648.魔女の弟子と感情の悪魔
突如東部に現れた大災害。山のように巨大な龍…ラグナ命名『ジャイアントオレンジドラゴン』は街を踏み潰しながら東部を練り歩いておりエリス達はこれを止める為に奴を見つけ出し戦いを挑んだ。
だが結果は惨敗…というか戦いにもならなかった。奴はいくら攻撃を受けても見向きもせず、歩みを止めず、何事もなかったかのようにただただ歩き続ける。
これは止めようがない、攻撃が効かないんじゃ戦いようがないと諦めかけたその時…エリス達に思わぬ援軍が現れた。
それは…。
「では改めて自己紹介をしよう、私は北辰烈技會所属元『ソードブレイカー』のクランマスターであるアスカロンだ」
北辰烈技會…先程までエリス達を潰す為に襲いかかってきていた北辰烈技會がエリス達の馬車に乗り込んできて、あの龍を倒すための同盟を結ぼうと言い出してきたんだ。
正直信用できない、けど…アスカロンはエリス達の敵意に真摯に向かい合い、頭を下げて頼み込んできた。これは無碍にできないと感じたラグナは取り敢えず話だけでも聞くことにした。
「…同盟、だったか?」
「ああ、遠目から見た。君達もあのドラゴンと戦っていたんだろう?」
「君達もってことは、お前らもか?」
「そうだ…、あの後君達に逃げられ立腹したネコロアにより我々は大慌てで森を抜け進軍を開始し、そこで偶然あの龍とそれにより避難してきた難民達を見つけたんだ」
難民、あのドラゴンに街を潰されて逃げてきた人たちだな。エリス達を追いかけて森を出たネコロア達北辰烈技會もこの事態に直面していたんだ。
「最初は何かの冗談かと思ったが…難民達の案内を受けてあの龍を見つけた時、北辰烈技會のメンバー全員が思ったよ。これは少し…洒落にならないとな」
「まぁあのサイズだしな」
「勿論我々でなんとかしようと思ったが…ダメだった。いくら攻撃を仕掛けても奴はこちらに見向きもしない。我々だけでは撃破は困難と考えていたところに、君達があの龍と出会い戦っている場面を見かけたんだ」
恐らく、エリス達がジャイアントオレンジドラゴンを山と見間違えている間に北辰烈技會は奴を見つけ戦いを挑んでいたんだ。だが結果はエリス達と同じ…如何にもこうにもできず考えあぐねていたと。
そこでエリス達も北辰烈技會同様戦いを挑むところを見かけ、…そしてこうして接触してきたと。
「我々は考えた、あの巨龍は捨ておけば必ず禍根になる。恐らくだが直ぐに協会に討伐依頼が出るだろうが大冒険祭に参加していない冒険者ではどうにも出来ないだろう」
「まぁ、大クランのあんた達でもなんともならないならな…」
「だから我々実力ある冒険者が早期に対処すべきだ、ならもう競技どころではない。実力のあるものは全てあの龍の撃破に乗り出すべきだ…そこで君達に声をかけた。既に龍討伐のプロである赤龍の顎門にも声をかけている」
「赤龍の顎門がいれば俺たち必要なくないか?」
「いや、先程の戦いで理解した。君達の戦力は大クランに匹敵する。いるのといないのではまるで違う…何より、あの龍の所業を見て大きさにも怯まず戦いを挑んだんだろ?なら、私は君たちとも一緒に戦えると思う」
アスカロンは真摯に頭をもう一度下げ、エリス達に頼み込む。どうか一緒に戦ってほしいと…あの龍を捨て置くことはできないと、エリス達も考えていると読んだからこその休戦および共同戦線の申し入れ。
北辰烈技會がそれをしなければならないと感じるレベルの災害なんだ、そしてそれはエリス達も理解している、させられている。
なら…答えは一つですよね、ラグナ。
「…………」
ラグナはエリス達の視線をそれぞれ見て、そこに反対の意見がないことを理解すると静かに頷き。
「分かった、一時休戦だ。今は戦ってる場合じゃないよな」
「ああ!君達なら分かってくれると思っていた!ありがとう!」
休戦だ、エリス達は敵対してる…けどそれは競技内での話。今は競技云々言ってられないなら敵云々も無しだ。協力してなんとかなんなら協力しようぜ!とエリス達は立ち上がる。
それを受けたアスカロンはほっと胸を撫で下ろしながら立ち上がりまた頭を下げる。戦ってる時は思わなかったけど、この人案外丁寧な人なんだな…。
「よし、そうと決まれば我々の駐屯地へ案内しよう」
「駐屯地?そんなもん作ってるのか?」
「常にあの巨龍を見張るため移動し続けるのも体力がいる。だから見晴らしのいい地点で観察できるようにしてあるのさ」
なるほど、確かに横に張り付くより遠く離れた見晴らしのいい場所でジッと見続けた方が効率がいいのか。それにあの巨体、そうそう見失わないか…。
「よし分かった、ならまずは駐屯地に行こう」
「そこに既に赤龍の顎門も合流してるはずだ」
「ん?まだ協力を取り付けてる段階だろ?来てるとは限らなくないか」
「彼らとは長い付き合いだから分かる。龍討伐の話を持ちかけられて黙ってるような男じゃないよ、ヴァラヌスは」
「なるほど」
全く予期していなかった共同戦線、エリス達と北辰烈技會、そして赤龍の顎門…これだけの戦力が集まればジャイアントオレンジドラゴンだってなんとかなるだろう。頭の上にいたオレンジルビカンテモドキも気になるが…今はあえて気にしないでおく。
今は共同戦線のことを考えよう。
…………………………………
それから馬車で十数分移動したところ、東部の小高い丘の上に臨時のキャンプが打ち立てられているのを発見する。見晴らしが良く空気が乾いている事もありくっきりジャイアントオレンジドラゴンの姿を観察出来る良い立地の場所だ。
アスカロンさんに『北辰烈技會の駐屯地だ』と案内されたエリス達は思わず息を呑む。エリス達が北辰烈技會と別れてより数時間、北辰烈技會が移動しジャイアントオレンジドラゴンと戦っていた時間を考える彼らに与えられていた時間は僅かだったはずだ。
その僅かな時間に、彼等は…。
「すげぇ、めちゃくちゃ大規模なキャンプじゃないか」
「キャンプというより、もはや陣営だぞ」
無数の柵に守られた中にある大量のテント。そこかしこで物資が行き来し数年はここで防衛戦は出来そうなレベルの陣営が作り上げられていたんだ。これをジャイアントオレンジドラゴン討伐のためだけに一瞬で作ってしまうなんて…凄いな。
「ははは、良くも悪くもここにいる冒険者はみんな経験豊富だからね。駐屯地作りの経験は誰もが持っているし、知識も豊かだ。だから作ろうと思えばこれくらいの物は直ぐに作れるようにしてあるのさ」
そう言いながら駐屯地の中を歩きエリス達を案内するアスカロンさん、その背後を歩きエリス達は今アスカロンさん曰く『巨龍討伐本部』への道案内をされている。
北辰烈技會は元々ベテランクランだったもの達の集合体のような物だ。だからこそ経験も知識もあると…なるほど、これは頼りになりそうだ。
「なんか、不思議な気分です…さっきまで戦ってた人達の基地に案内されてるなんて」
「まぁでも、寝首かくような連中には見えないし…いいんじゃね?」
ナリアさんは若干困惑しているようだ、曲がりなりにもさっきまで戦ってたわけだしね。だがアマルトさんは気にする必要がないと首を振る。それは先程のアスカロンさんの態度による部分が大きい。
だってアスカロンさんは言った、大冒険祭は飽くまで競技だと。彼はエリス達の関係と協議を分けて考えている。競技内は敵だがそれでは以外は敵じゃない…当たり前のことだが別にエリス達に憎み合う理由はないんだ。だから競技外の今は敵対しない、当たり前の話だった。
「勿論、今は競技外だから敵対はしないさ。だがあの巨龍を倒したらまた君達と敵対する。今度こそ倒して見せるさ」
「楽しみにしておくよ」
「フッ、生意気な若手だ。…ん、見えてきた」
チラリとアスカロンが視線を動かすと駐屯地の中心に大きなテントが見える。そこには恐らく四ツ字冒険者達と思われる者達が集まっている。
その中には…いる、いつか見た真紅の鎧が。そいつは龍の兜を音を立てて動かしこちらを見て。
「お前達は…」
「やはり貴方も来てましたか、ヴァラヌス」
赤龍の顎門だ、アスカロンの言うように赤龍の顎門もやはりこの共同戦線に参加していたようで赤龍の顎門の他の四ツ字メンバーもいる、全員で駐屯地にしているようだ。
「フッ、今度出会う時はリベンジの時…と考えていたが、まさか共闘することになるとはな。サトゥルナリア君」
「え?」
チラリと隣のナリアさんを見ると照れて笑っている。なんでヴァラヌスとナリアさんが…?
「エリス君、君と一緒に戦えるのは心強い。共に戦おう」
「ええ、龍退治の専門家である赤龍の顎門がいるなんてこれ以上なく頼りになります」
赤龍の顎門は討伐依頼をメインに行うクラン。特に龍退治に関しては文字通りプロだ、彼等の存在はかなり大きい.今回は助けられる結果になりそうだ。
「ヴァラヌス、来てくれて嬉しいよ」
「アスカロンか、変わらないなお前は…。北辰烈技會に加入してお前が遠くに行った気がしていたが…相変わらず爽やかな男だ」
そう言ってアスカロンはヴァラヌスと握手を固く交わす。どうやら北辰烈技會に加入する前からの付き合いらしい…いや、そもそも北辰烈技會のメンバーはベテランのクラン。同じくベテランの赤龍の顎門と交流があって当然か。
「さぁ案内するよ、巨龍討伐本部だ」
そう言うなりアスカロンはエリス達とヴァラヌス達を連れて討伐本部の内部、北辰烈技會の首脳陣が集うテントの中へと入れてくれる。
……そう、首脳陣ということは。つまるところ奴もいる…。
「ネコロア、連れてきたぞ」
「うにゃ?」
テントの中には大きな黒板、地図だらけの机、筆記用が広がった樽。そして難しい顔をした冒険者達、…とその中心に立つ猫髪の冒険者であるネコロアもいる。
エリスに対して恨みを持つネコロアだ、そいつがエリスを見るなりギリギリと歯を剥き出しにし。
「アスカロォォオン!なんでそいつまで連れて来たにゃ!よりにもよってエリスに!助けを求めるなんて!なぁああに考えてるにゃ!」
「そう言うなネコロア、彼女達の力が必要だと私は言ったろう。そして君はそれを受け入れた筈だ」
「そ、それはそうだけど…断られると思ったにゃ、エリスはそう言う誘いは受けない女にゃ!」
「何言ってるんですか、エリスだって提案くらい受け入れますよ」
「フンッ!我輩のクラン勧誘を断ったくせに」
「それは貴方が強引だったからでしょう、それに…エリス達もジャイアントオレンジドラゴンの恐ろしさを分かってます。あれは放置できません」
「ジャイアントオレンジドラゴン?あの巨龍の名前かにゃ?安直だにゃあ…まぁいいにゃ、エリス達ソフィアフィレインとヴァラヌス達赤龍の顎門が我輩の軍門に降るなら我輩も受け入れてやらんでもないにゃ!」
「なんですか軍門って…」
相変わらずこいつは、強引でめちゃくちゃな奴だ。言い方も腹立つし…もしエリス達に提案にきたのがアスカロンじゃなくてネコロアだったら、エリス達はこの提案を受けなかっただろう。
「まぁいい、それより状況はどうだ?ネコロア。こちら側の損耗は」
しかしネコロアの腹立つ物言いを受け流したヴァラヌスは前に出て地図を覗き込む。それを見てエリス達のリーダーでもあるラグナもまた地図や状況の確認を行う。
「損耗はないにゃ、強いて言うなれば買い揃えたポーションがちょっと減ったがにゃ。ヴァラヌス、お前は巨龍を見たかにゃ?」
「見るには見た、だが戦闘は行っていない…が。ここにいる連中全員がかかって倒せないというのであれば、正攻法での撃破は難しいだろう」
「正攻法っていうか、こっちがいくら攻撃してもダメージが入らねぇんだ。痛みを感じているようにも見えなかった…どういう絡繰かも未だ不明、今んところ倒す方法は思いつかねぇ」
「ふーん」
ラグナ、ヴァラヌス、ネコロアの三人がそれぞれの配下を背に円卓を囲む。状況を整理する…。
「我輩らも同じだにゃ、いっくら攻撃しても攻撃しても無視…あんな魔獣初めてだにゃ。そもそも近くに人間がいるのに無視する魔獣なんて見たことがないにゃ、不気味…いや奇天烈だにゃ」
「なぁヴァラヌスさん、俺達魔獣についてあんまり詳しくないんだが…ありゃあ一体なんたんだ?あんな魔獣がいるのか?」
「ふむ……」
するとヴァラヌスは腕を組み資料をいくつかまばらに見ると。己の知識を引き出すように額をトントンと叩き。
「まず言うと、あんな魔獣はいない。存在しない…が遠目で見た感じのフォルムはチャリオットリザードに似ているな」
「チャリオットリザード?」
「東部で存在が確認されている中型の竜だ。精々Cランクくらいの魔獣でサイズもこのテントくらいの大きさだ…体色も錆びた鉄みたいな色合いだし様々な点で相違点があるが、姿形はチャリオットリザードにそのものだ」
「うーん、ヴァラヌスが言うならそうなんだろうにゃあ。じゃあチャリオットリザードが成長してアレになったとか?」
「魔獣には成長限界点がある。いくら長い年月を生きようとも無限に肥大化するわけがないし何よりあれだけ巨大になる過程で何処かで誰かが気がつくだろう。ましてや隠れる場所のない東部であそこまでデカくなるのはおかしいだろう」
「うにゃにゃ…」
「よくわからん相槌で誤魔化すな」
チャリオットリザード…それならエリスも見たことがある。確かに姿は似ているが、あんな色じゃないしあそこまで大きくないし、何よりチャリオットリザードは人間を見つけると真っ先に突っ込んでくるくらい闘争心が強い。あんな風にぬぼーっと突っ立ったりしない。
……考えられるとしたら、頭の上に乗ってたルビカンテの影響か?
「ん?エリス、何か気になることでも?」
「え?」
ふとラグナに声をかけられ、エリスは躊躇する。この場で…ルビカンテの話をしてもいいのか?下手をしたらアルタミラさんに敵意が向くんじゃ…。
「い、いえ何も…」
「そりゃあねぇだろうにゃあ、こっちは腹割って話してるのになんか隠していられちゃ共同戦線も成り立たんにゃ。そっちだけ情報独占とか禁止だにゃあ」
「べ、別にエリスは隠してるわけじゃ…」
「なら言うにゃ、言わなきゃ協力はなしだにゃ」
「おい、ネコロア!いくらエリスが気に入らないからってそんな態度じゃ協力どころじゃ…」
「うるさい!黙ってるにゃアスカロン!どうして冒険者がチームを組んで行動するか分かるかにゃ?手前の命守るにゃ手が二本じゃ足りんからだにゃ、だからこそ別の誰かの腕を借りるにゃ。ただその腕が信用出来なきゃ…死ぬのはこっちだにゃ。これは隠し事云々ではなく信用するに足るか否かを問うているにゃ、エリス…お前は信用出来る奴なのかにゃ?」
「…………」
ネコロアの言い方は偉そうだが…言ってることは至極当然、当たり前のことだ。いくら向こうから申し入れた協力だとしても信用出来るかどうかは別。エリス達が信用を得るだけの行動をできないのであれば協力はしないほうがいいと思われて当然。
そして、エリス達にとってもジャイアントオレンジドラゴンの討伐は成し遂げたい事柄。仕方ない…ここは言うか。
「……実は、ジャイアントオレンジドラゴンの頭の上まで昇った時、見たものがあるんです」
「頭の上、そうかお前飛べるんだったにゃ。何を見た」
「……人です、そこで寝ている人間がいたんです」
「なんだとエリス、そんなの俺たちにも言ってなかったよな…」
若干ラグナがショックを受けたように顔を歪めるんだ。けど別に隠したわけじゃない…タイミングがなかっただけだ。それに簡単に言える話でもない…だって。
「……奴の顔は、ルビカンテそっくりだったんです」
「何……!」
「え……」
ラグナやみんながアルタミラさんを見る。アルタミラさんも愕然としたように口を開ける…やはり、何か知っているな。
でもおかしいよな、アルタミラさんはルビカンテを知らないと言っていたのに、なんでルビカンテと聞いてそんなにショックを受けるんだ。やはりエリス達に隠しているな…。
「ルビカンテ?ルビカンテ・スカーレットかにゃ?」
「えっ!?知ってるんですかネコロア…」
「ルビカンテ?我々は知らんぞネコロア…誰なんだそれは」
ルビカンテを知っていると口にするネコロアに注目が集まる。なんでネコロアは裏社会のルビカンテを知ってるんだ…。
「知ってるにゃ、マレフィカルムの八大同盟が一角『至上の喜劇』マーレボルジュの若き頭領ルビカンテ・スカーレット…マレウスの裏社会を知ってれば、多少なりとも耳にする有名人だにゃ」
「マレフィカルム…そういえばそんな名前、聞いたことがあるな。魔女排斥機関だったか…しかしなんでそいつと顔が似ているんだ」
「さぁにゃ、けど一つはっきりしたことがあるにゃ。恐らくあそこにいる巨龍は元はチャリオットリザードだった…だが、その何者かによって姿を変えられ肥大化した可能性が高い、という話だにゃ」
「肥大化……」
ジャイアントオレンジドラゴンは元々はチャリオットリザード…それがルビカンテの影響で肥大化した可能性がある。言われてみれば確かにそうとも捉えれるな……なんて考えた瞬間。
「恐らく、あの龍の頭の上にいるのはルビカンテではなく…カルカブリーナ・ポルトカリウです」
「アルタミラさん…?」
「カルカブリーナの力で、チャリオットリザードがあそこまで肥大化したんです」
すると突然、アルタミラさんが口を開くのだ。チャリオットリザードを巨大化させたのはルビカンテではなく、カルカブリーナという人物だと。それを受けネコロアもヴァラヌスもエリス達も目を丸くする。
「お前、あれだよにゃ。アルタミラ・ベアトリーチェ…協会所属の描画師。なんでお前がそんなこと知ってるにゃ」
「そ、そうですよアルタミラさん、貴方ルビカンテの事何も知らないって…ましてや、あの龍の事も知ってるなんて、なんで……」
「すみません、今は…答えられません。けどそれ以外の知ってることはなんでも話します…だから、すみません…」
彼女は…とても苦しそうだ、涙まで流してる。歯を食い縛り…嗚咽までしている。だがそれでもエリス達に向けて喋らねばとグッと堪えて…目を向けて。
「カルカブリーナはルビカンテの人格の一つ…感情の悪魔です。ルビカンテは己の人格を複数に切り分けそれぞれが別の名前を名乗り活動することができるんです。カルカブリーナもそのうちの一つ…『承認欲求』を司る存在です。奴には…物を拡大する力があるようで」
「つまり、チャリオットリザードの上にいるのはルビカンテではなく、ルビカンテの人格の一つが切り分けられ一人でに動き出したもの。名前はカルカブリーナ…承認欲求から生まれた存在が、今チャリオットリザードを巨大化させていると?」
「はい、そうです…ヴァラヌスさんの仰る通りです」
「……荒唐無稽すぎる。私は龍退治の専門家だ…精神心療は専門外だ」
ヴァラヌスさんというように荒唐無稽にして意味不明、だがエリス達からすればまるっきりわからない話じゃない。ガラゲラノーツにいた『怠惰』のグラフィアッカーネと同じくルビカンテの人格から生まれた『承認欲求』のカルカブリーナ…。
あり得る話だ、ルビカンテはそれが出来るようだし…やはりまたルビカンテの性格の一つが自立して動いているんだろう。
するとナリアさんは驚きを振り切りながらも…。
「確かに、あり得るかもしれない。ルビカンテの人格達はそれぞれ色を魔術として扱えるんです…色がそれそれ持つ性質を前面に出せる。そういう意味で考えるならオレンジは膨張色です、その性質を引き出すならカルカブリーナは物を巨大化させる力があるのかも」
「あー…だから街をあんな風に壊したのか…。まるで自分の力を誇示するように破壊し、それでいて人を殺すことにこだわらないのは、人に恐怖され畏怖され注目されたかったから。それはカルカブリーナが承認欲求から生まれた存在だからなのか」
白を操るグラフィアッカーネもまた白の性質を操った。白は停止の色…固定化し操ることができていた。ならオレンジ髪のカルカブリーナはオレンジを操る。オレンジは膨張色にして目を引く色…物を肥大化させ実態よりも大きく見せる。
カルカブリーナは物を大きくする力があるんだ。だからチャリオットリザードがオレンジ色に染まり…そのオレンジで肥大化していたんだ。
そう説明するとヴァラヌスとネコロアはやや納得し。
「なるほど、つまり今回の一件の黒幕はカルカブリーナ…と」
「ふぅむ、単純な魔獣退治の話じゃなくなったにゃあ。そいつ倒せばいいにゃ?」
「恐らく、ですがルビカンテの人格はその実力もルビカンテ級。以前エリスが戦った時は危うく殺されそうになりました」
「何…君が?だとしたら真っ向から戦って勝てる奴は限られるな」
ヴァラヌスがやや青ざめる。だが事実だ、ルビカンテの人格はそいつら自身もルビカンテ級に強い。つまり八大同盟の盟主級だ。当時はエリスも冥王乱舞を会得していなかったが、だとしても苦戦はする。
するとナリアさんはラグナの隣に立ち。
「でも、方法はあります!ルビカンテの色は水で落ちるんです!ジャイアントオレンジドラゴンにもカルカブリーナにも、水をかければ色が落ちて消えるはずです!」
「水、水が弱点なのか…!それはいい話を聞いた!」
「待つにゃヴァラヌス、喜ぶのは早いにゃ…あんな巨体全部洗い流すだけの水なんかどうやって用意するにゃ。…ここは東部にゃ、水なんかどこにもないにゃ」
「くっ…だが魔術なら」
「それでも限度があるにゃ。それこそ海にでも落っことさないとあれは消えんにゃ」
ネコロアは冷静に述べる、確かにあのサイズを水でってなると湖一個ひっくり返したくらいの水量が要る。例えばエリスとメルクさんとデティで水を用意しメグさんが時界門で海から水を引っ張ってきても覆い切れるか分からない。
「とは言え、それ以外方法はなさそうにゃ…やり方はちょっと考える必要があるにゃけどな」
そう言いながらネコロアはメガネをかけて手元の資料に色々書き加え今の話を的確に切り取ったワードをメモしていく。はっきり言ってエリス達の話はかなり荒唐無稽だ、バカな話だと切り捨てられてもおかしくない話だ。
けどこいつ、案外真面目に聞いてくれるんだな…。
「ん?何にゃエリス」
「いえ、案外真面目に聞いてくれるんだなぁって」
「当たり前にゃ、あの巨龍を倒さなきゃならんにゃ。その為の会議で不真面目でいられる程若手でもないにゃ」
そう述べつつ、ネコロアは資料を纏めおほんと咳払いすると。
「あの巨龍は危険にゃ、既に被害が出ている以上我々で手を下さなきゃ協会はドンドン後手に回る。後手に回って損するのは我々ではなく民間人にゃ、民間人に被害出して平気な顔してる奴は冒険者をやる資格はない。だからこそ我輩はお前達にも話を持って行ったにゃ」
「我々を試していたと?」
「そうにゃ、ここで断るような奴だったら所詮そこまでの奴にゃ」
意外…と言うのは彼女に失礼なのだろうが、ネコロアはある意味この中で最も冒険者らしい存在とも言えるのかもしれない。彼女なりの哲学を持ち、彼女なりの理屈を持ち、彼女なりの正義感で冒険者を遂行し、人々のために戦っている。
バカみたいな口調の割に、あんまり頭の悪い奴じゃないのかもしれない。
「話が脱線したにゃ、作戦を考えるにゃ…出来れば明日の朝までにこの一件は片付けたいにゃ」
「競技の期限があるからか?」
「それも理由の一つにゃ」
「そこは協会に言って期限伸ばしてもらえないのか?こんな事態な訳だし」
「一応連絡は取ってるにゃ、けどこう言う緊急事態の時の協会はあんまり信用ならんにゃ。トップがあれだからにゃ、問題が起こってもしばらくはスルー。時間経過で問題が経ち消えれば良し、ダメならどうにもならなくなってからジタバタ足掻く。そう言う組織体系にゃ、だから期限延長は望めない」
長く冒険者をやっているからこそ、協会に対しての不満もある程度あるようで。ガンダーマンという男を知り得ているからこそ期限延長は望めないと割り切るネコロア。そこら辺は覚悟でジャイアントオレンジドラゴン討伐に乗り出しているのか。
「それともう一つ、奴の進行ルートを割り出しているにゃ。今の所奴は基本的に直線で動き、一直線に進み街があればそちらに吸われるように方向転換しているにゃ。で…このまま進めば奴が行き着くのは」
そう言ってネコロアは地図を指差す。今ジャイアントオレンジドラゴンがいる地点…そこを指差した後、指で地図を撫で真っ直ぐ進み…一つの街を指差す。
「お前ら行ったことあるかにゃ?要の街オウロ…東部と中部を繋ぐ関所であり東部でサラキアの次に人口が多い街でにゃ、ここのミートスパは肉が多くて美味しいにゃ…人も多く、東部でも指折りの治安の良さにゃ。このまま行けばこの街に巨龍は向かう、どうなるかなんて言うまでもないにゃ」
「……そしてその期限が、明日の朝…か」
「そうだにゃ、我々冒険者は試験を潜り抜け資格をもらい、民間人の皆々様から大切なお金を頂き暮らしているにゃ。民間人の平穏なくしてこの商売は成り立たんにゃ…だからこそ、守るぞ、この街を絶対に…」
グッ!と拳を握り地図を叩き吠えるネコロアに皆が頷く。是が非でもジャイアントオレンジドラゴンを止めないと、この要の街オウロにとんでもない被害が出る。それは止めないといけない、協会から資格をもらい、民間人から依頼とお金をもらい暮らしている冒険者だからこそ…止めなければならないのだ。
「そうと決まれば全員手札の開示にゃ、お前ら何が出来る。情報を共有して野郎の頭に水ぶっかける方法を探すにゃ」
「ああ、俺達は……」
そこからは専門的な話となりエリスには手出しが出来ない領域となった。ラグナとヴァラヌス、そしてネコロアはあれやこれやと話し合いジャイアントオレンジドラゴンの対策を練る。
先程も述べたがこう言う場のネコロアは非常に真面目で、今は競技ことを忘れ自陣営に出来得る全ての情報を率先して開示してくれた。これが彼女なりの信頼の示し方なのだろう。
それにラグナも答える形でエリス達の魔術を伝え、そして戦略面での助言を行う…。
…何より頼りになったのは。
「龍は基本的に目が上方向についており、下顎からこの角度は視界から外れるようになっている。ここはどう首を曲げても見えない絶対死角と呼ばれる空間となる、チャリオットリザードはブレスを吐かない類のドラゴンだからこの付近に魔術師を配置するのが良いだろう」
「そこは踏み潰されんかにゃ?」
「ここに足を置こうとすると軸がブレる。ドラゴンは思いの外バランスの悪い生き物でな、ここに足を置こうとすると体ごと方向転換する必要がある、あの巨体だ…空気抵抗も凄まじいだろうから踏み潰そうとしても十分逃げるだけの時間はあるし、我々ならその予兆も見抜ける」
ヴァラヌスだ、流石はドラゴン退治の専門家を自称するだけありその知識は龍学者と呼んでもいいほどに深く、詳しい。
「恐らくだがそのカルカブリーナと言う存在が持つ巨大化の力だが。その性質は巨大化そのものではなく拡大であると思われる」
「ん?何が違うにゃ?」
「体だけ大きくなっているんだ。恐らくだが肉だけが肥大化し中身は全く大きくなっていないと思われる、つまり肉体の比率に対しての意識が追いついていないんだ」
「体だけ大きくなって脳みその大きさが変わってないから、でかい図体に対してちっちゃい脳みそですげーバカってことか?」
「魔獣の脳は肉体制御しか行っていないからバカとはまた違うがそんな感じだ。だから攻撃しても攻撃を認識出来ない、今チャリオットリザードは自分が何をしようとしているかも分かっていないのだろう」
「ってことは、頭の上に乗ってるカルカブリーナが操ってるってことか」
「そうだ、つまり第一優先討伐対象はカルカブリーナ…と言うことになるが、あの巨大な龍の頭の上に到達するのは難しい…それこそ空でも飛べない限りはな」
ヴァラヌスとネコロアがこっちを見る。まぁそうだよね、戦るならエリスだ…そこはいい、エリスなら自前で水も用意出来るしね。
「分かりました、エリスが行きます」
「よし、なら次の問題の巨龍の方だが…こっちの問題は深刻だにゃ。もしカルカブリーナを倒せても龍まで消える保証はないにゃ」
「何よりカルカブリーナが攻撃を受けた時巨龍がどんな反応をするか分からない以上こちらは他のメンツで何とかする必要があるが」
「攻撃が効かないんじゃどうしようもないか……いや待てよ」
ふと、ラグナは先程の戦いを思い返し。
「そういや別に効いてないこともないのか?」
「うにゃ?そうなのにゃ?我輩達がいくら攻撃しても奴は効いてなかったように思えるがにゃ?」
「いや、それはチャリオットリザードの感覚が極限まで希釈されてるから痛みを感じないってだけで傷自体はついてた。多分…傷つけることはできるんだ、ただ反応がないから効いてないと思ってただけで」
「なるほどにゃあ…うにゃ、ってことは」
「一点に攻撃を集中させ続ければ足の一つでも落とせるかもしれないと言うことか」
「ああ、それこそここにいるメンツの力を全て集めれば…多分な」
ここにいるメンツ…つまり大クラン二つとエリス達ということ。それぞれの陣営には複数人の覚醒者がいる…、これだけの戦力と火力があれば確かに足一つ削り切ることもできるかもしれない。
「とはいえ、未知の部分も大きいからやっぱりこの部分の作戦、同盟の運用、色々考える必要があるがな」
「なるほどにゃあ、うん。だけどそれは良さそうにゃ、小難しいことやるよりひたすら火力出し続けて足落とす、あの巨体にゃ…足一つ無くなれば少なくとも街まで到達することは出来なくなるにゃ」
「そうだな、やってみよう」
ラグナの言葉に全員が頷く。とりあえず大まかな作戦は決まった、後は中身の話になる。後はラグナに任せても多分大丈夫ですね…エリスはもう黙ってようかな。
そう思ったその時だった。
「ネコロアさん!ネコロアさん!」
「なんにゃ、今大切なお話ちゅーにゃ」
ふと、外から北辰烈技會のメンバーが慌てた様子で駆け込んできて…。
「それが…さっきリーベルタースに協力要請しに行った奴が帰ってきて…」
「え!?リーベルタースにも話を持って行ったのか!?」
いや、考えてみれば当然か。エリス達と赤龍の顎門に協力を求めたならリーベルタースにも話が言っているはずだ。アイツらの戦力は多分大冒険祭参加者中最強クラス…それはつまり協会全体で見ても最強ということ。居た方がいいし…居るべきだ。
だが、駆け込んできた冒険者は顔を青くしたり赤くしたり忙しなく拳を握り。
「奴ら、どうしたにゃ?」
「それが…断られました…!」
「何だと…!」
「『ヤバい魔獣が出たなら俺達単体でやる。お前らと協力はしないからお前らが負けてから出る』と……」
「アイツは……」
するとネコロアは怒りで震える手でメガネを手に取り、怒りに任せて机に投げつけながら牙を剥き。
「あのガキャァッ!!こんな時に何言ってやがるッ!緊急事態だってことも分かんねぇのかッッ!!」
「リーベルタースは…動く気がないらしく、サルトゥスの森で陣を張っています…」
「もう一回行ってこいッ!明日の朝までに来なきゃオウロの街の人間が全員死ぬかもしれないってなッ!来なきゃテメェ二度と冒険者名乗るなとも付け加えとけッ!!」
「う、はい…!」
杖を振り回し帰ってきたばかりの冒険者にまたリーベルタースのところへ行けと騒ぐネコロア。そして彼女の指示に従い走り去ったその背中を見て…ネコロアは脱力したようにぐったりと椅子に座り。
「……見損なったぞ、ストゥルティ。最低だ何だと言われながらもお前はきちんと冒険者としての矜持を持ち合わせていると、…勝手に思い込んでいた私がバカだったのか」
「ネコロア…」
「アイツも冒険者の一人。だと言うのにこんな時にもクラン間の関係性を捨てられないとは…思ったよりも小さい奴だ、どうやら私はアイツを買い被りすぎたみたいだ…もういない物として考えよう」
こんな時にも、奴はエリス達との関係性を捨てられない。敵対しているから協力しない…そう言うんだ。そこに憤慨するネコロアの気持ちもよく分かる…と言うかエリスも許せない。こんな時に何を言ってるんだと面と向かって言ってやりたい。
けど……。
「ごめん、ネコロアさん…」
「あ?お前誰だ…おほん、誰にゃ?」
「俺、ステュクスです。エリスの弟の…実は俺アイツに恨まれてて、多分俺がいるから協力したくないんだと思う…ごめん」
「ふーん…」
ステュクスやエリスがいるから、ストゥルティは協力を受け入れなかったのかもしれないとも思う。例えば赤龍の顎門達とは競技内では敵対する理由もあるが競技街では憎み合う理由もない。
だがストゥルティは別、元はと言えば競技外での怨恨が発端で敵対している。だからこそこう言う時にも協力出来ないんだ…そう告白するがネコロアは腕をプンプン振って。
「謝る必要ないにゃ、そもそもそうと限った話でもないにゃろ」
「でも……」
「第一リーベルタースからすればお前達と我輩達が組んでるって確かな情報もない。あくまで北辰烈技會単体で協力要請にゃ。そこにお前とストゥルティの関係は考慮する必要はないし…そもそも我輩だってエリスに個人的な恨みだってある。それを抜きにしてこうやって手を組んでるのにそれでも手を組めないアイツはケツの穴の小さい奴だってことにゃ」
「そりゃ…そうもかだけど」
「それに、多分リーベルタースが警戒してるのはお前らじゃないにゃ」
「え?じゃあ…何を警戒してるんですか?」
「それは……」
そう言うなりネコロアはチラリとエリスの方を見て、静かに目を伏せると。
「今は関係ないにゃ、それより時間が惜しい。今は巨龍討伐作戦の話をするにゃ」
「そうだな、と言うか我々も最初からストゥルティの事など頼りにしていない。奴ならそう言うと思っていた」
「取り敢えず今ここにいる魔術師、特に水属性を使える奴をピックして、それ以外の奴らの運用を考えて陣を組もう。時間的に布陣できる場所はここら辺になるだろうし今のうちからある程度陣の編成は済ませた方がいいかもしれない」
「何にゃお前、慣れてるにゃ。そんなこじんまりとしたチームの癖して…いいにゃ、それじゃあここは……」
そうして、話し合いは首脳陣の三人を中心に始まった。今できる事は一つだけ…リーベルタースへの恨み言は終わった後に…。皆が皆今できる事の為に全力を尽くす。
そうだ、今は今できることに集中するべきだ…アルタミラさんへの質問も、また後にするべきだろう。
「……………」
(アルタミラさん…)
先程から悲しそうな顔をして顔を伏せる彼女に目を向け、エリスはそう考える……。
………………………………………………………
「明日!あそこにいる巨龍の討伐に出ることになったにゃ!」
天に星が輝く頃合いになっても歩みを止めぬ巨龍ジャイアントオレンジドラゴンを丘の上から指差しながらネコロアは叫ぶ。あれから数時間…あれやこれやと作戦の内容を詰め、作戦決行は明日の朝…と言うことまで決まり会議は幕を閉じた。
そして、ネコロアは冒険者達を集め…お立ち台の上に立ちながら肉球型の杖を掲げながら高らかに宣い始める。
「本来なら今頃我輩達は龍丹草を取り合い探し回っている頃だったろう!だーが!あんなどでかい怪物が現れ!実際に被害が出ているところを目撃した以上!黙っていては冒険者を名乗る資格などどこにもないにゃ!故に本来は敵同士であれども今は手を取り合い!共に戦いマレウスの平和の為に戦うにゃ!」
『おー!!』
会議が終わった後アスカロンさんと軽く話した。曰く、ジャイアントオレンジドラゴンを目撃しそれに襲われた難民達を見た時…北辰烈技會の意見は二つに割れたそうだ。
『ジャイアントオレンジドラゴンを討伐するべきだ』という者と『今は大冒険祭の最中だから他の冒険者に任せるべきだ』という者。どちらの意見も最もだが…真っ二つに分かれる北辰烈技會達を一喝しマレウスの平和の為に今は大冒険祭を捨てでも戦うべきだと説いたのは…他でもないネコロアだという。
普段は逃げ回るし、尊大な態度を取るが…それでも彼女は実働部隊の隊長を任されるだけの実力と、何より他のクランマスター達よりも一線を画する冒険者歴を持つ大ベテランなのだとアスカロンさんは言った。
ネコロアはエリスに不当な恨みを抱いているが、それを抜きにしたら立派な冒険者だ…。
「というわけで!明日の決戦に備え!今日は特別に宴会とするにゃ!第二回戦が終わればまた宴会をするにゃ!今日みたいな宴会が楽しみたかったら明日の戦いは必ず生き延びるよう!分かったにゃ!?」
『うぉおおおおお!!』
「ったく宴会の時ばっかり威勢のいい連中にゃ、けどまぁいいにゃ!盛大に飲み食い暴れるにゃ!クソ共ォーッ!!!」
そして、ネコロアの提案により決戦を前に宴会が開かれることになった。それは先程まで敵対していたエリス達と北辰烈技會の信頼関係と構築のためだ。明日は味方として戦うわけだしね。
というわけで……。
「ほいさーっ!料理できましたぁ〜〜…ぜッ!と」
馬車から飛び出したエリスは持ち上げるような大きさの皿に乗った豚の丸焼きを駐屯地の中心へと運び込む。飲み食いするには飯が必要だ、ならその飯を作ろうとエリスとメグさんとアマルトさんの三人は食事係りを申し出たのだ。
「うぉおお!?すげぇ!」
「干物じゃなくて生の肉か!?どうやって持ち運んでんだこれ!」
「すげぇ!まさか肉が食えるとは!」
エリスの運んできたお肉に北辰烈技會は涙ながらに大喜びする。まぁそりゃそうだ、だつてこれが普通だからだ。日持ちする燻製や干物…それらが主食になるべきなんだ本来は。エリス達の事情が特殊すぎて偶に感覚がおかしくなるけど。
「こちらも沢山料理出来ましたよ、さぁ食え!」
「ありがとうメイドさーん!!」
「オラオラ!どけどけ!飯が通るぞ!毎日底抜けの胃袋相手に飯作ってんだ!千人だろうが万人だろうが満腹にしてみせらぁ!」
「ううっ、瑞々しいトマトソースのパスタだ、俺これ大好きなんだよ」
料理というのは希望になる、明日を生きる希望だ。冒険者でなくとも人生は毎日が戦いだ、戦い抜いた自分へのご褒美、戦いへと赴く自分への鼓舞、それらを成し得るのは美味しい食事以外にないとエリスは考えている。
だからこそ、人は食べる。食事の前に食べる、それが明日を生きていく希望になるから。これが貧相だと明日を相手に拳を握ることもできないですからね。
「エリスぅ…お前料理も出来るにゃね」
「毎回言われますけど、エリスそんなに料理出来ないようにか見えますか?」
同じく持ってきた山盛り牛肉を前にネコロアが呟く、そんなに料理出来ないように見えるのかな…ステュクスにも言われたんですよねそれ。
「いや、冒険者ならある程度の自炊は出来て当然にゃ。けどまぁここまで見事なもん作る奴はそうそういないにゃ…その上腕っ節もあって度胸もあって、賢いと来た。やっぱり我輩…お前欲しかったにゃよ」
「なんて言われてもエリスはあの時チームを組むつもりはありませんでしたから」
「今組んでるじゃにゃいか」
「みんなは友達ですから」
「むぅ、イケずじゃにゃあ…」
ガックリと肩を落とすネコロア、やっぱりあの時の勧誘を引きずっているようだ。しかし何と言われてもあの時は師匠と旅してたんだ、師匠を差し置いてネコロアの下になんかいけないよ。
「まぁしゃあにゃいにゃ、今は水に流してやるにゃ」
「許してくれるんですか?」
「別にそうは言ってにゃいけど、少なくともお前と我輩の因縁は個人的な物にゃ。戦う理由があって争っているだけにゃ…それを度外視する問題があれば一旦取り置く、それが大人にゃ」
「なるほど」
「だがもしこの一件が片付いたら我輩は遠慮なくお前をぶっ潰すにゃ?その時はお前、今回の一件を引きずるにゃよ」
「分かってますよ、っていうか貴方戦おうとしたら逃げるじゃないですか」
「我輩は魔術師だからにゃ、お前みたいに突っ込んでボンボン魔術撃つのはもう卒業したにゃ」
いやそもそも戦ってすらいないだろお前…と思いつつエリスは彼女に料理を差し出しお盆を片付ける。既に場は宴会騒ぎでみんな楽しそうに笑ってる。
「酒は北辰烈技會が出す!じゃんじゃん飲め!」
「ヴァラヌス!飲み勝負だ!いつかの借りを返す!」
「ふっ、アスカロン…私を相手に酒で勝てると思うか」
北辰烈技會も赤龍の顎門も敵同士ながら個々人で見れば仲が良さそうに感じる…エリス達もこの中に混じりたい、混じりたいが…その前にすることがある。
「……さて、そろそろ行きますよ。ラグナ」
「えっ!?」
ふと、エリスが声をかけるとラグナは既に肉を頬張っており…って!料理食べるのは後って言ったじゃないですか!
「ラグナ!」
「そ、そんなピリピリすんなって…ちょっとつまみ食いしただけじゃん」
「ご飯食べるのは…後だって言ったでしょ」
「あ…ああ、そうだな…まず、話を聞かなきゃいけないもんな。アルタミラから」
そう、エリス達は先にやらなきゃいけない…アルタミラさんに真意を問うと言う重要な仕事を。ルビカンテの事、カルカブリーナの事を知っているってのはただ事じゃない…だから。
「行きましょう」
「ああ」
「あとポケットの中の肉は置いていってください」
「あ…ああ」
エリス達は見据える、先程料理を取り出した馬車の方を…さて、どんな話が聞けるのか。
…………………………………………………
「すみません、戻りました」
「ん、では始めるか」
「…………」
馬車に戻ると、既にみんながソファの上に座り…部屋の中心に目を向けていた。そこには件の人物であるアルタミラさんが、地面を見つめながらただ静かに座っている。
表情は変わっていない、寧ろ戻っている。エリス達と出会ったばかりの頃の淡白な顔つきに。
「では話を聞かせてもらいましょうか、アルタミラさん。貴方はどうして…ルビカンテやカルカブリーナの事を知っていたんですか、そしてそれを…エリス達に何で黙ってたんですか」
「…………」
「アルタミラさん!」
彼女は答えない、けど悪いね…沈黙を相手にしてられるほど今のエリス達の事情には余裕がない。もしエリスの想像が当たっているなら…彼女がルビカンテの人格の一つで、ルビカンテと裏で繋がっているなら、それは即ち……。
「ま、待ってくださいエリスさん!みんなも!」
「ナリア…」
しかし、そんなエリスの怒声に応えたのはアルタミラさんではなく…ナリアさんだ、彼はただ一人アルタミラさんを庇うように彼女の前に立ち。
「ちょ、ちょっとみんな過敏になり過ぎですよ!ただ…知ってるだけでしょ?ルビカンテの事を…それなのにもう敵対したみたいな。こんなのおかしいですよ!」
「ナリアさん、ルビカンテの事を知ってるってのは…結構な事ですよ」
「それならネコロアさんだって知ってたでしょ!それに今まで一緒に旅をしてきて…一緒にやってきたアルタミラさんを、そんな風に見るなんて酷いですよ。もう少しアルタミラさんを信じましょうよ…!」
「ナリア、気持ちは分かるけど…そりゃ無理筋だろ」
「何言ってるんですかアマルトさん!僕達一緒に美術館行ったじやないですか!ネレイドさんも!なんでアルタミラさんを庇うのが僕だけなんですか!」
「……そういう問題では、ないからだよ」
「酷いです…酷いですみんな!」
ナリアさん的には辛い話だろう、アルタミラさんと特に仲が良かったし芸術家として通じ合う部分もあっただろう…だけど、これでアルタミラさんがただの芸術家だってんなら別にエリス達も何も言わない。
ただ、エリス達は聞きたいだけだ…彼女の素性を。
「みんなが!そんな薄情だなんて思いませんでした!」
「ナリア君、そうは言うが…君だって違和感があったんじゃないか?」
「何が!」
しかし、メルクさんはソファの上で足を組みながら…ナリアさんをジッと見つめる。違和感があったのではないか…と。
「私は以前から違和感があった、例えば…アルタミラ、君は知り得るはずのない事を知っていた」
「…………」
「私が君の絵画を買うと言った時、君は言ったな…『マーキュリーズ・ギルドの会長に買ってもらうなんて畏れ多い』と…私は君に全ての素性を明かした覚えはないが」
「ッそれは……」
確かに、エリス達は名前は名乗れど素性は明かさない。ましてやメルクさんはみんなからメルクさんと呼ばれこそすれど『メルクリウス・ヒュドラルギュルム』とフルネームで呼ばれることはない。なのにメルクさんとマーキュリーズ・ギルド総帥のメルクリウスを結びつけるのは違和感がある。
しかしナリアさんは首を振り。
「そ、それは!僕達が魔女の弟子だと勘付けば自ずと結びつけられる!」
「かもな、だが…なぁエリス」
「はい?」
「私の記憶が確かなら、アルタミラはナリアと親しくなり…呼び方が当初と変わったと思うのだが、確かだろうか」
「……確かですね」
そう、変わっている。今はアルタミラさんは『ナリア君・ナリアさん』と呼んでいる…が当初は『サトゥルナリア』と呼んでいた…。
「ナリアさん、貴方…アルタミラさんに『サトゥルナリア』と自己紹介したんですか?」
「………」
「いつもナリアと自己紹介してますよね、エリス達もみんなナリアと呼びますよね。なのに何でアルタミラさんは貴方のフルネームを知っていたんですか」
「そ、れ…は……」
ナリアさんも分かってるんでしょう、アルタミラさんは…エリス達のことをまるっきり知らなかったわけじゃない。寧ろ知っていたんだ…エリス達が何者か、最初から。
「……アルタミラさん、否定…してください。エリスさん達を…説得してください」
「……もういいんです、ナリアさん」
「アルタミラさん!」
しかし、ナリアさんの必死の擁護も無為と化す。他でもない…アルタミラさんが認めているんだから。
彼女は徐に顔を上げ、エリス達を見回すと…。
「すみません、私は嘘をついていました…本当は皆さんのことを知っていました。だから…お誘いを受けたと言う面もあります」
「騙してたのか?」
「騙す…と言うつもりはありませんでした、ただ…結果的に騙した形にはなりました」
「ルビカンテとどう言う関係なんですか、もしかして貴方もグラフィアッカーネやカルカブリーナのようなルビカンテから生じた別人格なんですか?」
「違います、違います…そもそも私はルビカンテの仲間でも…マーレボルジュの人間でもない、魔女排斥だって望んでない…私は…」
アルタミラさんは頭を抱えて沈み込んでしまう。ルビカンテの仲間でもマーレボルジュの人間でもない?ならなんでルビカンテの事を知っている、なんで顔がそっくりなんだ、そもそもどう言う関係なんだ…。
「アルタミラさん、貴方はエリス達の敵なんですか…?」
「違う…違います、けど…そうです、敵です…でも…違う」
「はっきりしてください、アルタミラさん!」
「私は…私は…私はぁ…!」
頭を抱え、ブルブルと震え出したアルタミラさん…これ以上説明出来ないとばかりに何かを抑え始めるアルタミラさんを見てこれ以上何かを聞くことは不可能かと思ったその時だった。
「私は、皆さんの敵じゃない…ルビカンテとも…か、関係…関係………」
刹那、彼女の体に…異常が起こる。ガクンと体が大きく揺れた瞬間…それは発現した。
「関係…については、私から説明をしよう」
「え……?」
アルタミラさんの声色が…変わった。そう思ったその時にはアルタミラさんの灰色の髪がまるで濡れて色が変わるように血のような赤色に変わり、感情の抜け落ちたような無感情な顔が、狂気に染まり口が三日月に裂ける。
変わった、何かが変わった…。
「な、何が…」
「まずは自己紹介を…私はアルタミラ・ベアトリーチェ…であり、君達の言う…ルビカンテ・スカーレット。魔女排斥機関マレフィカルムの八大同盟『至上の喜劇』マーレボルジュを束ねるリーダーだ」
「は……?」
まるで人が変わったように不遜な態度を示し始めたアルタミラさんはルビカンテを名乗り、足を組み…大きく手を広げにこやかに微笑み始める…と思った瞬間。
「ッッ……!?」
アルタミラさんの体から膨大な魔力が溢れ出した…真っ赤で黒くて…浴びているだけで気がどうにかなってしまいそうな、恐ろしい魔力。
間違いない、こいつルビカンテだ…八大同盟の盟主ルビカンテ!正真正銘のルビカンテだ。
ルビカンテ・スカーレット…アルタミラさんと同じ顔を持つそいつが、突如アルタミラさんが変身する形で現れた…その唐突な事態にエリス達は言葉を失いながらも、見据える。
この状況…最悪だ、だって八大同盟の盟主が唐突にエリス達の馬車のど真ん中に現れたのだから。




