669.魔女の弟子と蠱毒の壺
戦いは取りやめとする。それはリーベルタースのクランマスターストゥルティと北辰烈技會の代表ネコロアの号令は直様行き届いた。僕が倒れたのはリーベルタースのせいではない事を理解した魔女の弟子達は戦いを止め、宝玉の粉砕によりそもそも競技自体不成立になってしまった為もう戦う理由もないとリーベルタースと北辰烈技會も矛を下ろした。
そして…。
「はーい、一列に並んでー!治すよー」
「な、治すって俺…あんたにやられたんだけど」
「もー!そう言うのいいっこなしって言ったでしょ!ほら!そこに纏まる!『ヒーリングオラトリオ』!」
イリアの森…いやもう森の跡地か。そこに大量の人々が屯する。先程まで争っていたリーベルタースと北辰烈技會だ。それをデティさんが治癒で治してる…敵とは言え一応勘違いでメチャクチャやってしまったし、競技外では敵対しないと言うルールの下傷を治してあげる事にしたのだ。
まぁ…とは言え。
「競技が続いてたらテメェなんか倒せてた!」
「何を!じゃあ今からやるかぁ!?」
「上等だこの野郎!」
「待て待てお前達、今は競技外だ…失格になるぞ」
「う……」
またも噴き上がった両クランの血の気が多い若手による小競り合いをアスカロンさんが止める。何度も言うが別に和解したわけではない…戦う理由がなくなっただけで今も競技上は敵同士のままなんだ。
一触即発…だが、それを統べるリーダー達は…。
「で?どう言うつもりだよ、ロムルスが…なんだって?」
「態々我輩達の戦闘を止めてまで…言う事なのかにゃ?」
「そう睨まないでやってくれよ…なぁ?ナリア」
「フンッ!エリスはまだ納得してませんがね…!」
(居辛い…)
森を消しとばしてできた広場のど真ん中、作られた巨大な焚き火の側で瓦礫を椅子に座るのはリーベルタースのリーダーであるストゥルティ、北辰烈技會の代表ネコロア、そしてラグナさんとエリスさんと何故かステュクスさん…それと僕だ。
「はい、すみません。今から説明します」
僕はこの戦いを止めた。結果的に競技不成立のためどの道戦う理由はなかったが…それでも僕は戦いを止めた、その理由を問われているんだ。
その為には全てを説明する必要があるだろう。
「実は僕は…アルタミラさんと言う方と一緒に街で遊んでたんです」
「アルタミラってあれか?凄腕の描画師の」
「我輩のところとストゥルティのところで取り合ってたにゃ」
「はい、その人です。僕はとある事情からその人をどうしても助けたくて…一緒にいたんです。けどその帰りに…ロムルスの襲撃を受けてしまったんです」
「………ロムルスがね」
ロムルスの襲撃を受けた…と聞くとストゥルティは顔色を曇らせる。やはり因縁があったか…。だってストゥルティを追い出したのはロムルスでしたからね。
「ロムルスってアイツですよね、副将軍の…アイツがナリアさんを襲ったんですか?…くぅっ!そう思えば許せません!エリス今からネビュラマキュラ王城襲います!明日!サイディリアルは滅亡するでしょう!マレウスの皆さんは今のうちに亡命の手続きをしておく事をお勧めします!」
「待てよエリス、話の最中だ」
勢いよくその場から立ち上がり走り出したエリスさんの襟を掴んで取り敢えずその場に押し留めるラグナさん。エリスさん的にはやはりロムルスが許せないらしく『ぐぇー!』と言いながらも足をパタパタ動かしている。
ま、まぁ今はいい…話を続けよう。
「で?それがなんで俺の助けを乞うのに繋がる」
「その時一緒にいたアルタミラさんを…僕は逃しました。そのあと僕は気絶してしまったんですけど…あれからアルタミラさんが戻ってないみたいなんです、ですよね?ラグナさん」
「ああ、ナリアの重体に気を取られてたがアルタミラが戻ってない」
「……ロムルスが僕を襲ったのは、僕が弱そうだからだと言ってました。けどはっきり言って一番弱いのはアルタミラさんです…彼女は戦えない、そこにロムルスが気がついたならきっと彼女を狙う…」
「で、ロムルスに誘拐なりなんなりされて今も行方不明だから…俺に助けてくださいってか。ふざけんなよ俺を巻き込むな、テメェらでやれ」
「僕だってバカじゃありません。まだ不確定ですが少なくともロムルスが僕達に対して敵意を持ってるのは確かです、次サイディリアルに戻れば確実に敵対します…フォルティトゥド家は強いです。けどそのフォルティトゥド家と単独で戦い生き残り続けた男を一人知ってます…その人に助けを求めたいんです」
「それが、俺か……悪いが俺もお前と同じでリンチ受けてメソメソ逃げ帰ったんだ。フォルティトゥド家が怖くてたまらねぇから力になれそうにない……」
「本当にそうですか?」
「……何?」
僕、そこが疑問なんだ…ストゥルティがロムルスに敗れ逃げ去ったって。ロムルスは強いよそりゃあ強い、けど…本当にストゥルティはロムルスに負けたのか?
「さっきの戦いを見た感じ、僕…ロムルスよりストゥルティさんの方が強いと思いますけど」
「…………」
「負けるとは、思えません」
ストゥルティさんはマレウス最強の四人の一人と呼ばれている。
エクスヴォートさん、マクスウェル将軍、オケアノスさん、そしてストゥルティさん…この四人こそがマレウス最強の四人だと伝わっている。…どこにもないじゃないか、ロムルスの名前なんか。
もしロムルスがストゥルティさんより強いなら四人目はストゥルティさんではなくロムルスの名前があるはずだろ?なのにロムルスは最強とは呼ばれていない…それはつまり、ストゥルティさんは……。
「本当は負けてないんですよね、でもやむにやまれぬ事情で貴方は…フォルティトゥドを自ら去った、違いますか?」
「…………」
「けど、貴方は今もロムルスを憎んでいるはずです…でなきゃ、ハルさんを守る為ステュクスさんを殺すなんて言いませんよね」
「……何者だよあんた、読心術者か?」
ってことは当たりか。ストゥルティさんもロムルスに思うところがあるんだ…そりゃそうだよ、家族と引き離されているんだから。
「僕はロムルスと戦う事になるでしょう。もしアルタミラさんがロムルスの手にかかっているのだとしたら…ですけどね。だからもし戦うなら貴方の手が必要です、フォルティトゥドのやり方やロムルスのやり方を知り…尚且つ、勝った貴方の力が」
「……褒められてもねぇ、俺捻くれ者だから真っ向から受け止められねぇな。だが疑問な点がいくかある…」
「なんですか?」
「お前らそもそもロムルスと組んでたんじゃねぇの?なんでロムルスと敵対してんだ?」
「へ……?」
思わず目を丸くしてしまう…何言ってんだ?いつ僕達がロムルスと組んだんだ?ずっと敵対してたと思うんだが…。目を丸くしてるのは僕だけじゃない、ラグナさんもエリスさんもステュクスさんも同じだ…。
ストゥルティは僕達の反応を見てギョッとして。
「え?何?違うの?」
「違うというかなんと言うか、そもそも何でそう思ったんですか?」
「お前らが大冒険祭に参加したのはステュクスを助ける為だろ?でステュクスはロムルスの手先だろ?」
「いや待てよ!そっからちげぇよ!俺ロムルスに殺されかかったんだぜ!?この間!」
「何ッ!?え!?じゃあお前らなんで参加してんだよ!」
「そりゃお前が大冒険祭の後に冒険者協会を占拠してストライキするって言ってたから!」
「は?俺そんなこと言ってないが?」
「言ったわッ!」
プリプリ怒るステュクスさんを置いてストゥルティさんは額に指をトントン当てて…。
「うーーん、なんか状況がややこしくなってきたな…いやそもそもややこしいから勘違いしたのか?ってことはお前らロムルスの仲間じゃないと?」
「違います、寧ろ僕達はロムルスのせいで被害も受けました…エリスさんが無理矢理結婚させられそうになったんです」
「ならステュクスとハルモニアの結婚の件は?ロムルスの言いつけだろ?」
「違う、逆だ。ハルさんが地方の貴族と結婚させられそうになってたんだよ…それを嫌がったハルさんが、偽装結婚の相手として俺を選んだんだ」
「マジか…知らなかった。ってことはステュクス…お前……ハルを守ろうとしてくれてたのか。ああくそっ!てっきり俺はステュクスがロムルスの手先だと思ってたから…頭から否定に入っちまってた」
パンッと顔を叩いて頭を下げるストゥルティさん。どうやらステュクスさんの結婚を頑なに認めずステュクスさんを是が非でも殺そうとしてきたのは…ロムルスの手先だと思っていたからだ。
「ちょっと調べりゃ分かるだろ…」
「だってお前マレウス軍だろ?軍部の人間だろ?ロムルスの手下じゃねぇか…勘違いもするわ」
「俺は近衛兵だ!女王直轄!副将軍は関係ない!」
「知らねーよそんな構造…はぁ、そっか…じゃあ俺…寧ろハルを苦しめてたのか」
ステュクスさんが死んでいたら…ハルさんは寧ろロムルスの思い通り地方の貴族と結婚させられ、地獄のような日々を送っていた。そこに気がついたストゥルティは申し訳ないと頭を下げ続け…大きなため息を吐く。
「悪かった、ステュクス。俺勘違いしてたよ」
「別に…いいよ、俺もうハルさんとマジの婚約したし」
「は!?」
「え!?」
「ちょっ!?ステュクスさん!?」
な、何言い出してるんだ急に。聞いてないけど…え?偽装結婚じゃなくてマジの結婚しようとしてるの!?なんでそんな情報今ここでぶちこむの!?この人イカれてるの!?
「お、お前…お前!」
「ストーップ!今は後で!ストゥルティさん!今は後で!」
「ゔっ…分かった!この話は後日だ!ステュクス!」
「余計なこと言っちゃったかな」
「確実にね」
あぶなー…危うくまた再燃するところだったぁ〜…怖いなステュクスさん、まだなんか変な情報抱えてるんじゃなかろうな…。
「ともかく!僕達はロムルスと敵対してるんです!奴等が明確に敵対行動を示した以上対策が必要です!それがストゥルティさんなんです!それを勘違いで協力不可能になるほどに攻撃してしまうのは…ダメだと感じたから、止めたんです」
「なるほどね、…さっきはああ言ったが俺はロムルスに対してハラワタ煮えくり返るくらいの怒りを感じてる、正直グランドクランマスターになろうとしたのもアイツと戦争する為だ」
僕達をロムルスの仲間と勘違いしていたストゥルティさんは、その誤解が解けたからか僕達に対して本音を話し始める。自分はロムルスと戦争をするつもりだったと。
「で、もし…お前らがロムルスと戦るなら、俺にとってこれ以上好都合な事はねぇよ!寧ろお前らがロムルスと組んでねぇならこっちから頭下げてても頼みてぇぜ!」
「本当ですか!ありがとうございます!って…あの、ラグナさん…勝手に言っちゃいましたけど……」
「ん?ああ…そうだな、ストゥルティと組む件だよな、流石にみんなに聞かないとな…エリスはどう思う」
「………ストゥルティ、貴方があれだけ不正をしてたのって…」
「ああ、何がなんでも勝つ為だ。グランドクランマスターになってロムルスと戦う力を得て…ハルをロムルスから解放する為だ。まぁ…普段からズルしてたと言えばしてたが、何がなんでも勝つ為にやってたのはハルを助ける為だ」
「…なるほど」
グランドクランマスターになれば協会のクランに対して命令権を持てる、ロムルスは軍部の殆どを掌握する副将軍だ…喧嘩をするとなればリーベルタースだけじゃ足りない。だからこそ冒険者協会を手勢に加えたかった。
全てはロムルスを倒しハルさんを助ける為。その為に手段を選ばず是が非でも勝利する必要があった…妹であるハルさんを助けたかったから。彼の行動の本意はそこにあった…それを聞いたエリスさんは。
「本当にそれだけですか?」
「まぁ、他にないかと言われれば…な。まぁそっちはここで話す内容でもないし伏せとくよ」
そう言いながらストゥルティさんは何故かネコロアさんの方を見る…、ストゥルティさんが勝ちたかった理由はハルさんを助けたいだけではない?でもここでは話せないってどう言う事だ…?
「まぁいいです。それで手を組むって件ですけど…」
すると、エリスさんは腕を組みながら立ち上がり…。
「正直!エリスはストゥルティ!お前の事が好かないです!ぶっちゃけ今も!」
「お、おおう」
「ハルさんの為!って理由は結構!大いに結構!そこは納得しました!ですけどその所為で被害を受けた人間もいます!例えばエリス達とか!そこについては納得出来ません!貴方のせいでエリス達苦労したんですから!いくらなんだってもズルして相手を貶めようとする奴は好かないです!理由や動機がなんであれね!」
「しょうがねぇだろ、勝負なんだから」
「ですが!今は飲み込みます!ストゥルティ!貴方のことは嫌いですがロムルスの方がもっと嫌いです!お互い一番嫌いな奴をぶっ飛ばす為に手を組みましょう!」
とてもじゃないがこれから手を組みましょうって相手に言うセリフじゃない。胸をグッと張ってあからさまに上から目線で言うエリスさんの態度にややヒヤヒヤするが…寧ろストゥルティさんは笑い。
「ハッ!急におべっか使われるよか余程気分のいい誘い文句だ!いいぜ!手ェ貸してやる!大冒険祭の外の話だしな!大冒険祭以外で敵対する理由もなくなったんだ!盛大にやろうぜ!エリス!」
「よし!じゃあこれは同盟ですね!」
「おう!そうだネコロア!お前もどうだ!大冒険祭が終わったら一発!軍に喧嘩売らねぇか?」
「いいですね!ネコロアさんが一緒に戦ってくれたら心強いです」
「うげぇ、やめるにゃ。お前ら正気かにゃ?それ世の中じゃクーデターって言うにゃ、とっ捕まって処刑される未来しか見えんし、何より冒険者の活動から逸脱してる…手は貸さんにゃ」
「ちぇ、釣れねぇな」
「それに我輩じゃ役には立てんにゃ」
そう言うなりネコロアさんは手をブッブッ!と振って協力を拒否する。まぁ確かに僕達やろうとしていることはやばいことですしね…仕方ないですが、しかしびっくりです。
ネコロアさん、エリスさんやストゥルティさんと張り合って全く引けを取らないくらい強いなんて。歴戦のエリスさんやマレウス最強の冒険者のストゥルティさんが相手でも引かないってレベルの強さでなんでこの人逃げ回ってたんだ。
「んじゃ、同盟締結でいいな?エリス」
「エリスはリーダーじゃありません!ラグナにどうぞ!」
「あ、そうなの?じゃあそれでいいな?ラグナ」
「ああ、こっちも心強いよ…けどロムルスと戦るので話が固まってるが本当にアルタミラはロムルスに攫われたのか?そこを確定させておかないとまた勘違いで戦う事になるぞ?」
「それは分かってます、なので今日この後アルタミラさんとロムルスの足取りを探すつもりです」
「そうだな、それがいい。…今日、今日か」
するとラグナさんはふと思い出したように首を傾げ。
「ところで大冒険祭はどうなるんだ?これ最後の競技だよな?今からやり直すのか?」
「さぁにゃ、知らんにゃ。けどやり直しは有り得んにゃ…多分日を置いてまた別の競技をやらされるか、最悪な形ではあるが現状のポイントで優勝を決めるかだにゃあ…まぁここまでしっちゃかめっちゃかになっちまった以上協会から沙汰が下るだろうにゃ、それまで待つにゃ」
「そうか…なんか、悪かったな。ネコロアさん」
「本当だにゃ、お前ら勘違いしてねーか?これは冒険者最強決定戦じゃなくて大冒険祭…祭りだにゃ、もう少し気楽に楽しめにゃ。特にストゥルティ…お前はもうちょい分別を身につけてだにゃあー…」
「ふぇーい」
「こいつ…やっぱここで殺したろかにゃ…」
「まぁまぁ、いいじゃないですかネコロアさん」
「気安く話しかけてきてるけどにゃあエリス!我輩お前にも怒ってるんだからにゃあ!」
ともかく、なんとかかんとか仲良く場を納められたようだ…何よりストゥルティさんの誤解が解けて寧ろ協力出来る関係になれたのはありがたい。大冒険祭がめちゃくちゃになってしまいこの後どうなるかは分からないが…それでも今はアルタミラさんを探しともすれば助け出す為の協力を取り付けられたのは大きい。
「んじゃ、我輩は寝るにゃ」
「寝るって、ここでか?」
「まだ朝も朝、未明にゃ。太陽だって昇ってにゃい…昨日早起きしたにゃ、だから戻る前に一眠りしていくにゃ」
「確かに、サイディリアルに戻る前に少し休んでからの方がいいかもな」
「ってわけで、我輩は寝るにゃ!おやすみー!」
そしてネコロアさんはその場で猫のように体を丸めて…眠りに入ってしまい。
「いやここで寝るって本当にこの場で寝るのかよ!」
「まぁ焚き火もあって暖かいですしね。さて…エリス達も馬車に戻りますか?」
「ですね、それじゃあストゥルティさん…」
「まぁ待てよ、座れって…」
「え?」
そう言って立ち上がると、ストゥルティさんは何処からともなく酒の入った瓶を取り出し、焚き火を眺めながら酒を一口飲み…。
「さっきまでのは、お互いの立場や役割の話だったろ?…折角いい感じで敵対しない関係になれたんだ、もう少し個人的な話をしようや」
「個人的な話…ですか?」
「ああ、エリスとナリア…それとステュクスとラグナだったな。お前らなんで大冒険祭に参加したんだ?見た感じグランドクランマスターの座に興味があるとも思えない、最初はロムルスが寄越した手先とも思ったがそれも違う…ならなんだ?」
僕達は少し見つめあった後、ストゥルティさんの話に付き合うことを選びまたも焚き火の側で座り…。
「ガンダーマンに、聞きたい事があるんです」
「それだけか?本当にそれだけなのか?」
「はい、エリス達の目的はそれだけです。グランドクランマスターになりたいなら貴方に座を譲ってもいいです」
「勝ち気だねぇ…だがなんとなく合点が入ったよ。何処か浮世離れしてると思ったが…本当に俗世に興味がないタイプの奴だったとはな」
「ストゥルティさんは…ハルさんを助ける為?」
「ああ、それだけだよ。俺の唯一の家族さ…今でも愛してる」
酒を飲みながら、ボーッと無防備に話すストゥルティさんは…何処か落ち着いたような雰囲気を見せる。本当にハルさんのためだけに戦ってたんだな…だけど、だからこそ気になる。
「ならなんで置いて行ったんだ」
「あ?」
声を上げたのは、ステュクスさんだ。彼は僕達の中で誰よりもハルさんと関係性の深い人だ…だからかな、彼女の事情を知るステュクスさんはやや険しい目でストゥルティさんを睨みながら言うんだ。
その睨むような視線に怒るでもなく、何処か納得したようにストゥルティは笑い。
「お前、マジでハルの味方なんだな」
「ああ、味方さ…あの人は俺の恩人だからさ」
「そうかい。なら答えよう…置いていくつもりはなかった、最初はロムルス殴り飛ばして改心させるか、それが無理ならハルの手を引いて何処か遠くに逃げるつもりだった」
僕達の聞いている話では、フォルティトゥドの因縁に真っ向から反抗したストゥルティさんはただ一人でロムルスに挑み…そして敗北し、本来の名前を名乗ることも許されず勘当され追放されたとのことだった。
彼はロムルスを改心させるつもりで挑んだ、もしこれが聞いている話の通りなら…彼はロムルスを前に負けた事になる…だが。
「ナリアが言った通り…俺とロムルスの戦いは、終始俺が有利だった。ロムルスも本気で挑んで来たがそれでも俺の方が強かったさ」
「やっぱり…でもならなんで」
「途中から他のフォルティトゥド達も混ざってきたよ、ダイモスやらピードやらアモルやら…昔一緒に遊んだ親戚達も一斉にかかってきた。全員軍人教育受けてるからめちゃくちゃ強かったが…」
「それでも勝ったんですか?」
「まぁな、俺当時から強かったし喧嘩じゃ負けなしだったからな。全員殴り飛ばして跪かせた」
す、凄いな…あんな屈強な人間だらけのフォルティトゥドに挑みこの人は文字通り勝ったんだ。ロムルスだけじゃなくて他の親族全員纏めて…百人近くいる親族を相手に勝利してみせた。
文字通り最強の冒険者の片鱗が見えると言う奴だ…けど。
「だが、…ある意味じゃ俺は負けたのさ。なんせロムルスがこう言ったんだ……」
『今、ハルモニアの両親にハルモニアをここに連れてくるよう言った、命令した。出来なきゃ一族から追放すると脅しをかけた…これ以上抵抗するならハルモニアをここで殺す』
「ってさ……」
「そんな…」
それはつまり、脅しだ。ハルさんの為に戦うストゥルティさんにとって最悪の脅し。既にフォルティトゥドを掌握していたロムルスにはハルさんの両親でさえ逆らえなかった。
だからこそ、命じた…自分のところに連れてくるように。それを言われたらもうストゥルティさんに打つ手なんかあるわけがない。
「そっからもう抵抗も出来なかった。少しでもやり返したらハルを殺すと…ハルはフォルティトゥドの一員だ、どうやってもフォルティトゥドから逃げられねぇ…俺と違って自分の身を守れるほどあいつは当時強くなかったからな」
「ロムルスは…親族さえ殺すと言うんですか?」
「殺すぜ?平気な顔でな。…イカれてんのさ、あいつは。んで俺はしこたまロムルスにボコられた後勘当を言い渡された…もし、これ以上一族に関わるならハルモニアを殺すなんて言う脅し文句も添えてな」
「酷いですね…」
「ああ、酷いさ…おかげで俺は、ハルに近寄れなくなった。ハルは常に誰かに監視されていた、フォルティトゥドの人間だから常にフォルティトゥドの手の中にあった…。俺一人で暴れてもフォルティトゥド全てを倒すことはできない…俺一人じゃ、ロムルスの手からハルを救うことはできないと思い知ったんだ」
いくら強くても…組織力というものには敵わない。例えストゥルティさんがどれだけ強くてもロムルスさんが何千何万といる軍部の部下に命令してハルさんを殺す命令を出せば、それだけで終わる。
たった一人では、膨大な兵を持つロムルスを相手には戦えない…そう悟った彼は大人しく条件を受け入れ、ハルさんを置いていく選択をしたんだ。
「俺が側に居たらあいつが危ねぇからな…だから俺は影ながらハルを守る事にした」
「それが、婚約者の撃退か」
「そうだ、ステュクス…お前の前に三人くらいハルの婚約者として招かれた奴がいた。どいつもこいつも軍部の屈強な人間で…強引にハルを嫁にしようとした。そいつらを影でボコボコにして全部追い払ったのさ」
「俺をそいつらと間違えた…ってか」
「その通り。だがいつまでもこんな事続けられない…そう感じたから俺は作った。ロムルスと戦う為の組織を…自由を求め戦う者達…解放者『リーベルタース』を」
「………」
ステュクスは悟る、ハルモニアは自分を置いて外で家族を作ったと言っていた。だが違う、ストゥルティにとって家族とは今もハルさんのことも指しているんだ、リーベルタースはさながらハルさんを救う為に作り、ハルさんの新たなる家族として受け入れる為の場所だったんだ。
ストゥルティが作った新たな家族は…つまりハルさんにとっても新しい家族になるはずだったんだ。
「けどまぁ…それでもロムルスと戦う勇気が出ず、今もこうしてグダグダやってんだ…置いて行ったも同然だよな。この間ハルと話した時も…かなり恨まれてたしよ。だから今更俺と…ってわけにもいかないし、ロムルスを倒しても俺はあいつのところにはいかないつもりだ」
するとストゥルティさんはステュクスさんの方を見て、座り直し…ゆっくりと頭を下げる。
「今の今まで、結婚するなしたら殺すと言っておいた身でなんだが。お前がロムルスの手先じゃないなら…寧ろ俺の方からハルのことを頼みたい」
「ちょっ!おい…頭なんか下げるなよ。あんたの部下が見てるぞ…」
「構わねぇ!…兄貴らしいこと一つだって出来なかったんだ。ならせめて、ハルのことを守ってくれる人間にくらい…兄貴として頭を下げたい!頼むステュクス!アイツを…旦那として守ってくやってくれ!」
「ストゥルティ……」
「俺はもう元の名前も名乗れねぇ、妹を置いて何年も外で逃げ回ってたクズだ…こんな俺じゃあいつは許してくれねぇ。だから俺よりずっと誠実なお前が側にいた方が…きっといいはずだ、まぁ俺はロムルスじゃねぇからよ、無理強いはしない…ただ」
「分かってるよ…分かってる」
「……ああ、ありがとな」
ストゥルティさんは…ただただ申し訳なさそうに、頭を下げる。そうして下げられた頭をステュクスさんは静かに見て…何かを考える。
分かりますよ、ステュクスさん…貴方が考えてること。仲直りさせたいんですよね、ハルさんとストゥルティさんを…けど。
「……………」
ステュクスさんは見る、チラリとエリスさんを。ステュクスさんはストゥルティさん達を自分と重ねている。姉弟で上手くいっていない自分が…果たして兄妹に仲良くしろなんて口出ししていいのか…ってことでしょう。
ま、この事はハルさん抜きで考えられることではないので…全てが落ち着いた後、ゆっくり解決すればいい…それより今はアルタミラさんだ。
気がつけば居なくなっていた彼女が、何処に行ったのか…それが気がかりだ。あんな事があったんだ、下手をすればルビカンテが…。
(いや、下手なことを考えるのはやめておこう…)
下手な考え休むに似たり、僕に休む暇はないんだ。いや休む暇はあるんだけどね、事実サイディリアルに帰る前に一休みするわけだし…。
今はともかく、動きを止めないことだ。
「話はそれだけだ、引き留めて悪かったな」
「ああ、大丈夫だよ…それじゃあ休むか?ナリア」
「はい、僕もうヘトヘトで」
「だろうな…治癒で体力までは回復しないからな。目を覚ますなり戦場に飛び込んだんだ、疲れもするさ」
「一旦馬車で休んでサイディリアルに戻りましょうか」
そうして僕達は揃って立ち上がり……。
「ああそうだ」
「なんだよストゥルティ、お前立ち上がる都度声かけやがって」
「いやもう話はねぇよ、けどサイディリアルに戻ってひと段落してからでいい。また冒険者協会に顔を出してくれや…ロムルスについて色々話がしたい。つっても来るのは纏め役のラグナと…お前だけでいい」
「僕?」
指を指したのは僕だけ、エリスさんやステュクスさんではなく…僕がラグナさん一緒に協会に?なんで…?と首を傾げているとストゥルティは片眉を上げて笑い。
「俺はお前の誘いに乗ったんだ、ラグナやエリスの誘いじゃない、お前のだ。命懸けで飛んでくる馬鹿野郎は存外嫌いじゃないんだよ俺は」
「ストゥルティさん…はい!分かりました!」
「へへへ、今日から久しぶりに…よく寝れそうだ」
ストゥルティさんは僕の行いを評価してくれているようでなんらかの話し合いに僕も招いてくれるようだ、それが何かは分からないがありがたい限りだ。
さて、まずは…アルタミラさんとロムルスの足取りを探すところからだ。もしアルタミラさんがロムルスと一緒にいるなら…僕は戦わねばならない、あの狂人と。
…………………………………………………………………
それから暫く休んで、昼頃になってから僕達はサイディリアルに戻り…早速行動を開始した。まずアルタミラさんだが…ルビーさん曰く近くにはいなかったようだ。そしてエリスさん達が言うに街中を探し回ってもアルタミラさんは見つからなかったと。
…ここでエリスさんが疑問を口にしていたのだが、街中僕を探し回って駆けずり回ったはずなのにどうしてもナリアさんを見つけられなかったんでしょう…と。そんなことを言っていた。確かに僕はルビーさん曰くラワー噴水広場で倒れていたそうだから見つけようと思えば誰でも見つけられたはずだ。だが結果は見つからなかった。
というかそもそも僕が倒れたのはプリンケプス大通りの筈だ…つまり気絶した僕を誰かが一度動かした、と言う事になる。まぁ意識がなかったから誰がやったのかも分からないし動かしたならなんでそんな変なところに置いたんだって話にもなる。
そんな謎も含めて未解決の謎を解決する為僕達は休む間もなく聞き込みや調査を開始し…それは呆気なく見つかった。
『アルタミラさんが持っていた絵筆』…これがネビュラマキュラ城の前で見つかった。画家にとって命より大切な絵筆が落っこちてるなんてあり得るのだろうか?僕はあり得ないと思う。
何かあったのは確実だ、そして場所的にアルタミラさんはネビュラマキュラ城に居る事になる。…故に。
「じゃ、早速行きますか?」
僕達はステュクスさんの家に集まり情報を纏め、これからの行動について話し合う。アルタミラさんがネビュラマキュラ城に居ると言うのはもうほぼ間違いないと見ていい…だが何故彼女が戻ってこないのか。
そう考えたらおそらく戻るに戻れない事情があると見ていいだろう。故に僕達はネビュラマキュラ城に直接出向き探す事にしたんだ…。
だが……。
「いや、先にストゥルティの用件を済ませよう」
「え?」
ラグナさんがそう言うんだ、それにみんなは呆気を取られて口を開き。
「アイツ言ってたろ?サイディリアルに戻ったらまた会いに来いって、だからそっちに行こう」
「いやいやラグナ、アルタミラがネビュラマキュラ城に居て戻ってこれない状態にあるなら直ぐに行こうぜ。アイツだって俺たちの仲間だ、ナリアみたいに…助ける理由はあるだろ」
「行かないとは言ってない、けど…ネビュラマキュラ城ってつまりマレウス軍の本部がある場所だろ?で本部って言ったら…」
「ロムルスがいますね…」
「そうだ、これでアルタミラさんの失踪とロムルスの関与が繋がっている可能性が限りなく大きくなった。下手すりゃアルタミラさんを探しに行った時点でロムルスとやり合うかもしれない…相手がロムルス一人ならまだいいが相手が軍を持ち出してくると流石にやばい。だから…」
「先にストゥルティさんの話を解決して、そのままロムルスとの戦いに参加してもらおうって事ですね」
「ああ、と言うかアイツ自身かなり乗り気だし誘ったならその辺の義理立てもするべきだ。それに俺は何もアルタミラの捜索を優先しないとは言ってない。行くのは俺とナリアの二人で行く、指定だしな。他のみんなは先んじてネビュラマキュラ城に向かってアルタミラさんを探しておいてくれ」
「そう言うことね、それなら任せろよ。でも早めに終わらせろよ?」
「任せとけよ、多分長くはならんだろ」
まずは僕達でストゥルティさんのところに行って話をしてから…改めてネビュラマキュラ城に向かう。そう言う話ですね、それなら僕としても大賛成だ。アルタミラさんを確実に助ける事になるなら…その方がいい。
みんなも概ねそれで賛成だ…けど一人、エリスさんだけが首を傾げ。
「にしても…随分慎重ですね、ラグナ」
「え?そうか?」
「はい、いつものラグナなら取り敢えずみんなでネビュラマキュラ城に行って…ロムルスの関与を確実にしてからストゥルティという流れにするはずです、なのにもうこの段階でストゥルティに話をするなんて…珍しいなぁって」
「…………」
流石エリスさんだ、よくラグナさんを見てる。確かにラグナさんの意見はいつもより慎重かつ事を急いでいるようにも思える。事実それを指摘されたラグナさんは黙り込んでしまい。
「まぁ…そうだな、あんまりこれは言いたくないが」
「言いたくないが?」
「ぶっちゃけ勘だ!なんかこうした方がいいかなって思ったからこうした、曖昧でごめんな」
勘…か、けどこう言う時のラグナさんは時折神懸かり的な勘の冴えを見せることがある。つまり今ここでストゥルティを優先するのは…何か特別な事象を引き起こす可能性がある。と僕は思う、なんせ彼はきっとこの世界が物語なら…主人公に当たる人物なのだから、そう言うことも起こり得るだろう。
「私もラグナにさんせーい、寧ろラグナが言い出さなきゃ私が言ってたよ。ストゥルティを優先しろって」
「え?デティさんも?なんで?」
「私も勘〜。なーんか…妙な胸騒ぎがするんだよね」
みんな勘だなぁ、でもいい。まずはストゥルティさんと話をしてそれからストゥルティさんを連れてネビュラマキュラ城に行こう!そうしよう!
「じゃ!エリス達はまずネビュラマキュラ城に、俺とナリアは協会に向かうよ」
「分かりました、もしかしたら先に決着がついてるかもしれませんね」
「その方がありがたいかもな、じゃあ…」
と、僕達がステュクスさんの家のリビングを出ようとしたところ…先にリビングの扉が開かれ向こう側から誰かが入ってくる。この家の持ち主であるステュクスさんだ…彼だけはこの話し合いに参加せず何かしていたようで…。
「うーん」
「ん?どうしました?ステュクスさん」
「え?ああ、ナリアさん。実はストゥルティの話をハルさんにしてあげたくてさ…」
ストゥルティさんの話…ああ、彼の本心の話か。彼は別にハルさんを捨てたくて捨てたわけじゃなくて…止むに止まれぬ事情があった事、何よりハルさんを守る為にロムルスへの抵抗をやめ自ら家を去った事。これを伝えたくてハルさんを探していたのか…いい事だと思う、寧ろ大事な事だ…けど。
「だからハルさん探してたんだけど…居ないんだよな、どこにも」
「へ?居ないんですか?」
「ああ、この間あんなことがあったから家に居ると思ったんだが…おかしいなぁ」
どうやらハルさんは今この家にいないようだ、なんか…間が悪いなぁ。
「つっても、いつもあの人ブラブラ出歩いているし、もしかしたらお祖母さんのところに行ってるのかもしれないし…ま、取り敢えず他の事先に終わらせてからにしますか、で?話はどうなりました?」
「ステュクスさんはエリスさん達と一緒にネビュラマキュラ城に行ってもらえますか?もしかしたらロムルスがアルタミラさんを捕らえているかもしれないので」
「マジで?分かりました、俺もなんか力になりますよ!みんなのお陰でストゥルティ問題を解決できたんだから!できる事ならなんでもやりますとも!」
ドーンと胸を叩いて力になりますと言ってくれるステュクスさんに頼もしさを感じる。言ってしまえばこれは大冒険祭とは関係ない話…ステュクスさんには手を貸す義理もない領域の話。それでも力になってくれるなら…ありがたい限りです。
そうして僕達は二手に分かれ…行動を開始する。アルタミラさんを見つけるための、この時助ける為の…戦いが始まったんだ。
…………………………………………
「ロムルスがいない…?」
「はい、それで今城中しっちゃかめっちゃかで、因みにそのせいで私の昨日の睡眠時間は三時間です」
ナリアさんと話し合い、ナリアさんとラグナを除いた六人の弟子とステュクスはそのままネビュラマキュラ城に向かい、レギナちゃんに話を聞いてみたところ…なんと昨日からロムルスの姿がないと言うのだ。
「ロムルスどころかフォルティトゥド家全員居なくなってましてね…まるで忽然と消えてしまったように足跡すら残さず居なくなっていて。フォルティトゥドって言ったら軍の上層部を担う人達ですから将軍の不在も相まって今マレウス王国軍は大混乱ですよ、はい…」
なんか最近寝れてなさそうなレギナちゃんは疲弊した様子でそう言うのだ。しかしこのタイミングでロムルスとフォルティトゥド家全員の失踪?なんか妙だな。
「なぁおいエリスよぉ」
「ええ、なんかやましい事があるのかもしれませんね」
アマルトさんが何やらエリスの耳元で囁き、それにエリスも首肯で返す。このタイミングで居なくなる…と言うのは妙だ、きっと姿を隠さなきゃいけない理由があったのかもしれない。
「しかし参ったな、ここにくればロムルスがいるものと思ったが…居ないのか」
「くそー!先に逃げられてたかー!」
「フォルティトゥドの人間が誰か残っていればそこから足跡を探れたのですが、まさか一族郎党消えるとはまた…」
だが言い換えれば先手を打たれたとも言える。折角掴みかけた尻尾だったのに…とエリス達が落ち込んでいると、ネレイドさんが首を傾げて…。
「ロムルスは居ないけど、それはイコールにはならなくない?」
「え?」
「ロムルスとアルタミラさんの失踪…それはまだ確定で紐つけられていない。もしかしたらロムルスとは関係なくこの城に居るのかも」
「あり得ますかね…それ」
ロムルスが居なくてもここにアルタミラさんが居ないと言う事にはならないと言うのだ。だがそれだと帰ってこない理由にはならなくないか?うーん…だが考えてみればアルタミラさんの中にはあのルビカンテもいる。もしかたらルビカンテに体を奪われこの城のどこかに…全くないとは言えないな。
「とりあえず探してみる価値はない?」
「それもそうですね、よし!じゃあここであれ…やりますか。いいですか?レギナさん」
「え?いいですけど…何をやるつもりですか?」
ここで探してみる、それならこの城であれを試してみるのも悪くないかもしれない…そう思いエリスはメルクさんとデティに目配せをする。
「構わん、やるか。エリス」
「見つかるといいねぇ」
「はい、では行きますよ…合体技を!」
……いつぞやも言ったがエリス達は最近合体技の開発に着手している。それはつまり戦闘においてのみ効果を発揮する物ばかりではない…こう言う何かを捜索する際に力を発揮する物もある。例えば…。
「行きます!『超極尽識確心眼』ッ!」
「な、何そのフォーメーション」
これはエリスとメルクさんとデティの三人が揃っていて初めて使える大技。
識確の才能を持つエリス。見識の才覚を持つメルクさん。超広大な魔力探索範囲を持つデティ。三人ともそれぞれ探索や捜索において役に立つスキルを持っている、それらを組み合わせれば凄いことが出来るんじゃないか?と言う思いつきから完成した技だ。
まずエリスがメルクさんの頭を後ろから掴みます、メルクさんは杖を持つデティを抱きかかえます、抱きかかえられたデティは杖をクルクル回して魔力を探索します。
デティの広大な魔力探知能力をメルクさんの見識の力で補完する。ただしメルクさんはエリスのように識確魔術を扱えないので意図的なコントロールは難しい、故にその不完全性を識確魔術が扱えるエリスが関与することで完全な物にする。
これによりメルクさんの見識はデティの魔力探知全域に及び、その周囲にある物を全て詳らかにすることが出来る。たとえ視界の中になくともそれぞれの事象や事象の残滓すらもメルクさんは確認し真実を見破る事ができるようになるんだ。
(超極限集中状態による識確心眼の方がより多くを見れますが…この技の利点はエリスが一日十分ちょっとしか使えない切り札である超極限集中状態を発動しなくても済む点にあります、それに…)
それに、エリスの超極限集中状態はエリスが必要としない情報も無作為に拾ってしまう。だがメルクさんの見識はそれらを無視して必要なものだけ拾う事ができる…広範囲探索ならこの方がいい。
見た目は間抜けだが探索能力ではこれ以上のものはない。
「メルク、何かわかったか?」
「少し待て……ああ、見えた」
「ってことはアルタミラが!?」
「ああ、彼女は昨晩この城を訪れている。そして今彼女はこの城の地下にいる!」
「……地下?地下で何やってんだ?」
メルクさんはアルタミラさんの姿を見た、と言うよりこの城に居たと言う情報の残滓を見たんだ。詳しい場所はまだ分からないが確かに見えた…この城の地下か。そう思いエリスはステュクスに視線を向けると。
「え?いや、この城…地下とかないよな」
「は?」
「いやマジマジ、ないぜ地下なんて」
エリス達はフォーメーションを解いてステュクスの言葉に耳を傾ける。しかしこの探索方法は絶対だ、過ちはない…確実にアルタミラさんは地下にいる、なのにその地下そのものがないって?
「なぁ?レギナ、無いよな?」
「…………そんなバカな、なんであの場所の事が…」
「レギナ?」
……だが、どうやらレギナちゃんは違うようで。青い顔をしながら震えている…なんかあるようだな。
「レギナちゃん、何か知ってるんですか?」
「……まず、この城に…地下はあります。表向きにはされてないのでステュクスは知りませんが、あります」
「え!?マジで!?…なんで表向きにされてないんだ?」
「……………」
レギナちゃんは数度視線を泳がせる、だがすでにこの場には逃げ道がないことを悟り、ため息を吐いて…覚悟を決めて。
「……この城の地下には、凶悪犯を閉じ込めておく牢屋があります。地下牢…って奴ですね」
王城の地下に牢屋。それはこの世界では一般的な話だ、アジメクもマルミドワズもそうだった、確かに凶悪犯の収容所なら表向きにされない理由も分かる。だがそれだとレギナちゃんの反応の説明がつかない。
なら、まだ何かある…そう感じた瞬間レギナちゃんは口を開き。
「そして同時に、この城の地下に広がる広大な地下迷宮にはもう一つの顔があります…それは、それは……」
レギナちゃんはその手を見て、固く拳を握る。それは怒りを噛み殺す仕草であり…同時に恐怖を押し潰す仕草。そう、その地下とはつまり……。
「別名『蠱毒の壺』…マレウスの王族ネビュラマキュラが王位を継承する為の儀式が行われる凄惨なる現場であり、同時に私の兄バシレウス・ネビュラマキュラが真の意味で誕生した場所でもあります」
その地下とはつまり…レギナちゃんの兄であり、蠱毒の魔王の二つ名を持つバシレウスの秘密を覆い隠す、マレウスの闇そのものであった─────。
…………………………………………………
ここは、マレウス王城の地下に存在する超広大な地下迷宮の一つ。かつてウルキ・ヤルダバオトがエリスに語ったようにこの国には八千年前の遺跡が数多く存在する…ここも元はその地下施設の一つ。
魔女が守るディオスクロア王国を陥落させる為シリウス率いるオフュークス帝国が作らせた前線基地であり、大帝トミテ・オフュークスの側近であったセバストス・ネビュラマキュラが管理していた唯一の施設…。
それはシリウスの不朽の魔術陣により時間経過での崩壊が起こらず八千年間その姿を留め続けたネビュラマキュラが誇る最大の遺産の一つである。
かつては軍事基地として使われていたが…やがてその施設はネビュラマキュラ達によって意味を失い、意義を変え、現在はネビュラマキュラ王城により覆い隠す形で闇に閉ざされている。
複数の階層に分かれたこの地下世界の一角は今現在凶悪犯を収容する施設としても利用されており…光さえない世界には、無数の凶悪犯達が閉じ込められている。いずれ…『利用』される時を待っているんだ。
「……………」
ポタリポタリと水滴が垂れる、薄暗い牢獄の中で蠢く影達は…今日もこの地獄で時間を費やす。
「あぁー、暇だぁ…」
「責苦もなんもねぇってのが一番キツいなぁ」
「はぁ、もう二度と外には出られねぇのかな」
この牢にて拷問などの責苦は行われない、ただただ放置される。そもそもこの場所は国の暗部そのものなんだ、看守だって必要最低限しかいないしここに収容されると言うことは国からも目を背けられたと言うこと。
即ちここにいると言うことは、表向きには存在しない…ということになるんだ。外に出るどころか、これから何かが起こることは彼らにはない。
「……………」
「なぁあんた、あんたここに来てそろそろ一年?くらいか?もうそろそろ口聞いてもいいんじゃねぇの?」
そんな中、一人…異質な男がいる。この牢にて騒ぐことも泣くことも暴れることもせず、ただただ座禅を組む一人の男がいる。
そいつは一日に決まった時間に筋トレをして、配られる必要最低限の食事を食べ、また筋トレをして、そして決まった量筋トレした後は一日座禅をして過ごす、まるで仙人のような生き方をするその男は…筋骨隆々の肉体に白い髭をダラリと垂らし、周囲の囚人達の言葉を無視して座禅を続ける。
その態度に囚人は怒りを示し。
「おい!いい加減にしろよ!なんか言えよ!あんた誰なんだよ!」
そう言いながら牢屋を蹴ると…同じく牢に閉じ込められている筋骨隆々の老父はようやく口を開き。
「喧しい、私の筋肉にストレスを与えるな…」
「は?」
「質問には答えてやる、故に…これ以上私に干渉するな」
座禅を組む男は、一年前…自ら進んでこの牢にやってきた。己の罪を浄化し我が王に真の忠誠を示す為と言いながら。素性は一切不明…ただ己の罪と向き合いながら筋肉を鍛える男の名は。
「我が名はムスクルス、かつて…悪魔の見えざる手という組織に所属した、幹部の一人だ」
「悪魔の見えざる手って…あの超大物の人攫い組織じゃねぇか!」
男の名は筋肉法師ムスクルス、この国にやってきたエリス達が最初に戦った組織悪魔の見えざる手にて幹部を務めていた筋肉ムキムキの老人だ。
かつてはアジメクにてフリーの治癒術師を営んでいたが、ある日ヴェルトに連れられ病床の魔術導皇ウェヌス・クリサンセマムの治療に当たった事もある。だがしかし彼はウェヌスを救えなかった、自らの国の王を救えなかった。それ以降治癒魔術そのものに絶望し悪魔の見えざる手に所属し荒れていた彼だったが…。
プリシーラを助けるため乗り込んできたエリス達と交戦。その際ウェヌスの娘であるデティフローアと戦い…彼女に敗れ、改心することを決意。再起を誓うデッドマン達と決別し己の罪を浄化するため…自らこの牢へとやってきて収容されていたのだ。
あれから一年、彼は自らの王たるデティフローアに恥じぬ存在となるため、一生終わらない贖罪に身を費やしていた。
「なんでそんな大物がこんなところに?」
「大物も何もない、悪魔の見えざる手は壊滅した…デッドマン達は今どこで何をしているかも分からないし、興味もない…ただ私はここで罪を償い続けることしか出来ん」
今なら、人攫いに嫌気がさして、ただただ人を助けるためだけに冒険者稼業を始めた元リーダーのレッドグローブの気持ちが理解出来る。償っても償い切れない罪を前に…私達は逃げていただけだったんだ。
だがもう逃げることはやめた、私は私の罪と向き合い続ける…だがもし許されるなら、出来ればいつか、病床の王を…この手で癒すという贖罪を行いたいが、今はもう望むべくも…。
「む?」
「あん?どうしたよ」
「……何かが起ころうとしている」
ふと、ムスクルスは天を見上げる。何かが起こる、彼の筋肉がそう告げている…この何もない闇の世界に今、変化が起ころうとしているんだ。
「………今日は、眠らぬ方が良さそうだ」
「は?何?」
祖国を捨て、組織を捨て、ただ一介の老人となった私の身に…新たな何かが起ころうとしている、そう悟ったムスクルスは立ち上がり…ただ、天命を待つ。




