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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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638.魔女の弟子とフォルティトゥドの呪い


大冒険祭予選突破、ギリギリながら達成したエリス達は数日の猶予を得た。次の競技はまたも直前に発表されるようだ、こんなギリギリのスケジュール感で運営するのかとやや呆れつつも、エリス達は一旦サイディリアルにて待機することになる。


ラグナ達はまだ戻らない、チデンス渓流からサイディリアルに戻ってくるまで二日はかかる。だからその間エリスとデティとステュクスは、一旦ステュクスの家で寝泊まりする事になる。


故にこうしてステュクスの家がある富裕層の居住区画へと三人でやってきたわけなんですが……。


「しかしストゥルティの奴、あの様子じゃ次も色々仕掛けて来そうだな」


「だねぇ、まぁ私とエリスちゃんが揃ってればストゥルティなんて敵じゃないよ、ね?エリスちゃん」


「ええ、楽勝です。ステュクスは後ろに隠れていても大丈夫です」


「あはは……ん?」


そうやって夕暮れ時の街を歩き、ステュクスの家の前あたりまでやってきた所で気がつく。ステュクスの家の前に誰かがいる事に。かと言ってステュクスを待っているというより…玄関を開けて家の中にいる誰かと話しているようだ。


「あれ何?って今あの家に誰か居たっけ」


「ハルさんが居ますよ、ほら…ステュクスに求婚してる」


「あー…はいはい、でも家の前にいるのって男の人に見えるけど」


「……………まさか」


瞬間、ステュクスは走り出し家の前にいる男に向け走り出す。よく見れば玄関先でハルさんが訪ねてきた男と話しているが…何やら様子がおかしい、世間話なんて安穏な空気じゃない。これは何か問題が起きているんだろうとエリスもまたデティの手を引き走り出し…。


「ハルさん!」


「ステュクスさん…」


「む?おお、ステュクス君…帰ったか」


家の前に居たのは、眼鏡をかけた大男。顔に刻まれた傷と筋骨隆々の姿に似合わず柔和な態度を示す異様な男はステュクスを見るなりニコリと微笑む。がしかしその前にいるハルさんの顔つきは険しい…。


(なんだこの男、王国軍の制服着てるけど…)


「何しにきたんですか、ダイモスさん!」


「君と話がしたかったんだ、だが昨日一昨日と君の姿が見えなかったのでね…ハルモニアに話を聞きたかったんだ」


ダイモス、そう呼ばれた男はズシリと石畳を軋ませながらステュクスに向け友好的に両手を開きながら迫るが…ステュクスが明らかに警戒してる。こいつが何者で何をしにきたかは分からないが…友達ではなさそうだ。


「俺は、今ストゥルティに言われて大冒険祭に参加してるんです…だから、暫く家に帰れないんです」


「大冒険祭に?ああ…何やら噂には聞いていた。ストゥルティが協会のボイコットを掛けて誰かと賭けをしているとな、協会が封鎖されるのは協会内の話故に監査官たる私は不干渉を貫くつもりだったが…なるほど、助けはいるかな?」


「今のところ、必要ありません…」


「ふむ、……おや?そちらは?」


チラリとダイモスは後から遅れてやってきたエリスを見て視線をこちらに向けるが。その所作からダイモスという人物の実力の高さが窺える…こいつ強いな、それもかなり。


「エリスはエリスです、ステュクスの姉ですよ」


「ステュクス君の?ほほう、それはいい…ということは君も我々の親族になるわけだ」


「はぁ?」


「姉貴、この人はダイモス・フォルティトゥド…ハルさんと俺の結婚を推し進めようとしてる人だよ」


コソコソとステュクスがエリスの耳元で色々教えてくれる。なるほどなるほど、ようやく分かった、こいつもあれか…結婚云々の話をややこしくしてるヤツか。だからハルさんとステュクスが警戒しているんだ…こいつに下手に話の主導権を握らせると、そのまま結婚を強行されるから…。


「ハルモニアと話していたんだ、式場が抑えられそうでね。丁度いいから今から私たち三人で見に行こう」


「ダイモス、私とステュクスさんは自分達で式場も結婚の一人も決めます。貴方は関わらなくてもいいです…だから、お引き取りを」


「そう言うな、私は嬉しいんだ。今まで結婚の話をカケラも見せなかったお前がようやくいい相手を見つけたんだからな。私の父も喜んでいる、勿論叔父も叔母も私の兄弟も息子も娘も…ああ、君の両親も」


「だから、私の生き方は私が決めます!何度も言ってるでしょう!フォルティトゥドの因縁に無理矢理他の人を巻き込まないで──」


そうハルモニアさんが吠えた瞬間、ダイモスの手が動き…フライパンすら丸々包んでしまうような巨大な掌がハルモニアさんを掴み上げ壁に叩きつけ、押し潰さんばかりの力を込め黙らせる…。


「ぅぐっ!?」


「ハルさん!?」


「ハルモニア…何を勘違いしている。君の生き方を決めるのは君じゃない、フォルティトゥドの人間として生まれたならフォルティトゥドの生き方を貫け…それが産んでもらった恩義、アレスお祖母様の願いを叶えてやるのがその子孫たる我々の使命だろう」


「違う…フォルティトゥドの生き方や…因縁を決めたのは、お祖母様じゃない。貴方達フォルティトゥドの意思に縛られた人間達だ…!ありもしない決め事に従順になっている貴方達だ!そんな空虚な仕来りなんか私は守りたくない!」


「ハルモニア…!言っていいことと悪いことが──」


瞬間、ダイモスの手がハルモニアから離れた、解放したんじゃない…させたんだ。


「あ、姉貴!?」


エリスの飛び蹴りがダイモスの頬を蹴り抜き、ハルモニアから手を離させステュクス亭の庭先にダイモスが吹き飛び転がり柵に激突して爆裂する。ダイモスとハルモニアの因縁とかフォルティトゥドが云々とかは分からないが…それは違うだろ。


「貴方、いい加減にしなさいよ。ハルモニアさん嫌がってるでしょ、それに加えて暴力なんて…乱暴な真似をするなら、こっちだって乱暴に行きますよ」


「エリスちゃんいきなり蹴り飛ばしちゃダメだよ!?」


「そうだぜ姉貴!あの人協会監査官だよ!メチャクチャ偉いんだよ!」


「へぇ、どれだけ偉かったら嫌がる婦女子の首締め上げても許されるんですかね…エリス分からないんで教えてもらえますか?ダイモスさん」


そっちがそういう手に出るならこっちもこう言う手段で答えるぞ。そうハルモニアさんを守るようにエリスは拳を鳴らしながら倒れ伏すダイモスに視線を向けると…。


「素晴らしい」


「は?」


エリスの蹴りを顔に受けたというのにダイモスはムクリとなんでもないように起き上がりニコニコと微笑むんだ。その気味の悪さにエリスの敵意はとっくに霧散する。


「素晴らしい蹴りだ、流石はステュクス君の姉」


「怒ってないんですか?」


「怒るものか、こんな良い蹴りを見せられては賞賛が先に湧く」


そう言うなりダイモスはそのまま立ち上がり、ポロリとべきべきにひしゃげたメガネが落ち…懐から新たにメガネは取り出し蹴られた頬を拭うと、それだけで彼の姿は元の状態に戻る。


一応、それなりに加減したとは言え一撃で伸すつもりで蹴ったのに…タフですねコイツ。


「所でエリス君、君は結婚しているか?」


「え?結婚ですか?別にエリスは……」


「ッ!いけません!エリスさん!」


「え?」


咄嗟にハルさんはエリスの言葉を遮るが…既に遅くダイモスはウンウンと大きく頷いており。


「そうかそうか、結婚はまだか…ならば私が相手を用意しよう」


「は?」


「うちの家にいつまで経っても相手を見つけられない奴がいるんだ、腕っ節はあるんだが如何にもこうにもね。君…そいつと結婚してくれないか?」


コイツいきなり何言ってんだ、頭どうかしてるんじゃないか?エリスが結婚してないのは相手がいないからではない、今はそう言うつもりがないからだ。だから相手を見繕ってもらってもするつもりはない。


なので答えは一つ。


「嫌です」


「そう言わず…今度見合いの席を作ろう」


「嫌です」


「そこで君と彼の相性を見る」


「嫌です」


「大丈夫君もきっと気にいる」


「嫌です」


「なら結婚しなくても良い」


「嫌で……分かりました」


「チッ」


こいつ、ステュクスだけじゃなくてエリスまで標的にしようってのか。だがしません、結婚はしません。そいつが無理矢理迫ってくるなら埋めますから、ライデン火山に。


「まぁ、まだ会ってもいないんだ…縁談に関してはまた後日計らおう、楽しみにしていてくれたまえ」


「しません、二度と来ないでください」


「ではさらばだハルモニア、ステュクス君…そしてエリス君」


コイツ全然話聞かないな、唾吐き掛けてやろうかと唾液を装填したその時…ふとダイモスは足を止め。


「……因みにだが、ハルモニア。今回の結婚に関しては大兄も積極的だ…その事だけ覚えておきなさい」


「ッ…ロムルス兄様が!?なんで…!まさかこの一件、全部ロムルス兄様が…!」


「それだけ、一族は君を気にかけていると言うことさ。では今度こそさようならだ…エリス君の縁談の際に式場の用意も済ませておく、君たちもその時一緒に来なさい」


この場の全てを意に介さずダイモスは悠然と帰っていく。全くこちらに主導権を渡そうとしなかったな…なんかどえらい事になったぞ…。


「……ハルモニアさん、いえハルさん。色々と聞きたいことが増えました」


「……………」


「取り敢えず、家の中で話しましょうか」


どうやらエリスも無関係ではなくなったと言うか、無理矢理関係させられたと言うか。ともかく無視出来ない状態になりそうなので色々話を聞く必要がありそうだ。


…………………………………………………


「え!?姉貴が料理するの!?」


「悪いですか?もう時間も時間ですしアマルトさんもいませんからね。エリスが料理します」


そしてエリス達は家に入るなり…食事の用意をする。メグさんもアマルトさんもいないからエリスがやるしかないでしょう。一応ハルさんも料理出来るみたいですがさっきのこともありますからね、さぁ料理して飯を用意しろとは言えない。


なのでエリスはステュクスの家のキッチンに立ちエプロンを締めて食糧保存庫を見る。結構色々買い揃えてある…これならそれなりの物が出来そうだ。


「大丈夫だよステュクス君、エリスちゃん料理メチャクチャ上手いから」


「それはアマルトさんから聞いて知ってますけど…なんか、姉貴の家庭的な部分を見ると…ギャップが……」


「それよりさぁ、面倒な事になったね…エリスちゃん結婚するの〜?」


「するわけないでしょ、と言うか顔も知らないヤツとしろって言われても返答は断固拒否の一択です」


「だよねー」


ダイニングの机に着き既に食事モードのデティの声を聞きつつ、エリスは野菜を洗いつつ水を用意し鍋に張る。


「じゃあそのフォルティトゥド家の因縁とやらを真っ向からぶっ潰しに行くわけだ。勿論だけど私の可愛いエリスちゃんが何処の馬の骨とも知れないヤツのモノになるのは私も許せない。なので全面戦争な訳だけど…」


「時期が時期ですよね、大冒険祭の只中に舞い込んで良い案件じゃありません」


「そう、こっちは今大冒険祭に手を取られてる状態。だから出来るなら時間をかけずにダイモス張り倒したいわけだけど……その前に」


デティは机に着きつつ、ソファで項垂れるハルさんに視線を向ける…。ハルさんは非常に申し訳なさそうだ。完全に落ち込みモードですね。


「すみません、私の責任です。ステュクスさんを巻き込んだばかりか…エリスさん達まで」


「別に良いよ、エリスちゃんは強いからね。でもそろそろ全体像を説明してほしいな…ステュクス君もそうでしょ?」


「はい、ちょっと洒落にならない話になってきたので」


「…………はい、分かりました」


エリスは、この話を知っている。フォルティトゥド家はアレスさんの無垢な願いから歪んでしまった歪なる一族であることを。


フォルティトゥド家は家族を作ること、増やすことに固執している。無理矢理結婚し子供を作ることを信条としている…その結果アレスさんは子供も孫も凄い数いる。そうして生まれたのがハルさんでありダイモスでありストゥルティだ。


だが、一転翻せば…その家族を増やす行為というのはどうあれの外部人間を巻き込む物。恐らくダイモスが今日やったみたいに無理矢理話を進めて相手を逃げられないようにして捕まえて家族にしているんだろう。


そして、ハルさんはその話をエリス以外に初めてする。デティにも…何よりステュクスにも。それを聞いたデティは頭の後ろで腕を組み天井を見上げ、ステュクスは…。


「つまり、俺と結婚を持ちかけたのは…フォルティトゥド家の仕来りだから、ですか」


「はい…申し訳ありません」


静々と頭を下げるハルさんにステュクスは言葉を失う。ようやく彼女の本心を理解したから…そうだ、何もハルさんは身勝手に結婚を申し出たわけではない。そうしなくてはならなかったからだ。


「全ての始まりは、ダイモスが痺れを切らした事からでした。いつまで経っても結婚しない私を…彼は無理矢理結婚させようとしたんです。相手は西部の果てにいる貴族…どうやってかは知りませんが相手を見つけたダイモスは私に結婚するよう迫ってきました」


「……それで、その誘いは…」


「断りました…私は、お祖母様と…アレスお祖母ちゃんと一緒にいたい。けど結婚したら…もう一緒にいられない、だから…」


「だから、サイディリアルに住んでいて…かつアレスさんとも関わりがある俺を結婚の相手にしたと?」


「はい、と言っても…その、失礼な話ですが…ダイモスが納得して私に固執しなくなったら、婚約も解消しようと考えていました…」


「なるほど…」


身勝手な話であることに変わりはない、これはハルさんとダイモスとフォルティトゥド家の話だ。そこに勝手にステュクスは巻き込まれ…剰え説明すら受けていなかったんだ。まぁ言ったら言ったでステュクスに対して失礼だし、何より…。


「しますよ、俺。ハルさんと結婚」


「え…!?」


そう…何よりコイツはこう言う事言うんだ。それが分かりきってたからハルさんも黙ってたんだよ…ハルさんは別にステュクスと結婚したいとかではなく、寧ろ巻き込みたくないから黙ってたんだ。それをコイツは…。


「ステュクス、話をややこしくしない」


「けど俺が結婚したら丸く収まるんだろ?ダイモスが納得したら離婚なりなんなりすればいいし」


「ダメです、結婚したら次は子作りを強要されますよ…それとも、作ってくれますか?子供」


「……………」


ステュクスは黙る、黙ってしまう。迷っているのか、考えているのか、エリスはその答えに注目する。子供を作ればもう別れられないぞ…そして子供を作った瞬間その話は二人だけの話じゃなくなる。だったら…とステュクスは決意を固めハルさんを見て。


「ごめん、じゃあやっぱり出来ない。無責任に子供は作れない」


「はい、それがよろしいかと」


「ホッ……」


ステュクスは子供を作らない選択をする…と言うより、子供を作った時点でステュクスとハルさんの話ではなくなり、その話に『子供』も混ざることになる…、ならやはりするべきではないと考えたステュクスはやはり婚約は拒否する。


そして、その選択を聞いて胸を撫で下ろしたのはデティだ。デティはエリスの心を読んでいたから分かったんだろう…もしここで、ステュクスが無責任に子供を作る選択をしていたら、エリスはここでステュクスを殺していた。


……親の勝手で作られて、その後見向きもされず捨てられる子供の気持ちと言うのを、エリスはよくよく理解していますからね。


「じゃあどうしましょう、ダイモスが諦めるまで結婚のフリをしますか?」


「そのつもりでしたが…どうやらダイモスは私の事をかなり疑っているようで」


「疑ってる?」


「私がステュクスさんと結婚するフリをしているんじゃないか、結婚しても子供を作らないんじゃないか。そう疑っているから今日ここを訪ねて様子を見にきたんです」


「なるほど、だから式場だのなんだのとドンドン話を進めて俺を逃げられないようにしてるのか」


「ええ、それに…どうやらロムルス兄様にも話を持って行ったようで、面倒なことになりました」


「ロムルス兄様?」


そういえばダイモスがそんな名前を口にしていたな、態々ピックして言うってことは相応の人物なんだろうけど…。


「ええ、ロムルス・フォルティトゥド…アレスお祖母様が最初に産んだ子供『長男』マルス・フォルティトゥドの息子…つまり本家フォルティトゥドに当たる家系の長男坊です。私達孫世代の纏め役であり最も苛烈な兄弟です」


「纏め役…やばいヤツですか?」


「ええ、実力面でもフォルティトゥド家最強格です。なんせ彼は今マクスウェル将軍の右腕を務めるマレウス王国軍の副将軍ですから」


「ゲッ……」


思わずエリスとデティが口を開けてしまう。マクスウェルの右腕?マクスウェルってトラヴィスさんがセフィラの一角である可能性が非常に高いと言ってたアイツだよな。ってことは何か?フォルティトゥド家のバックにはマクスウェル…延いてはマレフィカルムがいるかも知れないのか?


やばい、ラグナ達に無断で変な所突いちゃったかも…いや逆に好都合か?ロムルス・フォルティトゥドを引っ張り出せば何か掴めるかも。


「と言うかステュクス!貴方一応マレウス軍でしょ!なんで副将軍の名前聞いてピンと来ないんですか!」


「い、いやぁ…俺あんまり軍部そのものとは関わりないって言うか、マクスウェルの方が影が濃いし…あ、でもなんかいつも側に連れてる奴がいたな。なんかやたら目がやばい奴…あれか?」


うーんとステュクスは首を傾げている。まぁ副将軍より将軍の方が影が濃いと言えばそれはそうだろうけどもさ……。


「ロムルス兄様はダイモスよりもずっと過激な人物です。と言うより…フォルティトゥド家が今のような結婚や子作りを強要するようになったのは、ロムルスが原因でもあるんです」


「え?アレスさんが家族を欲したから…みんな家族を増やそうとしてるんですよね」


「元はと言えばの話です。ロムルス兄様はそこに漬け込み…『家族を増やすことこそが、アレスお祖母様の願いでありフォルティトゥド家の仕来りだ』と、お祖母様の願いを一族の宿願に変えてしまったんです」


「なんだってそんなこと…ロムルスにはそんなの関係ないはずなのに」


「ロムルスの目的は血の繋がりを持つ者達をより多くマレウス王国軍に送り込み、マレウス内部に『フォルティトゥド勢力』と言う一大派閥を作りたいんですよ…」


聞けば、ダイモスも含めてフォルティトゥド家の大部分が王国軍に所属していると言う。そういう意味でもロムルスの目的は達成されていると言える…なんせ家族の繋がりを持つ人間が軍の要所を押さえればそれだけで軍を掌握出来る。


なるほど、と言うことはフォルティトゥド家がここまで過激化したのはそのロムルスってヤツのせいなのか。


「ロムルス兄様から見れば、ロムルス兄様の野心を叶えない私は…邪魔者でしかない。特に私は女ですからね、早く子供を産めと言われているんです」


「酷い話だよそれ、女は道具じゃねーっての!断っちゃいなよ!」


「……断ったら、追い出されますから。一族を…そうなったらもう私はお祖母ちゃんと一緒にいられません」


「そ、そんな…」


「事実一人追い出していますからね、ロムルス兄様は。自分の野心を否定され…自分達は道具じゃないと毅然と立ち向かった兄弟を」


「……もしかして、それって」


多くの孫達がロムルスに追従する中、ただ一人毅然として立ち向かった者が居た。そんな話を聞かされて…思い当たる人物は一人しかいない。同じフォルティトゥドの出身なのに軍に所属しない人物…それは。


「ええ、それこそが私の兄…ストゥルティ・フールマン。彼はロムルスに刃向かい勘当され一族から逃げ出した卑怯者です」


「ひ、卑怯って…」


「ストゥルティはロムルスに喧嘩を売り、ロムルスにボコボコにされ、二度と本来の名を名乗ることさえ許されず、惨めに逃げたんです。結果が今の冒険者、剰えフォルティトゥドの話を更にややこしくしている…」


ロムルスに立ち向かい、敗北し、逃げ出した人物…それこそがストゥルティ。だからこそハルさんはロムルスに従うしかないんだ、だって…刃向かった結果を見ているから。


一族から追い出され放逐され二度と家族と会う事を許されず、冒険者として野に放たれる…ストゥルティのように傍若無人ならそれで良いが、ハルさんのような普通の人間がそれをされればひとたまりも無いだろう。


「ストゥルティをボコボコにして追い出したって…そのロムルスってのはストゥルティよりも強いってことですよね、そんなのが動き出したらやばいっすね」


「…………」


「ハルさん?」


「え?あ…いえ、それよりどうしましょう。ダイモスが言ったようにもしロムルス兄様が動いているのならフォルティトゥド家全体がエリスさんとステュクスさんを取り込もうとするかも知れません」


「うーん、流石に王国軍のNo.2が動いてるとはね…。これは参ったかもなぁ…」


思っていたよりもフォルティトゥド家が強大すぎる、放置すれば確実にエリス達の旅路の障害になる…そんな風に頭を悩ませるデティ達に向け、エリスは…。


「はい、晩御飯のコートレットですよ、取り敢えず食べてください」


「え?」


取り敢えず、出来上がった晩御飯を持っていく。豚肉があったのでカラッと揚げてコートレットにしました。色々調味料も揃っていたのでソースも作れましたし…今日はこれで良いでしょう。


「姉貴…こんな上品な料理作れたんだ…」


「どう言う意味ですか?」


「あ、いえ…美味しく頂きます、姉上」


「ん、よろしい」


「ねぇエリスちゃん、どうする?フォルティトゥド」


全員分のコートレットを並べ、エリスも席に着く頃には既にデティはもしゃもしゃコートレットを食べていた。そしてこれからどうするかと聞いてくるが…うーん。


(ラグナ達が帰ってくるには二日はかかる。少なくとも明日は帰ってこれない…となると動くなら今のうちかな)


ラグナ達が帰ってきたらエリスは大冒険祭に専念しないといけなくなる。ならその前に何かしらの手を打ちたい…となると。


「エリスにいい考えがあります」


「え?あるの?何?」


「フォルティトゥド家の因縁は、フォルティトゥド家をよく知る人に仲裁して貰えば良いんですよ」


「フォルティトゥド家をよく知る人物…?」


「はい、その人に心当たりがあるので明日尋ねます」


コートレットを食いちぎりながら思い浮かべるとある人物。思えばフォルティトゥド家という存在を最初に聞いたのはあの人の口からだった…なら、もしかしたらあの人ならなんとかしてくれるかも知れない。


幸い、彼女もここに来てますしね…。


………………………………………………………


そして後日、エリスは朝早く目覚めると共にステュクスが用意してくれた寝床から這い出て服装を整え、まだ微妙に暗いサイディリアルの街に出る。まだデティやステュクスは寝ている…けどあの人は起きているはずだと確信し、エリスは朝焼けの中未だ人通りの少ないプリンケプス大通りを抜けて…。


目指すのは、大冒険祭運営本部…つまり冒険者協会の本部だ。


「ストゥルティは…いませんか」


一番懸念だった、ストゥルティの姿は協会にはなく。あちこちに酒で酔い潰れた連中が転がっている…大冒険祭の只中とは思えない有様だな。まぁ良いや…。


「すみません、ちょっと面会をしたいのですが…」


そうしてエリスは受付に声をかけ、色々なものを見せ証明し…とある人物に会う為の手筈を整えた。


そう、フォルティトゥド家の問題を解決できるとしたらそれなりの立場を持ち、フォルティトゥドという物を理解している人物に限る。ならそれは誰だろうか…一人しかいない。

フォルティトゥド家の始まりとも言えるアレス・フォルティトゥドとチームを組んだ経験があり、その性質をよく理解し。冒険者協会最高幹部の地位を持つ人物…そう、エリスが尋ねたのは。




「お久しぶりです、ケイトさん」


「あら?」


協会の奥に通され、幹部が仕事を行う『最高執務室』の扉を開けると…そこには朝焼けが差し込む部屋にて、椅子に座りボーッとしている黒髪の女性が居た。


エリスが訪ねたのは冒険者協会最高幹部ケイト・バルベーロウだ。彼女はかつてソフィアフィレインのメンバーとしてアレスさんと一緒に冒険していた経歴がある。彼女なら…もしかしたらなんとかできるかもと思ったんだ。


幸い今は大冒険祭の運営としてサイディリアルに来ているしね。だからこうして尋ねたのだが…ケイトさんはエリスがこの部屋に訪れたのを見て驚きつつ立ち上がり。


「おやおやエリスさん、お久しぶりですね。今日は如何されましたか?」


「いえ、色々要件があって」


「要件…?」


そう伝えるとケイトさんはエリスを警戒したように目を細める。まぁ…こうやってエリスがケイトさんを訪ねて朗報を持ってきたことは一度もないからね。警戒するのも無理はないか。


「その、要件っていうのは…なんですか?」


しかし、ちょっと…気になったのは。妙にケイトさんの警戒の仕方がおかしい事だ…なんというか、立ちながらも隙を見せていない。立ち尽くしながらもやや威圧的な雰囲気を纏っている事だ。


なんでそんな態度をするんだ?エリスはただアレスさんの話をしに来ただけなんだが……。


「……………」


「……………」


エリスが黙れば、ケイトさんも黙る。その不思議な空気にエリスは眉をピクリと動かし…。


「ちょっと困ったことになったので、ケイトさんを頼りに来たんです」


「……困ったこと?」


「はい、ケイトさんの昔のお仲間についてです。アレスさんの…」


「アレス?ああ、アレス。はいはいなんだそういう事ですね…でなんですか?」


軽く要件を伝えるとケイトさんは瞬く間に警戒を解き椅子に座り込む。さっきの妙な警戒がなんだったのか…は後にするとして、それより相談だ。


「座っても良いですか?」


「構いませんよ、でアレスがどうかしたんですか?」


「はい、それが…実はフォルティトゥド家に目をつけられまして……」


それからエリスは今まであった事を話した、ダイモス・フォルティトゥドに絡まれている事、ロムルス・フォルティトゥドが絡んでいる事、そしてストゥルティ・フールマンが色々やらかしている事。


それらを打ち明けるとケイトさんは腕を組み…クルリと座っている椅子を回して考え込むと。


「はぁ〜〜エリスさんは、本当に行く先々で色んな厄介ごと捕まえる人ですねぇ。逆に尊敬しますよ、そこまでややこしい物を抱えて旅出来るなんてね」


「エリスだって別に望んでるわけじゃありません、ただあっちこっちに問題が転がっているのが悪いんです」


「かも知れませんね、…にしてもそうですか。アレスの家は今そうなっていましたか」


腕を組んだまま、昔を思い出すように目を伏せたケイトさんは…ただ、懐かしむように、それでいて少し悲しそうに…。


「アレス…確かに彼女は私の昔のパーティメンバーです。私が魔術師で…彼女が戦士、実力は私も認めるくらいの一級品で所謂ところの天才に位置する当時ガンダーマンとタメを張れる唯一の戦士でした」


「そんなに強かったんですね」


「ええ、元々アルクカースの出身でしたしね。それを差し引いても強かったです。ヒンメルフェルトが癒し、ロレンツォが用意し、私が詠唱し、アレスが戦い、エースが導いた…それが当時の冒険者協会最強パーティソフィアフィレインのやり方でした…が。そんなパーティに終止符を打つ出来事が起こったのは…アレスのせいでした」


「アレスさんが、終止符を?」


「ええ、アイツ…パーティメンバーに内緒で子供を作ったんです。当然冒険者は危ない仕事なので妊婦は連れて行けない、けど前衛を担うアレスが抜ければパーティ活動もままならない…だから、なんでしょうね。空中分解という形で最強パーティは呆気なくなくなってしまいました」


その時アレスが言ったんです…『家族が欲しい、どうしても欲しい。もう一人は嫌だ』って…と続けるケイトさんの言葉を聞いていると、なんだか辛くなってくる。パーティメンバーが解散するきっかけになったアレスさんの妊娠、どうしようもない。


産むなとも言えない、産めとも言えない、祝福も出来ない。結果彼女の居場所の一つがなくなり…結果ソフィアフィレインが離別することになってしまったんだ。ケイトさんにとっても良い思い出じゃないはずだ。


「アレスは家族を欲しがっていました、彼女は天涯孤独の身なので…結果彼女は仲間を捨てて家族を取り、そしてその家族を望む心が今こうして歪んで災害のように辺りを巻き込み始めている…か」


「はい、エリスもフォルティトゥドに目をつけられたようで…。ケイトさんからアレスさんを説得してフォルティトゥド家を止められませんか?」


「難しいこと言いますね、フォルティトゥド家はアレスの指示で動いてるわけじゃないんでしょう?もうフォルティトゥド家と言う群体は共通意識により一個体のような存在になりつつある、それら全てを説き伏せ押し留めるのは不可能です」


「でも、アレスさんを説得すれば何かが……」


「そしてもう一つ、私はアレスに会う気はありません。アレスも私に会いたくないでしょう。理由はさっきも言った通り…笑顔の別れではなかったからです」


「…………」


「そう言うわけで、お力にはなれないかも知れませんね」


まぁ、そうか。ここばかりは駄々を捏ねたりウダウダ言って覆せるところではなさそうだ。仕方ないか…にしても意外だった。


と言うのもケイトさんはなんだかんだ元パーティメンバーを気にかけている人だからだ。身の危険に晒されても西部の果てから東部の果てで行われるヒンメルフェルトさんの葬儀に参列したり、態々ロレンツォさんがいるからとエルドラドに赴いて顔を出したりと比較的好意的な立ち回りをしていた。


がしかしここに来ての拒否、喧嘩別れでもしたのか…だがこの年齢だぞ、パーティ解散はもう四十年五十年前の話、流石に決着がついてそうだけど…。


「それにねぇ!」


するとケイトさんはいきなりブワッと泣き出して。


「今ねぇ!私めちゃくちゃ忙しいんですよぉ!知ってます?大規模なイベントの運営って死ぬ程忙しいんですよ!色々仕事が終わってもう寝ようかなぁ〜って外見たら!見て!朝!」


「もしかして今まで仕事してました?」


「今まで?いえ?今までもこれからも大冒険祭中はずっと仕事ですけど?」


「御愁傷様です」


「うぇーん!死んじゃいたいですよー!」


バターンと机に突っ伏し泣き出したケイトさんにかける言葉はない、この人も結構な老齢だし…こんな老体に鞭打つような真似許されるんだろうか。ともあれこんな状態のケイトさんに更にエリスの個人的な問題の仲裁は任せられないか。


「すみませんでした、お忙しいようですしこの話は忘れてください」


「こっちこそ、お力になれず申し訳ない。……そうだ、アレスのいる森の場所でも教えますか?それくらいなら出来ますが」


「それは今度ステュクスに聞きますよ」


そう言いながらソファから立ち上がり軽く礼をして部屋を出ようとすると…。


「なら、ロムルス・フォルティトゥドには気をつけてくださいね」


「え?知ってるんですか?」


言うんだ、ロムルスの名を。それにエリスは思わず振り向くと…そこにいたのはエリス達のよく知るケイトさんとは違う、何やら凄まじい気迫と気風を漂わせる王者の如き様相のケイトさんが机に腰をかけ微笑んでいた。


「ええ、知ってますよ、この歳になると顔が広いので…まぁ私の顔はちっちゃくて可愛いですが」


「気をつけろ…とは、実力面ですか?」


「それもありますが、彼は少々野心の過ぎる男です。狂気的とも言える野心と野望を抱えている…今はマクスウェル将軍の腹心に収まっていますが、彼はいずれマクスウェル将軍すらも喰らい頂点に立つ気でしょう」


「…………」


「狂気的な野心、その根底にある渇望の炎は…やがて彼自身を焼き尽くすでしょうが、その前に軍部を燃やし焦がすでしょう。下手に燎炎を触れば火傷ではすみません」


「エリスはマクスウェル将軍が嫌いなので、失脚するならそれで良いですが」


「おや?なんでマクスウェル将軍が嫌いなのですか?」


「話の主題はそこじゃないですよね。ともあれどの道ロムルスはエリス達を阻みますからね…忠告はありがたく受けておきます」


「そうした方が良いかと、…ロムルスはアレスの悪い部分を煮詰めて出来たような人間ですからね。おまけにアレスの全盛期の強さまで引き継いでるんだから手に負えないったらない…まぁエリスさんの事なのでどーせ面倒ごととしていつかぶつかるでしょうし、お気をつけを、負けたら結婚させられますから」


「負けませんし結婚もしません。ありがとうございました、ケイトさん」


「はぁ〜い」


そうしてエリスはまたお辞儀をしてケイトさんに別れを告げ扉を開け外に出る。そんなエリスの背中を見送りつつ…その気配が完全に消えたことを認識したケイトは。


「全く、トラブルに愛されてますね…エリスさん」


ケイトはニヒルに笑う。本当に行く先々で何かしらのトラブルに見舞われる女だと…しかも今回はフォルティトゥド家、マレウスに巣食う闇の一角を相手にすると言うんだ、しかも大冒険祭に参加しつつなんですから、本当にまぁ…。


「さて、エリスさんとロムルスが交わったらどうなるか…面白くなってきましたね」


エリスさんには言っていなかったが、ロムルスって奴は不思議な奴でね…明らかに副将軍が持つには過剰過ぎる財力と裏社会への繋がりを保有している。確実にバックに何かいる…そしてもしそいつを引っ張り出せるのなら…。


「というか、良いんですかねぇ。もしこのまま行けばエリスさん結婚してしまうかも知れませんねぇ」


ロムルスは狡猾な男だ、もしもと言う事もある…なんて私は独り言を呟く、エリスさんのいなくなったこの部屋で、天井に向けて話しかける。


いいやいるよ、聞いているよな?この部屋の天井の梁の上で今ネズミを食べてる君に言っているんですよね。


「ねぇ、それでいいんですか?恋敵に取られてしまいますよ…バシレウス」


「……チッ」


梁の上でパリポリと小動物の骨を咀嚼し飲み込むバシレウスが部屋へと降りてくる。エリスさんが全く気がつけないほどの魔力縮小をいつの間に会得したのやら…。


「と言うか貴方、よくエリスさんがこの部屋に来たのに隠れていられましたね。貴方のことだから即座に姿を現して攫っちゃうかと思いました」


エリスがこの部屋に来た時点で、バシレウスもまたこの部屋にいた、梁の上でいつものように居眠りをしていたんだ。だがエリスが入ってきた瞬間魔力の気配を消した…ってことはエリスの接近には気がついていた。


だが、この子はエリスを前に隠れる事を選んだ…エリスの身を狙っているバシレウスが、だ。


「今はそう言う気分じゃねぇ」


「あら、そうなんですか?」


「と言うか別に同じ部屋に居なくたってその街にいるなら…いつだって攫える」


「まぁそうですね、でも今それやられると困るんで私は止めますよ」


「分かってるからやってねぇんだよ。それに……」


「おや?気がついてましたか」


バシレウスがエリスを攫いに行かない理由は二つある、一つは私が止めるから…そしてもう一つは、色々あるからだ。その色々に気がついているとはこの弟子…なかなか育ってますね。


「聞かせろ、ガオケレナ」


「あー!その名前で呼ぶなって言ってるのに!」


「いいから聞かせろ…『今この街に八大同盟の盟主は何人来ている』」


「……ふっ、人数までは把握してませんでしたか。まだまだですね」


私は笑みを浮かべながら机の上に寝そべる。そう、バシレウスが今ここで攫いに行かない理由があるとするなら、それはこの街に複数人の同盟の盟主が来ているから。


それも全員、私に挨拶の一つもない。あるいは私が来ている事に気がつきつつ無視をしている…と。全く今代の同盟達は上を敬う心がないんだから。


(エリスさん、貴方あんまり一つの事柄に集中し過ぎていると…足元を掬われますよ、なんたってここはマレウスの中心、悪意もまたここに集うのですから)


エリスさんは気がついていない、今…彼女の周りには凄まじい数の敵が隠れている事に。リーベルタース?フォルティトゥド?それだけじゃない…現存する八大同盟の内、半数以上が今このタイミングでこの街を訪れているのですから。


「チッ、どいつもこいつも喧嘩売るみたいに気配晒しやがって…煽ってんのか俺を」


「ちょっとバシレウス、どこ行くんですか」


「散歩」


「絶対顔見せないでくださいよ、貴方この街じゃ顔割れてんですから」


「分かってる!」


そう言ってフードとマスクを被りプリプリ怒りながら外へと出ていくバシレウスを見送り…私はちょっと、焦る。魔女の弟子と冒険者協会、フォルティトゥド家にマレウス・マレフィカルム…複数の勢力が鬩ぎ合うこの街に投入されるバシレウスという存在が何をもたらすか。


怖え〜〜ロクでもなさそう〜〜!楽しい〜〜!碌でもないの私好き〜〜!!


(けどこのままってわけにも行きませんよね、何かしらの対策を打たないと魔女の弟子とフォルティトゥドとリーベルタースと八大同盟の大戦争でこの街滅んじゃいますし…それに『アイツ』が何を考えてるか分からない。となると)


この状況下、私が最も信頼が置ける存在は誰かを考える。まずはダアト…だが彼女は今この街に私に報告もなく八大同盟が集結している謎について調べてもらっているから防衛側の戦力としては使えない。


なら、個人としては信用は出来ないが…信条的には信用出来る人物に頼みますか。


「ねぇ、貴方も来てるんでしょう?お話しましょうよ…私がどこにいるかは分かりますよね、そっちから出向きなさい…そうすれば挨拶しなかった件については不問とします」


机に寝そべりながら目を閉じて口を動かす。語りかけているんだ…彼女に、すると私の耳元に置いてあるガラス製のグラスがグラグラと揺れて…。


『ええ、分かったわ。総帥が呼ぶというのなら出向きましょう、今から二分三十三秒後に到着します、そこから四分二十四秒間ならお話に付き合いましょう』


「相変わらずのスケジュール魔ですね」


グラスから声がする…恐らく彼女の、いや彼女の部下の魔術だろう。彼女は八大同盟の中でも屈指の組織力を持つ、その上素晴らしい事に彼女自身の実力は…或いはマレフィカルム全体を見回しても私かダアトしか止められない程。


最悪、この街にいるすべての勢力が大暴れしても…彼女一人で制圧が出来る。


……………………………………………


「やっぱり難しいかぁ…ケイトさんが頼りだったんだけど、どーしよっかなー」


ポケットに手を突っ込んで協会本部から出るエリスはガックリと肩を落とす。頼みの綱だったケイトさんに断られてしまった…まぁあの人も忙しいみたいだし仕方ないと言えば仕方ないが。


この分じゃ『ガンダーマン会長に会わせてください』とも頼めないか。


「フォルティトゥド…面倒な連中もいたもんですね」


あと数日したら本戦が始まる、それまでになんとかしておきたかったが…この分じゃ持ち越しになるな。フォルティトゥドの根倉に攻め込んで全員ブッチめて大冒険祭が終わるまで城の屋根に宙吊りにしておく…的な力技も相手が副将軍となると難しい。


(ラグナ達が帰ってきたら相談しようかな……ん?)


ふと、目の前の大通りに視線を向ける。未だ早朝に類する時間帯であるにも関わらず、遥か向こうの十字路を歩く人影の多さが気になり…遠視で確認する。するとどうやらプリンケプス大通りを多くの王国兵士達が行軍しているようだ。


……妙だな。


(妙だ、こんな早朝に兵士たちがワラワラと歩いてどこにいく気だ?城の方じゃない、街の外へ向かっているのか)


何か異様な気配を感じ、取り敢えず情報収集の一環としてちょっと調べてみる事にした。旋風圏跳で空を飛び兵士達の群れを追いかける。するとその先頭に立っていたのは。


(ダイモス…!)


兵士達を引き連れて歩いていたのは…ダイモスだ、昨日会った監査官のダイモス・フォルティトゥド。ステュクス曰く多くの権限を持つらしいが…こんな百近くの兵士を連れて出歩ける程あいつは偉いのか?


(いや違うな、ダイモスが引き連れてるんじゃない)


近くの屋根に飛び降り行軍の様子をよくよく観察すると、兵士を引き連れているのはダイモスではなく、その隣に立つ男であることが窺える。


一言で言うなれば『可憐』にして『美麗』。薄赤の長髪を腰まで伸ばしながら揺らし、綺麗に引かれたラインのような目には真紅の眼光が揺れる。その顔つきは女性的とも取れるほどに整っており余裕を見せるように笑うその姿はある意味神々しくも見える。


鎧は着ておらず華奢な体つきを晒すような薄いローブを羽織りニコリと微笑んでダイモスの言葉に頷き。


「ふーん、見つかったんだ。フォボスの相手」


「ええ、ロムルス兄様。以前話したハルモニアの婚約者ステュクス君の姉君らしく。名をエリスと言うようで」


「エリス……?」


(ロムルス…あいつが)


ダイモスがあの薄赤髪の男をそう呼んだ、ロムルスと。つまりあのローブの男が件のロムルス・フォルティトゥド…マレウス王国軍のNo.2にして今現在フォルティトゥド家を統べる男。なるほど、確かに副将軍なら兵士達を引き連れる事もできるだろう。


ましてや今軍部の頂点たるマクスウェル将軍が不在。つまり今軍部の頂点はロムルスという事になるんだ、好き勝手も出来るか。


「おや?ロムルス兄様、エリス君をご存知で?」


「……うーん、この目で見てみないことにはなんとも言えないけれど、以前レナトゥス閣下が言ってた魔女の弟子エリスと同じ名前だなぁってね」


やべ…ロムルスはエリスを知っている感じか。下手に顔を出したら面倒な事になりそうだ…。


「ほう、レナトゥス様はなんと?」


「見つけ次第連れてこいと、魔女嫌いの宰相さんの事だし…殺すんじゃないかなぁ?」


「それはまた…しかし」


「ああ、勿論さダイモス心配するなよ。私は家族を何よりも尊ぶ、エリスが私達の一族に加わるなら是が非でも守るさ…レナトゥスには手出しさせないよ」


「流石は我らが大兄!では私もエリス君のことは他言せぬようにしましょう」


「ふふふ、他の兄弟姉妹達にも口添えしておいてよ。エリスがこの街にいる事に関して決して上に報告しないように…ってね」


己の野望のためならば、宰相さえも喰らい刃向かう事を厭わないか。アイツもマクスウェルの影に隠れているだけで十分化け物だ、人間性がひん曲がった怪物だ。


(下手したらアイツ、そのうちクーデターでも起こすんじゃ…あれ?)


ふと、見てみるとロムルスの向かいから一人の女性が走ってくるのが見える。何かと観察してみると。


「貴方様、忘れ物です…!」


「おや、パラティノ。どうしたんだい?」


ロムルスに向け走ってきたのは一人の女性、身なりは良いが何やら気苦労が絶え無さそうな…幸薄そうな人妻って感じだ。恐らくだがあれはロムルスの妻だろう、だってあれだけ結婚云々を言っている人間が未婚なわけがない。寧ろ率先して結婚くらいしているだろう。


見てみるとパラティノと呼ばれた女性の手には一つのペンダントのようなものが握られている…あれが、忘れ物?


「貴方様がいつも大事にされていたロケットペンダントです、忘れたら大変だと思い届けに…」


そうパラティノが一歩踏み出した瞬間…。


「控えろ!妻が大兄に無闇に近づくな!」


「ヒッ…!」


ダイモスが叫び、パラティノをロムルスから遠ざけ、荷物を勝手に受け取り勝手に預かるんだ…なんだあれ。


「フォルティトゥドの血を持たぬ女が、フォルティトゥドの長兄にして次期当主たるロムルス大兄と同列に扱われようなどと思わない事だ」


「め、滅相もありません…!」


「ふぅーん、まぁダイモスいいじゃないか。ありがとね、パラティノ」


「い、いえ……」


そしてそれを、ロムルスもなんでもないただの日常を見るように眺め言葉だけの静止を行う。


土下座をして控える妻と、見下ろす夫…その様に筆舌に尽くし難い気色の悪さを感じる。あれがアレスさんが望んだ『家族』の姿なのか?あれがロムルスの言う家族というものなのか?エリスには…家族との思い出はないが、これだけは言える。


奴等は…色々なものが煮詰まりすぎている。止める人間もいないからフォルティトゥドというコミュニティの中で価値観が歪み切っているんだと。


「そ…れでは、その…お気をつけて」


「うん、パラティノ。届けてくれてありがとう、君も気をつけて帰りなよ」


「はい……」


ニッコリと微笑み逃げるように帰っていくパラティノの背を見送るロムルス、彼はパラティノの背を向けた瞬間、微笑みを消し…冷淡な瞳で彼女を見る。


その冷淡な視線に、エリスは何かが引っかかる。


(あれ?あの視線…あの目つき、何処かで見たことがあるような)


チラリと毛先が引っ掛かるような違和感を感じる。ロムルスが妻を見るあの視線…エリスは一度どこかで見ている気がする。けれどその該当する記憶が出てこない…恐らく本当にただ引っかかっただけなんだろう。その違和感そのものにエリスが気がついていないから記憶内の検索が上手くいかないんだ。


でも、ただただ冷たく、とても妻に向けるような視線には見えない…その心で何を思っているのか、エリスには推し量りようもない。


「ロムルス様、こちらを」


「ありがと、それでなんだっけ?ああそうエリス。彼女も家族に加えようか、家族が増えるのはいい事だ」


……ケイトさんの言った言葉が、なんとなく分かる。ロムルスという男は野心的で狂気的だと。あれはその言葉の通りだ。


「また家族が増える、アレスの意思も報われるだろうね…ははは」


薄気味悪く笑うロムルスの目は…狂気で満ちている。人間を一本の木で例えるならば、ロムルスという人間は根本から歪み変な形に伸びてしまった木のようだ。つまり彼は狂っているんじゃない、狂っているのが彼なんだ…。


本当に気持ちの悪い一族だ…ハルさんには悪いけど。


「ま、その前にエリスとステュクスを我が一族に迎える前に式場の準備をしなくてはなきゃね」


「いつも通り、アルバロンガ平原ですね?」


「うん、もう各地から親族達を集めている。式場の準備を急ぐごうか、まず近隣の魔獣の討伐だぁ。気合い入れるぞぉ〜」


アルバロンガ平原…って確か、サイディリアルの目の前にある平原だ。あそこで式やるの?何もないけど…おかしな一族だ。だが丁度いい、どうやらフォルティトゥド家は今から街を出るようだ。式場の準備のために暫くは帰らないだろうし…今のうちに大冒険祭に専念しよう。


「よっと、本当に気味の悪い一族です…結婚結婚って、人の勝手でしょそんなの。やりたいなら家族間でやってなさい」


ポケットに手を突っ込みつつ屋根から飛び降り兵団の反対側に降りる。そのまま見つからないようにボチボチ歩きつつ…エリスは家に帰るのだった。


…………………………………………………………


「あ、ラグナ!」


「ん?あれ?エリス、早いな。どっか行ってたのか?」


それから家に帰る頃には太陽も燦々と昇り切っており、所謂世間一般で言われる朝の時間帯に突入しておりさがこれからみんなの朝ごはんでも作りますか、なんて思いながらステュクス邸に辿り着くと。


そこにはチデンス渓流から帰っていたラグナ達一行が揃っていた。


「あのまま帰ってこなかったって事は、レッドゴブリンは見つかったんだな?」


「はい、ちゃんと耳も十個納品してきましたよ」


「流石だ、こっちもあれから大急ぎでチデンス渓流から移動してさっきようやく帰れたんだ」


「帰りは明日になると思ってたのに、早かったですね…あ、家に入りますか」


一日とは言えみんなと離れているのは寂しかったですしね。みんなと離れている間にも色々あったからこうして顔を合わせられるだけで心強い。


取り敢えず一旦外は冷えるので中で話そうと扉を開けて玄関に入る。


「いやぁそれがさ、移動してる途中で気がついたんだよ。別に戻るだけならメグの時界門使えばいいやって。その事に今日朝気がついてさ…それで戻ってきたわけ」


「えぇ、エリスてっきり使えない理由でもあるのかと思ってましたよ」


「馬車一つを丸々転移となるとやや負荷もかかりますが一回だけなら問題もありませんでしたしね。いやはや私も冒険が楽しくてついうっかりしてました」


「エリス…レッドゴブリン…強かった?」


「別に言うほどは」


なんてラグナやネレイドさんと話しながらみんなでステュクス邸のリビングを目指して歩いていると、ふと廊下の先にある階段をトコトコと降りてくる音が聞こえて…。


「ふぁあ〜…なんだよ騒がしいなぁ…」


「あ、ステュクス」


降りてきたのはステュクスだ、それもパジャマをぐしゃぐしゃにはだけさせただらしない姿で頭を掻いて現れる。そのまま眠そうに目を擦りながら揃っているエリス達を見て…。


「あれ?姉貴?…あッ!やべっ!寝ぼけてました!すんません!すぐに着替えてきます!」


「別に急がなくてもいいですよ」


どうやらだらしない所をエリス達に見られたのが恥ずかしいらしく、顔をもう真っ赤にしながらドタドタと慌ただしく部屋に戻って音を立てながら大慌てで朝の支度をしている。


「別にそんな慌てて準備しなくてもいいのに」


「気にするんだろステュクスも、年頃の男の子だぜ?」


「エリス気にしませんよ」


「そりゃお前がもう年頃の女の子じゃねぇからだろ」


なんか失礼なことを言ってきたアマルトさんの鳩尾に肘を入れつつ、エリス達はダイニングへと足を踏み入れる。どうやらまだ誰も起きていないらしくダイニングは昨日最後に見たままになっている。


「デティはまだ寝てるのか?」


「みたいですね、朝ごはん作りますね。みんな疲れてるでしょ?休んでてください」


「おう、ありがとなエリス。そうだ、そっちはなんかあったか?ってたかだか一日じゃなんもないか」


そう言いながらみんなリビングで休むべく各々椅子に座ったりクッションに腰をかけたりする。そんな中ラグナが聞くんだ、何かあったかと。とは言えたかだか一日じゃなにもないよな…と言いつつ椅子に腰をかけようとした瞬間。


エリスはハッとしつつ振り返り…。


「そうだ!エリス結婚する事になりました!」


「ぶへぇっー!?」


ズコーン!と音を立ててラグナはひっくり返り、物の見事に椅子が粉々に砕け散る。けど事実なんだ、結婚することになったんだから…。


「なんか、前にもそんなことがあったな」


「確かバシレウスとやらにも求婚されてなかったか?お前」


しかしそれ以外のメンバーは比較的冷静、というよりそもそも分かっているんだ。エリスに結婚する気がない事を。…ええそうですよ、する気はありません。こういう無理矢理な求婚は初めてじゃありませんからね。


「ッエリス!結婚する気なのか!?」


「しませんよ!ただ…ちょっと面倒な事になりまして…」


そこでエリスはようやくみんなにフォルティトゥド家の話をする事になる。ダイモスの件、ロムルスの件、フォルティトゥド家の仕来り…色々だ。諸々あった事全てを話した時一番最初に口を開いたのは。


「くだらねーな、つくづくくだらねー。そう言う仕来りだなんだを口にする奴は大概碌でもねぇーんだよ、話聞くだけ時間の無駄だぜエリス」


アマルトさんだ。仕来り大嫌い人間なだけあり反応速度が速い…と言うか露骨に嫌そうな顔しているな。


「ふむ、フォルティトゥド家の仕来り…ステュクス君がハルモニアに求婚されているのもその一環で、エリスもそれに巻き込まれた形か」


「エリス様ってば罪な女ですよね、求婚されまくりじゃないですか。フィリップ様泣きますよ」


「でも無理矢理結婚させるのは頂けない…テシュタル教に於いても結婚は愛ある者がすべきと定めてるし、一般常識の範疇としてもそう」


やはりというかなんと言うか、みんな悪感情を表に出してくれる。事情を知らなかったとは言えステュクスの結婚に関してはまぁ仕方ないよね…と言う空気感だったにも関わらず、その裏側を知れば義憤に燃える。それがみんなだ…分かっていたけどやはり頼りになる。


けど、そんな中……。


「なんだそのふざけた話は…!ナメてんのかそいつら…!」


義憤と言うか…普通に激怒するのはラグナだ、久しく見せていなかったベオセルクさん似の牙剥き出しの顔で立ち上がり今にもフォルティトゥド家に殴り込みをかけそうな恐ろしい姿を見て…エリスは。


「今から消し潰してくるわ!フォルティトゥド家!お家断絶!一族郎党皆殺し!この国から戸籍ごと消してやるまでだ!」


(やっぱり…ラグナは優しいですね…)


ときめく。彼は本当に優しい…デティがイシュキミリに捕まった時助けに来てくれたのが嬉しかったと言っていたが、今なら気持ちが分かる。嬉しいな…ラグナが怒ってくれて。


「はいはいラグナ君は落ち着いて落ち着いて、エリスは結婚する気ねぇーんだから猛り狂うな」


「うるせぇー!アマルトー!止めるなー!」


ギャーギャー騒ぐラグナを止めるアマルトさんはこうなることが分かってきたとばかりにため息を吐く…そんな中。


「結婚、する気はないのですか?」


「え?」


声をかけてくるのは、アルタミラさんだ。彼女はなんとも不思議そうに首を傾げている…。


「フォルティトゥド家と言えば名家中の名家、あと十数年もすれば貴族に格上げされるような家ですし…別にいいのでは」


「顔も知らない奴と結婚しろって言われても、する気にはなれませんよ」


「でも結婚は人生の墓場とも言いますし」


「何が『でも』なんですか…そんなこと言われたら余計したくなくなりますよ…」


アルタミラさんは何やらエリスの顔を覗き込むように伺っている。急になんなんだこの人…。


「そうですか…結婚ってロマンチックな物だと思っていたのですが、違うんですね」


「結婚に付随する状況がロマンチックなのであって、結婚そのものはただの手続きですのでね…まぁ、今そのロムルスは街を離れているのでこの件は取り置いてもいいかも知れませんね」


「なんで当事者のお前がそんなに悠長なんだか…まぁ実際そうだよな。じゃあこの一件はまた今度にして、本戦の準備進めようぜ」


今は本戦に集中する、次がどんな競技になるか分からない以上こちらに軸足を置くしかない。…エリス達がこの街に来た目的を見失ってはいけないのだから。


本戦開始まであと数日、それまでにやれる事は全部やろう。


……………………………………………………………


「クソッ!忌々しいリーベルタースめ!」


「団長…」


一方、本戦を数日後に控えた中…リーベルタース、北辰烈技會に並び多くの本戦の突破者を出した三大クランの一つ『赤龍の顎門』。そのアジトとも言える大酒場『赤龍亭』にて…怒声が響く。


本戦を突破した赤龍の顎門のメンバー達は一旦戦いを終え皆鎧を外し酒を飲み体を休めていたのだが、とても本戦突破を祝える空気ではない…。


それもそうだろう、なんせクランマスターである『紅蓮討龍』のヴァラヌスが、酒を飲みながら机を叩き怒り狂っているからだ。


「今回は是が非でも勝たねばならないというのに…なんだこの惨憺たる結果は!」


ヴァラヌスの手元にあるのは本戦突破者のリスト…、全体の割合を見ると四割がリーベルタース、三割が北辰烈技會、無所属を一割として…赤龍の顎門はたったの二割。つまり二百ちょっとのチーム、二千人少しの人員しか本戦に送り込めなかったんだ。


赤龍の顎門は歴史あるチームだ、過去五回以上大冒険祭に参加してきた経歴がある。からこそ言える、大冒険祭はその凡そが予選によって決まる…最も大切な戦いが予選だった。ここでどれだけ本戦に進めるかによってクランの勝率がガラリと変わってくる。


だというのに、宿敵リーベルタースに倍近くの差をつけられたこの結果は…惨憺と呼ぶに相応しいだろう。


「新参の北辰烈技會にすら負けるとは…!屈辱の極みだ!!」


「仕方ありませんよ団長、北辰烈技會そのものは新参のクランですけど中身は殆どベテランクランの連合軍ですし…」


「そこが気に食わんのだ!北辰烈技會の勢いに負けて飲み込まれた風見鶏に誇りある赤龍の顎門が負けることが…!」


北辰烈技會が出来てリーベルタースは焦っている、だがそれ以上に焦っていたのは赤龍の顎門だ。今までは一番がリーベルタース、二番が赤龍の顎門だった。だが今はあっさり二番の座すら烈技會に奪われ三番手に転がり落ちた。


冒険者達の王にして英雄である『大冒険王』ガンダーマンが設立したクランの有様がこれか。そう思えば涙が出るほどに虚しいのだ。


「今回優勝すれば…グランドクランマスターの座を与えられる。きっとガンダーマン様は我々赤龍の顎門がグランドクランマスターになる事を望んでいるはずだ……」


ガンダーマンの跡を継ぐためにこうして赤龍の顎門のメンバーは集まっている、ならばグランドクランマスターは我々こそ相応しい、なのにこんな有様では。


ヴァラヌスは何度も机を殴りながら怒りに吠える…すると。


『荒れてんなぁ、ヴァラヌス』


「ッ……この声は」


ふと、酒場に声が響き赤龍の顎門のメンバー達は即座に立ち上がる。ヴァラヌスも立ち上がり身の丈ほどの大剣を手に入り口に目を向ける…するとそこには。


「よう、まだ夕暮れ時だぜ?酒飲むには早いんじゃねぇの?」


「ストゥルティ!?貴様何しにきた!」


そこにいたのは薄橙色の髪のやさぐれ男…目下のところ最も憎らしいクラン・リーベルタースのクランマスターであるストゥルティ・フールマンがずけずけと入ってきていたのだ。すわ襲撃か、ヴァラヌスは剣を構え警戒する。


リーベルタースと赤龍の顎門は今まで何度もぶつかり合った宿敵だ。こうしてストゥルティが乗り込んできたこともある…だが今回はやや様子が違い。


「待て待て、俺は別に喧嘩売りにきたわけじゃねぇ」


「なら何をしにきた」


「ンなもん決まってんだろ、本戦を前に…協力の申し出だ」


「協力だと…?」


ストゥルティの申し出にヴァラヌスは思わず剣を下ろす、ストゥルティがこんな提案をしてきたことは今まで一度としてない。こいつが見せるのは敵意と悪意だけ…なのに今日は武器すら持たず友好の意を示しているのだ。


そこに更なる警戒を覚えたヴァラヌスはもう一度剣を構え。


「なのだとしたら余計に信用出来ん、何を企んでいる」


「別に、お前だって今の冒険者協会の潮流は気に食わねーんだろ」


「…………」


「惚けるなよ、北辰烈技會の台頭さ」


「烈技會か…」


納得の行く内容を聞かされ一旦矛を収める。確かにリーベルタースにとっても自分たちにとっても北辰烈技會は邪魔な存在だ。


「いきなり現れて冒険者協会で幅を利かせるアイツらは、古参のお前に取って嫌な存在だろう?」


「それはお前も一緒だ、赤龍の顎門の天下にいきなり現れ瞬く間に頭角を表した…おかげで我々はみるみるうちに転げ落ちていった」


「その時とは状況が違うと思うけどねぇ、俺ぁ実力で逸れ者を束ねた…だが北辰烈技會は違う」


「む?違うのか?ならどういう方法でクランを束ねてるんだ」


そう聞くがストゥルティはやれやれと肩を竦めるばかりで何かを教えてくれる様子はない。


「まぁともあれだ、俺としても北辰烈技會はこの際にぶっ潰してぇ…だが連中戦力だけはありやがる。リーベルタース単体でやるにはちょいと覚悟がいるんだわ…で」


「我々の協力か」


「そうだ、うちは四割、あんたは二割、合わせりゃ六割…大冒険祭に参加する冒険者の半数以上の大戦力になれば北辰烈技會も敵じゃねぇだろ?で早いうちに潰して、またいつもみたいに決勝で戦ろうや」


「…………」


「俺達ぁ大冒険祭の常連だ、長く戦ったからこそお互いの強さを理解してる。いいパートナーになれるとは思わねぇかな」


ヴァラヌスは悟る、これはストゥルティの好意じゃない。長く付き合った仲だから強さを理解してる?それはリーベルタースが赤龍の顎門程度なら後からどうとでも出来るという意味だし、事実そうだ。


赤龍の顎門には主戦力として『討龍隊』という四ツ字と三ツ字で構成された十人少しの部隊がある。龍さえ殺すこの討龍隊は赤龍の顎門にとってまさしく最強の戦力…だが。


対するリーベルタースには討龍隊の隊員クラスの冒険者が数百人単位でいる。なんなら数々の大クランが集い多くの名冒険者やクランマスターなどが集った北辰烈技會…ここは今の所最大の人員を誇っているが、そこですらリーベルタースの字持ちの数には敵わない。


リーベルタースは全クランで最も数多くの字持ちを保有するクランなのだ。そもそも真っ向勝負で敵うクランなんか存在しない。


つまり、北辰烈技會は手強いが…赤龍の顎門なら上手く御せる。だから赤龍の顎門を使って北辰烈技會を潰す…そういう話なんだ。


ナメられているんだ我々は、このストゥルティという男に…だが。


(ここで断っても、我々に未来はない…)


ここで突っぱねたらストゥルティはきっと大人しく帰る。だがそうなったらどうする?全体の二割しかない我々ではリーベルタースにも北辰烈技會にも敵わない。下手をすれば両陣営のぶつかり合いに巻き込まれすり潰されるのが関の山。


なら、例えナメられ侮られたとしても…この話は受けないわけにはいかない。


「……いいだろう、協力の話だったな。受ける」


「いいねぇ、流石…古株クランのマスターなだけあるぜ」


「喧しい…!で、どうするんだ。北辰烈技會との戦争の最前線に配置する、なんて槍玉に上げるような真似するなら我々は受けんぞ」


「勿論勿論、北辰烈技會は俺達が潰す。アンタらにはその補佐をしてほしいのさ」


「補佐?」


そういうなりストゥルティはその場で机に腰をかけ、足を組むと共に…。


「ああ、無所属の連中に邪魔されたくねぇし…取り敢えずそいつらを潰してほしいんだわ」


ペロリと悪巧みするように舌舐めずりをしたストゥルティは怪しく笑う。この男は信用出来ない、だが…『勝つ』という事柄に関してこの男以上に真摯な男はいない。


「名前はステュクスってんだけどさ…、取り敢えず酒でも飲んで話そうや」


「チッ、仕方あるまい」


ならば、乗ってやろうとヴァラヌスは席につき、ストゥルティの話を聞くのだった。


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