647.魔女の弟子と北辰烈技會
『天禍絶神』のストゥルティ・フールマン、別名冒険者協会最強最悪の男。その本名素性何もかもが不明であり…ただ強く、ただ下劣であることだけが知られているこの男の特徴を一つ述べるならそれは『とことん勝ちに執着するところ』だろうか。
彼は勝ちに執着する、勝つ為なら恫喝恐喝脅しに強請り、人質も取るし毒も使う。彼と抗争したクランは軒並み彼の卑怯な手によりボコボコにされ勢力を落とす。故にこそ最低の男と呼ばれもする。
だが、それでも忘れてはならない…彼はそれでも冒険者協会最強の男。オケアノスやエクスヴォートと並び称される男。そんな男が勝つために自らの力かー必要と判断したなら…手は抜かない。
勝ちに来る、ここで…。
「やるか、エリス」
「上等です」
サルトゥスの森の中、第二回戦開始と共にエリス達は北辰烈技會に襲われた。そこから離脱する為メグさんを走らせていたのだが…今度は更にリーベルタースにも捕まってしまった。そうだ、エリス達は今北辰烈技會とリーベルタースに狙われている。
そんな中エリスはメグさんを逃す為単身リーベルタースと戦い…今こうしてようやくリーベルタースの総大将を引き出すに至る。
(ストゥルティ・フールマン…散々色々やってくれましたけど、やはりと言うかなんと言うか、こうして相対すれば嫌でも分かる…奴の実力の高さ)
エリスは拳を握りながら構える。先程まで戦ったアスカロン達北辰烈技會の元クランマスター達、四大神衆達リーベルタースの幹部、そのどれもが強かったが、だからこそ分かる。
ストゥルティは別格だ、敵も味方も全て彼は下に見ている…常軌を逸するレベルで強い。アレだけ強者達が揃っている冒険者協会に於いてストゥルティを前にすれば全員が『恭順』か『結託して敵対』しか出来ないんだ…。
誰も彼と真っ向切って戦える奴がいない、文字通り協会の絶対王者。それが立ち上る魔力から強く感じる…。
そんな中ストゥルティは静かに巨大な鎌をこちらに向け。
「俺ぁよ、真っ向勝負ってのがどうにも苦手でさ。番外戦術っての?それを利用して勝てるならそれに越したことはねぇと思っちまうんだよな。だからお前ら相手にもそれを仕掛けるつもりだった」
「何する気だったんですか…」
「家族を人質にとりたかった、だがエリス…どう調べてもお前の出自がわからねぇ。来歴は嫌ってくらい出てくるのにいきなりキノコでも生えるみたいに現れた。ナニモンなんだねお前はよ…人の子なら一応親くらいいるだろ」
「フッ、残念でしたね…エリスの親はもう両方とも死んでます」
「ああそう、家族のしがらみって奴がないタイプか。そりゃ失敬…まぁ予想はついてたけどよ、でなきゃそんな凶暴に育たねえよ。親ナシのクズだったとは納得だぜ」
「フンッ……」
挑発でもしたいのか?ならやり方が下手だ。そんな莫大な魔力を見せつけられて…頭に血が昇るほどエリスは素人じゃないよ。…エリスが軽く挑発を流すとストゥルティはため息を吐き。
「ったく、靡きもしねぇ。仕方ねぇ苦手なガチンコやりますか……」
するとくるくるとストゥルティは手元で鎌を回し、回転する鎌を自分の前へと持っていく。ブンブンと音を立ててエリスとストゥルティの間で鎌が回る、長い刃が一度、二度、三度とストゥルティの顔を隠し…四度目に差し掛かったその時だった。
「ッ…!」
──消えた、ストゥルティの姿が忽然と消えその場に虚空で回転する鎌だけが残される、しまったと己の失態を悟ると同時に側面から何かが飛んできて。
「ほいっと!」
「ぅグッ!?」
エリスの背後に飛んできたストゥルティの蹴りがエリスの側頭部を打ちエリスの体が弾き飛ばされる。
ゴロゴロと転がりながら受け身を取り、頭を振ってストゥルティに再び目を向ける…。やってしまった、囚われていた。鎌を持ってるから鎌で戦うもんだという先入観に。まさか初手でいきなり鎌を捨てて動くなんて思いもしなかった!
「いい反応だな、…お前ステゴロも出来る感じだろ?拳骨でやろうぜ」
「チッ…、上等です!」
そのまま軽くステップを踏み拳を構えるストゥルティに向け、エリスもまた大地を抉りながら走り出し一気に肉薄し──。
「なんてな」
「え!?」
がしかし、殴りかかろうとした瞬間ストゥルティは握った拳を開きいきなり懐から拳銃を取り出しエリスに向けてぶっ放したのだ。咄嗟に防壁で弾いた物のびっくりして体勢が崩れてしまった…そしてその隙を見つけたストゥルティは即座に銃を捨て袖から縄を取り出し。
「取った!」
「グッ!?」
一瞬でエリスの首に縄をくくりつけながら背負い締め上げる、背中に乗せ首を縛り締め…抵抗も許さずエリスを落とす気だ。こいつさっきから…殴り合おうって言った瞬間に銃を取り出し、剰え縄で一方的に相手を締め倒そうとするなんて。
「はははは、やっぱ魔術師相手にゃこの手段よ!詠唱も出来なきゃ可愛いもんだ!」
「グッ……」
確かに詠唱出来なければ抵抗の手段はないだろう…けどエリス、一回この状況を味わったことがあるんですよね。で…それを潜り抜けたからここにいるんだ。
(『火雷招』ッ…!)
ストゥルティの背中に手を押し当て跳躍詠唱で火雷招をぶっ放す、生憎とエリスには詠唱そのものが不要なのだ。
バチバチと音を立てて熱が集約し、エリスの手の中で爆裂する…そして。
「ん?うぉっ!?」
直撃…とは行かず野生の獣のような直感か、あるいは歴戦の勘か、エリスの火雷招を感じ取ったストゥルティは咄嗟に身を引き火雷招を回避する、しかしその瞬間縄から解放されたエリスはその場で体を回し、所謂オーバーヘッドの形でストゥルティの肩に一撃蹴りを入れる。
「ぐぅっ!?」
「ストゥルティ!」
「だぁっくそ!どういう理屈だテメェ!」
「それはエリスのセリフです!貴方さっきから!エリスをナメてるんですか!」
その瞬間、ストゥルティはエリスの蹴りを屈んで避け、拳を身を翻し避け、するりするりとエリスの手から逃げ延び背後に向けて飛び退くのだ…逃したなる物かと再びエリスは手元に魔力を集め。
「絶地絶天の煌めきよ、今この時のみ我が手に宿れ『雷紋金剛杵』!」
「よっと!」
放つは雷の槍、一筋の黄金の光はストゥルティ目掛け一直線に飛ぶがストゥルティもまた手を動かし先程使っていた縄で最初に置いた鎌を回収し引き寄せ、そのまま一閃…鋭い斬撃にてエリスの魔術を斬り払い…まんまと着地し鎌を肩に背負う。
「ナメてるって?なんの話だよ」
「小賢しいチンピラ紛いの戦い方です、頭がいいつもりですか」
「ハッ、バカはお前だろ。手段を選ばない奴は弱えのさ」
「逆です、エリスは強いので手段を選んで貴方を倒せるんです」
「へぇ、高潔だねぇ…足元掬われるぜ」
「ご心配には及びません」
この数秒のやり取りでストゥルティの戦い方は分かった。真っ向から戦いと言いながら姑息に立ち回り、殴り合うと言いながら銃を取り出し、ひたすら相手の弱点を突こうと立ち回る…。
所謂卑怯と呼ばれる類の戦い方、アレだけの実力がありながらそう言う手を使うんだ…そりゃ最低の男とも呼ばれる。
(油断出来ない…簡単に相手の挑発に乗らないようにしないと)
「フッ…さて、次はどうすっかなぁ…」
再び鎌を背に腰を落とすストゥルティと拳を握るエリスは数睨み合う、今度はお互いがどう言う存在かを理解した上での睨み合い。出方を伺うこと数秒…先に動き出したのはエリスの方だ。
「『旋風圏跳』!」
「………」
その場で飛び上がり空間を占有するように四方八方に飛び回る、飛び続けるうちに加速しあっという間に最高速に至ったエリスの乱反射を前にストゥルティはそれでも動かない。体を動かさず瞳だけでエリスの動きを完璧に見切り。
「ハァッ!!」
「ここ!」
刹那、火花が散る。不意を打つように飛んできたエリスの蹴りを鎌で弾き防いだストゥルティの間で火花が煌めき衝撃波が発生する。だが問題ない!このまま押し切って叩き込む!
「ッ…すげぇ馬力だな!だがそういうのなんて言うか知ってるか!」
フル稼働で全身を動かし怒涛の乱打を叩き込み続けるエリスの動きを完璧に見切り鎌で防ぎ続けるストゥルティは…その手の中に魔力を集め。
「猪突猛進…ってんだよ!『カーボンアッシュ』!」
「ぅっ!?」
その瞬間、向けられたストゥルティの手の中から漆黒の闇が放たれる。
「な、なんですかこれ!?」
物凄い勢いで拡散した闇の黒は一瞬でエリスの視界を覆い尽くす、なんだこれ…煙幕?ガス?いや違う、これ…。
(黒灰か…!?)
灰だ、物を焼いた後に出る灰を魔術で生み出したんだ。それを目眩しに放ちエリスの視界を奪ったんだ。タコみたいな奴だな!
「オラこっちだ!」
「チッ!」
そして背後から黒灰を切り裂いてストゥルティの斬撃が飛ぶが、その前にエリスは屈み込み鎌による一撃を避けながら一気に前に飛び灰の煙の中から飛び出し逃げ延びる。
「逃がさねぇよ!『アッシュブラスト』ッ!」
今度はての中から黒灰を風のように射出しエリスに向けぶつけるのだ。高密度高出力で放たれたそれは煙のようにエリスを通り過ぎず、微粒の灰がエリスを切りつけながらこの体を吹き飛ばす。
「ぐぅっ!?」
灰を混ぜてある分ただの風魔術よりも重く、ただ灰だけを使うよりも鋭く。さながら両方の要素を併せ持った魔術。灰風魔術とでも呼ぼうか…つまり。
「灰使いですか…!?珍しいモン使いますね!」
「詠唱なしで魔術使う奴には負けるよ!」
クルリと受け身を取りながら息を整える。灰は放たれた後も暫く空間に残り…そこは黒く染められ視界を塞ぐ。これが奴の使う魔術『黒灰魔術』…。
黒灰で相手の視界を塞ぎ、風魔術との応用で組み合わせ高密度の灰を相手にぶつける…か。なんともストゥルティが好きそうな使い方だ。
「オラァッ!!」
「当たりませんよ!」
全身から灰を放ちエリスの視界を奪いながら叩き込まれる鎌の斬撃を横に飛び回避すると共にエリスは空中で姿勢を制御し両手から雷を放ちストゥルティを狙うが、それさえもストゥルティの鎌はエリスの雷を切り裂き再びこちらに向かってくる。
「流石だな、ノーミード達じゃ相手にならねぇわけだ。お前やっぱマジで強えよ」
「それはどう言う作戦の布石ですか?」
「ハッ、拗れんなよ。俺はさぁ、強え奴が好きなんだ…やっぱ俺と組まねーか?」
「組むわけないでしょ今更!」
「ハハハッ!だよな!」
ストゥルティの鎌とエリスの蹴りが激突し、衝撃で大地が跳ね森が揺れる。お互い一歩も引かない、譲らない…そんな戦いが繰り広げられる中ストゥルティは凶暴に笑う。
「まぁ俺も、やっぱお前と組むのはねぇかなって思うんだわ」
「なんでですか…?」
「そりゃあお前が手先だからさ」
「手先……」
そういえば前もノーミードがエリスをそんな風に呼んでたな。なんの手先だって言うんですか…。
「エリスは別に誰の手先でもありませんよ!」
「お前はそう思ってるかもな!だが実際は違うんだよ…俺たちから見りゃテメェは敵だ、冒険者協会腐らせる敵だよ!だから潰すのさ!」
するとストゥルティは一気に後ろに引きながら大きく鎌を振りかぶり。
「『灰王嵐舞』ッ!」
「ッ!?」
斬撃と共に放たれた灰…それが漆黒の輝きを放ちながらエリスに向けて斬撃のように飛び向かってくる。それを見た瞬間、悟る…あれただの灰じゃない。
「『旋風圏跳』ッ!」
咄嗟に後ろに向けて全速力で飛べば…まるでマントを振るうような軌道で放たれた灰の斬撃…それが空間を舐め、射程圏内にあった木々や大地が抉れ消滅してしまったのだ。
やはり、今の灰…あれは。
「魔力防壁…」
防壁を織り交ぜてあった、恐らく舞上げた灰を鎌で振るい斬撃として飛ばしながら灰の粒子一つ一つに簡易的な防壁を纏わせたんだ。防壁を纏った灰はさながら卸金のように射程圏内にある物を削り上げ消滅させる。
アレが、恐らくだがストゥルティ本来の武器。鎌は刃そのものが武器なんじゃなくて団扇のように煽り防壁を織り交ぜた灰を飛ばすためのものなんだ。なるほど、色々分かってきたぞ。
「なんだ、普通に戦っても強いじゃないですか」
「まぁ…これでも冒険者協会最強って呼ばれてるんでな。でぇよぉ?エリス、……いつまで様子見する」
「…………」
ストゥルティはまだまだ本気じゃない、奥の手も隠してる…何より奴からは必死さと言う物を感じない。エリスもまだ本気ではないが…それは時間稼ぎのために温存しているに過ぎない。
このままのらりくらりやってもいいが…。
「様子見はここまでにしましょう、本気でいいですよ」
「ヘッ、お前も好きだねぇ……だが分かってんのか、本気でやるってことは命のやり取りになるぜ?」
「構いません、エリスは死なないので」
「……………」
ストゥルティは鎌を背負ったまま、鎌を持たないもう片方の手を前に出し、ギロリとエリスを睨み。
「なら後悔すんな…『黒死外套』」
ボウボウと彼の体から灰が溢れ、煙となって宙を漂い、やがて黒煙はストゥルティの力により形を取り始め…彼の背後に漂う巨大な黒外套の死神となって浮かび上がる。
「さっきも言ったが俺はお前達を潰すつもりだ、容赦はしねぇよ…」
「分かってます、エリスも貴方達をぶっ潰して大冒険祭を優勝するつもりなので」
「そうか、出来たらいいな…応援してるぜッ!!」
瞬間、鎌を振るうと共に背後の死神が動き出しその手に持った巨大な黒鎌を振るう。同時にエリスもまた動き出し旋風圏跳で空を飛ぶと、先程までエリスがいた地点の木々が死神により真っ二つに切り裂かれる。
「このッッ!!」
同時にエリスは加速をし死神を打ち払うため一気に急降下し死神に飛び蹴りを喰らわせる…が。
「あら!?」
死神は攻撃が当たる寸前に黒煙に変わりエリスの攻撃がすり抜ける、え?木を切ったから実体があるもんだと思ったけどないの!?
「甘ぇ〜!バーカ!!」
「うるせぇーっ!」
どうやら灰の死神は攻撃の瞬間しか実体化しないようで鎌を振り回しながら暴れ狂い木々を両断して回る、その猛攻は凄まじくエリスは飛び回り逃げ回ることしか出来ない。
何か手はないか…手は…あ、そうだ。
「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』」
「チッ、水か!」
両手を合わせ放つは水の波動、それを全方位に放ち暴れ狂う死神にぶつければ…やはりだ、灰が水を含んで洗い流される。灰だから水に弱いんだ!よし!これなら…。
「な〜んてな!」
「え!?ぅぐぅっ!?」
がしかし水で灰の死神を洗い流したのも束の間。その瞬間飛んできたストゥルティ本体に蹴り飛ばされエリスは木を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされる。
まずった…死神の方はなんとかしてもストゥルティ本体をなんとかしないといけないんだった!
「ハハハッ!オラオラどんどん行くぜぇ?」
「ッやってやりますから!」
そこから、エリスとストゥルティのボルテージが上がる。灰で足場を作り魔力噴射で加速するストゥルティと木々の隙間を縫って跳ぶエリスの影が森の頭上で交差する。激突する都度に金属音をサルトゥスの森に鳴り響かせる。
「どっこいしょッ!」
「ぐぅっ!?」
ストゥルティの鎌による突きを受け殴り飛ばされるように木の間を吹き飛ばされるエリスは視線でストゥルティは追いながら風で姿勢を保ち、リベンジとばかりに更に突っ込む。
今までの速度でダメなら、もっと速く──。
「えっ!?」
しかし、ストゥルティに向けて頭突きを繰り出そうとした瞬間。エリスの動きはストゥルティの目の前で止まる…後ろから何かに引っ張られるように、堰き止められる。
一体何がと慌てて背後を見ると。
「ハンタースパイダー…って知ってるか、一度付着するとどこまでも伸びる粘液を放つ魔獣さ」
エリスの背中に何かの粘液が付着し、それが木と繋がっている。これがエリスを引っ張っていたのか!?しかしいつの間に…いやさっきだ!さっき殴られた時に背中にハンタースパイダーの粘液をぶつけられたんだ!
「お前、視野が狭いんだよッ!『灰王裁槌』ッ!」
「ぐっ!?」
魔力を纏った灰の嵐を直接叩き込まれるエリスに逃げ場はない、致し方なく防壁で防ぐが…やはり防ぎ切れない。そのまま大地に叩きつけられ地面を転がり…即座に地面を拳で叩き立ち上がる。
「ふぅー…!」
またやられた、裏をかかれた…厄介だな。どうしよう、覚醒使おうかな…ノーミード達はいきなり覚醒を使ってくれたから楽だったけど、ストゥルティはまだまだ使う様子がないし。
(メグさんならあと少しで森を抜けるはず、森を抜けたら即座にエリスを時界門で離脱させてくれるはずだし、消耗とか色々考えず…超短期決戦を仕掛けてみるか)
制限時間は決まってる、その制限時間を耐え切ればエリスの勝ちだが…その制限時間中ずっとボコボコにされて耐えてました、じゃあ任せてもらった身としては格好がつかない。せめて敵の総大将に一発泣きを見せなきゃエリスの気がすまない。
(覚醒と同時に冥王乱舞の最大火力を叩き込む…にはちょっと距離が足りないな)
エリスの今持ち得る最大の奥義『冥王乱舞・流彗』は一秒以上の直線加速が必要だ。とてもじゃないが今のストゥルティに対して使うには距離が近過ぎる。となると時点で強力な『冥王乱舞・王拳』か。
(よし、やるぞ…!)
(ああ?エリスの奴…雰囲気が変わったな、覚醒使う気か?さっきノーミード達の戦いを見るにアイツの覚醒は超高速から叩き込む超加速、覚醒としてはなんの捻りもない火力型。だからこそ対応も難しいタイプだな…さて、どう来る)
ストゥルティは木の上から飛び降り、鎌を回し構え直す。エリスが覚醒を使うのを察知したようだ…なら、もう不意打ち狙いで隠す必要はないな。
「魔力覚醒…『ゼナ・デュナミス』!」
「魔力覚醒かぁ、使うのかい?」
「ええ、貴方は?」
「怠いからパスかな」
「…………」
ストゥルティは覚醒を使う気配はない、エリスの覚醒は見ているはずだし何をしてくるかは分かっているはず。ならそれを防げる手段があると…面白い。
防いでもらおうか、エリスの一撃を…!
「なら行きますよ…冥王乱舞・点火ッ!!」
(超高密度の魔力に指向性を持たせた上で出力を確保する戦闘法か、とてもじゃないが真似出来なさそうだ…と言うか真似したら常人なら死ぬぜ)
肘から紫炎を吹き出し推進力を貯める。そのまま紫炎を右腕に固定して巻きつけエリスの手の中に魔力を推し貯める。魔力は溜まった…行くか!
「ッ冥王乱舞!」
「来るか!」
拳を大きく引き、紫炎で音を破壊する勢いで飛翔しストゥルティに向けてすっ飛ぶ、同時にストゥルティも鎌を回し防壁を展開し──。
「『王拳』ッ!」
「金剛防壁、展開ッ!」
瞬間、ストゥルティの目の前に六角形の光り輝く防壁が生まれ…エリスの王拳とぶつかり合う。感触で分かる…特殊防壁だ、それも防御力特化の特殊防壁!
「ぐっ!」
「テメェ…!」
バチバチとぶつかり合うエリスの王拳とストゥルティの金剛防壁、火花と魔力閃光が迸り壮絶な光と熱が生まれ大地が融解し衝撃により吹き飛び森がエリス達を中心に捲れ大地が消えていく。しかしそれでも譲らぬエリスとストゥルティ…。
「ボス!」
「ストゥルティ様!」
「近づくな!抑え込める自信がねぇ…このまま弾き飛ばす!巻き添え喰らうなよッ!」
「違います!吹き飛ぶのは!おーまーえーだぁーーー!!ぬぐぅぅーーー!!」
ノーミード達が心配して援護に入ろうとするがそれすら止めるストゥルティ、彼は独力でエリスを吹き飛ばそうとするが、エリスもまたストゥルティをぶっ飛ばそうと更に力を込める。ぶつかる魔力と魔力、拳と防壁、その鬩ぎ合いは無限には続かず。
「いい加減にしろやァッ!!!テメェッッ!!」
「お前がァァアア!!!!」
この膠着を終わらせようと二人同時に魔力を込めた瞬間…暴発したお互いの魔力が強い光を放ち………。
「ストゥルティ様ぁっ!!」
────爆発した。それはサルトゥスの森に巨大な穴を開けるほどの爆裂であり…ノーミード達は咄嗟に防壁を展開するが砂塵に塗れた視界は何も映さず呆然と現実を見つめる。
「ストゥルティ様!ストゥルティ様!」
「どうなったんですの!?勝ったのは!?」
「ッ…誰かいる」
そして、巻き上がる黒煙の中…立ち続けるのはただ一人。
それはゆっくりと振り向きノーミード達の所へと歩み寄り…。その姿を晒す、それは即ち勝者の姿で……。
「……………」
「ストゥルティ様!」
「ご無事で!?」
ストゥルティだ、魔力爆発に巻き込まれ少々傷付いてはいるがしっかり両の足で立つ彼はノーミード達の元へとやってくる。今の鬩ぎ合いを制したのはストゥルティだ。
「勝ったのですね!ストゥルティ様!」
「……いや、寸前で逃げられた」
「え?」
「見てみろ、奴の姿がねぇ。爆発した瞬間空間に穴が開いてアイツを引き込んだ…多分アイツの仲間が転移させたんだろ」
ストゥルティは爆心地を見る、そこにはエリスの姿はなく…彼は小さく舌を打つ。決着はつかなかった、今の鬩ぎ合いは殆ど相打ちに近かったんだ。
(もしあそこでエリスが転移してなけりゃ、エリスは二撃目を打ってきてた。つまり戦闘は続行されてた…まぁこっちにも余力はあったが、マジで決着をつけようと思ったら全力出し切らなきゃならねぇな…あの女、体が鋼で出来てるみたいにタフだし簡単には倒れてくれなさそうだ)
ストゥルティは面倒くさそうに舌を打つ。今のがエリスの全力なら実力的にエリスとストゥルティは伯仲の間柄ということになる。つまり倒そうと思うとこっちもなりふり構わず全力を出し切らなければならないということ。
ここにくる前に北辰烈技會の襲撃を受けていたことを考えるに、今大冒険祭に参加しているチームとクランの中にエリス達を相手に危なげなく勝利し止められる存在は居ないことになる。
(軽く捻ってフェードアウトさせるつもりだったが、こりゃ手を出さない方が正解か?全戦力傾ければエリスのチームは多分倒せるが…そうなると北辰烈技會に手が回らねぇ)
参ったことになったとストゥルティは顔を覆う、北辰烈技會だけでも厄介なのにそこにエリス達という第三勢力まで加わるとは。
エリス達が参加したのはステュクスの仕業だ、そしてステュクスを差し向けたのはロムルスの可能性が高い。ってなると…。
これもロムルスの手の上ってことか?だとすると…。
(エリス達はロムルスの仲間?まずいな、フォルティトゥドとの喧嘩の最中にエリス達が乱入してきたらマジで手に負えなくなる。こりゃますます大冒険祭に勝ってグランドクランマスターにならなきゃいけなくなった)
エリス達に加えてロムルス達フォルティトゥドまで一緒に相手は出来ない。グランドクランマスターになって北辰烈技會や赤龍の顎門も戦列に加えないと今の戦力じゃ厳しい。
「まぁいい、今回の戦いで得るものもあった。取り敢えず動くぞ、近くに北辰烈技會もいる。連中は手負だろうがこっちも手負だ、一旦体勢を整えるぞ」
少なくとも今は競技中、自分たちの寝首をかこうとしているのはエリス達だけじゃない。今はゆっくり休む時間もない、少しでも動かなければとストゥルティは団員達に指示を飛ばす。
取り敢えず今回はここまでにしておく、どうせ…第二回戦は俺達の勝ちで決着がつくんだからな。
………………………………………………………………
「エリス様!大丈夫でございますか!?」
「ふぅ…ふぅ、大丈夫ですよ。ちょっと疲れただけです」
王拳を放ち、防壁に弾かれたと思った瞬間…エリスは時界門に引き込まれ気がつけば馬車の中だった。馬車の中には既にみんないる…どうやら北辰烈技會の包囲は抜けられたようだ。
「エリスちゃん、話は聞いたよ。リーベルタースとやったんだって?」
「ええ、想像してたよりも強かったです。ストゥルティどころか四大神衆すら倒し切れませんでした」
膝に手を置いてふうふうと息を整える、流石に北辰烈技會からのリーベルタースの連戦は体に応える。魔力もさっきの王拳に突っ込んじゃったし…力が抜ける。
「すみませんデティ、治癒を…」
「うん、任せて」
「エリス、大丈夫か?一応…もう北辰烈技會の包囲は抜けてサルトゥスの森の外に出た、今頭部の荒野にいるみたいだ」
その場に座り込みデティに治癒を受け魔力を回復させていると、ラグナが心配したように肩を撫でながら状況を説明してくれる。
どうやらみんなバラバラで戦っている最中に転移させられ今は状況を確認している最中らしいが…少なくとも北辰烈技會の包囲は抜けたらしい。東部の荒野を進みオアシスを探して今アルタミラさんが御者をしてくれているらしい。
とはいえ、オアシス探しはエリスが上空から行うって話だったし、デティに治してもらったらすぐに動かないと。
「ふぅ〜…助かりました、デティ。ありがとうございます」
「うん……」
あ、デティがあの顔してる…『無茶するな』って顔してる…これは怒られるか…。
「エリス、孤軍奮闘だったのは分かるけどもう少し自分の身を大切にしてくれよ」
「え?」
がしかし、無茶をするなと言ったのはデティではなくラグナだ。それもめちゃくちゃ真剣な顔で…。
「ラグナ?」
「今の話を聞くに多分エリスはストゥルティか四大神衆のどちらかを落とそうとしたのかもしれない、けど向こうにも治癒術師が控えているし無茶をする必要はない」
「で、でも…喧嘩売られてただ逃げるってのも癪ですし」
「それでもだ、そう言う相手をぶっ潰すって戦いの時は俺…いや、みんなで一緒にやろう。これはチーム戦なんだからさ」
「う…はい」
なんか、ラグナにこんな風に諌められると弱いよ。まぁ確かにあの場面で命懸けで全力突っ張りは頭が悪かったかもしれないな…あそこで倒しても治癒術師が向こうにいる以上すぐに回復されて終わりだった。倒す倒さないは完全にエリスの意地だった…うん。
「すみませんでした、ラグナ」
「いや、一人で戦ってくれたのにごめんな…」
「なんかあと二人いつもと雰囲気違わね?ナリア、お前なんか知ってる?」
「いいえ、何も」
ラグナに諌められ落ち着いた、ちょっと血の気が多すぎましたね。にしてもラグナに怒られるなんて思いもしませんでした…それだけ無茶なことをしたのかな。
「さて?説教も終わったようだし…ラグナ、これからどうする」
そしてメルクさんが腕を組みながらソファに座り、これからの動き方を問う。エリス達がこれからやるべきは東部の荒野を三日間旅して龍丹草をより多く見つける事だ。龍丹草は東部のそこかしこに発生するオアシスによく生えるらしい、ならオアシスを見つける方が手っ取り早いが…。
「ああ、その辺について考えたんだけどさ。アルクカースも東部と同じで大地が乾いてんだよな、だからオアシスっぽいやつもそれなりにある…」
「そうか、それで?何かあるのか?」
「いや、そう言うオアシスの周りってのは大概街があったりするもんなんだ」
「街か、確かに水場があるならそこに人は集うものだものな」
「ってことは上空からオアシスを探す他に街を見つけてもいいってことですね」
「ああ、つっても…そんなのは多少旅をしてる人間なら誰でも思いつくことだし、そもそも俺達はスタートダッシュに失敗してる。多分街には冒険者が押しかけてるだろうな…」
「じゃあどうすんの?」
「そこで考えたんだけどさ、この競技って『龍丹草を集める事』が目的じゃなくて『競技終了時に持っていた龍丹草の数がポイントになる』…だよな?」
予選のレッドゴブリンの話と同じだ、レッドゴブリンを倒すことが目的ではなく耳を集めることが目的。それと同じように龍丹草そのものを集めることが目的ではなく終了時より多くの龍丹草を持っていればいい…と言う話か。
まぁ、より多くの龍丹草を持つと言うことは龍丹草そのものを集める事を意味するのだが…。
「でさ、一つ相談なんだが…『龍丹草を買う』のって反則かな」
「買うって…他のチームから?売ってくれないでしょ」
「いや?商人からだ。デティ言ってただろ?龍丹草はポーションの材料になるって、ってことは商人達にとってはそれなりの商品価値があるって事だ、なら在庫として既に確保してあるやつがあってもおかしくない」
「なるほど…採取ではなく収集、自分達で見つけるんじゃなくて既に市場に出ているものを買うわけか…」
「確かに、集めろ…とは言っていましたが、自分達で採取しろとは一言も言ってませんね」
或いはそれは冒険者同士で争う理由にもなるのかもしれない。他チームを襲い龍丹草を奪い合う…そんな戦略も取れるように採取する事そのものにこだわるようなルールを記載しなかったと。なら確かに買っても良さそうだ。
「俺達で集められる分は集める、だがそれとは別に商人から買う。これならいけそうじゃないか?」
「でもラグナ、龍丹草で作れるポーションって強壮剤としても使えるし肉体の活性化とかも出来る便利な代物だから…結構高いよ、アジメクでもまぁまぁいい値段で取引されてるし…」
と、デティが価格と話をした瞬間…メルクさんがニッと笑い。
「問題ない、根こそぎ買おう」
「あ…メルクさんがいるなら、問題ないか」
そう、価格に関してはまるで問題にならない。なんなら街ごと買ったってメルクさんにとってはその日食べるおやつを買ったくらいの感覚になるだろう。なら根こそぎ買い占めても問題ない。寧ろ高いなら冒険者達に買われる心配もないしラッキーというものだ。
「よし、じゃあ取り敢えず馬車の行き先としては近場の街にしよう、アルタミラさん。東部の地図はあるかい?」
「ええ勿論、既に調べ終わってます。丁度この近くに街が一つあります、オアシスを中心に作られた街です」
「へぇ…」
アルタミラさんは既に地図を用意しておりそれを広げてエリス達に見せてくれる。言われてみれば確かに近くに街がある…というかもう目の前だ、ならまずはここに行ってからの方が良さそうだな。
「よし、取り敢えず近場に街があるならそこに行こう。それからエリスには上空から隠れたオアシスを探してもらう…こういう方向でいこう」
「分かった、では早速ステュクスに伝えよう。おいステュクス!聞こえていたか?」
『え?ああなんとなく!けどちょっとこっちに来てもらっていいですか?』
ふと、御者をしているステュクスに声をかけるが…ステュクスはやや歯切れの悪い返答を返す。こっちに来いとはつまり御者席にか?
「どうした?」
『いやぁ、この近くに街があるって話でしたけど…見当たらないんですけど、街が』
「なんだと?」
一瞬メルクさんと一緒に視線を合わせ、みんなで御者席に顔を出して外を見る…するとそこにはいつか見た荒涼とした大地が広がっており…広がっており、広がっているだけだ。
遥か地平の向こうまで見えるけど…街があるようには見えない、もう一度地図を見返すが確かにもう見えてもおかしくないくらいの距離の筈なのに。何か間違えているのか?
「おかしいですね、街がありません」
「私の描いた地図が間違っているんでしょうか」
「いやぁ、街の座標が間違ってる程度ならここからでも確認出来ると思います。これはそもそも街そのものが存在しないようにも思えますが…そんなのあり得ませんし」
何度も地図を見返す、確かにこの近くに街があるはずなんだが…街の位置を間違えているとかそんなレベルの話ではなくそもそも街がない、存在しない、そんな風にも見える。どういう事なのか首を傾げた瞬間。
「ん、待って…」
「どうした?ネレイド」
「あれ、何かある」
「え?」
ふと、ネレイドさんが指をさす…それは正面。丘を越え見え始めた向こう側にあったのは、街……ではない、寧ろアレは。
「瓦礫…!?」
瓦礫だ、東部の建材によく使われる頑強で乾いた石材の瓦礫が山のようにあちこちに積み重なっている。
異常、そんな言葉がエリスの脳裏に走る。存在しない街、代わりに現れた瓦礫、ここから導き出せれるのは…。
「エリスちょっと様子見てきます!みんなは後から追いかけてきて!」
「え!?ちょっと姉貴!?」
咄嗟に馬車から飛び出し空を飛び瓦礫のある場所に向かって飛ぶ。こうしてしっかり見ると瓦礫が広がっている範囲は広くそれこそ街一つ分のようにも思える。
それに何より…最悪なのが、街の中心で広がる穴…アレは恐らくオアシスのあった場所。どういうわけが枯れていて周囲の植物も根こそぎ潰されているが、確かにアレはオアシスだ。
「間違いない…ここは街だったんだ。何者かに潰されて消されてしまった街なんだ…!」
戦慄する、瓦礫の様子を見るに破壊されたのは遠い昔には思えない。つい最近何者かがこの街を跡形もなくぶっ潰してしまったんだ。徹底した破壊具合に人工物を許さぬ仕事ぶり、どう考えても人為的、自然現象じゃない。
何が起きた、何者の仕業だ、街一つ破壊し尽くしてしまうなんて尋常じゃないぞ。
『だ、誰か…』
「ッ!生き残りですか!?今行きます!」
すると瓦礫の中から声が聞こえる、もしかしたら生き残りがいるのかと虚空を駆け抜け飛来すると、瓦礫の下敷きになっている青年がいた。恐らくこの街の住人だ…!
「大丈夫ですか!」
「う、助かった…」
瓦礫を引っ掴みひっくり返すように投げ飛ばせば…うん、青年は無事だ。恐らく瓦礫に足が引っかかっていただけ、怪我も深くない。よかった…。
「気をしっかり、もう直ぐ腕のいい治癒術師が来ます。他に貴方のように瓦礫に巻き込まれた人はいますか?」
「うう、分からない…けど、街人の大多数は…逃げたと思う」
「逃げた、やはりこの街で何かあったんですね?何があったんですか?」
「魔獣だ…魔獣が攻めてきたんだ」
魔獣が?だが東部にはこんな盛大に街を襲うような魔獣はいなかったはずだ。この熱は魔獣達にとっても害がある…そこまで元気でいられる奴はいない。とすると何か突然変異のような個体が現れたのか…?
「どういう魔獣かわかりますか?」
「デカい…ひたすらにデカいドラゴンだ、長老は…奴を…キングフレイムドラゴンと呼んでいた…」
「キングフレイムドラゴン…!?」
キングフレイムドラゴンと言えばマレウス史最強の大魔獣…オーバーAランクに部類される災厄の存在だ。だがそれはもう半世紀以上前に倒されているはず。一度完全に死んだ魔獣が蘇るなんて言う例は未だ確認されていない…何よりキングフレイムドラゴンの死骸は今も南部に焉龍屍山として残っている。
蘇ったと言う事はない…しかし。
(この規模の破壊、確かにオーバーAランクならあり得るか)
エリスも一度オーバーAランクがどう言う物か見たことがあるんだ。波濤の赤影レッドランペイジ…島一つ分の巨躯を誇る大魔獣、アレくらいの魔獣が暴れたと言うのならこの街が吹き飛んでしまった理由にもなる。と言うかそれくらいデカい奴じゃないと説明がつかない。
(まさか新たなオーバーAランクが誕生したのか?だとしたら大冒険祭どころじゃないぞ…、けどオーバーAランクの誕生は百年周期。最後が半世紀前だからまだ五十年は猶予がある筈…なんだ、何が起こってるんだ)
『姉貴ー!!』
『エリスちゃーん!何か分かったー!?』
「デティ!すみません!ここにいる彼をお願いします!」
「ちょっとー!説明していってよー!」
エリスを追ってやってきた馬車に向かって走り出し、エリスは怪我をした青年をデティに任せ馬車に乗っているラグナに目を向け。
「ラグナ、見ましたか?街の様子」
「ああ、こりゃ酷いな。人間がやったようには見えない、魔獣か?」
「はい、キングフレイムドラゴンのような巨大なドラゴンがいきなり現れ街を破壊したとか」
「マジかよ…ネレイド、ちょっと出よう」
「うん、東部がめちゃくちゃにされてるのは…私としても許せない」
エリスはラグナとネレイドさんを連れて周囲の瓦礫を見て回る。エリスがこの二人を慌てて呼びに行ったのは…エリスだけではこの街の瓦礫を見ても何も分からないからだ。だがラグナとネレイドさんが見れば何かが分かる…そんな気がしたから、連れてきた。
そして二人を連れて一通り見て周り…。
「分かった事は二つ」
ラグナが近くの瓦礫に腰をかけながら、周囲を見て回った結果わかったことを話す。既に青年はデティやメグさんの看病を受けて、かなり回復している…後で彼にも話を聞こう。
「なんですか?」
「まず、襲ったのは魔獣で間違いない。モースんところの山賊がやったにしては派手すぎるし金品が置いてあるって点も人が襲いましたって言うにはちょっと不可解だ。何より破壊跡が人間のそれには見えない」
「まるで踏み潰されたようですよね…あれ?」
ふと、エリスは周りを見て一つ気になる。家屋は踏み潰されている、建物は踏み潰されている、だがそれ以外の傷が見当たらないんだ。例えばドラゴンならブレスを吐いて街を焼いたり…と言うのも考えられるが、それがない。
「なんか、踏み潰したような跡しかありませんね」
「そこだ、二つ目は『この破壊には敵意が見られない』事。まるでフラッと立ち寄って積み木を蹴飛ばしてしまったような…そんな邪気のなさを感じるんだ」
敵意が見られない、壊そうと思って壊したと言うよりなんか壊れてしまったって感じが強い。と言っても徹底的に街を破壊している形ではあるのだが…。
「もしかして、街を壊したのはついでで…何処かに向かってる最中とか」
「あり得る話だな、進路上にあったから踏み潰して進んだ。それだけのような感じがする…何にしても人間に対して強い憎悪を持つ魔獣にしてはちょっと不可解だ」
「…………」
もし、この街を破壊した犯人が魔獣だとしたら…ただ壊すだけではなく逃げた人たちも襲う筈、だが近辺にはそんな感じもない。ただ立ち寄って踏み潰しただけ、これは魔獣の行動的にやや不可解。
それにもしこの推理が当たっているとして、進路上にあったから潰した?なら魔獣はどこかに向かっている最中なのか?
「どうします?ラグナ」
「……捨ておけないだろ」
エリス達は崩れた街を見る、見るにそれなりの大きさの街だったろう。住んでいた人もここで生きていくつもりだった人も全てが魔獣によって追い出され、傷つけられた。或いは放置すればより多くの人々や街が同じ事態に直面する。
でもエリス達大冒険祭の最中だし、また今度にしよう…なんて事言って見過ごせば、一生寝つきが悪くなる。捨ておけない、絶対に。
「よし、大冒険祭は後だ。もしオーバーAランクみたいなのが湧いたなら倒さねぇと」
「そうだね、それにこのままそのドラゴンを放置していたら…街やオアシスが潰されるかもしれない。戦略面で見てもいい事ない」
「はい!じゃあ倒しましょうか!」
きっとみんなも同じことを考えてくれると思ってましたよ!よし!ならまずは魔獣退治だ!と意気込んだところ、先ほど瓦礫の下敷きになっていた青年は…。
「あのドラゴンを、倒してくれるんですか?」
「ん?ああ、一応俺ら冒険者だからな」
「ありがとうございます…、ただこの街にもそれなりの数の冒険者さんがいたんです、なんでも大冒険祭に参加していたらしくて」
「他の無所属チームか、で?そいつらは?」
「全員やられてしまいました。今は街人の避難誘導をしているか…そもそも逃げてしまったか」
「なるほどな…」
「奴は凄まじく強いです、どんな攻撃をしても効いてる様子がなくて…もし倒すのなら、お気をつけて…奴は南方に向け下って行きました。今から数十分前のことです」
「数十分前なら今から行けば間に合いそうだな…分かった、いろいろ教えてくれてありがとよ。一応しばらく生きていける食料と金貨を渡す。最後まで面倒見きれなくて悪いな」
「ここからなら北部に向かえば暫くは生きていけると思います」
「ああ…ありがとうございます、本当に…」
一応メグさんとメルクさんに頼んで食料と避難金を用意してもらうよう頼んでみる。出来たら護身用の魔力機構も。それがあれば少なくとも北部には辿り着ける筈だ、北部は反魔女思想が蔓延っているが純粋なマレウス人からすれば逆に豊富な食料のある豊かな地だ、そこでなら再起できる筈だ。
そうしてエリス達は彼に避難するための物品を渡しつつ一応別れを告げたが…さて。
「街ぶっ壊した魔獣を追う、みんな…いいよな」
「無論だ、街一つ潰してしまうような怪物を放置して他に何をする」
「いいよー!軽くぶっ殺して競技にササっと戻ろうー!」
「しかしレッドランペイジみたいなのだったら厄介だよな、つーかやべぇ魔獣湧きすぎだろ」
魔獣退治は全会一致、放置しては進めないということでエリス達はまずドラゴンを倒す方向で話を進めることとした。奴は南部に向かったそうだ…南部か。
「なぁ姉貴」
「ステュクス…、貴方もいいですよね。ドラゴン退治」
「そりゃ構わねぇと言うか…寧ろ騎士として頭下げてでも頼みたいくらいだよ、けどさ…なんか街の様子が気になってさ」
するとステュクスは瓦礫を見て…小さく首を傾げている。
「何か気になることでも?」
「いや、さっきラグナさんも魔獣は悪意でこの街を破壊したわけじゃないって感じがするって言ってたよな。そこは同意なんだけど…俺、魔獣は目的があってこの街を壊したと思うんだ」
「なんですか?」
するとステュクスは星魔剣の方をチラリと見る。まるで星魔剣と意思疎通を図るように…なんだ?何してるんだ?
「どうしたんですか?」
「あ、いや。俺思ったんだよな…まるで魔獣はこの街を…この街の有り様を、みんなに見せつけたいような…そんな感じを」
「なんですかそれ、魔獣が破壊を誇ってると?」
「うん…そんな感じがするなぁって」
それはどう考えてもおかしい話ですよ、魔獣が破壊を誇るわけがない。アイツらには知性はあるが感情らしい感情はない。生き物として破綻した連中です…それが自らのを破壊を誇るなんてことあるわけがない。
「変な事言ってないで南下しますよ」
「だ、だよな…うん」
それよりも南下してドラゴンを探さないと…にしても。これだけの破壊をして見せる魔獣か、一体どれだけ大きいのやら。
……………………………………………………………
で、南部に向けてエリス達は移動を始めたわけですが…。
「一向に見つかりませんね」
カラカラと乾いた大地を車輪が傷つける音が響く荒涼とした大地の中、エリスは外を見ながら呟く。一向にその巨大なドラゴンとやらが見つかる様子もない。
「だな、そもそもそれだけデカいなら簡単に見つかる筈だが…」
「第一そこまでデカいやつが動いてたら足音も凄そうだけどね」
「それもないな」
かれこれ数時間くらい時間をかけて南部に移動していたが…見つからない、いる気配もない。もしかしてあの街全部がリーベルタースの策略でエリス達はまんまと嵌められている…と考えられるくらい、何もないのだ。
「デティ、気配は感じないか?」
「何も…」
デティも困ったように地下から這い出てくる。地下のデティシステムに篭っていろいろ探ってくれていたようだが見つけるには至らないようだ。デティシステムで見つからないならどうやっても見つからないだろう…。
「んんぅ〜?どうなってんだ〜?なんで見つからないんだ?方向間違えたか?」
「そんなわけありませんよ…もしかして、そのドラゴン空飛んでるとかありません?」
「街潰すくらいでかい奴だぞ?飛んでたらそれこそ丸め立ちだろ」
どう言うことか…エリス達がそう悩んでいると、馬車が減速を始め…。
「わ、悪い姉貴…そろそろ御者番変わってくれぇ〜…暑くて暑くて」
そう言ってステュクスがフラフラと馬車の中に帰ってくる。どうやら東部の暑さにやられてしまったようだ…。
「今、季節柄的に冬だよな…なんでこんなに暑いんだよ…」
「大丈夫か、ステュクス」
「ラグナさぁん、すんません…バトルタッチ出来ますか…」
「ああ、変わるよ。悪いメグさん、ステュクスを介抱してやってくれ」
「かしこまりました、ステュクス様。アイスクリームは如何ですか?」
「マジでこの馬車なんでもあるんすね…」
そう言ってラグナは御者番をするため外に出る、なんとなくエリスもラグナと一緒に外に出て周囲の風景を見回す。
「やっぱ、何もないな」
「ですね…」
そこには乾いた大地と蜃気楼、そして遥か遠方に見えるライデン火山しか視界に映らない。街を潰すドラゴンの姿は何処にもない…何処に消えてしまったんだ?
「はぁ、取り敢えずもう少し進んだらいろいろ考えるか」
「ですね…」
「というかもう結構南下したんだな、東南最奥のライデン火山が見えるくらいのところまで来ちまったとは…」
そう言ってラグナはライデン火山を見る、あそこの麓には今はもう誰もいなくなったガイアの街があるんだ…このまま進んだら東部の果てまで行ったことになる。にしてもあれが見えるくらい南下していたとは………え?
「いや、見えるはずなくないですか?」
「は?」
「エリス達さっきまで東北にいたんですよ?それがなんで数時間馬車で移動しただけで東南最奥のライデン火山がくっきり見えるくらいまで移動できるんですか」
見えるわけがないんだ、ライデン火山がここから。ただでさえ蜃気楼で景色が歪んでいるのに遥か彼方のライデン火山がああも確かに見えるはずがない。数時間移動してもエリス達はまだ東北を抜けてない筈…ライデン火山が見えるようになるには数日移動しないといけない筈。
なのに、ライデン火山がああも確かに見える…これはおかしい。
「確かに、東南最奥のガイアの街から東北最奥のサラキアに行くまで俺も数日かけたな…たかだか数時間で移動出来る距離じゃない」
「ですよね、じゃあアレ…なんですか?」
今確かに見えているライデン火山はなんだとエリスは目を凝らしてライデン火山をジッと見る…ジッと見て、遠視を使い、よくよく観察する…すると。
「……え!?動いた!?」
動いたんだ、よくよく見ると左右に揺れている。動いている山なんてあるわけがないじゃないですか!
「ステュクス!」
「何姉貴ぃ…」
「あそこのライデン火山!いつから見えてました!」
「え?そんなもん最初から………じゃねぇ!ちょっとしてからいきなり現れたんだ!ああくそ!!なんで気が付かなかったんだ!姉貴ヤベェ!あそこに見えてるのライデン火山じゃない!」
ステュクスはメグさんから額に乗せられた濡れタオルを弾くように起き上がり青い顔で叫ぶ、やはり…じゃああそこに見えてる山ってライデン火山じゃなくて。
「あれが、街を潰したドラゴンか!?デカすぎるだろ!?」
あれは山じゃなくてドラゴンの尻だったんだ。よくよく見るとそのフォルムが明らかになる。
四足歩行で歩き、短い尻尾をブンブン振るい歩く姿は龍というより象に近い。ただ特筆すべきはそのサイズ…大きい魔獣と言われて想像していたそれよりずっと大きい。それこそライデン火山と間違えてしまうくらい大きいんだ…洒落にならない。
今は四足歩行してるけど、二の足で立ったらそれこそ雲を飛び越えるんじゃないかと思えるくらい大きい…。全長で見ればレッドランペイジより大きい…。
「あれが…つーか、オレンジ単色か。大地と混ざってぱっと見じゃマジで山と区別がつかねぇな」
例のドラゴンは体色が完全にオレンジ一色なんだ。だから岩山と区別がつかなくてパッと見じゃ分からなかったんだ…。
「デティシステムにも引っかからないんだけど!何あれ!」
「わかんねー!けど突撃だ!全員戦闘準備ー!」
ともあれ見つけたなら突撃だとラグナは手綱を引いてジャーニーと共にみんなであのオレンジドラゴンの元へと向かうのだ。そうやって移動していくと…ドラゴンはグングンと視界の中で膨らんでいき。
遠近感覚が狂いそうになりながらもようやく近づくと……。
『……ぬぅううぅぅうぅ…』
「でっかぁ……」
全員で真上を見上げる。今エリス達の目の前には天を衝くような巨大なドラゴンがいる。奴はエリス達に気がつくこともなくただ歩いている。丸太みたいに太く、柱みたいに巨大で、城みたいなサイズの足をぐぐぅ〜っと持ち上げスィーっと天を飛ぶように動かして、ズン!と置く…が不思議なことに全く地面が揺れない。
何から何まで規格外な不思議なドラゴンにエリス達は馬車に乗りながらドラゴンと並走しつつ唖然とする。
「これ、どうするよ」
「どうするって、倒すしかないだろ」
「倒すしかないって…」
巨大すぎてちょっと戦いになるか分からない、何処をどう叩けばダメージが入るんだ?こいつが痛がったり死んだりするところが全然想像できない…。
…けど!
「ともかくやるしかありません!エリス行ってきます!」
「だな!遠距離持ちは奴の足を止めるように掃射を!ステュクスとアルタミラさんは馬車を守ってくれ!他は全員出るぞ!踏み潰されないよう気をつけろ敵は…えっと、ジャイアントオレンジドラゴン!」
「今名前つけた感じ?」
「名前あった方がいいだろ!」
ともかく全員出撃だとエリス達は馬車を飛び出し巨大なドラゴン、仮称『ジャイアントオレンジドラゴン』を相手に勝負を仕掛ける。
みんなが馬車を出る瞬間エリスは風を纏い一気にドラゴンの胴体近くまで上昇する…。
『ぬぬぅぅぅうう……』
「大きいですね、ですが…魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!」
一気に魔力覚醒を行い、手元に雷を集め…ガラ空きのジャイアントオレンジドラゴンの胴体を狙い。
「『真・火雷招』ッッ!!」
放つのは全力の炎雷、視界を覆うほどの熱エネルギーを集約し波濤の如く放てば、真っ直ぐ飛ぶ炎雷は槍の如くジャイアントオレンジドラゴンに突き刺さり、大地まで届くほどの衝撃と爆音を生み出し、そして……。
「む、…無傷……」
『ぬぅぅぅぅう……』
いや、無傷ではないんだ。少し肉が抉れてるし傷も出来てる…けどそれは人間からしてみれば転けて擦りむいたくらいの小さな傷、その上ジャイアントオレンジドラゴンはエリスの攻撃にも見向きもせず効いている感じもしない。
エリスの全力の火雷招を受けても、まるでダメージが入ってない…。
いやエリスだけじゃない…。
「『熱拳一発』ッ!」
「『不折不曲のセイラム』ッ!」
覚醒したラグナとデティの二人が全力で右足に攻撃を集中させるが、ジャイアントオレンジドラゴンは見向きもしないし足も止まらない。
「『コンセンテス・グラディウス』ッ!!」
「『創世拳』…!」
メルクさんとネレイドさんも覚醒してる。二人の一撃がエリスとは反対側の胴体を撃つ…けどやはり結果は同じ、効いていない。ここまで覚醒者達の一斉攻撃を受けてるのにまるで受け付けないなんて。タフを通り越して無敵なんじゃないかとさえ思えてくる。
「行きます…『次元砲・フルバースト』ッ!!」
そしてメグさんの次元移動を用いた魔力砲撃を顔面に受けるが…。
『ぬぅうううううう……』
「こ、これも効かない…ですか、参りましたね」
効いていない、どころか攻撃されていることにも気が付かない…その上更に。
『お前ら退いてろ!!』
「アマルトさん!」
アマルトさんの声が響く、見ればジャイアントオレンジドラゴンの進路上で変身を行い、ドラゴンに匹敵するほどの巨体を持つレッドランペイジに姿を変え、その体を風船のように膨らませ……。
『極限圧縮空弾ッッ!!』
放つのは極限まで圧縮した空気弾。オーバーAランクの力を一身に集めた巨大な空気弾が炸裂しジャイアントオレンジドラゴンに正面からぶつかる…がしかし。
『ぬぅううう……』
『き、効いてねぇ…嘘だろ、これも通じねぇのかよ…』
効かないのだ、空気弾を受け数秒立ち止まりもしたが止まらない。なんなら攻撃されたことにも気がついていない…感情すら感じない。
「なんなんですか、お前…!」
ヤケになって魔術を連発するが、ジャイアントオレンジドラゴンには攻撃が効いていない。いや効いてないのか?攻撃されたことが分からないのか?だとしたらこいつはなんなんだ?何を考えているんだ、なんのために街を壊したんだ!
(クソッ、こうなったら全身全霊の『流彗』で…!)
超加速から全霊で相手に突っ込むエリスの最大奥義『流彗』を真上から叩き込む。しかもただの加速じゃダメだ…宇宙まで飛び上がってそこから重力も重ねて最高火力を作るんだ。エリスもタダじゃ済まないかもだけどこのまま止められないなんて悔しい!
「冥王乱舞!点火!」
ジェット噴射で上昇し天空を目指す。が…その瞬間。
『もう少し自分の身を大切にしてくれよ』
「っ…!」
ラグナの言葉に体が止まる、そ…そうだった。無茶するの…よくないんだった。
(無茶して、怪我したら…またラグナに怒られる、デティにも怒られる…やめないと)
スルスルと降るように上昇した分下に降りていく。無茶して怒られるのは嫌だ、怒られるだけならいい…呆れられたり、嫌われたりするのは嫌だ…。
やり方を考えよう、みんなで考えればもっといい方法が浮かぶかも……ん?
(あれ?ドラゴンの上に、誰かいる?)
ふと、上からドラゴンを見てみると…ドラゴンの頭の上に誰かいるんだ。そいつは頭の上で大の字で横になり、天を仰いでいる。
災害の如きジャイアントオレンジドラゴンの頭の上で優雅に過ごす人間がいる、その異様な風景に一瞬戸惑いながら停止すると…。
『────』
(こっちを見た!?っていうかあの顔…)
こっちを見て、笑ったんだ…けどそれ以上に驚いたのがその寝ている人の顔が…。
(アルタミラさんにそっくり…いや、あの表情はどちらかというと…ルビカンテ!?)
アルタミラさん、そして八大同盟の盟主ルビカンテにそっくりだったんだ。ただアルタミラさんがやらないような恍惚の笑みを浮かべ…髪色もオレンジ色だったけども。だが顔は確かにアルタミラさんと同じだった。
突如現れたジャイアントオレンジドラゴン、そしてその頭の上に乗るルビカンテそっくりな女…。
一体何が起きてるんだ、あれは一体なんなんだ。
………………………………………
「はぁ〜…まさか全員でかかって全く止められないとは」
「参ったなこれ」
それからエリス達はラグナの集合命令を受け全員で馬車に帰還。どれだけ攻撃をしても効いてる気配がないんだ…意味がないように思えてならない。
だからやり方を考えるという意味でもこうやって戻ってきたんだが…。
「どうする、ラグナ」
「攻撃が効かないんじゃあな……」
作戦を考えるにしても有効打が思い当たらない。攻撃が効かないんじゃ倒しようがない。今もジャイアントオレンジドラゴンは進み続けている…一応ステュクスが御者に戻りジャイアントオレンジドラゴンと並走する形で見張ってるが…。
このまま見つめ続けるってわけにもいかない。
「どうするかなぁ…」
そう悩むラグナとは別に、エリスはもう一つのことを気にする…。
(ジャイアントオレンジドラゴンの頭の上にいた人物は…間違いなくルビカンテそっくりだった、それはつまりアルタミラさんともそっくり…)
ルビカンテは。曰く己の人格を複数に切り分け…その人格がそれぞれ自立行動をしているという意味不明な体質の持ち主。事実ルビカンテの怠惰の人格は怠惰の街ガラゲラノーツで一人で行動していた。
なら、オレンジ色のルビカンテもまた同じなのでは?そして…エリスははっきり言ってアルタミラさんもルビカンテの人格の一人なのではないかとも疑っている部分がある。
もしそうなのだとしたら、アルタミラさんは今回の一件を何か知っているのでは?そして…事実、アルタミラさんはさっきから不安そうに黙っている。
この事、聞くべきか…聞かないべきか。
「ダメだ、何にも作戦が思いつかない」
「ラグナでもダメか…これは八方塞がりか?」
ラグナがお手上げとばかりに大きく項垂れながらソファに座り込む…。何も手がないなら、聞こう。アルタミラさんに今回の一件で何か知っていることはないかと…。
「ア───」
アルタミラさん、そう口火を切ろうとした…その時だった。
『ちょっ!?な、なんだあんた!』
「ステュクス…?」
何やら外でステュクスが騒がしい、何かあったのか?全員がそうステュクスを気にして出入り口に目を向けた瞬間…。
「悪いな、だが失礼する」
そう言って、誰かが出入り口に入り込んできた…ステュクスじゃない、別の人間だ。
一体誰が現れた、敵か?迎え撃つべきか…そう身構えたその時。そいつの顔がエリスの目に映る。
そう、現れたのは……。
「やはり、この馬車が君達の馬車か…」
「ッアスカロンッッ!?!?」
北辰烈技會の一員にして、先程エリスと戦ったアスカロンが…出入り口を通って馬車の中に入り込んできた。まさかこいつら…エリス達を追いかけて、クソッ!こんな時に!
「よくもまぁ抜け抜けと現れましたね!アスカロン!」
「獅子の口ん中入り込んでくるとはいい度胸だこの野郎!」
「ぶっつぶーす!!」
ここで再起不能になるまで全員でタコ殴りにする…そうエリス達が戦闘態勢を取るもののアスカロンは呑気に剣も抜かず、手を開いてエリス達を制止し。
「待て、…戦いにきたわけじゃない」
「ああ?さっきまで包囲引いて俺達潰そうとしてた奴が何言ってんだ!」
「それは競技だ、だが…分かるだろ。今は緊急事態だ…だからこうして敵である君達にも声をかけにきた」
「何……」
緊急事態、アスカロンはジャイアントオレンジドラゴンにチラリと視線を向けると…徐に頭を下げ出して。
「すまん、手を貸してくれ…我々北辰烈技會だけじゃあの龍を倒せない。東部の平和を守るために一時的にでいい!あのドラゴンを倒す為の同盟を組んでくれ!」
それはまさかの同盟の申し出…それもあのドラゴンを倒す為の。あまりの事態と急速に動く状況にエリスは…アルタミラさんへの問いかけをするタイミングを失うのだった。
十七章も大体半分くらいになったのでここら辺でもう一度書き溜め期間に入らせてください。次回投稿は一週間後の1/29となります。お待たせして申し訳ありません。




