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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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640.魔女の弟子と初戦『拠点防衛』


第一回戦──『拠点防衛戦』


それは冒険者達にとっての拠点である馬車を賭けた戦いである。


まず、十人いるチーム中『五人を攻撃班』『五人を防衛班』に分けてもらう。そして勝利条件はない、破壊した馬車一つにつき破壊したチームに勝ち点が与えられ馬車を破壊されたチームはその時点でこの競技での参加資格を失う…つまり一回戦で得られるポイントはそれまでとなってしまう。


競技終了は明日の朝日が昇るまで、季節柄や今の夕暮れの時間帯を考えるに凡そ十三〜四時間。


つまるところ、より多く相手の馬車を破壊したチームが多くの勝ち点を得て尚且つ競技終了まで耐え切る必要がある。


それが拠点防衛戦、自分達の拠点である馬車を守りつつ他の馬車を破壊する事で争い合う戦いだ。



……舞台は南部の密林『リントスの大森』。この中なら何処へどう移動しても良いんだ、そう…だからこれは。


「上手く馬車を駆って動き拠点を守りつつ、密林の中で対象を見つける能力を競うわけか」


「と言うことになりますね」


ルール概要を読み上げたエリスはみんなの顔を見つつ、特にラグナに意見を聞く。全体の動きを決めるのはラグナだ…と言うのを差し引いても、この手の戦いに関してラグナの持つ戦術は効果的になるだろうと言う考えからだ。


「なんつーかえげつねー競技だな、いくら殺し合いじゃないからって冒険者の馬車ぶっ壊すって…洒落になんねーぞ」


「馬車壊すなんて勿体無い」


「そう言う意味でも、贅沢な遊びだ」


ルールの内容を聞いたみんなはちょっとドン引きだ、エリスもドン引きですよ。だってこの馬車を壊し合うんですよ?エリス達この馬車壊されたら生活出来ませんよ…って言うかそれ以前にこの師匠との思い出が詰まった馬車壊されたらエリス冒険者皆殺しにする自信があります。


「まぁ、冒険者にとって馬車ってのは消耗品ですしね…これであっちこっちに駆け回るんで、早いと一年で買い替えとかもあり得ますから…勿体無いって意識が薄いんだと思います」


のはステュクスの談、確かに馬車は消耗品だ。長く使っていると修理するより買い替えた方がいい場合もあるし、何より魔獣がウヨウヨいる場所を旅するんだ、壊れることもままある。


そう言え意味では帝国製と言うこともありめちゃくちゃ頑丈で、尚且つネレイドさんの整備で常に万全の状態を整えているこの馬車自体が異常とも言える。


「面白くなってきたな」


「ラグナワクワクしてません?」


「してる、詰まるところこれは馬車で行う騎馬戦かつ実戦想定の壊し合いだろ?アルクカースにも似たような遊びがあるんだ、『家壊し』って奴」


「物騒なので詳細は聞きたくないです」


ラグナのモチベーションは高い、寧ろ今回は彼の専門分らとも言える…集団戦のプロですからね彼は。


「で、どう動く、ラグナ」


「……………」


メルクさんの声にラグナはスッと笑顔を消して腕を組み考える、そうして思考すること五秒…彼は目を開き。


「この競技で肝要になるのは、いち早く敵を見つける索敵能力、敵をいち早く撃滅する攻撃力、そして敵の攻撃を振り払う機動力。拠点防衛とは言っているが防御力に関してはあまり重要視されていない」


「そうなのか?」


「そもそも攻囲戦防衛戦ってのは戦力が定点的に動かないものだ、けど敵はみんな馬車で密林の中を駆け回るんだろ?だったら待ち構えて…ってのは得策じゃない。ならこっちが重要視するのは機動力だ」


そう言う点から考えるに、五人二組で分ける攻撃チームと防御チームはどちらかと言うと攻撃チームに比重を傾けた方がいいって事でしょうか?


「攻撃に集中した方がいいと?」


「ああ、と言うより…早い者勝ちだしな、今回も」


「え?早い者勝ち…ですか?」


「だろ?だって参加者は千組しかない。俺たちが例えこちらの馬車を壊されず499の馬車を破壊しても、誰かが500の馬車を壊した時点で負けは確定する…だろ?」


「その計算だと参加チーム最低でも1001組にならねぇか」


「喧しい!そう言う話してないの!つまり…取れる点数には限りがある。何処かで大差をつけられたら制限時間内にどれだけ生き残ろうが一番は取れねぇってこと!」


なるほど、単純に競技単体で見ればこれは耐久戦だが…一位を目指すならやはり早いもの勝ちになる。それに全ての馬車をエリス達だけが破壊するなんて現実的じゃない…大差をつけて勝利しようと思ったら、それ以上により早く動く必要があるってことか。


「だから俺達が取るべき作戦は機動力重視の………ん?」


「どうしました?」


するとラグナは何かに気がついたのか首を傾げ…。


「そう言えばストゥルティ達大型クラン…近くに居なかったな、ああそう言うことか」


立ち上がるラグナを目で追いながら考える。エリス達は今密林の外にいる…所謂密林の入り口付近ってやつですね。周囲には他チームの姿はあるが…大方クラン。リーベルタース、北辰烈技會、赤龍の顎門の姿はなかった…。


奴らが今何処にいるのか、エリスには分からないが…彼は分かったのか?


『えー!テステス!皆さーん!準備は宜しいでしょうか〜!』


「あ、この声…」


「ケイトさん?」


ふと、外からケイトさんの声が響き渡りエリス達は外に出る。すると外には…と言うか密林の上空には、なんと巨大な飛行船が飛んでいたのだ。


飛行船には『冒険者協会』の文字が刻まれている…協会ってあんなものも持っていたのか。


『ではでは第一回戦『拠点防衛』開始の為の説明を開始したいと思います〜!』


そして、飛行船からボンボンと音を響せ聞こえてくるのはケイトさんの声だ。今朝あんなに忙しそうにしてたのに…あんな仕事まで任されるなんて、あの人めちゃくちゃ酷使されてるな、そのうち死ぬんじゃないのか?


『まず舞台はこのリントスの大森!魔獣ひしめき大地泥濘む冒険者にとっては地獄のような地!貴方達には今からここで追いかけっこ兼追いかけられっこをしてもらいまーす!詳しい説明は事前に配った用紙の通り!より多くの馬車を壊した方が勝ちです!いや〜えげつないですよね〜!私もそう思いますがまぁ馬車ぶっ壊れるのは冒険者の定めなので割り切りましょう!』


エリス達や他の冒険者達もみんな馬車の外に出て飛行船から響くケイトさんの声を聞く。まぁここまでは用紙の通りだ。更にそこから踏み込んだ説明がなされる。


『そして更に詳しい説明ですが、まず皆さんに配った用紙にシールが貼ってあると思うんですよぉ〜!今確認してください』


「エリス、あるか?」


「えっと、あ…ありました」


見てみると用紙には一枚のシールが貼ってあった。どんなシールかと言うと…『ケイトちゃんシール』と書かれたケイトさんの顔をデフォルメしたなんかウザいシールが貼っているんだ。


「何これ…」


「あ、エリスさん。このシール魔術陣が描いてありますよ」


「え?あ…」


ナリアさんの言葉にエリスは紙を裏返して見てみると…確かにシールの裏に魔術陣が描いてある。


『そちらのシールを馬車に貼って頂きます。そちらのシールが貼られた馬車が破壊された場合こちらでそれらを確認しつつ誰が破壊したか、誰が失格になったかを識別いたします』


なるほど、このシールは所謂マーキング。このシールが貼られた馬車が壊されればシールを通して魔力機構か何かでそれを識別し、失格者とポイント獲得者を割り出すんだろう。


『記載してありますが馬車が壊されれば即座に失格、失格した場合は即刻リントスの大森から出て頂きます。もしこれを守らず他冒険者に攻撃を仕掛けた場合二回戦でペナルティを加えるのでご理解ください。あとそれと馬車が破壊された場合は冒険祭運営委員がお迎え上がりますのでご安心くださいね』


なんて話を聞きつつエリスはシールを馬車の奥に張る、これ後で跡とか残らず剥がれるんだろうか…。


『そしてもう一つ、競技中は何があろうともリントスの大森から出ないでください?出た場合は棄権と見做して失格とします。一度棄権した者がまた森に戻ったらやっぱりペナルティですので〜』


そしてまた外に出て周囲を確認する。どうやらリントスの森の外には防壁のようなものが張られているようだ、間違って出ないように…だろうけど、恐らくこの防壁も魔術陣によるもの。


シールの魔術陣といい、リントスの大森を囲む魔術陣と言い、それらを全て完璧に制御してみせるケイトさんの腕前には感心するより他ない。流石は世界最強格の魔術師…今は亡きトラヴィスさんと肩を並べると言われただけはある。


『えーそれとなんか説明してないことあったかな、うーん…ああ、競技が終わり次第ランキング形式でポイント獲得者を発表するので皆さん勇んで馬車ぶっ壊してくださ〜い!』


「最悪の文言だな…」


「……………」


なんか凄いこと言ってるなケイトさん…けど、これで第一回戦が始まるわけか。さてエリス達はどう動いたものか……。


『それでは皆様、開始まであと5!』


「ラグナ様、早速履帯を取り付けますね」


「いや、…それ必要ないよ」


「え?」


クルリと踵を返し履帯をつけようとしたメグさんを手で制するラグナにエリス達は目を剥く、何を言ってるんだ。密林の中で必要なのは機動力だってラグナ言ってたじゃないかですか、履帯があるのとないのでは機動力に雲泥の差が出る。


『4!』


「ラグナ一体何を…」


「それよりいいから馬車に乗れ、すぐ…『すぐ来る』ぞ」


「ッ……」


ラグナはエリス達の愛馬ジャーニーを持ち上げ馬車に突っ込んだ、馬車馬であるジャーニーを、馬車の機動力であるジャーニーをだ。その言葉と行動で即座にエリス達は理解する。


そうだ、これも大冒険祭…だと言うのなら、この第一回戦もまた───。


『3!2ぃ〜!』


「みんな行くぞ!」


「は、はい!」


「え?姉貴!?」


「そう言うことか!」


「やべやべ!急げ急げ!」


「アルタミラさん早く!」


「え?え?」


飛び乗る、全員で馬車に…と同時に。


『1!』


「行ッッッけぇぇえええええ!!!」


……飛翔する。馬車に自らのベルトを巻きつけ固定したラグナが馬車を持ち上げそのまま投げ飛ばしたのだ、それも遥か頭上…密林の上空を飛ぶように全力で投げ飛ばした。


何故こんなことをしたのか、そんなの考えるまでもない…。


『ゼロ!スタート!!』


『うぉおおおおおおおお!!』


『やっちまえぇええええ!!』


『死ねぇッ!!』


「ひゅー、危ねぇ…危うく乱戦に巻き込まれるところだったぜ」


そう、この第一回戦も大冒険祭…つまり予選と同じでスタート地点が最大の混戦地帯となるのだ。事実スタートの合図と共にスタート地点に居た冒険者達はやたらめったらに周囲の馬車を襲いまくる、予選を通過した猛者だけありその苛烈さは予選の比ではなく瞬く間に密林の外は爆発と爆炎に飲まれ轟音が響き渡る。


もしラグナが馬車を投げ飛ばさなければエリス達もあれに巻き込まれていた。


「よっと、危機一髪」


「お前なぁラグナ、いきなり過ぎるだろ」


「もう少し説明が欲しかったです」


そしてラグナは巻きつけたベルトを上手く使って馬車の中に戻ってくる。既にジャーニーは安全なアジメクの写真の中に避難しているが…ちょっといきなり過ぎましたね。全員乗り込めたからよかったものの…。


「悪い悪い、気が付いたのが直前だったんだ…多分、大型クラン達はこの事を予見して最初から密林の中に隠れてたんだ」


「そっか、別に密林の外で待たなきゃいけないってルールもないですもんね」


「ああ、つまり俺たちが今から着地した地点から…この競技はスタートする。エリス、着地任せてもいいか?」


「はい、大丈夫ですよ」


恐らくエリス達は密林のど真ん中に着地することになる、となればそこから競技スタート…周囲の馬車を見つけ回してドツき回して破壊し回るエリスの大得意な場面がやってくるわけだ。


「さて、じゃあまずチーム分けについてだが。攻撃チームは俺とエリスとデティと……」


そうラグナがチーム分けをしようとした瞬間。徐に手を上げたのはアルタミラさんだ…。


「あの、よろしいのですか?」


「え?何が?」


「何がって……」


手を上げたアルタミラさんはキョロキョロと周りを見回し…。


「ステュクスさんが居ませんけど」


「え?」


ラグナも周りを見る、エリスも見る、みんな見る。キョロキョロと見回しても…ステュクスの姿が何処にもない。


え?これってつまり……。


「…どぅわぁぁあああああ!!ステュクス置いてきたぁぁあああああ!!」


「バカラグナ!だから言ったでしょいきなり過ぎって!」


「しょーがねぇーだろ!気が付いたの直前だったしいつもの感覚でステュクス抜かしてたんだぁーっ!やべぇーっ!引き返すか!?」


「無理ですよーーーっっ!!今エリス達空飛んでるんですよーっ!?」


「メグさん!時界門!」


「も、申し訳ありません。ステュクス様には持たせてないのです…セントエルモの楔」


「ど、…どうしよう」


いきなり…なんか、雲行きが怪しくなってきてしまったぞ…。


すみません、ステュクス…どうにかこうにか生き残ってください。


…………………………………………………………


『フレイムエクスプロージョン!』


『ロックブラスター!』


『アイスタワー!!』


「ひぃいいいいいいい!!」


走る、走る、走る、魔術飛び交う密林の中…ステュクスは…俺は一人でひた走る。さっきまで馬車に乗ってたのになんでこんなことになったかって?開始の合図を聞くためにみんなで外に出たと思ったら、気がついたら馬車が飛んでたんだ。


いや反応できるかよあんなの!みんな反射神経よすぎだろ!!あれよあれよと言う間に置いてかれたわ俺!


「くそーっ!どうすりゃいいんだこれ!?密林に一人置き去りとか死ぬ未来しか見えねぇんだけど!しかも…」


瞬間、すぐ横の茂みが揺れ…中から影が飛び出し。


「馬車見っけぇっ!ぶっ壊わぁぁあす!」


「ゲェッ!いきなりエンカウント!」


飛び出してきたのは巨大なハンマーを振りかぶった大男、そいつが俺目掛け鉄の塊を振り下ろすんだ。咄嗟に飛び退きハンマーの一撃を回避すると共に剣を引き抜き…。


「『魔衝斬』ッ!」


「げぅっ!?」


放つは魔力の斬撃、それを真っ向から浴びた男は白目を剥いて倒れ伏す。こいつは他のチームの参加者だ、俺は今密林に置き去りにされただけじゃなくて…血気盛んな冒険者が暴れ狂う壺の中に押し込められたに等しいんだ…。


やばいったらないだろ、今の状況。


「クソが、どう見ても俺馬車じゃねぇだろ…」


『ぬはははは!窮地じゃのうステュクス!』


「笑ってる場合かよロア!なんとか姉貴達のいる場所にも取れないか!?」


『ワシは剣じゃ!羅針盤じゃないからなんとも出来ん!ぬはは!頑張れ!』


「役にたたねぇな!クソ!」


ともかく走る、今はそれしか出来ない。一応馬車が飛んで行った場所に向けて走っているが…着地点からも多分移動するだろうし、このまま走り続けて合流出来るだろうか。


いや、するしかない…今の状況でストゥルティ達リーベルタースに出会したらそれこそ一巻の終わりだ。幸いデティさんの魔力探知能力があるから…俺が居ないことに気がつき次第迎えを寄越してくれるとは思っている。


だから俺が今やるべきことは、少しでも馬車に近づきつつ迎えが来るまで生き残ることだ。


「にしても…だぁー!走りづらい!」


こうやって走って分かったがこの森の地面は異様に泥濘んでいる。一歩踏むごとに足が数センチ沈む。それが足を引っ張るから普通に走るより体力を使う…。


けど、それは同時に…。


『うわぁっ!また車輪が泥にハマった!?』


『やばい!早く出さないと…ぐわぁああああ!!』


木々の向こうで爆発音が響く。どうやらまた馬車が泥にハマって…その隙を狙い撃ちにされたようだ。


これがラグナさんの言っていた機動力。常に動き続け相手に的を絞らせない為に一定以上の機動能力がこの競技には必要になる、それを阻むのがこの泥なんだ…。


この泥の中で慌てて車輪を動かせば簡単に泥濘にハマるし、馬に無理をさせると馬車馬がバテる。かと言って慎重に動いていたら元も子もなく狙い撃ち。


機動力は命なんだ、そこに即座に気がついていたからラグナさんは即断即決で動いた…けど。


結果俺が取り残されちまった。


(ダメだ、完全に足引っ張ってるよ俺…)


走りながら考える、足を引っ張っている自覚が脳裏にこびりついて離れない。だって俺は今迎えを待ってる、迎えがあるってことは少なくとも攻撃チームの一人を使わなきゃいけない。俺を迎えに行くまで間に一体どれだけの馬車を潰せる…。


(クソッ、嫌になるぜ…マジで)


自分よりレベルの高いチームに入るってのはこう言うことだ、常に足を引っ張る感覚と自分の無能さに嫌気が差し続ける。


今の俺は完全におんぶに抱っこだ、完全に足手纏いだ…だから、だからせめて。


(俺が、損失分を補填する)


『クソッ、また車輪が泥に…おい!みんなで押せ!』


茂みに隠れて前を見れば、そこには泥にハマった馬車が見える…あれを壊せば少なくとも一点。ラグナさんは取れる点数には限りがあるって言ってたし、せめてこれくらいやらないと。


「すぅー…行くぜ、ロア…!」


『覚悟が決まったか、好きにせえステュクス』


剣を握り直し…いざと覚悟を決め一気に茂みから飛び出し泥濘にハマった馬車に向け突っ込む、同時に向こうの冒険者達も俺に気がつく。


「来やがった!襲撃だ!」


「剣士一人か?ナメやがって!」


(ゲェ…十人全員揃ってやがる)


どうやら敵は攻撃チームと防御チームを同時に行動させているようで、馬車からワラワラと出てきて一気に十人に囲まれる。


敵は雑魚じゃない、本戦にも残る実力者。字持ちくらいはいるだろう…そいつらに囲まれたら一溜りもねぇ、なら突っ切るしかねぇよな!


「退け!『魔天飛翔』ッ!」


「な、なんじゃその剣!?」


柄から高速で魔力を噴射し、その推進力にて飛び上がり包囲網が完全に完成する前に隙間を縫い馬車に向けて飛ぶ。全員を倒す必要はない、馬車さえ壊せばそれで終わりだ!


「しまった!」


「一つもらいッ!」


剣を立て勢いを殺さぬまま一気に馬車に向け飛翔し斬撃により一刀両断を目論む、これでただの足手纏いにはならな───。


「なぁにやってんだオメェらぁ!!」


「ぐっ!?」


しかし、馬車に向けて振り下ろした斬撃は何者かによって防がれ、逆に吹き飛ばされてしまう。何が起きた…包囲は完全に抜けていたはずなのに、誰かに弾かれた?まだ馬車の中にいたのか!?


「すんませんボス!やられました!」


「ぐぬぅぅ、早う馬車を泥から抜かんからこうなるのだ…仕方あるまい、このワシが相手をしてやろう」


俺の剣を弾いたのは、馬車の右側面に穴を開け飛び出してきた腕だ…その腕が持つ斧が俺の剣を弾いたんだ。言ってみれば馬車から腕が生えているような状態…何事かと観察しているとさらに馬車は変化する。


左側面に更に穴が開きそこから左腕が、下部にも穴が開き足が生え…屋根がパカリと開いて岩みたいな顔面のハゲヅラスキンヘッドが現れギロリと俺を睨む。


……言うなればそれは、馬車人間。馬車から足と手と頭が生えているんだ。なんだこいつ…。


「若造が!この『馬車男』のクワドリガ様が踏み潰してやろう!」


「馬車男のクワドリガ…ってまさか」


聞いたことがある、冒険者協会には馬車の中から足を出し馬車ごと歩き回る巨漢冒険者がいると。そいつは馬車から腕を出し頭を出し、馬車を鎧のように着込み戦う奇天烈なファイトスタイルでありながら…異様に強く、巨大な魔獣すらひっくり返すほどだって。


つまりこいつがその馬車を鎧のように着る男!?いや変!凄い変!変だけど…。


(三ツ字か…!まずった、雑魚じゃねぇとは思ってたけどいきなりハズレを引いた!)


「くたばらんかい!」


「チッ!」


馬車男のクワドリガは馬車の中から斧を取り出し俺に向けて振り下ろす。巨漢に加え怪力、ただ鉄の塊の斧を叩きつけただけで凄まじい衝撃波が発生し俺の体ごと吹き飛ばすんだ。


「チィッ!間抜けな見た目なのに強え!」


「ぐわはははは!まさしくワシの為にあるような競技故此度は負けられんのよ!ワシこそが馬車であり馬車こそがワシ!ワシを倒さん限りこの馬車は壊されん!」


「つーかそれなら車輪が泥にハマらねぇだろ!」


「喧しいわ!きぇええええ!」


「いけぇ!ボスぅっ!」


ドンドン振り回される斧は一撃で木々を切り倒すほどで、それでいて素早く隙がない。三ツ字冒険者なだけある実力者っぷりだ…覚醒する隙もねぇや!


「死に晒せえぇえ!」


「けど!ここじゃあ負けられねぇんだよッ!」


だがそれでも引けない、引けないから逃げない、逃げないから立ち向かう。振り下ろされた斧を側面から叩くように剣を振るい弾き飛ばすと同時に一気に懐に潜り込む。このまま馬車を破壊して……。


「ぐぅ!奥の手!『馬車キャノン』!」


「え!?何それ!?ぅごぉ!?」


しかし、馬車の入り口がパカリと開くと中から飛び出してきた砲塔が火を吹き、爆撃によって俺の体は吹き飛ばされる。


なんなんだあのびっくり人間、逆にあの馬車に乗り込んで移動してた他のチームがすげぇよ。


「チッ…クソ」


『雑魚相手に手こずっとるのうステュクス』


(うっせぇわい…こんなはずじゃねぇのに)


地面を転がり、大地を殴る。役に立つはずなのにいきなりピンチじゃねぇか…俺はもっとやれるはずなのに!


(そうだ、もっとやれる…やれるはずだ!)


「トドメ!『馬車キャノン』!」


「ッッ!!」


刹那、飛んできた砲弾に反応し地面を蹴り飛び上がり砲弾を飛び越えると共に再び剣を構える。やれるやれる、やれるんだ…やるぞ!


「この!『フレイムインパクト』!」


「お…」


すると、クワドリガの仲間の一人…魔術師が援護の為に俺に向けて魔術を撃つ、撃ってくれる。ナイス…いいタイミングだ。


「ナイス!補給チャンス!『喰らえ』!」


「なっ!?」


魔術は俺にとってご褒美みたいなもんだ。飛んできた炎弾を絡めとるように星魔剣で魔力を吸い込み、一気に魔力を補充し…解放する。


星魔剣に備えられた十の権能が一つ!


「『魔双剣』ッ!」


「剣が増えた…!?」


瞬間、星魔剣が二本に増える。正確に言うなれば星魔剣が生み出した防壁が剣の形に再形成されもう一振りの剣として俺の手の中に現れたのだ。これで剣は二本、つまり手数も二倍!


「雑魚は邪魔ッ!『双魔衝斬』ッ!」


「ぐぉっ!?」


そのまま木を蹴って加速し、両刃を握り直し放つ無数の魔力斬撃をすれ違いざまに放ち周囲の雑魚を蹴散らす。あとは…。


「お前だけ!」


「ぐわぁああ〜〜!我が子分共がぁ〜!おのれぇ!生かして返さんッ!」


クワドリガただ一人、両手に斧を持ち嵐のように振り回すが…さっきは剣一本だったから防ぐだけで手一杯だったが、今の手数なら対応出来る。空に飛び上がり体をクルリと回転させながら迫る斧を弾き飛ばし…。


「ぬぉっ!?若い癖に良くやるッ!?」


「まずは一点!頂くぞ!」


剣を握り直す、そして今度こそ馬車を狙う…こいつごとぶった斬って一点頂くぞ!それで俺は役立たず卒業だッッ!!


「『双魔衝──』」



「『レッドラインスパイン』ッ!」


……しかし、俺の剣が届くよりも前にクワドリガの背後が赤く煌めく。赤く光った…と思ったら次の瞬間には膨大な熱が爆風と共に当たりを焼き尽くし、何もかもを吹き飛ばす。


クワドリガが何かしたのか?いや違う、クワドリガも焼かれている。吹き飛ばされ馬車は砕け中から全裸のクワドリガが飛び出し地面を転がっているんだ。つまり俺でもクワドリガでもない第三者が攻撃を仕掛けてきた…!


「ッ…なんだ!?」


幸いクワドリガが盾になる位置関係だったこともあり、俺自身にはダメージはなかった…だが泥濘んでいた地面は熱により乾燥し硬くなり、周囲の木々は黒く燃え焦げている。明らかに過剰過ぎる火力…三ツ字のクワドリガを一撃で吹き飛ばすこの威力。


まさか…これって。


「ん?まだ誰かいたのか?」


一つ、足音と共に向こうから一人現れる。焼けた枝を崩し、炭となった大木を破壊し、赤い光と共に現れたのは…紅の騎士。


龍の兜に鱗をあしらった大剣を背負った大男と、それと同じく赤い鎧を着た集団。間違いない…こいつら。


(『赤龍の顎門』…!?)


「交戦中だったか?…むぅ、お前は……」


大冒険に参加する三大クランの一角…赤い鎧と龍の飾りが特徴の古株『赤龍の顎門』。そしてそのクランマスターの『紅蓮討龍』のヴァラヌスが、現れたのだ。


いやヴァラヌスだけじゃない、向こう側に無数の馬車が見える。赤龍の顎門全メンバーが居る…最悪だ、最悪の状況になった。そこら辺のチーム一つ相手にするのとは訳が違う…!


「…………」


「あ、えっと……」


ヴァラヌスはこちらを見て、静かに黙っている。攻撃の意思はないのか…いまだに攻めてくる気配もない、そりゃそうか…俺の周りには俺の馬車はない、なら攻撃する意味もないか。


ならこのまま上手くやり過ごそう、流石に赤龍の顎門には喧嘩は売れない。


「貴様、もしやステュクス・ディスパテルか?」


「え?なんで知って……」


「そうか、なら……」


さぁこれから逃げようってタイミングで投げかけられた言葉にふと反射で答えた…その時だった。俺の答えを聞いたヴァラヌスはその瞬間に大剣を握り直し。


「なら、ここで消えてもらおう」


「えっ!?ぐぉっ!?」


凄まじい勢いで踏み込み、一瞬のうちに距離を詰め大剣を振り下ろしてきた…咄嗟に剣を前に出しなんとか受け止めたが、ヤベェ…物が違う。


一太刀で分かる、こいつは俺より格上だと…なんせ受け止めただけで足が固まった泥の中に沈んじまった、相手の攻撃を流しきれなかった!っていうか!


「お、おい!なんで赤龍の顎門が俺みたいなのをいきなり狙うんだよ!馬車狙えよ馬車!それか大型クランを!」


「悪いな、此度の競技では…我々はリーベルタースを狙わんのだ、代わりに奴らも我々を狙わん」


「え…それって…」


「ストゥルティは北辰烈技會を、我々はそれ以外を担当し、両陣営でこの第一回戦をWin-Winで終える…そう言う話でな」


まさかこいつら、リーベルタースと組んでるのか!?赤龍の顎門とリーベルタースが組む!?いやいやあり得ないだろ!こいつら過去二回の大冒険祭で鎬を削ったライバル同士だぞ!


それが…手を組んでるって?いや…でもありえるかもしれない、ストゥルティならそれをするかもしれない。北辰烈技會を潰す時に他の無所属や赤龍の顎門にまで狙われたら流石にあいつらも手が回らない。


なら先に赤龍の顎門と協定を結び自分達を狙わないよう仕向け、かつ無所属潰しを行わせれば…北辰烈技會とのタイマンに持っていける。


不確定要素がない限り人数で勝るリーベルタースの勝率は高い、そしてその不確定要素たる赤龍の顎門と無所属チームを排除すれば…ああそういうことかよ!


(どこまでもクレバーに来るな!リーベルタース!)


「ストゥルティが言っていた、もし無所属を狙う中でステュクス・ディスパテルという男を見つけたら、優先的に潰せと」


「すっかり…リーベルタースの手下だな!あんた!」


「ッ…喧しい!我々の気持ちも知らずに!」


「ぐぅっ!?」


更にヴァラヌスが力を込めただけで俺の体は吹き飛び、炭化した大木を貫通し乾燥した泥の上を転がる。


まずいことになった、見逃してくれる感じはない…かつ仲間もいない、そして相手は三大クランの一角。


「悪く思うなよステュクス・ディスパテル…これも我がクランの勝利の為!」


「勝てるわけねぇだろ…そんな風にへいこらストゥルティに頭下げといて!」


「なんとでも言え!討龍隊は前に!それ以外は周辺の無所属チームを潰せ!」


『ハッ!』


ヴァラヌスの言葉で即座に赤龍の顎門は馬車を動かす。馬車を走らせながら火焔を魔術を地面に向けて使い地面を固めてから走らせているんだ…だから全く機動力が落ちてない。その上でヴァラヌスの指示で前に出てきた連中は先程のクワドリガの部下達とはまるで違う速度で包囲を完成させる。


冒険者として、あまりにレベルが高い…雑多な冒険者とは格が違う。これが大クランか。


「例え今、二番手三番手と侮られようとも。例え今、かつての栄光に縋る古株だと罵られようとも、我々には我々の矜持があり、その矜持を守る為ならなんでもしてみせる…故にステュクス・ディスパテル!私はお前を斬る!」


「…………」


剣を構える目の前の騎士達…その数十人程度、少なくとも全員が三ツ字のクワドリガ以上の使い手であることが分かる。四ツ字や覚醒者も数人いる…こんなのに囲まれて俺ってば超ピンチ。今すぐ謝り倒して逃げ帰りたい。


けど、どうやってもこれ…逃げられねぇよな。


「……何が二番手三番手だ、ストゥルティに頭下げた時点でテメェらそういう順繰りの中にもいねぇんだよ」


故に剣を握る、逃げられないなら逃げない…逃げずにせめて、戦ってやる!


………………………………………………


一方、泥濘に塗れたリントスの大森の奥深く。無所属チームと異なり大冒険祭常連でありそもそもこう言った冒険者同士の争いに慣れた大型クラン達は開始よりも前に密林の中に入り布陣を引いて動いていた。


それは赤龍の顎門もそうであり、同時に北辰烈技會もそうだった。元々多くの経験を有するクラン達のドリームチームであるが故にこの手の泥濘地帯の踏破法を熟知している北辰烈技會は他クランと異なりスイスイ奥深くに潜り込み乱戦を避けるような形で陣を形成するように移動していたのだが……。


「むぅ?」


ふと、前陣を斬るように歩いていた北辰烈技會の実働部隊長兼元大クラン『悪代官』のクランマスター『金銀財砲』のオールデンは足を止める。


でっぷりと豚のように肥え太り、醜さを隠すように高級なコートにを身を包み、金の指輪やネックレスで着飾り、その手には黄金の大斧を握る巨漢であるオールデン。こんな成金感満載の姿ではあるもののそれは逆に言えば命懸けの冒険者生活で成り上がったことを意味しており…彼もまた一流の冒険者だ。


そんな彼が足を止め、後ろを歩く北辰烈技會の軍勢を止める。


「どうしたの?オールデン」


そんな彼の後ろを歩くのは氷結系魔術に特化した大クラン『ブリザードバーン』の元クランマスターであるレージョである。白い髪に青い着物を着た寒々しい姿の彼女とその部下である元ブリザードバーンのメンバー達が地面を凍らせ地面の軟化を防ぐ事でここまで進んできたのだが…。


「どうやら儂らは、敵の術中にハマったようだぞ…」


「え?」


「どうしたにゃ!オールデン!足止めるなにゃ!この豚!」


「おいネコロア、あんまりキツい言葉を使うな。今は仲間だろ」


何かを警戒し足を止めたオールデンの後ろから、更に現れるのは北辰烈技會を纏める実働本部長兼元『キャットハウス』のクランマスターであるネコロアと、剣士だけで構成されたクラン『ソードブレイカー』のクランマスターアスカロンが続く。


その背後には更に多くのクランマスター、四ツ字冒険者続きオールデンの言葉を待つ…前に気がつく。


「んぅ?この泥……」


「む、何か変だぞ……」


足元で滑り気を放つ泥を見て冒険者達は顔を顰める…そうだ、おかしいんだ、だって。


「ッ…この泥、凍らないわ…!」


一流の氷結魔術師であるレージョが声を上げる。さっきまで難なく凍っていた泥が急に凍らなくなった。それにより北辰烈技會の行軍が止まってしまったんだ。


「一体何が…」


「……油にゃ、ここら一体に油がぶちまけられてるにゃ…水なら凍るが、油は凍らんにゃ…」


「油?なんでそんな物…」


「決まってるにゃ、こんなゲスな真似する奴…一人しかいないにゃ、そうだよなぁ!クソガキィッ!!」


ネコロアが猫被りを捨て激怒し吠え立てる。足元の油は明らかに人為的に撒かれた物だ、泥濘の解決法を熟知しその上でそれを封殺する為ならなんでもする…こんな事をする奴は冒険者協会には一人しかいない。


「ヘッヘッヘッ…あんまキレんなよ若造り。小皺が増えるぜ?」


「ストゥルティ…!」


木々を切り裂いて現れたのは…大鎌を手に嘲笑う男、この油を撒いた張本人…リーベルタースのストゥルティ・フールマンだ。いやそれだけじゃない…。


「ッ!ネコロア…囲まれてるぞ」


「織り込み済みかにゃあ…随分用意が良い事で」


ストゥルティの出現を皮切りに辺りに潜んでいたリーベルタースが続々と姿を表す。ノーミードやサラマンドラ、ウンディーネにシルヴァと四大神衆も揃い踏み。リーベルタースの主力級も全員いる…つまりこれは。


罠だ、北辰烈技會はまんまとリーベルタースの口の中に飛び込んでしまったのだ。泥に油を混ぜられたせいで凍らず、燃やして固める事もできない最悪の泥が出来上がってしまったのだ。


「お前にゃあストゥルティ、考えなしにも程があるにゃよ…もしここに赤龍の顎門が突っ込んできたらどうする。炎使いのアイツらにとってこの油だらけの場所は格好の暴れ場所になるにゃよ」


「そーだなぁ、赤龍の顎門が来たらヤベェなぁ…来たらな?」


「……お前、まさか赤龍の顎門を」


ネコロアは目を細める、なるほどなるほどと大きく頷く。何にしても準備が良すぎる、まるで最初から南部の密林で機動力勝負の潰し合いをする事を理解していたかのような周到さ。


恐らく赤龍の顎門はリーベルタースに抱え込まれている。その上で赤龍の顎門を気にする必要もなくなったストゥルティは揚々と油を使った…完全にしてやられている。


「テメェら北辰烈技會がデカい顔してるってさぁ、俺気に食わねぇんだよなぁ。俺に負けたルーザー達の傷の舐め合い大会でもしてるだけなら見逃してやったが、寄り集まって俺に再挑戦なんて烏滸がましいぜ」


「喧しいにゃ、テメェらが協会の頂点張ってると冒険者の品位が落ちるんにゃよ…!」


「へぇえ?で?協会の未来を憂いた先輩方が俺にお灸据えに来たって?ぶっははは!情けねぇ〜!北辰烈技會の看板借りなきゃ喧嘩も売れねぇ雑魚どもが何エラソーな事言ってんだか!」


北辰烈技會のメンバー達が、全員武器を構え怒りの形相を浮かべる。ブリザードバーンも悪代官もソードブレイカーもキャットハウスも、その他多くのクラン達が…一体どれほどリーベルタースに恨みがあるか。こいつらにどれだけの辛酸苦汁を舐めさせられたか。


そうとも、北辰烈技會はリーベルタースに負けたルーザーの寄せ集めだ、だがそれは逆を言えばリーベルタースに何よりも深く恨みを抱いた復讐者達の群れとも言える。ここまで言われて引けるわけがない。


「上等だにゃ!潰し合いが所望かにゃあ!ストゥルティ!」


「潰し合い?違うぜ先輩俺がぶっ潰すんだよお前らをッ!一方的にな!」


「北辰烈技會!やっちまうにゃあ!」


「リーベルタース!喧嘩だァッ!!!」


お互い機動力を奪った上での殴り合い。ここで相手を潰す…そんな意思確認など必要ない、全員が武器を抜き衝突する二大クラン。一回戦でいきなり大本命同士が真っ向勝負に出た。


「喧嘩だ喧嘩だッ!リーベルタースこそが最強だって事を証明してやるッッ!!」


先陣を切ったのは四大神衆が一人、白い髪と褐色の肌を持つ虎の如き風格を持つ女…『蓐収白虎』のノーミードだ。彼女は両拳にアルクカースの魔鉱石製のガンドレッドを手に四つ足で駆け抜け…。


「『アースブレイド』ッ!」


拳を振るうと共に放たれたのは土の斬撃。足元の泥を舞上げ無数の斬撃として放ち北辰烈技會を撃ち倒す。蓐収白虎のノーミード、土属性の申し子と呼ばれ粗雑な物言いとは裏腹にリーベルタースのバックアップを務める魔術師でありその実力は四ツ字の中でも上位に位置する…がしかし、相手もまた四ツ字だ。


「甘いッ!」


「クッ!」


「ノーミード!調子に乗って前に出過ぎたな!」


土の斬撃を切り裂き飛んできたのは二本の剣を持つ美麗な長髪を持った剣士、『大世必剣』のアスカロンだ。剣士のみのクランを率いただけあり彼自身も一級の剣士であり魔術を用いず魔法と剣術だけで大型のAランク魔獣を単独撃破して見せる実力者。


大クランを率いたアスカロンとリーベルタースの四大幹部のノーミードが睨み合う。


「猫に従う小鼠が!虎に敵うわけねぇだろ!」


「我が剣は肩書きで揺らぐ物ではない!」


両者共に魔力覚醒者、第二段階に入った二人の戦いは更に激化していく。いや二人だけではない…。


「あまりに鈍い!この程度か北辰烈技會!」


「敵ではありませんわね!」


「うふふ、可愛いでちゅね〜」


刀を振り回し風の斬撃を飛ばし一騎当千の働きを示す長身の緑髪…『玄冥玄武』のシルヴァ、炎の塊の如きハンマーを振り回す赤髪…『祝融朱雀』のサラマンドラ、青龍偃月刀にて敵を一掃する『句芒青龍』のウンディーネ。全員が単独で一千人規模を相手取る実力者。


そしてそれに匹敵する北辰烈技會のクランマスター達。それらが入り乱れ一気に場は乱戦状態になる…そんな中。


「すげぇ!これが一流の世界!」


目を輝かせる若者が一人、エリスとシャナの勧めで冒険者協会入りし何の因果かストゥルティに認められリーベルタースの一員となったルビー・ゾディアックは繰り広げられる戦いにワクワクする。


自分も元はルビーギャングを率いただけ人間で、それなりに鉄火場は経験している。だが今この場で行われている戦いは明らかに自分のいる世界のレベルよりも高い。


一流の冒険者が鎬を削る戦場、本物が戦う領域、それを始めて経験したルビーはストゥルティに買い与えてもらった鎧を着直し、愛用の鉄の棒片手に。


「よっしゃ!アタシもやるぜェッ!オラァァア!!!」


「ぐぉぁっ!?」


全力で助走をつけ一気に鉄の棒で北辰烈技會のメンバーを殴り飛ばしルビーは確信する。


(通じてる!アタシの力!ここで通じてる!)


殴り飛ばし倒れる冒険者を見て、まるっきり自分が無力じゃない事を確信するんだ。ギャングをやっていたとは言え閉じられた世界で戦っていた自分の力が…今この一流の戦場に通じる事に喜びを感じる。


「よっしゃあ!ドンドン来いやァッ!」


「ぐっ!?なんだこいつ!こんな奴リーベルタースにいたか!?」


「異様に強え奴がいるぞ!字持ちか!?」


元より喧嘩は好きだ、殴るのも蹴るのも好きだ、暴力に訴えかけ相手が動揺した顔を見るのも好きな天性の悪童に、殴る理由と蹴る理由を与えればそれこそ水を得た魚のように暴れ狂うのは自明の理。


「オラァッ!!」


「ぐぅっ!?」


鉄の棒で一発、目の前の冒険者の顎を叩き抜きぶちかます。開戦より数分が経過しルビーはここまでで八人ほどの冒険者を倒した。未だ字は持たないながらも確実な実力とそれを自覚するに至ったルビーは次の段階に移行する。


(もっと強い奴と戦いてぇ)


いくら体が大きくとも中身は子供、自分の力を試したくなるのは仕方ない事。であると同時にルビーには目標がある。


彼女が今まで出会った中で最強と言える人物はただ一人…あの地下で出会ったエリスだ。そして如何なる偶然かそのエリスもまたこの大冒険祭に参加している。


エリスには返しきれない恩義がある。魔女の弟子達には尽くしても足らぬ礼がある。だがそれはそれとしてあの日、エリスと戦い結果不完全燃焼に終わったあの喧嘩の続きはしたい。だが恐らくだがこのまま戦えばルビーは負ける…そこを理解しているからストゥルティの下に行ったし、何よりこうして実戦経験を積んでいるんだ。


(雑魚と戦っても強くなれねぇ!もっと強え奴と戦わねーと!)


とにかく今は強くなる、その為にまずは強い奴と戦う。それが今の行動理念だ…となると狙うのは、敵陣営で一番強い奴。誰かは分からないが多分敵の親玉が一番強いんだろう。


ってことは、あのにゃんにゃん言ってるネコ女が一番強いのか?なら!


「ネコ女ァッ!!覚悟ォッ!!!」


「ゲェギョギョーっ!?なんか強めの雑兵が向かってくるにゃん!我輩魔術師!後方支援係!ステゴロ殴り合いはゴメン被るにゃーん!」


「待てー!」


しかしネコロアはルビーを見るなりギョーッ!?と悲鳴を上げ両手を放り出しワタワタと逃げていく。それを追いかけるルビー、魔術師なら接近してしまえばこっちのもの…そう思い更に加速する為足に力を込めた瞬間。


「おぉっと、させねぇぜ…!」


「うっ…!」


立ち塞がる、ルビーよりもなお巨大な大男。こいつの顔には覚えがあった…確か名前は。


「傍若悪漢のボーリング…!」


「ぐへへ、末端にまで名前が知られてるとは光栄だなぁ…!」


北辰烈技會の実働隊の隊長の一人にして四ツ字冒険者、『傍若悪漢』のボーリングが立ち塞がる。色黒ヒゲモジャの巨漢はその手に巨大な二丁板斧を持ちグヘグヘ笑う…。


四ツ字、即ち冒険者最強の証。ストゥルティや四大神衆のアネさん方と同じ領域にいる怪物の到来にルビーは寧ろ笑い。


「へっ!丁度いいや!まずはテメェからぶっ飛ばしてネコ女を追う!」


強い奴なら誰でもいい、こいつを蹴散らし力をつけてネコ女を追い、そしていつかエリスを倒す。そう気合入れたルビーは更に力を込めて高く飛び、ボーリングの頭上に鉄の棒を叩きつける……が。


「なっ!?」


弾かれる、鉄の棒がボーリングの頭に弾かれる…いや違う、頭にすら触れてない。見えない壁に阻まれた…!?


「なんだこれ!?」


「アア?防壁も知らねぇ雑魚かよ。話にならねぇから死んどけやッ!!」


そのままボーリングは大きく斧を振りかぶり…。


「『塵芥大掘削』ッ!」


斧を団扇のように振り下ろし、発生した風圧に魔力衝撃を乗せ絶大な威力の範囲攻撃として成立させ、ボーリングの眼前に丸型の穴を開けるように衝撃波が飛びルビーごと背後のリーベルタース団員を吹き飛ばし蹴散らす。


「ぅぐぁっ!?」


そしてルビーもまた地面を転がり、砕け散った鎧の破片混じる泥の中倒れ伏す。


おかしい、こんなはずじゃない。ここでアイツをぶっ飛ばしてネコ女を倒して、アタシはトントン拍子でエリスさんに勝負を挑むはずだったのに…おかしいだろ。だってあのデカブツ…エリスさんより強く見えねぇ、アタシはそんなエリスさんと互角に殴り合って…。


いや、まさかエリスさん…アタシとの喧嘩で本気、出してなかったのか…?だとしたら、今アイツが見せたアレがエリスさんのいる本当の領域?


「あん?まだ意識があるか…だがテメェにゃ四ツ字の相手は早すぎるみてぇだな」


「く、くぅ……」


「殺しゃしねぇ、ただ…二度と歯向かおうって気にならねぇくらい嬲ってやるぜ雑魚がァッ!」


そしてボーリングは斧を手にルビーに迫る、抵抗する気力はない…まずい、やられ──。


「雑魚はテメェだろ」


「げぶぇっ!?」


──しかし、そんなボーリングをまるで跳ね飛ばすように飛んできた何かがルビーを守り、手がつけられないくらい強いと思えたボーリングが惨めに悲鳴を上げながら森の奥に吹き飛んでいった…。


何が起きた、いや何が起きたじゃない…『誰に助けられた』…!?


「おう、立てるかよルビー」


「ストゥルティ……」


ストゥルティだ、咄嗟にボーリングとの間に割り込み鎌の一振りで防壁ごと粉砕し吹き飛ばしたんだ。相手は同じ四ツ字だってのに…まるで歯牙にもかけない程超絶した実力を持ちながら、それをなんでもないことのようにチラリとこちらを見て歯を見せ笑うストゥルティに…思わずルビーは意地を張り。


「た、立てる!大丈夫!」


「そうかい、さっきのザコも言ってたがお前はまだ四ツ字の相手は早えよ。焦る気持ちも分かるがまずは実戦に慣れてからにしろ…あんな雑魚でもそういう実戦経験に関しちゃお前の百倍はある」


「……………」


「へーんーじーはー!どうしたよ!おらおら!」


まるで子供扱いされているようで、無性に腹が立つ。しかしそんなことお構いなしにストゥルティはアタシの頭を撫でて揶揄ってくる。…だが、悔しいけど事実だ。


アタシはまだ全然追いつけてねぇ…クソッ、子供扱いされるのは嫌だが、仕方ねぇか。


「だぁー!撫でるな!分かったよ!」


「分かったならヨシ、…オラッ!前線もっと押し込め!連中の馬車残らずぶっ壊せ!」


そう言ってストゥルティは更に前線へと深く食い込むように雑魚を蹴散らし進んでいく。他の四ツ字も強いがストゥルティはまさしく別格だ。前ストゥルティが言っていたが『四ツ字は頂点の証じゃない、それ以上の段位がないだけでその実力にもピンキリがある』と。


つまるところ、ストゥルティはそのピンに位置する存在なんだ…だからアタシもストゥルティについて行った、こいつは強いから…きっと得られる物も多いだろうと。


けど、実際について行ってみたら…これだ。ストゥルティはアタシを子供扱いする、子供扱いして実戦から遠ざけようとする。過保護なんだよストゥルティは…でも。


(アイツ、なんかアタシを通して別の誰かを見てるような気がするんだよな…)


撫でられた頭を触りながら、ストゥルティの背中を眺める。アレはアタシに甘いんじゃなくて…本当はこれを別の誰かにしてやりたかったんだ、けどそれが出来ないからアタシにやって憂さ晴らしをしてるんじゃないかと思う。


誰かへの愛を、別の誰かに与えて発散する。思ったよりも女々しい奴だ…ストゥルティって男は。


同時に、なんと愛深き男なのだろうと…アタシは思うんだ。


(あいつみたいになれたら、アタシはもっと強くなれるのかな…エリスさんみたいに)


エリスさん…アタシは、あんたに近づけるかな。ストゥルティのように強くなって、あんたに……。


………………………………………………


「『炎刃超抜』ッ!」


「うぉぉっ!?」


滑空する炎の斬撃を飛び上がりながら回避する。ステュクスが赤龍の顎門と戦い始め…十分の時が過ぎた。格上相手に囲まれ孤軍奮闘という最悪の状況でありながらもステュクスは巧みに立ち回っていた。


「大口を叩いて、その程度かッ!」


「チィッ……!」


敵は大クラン『赤龍の顎門』。二百人近い軍勢を使い周囲の無所属チームを借りながら…ひたすらメイン火力をこちらに向けて俺をすりつぶそうとする。その徹頭徹尾周到なやり口は…確実に俺の体力を奪って行った。


特に、その筆頭に立ち常に俺に張り付き攻撃を仕掛けてくるヴァラヌスの猛烈な攻め…こいつが非常に厄介だった。


「流石に、強えな…!」


「赤龍の顎門クランマスター…その名を甘く見たか!」


全身を紅の鎧で包み、龍の鱗で飾り付けられた大剣を片手で操るヴァラヌスは見るからに鈍重そうな構えから俺以上の速度と精密さで戦いを組み立てる。

足払い、目眩し、フェイント…使える全てを使ってこちらの隙を潰し差し込むように剣を振るう。師匠の剣とはやや違うがこれもまた達人の域にある技と言えるだろう。


(ロア!なんとかする方法!あるか!)


『うぅむ、難しいのう!難しいがなんとかならん事もない、お前の実力で言えばギリギリの水準じゃのう!』


(なんかお前楽しんでないか?)


『楽しいわい、こういう窮地とかあんまないしのう…はてさて如何にするか、ワシの知恵を授けてやらん事もない』


なんだか楽しそうなロアに意見を聞きつつ今は生き残る為に全力で走り回る。どうするか…そうだ。


(覚醒はどうだ!ロア!)


『阿呆!それは今一番やっちゃいけないことじゃぞ?』


(なんで!)


『ヴァラヌスの背後に控えておる奴らの中に何人か覚醒者がおる、当然ヴァラヌスも覚醒者じゃ。そんな中でこいつらが何故覚醒しないと思う…』


(……俺が覚醒できることを知らないから?)


『そう、故に温存している。だが覚醒を使えば敵は温存をやめ全員が覚醒して突っ込んでくる、お前複数人の覚醒者、その上格上を相手に生き残れるか?』


(無理だ……)


『ならやめとけ、覚醒者としての…というより第二段階以上の使い手の常識としてこちらが何かカードを切ったら向こうも何かしらのカードを切ってくるのが常識と思え、こっちが何かをしたら相手もしてくる、それを織り込みの上でカードを切るんじゃ)


なるほど、ヴァラヌスが今こうして攻めてきている段階でもまだ相手は温存状態ってことか。俺一人を潰すのに全力は出さない…出さずに仕留められればそれで御の字なんだろう。


もし覚醒を使えば、これはやばいと相手も使う…しかも複数人、そんなの捌ききれっこないな。使うのはやめておこう。


『こういう時はのう、自分の中の勝利条件を複数設定してそれらに順位付けし動くんじゃ。これがワシの勝利の方程式じゃ』


(複数?)


『そう、まず第一にヴァラヌスを倒す…これが出来れば良いが無理そうなら諦める。第二にこの場からの逃避、これも難しければ深追いはしない。第三にヴァラヌスだけでも引き剥がし一対一の状況で覚醒使用が出来る状況にする、これも無理なら第四じゃ…という風に一手で複数の条件を達成できるようにすれば行動の取捨選択もしやすいというものよ』


(なるほど…まずは行動基準を明確化するってわけか…なら)


ヴァラヌスの袈裟気味の斬撃を潜り抜けるように回避しながら周囲を見る。


まず目の前にはヴァラヌス、そこから距離を取って精鋭が等間隔で俺を囲んでいる。全員身のこなしが只者じゃない事から恐らくロアが言った通り第二段階に入るか入らないかって連中だと思う。


今、俺は一人。姉貴達が助けに来てくれる可能性もあるが周辺を赤龍の顎門が動き回っている事からここに来ても俺の元まで辿り着くのには時間がかかる。


(一番はヴァラヌスを倒せればそれでいいが…今ところそれは無理そうだ、ならまずこの場の逃避から考える…いう点から逆算して!)


手元で剣を回ししっかりと柄を握り込み。


「はぁっ!」


「む、ようやくやる気になったか…!」


ヴァラヌスに切り掛かる…がそれさえも簡単に弾かれ森の闇に火花が煌めく。ここから逃げるにしても倒すにしてもヴァラヌスとは戦わなくてはならない。ならもうウロチョロするのはやめだ…!


決めたぞ、覚悟!戦う覚悟を!


「だが膂力が弱い!」


しかしヴァラヌスの剛力に俺の剣は弾かれる、瞬間に俺は咄嗟に身を引いて足を曲げ姿勢を低く取ると同時にヴァラヌスの下半身に向けてタックルをかます。


「むぅ!?」


掬い上げるようなタックルにヴァラヌスの足が少し浮かび上がる。こうして作った僅かな猶予を使い刃に魔力を込め。


「『魔天飛翔』ッ!」


「柄から魔力がッ!?」


噴射される魔力が俺ごとヴァラヌスを空中へと押し飛ばし周囲を囲む包囲網の向こう側へと飛翔する。


『ほう!考えたのう!そのまま飛べばヴァラヌスに阻止されるが、その阻止するヴァラヌスごと飛び上がるとはのう!これで包囲は抜けたが…さてここからどうする!未だヴァラヌスは顕在、ワシの見立てじゃ再び包囲が形成されるまで四十五秒と言ったところ!手は次から次へと打たねば意味がないぞステュクス!』


(言われるでも分かっとるわい!)


ヴァラヌスを押し飛ばすように地面に着地しながら立てた刀身を鏡に背後を見る。俺は別に包囲網を突破したわけじゃない、ただ上を飛び越して裏へ捲っただけ…直ぐに包囲は再形成される。その前にヴァラヌスを一時的にでも戦闘不能にして離脱の隙を作るしかない。


「面白い剣を使う!だがそれなら私にも出来るぞ!」


「ッ…!」


「『炎鋒龍殺』ッッ!!」


火炎系加速魔術『イグニッションバースト』を用いた刃加速と共に放たれた炎の突きが俺の直ぐ横を掠め、髪が一房焼け落ちる。咄嗟に反応も出来ない速度、であるにも関わらずその突きは背後の木々を円形にくり抜き火炎の道を作り出す。


…出来るか、こいつを一時でも戦闘不能に。いや…やるしかない!


「『双魔剣』!」


「む?防壁形成を用いた魔力剣の生成だと?それほどの防壁生成能力があるようには見えんが…つくづく不思議な男だ!」


「俺から見りゃ、あんたも大概不思議だよ…あんたストゥルティに勝ちたかった勝ったんじゃないのかよ!」


魔力で二本目の剣を生み出し茂みを切り裂き森の中でヴァラヌスと撃ち合う。されどヴァラヌスの守りは硬く、俺の攻撃を巧みに大剣を傾け弾いて見せる。


「勝つさ!大冒険祭は三回戦まである!それまでに逆転を……」


「出来るのか…!今の状態で!」


「ッ……!」


「あんたが何より分かってんじゃねぇのか!ストゥルティに何を言われたかしらねぇが!それすら跳ね除けられない程に力の差があるってことが!」


「ッ喧しい!」


「うぉっと!」


ヴァラヌスの大振りの横薙ぎを咄嗟に身を反らし両手の剣を背後に突いて擬似的なブリッジ状態になり回避する。あぶねー……。


『よくやったステュクス!挑発で相手の冷静さを奪ったのう!案外強かではないか』


(別にそんなつもりはねぇよ…ただ、気に食わねぇんだ)


気に食わない、勝つ気もない…勝てるとも思ってないのに、見かけだけで反抗する素振りを見せるその姿勢が…気に食わない。だってそれはまるで。


まるで、惨めで情けない俺のようじゃないか。


「あんた俺より強えんだろ!だったら俺よりももっと!意地貫けよ!」


「知ったような口を!」


俺は意地を貫く為に戦う、だが貫けないほどに相手が強い事もある。そういう場面が嫌だから…強くなりたいんだ、それなのに俺より強いあんたがそこで折れてちゃ…俺が強くなる意味そのものが否定されてるみたいじゃないか。


強い奴は他を顧みるな、自分の意地の強固さで他人の意地を挫いて進んでくれよ…それが俺の、俺の理想なんだから!


「我々は勝つ!ストゥルティに勝ち再び赤龍の顎門を頂点に据える!!」


「鏡見て言えよ!今のテメェの顔に!言ってみろよ!」


振り下ろし、再び炎の加速による斬撃が来る……だが!


『大振り来たぞ!右じゃ!』


「ッ……!」


「んなッ!?」


咄嗟に右に飛び剣を振り下ろしたヴァラヌスの腕の死角へと潜り込む。右利きのヴァラヌスにとって剣を支える右腕は取り回しが限定される。だから右側に潜り込んだ…そして。


「もらった…!」


両手の双剣を構え直し、無防備になったヴァラヌスの腹に狙いを定める。ここだ…ここに一発加えて、そのまま吹っ飛ばして───。


『待て!ステュクス!』


「ぐぅっ!?」


しかし、ヴァラヌスに一撃加える前に…銃声が響く。ボンボンと空に溶けるような轟音と共に飛来した何かが俺の剣を弾き態勢が崩れ、俺は前へと転び転がり千載一遇とのチャンスを逃す…これは。


「あぶねぇ〜…油断しすぎですよ、団長」


「……ペレンティー、すまん」


茂みの中から現れたのは大型の火砲を携えた紅鎧の男、小さな体躯に頭にゴーグルをつけた赤龍の顎門主戦力の一人。討龍隊所属『紅蓮射撃』のペレンティーだ。


アイツが、咄嗟に銃撃を行い俺の攻撃を弾いたんだ…。なんつー腕だよ、一歩間違えばヴァラヌスに当たってたぞ。


「んんぅ〜、これは我々も手を貸した方が良さそうだねぇ〜」


「団長、もう時間をかけられません…討龍隊も加勢します」


「サルバトール…トリスティス、そうだな」


ここで…討龍隊も加勢に入る。射撃手のペレンティーに加えヴァラヌスよりも巨大な体躯とダラダラしたロン毛の鎧騎士、真っ赤なハルバートを肩に背負った『紅蓮薙払』のサルバトール。

可憐な見た目と真っ赤なショートヘアが特徴の女騎士、その手に短剣を握った『紅蓮刺突』のトリスティス。全員討龍隊で名を馳せる一流の冒険者達にして…四ツ字冒険者だ。


『残念!時間切れじゃステュクス、どうやら包囲が再形成されたようじゃのう!』


「…………」


「お前は中々にやれるようだ、甘く見ていたことを謝罪しよう」


仲間の救援でヴァラヌスも冷静さを取り戻した…こりゃまずいか。


「おい!俺とあんたの一対一だろヴァラヌス!また逃げるのかよ!」


「ああそうだ、やばくなったら逃げる。冒険者の鉄則だ…お前はどうやら相当強いようだし、リスクは取れん」


まぁ…そうだよな、そういうところクレバーだから一流になるまで冒険者でやっていけてるわけだし。ってことはここからは一対多数か…もうさっきみたいな包囲網突破は出来ないし。


万事休すか……。


「さぁ、お前を戦闘不能にしたらストゥルティに渡す。それで貸し借りはなくなる…我々は赤龍の顎門!最後に必ず勝つ戦士達だ!」


「勝てるかよ…負けても負けても、牙を剥く奴が最後に勝つんだ。勝つ為に敵に尻尾振るような奴が!逆転なんか出来るかァッ!!!」


剣を構え、それでも向かう。たとえ敗色濃厚でもここで戦わなきゃ俺はこいつらと一緒になる。それは嫌だ…嫌なんだ。


「来い!ステュクス!」


「さぁてやりますかぁ」


「潰す…!」


迫り来る赤龍の顎門達…それでも俺は意地を張る。なんでって?なんでこんなに意地を張るのかって…。


それは俺の『強さ』そのものの価値観にある。俺にとって強さとはヴェルト師匠だ、あの人の在り方や生き方は俺に影響を与え…俺もそうなりたいと思わせるほどに強固で強靭で優しかった。だがそれは精神性の話だ…。


強さそのものの話であるならば、戦いの中の話なら…俺にはもう一人憧れの人がいる。


例え、相手がどれだけ強くても。


例え、相手がどれだけ大きくても。


例え、自分がどれだけ弱くても。


例え、自分がどれだけ小さくても。


『関係ない』『そんなこと知るか』って吠え足掻いて戦って。そうやって最後の最後に全部ひっくり返して勝つ奴を知っている。


俺はそんな人みたいになりたいんだ。あの人みたいに強くなって…いつかあの人を助けられる人になりたいと思って、俺は俺の人生に剣の道を加えた。


それが俺の、剣を握る最たる理由だから…ここで折れるわけには行かなかったんだ。


それで負けるなら、まだ本望だと……思っていた。


けど、…違ったんだ。何が違ったって…それは。


「──────ッ!」


突如、ヴァラヌス達の背後で爆発が起こる。木々が潰れて木片が飛び乾いた大地が砂塵を巻き上げ…大地が揺れた。


その衝撃にヴァラヌスは咄嗟に振り向き…。


「攻撃か!?だが周囲を張っていた赤龍の顎門達は!?何者だ!」


複数の問いを叫びながら砂塵の中に立つそいつを睨むと…そいつは更にヴァラヌスを眼光で睨み返し、口を開く。


そうだ、そこにいたのは…。


「何者?そりゃこっちのセリフですよ、そいつは…エリスの連れです。手は出さないでもらいますよ…」


「姉貴……!」


そこにいたのは…俺の、憧れの象徴だった。

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