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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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641.対決 古株『赤龍の顎門』


「姉貴…!」


「見つけましたよ、ステュクス…!」


とある事故から孤軍奮闘となったステュクスは、もうすっかり暗くなり始めたリントスの森でヴァラヌス達『赤龍の顎門』に苦戦を強いられた。格上の大クラン達による包囲は彼から逃げ場を奪い…徐々に苦戦を強いられ、遂には人数差で勝ち目のないところまで追いやられた…が。


そこに飛来したのは、エリス…俺の姉貴だ。空の彼方から飛んできた姉貴は大木を踏み倒し、俺やヴァラヌス達を睨み据え、牙を剥く。


「貴様…何者だ!」


「何者でもなんでもいいでしょう!そいつはエリスの連れだって言ってるんです。それに手を出した時点で…お前ら敵だろ!」


「新手か…!よく見れば似ている、姉弟か」


ヴァラヌスは俺と姉貴を見比べて色々察する。けどこいつ、ストゥルティから俺以外の情報をもらっていないのか…。


なら、やばいだろ…それ、一番ヤベェ情報が抜けてるぜ。そんな笑みが自然と溢れる。


「トリスティス!奴を足止めしろ!その間に我々でステュクスを仕留める!」


ヴァラヌスが叫ぶ、と共に動き出したのは赤龍の顎門の主戦力である『紅蓮刺突』のトリスティス。真紅の軽装に身を包み小振りな短剣一本持った女戦士は一瞬で姉貴の背後に出現し…。


「団長の戦いに手出しは無用、お前の相手は私だ」


そう言って姉貴の腹に短剣を突き立て風穴を開けようと手を動かす…が。短剣は姉貴の腹を裂くことはなくピタリと寸前で止まる。


「ッ…なんだ」


「………お前の相手は私だ?何寝ぼけたこと言ってるんですか」


違う、姉貴だ。姉貴が籠手をつけた手でナイフを掴み止めているんだ。そこに気がついたトリスティスも必死にナイフを押し込もうと体を引いたり両手を使ったり、ダメだと悟りナイフを引っ込めようとするが…刃は姉貴に掴まれ微動だにしない。


甘く見たんだ、俺と似た見た目だから実力も俺と同じくらいだと思ったんだ…あの姉貴を、俺と同等に見た。それはつまり姉貴に対する侮り…そして侮りを許すほど、姉貴は甘くない。


「エリス達のチームに弓引いた時点で、お前ら全員エリスのぶっ壊し対象なんですよッ!」


「あぁっ!?」


即座に姉貴はトリスティスの頭を掴みそのまま膝蹴りを額にぶつけ、トリスティスの悲鳴が響きデコから噴き出た血が舞い散る。その隙に姉貴は反転し拳を構え。


「明日から固形のもの食えると思うなッッ!!」


「ぎゅぶっ!?」


そこからはもう姉貴のワンサイドゲーム。怯んだ隙に姉貴の拳はトリスティスの顔面を打ち抜きよろめいた隙に手を掴み引き起こすと同時に再び口元に肘打ちを与え、そして最後には掴んだ腕の関節を外しながら蹴り飛ばす…これを一瞬で、しかも迷いなくやるのが姉貴の強さであり怖さだ。


「な……」


ヴァラヌスが次に反応した時には既にトリスティスはボロ雑巾のようにボコボコになり地面を転がっていた。冒険者協会最高段位の四ツ字が、赤龍の顎門の主戦力が…一瞬だった。


「なんなんだ、これは…」


「だから言ってるでしょ、お前らの敵が…お前らぶっ壊しに来ましたって」


「ッ……!」


次はお前らだとばかりに姉貴がこちらに歩んでくる。怖い、すげぇ怖い、分かるよヴァラヌス…マジになった姉貴の威圧は、魔獣なんぞより数倍やばい。


「対象変更!ステュクスより先にあの女を仕留める!」


『了解!』


しかしそこは赤龍の顎門、即座に状況を分析し姉貴の方がやばいと理解し標的を姉貴に切り替え、周囲の討龍隊が姉貴へと殺到する。


ヴァラヌスを始め、ハルバートを構えたサルバトール、火砲を携えたペレンティー、他にも討龍隊がワラワラと…だが姉貴は一切怯まない。


さっきまで俺がいた場所に姉貴がいる、俺もああやって威風堂々といれたらよかったのに…姉貴と違って俺は慌てて…。


「死んでも文句言うなよ!」


瞬間、火砲を構え轟音と共に巨大な弾丸を放つペレンティー。その弾丸は姉貴の顔面に向かうが…。


「…………」


音にすれば『バチン!』と音を立てて姉貴の目の前で弾丸が八つに裂ける。あれは防壁だ…魔力防壁、以前俺と戦った時より数十倍は分厚く頑丈な防壁で弾丸を弾いたんだ。


「は!?防壁!?しかもなんじゃあの分厚さ!?人間かアイツ!」


「お前は……」


そして次の瞬間には弾丸と殆ど同じ速度で飛来した姉貴がペレンティーに向かい。


「邪魔ッッ!!」


「ぐげぇっ!?」


一閃。拳が煌めきを放つが如き速さで叩き込まれた右腕がペレンティーの鎧をバラバラに砕き背後の木ごとへし折り吹き飛ばす。今度は一撃で四ツ字を叩き潰してしまった…と思いきや姉貴の背後に影が現れ…。


「防壁があるならそれを込みで壊すまで!」


サルバトールだ、大きくハルバートを引いて切先に魔力を集中させ一気に姉貴の体に叩き込んだ。と思ったが…違った、空を切ったんだ。背後からの攻撃に敏感に反応した姉貴が即座にしゃがみ防壁崩しを避けて見せたんだ。


「見もせずに!?」


「『旋風圏跳』ッ!」


「ぅぐっっ!?」


そして空を切り体勢を崩したサルバトールの顔面に風を使い爆発するように飛び上がった姉貴の蹴りが食い込む。サルバトールだって防壁を使ってた…使ってたのにそれさえ強引に破壊し蹴りを直撃させたんだ。


「サルバトール!ペレンティー!」


「そんな…四ツ字の実力者が、一気に三人も…!?」


「あり得ない…なんだアイツ、リーベルタースじゃないのか…」


ヴァラヌスが叫ぶ、ようやく駆けつけた他の赤龍の顎門のメンバーが愕然とする。足元に転がるのはトリスティス、ペレンティー、サルバトール…どれも魔術ではなく物理攻撃で叩きのめされているんだ。


あまりの強さに俺だって愕然とするよ。こんなにも違うのかよ…俺と姉貴。


「さぁ次は……」


「くっ!『討龍陣形』!」


それでも諦めないヴァラヌスが叫ぶ、同時に赤龍の顎門のメンバー達が弾かれたように動き出す。今度は対人戦じゃない…魔獣討伐用の陣形だ。重装兵の防御、魔術師の援護、戦士のヘイト管理、それらを完璧な形で隙間なく敷き詰める事で龍さえも討ち殺すまさしく赤龍の顎門が生み出した至高の攻撃陣形。


人間相手に使うものじゃない、ましてや人一人に使う陣形じゃない…。


「む……」


その陣形の完成度の高さは姉貴が一歩止まる事からもよく分かる。何処を崩しても確実な反撃が来るんだ…それに治癒術師も複数到着してる。サルバトール達が復活するのも時間の問題…。


そこで姉貴が取った行動は…。


「仕方ない!『旋風圏跳』ッ!」


飛翔、前方…つまり俺に向けて。そう、まずこの集団の撃破よりも先に俺の確保を優先したのだ。だが目の前には赤龍の顎門の討龍陣形が跨っている…しかし。


「は、速い!」


「まさか合流する気か!」


そこは流石姉貴と言うべきか、細かいステップを挟み複数のフェイントにより次々と赤龍の顎門達の間をすり抜けていく…そして俺を見据え。


「ステュクス!」


「させるか!」


「ッ……!」


手を伸ばした瞬間、姉貴の腕はヴァラヌスの剣により弾かれ一瞬膠着する。最後に立ち塞がるヴァラヌスだけはどうしても抜かせてくれない。姉貴の高速フェイントにも引っかからない、姉貴の顔は歪み面倒そうに舌を打ち……。


そこから、俺が一歩動く短い時間よりもなお速い…ヴァラヌスと姉貴の駆け引きが始まった。


「合流はさせん、このまま包囲で押し潰す!『レッドラインフレイム』!」


ヴァラヌスは咄嗟に両手を広げそれぞれの十の指から紅の光線を放ち空間を占有する。それを乱射しまるで赤く煌めく網でも仕掛けるように四方八方に放ちまくった。


この光線の持続時間は短く一秒もしないうちにその場を過ぎ去り消えるだろう。だがそれだけの時間でも押し留めることが出来れば十分だとヴァラヌスは考えたしエリスも止まるわけにはいかないと認識した。


そう、背後で既に四ツ字組が治療を受け意識を取り戻していたから。全快せずとも攻撃は出来る。アイツらが復活すれば前と後ろで挟まれる形になる。姉貴に止まる選択肢はない…故に赤く光る網の隙間を見切って進むしかない。


だが……。


『ルートの制限か、分の悪い勝負を仕掛けられた物よ』


ロアの声が響く、一瞬の駆け引きを理解し俺に教えるように呟いた。そうだ、網には確かに穴があるが…そんなもんヴァラヌスも理解してる。だからそこを逆手に取り姉貴がどのルートを通って抜けるかを逆算しているんだ。


右上の隙間、左下の隙間、そして正面の隙間。それぞれ三つ姉貴が通れるくらいの穴がある、そしてどのルートを通っても姉貴は大きく迂回をしなければならない。そうなると挟み撃ちを成立させるだけの時間を相手に与えることになる。


唯一、迂回せず通れる道は一つ…正面だけ。だがそれはつまりヴァラヌスの脇を抜けると言う事、そんなのヴァラヌスが許すわけがない───だが、これまた逆に言えることだが。


「『旋風圏跳』!」


「愚かな!正面を狙うか!」


──姉貴は、死地に臆するような人間ではない。そこが最短であるならばたとえ敵の懐にだろうが突っ込むのがエリスという人間。迷いなく交差する熱線の隙間を潜り抜け正面から俺の方に向けて飛んでくる。


それはつまりヴァラヌスの妨害を甘んじて受け入れる…という意味だ。


「消し飛べ!『紅龍大噴火』ッッ!!」


「グッ…」


剣を地面に突き刺し、その先から炎熱魔術を爆発させ…大地を引き裂く炎の柱を幾多も作り出すヴァラヌス、その炎の柱と壁に姉貴の風は大きく乱され…直撃こそしなかった物の進路は大きくずれ込み俺の真横を通り過ぎるような軌道で飛んでしまう。


「姉貴…!」


咄嗟に俺も手を伸ばすが…届かない、合流を阻止された。大きくずれて俺を通り過ぎた姉貴が戻ってくるまで多少時間がかかる、そうだ時間がかかるんだ。つまり。


「今のうちに…こちらだけでも片付ける!」


「ッ!?」


飛んでくるヴァラヌスの剣、それが真っ直ぐ俺に向けて飛翔する。姉貴がルートを逸れたその瞬間を狙っての投擲に俺も反応ができなかった。


まずい、ヴァラヌスの奴本気だ…!避けきれない!


「ッ……」


そんな中、エリスも手を伸ばす…ステュクスとすれ違う瞬間、大きく手を伸ばすが全く届かない。全てヴァラヌスの思う通りになった…思う通りに。


いいや、違う……。


「メグさんッッ!!」


「はいッ!」


思う通りになったのはエリスの方だ、全てエリスの思う通りに。全て織り込み済みとばかりにエリスは手を伸ばしメグの名を叫ぶ…するとどうだ、エリスの伸ばした右手の袖の中から。


ぬるり…とメグが上半身だけを出して飛び出したのだ。


「は!?」


「え!?」


「ステュクス様!」


エリスの袖の中から飛び出したメグの姿にヴァラヌスは目を丸くし、ステュクスもドン引きし、そんな中エリスの袖から飛び出したメグは更に手を伸ばし、ステュクスの手を引くと…そのまま一気にエリスの袖の中に引き摺り込んだのだ。


「こちらです!」


「え!?ちょっ!俺何処に連れてかれるんですかぁああ!?!?」


そのままスルスルと袖の中に潜っていくメグによりステュクスもまたエリスの服の中に消えていく。そうしてまんまとステュクスを救出したエリスはその場で足を止め…ニッと歯を見せて笑いながら肩越しにヴァラヌスを見遣り。


「前哨戦、エリスの勝ちですね」


「…………」


エリスの言葉にヴァラヌスは絶句する、熱くなった頭が即座に冷たくなり…冷静になる。前哨戦、それはまさしくその通りだったからだ。


今、ヴァラヌスは赤龍の顎門という組織を使ってエリスを倒しステュクスとの合流を阻んだ。だがそれでもエリスを止められず、ステュクスは何処かに消えてしまった…つまり、赤龍の顎門がエリスに道を譲った形なるのだ。


冒険者協会に名を轟かせる大クランが…ただ一個人に好きにされた。今のはそれを決める前哨戦だったのだ。


「貴様……」


「さて、どうやら貴方達たくさん馬車持ってるみたいなので…諸共纏めて全員ぶっ飛ばしますけど、いいですよね」


「お前一人でか」


「二人以上だと、リンチになっちゃわないですか?」


「……言いやがる」


向き直るエリスと剣を回収するヴァラヌス、その背後には治癒術師によって回復したトリスティス達主力、そして数多くの赤龍の顎門のメンバー達が並び立つ。前哨戦は確かにヴァラヌス達の負けに終わった…だが、本番はここからだ。


「まぁいいだろう、この競技は直接的な潰し合いではなく…馬車の壊し合い、聞けばお前らは単一の無所属チーム…どうせここらにお前の馬車もあるんだろう?なら壊し合いだ、我々は全ての人員を使ってお前達の馬車を見つけて、壊す…耐え切れるか?この波状攻撃に」


「…フッ、さぁて。見つけられますかね…エリス達の馬車」


「何……」


ヴァラヌスは訝しむ、エリス達の馬車を壊せばエリス達の負けになる…ならこいつは馬車を守るべきだ、いくら攻撃チームでもこの数百人に至る人員から狙われれば呆然一方は必至。


なのに、この余裕。近くに馬車はない…遠くに配置してある。なんてレベルの余裕の見せ方じゃない、そう悟ったヴァラヌスは咄嗟にメンバーの一人に目を向ける。


「探せ!こいつの馬車を!」


「アイアイ!」


そんな指示を受け取ったのは赤龍の顎門所属の索敵専門のシーフである『駒遣』のドルク。小柄で戦闘には向かないが常軌を逸した嗅覚を持ち魔獣の棲家を一瞬で嗅ぎ分ける力を持つ彼の能力でエリス達の馬車を探させる。


しかし、スンスンと何度か鼻を鳴らしたドルクは目を丸くし…。


「あれ、ない…ないです団長!」


「なんだと…」


「近くからは我々以外の馬車の匂いはしない、それ以上向こうにはストゥルティ達がいる…何処にもこいつらの馬車がありません!」


「森の中にないだと…そんなバカな、だとしたら…何処に!」


馬車が見つからなければエリス達を失格にすることは不可能。だが森の外に出ればその時点で強制失格…なら、一体どこに……。


「だから、言ったでしょ」


そんな中エリスはニタリと笑いながら…手の中の『それ』を見るのだった。


………………………………………………………


「ステュクス様、大丈夫でございますか」


「え……え?え?あれ?え?」


ステュクスは混乱していた、いきなり姉貴の袖の中から現れたメグさんに手を引かれ袖の中に引き摺り込まれたと思ったら…。


次の瞬間には…俺は馬車の中にいたんだ。


「ここ、馬車の中…?」


思わず立ち上がって周りを見る、確かに姉貴達の馬車の中だ。周りには俺を心配するように顔を覗き込んでいるメグさんとナリアさん、アルタミラさんとデティさんの四人がいる。


何がどうなってんだ?何をどうやって馬車の中に連れてこられたんだ?もしかしてあの転移魔術か?分からん。


「大丈夫ですか?ステュクスさん」


「申し訳ないです、私も気がついていたんですが…言うのが遅れてしまって」


ふと、ナリアさんとアルタミラさんが申し訳なさそうに謝ってくる。やはり気がついていてくれたんだな…けどいいんだ、トロかった俺が悪いわけだし。それより気になるのが。


「いやいいんすよ、それより…俺はなんで馬車の中に?転移魔術ですか?」


「いいえ、違います…ここは『写真の中』でございます」


「写真の中?」


するとメグさんが馬車の外を見せてくれる…そこは俺がさっきまでいた場所とは違う森の中で…え?写真の中?


「我々は森の中心に移動したその瞬間、その場の風景をカメラで撮り、一枚の写真を作り出し…その中に馬車を収納したのでございます」


「で、出来るんすか…そんな事」


「ええ、服や持ち物が持ち込めるので…頑張って頑張って入り口を広げて押し込みました。そして今その写真はエリス様が持っています」


「つまりさっき袖の中から出てきたのは…」


「エリス様の写真の中から飛び出したのでございます。そしてステュクス様を写真の中に引き摺り込んだと…。ここまでがラグナ様の作戦でございます」


曰く、俺がいないことに気がついた瞬間ラグナさんは色々と決めてくれたようで。写真を姉貴に持たせた上で攻撃チームとしてラグナさん、メルクさん、アマルトさん、ネレイドさん、そして姉貴を用いて散開、姉貴は写真の中のデティさんの指示に従い俺を探し当て、馬車の中に救出する…そう言う流れだったらしい。


そうか、俺たちは今写真の中にいるのか…だから外から聞こえてくるであろう赤龍の顎門の騒音も聞こえないと。


「……これアリなんすか?」


にしても、ヤベェことするな。


この競技では機動力が物を言う、だからみんな地面を乾かしたり凍らせたり、馬車を持ち上げたりして移動し機動力を確保している。そんな中姉貴達は馬車を手のひらサイズの写真の中に入れそれを持ち運んで移動するってんだから…。


写真を姉貴が持つ以上馬車の機動力は姉貴の機動力に直結する。移動に二日かかるチデンス渓流から数分でサイディリアルまで到着しちまうレベルのスピードを持った姉貴が密林を高速移動しながら馬車を動かしているに等しいんだから…。


もしこれが馬車を使ったレースとかなら俺達はぶっちぎりで勝っていただろう。なんなら今この状況だってそうだ、敵は俺たちの馬車を見つけようと躍起になるが…どうやっても見つけられない。だって写真の中にあるんだから絶対手出し出来ないんだから。


「はて?森の外に出てはいけないとは言われましたが、写真の中に入ってはいけないとは言われてないですね」


「いやそうですけど…ってこれなら最初からこう言う移動放置してりゃよかったんじゃないです?レッドゴブリンの時とか」


「ラグナ様は普段の移動などをただ一人に依存し切るのが好きではないのです、昔…そうやって無茶をして倒れたバカがいますので」


「そ、そうすっか」


腕を組み考える、なるほどラグナさんの言ってた履帯は必要ないってのはこう言うことだったんだな。チラリとメンツを見るに既に戦闘メンバーは外に出て馬車を壊してまわっているんだろう…なら。


「メグさん、俺もう一回外に出してください」


「えや?何故ですか?」


「まだ外には赤龍の顎門がいるんです。姉貴が一人で戦ってる…流石の姉貴も一流クランの大攻勢を一人で捌き切れるか分からない」


「それはそうですが…、出るなら私かデティフローア様が出ます」


「なんで!」


そう叫んでメグさんを睨む、姉貴を一人で戦わせるわけにはいかない…だから俺も戦うと言いたかった、けど。


「ッ……!」


押し黙るより他なかった。何故なら…メグさんがとんでもなく冷たい目で、こちらを見ていたからだ。


「お言葉ですが、エリス様があの場で危険を顧みずステュクス様の救出を専念したのは…あの場にいない方が良いと判断されたからでしょう」


「ッ…俺は足手纏いだってことですか!?」


「違います、エリス様の戦闘スタイルは一対多数で真価を発揮する広範囲攻撃型。ステュクス様を巻き込まないために動いたのではないですか?」


「…………」


「エリス様に真の意味で合わせられるのは私やデティフローア様のような連携を得意とする、それも長い時を共にした魔女の弟子以外居ません。なのでステュクス様はここに…」


「ッ……」


その言葉に、まるで糸が切れたように座り込んでしまう。自分でも否定してた事を…こうもはっきり他人から言われちまうと、処理が出来なくなる。


分かったさ、自分が戦力として不足でいることくらい。姉貴の足を引っ張るかもしれないことくらい…けど、それを認めるわけにはいかないんだよ。姉貴を守るために剣を持った俺は姉貴を守ることさえ出来ないと認められない。


だけど……現実は、駄々こねたって変りゃしない。


「…………」


「はっきり言い過ぎだったんじゃない、メグさん」


「申し訳ありません、ですがここで誤魔化す方がステュクス様には悪いかと」


「それもそうかもね、気に病むことないよ、ステュクス君」


ふと、デティさんが俺の前に立つ。小さくとも…大きいこの人は、冷静でそれでいて冷徹に俺を見て。


「君は決して弱くない、私達が強すぎるってこともない。ただ…君とエリスちゃんの間にある確執は今この場においてはマイナスになり得ると私が判断した」


「…………」


「仲直りしろとか関係修復しろとは言わないけど、もうちょいお互い歩み寄った方が…」


「姉貴は…それを望んでねぇんだろ」


「え?」


デティさんの目が丸くなる。けど俺だって…バカじゃないよ。


姉貴はきっと、昔ほど俺に対して怒ってない。ハーメアの件にも区切りをつけて意識を切り替え始めている…星魔剣を持ち出した話もメルクさんが許したおかげで俺に対する怒り自体は収まりつつある。


けど、それでも今の今まで離れて暮らして確執ある姉弟が今更仲良く出来るわけもないし、何より姉貴自体が俺と仲良くする事を望んでいないのは姉貴の態度を見ればわかる。


俺だってさ…本音を言うなら、仲良くしたいし家族としてあの人と一緒に歩きたい。けどそれは姉貴自身が望んでない…、ならせめて憧れとしてあの人を見るしかないだろ。


あの人は俺の憧れで、俺はあの人にとって汚点…そう言う関係性でいるしかないんだ。だから関係修復もクソもない。


「姉貴が望んでないのに、俺から歩み出すわけにもいかないだろ…」


「…………」


「だから…すんません、姉貴の邪魔には…ならないようにします」


(……拗らせてるの、エリスちゃんだけだと思ったら…こっちもか。二人とも根っこのところはどっちも似てるね…頑固で面倒臭くて、優しくするのが下手)


ふぅと大きく息を吐いたデティは『まぁそんなに思い詰めないで』とだけ口にして、取り敢えずその場を去る…が、代わりに俺を心配そうに見つめるのは。


「ステュクスさん…」


「落ち込んでますね」


ナリアさんとアルタミラさんだ、二人は俺に寄り添いあれやこれやと口を開いたり手をワタワタと動かしたりと慰めてくれようとしているようだが…いいんだ。


これは俺がただ勝手に情けなさを感じて、勝手に落ち込んでいるだけ。慰めてもらう必要もなければそもそも気にする必要もない。ただ、俺は俺の決めて定めた憧れにも手を伸ばすことができないのかって…自分の無力さに嫌気がさしてるだけなんだから。


(もうぐちゃぐちゃだ、俺はどうしたいんだ…姉貴を助けたいのか?姉貴と一緒に戦いたいのか?それとも強さを示したいだけ?…仲直りしたい?違う、分からない)


その場で座り込んで膝を抱えため息を吐く…もう頭の中がしっちゃかめっちゃかだ、どうしたら…そう思い悩んでいると。


「ステュクスさん」


「え?」


ちょいちょいと俺の肩を叩く感触に顔を上げると、そこにはアルタミラさんがいて…。


「ちょっと、これを見てください、ステュクスさん」


「え?何それ、絵?」


そこにはアルタミラさんが抱える絵画が見えた。青空の下に咲き乱れる色取り取りの花々の描画だ…綺麗だけど、これが何?


「なんですか?」


「次はこちらをご覧ください」


そう言って次に見せたのは、青が目立つ清流の絵。俺は絵の素人だけどこんなにも綺麗に水を描けるもんかねってくらい…美しい絵だ。しかしなんでこの場面で絵を見せるんだよ…。


「ステュクスさん、貴方は絵の具です」


「一応人間のつもりですけど…」


「そうじゃありません、貴方は…この二枚の絵に描かれている『水色の絵の具』なんですよ」


「水色の絵の具?って二枚目の水の絵はともかく一枚目の花の絵には水色なんか使われてない……」


と言いかけた瞬間、ナリアさんが花の絵をもう一度見せる…そこで気がつく、この花の絵…そう言えば水色が使われていた。青空だ、背景の青空に使われてるんだ。花が綺麗すぎて気が付かなかった……。


「分かりましたか?水色の絵の具は水を描く時には前に出ますが…花を描く時は花の引き立て役にしかならない。その時々によって在り方が変わる…それが色なんです」


「…………」


「今は『花の絵』です、貴方はきっと花の美しさに焦がれるでしょうが…心配はありません、いつか『水の絵』を描く時が来る…その時に、存分に貴方の色を発揮すればいいんですから」


つまるところ、花とは姉貴であり、空の青は俺だ。花は美しく目を引くが空の青は花の美しさを際立たせる背景でしかない。前に出ることは出来ずただ花が咲き誇る様を後ろから眺めることしかできない。


だがいつか、水の絵を描く日が来れば…空の青は水の青となり、より一層強く目に映る…ってことか。


……励まして、くれてんだな。


「今は落ち込む必要はありません、人は絵の具と同じで輝ける瞬間があるんです…だから今は」


「フッ…ありがとうございます、確かにちょっと…過敏になりすぎましたね」


絵の具云々が心に沁みたってより、アルタミラさんが必死になんとか自分のボキャブラリーを使って俺を励まそうとしてくれているのが嬉しかった。

今、役に立たないだけで…またいつか、役に立てる時が来るから、その時に頑張ればいいか。ちょっと俺は色々気にしすぎてたみたいだな。


「ステュクスさんはずっとお姉さんを見てたので、気にするかと思いまして」


「そうっすね…、アルタミラさんって優しいんですね」


「えっ!?!?」


アルタミラさん…魔女の弟子達とは面識があるが言ってみればこの人は完全に初対面。よく分からない人だし話しかけて怒らせたら怖いし話しかけてなかったが、案がいい人かもしれないな。


そういう面も含めて、俺は考えが狭すぎたのかもしれない…そう考え深呼吸し、努めて落ち着こうとしていると。


「…………」


「どうでございますか?デティ様」


「うーん、エリスちゃん思いの外苦戦してるね…敵もなかなかやるみたい」


「一応敵も覚醒者ですしね、如何しますか?我々も出ますか?」


「そうだね、手伝ったほうがいいみたい」


外の魔力を探るデティさんが告げる。どうやら流石の姉貴も多勢に無勢に苦戦しているようだ…けど、今俺が行っても。


(花の絵…水の絵か)


チラリと俺はアルタミラさんの描いた本物にも見紛う絵を見て、考える。


今、赤龍の顎門との戦いが行われているこの状況は花の絵で、水色の絵の具の俺は背景を彩る単色でしかない。俺はこの場では活躍できない…花の絵が描かれている今この状況では、俺は何もできない。


なら…。


「アルタミラさん、メグさん…一つ頼み事があるんですけど」


「え?」


「なんでございましょう」


…なら、描けばいいんだ。俺が今から…水の絵を!


……………………………………………………


「『拡散式・火雷招』ッ!!」


「ぐぁあああ!?!?」


「なんという精度!なんという威力!なんというデタラメ!こんな奴がいたのか!!」


高速で森の中を飛び交い木々の隙間を縫うように火雷招を拡散し迫る赤龍の顎門達を穿ち爆烈にて吹き飛ばす。これにより一度に数十人が吹き飛んだ…がしかし、次の瞬間。


「ここだ!かかれェッ!」


「見えていますよ!」


エリスの正面の木から複数人の甲冑騎士達が剣を突き立て飛びかかってくる。だが即座に風を操り旋回すると同時に飛んできた剣士達を蹴り飛ばし木に叩きつけ…。


「絶地絶天の煌めきよ、今この時のみ我が手に宿れ『雷紋金剛杵』ッ!」


「ぐぎゃぁあ!?」


手の中に雷を作り出し、投擲し叩きつけると同時に爆裂させ纏めて感電させる…倒した、倒したが。


「『ヒーリングオラトリオ』!立てるか!」


「勿論だ…!追いかけろ!敵はまだまだ動けるが…体力も魔力も無尽蔵じゃない!」


「アーマードラゴン討伐を思い出すな…持久戦だ!ポーションならたんまりあるぞ!」


「チッ!」


倒しても倒してもキリがない、エリスが一団を倒すと別の一段が飛んできて、それを倒している間にポーションや治癒魔術で回復される、敵は二千人…しかもただの二千人じゃない、ドラゴンや巨大な魔獣討伐を常日頃からやってきている達人達だ。


連携が凄まじく上手い、攻撃を切れさせない法を心得ているし倒されても復帰した瞬間から即座に動けるよう鍛えられている。まるでエリスをドラゴンに見立て追い回して来るんだ…多分これがドラゴン討伐の必勝法なんだ。


ひたすら持久戦を仕掛け、相手がバテた所を倒す…本来なら人間相手にも、ましてやこの競技で使うべきではない全身全霊の討伐法を解禁してきた。これはちょっと面倒だぞ。


(魔力覚醒を使うか?冥王乱舞を使わなければ消耗も多少抑えられるし、魔力が切れてもエリスの手元の写真の中にはデティがいる…)


チラリと手元に目を向ける、おそらく敵方にも覚醒者らしき存在は複数いるが…このまま持久戦をやってもエリスは負ける、ならば使うか。


「魔力覚───」


「させない!」


「チッ!」


しかし、足を止めて木の枝に足を乗せ覚醒しようとした瞬間を狙い、銃持ちのペレンティーが弾丸をぶっ放す。咄嗟に防壁を展開し弾丸を弾くが…邪魔された、覚醒し切れなかった!


「安易に覚醒など使わせるわけがないだろう、お前の実力は十分に理解しているんだ!このまま削り合いをさせてもらう!」


「慣れてますね、貴方」


そして次の瞬間飛んできたヴァラヌスの斬撃を両手の籠手で防ぎながら枝から飛び降り衝撃を緩和する。ヴァラヌス…やはりここまで登り詰めるだけはある。巧みというか上手いというか…だがあんまりエリスをナメない方がいいですよ。


「削り合い、上等です…エリスがバテるより前にポーションも治癒術師の体力も削り切ればいいんです。何より頭の貴方を潰せば…それだけで士気は落ちる!」


「やれるものならやってみ──」


全身に魔力を込めヴァラヌスの斬撃を弾くと共に兜で守られた頭を掴み…。


「『旋風圏跳』ッッ!!」


「ごはぁ!?」


叩きつける、風の加速を活かし地面にヴァラヌスの体を叩きつけ、衝撃で浮いたその足をさらに掴み全力でスイングし木の幹に叩きつければ木はへし折れヴァラヌスの鎧も凹み苦悶の声が響き渡る。


「治癒術師もいるようですし遠慮なくやらせてもらいますよッ!」


「ご…この女…実力で私以上の物を…!」


そしてヴァラヌスを引き起こし更に風で加速した拳を何度も何度も叩きつけタコ殴りにしていく、その様に赤龍の顎門達の戦意もダダ下がりだ…。


「ぐっ…強い、あまりに強い…貴様その実力をどこで身につけた…!」


「実戦以外にありますか!」


「違いない…!だがどう考えても魔獣相手の技ではない。貴様本質的には冒険者ではないな!何故貴様のような奴が大冒険祭にッ!」


エリスの拳に怯まず向かってくるヴァラヌス、大きく振りかぶるような横薙ぎの斬撃に合わせるようにしゃがみ込み、そのまま曲げた膝を一気に伸ばしアッパーカットを首元に狙い叩き込む。


「貴方には関係ないでしょう!」


「ぅぐっっ!?」


そしてそのまま空中で一回転し、ゴロゴロと転がるヴァラヌスを見下ろしながら拳を鳴らし周囲で隙を伺っている雑魚共を牽制する。言っておきますがヴァラヌスと戦ってるからって…注意は抜けてませんからね。


「貴方には悪いですけど、エリスは別に冒険者としての名誉とかグランドクランマスターの座とかそういうのに興味はありません」


「誇りは…ないのか」


「そもそも大冒険祭なんて冒険者の道楽でしょう、誇りなんて必要ありません」


「ッ……、確かに…」


大冒険祭りは冒険者の道楽…そう言えば聞こえは悪いが、冒険者にとって誉れある事とは即ち魔獣を倒し世に秩序をもたらす事。冒険者同士で潰し合い喰らい合うこの大冒険祭はそもそも冒険者の本懐にない。故に道楽、故に誇りなど必要ない。


冒険者は、祖国のために戦う戦士ではないのだから。


「……リーベルタース憎しで、冒険者としての本質を見失っていたか…」


ぐったりと脱力するヴァラヌス…だが彼はそれでも剣を握り。


「だが、だとしても…!冒険者としての誇りがそこになかったとしても!赤龍の顎門を任される者として!この大冒険祭に勝利をもたらす義務がある!」


剣を突き立て全身から鬼気迫る気迫と魔力を滾らせたヴァラヌスは、咆哮によって自身の肉体にかかる枷を外す。つまる所自己陶酔による疲労・疲弊の一時的な抹消。即ち鼓舞による身体強化を行い…同時に魔力が裏へ逆巻く。


来るか、魔力覚醒…!ならこちらも迎え撃つ!


「魔力覚醒『大紅蓮討龍伐』ッ!!」


「魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』!」


瞬間、辺り一面が光に包まれる、エリスとヴァラヌスの覚醒がぶつかり合い…大地が揺れ木々が薙ぎ倒される。


『うわぁあああ!?!?』


『団長が覚醒を使ったぞ!!』


『覚醒フォーメーションだ!直ぐに!』


バチバチと迸る電流の中、エリスは自らの状況を確認する…。


(押し飛ばされた…)


覚醒と同時に攻撃を行い、ヴァラヌスの一撃とぶつかり合い…エリスが押し飛ばされた。これは恐らくだが。


「属性同一型…の強化形態」


チラリと見遣る先にいるのは魔力覚醒を行ったヴァラヌスの姿。


真紅の鎧はより赫く染まり光り輝く。全身から電流が迸りあまりの熱に地面の泥が一瞬で乾燥し硬くなり、その上で更に温度が上がり今度は融解し柔らかくなる。


恐らく、奴の覚醒『大紅蓮討龍伐』は熱を生み出す覚醒。炎熱魔術を扱う奴らしい覚醒だ…しかも、見た感じ覚醒を更に強化し最適化している。第二段階でもかなり上位の段階にあるようだ。


「私の渾身の一撃が、相殺に終わるか…」


「ここから本番ですか?ならエリスも全力出しますよ」


「いや出させん!覚醒フォーメーション!私を全力で援護しろ!」


「……ッ!」


瞬間、ヴァラヌスの背後が煌めき…無数の攻撃が飛んでくる。銃撃や弓などの掃射…恐らくヴァラヌスの背後にいる赤龍の顎門のメンバーが行っているんだろうが。面倒な事にヴァラヌスの覚醒は周囲の物に熱を与えられるもののようで…。


奴の横を通り過ぎた弓矢は一瞬で火矢に変わり、銃弾は赤熱し炎弾となりあっという間に炎の雨へと姿を変えエリスに突っ込んでくる。


「貴方!火事になりますよ!」


「無論、周囲の木々はすでに伐採してある…!森の動植物には申し訳ないが全焼させるつもりはない!『炎風熱波』ッ!用意!」


炎弾を防壁で弾きつつヴァラヌスに近づこうとした瞬間、今度はヴァラヌスの背後の魔術師達が一気に風魔術を放つ。それはヴァラヌスの熱と周囲の炎を舞上げ一瞬で熱波に変わりエリスの体を焼く。


咄嗟に防壁二枚重ねにし空気の断層を作ることで熱の侵食を防いだが…そもそも防壁は熱に対する耐性はない。これもあまり長くは持たないだろう。


(なるほど…)


感心する、恐らくこれはヴァラヌス達が編み出した『対大型魔獣戦用戦術』だ。覚醒したヴァラヌスが前面に立ち敵の足止めをし、背後からヴァラヌスの熱を活かした遠距離攻撃を行いダメージを与える。


覚醒の利点を120%活かした戦法…見事と言わざるを得ない。


「グレータードラゴンさえ討ち倒した攻撃だ!これで貴様を倒す!」


「上等です!やれるもんならやって見せなさい!冥王乱舞!点火!」


熱を気にしない方向に転換する、前面に防壁を展開し攻撃を弾きながら一気にヴァラヌスに突っ込み蹴り放つ。


「ぐっ!まだまだ!」


防御すら許さないエリスの高速の蹴りに一瞬怯むもヴァラヌスは更に向かって来る。その間にも射撃は更に過激化し…。


「『討龍砲』!今だ!」


「ッッ!?」


一瞬、ヴァラヌスがしゃがんだ瞬間背後から飛んできたのは大砲だ。一体どこから持ってきたのか大型の火砲をぶっ放し炎熱した砲弾が飛来し、あまりの出来事に回避が間に合わなかつたエリスの体を吹き飛ばす。


「ぐっ…いたた…」


流石に防ぎ切れない、完全なる不意打ちに戸惑う暇もなく吹き飛ばされたエリスは背後の木に背中を打ち付けつつ拳を握る。


(相手はヴァラヌス一人じゃない…一流の冒険者二千人でもない、相手は赤龍の顎門という一個の生命体そのものだ。勝手が違う)


手元に雷を集めつつヴァラヌスの背後にいる赤龍の顎門に目を向けるが、奴らは巧みに木々に隠れ、そして一箇所に纏まらずエリスの範囲攻撃で全滅するのを避けている…手の内を見せすぎたか。


(どうする、何か一発逆転の手は……)


『エリスちゃん!』


「んはっ!?」


瞬間、頭の中に声が響き変な声が出てしまう…な、なにこれ。あ…デティか!


(デティですか、すみませんエリス一人だとどうにも仕留め切れず…)


『分かってる、ステュクス君が面白い作戦考えてくれたよ!』


(ステュクスが…?)


『嫌だ?でも無理、嫌なら一人で片付けるしかないけどそんなの無理だよね。ならやるよ…いい?今から────』


(…………)


エリスはその場で目を閉じてデティの話す作戦を聞く。そんなエリスの様子を見たヴァラヌスもまた剣を構え。


(あれだけ荒れ狂っていた魔力が凪いだ、諦めた?そんなバカな。あんな魔獣同然の気性を持った女がそうそう諦める物か…ということは何か来るな)


警戒に警戒を重ね、一旦様子を見る…という選択をヴァラヌスが選んでいるその時、エリスはステュクスのいう作戦を聞き、笑みを浮かべる。


(なるほど…面白い作戦です)


『でしょ?エリスちゃんみたいだよね、こういう作戦』


(エリスは別に…。いえ、そうですね。この作戦を自分で思いつけなかった事に悔しさを感じるのは、きっとそういうことなんでしょうね)


ステュクスの作戦を聞き、もう一度ヴァラヌスを見る。ステュクスがどうやってこの作戦を思いついたかは分かりませんが、エリスが保証します。この作戦は上手くいく…いえ、上手く行かせて見せますよ!


「ヴァラヌス!エリス一人に全力を向けているようですが…貴方この競技の本質を忘れてませんか!」


「何…?」


「そんなにエリス一人に人員を使って…馬車の方はいいんですか?」


「なっ!?」


「フッ、今のうちに馬車を狙わせてもらいます!」


「ま、待て!」


踵を返し走り出す、するとヴァラヌスもそれを見てエリスを追いかける。


「馬車だ!馬車を狙っている!総員守備陣形に…」


ヴァラヌスは走る、エリスの背中を睨みつけながら全力で走る、茂みを切り裂き木々を薙ぎ倒し闇の中を走る…がしかし、そこで気がつく。


(待て、何かおかしいぞ…!?)


それは冒険者として培った経験と直感、エリスを追いかけるために睨むその背中を見て、ある違和感に気がつく。


(奴は今まで風に乗って加速していた、空を飛べるんだ。なのに何故今奴は…走って私から逃げている!?)


今エリスは走っている。さっきまで目にも止まらぬ速度で飛び回っていたのにこの場面で急に徒歩に切り替えた。そこに猛烈な違和感を感じる、だって馬車に向かうならそれこそ最高速で行くべきだ。


なのに、ギリギリ追いつけるような速度で走って……。


(まさかこれは…陽動!?)


足を止め、咄嗟に振り向く。やはり追うなと部下達に伝えるために…しかしまたしてもヴァラヌスは手遅れになってから気がつく。自分の後ろを追いかけているはずの部下達が…。


「いない!?どういうことだ!?」


居ないんだ、部下達の数が明らかに少ない。全員消えたわけではないがどう見ても少ない、というか他のメンバーもいきなり消えた仲間に驚愕し統率が乱れている。


(一体何が起きたというんだ、何がどうなって…)


「混乱してますね、まぁつまり…こういうことですよ」


「なっ!?」


背後から声がした、またもう一度振り向く。しかし居ない、やはり声の主はいない…というのに、突如何もない空間からぬるりとエリスの腕が生え、ヴァラヌスの腕を引っ掴み引き摺り込む。そう…まるでステュクスがエリスの袖の中に引き摺り込まれたように。


『何もない空間』に引き摺り込まれ、ヴァラヌスの姿も消える───。



………………………………………………


「団長も消えた!どうなってんだ!?」


一方、突如仲間が消えるという奇怪な事態に見舞われた赤龍の顎門達は混乱の極致にあった。ヴァラヌスを追いかけて走っていたはずだった…なのだが突然周囲の仲間が一人、また一人と消え始めた。


何が起きている…と調べるまでもなく、消え始める。慌ててヴァラヌスに指示を仰ごうとしたらヴァラヌスも消えた。


「ぺ、ペレンティーさん!これどうしたら!」


「い、いや俺に聞かれても…」


咄嗟にペレンティーは周囲を確認し何が起きたかを調べようとした…その時だった。


「オラァッ!」


「ぬぐぅぁっ!?」


突然、背後から飛んできた何者かに蹴り飛ばされペレンティーは突き飛ばされる…。するとどうだ、突き飛ばされた筈のペレンティーが虚空でいきなり消失するのだ。それを見た近くのメンバーは…。


「ペレンティーさん!?一体何が…」


直ぐに目を向ける、ペレンティーを突き飛ばし消し去った者の正体を…それは。


「ステュクス!?」


ステュクスだ、先程消えた筈のステュクスが茂みから飛び出してきてペレンティーを突き飛ばし消し去ったのだ、こいつにこんな力が?そんな疑問を口にするよりも前に…ステュクスはメンバーに目を向け。


「お前も行ってこいッ!」


「ぬぉっ!?」


背負い投げの要領で投げ飛ばし、やはりペレンティーが消えた同じ場所と同じ場所に吹き飛ばす…と、これはまだやはりメンバーの姿が消える。ステュクスは一体どうやって赤龍の顎門を消したのか…何、簡単な話さ。


「よし、二人確保…」


ステュクスは一息つきつつ、ペレンティー達が消えた場所に目を向ける…、するとよくよく見てみるとそこは何もない虚空ではなく…『一枚の絵』が貼ってあったのだ。


ただの絵じゃない、凄まじい精度で書き込まれ一見するとそれが絵であると認識できないくらい精巧に書き込まれた『森の絵』…ペレンティー達はその中に吸い込まれたのだ。


これが、俺が考案した作戦…そしてその要を担うのが。


「アルタミラさん!次の絵!お願いします!」


「お待ちを!」


茂みの奥…そこには馬車から出てきたアルタミラさんが凄まじい速さと集中力で大きめの紙に森の絵を書き上げていた。そう…ペレンティー達を吸い込んだ絵を描いたのはアルタミラさんだ。



……俺は、この場では実力不足だ。水色の絵の具である俺は花の絵では活躍出来ない。なら自分で勝手に水の絵を描けばいい…ってことで思いついたのがこれ。


「アルタミラさん!線画出来ました!」


「はい!こっちも出来ました!メグさん!次の作品に取り掛かります!」


「畏まりました!ステュクス様!」


「あいあい!」


俺達は全員で馬車を出て打って出た。実力勝負に出ても向こうに治癒術師やポーションがある限り千日手は不可避、だからこそ無力化することを選んだ。


無力化の方法はメグさんの『絵画の中に人を入れる力』を使った。写真で行けるなら精巧な絵画でも行けるんじゃないかと思った俺はまずナリアさんとアルタミラさんに森の絵を描いてもらった、その絵を森の中に配置しまくりその中に赤龍の顎門のメンバーを突っ込みまくる。


この暗がりだ、あれだけ精巧な絵ならまずもってそこに絵があるとは気が付かない。故にそこかしこに絵を貼り何も気が付かずに突っ込んできた赤龍の顎門が絵の中に入り込んだ瞬間入り口を閉じ回収、入らない奴は俺が突っ込んで回収。こうやっていけば戦わずに無力化出来る!


「姉貴の方も上手くやったみたいだ」


そして姉貴は、ヴァラヌスを絵の中に突っ込み…その中でタイマンする。別にボコボコにする必要はあんまりないが姉貴がしたいならすればいい。大丈夫、治癒術師がいないなら姉貴が直ぐに片付けるだろう。


「ステュクスさん、木の絵が描けました」


「え?もう?」


すると茂みの中で絵を描いていたアルタミラさんがまた絵を出してくる。この人どんな早筆なんだ…俺がこの作戦を立案してから10分、一分に二枚ペースで本物と見紛う絵を描いてるんだ。


はっきり言ってこの作戦はアルタミラさんがどれだけ精巧な絵を描けるかにかかっていたが、想像以上と言える。一応線画はナリアさんが描いてアルタミラさんは着色…という風に役割分けはしているが、それにしたっても異常な速度だよ。


「これを抱えて走ればきっと大量です」


「追い込み漁かよ…でもいいですねそれ、メグさん入り口開けて!」


「お任せを、さぁ行きなさいステュクス様!」


「おっしゃー!」


アルタミラさんから貰った紙を広げ前面に押し出しながら突っ込む。最初は写真でやろうかと思ったがあれじゃ小さすぎる、大きい紙に書いてもらえるならそれが一番だった…だって沢山入るから。


「う、うわぁー!木がこっちに突っ込んでくるー!?」


「逃げろー!消されるぞー!」


「うははー!待て待てー!」


もう完全に赤龍の顎門の攻勢は瓦解した、指揮系統はズタボロ、二千人近い軍勢がたった数人にめちゃくちゃにされたんだ。そして軍勢がめちゃくちゃになったのに加え…。


「ぐぶふぅっ!?」


「だ、団長!?」


先程姉貴がヴァラヌスを引き摺り込んだ絵画の中から、ボコボコにされたヴァラヌスが飛び出してくる。もうそりゃあ酷い有様だ…鎧はあっちこっちが崩れているし、完全に意識がない。


「終わりですね、赤龍の顎門」


そして絵画の中から悠然と歩み出す姉貴の姿に…俺はやはりと確信する。


(あんな風に…なりてぇな)


この作戦をみんなに言った時、デティさんとメグさんとナリアさん…姉貴をよく知る三人は口を揃えて…。


『全てを任せたなら絶対エリスが勝つ』ってさ。三人ともすげぇ強えのに最後の最後には姉貴に任せる選択をし、何より勝利を疑っていなかった。それは姉貴がこういう状況では必ず勝ってきたからという絶対的な信頼。


そういう信頼を向けられるだけの力を持ち、何より信頼に応えられる存在…そういうのになりたいんだと俺は改めて確信する。


「そんな、ヴァラヌス団長まで…」


「もう、終わりだ…」


団長の敗北に赤龍の顎門達は膝を突き、敗北を悟る…同時に姉貴の背後で猛烈な光と共に爆発が起こり…。


「そう、もう終わりだよ」


「デティ…もしかして」


「馬車、壊して来といたよ」


爆裂と共に光となって飛んできたデティさんが姉貴の隣に並び立つ。デティさんには覚醒してもらって馬車の破壊に向かってもらったんだ。そしてその仕事は無事完遂された…まぁ、殆ど人員の残っていない赤龍の顎門達の馬車なんかあの人にかかれば秒で粉砕できるだろう。


「壊した馬車はザッと二百、たいりょーだねぇ!」


「ええ、……ありがとうございます」


「それはステュクス君に言ってあげなよ、ね?」


ピコン!とデティさんのウインクが飛んでくる。俺にお礼って…俺別に何もしてないんだが。でもまぁ…この作戦が上手くいってよかったな、とは思うよ。


「いい色使いでしたよ、ステュクスさん」


「え?」


ふと、俺の隣に立ち…微笑みを向けてくれるのは先ほどまで爆速で作品を仕上げていたアルタミラさんとナリアさんだ、二人は頬に絵の具をつけながら笑っている。


「先程の花の絵と水の絵の例え、あれは…ステュクスさんを勇気つける為に言った事ですが。実はあれには続きがあるんです」


「え?続き?」


「ええ…」


そう言いながらアルタミラさんは天を見上げる。そこには月と星が見える、白く光りこの世の何よりも燦然と輝く光の海…それに照らされた瞳を追うように俺もまた空を見上げる。


「夜空が美しいのは、星の白があるから。花の海が美しいのは、花の鮮やかさがあるから。前面に押し出されるのはそれです…けれど、それらの色を引き立たせるのは、夜空の黒であり、昼空の青なのです」


「空の…色ですか」


「ええ、空の青がなければ花は花のままです。空の黒がなければ星はただの光です。後ろで支える広大な色が…それらに美を与えるんです。ステュクスさんは今、姉君という名の花に役割を与える青となった…それはとても美しいことです」


「…………」


俺ぁ芸術家じゃないからよく分からないけど、でもなんとなく分かる気がする。姉貴という花を映させる空の青に俺がなれた…ってのはちょっと傲慢な言い方かもしれないけれど。


(でも、うん!よかったかもな!諦めずに動いてさ!)


チラリとこちらを見る姉貴に俺は満面の笑みで答え…この森での戦いは幕を閉じた。


赤龍の顎門は残らずリタイアし、魔女の弟子チームは大クランとの競り合いに勝ちこの第一回戦をモノにしたのだった。


そして、夜は深けていく。また明日の戦いに向けて。

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