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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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646.魔女の弟子と混迷の第二回戦


一週間の時が過ぎた、ようやく第二回戦が開幕する。今度は東部で競技が行われるらしくエリス達は前日から中部を発ちゆっくりとマレウス東部を目指すこととなる。東部は大体一年ぶりくらいだ。


東部にはアルトルートさんやモースさんがいる。だがあの人達がいるガイアの街はそれこそ東部の最奥、後ろには海かコルスコルピくらいしかないっくらい果てにある。流石にそこまではいかないので会いに行く事は出来ないだろう。


「そろそろ東部ですね」


「え?もう?」


ふと、馬車に乗りながらチラリと外を見たエリスの言葉に反応したデティがソファからピョーンと飛び降りエリスの真似をして外を見る。そろそろ東部だ、競技が開催されるのはこの辺りだろう。


「って全然東部じゃないじゃん、森とかあるし芝も生えてるよ」


しかしデティが馬車の外を指差し文句を垂れる。そこには東部お馴染みの荒涼とした大地は広がっておらずやや緑がかった景色が広がっている、これは東部じゃないよとデティは言う…が東部だ、ここは間違いなく東部クルセイド領だ。


「いえ、ここも東部ですよ。あの荒涼とした大地はマレウスの東南の最奥に位置するライデン火山を中心に広がっています、エリス達が今いるのは東北です、ライデン火山から距離があるこの辺はまだ緑があるんですよ」


「へぇー、そう言えば私達が居たのって東南だったね」


「とは言えこの辺も既に溶岩の影響で暖かいですし、もっと奥に行くと普通にいつもの東部ですよ。この辺が東部の中でも際立って火山の影響が少ないってだけですね」


ここはマレウス東部の中でも北部よりの場所、これ以上奥に行くと大冒険祭どころの騒ぎではなくなるからね…。


「はぁー、アルトルートさん元気かなぁ」


「モースも、元気にやってるかな…」


「アルトルートさんやテルモテルス寺院のみんなは既にガイアの街を放棄し神都サラキアに移住してるでしょうからみんな上手くやれてると思いますよ」


なんてみんなで東部での旅を思い返すようにみんなで思い出話に花を咲かせていると…。


「そういや姉貴達って東部を旅したことがあるんだったな」


と、アマルトさんの昼食作りを終えたステュクスが話に混ざってくる。彼は腰に剣を差しながら…。


「東部…奥地には俺行ったことねぇんだよな」


「いいとこだよ!とはとても言えないけどさ、まぁ面白いとこだよ」


「立ち入らないに越した事はありませんがね」


「ふーん…、温泉があるって聞いたけど?」


「ありますけど、それ以上に暑いです」


「そんなにか」


なんて他愛無い会話をしながらステュクスはリビングのソファに座る、こうして見ると彼も随分馴染んだな…。アルタミラさんもさっきから部屋の隅で絵を描いているし、そこについてみんな気を遣うこともなくなった。


ある意味、いい形に落ち着いたと言えるだろう。


「そろそろか?エリス」


ふと、エリスの隣に座ったラグナが視線を向ける。そろそろかとはつまり指定された目的地がそろそろかって話だ。地図を見るにもう直ぐだと思うのだが……それ以上に。


「え、ええ…もうすぐです」


照れる!一週間前にあったフォルティトゥドの茶会の件、あの時のラグナの言葉が引っかかる。あれ以来あの時の話はあまり出来ていないし…何よりあの時の言葉はナリアさんから与えられた指示ではなくラグナ自身の言葉だった。


あれがもし…本心なら……。


「エリス?」


「は、はい!えっと……」


いけないいけない、今そんな事を気にしてる場合じゃ無いんだ…エリス達は今から戦いに出るのだから、その戦いそのものに集中しないと。


えっと、目的地でしたね……。


「はい、そろそろ目的地の東北部にある黒の森サルトゥスですね。第二回戦の集合場所がこのサルトゥスです」


「また森の中か」


エリスは地図を広げてサルトゥスの森を指差す。南部の大密林ほどじゃ無いがそれなりの大きさの森だ。ここは東部の乾いた風に乗って砂塵が乗っていることもあり葉が重く厚い。故に暗く視界が悪いことで有名だ。ここが第二回戦の開始場所。


どんな競技になるか分からないが前回同様森の中で敵を見つけるような競技になるのか…。しかしこの森はリントスの森ほど大きくも無いしここでバトルロワイヤルやったら直ぐに決着がついてしまいそうだ。


「今度はどんな競技になるのだろうな」


ふと、メルクさんが呟くとラグナは腕を組みながら首を傾げ。


「さぁな、どんな競技になるかは分からないが一つ分かってることはある」


「なんだ?」


「今回の競技は俺達に有利な面が確かにあるってことだ」


「有利?何故だ?競技の内容も分からんのに何故そんなことが言える」


するとラグナはチラリと馬車の外を見て…。


「外見てみろ、もう直ぐ薄暗い森に入る。あそこからスタートってなると…前回や予選みたいにいきなり大乱戦、ってことにはならないだろ?」


「確かにな…」


「で、俺たちは今大冒険祭のランキングで一位だ…どんな競技にせよ先んじて俺らをぶっ潰したい奴は山ほどいる、開始時点の場所によっては全参加者から袋叩きに合う可能性もあったわけだし…そう言う意味じゃ視界が悪い森の中からスタートってんなら、ある意味有利だ」


「なるほどな、確かに我々は今追われる身だ。我々を先に倒したい奴はそれこそわんさか居るか」


森の中スタートがある意味エリス達にとって有利に働くと…でも。


「ああ、そうだな…エリス」


ラグナはエリスの視線を受けて静かに頷く、言葉もなくエリスの心を理解したように彼は口を開き。


「とは言うが、ぶっちゃけそれで俺達を捕捉出来ないような雑魚は無所属の連中くらいだ。大クラン級になればまず間違いなく俺達を捕捉してくる…リーベルタースも北辰烈技會も前回のように潰し合わず俺達目掛け突っ込んでくる可能性が高い」


大クランってのは基本的に冒険の経験もマレウスの土地勘にも優れた冒険者の集まりである場合が多い。ましてや北辰烈技會のような古くから冒険者協会にいるようなベテラン冒険者集団や、最強の名に恥じぬ実力を持つリーベルタースはまず間違いなく即座にエリス達を捕捉してくるし、そう言う手段を必ず持っている。


前回倒した赤龍の顎門だってリベンジに燃えてるかもしれない…なら、恐らく競技の内容次第によってはいきなり大クランとの戦いになるかもしれない。


「前回みたいに簡単にはいかない、ここからは大クラン二つに睨まれながら戦うことになる。みんなも覚悟を決めておいてくれ」


「つまり本番ってことだね」


「上等だ、やってやろう」


「面白く…なってきたね」


皆楽しそうに笑う、本当に楽しそうに笑うんだ…ラグナじゃ無いけど、全力を尽くして戦うことにある程度の楽しみを見いだせなきゃこんな暮らしなんてしてられない。


「よし、じゃあ第二回戦行くか!」


「いやラグナ、まだ連絡が来てませんよ…内容だって発表されてませんし」


「あ、そうだった。…今回も前回みたいに空から内容発表があんのかな」


「さぁ…ですけどこの連絡書にはただ所定の場所に来いとしか…」


エリスは懐に入れていた連絡書を開く、少し前に冒険者協会から届いた紙だ。そこには短い文で『黒の森サルトゥスに来い』とだけ書かれているんだ。競技の内容とはそう言うのは書かれていないし、なんなら開始時間も書かれてない。


「なーんか変な連絡の仕方だよな」


すると、昼食の準備を終えたアマルトさんがリビングにやってくるなりエリスの広げた紙をジローっと見て。


「こんな短い連絡なら口頭でいいだろ、なんだって態々紙なんか配ったのかね」


「態々……」


言われてみれば紙を用意して配るより一括で口で説明したほうが早い。ならそこに意味がある可能性が高い、とすると…そう言えば前回も配られた紙に貼られていたシールで馬車が壊れたかどうかを識別していたな。


(もしかしてこの紙……)


よくよく見てみると、この紙…見えない塗料で何か書かれている。文字じゃ無い…これは。


「これ、魔術陣が書かれてます」


「え───」



そうエリスが口を開いた瞬間…紙が光り輝き出す、溢れた光は天に昇り、一条の光の柱と化す。さらにその上で光は絞られ重なり出し、やがて光は輪郭を得る。


「こ、これは……」


「これ、投影魔術だよ。恐らく投影魔術陣…」


「ああ、僕達も演劇で使ったりします…」


光を生み出しているのは遠く離れた場所の情景を映し出す投影魔術。ファイブナンバーのミランダが使っていたものと同じ魔術だ。が恐らくこれはそれより更に…いやかなり高位の投影魔術だ。何故って…映し出されたそれはミランダの物よりずっと鮮明で、存在感すら感じるから。


『皆さん一週間ぶりですね、おはよーございまーす!今日も酷使されてるケイトでーす!いえーい!ピース!』


映し出されたのはケイトさんだ、やはりこの魔術陣を書いたのはケイトさんだったのだ。恐らくこの紙は文字通り連絡用紙、投影魔術陣による連絡も行えるようにしてあったんだ。


『さぁて皆さぁん、黒の森サルトゥスへようこそ〜!皆さんにはこの森で殺し合いをしてもらいます!…って言うのは冗談です、潰し合いは前回しましたしね。今回は平和なお花摘みですよ、ええ』


映し出されたケイトさんは何かに座って指をくるくる回す、するとケイトさんと一緒に別の物も映し出される…それは、草だ。黄色がかった葉の大きな草、いや薬草か?


「これ、龍丹草?」


「分かるんですか?デティ」


「うん、マレウス固有の薬草…」


『これは龍丹草、冒険者をやっていて…それなりの歴を積んでいればなんとなく分かりますよね。皆さんにはこれを収穫していただきます…まぁここまで言えば分かるかもしれませんが、競技終了時により多くの龍丹草を持ってた人の勝ち〜って奴ですね、具体的に言うと一房につき1ポイントでーす』


龍丹草という薬草を集めるのが今回の競技か。潰し合いがメインではなくあくまでメインは探索と採取か…で、そのスタート地点がこの薄暗い森…と。


『制限時間はやはりまた三日間。えー今が大体昼ぐらいなんで、三日後の昼頃ですね。また私がこうやって連絡しますのでその用紙はお持ちくださーい!』


「三日か、今回はちょっとだけ長いな」


「三日間で龍丹草を集めろということですね」


三日…その期間で龍丹草をより多く集めていく、ということか。これは競技自体はエリス達にとってかなり不利なものになるな。だって手分けして集めた方が効率がいいし、何より捜索範囲も変わってくる。


単一チームのエリス達にとっては、かなり不利となるな…考えなしで戦ったら次のランキングは大幅に下がってしまいそうだ。


『では〜!競技開始の合図をしていきますね〜!はい10!9!8!7!』


「どうしますか、ラグナ」


「うーん…ちょっといい手が思いつかないな…、薬草を探すのに人手が居る。けどこっちは十人…うーん」


うんうんと唸るラグナ、するとデティが軽く手を上げ…。


「捜索そのものには人手はいらないかも」


「え?そうなんですか?」


「うん、この龍丹草ってね?基本的に水があるところにしか生えないの。でも頭部には水がある場所が限られる…つまり」


「オアシスを探せばいいのか…、それなら捜索自体に力を入れずに済むか」


『4!3!2!』


つまり、エリス達が探すのは薬草そのものではなくオアシス…そしてオアシスを探せばいいだけなら、方法はある。


「よし、競技が始まり次第まずは森を抜ける!その後エリスが空からオアシスを探して薬草の回収をする!いいなんみんな!」


『おー!』


「じゃあ始めるぜ…!」


『1!……0ぉ〜!はいスタートぉ〜!みんな頑張れ頑張れ〜!』


そしてケイトさんの声が反響し、その姿が掻き消えた瞬間エリス達も動き出す。まずは森を抜けて東部の荒野に出る、そしてオアシスをエリスが探して薬草の回収をしまくるんだ!


「エリスが御者をやります!デティは魔力探知で敵の接近を探ってください!」


そうと決まればエリスは走り出し馬車を出て外に出る、このまま一気に森を出るんだ、今回は乱戦に巻き込まれる心配もないしロケットスタート決めますよ!


「行きますよ、ジャーニー」


「ブルヒヒッ!」


そしてエリスは手綱を握り───。


「っ!チィッ!!」


瞬間、エリスは手綱を手放し身を乗り出しながら籠手を振るう…と、腕に衝撃が走り火花が散る。何かが飛んできたんだ。


即座にエリスは周りを見る。そこには深く鬱蒼とした暗い森が広がっている、周りに人がいるようには見えない…だが。


「ジャーニー…」


「ブルル……」


ジャーニーも周りを見て、鼻を鳴らす。ですよね…居るな、既に敵が。


「メグさん!」


「はいはい?なんでございましょうか?」


「ジャーニーの避難をォッ!!」


「え!?ちょぉっ!?」


即座にエリスはジャーニーの固定器具を外しメグさんに向けてジャーニーを投げ飛ばせば、いつかのように写真の中にジャーニーを収め避難させる…今ここにジャーニーを居させるのは危険だ。


なんせ既に…。


「いきなり何するんですかエリス様!」


「囲まれてます!敵です!」


「え!?まだ一歩も動いてないのに…!?」


エリスは森の大地に立ちながら籠手をはめ直し森の闇を睨みつける…すると、どうだ。闇の中に影が一つ、二つ、茂みを切り裂く音が三つ、四つ。ゾロゾロとエリス達を囲むように幾多の影が現れて…。


「流石、反応がいいにゃあ〜エリスぅ〜」


「お前は……」


そして影達の代表として現れたのは、猫のようなフォルムで猫みたいなぶりっ語を喋る小柄な魔術師…。


「ネコロア!」


「ようやく会えたにゃあ!エリス!」


『猫神天然』のネコロア…つまり今エリス達を囲んでいるのは。


「お前ら中々に優秀みたいだしにゃあ、まずはこの北辰烈技會が…お前らの事徹底的に叩き潰すにゃあ!」


北辰烈技會か!神経を研ぎ澄ませば既にエリス達を膨大な数の冒険者達が囲んでいるのが分かる。まさかスタート前からエリス達を探して見つけ出していたのか…どれだけエリス達のことを潰したいんだ。


「ラグナ!北辰烈技會です!」


「のようだな!いきなりガチンコか!」


「うへぇ、すごい数だな…こりゃいきなり総力戦か」


そしてみんなも一緒に馬車から出てくるが、それでもネコロアは余裕の笑みを崩さない。既に包囲は完了している、あとはエリス達を捻り潰すだけって感じだ。


「んにゃにゃにゃ、お前らが強いのは知ってるにゃ、けど流石にこの数には勝てないにゃ?なんせうちは三百チーム!三千人にゃ!しかも全員がクランとして名を馳せた実力者だけ!雑魚はいないにゃ?覚悟するにゃあエリス」


「……貴方ルール聞いてなかったんですか、今回の競技は潰し合いメインじゃありませんよ。こんなことしてる間にリーベルタースにまた寝首をかかれますよ」


「リーベルタースとのポイント差は大したもんじゃ無いにゃ、今現在トップ独走とのお前ら潰すのが一番賢い…何より単一チームだから動きも掴みにくいし、開始時点で捕まえなきゃもう捕捉は無理だからにゃあ」


そこら辺まで考えて、スタートと同時に仕掛けてきたのか…仕方ない、相手するしか無いか。


「ラグナ、どうします?」


「律儀に相手してたらキリがねぇ…離脱の方向で行くぞ」


「分かりました…エリスはどう動きますか?」


「思いっきり暴れろ、その間に逃げる手筈を整える!」


「わかりました!」


「逃すわけねぇにゃあ!ぅおっしゃー!テメェらボコせボコせ!相手は高々十人にゃ!冒険者の祭りに乗り込んできたこと後悔させちゃるにゃ!」


『うぉおおおおおおお!!!』


雄叫びを上げて迫ってくる北辰烈技會、対するエリス達もまた応戦の構えを取り。


「おいみんなッ!分からせてやろうぜ!数で囲んだ程度じゃあ俺達を止められねぇってよッ!!」


「はい!ラグナ!」


「仕方ない、総力戦が望みならやつてやろう!」


「よーし!やるよー!」


「あ、馬車しまっておきますね。アルタミラさんも一旦避難を…さて!準備完了メグサンダー!」


迫る軍勢を前に全員が吠え立て…ぶつかり合う、北辰烈技會と魔女の弟子の総力戦が第二回戦の開始と共に勃発するのだった。


……………………………………………………


「オラァッ!!」


「ぐげぇっ!」


「痛いのが好きな奴は並びなさい!エリスが地獄の苦しみ味合わせてやる!」


そして勃発した北辰烈技會との総力戦、次々と群がる北辰烈技會と戦うエリスは目の前の冒険者を殴り飛ばし一撃で昏倒させながらそのまま後ろに回し蹴りを放ち、姑息にも背後を狙った卑怯者を空中で三回転させる。


「チッ、流石は瞬暁風のエリス…いや、それも大昔の名か。もはや三ツ字の領域にないな!その実力!」


「おっと!」


その瞬間、エリスの隙を狙い大剣を構えた冒険者が切り掛かってくる。その一撃を飛び上がりながら回避した瞬間大剣を地面に食い込ませた冒険者は…。


「今だ!撃て!」


『サンダーボルト!』


『フロストスパイク!』


『ライトシャワー!』


「いぃっ!?『旋風圏跳』!」


飛び上がった隙を狙ってあちこちから魔術が飛んでくる。大慌てで風を纏い森の中を飛び回り回避するが…危なかった、凄い連携だな今の。多分今切り掛かって来た冒険者は名の知れた冒険者…それもクランマスターだった男だろう。


(なるほど、これが北辰烈技會…巨大な群というより、個の群れですね)


クランマスター経験者が多くいるからこそ、集団戦になっても即座に小隊規模に分かれて適切な判断を下せる。それに本来なら指示出しに専念しなければならないクランマスターが戦線に出れる上明確な指示役も必要としない。


クランとしては異色の現場判断全振りのチーム。それが北辰烈技會…。


(経験豊富なクランマスターが雑魚に混じって突っ込んで来ますか。それに一人一人が弱くない…これは苦戦させられそうです)


ラグナのいう通り馬鹿正直に真っ向から相手してたらキリがない、良いところで離脱しなければ…。


「空まで飛ぶか…、追え!」


「煩わしいんですよ…『真・黒雷招』!」


追いかけてきた冒険者達を迎え撃つように腕を振るえばそこから放たれる無数の黒雷の槍が雨のように降り注ぎ冒険者を貫き感電させ蹴散らしていく。これは一人一人相手していたらキリがない…。


(敵の動きを一時的に麻痺させるなら、頭を潰すのが一番だ…)


こいつらはそれぞれのクランマスターが独自に判断して動いている、だがそれでも群であることに変わりはない。ならば一応の総大将であるネコロアを倒せば少なからず混乱が生まれる可能性が高い。


なら狙うはネコロア…。


「いた!あそこ!」


『それ行けそれ行け!ドンドンかかるにゃ!』


ネコロアは自分では戦わず奥の方で音頭を取っている。アイツあんな大口叩いておいて自分では戦わないのかよ!まぁいい!


「そこにいるなら!」


即座に地面に降りて、大地を駆け抜け風を背に浴び加速する。このまま一気にネコロアを叩いて敵軍を麻痺させて…。


「うにゃ!?」


「えっ!?」


しかし、エリスがある一定の範囲に入った瞬間ネコロアは敏感にエリスに気がつくのだ。まさか気が付かれるとは…ってまずい!迎撃が来る───。


「ゲギョギョーッ!?だから我輩は白兵戦は嫌いなんだにゃー!それ!退散ー!」


「あ!ちょっ!」


そのまま足をバタバタと振って人混みの中に消えて言ってしまう。逃げられた…って逃げるんだ、他の奴に戦わせるだけ戦わせて逃げるとか…。


(厄介だ…アイツ自分の立ち位置をよく理解してる)


厄介だとエリスは考える、あそこでネコロアが打って出るならそれはそれで楽だった…がネコロアはそんなエリスの考えさえ見抜いて逃げ出したんだ。自分が戦っている間に北辰烈技會が麻痺することを理解し逃げて指揮に集中する選択をした。


普通総大将は戦わないもんだ、そういう意味ではネコロアの動きは合理的だ。やつはそういうところまで考えて動いていた……んだと思う、多分。もしかしたら普通に臆病なだけかも知れないけど。


「お前がエリスだな」


「ん?」


ふと、背後から声をかけられ後ろを見ると…そこには一人の青髪の美男子が立っている。


「私は『ソードブレイカー』の元クランマスター…アスカロンだ、お初にお目にかかる」


「アスカロン…聞いたことがあります、剣士だけでチームを組むクランの…」


ソードブレイカー…剣だけで戦い他のジョブの手は借りないことで有名な剣士集団『ソードブレイカー』のクランマスターだ。そして本人もまた『大世必剣』の異名の通り凄まじい剣術の使い手だとも聞いている。


元々さる王国の剣士長だったとかなんだとか、そんな経歴を持つアスカロンがエリスに狙いを定める。


「うちの実働隊長が何やらお前に執着しているようでな」


「の割には、さっき逃げましたけど」


「まぁ…アイツはそういう奴なんだ、余程のことがない限り自分からは戦わない…だから、私が代わりに戦おう」


蒼く輝く双剣を腰から引き抜き、佇むような余裕を見せる構えにてエリスの前に立つアスカロン。分かる、こいつ今大冒険祭でエリスが戦った他の誰よりも強い…そうだ、ヴァラヌスよりも強い。


「我が肩に乗りし名は既に零落し、私を慕ったクランは形を失えども、ただ一心一徹に振るわれた我が刃に一抹の曇りもなし…元『ソードブレイカー』クランマスターアスカロン。今はただ戦場に在って敵を切り裂く刃と並んだ…いざ」


右手の剣を上に、左手の剣を下に、鋒をエリスに向け足を開いたアスカロンの双眸がエリスを捉え…、


「参るッ!」


「ッ!」


迸るが如き加速、地を揺らす踏み込み、それは風の如く。一瞬でエリスに肉薄したアスカロンの双剣を受け止め火花が飛び散る、そのまま一気にアスカロンの距離に置かれたエリスに向け、蒼の双撃が猛烈な勢いで叩き込まれる。


「我が必剣を受けよ!」


「くっ…!伊達じゃありませんね!流石は元大クランのマスター!」


右から飛んで来た斬撃を祓うように弾き左の薙ぎ払いを屈んで避けて、そのままアスカロンの右の振り下ろしを籠手で受け止める。速い、エリスもいろんな剣士と戦ってきましたがこいつは一級の部類に入る。


流石は剣一筋でここまで成り上がった男だ…!


「『剪断剣』!」


「おっと!」


そしてエリスを挟み込むように放たれた双剣の挟撃を両手で受け止める。危ないことする…下手したらエリスの首が飛んでましたよ。…けど捕まえた、アスカロンの双剣を!これなら──いや!違う!


「ッ危なッ!?」


瞬間、エリスは両手で双剣を掴んだまま一気に体を沿って『それ』を回避する。飛んで来たんだ…アスカロンの両手の剣を掴んで捉えた上で更にもう一度、アスカロンの方向から斬撃が。


何が飛んで来た?…それはアスカロンの膝蹴り、否…膝から伸びるように突き出た魔力の刃。


「我が第三の刃さえ避けるか!」


(防壁を刃型に形成してる…こいつ魔力形成術まで使えるのか!)


足に刃型の防壁を出現させたのだ、それを使って膝蹴りをかましてきた。最悪だ、これでエリスはアスカロンの両手の剣の他にもう一つ、どこから出現するか分からない第三の剣も気にしなきゃ行けなくなった。


(ダメだ、接近戦じゃ勝てない!)


咄嗟にエリスはアスカロンの腹に一撃、蹴りを入れて軽く吹き飛ばすと同時に飛び上がりながら旋風圏跳で距離を取る…しかし。


「チッ、行かせるな!ボーリング!」


「アイアイィッ!!」


まるでエリスの行く先を読んでいたかのように現れるのは色黒髭面の大巨漢…『傍若悪漢』のボーリングだ、やばい…更に四ツ字がもう一人現れた!


「死に去らせェッ!!『塵芥大掘削』ッ!」


「展開!」


そして手に持った大斧をエリスに向けて振り下ろすボーリング。防壁で斧の刃を巨大化させ叩きつけられるそれをエリスもまた防壁の展開で防ぐ…が、凄まじい怪力だ。こいつも弱くないな。


「ほうっ!すげぇ分厚さの防壁だ!お前素人じゃねぇな!」


「チッ、貴方は邪魔です!」


「うぐっ!?」


防壁を展開したまま風を纏い一気にボーリングの懐に突っ込み、一発の砲弾と化して鳩尾に頭突きをかませばボーリングの巨体が宙に浮かび上がり口から胃液が溢れる…が。


「いてぇな!」


(タフだ、これくらいじゃ倒れてくれない)


「私を忘れるなエリス!『魔刃剣』ッ!」


「くっ!」


ボーリングは倒れてくれない、腹を抑えながらもエリスの道を阻む。そして同時にエリスに追いついたアスカロンは刃に魔力防壁を乗せ切りつけると同時に防壁を解除し二段の一撃をエリスの防壁に叩き込み、エリスの体を防壁ごと地面に叩きつける。


「私の魔刃剣でさえ断ち切れぬほどに硬いだと!ボーリング!もう一度叩き込め!こいつの防壁凄まじく硬いぞ!」


「あいあい!叩き潰してやるッ!」


叩きつけられたエリスの上からボーリングの斧が降りかかる…がその前に横に跳ね斧の一撃を避ければ、大地が真っ二つに裂け軽い地震が巻き起こる。


こうやって戦った感じアスカロンよりボーリングの方が若干弱い、ならまずボーリングから片付けるか!


「『旋風圏跳』ッ!」


「ッ!?消えた!?」


「『疾風韋駄天の型・鏑矢』ッ!」


「ぅげぇっ!?」


全速力の旋風圏跳で一気に回り込むように飛び、更にそこから旋風圏跳を冥王乱舞の要領で風の出口を限定し更に加速、矢の如く加速しボーリングの側頭部を打ち抜き巨体を蹴り飛ばし──。


「『光刃剣』ッ!」


「くぅっ!?」


追い打ちを仕掛けようとした瞬間、魔術によって光を纏わせた剣を振るい光線の如き斬撃を放つアスカロンにより吹き飛びされ地面を転がる。


厄介だ、四ツ字二人…しかも両方とも四ツ字の中でも上澄みに位置する強者二人、生半可な強さじゃない。渾身の一撃を放ったのにボーリングもまだ意識があるのか立ち上がってくる。


「チッ、強え…なんだあの女」


「さぁな、私もあそこまでの強者と戦ったことなどない…傭兵冒険者ではないが、血湧き肉躍る」


「バカ言ってんじゃねぇよアスカロン、遊んでる場合じゃねぇ。おい!四ツ字はこっちこい!救援がいる!アスカロン!お前も魔力覚醒使え!俺も使う!」


「仕方あるまい、一気に決めるか」


ボーリングは冷静に周囲に呼びかけ救援を乞う、さらに二人とも魔力が逆巻いている。覚醒を使う気だ…まぁ使うよな、四ツ字に入る奴は大体覚醒が使える。来るか…!


「行くぞ魔力覚せ……むっ!?」


しかし、その瞬間ボーリングは背後を振り向きながら全身を包む防壁を展開する…が。


「邪魔」


「ぐわらべっ!?」


飛んで来た巨大な鉄拳はボーリングの防壁を真っ向から粉砕しそのままボーリングの顔面も叩き砕きあれだけタフだった奴が悲鳴を上げながら吹き飛び、その先にあった木をへし折りぶっ倒れるのだ。


「ボーリング!?何者…だ…っ…って、デッカぁ……」


「エリス、大丈夫?」


「ネレイドさん!」


ヌッと現れたはネレイドさんだ、ボーリングよりもなお巨大なネレイドさんは周囲の冒険者を蹴散らしながらエリスの方に歩いてくる。助けに来てくれたのか。


「苦戦してる?」


「ちょっと」


「まぁ、こいつら弱くないからね…」


「追加で四ツ字がこっちに向かってます。ネレイドさん…一緒に戦ってくれますか?」


「いいよ、それより…ラグナから伝言があった」


「え?」


「離脱の目処が立った、今メグさんが馬車を写真の中に入れたまま移動してる、森を抜けたらそのまま時界門で一気に全員転移して離脱する。それまで持ち堪えてって」


「なるほど、やることは変わりませんね…」


それまでに出来る限りこいつら倒しておこう、少なくともアスカロンだけでも倒しておきたい。こいつらやっぱり強いよ…。


「ボーリングがやられた!治癒術師班早くしろ!…救援まだか!」


「アスカロン!邪魔も居なくなったしやりましょう…!」


「チッ、仕方ない!」


「ネレイドさん!向かってくる四ツ字任せました!」


「ん、移ろう一色、象る十元、陽を背に伸びろ『百影混明』」


ネレイドさんはエリスの言葉を受け両手を広げる。すると彼女の影が十方向に伸び…伸びた先に偽りのエリスとネレイドさんの姿が現れるのだ、同時に森の景色も歪みエリス達の姿が外から見えないように加工し…。


『こっちだ!こっちにいるぞ!』


『この野郎!よくもやってくれたな!』


景色ごと投影する幻惑魔術に惑わされた冒険者達が次々と偽りのエリス達に向かっていく、視界の悪い森の中だ…幻惑であることに気がつくのに時間がかかるだろう。流石ネレイドさんだ。


「時間は稼ぐ、片付けちゃって」


「はい!魔力覚醒!『ゼナ・デュナミス』!」


ネレイドさんが態々エリスが戦う為の時間を稼いでくれた…ならここで片付ける、そう覚悟を決めエリスは魔力覚醒からの冥王乱舞を発動させる、アスカロンもそうだ…ここでエリスと決着をつけるつもりだ。


「魔力覚醒『百八剣音菩薩』ッ!」


覚醒と共にアスカロンの背中から無数の腕が生える、魔力で形成された大量の腕だ…それが一つ一つが剣を持ち多腕の剣士となりエリスを前に構えを取る。


「いざ尋常に勝負!」


「ネレイドさん!防壁展開しておいてください!巻き込まれないように!」


「ん…」


大量の剣の腕を持ち突っ込んでくるアスカロン。…これはどういう偶然か、あれはクレアさんがやった無数の腕を作り出す技に似ている。まぁ向こうは覚醒じゃなくただ単に魔力技能によって生み出してるわけだから、アスカロンよりも格は上なのだろうが。


だが、それでも同じ系統の技であることに変わりはない。そしてエリスが…一度見たことがある技系統を相手に、対策をとっていないわけがない。


「はぁああああ!!」


「点火ッッ!!」


「なっ!?」


嵐の如き斬撃を放つアスカロン、しかしその瞬間エリスは魔力点火にて飛び上がる…真上に、いや真上というより天空だ。木々を突き抜け空に向けて一気に加速する。その様はまるで大地から放たれた大砲の如く雲海に突っ込み…消える。


「な…逃げたのか?そんなバカな…」


一方、エリスが雲の中に消えていくのを見たアスカロンは呆然とする。てっきりエリスもまた白兵戦に応じるものと思っていたからだ、だが実際はエリスは戦線離脱し消えてしまった…一体何がと目を丸くする、だが。


「いや、違う…離脱じゃない、これは…助走か!?」


雲が熱により一気に吹き飛ぶ…と同時見えたのは、凄まじい魔力を両腕から放射しながら急降下してくるエリスの姿。


そう、これは助走だ…一度天に飛び上がり、そこから急降下し落下エネルギーも含めて最高速に至る。同時に全身から魔力を放ち空気を押し出し全身を一塊の魔力球に変え、突っ込む。


手数の多いインファイターを相手に、接近戦も遠距離戦も不利となるなら、相手の手のと届かないところから、一気に超至近距離に突っ込み一撃で決めればいい!そう…これこそエリスの!


「冥王乱舞・殲煌ッッ!!」


「ぬッ!?!?」


ドンッ!と音が鳴ったのは大地に着陸するよりも前、音の壁を越え衝撃波を纏いながら両足で地面に着地。それは天空からここに至るまで魔力を超高密度で噴射し続けた事により得た加速を用いての着地だ。


ただそれだけで莫大な威力がある急降下に加え、加速による圧縮された魔力が着地と共に大地に撃ち込まれ、そのまま地面の中で爆裂を起こす。それはまさしくミサイルの一撃に等しくエリスの着地と共に辺り一面光に包まれ大地が捲れ上がり、黒の森の一角が崩壊する。


「どうですか!」


ごうごうと上がる黒煙と砂塵の中、粉々に砕け生まれた巨大なクレーターのど真ん中でエリスは腕を組み高らかに胸を張る…、今の一撃で周辺の冒険者はまとめて吹き飛んだ。全く意識していないところからの大爆発の強襲を受け、瓦礫と共に吹っ飛んだのだ。


そして、唯一エリスの強襲を目の当たりにしていたアスカロンも…。


「ぐっ…ゔっ…バカな…!」


無数の剣を前方に展開し、全力で防御していたのだが…ガラガラと魔力で作られた刃が砕け、アスカロンの鎧も砕け、ダラダラと口元から血が溢れる。


防ぎ切れるものではなかった、目の前にミサイルが着弾したに等しい一撃だったのだ、寧ろまだ意識があり立ち続けている事自体が異常と言える。


「あり得ん、人間がここまでの力を持つなんて…」


「アスカロン!あなたは強かったですが…戦い方がややコンパクト過ぎましたね」


「お、お前が規格外なだけだ…!ぐぅっ…」


そしてそのまま力尽き、意識を失いクレーターの中で白目を剥くアスカロン。よし!勝った!今の一撃で周りに群がってきていた四ツ字もそれなりに倒せたはずだ…北辰烈技會に打撃を与えられたと見ていいだろう。


「エリス、やりすぎじゃない?」


「え?」


ふと、後ろを見ると防壁で今の爆発を防ぎ切ったネレイドさんの姿が…やりすぎ?やり過ぎか?やり過ぎだな。


見れば森の一角が消し飛んでいる。どう考えても過剰火力すぎた…むしろ仲間にも被害が出てるかもしれない、いやみんななら大丈夫か?なんとかするだろう。


「無闇に自然を壊すのは良くない」


「ご、ごめんなさい…」


とはいえお叱りを受けてしまった…反省しよう。そう思いエリスは頭を下げた…すると。


「え?」


ふと、足元に見える…穴が、にゅっ!とエリスの下に穴が生まれたのだ、これ…時界門?え?でもまだ早くないか?メグさんが森を抜けたらエリス達を呼び寄せるって話だったが、それにして早すぎて…。


「ふわぁっ!?」


そのままエリスは穴の中に落ちて…メグさんの元へと転送される。即座に受け身を取り地面に着地するが…。


「これは…」


周りを見ると、まだ森の中だ。森の外に出たらロブっていう話のはずじゃ…。っていうか転送されたのエリスだけ?


「申し訳ありませんエリス様、少々緊急事態につき呼ばせていただきました」


「メグさん?緊急事態って…」


隣を見るとメグさんがいる…がその顔は険しく、明らかに何かを警戒しているようで。ふとエリスは周りを見てみると…。


「敵?」


先んじて離脱したはずのメグさんは既に敵に包囲されていた。しかしメグさんなら北辰烈技會の包囲くらい抜けられるはず…なのになんで包囲されてるんだとよくよく観察してみると。


答えはすぐにわかった…こいつら北辰烈技會じゃない、格好が違う。


「こいつら、リーベルタースですか!?」


全員揃いの黒ジャンパーを着ている…こいつら北辰烈技會じゃない、リーベルタースだ。メグさんは北辰烈技會の包囲は抜けたけど…その後リーベルタースに捕まってしまったんだ。


そうだ、エリス達を狙ってるのは北辰烈技會だけじゃない…リーベルタースもそうなんだ。故にこいつらもエリス達のところに向かってきていてもおかしくない。


「私一人ではこの場を離脱できません、ここは任せてもいいですか?エリス様」


「構いませんよ、どの道エリスはこいつらともやりたかったので…」


「では、任せます」


メグさんは離脱に専念してもらう、代わりにエリスが戦う。エリスの戦い方は派手ですからね、追っ手を出すだけの余裕も相手に与えない、だからこそエリスを呼んだのだ。


ならその期待に応えようとエリスは一人、リーベルタースの軍勢に向けて歩き出す。


「よぉ〜!エリス!会いたかったぜ!」


「猫の次は虎か…」


エリスを迎え撃つように木の上から現れたのは…ノーミードだ。リーベルタースの幹部『四大神衆』が一人、虎を思わせる鎧に身を包む白髪の女はエリスを前にコキコキと首の関節を鳴らす。


「今日はアタシだけじゃねぇ、全戦力でテメェらを潰しに来た」


「覚悟なさい、エリス…いえ、ソフィアフィレイン」


「うふふ、悪いわねぇ…本気で行くわよぉ」


「死合うぞ…」


『蓐収白虎』のノーミードだけじゃない、『祝融朱雀』のサラマンドラ、『句芒青龍』のウンディーネ、『玄冥玄武』のシルヴァ、リーベルタースの幹部も揃い踏みだ。


北辰烈技會さえも押し退けて最強のクランに君臨するリーベルタースらしく、周りを彩る雑兵にも雑魚は見当たらない…なら、こっちも初っ端から本気で行くしかないだろう。


「……ストゥルティはいないんですか?」


「出させてみろよ、うちの大将を」


「出せるものなら…ね」


「……フンッ」


鼻で連中の生意気な態度を笑いながらエリスは魔力覚醒を維持する。だったらこいつら全滅させてストゥルティも引っ張り出してやりますか。


「悪いですが本気で行きますよ、手加減…出来ませんから」


「上等だ!やってやらぁ!行くぜ!魔力覚醒!」


そして四大神衆もまた全員が魔力覚醒の構えを取り…。


「『霊魂四聖大白虎』ッ!」


ノーミードの体から溢れた魔力が大地に接続され…彼女の背後から巨大な虎頭の巨石像が現れノーミードの動きを真似するように構え出す。


「『摂氏百万炎大朱雀』!」


一方サラマンドラは全身が燃え上がり、肉体がマグマへと変わり…噴き出た炎が羽のように、構えた槍が嘴のように尖る。


「『清流青龍霊泉天女』…」


青龍偃月刀を突き立てたウンディーネの足元から、ブクブクと清らかな水が溢れ出し、彼女を包み出す。


「『颶風喝破大玄武』…!」


刀を構えたシルヴァの体から淡く輝き、刀身が風へと変わり彼女の体が緑色へと変わる…。


合わせて四人の覚醒者、この数の覚醒者を相手するのは初めてだ…いや嘘だ、帝都で戦ったセフィロトの構成員マルス・プルミラの方が数は上だったな…あっちは数十人だし、あれに比べればまぁマシか。


さて、始めるか。


「さぁ行くぜぇぇぇええ!がぉぉおおおおお!!」


「行きますッ!冥王乱舞!点火!」


瞬間、大地を粉砕し後方に吹き飛ばしクレーターを作りながら一瞬で加速し一気にノーミードへと飛来する、同時にノーミードも背後の虎頭の巨像を動かし大きく拳を引き…一気にエリスに向けて突き出す。


「冥王乱舞・星線ッ!!」


「『白虎岩土烈斗』ッ!!」


衝突、エリスの紫炎の蹴りと巨大な岩腕が真正面からぶつかり合い大地が吹き飛ぶように縦に揺れる。僅かにエリスの一撃が上回ったのか蹴りが岩腕を粉砕するが…逆に言えば岩に衝撃が吸収されノーミードには届かない。剰え粉砕された岩の腕は壊されると同時に修復される。


そしてそれが、開戦の狼煙になったのか全員が動き出す。


「魔力砲隊!前に出ろ!戦士隊は近づくな!こいつバカみたいな火力持ってやがる!」


「ノーミード!抑えておきなさい!」


「あいよォッ!」


まるで海流の如く蠢くリーベルタースの部隊が次々と魔力砲をエリスに向けて乱射する、そんな中ノーミードは岩の腕を振り回しエリスに打撃を加えようと暴れ狂う。


が…そんな猛攻の中、エリスは。


「こ、こいつ速え!第二段階の速度じゃねぇぞあれ!ってか増えてないか!?アイツ!」


「冥王乱舞・瞬影…!」


全力で飛び交う、一直線に飛び木を足場にへし折りながら方向転換し乱反射するように全力で飛び回っているんだ。その上であちこちに魔力防壁を飛ばし撹乱代わりにしている為ノーミードの目にはエリスが十人くらいに分裂してが見えるのだ。


こうして狙いを定めさせず…このまま!


「『冥凍・氷々白息』ッ!!」


口から噴き出すのは冷凍ガス。それを超高密度超高出力で放てばそれは光線の如く放たれる。それが大地に当たると爆裂し氷の衝撃波となって周囲のリーベルタースを吹き飛ばし始める。


「ぐわぁぁああ!!」


「お、追いきれません!ノーミード様!」


「チィッ!!大人しくしろやッ!!」


「ッ…!」


蹴散らされる団員を見てブチギレたノーミードが大きく腕を振るい風圧でエリスを叩き落とそうとする…が、その前にエリスはその場でぐるりと回転し。


「冥王乱舞・断空!」


「なっ!?」


足先に魔力防壁を集中させた状態でその場で回転。それは如何なる物も切り裂く刃となりノーミードの岩腕を真っ二つに切り裂くのだ。根本から切り裂かれた腕を見て呆然とするノーミード…だがその隙を補うように他の四大神衆が動く。


「『レッドフレイムスパイン』ッ!!」


「うぉっ!?」


飛びかかってきたのは背後から炎を吹き出し飛び上がるサラマンドラ、そのまま騎乗槍を突き出すとそこから熱線が放たれエリスに向かって飛んでくる。咄嗟に足から魔力を噴射し横に退け射線上にある木々を一瞬で炭化させる。


「無闇に自然を壊すのは…!」


足を動かし方向転換、紫炎を噴射し拳に魔力を集めサラマンドラに向け…。


「ダメですッ!」


「ぅぐっっ!?」


叩き込むのは冥王乱舞・一拳。それは燃え上がるサラマンドラを捉え鳩尾に食い込み砲弾のように吹き飛ばし地面に叩きつけ大地をへし折る…けど。


「あつつ!体がマグマになってるんですか!?」


殴ったこっちもダメージを負った、アイツ体が燃えてるんじゃなくて肉体がマグマになってるのか!危ない覚醒だ!…む!


「『颶風閃』ッ!」


「展開!」


風が飛んできた、太刀風だ。それが刃鉄の如き鋭さを持ちながらエリスに向けて放たれ、防壁で防げば風が火花を散らす不可思議な現象が巻き起こる。


シルヴァだ、どうやら奴の覚醒は属性同一型。風と一体化する運命のコフと同じタイプの覚醒のようだ…ただ違う点があるとするなら。


「まだまだ!『猛嵐枯葉切り』ッ!」


「フッ…!」


高速で振るわれる腕と共に風となった刀身が伸び一瞬で蜘蛛の巣の如き斬撃の雨が降り注ぐ。奴の覚醒は手に持った刀にまで波及している…覚醒が持ち物にまで影響を与えるとは、奴にとって刀は自らの体の延長ということか。


とにかく受け続ければ防壁が持たない、ここは引くしかないと一気に後方に飛べば…。


「ここに来ますよねぇ〜!」


「ッしまッ…!」


背後にもいる、覚醒者が。足元から水を溢れさせるは青龍偃月刀を頭上で回転させるウンディーネだ、奴はそのまま偃月刀を回転させ刀身に水流を乗せると共に飛んでくるエリスに向けて刃を振るい…。


「『水透圧撃』ッ!」


「ぐぅっ!?」


水流による圧力と加速を得て放たれた水の斬撃がエリスの体を撃つ。一撃で防壁を砕きエリスの体は地面を転がり吹き飛ばされる。


…強い、こっちは冥王乱舞使ってるのに防戦一方だ。


(こいつら一人一人が八大同盟の幹部級に強い…こんな奴らが冒険者協会にいたのか)


これでただのクラン幹部だと言うのだから驚きだ。これが冒険者協会最強のクラン…リーベルタースの力か。


(だが……)


「よくやったウンディーネ!畳み掛けるぞ!」


「ええ!朱雀よッ!」


「切り捨てるッ!」


迫るのは炎の槍を携え火鳥となって突っ込んでくるサラマンドラ、背後からは鞭のように風の刀を振るい退路を断つが如く迫るシルヴァ…挟み撃ちの形だ、されどエリスは逃げることも防ぐこともなく。


「冥王乱舞…!」


右手を前に、左手を後ろに、掌に魔力を集中させ…。


「『双魔道』ッ!」


「なッ!?」


「ぐっ!?」


目の前にサラマンドラとシルヴァが迫った瞬間、右手と左手からそれぞれ魔力波動を放つ。超高密度で放たれる魔力はそれだけで武器となる、一瞬で二人を魔力の光で覆い尽くし一気に吹き飛ばす…。


「サラマンドラ!シルヴァ!無事か!クソが…!いい加減諦めろよッ!!『打振岩土烈斗』ッ!」


四大神衆はそれぞれがそれぞれ一級の冒険者にして一級属性魔術師だ、白兵戦もこれ以上ないってくらい高められているし、連携も上手い。そう言う意味では急造チームの北辰烈技會よりも強いのは当たり前とも言える。


だが…本当に残念だったな、何故メグさんがエリスをここに一人で呼んだか。ラグナやメルクさんではなくエリス一人なのか…その意味はつまり。


エリス一人で事足りるから、それは実力的な意味ではない。


「此れ為るは大地の意志、峻厳なる世界を踏み固める我らが礎よ今…剛毅剛健を轟かせ屹立し眼前の全てを破砕せよ『岩鬼鳴動界轟壊』ッ!」


「なっ!?」


叩き込まれるノーミードの巨大な岩腕。それを前にエリスは両手を広げ魔力を放てば…どうだ?ノーミードの意思に従い動くはずの虎頭の岩像がピタリと動きを止める。いやそれだけではなくヒビが入り…ガラガラと崩れ始めるのだ。


そう、これは…。


「岩土魔術でアタシの覚醒に干渉したのか!?」


『岩鬼鳴動界轟壊』…対象の岩や土を自在に操作し動かす魔術。エリスは岩系の魔術は得意じゃないからあんまり使ってないけど、それでもこれは古式魔術。そこらの魔術には負けないしましてや覚醒にだって負けやしない。


虎頭の岩像を操作し内側からめちゃくちゃに動かしてやったのだ、その矛盾した動きに岩像は耐えきれず、内側から自壊した。そう…エリスは。


「チィッ!だが直ぐに直せるんだよ!起きろ虎像!」


「遅い!零れ落ちる我が涙に大地は唸り、慰みの波濤は地を揺らし形を崩し!溶け馴染む、大山消失、霊峰形無し、山脈溶解ッ!『泥濘泥土大瀑布』ッ!」


再びノーミードが虎像を作ろうとする前に大地を叩き…地面を一気に泥へと変える。すると虎像はドロドロと形を保てず作られた側から崩れ始める。


そう…エリスはこれでも属性魔術師。それも古式属性魔術師です…こいつらと同じ属性魔術師なんですよ。属性魔術師同士がぶつかり合った時重要になるのは魔力の大きさではなく、単純な反射神経と魔術技量。


そう、ここから先は属性によるレジスト合戦なのだ…。こいつらは確かに強いが、個人で使える属性は単一だけ。なら一人一人封殺していけば勝てる!


「クソッ!大地が一気に泥沼に変わりやがった!なんつー範囲だよ!サラマンドラァッ!大地を乾かせ!虎像が作れん!」


「分かりましたわ!燃えよ我が五体───」


「光を閉ざし火を遠ざけるは厳冬の風、全てを染め上げるが如き蒼の大波よ。覆い、冷やし、凍らせ、押し潰せ『祁寒王千領波』ッ!!」


「くぅっ!?今度は吹雪!?」


「対応がバカ早い上に一々火力が高すぎるだろ!」


かつてエリスが戦った逢魔ヶ時旅団の隊長が一人ディランさんはエリスを属性魔術のレジストで封殺してきた、それ以降エリスも属性魔術同士のレジスト合戦の練習をしてたんです。


熱は冷気で消す、岩は砕いて潰す、やり方は心得ている…さぁやりましょう、第二ラウンドです。


「あの魔法攻撃に加え属性魔術までこのレベルで扱うか、だが攻め続ければどこかに綻びが……」


「それはお前達も同じでしょう、いつまでその連携に穴を作らずいられますか?…穴が出来たら、そこから引き裂きますよ。エリスは」


「ッ…面白い!」


四大神衆がエリスを囲むように四人で飛び回りエリスもまた属性魔術を乱発し迎え撃つ…メグさんが離脱するまで、エリスがリーベルタースにとっての主戦場になる。他のことになんて集中させない…ここに釘付けにさせてもらいますよ!


…………………………………………………………


「おいおい、四大神衆が四人がかりで手に負えないやつなんか初めて見たぞ…」


目の前で繰り広げられる超常の戦いを見てリーベルタース団員達は顔を引き攣らせる、四大神衆は全員が全員リーベルタース最強の使い手だ、四人揃えば無敵と称されたこともある使い手達がたった一人を相手に互角か…やや押される戦いをしているんだ。


「こりゃ、手出ししない方が良さそうだな」


魔力砲台を構えたリーベルタースの団員が諦めたように首を振るう。一応彼も四ツ字で魔力覚醒を会得しているが…とてもじゃないが目前で繰り広げられる戦いに飛び込んでいける気はしない。


競技は始まったばかり、ここで消耗するわけにはいかないと全員が静観を選択する…そんな中。


「すげぇ…あれがエリスさんのガチかよ」


一人、ワクワクしたように戦慄するのはルビーだ。リーベルタースの一員としてこの戦いに参加していたルビーは目の前で戦うエリスの姿を見て…身震いする。


一度、エリスさんとは戦ったことがある。ブチギレて襲いかかってくるあの人の怖さを知っているつもりだったが、今のエリスさんは自分の知るそれとは明らかにかけ離れている。


そもそも洒落にならないくらい強くなってる、それどころか自分と戦った時には使わなかった魔術も用いている。そこで理解する…あの時のエリスさんが全力じゃなかったことに。


「面白えぇ…!」


身震いする体でルビーは鉄製の棍棒を手に取る。アタシの目標はエリスさんだ、あの人と互角に戦う事が今の目標だ…なら、今全力で戦うエリスさんがそこにいるなら。


戦るべきじゃないのか!戦るべきだ!


「悪い先輩方!アタシ行ってくる!」


「おいバカルビー!死ぬぞ!」


先輩達の静止を振り切り森の茂みを切り裂いて木を蹴り飛び上がり戦うエリスの元へと飛び上がる。


「『猛嵐枯葉切──」


「遅い!『風刻槍』!」


「ゔっ!?我が風が!?」


丁度エリスさんはシルヴァさんと戦う風の太刀を風魔術で散らしている最中だ、背後ガラ空き!今なら一発入れられる!そう確信したルビーは鉄棍棒を振り上げながらエリスの背後に飛びかかり!


「隙あ─────」


「邪魔ッッ!!」


「ぐげぇっ!?」


しかし、エリスさんはこちらを見ることもなく…弾丸のような裏拳が飛んできた。手から紫の炎を吹き出しなら凄まじい速度で飛んだその裏拳を防ぐ術なんか無く。あえなくルビーは顔面をぶち抜かれ背後に吹っ飛び大木をへし折り…倒れ伏す。


「ぐっ…う、そだろ…後ろに目でもついてんのか…」


『オラァッ!!来いよッ!!』


『ぐっ!ノーミード!援護を!虎像はもういい』


『チッ!しゃあねぇ!』


そしてエリスは今殴り飛ばした相手が誰なのかも確認せず、四大神衆との戦いを続行する。こっちには見向きもしない…。


今、シルヴァさんとノーミードさんが二人でエリスさんと戦っている。こうして見る分には自分でもなんとかなりそうなのに…実際に加わると視線すらもらえずぶっ飛ばされる。エリスさんと互角にやり合ってる四大神衆がどんだけ化け物なのか…改めて理解させられる。


それと同時に…自分がどれだけ足りないのか、それもまた理解させれるんだ。


「くそぉ…!やっぱ…ダメかぁ…!」


アタシは以前、北辰烈技會のボーリングと戦いボコボコにやられてる。エリスさんはきっとボーリングよりも遥かに強いんだろう…つまりアタシはまだまだあの領域に届いていないと言う事。


悔しい、あまりにも悔しい…どうすればあんなに強くなれるんだ。アタシはどうやって生きていればあんなに強くなれたんだ。


『火雷招ッ!』


『キャァァァ!?』


今、ウンディーネさんがエリスさんの雷に焼かれ吹き飛ばされた。アタシはまだ一度もウンディーネさんに手傷を負わせたことはない、アタシにとって師匠のようなあの人さえもエリスさんを相手に苦戦してる…。


足りない、アタシは…全く足りてない。


「ッ…くしょぉ…!」


涙が溢れるのを止められない、悔しくて涙が止まらない。自分の弱さを実感させられ心が折れそうだ…そうしてアタシは顔に手を当て泣いていると。


「よう、ルビー」


「ッ……!」


アタシの顔を覗き込むように…そいつは現れる。


「ストゥルティ…」


「バカなやつだなお前、レベルの違いもわからねぇのか」


ストゥルティだ、こいつはアタシがやられてんのにヘラヘラ笑いながら小馬鹿にするように歯を見せる…いや実際バカか、レベルの違いが分かってなかったのは事実だし。


「悪かったな…バカで」


「悪かねぇよ、冒険者ってのはバカで上等だ。でなきゃ山みたいな怪物相手に金儲けのためだけに戦いなんざ挑めねぇ」


そういうとストゥルティは鎌を手に大きく伸びをすると。


「さぁて、可愛い妹分達をボコボコにしてくれたわけだし…そろそろ俺が出るかね」


「お前が…!?」


「おう、そこで見とけよ。上のレベルの戦いをよぉ……行くぜ」


そしてストゥルティはゆっくりと歩み出しながら、口を開き。


「おい!お前ら!」


「ッ…!」


「ストゥルティ様…」


一声で、戦場が停止する。停止させるだけの物をストゥルティは持っていて、それを常に世界に向けて誇示し続けているから…止まるんだ。


エリスさんも、四大神衆も、私も……嗚呼。


(私が欲しいのは、ああ言う強さなのかもな)


まだ朧げだけど、強くなっていくために必要なヴィジョンってのが…ストゥルティの背中からちょっとだけ見えた気がする。


「ストゥルティ……!!」


「ようエリスッ!前座は楽しかったか!本命のお出ましだ…泣いて喜べや!」


そして今、エリスさんとストゥルティが相対する。私が知る中で最も強い二人が…今ここで戦うんだ。


正直意識飛びそうだけど…これは、見とかないとな。


……………………………………………………


一方、第二回戦の舞台となる東部の荒原。その一角にあるとある街で今…。


「ひぃいいいい!!」


「たすけてくれぇえええ!!」


悲鳴が響き渡る。当初この街は第二回戦の舞台の範囲内となることを聞かされ『冒険者同士の諍いに巻き込まれたり嫌だな』『こっちに被害が来ないだろうか』『でも冒険者の戦いは見てみたい』なんて呑気な話をしていたんだ。


だが、実際に起こったのは…全く予想だにしていない事態。


「クソォっ!!なんなんだこれ!これも競技か!?」


「ンなわけないだろ!こんなの前代未聞だ!」


偶然街に立ち寄った大冒険祭の参加者達も…その事態に巻き込まれ混乱の極致にあった。


既にこの街は破壊され、家屋は踏み潰され、何もかもが崩され、一つの街が崩壊しつつある状態だ。そんな中立ち寄った冒険者達に逃げ惑う街人は。


「お前ら冒険者だよな!アレを倒してくれよ!」


「そうだ!依頼だ!金なら出すから!」


「い、依頼って…アレと戦えってかよ…」


「そもそも、倒せんのか…」


街人は指をさす。街を襲った不測の事態そのものを…そう。街を襲ったのは魔獣だ、だがただの魔物じゃない…。


冒険者達はゆっくりと見上げる、太陽を見上げるような姿勢で…真上を見るような角度で、それを見上げる。そう…そいつは。


「こんなでかいやつ、見たことないぜ…」


『ヌゥゥウウウウウウウ……』


…デカい、ひたすらにデカいドラゴンだ。全身をオレンジに染めたドラゴンはゆっくりと四足歩行で歩き、地震を引き起こしながら街を破壊していく。


今まで確認された如何なる魔獣よりも巨大な山のようなドラゴンは突如として出現し街を横断するように歩き、その全てを破壊していった。


その有り様を見た街の長老はこういった。


『あ、アレは…アレは間違いない…』


ワナワナと震え、涙を流しながら指を差し…記憶にある通りとそれを見て、発狂するように叫んだ。


『キングフレイムドラゴンじゃ!マレウスの災厄が蘇ってしまったんじゃあああ!!!』


と………そんな人々の恐怖を無視して歩く大魔獣は、人々の営みを粉砕しながらひた進む。目指す場所はどこかも分からないが…ただ進む。


そして人々は気が付かない、そんな巨大なドラゴンの頭の上に寝そべる、一人の女性の姿に。


「私を見てくれ…見てくれよみんな、私は見て…私はここにいるよ」


オレンジ色の髪を持つその女はゆっくりと立ち上がりながら、ドラゴンの頭の上に立ち…天に向けて吠え上げる。


「我が名はカルカブリーナ・ポルトカリウ!みんな!私を見てくれェッ!!」


そう叫ぶ女の顔は…アルタミラのようでいて狂気に染まり、歯を見せ笑いながら叫び続ける。


…突如して現れた巨大なドラゴン、そしてカルカブリーナ…それは第二回戦の舞台となる荒野を進みながら、進路上にある凡ゆるを破壊し続ける。

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