649.サトゥルナリアとルビカンテ
「まずは自己紹介を…私はアルタミラ・ベアトリーチェ…であり、君達の言う…ルビカンテ・スカーレット。魔女排斥機関マレフィカルムの八大同盟『至上の喜劇』マーレボルジュを束ねるリーダーだ」
承認欲求の悪魔カルカブリーナ、そして東部に現れたジャイアントオレンジドラゴンを倒すため北辰烈技會達と同盟を組んだエリス達。しかしその最中に発覚したのは…アルタミラさんと八大同盟『至上の喜劇』マーレボルジュの盟主ルビカンテとの関係。
アルタミラさんはルビカンテの何かを知っている、ともすれば何か関係があるかもしれない…そう感じたエリス達は彼女を尋問することにした。
のだが…そうして出てきたのは想定外も想定外。突如として苦しみ出したアルタミラさんの髪が真紅に染まり、無感情な彼女の顔は狂気に染まり…顔つきは変わらぬというのにまるで別人のように変貌し、ルビカンテを名乗り始めたのだ。
驚異的な変身…それを前にしたエリス達は呆然と口を開く。
「どう言うことだ…」
どういう事とはそのままの意味、今さっきまでアルタミラさんだった人間が…ルビカンテを名乗り始めたのだから。ルビカンテと関係があるどころか…ルビカンテそのもの?なんで事実を突きつけられたどういうことと言いたくなる。
そんな質問を前にルビカンテはニタリ笑う。
「簡単な話、君達はみんな私の性質を理解しているはず。私は人格を切り分け体外に排出し一時的に別個体として動くことが出来る、我々は個ではなく肉体を共有する群であり一側面しか持たない平面的な存在ではなくさながら六面体の如き多角性を持つ、そう言うことですよ」
「いやわけがわからねぇ!アルタミラがルビカンテだったって…!?つーかお前はなんなんだよ!」
「だから…逆だよ、アルタミラがルビカンテなんじゃない。ルビカンテがアルタミラだったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間…エリスは一つの考察を得る。まさか…アルタミラさんとルビカンテの関係って。
「目は気がついたようだ」
チラリとルビカンテはエリスを見てニタリと笑うと…。
「そう、『怠惰』の感情がグラフィアッカーネだったように、『承認欲求』がカルカブリーナだったように!私ルビカンテは『狂気』の人格なのさ…だが、それぞれの感情人格がそれぞれの名を名乗るなら、大元となった人物の名前はなんだと思う、誰だと思う…そう、それこそが」
「…アルタミラ・ベアトリーチェ……もしかして、全ての人格の発生源が…アルタミラさん?」
「然り、アルタミラは所謂ところの多重人格者…私やカルカブリーナ含め感情の悪魔達を内に飼う者、それがアルタミラ・ベアトリーチェさ」
つまるところ…ルビカンテもグラフィアッカーネもカルカブリーナも人格でしかない。人格とは肉体に宿る物、人格は人間に宿る物。なら…一番最初に生まれ落ちた人間としての名前があって当然。
それこそが…アルタミラ・ベアトリーチェ。ルビカンテとはアルタミラの狂気の名前、ルビカンテを寄生虫とするならアルタミラは宿主…元々はアルタミラという人間から全てが始まっていたんだ。
「…………」
そして、この話をナリアさんだけは知っていたようで…ゴクリと喉を鳴らしている。いや或いは聞かされていた話の整合性が取れて『そういうことだったのか』と合点が入っている顔か?あれは。
「だからアルタミラを責めないでやってほしい。私はアルタミラの中に住まう狂気でしかない、だがアルタミラという絵画を構成する色の一つである私とは即ちアルタミラであるのだからアルタミラを憎んでやってほしい…!」
「意味わからねーよ、どういうことなんだよ!アルタミラはただの画家じゃないのかよ!テメェのいう事が確かならアルタミラの中にある感情の一つが八大同盟でなんで盟主をやってんだよ!」
「色々あるんだ、色々ね。アルタミラは私がマレフィカルムで活動していることは知っているだろうが…彼女に私は止められない、世に破壊という名の絵筆を走らせていることを知りながらも何も出来ず私から目を背けている事が罪だというのなら断罪すればいい」
あまりの話にエリス達は混乱する、ルビカンテはアルタミラさんの中にある狂気の人格…それがマレフィカルムで八大同盟の盟主をやってるんだ。一体どういう事なのかまるで分からない、そうエリス達が混乱していると…。
「ちょっと待ってよ」
口を開く、デティが……。
「第一前提として…そもそもおかしいよ」
「何かな?」
「二重人格多重人格というなら話はわかる、けどその人格が一個人として確立し現実世界に表出するなんて話…聞いたこともない。人格を体外に排出するなんて魔術もない。アンタってアルタミラの人格の一つなんだよね…ならアンタも外に出れるの?」
「勿論、私はアルタミラの狂気だ。アルタミラの中には無数のアルタミラがいる、怒りのマラコーダ、悲しみのスカルミリオーネ、楽しさのファルファレルロ、喜びのアリキーノ、みんなアルタミラであって私であり、誰でもない。それをここで出せというのなら出せもする」
「どうやって…?多重人格はその人の別側面であって別人じゃない。あんたのその言い方だと…アルタミラは完全に魂を複数分割してることになり、人格の表出はつまり魂の体外排出だよ。出来るわけがない…」
人格とはその人の別側面であってその人そのものだ、だがルビカンテの話を聞いていると完全に別の人間がアルタミラの中にいて、そしてそれらが別行動しているんだ。剰え外に出て…それはあまりにも荒唐無稽な話すぎる。
一体どうやって、人格が外に出ているんだ…そう聞くとルビカンテは肩を揺らして笑い。
「んふっふっふっ、まぁ…そうだね。確かに別人格…と言うとやや語弊があるかもしれない、だが事実別人格というより他ないんだ…けど確かに私達は『アルタミラの感情そのもの』と言うだけではない、私達はアルタミラの中にあるとある物を媒介として存在を確立している…自我の獲得を行なっている」
「それが何かって聞いて────いや、待って。事例はないけど…もしかして」
「分かったかい目の一人、そう…私とはつまりアルタミラの中で生まれた確立存在、簡単な言い方をすると…ん〜そうだな」
何かに気がついたデティ、そして楽しそうに言葉を探すルビカンテ…そして彼女はこう告げる。自分はアルタミラ人格だが、アルタミラの中にあるある物を媒介に切り分けられた一人格として自我を確立していると…それはつまり。
「言い方を変えよう…私はアルタミラの中にある『意志を持った魔力覚醒そのもの』だと」
「い、意志を持った…魔力覚醒?ちょっと待て、アルタミラって魔力覚醒してんのか」
「そもそも魔力覚醒が意志を持つってどう言うことですか…」
「そのままの意味だ、私は…私達はアルタミラが行った魔力覚醒『La Divina Commedia』そのものだ。彼女は無意識に無自覚に常に魔力覚醒を行い…そして解くことの出来ない覚醒に囚われている」
するとルビカンテはエリス達に対し、目を細め…懇々と語るように口を動かし続け。
「アルタミラはね、自覚こそないが魔力分野に関しては天才的な才能を持っていた…それを自覚なしに持っていたからこそ他者とは違う芸術的観点を持っていたとも言える。魔術こそ修めなかったが代わりに芸術に関しては究極とも言える程に高められた、神の如き領域に入った芸事の見識が…彼女を覚醒へと導いた」
「あり得るんですか、デティ…自覚なく魔力覚醒を会得するなんて」
「本来ならあり得ない、魔力を鍛えず覚醒するなんて例は…『殆ど』ない。けど唯一ある例から考えるに…アルタミラという人物が人智を逸する才能の持ち主だったなら、芸術の究極化に伴いある種の答えを得て、覚醒へと至る可能性は…ある」
「唯一の例……あ」
あるんだ、一切修練を得ずに覚醒へと至った例が…そう。
シリウスだ、奴は本人曰く全く修練を行うことなく第四段階まで至ったと言っていた。つまりアルタミラさんはそこまで行かずとも有史以来唯一シリウスに追従出来るほどの才覚の持ち主だったのかもしれない。
ただ両者に違いがあるとするなら、シリウスはその才能に自覚があり魔術という分野を拓いた。対するアルタミラさんはその才能に自覚がなく、芸術と言う分野で己を研ぎ澄ませ覚醒へと至った。…羨ましい限りだ、こっちは死ぬ思いで覚醒を会得してるのに…これが才能か。
「ただ自覚もなく力を得た結果、覚醒は魂の中に影響を齎した。元より魂に影響を与える覚醒だったからこそ彼女に訪れた悲劇をきっかけに目覚めた覚醒は…彼女の中で膨れ上がった人格に自我を与え、一個人として存在させるに至った…それが」
「ルビカンテ…貴方ですか」
「そう、私は覚醒しているからこそ外に出られる。まぁ覚醒の力の一端のおかげということだ、私もカルカブリーナも含めみんな魔力事象というやつだね、あるだろ?覚醒の中には自己を増殖させる物も…それと同じさ」
つまり、ルビカンテ・スカーレットとは生きた人間ではなく…『意志を持った覚醒』の名前ということか。ルビカンテの話を鵜呑みにするならアルタミラさんを襲ったとある悲劇を起因とし突如目覚めた覚醒が魂を変容させ、人格に自我を与えた。
自我を持った人格は覚醒そのものを占有しており、アルタミラさんの意思とは無関係のところで動くことが出来るようになり…アルタミラさんの中に残り続けたと。
なんと恐ろしい話だ、アルタミラさんは自分の中にルビカンテという怪物を飼っていたのか…。
「分かってもらえたかな?アルタミラは悪くない…悪いのは私だ、そして私とはアルタミラであり悪いのはアルタミラだ。アルタミラを憎んでほしくない…憎むなら私を憎め、憎むなら私というアルタミラを恨め、君達に全てを話したのはアルタミラの無罪を証明したいから、そしてアルタミラが如何に罪深いかを理解してもらいたいからだ」
「言ってることがめちゃくちゃですよ…!」
訳がわからないが、一つわかることがある。アルタミラとルビカンテは別物だ、同じ体を共有するだけの別人だ…だって彼女は、ここまで悪辣に笑わない…!
「……出ていってください」
すると、そんな中…ルビカンテに相対する者がいる。ナリアさんだ、彼は怒りに拳を握りながらプルプルと震え、ルビカンテの前に立つ。
「なにかな」
「出ていってください、貴方達…外に出れるんですよね、なら出てください。今すぐアルタミラさんの体から出ていってください」
「確かに外には出られる。だが他の肉体という依代がない限り人格単体で外に出た場合一週間もしないうちに消えてしまう。グラフィアッカーネは強引に他者の体を奪うことで生きながらえたが無理矢理外に出たカルカブリーナは…一週間もしないうちに消える。私たちも消えたくない」
「うるさい…うるさいんだよッ!消えろよ!じゃあ!!」
するとナリアさんは珍しく激昂しルビカンテの胸ぐらに掴み掛かり牙を向くように口を開き怒号を上げる。
「アルタミラさんは!僕達と出会ってから努めて感情を外に出さないよう!無感情になるよう努めていた!それはお前らが内側にいるからじゃないのか!本当は感情豊かなあの人がああも冷たく振る舞っているのは!!お前らが表出化しないようにしているからじゃないのか!」
「んふふふふふっ!!ああそうだ!!アルタミラは君達を守る為に周りの人間を守る為に私達という感情を外に出さないように閉じ込めていたのさ!君達が感情を掻き回す都度彼女は地獄の苦しみの中で耐えていた!全ては!君達を愛おしいと思うからこそ!」
「お前がいなけりゃそうはならなかったんじゃないのか!!だったら出ていけッ!今すぐ!アルタミラさんの中から!」
「私はアルタミラだ!なら私も愛せよ…サトゥルナリアァッ!!!」
「うるさいッッ!!!」
「落ち着けナリア!!」
そのままルビカンテを押し倒そうとするナリアさんに更にナリアさんを煽るルビカンテ、両者がもつれあい始めたのを見てみんなで止めようとした…その時。
「おい!なんの騒ぎにゃ!さっきここから凄い魔力が!」
───ネコロアだ、ルビカンテの魔力を感じ取って馬車の中に突っ込んできたのだ。まずい、ルビカンテの存在を見られるわけには…。
「え?」
しかし、ネコロアが入ってきた瞬間…ルビカンテの赤髪は一瞬にして消え去り、アルタミラさんの灰色の髪色に戻り、狂気に染まっていた顔はいつもの無表情に戻っており、先ほどまでの話が嘘のように場が静まり返る。
「や、やめてください…ナリアさん」
「え、…え?アルタミラさん?」
「なんにゃ?喧嘩かにゃ?お前らにゃあ…チームメンバー独りをみんなで甚振ってるにゃか?」
ネコロアの目にはそう映るかもしれない、だが違うんだ…そうじゃない。実は今ここに…そうエリス達が説明しようとした瞬間…エリス達の目には映る。
ピクリとアルタミラさんの指先が彼女の意思に反して動き、人差し指が立てられ…まるで『何も話すな』とばかりに振るわれるのを。もしここで話せばルビカンテはここで暴れ出す、八大同盟の盟主がここで暴れれば…ジャイアントオレンジドラゴン討伐どころではなくなる。
何も…何も言えなくなる。
「…………」
「喧嘩ならいい加減にしておくにゃ、ってか宴会に参加しろ。分かったにゃ?」
「え、ええ…すみません」
「んじゃ、我輩は酒飲んでくるにゃ」
立ち去るネコロアの姿を見て…エリス達は悟った。アルタミラさんが今までこの事を話さなかったのが、エリス達に黙っていた理由が。
ルビカンテの意思はアルタミラの意思よりも強い。外に出るのも中に隠れるのも自由自在なんだ、だからいくらでも取り繕えるし…後からいつでもなんとでも出来てしまう。だからアルタミラさんがエリス達に全てを話しても…ルビカンテは今みたいに簡単に誤魔化せてしまう。
きっと、今までそんな事を繰り返したんだ。アルタミラさんが助けを求める都度にルビカンテはそれを潰した…それを繰り返しているうちに、アルタミラさんは助けを求めることすら諦めて。誰も関わらせないよう自らの秘密を喋ることすら諦めた。
「………ッ…!」
「私がこうして表に出てしまった以上、もう取り繕うことはできない」
「ぐっ……」
気がつけばアルタミラさんの髪は再び赤く染まり、片手でナリアさんを押し退け再び椅子に座り直す。
「カルカブリーナの暴走は私にとっても想定外だった、消してもらうことに関しては何も言わない。だがカルカブリーナの話をアルタミラがするのも想定外だった…何事もなければ私も君達に干渉するつもりもなかったから…だが、そういうわけには行かなくなった、そうだね」
「……ええ」
「だけど私は戦いたいわけじゃない、だから取引をしないか」
「取引?」
「私はもう二度と君たちの前に顔を出さない、だから君達も私と戦おうとしないでほしい」
「…………」
そういうわけには行かないだろ、お前がそこにいるなら戦わないと…って思ったけど、別にこいつ自体は何もしてないな。イシュキミリみたいに嘆きの慈雨を使おうとしたりオウマみたいにヘリオステクタイトをぶっ放そうともしてない。
他の八大同盟は良くも悪くも止めなきゃいけない理由が八大同盟であるからという理由以外にもあった、だがルビカンテにはない。こいつが何かを企んでいたとしてもエリス達はそれを知らない以上…今ここで是が非でも戦わなきゃいけないわけじゃない。
「ラグナ……」
「もう二度と、顔を出さないのか?」
「ああ、寝首もかかないと約束しよう…その方がアルタミラにとってもいいだろう」
「別に俺たちはそれでいいけど、お前はいいのかよ。八大同盟だろ?マレフィカルムだろ?」
「別にいい、興味もない。ただ私は自由であれる場所を探した結果マーレボルジュという組織を求めただけ、魔女排斥にはハナから興味がありません」
恐らくこれは本当だ、だってルビカンテはさっきからエリス達に対して身の上話をするばかりで攻撃を仕掛けてくる様子はない。本当に敵対するつもりがあったなら…今までの旅路でいくらでもチャンスがあった。
なのにそれをしなかったということは、これからもそれをする気がない…ということだ。
「分かった…受け入れる。今ここで俺達もお前と事を構えたいわけじゃない」
「ありがとう、真摯に話してみるものだ…それなら───」
「お前は……」
しかし、その話が纏まりかけた瞬間…ナリアさんが口を開く。ルビカンテに押し退けられた彼は…拳を握りながら、ルビカンテを睨み。
「まだ何かあるのかなサトゥルナリア君」
「お前は、なんなんだ。ルビカンテ…お前は自分を『狂気の感情』だと自称した、けど狂気なんて感情は存在しない」
「…………」
「狂気とは精神のアレルギー反応だ、全ての感情が持ち得る過敏にして過剰な性質の事だ、狂気は感情じゃない…なら、お前は狂気の感情じゃなくて、もっと別の感情から生まれた存在じゃないのか」
「……それを聞いてどうするつもりかな?」
「教えろ、お前はなんなんだ!一体なんの感情なんだ!!」
「私は狂気さ、そして芸術家アルタミラの中に生まれた原初の感情」
「……覚えておけよルビカンテ、僕はお前を許さない。いつかお前を消してやる」
「ンフッ…んふふ、あははは…アハハハハハッ!イヒッ!イヒヒヒヒヒヒヒ!!ゥワハハハハハハ!!」
ナリアさんの瞳と言葉を受けたルビカンテはこれ以上ないってくらい嬉しそうに、楽しそうに笑い手を叩き仰け反りながら天に向けて吠えるように笑い…笑い。
「イヒヒヒヒヒヒヒ………ぁ……う…」
笑い尽くし…再び髪色が変わる。元に戻る……アルタミラさんの姿へと。消えたか…いや、内側に戻ったんだ。奴は以前としてアルタミラさんの中にいる…中でエリス達を見ている。
気味が悪いが、ナリアさんだけはそんなこと気にせずアルタミラさんに駆け寄り。
「アルタミラさん!」
「ナリア…さん、私は……」
「大丈夫です、大丈夫ですから…!」
ただ一人、アルタミラさんを抱きしめに向かうナリアさん。エリスはそんな彼の背に気迫を見る、沸々と燃え上がるような何かを見る…今、サトゥルナリアという男が燃えている。
「……ルビカンテが全てを喋ったようですね。奴が語ったことは…きっと全てが事実です」
それでもアルタミラさんは青い顔のままエリスたちを見て…言うのだ。こうして見ると同じ人間が喋っているように見えない、本当にルビカンテはアルタミラさんとは別存在なのだろう。
そして、彼女は怯えている…きっともう何度も経験した事を、今繰り返そうとしている。
「私は、皆さんの敵です。カルカブリーナを産んでしまったのも私です…だから、すみません。殺すというのであれば…如何様にも。私が死ねばルビカンテも死にます」
「そういう考え方は好きじゃねぇな…」
ラグナはアルタミラさんの言葉を拒絶する。確かにアルタミラさんを殺せばルビカンテも死ぬだろう…なんせ体を共有しているんだから。けどそういう自己犠牲とか身を挺してとか…そういうのはラグナ嫌いなんだ。
「けどルビカンテは恐ろしい奴です…私は、何度も…」
「だがアイツは何もしないって言ってるしな…そもそも敵意も感じなかった」
「それは……」
ラグナはルビカンテと事を構えるのに消極的だ、というのも今現在エリス達は完全に手一杯に近い状態にある。すぐそこにはジャイアントオレンジドラゴンとカルカブリーナ、その向こうにはリーベルタース、更に王都に帰ればフォルティトゥド…ここに更にルビカンテと言う強大な敵を抱えれば完全に四方を囲まれることになる。
信じられるかどうかではなく、ルビカンテが手出ししないと言っているのであれば今は無闇に刺激すべきではないのだ。
しかし、それはあくまでラグナの考え方であり…彼は違う。
「問題ありません、僕がなんとかします」
「ナリアさん…?」
ナリアさんだけはアルタミラさんの問題に真っ向から向かい合う、ルビカンテと言う狂気と向かい合うんだ…けど。
「どうするつもりだ、ナリア…」
正直、今ここでルビカンテと戦います!…と言っても、問題が解決するとは思えない。きっとエリス達八人でかかれば倒せるかもしれないが、倒してどうする。ルビカンテの肉体はアルタミラさんの肉体だ。それはつまりアルタミラさんと言う自分ごとルビカンテを殺せと言う言葉に従うに近い。
なら、触らないほうが得策じゃないかとエリス達は思うわけで…。
「どうするもこうするも、アルタミラさんの中からルビカンテを消し去るんです」
「そんな事が可能なのか?」
「ナリア君、魔術師的な観点から言わせてもらうけど…人間の人格を消し去るってのは物凄く危険な事なんだよ。もしかしたらアルタミラさんにも影響が出るかもしれないし今回の件は更に特異な事情が重なってる…だから、その……」
「別にそんな難しい事をするつもりはありません、腕っ節でルビカンテを叩きのめして追い払おうとか…そう言うこともするつもりはありません。実際彼女は手出ししなければ敵対しないと言っていましたから…そこを違えるつもりもありません」
「なら一体……」
「……アルタミラさん」
するとナリアさんは数秒考え込むように目を伏せ、もう一度アルタミラさんに視線を向けると。
「アルタミラさん、僕を信じてくれますか?」
「え?……」
「僕が、貴方の中にいるルビカンテを消し去ると言ったら…信じてついてきてくれますか?」
「……そんな事、出来るわけ…」
「なら今それを証明します。ついてきてください…」
そう言うとナリアさんはクルリとエリス達に背を向けて馬車の外に向かって行ってしまう。一体何をするつもりで何を考えているのか分からないが、エリス達は皆視線を合わせ…小さく頷く。
ナリアさんはアルタミラさんを助けたがっている。そこにルビカンテだの今の状況だのと色々な話が重なってややこしくなっているが、エリス達だって本音を言えばアルタミラさんを助けたいしナリアさんを支えたい。なら今彼がしようとしている事を見届け…エリス達もそれを支持しよう。
「行きましょう、アルタミラさん」
「でも……いえ、はい…行きます」
エリスはアルタミラさんの手を取り…馬車の外へ向かい、宴会の場へと歩みを進めるのだった。
……………………………………………………………………
「あれは……」
馬車の外に出ると、ナリアさんは早速行動を開始していた。皆が酒を飲み、飯を食らい、大騒ぎする喧騒の中をただ一人歩き…運んできた木箱をお立ち台に宴会場の中央をすえるように立つ。
『おお!なんだなんだ!』
『お立ち台なんか用意してなんかするのかー!』
酒に酔った冒険者達は一人立つナリアさんを囃し立てる。されどナリアさんはそんな喧騒を無視して…馬車の前に立つエリス達やアルタミラさんを見据え『よく見とけよ』とばかりに頷くと。
「ソフィアフィレインのサトゥルナリアです!今から皆さんの宴会に花を添える為芸をしたいと思います!」
『おおー!いいねぇー!』
『どんな見せてくれるんだー!笑えるやつで頼むぜー!』
『ヒューヒュー!』
芸をする、そう言ってにこやかに手を掲げたナリアさんは…そのまま胸に手を当て。大きく息を吸うと…。
「すぅ……ラァ〜〜〜……」
響き渡る美声…これは、歌か。
『歌?ってかこれ…』
『すげぇ綺麗な声…まるで楽器だ』
歌だ、歌詞があるわけじゃない。まるで舞台上に響き渡る祝音の如き美声によるナリアさんの歌は一瞬にして場を掴む。笑える芸を想像していた冒険者達は一瞬にして息を飲み黙り込む。
黙らせた、観衆を。一撃で…歌だけで。
だが、どうすると言うんだ。ナリアさんは示すと言った…それは彼の在り方ではなくルビカンテと言う存在の解決法の筈だ。これがルビカンテをどうにかする方法に繋がるのか?
『ラァ〜〜〜……』
「綺麗……」
ふと、月のスポットライトを身に浴びて輝くナリアさんの姿を見て、アルタミラさんは呟く。その顔には…先程までの絶望も悲壮も見られない。
そんなアルタミラさんの顔を見ていたら…ふと、気がついた。もしかしてナリアさんは…。
(まさか、ナリアさん…貴方)
「コホン!ご清聴ありがとうございます、次は吟遊詩人の真似事を一つ。海の魔物に挑む海賊と冒険者の話を!」
今度は詩だ、腰を下ろして語り始める。歌の次は言葉で観衆の心を掴む。
「あるところに海洋一を名乗る海賊と、海の果てを目指す若き冒険者がいました。二人はひょんなことから出会い……」
彼の語り口は文字通り息を呑むほどに空間に馴染み広がっていく。冒険者達は誰も何も言わずに注目し、口元に運んだ酒を溢してしまう程に集中しナリアさんの話を聞く。
「……そうして二人は友情を深め!恐ろしき赤き海の魔物へと再び挑む!されど海の魔物は手強い!次第に追い詰められていく二人!だがそこに!」
『…………』
手に汗を握る語り口、講談…と言うやつなのかな、見たことないから分からないけど。にしてもナリアさんは凄いな、だって彼さっきから……。
「そして遂に海の魔物は打ち滅ぼされ、海は人の物となり平和が訪れたのでした……さて!次は皆さんお待ちかねの笑えるものを一つ!僕の魔術陣で空に絵を描きましょう!」
そう言いながら用意してあった紙を空に投げ、空中で爆発を起こし光の粒子をキラキラと降り注がせる。まるで花火のようなそれを前に冒険者は喜び興奮する。
そうだ、やはり凄い。彼はさっきから『身一つで観客の心を動かしている』…歌で感動させ、語りで興奮させ、芸で笑わせる。今この数分で一体何度観客の感情はナリアさんによって書き換えられた?何度ナリアさんによって動かされた。
これが俳優サトゥルナリアの芸の極致にして美の真髄、それを見せる術策…合わせて芸術にして美術、画家が絵を描くように歌人が歌うように、彼にとっては彼自身が一つの芸術作品なのだ。
「はい!水龍の舞ッ!」
『うぉーっ!すげぇーっ!』
「これより天に花をさせましょう!」
『アレ魔術か!?メチャクチャすげぇな!』
「さてお次は何を見せましょう!」
「…………」
ナリアさんが、何を伝えたいか…エリスは分かった気がした。それからナリアさんは音楽を口ずさみながら踊り観客を楽しませ、一人でその場で演技をして観客を泣かせ、終いには一言も発さず動き一つで観客を笑わせ…凡ゆる芸を用い凡ゆる感情を引き出して。
「ではこれにて!お粗末さまでした〜!」
『もっと見せてくれよ〜!』
『流石だサトゥルナリア!君こそ天下一の役者だ!』
「あはは!もっと見たければ明日の戦い!無事生き延びましょう〜!」
そう言ってお立ち台を降りて名残惜しむ観客達に手を振って別れ…彼はこちらに歩み寄る。観客に向けていたにこやかな笑顔から一転、エリス達の前に立つなり彼の顔は深刻そのものに変わり。
「見ていただけましたか?アルタミラさん」
「ええ、凄かったです…とても。私ここまで凄いと思ったのは初めてで…」
「ならよかった」
アルタミラさんは興奮している、それほどのものを見せられたからだ…でも。
「待てよナリア、確かに凄かったが…今のやつがルビカンテとどんな関係があるんだ?」
そうラグナは聞くんだ、ルビカンテと今の行いが結びつかないと…でもエリスは分かりましたよ。多分…今のは例を見せたんだ。
「…ラグナさん、今のは一例を見せたんです」
「一例?」
「アルタミラさんの顔を見てください…さっきまでと違うでしょう?」
「え?…あ」
ラグナはアルタミラさんの顔を見て驚く、アルタミラさん自身も己の顔を触り…驚く。そうだ、目に浮かんでいた涙が消えている、顔色も良くなっている。ナリアさんの芸を見たからだ。
「アルタミラさんは辛い現実を突きつけられて、絶望していました。ですが辛い現実は楽しさで塗り替えられるんです」
「悲しさを…感動で塗り替えるように…?」
「そう、人の感情は…変えられる。ルビカンテも何かしらの感情から生まれたものならば、その感情を塗り替える事が出来たならきっと消し去れます、奴が感情ならば…そうすれば戦わずに消し去れるんです」
「出来るのかよ…あんな強い力を持った感情を…消し去るなんて」
「出来ますよ、役者は夢を見せる生き物です…悲しい夢だって楽しい夢だって見せるのが仕事です。そして何より…僕はサトゥルナリアですよ、だから大丈夫です」
役者とは見る者の感情を揺さぶり凡ゆる感情を与える力を持った存在であり、であるならば感情そのものであるルビカンテを消し去ることできる。そして…例えルビカンテが如何に強力な存在でも、どれだけ抵抗しても関係ない。
ここにいるのはサトゥルナリアだから。役者の中の役者…世界一の大役者サトゥルナリア・ルシエンテスなのだから、その名にかけて必ずやルビカンテを消し去ってみせると…そう言うんだ。
それを言われたら、誰も何も言えないよ。だって今それを見せられたんだから…身一つで数千の観衆の心を動かし自由自在に操ってみせたナリアさんの腕前を見せられたら何も言えないよ。
「その為にはルビカンテがなんの感情から生まれたのかを割り当てる必要があります。だから今まで以上に…僕と一緒に居てもらうことになります。アルタミラさん…僕を信じてくれますか?」
「ナリア…さん。どうして…そこまで、私は貴方を騙していたんですよ、この身は罪に犯され魔女排斥すら導いた存在、なのに!」
手を取る、まるで黙らせるようにナリアさんはアルタミラさんの手を取り…キッと目で訴える。関係ないと…。
「貴方が誰で、何をして、何をしてきて、何を抱え、何を思い、何の為に拒絶するかなんて関係ありません。僕は一人の芸術家としてアルタミラ・ベアトリーチェの生み出す絵に惚れ込んだんです!だから助けるんです!エトワール人にそれ以上の理由が必要ですか!」
「ッ……ありません、…ね」
「だから任せてください、芸術家の貴方を…僕の芸術で救います!それが僕の戦い方だから!」
サトゥルナリアが持つ最大の武器である芸術で、人を救う。それは他の誰にも出来ない、エリス達にも出来ない、ナリアさんだけの助け方。
狂気の芸術家ルビカンテと相対し得るのは…唯一、同じく至上の芸術家たるナリアさんだけなのだ。
「……ありがとう、ナリアさん」
「ええ、任されました。そして…見てるんだろう、ルビカンテ…勝負だよ、僕とお前の…芸術家としての」
ナリアさんは睨む、アルタミラさんの瞳の奥に揺らめく狂気の呪い…ルビカンテ・スカーレットを。ここからはナリアさんとルビカンテの一騎打ちだ。
ナリアさんが、アルタミラさんの中にある『ルビカンテ』と言う感情を消し去れるだけの何かを示せば…ナリアさんの勝ちだ。まずはルビカンテの正体を掴むところから、いや…その前に。
「よし!じゃあその前に前哨戦です!軽くカルカブリーナをぶっ飛ばして…ルビカンテに集中しましょう!」
まずはカルカブリーナだ、ルビカンテと同じ感情の存在であり今目の前に立ち塞がるアイツをぶっ飛ばしてからだ!