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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
694/838

637.魔女の弟子と波乱の予選

大冒険祭予選、それはレッドゴブリンの右耳を十個持ち帰ると言う単純な討伐依頼…に見せかけた早い物勝ちの合格枠争奪戦だった。大冒険祭に参加したエリス達は早速予選突破の為四つあるレッドゴブリンの群生地である西部チデンス渓流へと一番乗りでやってきた。


その筈なのに…チデンス渓流にやってきたエリス達が見たのは。


「『ファイアークラッシュ』!」


「ギャァァァ!」


「こっちに逃げたぞ!追いかけろ!」



「何がどうなってんだ…一番乗りじゃなかったのかよ!?」


既に始まっていたレッドゴブリン狩りだった。千人近い冒険者達がエリス達に先んじてレッドゴブリンの討伐に乗り出しており、既にチデンス渓流にはレッドゴブリンが殆どいないと言うのだ。


一番乗りのはずだった、ライバルは蹴散らしたし横並びに出発したやつはいなかった、追い抜かれた気配もなかった、なのに…先手を打たれていたんだ。


その事実に混乱するエリス達はその場から動けず動揺する。どうなっているんだと全員が口にする…。


「ら、ラグナ…我々は一番乗りだったよな」


「ああ、間違いなくな…いつも遠視で監視してた。けど事実がこれだ…まさか俺達の知らない近道とかがあったのか?」


ラグナがこちらを見る…しかし、あり得ない、それも。


「あり得ません、エリス達は最短ルートで来ました。エリス達より早くここに到着するなら必ず同じルートを通る筈です…」


「じゃあなんでこんな事になってるんだ…?」


「…………」


可能性を考える、エリス達はスタートと同時にライバルを蹴散らし最短距離で進んできた。魔力機構によるサポートと名馬ジャーニーの推進力はエリスからしても大したもんだと思うくらい速い。生半な馬車では同じタイミングで出発しても追い抜かれることはない。


ましてやエリス達の知らないルートなんてあるわけがない…ならどうやったんだ。どうやって。


「『レッドインペイル』!」


「ゴギャァアアアアア!」


「……ん?」


また目の前でレッドゴブリンが狩られた…そんな中、ラグナが気がつく。


「なんか、おかしくないか?」


「え?」


「いや、大冒険祭の予選の内容はレッドゴブリンの討伐そのものじゃない。耳を持ち帰る事だろう?」


「え?ああ…そうだな」


「なら……」


そう言って再びラグナは目の前で狩りを続ける冒険者達を観察する。すると…一つの法則に気がつく。


「喰らえ!『ファイアーボール』!」


「ギャァァァ!」


冒険者が炎の魔術を使いレッドゴブリンを焼き尽くす…ん?さっきの冒険者も炎の魔術を使っていたな。あれ?と言うかよくよく見てみたら…。


「みんな炎の魔術を使ってる?」


「何か考えてんだあれ、炎で焼いちまったらレッドゴブリンの耳が残らねーじゃん」


ふと、アマルトさんの言葉に…みんな気がつく。そうだ、そうだよ!よくよく見てみたらみんな炎の魔術しか使ってない!誰も耳を回収してない!?バカな!こいつら予選の内容を聞いてないのか!?


いくら倒しても耳を持ち帰らないと倒した証明にならないよ!……いや、もしかして!


「ちょっと貴方!耳も取らないでレッドゴブリンを狩ってどう言うつもりですか!」


「ああ?」


一つの疑念が浮かび上がりエリスは先程レッドゴブリンを焼き殺した冒険者に怒鳴りかかる、すると冒険者はうざったそうにこちらを見る。足元のレッドゴブリンは完全に炭化してる、もう耳も回収出来ない…。


「貴方、これじゃ耳を回収出来ませんよ」


「はぁ?何言ってんだあんた、…耳なんか回収する意味ないだろ」


「……やっぱり貴方」


「え?え?どう言うこと?エリスちゃん」


その冒険者の言葉を聞いて疑念が確信に変わる、デティはエリスが何かに気がついた事を察知しキョロキョロとみんなの顔を見回す。


「そう言うことかよ…!」


「やられたな…」


「ちょっと!みんな何に気がついたの!ねぇあんたも!これどう言うこと!?」


「…………」


勘の良いラグナやメルクさんは気がついた、されどそれでも気が付かないデティが冒険者に詰め寄る。なんで耳を取る必要がないのか、どうやってエリス達より早くここに来たのか、その答えを求めるように叫ぶ…だが冒険者は答えない。


ならエリスが代わりに答えてやるよ。


「貴方、冒険祭開催前からここで狩りをしてましたね」


「えっ…開催前から!?本当!?エリスちゃん!」


そう、彼は…いやここにいる冒険者は全員大冒険祭開催前からここにいたんだ。スタートの合図を待たずにここに向かえばエリス達より早くここに来れますからね。


「じゃあスタート前からここにいたってこと!?フライングじゃん!反則じゃん!無しだよこんなの!無し無し!あんた反則負け!」


「なんだこのチビ…さっきから何わけの分からねー事言ってんだよ」


「だから!そんなの反則だから大冒険祭のルール違反だって……」


「だから知らねーよ、俺達参加者じゃねーもん」


「え?」


そう、…そうなんだ、彼等は参加者じゃない。だから耳の回収なんかしなくてもいいんだ、彼らは…『ただ偶然ここにいただけ』で、大冒険祭に参加すらしてない。だからこっちの事情なんて関係ないんだ。


「さ、参加者じゃないの?」


「そーだよ、俺達はただ依頼を受けてここにいるんだよ。レッドゴブリンはある一定以上に数が増えると巣の外に出て周囲を襲う傾向がある、んで最近レッドゴブリンが近隣の村を襲い始めたからなんとかしてくれーって言われてさ。だからこうして討伐してるんだよ、文句言われる筋合いなんか無いだろ?仕事なんだから」


「そ、そんなの…そんな、じゃあアンタたちがここにいるのは…偶然?」


「ああ、ってことはアンタら大冒険祭の参加者か?気の毒だなぁ。その様子を見るにレッドゴブリンの討伐でも課されたか?だが残念ここはもうにはレッドゴブリンはいねぇよ、他所を当たりな」


「そんな……」


彼らがここにいるは依頼を受けてレッドゴブリンを討伐する為で、大冒険祭は関係ない。だからここでエリスたちがいくら文句を言っても仕方ない。彼らがここにいるのは偶然、偶々、依頼を受けただけなんだから。


『なんだこれ!?もう狩り尽くされてるのか!?』


『こんなに早く来たのに!?そんなのおかしいだろ!』


『っていうか死体が燃やされてるじゃないか!これじゃあ耳が取れない、なんだってこんな意味不明な…』


どうやらエリス達の後を追ってやってきた参加者達も渓流に到着をしたようだが…この惨状を見て膝を突きショックを受けている。そりゃそうだ…折角速くここに辿り着いたのに、これじゃあ予選突破なんてできないんだから。


「不運だったな、だがこっちだって仕事なんだ。レッドゴブリンが村を襲ったらそれこそ大冒険祭どころじゃ無いだろ?まぁこういうこともあると思って、他を当たりな…まぁもう遅いだろうがな」


そう言って冒険者はエリス達に立ち去るように言ってくる。偶然討伐依頼が出されていたせいで、大冒険祭とは関係のない冒険者が事前にレッドゴブリンを狩り尽くしてしまっていた。これでは西部チデンス渓流に向かった冒険者は全員失格だ。


だがそれでも仕方ない…偶然依頼が出されていたんだから。でも、それはあんまりにも出来すぎな話じゃないか?


「……この討伐依頼の依頼人な誰ですか」


「……………」


「依頼手配書ありますよね、それ見せてください」


「断る、っていうかアンタらそんな暇ないだろ、俺も仕事だ。じゃあな」


立ち去ろうとする冒険者の背中が……被る、重なる、ダブる。予選前にエリス達に会いにきたストゥルティの背中に…。そして奴が語ったあの言葉…。


『予選、突破出来るといいな?』


………やられた、やられた…!やられたッ!!


「リーベルタースですッ!奴ら!事前に冒険者達に依頼を出してレッドゴブリン討伐の依頼を出してたんです!」


「う、嘘ぉ!?」


これを仕組んだのはストゥルティだ、でなければこんな偶然あり得ない。これは奴等が仕組んだ事なんだ…奴等は事前に冒険者達に依頼を出してレッドゴブリン討伐をさせていたんだ。そうして他の冒険者が予選を突破出来なければ本戦に乗り込めるリーベルタース団員の数が増える。そうなれば必然リーベルタースの優勝もそれだけ近くなる!


奴ら、大冒険祭に勝つ為に最初からこんな手を仕掛けてきていたんだ!


「あ、ありなの!?それ!そんな事されたら他の参加者がクリアできないよね!ねぇステュクス君!これ違反じゃ無いの!?」


「いや…違反じゃ無いです、というより依頼を出された以上冒険者には討伐を行う義務が発生します」


「でもそれを意図的に…同じ冒険者が他の冒険者を貶める為にやったのなら…」


「いや、それもちょっと怪しいですね。ここまでするんです…多分依頼人自体は本当に近隣の村人なんだと思います。ただそいつらに金を握らせて村人名義で依頼を出させればいいだけで、ここにいる冒険者達に金を握らせて依頼を受けさせれば…リーベルタースの名前はどこにも現れないですし、関係性を立証するのは難しいっす…つまり」


「完全にしてやられたわけだ。ストゥルティ・フールマン…こりゃ相当本気で勝ちにきてるな」


「最低だよ!こんなの!」


…冒険者協会最強にして最低の男、ストゥルティ・フールマンか。その二つ名に違わぬ辣腕振りだ。まさか予選開始前から手を打ってきているなんて…。


もっと急いでここに到着したらよかったのか?ここに来るなり一目散にレッドゴブリンを狩ればよかったのか、…いやもしこの冒険者達の後ろにいるのがストゥルティなら、奴等はエリス達の動きを妨害するだろう。


かと言ってエリス達はレッドゴブリンを狩る冒険者達の活動を止める事はできない、彼等には依頼を受けたという大義名分がある以上それを邪魔すれば最悪冒険者資格取り消しの危険性もある。


「どうすればいいのこれ!」


「…………分からない」


打つ手なし、もうレッドゴブリンはこの渓流にはいない…じゃあエリスが今から東部か南部に飛んでいって、いやそれも無意味か。そちらはもう大クランが狩りをしているしここ以上に狩りを行うのは難しいだろう。


となると八方塞がり、ここからどうすれば…。


「何ボーッとしてんだよお前ら」


すると、アマルトさんがポケットに手を突っ込んだまま呆れたように首を横に振る。その態度に腹が立ったのかデティは牙を剥き。


「何さその言い方!アンタは悔しくないわけ!?」


「悔しい?別に悔しくねぇよ、だって…まだ負けてねぇだろ、負けって決まったわけじゃねぇだろ。ストゥルティのせいで予選を突破出来ずアイツに目の前で嘲笑われたら腹も立つが…まだやれる事があるならまずは動こうぜ」


「ッ…そうだな!」


アマルトさんの言葉に全員が動き出す、そうだ…まだ負けてない。これで勝負がついたわけじゃないしストゥルティが勝ったわけでもない、まだ予選は続いているならやれる事はある筈だ。


故に動く、そしてこのチームを動かすのは。


「よし、みんな一旦馬車に戻るぞ」


ラグナだ、彼は馬車の方に戻る…しかしそれに疑問を呈するのはデティだ。


「え?ラグナ、戻るって…今からみんなでここでゴブリン探したほうが良くない?」


「無駄だ、デティが探していないならもう居ないだろう。なら下手に駆けずり回って時間を浪費するより指針を明確にしてからの方がいい…そして、指針を明確にする為の話は馬車の中でした方がいい」


「え?」


ラグナが睨む先をデティも見る。その先にいるのは…木陰で休んでいる連中。ストゥルティが雇った冒険者達だ。そいつらはラグナの視線を受けるなり舌打ちをして何処かへと消えていく。


…もしエリス達がここで話し合いをしたなら、奴らはきっと邪魔しただろう。事故を装うとか、言い掛かりをつけて話し合いを中断させたりとか、色々やってね。だがエリス達が馬車の中に引っ込んだなら奴等は出来る事はない。


アイツらは大冒険祭の参加者ではない、故にアイツら自身も他冒険者の活動を直接妨害する大義名分自体は無いんだ。だから偶然を装う必要がある、馬車の中にいる連中の邪魔までは出来ない。


「チッ、クソうぜぇ…」


「ラグナ、イライラしないでください」


「すまん、しかしどうしたもんかな…」


ラグナは腕を組んだまま馬車の中に戻る。当然エリス達も一緒に戻る…そしてリビングで色々資料を広げ、地図を広げ、考えを巡らせる。


「なぁステュクス、レッドゴブリンの生息地ってのは他には無いのか?」


「一応あるっす、中部には東西南北の四つってだけでマレウス全体で見れば他にもあるかもしれません…けど、すんません。詳しい場所までは…」


「つーかさ、俺思ったんだけど…」


すると、そこで手を叩いてアイデアを出すとはアマルトさんだ。彼はソファに座りながらペロリと舌を出して…。


「予選の内容はレッドゴブリンを倒すことではなくレッドゴブリンの耳を持ち帰り討伐の証明する事だろ?だったらさ、耳自体を持ち帰りさえすればいいんじゃね?」


「どういう事ですか?」


「例えばさ、そこら辺を探せばまだ息のあるレッドゴブリンがいるかもしれねぇ、そいつをデティの治癒で治して右耳を取る、そしてまた治癒魔術で右耳を生やしてそれを取る。これを繰り返せばあら不思議!一体しか倒してないのに十個の右耳!どうよこれ」


「ど、ドン引きです……」


思わず引く、なんでそんな非人道的な事思いつくんですかアマルトさん…。いくら魔獣だからってそんな耳を取るためだけに何度も治癒するのは流石に可哀想というか。エリスにもそう言う部分に対して忌避を覚える倫理観は持ち合わせてますよ。


しかし、まぁ現状を考えるなら有効な手にも思える、がしかしステュクスはそれに首を傾げ…。


「それ出来るんすかね、いや例え出来るとしてもやばく無いっすか?」


「なんでさ」


「いや、治癒で治すって事は同一の耳が十個増えるってことですよね。ってことは本来あるはずの耳の個体差っていうか、耳って同じように見えて実際みんな形が違いますよね…でもその方法だと全く同一の形をした耳が十個になる。これって偽物とかって疑われるかもしれないっすよ」


「あ…そうか、いや疑われるか?」


「一応、大冒険祭には反則や違反を取り締まる審査員がいます、冒険者の中にはレッドゴブリンじゃないゴブリンの耳を赤く染めて提出する奴とかも居るかもですしね。そう言う偽物を看破する審査員に弾かれたらその場で失格ですよ」


「マジか…」


確かにその通りだ、冒険者には小狡い奴もいる。レッドゴブリンの耳とは違う耳を偽装して提出する奴も必ずいる、そう言う反則を取り締まる審査員がいるのも頷けるし、多分全く同じ形をした十個の耳を見たら偽物と疑われる可能性も高いな。


倒した証明が本物である証明までしなきゃいけないのは面倒だ。


「第一無理だからね魔獣の体を人間みたいに完全治癒させるのは」


「あ、そうなの?」


「体の構造が全然違うでしょ!」


「そう言うもんかぁ…じゃあ今からサイディリアルで待ち伏せして、レッドゴブリンを倒して耳を持ち帰った冒険者から耳を奪うのは?」


「それも反則でしょ…」


倒してこいって言われてんだから、倒さず耳を手に入れるのは多分全部反則だよ。と言うかよくもまぁそんな汚い手が次から次へと…。


「でもさ!反則なしでここから巻き返して勝つのムズくねぇか!?実際さぁ!」


「まぁそうだな、レッドゴブリンがいるのは東西南北の四つの棲家だけ。うち三つは大クランに占領され最後の一つは事前に潰されていた…となるともう打つ手は……」


メルクさんが呟く、実際考えたところで答えなんか出るのかと仄暗く表情に影が差す。もう中部にはレッドゴブリンは居ない、となるともう反則しか……。


「……待てよ」


そんな中、ステュクスはジッと虚空を眺め…。


「テルソン村の…家畜被害…」


「ん?どうした?ステュクス」


「……もしかして、ちょっと地図借りてもいいっすか!?」


「え?あ…おい!」


するとステュクスは咄嗟に地図を確認してワタワタと指先で色々と確認しているが、…はぁ。手間が悪いと言うか手際が悪いと言うか。何がしたいかは分からないがあんまりモタモタされても困る。


テルソン村…そんな言葉を言っていたな。


「えっとテルソン村テルソン村…どこだ」


「ここですよステュクス」


「あ、姉貴」


エリスは咄嗟にステュクスの隣に立ち地図のテルソン村の地点を指差す。それはこのチデンス渓流から最も近くにある農村だ。大きくは無いがそれなりに人がいる村…恐らくここからあの冒険者達にレッドゴブリン討伐依頼が出て、それを引き受けた冒険者達がここでレッドゴブリンを狩っていたんだろうな。


「で?テルソン村がどうかしましたか」


「いや、実はちょっと前に俺…リーベルタースに虐められてる新人冒険者を助けた事があってさ。そいつが手に持ってた依頼書の内容が…確かテルソン村で起きてる家畜被害の原因究明だったんだ」


「家畜被害の…原因究明」


よくある依頼だ、一夜のうちに牧場から牛や羊が消えるなんてのは…本当によくある。だからそれらを調査するのも冒険者の仕事だが……場所が問題だ。


「アルタミラさん、貴方の魔獣図鑑借りてもいいですか?」


「いいですよ」


ステュクスの意図を察してエリスは咄嗟に魔獣図鑑を開く…するとやはり書かれている。


『レッドゴブリンは主に人を襲う、されど身体構造が人に似通っている為食事を必要としており人を襲えない時は、家畜を襲う場合がある』と…。


「レッドゴブリンはある一定以上の数になると外部に出て狩りを行うこともある種族…そしてその近郊の村で、不自然な家畜被害ですか…」


「なぁ、姉貴!これってもしかして…!」


「……まさか、近郊の村で本当にレッドゴブリンの被害が出てたのか!」


レッドゴブリンを狩っていた冒険者が言っていた、レッドゴブリンはある一定の数になると外に出て村を襲うと。村が襲われるかもしれないからレッドゴブリンを狩っている…それが例の冒険者達の理屈だったし、ストゥルティが用意したカバーストーリーだった。


けどもしかして…本当に近くの村でゴブリン被害が出てるのだとしたら。


「まだ、いるかもしれない!このテルソン村付近にレッドゴブリンが!」


「ええ!?でもまだレッドゴブリンと決まったわけじゃ無いよね…もしかしたら別の魔獣が普通のゴブリンかも」


「いや、でも…!」


すると即座にステュクスは動き出し剣を持ち装備を整えると…。


「可能性があるなら!動きましょう!違ったら違ったでまた別の方法を探します!でも今はこの可能性に賭けるんです!」


「ステュクス君……」


吠える、可能性があるなら動こうと。その言葉に…エリスも深く頷き。


「よく言いました!ステュクス!その通りです!よっし!すみませんラグナ!エリスちょっとテルソン村まで行って見てきます!」


「あ、ああ!分かった!寧ろレッドゴブリンがいたら全部倒してこい!んでもってこっちに戻らずサイディリアルに戻って耳を届けてこい!俺達も後から戻る!」


「分かりました!」


ここからならエリスが飛んで行った方が速い、そう思いエリスが馬車から飛び降りると…。


「姉貴!俺も行く!」


「エリスちゃん!私も!」


「え!?ステュクス!?デティ!?」


ステュクスとデティも続くのだ…だが、そうだな。分かった!


「分かりました!ステュクスはエリスに掴まって!デティは覚醒でついてきてください!」


「りょーかい!魔力覚醒『デティフローア=ガルドラボーク』ッッ!!」


「おう!え?掴まる?何言って……」


「行きます!冥王乱舞ッ!点火ッッ!!」


「ちょっ───!?」


飛ぶ、ステュクスを掴み背中に乗せて空を飛ぶ。そこに追従するのは魔力覚醒で全身を魔力に変え、その上で数百の加速魔術を発動させたデティだ。もしエリス達の推測が正しければテルソン村付近にまだ襲撃に向かったレッドゴブリンがいる筈だ。


そいつらが何体かは分からない。だが…これはストゥルティ達も掴んでいない事実のはずだ、こちらに手は打たれていない…なら!


「ッ…エリスちゃん!いるよ!」


空を駆け抜け草原を超え見えてくる農村、牧場がいくつもあるその様がよく見える草原の上に立つ村が視界に入った瞬間、デティが魔力探知にて見つける…それは。


「あそこの岩陰!」


「そこですね…!」


村の近くの岩場、その影にいるわいるわ真っ赤なゴブリン達…しかも数十近く。やはりいたなレッドゴブリン!っていうか!


『だ、誰かー!誰か助けてー!』


「子供が…!」


岩の近くに一人の子供がいる。恐らくレッドゴブリンに連れ攫われたんだろう…岩を背に泣きながら助けを求める小さな女の子を囲むレッドゴブリンは手に家畜の骨で作ったナイフを持ち舌なめずりしている。


襲われている、襲われている、襲われているんだ子供が!許せんッ!!


「行きますよ!デティ!」


「うん!ってか跡形もなく消し去らないでね!」


そのまま一気にエリスとデティは急降下し……突っ込む、レッドゴブリンの群れに真っ向から叩きつけるような突撃をかます。冥王乱舞による最高加速による体当たり、それはもう隕石で呼んでも差し障りない程の勢いに達し…。


「冥王乱舞・星線ッ!」


「『不折不曲のセイレム』ッ!」


「ギギ!?ギャァァァ!?!?」


エリスとデティ、二人揃って最高加速に至ると共に叩き込む飛び蹴りが大地に叩きつけられその衝撃波でレッドゴブリン達が吹き飛ぶ。と同時にエリスにくっついていたステュクスが即座に飛び出し…。


「うぉっっ!危ねぇ!!けどそれより…!」


ゴロゴロと地面を転がりながら剣を抜き、立ち上がると同時に星魔剣にて一閃、少女を囲むレッドゴブリンの首を刎ね飛ばす。


「その子から離れろやッ!」


「ゲゲッ!ニンーゲンッ!」


「喧しいわっ!」


レッドゴブリン達は少女からステュクスに狙いを変え次々とナイフを手に軍隊さながらの連携を見せ次々と襲いかかる。死を恐れない連携は一匹殺されるその瞬間に第二撃として二匹目が突っ込んでくる…この連携にそこらの冒険者はやられてしまう、それがよくある流れ。


だがステュクスは違う。


「遅いんだよッ!」


「ゴゲェッ!?」


正面から来たゴブリンを一刀両断、と同時に背後から迫るゴブリンを後ろ蹴りで粉砕し横から突っ込んできたゴブリン達を肘打ちで叩きのめしあっという間に数体倒してしまう。


…彼もまた魔力覚醒の使い手、第二段階に至った者。レッドゴブリン程度には遅れを取らないか。


「姉貴!女の子は俺が守る!姉貴は思いっきりやれ!」


「フッ…言われずとも、デティ!行きますよ!」


「あいあい!」


ステュクスに負けてられない、エリス達もやらねばと正面にでエリス達を狙う数十のレッドゴブリン達を前に拳を合わせ肩を並べるようにして構えるエリスとデティ。


「丁度いいや、エリスちゃんあれやろう!合体技!」


「いいですね…!練習の成果を見せますか!」


……カルウェナンとの戦いで学んだ、マレフィカルムにはエリス達を遥かに上回る敵が多くいることを。だからこそ格上相手には弟子同士の連携が不可欠だと思い知ったんだ。

カルウェナンの時は付け焼き刃の即興連携だったが、ここらで本格的に合体技を練習しておこうとエリス達は全員でそれぞれ合体技を練習したんだ…それをここで使う。


エリスとデティの合体魔術!二人の覚醒の特徴を重ねた魔術!


「行きますッ!!」


そうしてエリスが手を突き出したのは…デティの体だ、彼女の体は今肉の器から解放され魔力のみによって体が構成されている。故にエリスの手はずっぷりとデティの中に沈み込む。そのままもう片方の手も突っ込み…両手をデティの中に入れたまま全身の魔力を高める。


「デティ!」


「オーケー!」


デティの体が形を失いエリスの手の中に収まり、白い炎へと変わる。今のデティは魔力の塊だ、超高密度の魔力圧縮体なんだ。それを全て…エリスの超出力で古式魔術として発射したらどうなるか。これはそんな疑問から生まれた大魔術…その名も。


「『冥導・雷声大天道』ッッ!!」


「ギッ…!?」


魔術の威力を決めるのは『魔力密度』と『魔力出力』、超高密度の魔力体であるデティの体にエリスの魔力を流し込み纏めて古式魔術『火雷招』へと変化させ、それを受け取ったデティは内側からそれを操り増幅させ通常のそれよりも何倍にも強力に高める。


絶大な魔力量を持つデティを圧倒的な出力量を持つエリスが魔術として放つ。それは最早エリス一人で放つ魔術の絶対量を大幅に超過した一撃となりゴブリン達に迫り…そして。


「よしっ!」


拳を握る、と同時に放たれた雷が爆発し地面が抉れ返る。大地が揺れ大穴が開き瓦礫の雨が降り注ぎ巨大な土煙が天へと昇り焦げ臭い匂いが充満する。


今エリスの目の前には、ゴブリン達がいた場所には、大地を削るような巨大な道が広がっておりバチバチと余波が迸る。実戦で使ったのは初めてだったが…上手く行った!


「私が魔力になって、エリスちゃんの魔力出力で魔術として射出する。うん、理論通りの威力だね」


「デティ!」


そしてエリスによって飛ばされたデティはそのまま雷となりエリスの隣へと舞い戻る。デティの体には常に古式治癒が渦巻いている。だからデティの体をいくら消費しても問題ないんだ。


「けどちょっと火力が高すぎるね、これはこれで考えものかな…っと、これ」


「あ、耳」


「エリスちゃん加減し損ねて消し飛ばしちゃうんだから。咄嗟に耳は確保しといたよ」


ニッと笑いながら十個の耳をての中から出すデティにエリスは頭を下げる。雷として飛びながら耳まで確保するとは…器用なことしてくれたなぁ。


「姉貴!やりすぎだっつーの!」


「でも耳は確保したみたいですし、よかったでしょ」


「え?マジで?…じゃあまぁいいか」


「それより女の子は?」


「帰しといたよ…しかし」


するとステュクスは険しい顔をして、村の方を見る。見るからに不機嫌そうだ…。いやまぁなんとなく分かりますよ、彼がなんで不機嫌か。


「やってくれたぜリーベルタース。連中がもっとしっかりしてりゃテルソン村にもレッドゴブリンが出てることくらい気がつけただろ、下手にカバーストーリーで覆い隠したから…他の冒険者にこの話が行かなかったんだ」


リーベルタースがテルソン村付近にレッドゴブリンが出た…だからチデンス渓流に冒険者が赴きます、なんてカバーストーリーを作ったせいで危うく死人が出るところだった。


もしかしたら、討伐依頼自体は本当に困った村人が出したものなのかもしれない。そこをストゥルティが利用したのだとしたら…ストゥルティは最低の冒険者どころか、冒険者失格だ。


「ま、そのおかげで耳は確保出来たんだしいいんじゃない?」


「そういう問題じゃ!……ないっす」


デティに対して吠え立てようとしたが…まぁそれはそれとして確かにストゥルティ達の粗に助けられた部分もあることに気が付いたステュクスはトーンを落とす。そしてそんなステュクスの内心を読み取ったデティもまたそれ以上何も言わず小さくエリスの方を見る。


「まぁ、ともかく、無駄話もアレです…今すぐサイディリアルに戻りましょう」


ラグナは耳を確保し次第サイディリアルに持ち帰れと言っていた。エリス達が飛んでいった方が速いからという理由だろう。ここからサイディリアルまで向かうと消耗が激しいが…もう戦闘はないし構わないか。


ともあれ、なんとかなった。ならば早めに行こうとエリス達はその場から飛び立ちサイディリアルを目指すのだった。


………………………………………………………


「うん、確かにレッドゴブリンの耳十個。確認致しました」


「で、合格ですか?」


「はい、九百八十二番目なので合格枠ですね。エリス様達のチームは本戦進出でございます」


「ゔっ!?ぎっりぎりぃ〜〜……」


それからサイディリアルに戻り、冒険者協会本部へと駆け込んだエリスとステュクスとデティの三人は協会の受付に耳を十個提出し…なんとか予選突破となったのだが。


エリス達は九百八十二番目らしい…つまり一度ラグナのところに戻ってからゆっくり帰還していたら間に合わなかったということ、いや下手をすればもっと遅れていたら普通に予選で敗退してたかもしれないんだ。


ギリギリの突破にエリスはドッと嫌な汗をかき、そして合格出来た安堵感にその汗を拭う。


「ギリギリだったねエリスちゃん、いやぁ危なかったねぇ」


「デティさん…覚醒中背が伸びるんすね…、それともその姿は体力の節約…?」


ステュクスとデティも取り敢えず合格出来た事に安心してようやく笑みを見せる。正直サイディリアルに戻ってきた時…焦ったんだ。


思ったよりサイディリアルに戻ってきている冒険者の数が多かったんだ。見た感じ全員クラン所属だった、…エリスもそれなりに旅の心得はあるから移動スピードには自身があったが、やはり本職冒険者の…それも上澄と言われる人達の行軍スピードには劣るようだ。


「ともかく合格です、ラグナ達が戻るまで待ちましょうか」


「だな、俺の家に戻って休もうぜ」


『ん?あ?なんでお前らが……』


「む…」


ふと、人混みの向こうから現れた影にエリスとステュクスの目つきが鋭くなる。エリス達がこんなに苦労した元凶にして、色々やってくれた犯人。そいつがいけしゃあしゃあと現れたんだから…そりゃキレもしますよ。ねぇ、そうでしょう?


「ストゥルティ……」


「テメェら西部方面に向かったはずだろ…、どうやって予選クリアしたんだ」


ストゥルティだ、彼はなんとも意外そうに目を丸くしており…ってか、その態度的にやはりこいつが犯人だったか。まぁ疑う余地はありませんでしたけど。


「さぁて、どうやってでしょうね。どっかの誰かが雑な仕事をしたからでは?」


「……チッ、予選で落ちてりゃよかったもんを。テメェら分かってんのか、本戦に上がれば今回みたいに俺達との直接対決を避ける…なんて真似は出来ねぇぜ。これがどう言う意味か分かるよな」


「そりゃ好都合ってもんですよ」


ストゥルティはエリス達を見下し舌を打つ。本戦に上がれば直接対決を避ける方法はない、別の方向に進んでどうのこうの…なんて事は出来ないぞと、脅しをかけるストゥルティにエリスは腕を組みながら睨み返す。


上等だよ、それはつまりこいつらも逃げられないって事だろうが、なら直接目の前に行ってぶっ潰してやる。


「威勢がいいなエリス、だが分かってんか?」


「何がですか」


「フンッ…、ノーミード」


「はい、ボス」


すると、現れるのはストゥルティの腹心が一人、四大神衆が一角『蓐収白虎』のノーミード…白髪白ドレスの筋肉質の褐色少女、それが前に出てエリスをギロリと睨み、虎の如き牙を剥き。


「教えてやれ、ノーミード」


「はい、今回の予選で突破した千組のうち…四割を私達のリーベルタースが占めています。残り三割が北辰烈技會、二割が赤龍の顎、一割が無所属です…つまり今回突破したクランはダントツで我々です」


「そりゃ当たり前だろ!あんな汚い真似しておいて!」


「ああ?」


咄嗟にステュクスが言いがかりをつけるも、ノーミードが凄まじい威圧を放ちながら更に一歩前に出る。


「なんだよオイ、アタシらがなんかやったか?お前の邪魔でもしたか?その証拠がどこにもあんだよオイ」


「そ、そりゃ…けどあんなのお前らくらいしかやらねぇだろ!」


「それが言いがかりだってんだよ、テメェらの無能さを!アタシらの所為にするんじゃねぇっ!」


「ッ……」


その瞬間、ノーミードは拳を握り一気にステュクスに向けて振り抜いた。風を切り轟音を鳴らす爆撃の如き一撃、それはステュクスの顔面を狙い…。


「なんですか?『ソレ』がお望みですか?」


「あ?」


がしかし、それを目の前で許すわけがないでしょうが…エリスが。今はステュクスもエリス達のチームなんですよ、それをお前…いきなり暴力で潰そうってか。

故にエリスは横に腕を出しステュクスに向けられた拳を手で掴み、受け止める。そんなエリスの行動にノーミードは眉をピクリと動かし。


「あ、姉貴…!」


「なんだテメェ、アタシとやりたいのかよ」


「それはエリスが聞いてるんです…エリスと、ここで、やりたいのかって…!」


ノーミードがエリスを吹き飛びそうと更に腕に力を込める、エリスもそれに応え更に握る力を強め二人の力が拮抗し行き場を失った力が地面に向かい、木の床が割れ…更に拮抗する。


「グッ、テメェ…魔力の扱い方を心得てやがる、素人じゃねぇな」


「さっきからエリスの話を聞かない奴ですね。やるって言うんなら、この程度じゃ済みませんよ、エリスが優しく聞いてるうちに…答えなさい」


「チッ……」


二人の腕が重なり合い、力と力でぶつかり合う…そんな中ノーミードは牙を剥き、内側の魔力を蠢かせ、渦巻き、収束させる…これは、魔力覚醒?こいつこんなところで覚醒するつもりか。

参ったな、冥王乱舞での長距離移動でちょっと消耗してるんだよなぁ。さぁて、この消耗した状態でどうやって勝つかな、デティに回復してもらおうかな…。


「やめろ、ノーミード…こいつらも一応本戦参加者だ、競技外でやると俺達まで失格にされかねない」


「ッ……済みません、ボス」


しかし、ストゥルティは戦うことを許さず。彼の言葉に従いノーミードもスッと引いていく、チキったな。そんな風に煽るように鼻で笑うとノーミードはこちらに視線を向け。


「チッ、テメェエリスとか言ったな…」


「ええ、そうですけど」


「……思ってたより強いな、やっぱ…手先なだけはある」


「は?エリスが誰の手先だってんですか」


「ケッ、ウゼェ…」


「ちょっと待ちなさい!」


「エリスちゃん!熱くなり過ぎない熱くなり過ぎない、クールクール!」


なんか、よく分からないことを言って後ろに下がっていったノーミードを追いかけようとしたが…ダメでした、デティに止められました。まぁ確かにこのまま進んでいたらエリスはリーベルタースのアジトまで突っ込んで行ったかもしれませんし、これでよかったのか。


「まぁいい、上がって来たもんはしょうがないし、次の競技で潰してやるよ。言っとくが予選みたいなお遊びと思うなよ?生命の心配をしておけよ」


「本戦に上がって来たウチの四割がリーベルタースでしたね。一回戦で無所属の1チームに優勝候補が蹂躙されたら…この大冒険祭はどうなってしまうんでしょう。エリスはそっちのが心配ですよ」


「はっ!いいやがる。なら楽しみにしてるぜ?お前らの豚みてぇな断末魔をよぉ!」


そうしてストゥルティは去っていく。その後ろ姿をエリスは腕を組みながら鼻で笑い…ため息を吐く。しかし思ったよりも部下が強かったな…ノーミードか、軽く腕比べをした感じだが…冥王乱舞を使わなければ押し切られていたかもしれない。


そしてそんなノーミードでさえ、ストゥルティには敵わないか。これはちょっと…油断できないかも。


「姉貴、度胸あるよな」


「何がですか?」


「いや、相手は冒険者協会最強の男に最大のクランだぜ?俺そんな風に啖呵きれないよ…」


「関係ありませんよ、相手が強いってのは…自分を曲げる理由にはならないだけです」


「ある意味すげぇよ…そういうところ」


何やらガックリ肩を落とすステュクスに首を傾げる。そんなに変な事だろうか、相手が強くても挑めばいいし、それで負けたらまた立ち上がればいいし、それで死ぬならそれでいい。自分を曲げて一生恥辱と屈辱に塗れて布団の上で老衰で安らかに死ぬより何千倍も。


「尊敬するよ、……取り敢えずラグナさん達が来るまで俺の家に行こうぜ」


「分かりました、ハルさんともお話ししたいですしね」


取り敢えず予選は突破、数日後に本戦が始まるからあんまり余裕はないけど今回はあまり消耗していないし大丈夫だろう。それより…次の競技は何になるんだろう。予選みたいに直前まで隠されるんだろうな…そういう意味では対策が立て辛…………あれ?


「…………」


「おん?どうした姉貴」


「どーしたの、エリスちゃん」


ふと、立ち止まったエリスにステュクスとデティが気がつくが…それどころじゃない。一つ気になる点がある、その事について考えていたら…色々と連鎖的に思いついてしまった。


「どったのエリスちゃん」


「……ねぇ、ステュクス」


「ん?何?」


「予選の内容って、事前に知らされてました?」


「いや?マジで開始直前で発表されてたろ?それまで俺もみんなも知らなかったと思うけど」


「ですよね…なら、なんでストゥルティは事前にチデンス渓流に冒険者を派遣できたんですか?」


「え?……あれ?なんでだ」


そう、気になる点というのはストゥルティが事前に冒険者をチデンス渓流に派遣していた事。予選の内容は出発直前に知らされた…筈だ。だがそこで急いで冒険者を派遣したとてエリス達より先に着くのはあり得ない。


冒険者達は数日前からチデンス渓流でレッドゴブリンを狩っていた。だが発表もされていないのに一体どうやってストゥルティはそんな的確に動く事ができたんだ?これは完全に予選の内容を先んじて知っていないと出来ない行動だ。


「ピンポイントでチデンス渓流の、それもレッドゴブリンを狙うなんて…予選の内容を事前に知ってないと出来ませんよ」


「おいおい、でもそれ無理だぜ姉貴。昔から競技内容はトップシークレットで管理されてるんだ…競技者の公平性を守るためにな、それが…事前に知られてたって。もしこれがマジなら大冒険祭を根底から揺るがす話になるぜ」


「…………」


どうやらこれは、ただ卑怯なだけの話では済まなさそうだぞ。ストゥルティは本来競技者が知るはずのない情報を事前に握りそれを悪用していた。だが一体どうやって知ったんだ?


(……今回の大冒険祭はただの大冒険祭じゃない、冒険者協会を束ねるグランドクランマスターを決める戦いでもある…だとするなら)


もし、そもそも最初からこの大冒険祭自体が茶番で…裏にいる誰かが糸を引いて最初から結果を決めているのだとしたら、マッチポンプなのだとしたら。


なるほど、だとしたら黒幕は一人しかいないな…。


………………………………………………………


「ガンダーマン様のお陰でリーベルタースは全体の四割の予選突破者を出しました、これで大冒険祭本戦は頂いたも同然です」


「ぬわっはっはっはっ!そうだろうそうだろう!そうであって貰わねば困るというものよ!ぐわっはははははは!」


サイディリアルに構える巨大な酒場がある、名を『金龍亭』。大商人や王侯貴族さえ利用することもあるこの酒場は酒場というにはあまりにも豪勢であり、金や銀を用いた壁や真っ赤なカーペットが目に刺さるように色を放つ。


この金龍亭が王侯貴族より重用されるのには理由がある。それは完全防音の個室を複数用意しているから…今日もその防音性の大部屋で、無数の酒と肉を食らう老人が一人大騒ぎをしている。


「むふふ、それもこれも我輩のお陰よ。感謝しろよぉ?」


彼の名はガンダーマン、今日もパツパツの白いスーツを着込み下卑た笑みを浮かべ欲に塗れている。そんな彼の応対をするのは…。


「ええ、そうですわね」


「支援に感謝しますぅ」


二人の美女…赤髪赤ドレスの赤いアイシャドウをした苛烈な女『祝融朱雀』のサラマンドラと青ドレス青髪に青いリップをした美女『句芒青竜』のウンディーネ。リーベルタースの大幹部達がガンダーマンの応対をしている。


これは、密会だ。ガンダーマンとリーベルタースの密会…決して表沙汰には出来ないからこそ態々高い金を払ってこの部屋を用意したのだ。


「ガンダーマン様が事前に我々に予選の内容を知らせていてくれたから、予選四割突破という前代未聞の突破率を達成出来たのですから」


「コラっ!やめんか。どこで誰が聞いているかも分からん…これが表沙汰になれば我輩は失脚だぞ」


「分かっております、そうなれば我々の信用もガタ落ちなので、迂闊な事は控えましょう」


「ならば良い、だが…ぐふふ、順調のようだな」


リーベルタースが事前に冒険者を雇いレッドゴブリンを先んじて潰しておくという計略に出る事が出来たのは全てガンダーマンのお陰だ。彼が事前にリーベルタースにレッドゴブリン討伐の旨を伝えていたからこそストゥルティは事前に動く事が出来た。


予選の内容を知っているのと知っていないのではまるで違う。ストゥルティ達だけがその優位性に与り他のクランを出し抜いていたのだ。


「我輩はお前達リーベルタースを支援するぞ?とは言え表立って支援は出来ん。飽くまで公平な祭りとして用意した大冒険祭で運営と参加者が繋がっていたなど…とんだスキャンダルだからな」


「ええ、ですが…我々は勝たねばならないのです」


「分かっている、…グランドクランマスターの座を賭けた戦い、と表ではなっているが…我輩としては下手な奴に冒険者協会を預けるつもりはない!お前達のような処世術を心得ている者達にこそ、預けたいというものよ」


「ふふふ、ご期待に応えますとも」


ガンダーマンはこの大冒険祭に勝った者を全てのクランを束ねるグランドクランマスターに任命すると公言したが…別に最初から優勝した者にその座を与える気など毛頭なかった。これは出来レース…マッチポンプだ。


彼は最初からグランドクランマスターの座をリーベルタース、そしてストゥルティに渡すつもりで、尚且つ批判が上がらない自然な形での譲渡の為に大冒険祭を利用したに過ぎない。故に他の奴等に勝ってもらっては困るのだ。


「次も我々が圧勝します、それで次の競技は…」


「その前に、渡すものがあるだろう」


「え、ええ…こちらです」


しかしそれでも無条件というわけではない、ガンダーマンが出した条件を満たさない限り情報は与えない。そんなガンダーマンの態度にサラマンドラはやや頬を引き攣らせながらも持ってきたスーツケースをガンダーマンに渡し…。


「ふむ、どれどれ…ほほう」


ガンダーマンはそのスーツケースの中をパカリと開いて確認すると、笑みを浮かべながら何度か頷き。


「よろしい、次はお前達の要望通りクラン同士が直接ぶつかり合う形式にしておいた、場所は南部グランシャリオ領だ、事前に準備をし罠を張れば楽勝だろう。多少の反則は我輩の権限で黙認する、好きにせよ」


「ありがとうございます」


「ぐふふふ、そこでなるべく他のクランを減らせよ?とっとと優勝してしまえ」


「勿論でございます」


ガンダーマンはスーツケースを大事そうに抱え独占するとニマニマと笑いながら本来は教えてはならない情報をまんまとリーベルタースに漏らし、一人だけ楽しそうにしている。


このまま行けばリーベルタースの優勝は確実、そうなれば下手な奴にグランドクランマスターになられる心配もなく、こうしてガンダーマンの顔色を伺うヤツをトップに据えられる。そうなれば…と今から夢想するだけでも笑みが止まらない。


「では、我々は次の競技の準備をして参ります」


「うむ……ああ、サラマンドラ」


「なんでしょうか?」


ふと、立ち上がり踵を返したサラマンドラ達にガンダーマンはふと、声をかけ。


「一人、気になる小娘をストゥルティが連れていたな。あれはなんだ」


「…ああ、ルビーちゃんですね。見込みのある娘だとボスがチームに加えたんです。まだ若いですが将来有望ですよ」


「ルビー…」


「気になりますか?」


「別に、なんでもない!とっとと行け!長居すると勘繰られるぞ!」


「ええ、分かりました…」


そんなガンダーマンの横暴な態度にサラマンドラは踵を返し背中を向けた瞬間、表情を変えギリギリと歯軋りしつつもそのまま退室し…一人残されたガンダーマンは腕を組み、笑みを浮かべる。


(よしよし、いい方向に話が進んでおるわ…このまま何事もなくリーベルタースが勝てばそれで我輩も安泰よ。だが…なんだ?なんだかとても嫌な予感がするぞ)


彼は何かを察知する。もうとっくの昔に失われたと思っていた冒険者としての勘が言っている。


『大冒険祭に変なのが紛れ込んでいる』と…だがそこまで、直感は現役時代程に冴え渡らず彼は気のせいだと首を振りため息を吐く。


「まぁいい、リーベルタースが勝ちさえすれば良いのだ。そうすれば…ぐふふふふ」


笑みを浮かべるガンダーマンは、リーベルタースが用意した酒を浴びるように飲み、一人暗躍する。この大冒険祭を裏から牛耳りながら…彼は酒を飲む。


彼の直感が告げた変なの…つまり、エリス達のチームの存在に気が付かないまま。



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