ目の前で酒を飲むストゥルティと向かい合う形に座る。周囲にはノーミードや四大神衆が控えているが、警戒してるって感じはない。


どうやらリーベルタースはもう俺達と争う気はないようだ。


「ふぅ、ああそうだ。まず報告だ、どうやらあの第三戦は無効試合になったみたいだ」


「まぁそうだよな、で?どうなるんだ?」


「知らねえ、明日あたりまた別の競技を簡易的に行ってそれで頂点決めるんだとよ」


「ふーん、じゃあまたあんたとやり合うことになるかもな」


「俺としては勘弁願いたいね、お前ら八人のせいでうちの軍団は壊滅しかけたんだ…何よりまたエリスと戦いたくねえ。まぁ負けるつもりはないがな」


どうやら今朝の第三戦は無効試合となり、また後日執り行うそうだ。まぁぶっちゃけそれはもう傍に置いておいても良いくらいの話題だ。だって今どうこう考えても仕方ない話…その前に行方不明のアルタミラを探し出さないとな。


「で、俺達を呼んだ要件ってのはなんだ?」


「んぅ?そりゃあお前…取引だよ」


「取引…?」


「そう、言ってみれば…ズルだ。さっきも言ったが俺達はもうお前らと戦いたくねぇ…だから次の競技、八百長で俺たちに負けてくれ」


「…………」


こいつは変わらねぇなぁ…けどなんとなく納得したぜ、俺を呼んだのはそういう意味かよ。次の競技で俺たちにわざと負けてくれと…ねぇ。


「断る、俺達も勝たなきゃならない理由があるんだ」


「聞いた、ガンダーマンだろ?それ聞いて思ったんだよ…お前ら大冒険祭に勝ってもグランドクランマスターになりたくないだろ?」


「まぁな……」


「なら別に大冒険祭に勝たなくてもいい、俺がガンダーマンとの間を取り持つ」


「は?え?マジ?」


「マジマジ、つーかお前らもなんとなく気がついてるかもしれないが…俺のバックにいるのはガンダーマンだ、俺はあいつと組んで不正してた」


……まぁ、なんとなく想像はついてたが。やはりこいつガンダーマンと組んで不正してたのか…ってことはガンダーマン的には今回の大冒険祭はハナッから他のクランに勝たせるつもりがなかったってか。悪質なマッチポンプだよ本当に。


「だから俺はガンダーマンと繋がりがある。俺が一声掛ければ奴は必ず現れる…アイツに聞きたいことがあるならそっちの方がいいぜ?多分だが大冒険祭に勝っただけじゃアイツから聞きたいことは多分聞き出せない」


「そうなのか?」


「アイツは捻くれジジイだからな。そしてそれ以前に…一応激動の時代を生きたい古強者だ、そう簡単には腹を割らない。だが俺の手助けがあればまぁ口を割らせるくらいはできるし、その手伝いもする。だから頼む…負けてくれ」


「……なんでそこまで勝ちに固執する。確かに俺たちはガンダーマンに話を聞ければ大冒険祭に勝たなくてもいい、だがそれはお前も同じだろ?ロムルスと喧嘩出来ればそれでいい筈だ」


こいつが大冒険祭に勝ちグランドクランマスターになりたいのはロムルスと喧嘩するための戦力を得るため、だがそこはもう俺たちと手を組むことで達成している。今更大冒険祭に勝っても得られるのは名声だけ…その名声を得るためだけに負けろってんなら、ちょっと応じられない。


「まぁ確かにな、俺の第一目標はロムルスだ…けど」


「けど?」


「一応、グランドクランマスターにならなきゃいけない理由は他にもある。まずここで俺とガンダーマンの利害が一致したから…俺達は組んでるわけだしな」


そういえば前もそんなこと言ってたな、北辰烈技會のネコロアの前じゃ言えないけど…ハルモニア以外にもグランドクランマスターにならなきゃいけない理由があると。どの道こいつはロムルス関係なしにグランドクランマスターにならなきゃいけないのか…。


「なんだ?その理由って」


「……言えない」


「はぁ?前回もそう言ったよな。北辰烈技會がいるからって、ここには北辰烈技會はいねぇぞ」


「だとしてもだ、耳が多いんだよ…ともかく勝たなきゃいけない理由はある。頼む!負けてくれ!必ず約束は守る!」


「うーーーーーーん、つってもわざと負けるのはなぁ〜…俺の信条に反するし…」


「そういうなって、お金あげるから」


「お前いちいちやり方が小狡いんだよ…」


俺が見るに今のストゥルティはかなり真摯だ、そもそもこういう取引は反故にすると後が面倒だ…そこが分からないほど馬鹿じゃない。ならきっとこの約束は守られる。


だけど理由もわからないままに負けろってのも面白くない話だ。何より多分だがエリスが納得しない…。


「なぁ頼むよ、ナリアからもラグナになんとか言ってやってくれよ」


「え!?僕!?」


「俺を納得させたみたいにさ、ラグナも納得させてくれよ」


「まさか僕を呼んだのって…」


「うん、ラグナの説得要員」


「えぇ……」


ナリアは困ったようにこちらを見る…ナリアはこの一件、どう考えるんだろうか。


「ラグナさん…」


「ナリア、お前は受けたほうがいいと思うか?この話」


「正直負けるのは嫌ですけど…でもそれで上手くいくならって気持ちもあります、けどエリスさん納得しないですよね」


「だよなぁ、あの負けず嫌いのエリスがマッチポンプを受け入れるとは思えん」


「最悪街を壊すかもしれません…、少なくとも中部リュディア領は壊滅するでしょう」


「キングフレイムドラゴンかよ…」


このまま受け入れればエリスが大爆発する事は間違いない。エリスはストゥルティと組む事を飲み込みはした物の未だストゥルティを敵視している事に変わりはない。何より負けず嫌いのエリスが態と負けましょうなんて話を受け入れるとは思えない…いやエリスだけじゃない、デティやメルクもあれで死ぬほど負けず嫌いだ。


そしてまた、俺もそうだ…だから二つ返事で受けなかった。


「あ、じゃあこういうのはどうでしょうか…って言うかこれってありなんですかね」


「お、何か妙案があるのか?」


「はい、これをするとどの道……」


そんな話をしていると……。


『あれ?ラグナさん達ですか?どうされたんですかこんな所で』


「ん?お……」


ふと、声が響く…協会本部の奥の階段を降りて現れたのは…ケイトさんだ。何やら色々資料を抱えながらげっそりした様子で僕たちを見て、やや明るい顔をしながらこっちに寄ってくるんだ。


「ケイトさん、って…なんかげっそりしてるな」


「おほほ、何処かの誰かが盛大にやらかしてくれたんでね?第三戦はおじゃん…イリアの森は消滅、何が起きたか王政府に説明までしないといけなくて〜」


「あ…はい……」


「だから次の競技を何にしようか考えてまして…次の競技はもう単純極まりないバトルロワイヤルとかでどうです?」


そう言いながら一枚の紙を差し出してくる。次の競技はもうアルスロンガ平原でみんな纏めて殴り合って最後まで立ってた奴に5000ポイントとかでいいでしょ…とケイトさんは言い出した。


いやいや何を適当なと言いたいが本来なら大冒険祭は終了している予定だった、それを日程を伸ばしてやるとなると色々問題が出てくる。これ以上無為に引き延ばすと収支の面でマイナスが目立つようになる、これ以上の予定延長は出来ない…だからもう簡易的でもいいから明日にでも終わらせたい、という事だろう。


「まぁ、それならいいんじゃないか?……あ、いや明日はダメだ」


「あら?何か不都合でも?」


「いや…俺達のチームメイトのアルタミラさんって人が今行方不明で」


「アルタミラ……」


ケイトさんの眉がピクリと動く。まるでアルタミラという名前に聞き覚えがあるかのように…ってそう言えばアルタミラさんは協会所属の描画師だったな、そりゃ知っているか。


「だからそれを探したい、明後日じゃダメか?」


「……難しいですね、引き延ばせて明日の夕頃までです」


「明日の夕頃って…」


「それまでに見つけてもらうかしないと、どうにもなりませんよ…」


「そこを…なんとか出来ないか」


「ラグナさん達だからなんとかして夕頃までなんですよ…。こう言ってはなんですが大冒険祭開催にあたって協会員を数多く動員していて、その人達を抑えておける日数も限られてるんです…本来なら明日優勝者の発表があって次の日にはもうみんな通常業務に戻る手筈を整えてるんです、勿論私もそうです。だから大冒険祭を開催出来るのは明日までなんですよ」


「ぐぅ……」


俺も国王だ、国王としてイベントを開催したことあるし戦王練武会を主催する者としてケイトさんという事はとてもよく分かる。その為だけに呼んでいるスタッフ達にも事情や予定がある、イベント開催期間を一日長くするだけでそりゃあもう多方面に迷惑をかける事になるしそれを解決するには金がどうしても絡む。


資金難の冒険者協会にはそいつはちょっと厳しい…。だから俺達に配慮しても明日の夕方ごろが限界…か。


「東部でお世話になった誼みでなんとか時間稼ぎはします、けど開催は明日です…そして」


チラリとケイトさんは作り笑顔を浮かべストゥルティ達に目を向け。


「ん?なんだよ」


「貴方達には会場設営を手伝ってもらいます」


「は!?なんで!」


「貴方達が第三戦メチャクチャにしたんでしょう!?責任とってください!勿論北辰烈技會にも赤龍の顎門にも連絡してます!無所属の人達も善意で参加してくれてます!今からアルスロンガ平原に行って会場を整えてきてください!」


「は…はぁ!?ふざけんなよテメェらだろうがよ運営本部は!テメェらでやれよ」


「喝ァーッ!喧しい!もうこっちも時間がないんです!じゃあやめますか?大冒険祭やめますか?今回は優勝者なしのグッダグダ大冒険祭にしますかぁ?いいんですよ私はそれで業務減るし!でもそうなると次から大冒険祭開催出来ませんよ!?んん?んんどうなの?んん!?」


「がぁ!くそ!面倒クセェー!」


「ほらはい行くはいはい行く行くさあさあ仕事するする!」


散った散ったと手を叩いてリーベルタースを追いやってしまうケイトさんに、ちょっと冷や汗をかく。ヤベェ…ストゥルティ達が抑えられた、これからロムルスとやろうってのにストゥルティ達が動けなくなっちまった…。


え?じゃあ俺無駄足?ストゥルティもこっちを見ながら『ごめん!』と手を合わせて何処かに行ってしまう…嘘だろ。


(アルタミラさんを助けるにはロムルスと戦うしかない、ロムルスと戦うにはストゥルティの助けが欲しい、ストゥルティが動けるようになるには明日の競技が終わらないとダメ、明日の競技にはアルタミラさんが必要、アルタミラさんを助けるにはロムルスと戦うしかない……まずい、問題がループした)


どうしよう…これどうしようと俺が青くなっているとケイトさんが。


「まぁその、アルタミラさん捜索は私達も手伝いますから…」


「ケイトさん…いや居場所はわかってるんすよ、今そこにエリス達も向かってて」


「おや、そうなんですか?ではどちらでしょう、人手なら貸しますよ」


「ロムルスだよ、副将軍ロムルスが…攫っている可能性が高い。だから今ロムルスにエリス達が接触してる」


「……ロムルス」


呆然と一つ呟くケイトさん、ロムルス…その言葉を聞いた瞬間、ピクピクと頬が動き。


「え!?ロムルス!?今行ってるんですか!?エリスさん達が!?」


「ああ、ネビュラマキュラ王城に」


その瞬間ケイトさんが『まずい!』と青い顔でネビュラマキュラ王城の方を…協会本部の出入り口の方を見る。不思議な反応をするな…と思ったその瞬間、本部の入り口を潜りながら息を切らして走って現れたのは。


「大変だラグナさん!」


ステュクスだ、そしてステュクスは顔面蒼白で協会本部に現れ…って、ステュクス?なんでステュクスが……。


「姉貴やデティさん達がやられた!重傷だッッ!!」


「え……え!?なんで!?」


涙目になりながら俺の方に走ってきてなんとかしてくれとばかりに俺の手を掴むステュクスは…。


「やばいよ、メチャクチャな怪我だ…みんな意識がない!」


「だからなんでだ!ロムルスに負けた?ンなわけねぇだろ!」


「違う!ロムルスじゃない…俺は見てないけど、曰く……バシレウスだって!そう言ってた!」


「……バシレウス」


その名を聞いて、俺は愕然とする。それはエリス達が帝都で戦った怪物にしてマレウスの先代国王の名前だ、今セフィラに所属している男…そいつが、エリス達と邂逅し、その結果全滅?


エリスもメルクさんもデティも…?みんな?みんな負けたのか?バシレウスただ一人に?……そんなの、ないだろ。

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― 新着の感想 ―
1週間ぶりの栄養補給ありがとうございます。 そしてエリスとダアトの戦闘、久々に鳥肌が立ちました。極・魔力覚醒!エリスメイン章が楽しみすぎます。 戦況はかなり絶望的ですが、どのような展開になるのか… ケ…
えっ!あの詰みの状態でも入れる保険があるんですか?! ネビュラマキュラ城が地盤崩壊で崩れないか少し心配です
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