660.魔女の弟子ともう一つの弟子
ネビュラマキュラ王城には秘密がある、それは大広間に向かう際の廊下の途中にある初代国王アウグストゥス・ネビュラマキュラの絵画だ、この絵画の額縁の左下を撫でて隠された突起を押し、その上で額縁を上に持ち上げると…その下から扉が現れるんだ。
その扉はマレウス王城の暗部…地下迷宮『蠱毒の壺』に繋がる道となっている。そんな地下への入り口を見たエリス達は…口を開く。
「この国の祖先はモグラかなんかか?どこ行っても地下施設あるな」
「水を差さないのアマルトさん!」
「ぐぇ…!」
開かれた地下への扉を前にエリス達は揃って立つ。どうやらこの先にアルタミラさんがいるようなのだ…そして恐らく、ロムルスもこの先にいる可能性が高い。そう聞いたならもう行くしかないだろう。
「なぁ姉貴、マジで行くのか?」
「行きます、後から来たナリアさん達には貴方の方から伝えておいてください」
「わ、分かった…けど気をつけろよ」
気をつけろよ…と言われればそんなもん警戒くらいしとるわと返したくなる。状況から見てかなりヤバいのは丸わかりだ、だってそうだろ?
なんでアルタミラさんは表向きにされていない地下迷宮を知っていた?何故ロムルスはこの場にいない?そんな物ロムルスがこの中にアルタミラさんを入れたからで、今も姿を見せていないのは最悪籠城を決め込んでいるからである可能性が高い。
つまり入れば戦闘になる…確実に。待ち構えている連中の相手程厄介な物はない、けど引けないですよそりゃ…だってロムルスはナリアさんを傷つけたんですよね?アルタミラを攫った云々関係なくぶっ飛ばし対象です。
「ひとつ聞いていいですか?ロムルスはこの地下施設を知っているんですか?」
「軍部上層はみんな知ってます、レナトゥスも含め王国上層部には共有されてます…」
「じゃあロムルスがこの中にいるのは間違いないですね」
「ってかさっきの探索でロムルスの姿自体は確認できなかったのか?」
「無茶を言うな、私が探したのはアルタミラ一人だ。それ以外の事も探そうと思うと頭がパンクする」
「そういうもんか…まぁいいや、ともかくこの中にアルタミラがいるならそっちを確保しようぜ」
まぁともあれこの中に入ることに変わりはないとエリス達はステュクスを置いて地下への扉を潜る…すると、見えてくるのは埃まみれの石階段。魔女の懺悔室を思わせる地下に地下に続く無限の階段だ。
そして、その埃を見たエリスは…確信する。
「メルクさん、見てください」
「……埃に足跡がついているな。これはマレウス王国軍の軍靴に似てる、つまり」
「やっぱりロムルスか…マジでこの中に入ったのかよ…」
ロムルスの物と思われる靴跡を見つける。余程人の出入りがなかったのか足跡がくっきり残っているんだ…それと。
「それとこっちの足跡はアルタミラさんのですかね」
「……ああ」
メルクさんはやや眉をひそめながらもう一つの足跡を見る。それはエリスの記憶的にアルタミラさんがよく着用していた靴の跡に似ている。つまり彼女もこの中に…。
「アルタミラ様とロムルス、ピースが揃いましたねメルク様」
「……ああ」
「如何されました?さっきから『……ああ』しか言いませんが」
「いや、私の気のせいでなければ…もう一組足跡があるように思えるが」
「え?」
そう言ってメルクさんはもう一組の足跡を見つける。靴跡は二種類…つまりアルタミラさんとロムルス以外にあともう二人この地下に入って行った事になる。それもこの足跡は他の二つに比べやや新しい…それこそエリス達の直前くらいのタイミングだ。
「この足跡、新しいぞ」
「他にも誰かいるってことですかね、フォルティトゥドの誰か?」
「昨日からいないって話じゃなかったか?ともかく注意して進むぞ」
何がいるにしても進むしかないんだ、エリス達は階段を慎重に降りながら地下迷宮を目指す。階段を降りている最中…エリスはレギナちゃんから聞かされたこの場所の話を思い出す。
この地下迷宮はマレウスという国ができる前から存在していたらしく、数百年前はネビュラマキュラ一族は地上に出ずこの地下迷宮で生きていたというのだ。其処で何をしていたかは分からないがともあれここはネビュラマキュラにとって重要な地でもある。
それが今は色々転じて…地下牢獄兼王位継承の座ということになっているとのこと。
(レギナちゃんが今国王として認められていないのは王位継承の儀を終わらせていないから。そしてその王位継承の儀が行われるのがこの蠱毒の壺ってことですか)
レギナちゃんは王位継承の儀を『アルクカースの王位継承戦のようなもだ』と言っていた。そして蠱毒という言葉の意味と…この出入り口が限定された地下迷宮の存在を総合的に加味すると。
……とてもじゃないが、真っ当な王位継承が行われていたとは思えない。事実レギナちゃんはこの地下施設の存在そのものを嫌っているようだったし、何より死んでも中に入ろうとしなかった。
だからつまり、そういうことなんだろう。
「お、ようやく下についたか?」
そうしているうちにエリス達は階段を降り切り広い部屋へと出る。がしかしその瞬間理解する…ああこれは地下迷宮はだと。
「こりゃ、ここで人探しは難儀するぜ…」
「これは複雑だ」
目の前には黒い石畳で出来た道が無数に枝分かれする。空を見上げれば天井は見えず闇の中に石の通路が無数に伸びている。想像していた十倍くらい広大だ…こりゃ迷ったら二度と出られないな。
「ふむ、みんな。離れずに行動しよう、迷ったら出られんぞこれは」
「でございますね、おてて繋ぎましょうかアマルトさん」
「嫌だよ…お前絶対なんかしてくるし…」
「……足跡、消えてるね」
「ここからは完全に手探りでのアルタミラさん探しになりますね、取り敢えず歩きますか」
複雑な構造だがエリスの記憶力があればいつでもこの出口に戻ってこられる。だからみんなエリスから離れずに着いてきてくださいねとエリスは遠慮なく地下迷宮を歩き始める。
「しかし、薄気味悪い上に不気味な場所だな…」
「なんか出そうでございますよね、お化けとか」
「おッ!?お化けッ!?出るわけなくない!?出るわけないけどエリスちゃんがおてて繋いで…」
「いいですよ、…ん?」
ふと、みんなで歩いていると…何かが足に当たりカラコロと音を鳴らして転がるんだ。何が転がったんだ?と視線を向けると其処には…。
「あ、頭蓋骨」
頭蓋骨だ、人間の頭蓋骨が転がっている。多分あれを蹴っちゃったんだな、中から虫とか色々出てきてるし…。
「あー、本当だ」
「いやデティお前お化けはダメで頭蓋骨はオッケーなのかよ、俺正直今死ぬほどビビってんだけど…!」
「というか、よくよく見るとこの地下迷宮…壁の至る所に血の跡がありますよ」
「ぶっきみー!死ぬほど不気味だねぇ!エリスちゃん!私帰りたくなったー!」
「俺お前のビビるラインがわからねぇよ」
見れば其処彼処に骨が落ち、壁にはかなり古い血の跡が刻まれている。どう考えてもおしゃれでやってるようには見えない…異常すぎる。なんなんだここ…。
「メグさんどう思います」
「うーん、……いやどうと言われても」
だよね、なんとなく聞いただけだから気にしないで。
「と言うかぶっちゃけどうやってアルタミラ探すんだよ。パァーッと見た感じこれ一日二日見て回る程度じゃ隅まで探しきれないぜ」
「ですね、こうして歩いても果てが見えませんし…ちょっと作戦考え直す必要があるかもしれません」
メルクさん達との連携である『超極尽心眼』も万能じゃない…詳しい場所までは分からない、これで見れるのはあくまで情報の残滓…謂わば足跡そのものを探るだけ、何処かに囚われているならそれも無いし、うーん参った。
これはやり方を考える必要がありそうだ。あんまり奥まで行くとラグナ達とも合流出来ないし…一旦引き返そうか。
そう考えつつもエリス達は地下迷宮の探索を進めていく…すると。
「ん?」
「どうしました?ネレイドさん」
「……足音が聞こえる」
「足音?」
耳を澄ませる、確かに…みんな足を止めてるのに何処からか足音のようなものを感じる。エリス達以外に誰かいる?
「まさかロムルスか?」
「それか、その後に入った謎の二人組か…ともかく何かのヒントになるかもしれない、ちょっと見てみるか?」
「ですね…にしても」
エリス達は足音の方へと走る、よく聞けば微かに話し声のようなものを感じるんだ…けど。
おかしい、どう考えてもおかしいんだ…だって今エリス達は足音によりそいつの存在を認識してるのに…『魔力が一切感じない』。余程小さい魔力なのか?いや…それとも。
(まさか……まさかッ!)
魔力を感じない、その情報から思い浮かぶ人物は一人…もしかしてとエリスは走る速度を速め、其処の曲がり角の奥から聞こえる足音の正体を確かめる。
すると…其処にいたのは。
「え?」
「ん?」
其処にいたのは…曲がり角の奥の部屋で、座り込む謎の影。まず人目でアルタミラさんじゃ無いのは分かる…だって男の影だから、同時に察する。これはエリスが思い浮かべていた人物じゃ無い…だって隠しているけど内側から確かに魔力を感じるから。
なら誰だろう…なんて考えるまでも無いほどに、そいつはあまりにも特徴的な物を持っていたから。
「あ?…お前ら……」
「な、…なッ!なんでお前が…ここに!」
地下迷宮の一角で座り込んでいたそいつはエリス達を見るなり立ち上がり、ニタリと笑いながらこちらを向く…それは。
白い髪…赤い瞳、凶暴な顔つき…それらを持った、恐怖の象徴。
「ば、バシレウス…ッ!」
「エリスか…奇遇なところで会ったな」
ゾッと血の気が引く、今…考えられる中で最悪の相手、いやそもそも考えられもしない…選択の中にも存在していなかった存在が其処にいた。
何かの幻覚か?夢か幻か?…いや違う、奴は事実…其処にいる。
(嘘でしょ…なんでバシレウスがここにいるんですか…!!)
エリスとメグさんは芯から震える。それは奴の恐ろしさを知っているから…奴の強さを知っているから、以前戦った時は手も足も出ないなんてレベルじゃ無いくらい実力差があった。あの時から強くなったけど…果たしてあいつと戦えるくらい強くなれているかは疑問。
最悪だ…こいつがここにいる以上アルタミラさんを助けるどころの騒ぎじゃなくなった…!
「こ、こいつがバシレウス!?帝都でエリス達を半殺しにしたって奴か!」
「……本当に人間?立ち上る気迫が尋常じゃ無い」
「ッ…!噂には聞いていたが、どうやら我々の世代で最強だ…という話は、悔しいが事実らしいな」
「なんだよエリス、今日は随分お友達がたくさんじゃねぇか…それにいつぞや殺し損ねたメイドもいると来た…」
バシレウスの気迫に全員が冷や汗を流す。…さっきも言ったがエリスはあの時から強くなった、けど痛感する。
こいつも…!バシレウスもあの時より強くなってる!そうだよ、別に成長するのはエリス達だけの特権じゃない!こいつもまた生命の魔女ガオケレナの弟子なんだ!そりゃ成長もする!ダメだ…勝てない!
「本当は別件で来てるつもりだったが…丁度いい、今日こそ連れ去るか」
「ッ…来ないでください!」
「言ってろ、どうせ抵抗は出来やしない」
バシレウスが一歩前に出る、ただそれだけで肩に鉛が乗ったような感覚がして嫌な汗が噴き出る…どうする、どうする!どうこの窮地を乗り切ったらいい!どうすればこいつの強襲を振り撒ける…!
「邪魔する奴は全員殺して……あん?」
「待って」
すると、エリスの前に立ち…エリスを守るように手を広げる影が現れる。
デティだ、デティが杖を持ちながらエリスを守るように立っているんだ…。それを見たバシレウスは数秒考え…ハッとして。
「お前が…クリサンセマムか?」
「そうだよ、ネビュラマキュラ…こうして会うのは初めてだね」
「ククク、こりゃ驚いたぜ。まさかウチとタメ張る家の当主が…こんなちんちくりんとはよ」
そうだ、この二人は今この世で最も長い歴史を持つと言われる二つの家。八千年前から歴史を刻み続けている無二の一族…クリサンセマムとネビュラマキュラの後継者同士なんだ。
だからだろうか、通ずる物があるのか、二人は睨み合いながら動かず。
「俺の家…ネビュラマキュラとお前の家であるクリサンセマムは、相反する理念によって…八千年もの時を使った」
「クリサンセマムは…唯一を無限に拡散する方法を。ネビュラマキュラは無限を唯一に収束する方法を。…見ていた場所は違えども目指す場所は同じだった」
「いいや違う、お前らクリサンセマムは魔女の下僕として使われ続けただけだ。俺達ネビュラマキュラは神を…魔女を殺す為に八千年を執念に焚べた。根底が違うぜクリサンセマム…」
「どっちも同じだよ、その存在理由を魔女に依存してる…って点だとね」
「…………」
「一度会ってみたかったんだよね、ネビュラマキュラの落胤と。レギナちゃんには悪いけど彼女にはネビュラマキュラとしての力がなかった…けど貴方は違う。私同様八千年来の傑作と言われる貴方と」
「………で、どうする」
「決まってる、エリスちゃんには手出しさせない。ネビュラマキュラの悪因をクリサンセマムの一員として排除する」
「出来ねぇ事は言わない方がいい」
バシレウスが静かにポケットから手を抜く、デティが杖を両手で持って構える。その問答とその結果を見てエリスは自然と悟る。戦いは避けられないと…ならば仕方ない、やるしか無い、やらなきゃ殺されるんだ。
「そうだぜ、エリスにゃ手出しさせねぇよ!」
「無論だ、いつぞや帝都では好きに暴れてくれたようだが、ここでもそういくと思うな」
「エリス…私の後ろに…」
「み、みんな……」
「チッ、雑魚共がワラワラと。いいぜ?やる事は変わらねえ…お前らを殺して、エリスを手に入れるまでだ」
エリスを守るようにみんなが立ち塞がる…バシレウスもまた拳を握る。みんなエリスを守ろうとしている…ならエリスも……。
「では……」
「え…!?」
しかし、その瞬間…事態は更に最悪の方向へと進むことになる。それはバシレウスの背後から、カツカツと足音を鳴らして現れる。
足音は聞こえるが、魔力は感じない。そう…これはエリスが最初に感じた、魔力を感じない足音の正体!
「私はエリスさんと決着でもつけますかね」
「ダアト…!?お前もいるんですか!?」
「ええ、帝都ぶりです…約束覚えてますよね、私のライバルよ」
「ッ……」
バシレウスの背後から闇に紛れる黒コートをはためかせ現れたのは…今現在バシレウスを押し退けマレフィカルム最強の座に座る女。
バシレウスと同じセフィラの一角…知識のダアトだった。
アルタミラさんを探しに来たはずなのに…いつのまにかエリス達はマレフィカルム最強のツートップを相手にすることになってしまった。なんで…こんなことになってしまったんだ。
……………………………………
刻は遡りエリス達が第三回戦を終えアルスロンガ平原から帰還してくる…少し前の事。冒険者協会本部に居を構えるケイト・バルベーロウ…またの名をマレフィカルム総帥ガオケレナ・フィロソフィアの部屋では。
「で、昨日ロムルスを見つけたけど逃げられました…と」
「思ったより逃げ足が早かった。あと少しだったが王城に逃げられちまった」
「はぁ〜、はじめてのお使い…失敗!」
「まだ失敗じゃねぇ!」
昨晩ロムルスを見かけ追いかけたバシレウスはその後ロムルスを見失っていた…と言うより王城に近づきすぎた為衛兵に見つかりそうになったのだ。表向きには行方不明になってる自分が城の周りを彷徨いてると知られたら…面倒なことになる。
そしてそのままロムルスは城の中に逃げ込み消えた、けど失敗したわけじゃない。またロムルスが城の外に出てきたら其処を捕まえて殺す。それでいいじゃ無いか、何が悪いんだ?
「まさか次城の外に出てきたら…とか考えてませんよね」
「あ?そうだけど…」
「間抜けェ〜…ロムルスがダチョウ並みの知能だったらあり得ますけど絶対二度と出てきませんよ普通、貴方が命狙ってるって分かったらもう一生城から出ませんって」
「は!?じゃあどうすんだよ!」
「それを私が聞いてんですけどねー」
城から出てこないと仕留めようがない。流石に城の中にズカズカ入っていけねぇ…別に衛兵だとなんだのを皆殺しにして目撃者全員殺せば済む話だが…それでもな、もう二度とあの城に帰りたくねぇってのもある。
「参りましたねぇ、今はロムルスが錯乱してるからいいですが…もし落ち着きを取り戻したら反撃に出られますよ」
「反撃?丁度いいじゃねぇか、カウンターで殺す」
「バーカ、搦手ですよ。例えば貴方の存在を世間に公表するとか…貴方が嫌がりそうな事はすぐ思い付きますよアイツ…全く、だから普段から魔力や身体の修行じゃなくてお勉強もしっかりしましょうって言ってるのに…」
「チッ…クソうぜぇ…」
畜生、こいつに好き放題言われるなんて最悪だ。それもこれもロムルスのせいだ…どうしてくれようか、なんとかかんとか殺す方法ねぇかなぁ……。
「仕方ない!ここは一つ…手札を切りましょう」
「何すんだよ、ってか殺すならお前がやれよ」
「私はほら、総帥ですので。雑多なゴミクズに構ってやらないんですよ…それより」
パチンとガオケレナは指を鳴らし…。
「来なさい」
そういうのだ…その言葉は空間に反響し……。
「………?」
「あれ?」
「誰も来ねえぞ」
「ちょ、ちょっとお待ちを?」
するとガオケレナはコソコソと遠距離念話用魔力機構で誰かと話し始め…それから数秒後、部屋の扉を開けて誰かが入ってくる。
「すみません、シエスタしてました。健康のために」
「ダアト…?」
目元を擦りながら現れたのはダアトだ。確か一緒に街に来てからずっとガオケレナの命令で色々裏で動き回ってたはずだが…。
「すみませんダアトさん、バシレウスがポカったのでリカバリーお願いします」
「あら、誰殺したんですか?」
「それが誰も殺せなかったんですよ〜」
「うるせぇっ!」
なるほど、とバシレウスは内心手を打つ。確かにダアトがいれば全部解決できるな…。
「実は城に忍び込む必要が出ました。ちょっと識確で隠密しながら城の中を探してロムルス殺してきてください」
「ロムルス・フォルティトゥドですか…確かコルロと組んで反逆を企んでるとか」
「其処まで把握してんのか…?お前」
「ええまぁ、彼女にはちょっとしてやられたばかりなので」
「は?」
するとダアトは咳払いをしつつ…こちらを見て。
「まぁともあれ、行きますか。バシレウス様…それとも城には行きたく無いですか?」
「……別に、どーでもいい」
「そうですか、ではガオケレナ様。行ってまいります」
「はーい、上手い事頼みますよ〜?私ちょっと動けなくなるのであとは頼みます」
「何かあったので?」
「へへへ、第三戦…無効試合になりましてね?ガンダーマンが急遽競技変更したから宝玉をしっかり作り込めなくて…これからどうしたらいいか、私に全部丸投げされました…これから仕事〜!うふふ」
「惨めだな、ガオケレナ」
「喧しいですね無職のプー太郎が、さっ!とっとと行く!消え失せろ!仕事の邪魔!」
そういうなり俺とダアトは部屋から追い出されてしまった。と言っても正規の出入り口じゃなくて裏口…所謂隠し通路というやつに押し込められただけだがな。
「全く、バシレウス様は一言余計なんですよ」
「うっせ…それよか早くロムルス殺しに行くぞ、アイツは今城の中か?」
「うーん、感じ的に城の中にはいませんね。恐らく…壺の中かと」
「………蠱毒の壺か」
ピキリと額に青筋が浮かぶ。喧嘩を売ってんのかアイツは…俺が蠱毒の壺に近寄りたがらないとでも思ったか?俺が近寄らないから避難場所に最適だとでも思ったか。ナメ腐りやがって…所詮アイツらにとっての認識なんてその程度のもんってことか。
「壺の中なら好都合だ、一度中に入っちまえば早々人目につかねえからな」
「ですね。では向かいますか、蠱毒の壺に」
そういうなり俺とダアトは裏通路を歩いて協会の入り口に出る…。通りは昼間だから人通りも多く騒がしい、最悪の気分だ。全員死んでくれないかな…。
「何不機嫌そうにしてるんですか」
「余計な事言うな、それより認識阻害。俺の顔をこいつらに見られると面倒だ」
「もうしてますよ、余程のことがない限り我々の姿は誰にも認識されません」
「フンッ…」
ダアトの力により誰にも見られなくなった俺はポケットに手を突っ込み歩き出す。ここ数週間、人目を避けて路地裏歩いてたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい便利な力だな…これで魔術じゃないってんだから意味不明だ。
『それよりラグナさん──』
『ん?どうした?』
「……ん?」
「あら?急に立ち止まって如何されました?」
ふと、さっきすれ違った二人組の男に既視感を覚えて振り返る。すると其処には赤髪の男と紫髪のナヨナヨした男がいて……。
「今の声……」
今の声、どっかで聞いた気がするな。紫髪の方…見覚えもある気がするが…。
しかし確かめようにも既に二人は人混みの中に消えており、今更追いかけて確認しようって気にもなれず俺は鼻で一つ息を吐きながら。
「なんでもねぇ、それより急ぐぞ。早くロムルスの顔面に一発入れてやりなきゃ気が済まねえ」
「ええ勿論」
そうして俺達はダアトの力で認識されないままロムルスを探す為孤独の壺に向かい…久しく訪れる蠱毒の壺へとやってくることになる。
「辛気臭い場所ですね」
「チッ…」
暗く、ジメジメした通路を歩く。絵画を押し上げて現れた階段を降り切り、広大に続く地下迷宮を歩きながら俺は舌打ちをする。相変わらずここはここのままだ…別に何かを期待してたわけじゃねぇけど、クソだな。
「にしても広いですね、ここ」
「だろうな、闇雲に探しても多分見つからねえ。ダアト…識確でロムルス探せ」
「全く人使いが粗い王様ですね、ですがいつまでもこんな場所にいたら健康を害しそうです。早々に見つけ仕事を終えて出るとしましょう」
そういうなりダアトは指を立てて識確にてロムルスの情報を探る。こいつの識確はエリス以上の物だ、故にこいつがいれば秒で見つかって……。
「あら?」
「あ?どうした?」
「壺に入るまでロムルスの気配をここに感じていたんですが、…居ません」
「居ない?壺の中なんじゃねぇのか」
「ええ、ですが消えました…忽然と」
「……案外使えねーんだな、お前」
「い、いやいやこういうイレギュラーくらい見逃してくださいって。しかし妙ですね…人間ってそう簡単には消えないはずなんですが」
「頭悪いなお前も、識確がありゃあなんで消えたか、消える直前まで何があったか、この地下迷宮に何が起こってるかくらい探れるだろ」
「無茶言いますね……それならさっきからやってます」
「見つかるか?」
「……ダメです、おかしいな。情報予測が上手く機能しない」
つくづくダメじゃねぇか。と俺はその場に座り込む…ダアトは普段から識確の力で凡ゆる情報を予測して動いている。本来なら俺達がどれだけの時間をかければロムルスと接敵できるかも分かっていたはずだった。
しかし、何故かダアトの予測が外れ剰えロムルスが消え又も逃げられる結果に終わった。これは普通のことじゃねぇな。
「ダアト、お前の識確による情報予測が外れる条件はなんだ」
「識は人によって成り立つ要素なので人の意志が一切介在しない事象に巻き込まれる…例えば災害や隕石などでロムルスが死んだら予測出来ません」
「あり得ないな、それなら俺たちも認識出来る。他は」
「後は……同じ識確使いが近くにいる場合、未来予測に影響が出る場合があります」
「同じ識確使い?」
「……もしや」
ダアトは何かに気がついたのかいきなり座り込んだ俺を置いてトボトボと何処かへ歩いて行ってしまう。なんなんだ、急に俺のこと置いて行って…。
「チッ…」
よくわかんねーな、そう思い地面を撫でる。俺は…いやバシレウス・ネビュラマキュラはここで生まれた。
(……分かってる、何も言うな)
目を閉じ、そう唱える。分かっていると…まだ目的は果たせていない、だが俺は俺のやり方で世界最強である事を証明する、だから……。
(だからその時は、俺はこの手で……)
「えッ…!?」
「あ?」
ふと、声が聞こえて振り返る。色々集中してて気が付かなかったが背後に誰かいると思い視線を向けると、其処にいたのは……。
(エリス……?)
エリス…唯一、俺を理解出来得る存在が…其処にいた。
……………………………………
「オラオラッ!エリス守るんだろッ!雑魚共が張り切って群がって!その程度かよ!」
「ぐっ!?なんて強さだッ…!」
突如、バシレウスと接敵したエリス達は今…戦いを強いられていた。エリスを守るため立ち塞がったメルクリウス達五人の魔女の弟子は…かつてない程の苦戦を強いられていた。
「『コンセンテス・グラディウス』ッ!」
石畳を砕きメルクリウスが跳躍する、武力の化身となったメルクリウスはその速度のまま一気にバシレウスに突っ込み跳ね飛ばそうと力を加えるが。
「軽いッ!」
「ごはぁっ!?」
片腕を前に出しただけで弾かれメルクリウスの体がくの字に曲がる。バシレウス足元の石畳は木っ端微塵に吹き飛んだ辺り直撃はしていたし衝撃は通じていた…がしかし、その程度ではバシレウスは揺るがなかった。
文字通り、ただただ単純にバシレウスを傷つけるには火力が足りなかっただけと言う最悪の結果だけを叩きつけられメルクリウスは地面を転がり血を吐く。
「テメェッ!メルクをッ!」
「メルクを?なんだよ」
「ぐっ…!」
その瞬間背後からアマルトが黒剣で斬りかかるが、視線すら向けず人差し指と中指で刃を受け止める。たったそれだけでアマルトの剣は岩に刺さったように動かなくなる。
「お前ら魔女の弟子なんだろ?その程度かよ…呆れ返るぜ。あんな強え奴の教え子がこれっぽっちとは…余程お遊びみてえな修行で甘やかされて来たんだろうなぁ!」
「ッんなわけねぇだろッ!」
「だとしたら、魔女は余程見る目がねぇんだ」
指で挟んだ剣をそのままにバシレウスが一気に腕を振るえば、アマルトの体ごと振り回されその体が天を舞い壁に叩きつけられる。
「ぅぐっ…がぁ…クソッ!なんつー怪力…ラグナ並、いや以上か…!」
「オマケにバカみたいに耐久力があるぞ…」
アマルトとメルクリウスは共に立ち上がりながらバシレウスを睨む。もう嫌ってくらい分からされた、何が強いって全てが強い。基礎ステータスからして文字通り次元が違う。
これだけの数の弟子達でかかっても傷一つ与えられないのだ、実力に開きがありすぎるのだ。
「これ以上…!」
「あ?」
しかし、その時幻影を切り裂いて虚空から現れたネレイドがバシレウスの体を鷲掴みにし動きを止める。
「暴れるなッ!」
「でっけぇな、超人の類か?まぁこの段階にあって超人であることなんざなんのアドバンテージにもならねぇよ」
(ッ…持ち上げられない…!)
ネレイドが両腕に力を込めてもバシレウスは微動だにしない。見ればバシレウスは右足の靴を既に脱ぎ捨てており、素足で石畳を掴んでいるんだ…ネレイドの全力を足の指だけで受け止めているのだ。
「ッアマルト様!メルク様!バラバラではダメです!連携で攻めなければ奴にはダメージが入りません!」
バシレウスの怪力を前に苦戦するネレイドを援護するように飛んできたメグが時界門を発動させる。バシレウスの足元にマレウス近海に通じる穴を開け強制的に退場させようとしたのだ…しかし。
「連携ねぇ」
「なっ!?」
凄まじい反応速度で時界門が開き切る前にネレイドに掴まれながら跳躍する。それは体を掴むネレイドを振り回す程の勢いでありネレイドを引き連れたまま飛び上がると。
「それでなんとかなると思われてるのも腹が立つなッ!!」
「ぐぅっ!?」
蹴り飛ばす、ネレイドを地面目掛け蹴り下ろし叩きつける。そして倒れ伏すネレイドを前に悠然と着地したバシレウスは首の関節を鳴らし…。
「そら、やってみろよ連携って奴。通じねぇから…」
「ッ……」
バシレウスの身に纏う鬼神の如き気迫に気圧される。ただただ純粋なまでの強さと絶望的なまでの実力差を前に恐怖すら感じる魔女の弟子達…そしてそんな弟子達を見てニタリと笑うバシレウスは。
「来ないなら、こっちから殺す────」
「『不折不曲のセイラム』ッッ!!」
「ぅぐっっ!?」
油断し切ったバシレウスの顔面に…光の拳が突き刺さる。それは今まで微動だにしなかったバシレウスを初めて退け反らせ彼の体を後ろへと滑らせ砂埃を舞い上がらせる…。
「あ?」
ギロリとバシレウスはそのままの姿勢で視線を向ける、自分を殴った存在を。
「テメェか…クリサンセマム…!」
「言ってるでしょ、友達には手出しさせないって…!」
デティだ、魔力覚醒を行ったデティがバシレウスの前に立ち塞がり紅蓮の瞳で睨みつけているのだ。今の一撃で口の端が切れ血が滴るのを…バシレウスはゆっくり眺める。
「面白れぇ…そう来なくちゃ」
「みんな、ごめん…私に力を貸して。こいつ許せないよ」
デティは腕を振るい自らの治癒の魔力を振り撒き仲間達を治療し…戦闘態勢を整える。今この場で最大火力が出せるのはデティだ、ならデティを全面に押し出す方が良いだろうと考えたメルクリウスは。
「分かった、援護に回る…死ぬなよデティ」
「勿論!さぁやるぞ!ネビュラマキュラ!無限となった唯一か!無限を集約した唯一か!」
「ご先祖様がつけられなかったケリをここでつけるか。上等だよ…上等だ!」
瞬間、八千年と血脈を紡ぎながらも一度として交わる事のなかった二つの名が衝突する。
「クリサンセマムゥァッ!!!」
「加速魔術並列使用ッ!肉体強化付与多段展開ッ!!」
大地が弾け蠱毒の壺全体が揺れる。無限に近い魔術を身に宿すデティは現代魔術を無数に並列使用し肉体を強化し、バシレウスはただ一つ…己の魔力によって無限と拮抗する。
その力の衝突は地下全体に木霊してなお止まらず、乱反射する光のように地下の中で何度もぶつかり合う。
「中々に速い…ッ!」
「ギャハハハ!期待しても良さそうだなぁお前はよぉ!」
衝突する二人の拳は互いを弾き、その勢いのまま壁を蹴り飛翔しまた相手に突っ込む。これを幾度か繰り返すうちに元々二人がいた区画は完全に崩落し更に下層に落ちながらも二人の動きは止まる所を知らず…。
「『不倦不撓のベナンダンディ』ッ!」
「おっ!腕が増えた!」
デティの腕が六本に増える。魔力の肉体をこねくり回し変形させ物理的に腕を増やし、其処から叩き込む怒涛のラッシュがバシレウスに向け雨のように降り注ぐが…。
「効かねぇなぁ!」
(ダメだ、手数で押してもダメージが入らない!奴の耐久力を抜ける一撃じゃないと!)
効いてない、殴った側から拳が弾かれる。まるで鋼の塊を叩いているようだとデティは感じる。
バシレウスの強さの一端はここにある。彼は超人ではない…限りなく超人に近いだけの人間だ。であるにも関わらず何故至高の超人であるネレイドさんを上回る力を発揮出来たか。
それは彼の『魔力遍在』が究極の域にあるからだ。肉体に魔力をを浸透させる魔力遍在…これを行う事により魔力を扱える人々は扱えない人の数倍近い力と身体能力を発揮出来る。エリスちゃんがあれだけバカみたいな力を使えてるのも肉体に魔力が充満し強化されているからだ。
バシレウスはその魔力遍在が凄まじい。とんでもない濃度の魔力を常に肉体の中に押し込んでいる、魔力により活性化した肉体は強靭さを手に入れ怪力すらも発生させる…そしてバシレウスはこれをほぼ無意識的に行なっているんだ。
とんでもない話だよ、殆ど才能であのレベルの魔力遍在を行なっているんだとしたら打つ手がないよ。だってアイツからすればこの防御力は無意識的に手に入れているもの、除去は不可能。やってられない話だ…だからこそ、その防御力を抜けるだけの力を用いなければならない!
「その肉体が、ネビュラマキュラが欲した無限を集約する唯一か…!それを手に入れる為にどれだけの犠牲を払った!」
「それを咎められる口かよクリサンセマムが!」
瞬間デティの連撃の隙間を縫ってバシレウスの腕が伸び、デティの胸元を掴む。
「しまっ──」
「今ある事実が全てだろッ!俺が強く!クリサンセマムが劣る!それが答えだよ!」
叩きつける、下層の地面を更に砕きまるで落雷でも落とすような勢いで一直線に地面に飛んだデティは大地を砕きながら吹き飛ばされ苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ…!」
「テメェから売ってきた喧嘩だろ!へばってんじゃねぇ!」
「チッ!まだまだ!」
地面に叩きつけられ負った傷を即座に治癒で治しつつ、降り注ぎ飛んできたバシレウスの蹴りを両手で受け止める。それだけで部屋の全てにヒビが入る衝撃波が走りデティの肉体にも負荷がかかる。
「うぅっ!重い…!」
「そらトドメだッ!」
そして更にもう一撃、蹴りをデティの防御の上から叩き込もうとしたバシレウスだったが…。その直後…。
「『時界門』!」
「ッな!?」
空間に開いた穴から飛び出してきた巨大な腕に体を掴まれる…これは。
「デティ様!今です!」
「メグさん…ネレイドさん!」
時界門で飛んできたネレイドがバシレウスの体を捕まえ拘束していた。これ自体を振り解くことはバシレウスにとって他愛もない…だが。
(まずった!対処を間違えた!)
咄嗟に振り解こうと腕に力を込めてしまった、貴重な0.1秒を無駄にした…だって本命はネレイドではなく。
「『不壊不砕のトリーア』ッ!」
「ぐふぅっ!?」
叩き込まれる本命の一撃、無数の強化を腕一本に集約したデティの肥大化した拳がバシレウスを捉え殴り飛ばす。さっきの一撃よりもなお強力な一撃に今度こそバシレウスは壁に叩きつけられることとなる。
「すまんデティ!援護が遅れた!」
「つーか速すぎるぜ!お前もバシレウスも!」
「ごめん!でも助かった!」
次々と時界門から這い出て合流する仲間達。寸前だったが…助かった、いい援護だった!
「チッ…虫がゾロゾロと」
しかしそんな様を見てもバシレウスの顔色には一切の焦りはない。寧ろ軽々と体を起こし関節を鳴らしながら笑い。
「まぁいい、軽く殺せそうだし…ここらで殺しとくか」
「みんな、引き続き援護お願い……」
笑うバシレウス、苦悶の顔を浮かべるデティ。勝機の見えない戦いは未だ続く…。
………………………………………………………
一方、バシレウスとデティ達が戦っている間…エリスはと言えば。
「剛の型ッ!」
「冥王乱舞ッ!」
別の区画で、戦っていた…相手はバシレウスではなく、それを上回る存在である。
「『一閃』ッ!」
「『一拳』ッ!」
相手の名はダアト…かつて東部で戦い完敗した相手、帝都で再開しお互いに命を助け助けられた仲、エリスとダアトはこの関係性をライバルと呼ぶ。
そう、今ここでエリスは…ライバルと戦っていたのだ。
「ほほほ、驚きましたね。たったの一年でここまで爆発的に強くなるとは…!」
「喧しいです!早く貴方を倒してバシレウスからみんなを助けないと!」
「そんな悲しいことを言わないでくださいよ、せっかくまたこうして再会出来たのですから」
接敵と同時に突っ込んできたダアトに殴り飛ばされデティ達と引き離された、ここからでも感じるくらい凄まじい魔力と衝撃が伝わってくる…向こうも向こうでかなりやばい戦いをしているようだ。
が、こっちもこっちで手一杯だ。正直今すぐダアトを倒してバシレウスのところに行きたいが…。
「冥王乱舞・『旋月』ッ!」
「はははッ!速い速い!」
超加速からの回し下痢を放つもダアトの銀の錫杖に受け流され掠りすらしない。こいつ相変わらず強い…そりゃあそうだ。こいつはマレフィカルム最強の存在なんだ。こいつと初めて会った時エリスはまだ八大同盟とも戦っていなかったからその意味をよく理解していなかったが、今なら分かる。
こいつは八大同盟よりも強いセフィラ達の中で頭一つ飛び抜けるバシレウスさえも上回る存在、聞けば師匠とも一時的ながらある程度互角に殴り合った腕前を持つ文字通り最強の使い手なのだ。そう簡単に倒せる相手でもない…。
と言うか!!
「クソッ!ダアト!お前東部で戦った時よりも強くありませんか!?」
「そうですかねぇ」
東部で戦った時のエリスよりも今のエリスの方が余程強い…筈なのに全く差が埋まっているように思えない。東部の時もある程度渡り合えていた筈なのにその時と全く関係性が変わってないのはおかしいだろ。
「まさか貴方!東部の時手を抜いてましたね!」
「失敬な、本気でしたよ」
そう言いながらもエリスの怒涛の拳を軽く手を払って全て弾くダアトの姿に説得力はない。こいつ明らかに強くなってる…バシレウスが強くなるのは分かるがこいつがそんな急激に強くなるものか?手加減してたに決まってる。
「手加減はしてません、ですが以前も言ったように私には貴方を殺せない理由があるんです。だから殺さない範囲での本気…という意味では本気でした」
「それを手加減と言うんですよ!」
「ですが以前に比べかなり強くなっている様子。喜んでください?そう言う意味では…今の段階で私が出せる全力を、今私は出している」
クルリと回転しながら足を止め、胸に手を当て一礼する気取った姿に苛立ちを覚える。今の段階というのはつまり…覚醒を使わない状態で、という話だ。
悔しい話だがエリスは今覚醒を使っている、対するダアトは使っていない。奴はそれだけの力を持っているんだ…ダアトと本気で戦った師匠曰くダアトは平時の状態で覚醒者と同格の力を持ち、覚醒を行えば極・覚醒と同程度の出力を発揮すると言う。
化け物だよ、文字通りの…これがマレフィカルム最強かと圧倒される思いだ。
「帝都に居た時よりもずっと強くなっている。…そこに関しては喜ばしい、ですが一つ文句を言いたいことがあるとするなら…」
「ッ…!」
瞬間、ダアトは拳に力を込めながら手に持った錫杖を上に投げ…両手をフリーにする。
と同時に飛んでくるのは。
「速の型『五月雨』ッ!」
「ッ…冥王乱舞・『怒涛』!」
両手を使った神速の連撃、それに対応するようにエリスも肘から紫炎を吹き出し加速しながら真っ向から打ち合う、手数は互角、速度も威力も互角、エリスとダアトの間で幾多の衝撃が瞬いた次の瞬間。
「速の型『孤月』ッ!」
「冥王乱舞!『旋月』ッ!
クルリと体を回し両者共に神速の回し蹴りを放ち…またも衝突し大地が揺れる。互角、互角の速度だ…それを受けダアトはムッとして。
「その冥王乱舞ってなんですか!まんま私のパクリじゃないですか!文句くらい言いたくなりますが!?」
「……むぅ」
……パクリかパクリじゃないかと言えば、まぁ反論は難しい。ダアトの技は肉体の中に押し込められている魔力を魔放石リベレスクで出口を作り出口を狭めた噴水のように勢いよく魔力を放つことで加速している。
そうだ、エリスの冥王乱舞と同じだ、幾多の技を重ね合わせ魔力射出方向に指向性を持たせ絞る事で出力を確保している。ダアトの技と同じ原理で動いているんだ…その上。
「剛の型!『一閃』ッ!」
「冥王乱舞!『一拳』ッ!」
「ほら!動きも同じ!」
「……むむぅ」
ダアトの加速した拳とエリスの加速した拳が再びぶつかり合う。そのモーションはほとんど同じだ…精々エフェクトが違うくらい。
……確かに、確かにィッ!エリスはイメージしてましたよ!冥王乱舞を作るに当たってダアトをイメージしましたよ!しょうがないでしょう魔法を使って強くなろうと思ったら師匠は殆ど参考にならないから!エリスが見たことのある中で一番強い魔法使いとなるとダアトしかいないんですから!
「師匠は言ってました、エリスの在り方とダアト…お前の戦い方はよく似ていると」
「まぁ、同形質ではありますね」
「だから、仕方ないんです!」
「その言い訳は苦しくないですかねぇ!…にしても」
と、その時ダアトはエリスと合わせていた拳を開き、グッ!とエリスの手を掴みながら引き寄せると共に鋭い膝蹴りを叩き込み…。
「ぅぐっ!?」
「私の真似をしただけで、私と互角になれたと思われるのも癪なので…ここらで突き放しておきますか」
「ぐっ…」
まずい一撃をもらった、内臓に来る攻撃だ…息が出来ない。なんてエリスが悶えた瞬間を狙い、ダアトは再び両拳を構え…。
「技の型…ッ!」
それはエリスが見た事ない技だ、今までエリスに対して使ってこなかった技だ、つまりこれがダアトの…本気!?
「『六根清浄』ッ!」
「がぼがぁっ!?」
一撃、エリスの鼻先に拳が突き刺さった瞬間…続く打撃が光を放つ。たった一度ダアトが拳を振るっただけで上下左右中央の五方向からほぼ同時に針のように尖った拳が叩き込まれエリスの体が跳ね飛ばされる。最初の一撃と合わせて計六発…瞬きの間に叩き込まれたんだ。
「言ったでしょう、前回は貴方を殺さない範囲での本気で…今回は今の状態で出せる正真正銘の本気だと。前みたいに気持ちよく互角の戦いができると思ったら大間違いですよ、エリスさん」
「ぐっ……まだまだぁ!」
「相変わらず死ぬほどタフだ…」
強い、相変わらずダアトはエリスにとって高すぎる壁だ…だがそれでも負けられない!負けたくない!こいつには!こいつにだけは!
「ですが私のモノマネじゃいつまで経っても私には追いつけませんよ!」
「モノマネじゃないッ!」
「だから、その動きや技は私のモノマネで……」
確かに、基礎の部分はダアトの影響を受けている。そこは認める…だが冥王乱舞そのものはダアトの真似じゃない、エリスの培った全てを組み合わせた結果こうなっただけ…エリスが鍛えた技の極致の一つなんだ…何より!
「冥王乱舞ッ!」
「はぁだからそれは……む!」
瞬間、拳に魔力を集めたエリスの動きを見てダアトは顔色を変え…。
(違う!これは私の技じゃない!何か来るッ!)
吹き出した炎が帯状になりエリスの拳に纏わりつき、固く締め上げ魔力を圧縮する。それは体外に魔力を排出出来ないダアトでは絶対に再現出来ない挙動…そう、これは。
(これはカルウェナンやラグナ・アルクカースが得意とする魔力圧縮法…!まさか!)
「『王拳』ッ!」
「ッ守の型『鉄重』ッ!」
放たれるのは魔力を圧縮して放つ一撃、冥王乱舞『王拳』。ラグナやカルウェナンの戦い方を見て編み出したエリスの新境地、これはダアトの真似事ではない別の誰かの真似事だ。
エリスは今までそうやって強くなってきた、師匠から基礎を学び敵から戦術を学び戦いの中で戦いを学んだ。そうやって幾多の強敵の技を見て強くなり続けたのがエリスなんだ。
冥王乱舞とはダアトだけを見て作った技じゃない!今まで乗り越えてきた全ての敵達から勝ち取った!エリスだけの技なんだ!
「ぐぅうううううう!!!」
「クッ!これは中々!」
鬩ぎ合うエリスとダアトの力、王拳を放つエリスを相手に両手を重ね魔力を噴射し擬似的な防壁を展開するダアトの二人の力は二人の間で混ざり合い激しい光となって周囲に吹き荒れる。
しかし……。
「フンッッ!!」
「あぐっ!」
ダアトが両手に力を込めた瞬間、噴き出す魔力の勢いが増しエリスの王拳が真っ向から弾かれ吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられながら戦慄する、王拳でもダメか…これ以上の火力となると流彗しかないが、あれは助走の距離で威力が変わる…故に狭い地下で使っても威力が半減するんだ。半減した威力で一体ダアトにどこまでダメージを与えられ……。
(ん?あれ?)
ふと、エリスはダアトに視線を向けると…ダアトが見たこともない顔をしていた。
「…………」
エリスの一撃を受け止めた手を見つめながら顔色を変えていた。エリスの放った王拳の威力に驚いているとか、王拳の存在そのものを恐れているとかじゃない。あの顔色…エリスはよく知っている。
それは魔女の弟子達がよくしている顔……そうだ、あれは。
「貴方もそんな顔するんですね、ダアト。悔しいんですか?」
「……おかしいですね、識による情報開示は防いでいるはずなんですが、分かりますか?」
ダアトは苦笑いしながらエリスに視線を向ける。その顔は『対抗心』だ、エリスがダアトと同じ戦い方をしながらダアトには出来ない新たな領域を開いてみせた事実に…奴は少なからず悔しさを感じている。
なんだ、存外可愛いところがあるじゃないか。
「私の方が圧倒的に上だと思っていたんですが…やはり貴方は私のライバルだ、宿敵と言ってもいい」
「嬉しいです、お前にそんなふうに言われると照れちゃいますよ」
エリスは歩み出しダアトを前に張り合うように胸を突き出す。それに伴いダアトも錫杖を手元で回す…そんな構図にダアト自身何か感じたのか、目を伏せて。
「まぁまだまだ私の方が強いですが、きっと貴方はすぐに私に追いつくでしょう。…こんなのは初めてですよ」
「初めて?追いつかれるのが?」
「いえ、…人を見て『でしょう』なんて曖昧な感想を抱いたのが…です。私はほら…識確が優れていますからなんとなくその人がどれくらい強くなるか、そこに至るまでどれだけの時間を要するか分かるんです。でも貴方に関しては分からない…同じ識確使いだから」
「……なるほど」
「識確の予測は同じ識確によって乱される。何もかもを知り得たはずの私にとって…貴方以上の未知はこの世に存在しないと言っていい。…貴方と戦うのは楽しいんです」
ダアトの識確は優れている。彼女は常に相手の動きを完璧に予測し動くことが出来る、それ故ラグナやデティが束になってかかっても彼女には触れることさえ出来なかったと言う。それはきっとバシレウス達も同じだ…彼女の最強たる所以が識確と言う唯一無二のアドバンテージを持つところにあるんだ。それこそ魔女様レベルで『分かっていても避けられない攻撃』でも使わないと倒しようがない。
だがそんな識確もエリスには通じない、他者に対して行える完璧な予測による無傷の戦闘展開をエリス相手には出来ない。この世で唯一ダアトと互角に戦い彼女を倒し得る可能性があるのがエリスだけなのだ。
その事実を煩わしく思うのではなく…彼女は楽しんでいる。
「やはり私達はこうやって戦う運命にあったのかもしれませんね」
「運命とは大層に出るんですね、エリスは必然だと思うんですけど」
「そうですかね…ですが師匠の因果という物もありますし」
「師匠との因果?」
「ええ、まぁ…貴方には言ってもいいでしょう。ですがライバルの誼で出来ればみんなには内緒に、引き換えに貴方の望む本気を出してあげますから」
そういうとダアトは凄まじい怪力で錫杖を地面に突き刺し、黒いコートを脱ぎ去り白いシャツの第一ボタンを外しながら戦闘態勢を整え…こういうのだ。
「さぁ相手をしましょう魔女の弟子…この羅睺十悪星が筆頭ナヴァグラハ・アカモートの弟子…知識のダアトが叩き潰してあげますよ」
「ッえ!?ナヴァグラハの…弟子!?」
「ええ、貴方が『魔女の弟子』ならさながら私は『羅睺の弟子』…因果はあるでしょう?」
戦慄する、いきなり何言い出してるんだ…こいつ。え?ダアトが…ナヴァグラハの弟子?羅睺十悪星の弟子?いや…いやいや。
「あり得ない!羅睺十悪星は全員死んでる!」
「全員?本当にそうですか?」
「いや!…すみません、一人生き残っていました…けど…なんで!?」
「なんでと言われましても、貴方と同じです。どうしようもないくらいの絶望の中でも、死んでもおかしくないような状況の中でも、必死に足掻いてもがいて尊敬すべき師と出会って弟子になった…私はそれが羅睺十悪星だっただけ」
「ナヴァグラハは…生きてるんですか?」
「さぁ、定義によりますが…今それが何処まで重要なんですか?」
「ッ……」
ダメだ、これ以上何かを話してくれる様子はない…だが、エリスは今理解した気がする。
師匠だ!レグルス師匠が突然何処かへ消えた理由!師匠はダアトと戦った後急に何処かへ行くと行き先も告げずに消えた!それはつまりダアトからこの話を聞いたからじゃないのか!?
羅睺の筆頭ナヴァグラハの弟子が居る。それはつまりこの世の何処かにナヴァグラハが生きているか、あるいはそれに類する状態の何かがあるからじゃないのか!?師匠はそれを看過できなかった、魔女達も恐ろしかった。
ナヴァグラハが生きているなら、確実に殺さねばならない。奴はシリウスに並ぶ程の恐ろしさを持った男だから…そしてそんな恐ろしい男の弟子が、今目前に…!
「速の型ッ!奥義!」
「チッ!冥王乱舞ッ!奥義!」
瞬間エリスとダアトは共に神速の領域に至る。踏み込んだ際舞い上がった瓦礫や砂が今一度地面に落ちるよりも速く…二人の拳撃が飛び交い攻勢と守勢が高速で入れ替わり続ける。
「『黒風白雨』ッ!!」
「『雷旋怒涛』ッ!!」
叩きつける叩きつける叩きつける、右へ左へ上へ下へ飛び回り跳ね回りのた打ち回るようにもつれ飛び交うエリスとダアトは周囲の状況など知った事かとめちゃくちゃに殴り合う。
「分かりますかエリスさん!私は羅睺の弟子として!貴方に対抗心を持っているッ!!」
「っぐ!」
「私に生きる術と戦い方とこの力を授けてくれたナヴァグラハ大師の名にかけて!私は魔女の弟子に敗れるわけにはいかない…それが私がマレフィカルムに所属し反魔女を掲げる理由!だからこそ!」
それでもダアトの方が三手は速い、エリスの拳を叩いて弾いて隙間なく離れる拳の雨に穴を作った瞬間、一気に手を伸ばしエリスの胸ぐらを掴むと同時に足を払い背負い投げの要領で地面に叩きつけ、石畳を粉砕する。
「貴方が私と同じアプローチで私を超えようとするのが…許せなくとも面白いと感じた!だからこそ私は貴方に秘密を明かしたんです、ガオケレナ様さえ知らない私の秘密を…!それが!ライバルと同じ土俵に立つ条件だと思わされたから!」
「ッ…じゃあ、この戦いは…」
「ええ、もうマレフィカルムとか魔女大国とかそういうのは抜き。私達は師匠の定めで戦う…その方がお互いやりやすいでしょう」
エリスは今までダアトがセフィラだから戦っていた、だがこれからは違う。エリスは羅睺十悪星の教えを受ける弟子であるダアトを何がなんでも倒さなきゃいけない、勝たなきゃいけない。
八千年前、羅睺十悪星を倒した魔女のように、羅睺の弟子を魔女の弟子として倒さなければならないのだ。そこにはもうマレフィカルムのも何も関係ない…エリスがエリスである限りダアトは倒さなくてはならない存在になったのだ。
(これは…ダアトなりの発破ですかね)
こいつは本当にエリスとライバルでいたいんだ、エリスの心意気を買って余計な物を削いで…戦いに集中させてくれている。
……嬉しい話じゃないかッ!
「ぅッッ…がぁああああ!!」
「なっ!?」
投げられ地面に叩きつけられながらもエリスは背中から風を放ち無理矢理飛び上がりながらダアトに組み付きながら空を飛び。
「エリスは負けません!お前にはッ!!」
「幸運に思いますよエリスさんッ!この世で唯一私と互角に戦える可能性のある貴方と!戦う理由を持って生まれた事をッ!」
組ついたエリスを空中で弾き飛ばし、中空に投げ出されながらもキッと強く凛々しく拳を構え迎撃と姿勢を取るダアトは…見せる。
「さぁ、ここから本気です…今私が出せる、最大限を…みせます。羅睺の弟子として!魔女の弟子である貴方に敬意を込めて!この戦う理由に私は殉ずる!」
彼女の内側で魔力が渦巻くのを感じる、実際は奴の魔力は認識出来ないが…エリスの歴戦の直感が告げている。今アイツがしようとしている事の正体を…。
「魔力覚醒ッ!」
(使ってきた…!)
それは、魔女レグルスと一時的ながら互角に張り合い、ただの覚醒でありながら極・魔力覚醒と同等の出力を持つと言う規格外の覚醒。
「『無二のモノゲネース』…!」
ダアトの姿がボヤけてブレて、その肉体が淡く輝き始める。使ってきた…魔力覚醒『無二のモノゲネース』!ダアトが持つ正真正銘の本気!
「さぁ始めましょう、或いは続け、或いは再開しましょう。私と貴方の戦いを、魔女と羅睺の戦いを、八千年前…消化不良で終わった大いなる厄災の戦いを、弟子である私達が師の代わりに終わらせましょう!」
「望む…ところです!」
魔女の弟子エリスと羅睺の弟子ダアトは空中で構え合う、戦う事を宿命づけられ、その上で己の意思で戦うことを選んだ二人の戦いが今、真の意味で始まった。
後もう少しでクライマックスですがここで一週間の書き留め期間に入らせてください。次の投稿は2/17です、お待たせして申し訳ありません




