651.対決 承認欲求の悪魔カルカブリーナ
承認欲求とは、人から見られたい…認められたい、認識され承認され…そこにいることを許してもらいたいという欲求。それは人が知的生命体であり社会を形成する生き物だからこその欲求であり、ある意味では最も人らしい欲求とも言える。
そんな欲求が暴走し、生み出された狂気の存在…承認欲求の悪魔カルカブリーナ・ポルトカリウ。奴は巨大な龍ジャイアントオレンジドラゴンに乗り凡ゆる街を破壊し人々から見られることに快楽を得ていた。
そいつを止める為エリス達は北辰烈技會と赤龍の顎門と共にカルカブリーナに戦いを挑んだ…が、ここで誤算が生じた。
今回の一件を裏から糸を引いていたのは感情の魔人達を従える狂気の王ルビカンテだったんだ。奴はその狂気にて他の感情を狂わせることが出来る。狂気とは凡ゆる外的な刺激に対し過剰なまでの感情的爆発を引き起こさせる作用がある…それに当てられた承認欲求は、より大きくなる。
今のカルカブリーナはただ見られるだけで、自らを倒そうと誰かが動くだけで、認識されていると感じそこから力を無限に引き出せるのだ。カルカブリーナを倒そうと攻撃を仕掛けても、認識されている限り奴は無限に蘇る。
これを倒すには正攻法では無理だ、いくらエリスが強くとも奮闘しようとも倒しようがない…だがそこで動き出したのは、他でもないサトゥルナリアとステュクスの二人だった。
そうしてカルカブリーナ討伐戦は第二のフェーズに移行する…そんな中。ただ一人ジャイアントオレンジドラゴンの頭の上でカルカブリーナと相対するエリスは…。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「んふふ、あはははははは!私を見てくれ!見てくれぇ!」
今もカルカブリーナと戦っていた、しかしエリスの体は既にボロボロ…魔力も消耗し息も絶え絶え、なのにカルカブリーナは以前にも増して強くなり、大きくなり、肥大化を続けてより強大な存在になり始めている。
あれから、エリスは幾度となくカルカブリーナに攻撃を仕掛けた、だがやはりエリスの考えた通りカルカブリーナはただ見られるだけで、攻撃を仕掛けようとするだけでその意識の方向を感じ取り強くなる。
必殺の魔術を浴びせても、水をかけても、倒れない…跡形もなく吹き飛ばしてもどこからかまた復活する。そして復活する都度強くなる…キリがないというより、なんか虚しくなる。
(くっ…このままじゃまずい…)
「いい目だ、私を見るいい目だ。君を殺してもその目だけはくり抜いて側に置こう…私を見てくれるいい目だから」
「あんた…ルビカンテみたいですよ…」
「私がルビカンテみたいなんじゃない、ルビカンテが私達なんだ」
「訳がわかりません…」
もう打つ手がない、逃げようにもこいつはエリスをこの場から逃すつもりもない。どうする…何かいい手はないか。
「……ふむ、だけど…物足りなくなってきた」
するとカルカブリーナは自らの体を見ながら、つまらなさそうに唇を尖らせる。
「君に…下の冒険者達、私を見る目は多くあるが…こんなもんじゃまるで足りない、もっと多くの目が私を見てほしい…」
「物足りないって…欲張りすぎじゃありません?」
「物足りないよ…もっともっと私は見てほしいんだ、もっともっともっともっともっと!」
果てのない承認欲求、それは見られることでは満たされずより多くを求めるようになる。故に彼女は現状にすら満足出来ず…さらに多くの注目を求める。
じゃあより多くの注目って何?というと…一つしかない。
「龍よ、冒険者の相手はもういい、街だ…街を狙え」
『ぐぉおおおおおおおおおお!!』
街だ…向こうにあるオウロの街を狙い始めたのだ。あそこを破壊すれば街の人間全員がカルカブリーナとジャイアントオレンジドラゴンを見ることになる。そうなれば被害は計り知れないものになるし…何よりそれ以上に。
(そんなことになったら、いよいよカルカブリーナを止められなくなる…!)
奴は注目の大きさによって強大化する。あの街の大きさを見るに人口は軽く数十万は行くだろう…今までの被害や冒険者達の注目とは比較にならない注目だ。そんな状態になった時…カルカブリーナが一体どれだけ強くなるか、想像したくないな。
(何がなんでも止めないと…けど、暴れていない状態でも抑えるので手一杯だったのに、今のみんなに止められるだけの余力があるのか…!?)
暴れ回るジャイアントオレンジドラゴンは今までとは比較にならない突破力を出している、止められない…確実に街に到達する。やばい…これ万事休すだ、打開の方法が何もない!
「うふふふ…あと少し、あと少しだよ…それまで私を見ていてくれ」
「…………!」
まずい…と冷や汗を流すエリスを笑うカルカブリーナ。状況は最悪、打開の方法もない、そんな絶望的な状況において…響くのは。
『エリスさーーーーーーんッッ!!』
『姉貴ーーーーーーッッ!!』
「え…!?」
「おや?」
空を駆け上るように飛んでくる影、それは手に持った剣から魔力を噴射し飛翔し…こちらに向かって来る。そこから発せられる声は…間違いない。
「ナリアさん…とステュクス!?」
「姉貴!無事か!」
「助けに来ました!エリスさん!」
ナリアさんとステュクスだ、下で戦ってる筈のナリアさんとアルタミラさんの警護をしてる筈のステュクスがなんでここに…。と呆然とするエリスを他所に二人はエリスの元に着地し駆け寄って来る。
「なんで二人がここに!」
「だから助けに来たんだって!…姉貴、聞いてくれ!実はカルカブリーナは…」
「倒せないんでしょ…分かってます、なんとなく」
「…ってことはやっぱり、色々試したのか?」
「そりゃあもう、ありと凡ゆる手で消し去ろうとしましたが…何度消しても復活するんです」
どうやらステュクス達は如何様にしてかカルカブリーナの体の秘密を知ったようで、ただでは倒せないと分かったからこそ助けに来てくれたようだ。だがこう言っちゃ悪いが一人二人増えた程度でカルカブリーナをなんとか出来るとは思えない。
手数とか、攻撃の威力とか…そういうのじゃないんだよ。カルカブリーナは。
「倒せませんよ、エリスさん。攻撃するだけじゃ」
「え?…何かわかったんですか?」
「はい、カルカブリーナは承認欲求の怪物です、だから相応の倒し方をしないと倒せません」
まさか、何か倒し方に見当がついたのか!?そうエリスはステュクスに視線を向けるが、ステュクスはコテンと首を傾げて。
「す、すまん。俺何も聞かされてないんだ、ただ俺って姉貴と同じで空飛べるからってんで足役に使われただけで、倒し方知ってるのはナリアさんだけ…」
「……なるほど、でナリアさん。その倒し方って?」
「はい、奴は感情によって生まれた存在であり、感情のあり方によって力を増減させる存在です。承認欲求が満たされ強くなるなら…その逆もあり得ると思いませんか?」
「つまり、…承認欲求を満たさないようにするということですか?」
「目が増えたねぇ」
カルカブリーナがなんか恍惚としている間にエリス達は作戦会議をする。承認欲求が満たされ強くなるならその逆もあり得る…か、でもそれってつまり注目しない、アクションを起こさないってことになるんじゃないんですか?それが土台不可能だから倒せないって話になってるはずじゃ…。
「いえ、それだけじゃありません。…エリスさん、僕昨日やりましたよね、感情は外部の刺激によって塗り替えられるんです」
「昨日…ああ、あれですね」
ナリアさんが昨日見せた演劇によって周囲の感情を掌握するやつ。人は見るものによって喜びから怒りに、怒りから悲しみに、コロコロと感情の色を変える。けど…つまりどういうことだ?
「僕は思うんです、承認欲求とは真逆の感情を奴に植え付ければ…奴の力は失われると」
「承認欲求とは真逆の感情ですか…」
うーん、荒唐無稽な話だがそもそも状況が荒唐無稽なんだ。なら乗ってみるのも悪くないか…それに筋が通ってないわけじゃない。奴は承認欲求によって強くなる、ならそれのは相反する感情をぶつければ奴の力は削がれるかもしれない。
だが問題が一つある。
「で、承認欲求の真逆の感情ってなんですか?」
聞いてみる、まぁ勿論ナリアさんのことだからその辺も既に考えてあると思うが──。
「すみません、そこまでは分かりません」
いや分かんないかい…!じゃあ意味ないじゃないですか!分からないんじゃどうすればいいかも分からないよ!
「そこは!ここにいる三人の知恵を合わせて考えるんです、承認欲求とは真逆の感情…それを考え、奴に与えるんです!」
「いきなり無茶振りがきましたね…ステュクス、分かりますか?」
「えっ!?わかんねぇよそんなの。けどあれだろ?承認欲求の逆ってことは見られるのが嫌だー!って思えればいいんだよな、それってどういう感情なんだろう…」
考える、三人で腕を組んで考える。見られることに喜びを覚えるのが承認欲求…見られたくないと思えるのが反承認欲求、その反承認欲求ってどんな感情?どんな感情ってどうやってその感情を与えればいい…うーん、難しいよ。腕っぷしだけで解決するならそれでいいのに…。
「あ!そうだ!」
するとステュクスはポンっ!と手を叩き。
「あれだ!悪口だ!中傷だ!見られた結果その様を悪く言われたらもう見ないでーってなるんじゃね?」
なんて言うんだ、そんなもんかなぁ…悪口言われただけでそんな風になるか?
「いや、あり得ますね」
「ナリアさんまで…」
「エトワールでもあるんです、承認欲求を満たすために過剰に目立とうとした結果誹謗中傷に晒され潰れてしまう役者が…もしかしたらこれが承認欲求を潰すきっかけになるかも」
「そんな話なんでしょうか…」
「そもそも感情から生まれた存在なら精神攻撃がマストだろ、と言うわけで姉貴!行け!」
「え!?エリスが悪口言うんですか!?」
「姉貴ならいけるって!とびきりの悪口聞かせてやれよ!」
ステュクスのやつ…自分がやらないからって好き勝手言いやがって、と言うかそもそもの話エリスは悪口とか得意じゃないんだ。人を悪しざまに罵るなんて…よくないことですし。
「エリス悪口苦手です」
「絶対嘘じゃん」
「そりゃあ戦いの中で相手を挑発する事はありますが、自分から進んで相手に言われのない悪口を言うなんてよくない事ですから。エリス苦手です、悪口」
「もう挑発の要領でいいから行ってくれ…!」
「もう…あんまり期待しないでくださいよ、苦手なんですから」
エリスは悪口とか苦手です。間違ってる事は間違っていると言うしよくない事はよくないと言う、結果として言葉が苛烈になる事はあるがまだ何もしてない相手に対して酷い言葉を投げかけたり、能動的に悪口を言ったりするのは本当に苦手なんだ。
だがこれでカルカブリーナを倒せるなら…やるしかないか。
「おほん…では行きます」
「いけ!姉貴!」
「頼みます!エリスさん!」
「おや?私を見てくれるのか?」
悪口…悪口かぁ、あんまり期待しないでほしいなと思いながらエリスはカルカブリーナの前に立ち…とりあえず思いついた悪口を言ってみる……。
「はぁ〜…お前みたいな辛気臭い抜け作の不細工ヅラ見てるとこっちの気まで滅入ってきますよ、口調から知性も感じないし振る舞いは下品だし下劣さでは獣にも劣る痰カスのお前ですけど人を不快にさせることに関しては天才的ですね。そこに関しては負けますよ、よかったですね、他の人間に勝てる部分が一つくらいはあって」
「エリスさん言い過ぎです!」
「言葉で人殺せるぜ姉貴!」
「なんですか二人とも!言ったら言ったで!」
なんですか!折角人が頑張ったのに!言ったら言ったで言い過ぎって!加減とか分かりませんよ!もう言いませんからね!こんなの!
「で…効いたんですか!」
こうなったらせめて効果とかあってもらわないと困りますよ!そうエリスはカルカブリーナを睨むと、奴は……。
「私の事を特に知らない人間からそんなに言われても…」
普通に困惑してた…効いてるって言うより、なんか普通に反応に困ってるな。弱体化もしてないし…失敗か?
「違うじゃないですか!」
「あ、あれぇ?違ったか?悪い姉貴!もう一回やってみてくれ!」
「喧しいわ抜け作が!」
「違う方法を試しましょう!」
こうやって試していくのか?やばいな結構時間がかかる…そうこうしている間にジャイアントオレンジドラゴンが街に到達してしまうかも──。
「『ズームペインティング』…!」
「ッやばい!」
瞬間、先程まで困惑していたカルカブリーナが指先で小石を弾きながら絵の具を放ってきた。まずい…攻撃を仕掛けてきた!もう悠長に相談してる暇はないか!
エリスは咄嗟に二人を抱えて飛び上がり虚空で巨大化した岩砲弾を回避しカルカブリーナを見下ろす。
「随分な物言いで誹謗中傷をしてくれるじゃないか!こんなにも素晴らしい私を見て嫉妬しているのかな!なら消そう!殺そう!」
「逆効果じゃないですか…怒ってますよアイツ!」
「姉貴が言いすぎたんだろ…」
「まだ言うか!」
「喧嘩してる場合ですか!次の手を打ちましょう!エリスさんステュクスさん!」
「次の手って…!」
カルカブリーナが動き出した、注目により強くなったアイツ速度は既に第二段階最上位クラスに匹敵する、こりゃこっちも全力で逃げ回らないと捕まってしまいそうだ!
「仕方ない!エリスはナリアさんを抱えて飛びます!ステュクスは自分で逃げなさい!」
「分かってるよ!で!姉貴!次の手はどうするんだ!」
「それは…っと!」
「アハハハハハハ!!」
突っ込んでくるカルカブリーナを相手にエリスとステュクスは別れて飛ぶ、考えろ…奴の承認欲求を潰えさせる方法は…方法、そうだ!
「ステュクス!ならこれならどうですか!奴を…」
「え!?何!聞こえない!」
「逃げるな!私を見ろ…私をォッ!!『ズームペインティング』!」
別れて飛ぶエリス達に狙いを定めたカルカブリーナは手元に絵の具を集める。物質非物質の垣根なく凡ゆる物を肥大化拡大化させる力を持った絵の具…それは己の体や岩を巨大化させるだけに留まらない。
なら、奴が今肥大化させようとしている物はなんだ。奴は今虚空に絵の具を塗りたくっている…それによって肥大化するのは。
「『刮目の陽光』ッ!!」
奴が行ったのは『原子の振動可動域の拡大』…つまりは強制的に熱振動を引き起こし爆裂させ、周囲に灼熱の光線を乱射し始めたのだ。触れただけで焼けつき黒炭と化す熱線が雨霰のように降り注ぎエリスとステュクスの合流を阻む。
「くっ!?光線!?こんなものまで…ナリアさん!反射を!」
「ダメです!熱線自体は魔術じゃありません!
これは光のようであって光ではない、ただのエフェクトなんだ…実際は触れた箇所が強制的に発熱する不可視の熱波が飛び交っているに等しい。魔術じゃないから防げないか!
「姉貴ィッ!!」
「ステュクス!」
しかし、そんな熱線の中を掻い潜り進む影が…ステュクスだ。全身から魔力の奔流を吹き出しながら飛ぶ彼の姿を見た瞬間悟る。
「貴方覚醒を…」
「カルカブリーナの奴、覚醒してないのに覚醒級に強いからな!こっちも使った!悪いけど長持ちしないから早めに次の案頼む!なんか思いついたんだろ!」
ステュクスの覚醒…『レーテ・クルヌギア』が発動し熱線を掻い潜るだけの力を得たんだ…。そうか、立派になったんだな…彼も。
よし、ならエリスの作戦を伝えましょう!承認欲求を潰えさせる方法ですよね!それならこれはどうですか!
「ステュクス!褒め殺しです!」
「褒め殺し!?」
「そう!褒めて褒めて褒めまくって承認欲求を満たして『もういいかな』って思わせるんです!」
「それ承認欲求の真逆の感情かなぁ!」
「違いますけどそれくらいしか思いつきません!」
二人でなるべく離れないように雨のように降り注ぐ熱線を掻い潜りながら作戦を伝える。エリスの作戦は褒め殺しだ、褒めて褒めて褒めまくって『もういいかな…』と満足させる。そうすればなんかこう…するんじゃないですかね!成仏的なの!
「悪霊じゃねぇんだから満足させてなんとかなるかぁ?」
「いえ!試してみるのもいいかもしれません!エリスさんの言うようにしてみてください!ステュクスさん!」
「しかもやるの俺かよ!」
「エリスだってやったんですからつべこべ言わずお前もやれェッ!!」
「ギャン!?」
ウダウダ吐かすステュクスの尻を蹴り上げてカルカブリーナの元へと押しやる。するとステュクスは熱線を避けながらゴロゴロと転がり…。
「ええい!ままよ!」
「むぅ!私の熱線を掻い潜って…私を見にきたのかい!」
そしてステュクスはカルカブリーナの目の前に飛び出し…。
「いやぁ!カルカブリーナさん!なんかあれっすね!めっちゃいいですね!何がいいかは言えないけど!なんかこう!芸術的なオレンジだ!」
「ッダメだ!アイツ褒めるの下手すぎる!」
ダメだった!一瞬で分かる!ダメな褒め方だ!そうだ…エリスとしたことが失念してた、アイツ褒めるの下手だった!エリスがドレス着た時も『似合わないね』とか言ったりレギナちゃんのドレスも『なんか高そう』とか言ったり…ダメな褒め方する奴だった!
「そ、そうかな」
が!しかし!意外にも好感触!カルカブリーナはなんか嬉しそうにニヘッと笑い攻撃の手を止める。もうカルカブリーナの事なんもわからん!分からんけど!
「ステュクスもっとやりなさい!」
「えぇ…えっと、いやぁ綺麗っすよねこのオレンジ!俺もオレンジ好きだなぁ!」
「そうかい?オレンジのどの辺が好きだい?」
「えっ!?……オレンジなところとか」
「そうかいそうかい!いやぁ気分がいいなぁ!」
「姉貴ぃこれ効いてるかなぁ!?なんか喜ばせてるだけな気がする!」
正直提案しとしてなんだがヤケクソ感が強かったな、ぶっちゃけ効くとも思ってなかったし…。本人には言えないが。
「いいんです!殺しなさい!褒め殺しです!」
「あーもう!凄いです凄いです!めっちゃ凄い!かっこいい可愛い美しい麗しい最高最高超最高ーっ!結婚するなら俺オレンジがいいーっ!」
そしてステュクスもまたヤケクソ、もうめちゃくちゃになって叫び散らし褒め殺しにかかる。これによりカルカブリーナは余計に気分が良くなり…良くなり、うん。良くなるだけだ、もうやめようかな…。
そうエリスが思ったその時、カルカブリーナの反応が少し…変わる。
「い、いや…褒めすぎだ!」
(ん…?カルカブリーナの体…なんかちょっと縮んでないか?)
顔を真っ赤にして首を振るうカルカブリーナの体に少し変化が訪れる。承認欲求が満たされ膨れ上がった筋肉が…若干、ほんの若干縮んだ気がするんだ…。
まさか、効いたのか?褒め殺しが?いや…それなら最初の段階で明確に効果が出てないとおかしい。なんだ…この反応は。
「効いてんのかこれ…」
しかしステュクスはその変化に気がつかない。本当に良く見てないと分からないくらい小さな変化だ…無理もない。だがそこに何か突破口のようなものがある気がして…エリスは再び考えて。
「って!そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだった!」
ふと、意識が戻る。まずい結構時間を使ってしまった!今下はどうなってる!ジャイアントオレンジドラゴンは街にたどり着いてしまったのか!?
「ラグナ達は!」
咄嗟に下に視線を向けると…みんな必死にドラゴンを押し留めているが、ダメだ。効果が薄い!もう街が目の前だ!
時間がない!今すぐにでも奴の弱点を見つけないと!だがなんだ!なんでアイツは褒められて少しだけ縮んだんだ!クソ!時間が足りない!もっと時間がいる!何かをする時間が!
「……ふふふ、お遊びも…これまでのようだね」
「ッ!姉貴!街が!」
カルカブリーナはステュクスに褒められやや照れつつも視線を背後の街に向ける…もうオウロの街が目の前、破壊され…奴に注目が集まり、カルカブリーナがより強くなってしまう。
ラグナ達でも止められないこの巨龍を止めるには…止めるには。
「大丈夫です」
「え?」
ふと、ナリアさんが口を開く。その顔には…微塵も焦りは見られず。
「お願いしてありますから、あの人達に…最終防衛ラインを」
「最終…防衛ライン?……ッ!あれは!」
その瞬間気がつく…ドラゴンが走り、街を目指すその道中。街の目の前に立つ…二人の存在に。
あれは…デティとネレイドさん!?
……………………………………………………………
「来たね、ネレイドさん」
「だね…ナリア君の言った通り、奴は本気で街を壊すみたいだ」
デティとネレイドは街の前に立ち…腕を組みながら待ち構える。二人は既に戦線を離脱し…街を守る最終防衛ラインとしてここにいる。全てはナリア君の言った『ここから敵の動きが過剰になる。僕がエリスさんを助けに行くのでそれまでの間の時間稼ぎをお願いします』と言う言葉に従っての物。
そう、時間稼ぎだ…倒すのではなく時間稼ぎ、ならばやりようはある。
「やるよ!私達の合体技!」
「うん、巨龍を止める」
その為の二人、長い旅の中で絆を培い生み出された魔女の弟子同士の合体魔術。デティとネレイドの二人による合体技にて巨龍を止めるために…二人はここにいるんだ!
「行くよ!魔力覚醒!」
「『虚構神言・闘神顕現』ッ!!」
同時に魔力覚醒を発動させ、デティは光を纏う魔力の化身に、ネレイドは全身から霧を放ち瞳を青く輝かせる。二人の覚醒が同時に力を発揮し大地が揺れる。
だが、ただ覚醒しただけではジャイアントオレンジドラゴンは止められない…ただ覚醒しただけは。ならばこその合体技だ。
「デティ、お願いね……『霧の巨人』!」
まず発動させるのはネレイドの覚醒による霧の巨人化、世界を騙す霧を全身に纏い…それを肉体であると世界を騙し実態を与える。これによりネレイドを包む霧はネレイドの肉体の延長として働く。
屹立するのは白い霧により形成された巨人、そのサイズはジャイアントオレンジドラゴンにさえ匹敵する…がこの霧の巨人には明確な弱点が存在する。
それは、ただ大きくなっただけでパワー自体はさしたるほど変わらない点、そして霧で形成しているが故に脆い点。ネレイドはこれを使い今まで巨大な敵と幾度となく渡り合ったがその戦績は惨憺たる物だった。
だからネレイドもこの霧の巨人という技をあまり信用しておらず、実戦で使うことは少ない…が。
それをなんとか出来る方法があるなら、どうなるだろうか…そう、それこそが…足りないピースを埋めるのが、デティだ。
「行くよーー!!」
形成される霧の巨人の中にデティは潜り込む。今のデティは全身が魔力だ、実体があるだけの魔力だ。それは如何なる形にも姿を変えられる…例えばエリスと組めばその身を一つの魔力としエリスの魔術と組み合わさり内側から強化することもできる。
なら今回も同じだ、霧の巨人を形成する霧は元を正せば魔力…その魔力とデティフローアが溶け合い組み合わさり、生み出された霧の木偶の坊は新たな姿を得る。
これこそがデティとネレイドの合体技…その名も。
「『光の大魔神』!」
右拳を掲げ左手で弓を引くように曲げ霧の巨人の中でグングン巨大化するデティフローアは、瞬く間に霧の巨人と混ざり合い実態を得る。ただの霧でしかなかったそれは光を放ちやがて肉体となり…新たな姿を得る。
簡単に言うと…それは超巨大なデティだ。霧の巨人の魔力に内側から潜り込み主導権を握り、魔力を肉体に再び再形成することにより体そのものを超巨大化させる荒技『光の大魔神』。
これによりデティはジャイアントオレンジドラゴンに匹敵する巨体を得たのだ。
『じょあーっ!』
『ごおぉおおおおおお!!!』
双対する二つの巨影、腕を生やし異形の姿となったオレンジ色の怪物ジャイアントオレンジドラゴンと腰を丸め手を開けて構える巨大デティフローア…それがオウロの街の前で睨み合う。
「なんじゃありゃーっ!?」
「デティが巨大化してるぞ!?」
「何が起きてるんだ…」
その足元で唖然とするラグナ、頭を抱えるメルク、苦笑いするアマルト、そして北辰烈技會を差し置いて…ビックサイズの激戦が始まる。
『ぬぉぅあああああああああ!!』
『たぁーーっっ!!』
ドスドスと土の柱を幾多も上げながら疾走するデティと街を破壊しようと迫るジャイアントオレンジドラゴンが衝突する。巨体には巨体だ、今まで何をしても止められなかったジャイアントオレンジドラゴンが始めて…明確にその進軍を押し留められる。
『やぁーーっ!!』
『ぬぅううううううう!!』
そして真っ向からその突進を受け止めた巨大デティは頭に組み付きながらバスバスとその頭にチョップを加えジャイアントオレンジドラゴンを更に奥へ奥へと押しやっていく。
何が起こっているかは分からない、何がどうなってるかも分からない…だが足元でその戦いを観戦する者達は。
「す、すげぇーーーーーっっ!!」
「なんか良く分かんねーけどかっけぇーっ!!」
『ぬぅううううう!!』
『でゅあーー!!』
巨大対決、それは男のロマン。いつの間にか始まった巨大ドラゴンと巨大小娘の巨大叩き合いに冒険者達は目を輝かせる。
あまりにもヒロイックな光景に蔓延していた絶望的な空気はどこへやら、男達は纏めて歓声を上げ巨大デティフローアの応援に入る。
『ぉあーー!!』
『ぐぉぉおおおお』
「やれーっ!やっちまえー!」
「そこだ!目だ!目を狙え!」
「すげー!!」
「なんなんだこれ」
さっきまで真面目に戦ってたのに、何これ?とヴァラヌスは周囲を見つつも…それでもまだ油断ならない事態である事を察する。
恐らく、あの巨大化は保って数分。あれだけ苛烈な攻撃を仕掛けてもドラゴンにダメージが入っている様子はない、文字通り時間稼ぎにしかなっていない。決定打が必要だ…そしてそれはエリス達が担っている。
(あの巨人が持ち堪えている時間が…最後のチャンスだ…)
『えぇーーーん!』
『ぅぐごぉおぉぉお!!』
そんなヴァラヌスの予測は大方当たっていた、この巨大デティフローアは維持できて三分の大荒技。ましてや戦っているのは喧嘩の経験もないデティだ…ポカポカ殴ったところで倒しようがない。
だからこそ…持ち堪えるんだ。
(エリスちゃん!ナリア君!早く!)
早速息が上がり始めたデティは、それでも賭ける…仲間の勝利に。
……………………………………………
「デティーーーっ!頭殴るのやめてくださいーー!!」
「揺れるーーっっ!?!?」
「おぉぉお!?」
一方デティがしこたまジャイアントオレンジドラゴンの頭を殴ったことによりその頭の上で戦っていたエリス達はもうさっきから転がりまわっていた。エリスもステュクスもカルカブリーナもだ。
だが…いいぞデティ!これで時間が稼げた!
「ッと!デティ…ネレイドさん、流石です!」
デティが頭を殴るのをやめたことにより揺れが収まり、エリスは受け身を取りつつ起き上がる…巨大化なんて凄い技だ。けどあれは時間稼ぎにしかならない、エリスが頑張らないと…そう思っていた。
だがあの巨大化は実はデティの与り知らぬところで時間稼ぎ以外の予想外の誤算を生み出してくれていた…それは。
「うっ!くぅ…力が抜ける!?」
注目により強靭な肉体を得ていたはずのカルカブリーナが元の姿に戻っている。縮んでいる…弱体化しているんだ。
恐らく下で戦っている冒険者達の注目がジャイアントオレンジドラゴンやカルカブリーナから巨大化したデティに移ったから…承認欲求が満たされなくなったんだ。これでさっきみたいな大暴れは出来ない。
だがそれでも、エリス達やデティの注目がカルカブリーナに行っている以上まだ倒せない!だから…。
「姉貴!次の作戦はどうする!」
この作戦を継続するしかない、丁度デティもヒントをくれたんだ…ここは一つ賭けてみるか!
「ステュクス!次は…カッコつけなさい!」
「また俺!?ってかカッコつけ?なんで!」
「デティに注目が行ったせいでカルカブリーナは弱体化しました。もしかしたら自分以上に目立つ存在がいると弱るかもしれない!」
「理屈がわかんねぇ!デティさんが目立って冒険者達の気を引いて弱体化してるだけだろ!?」
「承認欲求ってつまり自分が見られてるって思うことが肝要なんですよね、なら自分以上に目立つやつが目の前にいたらそんな意識もなくなるんじゃないですか?」
「姉貴って本当にこう言う時屁理屈捏ねるの上手いよな!」
「駄々を捏ねない!」
「ぃひー!」
再びステュクスを押し出しカルカブリーナの前に突き出す、…ステュクスには悪いですが実は一つ思うところがあるんです。もしかしたら…と、今までの一連の動きを見ていて感じたことがある…それを試すんだ。
そしてそれは、ナリアさんも同感らしく…。
「エリスさん…」
「分かってます、エリスの推察が正しければ…」
静かに頷きあう…これはエリスじゃ出来ない、ナリアさんも出来ない、ステュクスじゃないとできないんだ…さぁ、行け!ステュクス!
「はぁ〜…こう言う時弟ってのは損だよほんと…」
「何をしに来た…!」
「何ってそんなの…あー……」
チラリとステュクスはこちらを見る、いいからやれ!そうエリスが睨みつけるとステュクスは嫌そーに表情を歪めつつ…。
「……フッ、何をしに来たって?それは…俺がお前の罪を浄化しに来たんだよ」
「は?」
「天に選ばれし麗しき美技を前に貴様は何もすることが出来ないまま、俺の引き立て役になるだろうサ」
何処からか取り出した花を加えパチーン!とウインクを決めるステュクスの極上のカッコつけが決まる…流石だ!エリスが見込んだだけはある!メチャクチャかっこつけてる!それは効くぞ!
「お、お姉ちゃん…」
「弱気にならないで!いい感じです!」
「うう……さぁ!酔いしれる支度は出来たかい?俺の凄絶なるパフォーマンスはお前に息をつかせる間も与えないゼ!」
両指をピッ!と向けるステュクスのポーズを前に…カルカブリーナは呆然と立ち尽くし、そして口を開き…。
「お、お前メチャクチャ恥ずかしいやつだな」
「ウルセェーっ!やりたくてやってんじゃねぇーんだよ!目立つためには仕方ねぇーだろうが!」
正論ぶっこかれた…けど、けれど…。
「ん?お前…なんかちっちゃくなってね?」
「なッ!?」
「もしかして…え?マジ?効いてる?」
効いてるんだ…カルカブリーナの体がさっきよりも小さくなってる!デティの活躍で元に戻って…ステュクスのカッコ付けで余計に小さくなり、今や最初に見た時よりも弱くなってる!弱体化出来てるんだ!
やはり!エリスが見込んだ通り!
「ステュクスのカッコつけならなんかいける気がしたんです!」
「なんで!」
「貴方センスが独特ですしカルカブリーナにも引っかかるかなって」
「なんじゃそりゃ!?」
「でもエリスだけじゃありませんよ、ナリアさんもステュクスのカッコ付けが効くと思ってたんですよね?」
そうエリスがナリアさんに聞くと…。
「え?違いますけど…」
「へ?」
え?違うの?でもさっき頷き合ったじゃん…え?
「僕はステュクスさんのカッコ付けが効くと思ってませんでした…ただ、もしかしたらと思う部分があったので賛成したんです」
「え?俺のカッコつけが効いたんじゃ…」
「違いますよ、最初に言ったでしょ?承認欲求の正反対の感情を相手に与えればいいって…その正体が分かったんですよ」
承認欲求の反対…いや確かにエリスの意見は承認欲求の反対を目指した物ではない、だが事実としてステュクスの目立つようなカッコ付けが効いてるし……。
いや、待てよ。褒め殺しの時に効果があった事、カッコ付けを前にしたカルカブリーナの反応、そして承認欲求の反対の感情…もしかして。
もしかして承認欲求の反対って…カルカブリーナの弱点って!
「エリスさんは気がつきましたか…そうです。承認欲求の反対の感情とは即ち……『羞恥心』です!」
「恥ずかしがる心って事?…あー…そう言うことか、でもなんで俺のカッコ付けで…」
「共感性羞恥ってやつですよ、恥ずかしい人を見ると自分も恥ずかしくなるんです」
「恥ずかしくて悪かったですね、俺恥ずかしいやつなのか…結構カッコよかったと思ったんだけど」
「エリスも」
つまり…承認欲求の反対とは即ち羞恥心。羞恥心とは見られたくない、見てほしくないと言う恥辱の感情。それは承認欲求の見られたい、見てほしいと言う感情の真反対に位置する感情。
褒め殺しの時に少し弱くなったのは褒められて恥ずかしくなったから、カッコつけで弱まったのはステュクスが激烈にカッコ悪くて共感性羞恥で恥ずかしくなったから。
そうか…そうだったのか!エリスてっきり勘違いしてましたよ…そう言う感じか〜。
「あとは簡単です…奴をもうメチャクチャ恥ずかしがらせればいいんです!さぁやりましょう!」
「ですってステュクス、行きなさい」
「順番的に姉貴だろ、行けよ」
「嫌です!エリス恥ずかしい思いさせるなんてやり方分かりませんよ!」
「俺だってわからねぇよ!」
「もー!!仕方ない!僕がお手本見せます!!」
そう言うなり腕まくりしたナリアさんは弱まったカルカブリーナの前に立ち…ストン。とその場で座り込む。
「な、何をするつもりだ…!」
「何もしませんよ…何もね」
そう言いながら穏やかな顔で天を見上げたナリアさんは。
「あの日も、こんな天気のいい日でしたね。アルタミラさん…貴方と出会ったのは」
「は?」
「あの時、路傍で見かけた絵に僕は惚れ込んだんです。まさしく運命だと…その出会いに喜びました。ただ出会い、ただ話しただけで僕はアルタミラさんと言う人に惹かれ多くを語らいたいと思ったんです…貴方もまたアルタミラさんの一部なら、そう思ったんじゃありませんか?」
「え?あ…うう」
語り聞かせ!しかも思い出の!ナリアさんの極上の演技力から発せられるそれは臨場感抜群で本気で語っているように聞こえる。
カルカブリーナもアルタミラさんの一部だ…こう言う話はありがたいだろう…けど。
「い、いや…ここで言う話ではないだろ…」
チラチラとエリス達の方を見てる、そうだ…こう言う話は見られながらする話ではないのだ!二人っきりのムード満点の空気でやるからこそ誤魔化されてなんか感動するわけで、いきなりこう言う場面でされても!剰え関係ない人に見られながらされても!恥ずかしいだけだ!
「なんでですか!僕達はあれだけ語り合ったじゃありませんか!あれは嘘だったんですか!いや嘘じゃない!僕達は心で通じ合ってる!そうでしょう!」
「分かった、分かったから!やめろ!恥ずかしい!」
「おお!マジで効いてるぜ!カルカブリーナのやつどんどん弱くなってる!!あれだけナリアさんに迫られ見られてるのに承認欲求が羞恥心を上回ってるんだ!」
見られている、注目されている…だがそれが恥ずかしいのだ、承認欲求で喜んでる場合じゃない。見られて嬉しいとかではなく今は見ないでくれ!そんな気持ちが上回っているのだ、これによりカルカブリーナは余計に小さく弱くなる…これなんだ、こうすればいいのか!
「よし!次はエリスさんです!」
「えぇっ!?」
「なんでもいいんです!カルカブリーナはアルタミラさんの一部です!今までの旅で思った事を言えばいいんです!」
「思ったことって…」
そんな事急に言われても困るよ…でも、うーん…ならこれを機に一つ聞いてみるか。
「アルタミラさん」
「カルカブリーナだ!」
「いや、これが恥ずかしい話かどうかは分からないんですけど…」
「恥ずかしい話はするな!」
「アルタミラさん、旅の最中も何枚か絵を描いてましたよね」
「み、見てたのか」
その一言だけで更にカルカブリーナが弱くなる。なんで絵を見られただけで恥ずかしくなるんだ…そこは喜ぶところじゃないのか?分からない、分からないけど…。
「いや何枚か貴方の絵を拝見して…思ったことがあるんですけど」
「お、思った事!?き…聞きたくない!」
そう、何枚か見たんだ…たくさん絵を描いていた、風景画、魔獣画、抽象画…色々描いてきた。ただその中で一つだけ見つけた共通点。
……それは。
「アルタミラさん、人物画を描く時…なんでいつも手を後ろで組んでる絵を描くんですか?」
「かはぁーっっ!?!?」
「それは手と指を描くのが面倒だからですエリスさん!指摘しないであげないでください!」
いつもそうだ、手を後ろで組んでたりポケットに手を突っ込んでたり、絶対に手を描かない。でもちゃんと描くときはちゃんと描いてるし描けてる…それはなんで?と聞くとカルカブリーナはドッと汗をかいてみるみる縮んでいく…これでいいのだろうか。
「ゔっ!ぉおっ!し…仕方ないだろ…指とか、上手く描く自信ないし…落書きなんだから、それくらい楽しても…」
と言うか恥ずかしがる以上に普通にショック受けてるな…。
「あと人物画を描く時いつも顔描いてませんけどあれもなんでですか?」
「そ、れは……」
「姉貴やり過ぎだよ、可哀想じゃん」
「うるさいですね!次は貴方ですよ!」
「お、俺?もういいんじゃない?行けそうじゃない?」
「エリスもやったんですから貴方もやるんです!」
「つってもネタないぜ…何すりゃ恥ずかしがってもらえるんだ?」
「そんなの簡単ですよ、エリスが手伝ってあげます」
「え?」
ステュクスを前に出す、恥ずかしがらせる方法が分からないんじゃ仕方ない。ステュクスには悪いがとっておきをやる…これでとどめだ。
「おい!カルカブリーナ!こっちみろ!」
「こ、今度は一体……」
そうカルカブリーナがエリスの声に反応しこちらを見た瞬間、エリスはステュクスの背後に回り…。
「そいッ!」
「はッ!?」
一気にベルトを引き抜きズボンを引き下ろす……そう、ステュクスのズボンを一気に下ろしたのだ。それによりカルカブリーナの視界には…視界には。
「ギャァーーーっっ!?!?」
「ほぎゃぁーっっ!!姉貴ぃーっ!?!?」
効いた、今まで一番効いた。カルカブリーナはズボンが引き下ろされた瞬間顔を真っ赤にして両手で顔を覆い悲鳴をあげ…その身から魔力が消え去る。行った!完全に行った!これなら…!
「エリスさん!今です!」
「はい!冥王乱舞ッ!」
「姉貴恨むからな!」
ステュクスを退かし魔力を充填させ…両目を覆い動けないカルカブリーナに狙いを定める!ここだ…ッ!!
「星線ッ!!」
「ッッしまったっ!?」
飛翔する、天をかける星の線が如き一閃が煌めきと共にカルカブリーナに迫る。奴はようやくエリスの攻撃に気がついたのか咄嗟に動こうとするが、弱くなった体と直前まで目を塞いでいたこともあり…絵の具を出す暇もない!
「終わりだよッ!テメェの承認欲求のツケを!払えッッ!!」
「ッうげぇはぁっっ!?!?」
その一撃は見事にカルカブリーナの腹深くに突き刺ささり、魔力が爆発しカルカブリーナの体を天高く打ち上げ…ジャイアントオレンジドラゴンの頭部の外に押し出し…その身が光り輝く。
「う…うう…見てくれ、見てくれよ…私を…くそ、くそう…せっかく外に出れたのに…こんなのって─────」
「その願いは、誰もが持つものです。けれどそこに傷や破壊が介在すれば…それは否定される物に成り果てるのです」
「うう…がああああああ!!」
そして天に打ち出されたカルカブリーナの体は爆発四散し…その身はオレンジ色の絵の具に変わり弾け飛び跡形もなく消え去る…。承認欲求か、誰かに認められたいって気持ちは分かりますけど…やり過ぎでしたね、カルカブリーナ。
「……エリスも、承認欲求に飲まれないように気をつけないといけませんね」
「ある意味彼女は人間社会と言う構造が生んだ、誰もが持ち得る精神性の在り方なのかもしれませんね」
「いや何カッコつけて終わろうとしてんだよ姉貴!この場で一番恥ずかしい思いしたの俺じゃねぇか!」
「いやいいでしょ、パンツは下ろさなかったんだから。中身まで見せたら可哀想だし」
「そう言う問題じゃねぇんだよオイ!一生恨むからな!」
エリスが下ろしたのはズボンだけ、なのにカルカブリーナは勝手にパンツも下ろしたと思い込んで勝手に恥ずかしかったんだ。悪魔…なんて名乗ってる癖してウブなんだから。
「ともかく!ステュクスとナリアさんのおかげでなんとかなりました…エリス一人じゃどうにもなりませんでしたよ、助けに来てくれてありがとうございます」
「助けにって…俺、姉貴を助けられたのかな」
「ええ、…とても」
今回は。恥ずかしがらずに言える。だって紛れもない事実だから…彼が来てくれなければ、いなければエリスはカルカブリーナには勝てなかった。だからお礼を言う…当然のことですよね。
なんか…小っ恥ずかしい事には変わりはありませんが…。
「…………」
「…………」
戦いの最中はあまり気にならなかったが、やはりこう言う風に口を聞くと…なんだかまだギクシャクする部分はある。
戦ってる最中は共に戦う者として振る舞える、けど戦いが終わればエリス達は姉弟に戻る。姉弟としてのエリス達には…やはりまだ確執がある、と言うより。姉として振る舞っていいかの迷いがあると言った方がいいか…。
「え、えっと…それよりさ!ナリアさん!ジャイアントオレンジドラゴンって…どうなるんだ?カルカブリーナはいなくなったけど…まだオレンジの塗料が消えないぜ?」
「復活する様子もないし…力も弱まってる、ならこのまま倒せるかもしれませんね」
「倒すにしてもこの巨体です、普通に戦っても倒せなさそうだけど…いえ、そこは彼女に任せますか」
チラリとエリスは視線を向ける…そこには未だジャイアントオレンジドラゴンと格闘する巨大デティの姿がある。なら…後は彼女に任せよう!
「デティ!あとは任せました!」
そしてエリスはナリアさん達を抱えドラゴンの頭から飛び降り…後のことをデティに任せる。
………………………………………
『ま、任せたってぇ…そんなこと言われてもぉ…!』
しかし、一方のデティはもう泣きそうだった。だって今までこの肉体で喧嘩なんかしたこともないのに体一つで戦わねばならないんだ、この状態だと魔力が分散しすぎて魔術は使えないし実体化させなきゃ行けない影響で魔力覚醒中みたいに体を魔力に変えて攻撃…とかも出来ない。
となるとこのへっぽこパンチだけで戦わなきゃいけないのだが…いくら弱ってもドラゴンはドラゴン、私一人で倒せるのか!?
『ぬごぉぉおおおおお!!』
『うっ!もう限界かも…ど、どうしたら…』
そしてついに体力の限界が訪れ徐々に押され出す…エリスちゃんはカルカブリーナを倒したけど、私は倒せなさそうだよ!どうしたら…そう叫んだ瞬間。
(なら、変わるよ…今ならいける)
『え?…ネレイドさん?変わるって…』
声が響く、デティの体の中で霧を維持しているネレイドさんが変わると言うのだ。そこで思い出す、この体はネレイドさんの霧と私の魔力を混ぜ合わせ、私の魔力を肉体に変換する覚醒の応用で実体化しているに過ぎないと…なら。
交代できるのか?ネレイドさんに…だってネレイドさんも中にいるんだもん。だったら…。
(デティ!バトンタッチ!)
『うん!お願い!ネレイドさん!』
そうして心の中でネレイドさんにバトンタッチした…その瞬間、巨大デティの姿がモニョモニョと変形し始め…その姿が、形が…デティのずんぐりむっくりした姿から引き締まった筋肉を持つネレイドさんの物へと変わり。
『さぁ巨龍、私が相手だよ…!』
『ぬぉおお!?』
そこから一気に形成が変わる、デティは上から押さえつけるようにジャイアントオレンジドラゴンを押していたのに対しネレイドは深く腰を落とし下から突き上げるように押し出し龍の姿勢を変えるのだ。
ネレイドに変わってもパワー自体は変わらない、この巨人の姿で出せるパワーはデティがさっき出していた力と同等、だが…それでも違う。
『やり方』を知ってる人間とそうではない人間の戦い方は。
『フンッ!!』
『ごぎゃぁっ!?』
そしてそのままバランスを崩させ、ジャイアントオレンジドラゴンの頸椎に一撃、強烈な手刀を叩き込み昏倒させる。今までネレイドがバトンタッチを言い出さなかった理由は一つ。
自分では強すぎて…上に乗ってるエリス達を巻き込みかねないから。だが今はもう違う…遠慮なく叩き潰せる!!
『終わりだ…ッ!!』
『ぬっぬぅうううう!?!?』
クラクラと頭を揺らすジャイアントオレンジドラゴンに組み付き、そのままジャイアントオレンジドラゴンの上半身を釣り上げるように持ち上げ全身を高く頭上の上に上げる…その様はさながら天にそり立つ塔のようであり、天から血を狙う槍のようにも…見える。
巨大化してもやり方は変わらない、いつものやり方と同じだ…同サイズの戦いなら、ネレイドは負けない。何せ彼女はオライオンプロレスリングリーグに於ける無敗のチャンプなのだから…。
『ジャイアント・ポセイドンバスターッ!!』
『ごがぁぁぁあああ!?!?!?』
叩き込む、頭から押しつぶすように地面に叩きつけ大地を揺らしドラゴンの体を自重と重力で叩き潰し、その巨体を一撃で粉砕し…バラバラに吹き飛ばす。
『はい、終わり…』
ぱっぱっと手を叩く頃にはあれだけの無敵さを誇っていたジャイアントオレンジドラゴンは木っ端微塵に吹き飛び光の粒子となって消えていく。
一瞬、世界が静寂に包まれる…何が起こったか分からず、全員が沈黙する。だがそれでも現実は現実、やがて周囲の人達も全てを察し…沸き立つ、沸き始める…喜びが。
「うぉおおおお!!やった!やりやがったーッ!!」
「すげぇマジで勝ったぞアイツ!」
「びくともしなかった巨龍が秒殺ってマジかよ!!」
ジャイアントオレンジドラゴンの消滅、それは冒険者同盟の勝利を意味し……この戦いの終焉もまた意味している。
そうだ、エリス達は…カルカブリーナに勝利したんだ。
…………………………………………………
「いやぁ〜ご苦労ご苦労超ご苦労、みんなよく頑張ってくれたにゃあ〜!ニャッハッハッハッ!」
「お前なんもしてないだろ…」
「何を言うか!我輩ってばずっと後方でみんなの事応援してたにゃ!」
「それをなんもしてねぇって言うんだよ」
それから、カルカブリーナを消し去り街を守ったエリス達はみんなで体を休める為にオウロの街までやってきていた。街の人達も事態には気がついていたようで…次々とみんなにお礼を言われた。
あっちこっちからありがとう!とかあんた達こそ英雄だ!なんて言われてエリスの承認欲求ちゃんも喜んでます。
「ここにいるみんなが頑張ったからこそ、なんとかなった…皆全力を尽くしてくれてありがとう」
本来なら北辰烈技會の頭領たるネコロアが音頭を取るべきなのだろうがこいつは戦闘中全く戦いに参加せず後ろであれこれ指示出しをしていただけなのでその資格はない…という事で今回の戦いの指揮を行ったヴァラヌスが全員に礼を述べる。
オウロの街の広場にぐわーっと集まった冒険者達はヴァラヌスの言葉に同意したり、謙遜したり、色々しつつも…今回の戦いを乗り切れたのはこの同盟のおかげだったと全員が同意する。
いいチームだったとエリスも思うよ、エリス達だけじゃ手が足りませんでしたしね。
「特にエリス君達、君達の活躍は凄まじかった…いつか君達とまた一緒に仕事ができることを望むよ」
「ああ、こっちこそ」
そうしてヴァラヌスとラグナが握手を交わしたあたりで…この同盟は解消ということになる。目的であるジャイアントオレンジドラゴンの討伐も出来たしね…ってことでこれから第二回戦に移るわけだが…。
「みんなー!龍丹草買ってきたよ〜!」
「それなりの数はあった、取り敢えず今回の報酬ということで分配しよう」
街の奥からデティとメルクさんがやってくる、二人にはこの街にある龍丹草全てを買い占めてもらう為お使いに行ってもらっていた。どうやらその甲斐もあったらしく二人の後ろには大きな荷車が引かれている。
オレンジ色の薬草…あれが龍丹草か。
「お?いいのかにゃ?お前らが買った物のはずだにゃ」
「そういうなネコロア殿、貴方は同盟を言い出してくれたおかげで我々はジャイアントオレンジドラゴンに立ち向かえたんだ。ヴァラヌス殿もいい指揮だった、これはみんなで分け合おう」
「ありがたい、巨龍の討伐にかなりの時間を要してしまったからな」
今は二日目の昼、競技時間は三日だから大体エリス達は半分近い時間を浪費してしまったことになる。必要なことだったとはいえ…かなりの痛手だ、だからこうして買った物を分け合った方がフェアってもんだろう。
「どれくらい買えたにゃ?」
「全部で150房だから分け合えばそれぞれ50房だな」
「50かにゃ…若干少ないにゃ、まぁ文句は言えんがにゃ。正規の依頼を受けたわけでもないのにこうしてお礼がもらえるだけでもありがたいにゃ」
この競技は龍丹草一房につき1ポイントだ、だからみんなそれぞれ50ポイント入ったことになるが…そう聞くと若干少ないようにも思える。戦いに参加してなかった無所属チームはもっと稼いでるだろうし…何よりアイツらはもっと……。
『おいおいマジであの龍倒したのかよ!案外やるじゃねぇかよ!』
「む…ッ!?」
そうエリスが奴等の顔を思い浮かべた瞬間、件の男が…街の通りを一人歩きながらやってくる。ポケットに手を入れ余裕綽々といった様子で背中に鎌をくくりつけた姿で、現れるんだ。
誰かって?考えるまでもない…。
「ストゥルティ!」
「へっ、でその報酬が龍丹草50房?しみったれてんな」
「何を…!」
ストゥルティだ、同盟の誘いを不当に断り戦いにも参加しなかった癖して全部が終わってから現れたんだ。当然エリス達も北辰烈技會も赤龍の顎門も怒り心頭だ…こいつ何しにきやがった。
「ストゥルティ!テメェ今更何しに来たにゃ!!街が危機だって時にくだらねぇ意地張りやがって!で全部終わったら揚々と出てくるか!どこまで恥知らずなんだお前はッ!」
「そうですよよくエリス達の前に顔出せましたねこの臆病者のすっとこどっこい!びびってションベン漏らしてた癖に寝言を吐いて!手前のションベンで顔洗って出直しなさい!」
「姉貴悪口上手ぇ〜…」
エリスとネコロアの激怒を受けてもストゥルティはどこ吹く風、ヘラヘラと笑いながら両手を広げ…。
「おいおい、そんな言い草はねぇーんじゃねえの?俺はお前らがミスった時のリカバーの為にこの街に来てたんだよ。言ったろ?お前らが負けたら出るってさ、所謂後詰さ。罵られる謂れはないね」
「後からならなんとでも言えます!どうせエリス達がミスっても何もしなかったんでしょう!」
「はははは!さぁてどうかな」
こいつ…どこまでもムカつくやつだ!やっちまうか!ここで!今なら全員で袋叩きに出来るし取り敢えずボコボコにしよう、まずはそこから話を進めていこう。
「ぶっ潰します!」
「やり合う気はねぇよ、それより龍丹草…それだけで足りんのか?」
「ッ…う」
「急いだ方がいいんじゃねぇの?無所属のチームも周りの龍丹草を集めきってるし、早くしないとお前ら全員50ポイントで終わっちまうぜ」
「そういう貴方はどうなんですか!」
「さぁ〜?どうだろうなぁ〜、じゃあなぁ〜!お互い頑張ろうぜー」
そう言ってヘラヘラ帰っていくストゥルティはそんな言葉を残していく、このままだと50ポイントで終わると…。
「このッ!待て!」
「待つのはお前だよエリス!」
「止めないでくださいアマルトさん!アイツ地獄に送ります!」
「だから!そういうことしてる暇ねぇんだって!アイツの言う通りこのまま行くと俺ら全然ポイント稼げんぜ!」
「う……」
確かに、ここでストゥルティと戦ったらそのままリーベルタースとも再戦だ。そうなると本当に時間がなくなる…悔しいけど今やるべきことはそれじゃないよな。
「すみません」
「チッ、ストゥルティの奴…あの口振り的に相当ポイント稼いでるにゃか?」
「だが報告では奴はサルトゥスの森で待機していたんだろ?そしてその後この街に来た…とてもポイントを稼げているようには思えないが…」
「いやぁ、どうにゃかな。アイツのことにゃ…恐らく、いやきっと…」
ネコロアとヴァラヌスがストゥルティの態度を訝しんでいると…ストゥルティと入れ違えになるように誰かが街の向こうから走ってくるんだ。
「た、大変ですネコロアさん!」
走ってきたのは北辰烈技會だ、それにこの大変です!って言い方…こいつはあれだ、リーベルタースに同盟を持ちかけるようネコロアから言われていた奴だ。ジャイアントオレンジドラゴンとの戦いの時はいなかったからやっぱりリーベルタースのところに行ってたんだろうけど…。
「どうしたにゃ?リーベルタースに断れたかにゃ?それならもう済んだからいいにゃ」
「そうじゃないです!いや断れたんですけど…それよりアイツら、大量の龍丹草を持ってたんです!」
「……やっぱりか、数はどれくらいにゃ」
「見た感じ…300ほど…」
「三百ですか!?」
思わずエリスは口を手で覆ってしまう、三百って…この街ある龍丹草全部集めても足りないくらい大量にあるじゃないか!?そんなたくさんの龍丹草を一体どこから…いやいつ手に入れたんだ!?
「え!?アイツらはサルトゥスの森から動いてないんですよね!?なのになんで…」
「チッ、やっぱり…不正にゃ。アイツら競技が始まる前から龍丹草を隠してたんだにゃ!だからあんな余裕なんだ…!」
「え?でも龍丹草を集めるってのは…競技開始まで分からないんじゃ」
「どーせ運営側につるんでる奴がいるんだにゃ!アイツらそれくらいなら絶対やるにゃ!」
…やはりか、予選の時から想定していたがやはり運営とつるんでいるか。やっぱりアイツ…裏で情報を教えもらって一人だけ事前に準備して競技に挑んでいたんだ。本当に…ほ〜んとうに姑息な奴だ!
「チッ、やられたにゃあ…不正するとは思ってたけどまさか事前にポイントを確保してるとは…こりゃ第三戦の前に言いつけないといけないにゃ」
「待てネコロア、第三戦のことを考える前に今だ。ストゥルティは既に300ポイント確保してるんだろ!急がないと大差をつけられるぞ!」
「もう無理にゃ、今から全員で移動して集めて回っても既に近辺の龍丹草は無所属のチームに根こそぎ取られてる、それなりの数を確保しようと思うと遠方に出向かなきゃいけないけどそんな時間ももうないにゃ。つまりこれはもう終わり…第二戦は捨て試合だにゃ」
「そうはいうが……」
ヴァラヌスは悔しそうだ、ネコロアもこうは言ってるが…悔しいだろう、エリスだって死ぬほど悔しい。エリス達はポイントを捨てでも街を守ろうとしたのに…そこから逃げて悠々自適と隠れてたアイツはズルをして最初からポイントを確保しました、そんな終わり方が認められるわけがない。
なんとか逆転したい…けど、流石に300ポイントは大き過ぎる、オウロの街というここら辺で一番大きな街でさえ150しか龍丹草がなかったんだ、これ以上ドカンと集めようと思うと…。
「ねぇ、ラグナ。いい手はありませんか」
「流石に数がデカすぎるな、ネコロアの言うようにこの競技は捨てになるな…次で巻き返すしかない、悔しいけどさ」
「……悔しいですよ、そりゃ…」
こんなのあんまりにも報われないだろ…みんな命懸けで戦ったのに、戦った果てがこんな終わり方なんて…。
そんなの…認められるはずがない。みんな沈痛な面持ちでどうすればいいか…考えつつも諦め始める。そんな中…。
「んんぅ〜〜……!」
一人、プルプルと怒りに震える者がいる。顔を真っ赤にして拳を握り、ストゥルティ許すまじと激怒するのは…。
「許せん…許せん!許すまーーじ!!!」
「で、デティ…どうしたんですか」
「どうもこうも!何アイツ!自分が勝ち確定だからって頑張った人達をバカにしに来たの!?これでもう少し申し訳なさそうにしてたら溜飲も下がったけどあのバカにする態度ときたらぁ〜〜!!ぬぎぎ〜!!!」
デティだ、ダンダンと地団駄を踏みながら歯軋りをして頭を掻きむしる。もうお手本みたいな怒り方だ…だがその怒りも尤もだ。戦いに参加しなかったのを申し訳なさそうにするならまだエリス達も許せた、だが実際はズルして勝ち確定な上にバカにするように揶揄いにきた。
ゴミクズって言うんですよ、こう言うのを…本当に腹が立つ、腹が立つけどもうどうしようも…。
「許せない!から!向こうもズルするならこっちもするよ!」
「え?ズルですか?」
「うん!本当はこの手は使わないつもりだった…普通にズルっこだからね!けど向こうがその気ならやってやろうじゃん、ズル合戦をさ!」
残り時間も半分を切ったあたりで、デティは決断する。向こうがズルをして、更にそれで勝ち誇るようなゴミクズムーブをするのなら…こっちだってやってやると。
怪しく笑うデティは腰に手を置き…そのズルの内容を口にして──────。
……………………………………………………
第二回戦終了、それは瞬く間にやってきた。ジャイアントオレンジドラゴン襲来以外は特に目立った事もなく全員が着々と龍丹草を集め…期日の三日目の夜がやってきて、第二回戦が終了した。
そうして第一回戦同様、ランキングが張り出されることになる。今回のランキング…ストゥルティは自信があった。事前にガンダーマンから話を聞き制限時間内ではどうやっても集められない莫大な量の龍丹草を受け取り、揚々と競技に参加した。
嬉しい誤差としてライバルだった北辰烈技會やエリス達ソフィアフィレインも今回は巨龍騒動に巻き込まれて競技中半分は動けずロクに龍丹草を集められていない。
無所属達が必死にオアシスの龍丹草を集めたそうだがそれでも精々数十ポイント程度…これでリーベルタースは一気に一位に返り咲くことになる。
そう確信して、ランキングがアウグストゥス大広場に張り出される未明の朝、ストゥルティはランキングの掲示板を確認しに行き…そして。
「は?」
口を開き、瞳孔を開き、巨大な掲示板に貼り出されたそれを見て…愕然とする。だってそこに書かれていたのは…。
『一位・ソフィアフィレイン:獲得ポイント総数(230+500)730』
『二位・北辰烈技會:獲得ポイント総数(180+500)680』
『三位・赤龍の顎門:獲得ポイント総数(50+500)550』
『四位・リーベルタース:獲得ポイント総数(190+300)490』
………そんな結果が目の前に広がっていたからだ。ソフィアフィレイン達三つのチームが、全員500ポイント追加して…リーベルタースを抜き去り置き去りにしていたんだ。
「な、なんじゃこりゃあ……」
勝ったと思っていた、残り半日程度じゃ300ポイントなんて集められるはずがないと。だから余裕をぶっこいて遊んでいた…が、実際終わってみればなんだこれは。
全員500ポイント獲得してる、つまり合計1500房の龍丹草をどっからか集めてきたことになる。だがこんな量の龍丹草集められるわけがない、東部にそれだけの龍丹草があるとは思えないし例えあったとしても制限時間以内に集められるわけがない。
やられた、何かやられた。何をやられたかは分からないがストゥルティ達がやった不正以上の何か…とんでもないズルをされた。でなきゃこんな数字あり得るわけがない、なんなんだこれ、訳がわからない。
分からないが…それでも、言えることは一つだけ…。
「ぐっ…クソがァッ!!!クソクソクソクソッ!どうなってんだよ!?これは…どう言うことだ!!」
リーベルタースは第二回戦を…大惨敗で終え、一気に首位争いから陥落してしまったと言う事実だけだった。