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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
709/835

652.魔女の弟子と群雄割拠のサイディリアル


「はい、こちら領収書になります」


「ああはいはい、ステラウルブスに送っておいて」


「畏まりました、デティフローア様」


第二回戦が終わった、三日間の競技を終え…またもエリス達は一位を取ってしまったわけだ。二位は北辰烈技會、三位は赤龍の顎門、憎きリーベルタースは二位から四位への大転落…そんな結果が張り出されたサイディリアルにエリス達もまた戻ってきた。


そうしてアマルトさんが駄々を捏ね二回戦大勝利&カルカブリーナ討伐記念ということで近場の酒場にやってきて、八人の弟子プラスアルファの二人でみんな飲み物を片手に食事をとっていた。


……ストゥルティは反則をしていた、やはり運営とつるんで事前に競技内容を知った上で準備をして一位を取ろうとしていたんだ。結果奴は龍丹草を集める競技においてぶっちぎりの一位を取れるはずの300房を用意しエリス達を煽りにきた。


カルカブリーナを倒す為時間を使っていたエリス達ではどうやっても追い抜けない量の龍丹草…これを前にエリスやネコロア、ヴァラヌス達は悔しい思いをするところだった…しかし。


「ま、まさかアド・アストラを通してアジメク本国から龍丹草を直送してくるとはな」


「まぁ…アジメクは世界中の植物が咲き乱れる国ですから、そりゃ龍丹草も自生してますしその量もマレウスの比じゃないですからね…。その気になれば数千ポイント分持ってくる事も出来たでしょうね…」


そこで動いたのがデティだった、ストゥルティの傲慢な振る舞いにブチギレた彼女は即座にアジメクに連絡、一日で業者でも扱わない量の龍丹草を買い集め時界門でアジメクに輸送。こうしてエリス達ソフィアフィレインと北辰烈技會と赤龍の顎門が500ポイント得られるだけの龍丹草を分配したのだ。ヴァラヌスもネコロアも度肝を抜かれて呆然としていたが…デティは一人だけすっきりした顔をしていたよ。


「ふふん、今頃ストゥルティの奴真っ青だろうね。勝ち確定だと思ってたのに一気に四位だもん。ザマァ見ろってんだよコンチクショー」


薬草集めに関して…デティと喧嘩は出来ない。なにせ彼女は世界中の薬草・ポーションの六割以上を扱う薬学大国アジメクのトップなんだ、彼女がその気になれば薬草なんか木箱がダース単位で届く。


正直、デティには助けられましたよ。


「でもいいんすかね、あれって…反則なんじゃないです?流石に」


ふと、グレープエードを飲むステュクスが反則なのでは?と口にする。確かに東部にある物を買うならいいが、他国から買うのは流石に反則かもしれない…。


「うん、反則だろうね。大冒険祭の…じゃなくて国際的なルールの、だって本来なら魔女大国とマレウスは国交断絶してるし貿易ルートもないし…なのに無理矢理魔女大国の物を私がマレウスにぶち込んだんだからバレたら流石に問題になるよ」


「う…確かに」


「だから元々この手段は使う気にはなれなかった、けど向こうが私をその気にさせたなら…まぁこのくらいの代償ならないも同然だよね」


「やばいっすね…けど、まぁ確かに。あのままストゥルティにデカい顔されるよりかはいいですかね…、後でこっそりレギナに話通しておきます」


「ありがと、言っちゃえば今マレウスに出所不明の龍丹草が大量に市場に流れることになるし国王様のお許しはいるかもね」


聞くにデティも最初からこの手段は頭の片隅にあったらしい、だが流石に魔女大国からの直送はまずいということで自制していたらしい…まぁその封印を解いたのは他でもないストゥルティなのだが…。ほとんど反則だが奴がズルすらから悪いんだと今は己に言い聞かせるとしよう。


「しかし、これでストゥルティの反則を問いただせなくなったな」


ふと、メルクさんがワイングラスを置いて、静かに呟く…まぁ、そうですね。


「え?なんでですか?このまま協会に突っ込みましょうよ」


「何言ってるんだステュクス。こっちだって突かれるとまずい方法で龍丹草を確保したんだ、下手にこの一件を突き回すとストゥルティだけじゃなくて我々もまずいんだ」


「あ……」


「ストゥルティも我々がここまで大量の龍丹草を集めるのはおかしいとは思ってるだろう。だがそれでも事を荒立たせていないのは奴自身も突かれるとまずい部分があるから…言ってみれば今我々は互いに反則をしているが故に拮抗の状態にあると言えるだろうな」


「あっちも指摘されたくないし、こっちも指摘されたくない、だから両方出来ない…って事っすか」


「そうだね、そういう意味合いも込めて私もこの手段は使いたくなかった。私達が反則をした時点でストゥルティと運営の癒着を指摘出来なくなる…そこはストゥルティも理解してる、だから……」


「だから、第三戦は大手を振って不正してくる可能性が高い…な」


ラグナが神妙な面持ちで肉を食いちぎり、そう言うんだ。第二戦は結果的に反則合戦になった、お互いの反則が明らかになったような状態にある。ならストゥルティはエリス達が反則を指摘出来ない事をいいことに大手を振って反則を仕掛けてくるだろう。


第一戦も第二戦もかなりの反則だったが…次は一体どんな手を使ってくるやら。


「第三戦は大冒険祭の最終戦だ、ここでポイント数が一番デカい奴が勝ちになる…最後の最後で巻き返されたら今までのポイントだって無意味になる。ここまで来て最後に逆転されました…は悔しすぎる、最後まで気を抜かず行こうぜ」


次が大冒険祭最後の競技になる。例年通りならかなり大掛かりなものになるが…さてどう言う形になるのやら。そんな風にみんなで神妙な面持ちをしていると…ふと、店のスイングドアが開かれる音が響き。


「おお、居たにゃ居たにゃ。頭数が少ないとちっちゃな店で集まりが出来て便利だにゃあ」


「第一戦、第二戦を一位で通過したダークホースの祝勝会にしてはやや小さいんじゃないかな?」


「ん?あんたら…」


扉を開けて、エリス達を見つけるなりこちらに寄ってくるのは…先日の戦いで手を組んだクランマスター達…ネコロアとヴァラヌスだ。


「よっ、お礼言いにきたにゃ。おかげさんでリーベルタースに赤っ恥かかせられたにゃ、サンキューにゃ」


「まさかリーベルタースより上の順位になる日が来るとはな、出来れば独力で成し遂げたかったが…感謝する」


二人のクランにはデティから龍丹草が送られていた。それのおかげで両クラン共に500ポイントの超躍進を見せた。そのおかげか二人はとても上機嫌そうでエリス達の座る机の前に立ち笑っている。


別にリーベルタースを追い抜くだけならエリス達で1500ポイント分独占しても良かったが…デティ曰く。


『それだとリーベルタースが二位のままでしょ!アイツが気に食わないからやるんだからリーベルタースには転落してもらう!』


とのことで、リーベルタースを四位に突き落とすためだけに他クランにも龍丹草を分配したんだ。デティ的にはリーベルタース以外の無所属チーム全てに500ポイントを渡しリーベルタースを最下位にするつもりだったらしいが…流石にその量の龍丹草を用意するには時間が足りないとのことで断念したらしい。


逆に言えば時間さえあれば可能だったのか…。とちょっとだけ戦慄した、アジメクの国力やばすぎでしょ。


「まぁまぁいいんだって、私の個人的なやり返しの為に二人には龍丹草を渡したわけだしさ!」


「に、にしても…あんたマジで魔術導皇だったんだにゃ…魔女の弟子って、なんでそんなのが冒険者やってるんだにゃ…」


「やめろネコロア、恐らくだがあんまり聞かない方がいい話題だ。冒険者協会のクラン程度が…魔術導皇の真意を聞いてもいいことはないだろう」


「ま…まぁそうだにゃ、結果的にうざったいストゥルティが憂き目にあって我輩超ハッピー!お前ら聞いたかにゃあ〜?あのランキング見てリーベルタースってば今メチャクチャ荒れてるらしいにゃ!」


「マジ〜!フゥー!最高〜!ザマァみさらせってんだよ〜ん!」


べろべろー!とリーベルタースが荒れていると言う話を聞いて大喜びするデティに苦笑いする。リーベルタースが悪いとは言えちょっと同情してしまうよ…まさかアイツらも相手が薬草国家アジメクでそいつが本国から龍丹草大量輸送してくるとは思わなかったろうし。


「だが、気をつけたほうがいいぞ」


だがそんな中ヴァラヌスだけは冷静にエリス達に忠告を述べる。


「知っているだろうがリーベルタースは勝つ為ならなんでもする奴らだ。文字通りなんでもだ…競技外で大冒険祭参加者同士が戦闘を行うのはルールで禁止されているが、ここまでルールを破りまくってきたリーベルタースが今更そんなルールに固執するとも思えん。もしかしたら競技外に襲撃を仕掛けてくる可能性さえある」


「そこは警戒してるよ、連中今までは最強のクランとしての意地があったろうがここからはそうも言ってられなくなる。後がなくなった奴ってのが一番怖いからな…是が非でも勝ちをとりにくるだろうな。あんたらも気をつけろよ」


「分かっている、まぁ…リーベルタースは今更赤龍の顎門など眼中にも入れんだろうがな。今確実にヘイトが向いているのは君達だ…ここまで来たら最後まで駆け抜けてくれ、その方が私としても気持ちがいい」


「そうだにゃー!エリスに負けるのは癪だがストゥルティに負けるよかずっといいにゃ!とは言えここから巻き返すのは我々北辰烈技會だがにゃ!」


「貴方とも次で決着つけますよ」


「フッ、…第三戦!そこでは容赦せんにゃ!もう同盟とか先の戦いの恩とか!そう言うのは一切なし!泣きを見てもらうにゃ」


「いや、勝つのは赤龍の顎門だ。ガンダーマン会長の誇りにかけて勝ってみせる」


二人はお礼と次の戦いでの宣戦布告をしに来ただけらしくそれだけ述べると軽く挨拶だけをして去っていく。次で北辰烈技會…赤龍の顎門、そしてリーベルタースとの最後の戦いになるだろう。


特にリーベルタースは死に物狂いで勝ちに来るはず…第一戦第二戦とは比較にならないくらい苛烈に攻めてくるだろう。だがそんなの覚悟の上だ…やってやろうじゃありませんか。




「アルタミラさん…」


そんな中、皆がリーベルタースを警戒する中…一人だけナリアは別の敵を見据えていた。いや本来僕達が相対するべき敵を見据えていたんだ。


(ルビカンテ・スカーレット…あれから一度として僕達の前に姿を現していない。けどカルカブリーナはルビカンテの手によって顕現した可能性が高い…なら、やっぱりルビカンテは敵だ)


カルカブリーナの承認欲求は狂気により暴走していた、つまり根底にはルビカンテの関与があった。ルビカンテが何を考えているか分からないけれど…放置は出来ない。


(第三戦まで猶予は一週間…ならその前に…)


ナリアは決意する、みんなは今ルビカンテと戦う事に消極的だ…だが、戦うだけが問題を解決する方法じゃない筈だ。


僕は僕なりのやり方で…ルビカンテと対決するんだ。



……………………………………………………


「ストゥルティ!これは…これはどう言うことだ!何故あれだけの龍丹草を用意して負ける!何故負ける!」


「こっちが聞きてえよ…一応協会に提出された龍丹草を調べたが全部本物、剰えマレウスにある物より高品質ときた…悪夢でも見てる気分だ」


「悪夢はこっちのセリフだ!!」


一方、件のリーベルタースは金龍亭の個室にて…酒を飲んでいた、とは言え美味しい酒ではない。裏で繋がっている冒険者協会の会長ガンダーマンからの叱責が飛んでいたからだ。


今日の朝、大冒険祭運営本部からランキングの話を聞かされた時ガンダーマンは腰を抜かすかと思ったのだ。態々ガイアの街の司祭と話をつけて300房の龍丹草を莫大な金で買ったと言うのにそれを上回る量…全部合わせれば三倍近い量の1500房の龍丹草が何処からか湧いて出てリーベルタースが四位に転げ落ちたんだ。


泣きたくもなるし、怒りたくもなる。


「おい本当に頼むぞストゥルティ!我輩はお前に賭けとるんだ!お前達が優勝すると踏んで!今回の大冒険祭の賞品をグランドクランマスターの座を提示したんだ!それでお前…別の奴がグランドクランマスターになったら我輩はどうしたらいいんだ!」


「優勝はする、次で勝つ」


「貴様そう言って第一戦も第二戦も落としとるだろうが!」


「大冒険祭は三戦まである。最後で巻き返せばそれでいい」


「だが……!」


「ごちゃごちゃ言ってねぇで!黙っててくれよ!第一線退いたジジイにごちゃごちゃ言われてちゃ集中も出来ねぇんだよ!」


「何がごちゃごちゃだ!我輩が手を貸していなければお前!四位の座すら危うかったんじゃないのか!ええ!?どうなんだ!」


「はぁ?なんだよクソジジイ、やんのか…!」


「上等だ表出ろ!もう我輩がリーベルタースのマスターとして出る!」


「ま、まぁまぁお二人とも落ち着いて…」


ヒートアップする二人に四大神衆の四人は辟易とする。元々ガンダーマンもストゥルティも誰かと協調して何かをするのを苦手とするタイプな上自分の非を絶対認めないタイプでもある。うまくいってるうちはいいが軋轢が生まれるとこうも呆気なく喧嘩してしまうのだ。


「チッ…だが、想定外といえばあれだ…エリス達ソフィアフィレイン」


「戦ったのか、潰せたか?」


「いや無理だった、ありゃ相当やるぜ。寧ろあんなレベルの奴がまとまってマレウスの中をうろちょろしてたなんて恐ろしいったらないぜ。一種の災害レベルだ」


ストゥルティはエリスとの戦闘を思い返す。あれは才能がある奴が莫大な修練を積み、その上で凄まじい数の修羅場に恵まれたタイプの怪物だ、真っ向から戦って崩せる奴は多分世界中見渡しても数える程度しかいないだろう。


「一度だけ戦ったことがあるコルスコルピ最強の女…世界最強の剣豪タリアテッレ、エリスはそれと殆ど同じレベルにあった。つまり俺と互角だ、ソフィアフィレインがエリス一人のワンマンチームならやりようもあるが聞いた話じゃあれと同レベルが八人まとまってるらしい、あれを潰そうと思うとリーベルタースの総力を上げなきゃならねぇな」


「ふむ……そうか。魔女大国最強戦力級か、お前が言うなら事実なのだろうな」


「なんだよえらく素直に信じるな、てっきり『言い訳吐かすなボケカスッ!』とでも言うと思ったぜ」


「別に信じる信じないの話ではない、事実として…お前では倒せないと言う話だろ、ならそこも加味して次の手を考えるしかあるまい」


「あ?」


ガンダーマンは考える、直接対決で潰せないならそれ以外の方法で勝つしかないと。次の競技を決める権利はガンダーマンにある…我儘を言えば元から予定されているそれを強制的に変更出来る、幸いリーベルタースは今も最大勢力の人員を持っている、ここを活かせば…とガンダーマンは思っている。


だが、それと真逆の事を考えるのは…。


「待てや、誰が倒せねぇつった。全戦力で行けば勝てるつってんだろ…いや俺一人でも余裕だよ」


「は?だが奴等が強いと言ったのはお前で…」


「言ってねぇ!俺のが強い…次の競技はなんだ」


「次?次は輸送競技だ。冒険者協会のモニュメントを全チームに配りそれを北部のリオネス山岳へいち早く運び所定の場所に設置した順位でポイントを配布する競技で…」


「変えろ、直接対決ができるやつに」


「はぁ!?貴様さっきから勝手をいいおって!直接対決は部が悪いんだろ!?直接対決ではこちらも不正が出来んしそもそも…」


「不正はいらねぇ、実力だけで叩き潰す…」


「おい!ストゥルティ!!不正はいらんって…お前」


エリス達が不正をしているのは分かっている、相手ももうこちらの不正を指摘できないようになったのも分かってる。大手を振って大々的な不正をやれるようになった今なら確実に勝てる不正をすればいい…とガンダーマンは考えている。


だが逆だ、ストゥルティは逆だと考えるのだ。このまま自分が大々的な不正で勝ったら…そんなの負けたも同然だ、冒険者はメンツで生きる存在なのだからナメられたままじゃ終われない。


だからこそ実力で勝つ、ここに不正は介在する余地はない…実力だけで叩き潰すのだ、エリスもネコロアもヴァラヌスも全員。


「行くぜお前ら、第三戦に備える…次は正々堂々、そして徹底的に全員を叩き潰す。お前らもその方がやりやすいだろ」


「ええボス、潰し合い上等です」


「では早速武器を研がねばならんな」


「ケッケッケッ!腕が鳴るぜぇ〜!エリスはアタシにやらせろよぉ〜!」


「おい!待て!ストゥルティ!おい!」


ワーワー喚くガンダーマンを置いてストゥルティ達リーベルタースは部屋を出る。これ以上不正をしないのならあのジジイと話すことは何もない…そう断じた彼は店の外で待つ仲間達に次の戦いのことを伝える。


次は潰し合いだ、真っ向から挑み真っ向から叩き潰す。それがリーベルタースが最も得意とするケンカのやり方。


「お前らァ!気合い入れろよォ!次は戦争だからなァ!」


『おう!ボス!』


「気に食わねぇ奴は踏み潰して進むぜ!おい!」


そうと決まれば早速アジトに戻り戦闘準備だ、第二戦と第三戦の間には一週間のインターバルがある。その間に出来る限りの準備をする……。


「お、おいストゥルティ」


「あ?なんだよルビー」


店の外に出て、大通りを歩くストゥルティの隣に駆け寄ってくるのは…他の団員同様店の外で待機してたルビーだ。ルビーは何やら不安そうな顔でストゥルティの顔を見上げる。


「戦争って…これは競技だろ?そんな物騒なこと言って…」


「戦争だよ、元々これはクラン同士のメンツを賭けた戦争だ。負ければ落ちぶれ勝てば這い上がる、冒険者社会は大なり小なりそう言う食い合いが横行してる、これも同じだ」


「でもよ……、そんなギャングの抗争じゃねぇんだから!」


ルビーは他クランとの戦いにやや消極的なようだ。こいつ自身も好戦的なタチではあるから…てっきり戦争には乗ってくると思ったんだが、意外な反応にストゥルティは足を止めてしまう。


「お前は、戦いたくないか?」


「白黒はつけてぇ!エリスさんとケリつけてぇ!けどあたしがやりたいのは潰し合いでも殺し合いでもねぇ!殴り合いだ!」


「一緒だろ…」


「全然違ぇよ!それに…こっちが手段選ばなくなったら、エリスさん達だって手段選ばなくなる」


「上等だろ、アウトローの戦い方はこっちの方が…」


「あの人達は!逢魔ヶ時旅団壊滅させてんだぞ!」


「は?」


逢魔ヶ時旅団といえば世界最強の傭兵団だ。冒険者として雇われ傭兵みたいに戦場に出たことがあるが…その時に見た逢魔ヶ時旅団の戦いぶりは文字通り鬼神そのものだった。あの時見たのは…ギガンティック・シジキと名乗る大男とガウリイルと名乗る武闘家だったか。


あれを倒した?マジの話か?ありえねぇだろ…ありゃ俺達以上の戦争屋だぞ。


「はっ、ありえねぇな。何かの間違いだろ」


「本当だよ!」


「お前みたいなガキが本物の逢魔ヶ時旅団を見たことがあるとは思えねぇ。どーせ名前騙ってる偽物だ」


ケッと鼻で笑いながらルビーの話を一蹴する。あいつらがそんな強いわけがないし…そもそも戦うわけがないだろ、逢魔ヶ時旅団と…だって……。


「ボス!」


「ん?」


その瞬間、ノーミードの険しい声が響く…それに釣られて視線を前に向けると。


「な……!」


思わず、声を上げてしまう。街の大通りに続く道…人通りが多いはずのこの通りを真っ直ぐ歩く俺達の前には、さっきまで人の海が広がっていたはずだ。それが今はどうだ?真っ二つに割れて…向こうから歩いてくる奴らの道になっている。


しかも、歩いてくるのは…よりにもよって。


「やぁ、久しぶりだね…」


「ロムルス…!?」


マレウス王国軍のNo.2、そしてフォルティトゥド家の当主の血筋にして今現在フォルティトゥドを仕切る…俺がこの世で一番嫌いな男。


ロムルス・フォルティトゥドが…そこにいたんだ。


「テメェ、何しにきやがった…」


「ふふふ、今はストゥルティと名乗っているんだっけ?ならそれに合わせようストゥルティ。私は君に会いに来たんだ…」


「あンだと…!」


鎌に手を当てながら…ストゥルティは目を鋭く尖らせる。ロムルス・フォルティトゥド…こいつには昔散々嫌な目に遭わされた。


この家はおかしい、フォルティトゥドは狂っている。そう叫んだ俺の幼少期を潰したのは他でもないロムルスだ…俺とハルモニアを一族揃って迫害し、俺をフォルティトゥドから追い出した張本人。こいつが嫌だから俺は今もフォルティトゥドに戻ってないってくらい…嫌ってる男だ。


「テメェから俺を追い出しておいて、今更会いに来ただと?笑わせるぜ…」


「別にいいだろ、一応フォルティトゥドの血筋なんだから…それより報告があるんだ。君の妹が結婚するよ」


「聞いてる、やっぱテメェの差金だったか!絶対結婚なんかさせねぇからな!ハルモニアの人生はハルモニアの物だ!誰かが好きにしていいもんじゃねぇ!」


「我々は人である前にフォルティトゥドだ、両親の献身無くして我々はこの世に誕生しなかったのだから、命を授かった恩に報いいる為使命に殉ずるのは当たり前のことだろ?君だけだよ、その使命から逃げたのは」


「逃げてるのは…お前じゃねぇのか、現実から逃げて…フォルティトゥドに縋ってる情けない男だよお前は!」


「んふふふ……」


相変わらず不気味な男だ、本当に不気味だ。こいつは俺が吠えれば吠えるほど嬉しそうに笑う…昔からそうだ、まるで自分より下等な生き物を見て嘲るように。この笑みが嫌いだ、この顔が嫌いだ、こいつが嫌いだ…!


「なぁストゥルティ、冒険者なんかやめなよ…今なら私の部下に召し抱えてもいい。冒険者なんか低俗で下卑た野蛮な仕事してるといつか痛い目に遭うよ?」


「ハッ!テメェの下で一生テメェの奴隷になれってか。都合がいいんだよロムルス、お前から追い出しておいて俺が勢力を築けばやっぱり戻ってこないか…なんて、女々しいんだよお前は昔から!」


「別にそんなことは……」


そんなロムルスとストゥルティの言い合いに、割り込むように入り込むのは。


「もう失せろよ!ボスはあんたと話したくないんだよ!」


「そうですわ!このまま立ち去らないなら副将軍とはいえ容赦しませんわ!」


ノーミードとサラマンドラだ、二人は武器を片手にストゥルティを守るように立ち…。


「やめろ!手を出すな!」


「え、ですが…ボス」


されどストゥルティはそれを拒絶する、手を出すなと…だが違う。ノーミード達に言ったんじゃない…。


「違う、ノーミード…おまえらに言ったんじゃねぇ」


「え……あ!」


その瞬間ノーミードは気がつく、手を出すなとは私たちに言ったのではなく…ロムルスに言ったのだ。


気がつけばロムルスはいつのまにか腰に差していた剣を抜いている。それをブラリと右手で握っているんだ…さっきまで確かに剣は腰にあったのに、抜剣のモーションが全く見えなかった。


「フフフ……」


(嘘だろ…いつ抜いた、ってかこいつ…まるで隙がない…!)


もしあのままノーミードがロムルスに対して明確な敵対行為をとっていれば、ロムルスはノーミードを殺していた。だからこそ手を出すなと言ったのだ…そのままいけばさしものノーミードも殺されるだろうから。


「下がってろノーミード、サラマンドラも…こいつはイカれてんだ、自分がイカれてる事に気付いてない真性の狂人だ、発作みたいに人を殺す…近づくな」


「うっ……」


「ストゥルティ、彼女達は何かな?君の妻かい?」


「家族だ!テメェに追い出されて孤独だった俺を救ってくれた!家族達だよ!リーベルタースは!」


「私達という本物の家族がいながら…妬けちゃうなぁ…」


ブラブラと右手の剣を揺らすロムルスを前に鎌を握り直す、こいつも副将軍だ…街中でおっ始めることはないだろう、と言う楽観半分。こいつなら街中でも構わず暴れると言う諦観半分。


もしやるなら…こいつはきっと、またあれをやる。俺を追い出した時に使った『あの手段』を…。


「やめなよストゥルティ、忘れたのかい?君は勘当された時私にボコボコにされてるよね、手も足も出せず一方的に嬲られている…同じことを繰り返したいのかい?」


「ッ……」


「言ったろ、喧嘩するつもりで来たんじゃない…私は君をスカウトに来た。私の部下になれストゥルティ…」


「断る」


「いつまでそう言っていられるかな、聞いているよ。大冒険祭…珍しく劣勢だってね、それを聞いて思ったんだよね。今までは君達が最強の冒険者だったから手出しできなかったがそうじゃないのなら遠慮なく…リーベルタースを潰せるってね」


「は?何言って……」


「君達の存在が民衆にとっての『魔獣の脅威から守ってくれる盾』の象徴だった、だが大冒険祭で優勝できなければその象徴も崩れ…なら今までやってきたお目溢しもしなくて良くなるね。私は大冒険祭が終わり次第監査官のダイモスに頼み今まで君達がやってきた悪事を全て協会に告発し…クランを解体してもらうつもりだ」


「…………」


「クランを失い、冒険者資格も失った君に…もう一度同じ質問をしにくるよ、じゃあまたね」


「チッ……」


つまるところ、大冒険祭で俺が負けたら…リーベルタースもなくなるってことかよ。それをこのタイミングで言いにくる辺りにロムルスの性格の悪さを感じる。けど…いいんだよな、結局勝てば。


「ボス…アタシ達…」


「大丈夫、何がなんでも…リーベルタースは、俺達の居場所は守ってやるから」


リーベルタースは俺にとって唯一の居場所だ。こいつらは俺にとって本物の家族なんだ…こいつらを守るためならなんだってする、なんだってやって金を稼いで誰とだって喧嘩してやる、そうやって家族を守っているうちに最低の冒険者なんて呼ばれるようになったが、関係ない。


俺はリーベルタースを…家族を守る。大冒険祭に勝てばいいだけだ…やることは変わらない。


「おいお前ら、よく見とけよ」


背後の部下達に伝えつつ、一人去っていくロムルスの背を睨みつけ。


「あれが、俺たちの敵…フォルティトゥドの象徴だ」


宣う、あれこそが…俺達の敵だと。大冒険祭に勝ちリーベルタースを守り、グランドクランマスターになってフォルティトゥドと戦争してハルモニアも守る。何もかもを守るには勝つしかないんだ…なら勝つぜ、俺は。



こうして…リーベルタースとフォルティトゥド、サイディリアルに巣食う二大勢力の鬩ぎ合いが、静かに始まったのだ。





魔女の弟子達とルビカンテ、リーベルタースとフォルティトゥド…ぶつかり合いを始めた複数の勢力達。そんな中もう一つ…今衝突を迎える一つの勢力が生まれていた。


それは……。


…………………………………………


『バシレウス、貴方今から郊外にある古城跡に行ってきなさい。そこで人に会うんですよ』


そんな言葉を聞かされ…朝一番から宿を追い出されたバシレウスは、なんかんのと悪態を吐きながらも街の外に向かった。


今バシレウスは街で暗躍している無数のマレフィカルム組織達の事を調べていた。マレフィカルム組織は全て自分達の配下のはずなのに…総帥であるガオケレナに挨拶もせずうろちょろと動き回っている奴らがいる。


それが気に食わないから、潰してやろうと街を彷徨き回っているが…結果そいつらは捕まらなかった。


俺と同じく街で色々調査をしているダアトの話によると今あの街には複数の大組織の大幹部が来ているらしい。


八大同盟マーレボルジュの盟主ルビカンテ。


同じく八大同盟ヴァニタス・ヴァニタートゥムのNo.2コルロ・ウタレフソン伯爵。


三大組織の一角五凶獣のNo.2ラニカ。


…どいつもこいつもビッグネームばかりだ、これだけの組織が揃えば魔女の弟子なんか軽く踏み潰せるのにこいつらは魔女の弟子には見向きもせず、剰えガオケレナにも挨拶をせず何かをしようとしている。


ジズの裏切りの件もある…もしかしたらこいつらも叛逆しようとしているかもしれない。そう感じたガオケレナはダアトの他にもう一人…助っ人を呼んだらしい。その助っ人は表立って動けない人物らしく…今は街の郊外にある古城跡にいるとのこと。


で、その待ち合わせに向かわされたのが…俺だ。


「クソが自分でいけやボケカス」


ガサガサっ!と森の中で茂みを押し退け青筋を浮かべ激怒したバシレウスは一人歩く。その助っ人に会いに行くならガオケレナ本人で会いに行けばいいのに…アイツは。


『ごめんなさーい!今ほんと!本当に忙しいんです!大会運営って難しいんですねぇ〜お前もやります?お試しで一回!なはは冗談ですよお前がやったら私の仕事増えますから。ってわけでお前が代わりにその人に会いに行きなさい』


だとさ!なんで俺がそいつを迎えに行かなきゃいけねぇんだ…ダアトとかでいいだろう、行くの!


「チッ、クソクソクソ…」


腹が立ってしょうがない…第一なんだ助っ人って、どうせセフィラとかだろ。ホドとかゲブラーとかだろ、なら俺が動く必要ねぇだろ、寧ろあっちから会いに来いっての!


「……ここら辺か?」


そして、しばらく木々と格闘して森を越えると…一つの古城跡が見える。と言っても石造りの古城は半壊しており、その殆どが苔むした岩の山となっており、古城跡というより災害現場みたいな有様だ。


……確か、数百年前はここをサイディリアルの防衛拠点としてなんだかって言う貴族が使ってたらしい。とはいえそれも今は昔の話…最近じゃマレフィカルムのなんかの組織がアジトとして使ってたらしいが、なんも覚えてねぇ。


「で?その助っ人さんとやらは何処だよ〜!」


古城がなんであれ関係ない、俺はここにいると言う助っ人に会いに来たんだ。折角俺が労力を割いて会いにきたんだからちゃっちゃっと済ませろよ…と思いながら苔だらけの古城跡の瓦礫を踏み越え歩き回っていると。


「あん?」


ふと、見えた…人影が。そいつは小高い瓦礫の山の上に立ち天を見上げている。こんな所に来る人間がいるとは思えないから…恐らくあれが助っ人なんだろうが。


(ゲブラーでもホドでもない。セフィラじゃねぇのか?)


思っていた人物と違う。見慣れたセフィラの姿とは違う…奴はドレスを着込み、豪華な宝飾に身を包み、濃い赤髪を腰まで垂らして…金色の瞳で天を見る。


あれは…確か。


「お前が、助っ人かよ」


「……来たか、マレウスの元王」


近づけばそいつはバシレウスを相手に偉そうに踏ん反り返りながら鼻を鳴らし、懐の懐中時計を見て…顔を顰める。


「遅い、予定より八分十七秒遅い。妾の時間を浪費させて楽しいか?無駄至上主義め」


「ウルセェよクレプシドラ、八大同盟の盟主風情が俺に偉そうな口効くなよ」


この女の名は…クレプシドラ・クロノスタシス。八大同盟にして三大組織の一角『見えざる王国』クロノスタシス王国の王にして八大同盟の中でゴルゴネイオンのイノケンティウスに次ぐ超絶した実力者。


所謂マレフィカルム五本指の二番目だ…。


(相変わらずすげぇ魔力だ……)


基本的にセフィラは八大同盟を下に見てる、だがその中でもぶっちぎりに強い『ゴルゴネイオン』『クロノスタシス王国』…そして八大同盟ではないが『五凶獣』は別だと見ている。だって強いからだ、三大組織は八大同盟とははっきり言って別格の組織力と実力を持つと言ってもいい。


特に…三大組織の盟主達は、セフィラよりも上の実力を持つと見る者もいる程だ…俺もその噂は気に入らねぇとは思いつつも、認める部分もある。


クレプシドラの身に纏う魔力は文字通り次元違いの領域にある…見立てにはなるが、こいつは恐らく帝国の将軍と同格の力を持つと言ってもいい。セフィラでさえ苦戦した…アイツらとだ。


「お前がガオケレナの言った助っ人か?」


「ええそうです、総帥には恩義もありますし妾を一番に頼るその心意気に免じて積極的な協力を引き受けました…が、その迎えがダアトではなく未完の器とは。もしやこれは侮辱ですか?」


「ああ?テメェ…さっきも言ったが八大同盟如きが偉そうにするんじゃねぇよ、俺を誰だと思ってんだ!」


「国王としての責務も果たさず逃げ仰せ在野に降った間抜けな国王もどきですが何か?玉座にも座らぬお前が…クロノスタシス王国の正統なる国王たる私と同格に話せると御思いで?」


「チッ……」


ガオケレナもとんでもねぇのを呼び寄せたな。三大組織はガオケレナにとってセフィラに並ぶ虎の子だ。八大同盟が潰えても顔色一つ変えないのは三大組織がいるからだ…それを動員したってことは。


「……相当ヤベェ事態なのか?」


「なんですか貴方、総帥の御側にいながら何も知らされていないのですか?」


「うっせぇな…で、テメェはなんか知ってんのか?」


「知っています、だから来ました」


するとクレプシドラはクルリとドレスを翻し背を見せながら腕を組み…。


「かねてより警戒していたヴァニタス・ヴァニタートゥムのコルロ・ウタレフソンより叛逆の意思を確認しました。彼女はいずれ我々を裏切るでしょう」


「は?マジか?なら殺すしかねぇな」


「ええ、ですが彼女は強い。元々強かったですが最近はそれに輪をかけて強くなりつつある…最早八大同盟の域に収まらない強さを持っている、少なくとも今はもうセフィラに匹敵するでしょうね」


「はっ、ありえねーな。俺のが強い」


「三下のセリフを吐かないでください汚らわしくて蕁麻疹が出てしまう。…コルロは強いですから妾が出たのですよ」


「ってか、ヴァニタス・ヴァニタートゥムのボスはアイツだよな。マヤ・エスカトロジー…処すならあいつからにしろよ」


コルロ・ウタレフソンはヴァニタス・ヴァニタートゥムの人間だがボスではない。ボスはマレフィカルム五本指の三番目…世界最強の肉体的超人の異名を持つ『現人神』マヤ・エスカトロジーだ。


普段なんのやる気も見せないアイツだがそれでも八大同盟ヴァニタス・ヴァニタートゥムのボスだ。コルロはその部下…ならコルロの粗相はマヤに責任を取らせるべきだ。


「マヤはヴァニタートゥムのボスですが、彼女は所謂神輿です。ただコルロに担がれているに過ぎない…あの組織は実質コルロの組織です。マヤにあれを処すだけの権利もつもりもないでしょう」


「…情けねー話だな」


「かもしれませんわね、そのコルロが…五凶獣のラニカと手を組んでこの国を掻き回そうとしています。マレウスという国は総帥にとって隠れ蓑ですからね、彼の方が隠れられないようにするおつもりでしょう」


「国を掻き回すね、国家転覆でもするつもりか?」


なんて、俺が冗談めいて言うとクレプシドラはフッと笑いながらこちらを見て。


「あら、初めて勘が冴え渡りましたわね。その通りです、奴等はレギナ・ネビュラマキュラを暗殺してマレウスに動乱をもたらすつもりです、その混乱を呼び起こすだけの下準備も済ませてある」


「…………」


「そういえばレギナ・ネビュラマキュラは貴方の妹でしたわね。妹を守りたいですか?」


「俺はアイツの兄貴じゃねぇ、くだらねぇ話してないで本題を話せ」


「そうですわね、時間が惜しいです。では率直に言います…」


するとクレプシドラはこちらに向き直り、バシレウスを瓦礫の上から見下ろすと…。


「妾とお前で、コルロとラニカを撃退し女王レギナを守ります…女王たる妾がマレウスの女王を守るのです、国王の責務を捨てたお前もそれに付き合いなさい」


「俺が?……へぇ、面白そうだな」


クレプシドラの話が分かってきた。つまりコルロとラニカは俺達を裏切るつもりだ、コルロ達の目的はレギナの暗殺…しかしレナトゥスの影響力が低下しレギナが台頭した今、レギナに死なれるのは不都合とガオケレナが判断した。


だから、マレフィカルムはレギナを守る方向に舵を切る。そしてその護衛の任を任されたのが…クレプシドラ、そして俺と。


「奴らは今巧妙に姿を隠しています、ダアトでも捕捉は難しいでしょう。なので彼女達が動き出す時を待ちます」


「そこで迎え撃つんだな、へへへ…面白え。じっとしてるよりずっといい…俺も試したい技があんだよ」


帝国から帰還後…実戦に恵まれずずっとガオケレナと模擬戦ばかりしていたから試せなかった技、レグルスの現代魔術無効化防壁とルードヴィヒ将軍の断絶防壁…これを物にして戦闘を行いたかった。それがコルロとラニカだと言うのならお誂え向きだ。


アイツら強えしな、俺も本気を出せる。


「そうですか…なら決戦の刻まで待ちなさい。その時はこの街を…国を揺るがすほどの決戦になりますから────」


『ほう?国を揺るがすと?この国をか?それは困るな…今、マレウスに揺らいでもらっては我々も困るんだよ』


「ッ…何奴!?」


「誰だ…!」


その瞬間、クレプシドラとバシレウス以外の人間の声が響く。いないはずの人間…そいつはいつのまにか崩れ始めた古城の屋根の上に立ち、瓦礫の山と上に立つクレプシドラさえも見下ろし、陽光を背に立っている。


「久しく我が家に帰ってきてみれば、やはり酷い有様と心を痛めていたが…何やらよからぬ談合の場に使われているようなのでな、抗議させてもらおう…」


そいつは、その辺のウェイトレスが着るような制服を着て、手にエプロンを握りながら屋根から飛び降り…バシレウス達の前に立つ。その顔には…覚えが……。


「この城は、今もなお我々大いなるアルカナの物だ。もし不当に使おうとするのなら…その意思に私は革命しよう」


「貴様は…宇宙のタヴ」


浅黒い肌に、金髪のオールバック…。顔に深い傷を刻んだ獅子の如き鋭い印象を持つ男は不敵に笑いながらこちらを見る。


こいつは…大いなるアルカナ最強の男No.21…宇宙のタヴだ。俺が今持つ王国のマルクトの前任者である世界のマルクトが保有していた組織において、本来セフィラであるはずの世界のマルクトよりも強かった絶対者。


それが唐突に現れたのだ、警戒もする。


「貴様、今は帝国に囚われているはず」


三年前…帝国とアルカナの間で起こった大抗争にて、タヴは今将軍を務めているフリードリヒと戦い敗れている。戦いに敗れ組織を失ったタヴはそのまま拘束され…今は帝国の牢獄にいるはず。


いや…まさか。


「ああ、それなら革命した。何処かの誰かが暴れてくれたおかげで出るチャンスがあった」


こいつ、俺達の首都襲撃の時の混乱に乗じて脱獄してたのか。それでマレウスに戻ってきたってか?なんだそりゃ。


「はぁ?なんでそんな脱獄者がここでそんな格好してるんだよ」


「ん?これか?」


タヴと言えば元々は黒いコートにライオンの毛皮を装飾としてつけていたと言う。だが今はどうだ?そこらのカフェの定員みたいな格好でエプロン片手に現れたんだ、似合わないにも程がある。


「マレウスに戻ってきたはいいが以前のように組織もないのでな、何もしていないと食うにも困る…なので王都のカフェで働いている」


「お前が…?マレフィカルムで五本の指に入ると言われた実力者が?」


「そのイメージに革命を起こしたまでさ。私はもうマレフィカルムに合流するつもりはない…お前らにいいように使われるのにはうんざりでな、革命させてもらった」


「なんだこいつ」


何?革命革命って…。


「そうですか、なら貴方はマレフィカルムの人間ではないと?なら…妾の自己判断で消し去っても構わないと言うことですね」


「クロノスタシスの悪逆なる王よ、私はお前の悪政にも暴虐にも革命する。だが…今はそれより気になる話を聞いた。今マレフィカルムがこの国の王を狙っていると?」


「あ?ああ…そうだけど?」


「それは困る、給料日がまだなんだ…国が揺らいでは給金が減る。何よりマレウスは我々にとっても大切な国だ、その女王レギナの護衛…このタヴもまた一枚噛ませてもらおう」


「なんだと…」


腕を組み、胸を張りながら協力を申し出るタヴに思わず表情が歪む。こいついきなり現れて何言ってやがるんだ…そもそもマレフィカルム抜けて勝手やってる奴がまた俺達と手を組みたいだと?間抜けいいやがる。


が…こいつ、結構強いな…。


「ふむ、三年獄中にいて衰えたかと思いましたが…全くそんな様子もない、寧ろ以前より強くなっていますね」


「ああ、この数ヶ月でブランクは取り戻した。寧ろ…色々乗っていた肩の荷が降りた分実戦に出る機会も増えた、アルカナと言う居場所を失って悲しいが…その悲しみに革命を起こした私は更に強固な革命者となったのだ」


「言ってる意味は分かりませんがそれだけの実力があれば申し分ありません、この女王クレプシドラに随伴することを許します」


「フッ、王に許されずとも私はやるさ。私は革命者だからな、王とは私にとって最たる革命の相手だ」


実際タヴの実力は大したもんだ、クレプシドラと張り合って全く劣っているように見えない。かつてはマレフィカルム四番手の使い手と言われ、アルカナが消え『タヴとシンが居なくなるのはあまりに損失が大きい』と八大同盟達に言わせるだけはある。


「では、バシレウスよ。この三人で…コルロとラニカを迎え撃ちます。よろしいですね?」


「お前はいいのかよ、こいつ…マレフィカルムに帰ってこなかった裏切り者だぞ」


「裏切り者である前に敗北者です、そこに気を割いてやる程妾は慈悲深くありません」


「裏切り者である前に敗北者だが、私はその前に革命者だぞ」


「そうですか」


仲間に加えたんだから面倒くさがるなよ…と思いつつも、バシレウスは腕を組む。


敵はコルロとラニカ、そして或いはルビカンテもここに加わるかもしれない。そしてこちらは俺とクレプシドラとタヴの三人か…まぁ悪くない布陣だ、これなら…。


(レギナを守る……か、俺が…)


考え込み、城に視線を向ける。レギナを守ると言われバシレウスは何も思わず、ただ静かに城の方を見つめ続ける……。


「ではまず、…命令です。バシレウス」


「あ?なんで俺がお前の命令聞かなきゃいけねぇんだよ」


ふと、クレプシドラは瓦礫の上に腰をかけ、まるで玉座であるかのように扱いながら胸を張る。その偉そうな態度に苛立ちを覚えつつも…取り敢えず聞いてみる。今この場に至ってはバシレウスよりもクレプシドラの方が状況を細かく理解しているからだ。


「コルロ・ウタレフソンはレギナ・ネビュラマキュラを殺そうとしています。ですが矮小な王とは言えレギナ・ネビュラマキュラは王です…いくらコルロに戦力があろうとも暗殺は難しい」


「そうかね、それはどうだろうな」


「王国側にコルロに通じている内通者がいます。其奴も目障りです…この際消してしまいなさい」


「内通者…身元は割れてんのか」


「ええ、コルロに通じている王国の内通者は…ロムルス・フォルティトゥドです」


「ロムルスだと?」


「おや?知っているんですか?何か関係でも?」


「関係はない、だが因果はある」


ロムルスといえばエリスを結婚させようとしてやがった奴じゃねぇか…そりゃあいい、面白くなってきやがった。そいつがコルロと繋がってるって?なんだよそれ、誂えたみたいにぶっ殺す理由が出来たじゃねぇか。


「奴はコルロと裏で結託し女王亡き後の国家を統治するつもりです、それは別にいいですがコルロと違い大手を振って動き大々的な手を打つことができるロムルスは厄介です」


「ふーん」


クレプシドラの言葉にバシレウスは若干驚く。尊大な態度を取り傲慢な物言いをすれど言っていることは戦略的になんの間違いもない上に行動選択は慎重かつ丁寧だ。これが一つの組織を束ねる盟主としての腕かと感心する。


(そういやガオケレナから俺も組織を持て…なんて言われてたな。まぁ今は関係ないからいいか)


「大手を振って動ける代わりに姿を隠し隠匿も出来ません。こいつは今のうちから叩けます…ロムルスを始末しなさい」


「別にロムルスを殺す点についてはいい、けどなんで俺が行くんだよ、お前がいけよ」


「妾がこの一件に割ける今日の時間は終わりました」


「は?」


「妾は多忙なのです、一日三十分と四十五秒しかこの件に割けません。貴方が先程遅刻した時間でロムルスを始末しに行く予定でしたが予定が狂ったので私は対応しません、貴方がしなさい」


「はぁ…?…おいタヴ」


「悪いな、私も今休憩時間なんだ。これから仕事だ」


「仕事と俺!どっちが大事なんだよ」


「仕事だ、じゃあな。いい革命を祈る」


「おい!」


「では妾も帰ります。上手くやっておくように」


「待てよ!」


ガオケレナ曰く、クレプシドラは常に時計を手放さない程の強烈なスケジュール魔で…自分が一日使う時間、行動、活動を既に予め決めておりその通りに動き実行する人物とのこと。それを今痛感する、こいつスケジュールを優先して消えやがった。


タヴもそうだ、シフトってなんだ。革命革命言うならシフトにも革命起こせよ。


「ったく、なんだこれ。俺面倒ごと押し付けられただけじゃねぇか…!!」


気がつけばタヴもクレプシドラもいない、この場には俺しかいない…つまり俺がロムルスを殺せってか。別にいいけど…チッ。


「人の事情も知らないで…」


ロムルスって男のことはよく知っている。同じセフィラの勝利のネツァクを務めるマクスウェル将軍の右腕だ。顔も見たことあるしどう言う奴かも知ってる…アイツは副将軍として常に王城にいる。


ガオケレナから顔が割れるようなことをするなと言われている以上俺は王城には近づけねぇ…ロムルスが出てくるのを待つしかねぇな。


「あーあー面倒クセェなぁ、けどまぁ…殺す理由もあるし、ぶっ殺すか。コルロもラニカもぶっ殺して俺に逆らう事がどれだけ愚かなのか教えやる」


こうしてバシレウスもまたサイディリアルでの活躍を開始する…。


魔女の弟子とルビカンテ、リーベルタースとフォルティトゥド、幾多の勢力が衝突するサイディリアルに更にもう一つ衝突する勢力が生まれる。


それは『レギナを守るマレフィカルム』と『レギナを殺すマレフィカルム』。レギナを中心としたもう一つの戦いが…静かに始まるのだった。

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バシレウス「仕事と私、どっちが大事なの⁈」 宇宙と王国のboys loveが今,始まる……⁈
一般アルバイト革命おじさん、給料日のために広い意味になるが味方?になるなんて革命的だ… ナリアきゅんと革命おじさん、私的に好きなキャラが5本指に入る二人が交わる時が来るのでしょうか?楽しみにしています…
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