656.魔女の弟子と全てを塗り潰す怒りの漆黒
第三戦の一日前…明日は遂に大冒険祭の最終決戦。最後の余暇だ…しかし。
「では!遊びに行ってきます!」
「今日もですか!?今日くらい休んだらどうですか!?」
「いいんです、行ってきまーす!」
「すみません、晩御飯までには戻りますから!」
「行っちゃった…」
大冒険祭を明日に控えてもなおナリアとアルタミラは遊びに出ていってしまったんだ。せめて今日くらい休んで欲しかったのだが…まぁ仕方ない、言ってしまったわけですし。
「今日もナリアは遊びに出たのか?」
「みたいです……」
「あいつなりに考えがあるんだろう、それに最近アルタミラの顔も明るくなってきてるし…いい兆候なんじゃないかな」
「そうですかね…」
ラグナは楽観的…と言うか、ナリアさんを信じてる様子だ。ならもうエリスも信じるしかないのかな…。
「そういえば今日もメグさんはレギナちゃんのところに?」
「みたいだな…」
「うーん…」
みんな何処かに行っちゃってるし…なんだかなあ。
「そうだエリス、エリスも王城に行ってきてくれないか?」
「へ?エリスがですか?」
「ああ、次の第三戦はストゥルティの不正が予想されるからな。あんまりにも酷いのをしてこないように大冒険祭一番のスポンサーであるレギナに運営側に釘を刺してもらいたいなって」
「なんでエリスが行くんですか?」
「だって行きたそうだし。ここ数日間ずっと家に居て一番暇そうだったしさ」
「う……」
そもそもエリスは長年旅してきたこともあり…家の中で数日何もしないで、って言うのに慣れてないんですよね。なのでこう…この数日間ずっと暇で暇で仕方なかったんですけど、それが見抜かれていたようだ。
「頼むよ、エリス」
「はぁい、じゃあ行ってきますね」
「ああ、頼むよ」
そんな風に頼まれたら断れないし、大人しく行きますか。そう決意しフラフラと空を飛んで王城を目指すのでした。
…………………………………………………
「見えてきましたね〜、王城」
プラプラと飛びながらネビュラマキュラ王城へやってきたエリスは上空から城の有り様を見る。相変わらず壮観なお城だなぁ…って、流石に空から入り込むのはダメかな。ちゃんと門から入らないと…。
そう城の前に降り立とうとすると…。
「ん?げぇっ!?」
その瞬間降下をやめる。何故かって?…あいつだ。
『────────』
(あれ、ロムルスですよね…なんかフォルティトゥドの大群を連れて何処かに向かってますね)
ロムルスだ、それがダイモスやらフォボスやらフォルティトゥド仲間達を連れて大名行列で城を出てきたんだ。見つかったらまた面倒なことになりそうだと感じ…暫く彼らが行ってしまうのを見送る。
「なんだったんだろう…、また誰かを結婚させるつもりなのかな」
一瞬、ステュクスに復讐でもするつもりなのかと感じたが…今日ステュクスは家にいる。そして家にはラグナやデティ、メルクさんにネレイドさんがいる。生半な戦力では落とせないメンバーが揃ってるし…多分大丈夫だろうと感じつつエリスは城の前に降り立ち、軽く守衛に挨拶しつつレギナさんを探す。
(レギナちゃんは何処にいるんだろう……)
『───と言うのを、考えていまして』
(ん、早速レギナちゃんの声だ)
廊下を歩いていると、早速レギナちゃんの声を聞きつける。どうやら人気のない廊下で話し込んでいるようだ…エリスは話の邪魔をしないようにこっそり曲がり角から顔を出し、レギナちゃんの話を聞き込む。
そこにはレギナちゃんとメグさんが居る…。
「なるほど、確かに今のマレウスの状況を考えるなら必要な施策かと」
「ですよね!だから…お願いしたいのですが」
「……それは分かりますが、些か危険かと」
(なんの話してるんだろう)
二人とも真面目に何かを話してる、なんの話をしてるんだろうか…まるで予測が出来ない。
「お願いします、多少の危険は承知の上です…」
「………分かりました、ですが説得はレギナ様が行ってください。無理なら即座にこの話は無かったことにしますので」
「ありがとうございます!」
「それときちんと首輪をつけるように…後エサは一日二回…毎日の散歩と…」
(い、犬の話?飼い犬でも飼うのかな、でも説得とか言ってるし…なんだこれ)
何やら奇妙な話をしてるな…どんな話してるんだ?と思ったらレギナちゃんも目を点にしてしてるし、訳がわからん!
「と、言うわけで…私は大冒険祭に忙しいのでここまでで」
「あ、はい。では大冒険祭が終わりましたらすぐに…あ、後これはステュクスには内緒で!びっくりさせいので!」
「畏まりました、そう言うことなのでよろしくお願いします…エリス様」
「でぇっ!?」
いきなり名前を呼ばれて思わずズッコケ曲がり角から出てしまう…いやバレてたんかーい!
「え!?エリスさん!?いつから…もしかして今の話聞いてました?」
「い、いや…ついさっきですし何が何だか分からなくて…」
「盗み聞きは良くないですよエリス様。禁錮十五年執行で勿論猶予無しです」
「そんなに大罪?」
服の埃を払いながら起き上がり申し訳ないと頭を下げつつエリスも二人のところに合流する…もしかしてさっきのエサだなんだはエリスの存在に気がついてふざけたのか?分かりづらいボケをするなぁ…。
「で、なんの話してたんですか?」
「内緒でございます、ねー?レギナ様」
「そうです!国家機密です!漏洩したら一族郎党処刑です!」
「それステュクスも死にますけど」
「なら無しで!…と言うか冗談抜きで内緒でお願いします。私最近この一件を内密に進めてて…寝れてないんですよね」
余程大事らしい、それならエリス達を呼ばずメグさんだけを呼ぶのも分かると言うものだ。しかし本当にメグさんに何を頼んでいたんだ?
「でもここで挫けるわけには行きません…、私も…ステュクスに守られるばかりは嫌ですから…」
「……?」
「ああ!それよりエリスさん、何か御用があってこられたのでは?」
「あ、はい。実は……」
そしてエリスはレギナちゃんに大冒険祭の件を伝える、ストゥルティの不正の件を聞くなりレギナちゃんは『まっ!』と口に手を当てて眉を釣り上げる。
「不正!?ズルですか!そう言うのは許せません!分かりました今すぐガンダーマンに文句言いますね!」
「いえ、エリス達も不正したんで追求はしなくていいです」
「したんですかズルを!?ま…まぁエリスさん達が言うなら抑えます。皆さんは私の恩人ですから…」
「でも表立って不正出来ないよう釘を刺してもらえるとありがたいです」
「分かりました、頑張ります」
コクッ!と頷くレギナちゃんの顔を見て取り敢えず仕事が終わったことを悟る。これで後は明日の第三戦に備えるだけだな…。
「じゃあエリスはそれだけなんで帰ります。メグさんはどうします?」
「私も終わりましたので一緒に手を繋いでスキップして帰りましょう」
「どんなコンビですかそれ…、ともあれありがとうございました、レギナちゃん」
「いえいえ〜」
そしてエリスとメグさんはレギナちゃんに別れを告げてステュクスの家へと向かう。そして今日は一日休息に使い明日の戦いに勝てるようコンディションを整えるんだ…。
明日はリーベルタースとの決戦になる事が容易に想像出来る。奴等は強かった…四大神衆もストゥルティも洒落にならない強さだった、あれとやり合うなら相応のやり方ってのを心得る必要がある。
リーベルタースだけじゃない、北辰烈技會もいる…赤龍の顎門もいる。競技次第になるが今一位だからと言って油断出来る理由は何処にもない。ここまで来たんだ、ガンダーマンに話を聞く…って以上に負けたく無い。
やるなら勝利、完全無欠の勝利…それ以外あり得ないね。
…………………………………………………………………
そして、各陣営が最終決戦である第三戦の支度を着々と始める。
「ヴァラヌス団長!総員戦闘準備完了しています!」
「ポーションも出来る限り確保しました、武器もこれ以上ないってくらい集めました!リーベルタースと戦争なら…いつでも出来ます!」
「そうか……」
いつもの酒場、いつものメンバーで揃って酒を飲み…ヴァラヌスは揃えた物資を見て静かに頷く、リーベルタースは今四位に落ちている。大冒険祭でリーベルタースと赤龍の顎門が争って今回も入れて三度目だ、三度やって始めてリーベルタースよりも上の順位になれた。
だがヴァラヌスの胸に安堵はない…。
「ストゥルティは追い上げてくる、奴は強い…それは私達が最も知っている。そうだな、みんな」
「…………」
皆黙る、このままリーベルタースを押し付けて奴らの追従を許さず勝つ、なんてのは無理だと分かってる。
奴らが大冒険祭を二連覇したのは不正をしたからでも卑怯だったからでもない、ただ無類に強かった。それだけなんだ、ただそれだけの事実が奴らを最強のクラン足らしめていたのだ。きっと奴らは追い上げてくる、何もかもを蹴散らして首位の座を奪いにくる。
「追い詰められた龍が最も恐ろしい、であるならば今のリーベルタースは…我々が知るどんなリーベルタースよりも恐ろしいんだろうな…だが」
だが、それでも…負けるつもりで戦うつもりなど毛頭ない。
「勝つぞ!勝者は我々だッ!!」
『おぉーーっっ!!』
赤龍は吠える、宿敵との決着を見据えて。
そしてまた、もう一つ…。
「ネコロア、巨龍との戦いで失ったポーションの補填が終わった」
「一週間で損害は全部埋めたぜ?」
「いつでもやれるわ」
「そうかにゃ」
既に街の郊外に集まった北辰烈技會は揃って武器を構える、見据えるのは打倒リーベルタース。第一回戦で辛酸を舐めさせられ、第二回戦で屈辱を味合わされて…それを水に流してやれるほど寛容な人間は北辰烈技會にいない。
「にゃあお前ら、お前らはリーベルタースに勝てると思うかにゃ?」
「おかしなことを聞くな、勝つつもりで戦ってるんだろう」
「それは感情の話にゃ、勝つつもりで戦って勝てりゃ冒険者なんて存在は要らないにゃ。我輩がしてるのは理性の話にゃ…今の戦力でリーベルタースは取れるか?」
「……やり方次第だろうな」
「だよにゃあ」
やり方次第、それはつまり戦いの流れ次第では勝てる…と言うこと。それは決してプラスな話ではない、だって流れで勝敗が決まってしまうと言うことは流れという不確定な要素が絡まない時の勝者はリーベルタースで決まってしまうということ。そしてリーベルタースもそれを自覚しているなら…不確定要素の排除は向こうもしてくる。
つまり流れを決める権利は北辰烈技會にはない、今の時点でイニシアチブを取られているに等しい…。結局『勝ち目が薄い』って話を聞こえ良く言うと『やり方次第』と言う話になるのだ。
「もし、仕掛けるならこちらから。攻勢をリーベルタースに取られれば勝ち目は薄いにゃ…」
ネコロアはリーベルタースをよく知っている、なんせストゥルティが新人の頃から知っているんだ。あれの作る勢いは凄まじい、リーベルタースがまだ少数精鋭だった頃からとんでもない強さと突破能力を持っていたのを今でも覚えている。
ストゥルティが矢面に立ち、全力で突っ込むのを他メンバーで支える…この布陣で挑むだけで大概のクランは根を上げる。少数精鋭でそれだったんだ、リーベルタースという大軍勢を得た今それをされたら流石に北辰烈技會も一溜まりもない。
「ネコロアぁ!恐るなよ!今の俺たちは北辰烈技會だ!」
「そうよ!これだけ揃えばリーベルタースなど恐れなくても…」
「恐れを知らない冒険者なんてこの世にはいないにゃ…なんでか分かるかにゃ?」
すると、色めき立つ北辰烈技會の冒険者達に目を向けて杖を肩に乗せるネコロアは…鋭い目つきで全員を一喝し。
「死ぬからだにゃ、恐れなくなった奴は全員まとめて死ぬにゃ…そんな事ベテランのお前らなら分かるだろうが…!」
「ッッ……」
「怖がれ、恐れろ、ビビって竦んで尻尾を巻いて逃げ仰せろ。こっちが上だなんて一度も思わず、ビビり尽くして逃げまくって、チラッと相手を見て隙があったらナイフで刺す。それが冒険者の…生き残る奴の戦い方だ、いちいちそんな事教えてやらなきゃ分からないような奴らじゃねぇよな!」
冒険者の基本は恐怖、そしてこの恐怖の中で戦う事。であるならば敵の強さと戦いの厳しさは最初から考慮する必要はない、ネコロアはそう高らかに宣言し…。
「やる事は変わらないにゃ!生き残って勝つ!その為に…戦え!お前ら!我輩の為に!」
「いやお前も戦えよ…」
「うにゃ……」
冒険者の基本は逃げる事、弁えてる冒険者程よく逃げる…もんなんだが、やっぱり外聞は悪いよなぁとネコロアは肩を落としながら…ともあれ戦いの準備を終える。
赤龍の顎門、北辰烈技會…双方共に戦いの支度を終えた、ならば当然…ここも──。
「野郎共ッ!許せねぇよなぁッ!!」
ガツン!と音を立てて協会の中でストゥルティは吠える、今ここに集いしは最強の名を預けられた大クラン…リーベルタース。
「俺達ぁ最強なんだ!最強の俺達が今!何処にいる…上に三つ、名前がある。ここは俺たちの居場所か?なぁ!ここが俺達の居場所かよ!」
ストゥルティは手元にランキング表の写しを掲げ、目の前に集まったリーベルタース団員達に見せつける。すると団員達は違う違うと口々に文句を言う…そう、違うのだ。
「ここは俺達の居場所じゃねぇ…これはなんかの間違いだ、間違いは正さなきゃならねぇよなぁッッ!!」
破り捨てる、紙を破り捨て胸を一つ叩きながら勇壮に吠えれば団員達も呼応する。我々は最強のクランだ、何者かに劣るなどあり得てはいけない…いけないのだと。
「俺達は勝つ!それが正しい形だ!そして勝利は戦いの中にしかない!だが俺達に残された戦いは一つだけ…こんな情けない話があるかよぉ!大冒険祭は三戦もあるのにうち二つで北辰烈技會も潰せず!エリス達には好きにされて!俺は今腹が立っている!お前らもそうだよなぁ!」
『そうだそうだ!』『その通りだ!』『納得いかねぇー!』『俺達は負けてない!』『ぶっ潰す!』『殺せー!』
「ならどうすればいい!明日!俺たちは何をする!聞いてやるよ…お前らに、俺達はどうするべきか!なぁ!おい!」
『皆殺しだッ!!』『全員まとめて潰す!』『気にくわねぇモン全部壊す!』
「そうだ!全員纏めてぶっ殺す!それしかねぇよな!ああねぇとも!ねぇともさ!ならやろうぜ…第三戦、小手先の小細工はやめだ…俺達に似合いの方法でやろう、怪我するし痛い目に遭うし気分は最悪だけどやろう!この手で!」
拳を掲げる、それはただ勝利だけを欲している。クランマスターがただ勝利を欲しているのなら団員は勝利の為に戦わねばならない。
次でケリをつける、北辰烈技會も赤龍の顎門もソフィアフィレインも何もかもぶっ潰して俺達が勝つ。不正で勝つのは楽だが…それじゃ勝てないんだから仕方ない!向こうがこっちを誘ったんだ、応じてやらなきゃいけねぇよな。
「野郎共!剣を持て!」
『応!』
「牙を剥け!」
『応!』
「俺達は怒っている!怒りを抱いている!ならば剣に!牙に!怒りを込めろ!俺達はやりたいようにやる!行くぞお前らッ!」
勢いよく手を叩き音を鳴らせばそれが開戦の合図となりリーベルタースのボルテージが一気に上昇し未だかつてない程の熱気を帯びる。勝つ、勝つ、ただ勝つ…それだけの為にこの怒りを刃と牙に込めて吠え上げる。
しかし…そんな中。
「あ、あのぅ〜ボスぅ〜?」
「ああ?なんだよウンディーネ。今盛り上がってんだろ」
「いやそれが…」
ふと、四大神衆の一人ウンディーネがおずおずと近づいてきて。
「あの、ルビーちゃんがいないんですけど」
「は?ルビーが?なんで…」
「カジノで遊んでるそうです…」
「………はぁ〜〜、アイツにバカな遊び教えたのは誰だ…!」
「ボスですぅ〜」
「…………ルビーの奴!」
まぁいい、大冒険祭は明日の未明…太陽が昇らぬうちからスタートする。ならそれまでに戻ってくればいいかとストゥルティは考える。
そうして大冒険祭最後の余暇は過ぎ去っていく。そして訪れるのは…最終決戦。
第三回戦…泣いても笑ってもこれが最後の戦いだ。
…………………………………………………………
『それでは!皆さん準備はいいですかぁ〜?大冒険祭最後の戦い第三戦『宝玉護衛輸送』のルールを説明します!』
そして、翌日。まだ太陽が昇り切らず…薄らと暗い中冒険者達はサイディリアル郊外に馬車を揃える。
リーベルタースも、北辰烈技會も、赤龍の顎門も、ソフィアフィレインも、他のチーム達も…みんな揃ってアルスロンガ平原に立ち並ぶ。今か今かと第三戦の開始を待つ…そんな中いつものようにケイト・バルベーロウはルール説明を行う。
第三戦の競技…それは『宝玉護衛輸送』。
『ルールは簡単!今から私がお渡しする宝玉…大きさは結構なモンですよ?大体成人男性が膝を抱えて座ったくらいの大きさのやつです、それを一つだけいずれかのチームにお渡しします。その宝玉を北部のリオネス山岳の頂上にある台座にセットしたチームだけが!ポイントを貰えるのです!そう!今回ポイントを貰えるのは一チームだけ!ポイント数は驚愕の500ポイント〜!あはは!今までの競技の必要性よ、でも文句はガンダーマン会長にどうぞ〜!』
北辰烈技會と赤龍の顎門は悟る、恐らくこれはリーベルタースと組んだ運営が無理矢理本来の競技を捻じ曲げた結果出来てしまった歪な競技なのだと。
だってそうだろう、今までどんなチームにもチャンスがあったのにいきなり今までの競技の必要性を否定する大ポイント獲得のチャンス、剰え殆どポイントを獲得できていない無所属チーム達…つまり500ポイント手に入っても首位になれない地位にいる者達は実質この時点で敗退が確定してしまう。それをなんの説明もなくするなんてあり得るか?
まるであつらえたようにリーベルタースが一位になるのに必要なだけのポイントが用意されている…ここでリーベルタースが勝てばそれだけで首位になれる。あまりにもリーベルタース贔屓の最終戦に思わず笑ってしまう。
『先ほども言いましたがお渡しする宝玉は一つだけ、そしてどのチームにお渡しするかも内緒でーす。なので皆さんは手当たり次第にチームを攻撃して宝玉を持っているか確認する必要がありますねぇ〜!そして宝玉を渡されたチームは宝玉を死守しつつリオネス山岳を目指す必要があるのです!ルールは分かりましたか?』
つまり、宝玉を渡されるチームは一つだけで誰に配られるかは分からない。他のチームは宝玉を確保する為に手当たり次第にチームを攻撃し宝玉奪取を狙わねばならない…。宝玉を渡されたチームは迫る追手を撃破しながらリオネス山岳へ向かう必要がある。
これはつまりそう言うゲームだ、…相手を攻撃する理由がある…と言うゲームなのだ。
『では今から宝玉をとあるチームに渡します!渡されなかった人は宝玉を探して戦え戦え!渡されたチームは逃げろ逃げろ!開始まであと十分!悔いのない大冒険祭を〜!』
「ようやくか…」
ストゥルティは鎌を手に朝風を浴びながら平原に立つ。ガンダーマンに言って真っ向勝負しやすい競技に変えてもらった甲斐があった。
これなら遠慮なく戦える…やれるぜ。
「お前ら準備はいいな!」
『応!』
「まずは北辰烈技會を狙うぜ?ついてこいよ!」
まずは北辰烈技會を狙う、宝玉が何処にあるかまでは教えてもらってないが…少なくとも自分達ではなかった。なら単純に確率の話としてリーベルタースの次にチーム数の多い北辰烈技會辺りが持っているだろうと言う見込みだ。
まずは北辰烈技會を潰してから…それからエリス達だ。
(エリス…そしてステュクス、やってくれたな…おかげでめちゃくちゃだ…テメェらはぜってぇ許さねぇからな…!)
北辰烈技會を早々に潰し、首位も早々に確保して、大冒険祭でリーベルタースが行うべきだった予定を悉く覆したのは間違いなくエリス達の出現…そしてステュクスの一件が原因だ。今ストゥルティが苛立っているのはエリス達に対してだ。
故に燃やす…怒りの炎を。メラメラと燃え上がる炎で戦いの先を見据えるストゥルティは…ふと。気がつく。
(ん?…ルビーの奴、まだ帰ってないのか?)
ルビーの不在に───。
………………………………………………
「第三戦が…始まりますね」
そして同時にエリス達もまた競技の開始を馬車の外で待っていた。宝玉を奪い合うと言うこの競技が真っ向からの潰し合いに特化した競技であり、リーベルタース優遇の競技である事は分かった…だが。
今それ以上にエリス達の頭を悩ませる事態が…一つあった、それは。
「遅い…遅い!もう競技が始まるぞ!」
「ナリアがまだ帰ってこねぇ…アルタミラもだ!一体何処に行っちまったんだよ!!」
「………なんかあったのか」
ナリアが…帰ってこないのだ、昨日の朝出掛けてそれっきり。昨日の夜になっても帰ってこないナリアとアルタミラを心配してみんなで街中探し回った、デティの力も使って探し回った、メグの時界門で呼び出そうとも試みた。
だがその全てが失敗に終わり…今に至った。帰ってこない…ナリアが帰ってこないんだ。
「クソッ!やっぱり俺もう一回探しに行ってくる!」
「待てアマルト!もう競技が始まる!」
「競技よりナリアだろ!アイツがここまで帰ってこないなんて絶対おかしいぜ!なんかあったんだ…絶対に!」
「それは分かる…だが、もしナリアが帰ってきた時…我々が彼を探しに行ったせいで第三戦に参加できなかったとなれば、彼はきっと後悔する!」
「帰ってきた時の話を今すんなよ!今事実として帰ってきてねぇんだから!」
言い合うアマルトとメルクを他所に…エリスは一人目を伏せる、隣にはラグナも心配した様子で佇んでいる。
エリスとラグナはナリアを信じる決断をした、彼なら大丈夫と…だが、それが過ちだったのか?彼に恨まれてでも止めるべきだったのか?
「一緒にアルタミラさんも帰ってこないって事は、まさかルビカンテに…」
「ステュクス…下手な事は言わないでください」
「う…ごめん……」
ステュクスの言葉を前に首を振ってエリスは止める。アルタミラさんを疑うのは違う…もし事実としてルビカンテが何かしたのであっても…だ。
(ナリアさん…何処に行ってしまったんですか)
許されるなら、今すぐサイディリアルを持ち上げてひっくり返して、底の底まで探したい。なのに…今エリス達は競技を優先しようとしている、正しいのか…これは。
「競技が始まるまで…あと数分か」
するとラグナは口を開いて、みんなの方を見る。もう数分、探しに行く時間はない。
「みんな、聞いてくれ…今から競技の動き方について話をする」
「ラグナ!今のままじゃ戦えねぇよ!ナリアがいねぇんだから!」
「分かってる…けど、俺達はナリアに任せた、アルタミラを。その時そう決断したのなら今…ここで割り切るしかない」
「正気かよお前!」
「正気じゃないよ!けど…信じるしかないだろ、本当なら探しに行きたいけど昨日あれだけ探したんだ…後はもうナリアが自分で帰ってくることを信じるしか……」
競技が始まる、今もこうしているうちに開始時刻が迫る…エリスは、エリスはどうしたらいいんだ。
けど、感情の話をするならエリスは…ナリアさんを探しに行きたい。
(ナリアさん、帰ってきてください……)
そう…天に祈った、その時だった─────。
「エリスさん!!」
「ッッ…ナリアさん!?」
ハッと顔を上げる、誰かが声をあげてこっちに走ってきたんだ…ナリアさんが帰ってきた!
と、思ったが…違う。帰ってきたのはナリアさんじゃない…女の声だ、これは…。
「ルビーちゃん?」
「はぁ…はぁ、よかった!見つかった!」
ルビーちゃんだ、リーベルタースの団員であるはずのルビーちゃんが汗をダラダラと流しながら息を切らしてエリス達の馬車に向けて走ってくるんだ。まさかストゥルティの罠?と思ったが…すぐに全員が違うことを悟る。
ああそうだ、だって…だって……ッッ!
「デティさんはいるか!ナリアさんが…重傷なんだッッ!!治してやってくれ!」
「なっ…ナリアさん!!」
彼女の手の中に…ズタボロにされたナリアさんが抱かれていたからだ。
血まみれだ、全身血だらけで…その下に物凄い数の打撲がある。息も絶え絶えだ…いつ死んでもおかしくない、なんだ…なんだこれ!?何がどうなってるんだ!
「ナリアッ!おい!ナリアッ!!」
全員があまりの事態に固まる中…いの一番に動いたのはラグナだった。彼はルビーちゃんからナリアさんを受け取ると…。
「デティ!治せるか!」
「う、うん…けどかなりの傷だし、直ぐには…」
「いいから!頼む!」
「…うん!任せて!馬車の中に寝かせて!メグさん!清潔な布!あと水!」
「畏まりました!こちらへ!」
即座にみんな動く、競技開始前だと言うのにそんなことさえ忘れて馬車の中でナリアさんの集中治療を開始する。メグさんが清潔な道具を用意しデティが必死に治癒魔術をかけ傷の根絶に当たる。
…そんな中、死にかけのナリアさんを見て、ラグナは拳を震わせる。
「ルビー、何があったんだ…」
「そ、それが……」
「教えろ…!あれを誰がやった!!」
ナリアさんから目を離さず、歯を食いしばる。それはただの怒りじゃない…自責の念だ、やはり自分は間違っていた、ナリアを探しに行くべきだった、競技など忘れてナリアを探しに行くべきだったんだと…冷静だった自分を殴り殺して、ラグナは怒りのままにルビーちゃんに問いかけると。
彼女はしどろもどろになりながら…口を開き。
「あたし、カジノに居て…競技開始に遅刻しそうになって、それで…急いで街を走ってたんだ…そしたら、ラワー噴水広場。あそこに…血だらけのナリア君が磔にされてた」
「磔だと…!?」
「う…うん、でさ…あたし聞いちゃったんだ…ストゥルティが、戦争を仕掛けるって…エリスさん達に。だからもしかしたらこれ…リーベルタースが……」
「……………」
ルビーちゃんの話を聞いて納得する。そういえばヴァラヌスさんも言っていたなと…競技外で襲撃を仕掛けてくる可能性があると、リーベルタースはそれくらいしてくると…。
ああそうか、つまりアイツらはそう言うことをしてくるんだ。ナリアさんを集団で甚振って…傷つけて、役者の命でもある顔をあんなにも傷つけてさ、それでお前…おい、なんだよ…ええ?優勝…したいんだっけ?
色んな汚い手を使ってさ…不正してさ、頑張ってる人を嘲って…挙句ナリアさんを、殺しかけて……ああ、そう。
デティも言ってましたね、ズルにはズルだって。なら…不当な暴力には…何で返せばいい。
……決まってますよね。
「リーベルタースを…ぶっ潰してやるッッ!!」
ブツン…とエリスの頭の中で何かが切れる。消す、消し去る、滅却する…リーベルタースという存在を、そこに与する全ての人間にナリアさん以上の苦痛を与えて地獄を見せて、解体する…クランを!そして一生残る後悔を与える…ストゥルティに!
「エリスちょっと行ってきます…!」
「え、エリスさん……」
怯えるルビーちゃんを無視して歩き出す、もう競技とかガンダーマンとかどうでもいい、リーベルタースをぶっ潰してやるとブチギレたエリスは歩き出す…が。
「待って!エリスちゃんッッ!!」
止めるんだ…デティが…でも、でも!!
「止めないでください!デティ!アイツらは!ストゥルティは!エリス達の大事な仲間をこんな目に遭わせたんですよ!許せないですよエリスは!もう何もかも知ったこっちゃありません!!」
デティはいつだってそうだ!エリスが怒ると直ぐに止める!それが正しい事は知ってる!怒りに身を任せて暴れるのはダメだって分かってる!けど今回はいいだろ!ナリアさんがこんな目に遭わされたんですから!
そう叫びながらデティを見ると…デティはナリアさんを治療しながら、ギロリとこちらを見ながら…牙を見せ笑い。
「だから待ってよ、ナリア君の治癒が終わってない…治癒が終わったら私も行くッ!一人で終わらせないで!私だって…アイツらに痛い目見せてやらなきゃ収まりがつかないんだから!」
「デティ……」
思わず圧倒される…デティは止めてるんじゃないんだ。自分も行くからちょっと待てと言っているんだ。デティだってブチギレてるんだ…いやデティだけじゃない。
「リーベルタースの方角はどちらだ…」
「許せねーよな、いや許す気なんて毛頭ねーんだけどさ」
「……踏み潰す」
「不肖メグ、この一件に関しては皆様を止めるつもりはありません…寧ろ、やってしまいましょう。全力で」
みんな怒っている、未だかつてないくらいキレている…ナリアさんというエリス達にとって大事なものをこんな風に傷つけたアイツらに…キレてるんだ。
「エリス…みんな」
そして、怒りに震えるラグナはエリスの隣に立ち…怒りで燃え上がる魔力を隠すこともなく、見据える。
「やるぞッ!」
『応ッッ!!』
リーベルタースの抹消を…。許さない…エリス達の仲間を傷つける奴は全員許さないッッ!
『では!準備が出来ましたので!行きますよぉ〜!第三戦!スタートォーッ!』
そして始まる、大冒険祭最後の戦いが…今この時、始まった。