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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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643.魔女の弟子と不吉の橙


「へぇ!すげぇじゃん!赤龍の顎門ってあれだよな!大クランの!」


「まさか我々が出てる間にそんな大事があったとは」


「全然気が付かなかった…エリスがただ暴れてるもんかと」


第一回戦、拠点防衛戦…リントスの森にて一夜のみ行われた戦いは日の出と共に幕を閉じた。俺や姉貴達は赤龍の顎門との遭遇戦に勝利し無事生き残ることができた…それからまた馬車の破壊に向かった姉貴を見送り、俺達は写真の中の馬車に戻りゆ〜っくり襲われる心配もないままに過ごさせてもらい…一晩を明かした。


それから日が上り始めた辺りでケイトさんからの競技終了の知らせが響き…取り敢えず全員サイディリアルに戻るよう言い伝えられた、つまり現地解散。ラグナさん達もメグさんにより回収され俺達はそそくさとリントスの森を後にした。


で、今その帰路ってわけ。みんなで何があったかを報告するとラグナさんは俺の肩をドカンドカン叩きながら褒めてくれた。


「よくやったなステュクス!大手柄じゃんか!いやぁ最初は置いて行っちまった事を申し訳なく思ったけど…なんだ、お前も中々やるなぁ!ピンチをチャンスに変えるなんてさ!」


「いや偶然っていうか…そもそも俺あんまり何もしてないっていうか」


一応、ラグナさんは俺の顔を見るなり猛烈に謝って来たけど…俺としては直ぐに姉貴を寄越してくれたり態々大戦力であるデティさんを馬車組に残して俺の捜索を優先してくれた事もあるから別に怒ったりとかはしてない。寧ろ俺が間抜けだっただけだ。


「ラグナ達の成果はどうですか?」


「あんまりだな…、恐らくだが赤龍の顎門が無所属を潰して回ったせいで殆ど残りがなかった」


「え、じゃあリーベルタースや北辰烈技會は?」


「森の奥でやり合ってた。なんかすげぇ豪勢にやってたから水差すの悪くてさ…」


「なんですかそれ…」


「ま、下手に手ェ出したら二つの勢力から狙い撃ちにされかねないしな、流石にこっちの戦力考えるにあの二大クランを一緒に相手すんのはやばいぜ」



やはりリーベルタースは北辰烈技會とガチンコやってるらしい。まぁだろうなとは思ってたけど…どうやらストゥルティ的には俺より北辰烈技會のが優先度が高いらしい。まぁ所詮俺はおまけだろう、だって北辰烈技會を放置したらそれこそ優勝を取られかねないからな。


「で、どっちが勝ったんすか?」


「泥沼だったな、局所的にはリーベルタースが押してたが面で見れば北辰烈技會の優勢だった。恐らくだがリーベルタースは強い奴弱い奴の差が激しいんだろう、その点で言うと…」


「ベテランクランのドリームチームである北辰烈技會は満遍なく強い…と」


「ああ、でもそう言う強い奴がいるところは本当に凄かったぜ?今から直接対決が楽しみだな!」


「ははは…まぁ、エリスとしても奴らとは直接対決でケリつけたいですが、この後の競技に直接対決要素があるかは分かりませんよ。次の競技は魔獣の死体積み上げゲームとか平和的なのかもしれませんし」


「邪教の儀式かなんかかよ…」


姉貴の言葉にドン引きしたアマルトさんは、ふと俺とアルタミラさんを見て…。


「まぁ、ともあれ嬉しいぜ。ステュクスとアルタミラ…二人は言っちまえばいつものメンバーじゃねぇからさ、馴染めるか心配だったけど十分な事をしてくれた。お前ら二人を仲間にしてよかったぜ…なぁみんな」


アマルトさんの言葉にみんな口々に応答する。その歓迎の雰囲気に俺とアルタミラさんは顔を見合わせて…ちょっとだけ、照れる。


「い、いやぁ…そんな風に言われちゃうと俺も照れるなぁ〜」


「そ…そうですよ、私なんか絵を描いてだだけなので…!」


「自分の出来ることを100%やる…それだけでいいんです、エリス達もそうやって戦ってるの、それにその…えっと」


「姉貴?」


姉貴が…なんかもじもじしてる、何その反応…姉貴はそんな女々しい動きしないだろ、さては偽物…?なんて姉貴を凝視していると、姉貴はもうトマトみたいに顔を真っ赤にしながら…。


「タッ…助かり…ました、貴方の作戦に…よかったですよ、ありがとう…ございます」


「────」


お礼…言ったのか、今。姉貴が…俺に…よかったって、姉貴を…俺が?


「よかったですね、ステュクスさん」


「────」


「ん?おーい、ステュクス〜?」


「────」


「固まってるね」


いやいやないだろ、姉貴は強いから俺の作戦なんかなくてもなんとかしただろ、だって…いや…うん、そもそも…だから……。


「なんですかその反応…エリスがお礼言ったのに、無言ですか…!そーですかそーですか、エリスのお礼なんか…いりませんよね」


「まぁまぁ…」


「────」


ただ、俺は呆然としていた…。ただ漠然と揺らめき意識の中…俺は。


今まで感じたことのない高揚感を感じていた。


……………………………………………………………


第一回戦は終わった、その結果発表はサイディリアルのアウグストゥス大広場にて行われる。その話を聞いたエリス達はサイディリアルに帰還するなり大広場へ向かった。


大冒険祭はポイント制だ、最終戦が終了した時点で最もポイントが多いチーム・クランの勝利となる。特にクランは所属しているクランでポイントが合算される為そう言う意味でも有利となる。


今回で言えば破壊した馬車の数が多ければ多いほど良い、一つの馬車につき1ポイント…全部で千チームが参加していることもあり獲得ポイントの上限は自チームを除いた999ポイントとなる。


そして第一回戦が終了し、現時点でのポイント数を集計した途中経過のランキングが大広場で公開されるのだ…その結果は。


『う、嘘だろ…なんだこれ』


『これ、一回戦の結果だよな…どうなってんだ』


『信じられない……』


街人達が口々に言葉を漏らし見上げるのは大冒険祭途中経過のランキング表。もう見上げるくらい巨大な石板に書かれたその結果を見て…頭を抱えていたのだ。


そう、その結果が信じられないモノとなっていたのだ…。


『一位・ソフィアフィレイン:獲得ポイント数230』


『二位・リーベルタース:獲得ポイント数190』


『三位・北辰烈技會:獲得ポイント数180』


『三位・赤龍の顎門:獲得ポイント数50』


…………そんな感じだ。これはどう言うことかと頭を抱えるには十分すぎる結果。


リーベルタースが負けた?頂点を張っているのはあの伝説のチーム?単独のチームが大クランの鬩ぎ合いを制してトップに躍り出た?そもそもこのチームはなんなんだ?


民間人はリントスの森での戦いを観戦出来ない、だからこの結果を見ることでしか大冒険祭の経過を知ることができないんだ…だからこそ理解不能、リーベルタースか北辰烈技會かという場面において、全く想定すらしていなかったダークホースがランキング一位になってしまったのだから。


「なんなんだこれ!ソフィアフィレインって確か…何十年も前に解散したはずの伝説のチームじゃ!」


「というかチーム名よね!?チームがクランに勝ったの!?」


「どんな競技だったんだ…?単独チームが有利な競技?そんなのあるのか?」


そして知る由もない、今のソフィアフィレインは元メンバーのケイト・バルベーロウがエリス達に与えただけのチーム名であることなど。


この結果は瞬く間にサイディリアル中に広がった、広がった話はやがて混乱になり、大冒険祭の波乱はやがてサイディリアルの混乱に繋がっていった。


「えぇーっ!ですから!現状一位のソフィアフィレインと私は一切関係がなく!ましてや運営側が手を貸したなどと言う話は全くの嘘偽りでありまして!」


協会本部前では元ソフィアフィレインのメンバーである協会幹部ケイトが抗議に集まった冒険者や民間人を相手に弁明を行っているのだ。そりゃあそうだ、ソフィアフィレインはケイトが元々所属していたチームと同名…なら関係を疑る声が出るのは当然。


「グランドクランマスターを手中に収めたいが為に自分の息がかかった存在を大冒険祭に参加させたんじゃないのかー!」


「まさかまさか!そんなわけありませんよ!と言うか何度も言ってますが私と今のソフィアフィレインは全くの無関係でして〜!」


実際はソフィアフィレインの名はケイトがエリス達に与えた名前だ、それは今後のエリス達ほど活動を隠匿しやすくし問題の表出を防ぐ為の処置であったが…今回はそれが裏目に出た。とてもじゃないがエリス達との関係性を表沙汰には出来ない。


何せエリス達の素性は魔女の弟子。それとケイトが繋がっているとなれば大問題…というか。


(なんでソフィアフィレイン名のまま大会にエントリーするんですかエリスさん!!どう考えても問題になるの請け合いでしょ〜!?)


普通、名前変えるだろ…こう言う場では。それはそんな常識的な行動をエリスに求めたケイトの過ちであった。


「もしやこれはケイト・バルベーロウの謀反!?下剋上!?」


「違いますーーーッ!!」


………………………………………………………


ケイトが対応に追われる一方、今回のランキングを見て苦虫を噛み潰すのは…。


「うにゃうにゃ〜!腹立つにゃあ〜ッ!ストゥルティの妨害さえなければ我輩達が一位だったのに〜!」


「ストゥルティ達の馬車をそれなりに壊したつもりだったが…向こうに上回られていたか」


「幸先の悪いスタートであるなぁ」


北辰烈技會だ、今回の競技において北辰烈技會は完全にとばっちりを食らった形になる。ストゥルティ達リーベルタースが北辰烈技會を罠に嵌め身動きを縛ったせいで馬車の破壊が殆ど出来なかった。


そうしている間にまさかまさかの大捲り、単独チームであるエリス達が一気に首位に躍り出てしまったのだ。


「クソォーッ!悔しいにゃあー!こんなことならストゥルティなんか無視してエリス探してればよかったにゃあー!」


「そうは言っても、あの状況に持って行かれた時点で…私達の敗北は必至だった」


「アスカロン!大人ににゃるな!アホらしくなる!」


ンギギギーッ!と地団駄を踏むネコロアは頭を掻きむしる。これで真っ向からやって負けましたなら全然いい、アホに絡まれて時間食ってる間にクレバーに立ち回ったエリスに負けましただから納得がいかない。


「だから我輩はあんなバカの相手するのは嫌だったにゃ!」


「はぁ!?」


「おいネコロア!何言ってんだよ!」


「第一お前逃げ回ってばかりで全然戦ってないだろうが!」


「ウルセェ〜!そもそも真っ向から喧嘩売られて真っ向から喧嘩買うとかチンピラの所業だろうが〜ッ!ああ言うのは軽く受け流すのが正解なんだにゃ〜!」


「お前先陣切って『やっちまえ!』とか言ってたろうが!」


やいのやいのと言い合う北辰烈技會、彼等はドリームチームと呼ばれはするが結局は船頭多くして船、山に登る。クランマスター不在の北辰烈技會は烏合の衆に等しい、故にこんな諍いも起こるのだが…。


「言い合うな、結果は結果だ」


ピシャリと声を上げるのはアスカロンだ、彼の言葉に諍いをやめ皆アスカロンに視線を向け。


「今回はダメだった、だが次こそ勝つ…それでいいだろう」


「そりゃ、まぁそうか…」


「けどネコロアが逃げ回ってるんじゃ勝ち目なんかねぇだろ…」


「ネコロアにもネコロアなりの考え方があるんだ、彼女が我々の指揮官なんだから彼女に従おう」


「………フンッ、にゃあ」


アスカロンの冷静沈着な言葉にこの場にいる者達も熱を下げる。確かにここで言い合いをしても仕方ない、次頑張るしかないのだから…だがそれでも。


「あーあ、これならマスターが来てくれてた方が良かったぜ」


思う、今東部に待機している北辰烈技會の総大将である彼。彼がいるならばもっと纏まりがあったかもしれないと思わざるを得ない。北辰烈技會は力と勢いで周囲のクランを飲み込んだ強引なクランではあるが…。


それでも、この場にいる冒険者の全員が思っているんだ…マスターこそが最強の冒険者なのだと。だからネコロアではなく彼に…と。


いや、違う…この場にいる全員がそう思っているわけではない、ただ一人だけ…そこに反感を持つ者がいる。


(何言ってんだかにゃあ、馬鹿かこいつら…この場にマスターが?そんなのロクな結果にならないにゃ)


ネコロアだ、一人だけヘソを曲げて唇を尖らせる彼女は…一度だけ目にした北辰烈技會のクランマスターの姿を思い浮かべ。


(アレが競技なんか出来るタマかにゃ?そんな事絶対ない…もしあの森の戦いの中でアイツがいたらアレは競技じゃなく殺し合いになってたにゃ。それも凄惨な数の死人を出しての…にゃあ)


奴は戦いに分別をつけられる男じゃない、剣を抜けばそれは即ち殺し合い…戦う理由はなくとも殺す理由があれば襲う。人の形をした獣同然の立ち姿にネコロアもビビり散らかして思わず喉を鳴らしてしまった程だ。


アレは大冒険祭にいない方が良い存在だ、ストゥルティが冒険者協会最低最強の男なら…北辰烈技會のマスターは冒険者協会最悪最凶の男だ。


(我輩の目に狂いはないにゃ、殺し合い抜きの大冒険祭にはアイツは居ない方が良い…にゃあ)


ベテランの元マスター達が集う中で、更に頭一つ抜けた経歴を持つネコロア…数多くの冒険者達を見てきた彼女だからこそあの男の参戦には否定的なんだ。寧ろストゥルティとかち合わせたら何をするか……。


(はぁ、あんな奴の手先として動かなきゃならん我が身のなんと情けないことやら…にゃあ〜〜)


ため息が溢れる、まぁ任されたからには仕事するけど…今までで一番気の乗らん仕事だとネコロアは辟易する。


…………………………………………………………


そして、北辰烈技會と同じく苦虫を噛み潰すのは。


「どぉーなっとるんだッ!ストゥルティィィーーッ!話が違うではないかァーッ!!!」


「デケェ声出すなよ、ガンダーマンサマよう。落ち着けって」


「これが落ち着いていられるか…!なんと言う有様!なんと言う無様!このボケカスうんこタレェッ!早よ死ねェッ!」


「そこまで言うかい」


ガンダーマンとの密会に臨むストゥルティ達リーベルタースだ、特に裏でリーベルタースに手を貸していたガンダーマンは怒り狂っている。裏で手を貸したのに負けるとはどう言うことかと、もしこのまま負け続けるのであれば他のチームにグランドクランマスターの座が渡ってしまう。


それだけは避けたい、ガンダーマンの言うことを聞かないグランドクランマスターなど必要ないのだ。


「我輩がお前に手を貸していることの意味!理解しているだろうッ!」


「だーかーらー、北辰烈技會ぶっ潰し作戦を実行したろ?ただまぁそれが裏目に出たってだけで……ま!賭けに負けたわけだ!あはははは!」


「笑うなァッ!!アホ腐れェッ!!」


「いやしかし、まさか赤龍の顎門が…全滅させられるとはなぁ、ヴァラヌスが見込み違いだったか、或いは見込みが違ったのは……」


ストゥルティはソファに座りながら酒を仰ぐ。ヴァラヌス達にはステュクス達の始末も頼んでおいたが…まさか赤龍の顎門全ての戦力を使っても倒せないどころか、逆に全滅させられてポイントにされるとは…と。


「それに…よりによってソフィアフィレインだと!?ソフィアフィレインと言えば…ケイトのチームだろう!まさかケイトが裏で糸を?まさかそんな…」


「まぁ、本人は否定してるけどそう言うことだろうな」


「くそぅ!どうなっている!我輩を殺しにきたのか!?」


「そりゃあんたの事殺したい人間なんざ山ほどいるだろーよ。まぁ次からは本気でやるぜ…次は一位だ」


「頼むぞ!本当に頼むぞ!もしソフィアフィレインがグランドクランマスターになったら!終わりだぞ!我輩は処刑される!」


「知るか、されるだろそのうち」


一応報告に来たが、なんてことはない。ガンダーマンと言う男から有益な話は何一つとして出てこないし為になる蘊蓄も聞けない。ここにこれ以上いるだけ無駄だとストゥルティは悟り取り敢えず今ある酒だけでも飲み干そうとグラスに手を伸ばすと……。


「……次は是が非でも勝ってもらうぞ、ストゥルティ」


「あ?」


「次の競技は東部の大平原で龍丹草を採取する競技だ、広い平原の中でより多くの龍丹草を持ち帰る、持ち帰っただけポイントになる」


龍丹草と言えば東部で生える薬草の一種。分布は東部に点在するオアシスに自生する比較的一般的な代物でマレウス製のポーションの材料によく使われる事もあり、新入り冒険者達がお使いがてらな集める事もあるアレだ。


「……そりゃあまた」


「ああ、不正もしやすい。既に龍丹草を300ポイント分用意してある、それを使え」


「へへへ、あいよ」


……どうやらガンダーマンは本気で勝つことを想定しているようだ。こりゃあ次は楽勝で勝てそうだ。


………………………………………………………………


「ってわけで第一回戦超快勝記念パーティ始めまーす!いえーい!お前ら乗ってるかー!」


「いや第一回戦勝っただけでなんでそんなにはしゃぐんですか」


「寧ろここからこのポジションを維持し続ける為にも、気は抜けんな」


「一位になったからな、次からは目をつけられるぞ」


「えぇ…お前ら全然はしゃがんじゃん」


それからステュクス邸に戻ってきたエリス達は早速祝勝会を開いた…って事もなく、みんなそれぞれ次の戦いに備えて準備を進めていた。今回エリス達が一位だったのは優勝候補のリーベルタースと北辰烈技會が潰しあったおかげ、言ってみれば漁夫の利です。


真に実力で一位を確保したとは言えない。ならばやったやった!と喜んでもいられないんだ。寧ろエリスの中でかなり意識が変わりつつある。


「赤龍の顎門であの強さです、となると北辰烈技會とリーベルタースはもっと洒落にならない強さでしょう…」


赤龍の顎門…かなりの強敵だった。正直ナメてた部分もあるにしてもその認識を改めさせるほどにヴァラヌス達は強かった。アレだけの強さと連携をもちながらリーベルタースには手も足も出ないと言うんだから…リーベルタースがどれだけ強いかも分かるというもの。


「俺も遠巻きに奴らの戦い見てたが…リーベルタース、ありゃあ八大同盟と比べてもなんら劣らない戦力だ。王様としての立場から言わせて貰えばあんなどえらい大戦力を在野で遊ばせておくなんて常軌を逸してるぜ」


ラグナもリーベルタースの恐ろしさは理解しているようだ。聞くにリーベルタースと北辰烈技會の戦いは熾烈を極めたようで…後から聞いた話だが彼らが戦ったリントスの森奥地は木々さえ生えない更地に変わったようだ。


八大同盟級の大戦力…となるとエリス達も気が抜けない。エリス達が戦った八大同盟全て気を抜いたら負けていたレベルの強者達だったんだから。


「それに……」


すると、ステュクス邸のソファに座りオレンジジュースを飲むデティは周囲を見回し。


「私達、リーベルタースを抑えて一位になったんだよ。次からは奴らも私達を狙ってくるかもしれない…今回みたいにアイツらの隙をついて一位に、とはいかないかもね」


「だろうな、私達も今回は幸運に救われた部分も多い。次から本質が試されると見ていいだろう」


誰も盛り上がる気にはなれない。寧ろもっと気を引き締めていかないと…と思うわけで。


「えー、祝勝パーティは〜」


「しません」


一人盛り上がって色々用意したアマルトさんがガックリと肩を落とす。この人騒ぎたいだけですよね……。


「仕方ねぇ、おいメグ、ステュクス、アルタミラ。俺たちだけで祝勝会しようぜ」


「いいですね、クラッカー持ってきますか?」


「え?俺達もっすか?」


「わ、私は別に……」


「遠慮すんなって、お前ら今回のMVPだろ?」


そこからアマルトさんはエリス達が騒がない事を理解しターゲットを切り替える。次なるターゲットはお祭り大好きお祭り女のメグさんと立場上あんまり断れない新入りのステュクスとアルタミラさんだ。


まぁ事実、今回はステュクスとアルタミラさんの大活躍でもあったし…あの二人を労うという意味ではそれくらいの騒ぎはいいかもしれない。


「いいじゃないですか、アルタミラさん。僕達アルタミラさんに本当に感謝してるんですよ?」


「な、ナリア君まで……」


「いやいや実際そうっすよ。あの爆速色塗り、マジで凄かったっすよアルタミラさん」


「ステュクスさんまで…そ、そんなに褒められると私嬉しくなっちゃいますよ」


「なっていいじゃないっすか」


気がつけば向こうで軽くパーティが開催される。アマルトさんは祝勝会用にいつのまにか作ってきたケーキを持ち出し、メグさんはクラッカー三刀流で騒いでいる。


しかし……そうして見ていて気がついた事がある。


「いぇーい!アルタミラ〜!ほらお前もこれ持てよ、クラッカー!いえーい!」


「い、いぇ〜い!」


…アルタミラさんだ、最初は感情のは希薄な人だとエリスは思った。だが付き合っていくうちに実はそれなりに感情豊かな人なのでは…と思い始めた。だがなんだかそれは違う気がするんだ。


実は感情豊かな人ではなく…エリス達と関わるうちに、感情らしい感情を得始めたように思えるんだ。


「なぁアルタミラ、あれ描いてよ、絵」


「えぇ…じゃあなんかリクエストしてください……」


「えー…じゃあ俺」


「面倒なので嫌です」


「なんでリクエスト言わせたの!?」


「アマルトさん、その頼み方は死んだ方がいいですよ」


「そんなに!?」


エリスはジッとアルタミラさんの様子を観察する。ルビカンテと同じ顔を持つ女…ルビカンテと同じ画家で、何処か不思議な雰囲気を持つ女…。


最初はそんな風に警戒していたけれど…、今は違う。


「まぁいいや!取り敢えず飯にしよう飯に!」


「やったー!アマルトさんの飯だー!」


「あ!ケーキある!私食べたい!アマルト!大きめに切って!」


「ダメだよ!これは今回のMVP二人のモノ。な?アルタミラ、ステュクス」


「え…へへへ」


「馬車二百個壊したの私ー!!」


(もっとあの人の事を知りたいな)


何処か、エリスは微笑みながらみんなに囲まれて笑うアルタミラさんを見て…もっと彼女との距離を詰めたいと思うのでした。


……………………………………………………


そして、アマルト主催の祝勝会(仮)が終わり…街の街灯が消え始める頃、エリス達は眠りにつく。ステュクスの家に用意したそれぞれの寝床に分かれ、今日までの旅の疲れを癒すのだ。


第二回戦開始は一週間後、それまでは第一回戦で消耗した物品や負傷を治すまでの期間となる。つまり明日からは暇…なので今日はみんなぐっすり眠ることになる。サイディリアル到着からここまで色々あってぐっすり眠る時間が取れなかった事もありみんな実は疲労困憊、その疲れを癒す意味でも今日は早めの就寝だ。


「じゃ、おやすみなさいアルタミラさん」


「はい…」


そんな中、ナイトキャップを被ったエリス達を手を振って見送るのはアルタミラだ。ステュクスの家には部屋は多くあるものの部屋一つ一つは広くない。という事もあり八人の弟子達はそれぞれに分かれて眠ることになる。


それは追加メンバーのアルタミラも同じだ。彼女は一階の奥の部屋を寝室として分けてもらった、その部屋の前でそれぞれの部屋へ散っていくエリス達を見送り…一息つく。


(騒がしかったな…)


アルタミラは思い返す、先程までの大騒ぎ、祝勝会の様子を。みんなが自分を中心に騒ぎ笑い合っていた、いつもは画家としてそんな輪の外からそれを眺めるだけの生活をしていたから…なんだかちょっと慣れない。


みんなに認められている、それはよく分かる。私を受け入れ私を仲間として認め頼りにしてくれている。慣れない感覚だが…悪くないなと何処かで思っている自分もいる。


(ナリアさん達は、みんないい人だ。無愛想で無感情な私をここまで受け入れてくれるんだから)


私は追加メンバーだ、同じく追加メンバーのステュクスさんは元々顔馴染みのようだから本当の意味でよく知らない人間というのは…私だけ。だというのにみんなはそこで区別したり壁を作ったりせず、寧ろ仲間として背中を預けてくれた。


「……………」


アルタミラは暗い部屋に戻り、ベッドに座りながら己の筆を見る。私はこれでたくさん絵を描いてリントスの森でみんなの勝利に貢献した…まさかただの絵描きである私が戦いの趨勢を握るなんて思いもしなかった。


何より…あの時、あの瞬間、私の筆は人生で最も速く動いた。いつもなら数時間はかかるような色塗りを物の数秒で終えるほどにあの時の私は集中し、何より躍動していた。それは全て偏にみんなに認められたから…外様の私を受け入れてくれたみんなに、本当の意味で仲間として貢献したかったから。


(笑えちゃうな、私みたいな人間が…認められたいだなんてさ。認められようと頑張る事の愚かしさは…あの時学んだ筈なのに)


そう、一度瞬きすると…筆を握る手に力が籠る。そうだ、私はかつて一度だけ同じことをしようとした。


私を認めてくれる人に私という人間を理解してもらおうと頑張ったことがある。もっと私という存在を認めてほしいと奮起したことがあった……。


『違う!違う!違うアルタミラ!こんな絵じゃダメだ!』


『お前は私を上回る天才なんだ!それが…こんな凡百の絵を描くなんて!!』


『さぁ描け!描くんだアルタミラ!お前にはそれしかないんだ!絵を描く事以外許さない…さぁ早く描けェッ!!!』


「…………」


また、耳鳴りがする。この事を思い出すといつもあの人の声が聞こえる。私に絵を教えてくれた師匠の声だ、私はあの人の絵に憧れて画家を目指して…あの人の下で絵を学んで、憧れのあの人に並び立てるような絵を描けるよう志して…、それから……ああ、それから。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」


息が荒くなる、眩暈がする。グルグルグルグルと視界が歪む、持っている筆が血濡れのナイフへと変わる、絵の黒では出せない気色の悪い赤が視界を満たす。


嗚呼、告げる…告げる、蝉の裁判官が私に告げる、私の咎と下される罰を。蝉の裁判官が告げる…告げる。


私は…私は居てはいけない人間だ、絵を描く事以外許されてはいけない人間だ、ただ絵を描くことが私の贖罪でありこの世界への復讐…。


屈辱も、恥辱も、陵辱も。希望も、絶望も、失望も。挑戦も、栄華も、没落も…全て全て味わい尽くした。嫌というほどに啜り底さえ舐めて味わった。


絵だ、絵を描かないと、私は絵を描く事でしか存在出来ない。でも私は絵を描きたいのか?私がしたいことは本当にそれか?私はなんなんだ?絵を描くだけ存在か?なら私は絵の具か?なら私という絵の黒は何色だ。


何かを映させる空の色でもない、何かに見られる花の色でも流れる水の色でもない…ただ、白い世界に落とされた一滴のインクが、私……。


『アルタミラさん?起きてますか?』


「ハッ……」


ふと、外から響いた声に意識を取り戻す。この声はナリアさんの声だ…そう思い慌てて手に持っている物を隠そうとしたが、気がつく。私が持っているのはナイフじゃない…筆だ。


ただの絵筆…そこでまた私は、過去に囚われていたことに気がつく。


「すみません、今開けます」


頭をブンブン振って慌ててナリアさんの元へ向かい、扉を開ける。するとそこには既に寝巻きに着替えたナリアさんがいる。モコモコのピンクパジャマだ、相変わらず女子より女子してるなこの人は。


「すみません、もう寝るって時に」


「いえ、それよりどうされました?」


「いや、特にないんですけど…明日一緒に出かけません?」


「え?」


え?なにそれ、明日一緒に…って、まさか。


(デッ…デートのお誘い!?これデートですよね!ナリアさんって女の子みたいな顔してるけど…結構がっつくんだ…)


彼も男だ、そういう事もあるだろう。私みたいな奴を誘う理由は分からないが男女が一緒に出かける事をデートと呼ぶならこれはもうデートだ、寧ろ今の状況だって夜這いみたいなもんだ。


「え、ええ…いいですけど、ナリア君も…男の子ですもんね」


「は?いや、明日期間限定で美術館が開くみたいで…一緒に行ってくれそうな人たちに声かけてるんです」


「美術館デー……え?一緒に行ってくれそうな人?」


「はい、アマルトさんとネレイドさんがきてくれるみたいです」


二人きりじゃないのか、どういうデートだ?いやデートじゃないのか…ただ外出を誘っているだけか。でなきゃダブルデートだろうけど…アマルトさんってあの料理が上手い人ですよね、それとネレイドは大きな人…あの二人が付き合っているように見えないし…うん。デートじゃないわこれ。


…は、早とちりしたぁ〜危ねぇ〜デートとか言わなくて〜…。


「それで、どうでしょうか」


「え?ああ、いいですよ。一緒にいきましょう」


「やった!アマルトさん達も喜びますよ!じゃあまた明日!」


次の競技が行われるのは一週間後…なら、それくらいの時間もあるだろう。寧ろ嬉しい、こうやって誘ってもらえるのがとても。


……思えば私は今まで誰かと関わるなんて事してこなかった。たった一人で生きてきた…だからかな、こんなにナリアさんの優しさが沁みるのは。


「また明日〜…」


手をパタパタ振って立ち去るナリアさんに私も手を振って、今日は早く眠る事を決意する。明日は美術館へ遊びに行く…他人の描いた絵を見てると嫉妬とかで色々おかしくなるからなるべく行かないようにしてたけど、彼と行くなら楽しそうだ。


「……第二回戦も、また役に立てたらいいな」


胸に手を当て…扉を閉める。楽しい…今は今がとても楽しい、だがそれ以上に嬉しく…何より。


思う、みんなの役に立ちたいと。みんなに認められたいと。


「もっともっと役に立って、もっともっと認められて…それで」


膨らんでいく、私の中で感情が…ムクムクと膨れ上がり、大きくなる。その感情の名は『承認欲求』…誰かに認められたいという人間なら誰しも持ち合わせ誰しもが抱える感情。無感情で凪いでいた私の心の中に、にょきりと萌芽が生まれるように芽を出した承認欲求は。


いつしか、私の制御すらも超えて…大きく大きく育っていく。そして気がついた時には。


「……あッ…!」


グラリと、体が揺れる。そして頭が割れるような痛みに襲われ視界がボヤける。


まずい、そう感じる頃には既に手足は痺れ体が思うように動かなくなる。原因は分かっている…望みすぎた!


「ダメ…今はダメ、『取られる』わけにはいかない…!」


必死に抵抗する、私の中で膨れ上がった感情に蓋をして抑えようとするがもう無理だ。このままじゃ私が私でなくなる…そうなったら壊されてしまう。折角手に入れた場所を壊されてしまう。


それだけは、出来ない…私はナリアさん達を傷つけたくない!


「出ていけ……」


薄れゆく意識の中、私は唱える。承認欲求に溺れた画家など認めない…私は認めない、そんな私など…追い出してやる。


「出ていけ…!」


歯を食い縛り吐き捨てるように呟く、私の中で生まれた歪な私を心の中で掴み…強引に引き摺り出し。


「出ていけッッ!!」


その咆哮と共に、それらは思い切り引き抜かれ…外へ出ていく、ビチャビチャと水音を立てる背中から抜けていく。それと共に頭痛は晴れ…意識も明瞭になり、私は私として存続し……。


「ぁ………」


そのまま、倒れ込むように意識を失う。強引にそれを引き抜いたから…体に負荷がかかったのだ。だが既に無事追い出した、もう心配することはない…と、アルタミラは思っていた。


だが………。


「……………」


アルタミラの背中から追い出されたそれは…オレンジ色の絵の具だった。液体のように血のように広がる絵の具は、意識を失ったアルタミラの背後でぬるりと動き、人の形を取り始める。


「………私は…」


そして、アルタミラと同じ声で喋ったそれは、やがて人の顔を持ち、髪を持ち、手を持ち、足で大地を掴んで立ち上がり、窓の外に目を向ける。


「私は…私はもっと、見られたい…!」


それは歯を見せ笑う、窓に映るその顔は…アルタミラそのものだ。オレンジ色の髪をしたアルタミラはただ己の中にある感情に付き従い動き出す。


ただ一つだけある感情…そう、その感情と新たなるアルタミラの名は。


「私は…アルタミラ、違う…カルカブリーナ…見られたい、認められたい、誰か私を見てくれ…認めてくれぇぇえ…」


『承認欲求』…。誰かに見られ、認められることだけを目的としたそれはゆっくりと窓の隙間から抜けて、夜の闇へと消えていくのだった。


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― 新着の感想 ―
エリスがデレた! アマルト本当に身内認定されると良いお兄ちゃんすぎる。
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