657.対決 天禍絶神のストゥルティ・フールマン
「チッ!最悪だにゃあ!いきなりババ引かされるとは!」
馬に乗ったネコロアは平原を駆けながら杖を掲げ、背後を疾走する北辰烈技會の面々に号令を飛ばす。
「もう所在は割れているにゃ!くだらない隠蔽はしなくていい!ともかく早く駆け抜けるにゃ!」
『はい!ネコロアさん!』
「いきなり宝玉渡されるとは…ついてねぇ〜にゃあ、日頃の行いってやつかにゃあ」
第三戦、全てを決める最終決戦の内容は『宝玉護衛輸送』…大きな宝玉を一つ奪い合いながら北部にあるリオネス山岳の頂上にある台座にセットするという競技。
一見すればこれは早いもの勝ちのレースのように思える…だが実際に求められるのはただただ単純な武力であるとネコロアは見る。
(ここからリオネス山岳は然程遠い距離にあるわけじゃない。全力で移動すれば一日で着く距離…けど問題は、宝玉の存在!)
まず、宝玉は一つしかない。これを持つ者はリオネス山岳へ急ぎ持たない者は宝玉を持つチームを攻撃し宝玉を奪う。いち早く宝玉を持つチームを割り当て宝玉を奪いリオネス山岳へ向かうというのがゲームの全容だ…だが。
結局リオネス山岳へ急がなきゃいけないのは持つ者持たない者関係ない、だって目的地は一つしかないんだ…誰が宝玉を持っていたってとりあえずリオネス山岳へ行かなきゃいけないことに変わりはないし、何より宝玉を持ったチームは必ずリオネス山岳へ行かなきゃいけない…なら向かわない手はそもそもない、これは前提の話だ。
問題があるとするなら、宝玉を持つ事のデメリットがデカすぎる点。宝玉を持っているだけで攻撃の対象になる、宝玉を持つチームより持たないチームの方が当然多いんだ…自陣営以外全てのチームから攻撃を受け続けそれでもリオネス山岳を目指さなきゃいけないのが宝玉を持つチームなんだ。
分かるか、つまるところこれは宝玉を持つチームが『守勢』持たないチームが『攻勢』なんだ。自陣営を遥かに上回る人員を持つ他全てからの攻勢を受けながらも足を止めて戦うことを許されずひたすら耐えるしかないんだ。
これで最初に宝玉を渡されていなければネコロアは悠々とリオネス山岳へ移動し、そこで布陣を敷いて宝玉奪取を行いその後台座を目指していた。だが最初に渡されてしまってはそれが出来ない。
係員が宝玉を持ってきた時、ネコロアは必死に拒否した…要らない、他にやってくれと…しかし。
『宝玉の放棄、譲渡共に認められない。手放すには奪われるしかない…そして奪われた場合そのチームの失格を言い渡す』なんで言葉まで追加されてはもう動くしかない。
(最悪だにゃ、宝玉の存在があまりにも邪魔すぎるにゃ。こんな初手で運任せが来る競技とかクソすぎるだろにゃ…!)
一番の懸念はリーベルタースだ、アイツらは間違いなくこちらを狙ってくる。だってリーベルタースが全体の四割、北辰烈技會が全体の三割を占めているんだ。
宝玉がランダムに渡されているのだとしてもまず間違いなくこのどちらかの陣営に転がり込むのは必然…こっちに宝玉がなければネコロアもまず間違いなくリーベルタースを疑った。だからストゥルティは一も二もなくこちらに来る…。
追い詰められたストゥルティが全力の勢いで北辰烈技會に迫ってくる…そう考えるだけでも恐ろしい。その上で今はエリス達もいる…エリスとストゥルティに挟まれてどこまで立ち回れるか。
殲滅される…とかではない、その二人を相手にしたらもう他の行動ができなくなるのが問題なんだ。移動も、陣形整理も…何も出来なくなる。そうなったら終わりだ、こちらの布陣は崩される、宝玉が奪われる…失格になる。
「だぁあああ!なんもかんも上手く行かんにゃあ!」
『ネコロア様!来ました!』
「チッ、流石に早えにゃあ…」
『四時の方向!リーベルタースです!』
「分かってるにゃ!迎撃するか…戦力を置いて足止めさせるか、いや中途半端な戦力じゃそもそも足止めにもならんにゃ…ジリ貧になる」
四時の方向、後方から迫る砂塵にネコロアは考える。ここは平原…アルスロンガ平原、起伏が少なく逃げ隠れもできない、飛んできた魔術のレジストも難しい。
なら……。
「っ!あそこにゃ!イリア森山!あそこに向かうにゃ!!」
ふと、前を見るとそこには麓までびっしり森に覆われた少し大きめの森山が見える。あそこは魔獣も少ないし何より森が入り組んでいる、あそこにいけば一斉撃破はない!
「森の中で忍んでリーベルタースを巻く!」
「だがネコロア!」
すると馬車で御者をしてるアスカロンが叫びながら後ろを見て…。
「向こうのほうが速度が速いぞ!イリア山に到着する前に接敵する!」
「は!?どんな馬に乗ってんだ!クソッ!森にさえ届けば…」
森の中ならリーベルタースの勢いも削がれる、それで多少の手勢で森を出て宝玉を守りながらリオネス山岳を目指せば勝機はある。
既に守勢と攻勢を運営側に決められこちらはイニシアチブを失っている、ならば戦場選択の主導権くらいは握りたい。だがリーベルタースは速い…追いつかれる、どうする。
「我輩が一人で足止めをするかにゃ…?うへぇ…やりたくねぇ…やりたくねぇけど」
やりたくないが…出来れば逃げたいが…それしかないなら。
「ッ!待て!何かおかしい!」
「え?」
再び背後を見ると…つい先程まで迫っていたリーベルタースの動きが鈍っている、何が起こっているんだ…?
……………………………………………………………………
「ネコロアァァアアアァァアアア!!!!!」
ストゥルティは吠える、馬に乗り鎌を振るい北辰烈技會を追いかける。あの臆病で慎重なネコロアが一も二もなく全力で移動してる…間違いなくアイツの手元に宝玉がある。これは好都合とばかりに駛馬を駆る。
速さ勝負の為に今日まで温存しておいたアルクカース産の駛馬だ。あそこは人間もおかしいが馬もおかしい、バカみたいな速度にバカみたいな体力を兼ね備えたまるで戦争する為に生まれたきたみたいなこいつらを千頭揃え切った。
これで北辰烈技會に突っ込み足止めしている間に本体の第二撃でぶっ潰す!
「お!お前!ストゥルティか!」
「退け邪魔だ雑魚共がァッ!!!」
「グギャァッ!?」
道中どこにも所属してない雑魚チームが偶然通りかかるが、それさえ馬上から振るわれる鎌の一撃で馬車ごと吹き飛ばし駆け抜ける。このままのスピードを維持すれば北辰烈技會に追いつくのも時間問題……む。
(連中進路を変えたな、先にあるのは…チッ。イリア森山か…森に隠れるつもりか?こりゃネコロアの策だな、相変わらず尻尾巻く速度だけは一級品だ)
北辰烈技會は森に逃げ込むようだ、それを臆病者だなどと罵るほどストゥルティも冒険者歴は浅くない、退却の速度と判断の鋭さは冒険者の寿命を伸ばす。プライドも何もかも捨てて逃げられる奴こそ長生きするしそういう奴こそ冒険者社会では大成する。
ネコロアはそういう判断を幾度となくしてきた女だ、どれだけプライドがあろうとも一瞬でクランを解体して北辰烈技會に尻尾を振って擦り寄ったのもそうだ。…それにそういう時のネコロアは判断を間違えない。
(森に逃げられたら厄介だな…)
今ストゥルティ達が持っている手札は一つ…『勢い』。これだけだ、この勢いだけが北辰烈技會を明確に上回る点だ、だがそれも森に誘い込まれ五里霧中の中乱戦になれば一気に削がれる。
最悪、宝玉を抱えたネコロアが一人で森を抜けてしまえばそれで終わり。俺達は北辰烈技會に逃げられる…それだけは防がないといけない。
「だが甘えよネコロア!その距離じゃ俺達が先にお前らに食いつくぜ!」
距離的に十分間に合う距離…ならこのまま────。
「『紅蓮討龍幕』ッッ!!」
「っ…これは!」
しかし、その瞬間側面から飛んできた無数の火弾に反応したストゥルティは咄嗟に防壁を展開し攻撃を防ぐ…。今の声、そしてこの攻撃、間違いない。
「ヴァラヌスか!」
「ストゥルティッ!今日こそケリをつけてやるッ!!」
北辰烈技會ばかり見ていて気が付かなかった。側面から赤龍の顎門の軍勢が迫ってきていることに。奴らは馬に乗り瞬く間に俺と北辰烈技會の間に入り道を阻む。
「退けよヴァラヌス!」
「そうは行かんッ!……お前に幾度となく辛酸を舐めさせられたんだ。私はもう逃げない!」
「クソウゼェ!こういう時に!」
馬を降りて剣を構えるヴァラヌスを前にストゥルティもまた馬を降りる。ヴァラヌス相手じゃ流石に馬に乗ったままはまずい、馬を守りきれない…何よりこいつらが相手じゃ強行突破も難しい。
どうやらヴァラヌスは俺が宝玉を持っていると思っているらしい、まぁ…無理もねぇか。
「勝てると思ってんのかよ!お前が!俺に!」
「勝てる勝てないで…相手を選べる程。冒険者という人種には自由がないんだよ…ましてや多くの同胞の意志を背負うクランマスターにはなッッ!」
「喧しいんだよッ!蹴散らして進むぜッ!お前らッ!!」
「討龍隊!!前へッッ!!勝つぞここでっ!!」
刃を携え走り出すストゥルティと剣を手に部下を引き連れるヴァラヌス達。こいつらとも長い付き合いだが…丁度いい。
ここでヴァラヌス達にも引導を渡しておくかッ!!
「はぁあああああ!!」
「ぅがぁあああああ!!!」
衝突する鎌と剣、それが大地を揺らし大気を鳴らし火花を散らす。長く…長く戦ってきたリーベルタースと赤龍の顎門の対決は今ここに決着する…。
最強としての意地と、反逆を違う意地…それは即座に激戦へと移り変わり、そして……。
……………………………………………………
「赤龍の顎門とリーベルタースが交戦を始めたぞ!ネコロア!」
「ヴァラヌスか!相変わらずだにゃあ!」
後方で戦うリーベルタース赤龍の顎門にネコロアは笑みを浮かべる、ヴァラヌス…最高のタイミングでの登場だ。お陰でイリア森山まで移動する時間が出来た…これでこっちのもんだ。
「ネコロア!ヴァラヌス達と共にリーベルタースと戦わないのか!?」
「バカ言えアスカロン…悲しいけど、赤龍の顎門じゃどう転んでもリーベルタースにゃ勝てんにゃ」
「…………」
この二大クランは長らくライバルとして扱われてきたが、こう言ってはなんだが天地がひっくり返ってもヴァラヌスじゃリーベルタースには勝てない。ここで北辰烈技會が加わっても赤龍の顎門がいるアドバンテージは然程ない。ここで挑むくらいなら最初から迎え撃ってる、だから一緒に戦う理由も義理もない…。
「だが…!」
「だからバカを言えってんだにゃ!男が一人!負けも覚悟で意地通してるのに!そこに水差せってか!お前!」
「うっ……」
「やりたいようにやらせてやるにゃ…!」
勝つにしても負けるにしても、ここで誰かの介入を許せばヴァラヌスはそいつを一生恨むだろう。それだけアイツにとって大きな戦いだ…なら無視だ、そもそも北辰烈技會と赤龍の顎門は仲間じゃない。
敵同士が潰しあってんだから、今のうちにこっちはこっちでやりたいようにやるのが一番だ。
「総員イリア森山に入るにゃ!ここで布陣を敷いてリーベルタース迎撃の支度を始める!なるべく広がって乱戦に持ち込むように動くにゃー!!」
そう叫びながらネコロアはイリア森山に入っていく……。
────イリア森山。サイディリアルに一番近い地点にある北方の山…或いは丘、木々に覆われた山が特徴であり麓から頂上まで三十分程度で踏破出来てしまうこの登山初心者用の山…というにはあまりにも小さな山はそのあまりにも小さく情けない有り様からイリア山ではなく麓までびっしり覆う広大な森林も付け加え一緒くたにイリア森山と呼ばれるようになった。
現れる魔獣もウィーゼル系…兎型の雑魚魔獣しか現れないこともあり冒険者になって最初に向かう者も多いとされる山だ。ただイリア山の奥にあるとされる『月光の洞窟』には非常に強力な魔獣が眠っておりその奥には伝説の冒険者が隠したとされる剣がある…というデタラメが流布されている。
そんな森に入るなりネコロアは北辰烈技會を反転させ停止させ、リーベルタースを迎え撃つ支度を始める。ここで戦えば確実に奴らの出鼻をへし折れる、何より迎え撃つまでの準備が出来る以上イニシアチブはこちらが取ることになる。
これならリーベルタースにも勝てる。
「迎撃と支度を開始した、ネコロア。お前はどうする」
「我輩は宝玉を持ってリオネス山岳を目指すにゃ…で?宝玉はどこにゃ」
「こっちだ」
アスカロンの案内で馬車に乗せられた宝玉を見る。宝玉…これをリオネス山岳の頂上に持っていけばいいんだが、大きさ的にかなりのものだ。酒樽一個分くらいのサイズだから抱えて持っていくわけにも行かないし。
そう思い再び宝玉をしっかりこの目で見ると…。
「はぁ〜…ちゃちい作りだにゃあ何が宝玉だにゃ」
「金メッキで塗装した鉄球だな、それに中は空洞だ」
「鉄球?鉄より脆く感じるにゃ」
そこにはズーンと大きな金色の鉄球が置かれている。が…恐らく突貫工事な上に中抜きされまくって作られたんだろう、めちゃくちゃ作りがちゃちなのだ。宝玉というよりは…燻んだ金の玉だ、家にあったらインテリアにもならず捨てられるくらいの代物。
何より中が空洞になっており叩くとボンボン音が鳴る…栄えある大冒険祭の最後を飾る競技の目玉がこれか、これじゃあ冒険者協会にも未来はないな。
「つーかこれ、おっことしたら割れそうだにゃ。壊れたらどうなるんだにゃ?」
「さぁ、明言されていないがまぁ失格なんじゃないか?それにこれがなくなったら競技も出来ないし…」
「スペアがあるとも思えんし、大事に運ぶしかないにゃ」
そう言いながらネコロアは腰を落として鉄球を運ぼうと力を込める…すると。
『ネコロアァァアアアッッ!!どこだァァアア!!』
「くっ!ストゥルティが森に入ったのか!?ヴァラヌスは!」
「突破されたんだろうにゃ、ストゥルティの奴想像以上にマジだにゃあ…」
乱戦が始まった気配がする、金属音や爆発音が鳴り響きあちこちで戦闘が始まる。どうやらヴァラヌス達赤龍の顎門はやられたようだ…時間にして数十分、よく耐えた方だとは思う。
「仕方ない、このまま抱えていくのもアレだしこの馬車ごと移動するにゃ、アスカロン、お前は現場で指示を取るにゃ」
「お前は戦わんのだな」
「あんなおっかない奴となんかやれるわけないにゃ!ささ!行ってくるにゃ!」
「まぁお前が指示するなら……」
アスカロンを追い払いネコロアは一人宝玉を確保し森を抜けるため馬車を動かす、ストゥルティと真っ向切って喧嘩なんかしてられない。というかそもそも冒険者の本懐は対人戦ではなく対獣戦、こんな戦争まがいの戦いに真面目に参加なんてしてられない。
(馬鹿馬鹿しいにゃ、バトル?決闘?他所でやれにゃ、潰し合いとか叩き合いとかそういうのがやりたきゃ傭兵稼業でも始めろってんだにゃ)
エリスにせよストゥルティにせよそうだ、冒険者とは魔獣と戦う便利屋であって真っ向から戦う戦士でも裏で策謀巡らせる政治家でもない。ただの魔獣退治を専門とする者達なのだから…敵意剥き出しで戦う必要なんてどこにもない。
(あーあ、嫌な時代になっちゃったにゃあ…私が若い頃の冒険者協会は今よりずっと風通しが良くて、ずっと純粋だった)
いつからか、こんな風になってしまった。ネコロアが若い頃は今よりずっと混沌としていて殺伐としていて…それでいて自由だった。そりゃあ今よりずっと人は死んだし依頼達成率だって悪かったけどやっていて楽しい仕事ではあった。
それが全部変わったのは全部ケイト・バルベーロウが改革を行なってからだ。アイツが方々に手を回した結果協会は今よりずっと良い組織になったが、同時に身元の割れない連中も増えた。そういう怪しい奴らが怪しい仕事をして、結果風通しは悪くなり窮屈になった。
そして今、ネコロア自身もそういう怪しい奴の代表格みたいなやつに使われている。
(北辰烈技會…気がつけばどでかい組織になりやがって。もしここが優勝でもしたら冒険者協会は終わりだにゃ。……そろそろ潮時か、この大冒険祭が終わったら我輩もそろそろ引退を……)
気がつけばもう歳をとった、ならそろそろ自分の旅路も終わりに近いか…そんな事を考えた、その時だった。
「にゃ……?」
一瞬、背後の茂みが揺れた気がした…いや気がしたんじゃない事実揺れた、ならこれは…!
「見つけたぞネコロアッッ!!」
「ゲェーッ!ストゥルティーーっ!?!?」
茂みから飛び出してきたのは鎌を携えた死神…ストゥルティだったのだ。
「お前なら即座に戦線を離脱して森を抜けようとすると思ったぜ!!」
「よ、読まれてたにゃー!?急速旋回ー!!」
自分の行動が読まれていた、これはまずいと咄嗟に手綱を引いて馬に方向転換させようとするが…。
「遅え!!」
「うぎゃー!?馬車がー!?」
馬と馬車を繋ぐ留め具を一瞬にして断ち切られ、宝玉を乗せた馬車は推進力を失う。慣性の法則に従いゆらゆらと進んだ馬車は…ネコロアと宝玉を乗せたまま停止する。
「よう、ネコロア…どこいく気だよ」
「うぅ…だ、誰かー!誰かいないかにゃー!」
周りを見る、しかしすでに戦線を抜けていたこともあり援軍は見込めない。目の前には冒険者協会最強の男が鎌を手にゆっくり近づいてきている…さ、最悪。
「テメェが持ってんだろ、宝玉。寄越せよ」
「ぬぐっ…こ、これは渡せんにゃ…」
「ならやるか?俺と…いつもみたいに逃げたっていいんだぜ?」
「断るにゃ!お前がグランドクランマスターになったらそれこそ冒険者協会は終わりにゃ!」
「テメェらがなっても終わりだろ!」
「うー、それはそうだからなんとも言えんにゃあ…」
ゆっくりと肉球型の飾りがついた杖に手を伸ばす…、戦うか?戦いたくない、理由は単純…私は真剣勝負というものが嫌いだからだ、それは若い奴がやるもので自分のような老兵がやるものではないから。
「はぁ…この期に及んでも戦わねぇか」
「う、うっさいにゃ!」
「あんたもうちょい根性ある女だと思ってたんだがな…まぁいいや、宝玉は頂く。それで俺の勝ちだ…ご苦労だったな、北辰烈技會の駒使いさんよ」
「ッ……」
大丈夫、大丈夫、大丈夫…そう自分に言い聞かせながら落ち着いて逆転の目を探る。私はまだ勝負を捨てていない…というかここでストゥルティに負けるのはあまりにも癪だしここまで来たなら優勝したい。
だから必死に探す、ある意味ネコロアは今この場で最も真面目にこの競技に取り組んでいる人間の一人だと言っても過言ではないだろう。戦うのは嫌だが負けるのも嫌…そんな彼女の必死な思考を知ってか知らずか、ストゥルティは嘲笑いながら馬車に手を伸ばす。
「これで、…俺がグランドクランマスターだ…ようやく、ロムルスの奴と戦える戦力が…手に入る!」
全てはハルモニアをロムルス達から解放する為、フォルティトゥドの持つ大軍勢と正面切って戦う為の兵力を得られる。全てのクランを束ねるグランドクランマスターにさえなれば…ようやくアイツと戦える。
全てはこの時の為、全ては妹の為、プライド捨ててガンダーマンのジジイの野望に乗った。ハルモニアを助けられるならなんと罵られようと構わない…そんな覚悟でここまで来た。
その覚悟が報われる…ようやく。
「っ……!」
ネコロアの思考、ストゥルティの決意、その二つが交錯し今大冒険祭の勝者を決する瞬間が訪れようとしていた────その時だった。
「冥王乱舞…」
「この声…この魔力…まさか」
刺すようなトゲトゲしい魔力を感じて…ストゥルティの手が止まる、彼の歴戦の直感が彼の思考を遮断し即座に鎌に手を伸ばさせ…魔力が隆起する。
最悪のタイミング、最低の瞬間、そして…最強の……。
「星線ッッ!!」
「よりにもよって…今お前かよォッ!!!エリスッッ!!」
刹那、ストゥルティの防壁と彼方より飛来した紫閃が火花を放ち衝撃が迸る。木々は薙ぎ倒され大地が捲れネコロアの馬車は吹き飛び…ただ中心にて爆心の二人が睨み合う。
「ストゥルティィィイイイイ!!!!!」
エリスだ…このタイミングで最強の敵が現れてしまった不運を、ストゥルティはただ呪う、それと同時に。
(ってかこいつ、バカキレてねぇか…!?)
一抹の違和感を覚えるのだった。
…………………………………………………
ラワー噴水広場でズタボロになり倒れているナリア君を見つけた時、ルビーは直感で『終わった』と思った。ナリア君と言えば地下の酒場で知り合った可憐な男の子でルビーもその歌声にすっかり魅了された人間の一人だった。
それと同時に、ナリア君はエリスさん達の一行に所属する人間だ。あの人達は少数精鋭って言葉が何よりも似合う人達だ、人数は少ないが一人一人が洒落にならないくらい強い。
特にその中で恐ろしいのがエリスさんだ。あの人は基本怒らない。多分自分が殴りれたりバカにされたり無礼な態度を取られても怒ることはない…だが、仲間或いは関係者に対して危害を加えると話はまるで変わってくる。
あの人の怒りの琴線はそこにある、仲間が傷つけられるかどうかという部分にのみあの人の怒りの源泉がある。自分を蔑ろにされても怒らない代わりに誰かが傷つけられたら怒る、そういえば聞こえはいいが言ってみればこれはただ極端なだけだ…エリスさんの場合は特に。
何をされても怒らないが一度怒るともうその時点でフルスロットル。若干キレるとかイライラするとかそういう工程を挟まず『排除』に思考が向かう。ルビーも一度そうやってエリスを怒らせ恐ろしい目にあった…が。
それでも思う。あの時自分に向けた怒りはまだ温情だったと…だって覚醒も使ってなかったし魔術も殆ど使わなかった。それはエリスさんが私を殺さないよう何処かで手加減していたから…。
だが今回はどうだ、エリスさんはストゥルティに対して容赦するだろうか…しないだろう、何より今回はただ傷つけただけではなく半死半生…危うく殺す寸前まで行くほどの大怪我。
エリスさんは怒るだろう…、ナリアさんを傷つけたのはきっとリーベルタースだ…襲撃を匂わせるようなこと言ってたし。なら…エリスさんの怒りの矛先は私にも向くんじゃないか?ルビーはそう考え心底震えた。
だから…仲間を売る、ってのとはまた違うが。せめてエリスさんの怒りを抑えるためにも…私はナリア君を助けた。
そしてエリスさんにその事を伝えた、…きっとリーベルタースは今宵なくなるだろうという僅かな絶望も込めて。
ルビーのその恐怖は…現実のものになろうとしている。
「ストゥルティィィイイイイ!!!」
「テメッ…!何そんなバチクソにキレてんだよ!」
エリスは一直線に向かった、ストゥルティのいる地点をデティに探ってもらい隕石の如き速度で飛翔し間に存在していた全てをソニックブームで吹き飛ばしストゥルティに一直線に向かっていった。
エリスの大切な仲間を半殺しにしたリーベルタースを粉々に粉砕するために、まずはその頭を叩き割る。故にストゥルティに狙いを定めた怒髪天状態のエリスはストゥルティに襲いかかった…。
「邪魔すんじゃねぇよ!あとちょっとなんだからさァッ!!!」
「フッ…!」
(うっ!?俺の鎌を全部避けやがった!こいつ頭に血が昇ってる癖して気持ち悪いくらい冷静だ…!)
追い払うように幾度となく鎌を振り回すが小さく構えたエリスは左右に素早くステップを踏み最小限の動きで斬撃を避ける。その機敏な動きにストゥルティは目を剥く。
エリスとストゥルティが戦うのはこれで二度目だ、互いの力はある程度理解している。だが前回と違う点があるとするなら…今、エリスがブチギレているという事。
(ルビーが言っていた、こっちが手段を選ばないと…向こうも手段を選ばなくなるって。それがこれか…!?コイツ…ボルテージ次第でコンディションが変わるタイプか!?)
「ストゥルティッ!!」
「チッ!」
真っ赤に血走った目でストゥルティを捕まえようと腕を振るうエリスからストゥルティは全力で逃げる、後方に飛びながら鎌をぐるりと手元で回し。
「まぁいい!殴り合いがしたいなら…来いよ!」
鎌を上に投げ手招きする、これで向こうが殴り合いに応じた瞬間懐から拳銃を抜く…というストゥルティのお決まりの技。ただエリスはこれを一度受けているから警戒して寄ってこないはず───。
「上等じゃクソボケがァッ!!!」
「へっ、バカだよお前!」
しかしエリスは怯まない、一切躊躇しない、拳を握り突っ込んでくる。それを見て笑うストゥルティは即座に拳銃を抜きエリスに向けぶっ放し───。
「いっ!?」
声を上げたのはエリスじゃない、ストゥルティだ。拳銃をぶっ放してエリスを撃ち抜いた…はずだった。いや事実撃ち抜いている、エリスの肩口から鮮血が舞っている…銃弾は命中した、筈なのに。
「消えろ外道がァッ!!!」
(こいつ…撃たれても止まらねえッ!?)
止まらない、銃弾の衝撃で止まる事なく、痛みで足を止める事なく、瞬きすらせず、一歩さらに踏み込み撃ち抜かれた方の肩を使い大きく腕を引くと共に鉄拳を飛ばしてくるのだ。
イカれてる、今この瞬間ストゥルティは心底震えた。こいつ人間じゃない…少なくとも脳の構造が人じゃない──。
「だらぁっ!!」
「ぶげぇっっ!?」
「逃さん!」
「ぅぐっ…ま、待てや!」
殴り飛ばされ鼻血を吹いて一歩下がるストゥルティ、しかしそれでもエリスは止まらずストゥルティに組み付き、腕を掴み拳銃を取り上げながら胸ぐらを掴み。
「クソクソクソクソボケボケボケボケッッ!!!」
「ぐがぁっ!?」
そこからまるで啄木鳥の如き連続頭突きが見舞われる。ストゥルティでさえ目を回すような怒涛の頭突き…だというのにエリスは一切ストゥルティを見失わず。
「テメェは!テメェだけはエリスが地獄に落としてやるッッ!!」
「ちょ、ちょっと…タンマ…!」
頭突きを嫌がりエリスの顔を手で押して離れようとした瞬間飛んでくるフロントキックが腹を叩き、怯んだ瞬間ストゥルティの両肩を掴んだエリスは万力のような力で締め上げながらストゥルティの巨体を持ち上げぶん回し地面に叩きつけ…。
「冥王乱舞…!」
「待っ────」
「王拳ッッ!!」
エリスの戦い方は、強引に見えて非常に合理的だった。ストゥルティお得意の駆け引きをガン無視でペースを握り続け、鎌という長物を活かせない超至近距離を維持する為相手を掴み続け、打撃で怯んだ瞬間地面に叩きつけ防壁を張る暇すら与えず最高の一撃を叩き込む…。
あまりにも、惚れ惚れするくらい見事な一連の動きにしてやられたストゥルティはエリスの一撃に巻き込まれ…その衝撃波大地を貫通しまるで噴火するように大地が内側から弾け爆裂する。
「ゲッ…がっ…くっ…そが…!爆弾かアイツはッ!?」
バチバチと魔力の残滓が迸り、ドロドロに融解した大地が流れるクレーターのど真ん中でズタボロになったストゥルティは蹲りながら起き上がる。
「このクソ気狂いが…!いきなりすっ飛んできてなんなんだお前!!」
「……なんなんだ…だって?」
見遣る先にいるのは…エリス。激怒に激怒を重ねたエリスは拳を鳴らしまだまだこれからだとばかりに牙を剥く。
「テメェが!エリスの友達半殺しにしたから!テメェのやり方にこっちはブチギレてんだろうがッッ!!」
「はぁ…?」
ナリアさんを半殺しにした、だからこっちは九割殺す…そのつもりでエリスはここに来ている。だがその言葉を聞いたストゥルティは小さく首を傾げ。
(友達を半殺し?…まさかこいつのダチが俺の団員にやられでもしたか?)
ストゥルティは北辰烈技會を追う為に四千人いる人員のうち千人に超速度のアルクカース産の駛馬を渡し先行させた。つまり一千人の先行部隊と三千人の後行部隊に分けて運用していた。
恐らくエリス達は後ろを進んでいた三千人の後行部隊と当たり、そのうち仲間の一人がやられたからキレているんだろう…そう察したストゥルティは笑い。
「はっ!俺のやり方の何が悪い!この世は弱肉強食だ!弱え奴が死にかけた!それだけだろうが!」
「ッッ!!!」
「そしてテメェも!俺より弱いテメェも!今からおんなじ目に遭うんだよッッ!!」
「お前のやり方は…もうごめんなんですよ!!エリス達は!!」
「ッるせぇんだよ!手段選ぶ二流風情が俺の邪魔すんじゃねぇよッッ!魔力覚醒ッ!!」
ここで止まるわけにはいかない、もう手段は選ばない。鎌を握り直し全身の魔力を滾らせたストゥルティはそのまま一気に覚醒状態に移行し…。
「『金剛光輝麟鳳亀龍』ッ!」
ストゥルティの全身が、鎌が極彩色の輝きに包まれた瞬間、その髪が虹色の輝きを孕んだ半透明の結晶に変わり、その瞳もまだ虹色の光を放つ。
彼の覚醒の名を属性同一型魔力覚醒『金剛光輝麟鳳亀龍』。彼の扱う黒灰魔術が覚醒に影響した結果…彼の肉体自体が灰となった、彼の覚醒は己の体を灰に変える覚醒だ。
だが、その覚醒を極め抜き適正化を行った結果、灰は押し固まり一塊と化し…全身が灰ではなく。
「冥王乱舞・一拳ッ!」
「効かねえよッ!!」
ぶつかり合うエリスの拳とストゥルティの拳、正面衝突により絶大な衝撃波が走るが…ストゥルティの体には傷一つつかない。
そうだ、今彼の体は灰ではなく金剛石…ダイヤモンドと化している。故にその防御力はダイヤモンド並み、いやそれ以上…。
属性同一型に於ける防御の到達点。最硬最強の『耐える』覚醒である。
「邪魔すんじゃねぇよエリスッ!!俺ぁもう勝つだけなんだよッ!!」
「エリスが死んでも勝たせません!意地汚く…卑怯で卑劣で、人の道から外れたお前だけは!エリスが死んでも勝たせませんッッ!!」
「言ってろやッ!」
その瞬間ストゥルティはエリスの攻撃を片手で弾きながら鎌を大きく振りかぶる。するとどうだ、同じく極彩色に輝く刃がより一層強く輝け初め…。
「『エクセルシオール・アッシュエンド』ッ!」
爆裂する…否、爆裂にも錯覚する魔力爆発が発生する。ダイヤモンドと化した刃は内側で魔力を乱反射させる力がある。乱反射し拡散した魔力はその範囲すらも拡大させ絶大な一撃となって表出するのだ。
彼の振り払いは一瞬で視界を覆い尽くすほどの波濤に変わり回避不可能な巨大な斬撃となってエリスに向けて放たれた。それは巨人の箒のように当たり一面を薙ぎ払いエリスの姿さえ掻き消し───。
「冥王乱舞ッ…!」
「何ッ!?」
しかし、轟くのはエリスの声。今しがた斬撃によって吹き飛ばした筈のエリスの声が何処からか響きストゥルティは目を剥き周囲を見回すが居ない、一体何処にと魔力を探ると…それは。
「『殲煌』ッ!!」
「ぅぐぉっ!?」
まだ夜明けを迎えぬ空を切り裂いて突如天より飛来した光の槍が大地に突き刺さる。攻撃の直前に全力で天空へと移動していたエリスがそのまま天から魔力を噴射しながら降ってきたのだ。
一撃で地形を変える墜落はさながら爆撃の如くストゥルティの目の前で炸裂し全方位を光と爆炎、そして衝撃で包み込み吹き飛ばす。
「ッデタラメかテメェ!!」
「冥王乱舞ッ!点火ァッ!!!」
金剛の肉体でなんとか攻撃を凌ぎながら吹き飛んだストゥルティに再びエリスの拳が飛んでくる。それを虹の鎌で弾くが更にストゥルティの体は天高く打ち上げられ…そこにエリスの追い討ちが迫る。
「人間相手してる気分じゃねぇな…まるで動く災害だぜ、お前!」
「エリスが災害ならお前は害悪だ!」
「よく言うぜ畜生がッ!」
弾く弾く弾く、天に打ち上げられながらも鎌を的確に動かしエリスの突撃を弾きながら捌く。こうして天に打ち上げられたストゥルティが見るのは最早原型を留めないほどにバラバラにされたイリアの森。炭と土砂と瓦礫で最早何処からが森で何処からが平原だったのかさえ分からない。
(俺もよ、さんざ頭がおかしいとか狂ってるとか言われてきたが…こいつを前にしたら恐縮しちゃうよ、全く!)
「待てェッ!ストゥルティィィイイイイ!!!逃げるなぁああ!」
「テメェが吹っ飛ばしてんだろうが!」
以前戦った時とまるで雰囲気の違うエリスにストゥルティはただただ苦笑いする。だが或いはこれこそがエリスの本質…世間で強いと言われている本来のエリスなんだろう。
怒りに身を任せ、ダメージ度外視で突っ込み、それでいて的確に冷静に最善手を打ち、安牌は捨て狂気的な攻撃姿勢で相手を圧倒し、相手を呑み込み叩き潰す。
どうだ見てみろ今のエリスの顔を、何千何万と屠ってきた魔獣達の中にあれより理性のない顔をした奴が居ただろうか?論ずるまでもなく居ない。
(参ったな、前回戦ったアレが底だと思ったら…こんなとんでもねぇサプライズがあったとは…!)
「ストゥルティ!」
「聞こえてるよッ!ったく!」
再びエリスの打撃を鎌で弾き、ここからどう巻き返すかを思案したストゥルティ…しかし。
「あ?」
いつもならエリスの打撃に体が押し出されて更に天空へと追いやられる筈なのに…いつもより吹っ飛びが浅い、と言うかまるで何かに引っ張られるように体が窮屈さを感じる…これは。
「な!?」
「『蛇鞭戒鎖』 …魔力の縄です、切っても切れませんよ…」
いつのまにか、足に魔力の縄が縛り付けられていた。それは弾力を持っているのかストゥルティの体を引っ張り…向こう側の先を持つエリスに引かれている。これに引かれていたから吹き飛ばなかった…だがいつの間にこんなの取り付けられた?決まってる…。
(前回俺が見せた戦術と同じ…!?)
攻撃する瞬間相手に防がせて、その隙に相手に魔獣蜘蛛の糸を付着させ動きを縛る…ストゥルティがエリスを相手にやった技だ。それをこいつは一度見ただけで真似をして剰えその技を使った俺を嵌めやがった。
(っていうかヤベェ…!)
「貴方言ってましたよね!潰す潰すってぇ!他のクランや冒険者達を!潰すって上から目線の言い方ですけど!考えたことないんですか!?お前よりも更に…上から!お前に憎しみを持って潰しにかかる存在がいることを!」
エリスが更に縄を引く、今ストゥルティは天空にいる。エリスの猛攻を防ぎながら空へ空へ吹き飛ばされ続けていた…戦いは膠着していると思っていた。だが違う、エリスは敢えて防がせてストゥルティを天に打ち上げていたんだ。
全ては…この時のために。
「今度はお前が!潰される番だよッ!!ストゥルティ!!」
「ぐっ!?ぐぉおおおおおお!?!?」
一度グルリと縄を振り回しストゥルティを回転させ、そのまま地上に向けて投げ飛ばす。全てはストゥルティを地面に叩きつけてぶっ潰す為に天に打ち上げたのだ。あんなに切れ散らかしながらここまで戦いを巧みに組み立てるその手腕に危うく惚れそうになるが…今それどころではない。
(アイツの思考どうなってんだよ!?普通キレたらもっと勢い任せになるだろ!?ヤベェ受け身とらねぇと流石に体が砕ける!)
投げ飛ばされ一気に地上が近くなる、これは受け身を取らねばと姿勢を制御するストゥルティ…だったが。
「冥王乱舞!」
「は!?嘘だろ!?」
天を見ると…ただストゥルティを投げ飛ばしただけでは飽き足らぬエリスは第二撃の準備をしている。これは先程地面を吹き飛ばした墜落の一撃『殲煌』…直撃させずとも余波で十分必殺の一撃になり得るその技を今、ストゥルティ目掛け放とうとし…。
「ま、待てよ!これ殺し合いじゃねぇだろッ!?」
「『殲煌』ッ!」
「クッソがァッッ!!」
瞬間、ストゥルティは受け身に使うつもりだった防壁を展開する。その名も『特殊防壁:六角防壁』…灰の炭素を織り込み防壁にてダイヤモンドを形成する防御特化の防壁をエリスに向け展開し降り注ぐ一撃を防ぐ。
がそれでもエリスが与える推進力までは防げずエリスと共に地面に向けて一直線…そのままストゥルティとエリスは地面に衝突し……。
「ガッ…クソが…ぜぇ…ぜぇ…」
浮かび上がるキノコ型の雲、その爆心地にて地面からストゥルティの腕が生え…埋まった自分の体を引き上げ、息を整える。
防御に特化した筈の自分の体がボロボロだ、ダイヤモンドと同性質になった筈のこの体が…あちこちが割れてヒビが入り血が漏れ出ている。
「ッたく…嫌になるぜ」
「ふぅ…ふぅ…」
傷だらけの体を起こし、息を上げているエリスを睨む。向こうは殆ど傷なんてない状態…であるにも関わらず息が上がっている。
当然だ、怒ったって基礎スペックが向上するわけではない。アレだけの勢いを作り出すには何かを犠牲にしなくてはならない…エリスの場合はそれを『スタミナ』と『継戦能力』を犠牲にしてアレだけのパワーを発揮していたんだ。
(そりゃあんだけ暴れて、息の一つでも上がってなきゃ嘘ってもんだろ…。こっちは散々痛めつけられてんだ…)
「まだ立つんですね、ストゥルティ…」
「当たり前だろうが…こっちはあとちょっとで勝ちだってのに。意味わからねぇ因縁の付け方してきやがって…!」
「意味分からない?…そりゃ分からんないでしょうよ。貴方みたいな卑怯者には」
「卑怯者と来たか…乱暴者よりかマシだろ」
「そうですか?なら訂正します。お前みたいな卑怯な乱暴者には分かりませんよね」
「お前に言ったつもりだったんだがぁ…?」
鎌を地面に打ちつけ火花を散らし、こっちはまだまだやるつもりであることを伝えると、エリスはみるみるうちに表情を変え怒りと闘争心に満ちた顔でこちらを見る。先程見せていた疲弊した表情は演技だったんだんじゃないかと思えるくらいの変わりよう。
見たかよアレ、怒りの再燃を自己完結で行いやがった。頭おかしいだろアイツ。
「さっきも言ったが、俺は勝つつもりだ。勝つ為ならなんでもする」
「エリスはエリスに負けて土下座で謝り出すお前の頭に一発蹴り入れる為ならなんでもしますよ」
「わけわかんねぇ…言ってろゴミカスがッ!」
「お前がなァッ!!!」
続ける、相手が倒れるまで続ける…怒りに満ちた激戦は周囲に影響を及ぼしながらも続いていく…。このまま行けばどちらが勝つか…ただでさえ見通せない戦いの行く末。そんな暗中模索の戦いは…続く。
………………………………………………………
『くたばれやぁエリスゥッ!!!』
『棺桶の手配は済ませてんだろうなァッッ!!ストゥルティ!!』
「うにゃぁー!!!勘弁してほしいにゃあー!」
一方、エリスとストゥルティの戦いの中に巻き込まれている人間が一人いた。ネコロアだ、戦闘開始直前に二人の目の前にいて宝玉を確保していた筈のネコロアは今、必死に巨大な宝玉を抱えて走っていた。
『冥崩火雷招ッ!!』
『エクセルシオール・アッシュエンドッ!!』
「ひぃいぃいー!!」
エリスとストゥルティの魔術がぶつかり合い、二つの魔術は粉々に砕け辺り一面に流星群のように飛び散る。もうイリアの森はダメだ、明日の朝には地図から消えているだろう…そんな破壊の嵐の中をネコロアは必死に宝玉を守りながら逃げ回る。
このままここから逃げれば我輩の一人勝ちにゃ!と笑ったのは最初だけ、明らかにプッツンしてる二人の戦いは嵐のように周囲の全てを薙ぎ倒し、ネコロアは巻き込まれた…というより最早被災に近い形で被害を受けていた。
それでも宝玉は守り抜く…それはこれを持っていれば勝ちだからではない。
「お、おい!バカ共ーッ!いい加減にするにゃ!宝玉が壊れちまうにゃー!第三戦がめちゃくちゃになる!大冒険祭が成立しなくなるにゃ!!」
それは大冒険祭としての精一杯の義務行使。参加者としてこの大冒険祭を成立させる為に全力を尽くす必要があった。
宝玉は突貫工事のせいでかなり脆い、これが壊れたら唯一奪い合うべき標的が消え去り第三戦そのものが不成立になる。参加者にはリーベルタースも北辰烈技會も関係ない奴がいるし、せめて最後に一花咲かせようと頑張ってる無所属の奴らもいる。
そんな奴らの頑張りが無駄になる、これが壊れたら…だから。
「だからやめるにゃ!そもそもお前らの戦いは大冒険祭とは何の関係もないだろーッ!にゃ!」
止める、エリスとストゥルティの戦いは大冒険祭の趣旨に沿ってない。エリスもストゥルティもお互いが宝玉を持っていないことは分かっている…ネコロアを狙うなら分かるがそれも無視して戦い合うのは違う。
一旦落ち着け、一旦落ち着いて競技が終わってからそういう諍いはやれ…今はせめて大冒険祭に集中してくれ。そう叫ぶのだから…。
『ストゥルティィッッ!!』
『死ねやボケカスがァッ!!』
「うひやぁぁああ!?!?」
声は届かない、エリスとストゥルティの衝撃波に煽られネコロアは宝玉諸共吹き飛ばされコロコロと地面を転がる。
「だ、ダメにゃあー!アイツら完全に頭に血が昇ってるぅーっ!真面目に競技やってる我輩がバカみたいじゃないかにゃー!!」
バカだ、アイツらバカだ。これが競技だって事忘れてんじゃないのか。
そもそもの話だ、ストゥルティも過激すぎる。これはあくまでイベント…祭りなんだ、それを三連覇がかかってるとかグランドクランマスターがどうだとか知らないが積極的に相手を傷つけて潰すように立ち回るそのやり方は無所属の新米達の気概すら削ぐものだ。
そしてエリス、アイツ普段は冒険者として活動しているような話を聞かないくせにこういう時だけしゃしゃって来てしっちゃかめっちゃかにし回して、挙句最後は大冒険祭そのものをぶっ壊すつもりか!?
もはやここまで来たら優勝の栄誉とかどうでもいい、せめて真面目にやってる我輩達や他の者達の足だけは引っ張らないでくれぇっー!!
「ネコロア!無事か!」
「あ、アスカロォォン!アレ止めてくれにゃあ!」
「む、無茶を言うな…」
転がって来たネコロアを心配して駆け寄って来たアスカロンや他のメンバー達に泣きつく、せめてアレを…エリスとストゥルティをなんとかしてくれと。だが分かってる、ここにいるメンバーじゃアイツらには太刀打ちできないと。
だから困ってるんだ…どうすればいいんだと。
「ともかく今は宝玉だ、これさえ確保しておけば優勝は確実だ」
「うう、お前はまだ大冒険祭を真面目にやろうとしてくれるんだにゃあ…」
「無論だ、今まで頑張ったしな。だからこれを持って森を抜け──」
「分かってるにゃ、弱音吐いたけど言ってみれば今はチャンスにゃ。アイツから遠ざかって安全地帯からリオネス山岳を目指せばそのまま漁夫の利にゃ、優勝候補二つが潰しあってくれているなんてありがたいしにゃあ」
もう見方を変えよう、エリスとストゥルティは脱落したものと考えよう。そう考えるとかなりいい風に考えられる、なんせ一番厄介な奴らがゲームから消えたんだから。
よし、宝玉を抱えてとにかくここを離れよう。
「すまんにゃアスカロン、馬車壊れたから新しいのを頼むにゃ」
「────」
「アスカロン?」
しかし、アスカロンは口を開けて…ネコロアの背後を見て、固まっている。一体なんだと首を傾げると…。
「ね、ネコロア…それ」
「ん?」
そう言われ、ネコロアも背後を見る…するとそこには。
「あぁっ!?宝玉が……」
そこには、ネコロアと共に転がり…そのまま吹っ飛び、木にぶつかって、粉々に砕け散った宝玉が…あった。
「ほ、宝玉が壊れたぞ…第三戦はどうなるんだ!?」
「…………もう、だめにゃ…」
「今から運営に連絡するか?」
「だがこれじゃあ流石に…」
「今からまた仕切り直し?どっちらけじゃないか…?」
口々に相談し合う北辰烈技會のメンバー達。どうするか?どうしようと、少なくともこれを奪い合って競技続行とはいかなくなった…どうするにせよ、少なくとも言えるのは。
エリスとストゥルティのせいで…第三戦が、大冒険祭が…めちゃくちゃにされて、もう続けられないと言うこと。
「あ…あはは、ここに来てこんな…前日まできっちり準備して来たのに…第三戦はこんな終わり方?あり得ん…あり得んにゃ…ああ、眩暈がする…」
「ネコロア!と、ともかく運営に連絡を!一旦休戦だ!」
大冒険祭の第三戦が、こんな形で終わった…試合そのものが不成立になって終わった。その事実にネコロアはふらりと膝を突き…頭を抱える。
「あああ…もう、めちゃくちゃにゃ」
『吹き飛べやクソボケェッ!!!』
『お前が消し飛べェッ!!!ストゥルティ!!』
こんな事態に陥ったのに、こんな事態に陥らせた当の本人達は今もお気楽に戦い続けている……誰のせいで、こんなことになったと。
「ああ…ああああ…あああああ!!!」
「ね、ネコロア?」
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃぁーっ!!」
苛立ちで頭がおかしくなりそうだ、せっかく頑張ったのに全部台無し、もう第三戦は続けられない、第三戦はもう終わった…大冒険祭は終わった。
なら…もう……。
「ぅがぁーーーっっ!クソガキ共がぁーっっ!!」
「ちょっ!おい!ネコロア!!」
その瞬間、今の今まで見せたことのない程のブチギレを見せたネコロアは杖を持ち、初めてストゥルティ達に目を向け。
「ぶっ殺すッッ!!」
「お前まで行くのか!?おい待て!ネコロアーッ!!」
駆け出した、もうこれは大冒険祭ではない…ただの喧嘩だ、ならこの苛立ちをぶつけてやるとネコロアは一気に走り出し…エリス達に向かい────。
……………………………………………
「冥王乱舞・一拳ッ!!」
「『ロンズデーライト・デスサイズ』ッ!!」
衝突するエリスの拳とストゥルティの虹輝の鎌。それにより周囲が弾け飛び大地が割れる…お互い以外目にも入れず至近距離で打ち合うエリスとストゥルティ。
「今度こそッ!」
「次はテメェの首刎ねてやるッ!」
そうして、弾かれた瞬間…直ぐに姿勢を改め第二撃の準備をし、大きく振りかぶる二人…このまま相手の攻撃を、今度こそ押し飛ばして──そう考えた瞬間。
「『ライトニングステップ』ッ!!!」
「え!?」
「はッ!?」
二人の間に割り込んできた閃光が、両者を睨み…牙を剥き。
「うにゃぁーっ!!」
「がふっ!?」
「ごはぁっ!?」
その場で一瞬で旋回し、防壁展開により両者を弾き飛ばし吹き飛ばす。…地面を転がり、何が起きたと顔を上げるエリスは、見る。エリスとストゥルティの戦いに割り込んできたのは…。
「ネコロア…!?」
「こンのクソガキ共ォ…!人が折角大冒険祭成立のために頑張ってるってのに…全部台無しにしやがってェッ!!!」
ネコロアだ、洒落にならないくらいブチギレてるネコロアが雷電を纏って飛来して来たんだ。と言うか今のスピード…今の攻撃力、マジか?エリス覚醒してたのに吹っ飛ばされたぞ。
「ネコロアァッッ!!邪魔すんなァッッ!」
「邪魔はテメェだストゥルティッ!冒険者協会最強?大冒険祭二連覇の無敵のチャンプ?驕ってんじゃねぇぞ!!ボケがァッッ!!」
「あ?テメェ…まさか」
「もう我慢ならん!人がいつまでも付き合ってやってると思ったら…大間違いだ…!」
するとネコロアは肉球の飾りがついた杖をブンブン頭上で振り回し…、
「魔力覚醒!!」
「え…!」
やる気なのか!?あのネコロアが!?今まで逃げ回ってたアイツが…!?
「『六壬天符・九天玄女ニャンニャン』ッ!」
カンッ!と杖を地面に突くと同時にネコロアの背後に巨大な魔力柱が立ち上り、ネコロアを包む。無色透明な膜がネコロアを包み…荒れ狂う。魔力覚醒だ、それも…相当研ぎ澄まされた覚醒。
アイツ…エリスとストゥルティを相手に、両方ぶっ倒すつもりできてるのか!?
「邪魔しないでください!ネコロア!!」
「お前もいい加減頭冷やせや!」
「そうはいかないんですよッ!邪魔するなら…冥王乱舞!星線ッ!」
だがエリスだって引けないんだ、ナリアさんがやられてるんだぞ!こっちは!退かないならぶっ飛ばして進む!そうエリスは全身に魔力を込め音速で飛びネコロアに迫る…が。
「『ぷにぷに防壁』!」
「はぁっ!?」
瞬間、ネコロアの前に展開されたのは、防壁だ。でもただの防壁じゃない…本来硬い筈の防壁が、ぷにりとエリスの蹴りを受け止め和らげるのだ。
柔らかい…ぷにぷにした防壁?いやこれまさか!?
(特殊防壁!?ネコロアの奴特殊防壁を会得してるのか!?)
「打撃なんぞ効くかァッッーー!!」
「ギャンッ!?」
ぷにぷにの防壁はエリスの打撃を受け止めると同時にそのまま衝撃を反射しエリスを逆に吹き飛ばすんだ……いや、強い。強いぞこれ、なんだそれ!?
「退けやネコロア!」
「退かん!テメェこそ失せろやストゥルティ!」
「なっ!?」
今度はストゥルティだ、ストゥルティの高速の斬撃をネコロアは杖で全て受け止め弾くと同時に、肉球型の杖に魔力を集め…。
「『天花ニャンニャン』ッッ!!」
「ぅぐはぁっ!?」
弾き飛ばす、杖の先端で炸裂するような鋭い魔力爆発を発生させあのストゥルティを吹き飛ばしてしまったんだ…それと同時にネコロアはエリスの方に視線を向け…ってやば!来るのか!反撃だけじゃない!
「冥王乱舞!点火!」
「『閃電ニャンニャン』!」
飛翔するエリスに追従するように全身に電撃を纏い高速で追ってくるネコロア…、それはエリスの冥王乱舞にも負けず劣らずの速度であり、面を喰らっているエリスに即座に追いついたネコロアは。
「えぇーっ!?早ぁーっ!?」
「オラァッ!!」
「ぐぶふぅ!?」
肉球杖によるアッパーカットでエリスを吹き飛ばす…そうしてようやくエリスは思い知る。ネコロアの覚醒『六壬天符・九天玄女ニャンニャン』の正体を。
概念抽出型魔力覚醒『六壬天符・九天玄女ニャンニャン』…その構造はエリスの冥王乱舞によく似ている。エリスの冥王乱舞は射出により魔力出力を確保しているのに対しネコロアのそれは『弾力』により魔力を弾いて出力を得ている。
奴の覚醒は弾性の覚醒。ゴムのように伸び縮みする魔力で魔術や自分を弾いて魔術を加速させ、膨大な魔力出力を確保し冥王乱舞並みの高出力を叩き出しているのだ。
それはエリスの冥王乱舞にも匹敵するが…燃費の面ではエリスの冥王乱舞に大きく劣る。なのにそれを上手く運用しているということは、少なくとも魔力運用能力ではネコロアはエリスよりも遥かに上位にいると言うこと。
(いや、エリスとしたことが…失念していたのか?今までネコロアが戦いから逃げていたから…弱いとでも思っていたのか!?違うだろ…思い出せ、エリスが冒険者協会に加入したあの時…)
エリスはあの時、魔術の試験を受けた。魔術の威力を見る試験にてエリスは他の試験者を大きく上回る四桁台の記録を叩き出したが…それでも越えられなかった人たちがいる。
五位がエリス…そしてその上が四位・レッドグローブ。そう、あのレッドグローブだ…衰えていたがアイツも四ツ字の実力者だった。だがそれを上回ったのが。
三位のネコロア…そしてよくよく考えてみると、その上にいるのは二位・バシレウス一位・ケイトさん…。
そう、ネコロアはバシレウスとケイトさんと言う例外的な化け物と現役引退の伝説の魔術師を除けば冒険者協会最強の現役魔術師なんだ。
それだけじゃない、あの時ネコロアはエリスの記録を聞いて…。
『我輩が新入りの頃出した記録と同じくらいだにゃ』とも言っていた…つまりだよ?ネコロアは新入りの時点でデルセクトでの激戦を超えたエリスが古式魔術を使ってようやく叩き出せる点数よりも上の点数を新米の時点で出していた…と言うことになる。
「もう戦術とか知らん!これがもう大冒険祭じゃないなら構うものか!」
(エリスなんかより余程天才だ、それがエリス以上の年数をかけて修羅場を括り続け、今も協会最高峰にいるんだ…弱いわけがないんだ!)
エリスは失念していた、ネコロア・レオミノルと言う魔術師の強さを。間抜けなキャラ付けと逃げ一辺倒の立ち回りで誤魔化されていた。アイツだってリーベルタースに匹敵する大クランを任されるクランマスターなんだ…。
「うにゃにゃーっ!!オラオラオラオラッ!喧嘩が所望だろうがガキ共!私が相手してやるから立てやボケゴルァッ!」
「はっ!ようやくマジになったかよネコロア!丁度いいぜテメェも潰してやる!」
「リーベルタースとか言う大群用意して最強名乗ってた砂利ガキがぁ!タイマンで私に勝てると思うんじゃねぇよッッ!!」
最早我輩とかにゃとかキャラ付けを忘れてガチになったネコロアまで暴れ出した。もう収集つく気がしない…けど。
「何が喧嘩だ、何が潰すだ!エリスはねぇッ!そう言うお前らのやり方で!友達一人傷つけられてんですよ!邪魔するなら全員張り倒す!」
エリスだって引けない理由があるんだ、ストゥルティもネコロアもぶっ飛ばして終わらせてやる!!
………………………………………………
「この世の終わりだ…」
ルビーは一人、エリス達の馬車の中でイリアの森で行われるこの世の終わりみたいな戦いを遠目に眺めていた…。
アレがエリスさんとストゥルティのガチ…か。あたしじゃ足手纏いなんてレベルじゃない、あの場にいたらあたしは一瞬で蒸発してしまっただろう…。
(情けねえ、何やってんだあたしは…)
今、馬車の中で大人しくしているルビーは一人…頭を抱える。今彼女はエリス達から治癒を受け気絶したナリアを見ているよう言われ、その通りにしている。
エリス達はリーベルタースを潰しに行った、私がナリアさんがリーベルタースにやられたと言ったから…潰しに行ったんだ。
(みんな大丈夫かな…)
そう考えた瞬間あたしは迷った。あたしの言った『みんな』ってどっちだ?エリスさんか?リーベルタースか?エリスさん達は恩人で尊敬する人達だ、リーベルタースのみんなもあたしにとって仲間だ…みんないい奴なんだ、今はちょっとおかしいだけで。
そんな両陣営が今あたしのせいで戦ってる、骨肉の争いをしている…あたしが、言ったから。
(あたしがやったことは仲間を売ったに近い行いなんじゃないのか…それを、エリスさんが怖いからって…あたしは…あたしは…!)
みんなに顔向けができない、恩を仇で返すようなことをしてリーベルタースのみんなに合わせる顔がない。けどもしリーベルタースが本当にナリア君を傷つけたのならそれはそれで許せない…あたしは、あたしはどうしたらいいんだ。
あたしはどっちに立って戦うべきなんだ、それすらも分からない上に…どっちに立ったところで、あたしは……。
(情けねぇ…情けねぇよ…くそっ!こんな風に反省してるフリして…今も震えが止まらねぇのが一番情けねぇ…!)
これじゃあ、あたしは…あたしが一番嫌いな…ガキそのものなんじゃないのかよ、くそっ…でも体が動かねぇよ…怖えよ、怖え……。
「ん…うう……」
「ナリア君…?ナリア君!起きたか!」
「えっ!?…ルビーさん?」
すると、治癒を受け気絶していたナリア君が起き上がったのだ。流石デティさんの治癒だ…あんな半死半生の傷だったのに物の十数分で目を覚ますなんて。
ッ…それより。
「すまん!ナリア君…いやサトゥルナリアさん!」
その場で蹲り土下座をする。それでもあたしはリーベルタースなんだ…リーベルタースとして彼に謝らなければならない。だがナリアさんは首を傾げて…。
「へ?いや…と言うか今どう言う状況ですか?僕は確か…あの時街を歩いていて…アルタミラさんと……」
「サトゥルナリアさんを傷つけた事だ、リーベルタースが…サトゥルナリアさんをリンチしたんだろう。だから今エリスさん達はリーベルタースに報復を……」
「え?リーベルタースが…僕を?なんで?」
「えッ…!?」
サトゥルナリアさんのキョトンとした顔に、まるで地の底に吸い込まれるような感覚を味わうルビー。血の気が一気に引いた…まさか、え?まさかこれ。
「リーベルタースにリンチされたんじゃ…」
「そんな事、されてませんよ…僕……」
「ッ……」
や、やっちまった…やっちまったッ!!早とちりかよこのヤロウッ!どこまで間抜けやれば気が済むんだよあたしはッッ!!
「じゃあ!誰が!誰かにやられたんだ!」
「……………」
するとナリアさんは目を閉じ記憶を呼び起こすと、険しい顔で…こちらをみる。
「僕は…あの時、確かに襲撃を受けリンチに遭いました、けどそれはリーベルタースじゃない…ロムルスです、ロムルス・フォルティトゥドです!」
「なッ!?アイツが!?」
「まずい、ともかく今はエリスさん達にこの事を伝えましょう!…この戦いを止めないと」
ロムルスが…犯人だったのか、なんだ…そうか。あたしはてっきり…リーベルタースがやっちまったもんだと…。
立ち上がるナリアさんを前にあたしはただ打ちひしがれ、膝をつく。なんて情けないんだと…勘違いで仲間を売って、こんな大きな騒ぎにしておいて…挙句安全地帯で一人ヌクヌクと。
仲間を…信じてやれなかった、リーベルタースのみんなを…信じてやれなかったッ!クソバカが!死んじまえ!死んじまえあたしなんか!!
「……エリスさん達の忠告も聞かず、呑気に歩き回ったからこんなことになったんだ…責任を果たさないと」
ナリアさんは立ち上がり、あの恐ろしい大戦の中に身を投じるつもりだ。もう収拾がつかないくらい混迷とした戦いに赴き戦いを止めるつもりだ…責任を果たすつもりだ。
たった一人で…恐ろしい筈なのに…!
「待ってくれ!ナリアさん!」
「え?」
気がつくとあたしは、ナリアさんの服の裾を掴み情けなく縋っていた。情けない、情けなさに情けなさをトッピングしてこれ以上なく情けないのに更に恥を晒すかよ…でも、それでも。
「あたしも行く!あたしも!責任果たさないと!このままじゃいられねぇよッッ!!」
ボロボロと涙を流しながら頼み込む、足手纏いでも…バカで間抜けでも、ハナタレのガキでも!責任果たさなきゃあたしはリーベルタースのみんなに一生顔向け出来ねぇ!こんな大事やらかしておいて何をと罵られ誹られても…これはあたしのせいなんだから!
「……わかりました!一緒にこの戦いを終わらせましょう!」
「ああ!ナリアさんはあたしが…死んでも守るから!」
武器の棍棒を手に立ち上がる、せめて…せめてこの戦いを終わらせないと。ナリアさんを守って、責任を取らないと。
待っててくれ、ストゥルティ…あたし、自分で掘った穴は自分で埋めるよ!だからごめん…謝らせてくれ!!